(西暦2357年5月1日、教官職員室内)
「この前の会議は大変でしたね」
「そうですな。まさか、ここに来てあのような内輪揉めをするとは・・・・・・。人類とは、外敵がいないと纏まれない生き物のようですな。チェック!」
「そう来ましたか・・・・・・。それでも、今回も何とか纏まる事ができました。今回を乗り切れば、人類も次のステップに成長する機会を与えられるわけですから。チェック!」
「確かにその通りですが、安心した人類が新しい争いを始めるかもしれません。チェックメイト!」
「今の時点で、それを考えても意味はありませんよ。次の世代に期待するとしましょう。駄目ですね・・・・・・。手がありません」
学園内の教官用の職員室内で、リチャード主任教授とヒュッター教官は、恒例になっているチェスの勝負をしながら先日の対策会議の話をしていた。
「今回は、私の勝ちですな。それで、新しい世代の事なのですが・・・・・・」
「白銀君は、あの若さでよく頑張っていますよ。あの先日の苦い教訓も、ちゃんと生かしているようですし」
「私も、彼については心配していません。むしろ・・・・・・」
「音山光太君は、順調そのものではないですか。新型DLSを見事に使いこなし、(インフィニティー)との相性もバッチリです」
「いえ。私は、相棒の片瀬志麻の事を言っているのです」
「片瀬君ですか・・・・・・。彼女も若いですから・・・・・・」
「ですが、あの状況はまずいでしょう。それと・・・・・・」
「厚木孝一郎君ですか?」
「彼も、ここに来て初めて壁に突き当たったようですね。日頃はあんなに明るいのに、この頃はお通夜のような雰囲気です」
「彼も若いですからね。時間が解決する事を期待しましょう」
「はあ。だといいのですが・・・」
二人はチェスの駒を並べ直してから、二回目の勝負を始めるのであった。
(数日前、「ステルヴィア」格納庫内)
「前にも説明した通りだが、(コズミックフラクチャー)は光・熱・重力・電磁波・ニュートリノなど膨大なエネルギーを放出していることによって存在している。故に、非常に不安定な存在であり、放出するエネルギーが小さくなると即座に消失する。実際、(ウルティマ)消失時にブラックホールから放出されたエネルギーを相殺するためにフラクチャーもエネルギーを放出。運動エネルギーが消費されたために、進行速度が遅くなったと考えられている。よって、(コズミックフラクチャー)の存在を打ち消すだけのエネルギーを消費させてやればいいのだが、問題が1つ存在する」
「問題ですか?」
放課後の格納庫内で、俺達は迅雷先生に数回目となる詳しい状況の説明を受けていた。
本当はなかり機密に属する事なのだが、「学生とはいえ、作戦に参加する者に事情を説明しないわけにいかない」という理由で、迅雷先生が直接俺達に説明をしていたのだ。
「(コズミックフラクチャー)の熱や重力などのエネルギー放射が最低になっている時に、最適な場所にこちらが(グレートウォール)を形成した時に匹敵するエネルギーをぶつけなければならない」
「迅雷先生。それって・・・・・・」
「そうだ。かなり難しい。常に変動する目標に対して、最適な時間と場所を計算してその位置にピッタリとエネルギーを放出するわけだからな。それと、もう一つ問題がある。わかるか?オースチン」
「あまり質量のある機体を接近させると、(ウルティマ)の二の舞ですね」
「そうだ。そこで、エネルギーの発射には(インフィニティー)を使う」
迅雷先生の表情には、苦悩が浮かんでいた。
彼は、太陽系の命運を二十七歳という若さで背負っていたうえに、最前線で一番危険で重要な任務を行うのが、教え子でまだ16〜7歳の少年少女であったからだ。
「インフィニティー」は、新型DLS専用機に完全にチューンナップされてしまい、新型DLSを使えるのが音山光太のみとなれば、必然的に彼がこの任務を行う事になっていた。
「細かい事は後日に説明するが、ファウンデーションとその周辺に臨時のレーザー砲台を設置して、前方の重力レンズにエネルギーを放出。それを、(インフィニティー)が位置を調整して、目標地点に誘導して命中させるわけだ」
「随分と簡単な作戦ですね」
俺が前に使っていた「ビアンカマックス」2号機のパイロットに任命され、「ステルヴィア」の学生パイロット達を統括する事になった古賀先輩が、心配そうに言う。
太陽系の命運を担う作戦としては、単純過ぎると思ったのであろう。
それと、学生達を統率するのは本来「ビック4」の仕事なのだが、「ビック4」と俺には別の任務があったので、成績優秀な彼がこの任を行う事になっていた。
「古賀よ。そうは言うがな。その準備を一からとは言わないが、土星周辺に時間内に全て設置しなければならないのだ。お前達も(ビアンカ)隊も、交代で訓練の合間に各種機材の搬入や設置や警備を交代で行って貰うからな」
「了解です」
「それと、(ビック4)には藤沢の面倒を見て貰う事にして、厚木には重要な任務がある」
「俺にですか?」
まさか自分が指名されるとは思わなかったので、俺は少し驚いてしまう。
「作戦当日は、(ケイティー)部隊が(コズミックフラクチャー)にギリギリまで接近し、そこでレーザーポッドやビーム砲跡地に設置された各種の探知機器を作動。集めたデーターを、(インフィニティー)に送信し、それを(インフィニティー)で音山の補助を行う片瀬が解析して補正プログラムを作成。作製したデータを元に音山がレーザー砲の照射位置を決定して照射。以上のプロセスで作戦を行う。厚木の(ビアンカマックス)には、新型の解析機器を装着する。これは・・・・・・」
「私が説明しましょう!」
「えっ!オースチン会長!」
「親父!」
突然、迅雷先生の話に一人の男性が割って入ってくる。
「グレートミッション」以来、久しぶりに再会したオースチン財団会長であるケント先輩の父上であった。
「厚木君。元気だったかね?」
「ええ。元気ですよ」
「うちのケントにガールフレンドの一人でも・・・」
「噂は皆無です」
「駄目な奴・・・・・・」
「いきなりの再会で、それはないと思いますが・・・・・・」
「そうだった。うちの甲斐性なし息子の事はどうでも良いんだ。君の(ビアンカマックス)に、最新型の観測機器を装着してね。今日から試運転なわけだ」
「甲斐性なしって・・・」
久しぶりに会った実の父親に甲斐性なしと言われたケント先輩は、格納庫の端で盛大に落ち込んでいた。
「新型ですか?」
「ケント達と藤沢君の(ケイティー)に装備される予定の物よりも、更に新型のまだ試作段階の物でね。これは通常のDLSでも動くが、新型DLSを使用する事により、旧来の機器の50倍以上の性能を発揮するわけだ」
「新型DLSですか?でも、俺には・・・・・」
「それは知っているが、君がこの一ヵ月半で化けてくれたら、作戦の成功確率が5%上がる計算なんだ。私は、厚木君がこの新型観測機器を使いこなす事を確信している」
オースチン会長の期待の言葉を聞いた俺は、少し迷っていた。
新型DLSは、今までに少しだけ訓練をしてみたが、全く使いこなせそうな気配がなかったからだ。
しかも、今回はそれと新型観測機器を合わせて使いこなさねばならないのだ。
本当ならば断りたいところだが、俺は太陽系が救われる可能性が5%上がるという部分に引っかかっていた。
5%という数値は通常ならば小さい値なのだが、全人類の生存がかかっているこの作戦で5%はかなり大きい数字であった。
「引き受けます。地球には家族がいますし、今年には弟か妹が生まれる事になっています。俺は、新しい命のために頑張りますよ」
「ありがとう。そうか。君はお兄さんになるんだね。今回も情報統制の影響で、(インフィニティー)ばかりが目立つ事になると思うが、我慢してくれるかな?」
「目立つのはゴメンですよ。俺は、芸能人じゃないんですから」
「グレッグは、目立ちたくてしょうがないらしいがな」
「あのバカがですか?スイマセン。親御さんの前で」
「あいつは、親の私から見てもバカだからな。今は厳しい帝王教育を受けさせているが、子供の頃に甘やかさなければ良かったと反省している」
「そうですか」
「次のオリンピックは、大丈夫だろう。君が出ないとなれば、無差別級はパワーゲームになるからね」
「そうですね。脅威の新人が出なければ大丈夫ですよ」
話が少し反れてしまったが、俺はオースチン会長の依頼を受け、新型DLSと観測機器を使いこなす訓練を開始するのであった。
「と。簡単に引き受けてみたものの・・・・・・・・・・・・」
訓練開始から数日が過ぎた。
我々「ケイティー」部隊の今回の任務は、「インフィニティー」の前方に出て「コズミックフラクチャー」のデータを集められるだけ集めるというものであった。
「インフィニティー」に搭乗しているしーぽんが、俺達から収集したデータを参考に照射プログラムに修正を加えるので、地味で目立たないが、データを集めれば集めるだけ成功率が上がるという、かなり責任が重い任務であった。
特に、通常に探知機器で平均的に多くの情報を集める古賀先輩達や、本職の「ケイティー」部隊のパイロット達と違い、俺のほどではないが、新型で癖のある探知機器を使う「ビック4」とお嬢や、高速の「ビアンカマックス」で縦横無人に飛び回り、「コズミックフラクチャー」の全体像の情報を収集する俺には、それなりの責任が圧し掛かっていた。
「今日のミッションコンプリート率は、18.37%ね。4日で1.78%の伸びか。ゆっくりとではあるけど、確実に進歩しているわ。明日も頑張ってね」
新型DLSの関係で、俺と光太のサポートをしている蓮先生が、心配ないというような総評をするが、俺にはとてもそうは思えなかった。
更に、数回の細かい改良を加えたらしい新型DLSは、俺にも少しずつではあるが使いこなせるようになってきているらしい。
なぜらしいのかと言えば、以前とそれほど変わった様子がなかったからだ。
俺から言わせて貰えば、新しいバージョンの新型DLSも、大量のノイズが混じる壊れたテレビの映像にしか見えなかった。
そしてこのままでは、太陽系を救う事のできる確率を上げられない上に、新型の機材を任せてくれたオースチン会長の期待を裏切ってしまうと考えてもいた。
「もう少しコンプリート率が上がれば、厚木君の目でもその効果が確認できるわ。だから、気落ちしないで頑張ってね」
蓮先生は俺を慰めてくれるが、その慰めの言葉すら俺には苦痛でしかなかった。
「時間が大量にあれば気落ちしませんけど、期限まで一ヵ月半ですからね・・・・・・」
「大丈夫だって。君も音山君に負けない天才だから」
「それは、ないですよ。あいつは天才。俺は良くて秀才。俺が光太に追い付くには数倍の努力が必要ですが、今はその時間がありません。それで、光太のコンプリート率は?」
「97.87%よ・・・・・・」
「わかりました。明日は頑張ります」
俺は、慰めてくれる蓮先生を振り切るように保健室をあとにする。
多分、この一ヵ月半で俺が光太に追い付く事はないであろう。
そして、ここに来て初めて初佳先輩の気持ちがわかりつつあったのは、皮肉な事であった。
「ここに来て、初めて壁にぶつかるわけか・・・」
「誰が壁にぶつかるんだ?」
蓮が独り言を言っていると、孝一郎とすれ違い様に迅雷とレイラが保健室に入ってくる。
「厚木君の事よ。バージョンアップで、少しずつだけど進歩は見えてきた。これは、驚異的な事だけど・・・・・・」
「音山には、遠く及ばない」
「レイラの言う通りね。でも、彼も前年度ならナンバーワンに匹敵する天才だった。違う?」
「そうだな。今年は、個性的で粒ぞろいの新人が多いからな。あの町田がそれで焦ったわけだが」
「町田さんか。最近、綺麗な笑顔を見せるようになったわね。あれは、恋する女の目よ」
「えっ!そうなのか?」
今まで、静かに話を聞いていた迅雷が驚きの声をあげる。
「迅雷君。気が付かなかったの?」
「それで、相手は誰なんだ?」
今までは勉強一筋で、浮いた話題が皆無の町田初佳が恋をしているという話は、迅雷にとって衝撃の出来事であった。
「厚木君よ」
「えっ!でも、厚木はグレンノースと」
「鈍い迅雷君でも、そっちは知っているのね」
「まあ。噂でな。それよりも!」
「町田さんも、それは重々承知よ。チャンスがあれば奪い取るという事なのかな?恋は戦いってね」
「知らなかった・・・・・・」
「ちなみに、最近の藤沢のイメチェンは、厚木の気を引くためという噂がある」
レイラも、続けて次の候補者について話を始める。
「藤沢か。一部の教官達が、騒いでいたな。あんなに色っぽい予科生は初めてだってな。しかし、厚木はモテるんだな。顔なんて、ケント・オースチンやピエール・タキダの方が上なのに」
迅雷は本科生・予科生の中で顔の良い生徒の名前を数人あげるが、そういう生徒に限って、浮いた噂が存在しない事を思い出す。
「顔はそれほど重要じゃないのよ。それに厚木君は、迅雷君よりはルックスが良いわよ」
「大きなお世話だ!」
「厚木君の魅力的なところは、自分が横にいて支えてあげると何か大きな事をしてくれそうな気がする部分ね。それに、無意識だろうけど女性に意外と気を使っているわ」
「迅雷とは大違いだな」
「レイラも大きなお世話だ!」
「厚木君は少し抜けている部分があるし、未完成な部分が多いから、女性が一緒に横に立とうと努力する。音山君は完璧な天才だから、女性が後から懸命に追いかけようとする。付き合っている片瀬さんも大変よね」
「実は、その片瀬の事なんだが・・・」
「片瀬さんが、どうしたの?」
「音山と(ビック4)の面々は、順調に訓練予定を消化している。藤沢も少し遅れ気味ではあるが、誤差内の事だし町田がフォローをしているようだ。元々、藤沢に求められている物はそれほどでもないし、二年のブランクはあるが、彼女は町田に匹敵する才能の持ち主だ。だが、片瀬はな・・・・・・」
迅雷の話によると、「インフィニティー」の制御と照射プログラムの修正訓練を行っている片瀬志麻が、音山光太のスピードに追い付けなくなっているらしい。
「やはり、ネックはそこなのね。音山君の補佐が可能な天才がいないのか・・・・・・。本職のパイロットに任せたら?」
「本職の連中でも無理だそうだ。それよりも、作戦指揮官としては、プロのパイロットが一人で(ケイティー)を操縦して1の成果を上げられるのに、下手に音山と組ませてマイナスになってしまうと困るという事だ。俺も散々悩んだが、(インフィニティー)は、音山と片瀬に任せる事にする」
「例の(アルキュオン)はどうなの?」
蓮の言う「アルキュオン」とは、アカプスで建造中の「インフィニティー」の二号機の事であった。
「アカプスの御大が準備を急がせているようだが、間に合うかどうかは不明だそうだ。もし間に合ったら、音山一人に(インフィニティー)を任せて、片瀬と厚木で(アルキュオン)を運用するという話も出ている」
そして、迅雷の言うアカプスの御大とは、「グレートミッション」の立役者と呼ばれ、その主な計画の立案・指導・各ファウンデーション間の調整などに主導的立場にいたターナー博士の事であった。
先日の会議の時にも、大切な場面で締めの言葉を発して、その力が健在である事を証明していた。
確か、今は迅雷に協力して、作戦に必要な資材や機材や人材の確保に出向いてくれているはずであった。
「でも。そうしたら、誰が(ビアンカマックス)でデータを集めてくるの?」
「本命は、片瀬一人に(アルキュオン)を任せたいところだが・・・・・・」
「難しい局面なのね」
「作戦指揮官殿は、大変だよな」
「レイラ。(ビアンカマックス)に乗るか?」
「あんな個性的な機体に乗りたがるプロのパイロットは存在しないよ。厚木はアレと(ビアンカ)にしか乗った事がないから、少し癖がある機体くらいにしか思わないで、大した疑問も持たずに乗っているんだ」
レイラも含め、経験を積んだプロのパイロットは、誰一人として「ビアンカマックス」に乗りたがらなかった。
OSの改良と、機体本体の改造と調整と装備の更新とが毎日のように頻繁に行われ、乗るたびに機体の感覚が全く変わってしまう事が多かったからだ。
あの機体が、予科生である厚木孝一郎に任されている理由は、元が死蔵されていた在庫部品の山であった事や、ケント・オースチンの父親であるオースチン会長の肝煎りで、新型オーバビスマシンの試験機にされた事が原因であった。
そもそも、「ビアンカマックス」という名前自体が通称で、正式名称すら付いていなかった。
下手に新しい名前を付けると勘ぐられる可能性があったので、「ビアンカ」の改良機という風に周りに認知させるのが目的であったようだ。
実際のところ、「ビアンカマックス」のコアの部分は「ビアンカ」ではあったが、既に元に戻すのは不可能で、性能や機能も、それとはかなりかけ離れた物になっていた。
「嘘だよ。実際のところ、レイラは参謀殿として俺の隣にいて貰わないとな」
「はいはい。指揮官殿。いえ。総司令殿」
「茶化すなよ」
蓮は、楽しそうに話している迅雷とレイラを嬉しそうに眺め続けていた。
「はあ・・・・・・。疲れたな・・・・・・」
今日の大して進歩のなかった長時間の訓練を終了し、俺は一人自販機の置かれている休憩室のソファーに寝転がっていた。
ここ五日ほどは、勉強も柔道の自主練習も行わずに、訓練のみを続けていたのだが、あまりの進歩のなさに気持ちは沈むばかりであった。
「俺って、柔道が好きだったんだな。練習がしたくなってきたよ。でもね・・・・・・」
相手になってくれそうなケント先輩と笙人先輩ですら、自分の事だけで精一杯の上に、しーぽんと並んで訓練が遅れている俺に、そんな余裕は存在しなかった。
「大丈夫?」
「あーーー。お嬢か」
ソファーに寝転んでいる俺を覗き込んでいたのは、同じく訓練を終え髪を下ろした状態のお嬢であった。
彼女は、オーバビスマシンに乗っている時は髪を上げて眼鏡をかけていたが、その他の時は、髪を降ろしてコンタクトレンズにするようになっていた。
「疲れているの?」
「そりゃあね。明日も早いし」
「部屋に戻って寝たら?」
「そうする前に、飯の算段をしなとな」
「アリサは?」
「御剣先輩と徹夜で、(ビアンカマックス)の整備と調整だってさ」
「みんな。忙しいのよね」
「だよね」
「コズミックフラクチャー」を消滅させる作戦(数日後にジェネシスミッションと命名された事を知る)には、学生を含む多くの人員が投入され、今回は時間もないので、工場のように24時間3交代制が取られていた。
当然ながら、予科生であるみんなにも平等に仕事が割り振られ、アリサは御剣先輩と「ビアンカマックス」の修理と調整をこの時間から行う事になっていた。
「そうだ!私の部屋でご飯を食べていかない?」
「いいの?」
「構わないわよ。さあ、行きましょう」
「サンキュー。お嬢」
女性の部屋に訪問するといっても、ルームメイトの晶がいると思っていた俺は、簡単に了解の返事をして彼女の部屋に向かう。
だが、これが後に大きな事件に発展するのであった。
「さあ。あがって」
「あれ?栢山さんは?」
「これから、資材搬入の管制を行うんだって。ジョジョ君と一緒だから、嬉しそうだったわよ」
「えっ!じゃあ、この部屋で二人きり?」
「大丈夫よ。私も疲れているし、間違いなんて起こらないから」
この時点で自室に帰れば良かったのだが、上手く行かない訓練の事や、シフトの関係でアリサとすれ違いになってしまった事や、予想以上に疲れていた事などが重なって、俺はそのままこの部屋に居続ける事にしてしまう。
さすがに、お嬢一人に料理を作らせるのは気が引けたので、俺も手伝える範囲で手伝いを行い、簡単な夕食を取ってから、食後のコーヒーを飲みながら話を始める。
「新型DLSと新型観測機器の操作をしながら、(ビアンカマックス)の性能を引き出すなんて大変そうね」
「(ビアンカマックス)は改良されて性能も少し増したけど、それは以前から繰り返されている事だから、慣れるのは早かったよ。新型観測機器も、新型DLSに対応しているから、操作は旧式よりもかえって楽なんだ。でも、新型DLSがね・・・・・・」
「最悪、旧式のDLSで行くって、ケント先輩が言っていたわ」
「それじゃあ、作戦の成功率が4%も下がってしまう。俺が(ビアンカマックス)に乗る意味がない」
実は今回の作戦で、「コズミックフラクチャー」にエネルギーを放出する最低点を算出するのに必要な高度な数学モデルの完成の見込みが立たず、現状での作戦成功確率が0.73%しかなかった事は現時点では秘密であり、それが解決しなければ俺達の確率論が無意味である事は、「ステルヴィア」内の数人しか知らない機密であった。
「そんな事はないわよ。孝一郎君は、ケント先輩達や初佳を超える重責を予科生の身で背負っている。それと、(ケイティー)の乗って、従来の観測機器を作動させるだけの私とは・・・・・・」
「そんな事はないさ。光太やしーぽんに比べれば、俺はね・・・・・・」
「少なくとも、私にとっては、孝一郎君はナンバーワンなんだけどな」
「えっ!」
お嬢は、そう言うと俺に抱き付いてきた。
突然であった事と疲労感から、俺はお嬢と共に座っていたソファーに寝転ぶ形になってしまう。
「お嬢!やよいさん!」
「ねえ。私じゃ駄目なの?」
「えっ?」
「諦めようと何回も思ったけど、諦められないよ。私が(ケイティー)の機種転換訓練を頑張ったのは、あなたと一緒にいる時間が増えると思ったから。初佳もあなたの事を狙っているようだけど、私は初佳を脅威とは思っていない。アリサよりも私を好きになってくれれば・・・・・・」
ソファーに横になっている俺の胸に頭を乗せ、上目使いで俺を見つめているお嬢の目には少し涙が浮かんでいた。
恋人がいる身としては最大のピンチではあったが、冷静にお嬢の胸の感覚を密かに楽しんでいる年頃の男である俺も存在していた。
「(この攻撃は、俺にとって最大のピンチだな。胸の感覚が凄すぎ。でも・・・・・・。あれ?眠くなって・・・・・・・)」
十時間近くも新型DLSを機動させながら、「ビアンカマックス」の強烈なGに晒されていた俺の意識は次第に遠くなって行く。
「孝一郎君・・・。疲れているのね。あれ?私も・・・・・・」
俺と同じく、十時間近くも(ケイティー)による訓練を重ねていたお嬢も堪え切れない眠気に襲われ始める。
「たまにはこういう事もありかな?これくらいなら、浮気とは・・・・・・言わない・・・・・・わね・・・・・・」
二人は制服姿のまま、リビングのソファーの上で深い眠りに付いてしまうのであった。
「あれ?俺は・・・・・・。そうか。ここはお嬢の部屋で・・・・・・」
眠りに落ちた俺が目を覚まし、部屋の時計を見ると午前6時を指していた。
そして、俺の胸の上ではお嬢が安らかな寝息を立てて眠っていた。
「俺って、お嬢の部屋に泊まってそのまま朝帰りって事?俺、何もしてないよな?」
俺は自分の無実を50%ほど信じていたが、もう50%は確信できないでいた。
「あれ?私、眠ってしまったのね。おはよう。孝一郎君」
俺の動揺を察したのか、お嬢もすぐに目を覚ましてから俺に話しかけてくる。
「あのさ。俺って・・・・・・(何もしていないよな?)」
「大丈夫よ。何もなかったから」
「良かったぁーーー」
「私としては、何かあっても良かったけどね」
「あのねえ・・・・・・」
昨日の夜の涙を浮かべた表情とはうって変わって、お嬢は少し意地悪そうな笑みを浮かべていた。
「嘘よ(本気だけど)。あっ!そうだ!もう少しで晶ちゃんが帰ってくる」
「何ぃーーー!」
こんな場面を晶に見られたら、大きな誤解を受ける事は必死なので、俺は駆け足で部屋を出ようとする。
「夕飯ご馳走様。俺は帰るから」
「待って!」
お嬢の呼び止めを無視して、よく確認もしないで駆け足で部屋の外に出たツケはすぐに巡ってきた。
勢い良く部屋を出ると、そこで意外な人物を鉢合わせになってしまったからだ。
「えっ!アリサ!何で?」
何と、部屋を出た瞬間にアリサと鉢合わせになってしまったのだ。
「晶に借した本を返して貰おうと思ってね。それよりも、これはどういう事?」
確かに、アリサの隣を見ると晶がいて、俺に「処置なし」というような表情を向けていた。
「孝一郎君。携帯を忘れているわよ!」
だが、災厄はそれだけに終わらず、昨日寝ている間に携帯がポケットから転がり落ちたようで、それを見つけたお嬢が続けて外に飛び出してきたのだ。
お互いにそのまま寝ていたので、皺になった制服が妙に生々しさを誇張していた。
「やよい。さすがに、それはまずくないか?」
さすがに、親友の行動をまずいと思ったのか、晶がお嬢に説教めいた事を言ってくる。
「何を言っているのよ!私は、疲れている孝一郎君に夕食を作ってあげただけで!」
「そうそう。お嬢の言う通り!」
「どうして、それで部屋に泊まるのよ?」
怒鳴ってはいなかったが、この時のアリサの声は今までにないほどに低く、かなり底冷えのするものであった。
「長時間の訓練で、急に眠気がね・・・・・・」
「私もね・・・・・・」
「それで、お二人でお楽しみだったわけね。私は、徹夜で(ビアンカマックス)の整備をしていたのに・・・・・・。孝一郎は、他の女性に迫られてもちゃんとかわす人だと思っていたのに・・・・・・。私は、とんだ道化だったわけね」
「言い訳になるけど、お嬢の部屋に誘われた時は、栢山さんがいると思ったんだ。それに、アリサが思っているような事は、何もなかったわけで」
「男が、見苦しい言い訳をするな!」
アリサは涙を浮かべながら、俺に強烈なビンタを張ってからその場を駆け出してしまう。
「アリサぁーーー!待ってくれぇーーー!」
「追ってどうするの?」
「ちゃんと説明すれば・・・・・・」
「今の時点で何を言っても信じないわよ。少なくとも、ジョジョが同じ事をしたら私は信じない」
俺は、走り去ったアリサを追いかけようとしたのだが、それを晶に止められてしまう。
「じゃあ。どうすれば・・・」
「少し落ち着いてから、正直に事情を話して謝りなさい。私も一緒に説明するから。それよりも・・・」
「それよりも?」
「私に、ちゃんと正直に事情を話しなさい」
「「了解・・・・・・」」
俺とお嬢は正直に昨夜の出来事を栢山さんに話し、二人して年下の女の子に説教されるのであった。
「おはよう。アリサ」
「・・・・・・・・・・・・」
「あのね。ここの部分なんだけど・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
あの強烈なビンタ事件から数日の時が過ぎた。
晶の仲介も虚しく、あれから俺とアリサの会話はほぼ皆無であった。
アリサは御剣先輩に指名されている関係で、整備の手伝いを休んだり手を抜いたりする事はなかったのだが、俺が何を話しかけても一言も口を聞いてくれなかった。
さすがに、この状況に気が付いた御剣先輩が仲介の労を取ってくれたのだが、「これだけは聞けません」とアリサに拒絶されてしまったようだ。
それと、晶とキタカミさんが、めげずに毎日話し合いの機会を設けようとしてくれたのだが、アリサはこれにも聞く耳を持っていなかった。
先日の女性陣同士の喧嘩でもわかるように、アリサは栢山さんをお嬢の側に立っている人物だと思っていて、更に完全な絶交状態であるお嬢とも会いたくないようであった。
そして、今回の諍いにおけるしーぽんの位置も微妙であった。
始めは俺達の事を激怒していたのだが、懸命に事情を説明する内に俺の言う事を信じてくれたようだ。
だが、彼女自身が光太との才能の差を感じて、彼との距離を置き始めていたのでアリサを宥める余裕はなく、女性陣はアリサとお嬢が絶交状態で、晶としーぽんが間でその関係にヤキモキする状態になり、光太はしーぽんに避けられる状態になりつつあった。
「何かさ。最近、雰囲気が悪いよね」
「悪いとか、そういう状態を超えているだろう」
仕事の合間にXECAFEで休憩を取っていた大とピエールが、このグループに初めて訪れた分裂の危機について話始める。
「しーぽんは、光太と隔絶感を感じて彼を避けるようになっている」
「孝一郎とやよいは、アリサと口をきいて貰えない状況が続いているしね」
晶とりんなも、オレンジジュースを啜りながら現状の確認をしていた。
「つまり、二組のカップルが崩壊寸前で、女性二人の友情も崩れつつあると?」
最近、他のクラスなのに暇があれば大にくっついているナナが、確認するかのように質問をしてくる。
「おかげで、孝一郎と光太も、俺らと顔を合わせる機会が減ったような気がするし・・・」
「確かに、この場にはいないな」
ピエールの言う通りで、この場に先の5人はいなかった。
別のシフトになっているせいでもあるのだが、それどころではないのか、休日でも顔を合わせる機会が減っていた。
「しーぽんと光太の問題も難しいけど、孝一郎とアリサとやよいの件をどうするかが重要ね」
「それでさ。あの三人で、一番悪いのは誰なの?晶」
「男である厚木に、一番問題があるんじゃないかな?」
「ちょっと待てよ!男だからって、何でも一番悪くするなよ!アリサと孝一郎で上手く纏まっていたのに、無用なちょっかいをかけていたお嬢に罪はないのかよ!」
晶の意見に恋人であるジョジョが、珍しく反対意見を述べ始める。
「やよいさんも、僕に相談してくれれば・・・」
「ピエールってさ。ちょっと頼りないのよね」
「りんなちゃん。それは酷くないかい?」
12歳のりんなに、「頼りない」と言われたピエールは少し落ち込んでいた。
「厚木君も、時には拒絶するくらいの態度を示せば良いのよね」
「それは無理だろうね。何だかんだ言っても、孝一郎は優しいからね」
「でも、この件では優しいのも罪よね」
「かもしれない・・・・・・」
ナナと大のカップルも、言いたい放題言っている。
「でさ。どちらから手を付ける?」
「りんなちゃん。言う事が大胆だね・・・・・・」
「だって、このままじゃつまらないよ。これだけの人数でお茶を飲んでも、こんな話題しか出てこないし・・・・・・」
「りんなちゃんの言う通りだね。では、決を取ります。しーぽんとアリサ。どちらから解決するか。しーぽんだと思う人」
人間というのは不思議なもので、大の多数決に事態が比較的深刻に見えない、光太としーぽんの方を先に解決する案に全員が手を挙げた。
冷静に考えればどちらも深刻なのだが、2つの修羅場が混じっているアリサ・やよい・孝一郎の三角関係(町田初佳を入れると、四角関係)よりは、こちらの方が解決は容易と考えたようだ。
「じゃあ。(仲直り大作戦)の詳細を詰めまぁ〜す!」
「ジョジョ。ネーミングセンスがダサい!」
「恥ずかしくて言い難いだろうが!」
「そうだね。ちょっと、恥ずかしいかな?」
「わかり易くて良いと思ったのに・・・・・・」
晶、ピエール、大に文句を言われたジョジョは、少し落ち込んでしまう。
「ねえ。作戦名なんて、どうでも良いんだけど。早く策を考えましょうよ」
「ナナの言う通りだよ。早く策を考えようよ」
ナナとりんなの意見で、全員が午後のXECAFEで光太としーぽんを仲直りさせる作戦を考え始めるのであった。
「志麻ちゃん。このままじゃ無理だよ」
「もう大分、光太君にやってもらっているから」
午後の格納庫内で、二人は「インフィニティー」を使ったシミュレーション訓練に勤しんでいた。
「ケイティー」や「ビアンカ」と違い、巨大なロボットである「インフィニティー」は訓練可能な宙域が限られていた上に、一度出撃すると膨大な整備時間がかかってしまうので、このような訓練形態になっていたのだ。
そして、新型DLSへの適正が低く、旧来のDLSでも光太に追い付けずに補佐をちゃんとこなせていないしーぽんを、宇宙に出して訓練しても無駄だと思われていたようだ。
「それじゃあ、追い付かないよ。志麻ちゃん」
「Mission Over!」
「ああっ・・・・・・」
光太の予想通りにシミュレーションでの結果は、ミッション失敗という数日前から変わらない結果を表していた。
「また。失敗・・・・・・」
「次を頑張れば良いのさ」
「同じモードで最初からスタートします!」
「了解」
しーぽんは夜まで訓練を続けたが、結局一回も「Mission Clear」を出せないままこの日の訓練を終了するのであった。
「昨日より、更にコンプリート率が落ちているわよ。本当に大丈夫?」
「多分・・・・・・」
「多分って、本当に重症ね」
訓練終了後の夜の保健室で、俺は蓮先生に新型DLS関する問診を受けていた。
アリサとのあの事件から数日が経過していたが、俺は全く訓練に身が入らず、新型DLSは、ますますノイズの酷いただの雑な映像にしか見えないでいた。
「君は以前よりも、新型DLSへの適応値が落ちてしまったのよ。何か原因はあるの?」
「ありませんよ・・・・・・。才能がないんですよ」
「ねえ。何か隠し事をしてない?お姉さんが相談に乗ろうか?」
恋人以外の女性と外泊した挙句、それを本命の恋人に目撃されて口もきいて貰えないなどとは死んでも言えなかったので、俺は自分の才能の限界だと答えるに留まっていた。
「女性絡みかな?」
「いえ。別に・・・・・・」
「女性絡みなんだ」
「明日から頑張ります!失礼します!」
ここにいると、経験豊富な蓮先生に全てを見透かされそうなので、俺は急いで保健室を後にする。
「女の子絡みか・・・。話してくれても良かったのに」
「何を話してくれても良かったんだ?」
残された蓮が一人で呟いていると、今度は迅雷とレイラが入ってくる。
「あら。迅雷司令じゃないの。重責ご苦労さんね」
「まあな。色々と大変だけどな」
昨日、白銀迅雷は「ステルヴィア」の司令である織原から、今回の「ジェネシスミッション」の作戦総指揮の任に当たるように内定を貰っていた。
太陽系連盟などの承認は後日になるらしいが、二十七歳の若い指揮官が太陽系の命運を担う事になったのだ。
これは、歴史上で類を見ない出来事であった。
「権限は与えられたんだが、問題がいくつかあってな。同じく参謀に任命されたレイラと共に、新型DLS担当の蓮に様子を伺いに来たってわけだ」
「なるほどね。でも、結構大変な事になっているわよ」
蓮は、正直に新型DLSに関わる数人の少年少女の様子を報告し始める。
「厚木が駄目なのか?あいつは安定性があったから、使いこなせるだろうと安心していたのに・・・・・・」
「他の予科生よりも一つ年上で、そういう部分でプレッシャーがあったのかな?」
「それを言うなら、藤沢は更に一つ年上だろうが。そう言えば、藤沢も少し調子が悪いらしいな」
パイロットの統括を担当しているレイラも、藤沢やよいが数日前から調子がいま一つである事を掴んでいた。
「音山君も、女の子に振り回されて調子がいま一つなのよねえ。ここ数日で、完全に振り回されちゃってさ。可哀想で見てられないわ。まあ。そういう部分も可愛いんだけどね。それと、厚木君も多分女の子絡みだと思うわよ」
蓮は、迅雷にしーぽんは光太の事で、孝一郎は多分藤沢やよいも関わった件で絶不調にある事を報告する。
「片瀬が訓練に遅れていて、天才の音山に疎外感を覚えている。厚木は理由は不明だが、藤沢絡みで何かがあって調子を崩している?生意気なぁーーー!十代のガキの癖にぃーーー!」
「迅雷。僻むなよ」
「迅雷君がモテないのは、今に続いている事じゃないの」
「蓮。悲しくなるから事実を語らないでくれ・・・。とにかく!片瀬の調子が駄目なら、(アルキュオン)が完成しても任せられるパイロットが存在しなくなる。音山の調子が駄目なら、(インフィニティー)がちゃんと動かない。厚木と藤沢の調子がいま一つなら、(コズミックフラクチャー)のデータ収集量が減ってしまい、レーザーの命中率に影響を与える事になってしまう。考えて見ると、俺達はあんなに若い連中に重い責任を負わせているんだな。奴らが適任だとか、彼らしかできないという理由で・・・・・・」
始めは勢いの良かった迅雷も、自分が任務達成のために少年・少女を利用している事実に言葉のトーンを落としてしまう。
「迅雷。気持ちはわかるが、我々はできる事をするしかないんだ。月並みなセリフで悪いけどな。それに、彼らの調子がいまいちなのは、重い任務へのプレッシャーというわけでもなさそうだな。完全にゼロとは言わないが、他に原因があるようだな」
「ならば!我々のする事は!蓮!レイラ!付いて来い!」
迅雷は、蓮とレイラを連れて保健室をあとにするのであった。
「はあ・・・・・・。何をやっても駄目だな」
「女の子って、よくわからないよ・・・・・・。孝一郎」
「俺だって、よくわからないさ」
訓練終了後に、俺は休憩室のベンチで寝転んでいたのだが、今日はそれに珍しく光太が付き合っていた。
いつもは、すぐにどこかに行ってしまうのに、今日は俺の隣の席に座ってため息を付いていたのだ。
「聞いたぞ。ここ数日、しーぽんに避けられてるって」
「聞いたよ。修羅場だったんだって?」
「俺は、何もしていないのに・・・・・・。アリサは、事情すら聞いてくれず・・・・・・」
「その状況で、激怒しない事がおかしいんだけどね。むしろ、僕の方がわけがわからないよ・・・・・・」
「しーぽんは、お前に置いていかれると思ったんじゃないのか?俺やお嬢だって、お前と組んでいたら疎外感を覚えるかもしれない」
「そうなのかな?」
光太は、自分の事なのであまり気が付いていないようであるが、全人類でまともに新型DLSを使いこなせるのは彼だけなのだ。
訓練の成果が上がらない俺やしーぽんにとっては、光太は遥か雲の上の存在であった。
俺の場合は、能力が落ちる事に目を瞑って、旧式DLSに切り替えるという最終手段もあったが、光太と組んでいるしーぽんにはそれが不可能で、彼女は彼の足を引っ張っているという罪悪感を感じているのであろう。
「新型DLSを組み込んだシミュレーションのコンプリート率。お前は何パーセントだ?」
「98%以上は出せるようになった」
「俺は下がり続けて16%代で、しーぽんも20%に届かない。そんなしーぽんが光太と組んでいるんだから、焦りを感じているのかもな。(自分は光太の足を引っ張っているんじゃないのか?そんな彼と付き合っていけるのか?)ってさ」
「そうだったんだ・・・・・・」
「でも、光太の方がまだ何とかなりそうじゃないか。俺なんて、口もきいて貰えないし・・・・・・」
「ねえ。本当に、何もしていないの?」
「俺は無実だ!何もしていない!」
「それで、もう一方の当事者である藤沢さんはどうしているの?」
実はあの事件の当日から、俺とお嬢の接触する機会も減っていた。
俺としては、最悪の事件に巻き込まれる要因となったお嬢と話をしたくない感情が存在していたし、お嬢の方も悪い事をしたと思っているらしく、以前のように積極的に俺に接近する事がなくなっていたのだ。
更に、初佳先輩も「何かがおかしい」と感じているようで、以前ほど積極的にアプローチをかける事がなくなっていた。
「この状態で、アリサと仲直りできたら最高なのに・・・・・・」
「世の中って、上手くいかないよね」
「だな」
「若者諸君!元気がないじゃないか!」
「「迅雷先生ですか・・・・・・」」
急に大きな声がしたので声のした方向を振り向くと、そこには、元気そうに手をあげながら歩いてくる迅雷先生の姿が確認できた。
「二人して暗いぞ!元気を出せよ!」
「「無理です・・・・・・」」
「何か俺に相談したい事はないのかな?」
「「ないです・・・・・・」」
俺と光太は、一瞬で「恋愛の事を迅雷先生に相談しても無駄!」と判断して、すぐに視線を落としてしまう。
「あっ!お前ら!俺に相談しても無駄だと思っただろう!」
「だって。迅雷先生って、浮いた噂が皆無ですから」
「ステルヴィア」に入学して半年以上の時が流れたが、迅雷先生が誰かと付き合っているという話を聞いた事がなかった。
「アホ!宇宙学園の教官である俺に、スキャンダルは禁物なんだよ!」
「迅雷先生。独身じゃないですか。別に誰だって、恋愛くらいはするでしょう」
「お前は・・・・・・。本当にスランプなのか?まあ。とにかく来い!晩飯を奢ってやる」
「ちょっと!迅雷先生!」
「僕もですか?」
俺と光太は、迅雷先生に強引に腕を引っ張られて、その場をあとにするのであった。
「奢ってくれるは良しとして、迅雷先生ですから過剰な期待はしませんでしたけど・・・・・・」
「お前は、一言多いんだよ!」
迅雷先生が俺達を連れて来たのは、学園祭の時にしーぽんの慰め会をしたお好み焼き屋であった。
「とにかく入れ!」
迅雷先生の案内で奥のお座敷の席に行くと、そこには三人の女性が待ち構えていた。
「レイラ先生!蓮先生!」
「藤沢さんまで!」
「先にやらせて貰っているぞ」
「別にそれは構わないんですけど・・・・・・」
先にお好み焼きを焼いていたレイラ先生と蓮先生の隣には、少し暗い表情をしたお嬢が、俺と目を合わせないようにしながら鉄板を見つめていた。
「・・・・・・・・・・・・」
「厚木。事情は藤沢から聞いた。お前の気持ちはわからないでもないが、お前にも原因がある以上、藤沢に当たるのは筋違いなんじゃないのか?」
レイラ先生の言う通りなのだが、アリサに完全に拒絶されてショックを受けている俺には、何かに当たる事でしか精神を安定させる方法がなかったのだ。
勿論、お嬢に直接何かを言ったり恨みの表情を向けたりはしなかったが、訓練時の必要な会話以外は、ここ数日間一切していなかった。
「とにかく。先に腹を膨らませてからだな」
迅雷先生の一言で、俺達は席に座りお好み焼きを食べ始める。
「何だ。スランプの割には、良く食べるじゃないか」
「無料飯は、沢山食べられるので」
俺は、少量のお好み焼きを食べてから下を向いて落ち込んでいる光太とは対照的に、10枚以上のお好み焼きを一人で頬張り、大きなジョッキに注いだウーロン茶をガブ飲みしていた。
「ヤケ食いか?」
「そうとも言いますね。だって、話しかけても、口すらきいて貰えない状況ですので・・・・・・」
「でも。グレンノースさんは、あなたの(ビアンカマックス)の整備を・・・・・・」
「御剣先輩と話せば、用事が足りてしまうんですよ」
アリアは、あくまでも御剣先輩の補佐を担当しているので、例の事件以降に手を抜くような事はしていなかったが、黙々と作業をしていて、俺と一言も口をきいていなかった。
「そうか。グレンノースさんも、堪忍袋の尾が切れちゃったのね。厚木君の回りには、綺麗な女の子が一杯いるからね。表面上は気にしていないように見えたけど、本当は不安で堪らなかったんだ」
「蓮先生も、その中の一人なんですけど・・・・・・」
俺は過去の蓮先生の言動を思い出しながら、彼女に文句を言う。
「ごめんねぇ。ちょっと、若い男の子に興味があってね。今はもう大丈夫よ」
そう言って、意地悪そうな笑みを浮かべる蓮先生は誰よりも色っぽく、まだガキである俺には目の毒でしかなかった。
「蓮。厚木をからかうのもいい加減にしろよ」
「別に、からかってはいないわよ。恋愛は誰にでもチャンスがあるじゃないの。レイラは、どうなのかしら?」
「今は、それどころじゃないだろうが」
「ふーーーん。残念ね」
再び意地悪そうな笑みを浮かべた蓮の視線の先には、迅雷とレイラが映し出されていた。
「それよりもだ!作戦の重要な部分を担うお前達の不調を解決すべく、俺は!」
「それで、何をしてくれるんですか?」
「それは・・・・・・」
迅雷先生は自信有り気に語っていたが、光太の核心を突いた一言ですぐに沈黙してしまう。
「迅雷先生。呼ぶところまでしか考えていないのでは?」
「そっ!そんな事はないぞ!俺の過去の経験を生かしたアドバイスで・・・(しまった!図星だ!)」
俺の指摘に、迅雷先生は動揺を隠せないでいた。
多分、図星だったのであろう。
「迅雷。(俺に任せろ!)とか言って呼び出したのは良いが、何も策はないんだな?」
「迅雷君に、恋愛関係のアドバイスは無理よ」
「お前らな!少しは協力しろよ!」
迅雷先生は、レイラ先生と蓮先生にも図星を突かれて怒りの声をあげていた。
「とにかく。会って話すしかないわよ」
「それができていれば、何の問題もないんですけど・・・」
蓮先生のアドバイスは至極当たり前のものであったが、現時点でそれを実行するにはかなりの困難が予想された。
結局、この日の会食で得た利益は、夕飯代が浮いたという事だけであった。
「はあ・・・・・・。どうして、こうなってしまったんだろう・・・・・・」
迅雷先生達や光太やお嬢と別れた俺は、公園のベンチに腰掛けてボーっと景色を眺めていた。
「最近、ボーっとする事が増えたよな・・・・・・」
「孝一郎君。一人?」
「見ればわかると思いますけど・・・・・・」
「隣良いかしら?」
「ええ。随分と、久しぶりな気がしますね」
「寂しかった?」
「かもしれませんね」
缶コーヒーを片手に天井の景色を眺めていると、同じく缶ジュースを持った初佳先輩が声をかけてくる。
彼女はここ数日、俺達の間で何かが起こった事を察知して、必要な時以外は話しかけないでくれていたのだ。
「やよいと何か話をしたの?」
「お嬢とですか?別に何も・・・・・・」
結局、お好み焼き屋でお嬢と俺の間にほとんど会話はなかった。
俺はどう接すれば良いのかわからなかったし、お嬢も同じなのであろう。
「やよいがあんなに焦るなんて、想像もつかなかったわ。おかげで、こんな事態になってしまったけど・・・・・・」
「それで、初佳先輩は、弱った俺を漁夫の利で狙いますか?」
アリサと新型DLSの件でストレスを溜めていた俺は、思わず口を滑らせてしまう。
「そう思われるから、私は距離を置いたのよ」
「すいません・・・・・・」
「言ったでしょう。私は、数年後に孝一郎君と付き合えていればそれで良いと」
「お嬢も、初佳先輩みたいに動いてくれれば楽なのに・・・・・・」
「やよいは、常にグレンノースさんと仲良くする孝一郎君を見ているから、焦って当然なのよ」
「初佳先輩はどうなんです?」
「焦ってはいるわ。でも、それを表面に出さないようにするのが、プロのパイロットというものよ。例の(ジェネシスミッション)の件もあるし、終わってから考えるっていう事なのかな。今上手くいっても、太陽系が無くなってしまったら意味がないでしょう?」
「確かにそうですね・・・・・・」
事は全太陽系と全人類の運命がかかっているので、一人の男や女に構っている余裕はないというのが、初佳先輩の考えであるようだ。
「それに、スピアーズ隊長は、女性にフラれたくらいで調子を落とすような事はしなかったと思うわよ。なぜなら、彼はプロで感情を抑制する方法を心得ていたから」
「スピアーズ隊長か・・・・・・」
もし彼が生きていたら、こんなに不甲斐ない俺は説教されていたかもしれない。
プロであった彼は、常に最高のコンディションを保ち、安定した技量と指揮能力を発揮していたからだ。
「今は冷却期間を置いて、訓練に没頭して(ジェネシスミッション)を成功させる。女の事は後回しだ!」
俺は密かに決意するのであったが、初佳先輩と親しそうに二人で話す場面を「話くらいは・・・・・・」と決意したアリサに目撃されてしまい、二人の仲が回復する可能性が更に遠ざかってしまった事を知ったのは、数日後の事であった。
(5月24日、「ステルヴィア」休憩室内)
あれから、10日ほどの時が経った。
俺とアリサの関係は、整備上の話をするくらいまでにはなっていたが、それは仲直りをしたというよりは、整備士としての義務を果たしているに過ぎなかったようだ。
お嬢とも訓練の件などで話をするのみで、これは初佳先輩と同様であった。
「孝一郎。時間があったら、みんなのところへさ・・・・・・」
「俺が行くと、アリサが困るだろう」
午後の訓練の中休みの時間に、光太が俺に話しかけてくる。
最近の俺は、食事と睡眠とシャワーと訓練以外の事をしていなかった。
みんなのところへも顔を出さず、ひたすら体を酷使して訓練に励んでいたのだ。
そして、休日にはケント先輩と笙人先輩を誘って柔道の練習も行っていた。
妹の願いで極める事になった柔道であったが、今の俺にはこれが唯一の息抜きになっていたからだ。
「みんな。会いたがっていたよ」
「人の心配よりも、自分の心配をしろ。昨日は、しーぽんに泣かれてそれで終了したんだって?」
「顔を出さない割りには、情報が早いんだね」
「初佳先輩に聞いた。初佳先輩は、お嬢から聞いたんだろう」
「そうなんだ。みんなが、二人きりになるチャンスをくれたんだけど・・・・・・」
みんなの作戦で、光太としーぽんが二人きりになったのは良かったが、光太はしーぽんに新型DLSの件で泣かれて話し合いに失敗し、二人の仲には、何の進展もなかったらしい。
「暫くは駄目だろうな・・・。しーぽんに、お前の話を聞く余裕がないんだから」
しーぽんも、俺と同じように休憩時間を削ってまで訓練を重ねていたが、新型DLSのコンプリート率で、遂に俺に抜かれる事態にまでなっていて、更に焦燥感を募らせていたからだ。
「聞いたよ。コンプリート率が30%を超えたって」
「雑念を払えばできるものなんだな。あと一月で70%は超えてみせるさ。それでも、(ジェネシスミッション)の成功確率は、3%は上がるそうだから」
俺が現在の新型DLSを、光太のように使いこなす事は不可能であろう。
それでも、旧式のDLSを使った時よりも、効果が少しでも上がればそれで良しと考えるようになった結果、壊れたテレビのようなノイズ交じりの画像が、ノイズが多すぎる画像に見えるくらいまでに進歩を遂げていた。
後は、この調子で訓練を続けていけば、それなりの結果を残せるであろう。
「そうなんだ。頼りにしているよ。でも、アリサと・・・・・・」
「アリサとの件は、(ジェネシスミッション)が終了してからだ」
俺はそこで話を打ち切って、訓練に戻るのであった。
(同時刻、「ステルヴィア」司令室内)
「始めまして。太陽系連盟高等弁務官のレシオ・スルジェットです」
「(ステルヴィア)での指揮を執っています。白銀迅雷です」
「お若い指揮官だ。大抜擢という事ですかな?」
「(ウルティマ)での経験を買っていただきました」
「そうですか。ここ190年あまりで戦争を経験した人は皆無です。貴重な経験が生かされる事を期待しています」
太陽系連盟から査察のために訪れたスルジェットは、織原司令とリチャード主任教授の案内で司令室に入り、そこで紹介された若い指揮官に一瞬驚いていたが、すぐに期待の言葉をかけた。
それは社交辞令かもしれないが、各ファウンデーションにも指揮官がいたので、他の経験豊富な誰かが全体の指揮を執れば良いと考えていたからだ。
「それで、作戦の概要についてですが・・・っ!」
「何だ?」
迅雷がスルジェットに説明を始めようとした瞬間、「ステルヴィア」中に緊急警報が鳴り響いた。
「状況を説明せよ!」
「報告します!例の未確認飛行物体が、こちらの作業エリア内に現れました!」
「よりにもよって、こんな時に!全作業員は、作業を中断して退避!保安部員は、(ケイティー)部隊の発進を準備しろ!ただし!命令があるまでは待機を続ける事!」
突然の緊急事態に、「ステルヴィア」中が緊張に包まれ、迅雷は矢継早に指示を出していく。
「白銀司令!」
「わかっています!経験者の勘を頼りにしてください!」
心配するスルジェットに、迅雷は自信有り気に答えるのであった。
(警報発令10分前、「ステルヴィア」内シミュレーションルーム内)
「しーぽん。今日は、これで終わりにしようか」
「もう一回やろうよ」
「そうだな。他にする事もないし・・・・・・」
「孝一郎君。アリサとは話をしないの?」
どちらからかは定かではなかったが、俺としーぽんは訓練の空き時間にシミュレーシュンで一緒に自主練習をする事が多くなっていた。
同じ新型DLSに苦労していて技量も近い俺達は、一緒に訓練をするのに最適なパートナーであったからだ。
「今は、まだしない」
「どうして?」
「(ジェネシスミッション)が、最優先だからだ」
「それって、アリサの事は諦めたって事?」
「いいや。逆だ。俺はアリサが好きだからこそ、この(ジェネシスミッション)を成功させるために努力を重ねているんだよ。成功すれば、俺がアリサとちゃんと話をする機会ができると信じてね」
「アリサも、話くらい聞けば良いのに・・・・・・」
「ちょっと意固地になっているのかも・・・・・・。俺が不用心な事をしたからさ。それよりも、しーぽんこそ光太とちゃんと話をしてやれよ。俺とは違って、(インフィニティー)は二人で操縦せにゃならないんだから」
「それは・・・・・・」
「その件についてだが、音山光太から我々に提案が上がっていてね」
「「ヒュッター教官!」」
いきなり二人の話に割って入ったのは、日頃ほとんど会話をした経験のないヒュッター教官であった。
「どういう事です?ヒュッター教官」
「音山光太は、(インフィニティー)を一人乗りにしてくれと提案してきた」
「効率重視ですか」
「そうなんですか・・・・・・」
ヒュッター教官の言葉に、しーぽんは少し落ち込んでしまったようだ。
「私にはよく理解できない。君達が、そこまで頑張る理由は何なのかね?音山光太は特別な存在だ。君達に容易に追いつけるものでもない。それは、君達が一番わかっている事だ。人類のため?名誉のため?それとも、意地になっているからかね?」
ヒュッター教官の質問は、かなり意地悪なものであった。
「私は地球から宇宙を見上げていて、見上げるだけじゃ嫌だって思ったんです。光太君の事もそうです。遠くから見ているだけじゃ嫌で、少しでも近づきたいんです。同じ(インフィニティー)に乗って、同じ物を見てみたい。例え追いつけなくても少しでも近いところから。(千里の道も一歩から)って言うじゃないですか。私は、歩くのをあきらめたくないんです」
「(千里の道も一歩から)(ローマは一日にして成らず)(大きなウリエッタは小さなアレサの集合体)であるか・・・・・・」
「(大きなウリエッタは小さなアレサの集合体)?どこの国の言葉ですか?」
しーぽんの返事を聞いたヒュッター教官は、聞いた事のない格言を口にする。
「おほん!厚木君は、なぜそこまで頑張るのかね?」
「自分のためです」
「自分のため?」
「ええ。俺は昔、亡くなった妹のために柔道で金メダルを取りました。でも、それを俺に頼んだ妹は既に亡くなっていて、正直あまり嬉しくはありませんでした。でも、今回は自分のためです。ここで努力して地球や太陽系を救ってから、みんなでまたバカ騒ぎをしたりしたい。俺には、人類の次の世代だとか、新たなる宇宙への進出だとかはまだよく理解できませんので。それに・・・・・・」
「それに?」
「ここで頑張っておけば、プロのパイロットになる時に後が楽になるかと」
「なるほど。君は、なかなか面白い人間のようだね」
ヒュッター教官は俺の発言に苦笑していたが、俺は笑ったヒュッター教官を始めて見たような気がした。
「「っ!警報?」」
「ふむ。そのようだね」
突然、緊急警報が鳴り、俺としーぽんが携帯端末を見ると、そこには「緊急発進」の文字が映し出されていた。
「二人とも、急ぎなさい。近くに自転車置き場があったはずだ」
「「了解です」」
俺達三人は、シミュレーションルームから急いで自転車置き場へと向かうのであった。
「私、知ってる。見た事がある・・・・・・」
「りんなちゃん・・・・・・」
未確認飛行物体の現れた宙域では、作業員や「ビアンカ」部隊の退避が進み、保安部を含む「ケイティー」部隊の発進と所定の位置への配置が進んでいた。
ところが、この宙域で資材を搬入する宇宙船の誘導を行っていた風祭りんなの「ビアンカ」と、彼女とチームを組んでいるピエールとジョジョと晶の「ビアンカ」が、退避をせずに現場に残ったままであった。
「風祭!ジョーンズ!タキダ!栢山!命令に従って退避をするんだ!」
「レイラ先生。でも、りんなちゃんが・・・・・・」
ジョジョ達は、りんなを一人きりにできないので残ったままであった。
「風祭!どういうつもりなんだ!」
「あいつ!私たちの(ウルティマ)を壊しちゃったんだよ!私、見たんだ!みんな血だらけで!」
「知っている!私も迅雷も現場にいた!だから、指揮官であるあいつの判断を信じてやってくれ」
「レイラ先生・・・・・・」
「攻撃すべきだな」
ちょうど同じ頃、司令室ではスルジェット弁務官が一人熱くなっていた。
彼は太陽系連盟から派遣されてはいたものの、「ステルヴィア」の査察を行う一弁務官に過ぎず、「ステルヴィア」の司令である織原に指揮官に任命された、」白銀司令に命令する権限を有していなかったからだ。
「スルジェット弁務官。少し落ち着かれては」
「白銀司令。我々は(ジェネシスミッション)を予定通りに行うために、懸命に準備を行っている。それは、理解しているかな?」
「はい」
「ならば、その作業を行っている人員や準備した装置や資材に少しでも被害を受けないように、先制攻撃をするべきだと私は思う。先の(ウルティマ)での件を見てもわかるように、彼らは非常に好戦的だ」
「いいえ。攻撃はしかけません。それと、私が背負うべきは人類の未来です。機材だけではないのです!」
「白銀君!君にそこまで背負う覚悟はあるのかね?若過ぎる君に!」
「背負います!背負ってみせます!」
「織原司令。彼はまだ指揮官としては若過ぎるようだ。君が命令を下したまえ」
迅雷に何を言っても無駄だと感じたスルジェットは、上司である織原司令に命令を下すように要請する。
太陽系連盟で弁務官の要職に就いている彼は、自分の職責と権限をよく理解していたので、迅雷に直接命令を下すような越権行為は決して行わなかった。
「私は、若いからこそ彼を任命しました。それに、一度信じて任命したからには、余計な口を出すような事はしたくありません。白銀君、私は(ウルティマ)を体験した君を信じている」
「ありがとうございます。総員現状を維持!彼らは敵ではない!繰り返す!攻撃はするな!」
迅雷は自分の経験に基づいて、命令を下すのであった。
「「ヒュッター先生。ありがとうございました」」
「ふむ」
俺としーぽんは警報が鳴ってから、自転車で格納庫に到着していた。
俺は一人で、しーぽんはヒュッター先生と二人乗りをしていたのだが、しーぽんを後に乗せて全力で自転車を飛ばしているヒュッター教官と俺のスピードがほぼ同じという事に、俺は驚きを隠せないでいた。
彼の見かけとは違う、脅威の運動能力に驚いていたからだ。
一体、「彼は何者なのであろうか?」と疑問に思ったのだが、それを考えている余裕は、今の俺達には存在しなかった。
「厚木君。君の任務は攻撃ではない。未確認飛行物体の通信を少しでも傍受して、風祭技官達のいる解析ルームに送る事だ」
「武器なしですか・・・・・・。(ビアンカマックス)は」
格納庫では、御剣先輩が「ビアンカマックス」の準備を整えて待っていたが、「ビアンカマックス」には一切の武装が施されていなかった。
「攻撃を受けたらアウトですね」
「迅雷司令は、攻撃の可能性を否定している」
現に、未確認飛行物体が現れた宙域では、彼らは一箇所に留まって通信らしきものを送信しているだけで、攻撃に移る様子は確認されていないらしい。
「ですが、俺は(ウルティマ)で奴らの仲間を一機撃破しました。報復を受けない事を祈るしかありませんね」
宇宙人と噂される彼らに、地球人と同じような感情があるのかはわからなかったが、俺にとって彼らは師匠や仲間を殺した仇であり、彼らにとっては、俺は仲間を殺した仇でしかなかったからだ。
「とにかく、出撃だ。迅雷司令を信じて頑張ってくれ」
「了解!」
俺が御剣先輩と別れて、「ビアンカマックス」に乗り込もうとすると、そこにはアリサが、何かを言いたそうな表情で俺を眺めていた。
「どうしたんだ?アリサ」
「別に・・・・・・」
「そうか。行って来る」
約一ヵ月ぶりの会話にしては味気なかったが、俺が「ビアンカマックス」に乗り込みハッチが降りる瞬間、彼女のほんの小さな声を聞いた。
「無事に帰ってきてね・・・」
「えっ!」
俺が返事をする前に、「ビアンカマックス」のハッチは完全に閉じてしまう。
「(無事に帰ってきてね)か・・・・・・。今は、それで良いか」
俺は独り言を言いながら、「ビアンカマックス」の発進準備を始める。
「厚木孝一郎!(ビアンカマックス)行きます!」
「(インフィニティー)が到着するまで、時間を稼いでくれ」
「了解!」
俺が、司令室の管制官の指示を受けながら現場宙域に急行すると、そこでは赤い「ビアンカ」に乗ったレイラ先生が懸命に説得を試みていた。
「ここから先は、我々の管理区域です。侵入を止めてください!繰り返します!」
「厚木孝一郎。来ました」
未確認飛行物体は、俺の「ビアンカマックス」の姿を確認したはずだが、特に動揺もしないで、不思議な通信を送り続けていた。
「孝一郎!早く、やっつけちゃってよ!」
「りんなちゃん・・・・・・」
レイラ先生の後方で様子を見ていた、りんなちゃんが乗った「ビアンカ」から彼女の悲痛な声で通信が入ってくる。
彼女がいた「ウルティマ」は目の前の彼らのせいで消滅し、住民にも多くの負傷者を出していたので、その反応は至極当然のものと思われた。
「りんなちゃん。俺だって、すぐにも攻撃したい気分だけど、これは命令なんだ。俺は(ビアンカマックス)のパイロットとして、白銀司令の命令を聞いて行動するのみだ」
「孝一郎・・・・・・」
「迅雷先生の事を信じてあげなよ。女性にはモテないけどさ」
「大きなお世話だ!」
俺の通信は、「ステルヴィア」中に流れて大きな笑いを誘い、それを聞いた迅雷先生の怒鳴り声が入ってきた。
「うわっ!性能が良いな。この通信機」
「距離が近いだけだ!このバカ者が!」
「通信の傍受を開始します」
思わぬ事態で、新型DLSと新型観測機の実地試験を開始する事になったが、俺は冷静に装置のスイッチを入れてから訓練の通りに操作を開始する。
「厚木。大丈夫か?」
「俺は、あくまでも光太としーぽんの補佐ですよ。コンプリート率34.57%の俺じゃあ、ノイズだらけで」
レイラ先生の心配をよそに、俺は訓練内容を思い出しながら新型DLSの画面を観察し続けるが、その画像は、「昨日よりは、少しクリアーになったかな?」程度のものでしかなかった。
そして、そうこうしている内に「インフィニティー」が到着して、俺と同じように通信の傍受を開始した。
「駄目だ。何を言っているのかが理解できない」
「私も駄目」
「俺は、何かすらよくわからないんだけど」
三人で送られてくる通信の傍受を開始するのだが、新型DLSに精通している光太ですら、その内容が何なのかすら理解できないでいるようだ。
「音山君。片瀬さん。彼らの通信を解析するプロトコルを送信します。これは、信頼できるものですから、確実に受け取ってください」
「リチャード教授。いつの間に、そんな物を?」
「厚木君。君にも送りますので、君の目で感じた事を送ってください」
リチャード主任教授が、信頼できると言った通信用プロトコルの出所と信頼できる理由はよくわからなかったが、次に聞こえてきた声で何となく納得できたような気がした。
「片瀬君。頑張りたまえ。千里の道も・・・・・・」
「一歩から!」
会話に割り込んできたヒュッター教官の声に元気良く答えたしーぽんは、気合を入れて通信の解析と傍受を開始したようだ。
「厚木君。君も頑張りたまえ。数年後に一緒に酒が飲めたら面白いかもしれませんね」
「はい!」
俺も「インフィニティー」の予備とはいえ、例の通信用のプロトコルを受信してから、例の通信の解析を始めた。
「ちっ!しかし、ノイズだらけだな!けど!俺だって、新型DLSを任されているんだ!」
隣の「インフィニティー」では、新型DLSの感覚的な部分にマッチし続けてために、論理的な通信プロトコルに戸惑っている光太に代わって、プログラム能力に長けているしーぽんが活躍をして、次々にデータを解析して解析室に送信しているようであった。
「そうか。プロトコルなんて、しーぽんの得意分野だものな。でも、俺はサッパリ駄目だぁーーー!」
「孝一郎!気合を入れろ!」
「なっ!アリサか?」
突然、アリサからと思われる通信が入った瞬間、俺の目の前には、今まで見た事もない、全くノイズの混じらない綺麗な画像が広がっていた。
「綺麗だ・・・・・・。これが、本当の新型DLSの画像なのか・・・・・・」
突然、クリアーになった画像に、俺はただ呆然とし続けるのであった。
「風祭技官!成功です。次々にデータが送られてきます!」
風祭技官が指揮を執っている解析室内では、正確な解析データが送られてきて、職員達が喜びの声をあげていた。
リチャード主任教授推薦の通信用プロトコルの効果は絶大で、次々に解析されたデータが送信されてくる。
「これは・・・・・・。(コズミックフラクチャー)の地図だ!これを彼らが・・・・・・」
「やりましたよ!風祭技官!これで、(コズミックフラクチャー)のエネルギー最低点の計算が可能になるはずです!」
「そうか。良かった。しかし、物凄い解析スピードだな。これは、音山君が?」
「いいえ。片瀬さんのようです。それと、彼女と遜色ない速度で厚木君もデータを送って来ています。彼はあくまでも予備だったのですが、凄いですね」
「そうか。彼がそれなりに戦力になってくれるのなら、(ジェネシスミッション)の成功率も上がるだろうな。このまま、上手くいってくれれば」
風祭技官がそう呟いている内に、解析データーの受信は終了し、未確認飛行物体は我々の前から姿を消してしまう。
「伝える事を伝えたら去るのか。彼らは、本当に何者なんだろう?」
「それを考えるのは後ですよ。風祭技官」
「そうだな。この地図を参考に、更に精度を高めた照準プログラムの作成に入らなければ」
風祭技官は、娘のため、家族のため、全人類のために地味な戦いを開始するのであった。
「やったぁーーー!しーぽんが、追い払ったんだ!」
俺達が全ての通信を解析して送信すると、その事を確認したかのように彼らは俺達の前から一斉に姿を消してしまった。
「ウルティマ」での件は別として、彼らは「コズミックフラクチャー」についての情報を俺達に伝えたかったようだ。
そして、未確認飛行物体をしーぽんが追い払ったと思っているりんなちゃんは、純粋に大喜びをしていた。
「しーぽん。凄いじゃないか」
「えへへ。得意分野だからね。でも、孝一郎君も」
「ほんの数分だったけど、物凄く綺麗な画像が見えたんだ。俺は、あんな綺麗な画像を見た事がない」
結局、新型DLSの画像がクリアーになったのは、アリサに気合を入れられた数分間だけで、データの解析と送信が終了したら、今までと同じような画像に戻ってしまった。
「あの。志麻ちゃん・・・・・・」
「どうしたの?光太君」
「さっきは、ありがとう」
「うん」
「あの・・・・・・。これからもよろしく」
光太としーぽんの仲は少し改善したようであったが、光太は自分が一人乗りを希望していたのを思い出したらしく、良い雰囲気かと思われたが、まだ、何か引かかっている事があるようで、更にしーぽんも完全に自信を回復したわけではないようで、その笑い声はお互いにぎこちないものであった。
「さすがに、実戦経験者は違いますね。賢明な判断でした」
始めは、迅雷司令の指示に異議を唱えていたスルジェットも、彼の判断が正しかった事がわかると素直に彼の指揮を評価して握手の手を差し出していた。
「ありがとうございます」
「(ジェミシスミッション)の指揮官として、私の方からも連盟に推薦させて貰うよ」
スルジェットと握手をする迅雷司令を見ながら、織原司令は自分の判断の正しさにホッとしていた。
「ところで、つかぬ事を尋ねるのだが・・・・・・」
「何でしょうか?スルジェット弁務官」
「君は、女性にモテないのかね?」
「へっ?」
「いや。もし良ければ、独身で適齢期の女性を数人紹介するのだが・・・・・・」
「嫌ですね。あれは、場を和ませる厚木のギャグですよ」
「そうか。それなら良いのだが」
「本当に、しょうがない奴ですよね(厚木の野郎!覚えてろよ!)
少し調子が戻りつつある俺であったが、見知らぬところで迅雷司令に無用な恨みを買うのであった。
「通信用プロトコルには、感謝していますよ。ヒュッター教官」
「いえいえ。これは、私の独断ですから」
未確認飛行物体が去った後、リチャード主任教授とヒュッター教官は、チェスをしながら先ほどの話をしていた。
「(大きなウリエッタは小さなアレサの集合体である)私の国の言葉です。そして、その事を一人の生徒が思い出させてくれました」
「ほお。どこの国にも、似たような言葉があるものなんですね」
既にリチャード主任教授は、ヒュッター教官が宇宙人である事を告白されていたが、周りの目も考えてあえて国と表現していた。
「ですが、よろしかったのですか?私達に協力することは、あなた方のルールに触れるのでは?」
「私が、この星を約800日間観察してきた結果、地球人は、若くて熱くて真っ直ぐであると感じました。よく言えば若く、悪く言えば未熟で幼いと思ったのです。そのために、先の(ウルティマ)でのような、無用な混乱と衝突を避けるために距離を取ることにしたのです。距離を取ったことは妥当な選択でしたが、これでは何も変わらない事が確実でした。(遠くから見ているだけでは何も変わらない)(時には後戻りをすることがあろうとも、一歩ずつでも前に前進する)。まさか、あの歳の少女にその事を教えられるとは思いませんでした」
「そうですか。あなたが、そう思ってくれた事を嬉しく思います。そして、これからも、私達の生徒の行く末を見守って行きましょう」
「そう思わせたのは、あなた達地球人です。そうですな。私にも一つ楽しみが増えました。チェックメイト!」
「最近、強いですな。ヒュッター教官は」
「800日も、地球にいますので・・・・・・」
「はあ・・・・・・」
800日どころか、何十年もチェスを続けているリチャード主任教授は少し悔しかったが、それを表に出すほど若くはなかった。
「孝一郎。私のせいでごめんね」
「いや。絶対に(女性にモテない)発言の復讐だな・・・」
「厚木!風祭!気合を入れて磨けよ!来週には、(ステルヴィア)は、土星に向けて出発だからな!」
未確認飛行物体との交信を終えて帰還した俺を待っていたのは、必要以上の笑顔を浮かべた迅雷司令であった。
彼は、りんなちゃんには先ほどの命令違反の罰として、俺には先の「ウルティマ」での独断の罰を今執行すると宣言して、共に通信レンズ磨きを命じていた。
「孝一郎って、何気に一番レンズ磨きをやっているよね」
「ふふふ。レンズ磨きは、熟練の域に達したわけだな」
何の自慢にもならなかったが、俺のレンズ磨きの腕はかなりに域に達していた。
要するに、意外と罰当番を受ける回数が多かったのだ。
「孝一郎。アリサとちゃんと話をした?」
「いいや。あの二言だけ・・・」
結局、「無事に帰ってきてね」と「孝一郎!気合を入れろ!」以外の言葉を聞く事は適わずに、アリサは以前のままの態度であった。
それでも、その二言が出た事は、俺にとって最大の救いであった。
「アリサも、意地っ張りだよね。孝一郎が浮気をしていない事なんて、わかり切っているのにさ」
「でも、少し改善はした。新型DLSと同じさ。それに、(ジェネシスミッション)が終わりさえすれば・・・・・・」
「土星に向けて出発すると、私達とはお別れじゃないの。アリサも、退避側の人員に入っているし・・・・・・」
「ジェネシスミッション」まであと一ヶ月を切り、6月に入ると、「ステルヴィア」は様々な準備を平行して行いながら、決戦の地である土星圏に向けて出発する事になっていた。
そして、その際に指名を受けた俺達以外の学生は、「フジヤマ」で地球に帰還して自宅待機に就く事になっていたのだ。
つまり、移動時間や作戦後の事を考慮すると、数ヶ月はアリサと会えない事になっていた。
「決めたんだ。アリサと仲直りできようと、できまいと、俺はアリサに生きていて欲しいから自分の任務を誠一杯に果たすって」
「ふーーーん。プラトニックラブだね」
「その言葉って、そういう意味で使うの?」
「こらぁーーー!サボってないで、しっかりと磨け!」
「へいへい」
レンズ磨きを中断して話をしていた俺達に、迅雷先生の激が飛ぶ。
どうやら、忙しい身にも関わらず、まだこの場にいたようであった。
「孝一郎。このデンジャラスターボって何?」
「デンジャラスターボ?」
俺達がレンズ磨きに使用していたクリーナーは、今回からいつの間にか更新されていて、最新の機種になっていた。
「きっと、凄い威力でレンズを磨くんだよ」
「しーぽんが、昔振り回されたくらいに?」
昔、罰ゲームでレンズを磨いていたしーぽんが、レンズクリーナーに振り回された時に、りんなちゃんはいなかったが、アリサかお嬢からその時の話を聞いていたらしい。
「だろうな。でも、力のある俺なら・・・・・・。のひょぉーーー!」
俺が特に警戒もしないでクリーナのスイッチを切り替えると、恐ろしい力で体ごと振り回され始めた。
「うわぁーーー!みるみる汚れが落ちていくね。孝一郎。凄ぉーーーい!」
「うわぁーーー!ありえないパワーとスピードだぁーーー!誰か助けてくれぇーーー!」
りんなちゃんの歓声を聞きながら、俺は予定よりも早くレンズ磨きを終了させたが、体の方はヘトヘトになってしまうのであった。
「ふう。あのバカクリーナーめ!限度を考えやがれ!って、これは・・・・・・」
罰当番のレンズ磨きを終了させた俺が自室に戻ると、テーブルの上に見慣れない紙袋が置かれていた。
「合鍵を持っているのは・・・・・・。アリサか」
ここのところの騒動で、最近はまったく来ていなかったが、鍵のかかっている俺の部屋に入れる人物は、アリサ一人だけであった。
「何だろう?」
俺が紙袋の中身を確認すると、そこには数個のオニギリが入っていた。
「前はよく作ってくれたよな。ありがとう。アリサ」
俺は感謝の言葉を述べながら、遅めの夕食を取るのであった。
「それで、差し入れだけ置いて帰って来ちゃったの?」
「まあね」
「何か。アリサらしくないよね」
「そうかな?」
「そうだよ」
ちょうど同じ頃、アリサとしーぽんは、同じように遅めの夕食を取っているところであった。
「ちゃんと、話をすれば良いのに・・・・・・」
「しーぽんこそ、光太と話はしたの?」
「したよ・・・・・・」
「何て?」
「(ジェネシスミッション)が終わるまでは、お互いにただのパイロットでいようって・・・・・・」
「しーぽん・・・・・・」
「私、間違っているかな?」
そうアリサに質問するしーぽんの目には、涙が浮かんでいた。
「そんな事はないよ。しーぽんは、考えに考え抜いたんだよね」
「うん。良く考えたんだよ・・・・・・。でも、アリサはどうなの?孝一郎君の話を、ちゃんと聞いてあげる気はないの?」
「私も、本当はわかっているんだ」
「何が?」
「孝一郎が、浮気なんてしないって事を・・・・・・。でも、最近の孝一郎は、(ジェネシスミッション)の事だけを考えている。ここで、私が割って入って孝一郎の邪魔をする事になってしまったら・・・・・・」
「アリサ・・・・・・」
「だから、私は後に孝一郎に選ばれなくても、(ビアンカマックス)の整備を時間の限り懸命にやって、縁の下の力持ちに徹する事にする。全ては、そのあとの事よ」
「そうなんだ。でも、お互いに辛い選択だよね」
「そうね。でも、私は孝一郎の邪魔をしたくはない」
西暦2357年5月27日。
「ジェネシスミッション」開始まで、あと一月を切った。
計画は予想よりも順調に進んでいたが、まだ本番では何が起こるのかが予想できなかった。
俺も絶不調の状態を脱してはいたが、まだ新型DLSを使いこなせるとは言えない状態であった。
太陽系の運命は?俺とアリサとの関係は?
いよいよ来週「ステルヴィア」は、土星圏に向けて最初で最後の船出をする事になる。
あとがき
転職したら、書く時間が減ってしまった・・・・・・。
昔は、待機時間にちょこちょこと書いていたんですけど。
次回の更新は不明です。