「シンク……なの?」
「まぁね」
「…………二つ名は?」
「烈風」
「所属……」
「神託の盾(オラクル)騎士団参謀総長兼第二師団長」
「総長の名前……」
「ヴァン・グランツ。これで十分だろ?」
いきなりのアリエッタの質問にも流れるように答えるシンク。
アリエッタは獣をカードに戻し、抱いていた人形を落とすと、シンクに向かって駆け出した。
「は?」
シンクの目が点になる。
アリエッタは急にシンクに抱きつくと、嗚咽を上げて泣き出したのだ。
「うえ……ふええ……」
「ちょ……何泣いてんの、アンタ?」
「うええ……シンク〜……」
「おい……!?」
アリエッタを引き離そうと彼女の肩に手を置くシンクだったが、ハッとなる。恐る恐る振り返ると、ネギ、明日菜、カモが唖然と自分達を見ていた。
「お兄ちゃん……」
「旦那……」
「女の子泣かすなんて……」
「違う!! 僕は何もしていない!」
「ひっく……ぐす……!」
「お兄ちゃん、アリエッタさんに何かしたの?」
「旦那、俺っちが言うのもアレだけど、自首した方が……」
「アリちゃん、こっちおいで! 危ないわよ!」
「だから人の話を聞けえええええぇぇぇぇ!!!!!!!」
勝手に変人扱いされ、シンクは思わず怒鳴ってしまった。
「ったく……何で僕がこんな目に……」
女子寮のアリエッタの部屋に連れて来られたシンクは、なぜか彼がコップに水を入れ、未だに嗚咽を上げているアリエッタに差し出す。
「ん……飲みなよ」
「はい……です……ぐすん」
顔を俯かせたまま、アリエッタはコップを両手で持って水を一気に飲み干す。
「で? 何でこんな所にいるの?」
「?」
「不思議そうな顔しないで答えてくれる?」
テーブルに頬杖を突いて質問するシンク。
ハッキリ言って、彼もアリエッタと同じく、動揺している。
まさか、こんな異世界に来て、かつて世界を覆そうとした同僚と出会うなど予想だにしていなかったのだから。
「…………アリエッタはあの時……チーグルの森で死んだ……」
「分かってるよ、そんな事」
「でも……気が付いたらこの世界にいて……お爺ちゃんに助けて貰った」
「お爺ちゃん?」
「ココの学園長先生……それで……アリエッタの身体、音素じゃなくて魔力で再構成されてた……」
「ああ、それは僕も同じだね」
彼らの世界において音素と、この世界における魔力は非常に酷似している。彼らの世界の死とは、音素が肉体から乖離し、消滅する事である。特にシンクのようなレプリカとして生まれた者は特に音素乖離し易い。
「…………2年前に……」
「2年前ぇ!?」
思わずシンクは声を荒げた。
彼がこの世界に現れたのは、大体1年と4ヶ月ほど前。
しかし、アリエッタはそれよりも早く、この世界に来ていた。
「(どういう事だ? 僕とアリエッタが死ぬ間は、そんなに経ってない……この世界に現れるのに、そんなに時間差が……)」
「シンク……」
「ん?」
なぜか2人のこの世界に現れた時期が大きく違っているコトを考えていると、不意にアリエッタが話しかけて来た。
「シンクがココに居るってコトは……やっぱり……」
「ああ。死んだんだよ」
「…………そう……アリエッタが死んだ後……どうなったですか?」
「色々……瘴気が消えて、ラルゴ、リグレットも連中に負けて死んだよ」
「…………ディストと総長は?」
「ディストも負けたけど死亡は確認してないよ。ま、アイツはゴキブリ並にしぶといから生きてんじゃない。ヴァンは……知らないね」
最終決戦の地で、シンクは彼らの長の最後の砦として戦ったが負けた。
何とも言えない雰囲気が2人の間に流れる。
「この2年間……ずっと元の世界に戻ること考えてた……アリエッタが戻れば、総長を助けられる……そう思って、この学園で元の世界に戻る方法を探してた……シンクは……どう……?」
「……………(言えない! 何もしないで、ただグータラ過ごしてたなんて!)」
元の世界に戻る。
考えないことはなかったが、正直、何が何でも戻りたい、とまで思わなかった。
元居た世界はシンクにとって憎しみしか無い。
勝手に望まれ、勝手に生み出され、勝手に捨てられ、勝手に殺される。
誕生して僅か2年で世界の仕組みと醜さを知った。
それに比べ、この世界はどうだろう?
オリジナルといえばオリジナルだが、預言(スコア)など存在せず、争いや貧困などは多々あるが、一応は平和である。
シンク自身、いつの間にかこの世界が『居心地良く』なってしまっていた。
「シンク?」
「う……そ、それより、アンタ確か18歳じゃなかった?」
無理やりシンクは話題を逸らす。
元の世界で16歳だったアリエッタは、この世界で2年の時を過ごしていたのだから18歳、という事になる。そんな彼女が中学生として過ごすのは変だろうとシンクは指摘する。
「お爺ちゃんが……このかのお友達になって欲しいって言ったから」
「このか? ああ、あの娘ね」
シンクはこの学園で最初に出会った黒髪の少女を思い出す。
けどまぁ、2年経っても相変わらず幼い容姿と言動のアリエッタなので、中学生でも問題ないように思った。
「は!?」
「な、何?」
そこへ、アリエッタが急に表情を激変させ、立ち上がったので驚くシンク。
「ど、どうしよう……? ア、アリエッタ、アスナの前で魔法使っちゃった……」
「魔法って……あの召喚術?」
カードから獣を呼び出す術。彼女のかつての二つ名は『妖獣のアリエッタ』。魔物と心を通わせ、共に戦い、また彼女自身も強力な術の使い手だった。
こちらの世界で彼女は魔法の修行をしたようで、カードによる魔獣召喚を得意としているようだ。
「ネ、ネギ先生が魔法使いなのは知ってるけど、一般人に知られたら……ア、アリエッタ、オコジョにされちゃうですー!!」
大量の涙を流してベッドに駆け込み、布団の中に隠れるアリエッタ。
「オコジョいや〜」
「(何ゆえオコジョ……?)」
ネカネから聞いていたが、魔法使いは一般人に魔法がバレるとオコジョにされるらしい。しかし、何でまたオコジョなのか、シンクには理解出来なかった。
が、アリエッタの余りに情けない姿を見て溜息を吐くと、シンクはフォローを入れた。
「あの女……ネギが魔法使いだってこと知ってるよ」
「ふぇ?」
その言葉にアリエッタは布団からゆっくりと顔を出す。
「ネギが魔法使いだって知ってるから一般人じゃない」
「………ほんと……?」
「ああ」
「オコジョされない?」
「されないよ」
「……………ほっ」
布団から出て来て安堵の溜息を吐くシンク。
「さて……と。僕は帰らせて貰うよ」
「え? 帰るの?」
シンクが鞄を持って立ち上がると、アリエッタが意外そうな声を上げる。
「当たり前だよ。ココは女子寮。僕がいたら色々問題あるだろ」
「そう……」
なぜか寂しそうなアリエッタを他所にシンクはドアノブに手をかける。
すると扉を開いた途端、ドサドサっと大量の女子が流れ込んで来た。
「な、何?」
「ハルナにゆえ……ソレに皆も……」
入って来たのは、ネギのクラスの生徒である明石 裕奈、朝倉 和美、綾瀬 夕映、和泉 亜子、大河内 アキラ、春日 美空、古 菲、早乙女 ハルナ、佐々木 まき絵、鳴滝 風香、鳴滝 史伽、雪広 あやか、更には明日奈、木乃香、のどか、そして昼間出会った柿崎、釘宮、桜子の3人に加え、ネギとまぁ廊下にぎゅうぎゅう詰めでいた。
「皆、どうしたの?」
「あはは。いや〜、ネギ君のお兄さんがいるって聞いて、更にはアリエッタの知り合いらいいじゃん。
こりゃスクープだと思って……」
狐みたいな細い目の笑顔でデジカメを見せる朝倉。
「お兄様、初めまして。私、ネギ先生のクラスの委員長を務めております雪広 あやかと申します」
呆然となっているシンクに、突然、あやかがギュッと手を握って来た。
「お兄様にはネギ先生と結婚を前提とした清く正しい交際を是非とも認めて頂きたく……」
「は?」
「えぇっ!?」
「あ〜! いいんちょ、抜け駆けズル〜い!」
「のどか! 負けてらんないよ! アンタもお兄さんにちゃんとアピールを!」
「ふぇえ!?」
「アリちゃんとの関係は!?」
「過去に付き合ってたとか!?」
エスカレートしていくネギのクラスの生徒達。
シンクは額に指を当ててネギを見る。
「ネギ……」
「ご、ごめんなさい、お兄ちゃん……」
「はぁ……」
ネギとしてはシンクやアリエッタに色々と質問があったのだろうが、この状況ではそんな事も言ってられない。
シンクは盛大な溜息を吐くと、女生徒達を追い出し、扉を閉めた。そして鍵をかけ、苦渋に満ちた表情でアリエッタに言った。
「…………泊めてくんない?」
「……………」
床に布団を敷き、Tシャツとジャージのズボンに着替えたシンクは両手を枕にして真っ暗な天井を見つめる。
アリエッタが、この世界にいた。
なら死んでいった他の連中もいるのかも、と考えてしまう。
だとするとココは死者の世界かと極端な理論を考えてしまう。
馬鹿馬鹿しい、と嘲笑し、シンクは目を閉じる。
死者の国なら、最初から存在していないレプリカである自分が来れる筈など無い。シンクは馬鹿な事を考えるより寝ようとすると、ふと隣でもぞもぞと何かが動いた。
「んしょ……」
「………………何?」
なぜかベッドで寝ていたアリエッタが布団に潜り込んで来た。
「一番大切なお話……してないです」
「何の話?」
「イオン様……」
ギョッとシンクの両目が見開かれる。アリエッタはシンクのシャツを強く握り締めると、手と、そして声を震わせながら言った。
「アリエッタ……こっちの世界に来て色々と考えた……あのイオン様は……アリエッタのイオン様じゃなかったです……」
「…………何がさ」
「シンクの……顔。イオン様と同じ……」
シンクはハッとなって自分の顔を手で覆う。
仮面を外してから、シンクはアリエッタと顔を合わせていない。シンクが一度地核に落ちて地上に戻ってからは、アリエッタはレプリカとして復活した彼女の故郷に居た。
そして彼女が死ぬまで、シンクは一度も顔を合わせていない。つまり、アリエッタが彼の素顔を見るのは今日が初めてだったのだ。
「シンクも……イオン様のレプリカだったですね……」
「…………そうだよ」
「アニスが盗ったと思っていたイオン様も……イオン様じゃなくて……アリエッタ、そんなコトも分からずにアニスを勝手に恨んで決闘したですね」
「ああ。傍から見れば、アンタは無駄死にだよ」
ビクッとアリエッタの身体が大きく震えたのをシンクは感じ取った。
「導師のオリジナルは、とっくに病気で死んだ。僕もアイツもその代わりとして生み出された。
導師が変わった事を知られない為、アンタはその守護役を解任されたんだよ」
「そう……だったですか……」
「でもまぁ……アンタはアンタが信じてたもんに殉じて戦ったんだ。それは誰に馬鹿に出来ないコトだよ」
「……………」
「何?」
暗くて良く見えないが、彼女の視線を感じ、シンクが顔を向けると、アリエッタはニコリと笑った。
「シンク……変わったです」
「は? 変わった?」
「優しくなった……です……」
「…………馬鹿言ってないで、とっととベッドに戻って……」
「スー……」
「(寝るの早!)」
いつの間にか寝息を立てているアリエッタに驚くシンク。
流石は元野生児、といった所か。
シンクのシャツを強く握り、顔を押し付けて眠るアリエッタ。
「イオン……様……」
その寝言と彼女の目尻に光る涙を見て、シンクはフンと鼻で笑い、静かに目を閉じた。
「……………」
日の出前の早朝、シンクは静かに女子寮を見上げる。
ネギの様子も見たし、カモの件もとりあえず終わった。
もう用は無いとイギリスに帰るコトにした。唯一、アリエッタのことが気がかりだが、彼女も彼女で上手くこの世界の学園生活に馴染んでいるようなので、特に注意する必要がないと判断した。
「優しくなった……ねぇ」
馬鹿らしい、と思いつつもシンクは歩き出す。
しかし、その途中で足を止めた。
「…………誰?」
朝霧に包まれ、一人の男性が姿を現す。眼鏡をかけ、無精ヒゲを生やしたスーツ姿の男性だ。ポケットに手を入れたまま男性は穏やかな顔つきでシンクに話しかける。
「君がアリエッタ君の知り合いだね? 僕は高畑・T・タカミチ。ネギ君やアリエッタ君と同じ魔法使いだ」
「へぇ……それが何?」
「悪いけど一緒に来てくれないかな? 学園長が話を聞きたがっている」
「イヤだね。面倒なコトは嫌いなんだ」
即答で断り、シンクは男性―タカミチとすれ違う。
「君やアリエッタ君の事情は知っている。君達は、この世界においてイレギュラー……どのようなコトをもたらすか分からない存在なんだよ」
「…………知ったこっちゃないね。少なくとも僕は、この世界をどうこうしようなんて思ってない」
「僕ら魔法使いは、世界中の困っている人を影から助けるのが役目。君が危険因子でないかどうか見極めさせて貰う」
その瞬間、背後で殺気を感じたシンクは、高く飛び上がった。すると今まで彼が立っていた所を強烈な拳圧が通り抜けた。
地面に着地したシンクは鞄を捨て、拳を掌に叩きつけ、不敵な笑みをタカミチに向ける。
「面白い。最近、運動不足の上に今はちょっとだけイライラしてるんだ。アンタで両方、解消させて貰う」
すると彼の身体から青白い光が発生する。強力な魔力だ。タカミチも笑みを浮かべてポケットに手を入れたまま、シンクに向かって攻撃を仕掛けた。
「(拳をポケットに入れて一気に抜く、か)」
剣術で言う所の居合い切りのようなものだ。ポケットを鞘に見立て、拳を尋常でない速さで抜く事により、生じた拳圧で相手を攻撃する。
即座にタカミチの攻撃を分析すると、シンクは両手を交差させて拳圧を防いだ。
そして次の攻撃をして来る前にタカミチに向かって駆け出す。
「(速い!)」
シンクのスピードにタカミチも驚きを隠せない。あっという間にシンクはタカミチの懐へと間合いを詰めた。
シンクは膝を曲げ、拳を後ろへ引く。その拳が光を帯びた。
「臥龍空破!!」
タカミチの拳圧に勝るとも劣らぬ威力のアッパーが放たれる。しかし、タカミチは咄嗟に後ろに下がり、拳は服を掠めるだけに終わった。
空中にいる間、シンクは完全に無防備。そこへ、タカミチの放った拳圧が直撃する。
「ぐ……!」
苦痛で表情を歪め、吹き飛ばされるシンク。シンクは木に叩きつけられ、地面に倒れる。静かに倒れるシンクを見つめるタカミチ。
「唸れ烈風、大気の刃よ、切り刻め……」
「! (詠唱!)」
が、シンクが小さく呪文の詠唱が聞こえたのでタカミチは距離をとろうとした。
「ターピュランス!」
シンクの魔術(譜術)が炸裂する。タカミチの足元から極小の竜巻が発生し、彼を閉じ込めた。
「(風系か……しかし威力は低い。これなら……)」
タカミチはポケットから両手を出すと、その手に光が発生した。そして、その光を合掌するようにして合わせると、彼の身体をより強力な光が包み込み、再びポケットに手を突っ込んで拳圧を放った。
するとシンクの生み出した竜巻が一瞬でかき消された。
「(彼は……)」
「ココだよ」
「!?」
背後から声が聞こえ、タカミチはギョッとなって振り返る。そこには手に魔力を込めて目の前で広げているシンクの姿があった。
「この距離なら避けようが無い。アンタが少しでも動けば、撃つ」
「く……!」
「…………なんて、ね」
シンクは笑みを浮かべると、魔力を消して手を引いた。
「…………どういうつもりだい?」
「最初に言っただろ? 運動不足とストレスの解消が目的だって。久し振りに暴れたから、スッキリしたよ」
そう言ってシンクは鞄を拾うとズキッと脇腹に痛みが走ったので手で押さえた。
「痛〜……思いっ切りやったな、アンタ? アバラの2,3本折れてるよ」
「…………学園長の所へ来てくれたら魔法で治してあげるよ」
「…………しょうがないな。このまま痛いの我慢して歩くのもイヤだし、付いて行ってあげるよ」
振り返りざまに笑みを浮かべるシンクに、タカミチも笑顔になる。2人は並んで学園長室へと向かって行った。
後書き
微妙にシンアリでした。