「あの〜お話しもまとまったみたいですし、そろそろ仕事の方をお願いしたいですがねぇ」
おキヌちゃんと簡易ちゃぶ台でお茶を飲み終えた依頼人が、このままではいつまでたっても仕事が始まりそうにないので口をはさんでみた。
「そうよ〜令子ちゃん〜〜、一緒にお仕事して〜〜?」
「うっ、同業者は私だけじゃないでしょ!?他をあたって!」
美神はこの仕事をするのにあまり乗り気ではない。
第一、共同作業などと依頼書には書いていなかったのだから明らかに情報不備だ、
例え断ったとしても違約金だのなんだのは発生しないだろう。いや発生させないだろう。
「そんな〜〜令子ちゃんに断られたら〜〜私〜私〜〜」
美神が断りそうな空気なので冥子の目がまたもや潤んでくる。
「しょ、所長殿!やはりこの依頼はやるべきであろう!?一度引き受けたものを断るのはプロとしていかがなものかと思うのじゃが!?」
ついさっきの暴走がよほどこたえたのか緋鞠が必死に美神を説得する。もう顔面蒼白だ。
そこで美神は考える、
さっきは緋鞠にしか被害がいかなかったがいつもそうだとは限らない。
美神は冥子の恐ろしさをよ〜く知っているのだ。
断るのは得策ではない。
「じゃ、じゃあ緋鞠!この仕事はあんたが前衛やりなさい」
「…………え゛?」
これは予想外の展開だ。
仕事はいつも美神が前衛を勤め、緋鞠はその補助的な役目をするのが常である。
それが現役最高のGSのポリシーであり、どんな危険な仕事にも屈しないプライドでもあったが美神とて命は惜しい。
さいわい冥子の暴走は緋鞠に向かうようだし式神は緋鞠に対してだけは襲うというよりも、じゃれついているだけのようなので怪我などの心配はないだろう。実は1番被害の少ない冥子対策だ。緋鞠の精神的苦痛にはこの際目をつぶる……
「という訳で頑張って緋鞠!」
「私の被害は高まる一方ではないか!!」
「じゃあ横島くんが前衛」
横島が前衛でも護り刀を勤める以上、緋鞠が前衛なのと変わりない。
わかってて言っているのだからたちが悪い…、
「わかった…うぅ、今日は厄日じゃ、早く終わらせて帰って寝る…」
なんかもー世の中全てに絶望しましたーって感じの暗いオーラを漂わせて緋鞠が呟く。
なんだか冥子が暴走する事、前提で話しが進んでいるがまぁ仕方ないだろう、冥子だし……。
「緋鞠が前衛ならアレやった方が良いんじゃねーか!?」
「アレって何よ?」
美神にはまだ妖脈の話しはしていなかったようだ。
横島は得意満面に胸を反り返し、鼻の穴を広げ…
「イクのだ!我が従者よ!!」
ピクっ
ゾクゾクゾク!
「…!?わ、若殿字が違っ…にゃぅ…!」
「うぉぉぉ!キタキタキター!!」
横島が見えない妖脈を意識すると緋鞠の中にまたもやあの妙な快感が走り、普段は隠しているネコミミとしっぽを出して悶える。
その姿を見た横島が興奮する、快感が強くなる。
数瞬後にはあのレベル400の硬さを誇る式神を真っ二つに斬り裂いたスーパー妖、野井原 緋鞠が誕生していた。金色ではなく桃色のオーラが眩しい。
「ハァハァ……いきなりやるでない!バカ殿!!」
ゴンっ!
桃色の吐息を吐きながらパワーアップした緋鞠が横島の顎を安綱の柄で、かち上げた。
だが美神達には何がなんだかわからない。
それはそうだろう、はた目には緋鞠が突然色っぽく悶え始めて、それを見た横島が興奮しているようにしか見えないのだから。
場合によっちゃ緋鞠は痴女扱いだ。
しかし霊能力者から見ると緋鞠の妖気が増している事がわかるだろう。
まさか横島が何かしたのか?そうとしか考えられないが俄かに信じがたい。それに昨日まではこんな能力はなかったはずだが……。
いろいろ考えていても仕方がないので美神は横島を踏み付けていた緋鞠に説明を求める。
「妖脈ねぇ?そんな便利なもんがあるんならもっと早く言いなさいよ」
「んな事言ったって俺だって今日知ったんですよ!?」
「その前にこんな事、毎回やられたら私の身体がもたぬわ!!」
そして横島はなんでそんなものが緋鞠と繋がっているのかはわからない事と、帰ったら親父達に詳しく聞いてみる事を美神に伝えた。
「これでますます美神除霊事務所は戦力アップね!!やっぱりあんた達は手放さないわ!これからガンガン仕事受けるわよ〜〜!!」
「い、いや私の身体が…な?」
「美神さん…目が¥になってます…」
「仕方ないよおキヌちゃん、こうなった美神さんは誰にも止められない…」
「みんな〜仲良しなのね〜〜〜」
いつまでも無駄話しをしている訳にもいかないので、美神達は問題の建物へと入る事にした。
おキヌちゃんは外の依頼人の傍で待機している。
話しによると千体を越える悪霊がいるらしいので美神達は気を引き締める。緋鞠が前衛とはいえ美神も気は抜けないのだ。
「これはすごいわね……」
「………………!」
「見渡す限り悪霊だらけじゃな」
まさに緋鞠の言葉通りマンションを埋め尽くさんばかりの悪霊で満ち溢れている。
横島はあまりの数に声も出ないほどだ。
「それじゃさっそくかかりましょう!」
そう言うと美神と緋鞠が愛用の武器を構える。
美神は神通棍にその他、大量のお札やら霊体ボウガンやら、緋鞠はもちろん日本刀の安綱だ。
「令子ちゃんって〜攻撃系の道具は〜ほとんど使えるのね〜〜〜
緋鞠ちゃんも〜と〜っても強そう〜〜」
私なんて自分ではなんにもできないのよ〜と言いながら冥子は美神達へ憧れの視線を向ける。
冥子には美神や緋鞠よりも遥かに強くなれる素質があるというのにもったいない限りだ。
「そんな事より早く準備しなさい、油断してると一気にやられるわよ!」
「は〜〜い、バサラちゃん頼むわよ〜〜」
冥子が自分の影に向かって声をかけると、縦横共に人の5倍はありそうな黒いかたまりが出てきた。冥子の式神の一つであるバサラだ。
それを見た緋鞠の頬が引き攣っているがこの毛玉の化け物みたいなものに潰されそうになった記憶はまだ忘却するには早いので仕方ないだろう。
今は緋鞠弄りよりも仕事が優先なのかバサラは何もしてこない。緋鞠にとっては一安心だ。
『誰だ…!?近寄るな…!近寄れば殺す!!』
そうだった、相手はバサラではなく悪霊だ。
バサラの存在に気付いた悪霊達が威嚇してくる。
「……今日被った被害の数々…貴様らで存分に晴らさせてもらうぞ!!」
ンモーーッ
だいぶ私怨混じりの啖呵を切った緋鞠だがいきなり出鼻をくじかれてしまった。
バサラの(おそらく腹のあたり?)に大きな穴が空くと悪霊達をまるで掃除機のように吸い込み始める。
「相変わらずすさまじいわね…」
美神にそう言われ、褒め言葉と取ったのか冥子はニッコリ微笑むと次の式神達、インダラとサンチラとハイラを呼び出した。
「遠慮しないで乗ればいいのに〜〜8階まで〜行くのよ〜〜?」
「……おかまいなく!」
「なぜ私の頭に乗るのじゃ毛玉!」
「悪霊よりも質悪ぃな…」
バサラが悪霊を吸い込んでるとはいえこんな状況で雑談できるこの連中はやはりまともではない。
冥子と美神の出会いや冥奈の性格(緋鞠が今後のために切望した)などを話しながら8階まで特に問題なく突き進んでこられた。
「ここが問題の部屋ね」
「あの辺の窓でしたっけ?」
横島が指差した方からは無数の悪霊が次から次へと入ってきている。
これでは禊っても禊ってもキリがないのでまずはあの辺一帯に結界を作り、霊の侵入を防ぐという寸法だ。
「緋鞠、冥子!そいつらの相手は任せるわよ!」
そう言うと美神と横島は結界を作るために梯子とお札を持って走り回る。
「承知!今度こそ鬱憤晴らしてくれる!!」
「バサラちゃん〜緋鞠ちゃん〜頑張って〜〜」
よほど溜まっていたのか目付きがヤバ気な緋鞠とは対象的にのほほんと応援する冥子。とても気が抜けるが本人は至って真剣だ。
最初の数分は特に問題なかったのだがしばらくすると悪霊達が頭を使う。
『あいつだ!つれとる化け物と猫は強いがあいつ自身は弱いぞ…殺せ…!!』
冥子に向かって大量の悪霊が殺到していく。
しかし冥子の元へ行き着く前に悪霊達は四散した。
「悪いがその女に泣かれると困るのじゃ、私が!……殺るなら私か式神達にしてもらおう」
「緋鞠ちゃん〜〜?」
一瞬で安綱に斬り裂かれた悪霊達が元いた場所には安綱を鞘に納めた緋鞠が立っていた。
鋭い視線を残った悪霊達に向けてそう言い放つと妖脈のおかげで増したスピードともともと持っていた剣技を活かして次々と悪霊を屠っていく。
一体斬ると振り向きざまにもう一体、返す刀でもう一体。
冥子の式神軍団も負けず劣らずの働きを見せ、悪霊はどんどんその数を減らしていく。
しかしどんな時でも隙というものは必ず出てくる。
その隙を偶然か必然かはわからないが一体の悪霊が突いてしまった。
ビシュ!
「あ…血が…」
「「「!!?」」」
緋鞠だけではなく、向こうで作業していた美神と横島までもがその決して大きくない冥子の声を聞き逃さなかった。生存本能ってすごい。
見てみると冥子の頬からはほんのかすり傷程度だが血が出ている。
「ふぇぇ…」
「まずい!!」
「冥子、ちょっとタンマ!今はさすがにやばいわよ!!!」
「は〜〜ん!もうおしまいや〜〜〜!!」
「ふぇ〜〜〜〜ん!!」
冥子が泣いた瞬間に影の中にしまっていた式神達も全て出てきた。
今度はさっきとは違い、緋鞠だけではなく、壁やら窓やらもどんどん破壊している。
「にゃぁぁぁっ!もうイヤじゃ!」
「ギャーーっ!誰かなんとしてー!!」
「落ち着いて、冥子!式神のコントロールを…!」
「ふぇ〜〜〜〜ん!」
1時間20分後……
夕日が沈み始める頃には新築マンションはすでに無く、新築マンション”跡地”へと変わっていた。
「ま、とにかく霊の心配はなくなったみたいだわね…」
「私はもう立つ気力すらない……」
「マンション…私の新築マンション……」
「ごめんね〜私興奮すると〜式神のコントロールができないのよ〜〜
でもね〜わかちあえる友達がそばにいてくれて〜嬉しいわ〜〜」
「「私が好きでここにいるとでも思う(っておるのか)の!?」」
ところでその頃、元新築マンションの瓦礫の一角で一つの命が燃え尽きようとしていた。もちろん横島である。
(人語翻訳ハルにゃん)
『野井原の嬢ちゃんに護ってもらえるなんざ憎いねぇ、この幸せもん』
「冥子さ〜ん、丸いの一匹仕舞い忘れてますよ〜」
チーン!(合掌)
とぅーびーこんてぃにゅー
あとがき
こんにちわハルにゃんです……サイン会へ行くためにお仕事前倒しで死にそうです…1話書くのにまさかこんなに時間がかかるとわ…。
ともあれようやくひまり1巻が発売しました、これで私の小説を読んでくださる方が増えると嬉しいですねぇ。
次回は学校編を書きますので楽しみにしていただけると嬉しいです。
ではでは今回はこの辺で。