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「WILD JOKER 巻19後編(GS+Fate)」

樹海 (2007-01-26 22:45/2007-01-28 07:42)
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夕食後。
 穏やかな時は過ぎ、藤村大河は明日も仕事だからと早々に引き上げた。ああ見えても彼女はれっきとした英語教師だ。加えて帰らなければ祖父の雷河が煩い。士郎の家だからこそ夕食はこちらで取る事を認めてくれているのだ。
 それが今の彼らにはありがたい。
 今、この家にいる者は皆がこっちの世界の住人。ただ、彼女のみがまだこの世界の事を知らないのだ。

 そして作戦が動き出す。


 WILD JOKER 巻19後編


 作戦自体は簡単だ。
 食事が終わった後、士郎と桜は片付けに入る。そんな中、ライダーは食後席を離れるが、これは珍しい事ではない。彼女は読書好きであり、特にTVが好きという訳でもないので、食事が終わった後は部屋に戻ってしまう事が結構あるのだ。
 んで、凛は残っているが、横島は何時も通りに、『見張り』を命じられて逸早く外へ出て行った。
 ……少なくとも、士郎と桜はそう思っていた。
 だが、実は違う。イリヤとセイバーは既に密かに事情を伝えられていた。故に事態に備えてイリヤもまたこの場に残っている。そして肝心の二人はというと、実は隣の部屋にいた。

 「では」
 二人はそれぞれにキャスターの薬を使う。別にかぶってもいいらしいのだが、まあ濡れるのも何なので飲んだ……そして後悔した。
 『………ま……不味い……』
 そう、とんでもなく不味い味だったのだ。よく考えてみれば、キャスターの料理がアレな状態だというのだから、薬が美味しい筈がないではないか。何が『飲んで良し、浴びて良し、の優れものよ!』だ、と横島は思ったが、まあそれは問うまい。ちゃんと効果は出たのだから……。

 キャスターから貰った薬。それは縮小薬である。
 実の所、物体をすり抜けるという事自体はサーヴァントである彼らには容易い。霊体化すれば良いだけの事だ。だが、それでは臓硯の本体への攻撃は出来ない。理由は簡単、桜の身体をすり抜ける事は出来ても、内部で実体化する事が出来ないからだ。無理に実体化しようとしても重なってしまう。
 結果、内部にある臓硯の宿る依り代に攻撃しようにも、霊体では物理攻撃が仕掛けられない為に攻撃出来ない、という事になる。
 ならば、攻撃を仕掛けるにはどうすればいいか。答えは簡単だ。自らが小さくなればいい。そうすれば、体内で実体化する事が可能となる。現在考えられている作戦案はこうだ。
 1、二人が小さくなって桜の体内に入る
 2、臓硯の依り代を小さくして彼らの懐に入れ、桜の外に持ち出す
 3、この際、臓硯の依り代が生物なら、ライダーの魔眼で石化する
 4、外で臓硯の依り代をぶっ壊す
 5、何か困った事態になったら横島が何とかする
 これだけの、簡単な作戦だ。まあ、小難しく作戦を練ればいいってものではないので、これで上手くいけば、それが正しい。実の所、この薬の効果を初めて知った時、『えらい強力な薬ね……』と凛は呟いている。当然だろう、これを使えば、気付かれずに敵マスターの体内に入って相手を殺す事も可能になる。
 が、そう甘くはないらしい。
 まずこの薬、効果が短い。何時間も働き続けるようなものではなく、せいぜいもって1時間。余裕を考えるなら30分が限度らしい。加えて、小さくなると移動力も下がる。それこそ空を飛んでも普通に歩く人間の方が早いくらい。おまけに今を生きている者の体内で元に戻ると既に死んだ者である英霊の方が弾かれて、しかもちっちゃくなってるせいで相当なダメージを受けてしまうとか、まあ、その他にも色々あるのだが、今回ネックになりそうなのは、このあたりだと思うので上げておく。
 そこで、これらをカバーする為に桜を凛が一定場所にとどめておく事。隣の部屋で待機して、準備が整ったらライダーの全速で横島を引っ張って飛び込む事などが決められている。
 そして、今。凛が片付けを終えた士郎と桜を座らせ、お茶を入れていた。『はい、そこ!貴方達が片付けしたんだから次は私の仕事!大人しく二人仲良く座ってなさい』とにひひと笑って台所にお茶を用意しに行った。ちなみにそう言われた二人は赤くなって、でも並んで座っている。

 「……うし、上手くいった」
 一気に駆け、二人は桜の体内へと飛び込む。幸い、凛が上手く座らせて、桜と士郎には二人が潜む部屋に背を向けさせていたので気付かれてはいないだろう。無論、正面に座っているセイバーとイリヤには見えた筈だ。この二人には気付いてもらわないと困る。それにこの二人なら衛宮士郎と違って腹芸も出来るし。
 とはいえ、体内に飛び込むのは矢張り気持ちのいいもんじゃない。人間外が幾ら綺麗でも文字通り一皮剥けば繊維の塊みたいな外見になる事だし、内臓も……そう考えかけて、横島はその異様さを感じ取った。
 「……なんか……変だな?」
 「当然です、桜は間桐の魔術師によってその本来のあり方を歪められてきましたから……心も身体も」
 そう、それは間桐の魔術をその身に刻む為。
 間桐の魔術は遠坂の魔術のそれとは異なる。というより、基本的に祖を同じくしない限り基本的に魔術の根幹は異なる。だからこそ嘗て遠坂と間桐、そしてアインツベルンの三家はそれぞれの得意な魔術を活かし、或いは適正の優れた土地を提供し、根源に至るべく手を組んだのだ。
 そして桜の魔術の特性は『虚数』であった。姉である凛が五大元素を網羅し、妹である桜がその五大元素のいずれにも属さぬ残る一つを持つという順調に遠坂の家が発展している事を示していたとも言える。
 これに対して間桐の魔術は水に属する魔術である。凛ならば五大元素全てに対応していたから敢えて何かをせずとも使えたかもしれないが、桜に水の属性は存在しない。故に桜に間桐の魔術をある程度使えるようにさせる為には体内の属性を変えさせねばならない。自然と肉体改造へと繋がっていったのだ。

 「……なんだよ、そりゃあ」
 肉親から養子に出され、姉は心配しつつも遠坂と間桐双方に交わされた契約から手が出せず、されど本来引き取って愛すべき相手はあくまで自家の為の魔術の道具としてしか見ていなかったという。
 「だから彼女を解放してあげたいのです」
 自らの姉も口では……いや、ステンノーもエウリュアレーも行動でもまあ、何だったが……それでも二人はライダーの事を愛してくれていた。それは分かっている。自分が結局弱かったから最期は二人すら飲み込んでしまったが、けれど二人は逃げようとはしなかった。そして、凛もまた桜を愛してくれている。
 『ならばその手助けをするのが私の役目でしょう』

 横島の霊視に従い、臓硯の核となるべく場所を探る。それはすぐに見つかった。元々、大まかな位置は分かっているのだ。
 「…………蟲?」
 心臓に巣くう奇怪な蟲。臓硯と思しき霊体の繋がりはそこから伸びていた。間違いない、これが、この蟲こそが臓硯の依り代だ。
 だが、その姿の何と異質な事か。
 人間の肉体とは至る所に急所を抱えている。だが、その中でも破壊されれば即死を避けられない場所が二つ、脳と心臓。そして脳は魔術行使に関わる重要器官故に下手に干渉して、魔術を使えなくなっては元も子もない。それ故の選択なのだろう。だが、その形状は案外小さい。長さ的にはそれなり、といっても三十cm近くあるかもしれないが、少し大きめの頭部に長い尻尾とも見える器官。
 「………この形状ってさ」
 「それ以上は言わないように。品位が下がります」
 まあ、男が言ってもあまり嬉しくないだろうし、詳しい描写は止めておく。まあ確かに某白い液体の構成物体に似ているなんて思いたくない。

 「……ささっと片付けてでよう」
 「同感です」
 言いつつ、ライダーは横島に自分の方を見ないよう告げる。理由は分かりきっているので横島もそっちは見ないよう気をつけている。
 「ではいきますよ」
 視線にかけられた封印を解き放つ。英霊の持つ宝具。中には複数の宝具を持つ者も存在する。セイバーもそうであり、本来の彼女の宝具は風王結界を除いても更に偉大な力を持つ宝具が二つ。そしてライダーの正体がメデューサであるならばそれは。

 『神話に曰く。かのゴルゴン姉妹に見詰められた者はその尽く石と化した』
 石化の魔眼に他ならない。
ブレーカー・ゴルゴーン
自己封印・暗黒神殿

 石化の魔眼。魔眼と言われる瞳の中でも別格とされる瞳の一つ。
 一工程、シングル・アクションすら必要とせず発動出来る魔眼は極めて強力な魔術と言っていい。だが、生れ落ちた後に得た魔眼はその大部分は弱いもの。せいぜい魅了とかそういったものに過ぎない。
 だが、伝説や神話にはより恐ろしい魔眼の伝承が伝えられている。その中でも最も恐ろしい部類に分類される伝説の魔眼がある。
 一つは死の魔眼。ケルト神話における魔神バロールのそれ。
 そして今一つ、ギリシア神話における彼女の瞳。それはまごうことなく効果を……。

 キラリ。
 光が反射した。
 間桐桜の体内という光の届かない場所でありながら。臓硯の身体、いや依り代である蟲の体表は……その全てが鏡と化していた。
 「あ………」
 一瞬の自失の後……ライダーは悲鳴をあげ、その身を抱え込んだ。メデューサの石化に対抗する為のアイテムは鏡。ペルセウスがその鏡に彼女の姿を映し、ハルペーにて彼女の首を狩ったと伝えられた事から伝わる伝説。
 『カカ、万が一に備えておいてよかったわい』
 響く嘲笑の声。その声はすなわち間桐臓硯。
 ライダーが万が一、敵に回ったとした場合、恐ろしいのは矢張りその視線であろう。
 なれば、石化の視線を封じる事を考えておけば良い。臓硯が二つ打った手の片割れだ。ライダーの宝具は他にもあるが、その性質を考えれば桜の体内で使える技など限られている。ライダーの視線さえ封じれば、桜の命を盾にこやつらを引かせる事は容易な筈。
 『さて……』
 そう考え、告げようとした臓硯の言葉が思わず止まった。
もみっ 
 いや、ライダーも止まった。
 そりゃまあ、そうだろう。いきなりライダーの胸を横島が揉みしだけば、そりゃあ一瞬思考停止になったとしても責められまい。
 「うお、柔らかい……こんだけでかくて柔らかいというのは一級品の乳だ!」
 「……………何してるんですか貴方は!」
 「げふううううっ!?」
 振り向きざまの怒りを込めたライダーの一撃に横島はぎゅるぎゅると舞った。
 「一体何を考えてるんですか!貴方は!」
 即座に襟首を引っ掴んで、横島に吼える。当然ながらその視線は解放されたままなので横島が段々石化していってるのだが、気付いてないようだ。
 「……やっと戻ったな。ライダーやっぱ怯えてるよりそっちの方が可愛いぜ」
 が、そんな事気にもしてない様子で、笑顔を見せる。
 「………えっ?」
 思わず真顔で言われて一拍置いて真っ赤に染まるライダーの顔。
 「な……一体何を言うのです!」
 横島が顔まで石になりだしているのに気付き、慌てて顔を逸らすと同時に解除を行う。それでようやく気がついた。自分のパニックが収まっている事に。

 『カ、カカカ、これはまた何とも……英霊同士も痴話喧嘩とやらをするのかのう?』
 響く臓硯の嘲笑。だが、それに答える声はない。
 真実だから?いや、違う。無力と諦めに苛まれているから?それも違う。
 この身はサーヴァント。すなわち英霊。例え自らが反英雄と呼ばれる英雄の敵役としての存在であろうとも桜を護りたいと願う気持ちは本物。ならば己の苦手を克服出来ぬ程度で何を怯えている。
 「ええ、まあ本物の痴話喧嘩になるかどうかはこれからですが」
 だからライダーは落ち着いた声を返す。臓硯もまたその声に宿る何かに我に返る。

 神話にはこうある。
 『英雄ペルセウスはそのままメデューサの姿を見てしまうと石と化してしまう為に鏡に写したその姿を見て』『首を切るとそこから洩れた血からペガサスが』、そう、メデューサは己の姿を鏡で見せられて石化したのではないのだ。それは帰国の途上においてペルセウスがアンドロメダ姫を救う為にメデューサの首を用いた事からも分かる。彼女の首は石化などしてはいなかったのだ。
 ならば何故か、鏡で己の姿を見せられるというのは自らの醜さを見せ付けられるから。護りたいものを護れなかった自分を直視する事になるから。けれどここで視線を逸らすはそれを繰り返す事。護りたい者をまた護れなくなるというぐらいならば、この身が英霊たる事に何の意味があるというのか。
 なれば見るがいい間桐臓硯。
 英霊を仮初の鏡で封じれるのかをその愚かな己の欲望に溺れた眼でもって。
ブレーカー・ゴルゴーン
自己封印・暗黒神殿
 英霊の宝具にまで力を高めたその魔眼は今度こそその力を解放した。

 『ぐ、があああああああああああああ!?』
 臓硯は驚愕した。自らの身は未だ鏡と化している筈。ではこれは何だ?何故自らの依り代が石と化しつつある?
 このままでは自らの意志すらも石の内に封じられてしまう。石化が始まると同時に全身が束縛されたかのように重く、最早桜の心臓を破壊している余裕なぞない。いや、破壊を行っても意味はない。そう……人質とは殺さぬ事に意味がある。殺してしまえば、そこまで。後に残るは怒りに燃えた復讐者の前に生身で立つ己のみ。ライダーだけならばまだ桜を殺せばその姿も消えるやもしれぬ。だが、消える前に自分だけは共に連れて行くかもしれない。加えてこの場には別のマスターの英霊がもう一体。このままでは自らの滅びは必定。
 迫る致命的な死を幻視し、即座に臓硯は依り代を捨て、その身を移した。

 「よし、今だ!」
 霊視で臓硯が離脱するのを確認すると同時に一気に石化は進む。当然だ。抵抗しようとした凶悪な意識が逃走すれば最早残った蟲ではライダーの魔眼に抵抗など出来はしない。石化と同時に横島は縮小の薬をぶっかける。物と化した蟲は即座に縮小し、それを横島はポケットに放り込む。
 物ならば霊体化すれば身につけた物も霊体となる。この辺りはサーヴァントとしては便利だ。嘗てのように単なる幽体離脱では物を持ち運べない。ちょいと嘗てのその方法、バットで後頭部を殴り倒されたり、チーズあんしめさばバーガーの想像を絶する味まで思い出してしまいちょっと気持ちがブルーになりかけたが、とりあえず仕事は終わった。ならば早々に脱出しなければならない。


 《衛宮邸居間》
 衛宮士郎には何が起きたのか分からなかった。
 いきなり桜が身体を抑えてうずくまったかと思うと、次の瞬間には何か白い靄が噴出し、更に続けてライダーと横島が桜の中から飛び出すようにして出現したからだ。
 「……ぎ、ギリギリだったな」
 「そうですね、危なかった」
 言いつつ、凛に横島が視線を向け、真剣な目で頷く。更にライダーは靄の行方を追う。
 「そこです!」
 ライダーの手から放たれた釘剣が壁を襲い……虚しく壁に突き立った。そこまでそこにいた何かがかろうじてその身を翻したのだ。その姿は掌サイズの蜘蛛の如し。
 『く、カカ……まさかこうも見事にしてやられるとはの』
 脳裏に響くその声に……桜が思わず「お爺さま!?」と叫び声を上げる。 
 「そうよ、桜……こいつは貴方の身体にその本体を潜めてたのよ……貴方を人質にしてね!」
 凛の鋭い指摘に、臓硯は嘲笑を上げる。
 『カカ、それは違う。ただ単に桜が心配故、桜の内にて見守っておったのみよ』
 白々しくそらとぼける。とはいえ、最早誰もそれを信じてなぞいない。衛宮士郎は予想通り激昂と共に臓硯に迫ろうとして、セイバーに止められている。
 その光景を目にしつつ、臓硯は内心では安堵の溜息を漏らしていた。
 (事前に蟲を呼び寄せておいて良かったわい)と。
 今ひとつの手、それは万が一に備えた、もしライダーへの封じが失敗した際、別の英霊からの襲撃が仕掛けられて、桜を盾とした封じも効かなかった時の一手。新たなる依り代の用意。英霊を臓硯は甘く見てなぞいない。彼は嘗てこの冬木の地に大聖杯が築かれた時より生き続ける最早唯一の魔術師。五人の魔法使いの一人、宝石の翁たるゼルレッチもいたとはいえ、彼がその後この地に姿を見せた事はない。生きてはいるのだろう。その後彼は真祖の王、紅き月との激戦の末、相手を滅ぼすと共に自らも死徒の一人となり、死徒二十七祖の第四位に位置しているという。
 だが、彼には聖杯を用いての望みなどないだろう。そもこの地の聖杯の役割は根源への到達。既に至った者には用はない。何故自らが苦痛に満ちた生を行き続けているのか、そのそもそもの根源は何であったのか、それすら忘れ果てた魔術師の残骸は尚も生きようと足掻き続けていた。

 ぞわり。
 それは突然に感じられた。外より押し寄せる悪意。それがその場の全員の背を撫でた。それと共に屋敷の警報、鳴子の音が鳴り響く。確かに衛宮の屋敷は魔術師の家としては例外的に防御が薄い、だがこの警報だけは一級品。これに気付かれずに抜けられる者などアサシンぐらいのものだろう。
 この時、サーヴァント達は咄嗟に動いた。それは目前の臓顕を仕留める事ではなく、彼ら自身のマスターを守る形。動きにくい屋内ではなく、室外へと抱える形で飛び出し(凛は自分で動いて横島はイリヤを抱えた)、外に出るや即座に姿を現したバーサーカーと共に四方を警戒する態勢を取る。そして飛び出した彼らの目に映ったその光景は。
 「蟲っ!?」
 そう、蟲の大群。奇怪極まりないというかある意味男性陣にはどこかで見慣れた形状というか、ひたすら大量の蟲達が壁を越えて出現したのだ。これが臓顕の魔術。一対一で敵わぬならば数で押せば良い。勝てずとも逃げる隙は生まれる。
 実際、あまりの数の蟲にサーヴァント達も苦戦している。淫蟲の一体一体の力は弱い。英霊の力なれば敵と呼ぶ事すらおこがましい、がとにかく数が多い。それでも自分より後ろに行かせてはいないのはさすが英霊と呼ぶべきだが、それでも対処に手一杯。臓顕の姿を捕らえつつも、その離脱を阻止出来ずにいる。
 《カカ、この場は三十六計逃げるが勝ちじゃ》
 そんな声をわざわざ上げたりはしない。心の内で呟くのみに押さえ、離脱しようとした正にその瞬間。
 トン、と。
 臓顕の身体に矢が突き立った。

 「なに?」「えっ?」「なんだと?」
 バーサーカー以外の英霊達が一斉に声を上げる。いや、それでも手は止まらず、蟲の迎撃は行い続けているが、その視線はチラチラと屋根の一点に向いている。凛もガンドを用意しつつも今の所大丈夫な為僅かに余裕がある。そちらに視線を向け、矢に刺され、もがく臓顕を見出した。
 どこから?あの矢はどこから飛んできた?
 目を強化してすらその範囲に射手と思しき姿はない。そもそもあれだけの小さな的を狙い強化された目で追えない位置(自身も高い位置にいたならば或いは見えたかもしれないが)遠距離から正確に撃てるものなどただ一人、サーヴァントが一騎『アーチャー』。
 もがく蟲、そして矢が爆発。
 そしてその爆発が収まった時、屋根の一部が破損し、同時に臓顕の姿はどこにもなかった。それと共にそれまで一斉に襲い掛かっていた異形の蟲達も一斉に引いてゆく。残った蟲は桜の身体から出てきた蟲達のみ。

 衛宮邸からおよそ3km離れたマンション屋上。そこからは衛宮邸は殆ど見えない。建物の隙間からかろうじて見えるのみ。この位置、この距離から掌サイズの相手を撃ち抜け等、世界的な狙撃の名手を連れてきても無理だろう。アンチマテリアルライフルでも最大射程でおよそ2400m(米陸軍採用バーレットXM109参照)だという。無論あくまで最大射程であり有効射程はおよそ2kmであるという。
 そこに赤い弓兵は立っていた。
 ただ静かに。その片手にはたった今矢を放った黒い洋弓とも和弓とも言えない弓が握られている。
 「……逃したか」
 彼の視線には爆発直前に今一度噴出す白い靄が見えていた。霊体となれば単純な爆発では仕留めきれていまい。
 つまらなそうに呟くと、ちらりと衛宮邸に視線を今一度向けるとその身を翻した。そこには衛宮士郎を確認しながら、その姿を狙おうという様子はなかった。

 「……………」
 アーチャーの狙撃、それはすなわちアーチャーがこの衛宮邸を狙撃位置に収めているという事。現在位置不明な位置からの超遠距離精密狙撃。それこそ弓兵の真骨頂。
 あの後即座に蟲達は一斉に引いた。主たる臓硯が死んだのか、それともまだ生きているが脱出に成功したから引いただけなのか、それは分からない。いずれにせよ蟲が引いたならば後は弓兵のみ。もっとも頑強な肉体を持ち、殺されても死なぬバーサーカーを盾に全員即座に屋内へと退避した。しばらく様子を伺っていたが、どうやら士郎への追撃はなさそうだ、と見て取ってようやく少し落ち着く。とはいえ。
 「……何でアーチャー、士郎を狙わなかったのかしら」
 そんな疑問は残ったが。あの時ならば衛宮士郎の狙撃は容易かったはずだ。サーヴァント達含め全員が周囲の蟲に意識が向き、狙撃に警戒していなかった。まあ、それでも実際に矢が士郎へと飛んでくれば誰か気付いたかもしれないが、相手もまた英霊。果たして防ぎきれたかは分からない。
 だが、実際には矢は士郎には目もくれずに臓顕を狙った。あれだけの正確な狙撃を行える相手が士郎と臓顕を見誤ったなどという馬鹿げた真似をしたはずはない。ならばあれは必然。

 とはいえ、如何に頭を捻ってもこれ以上当事者がいない以上どうしようもない事もまた事実。
 「さてと、桜」
 びくり、と彼女は身体を奮わせる。そんな彼女を凛はそっと……抱きしめた。
 「御免ね……今まであんな奴に好きにさせちゃって……」
 姉の、ずっと見詰めていた彼女の胸に抱かれ、温かい思いを感じながら桜は同時に冷たい思考も巡らせていた。  
 おそらく祖父、臓硯は己の内にいたのだろう。間桐のやり方は骨身に染みている。かの狂気の一族。間桐慎二は魔術に、いや魔術師に憧れていたが、果たして自分の家の魔術がああいうものだと理解していれば果たして望んだだろうか?
 己の父である鶴野よりは優れた魔術師の素質を有していた、生きていれば、間桐の魔術を継いでいれば桜が継ぐ事はなかったであろう、それぐらいの素質は有していた叔父である雁夜が先の聖杯戦争にて自ら望んだ事とはいえ、臓硯に如何なる行為を受け、死んだのか。それを知っていれば果たして望んでいただろうか?或いはそれでも尚魔術師である事を望んでいたか、それは分からない。 
 果たして、姉は凛はそんな魔術を知って尚、自分を愛してくれるのだろうか?
 果たして、先輩は衛宮士郎はそんな自分を知って、尚自分をこれまでと同じように受け入れてくれるのだろうか?
 受け入れてなぞくれない、そう叫ぶ自分と同時に、受け入れてくれると叫ぶ自分がいる。
 おそらく彼らは受け入れてくれるだろう。凛は何をうじうじと悩んでいるのか、とこんな事を考えている自分を叱り飛ばして平然と付き合ってくれるだろう。衛宮士郎は臓硯に怒りを感じこそすれ、桜をこれまで以上に慈しんでくれるだろう。けれどそれは果たして自分の望むそれなのだろうか?
 自分は姉たる凛を怨んではいなかったのだろうか?何故自分が間桐の家に引き渡され、姉である凛が残されたのか。間桐の属性が水であるならば姉ならば自分の如く身体を弄らずともその属性を有していた筈。自分は衛宮士郎の妹ではない。自分は彼を愛している、だが彼は自分を愛してくれているのだろうか、妹ではなく一人の女性として。分からない、わからない、ワカラナイワカラナイ。

 「桜?桜!」
 びくり、と。強く叫ばれて桜は我に返った。周囲の人間、サーヴァントを問わず心配そうに桜を見詰めている。いや、一人冷静な目で輪に入らず彼女を見る者が一人。イリヤスフィール。彼女は自分と同じで自分とは違う。
 違う、何を考えているのか。桜は頭を強く振る。
 そんな桜の様子を見て、周囲は臓硯が何かしたのかとも思ったらしい。
 『一度綺礼に看てもらっておこうかしら……』
 いけすかない神父だが、あれでも一応兄弟子には違いないし、治癒系統とか治療系統というかその辺りは自分より詳しかったような気もする。時間を見て近い内に行ってみようと凛は脳裏に書き留めた。

《ある路上》
 『ぐお、おおおおお……』
 かろうじて逃れたとはいえ、傷は深かった。飛来した矢が宝具の類ではなかった事が救いだ。とりあえず近くを歩いていたOLなど数人を捕食してみたが、まだ足りない。既にばれた以上、再び桜の体内に潜むのは無理だろう。下手に近づけばその瞬間に今度こそ仕留められかねない。
 『だが、何故だ、何故アーチャーが……』
 敵対しているのではなかったのか。聞いていた限りではアーチャーは衛宮士郎を狙っているという事だった。ならば、射程内にいたのならばあの混乱時に狙うのはそちらではないのか。
 いずれにせよ、今は回復を図らねばならぬ。
 『何か、何かより大きな魔力を持つものが欲しい』
 聖杯戦争に参加している内、四人は衛宮邸だ。これは却下。自分から罠に飛び込むようなものだ。残る内、ランサーとそのマスターは居場所不明につき却下、教会という手もあるが、今の段階で彼を敵に回すのは避けたい。なれば……。
 『柳洞寺か……』
 危険なのは間違いない。キャスターの本陣であり、自分に深手を負わせたアーチャーもキャスターの配下となっているという。だが、他に方法はない。普通の人間程度では一時しのぎにしかならない。 
 悪意は静かにその身を動かした。


『おまけ』
 「ところでこの縮小薬って改良とかはしないの?」
 内心警戒感を持って凛は尋ねた。もしこの薬が
 「してないわよ」
 「だって………新薬に使ってたらそれに必須の材料がなくなったのよ」
 「え?例えばこっちはどんな食べ物にかけても美味しくなる薬……なんだけど全部同じ味になっちゃうのよね。こっちは肉の味を調えるはずが……何故か腐ったような味になっちゃうし……」
 聞いた私が馬鹿だった。延々垂れ流される色ボケしたキャスターの言葉を聴きながら、後悔を噛み締める凛だった。

『ライダーの石化について』
本編で石化してない、そう言われる方がいるのでは、と思い念の為に。
ステイナイトでは解放されても石化した者はいませんでしたが、しようと思えば出来るのだと判断致しました。
これは、ホロウアタラクシアにて、ライダーの過去が出てきた際、石化させた相手に鎖をかけ、洗濯物を干した為に服に鎖の痕がついたと姉達に責められるシーンがある為です。
んで臓硯が石化するかどうかですが……ゲーム的にはMGI(魔力)がC以下なら石化、B以下でも条件次第
Aなら重圧だが……A以上の魔力の持ち主なんて、Fateの中でもキャスター(A+)、バーサーカー(A)、狂化セイバー(A++)の三体しかいない
幾らなんでも臓硯がA以上はないだろう、と判断し、加えて彼の依り代である事から今回のような扱いに致しました。


『後書きっぽいナニカ』
Fate/ZEROを読みました。
うーん、征服王イスカンダルってあんな性格だったのか!そしてロード・エルメロイ鏡い蓮帖沈る程、こいつがやられたから彼が立て直したんだなあ……と納得。って待てよ?エルメロイ鏡い辰導里…だとするとまさか彼がそうなのかっ!?だとしたら皮肉やなあ…。
バーサーカーの正体とは果たして何なのか……ランサーの正体がアレだとするとランサーって二代続けて…とかまあアレコレある訳ですが楽しかった。凛の親父があんな奴だったのか!凛、親父に育てられなくて正解…いやお金の面では育てられた方が…とかまあ、色々とサプライズ。

とりあえずバーサーカー以外のサーヴァントの名前は判明。……はて、一体何なんだろう?キャスターは分かったけど……うーむ。しかし確かにセイバー不幸だ……キャスターに勘違いで見初められるなんてなあ。

さて、横島活躍してるやん!と思われる方もいるかもしれません
ただ、今回の事は他の者にも出来ます。……説得出来ないバーサーカーはともかくとして。あのギルガメッシュにも可能でしょう。たまたまあの場にいたのが横島だっただけです。
ちなみに次回からしばらく聖杯戦争の、出てきてない面子達にスポットを当てた話が続く予定です
ではレス返しを

>レンジさん
はい、頑張って最後まで書き上げるつもりです
よろしくお願いします

>良介さん
キャスターさんは今後も出てきます
近い内に彼女達の根拠地での物語りも予定しています

>ケーマさん
まあ文珠に関しては使いすぎの非難が多いので、ある程度制限しようとは思ってます
最終決戦ではさすがにある程度の数使う予定ですが

>九頭竜さん
はい、辛口です。…泣けてきます
とりあえず臓硯の打った手自体は簡単でした。答えはライダー対策の鏡の用意と破られた際の身代わりと逃走の準備です

>玉響さん
次回が20話なので、しばらく聖杯戦争のキャラクター達を一組ずつ主役として演出していこうかなと考えております
文珠は便利すぎてつい頼ってしまっていたんですよね……

>七位さん
ありがとうございます
実際、横島は世界との取引により生まれた極めて珍しい『成長する英霊』ですので、戦闘経験と世界からの供給を得た霊力によって生前よりずーーーーっと強くなっております。ただあくまで剣とかは我流なのでセイバーとかと剣での真っ向勝負したら負けますが

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