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「WILD JOKER 巻19前編(GS+Fate)」

樹海 (2007-01-12 13:17/2007-01-12 16:10)
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さて、桜の「まともな魔術なんて習ってない」発言には驚いたが、詳しい話を聞いて多少は推測出来た。
 おそらく、間桐臓顕にとっての今回の聖杯戦争は予想外のものであったのではないか、という事だ。元より聖杯戦争は本来六十年周期、ならば次回の聖杯戦争に向け、桜という遠坂家の魔術師を水属性という本来とは別の、だが間桐の魔術にとって必要な属性へと変化させる事で次代の聖杯戦争を戦うべき後継者作りを狙っていたのではないか、という事だ。
 実際問題として六十年後では遠坂凛も確かに魔術は熟練者になれるかもしれないが、明らかに身体的なピークは過ぎている。もちろん中には高齢になっても超一流であり続ける者はいるが、自分が確実にそうなれるとは断言出来ない。それよりは素直に後継者を作って次の遠坂の当主が聖杯戦争を戦う、それも六十年という時間から考えて自分も孫が出来ていてしかるべきだ。
 元々、六十年という時間は聖杯戦争を続けるに不可欠な時間と言ってよい。
 その時間の間に参加する家は次代の後継者を育て、家が途絶える可能性を減らして参加する。故に遠坂凛の腕には魔術刻印がある。正確にこれまで繰り返されてきたからこそ、各々の家はそれに沿って準備を整える事が出来た。後継を生み、育て、魔術を継がせ、聖杯戦争における自らのパートナー、サーヴァントを召喚する為の触媒を用意する。此度のように僅か十年で次の戦争が起きては、血筋が途絶える可能性は大幅に増大する。

 そこまで考えて、凛はふと考える。
 もしや、臓顕はそこまで考えて、桜から慎二へマスターの権限を移したのかと、そして今も自分達の手元に桜を預けているのかと、そう疑念が湧いたからだ。
 間桐の次の後継は桜。慎二が魔術回路を持たない魔術の知識を持つだけの一般人である以上、それは自明の理。なれば『聖杯戦争で死んでも間桐が途絶えぬ捨て駒』を使う事で、間桐自体は生き残る……。そしてその盾がなくなっても今の段階での最大戦力であるここに預ければ、もし敗れても生き残る可能性は高い……。
 四騎のサーヴァントが集まるこの家は間違いなく今、魔術師がいる場所としてはもっとも安全な場所の一つだろう。そしてイリヤであってもしばらく一緒に暮らしていれば突然聖杯戦争に目覚めてバーサーカーで暴れ出したとしても桜までわざわざ害する必要は感じないだろう。何故なら桜は自分と違って魔術師ではないのだから……。


 WILD JOKER 巻19前編


 とりあえず凛と桜の二人も居間に戻ってきた。
 凛は何やら考え込んでいるようだし、一方で桜は突然真剣に考えに没頭し出した凛に困惑したような表情を浮かべている。とりあえず反応がない凛を置いておいて士郎が代表する形で何があったのか聞いてみたが、桜からは幾つか質問を受けて、その後突然悩み出した、という答えが返って来ただけだった。一方士郎はというと、まあ大丈夫だろうとは思っていたが、実際にした事は質問だけだった事を知ってそれで何を質問したかなど聞かずに矛を収めた。

 一方で横島は。
 「おーい、凛さん?やっほー?」
 遠坂凛に呼びかけていた。が、余程自分の考えに没頭しているのか、全く反応が返ってこない。かくなれば……。
 すーーーーーーーーー。
 「わきゃあああああっ!?」
 突然、遠坂凛が大声を上げて飛び上がった。そりゃもー正座の状態から50cmは。余りといえば余りの大声に他の面々もびっくりした顔で凛を見ている。
 で、背中をつーと指で撫で上げた横島はというと。
 「あ、やっと戻ってき……へぶっ!?」
 当然といえば当然の如く、制裁を受けていた。

 「まったく……!」
 凛はぶつぶつと文句を言っているが、これでも横島としては触る場所を考えた方なのだが。まあ、戻って来るのを待てず手を出した時点でああなる事は確定していたとも言う。
 「まあ、いいわ。とりあえず桜の身体のチェックをお願いね」
 肉塊となった横島を敢えて目に入れないようにしていた他一同であったが、その言葉に首を傾げた者が何名かいる。
 「どういう事でしょう」
 とりあえず自分のマスターの事とあってライダーが口を開いた。
 「うん、さっき桜の話を聞いたんだけど……桜って属性の変更が行われているのよね」
 どういう風に変更を行っていたか、具体的な方法は桜も言いたくもなかったので知らないのだが、あまり気持ちのいい方法でないのは口をつぐんだ様子から予想はつく。まあ、凛としても妹がどんな目に遭わされたか等好き好んで聞きたいとも思わない。ひょっとしたら自分が遭っていたかもしれない目なのだし。
 だが、属性を変えるというのは大変な作業なのは間違いない。それが桜の身体にどのような影響を及ぼしているのか、単なる健康診断などでは魔術刻印の影響とかは分からない。また、今本来の属性はどうなっているのか、そうした確認を行ってからでないと魔術を教える事さえ出来ない。……まあ、多少なりでも間桐の魔術を知っているならば、そちらを覚えた方がいいだろうし、一時的に臓顕なりに事情を話して魔術書を取ってくるという手もあるだろう。実際、慎二が魔術回路がないのに魔術の事をある程度知っていたのは、間桐の家に残る魔術書の存在が大きかったらしい。所詮紙の上の知識であったようだが、それを実践する事が出来る魔術師ならばまた事情も変わってこようというものだろう。

 「だから、一応確認の為横島に魔術回路の流れとかチェックしてもらうのよ」
 「無茶言わんでくださいっ!?」
 凛があっさり言った言葉に横島が悲鳴を上げた。
 「何よ、出来るでしょ?あんたなら」
 「そりゃやって出来ない事はないっすけどね?俺の世界の霊能とこの世界の魔術って基となる原理が異なるからはっきり言ってしまえば知識不足なんすよ。属性って言われてもおそらく見る事は出来るっすけど説明出来ないっす」
 そう、横島の技術は霊能力であって魔術ではない。或いはかの魔法料理店店主、現代に復活した魔女、魔鈴ならばある程度想定はつくかもしれない。だが、彼女が使うのがGS世界で失われた、と言われていたのには理由がある。はっきり言ってしまえば、霊能力の方が才能のあるなしに残酷なまでに差がつくとはいえ楽なのだ。
 感性で使う事が出来、一旦使い方が分かればそれなりの苦労をするとはいえ、難しい理論は必要ない霊能。使い方が分かってもそれを更に体系づけ一つ一つの魔術ごとに使い方を解析しなければならない魔術。人は易きに流れる、手っ取り早く使えて、才能があれば最初から魔術を大きく上回る力を持てる霊能が流行り、最初は厳しい修行に耐えてようやく光を灯す事が出来るようになる、というような魔術が廃れていったのは当然の事かもしれない。

 だが、結果的に横島には(霊能もあんまりないが)魔術に関する知識が壊滅的に足りない。
 だから、解析しようとした所で『何を』解析すればいいのか分からないのだ。イメージするならば、車のエンジンが故障したから直そうとする光景をイメージしてもらうといい。
 直そうとする意志はある。エンジンをばらす事も出来る。だが、どこが故障しているのか、どうやったら直るのかを理解するにはエンジンに関する知識がいる。
 「……だから魔力がちゃんと流れてるのかなー?とかは見れるかもしれんけど、そんだけっす」
 その流れが正常なのか異常なのかはさっぱり分からんと横島は言う。いわんや属性に関してなど分かるはずもない。
 「俺なりの方法はあるっすけど、それは魔術には全く関係ないですし…」
 言いつつ、桜の方を見やる。しばらく身動きせずじーーーーっと見ている横島に何かあったのかと凛が声をかける。
 「どうしたの?何かあった?」 
 その声は真剣だ。まだ話してこそいないが桜は自分の実の妹。何が出来るという訳ではないが、それでも護りたいと思い続けてきた。
 「いや、凛さんより年下とは思えない、え〜身体やな〜と……へぶしっ!?」
 だから、アホな事を抜かすとこういう制裁にあう訳だ。
 「よ・こ・し・ま〜?」
 にこやかな笑顔が怖い。すすすすす、と他の皆はすかさず距離を取る。
 「イ、イヤダナア。トオサカサンモ、ジュウブンキレイデスッテ」
 恐怖からか、言葉がカタカナになっている。
 「ふうん?そう?じゃあ、どう違うのかじっくりたっぷり聞かせてもらおうかしら」
 言うなり、横島の首根っこを引っ掴んでずるずると引きずっていく。
 「い、いやじゃああーーーーーーーー」
 問答無用で居間を出かけて、笑顔のまま振り向くと残るメンバーに告げた。
 「そういう訳で私達先に部屋に戻るから」
 そう言われて、衛宮士郎にコクコクと黙って頷く以外に何が出来ただろう。
 「たあすけてえええええええええい!」
 そのまま二人は居間から出て行った。

 だが、部屋に戻ると二人の雰囲気は一変した。そこにはおちゃらけた雰囲気は欠片もない。
 先程横島は彼女の事を「遠坂さん」と呼んだ。普段横島は彼女の事を凛と呼ぶ。この呼び方は表立っては言えない事柄がある、との合図
だった。ただ、それを聞いてすぐに演技に走れるのは遠坂凛と横島忠夫だからだろう。これが士郎だったらあっさり動揺をばらしてしまいそうだ。
 「で、一体何かしら?」
 「ういっす。それなんすけど……俺の視線がどこに向かってたか気付いてました?」
 そう問われて思い返してみる。確か……。
 「………胸だったわねえ、桜の」
 その顔がとってもいい笑顔になって、口調に何か含むようなものになったのを責められる者はいまい。その顔と声を向けられた対象の横島はというと脂汗をダラダラと流しつつ慌てて言った。
 「ち、違うっすよ。俺が見てたのはその奥です」
 奥。
 そう言われて思い返す。横島が見ていた位置の奥には、皮膚があり肉があり肋骨があり、その奥には……。
 「心臓?」
 呟くと、黙って横島が頷く。それを確認して話を促した。

 「まず俺が最初にしたのは霊視だったんです」
 霊視、霊体を見るという横島の能力だ。これを使えば霊体となっているサーヴァントを一発で見抜く事が出来る。地味だが極めて強力な能力だ。
 「ただまあ、驚いたっすよ。桜ちゃんに妖怪爺の霊が憑いてるんすから」
 「妖怪爺?」
 横島によると通常の人間の霊体とは微妙に異なるという。敢えて言うなら彼の世界の妖怪に近いらしい。だから妖怪爺。吸血鬼とかが比較的感触としては近いらしい。もっとも彼の故郷世界のそれはかなり明るいものだったようだが。ちなみに、まあ見た目も妖怪みたいな爺だったっすけど、と付け加えた。
 「んでまあ、祓うべきかと思ったんすけど、桜ちゃん本体に憑いてるのとは何か微妙に違う気がして……」
 人に憑く、所謂守護霊とか背後霊等がそういう類だが、そういうのとはまた違う印象を受けたという。むしろ何かを媒介として、という印象だったのでその核となるのがどこか探ろうとしたそうだ。物であれば捨てるように忠告すればそれで終わるからだ。所謂呪いの〜という物がそういう類らしい。
 が、その結果感じられたのが胸の奥、身体の内側。位置的に推測しておそらく心臓。こうなると話は変わってくる。何か物を預けられたのかと思ったが、幾らなんでも身体の中に、それも心臓の辺りに隠すような事はしないだろう。ならば結果は知らぬ内に仕込まれたもの。それも推測される相手の正体からして人質を兼ねているとみていい。
 「……こちらの情報は筒抜けって訳ね。まあ、本人が直接聞いてるようなもんじゃねえ」
 事情を聞いて凛の顔も険しくなった。
 桜の事は信用しているが、その内側におそらくは間桐臓硯と思われる相手が潜んでいるというのはありがたくない。とっても。知らなければ、他をやっつけた『一安心』と思っている所を後ろからぐさりとやられかねない。
 相手は老練な魔術師。故に時間をかけて桜には分からないように身体から追い出す儀式をやろうとした所で臓硯には気付かれる。 
 摘出手術をしようにも、相手は魔術的な存在な上、腫瘍などと違って意志を持っている。
 やるなら短時間で一気に、且つ確実にやらねばならない。二度目はない。まあ、今の段階で確実に言えるのは士郎には内緒にしておくという事だろう。彼が態度に出さず平然と芝居を打てるとは二人とも思ってない。

 「とりあえず当面は桜の前では、という訳にもいかないのよねえ…」
 これで桜が聖杯戦争に関係のない人間であれば、少なくとも表向きそういう事であれば、士郎も重要な会話の際に桜を遠ざけようとするだろう。が、今は違う。となれば、桜を重要な話の際に遠ざける理由を求めるだろうし、下手な理由では彼女に話す。かといって下手に話せば……。
 「じゃやっぱり迅速に臓硯を追い出すしかないわね…」 
 心臓に巣くう老練な魔術師を追い出す手段。極めて厄介だ。
 「やっぱあんたの文珠が一番かしら?」
 万能の宝具、文珠。確かにそれしかないのかもしれない。
 「それしかないっすかねえ……」
 溜息をつきつつ横島は呟くが。 
 「ただ大量に文珠消費するのは覚悟しといて下さい」
 「大量?どういう事よ」
 それは聞き捨てならない。文珠は横島の切り札だ。使いすぎて肝心要の時になくなりました、では笑い話にもならない。いや、自分の家の呪いだったらやりそうな……。
 「えーと、まずっすね。桜ちゃんを『解』『析』か『透』『視』して臓硯の依り代が何か確定する必要があるんすよ」
 そうでないと、何を取り出せばいいのか分からない、と言う。
 「単純に『摘』『出』、とか出来ないの?」
 「いやあ……それだと対象指定なしなんで、下手すると桜ちゃんの中身全部どばあっ、と……」
 一瞬想像してしまった。確かにそれは拙い。可能性があるなら間違ってもその方法は取れない。
 「そいでもって、更にその依り代を指定して取り出す必要があるんで、『〜』『摘』『出』とかでおそらく三個……だから最低でも五つはかかるかと……」
 これには悩んでしまった。
 確かに横島の言う事は理解出来る。万が一にも失敗出来ない事だから、内容を聞く限り使用個数が増える事はあっても減る事はないだろう。物によってけちれるものとけちれないものが厳然とあるのだ。
 「……私達だけじゃなく他の知恵も借りましょうか」
 とりあえずイリヤに相談してみる事にした。


 結果。
 更に気分は重くなってしまった。
 イリヤに相談してみたのだが、その結果ロクでもない事まで分かってしまったのである。
 曰く「桜の中には前の聖杯戦争で使われた聖杯の欠片がある」
 曰く「壊れた聖杯だから何が起きるか分からない」
 曰く「歪んでるだけで済めば御の字」
 イリヤは特に何も言わないものの、桜にはあまり自分から近づこうとはしなかった。どうやらこれが原因だったらしい。今回教えてくれた理由はその因子も矢張り胸の奥から感じるから、という事らしい。イリヤの家は聖杯を生み出すアインツベルン、それを疑う事など出来ようはずがない。まあ、明らかに彼女の好意であるし。
 本人曰く「そこまで気づいたならサービスに教えてあげる」だそうだ。その彼女の視線は『今度はどんな事をしてくれるのかな?』という面白そうな輝きを秘めていたという。


 イリヤにも聖杯でもある桜には干渉しづらいとの話であったし、気分転換に買い物に出た二人だった。こういう時横島の存在はありがたい。彼は素で多少流行遅れではあるものの、服装のジージャン姿は違和感がない。おまけに彼曰く、荷物運びなら自信がある、との事。何でもバイト時代に大量の荷物を運んでいたらしい。
 食料を大量に消費する某虎とか某ライオンとかがいる事だし、一方で今士郎が下手に外に出る訳にはいかない。
 「厄介な事ばかり山盛りね」
 言いつつ、食材に手を伸ばす。ふとその『本日の特売』『お買い得』商品に伸ばされた手が重なった。
 「あ、ごめんなさい」
 「いいえ、こちらこそ」
 今はまだ時間が中途半端な時間な事もあり、すいているし、品も他にある。他のをと思ってお互いが相手を見て……思わず固まった。
 そこにいたのは。
 キャスターのサーヴァント、本名裏切りの魔女メディア王女。

 「……で、何でキャスターが買い物なんかしてる訳?」
 少し離れた公園。そこで凛と横島とひのめ、更にキャスターが……江戸前屋のタイヤキをほお張りつつ話をしていた。ちなみに念の為に人払いの結界を張ってあったりしてあるので、余計なちょっかいが入る恐れはない。魔術師相手でない限り。
 「あら、愛する人に美味しいものを作ってあげたいという気持ちは共通だと思うけれど」
 が、頬を染めていやんいやんと身をよじるキャスターの姿に何を言う気力も根こそぎ奪われた気がした。が、今回彼女に来てもらったのは別の要件があるからだ。それを忘れてはいけない。
 「それで聞いて欲しい話っていうのは……」

 「ふ〜〜ん……」
 気のない返事。それがキャスターの、凛の話を聞いての結果だった。まあ、凛にした処でそういう反応が返って来る事は実はある程度予想していた。当然だろう、こうして普通に話をしてはいるが、別にキャスターと凛達は味方ではない。あくまで中立状態なだけ、それも正確には武装中立というのがふさわしい状態だ。他のマスターがどうなろうが正直な所どうでもいい、という所か。
 「まあ、情報はありがたくいただくけれど……だから?」
 マスターの一人である間桐桜の内に間桐臓硯がいる。これは確かに重要な情報だ。だが、キャスターの立場からすれば、それは向こうが勝手に出してきた情報だし、これでこちらに何かを求めるのは言うなれば、勝手に店頭の商品をラッピングして代金を店に要求するようなもの、駆け引きとしてはいい策ではない。
 が、無論その辺りは凛とて分かっている。彼女の強みはキャスターの正体。彼女はギリシア神話におけるコルキス王アイエテスの娘、王女メディア。なら。
 「ええ、それは当然だと思うわ」
 だから頷く。ここからが本番だ。
 「だけど、『男に食い物にされてる』あの子が不憫で……」
 ぴくり、とキャスターの耳が動いた。
 「あの子は本当は私の妹なの。古来の契約であの子は間桐の家に貰われていって……あの家の『男達に好き勝手にされてきたの』」
 「とりあえず臓硯って奴は何とかしましょうか」
 あっさりキャスターは前言を翻した。

 メディアを伝説はこう言う。裏切りの魔女、と。
 確かに彼女の経歴は裏切りの連続だ。父王を裏切り、弟を裏切り、イアソンを裏切った。だが、同時に伝承はこう告げる、彼女には愛の女神アフロディーテが、イアソンを守護する女神ヘラの命によって盲目の愛を吹き込んだと。最後に彼女自身がイアソンに裏切られた時、ようやく彼女は解放され……初めてそうまでされるなら、と自らを裏切りの魔女として位置づけたという。
 まあ、ぶっちゃけた話、ここでもギリシア神話の女神なのだ。女神ヘラにはバーサーカーの正体である大英雄ヘラクレスもゼウスの子供という事で憎まれ、狂気を吹き込まれて、愛する妻子を自らの手で殺めた事がある(ちなみにその償いに行ったのがかの試練である)。
 まあ、あれだ。彼女にとって男に食い物にされた女性というのはタブーなのだ。イアソンという身勝手な男の為に自分は全てを捨てる事になった身としてはまあ、気持ちは分からないでもない。

 「とりあえず、私としては『〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜』という方法はどうかと思うのよ」
 「成る程、それなら確かに……」
 自分ならどうするか、それを考えてはいたらしく、キャスターはすぐに一つの方法を提案してきた。確かにそれなら何とかなりそうだ。誰に使えば一番効果的かはすぐ思い浮かんだ。
 「ただ、私も魔術師、これをただで渡すという訳にはいかないわ」
 が、キャスターはそう告げてきた。そう、魔術師は等価交換が原則。重要な効果を持つ薬を無条件で、とはいかない。如何にキャスターが臓硯をどうにかしたい、と内心では思っていたとしても、だ。
 「……何かしら」
 故に凛も問う。何を欲するのか、と。その答えを……真剣な目でキャスターは問い掛けた。
 「貴方……料理上手?」
 「…………………は?」
 思わず凛から間の抜けた声が洩れた。
 詳しく話を聞いてみた所、キャスターはある場所にマスターと共に住んでいるそうなのだが、他にも住んでいる人間がいるという。マスターは彼女の作る料理を特に文句を言うでもなく平然と平らげてくれるそうなのだが……彼女の料理に文句を言うものもいるという。直接はっきりきっぱり言うのは一人だけだが、少なくともマスター以外の誰も食べてくれないそうだ。
 まあ、当然だろう。キャスターの生前は王女だ。手料理なんぞろくにしてないだろうし、おまけに時代が違えば素材や調味料も異なる。胡椒のような香辛料一つとっても嘗てヨーロッパでは同じ重さの金と同じぐらいに珍重されていた。そりゃ塩と酢ぐらいは当時もあったろうが、それ以外ではないものの方が多かろう。
 例えば砂糖がヨーロッパに伝わったのは11世紀、十字軍が持ち帰り地中海でサトウキビの栽培が始まってからというし、醤油もなく、スパイスがないからチリソースとかもない。ついでに言うならトマトのような野菜も少なからず当時はまだない。
 そんな知識不足な状態で料理しようとしても試行錯誤の山が精一杯。何せ、一応の知識はあるとはいえ、料理本を見てもそれがどんな味か分からないのだから、出来上がるものも想定外の状態に陥り易い。
 「やっぱり美味しいものを食べてもらいたいのよ!」
 真剣な表情で力説する彼女に凛はがしっと手を重ねた。
 「任せておいて!私は中華、桜は洋食、士郎は和食が得意よ!和洋中何でもござれよ!」
 交換成立。
 「とりあえず……」
 さすがにキャスターの今住んでる家が柳洞寺とは思わなかった。いや、どこで料理の練習やるかという話になった時にぽろっとキャスターの口から『家だと一成君が拙いかしら』との言葉が洩れたのだ。そこから二人して一成の悪口で盛り上がったりもしたのだが、まあ彼の家となれば柳洞寺という事だろう。
 かといって衛宮家はと思ったが、『ああ、あのまともな結界張られてない家ね。あそこなら構わないわよ』とあっさり了承された。危ないならすぐ飛べるからいいという事らしい。ちなみに横島は調理勉強最中の警護を命じられた。まあ、セイバーには出来た料理でも提供しておけば大丈夫だとは思うし、この薬で桜が助けられればライダーも手出しはしないだろうが。
 「反撃開始といきましょうか」
 その笑みには再び彼女らしい力が戻っていた。
 後にひのめと遊んでやる事でその光景から目を逸らしていた横島はこう言った。『赤いアクマを見た』と。


 夕食前の時間はある意味自由が取り易い時間だ。
 今日は凛が買い物をしてきたから、と士郎が厨房に立つ事を告げてきたし、桜は士郎の手伝いに回った。まあ、桜が士郎に好意を抱いているのは傍目からも明らかなのだが……いい加減気付け、あの鈍感は。もっとも凛ならともかく生前の横島を知っていれば彼には言われたくないと言うかもしれないが。
 とりあえずライダーを部屋に引っ張り込んだ。引っ張り込ませた。実はライダー、案外横島が気に入ったらしく、最近では横島の方が獲物を狙うようなその目に少し引き気味らしい。まあ、後一人、ここにはいないが女性の中にも彼女を苦手としているお気に入りがいるのだが……とりあえず彼女は置いておこう。
 「何の用でしょうか」
 ライダーもまあ真剣な用事らしいという事でとりあえず横島に手を出すのは抑えたらしい。最初の頃とはすっかり立場が逆転している。
 セイバーは居間で万が一に備え士郎の傍に張り付いている。イリヤは最近すっかり仲良くなった藤村大河とTVを見ている。お付の二人はイリヤの傍に控えている。バーサーカーは……多分イリヤの傍だろう。とりあえず邪魔はいない。
 「そうね、その前に……ちょっと内緒の話なの、桜には繋がらないようにして欲しいんだけど……」
 リンクが繋がっている以上、本来は会話の内容を筒抜けにする事も出来る、とはいえ矢張り英霊とて元は人間かそれに類する感情を持つもの達。マスターにしたって四六時中自分とサーヴァント二人分の情報が流れ込んできたらたまったものではない。アトラスの錬金術師が得意とする分割思考でも出来ればまた話も変わるのだろうが。故に伝えたくないような状況の時には互いに情報をカット出来る。まあお風呂だのトイレだのに行っている時に自分の情報を知られたいと思うマスターはいないだろうし。
 とはいえ、知ろうと思えば知る事が出来るのも事実。それを敢えてカット、正確には伝わらないようにしてくれ、というお願いにライダーは首を傾げた。
 「……何か桜に知られたくない事、ですか?ですが、それが桜にとって必要な事なら私から口頭で桜に伝えますよ?」
 これは譲れない、という眼差しでライダーは問いかけるが、あっさりと凛は首肯した。
 「構わないわ。事情を知れば、貴方もカットをお願いした理由も分かると思うし、それを桜に伝えようとは思わないだろうから」
 ふむ、とライダーは考える。何だかんだ言って凛が桜の事を心配しているのは事実だ、桜も凛の事を気にかけている。既にライダーは桜から凛が実は血の繋がった姉である事を知っている。自分の姉は……まあ、ちょっと、多少、いや大いに捻くれた、ねじくれ曲がった表現ではあったが、愛してくれていたと思う。……凛は自分の姉に比べれば大分、いや遥かにマシな姉だ。ならば信用してもいいだろう。
 そう結論づけるとライダーは桜に断りを入れ、しばらく繋がりをカットする事を告げた。
 『桜、しばらくリンクを切ってもいいでしょうか?』
 『え?いいけど……どうかしたの?』
 『いえ、少々……』
 まだ話を聞いていないのだから何を言えばいいのかわからないのだが、桜自身はライダーにも知られたくない事だってあるだろう、と快く了承した。
 『分かったわ。けど、何か困った事があるのなら相談してね?何が出来るかは分からないけれどライダーが困ってるなら私も力になりたいの』
 『ありがとうございます、桜』
 一つ頷いて、ライダーは目の前の二人に告げた。
 「さて、それでは話を伺いましょうか」

 『………妙じゃの』
 闇の中、臓硯は思った。
 ライダーは何故突然桜とのリンクを一時停止させたのか。よく見れば、この場には遠坂凛とそのサーヴァントである横島がいない。かといってもし戦闘を仕掛けようというなら幾らなんでも桜にも分かるだろう。
 『……念を入れておくか』
 密かに臓硯は一つ手を打っておく事を決めた。

 その頃、凛の部屋では密談が進んでいた。
 「………そんな事が」
 ライダーは表には出していないものの、憤りを感じているようだった。僅かに眉が寄っている。
 「ええ、それで先程話したような方法を試してみようと思うのだけど……どうかしら?」
 「そういう事であれば構いません、私もお手伝いしましょう」
 成る程、確かにこれは桜には伝えられない。いや、伝えてはならない。
 「いい?今回は一発勝負よ?二度目は……ないわ」
 真剣な目で凛が横島とライダー、二人のサーヴァントに問いかける。計画ではライダーがその主体となる。横島は念の為についていく事になるが、上手くいけば彼には殆どやる事はないだろう、それでもついていかせるのは想定外の事態に備えての事。万が一何か起きてもこの男なら何とかしてくれる、それは信頼。故に横島も真剣な目で頷く。
 「食事が終わった後、藤村先生が帰った後が勝負よ、いいわね」


『後書きっぽい何か』
えー前回の話が文珠使いすぎ、便利扱いしすぎ、との非難轟々でしたので全面改訂する事にしました。
ただ、まー……。
予想以上に分量が増えてしまったので今回は前後編に分割しました。

今回は予定通りにいけば、はっきり言ってしまえば横島の出番はありません。まあ、全くない訳ではありませんが、他のサーヴァントの誰でも出来る事をやるぐらいです。
とりあえず後編もなるだけ早くあげたいと思います。それでは


 

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