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「WILD JOKER 巻18(GS+Fate)」

樹海 (2006-12-21 21:51)
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「どういう事だ?遠坂」
 何故アーチャーが士郎を殺そうとするのか、それが分かったかもしれないと遠坂は言う。
「まあ、あくまでアーチャーが衛宮君の未来の可能性の一つと仮定してだけど……そんな毎日毎日何百何千もの間その場皆殺しなんて事を続けてたら、そしてそれから逃れる術がないとしたら……」
「ああ、成る程。自殺して逃れようって事っすね」
 そういえばアシュタロスも逃れる為に世界そのものを改編するか、それとも死か、って考えてたなあ。そう思う。人を超越した存在である魔界大公爵アシュタロスでさえ耐え切れなかった事があるのだ。英霊といえど所詮そのベースは人、ならば耐え切れない事があってもおかしくない。
 「でも座にいる自分の本体は殺せない。それなら過去の、英霊になる前の自分を殺して英霊になる可能性自体を潰せば…」
 その呟きを耳にして、ちょっと顔が引きつっていた衛宮が我に返ったように呟く。それはそうだろう、自分の可能性の一つだとしたら、そんな生き方を何時までも続けねばならない地獄はよく分かろうってものだ。
 「それで……俺を殺したらあいつは解放されるのか?」
 もっとも、尋ねる内容にちと問題ありだが。そうだ、と答えたら大人しく殺されてやるとでも言うのだろうか?
 「そんな訳ないじゃない。そうなったらそうなったで新しい可能性としての平行世界が生まれるだけで、あいつは英霊というか抑止の守護者のまんまよ。それすら分からなくなってるんだからトチ狂ってるって言ってもいいわね」
 辛辣というか容赦ないというか。
 だが、まあそれが現実というものだ。言ってみれば、終わりのないレースのようなものだ。一見すると英霊になる前になる可能性のある衛宮士郎全てを殺せば英霊である自分は存在しない、そんな風に思えるかもしれない。
 だが、平行世界は無限に存在する。殺せば、その瞬間に殺した世界と殺されずそのままな世界とに別れ、結局英霊となる可能性は残り続ける。つまりはこの方法で自分を解放したいのならば、可能性の樹の枝を自分殺しと同時に刈り取る必要がある訳で……んな事が出来るなら最初からやっているだろう。
 「まあ、そういう訳だからお前が素直に殺されたら殺され損ってこった」
 そう横島が締めくくった。

 「けど、あまりにもあからさまなのよね…」
 ん?
 「アーチャーなら以前に横島がやり合ったけど、そんな口が軽い相手には見えなかった」
 あー……そういえば。まあ、人は見た目によらんとは言うから、案外軽い相手と言う可能性もないではないが、正直その可能性は低かろう。
 「ミスディレクションの可能性も頭に入れておいた方がいいわね」
 成る程、わざと情報を流して自分本来とは別の相手と誤認させる……とはいえ。
 「んじゃ何であんな事知ってたんすかね?」
 それに投影魔術。凛さんによると衛宮の奴が使う投影魔術は極めて例外、普通の魔術師が知れば脳のホルマリン漬けとかモルモットとか場合によっては封印指定とかが待っている可能性が高いという。つか、普通の魔術師相手ならそうなると言う。ちなみにイリヤもうんうんと同意していたから、間違いないんだろう。
 そうすると、その例外の魔術を使う奴なんてそうそう探したからって見つからんだろうし。投影魔術がなければたまたま話を聞いてた友人とかって可能性も出てくるんですが、凛さんから正解率が一番可能性が高いと言われると成る程、ボケた話が実は一番真実が高いんだなと実感する。
 となれば、凛さんが危惧しているのは……。
 「どこかに導こうって事ね、リン?アーチャーが自分の望むいずこかの方向へ」
 そう、そのイリヤが述べた可能性が一番高いだろう。
 自分が衛宮士郎の可能性の一つであるという可能性が高い事を示す事で導こうとする道先。果たしてそれは一体何なのだろうか…。 


 WILD JOKER 巻18


 《衛宮邸 遠坂仮工房内》
 食後。
 ふとした休憩の際、桜は遠坂凛に少し話があると呼ばれた。
 正直少し不安にならなかったと言ったら嘘になる。
 先輩は『女の子同士のお話だから』とからかうような口調で断られた。イリヤさんは余り興味がなさそうだった。サーヴァント達はというとセイバーさんはイリヤさんに同じく。まあ、彼女は先輩のサーヴァントだし……横島さんは遠坂先輩の、姉さんの(衛宮)先輩をからかう口調にいきなり鼻血を吹いて倒れてしまった。となると、先輩のサーヴァントがいない状態で私だけいるという状況も拙いとライダーにも残ってもらうしかなかった。というより、姉さんがそう望んだ。
 そして今私こと間桐桜は姉さんの部屋に二人きりでいる。……けど姉さん、部屋はもう少し片付けた方がいいと思います。

 「さてと、桜」
 「はい」
 少し身体を固くして身構えてしまう。一体何を言われるのだろう。けれど、姉さんの口から出たのは。
 「慎二が死んだわ」
 という予想していない言葉だった。
 「……え?」
 あまり好いていない兄ではあった。以前は傲慢なれどそれでも兄として振舞っていた。だが、兄が自分が間桐の後継とはなりえないという事を知った時、あれを魔術の受け継ぎと言っていいのか甚だ疑問ではあるが、いずれにせよ魔術儀式に自らが外されていたと知った時、関係は壊れた。当然といえば当然だ。兄には魔術回路が存在しない。故にこそ自分が遠坂の家から養子として送られたのだから。
 「どういう、事でしょう」
 だからかもしれない、予想以上に落ち着いた声が出た。
 「キャスターに殺されたのよ。あいつがキャスターのマスターを害そうとしたから……」
 それならば分かる。ライダーが帰ってきた時、多少は事情を聞いたのだが、少なくとも姉は慎二を殺そうとはしていなかったらしい。というか必要を感じていなかったというべきだろう。だが、その後何が起こったかはわからない。或いは姉が消さざるをえなかったのかとも思ったが、どうやら違うようだ。
 「それで貴方はどうするの?」
 「えっ?」
 そんな事を考えていたら、突然の問いに答えられなかった。
 「今、貴方は聖杯戦争の参加者の一人となったわ。ライダーのマスターである以上はね。どうする?貴方は聖杯戦争に参加する?それともライダーを……あれだけ貴方を信頼してくれているライダーを更に誰かに譲渡するの?」
 卑怯だ、そんな言い方をされてはライダーを譲るなど言えないではないか、そう考えてもっと卑怯なのは自分だと思う。そうだ、ライダーは最初から自分の味方だった。なのに自分はお爺さまに言われる通りに慎二にライダーのマスター権限を譲ってしまった。それでもライダーは自分を変わらず大事に思ってくれている。そんな彼女を二度も裏切る事は出来ない。
 けれど、自分は聖杯戦争に参加したくはない。それは遠坂凛と、姉である彼女や先輩と、衛宮士郎と戦う事にもなりかねない。今は彼女らは同盟を組んでいる。だが、もし最後に聖杯を目指すならばその時二人もまた戦う可能性というのは常に残っているのだ。そしてそれは参加すれば自らにもまた起こりうる可能性。
 悩む桜を見詰め、凛は補足するように付け加える。
 「慎二には大事なものが欠けていたわ」
 「?」
 何が言いたいのだろうか。そしてその欠けたものとは何なのだろう。
 「決意、と言ってもいいわ。巻き込まれる形で参戦した衛宮君と違って彼は聖杯戦争に対して明確な参加意識を持っていた。なのに必要なそれがなかった」
 衛宮士郎が魔術師であった。この事自体は実の所桜にとっての驚きはなかった。衛宮切嗣、衛宮士郎の父であったという彼が祖父が知る優れた魔術師であったという事実。そして前回の聖杯戦争の参加者の一人。元々、自分が衛宮邸にこうして来ているのも、確かに彼に怪我をさせたのが兄であったという事はあれど、祖父が監視を命じた為でもある。そうでなければ、自分がこうして彼の家に来続けられる事はなかっただろう。
 故に、彼の手に令呪の兆しが現れた時は怖かった。もしかしたら、自分が呼び出したライダーが彼を殺す事になるのではないか、兄と現在の衛宮士郎の間柄を考えれば、もし兄が先輩がマスターの一人であると知った時そういう手を出さないとは思えなかったからだ。幸いそれは杞憂に終わった訳だが。
 そんな事を考えつつも、凛の言葉は続く。 
 「傷つけるなら傷つけられる覚悟を、殺そうとするなら殺される覚悟を。慎二にはそれがなかった。あいつは害するのは一方的に自分だと思い込んでいた。そんな保証なんてどこにもないのに」
 そう、そして彼は自らの命を持って、その代価を支払った。 
 「桜」
 真剣な目で凛は桜を見る。
 「貴方はどうかしら?」
 そこに光る目は妥協は許さないと告げる視線。魔術師として問いかける視線。おそらくここで自分が甘いどちらつかずの答えを返すならば強制的にでもこの場でリタイアしてもらうという意志の現れ。
 だが、それは非情故ではない。もし、ここで甘い、どちらつかずの答えを出すならばそれは慎二と同様途中で命を落とすから。桜にそんな事になって欲しくはない。だからこそ参戦するならばその意志を示せ、それを求めるもの。そして桜の答えは既に決まっている。
 「私は、聖杯戦争に参加します」
 そう、それが決意。
 「いいのね?ひょっとしたら私や衛宮君、イリヤと戦う事になるのかもしれないのよ?」
 その言葉に下を向く。それは嫌だ。だけど。
 「……でも、ここで参加しなければ、きっと私は見ているだけになります」
 「……………」
 「先輩達が一生懸命戦っているのに、それなのに私が戦いが嫌だからと参加する事が出来るのに、助ける事が出来るのに逃げてしまったとしたら……」
 桜ははっきりと顔を上げて伝える。
 「そうしたら、私が自分を許せません」

 しばらく桜の目を見詰めていた凛ははあっと溜息をついた。
 「本気、みたいね」
 こくり、と頷く桜を見て思う。ああ、もう何だって今回は聖杯を求めない連中が多いのかしら……。
 何でも願いが叶う。
 それが聖杯を手に入れた者の権利だという。だが、考えてみるに今回は分かっているだけでも衛宮士郎、間桐桜にサーヴァントでは横島とかキャスターとかがそれを求めていないという。
 他にもっと欲しいものがある。
 或いはそんなものより大事なものがある。
 そう言ってしまえばそれまでだし、そもそも自分だって聖杯を求めるのは遠坂の魔術師としての義務感としての面が強い。事実、自分が聖杯を手に入れたからといって特に何か願いたいものがある訳ではない事は既に衛宮士郎に問われた時にも言っている。

 「……分かったわ。それじゃ改めて聞くけど当面は私達と同盟を結ぶ、って事にしたいんだけどいいかしら?」
 これは桜は大人しく頷く。出来れば最後まで皆とは戦いたくない。そもそも彼女が聖杯戦争に参加するのは彼らと一緒にいたいから、と言ってもいい。それが即座に敵として戦う、では本末転倒だ。
 「それで確認したいんだけど、桜、貴方はどんな魔術が使えるの?」
 これは大事な事だ。確かに手の内を明かすのは魔術師として問題があるような気がしないでもないかもしれないが、同盟を組む以上は互いの戦力を知る事は重要な事だ。大体において魔術師が後方支援というのは変わらないが(聖杯戦争ではサーヴァントがいる為更にそれは顕著だが)、回復魔術を使用可能な者がいるのに他の誰も知らなかった為に使い損ねた、では戦闘不能になった者は浮かばれまい。
 「私は宝石魔術、士郎は投影魔術、イリヤは催眠系の魔術がそれぞれ得意よ。で、貴方は何が使えるの?」
 最近では士郎には投影魔術で弓を投影させている。普通の道具を練習に投影させようとするとあまり上手くいかないのに、何故か武器の類だと上手くいくのだから不思議だ。弓を投影させているのは今こちらにはセイバーとバーサーカーという最強クラスの前衛がいて、それを支援する横島という中衛までいるのだ。ここにこれまでまともな武術(武道ではない)の修行などしていない衛宮士郎が入った所で単なる足手まといになるのが関の山。
 ならば、弓という遠距離攻撃武器を使わせて、支援を行わせるのが最善と見たのだ。事実、嘗て士郎は弓道部にいたし、当時の事を知る藤村大河や美綴綾子らに聞いてみると正に天才。百発百中の腕だったという。これまで的を外したのは最初から外れると分かっていた一射だけだというからとんでもない。
 まあ、士郎自身は自分も白兵戦闘に参加したいのかセイバーに剣を教わったりしてはいるみたいだが、それは咄嗟の回避行動にも役立つから放っておいている。
 イリヤの催眠魔術は直接戦闘自体にはあまり使用の機会がない。故にサーヴァント同士の戦闘となれば彼女にはバーサーカーの制御に集中してもらった方がいいという事になる。ちなみに彼女のメイド二人はそれぞれ直接戦闘と魔術戦闘のスキルを保有している為援護やサーヴァントからの攻撃を一時的にせよ防ぐのには有効だ。

 「で、貴方の魔術はというか間桐の魔術はどんなのなの?」
 黙っている桜に凛は重ねて聞く。それが分からなければ戦闘に参加させていいものかも分からない。
 「え、ええと、それはその……」
 ぼそぼそと呟く桜につい苛立ってしまう。
 「ああ、もう!それが分からないとどの程度貴方をあてにしていいのか、それとも戦闘時は後方に下がってもらった方がいいのかも分からないでしょ?」
 だからささっと教えなさい。
 そんな視線に桜はちょっとヤケ気味に言った。
 「私まともな魔術なんて扱えませんっ!」
 「………………は?」
 あれこれ想定していた凛だったが、さすがに桜のその言葉は予想外だったらしい。


 《衛宮邸 居間》
 遠坂凛と間桐桜が移動してしまうと、場は何となく静かになってしまった。
 今この場にいるのは衛宮士郎とイリヤ、横島とセイバーとライダー。ちなみにライダーも現在は現代風の服装をしている。これはどちらかというと派手というか男性にとってはちょっと刺激的なライダーの格好をちょっと問題視した者がいたからだ。誰とは言わないが。
 とはいえ、ライダーは長身で、実の所この場の誰より背が高い。結果、女性用では全然合わないので切嗣の男性用のものを引っ張り出して着せている。それが結構というかかなり似合っているのはライダーが極めて魅惑的な美人であると同時に格好いい女性でもあるからだろう。伊達に神話の時代に神の一人に愛されたのではないという事か。ちなみに目は今は魔眼封じの眼鏡を使っている。その眼鏡はというと遠坂凛が解説時に使っていたあの眼鏡だ。
 んなもん格好づけに使ってたんすか!とはライダーに凛が手渡した時思わず突っ込んだ横島だが、他の面々も呆れていたような顔だったから似たり寄ったりの心境だったのだろう。

 「……えーとお茶のお代わりいるか?」
 沈黙に耐え切れず、衛宮士郎がポットを持ち上げる。尚、お茶請けの煎餅は既にセイバーに食い尽くされている。
 しばらくお茶を注ぐ静かな音だけが居間に響いていた。
 が、そんなものはすぐ終わる。
 実の所、場が緊張している原因ははっきりしている。セイバーの発する警戒の気だ。いきなりライダーが味方になりました、と言われても猫属的な気があるというかセイバーはすぐには警戒を解かない。人のいい衛宮士郎や相手が本当に信用出来るか本能で見抜く横島(時折女性相手には曇る気がないではないが)、飄々と受け流しているイリヤは別だし、ライダー自身も彼らと戦闘にならないと確信しているのかリラックスしているのだが……。
 まあ、セイバーのこうした態度は今更なので誰かが注意するではないのだが。
 とはいえ、下手な事は言いづらい雰囲気にはなっているので、結果的に静かになっているという訳だ。ここに凛がいればその勢いでセイバーのそんな雰囲気もぶち壊してしまうのだろうが、生憎ここにいる面々ではセイバーを押し切れない。
 「私を警戒しているのですか?セイバー」
 故に緊張感が漂うのを止められずにいる中口を開いたのはライダーだった。
 「……当然です。同じサーヴァントを受け入れるなど」
 「既に横島とバーサーカーがいるようですが」
 セイバーの言葉を遮るようにして言うライダー。
 「…っ!そ、それはしかし」
 まあ、確かに今更と言えば今更だ。ここは確かに衛宮士郎の家だが、既に遠坂凛とイリヤスフィールという他のマスターが滞在している状況が続いている。ここに今更、間桐桜が、新たなマスターが加わった所で大して変わるまい。いや、桜に関してはマスターになる以前からこの家にずっと来ていたようだし、これまでセイバーも一度ならず桜の食事を味わっている。
 「それに」
 「それに?」
 「私は騎士がそうであるように、マスターに忠義を尽くしただけです。桜がマスターに戻った以上私は桜に従いますが?」
 これにはセイバーも反論出来なかった。
 実際、ライダーはマスターがあの慎二であったにも関わらず裏切らず、その命に従ってきた。令呪という制約があるにせよ、サーヴァントがマスターを殺す事は可能である。そして慎二の令呪はあくまで桜から権限委任されたそれであり、言うなれば令呪1回分である。
 『慎二の命に従え』
 だが、その裏を返せば命令に反しなければ慎二を殺しても良い事になる。あの慎二が果たしてそこまで理解していたのか分からないが、ライダーならば慎二が気付いた時には既に死んでいたという状況に追い込めただろう。殺しても桜という本来のマスターがいるから消滅しない事でもあるし。
 だが、実際にはライダーは静かに慎二の命に従っていた。 
 「く………分かりました。確かにその通りです。ならばこれ以上は桜の御飯に免じて何も言いますまい」 

 とりあえず雰囲気は大分落ち着いた。セイバーがその言葉通り、あからさまな警戒感を示さなくなったからだ。実際には警戒感は残しているだろう、いやこれはイリヤに対してもおそらく持っている筈だし、ひょっとしたら横島にも持っているかもしれない。ただ、それを現す程セイバーは未熟ではないという事だ。王として表と裏を使い分けるのは日常の事であったろうし。
 それでほっとして、穏やかになった時、ふと思いついたように横島が言った。 
 「なあ、衛宮。お前正義の味方って……弁護士とか警官とかじゃ駄目なのか?」
 「弁護士とか警官、か?」
 実の所、これは横島の『昨晩は言いすぎたか』と思った故の事だ。つい正義の味方なんぞという都合のいい存在はいない、と腹が立ってきつい事を言ってしまったが、よくよく落ち着いて考えてみれば、衛宮士郎はあの時の事なぞ知らなかったし、それにそもそも彼は魔術は知っていてもほぼ普通の高校生なのだ。
 普通の人間は夢を除所に失って、大人になっていく。
 ならば、衛宮士郎が未だ夢を持っていたとしてもいいではないか。……まあ、横島自身も大人となる前に死んだ口なのだが、その濃さと環境の非常識さは少なくとも衛宮士郎とは比べ物になるまい。それに西条の事が頭に思い浮かんだせいで厳しくなった気もするし。もっとも横島は西条の事は嫌いだが、やってる事を否定するつもりはないのだが。
 彼自身は財力があるからとお金がなくて高価なGSの報酬を支払えない相手の依頼も積極的に引き受け、超一流のGSであるその実力を存分に奮っていた。高貴なるものの義務、ノブレスオブリージュと云えば格好つけに思えるが同時にそれで救われた者が多数いたのもまた事実だ。美神令子に対する幻想が冷めた今となっては、反感も以前程ではない。
 実際横島はモテル男に対してあれこれ言っちゃいるが、結局の所最後は馬が合うかどうかだった。西条とはソリが合わなかったというかどうにもならなかったが、実際ピートや銀一とは仲良い友人関係を築いて、最後までそれは続いている。

 閑話休題。
 「ああ、普通に正義の味方って言ったらそっち方向が浮かびそうなんだけどな」
 弁護士や警官、刑事。或いは消防士や海猿とも言われる海難救命士。これらは正義の味方というフレーズから思いつく比較的身近なイメージだろう。無論色んな人間がいるから中には汚職やら自ら事件を起こす奴がいないではないが、それでもこうした職業が誰かを助けるという仕事としては間違っていない。
 例えば弁護士であればアメリカには嘗ては成功報酬目当てで賠償請求訴訟をぶち上げていたが(多額の賠償をぶん取る程成功報酬も増えるのだ、向こうは)、環境汚染による被害者の訴訟をきっかけに何とか苦しむ人達を助けたいと自らが自己破産してまで汚染問題を解決しようと頑張り、今では環境汚染の訴訟を主体に引き受ける弁護士もいる。

 「……そうだな、以前の俺なら多分それで済んでたと思う」
 これまでの自分はというと正義の味方と言ってはいたが、具体的にどうすればいいのか、と言うと何をしていいのか分からなかったと言っていい。故に出来る事からコツコツと、という風に身近な人助けに精を出してきた。だが、果たしてそれが正義の味方への道と言えるのかは甚だ疑問だ。
 「だけど……」
 衛宮士郎は言う。
 「今は俺はより深い世界を知ってしまったから」
 そう、魔術師の世界を。世界の裏を多少なりとも知ってしまったから、自分の魔術の力を知ってしまったから、ひょっとしたらそれで何か出来るのかもしれない。裏の世界でなら或いは。
 「あのなあ、裏の世界ってのはひでえ世界だぞ?」
 そこには理念などない。正義の味方なぞ主張していればあっという間に身包みはがれる世界がそこにある。いや、それならまだマシで命まで奪われる事も決して珍しい事ではない。それを避けるにはそれらを弾き返せる精神と力双方で示す明らかな実力か、それとも汚さを覚えるか……現在の衛宮士郎ではどちらも難しそうだ。となれば……。
 『実力をつけるまでまずは時間をかけて頑張って勉強と修行するか、誰か傍にいてやるかが一番なんだが……』
 問題はこの世界には自分の世界の妙神山のような明らかな修行場所がない事だ。魔術師協会はあるが、果たして衛宮士郎が入れるようなものやら。というか魔術師協会のやり方というか魔術師本来のあり方が衛宮士郎に合うのか甚だ疑問だ。

 「……まあ、まずは訓練だな。せめて力を十分に使えるようにならないと」
 とりあえず無難な方法に逃げた。この言葉には衛宮士郎のみならずセイバーも素直に頷いた。
 「まあ、親父との約束だしな。正義の味方になるって目標は」
 「そういえば親父さんってどんな人だったんだ?」
 苦笑するように言った衛宮士郎に横島が尋ねる。それに答えたのはセイバーだ。
 「そうですね、キリツグは手段を選ばない魔術師でした。シロウから聞く彼と同一人物とは思えない程です」
 「は?」
 前回の聖杯戦争で切嗣と組んだセイバーによると、用意周到、一旦敵対すれば手段を選ばない人物だったという。もっとも敵以外には被害が及ばないようきちんと考える人物でもあり、前回の聖杯戦争でのライダー、征服王イスカンダル、所謂アレクサンダー大王とやり合った際、強敵であった彼との戦いでエクスカリバーを使用した時には事前に船を用意する事でその威力が街に及ぶのを防いだという。
 「……あの廃船って親父が用意したのか」
 今でも冬木の街の中央を流れる川の中州に転がる廃船にそんな由来があるとは知らなかった。まあ、未だに転がっているのは処理にお金がかかるからだろうが。浮かんでいるならともかく、エクスカリバーの直撃を受けてズタボロの船では移動させるにも馬鹿にならないお金がかかるのだ。
 が、まあ敵には騙し討ち、ビルごと爆破、人質を取って誘き寄せて罠にかけるなど汚い手を平気で使ったという。
 「そ、そうなのか……」
 余りと言えば余りの父親の所業に冷汗が流れる士郎。まあ、確かにあの穏やかな義父がそこまで非道なやり方を取っていたとは知らなかった。
 「まあ、だから母さまが殺されたとも言えるわ……」
 ぼそり、と呟いたイリヤの声が妙に居間に響いた。

 「え?」
 そう声を出したのは士郎だった。
 「実はね、私の母って結構切嗣を愛してたみたいなの」
 切嗣自身は母を聖杯戦争の現場に、命のやり取りをする場へ連れて行きたくないとアインツベルンに置いていったらしい。が、母はその切嗣を追って冬木へと向かい……そして命を落とした。
 手段を選ばなかった切嗣相手に敵対者も手段を選ばなかったという事だ。
 「うーん、だけど切嗣ってイリヤのお母さんをどう思ってたのかな?」
 横島の呟きに、セイバーが「どういう事です?」と問う。
 「ん〜……なあ、セイバー」
 「なんです」
 「前回の聖杯戦争で脅迫かけてきた相手とかいたか?」
 その問いかけにセイバーはしばし考え込む。
 「……難しいですね、結構私と切嗣は別行動を取っていましたから」
 切嗣は魔術師殺しと呼ばれる程、対魔術師戦闘に長けた魔術使いであったという。聖杯戦争で勝利する鉄則、サーヴァントよりマスターを仕留めるという行動を取るのが最善であり、その為には真っ向勝負のセイバーと行動するよりは単独で動いた方が良かったのだろう。まあ、それは切嗣が強かったから出来たのであり、今の士郎が真似をしたらあっさり殺されるのがオチだという事をセイバーから付け加えはされたが。まあ、それ以前に士郎にそんなある意味非道な真似は出来まい。
 「とすると、実際に脅されたかどうかは分からん訳か……」
 「どういう事なの?横島」
 イリヤの問いに「ああ」と呟いてから答える。
 「いや、な。果たして切嗣って奴がが人質を取られた時、どういう行動を取ったのかなーって…」
 生き残ったのだから、自分の命を投げ出したという訳ではないのは分かる。
 イリヤの母は死んだというから救出に成功したのではない事も分かる。
 問題は、救出を行おうとしたのか、見捨てたのか、はてまたそもそも人質に取る事に失敗したのか。いずれにせよ真相は当時の実情を知る者が最早いない以上不明だ。

 「けど、親父がそんな事をしてたなんて……」
 義父が何故自分は正義の味方になりたかった、と過去形で言ったのかは納得出来た。
 「まあ、彼なりの正義の味方ではあったのよ」
 「どういうこった?」
 イリヤの説明によると、彼は十人の内九人を助ける為に一人を自ら殺すというやり方だったという。全てを救う事は出来ない、だからせめて犠牲を最小に抑える。
 「うむうむ、合理的だな」
 腕を組んで頷く横島。セイバー、ライダー共に頷いている。反論したいが、相手が相手だけに真っ向否定もしづらい、そんな顔をしているのが士郎だ。
 「まあ、実際全てを救おうなんて傲慢だよな」
 「……それでも俺は全てを救いたいんだ」
 一体なんでそんなとんでもない目標を目指すのか。古代より英雄と呼ばれた者達でさえ、それは望んでも叶わなかった事だ。セイバーは最後は息子である騎士モードレットと多くの騎士達に裏切られ、自らの命と王国を失った。
 ライダーは一人の大神に愛された故に、別の神に睨まれ、最後は姉も自らの命も失った。 
 バーサーカーは神の放った狂気に捕らわれ、愛する妻子を殺し、更には師を自らの手で殺める事となった。
 そして横島は最愛の女性を失い、最期は自らの妹のようにも感じていた少女共々殺された。
 正体が判明している他のサーヴァントにしてもそれは同様だ。
 『……聖杯戦争が終わるまでに、こいつがそうなった理由を突き止めるか、性根を叩き直すかせんとなあ』
 凛なりイリヤなりが共に生きるものとしてついてりゃ或いはとも思うのだが。彼女達なら衛宮士郎が間違った方向に進みかければ、殴り倒して引きずってでも方向修正してくれるだろう。或いは桜と平凡だが平和な家庭を築くか。
 どのみち横島が延々と存在し続けられる訳ではない。
 美少女があんだけいるとは羨ましいぞ、こんちくしょう、とは思うが、未来を築くのは生きている者達だ。既に死んだ自分達サーヴァントではない。もっとも…。
 『こいつが果たして他の女の子の好意に気付いてるかは怪しいけどな〜』
 欲がないというか淡白というか。そう考える横島はそこにこそ衛宮士郎の本質がある事にまだ気付いていない。


『後書きっぽい何か』
えーと、まずは随分時間が経ってしまった事をお詫びします。
まあ、ぶっちゃけ少しずつ書いてはいたんですが……気力が。仕事が疲れて、帰ってメシ食ったらバタンキューな生活続きだったので落ち着いて話を考える余裕が……。

とりあえず少し衛宮家内部展開です。
少しお互いがお互いを知る機会を得ました。次回は桜ちゃんの内部解析というか魔術回路の調査です。だって今どうなってるか調べないと改めて魔術を教えるにしても困りますからね。つまり……次回は!

明日も忙しいので、今回はレス返しは省略で……。

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