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「WILD JOKER 巻17(GS+Fate)」

樹海 (2006-10-31 18:51/2006-10-31 21:33)
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 弓の騎士、アーチャー。
 高名な所では円卓の騎士の一人トリスタン、ウィリアム・テルやロビン・フッド。日本なら那須与一等が弓の使い手としてはあげられるだろうか。
 そのクラスの最大の特徴は矢張り弓の扱いにある。古今東西、弓は重要な武器であり続けた。古代ギリシアの時代、ペルシアとの戦争において有名なのがマラトンの会戦(マラソンの語源でもある)だが、この戦いにおいてペルシアの弓兵隊への対抗策として重装歩兵を走らせたという説もある。
 或いは1346年8月26日、百年戦争のクレシーの戦いでイギリスのエドワード黒太子は長弓隊を用いて、旧来の弩弓を用いていたフランス軍を発射速度で圧倒、大勝を収めたという。
 かように弓は銃器が出てくる近代まで重要な兵装であり、弓の名手と呼ばれる存在が英雄に数えられてきた例は少なくない。今代の聖杯戦争におけるバーサーカー、ヘラクレスとてその最大の宝具は弓である。十二の試練の一つである、レルネーのヒドラ退治において猛毒を持つヒドラの血にひたした毒矢は神すらその苦痛で死を願う程のものだったという。それは他ならぬ自身が最期の時に体験する事になる訳だが……。
 だが、衛宮士郎はこの前に立つアーチャーが何者か分からない。嘗て横島と戦った時この男は双剣を出して戦った。一度足りとてこの男が弓を用いた姿を見た事はない。そう、眼前に立つ今も。


 WILD JOKER 巻17


−−−SHIROU SIDE−−−
 何時の間にか眼前のアーチャーの両手には双剣がある。黒と白の陰陽の短剣。
 まだ魔術師の弟子となって日は浅くとも既にその方向性を見定められ、教育を受けている士郎は自然とその剣の解析を開始する。だが、そんな事を悠長にしている時間はなかった。
 閃きを感じ、咄嗟に後退する。一気に踏み込んできたアーチャーが片割れを振るったのだ。あの時は分からなかったが、想像以上に鋭い一撃に制服が切れる。かわせたのはセイバーによる回避特訓が功を多少だが奏したからに他ならない。

 「くっ、何で俺を狙うんだ!」
 「なに、決まっているだろう。あの時は神秘の隠蔽、今回はセイバーのマスターの抹殺という事だ」
 確かに理には適っている。
 魔術は隠匿されるべき。これは別に意味ない事ではない。誰でも使える魔術はその威力は落ちる。器は常に定量であり、汲み取る人数が増えればその分一人当たりの配分は減る。丑の刻参りが力を失ったのも同じ事、一般人でさえやり方を知ってる程有名になりすぎた為だ。
 マスターの抹殺も聖杯戦争では当然の方法なのだと聞いている。
 だが、違う。
 この男はきっとその二つがなかったとしても自分を殺そうとするだろう。何故かそう感じた。

 「が…ッ!」
 そんな事を考えている間にも戦いは止まらない。そして衛宮士郎には防ぐ武器がないのに相手には武器がある。この差は大きい。いや、士郎自身に投影の魔術があり、それならば武器も作れるのではないかと思う。だが、そんな悠長に魔術を発動させている時間がない。
 ざぐッとばかりに腹を切り裂かれる。
 即座に魔力を己の体内の鞘へと流し込む。鞘はそれに反応し、驚異的な速度で身体の修復を行う。
 「む?」
 さすがにその反応に対してアーチャーは眉を潜める。当然だろう、
 「聖剣の鞘か……既に起動させているとはな」
 その呟きを耳にした士郎は驚く。今こいつは何と言った?聖剣の鞘?あの時イリヤから聞くまで士郎の中に何があるか誰も知らなかったのだ。そう、聖剣エクスカリバーの鞘、その本来の持ち主であるセイバーことアーサー王でさえ。なのに、この男は自分の回復を見るや断定した。復元呪詛の類とかいうならばともかく…だ。
 だが、疑念を感じている暇はない。
 「だが、首を飛ばして身体を切り刻む、いや吹き飛ばせばさすがに復活も出来まい」
 確かにそこまでされれば幾ら聖剣の鞘でも回復力を発揮出来るか怪しい。

 生憎、場所が場所な為に武器になりそうなものがない。
 モップ?それを得る為にはどこかの教室に飛び込んで、そのロッカーを開けて取り出す必要がある。その前に殺られるのは確実だ、というか回避以外に意識を向ければまず先程この赤い男が宣言した言葉が本当になる。何か拾うとか取り出すとか、魔法を使うといった余裕なぞない。必然的にかわすしかなくなる。
 だが。
 生憎、そうそうかわし続けられる程相手は甘くない。

 「!?」
 気付けば、右腕に剣が突き刺さっていた。双剣ではない。短剣といっていい形状だが、投げた様子はなかった。
 『壊れた幻想』
 何故か口に出していない声が聞こえたような気がした。そして次の瞬間、短剣が爆発した。

 衛宮士郎にとって幸いだったのは、その爆発が小規模なものであった事と令呪のある左腕とは反対、右腕だった事の二つ。しかし、それでも片腕を吹き飛ばすには十分な威力だった。
 「………!!」
 痛い。何も考えられない。それでも士郎の中にある聖剣の鞘は彼の身体を癒さんと動き出す。
 「せめて痛みも何も感じる暇もなく殺してやろうと思ったのだがな」
 軽く舌打ちをする赤い男。もっと頭部に近いところに当たっていれば確かにそうなっていただろう。が、悪運が強いというかそれともアーチャーの運がないのか。たまたま士郎がアーチャーの剣をかわそうと体を捻った時、それがアーチャーの予測していた動き、普通なら取るだろうという合理的な動きを士郎が取らなかっただけ。素人の生兵法はこれだから厄介だ。合理的な動きをするかと思うと、素人丸出しの動きになったりする。
 それでも最早詰みだと言わんばかりに爆発で吹き飛んだ士郎に向け突っ込んでくる。
 それを見た瞬間、士郎の頭の中は空白に、嘗ての光景をもたらした。ああ、そうだった。あの時もこうして吹き飛ばされて、いやあれは蹴りだったか?それで俺は彼女に出会ったんだ。その思いは自然と一つの呟きをもたらした。
 「セイバー」、と。

 甲高い鋼の音がした。
 そうだったなあ、あの時もこうやって彼女が。そこまで至った時、士郎の頭は急速に復活した。
 「せい、バー?」
 そう、そこに立つは青い衣を纏った剣の騎士。 
 「シロウ!?無事ですか!」
 アーチャーに視線を向けて立つ彼女は振り向かない。これが人間相手ならばともかく相手もまたサーヴァント。嘗て一度だが剣を交わして、油断ならぬ相手と分かっている。ましてや、こちらは彼の宝具を一度も見ていないのだ。彼がアーチャーである以上は弓の宝具を持つはずなのだが。
 故に油断しない。更に彼女には聖剣の鞘が全力で働いている感覚が伝わってくる。ならば大丈夫だ。
 「あ、ああ。大丈夫だ」
 ようやく我に返った士郎がセイバーに答える。実際、聖剣の鞘のお陰で傷は塞がるどころか腕の再生すらすすんでいる。正に宝具というにふさわしい現代医学を超越した神秘の結晶だ。
 踏み込んで一撃。
 セイバーのそれをアーチャーは受け流すも、剣は弾かれる。セイバーの一撃は正に大砲。魔力の通った今ならばその一撃も問題なく放つ事が出来る。
 だが、弾かれ飛んでいったはずの剣は次の瞬間にはアーチャーの手にあって、返しの一撃を防ぐ。また弾かれる、また出現する。重い一撃一撃に弾かれて武器を飛ばされつつも、しかし剣は無限に出現し、カバーする。一瞬全自動で呼び戻す機能を持つ宝具かと思う。事実、多数が弾かれたはずなのに、アーチャーの後方に剣は落ちてはいない。だが、それも弾かれた剣が消える前に次の剣が握られている事を確認、否定する。
 セイバーがそれを繰り返す中、士郎は何時しかそれを解析していた。意識しての行為ではない。順調に身体は修復中とはいえ、いまだ動ける状態ではない。何か出来ないか、そう願う気持ちが解析を行わせていた。彼の解析は投影の前段階で行われるこれ自体が極めて優れた魔術だ。さすがに未だ凛すら知らない事だが。
創造の理念を鑑定し、
基本となる骨子を想定し、
構成された材質を複製し、
制作に及ぶ技術を模倣し、
成長に至る経験に共感し、
蓄積された年月を再現し、
 ………?
 違和感を感じた。改めて解析を行う。今度はしっかり意識して。
創造の理念を鑑定し、
基本となる骨子を想定し、
構成された材質を複製し、
制作に及ぶ技術を模倣し、
成長に至る経験に共感し、
蓄積された年月を再現し、
 ……矢張り違う。これは……。 
 士郎がそんな事をしている間にもセイバーとアーチャーの間で幾度となく剣が交わされ……唐突に止んだ。
 「三十二、それだけ弾き飛ばして尚出ますか」
 セイバーの呟きに思わず洩れる言葉。当然だ、だってそれは…。
 「投影……」
 「……シロウ?」
 「セイバー、それは宝具じゃない。投影魔術だ」
 何故そう確信出来たのかはわからない。それ程その短剣は巧妙な複製だった。だが、何か違う。その短剣を解析した時、ふっとそう感じたのだ。あれだけ精巧な模造品だというのに……何故俺は分かった?
 「ほう、気付いたか」
 そして、いともあっさりとアーチャーはそれを肯定した。
 「既にセイバーへのラインも通っているようだし、己の魔術の特性にも気付いているか……これは思っていたより厄介だな」
 渋い表情のアーチャーだが、言われた方としては聞き捨てならない事ばかりだ。その口ぶりだとセイバーに魔力供給が以前はされていなかった事を知っているようではないか?つい先日まで自身すら知らなかった衛宮士郎の魔術特性を知っているのか?聖剣の鞘の事といい、何か引っかかる……。
 「……それにどうやら時間切れのようだ。ここは場所的にも分が悪いのでな、引かせてもらおう」
 「引かせると思うか」
 アーチャーの呟きにセイバーが応じる。まあ、当然の事だが、この狭い学校の廊下という限定空間はアーチャーの戦域ではない。その名が示す通り彼の最大特性は狙撃にある。未だ公開こそされていないが事実、彼の最大射程は実に4000m。拳銃が通常10mが実質射程距離と言われ、名手と言われるスナイパーでも1kmを越えないという事を考えると正に驚異的だ。故にサーヴァント。
 だが、逆に言えば廊下のような場所では真っ向勝負しかない。剣や槍の射程距離の遥か圏外からの攻撃を得意とする弓兵ではなくセイバーの間合い。 
 狙撃を繰り返されればセイバーといえどもマスターを護りきるのは困難。なればここで、アーチャーではなくセイバーの間合いであるこの場での決着をつけるのが最善。だが。
 「これでもかな?」
 浮かんだ幾条もの剣。それらの切っ先が向けられた先は。
 「ッ……!」
 倒れた生徒達。廊下にも何人か生徒の姿はある。彼らに向け、剣がその鋭い先を向け空中に浮いていた。
 「こちらを引かせてくれるならば黙って引こう。だが、追撃をかけるというならば」
 「くっ……!卑怯者め!それでも英霊かっ」
 「戦闘中に取らなかった事は評価して欲しいものだがね。では失礼する……それに私は正確には抑止の守護者の側だからな」
 そのままアーチャーは窓から身を躍らせた……俺達が追撃をかけられる状態でなかったが、幸い約束は守ってくれたらしく、しばらくすると剣は現れた時と同じように姿を消した。

 
−−−RIN SIDE−−−
 「キャスター」
 そう、それは魔術師のクラス、キャスターに他ならない。それは一目で分かる程魔術師としての印象を私達に与えていた。とはいえ、直前まで何の気配もなかった所を見ると可能性は二つ、一つは気配隠蔽だがアサシンでもないのに完璧な気配遮断などありえない。二体のサーヴァントが先程までいたのだ、二人ともが他のサーヴァントの気配に気付かなかったとは考えにくい。
 ならば可能性は一つ、空間を跳んできたのだ。空間跳躍の魔術をこうもあっさりとこなし、学園一つを覆う程の結界を展開しつつ空中浮揚、全く嫌になる位の大魔術の連発だ。
 しかも彼女は慎二を殺した。いともあっさりと。ここで決着をつける気なら覚悟を決めて…。
 「おおおおっ!いいねえ、大人の女性っ!お姉さんっ、是非俺と一夜のアヴァンチュールを」
 の前に口説き始めた馬鹿に思いっきりガンドを打ち込んだ。

 「あぶないっすねー凛さん」
 後方からぶち込んでやったのに、いともあっさりとかわしてしまった。むう、慣れてきてるって事?
 「あら、嬉しい事言ってくれるわね。でも御免なさい、私にはもう夫がいるの」
 が、キャスターは私がこんなに苛立ってるというのに、あっさりと受け流した。くう…これが大人の余裕ってやつ…ってちょっと待った!慌てて横道に逸れかけた自分の意識を引っ張り戻す。ちなみに、『そんな事だと思ったよ、ちくしょー』とか横で血の涙流してる馬鹿は放っておく。
 「……サーヴァントに夫?つまりマスターかしら」
 「マスターでもあるし夫でもあるわ」
 ……何故だろう、周囲がピンク色になった気がする。
 「だから私は彼を脅かす相手に容赦をするつもりはない」
 訂正、一瞬で周囲の気配が凍りついた。ああ、彼女は本気なんだ。愛する人が出来たから芯が出来て…って待てよ、という事は彼女のマスターがこの学園にいるって事?うわあ……私最初学園には魔術師はいないから大丈夫なんて思ってたのよね……判明してるだけで七体中マスター四人もいるんじゃないの……。
 「…だから慎二を殺した訳?」
 「ええ」
 うわ、躊躇なく言い切りましたよ、この女性。
 「だけど、こちらから手を出すつもりもないわ」
 あれ?
 「今回は私の幸せをぶち壊そうとしたから手を出しただけよ」

 「……なんだか随分と幸せに拘るわね」
 ちょっと凛は引っかかる。果たしてサーヴァントが、仮にも英雄と呼ばれた存在が果たしてそうしたものに拘るのだろうか?と考えて、何か叶えたい願いがあるからこそ英霊はサーヴァントとして召喚に応じるのだと思い出す。そうだ、何も英雄と呼ばれた存在が最初からそうなる事を望んでいたとは限らないではないか。平穏な、幸せな生活を望み、けれどそれが叶わなかったという事もあるのではないか。
 「ええ……」
 「つー事は生前が不幸のどん底だったつー事っすか?」
 ふっと横から横島が声を掛ける。まあ、単純に考えればそのとおりよね。
 「……どん底か知らないけれど、今思い出しても腹が立つ!あのロクデナシが……」
 が、結構腹に据えかねていた事があったらしい。握りこぶしがぶるぶる震えている。
 「ロクデナシ、って事は夫がいたの?じゃバツイチ……」
 「あんなのを夫なんて言わないで!」
 予想以上に強い声で返されてしまった。
 「ええ、そうよ、確かに子供もいたわよ!だけど私はあんなの別に興味なかったのよ!単なる好奇心でお父様の所に来た異邦人を見に行っただけなのにあの女神のせいで……!」
 「め、女神?誰?」
 気圧されつつも、上手くいけば彼女の、キャスターの情報が分かるかと思い、問いかける。サーヴァントの正体が分かるという事は大きなアドヴァンテージなのだ。まあ、中には分かったからといってどうにもならないような相手もいるにはいるのだが。
 「ヘラとかアフロディーテとかアテネとかよ!」
 ああ、この女性ギリシア神話系の英霊なんだ。なぞと考える凛。……はて、ギリシア神話で女性の英雄っていたっけ?とふと思う。男性社会の古代では案外女性の英霊は珍しい。まあ、例外は何時でもいるし、セイバーもそうではあるのだが、少なくとも伝承ではギリシア神話の女性系統といえば、殆ど神とか妖精、妖魔、或いは節操なしのゼウス孕まされて子供を生んだという類で英雄!ってのはいなかったような……。 
 そんな凛の考えを余所にキャスターは鬱憤をぶちまける。
 「ええ、そうよ、あの女神達のせいでどれだけの人間が余計な苦労した事か!あの三女神がいなかったらどれだけ平和だった事か!私だって裏切りの魔女とか言われてるけど、そもそもそれはヘラがあのロクデナシ気に入ってアフロディーテなんて売女が私に一目ぼれの魔法かけたからだし!大体何よ、あの恋の魔法は!愛する人以外全てどうでもいいなんて単なる呪いじゃない!私がどれだけあれで苦しんだと思ってるの!?」
 まあ、気持ちは分からないでもない。が、あの、正体ばらしまくってるんですが。
 ヘラの場合ゼウスが余所で孕ませる度にその女性と子供に嫌がらせを仕掛けるが、神に手篭めにされたなら普通抵抗出来ないのだし、ゼウスを折檻するのが本来の筋ではなかろうか?まあ、それはアテネとて同じでメドゥーサが怪物に変えられたのは海神ポセイドンがアテネ神殿で彼女とやったからだというが……仮にもギリシア神話の三大神の一柱に抵抗出来るもんだろうか?それなのに執拗に手を出して最期は首を盾に飾るって酷くないかい?
 ちなみにアフロディーテを含めたこの三人の美しさ比べが、かのトロイア戦争の大本の原因だったりする。
 って…裏切りの魔女?
 「ま、まあまあメディアさん、落ち着いて…」
 「そ、そうね。失礼したわ」
 かまをかけた凛の呼びかけについ答えるメディアさん。もっとも本人気づいてないようですが。
 (ああ……反英雄だったんだ……)
 それなら分かる。
 反英雄。英雄がいれば、当然その反対となる敵役がいる。対となって存在する彼らはいわば鏡の存在であり、英雄が認められるならば反英雄も肯定される。すなわち彼らもまた英霊となりうる。
 「(こほん)とにかく、私は自分からは手を出すつもりはないわ」
 「……そういえば、今朝テレビで集団で貧血で倒れたとか言ってたわね、あれは?」
 「……ちょ、ちょっと夕べ激しくて加減を間違えただけよ!」
 何が激しかったのかは聞かないでおく。
 「そ、それに誰も病院に担ぎ込まれたような酷い症状の者はいなかったはずよ」
 「え?そうだったの?」
 実はそうだったりする。要は広範囲から少しずつ精気をもらえば当然ながら症状は軽くなる。一気に精気の90%を奪われれば人は倒れるだろうが、逆に1%を90人からもらえば量的には同じだし、その程度の疲労ならすぐ回復するから繰り返し使える。毎回新たに陣を敷いてまとめて精気を奪うのではなく、恒常的な陣を何箇所かに引いて安定した供給を得る事も可能になる。
 何より重要な魔術の隠蔽という観点からも良い事だ。誰だってちょっと何時もより疲れた気がする程度で何か異変が起きたと疑う奴はいないだろう。 

 と、すると今の所キャスターが起こした人命に関する問題は少なくとも知る限りでは間桐慎二の件だけという事になる。が、彼もまた聖杯戦争参加のマスターであった以上彼女を責めるのはお門違いというものだろう。その辺りは魔術師である凛はドライといえばドライだ。
 「……分かったわ。それなら今の所はお互い戦闘を行う必要はないという事ね」
 「理解が早くて助かるわ」
 ローブに隠されて目は見えないが、口元が微笑む。だが。
 「もっとも、彼は戦闘を仕掛けたみたいだけど」
 それだけでは終わらなかった。
 「え?」
 「先日アーチャーが取引を持ちかけてきてね。私に味方する代わりにセイバーのマスターを殺させろというのよ」
 「なん、ですって」
 声が枯れる。
 キャスターにしてみればいい取引だ。聖杯戦争のマスターとは戦わなければいけない可能性が高い。その一人を倒させろという条件でサーヴァントの一人を手に入れられるならそれは確かに損得勘定でいえば大幅な黒字だ。
 「もっともマスターがセイバーを召喚んだから撤退したみたいだけど」
 だが、続けて言われた言葉に安堵する。少し考えてみる。今ここでキャスターに喧嘩を売るのは簡単だ。けれど上手くいけば武装中立程度に今しばらくはおいておけるかもしれない。少なくとも現状で一番強敵であるランサーとそのマスター(バーサーカーは今の所一時的和解状態なので除く)とのケリをつけるまではそれを維持したい。
 「……攻撃してくる以上はアーチャーを返り討ちにするかもしれないわよ?」
 「それは仕方ないわね」
 一応確認した事にあっさりとキャスターは同意を返した。成る程、それなら手はある。
 「分かったわ。当面お互い相手には仕掛けないって事でいいかしら」
 「アーチャーを除いて頂戴ね」
 「ええ、分かってるわ」
 あくまでキャスターとの一時的な中立条約の成立と言える。仮にも裏切りの魔女として世界に認識されている存在がどこまで護り続けるかは分からないから、油断は出来ないが幸せを壊したくないというのも本当なのだろう。確かに神話での夫はろくでもないし、誠実で思いやりを持ってくれる相手との関係を崩したくないというのは本音なのかもしれない。
 (それに彼女の夫という以上、男性教職員の中にいる可能性が高いし)
 少なくともこちらはまだキャスターのマスターが誰であるか知らないのだ。それを突き止めるまではキャスターの干渉を極力排除しておきたい。
 そんな思惑から凛は応え、それに応じてキャスターは再び転移し姿を消した。


−−−衛宮邸−−−
 その夜はまず桜への問い詰めから始まった。
 まあそれは当然で、書が燃やされた事により正式にライダーとのリンクが回復。傍にいる事を横島が確認した以上は彼女がマスターである事を明らかにしておかなければならない。でないと、桜が狙われた時飛び出す馬鹿もいそうだし。
 日常の象徴ともいえた桜がマスターであった事に士郎は更にショックを受けたようだが、案外他の面々は平常だった。まあ、桜であればすぐ敵対という可能性は低いし、むしろ心強い味方になってくれる可能性の方が高いだろうからだ。
 その上で、今日の出来事を話し合った。…無論桜とライダーも含めて。彼女が再度マスターになった以上、彼女は知らねばならない。

 話はのっけからかなり険悪な雰囲気になった。それは当然だ、凛からすれば何故すぐにセイバーを呼ばなかったのか、と言いたい。サーヴァントとは普通の人間、いや魔術師でもそうだが今を生きる人間にどうこう出来る相手ではないのだ。
 もっとも最初予想していたセイバーを、女の子を戦わせたくないから、という理由ではなく単に『思い浮かばなかった』というのは同時に納得出来た理由ではあったのだが。何しろこの面子(人間+α?)の中では衛宮士郎は唯一つい先日まで一般人だったのだ。横島が『そういう事ならまあ仕方ないか』と言ったのも、自分の最初の頃を思い出した為だ。
 最初から決意していた者はいい。或いは十分な経験を積んだ後でもいい。だが、一般人がいきなり戦闘に巻き込まれた時何が出来るか、と言われると……実の所一番多いのがパニックだ。日常生活として捕らえる事が出来ない為に咄嗟に一番有効な手が思いつかない。
 まあ、そういう意味ではどういう理由であれ、生きてる内にセイバーを呼んだだけマシだったと言えるだろう。

 凛はまだぶつぶつ言ってはいたが、とりあえず最重要課題からだった。
 まず当面士郎は家から出ない事、加えてセイバーが常に傍にいる事を凛から命じられた。理由は……アーチャーの存在だ。アーチャー、マスターにとってはアサシン同様危険極まりない相手といっていい。彼らの真骨頂はその大距離からの狙撃にある(例外もいるが)。数百数千離れた距離からの百発百中の一撃はサーヴァントでもなければ防げるものではない。
 「という訳だから、当面はガードが必要なの、わかったわね?」
 「し、しかし……」
 言いたい事は分かるが、セイバーという極めて可愛い女の子に常に傍に張り付かれるという状況は健全な男子高校生としては困る事もあるのですが。言いたいが言えない、そんな士郎の様子を見て凛は。
 「ああ、さすがにお風呂とかもあるものね。そっちは横島にお願いするわ」
 あっさり自分のサーヴァントにそういう場合の護衛を命じた。
 「ちょっ、凛さん!?」
 「何よ、さすがにセイバーに一緒にお風呂入れなんて言う訳にもいかないでしょ?」
 「だから何が悲しゅうて男と一緒に風呂に!?いや、凛さんとか桜ちゃんとかライダーとかと一緒ならむしろ一緒に入りたい、へぶっ!?」
 いともあっさりと横島は宙に舞った。ちなみにその時の光景を見ていた二人は。
 某Sさん『ええ、私の目ですら捕らえ切れなかった。凛はただの魔術師ではない』
 某Rさん『桜が尊敬するだけの事はあるという事ですね』
 と述べている。

 「あーあの馬鹿は放って置いて、しばらくの我慢よ、いいわね?衛宮君」
 「わ、ワカリマシタ……」 
 さすがにあの光景を目の当りにしては反対出来なかったようだ。それで護衛の話は終わって……話は彼らが何者なのかに移った。とはいえ、キャスターの正体は既に判明しているのだが。
 「キャスターの正体はメディア王女ね。ギリシア神話における裏切りの魔女」
 ただしそれは神様のせいだけど、と付け加える。実際、近代における神は象徴としての面が強い為そんな事はしないというか、いちいち人に関わったりは滅多にしないが、古代の神々は人間臭いというかし放題してるというか……かなり滅茶苦茶な事をやらかしている。有名どころでは、北欧神話で片目の老人が勇者の前に出てくれば『ああ、こいつこの後死ぬんだな』と思われる位死神なんじゃねーかというようなオーディン神とかがいる。
 「で、アーチャーの方なんだけど……何か手掛かりはない?」
 「ああ、それなんだが……」
 そう前置きして士郎は自分の知る限りの事を話す。どうやらうじうじと悩んでいたのは現実の前に吹き飛ばされてしまったようだ。とはいえ解決した訳ではないので、後回しにしたというのが正しい状態なのだが。
 「……聖剣の鞘、投影魔術にセイバーへのライン?」
 全部自分達でさえ最近知ったばかりの事ばかりだ。それをどうしてアーチャーが知っているのか?いや、そもそもどうして彼が投影魔術で戦うのか?
 「……どういう事?」
 「ふっ、そんな事決まってるじゃないですか!」
 いきなりアカイナニカになっていた筈の横島が復活して叫ぶ。
 「アーチャーが衛宮だからですよ!」  
 しーーーーんと静まり返る居間。
 「………あの、突っ込んでくれないと寂しいんですが」
 横島がそう呟くと同時にその場の幾人かから溜息が洩れる。が、凛とイリヤは割りと真面目な表情で考えている。
 「……ねえ、イリヤ」
 「何、凛?」
 「……ありえる可能性の未来から来る英霊ってありなのかしら?」
 「ないとは言えないわね。平行世界には無限の可能性があるっていうのは凛ならよく知ってるだろうし」
 最初は『もう少し真面目に考えろ』という雰囲気だったのが、凛とイリヤの言葉で一気に引き締まった。
 「……えっと、もしかして大当たりの可能性?」
 おずおずと呟くように言う横島に凛が視線をやって頷く。
 「ええ、可能性としてはないとは言えないわ。よく考えてみれば、あんただって異世界の英霊の可能性が高いと考えていたし未来から来る英霊がいないとは言えないわ」
 そう、それが未来からの英霊の可能性を思いついた事の原因の一つ。既に此度の聖杯戦争において明らかにこの世界の法則とは異なる可能性の英霊が自らの英霊となっている。聖杯が召喚する英霊が無限の平行世界の中からも呼び出される可能性があるという考えが頭にあればそれもまた思い浮かぶ。
 「……横島って異世界の英霊なのか?」
 「可能性は高いわね。彼の話を聞くとGSなんていうビジネスが正式に成立しているみたいだし、それは神秘の隠蔽というこの世界の法則とは明らかに異なるわ。加えて彼の世界は神や魔という存在が異様に身近なのよ」
 神秘は隠蔽すべし。
 魔術協会だろうが聖堂教会だろうが或いは死徒だろうが共通した概念。だが、彼の世界では普通の企業が当り前のようにGSに仕事を依頼し、一部とはいえ霊能力者を育成する為の学校まで特に隠されるでもなく存在しているという。魔術魔法といったものが表向き非科学的と否定されているこの世界に対し、悪霊や霊能力、或いは魔術といったものが当然のものとして受け入れられている。
 彼自身、その最初の師匠は神の一柱であり、魔族にも敵対したものもいれば友人として付き合えた者もいたという。 
 それは明らかにこの世界とは異なる世界。 

 「話を戻すけれど、でもそうなると今度は何故未来の衛宮君が自分殺しを仕掛けてくるか、って事になるのよね……」
 「「「「「「うーーーん」」」」」
 静かにお茶を入れ替えたりしているセラとリズ以外の全員が一斉に唸る。
 「何か他に取っ掛かりになりそうな事ない?そのアーチャーって奴が言った事とかで気付いた事何でもいいわ」
 そう問われて改めて士郎は思い返してみる、あ、そういえば。
 「そういえば抑止の守護者ってなんなんだ?」
 「なによいきなり」
 「いや、アーチャーが自分の事をそう言ってたんだ」

 「……アーチャーが抑止の守護者、か……まあ、いいわ、衛宮君は知らないだろうし説明してあげる」
 すかさず横島が差し出した眼鏡を装着して凛が言う。
 「……遠坂、何だその眼鏡」
 「単なる気分づけよ」

 「英霊には大きく分けて二種類あるの。すなわち英霊と守護者ね」
 「この内、一般的な英霊は英雄と反英雄が代表的。英雄は分かり易いわね。で、反英雄ってのは英雄の相手と考えれば分かり易いわ。英雄がいる以上、その英雄の対抗馬もいるって事ね」
 光あれば闇あり。英雄がいれば逆の存在もいる。すなわち正義に対する悪。昨夜の事を思い出して暗い気分になりかける士郎と少し顔がぴくりと反応したライダーだったが凛はそのまま話しを続ける。
 「で、抑止の守護者っていうのは……まあ、根源を目指す魔術師にとっての天敵ね。どういう訳か彼らは根源を目指す魔術師の前に現れて殲滅を行うのよ。まあ、英霊だって場合によっては動くけど…」
 凛の言葉に『え』という表情を浮かべる士郎。それに今度は英霊達から補足が入る。
 「抑止の守護者とは英霊と大差はありません。その能力的には」
 と、セイバー。
 「ただし、彼らと通常の英霊とは一つ大きな違いがあります。それは彼らが世界の為に動く実働部隊だという事です」
 「英雄や反英雄に対する名声、悪名とはその存在を肯定する事に他なりません。すなわちそれは、その存在がいる世界を肯定する事になります。それが世界との契約の代償となるのです。世界は力を貸し、英霊はその世界に世界を支える認識という対価を提供する」
 それを聞いた凛が分かりやすく言い換える。 
 「分かり易く言えば、世界から力っていうお金を借りて、それを名声或いは悪名という人々の認識を代価として返済するって事よ」
 それに頷いてセイバーは話を続ける。
 「ですが、借りた力の割に名声乃至悪名が低ければどうするか?その答えが抑止の守護者です。彼らは世界に危機が迫った時、世界の修正力だけではどうにもならなくなった時にその危機を物理的に取り除く事で世界の崩壊を防ぐのです」
 「まーよーするに『金がなけりゃ働いて返せや』って事」
 「……いえ、確かにそうなのですが言い方というものが」
 セイバーが率直すぎる言い方にちょっとジト目になっている横で考える。
 横島も英霊になって間もなくそれを知って、『ひょっとしたらあの時俺が結晶壊さなかったら連中来てたんだろうか?』と思った事もある。アシュタロス直々の相手ではさすがに抑止の守護者でもきついかもしれないが、あの剥き出しの状態だった結晶を破壊するだけなら幾らでも方法はある。
 「つまり……正義の味方って事か?」
 世界が崩壊の危機に晒された時、それを救う、それこそ正義の味方なのではないか、と士郎は思ったのだが、それは即座に横島が否定する。
 「んな訳ないだろ。連中の物理的に取り除くってのは……全てを消すって事だ。全て、そう生きてる者もそこにある物も全て消去してしまえば世界の危機は確実に消える。簡単だろ?さっき凛ちゃんが根源を目指す魔術師云々言ってたけどそこにも繋がる。根源はちょっと扱いにミスればあっさり世界の危機に直結するからな」
 硬直する人間のいる中、横島は更に続ける。
 「ま、言ってみれば掃除機だな。いちいちこいつは役に立つから、こいつは危機をもたらした奴じゃないから、こいつは無関係だからと区別なんかしない。危機の除去は一秒を争うって現場だ。んな事やってる余裕はないから全部一緒くたに吸い込んでケリをつける」
 「んな人助けやってて間に合わなくなれば、その時点で世界そのものが崩壊して更に大勢の犠牲者が出る。まあ一を殺して九を助けるって意味では正義の味方とも言えるな」
 皮肉げな横島の言葉に。 
 「ちょっと待って。それって」
 凛が遮るように反応した。
 「……ひょっとしたらそれが先程の未来の衛宮君の可能性としてのアーチャーの答え、自分殺しと繋がるかもしれない」


『後書きっぽい何か』
今の状態では士郎はアーチャーには勝てませんのでこのような形となりました。
キャスターことメディアさんですが、彼女は一番大切なものが何かがはっきりしているので、それを守るのが最優先です。下手に見境なく力を蓄えて他の勢力から睨まれるのも避けてます。
従ってアーチャーに対しても自分やマスターに危害を加えないよう令呪で命じて後は放置に近い状態です。
彼女は今の幸せがうたかたの夢であると気付いています。故に今を大事にしているのですね。
では恒例のレス返しを

>ながれさん
いましばらくはシリアスが続きます。
アーチャーVS士郎は最後にド派手な戦闘に出来ればなあ、とか考えてます

>盗猫さん
いえいえ、ちゃんとライダーが元のマスターの所に、桜の所へ戻っていってその場から退散したの確かめてから来てますよ
凛の前に姿を現したのは、魔術師である彼女ならば話によっては中立を維持出来るかと考えた為です。士郎が相手だったらとっとと仕留めにかかってたかもしれません

>弟子二十二号さん
セイバー召喚ですwまあ、実際そうでないと乗り切れませんし

それと、アシュタロスの目的を考えれば、東京が壊滅した位なら最悪の結果には程遠いですよ
何せアシュタロスの最終目的は新たな世界の創造ですからね

>佳代さん
今回はまだ士郎の可能性の一つなので学校では使いませんでした
まあ、士郎を殺すだけなら十分ですしね、本来なら

>Zainさん
戦場でその事に気付かれて問答に持ち込まれたり、或いは精神の奥底から引きずり出されたりするよりはマシと考えた為です

>文月さん
慎二はホロウでは『成る程、士郎が言う通り本来決して悪人ではないんだなあ』って面も見せてくれたので迷ったのですが、最終的にああなりました
聖杯戦争の間はなかなかまともな行動取れるとは思えませんでしたし……キャスターの行動原理を考えるとああなって不思議ではないかな、とも思いまして

>アレクサエルさん
まあ、美神親子に関しては面の皮が思い切り分厚いとしか言いようがありませんからね
横島も内ではあれこれ溜め込んでいたとしても正直おかしくないとは思ってます

まあ、凛にしてみれば単純な損得で計算しても今の状態維持の方が分が遥かにいいですからね
メディアさんに関しては……今後もホロウのような形で出くわす機会を出すつもりですw

>hiさん
まあ…確かに勝てないでしょうなw
割と生真面目な所もある彼女ですし……ただし、慎二から解放された事で案外今の環境を楽しめるのではないかとも今後の展開では考えています

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