ルイズが我に返り、周りに誰もいない事に気付くと大声を上げた。
「いつの間にか誰もいないじゃない!」
ルイズは横島をキッとにらみ、再び大声で怒鳴りつけた。
「あんた何なのよ!」
「な、何なのよと言われても。GS見習い? いや美神さんの丁稚?」
ルイズにつめよられ、たじたじの横島。
「GSってのはわからないけど、丁稚ですって? 平民中の平民じゃない!」
ルイズの平民ランキングでは商人、一般市民、使用人、丁稚の順にランクが下がる。
屋敷で働く使用人のアシスタントとして働くのが丁稚である。
馬の世話やトイレ掃除、誰もがあまりやりたくない仕事をするのが丁稚なのである。
平民で変態でしかも丁稚、つまり最低ランクの存在。
それがルイズの出した横島の評価であった。
何度も失敗してやっと召喚できたのが変態の丁稚だという事実にルイズはキレた。
「何か良くわからないまま儀式が終わったのも! いつの間にか誰もいないのも! 私の魔法が失敗ばかりなのも全部あんたのせいよ!!」
「ひぃー! なんかよくわからんけどすんません!! すんません!!」
最後のはただの逆ギレだが怒鳴られると条件反射で土下座してしまう横島。
そんな横島の情けない姿に呆れ、ため息をつくルイズ。
「はぁ、もういいわ。ほら頭あげなさいよ」
「うぃーっす。ところでルイズちゃん、ここってどこなの?」
そう言われるとすぐに立ち上がり、手馴れた様子でほこりを落とす横島。
「丁稚程度じゃ知らなくてもしかたないか。ここはトリステイン魔法学院よ」
「トリステイン魔法学院? 東京にそんな学校あったっけ? それで駅はどっちなのルイズちゃん」
ここが異世界だとは気付かずに電車で家に帰ろうとする横島。
「トーキョーって何それ? どこの国? あと駅なんかないわよ。貴族は皆専用の馬にのるんだから」
ルイズにとって駅とは馬車駅のことである。
普通は町ごとに馬車駅があって乗り合い馬車が運行しているのだが、貴族は金持ちなので専用の馬か馬車を持っている。
そして魔法学院は貴族の学校なので駅が必要ないのである。
「なんやとー!? 駅がないって、そもそも東京を知らないってどうなっとんのやー! 責任者でてこい!」
「出てこないわよ! それに駅の場所なんて聞いてどうするのよ?」
「どうするって家に帰るに決まってるだろ。バイトの時間に遅れたら美神さんに殺されてまうわ! 」
二人が想像している駅はまったく別物なのだが、気付かないまま話は続く。
そのせいで二人は駅に行けば横島は帰れると思い込んでいた。
「どこの国から来たのか知らないけど私が召喚したの! もう諦めなさい、私も諦めるから。はぁ、ドラゴンとかグリフォンとかマンティコアとか高望みはしないからせめて普通の平民だったらよかったのに」
「俺って召喚されてたのか!?」
「そうよ、あなたはもう私と契約しちゃったんだから帰れないの。そもそもなんでのこのこ召喚されたのよ?」
召喚するさい召喚者と相性の良い生物の中から使い魔になっても良いと思っているものの前にゲートが開かれる。
そして使い魔になるのを認めないものはたとえ近くにゲートが開かれても入りたいとは思わないようになっているのだ。
相手の意思も確認せずに無理やり召喚なんてしたら相手が怒るに決まっている。
それがドラゴンなんかだった日には大惨事になってしまうからだ。
「って足元に穴あけといて俺の意思が介入する暇があるか!」
「えっ! そんなはずない……ってもしかして失敗しちゃったかも」
寒い風が吹いた。
今までも何度も魔法を失敗してきたルイズ。
今日の召喚の儀式も何度も失敗したし、最後の一回ももしかして失敗だったのかもしれない。
じと目で見つめる横島に対して、冷や汗をだらだら流すルイズ。
「じゃあ、俺帰るから」
「ちょ、ちょっとまちなさいよ!」
手をしゅたっと上げ街道のほうに向かおうとする横島の腕を掴んで止めるルイズ。
確かに色々不手際があったが自分の召喚した使い魔なのである。
それを逃がしたとなっては学校を退学させられてしまう。
なんとしてでも自分の使い魔として側にいてもらわないといけない。
「あんたが前に働いていた屋敷よりも多く給料払うから! さっきから口の利き方がなってないのも許したげるから待ちなさいってば!」
「いやじゃー! 別のバイトしてたなんてばれたら美神さんに殺される! それにあのチチ尻ふとももが俺をまってるんじゃー!!」
街道に向かおうとする横島を全力で引き止めるルイズ。
地面にはルイズが引きずられた跡ができており、その必死さがうかがえる。
どうすれば横島を引き止める事が出来るのかルイズは焦りながらも考えた。
そしてふと横島のとある言葉を思い出したのだ。
ルイズの姉を紹介してくれ、と言っていたのを。
これまでの行動で横島が相当な色ボケだとうことには気付いていた。
もし自分の姉を紹介すると言えば、自分の使い魔になってくれるのではないかとルイズは思った。
(お姉さまを売るようなマネなんかしたくない。けど、でも退学になったら家名にどろをぬることになるし……)
事情を説明すれば心優しい姉のことだきっと許してくれるだろう。
しばらく悩んでそう結論を出して、ルイズは苦いものを飲み込んだような顔をしてしぶしぶと言った。
「お、お姉さまを紹介してあげるから私の使い魔になって」
反応は顕著だった。
くるっとルイズのほうを向き、肩に手を乗せ、血走った目を向ける横島。
「本当に?」
「本当よ」
「お姉さんはグラマーか!?」
「お姉さまはうらやましいくらいグラマーよ!!」
「犬とお呼びください!!」
なかばやけになってルイズは叫んだ。
そして不甲斐ない自分を許して欲しいと心の中で姉にあやまった。
今度何かお詫びの品を送ります、と。
卒業までは我慢して、その後は無理やりにでも横島を元の国に送り帰そうと誓うルイズであった。
「私は二年生のルイズ・ド・ラ・ヴァリエール。今日からあんたのご主人様よ」
「俺は横島忠夫ってんだ、よろしく。あと絶対お姉さん紹介しろよ! 約束だかんな!」
横島の自己紹介に力が抜けるルイズ。
やっぱりはやまったかな、と思わないでもなかった。
(美神さんは怖いがグラマーな美人に出会えるまたとないチャンス! もしかしたら会ったその日にひと夏のアバンチュールという展開に!! うおー燃えて来た!!」
「私のお姉さまで何想像してんのよ! このバカ犬!!」
「ぬおぉっ!」
横島を頭を掴んで膝蹴りを喰らわせるルイズ。
顎に膝がクリーンヒットし気絶した横島を置いて、怒りに頬を染めたルイズが学校の寮へと帰っていった。
空にのぼる二つの月が、地面に倒れている横島を照らしている。
こうして横島の丁稚としての生活が始まった。