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「幻想砕きの剣 13-1(DUEL SAVIOR)」

時守 暦 (2007-01-17 22:02/2007-01-17 23:23)
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 一夜明けた。
 既に戦端は開かれ、あちこちで魔物と兵が戦火を交えている。
 救世主チームはそれぞれの担当する場所に散り、その能力を最大限に活かして戦っていた。
 ただ一人、待機を命じられた大河を除いては。

 大河はトレイターを片手に、戦場が見渡せる丘で腰を下ろしていた。
 隣では、イムニティが例によって同人誌を読んでいる。
 内容が気になるが、今はパスだ。

 なお、今日の機構兵団は予想通り粗方使い物にならなかった。
 よって列車による人身事故オンパレードも無しだ。
 取りあえず元凶のナナシに、正座30分のオシオキが下されたが…まぁ余談である。

 何はともあれ、今日も戦線は膠着状態…ただしやや不利。
 ジリジリとだが、人類軍が押され始めている。
 だが、それは実は意図的なものである。
 押されていると言っても、要所要所はきっちりと防衛している。
 何故態と押されているかと言うと、敵を誘導しているのである。
 特に“破滅”の将を。
 ドムも既に前線に立ち、昨日戦った暗殺者を探しているが…見つけるのは難しいだろう。

 “破滅”の将に限らず、圧倒的に強い力を持っている人間というのは、意外と引き際を見誤りやすい。
 ことに、勝ち戦に傾きかけているこの状況。
 決定打を与えるべく、自らが前線に出てくる可能性は大いにある。

 もしも奴らが出てきたら、誘導して、それから大河の出番という訳だ。
 その時に備えて、大河は集中力を高めている……なんてマネを、大河がする筈が無かった。


「む…美味いな、この春巻きは…」


「マスター、私にも一つ」


「ほれ、小豆」


「セコい…せめて蚕豆…。
 そんな事言ってると、漫画見せてあげないわよ」


 …暢気な連中だ。
 と言うか、眼下では魔物や兵がどんどん傷ついたり死んだりしているのに、よくもまぁピクニックみたいな真似が出来るものである。
 ちなみにこの弁当は、イムニティに頼んで態々王都の弁当屋まで買いに行かせた。
 リコに頼まなかったのは、途中で摘み食いをしそうだから。

 ペットボトル(何気にコーラ)を一気飲みして、大河は腹を撫でた。


「はー、喰った喰った…。
 これなら何とか、夕方までは保ちそうだな」


「喰いすぎで動けない、なんて死に方するんじゃないわよ?」


「いや、腹が減って眩暈を感じたスキに、なんてのよりマシじゃね?
 腹が膨れてるだけ…」


 大河は今でこそ待機状態だが、もし“破滅”の将が出てきたら、それこそぶっ通しで彼らと戦う事になるだろう。
 普通の兵士達は、実は交代制で休憩を取っている。
 まぁ当たり前と言えば当たり前だ。
 いくら戦争だからって、呑まず喰わず休まずで戦い続ける事が出来るようなタフな奴は、普通は居ない。
 テンション上がった魔物達でさえ、空腹には勝てないのだ。
 なお、これはゴーレムとかガーディアンも同じである。
 胃袋こそ無いが、燃料が少なくなるらしい。

 普通の兵士は、休憩すればいい。
 だが、大河の場合はそうは行かない。
 “破滅”の将は、一般兵では太刀打ちできないのだ。
 大河の代わりを務められるとしたら、それは同じ救世主クラスか、エースと呼ばれる兵の中でも選りすぐりの兵、あと汁婆くらいのものである。


 そういう訳で、食い溜めしている大河の後ろに人影が立った。


「ん? ああ、ミュリエルか」


「ああ、じゃありません。
 何を暢気に弁当食べてるんです」


「あらミュリエル、来たの」


 王宮から前線に出てきたミュリエルである。
 本来なら早朝に出発して戦闘開始前に到着する筈だったのだが、少々揉め事があったらしく、つい先程到着したのだ。

 大河はご馳走様、と手を合わせてから、立ち上がって大きく伸びをした。
 呆れるミュリエル。


「…今の内に体を解しておこう、とか思わないんですか?」


「今の内に食い溜めしておいたんだよ。
 …ミュリエルは戦わないのか?
 今でもその辺の兵より強いだろ?」


「……私の相手は、ロベリアです」


 沈黙の後に告げられた言葉に、大河とイムニティの動きが止まる。
 ミュリエルは相変わらず鉄面皮で、その内心を窺わせない。
 こういう所は、大河よりも彼女に分がある。

 イムニティが言う。


「相手をするって言っても、どうする気よ。
 ナナシはロベリアと、何が何でも和解する気みたいよ。
 まさかアンタまで、それが出来ると思ってるの?
 昔のミュリエルならともかく、今のミュリエルがそんな事を考えてるなんて思えないけど?」


「そうですね…。
 私も昔とは違いますから…」


「それだけ歳を取ったという事ね」


「実年齢4桁を超える貴女に言われたくありません」


 歳の事を言われても冷静に返す。
 これが大河やリリィ辺りなら、拳骨くらいは飛んでいただろうが…。


「で、実際どうするつもりなんだ?
 俺の方に来たら、多分手加減できんぞ」


「…成り行き任せ、としか言えませんね」


 意外とアバウトな答えが返ってきた。
 目を丸くする大河とイムニティ。
 こんな投槍な結論は、ミュリエルのイメージから遠い。

 二人の様子を見て慌ててミュリエルは付け加えた。


「何も考えてない訳ではありません。
 確かにその場で和解は出来ないでしょうから、まず第一に倒す事を考えます。
 とにかく行動不能にするのが第一歩です。
 チャンスがあればそのまま捕獲、無ければ…」


 キッと目付きを鋭くする。
 目の奥には、決意の光が浮かんでいた。


「無ければ、そのままロベリアを殺します。
 もし行動不能にする前にロベリアが死んでしまっても、それはそれです。
 好機があれば狙いますが、そうでなければ徹底的に。
 だから成り行き任せ、です」


 きっとミュリエルは、最初から本気でロベリアと戦うつもりだろう。
 死んでもそれはそれで仕方ない、くらいの力を以って。 
 もしその中に、ロベリアを止めるチャンスがあれば手を伸ばす。

 ロベリアを助けたい、とは思っているのだろう。
 しかし、自分はそれを言える立場には無い。
 かつてロベリアを謀って封じ込め、そして今また敵対する自分には。
 だから、その思いは一緒に戦うナナシに預ける。

 イムニティはかつてのミュリエルを思って嘆息する。


「…ったく、確かに冷徹にはなってるけど、そういう所は昔のままね。
 どうしても希望を捨てきれない、夢見がちな甘ちゃん…」


「否定できませんね。
 しかし、希望を最初から捨ててしまうよりは私好みですよ」


 苦笑して、ミュリエルも大河の隣に腰を下ろした。
 首を左右に折ると、ゴキゴキ音がする。
 肩も随分と凝っていた。


「それより大河君、やる事が無いならマッサージをお願いできますか?
 最近デスクワークばかりで体が…。
 戦場に出る前に、この凝りだけでも取っておきたいのですが」


「…それはここでアオカンしろとの仰せですかい?」


「…戦禍を眺めながら交わるのですか?
 そーいう趣味まであったんですね」


「いやいや、ミュリエルの方でしょうそれは」


「私とリリィをネコ&ヒョウに変貌させた挙句、集団で襲った貴方です。
 猟奇的な趣味があるのは、分かりきっている事ですよ?」


 久々の二人での逢瀬(?)に、恋人同士の語らい(!?)のように話す。
 大河は何だかんだと言いつつも、ミュリエルの後ろに回って肩に手を置く。
 マッサージは割と得意だ。
 性感マッサージは未亜に散々試したし、整体術も齧る程度ならやっている。


「…あぁ、そこそこ…効きますねぇ…」

「うわ、本気で凝ってる…。
 そんなにデスクワークがきついのか?」

「ええもぅ、最近本当に忙しくて…。
 これも時守が後先考えずに風呂敷を広げまくるから…。
 リヴァイアサンの後始末を筆頭に、学園から戦場に送る人材の選抜とか、ホワイトカーパスから避難してきた人々の住居や食料の確保とか…。
 V・S・Sが潰れてからその上役である謝華グループとの政争も一層激しくなっています。
 更にリリィが言っていたエレカ・セイヴンの情報が色々と入ってきたり、それと平行して…何と言ったかしら…そう、アルディアとやらの事も…」


「何か解ったのか!?」


 驚きながらも、マッサージの手は止めない。


「信憑性の問題は別としてね。
 色々あるけど、やはり彼女達には何かしらの繋がりがあるみたい。
 出現する場所、タイミング、そして行動の痕跡…。
 それらが一本の糸で繋がりかけている。
 …まぁ、まだ推測の段階だから、これ以上は言わないけど」


「………」


「今は余計な事を考えずに、戦いとマッサージに集中しなさい。
 余計な事に気を取られていると命を落とす。
 それが実感できる程度には、修羅場を潜っているでしょう?」


 少々喋りすぎたと思ったのか、ミュリエルはそれだけ言って口を噤んだ。

 その数分後、大河の元に伝令が届いた。
 “破滅”の将出現。
 追い込むので、指定のポイントに移動するように。

 大河は無言で自分の両頬を一発叩き、気合を入れた。
 イムニティとミュリエルは、それを見てコッソリ目を見合わせる。


「よし、行くぜッ!」

「大河君」

「んあ?」


 気分が高まった所で、いきなり声をかけられて振り向く大河。
 水を差されたようで、テンションが低くなる。
 が。


「「ちゅっ」」


 振り向くと同時に、イムニティとミュリエルが両頬に口付ける。
 予想外の行動に、一瞬固まる。

 それを見て笑うイムニティ。


「マスターに真面目な顔は似合わないわ。
 その場のノリとテンションに任せて、ふざけるように戦いなさい。
 頬を叩くより、私達からの祝福の方が気力が上がるでしょう?」


「全くですね。
 無事に帰ってきたら、大河君がシたい事を何でもさせてあげましょう。
 例えば……」


 ミュリエルが固まったままの大河の耳元に、何か囁く。

 沈黙。
 沈黙沈黙。


「やぁってやるぜえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」


 大河オーラが爆発した。
 それはもう、かなり離れた戦場で、救世主クラスや“破滅”の将が思わず動きを止めるくらい。
 接近戦をやっていたカエデとユカは、それでちょっと危ない目にあったが…。

 何を言ったのか、と疑惑の目で見るイムニティと、ホホホと楽しそうに笑うミュリエル。
 しかし、この状態の大河なら、本当に神でも蹴散らしそうだ。
 “破滅”の将が総がかりでも、軽く摘んでポイだろう。


「さて、それでは私も行きます。
 “破滅”の将が出たという事は、私の相手のロベリアも来ているのですからね…。
 イムニティ、貴方は?」


「私は明日の準備…と言っても、ダラダラしながら力を溜め込む程度だけど。
 じゃ、気をつけてね」


「はい。
 …ほら大河君、いつまでも気を溜めてないで出撃しなさい」


 余談だが、ミュリエルはロベリアとの交戦地点まで、汁婆に送ってもらった。
 千年前に何ぞトラウマでも作っているのか、何やらブツブツガタガタしていたが…まぁ余談である。


 なんか物凄いオーラを放ったまま、トレイターを大剣状態にして戦場に立つ大河。
 出撃前にタイラーが様子を見に来たが、一目見るなりそのまま踵を返して去って行った。
 それと同じように、何故か大河の周囲には兵士も魔物も居ない。
 大河が到着するや、ズザザザザと音と砂煙を立て、勘弁してくださいと言わんばかりに後退していた。
 そもそも、兵達には『当真大河が近くに来たら、戦闘に巻き込まれないようにすぐ距離を取れ』と命令されているのだが。

 無論、大河がそんな些細な事を気にする筈も無く。
 ミュリエルに囁かれたムフフな言葉を元に妄想しつつ、オーラを燃焼させまくっていた。
 その表情に引いたんじゃねーのか、という至極尤もな指摘には何の意味もない。


 ふと大河が表情を引き締める…が、すぐに弛緩した。
 それはともかく、強い殺気が近付いてきている。


「来たようだな…。
 さて、一丁暴れてやりますか!」


 同期連携、開始。
 大河は召還器の力を解放しつつ、殺気の出所に向かって駆ける。
 魔物や兵達の間を縫って、一際強い喧騒に殴り込んだ。

 まず見えたのは、銀色の輝きを放つ大柄な剣。
 それと同じ色の肌をした、大柄な男。


(ありゃ確か、カエデの仇の無道…。
 カエデは一度はヤツを殺して仇討ちは果たしてるから、妙に気を使う必要は無いな)


 弟子の獲物を横取りするようだが、まぁいいだろう。

 既に無道はテンションが上がっているらしく、耳障りな声を上げながら大刀を振り回している。
 竜巻のように回転しながら兵も魔物も切り刻み、返り血でその身を赤く染めていた。

 回転が終わって目を回すのを待とうかと思ったが、仮にも“破滅”の将たる手練が目を回すとも思えないし、待っていたら被害が増えるので却下。
 大河は躊躇わずに踏み込んで、肩に担いだ大剣を、勢いのままに振り下ろした。


「ぬぅりゃああぁぁ!」

「おおっとぉぉ!!!」

ズガン!


 激突音が大気を奮わせる。
 大河の一撃は、回転の遠心力をそのまま注ぎ込んだ無道の斬り上げに受け止められていた。
 無道の足元は、叩き下ろされる力が受け流されたのか、無道を中心として小さなクレーターが出来ている。

 大河は本気で驚いた。
 まだ同期連携が全開ではないとは言え、無道は一撃を受け止めて尚五体満足なのだ。
 いかに無道が手練であろうと、生物学的な強度を考えれば、受け止めた刀及びそれを持つ両手が千切れ飛ぶ筈。
 見れば、無道の腕や肩のみならず、ほぼ全身を銀色の硬質な輝きが覆っている。
 これが無道の体を強化しているのだろう。

 大河が驚いている間にも、無道は反撃を開始する。
 腕は大河の攻撃を受け止めた代償に痺れているので、大きく息を吸い込んで、大河に狙いを定める。
 我に返った大河は、反射的に距離を取る…という事はせず、そのまま無道の脇をすり抜けるようにして背面に回ろうとした。
 捕らえようとする手を掻い潜り、上手く背後に回って振り向き様に剣を横薙ぎに振るう。
 それを無道は何と腕で受け止めた。
 ギリギリギリ、と金属と金属が擦れあう耳障りな音が響く。
 衝撃までは受け止めきれず、無道は勢いに押されて5メートルほど真横に滑空する羽目になった。

 吹き飛ばされる無道は空中で体勢を整えて、大河に顔を向けた。
 そして溜め込んでいた息を、連続して吐き出す。
 吐き出した息は、燃える炎の弾丸となって大河に迫った。


「火遁・ホウセンカ!?」


 知人の世界の忍術を連想して叫ぶが、それはそれ。
 防御体勢も取らずに、大河は大剣を持ち上げ、水平に持つ。
 そのまま体を捻り、後ろ足を強く後ろに突き出す反動を利用し、前に向かって一直線に飛び出した。
 そして捻っていた体を巻き戻すようにして、トレイターで突きを放つ。
 その突きがの余波だけで、無道が放った火の玉は掻き消された。

 着地した無道は、体を捻って大河の突きを避ける。
 突きに伴う衝撃波を強引に無視して、突きを放って動けない状態の大河の首筋に向けて、大刀を鋭く走らせた。
 しかし大河はすぐにトレイターを手放し、突きの勢いのままに体を投げ出して前転。
 トレイターは無道の脇を直進して、その直線状に居た魔物と兵達に直撃しかけたが、これは無視。

 召還器を手放し、身体能力が殆ど普通の人間と変わらない状態になった大河。
 好機は逃がさんとばかりに、無道は大河の顔面に向かって蹴りを飛ばす。
 今の大河では、この蹴りを避ける程のスピードは出せない。
 しかし事前に予測していれば話は別だ。
 大河は無道と同じように、体を逸らして無道の蹴りを避けた。
 蹴り足が戻る前に、大河は前に飛び出して無道の懐に入り込もうとする。

 しかし、無道の反射神経は並ではない。
 上げた足をすぐに戻さず、少々高度が足りないが踵落としに切り替える。
 踏みつけるようにして振り下ろされる足は、大河の背骨に直撃する…筈だった。


「トレイター!」


 声と共に、大河の体が加速する。
 投げたトレイターを召還しなおして、ナックル形態に変化させたのだ。
 無道もいきなり早くなった大河の攻撃に反応できず、腹部にカウンターとなる拳撃をモロに貰ってしまう。
 そのまま押し切られ、再び無道は5メートルほど吹き飛んだ。
 しかし。


「ッ〜〜〜〜!!」


 苦悶の声を漏らしたのは、大河の方だ。
 攻撃は受けていない。
 だが、思い切り殴った右手がまともに動かないのだ。
 サラシを巻いていて解らなかったが、見れば、殴った腹は、やはり銀色に覆われている。
 まともな打撃では、貫通できない。

 立ち上がった無道が、余裕の表情で嘲笑した。


「………(笑いを封じられている)、ガキにしちゃ強いじゃねぇか。
 だが、相手が悪すぎだぜ?
 昨日までの俺なら今のでお陀仏だろうがなァ?」


 どうやら毛ほどもダメージを負っていないようだ。
 その銀色の防御力に余程の自信があるらしく、動揺すらしていない。
 実際、その防御力は大したものである。


(聞いた話じゃ、これに加えて異常な再生能力まであると来た。
 さって、どうしたもんか……つーても、結局出来る事なんか一つしかない訳だが)


 問答無用の一撃必殺。
 同期連携をフルパワーで使えば、破壊力は先程の一撃の比ではない。
 無道がこちらの攻撃力を、さっきの攻防で見切ったつもりになっているなら、その油断に付け込んで一撃の元に葬り去れるだろう。
 しかし問題なのは、それをやると攻撃の余波で周囲が素晴らしい事になるという事。
 そりゃーもう、敵も味方もゴチャゴチャにぶっ飛ばされる。
 そうなったら済し崩しに乱戦に巻き込まれ、万が一無道を仕留め切れなかったとしたら、その乱戦に紛れて逃げられる。

 何だかんだ言っても、無道は相当な使い手だ。
 いくら大河でも、確実に仕留められるタイミングを計らないと…。


(…ま、それでもこんな三下に負ける気はしないんだけどな)


 皮肉といえば皮肉なもんだ、と大河は心中で嘲笑う。
 とてつもない防御力の鎧を手に入れた事で、無道はある種の弱さまで身に着けてしまった。
 大抵の攻撃を受けても、全く問題にしない。
 ちょっとやそっとの致命傷(というのもおかしいが)では、即座に再生してしまう。
 元々の実力と合間って、無道は自分に対する『死』を全く感じなくなっているのだ。
 この鎧を手に入れる前は、無道はどんな相手でも、嘗める事はあっても油断はしなかった。
 どんなに体を強く鍛えても、喉元に爪楊枝の一本でも突き刺されば終わりだと、よく知っていたからだ。
 だから戦う時には常に死を意識していたし、自分が無敵だとも思っていなかった。
 思うに、今の無道は浮かれているのだろう。
 理由は解らない。
 無道ほどの使い手が、死ななくなった程度で自分が無敵だと思い上がるとも思えない。
 何か他に要因があるのか…。

 いずれにせよ、次の“破滅”の将が来るまでにカタをつけたい。
 大河は無言でトレイターを大剣に変え、同期を強めていった。


(無道の動きを止めるか、回避行動が出来ない体勢にする…。
 ……となりゃ、アレだな)


 極限まで体を捻り、トレイターを横にする。
 無道は大河の気の高まりに気付いたのか、余計な事はさせんとばかりに襲い掛かる。
 ズボンから取り出した…ぶっちゃけ股間をゴソゴソやっていたが見ないフリ…小刀が7本。
 死んでも当たりたくないソレを見据えながらも、大河は回避行動に移らない。
 小刀に続いて襲い掛かる無道を見据えて、大河は全身に力を入れた。


「ッ!!」


 無言の気合と共に、思い切りトレイターを横薙ぎに振るう。
 その勢いを止めずに、3度回転。
 巻き起こされる旋風で、小刀が全て弾き飛ばされた。
 無道は体勢を低くして、トレイターの下を潜って大河に接近しようとする。
 回転する大河の足を、無道がガッシリと掴んだ瞬間。
 無道は浮遊感に包まれた。
 大河は大気を思い切り掻きまわし、強引に強烈な上昇気流を産んだのである。


「なッ!?」


 驚愕の声が上がる前に、掴んでいた手に蹴りを入れられ、親指が折れる。
 足は強引に引っこ抜かれた。

 気がつけば、無道は空中で回転している。
 何がなんだか解らなかったが、視界の隅で天地逆になりながら、トレイターを振りかぶる大河が見えた。

 アレを受け止めてはいけない。

 この体になってからご無沙汰だった直感に従って、無道はトレイターの軌道から体を逸らそうとした。
 しかしここは空中で、自由に移動できない。
 ならばと大刀で攻撃を捌こうとする。


(空中で重心が据わってねぇのはコイツも同じ筈、なら技量で勝る俺様なら充分捌ききれる!)


 確かに、無道の計算通り、大河の斬撃を捌く事は充分可能だった。
 一発目だけは。

 斬撃の軌道を逸らすため、大刀でトレイターの脇を叩いた…まではよかったが。

バキィッ!!!

 トレイターの刀身から反撃を受けたかのように、無道の大刀は粉々に砕け散ってしまった。
 何が起きたのかを理解する前に、大河の第2撃が来る。
 半ば無意識に、銀色に包まれた両腕を交差させて大河の攻撃を防ごうとするが…。

!!!!!!

 激突音すら響かなかった。
 真上から叩き落されたトレイターは、無道の両腕を粉砕どころか消滅させ、勢いを殺さずに無道の体を直撃する。
 大質量が直撃し、体の殆どがペチャンコになりながら、無道は地面に向かって落下していった。

 一瞬後、地上から砂煙が立ち昇っていた。
 無道が落下したと思しき場所には、深い穴が穿たれている。
 着地した大河が用心しながら覗き込んでみたが、底の方には無道の体は確認できない。
 どうやら、完全に粉々になったようだ。


「…まず一人目。
 再生能力は…発動の兆しはない。
 問答無用で消し飛ばせば、何とか葬り去れるって事か…」


 これで終わりか?
 あっけない気もするが…。
 大河は気を引き締める。
 ひょっとしたら、変わり身の術でも使ってどこかに潜んでいるかもしれない。
 とは言え、大河は確かに無道の体が潰れ、内臓その他と思しき色々を撒き散らしながら、文字通りバラバラになるのを確かに見たのだが…。


(…俺、暫く人間食う気にならねー…いや、元々食った事ないし)


 …魚のモツとか食えるだろうか?
 とにもかくにも、次に備えなければいけない。
 次に来るのは、ロベリアか、或いは仮面の男か…。

 仮面の男は、透とベリオの話を聞く限り、銃火器と暗器を中心とした、スピード重視の戦法。
 大剣を武器としている大河には、少々厄介な相手である。
 やろうと思えばトレイターを大剣以外の形にして同期連携を使う事も出来るが、実を言うとこれはあまり使い勝手がよくない。
 何せ、同期連携の威力が自分の間近で炸裂するのである。
 反作用による余波が洒落にならない。
 大剣状態なら、長い刀身でそれをある程度打ち消せるのだが…。


 息を整える大河。
 自分でも気付かない内に、掌が汗で濡れていた。
 無言で服に擦り付けようとした瞬間。

「!」

 微かな殺気を感じ、大河は咄嗟に飛び上がった。
 ホワイトカーパスでお披露目した、リテルゴルロケット(原作とは原理が激しく違うが)で全身を加速させ、一瞬の内に10メートルほどの高さまで移動。
 その足元を、巨大な風魔手裏剣が抉り取る。


(く、首斬り破沙羅でも居るのか!?)


 あの半裸で狂った笑いを響かせる幽霊がこんなトコに居るか?
 …まぁ、ヘンタイっぷりでは互角かもしれないが。

 大河が空中で体勢を整えながら地上を見ると、予想通りというか仮面を付けた男が殺る気満々で大河を睨み付けていた。
 異常な程に着膨れしていて、肌が全く見えないのだが…これは恐らく自分の銀色に変化した肌を見せない為だろう。
 何処がどのように硬質化しているのか分からないから、少々責めづらくなるかもしれない。
 それに、暗器も山ほど隠し持っていると考えた方がいい。
 …しかし暑くないのだろうか?


 余計な事を考えている間にも、仮面の男…シェザルは大河を追撃する。
 懐から取り出したマシンガンを両手に構え、空中の大河に向かってフルオート射撃。
 大河は大剣を盾にして、銃弾の嵐から身を護る。
 間断なくトレイターに激突する鉛弾の集団。
 殆どの銃弾が命中している事からも、シェザルの戦闘力が並ではない事が予測される。

 よく映画などで、サブマシンガンを両手に持ってドンパチやっている姿が見かけられるが、はっきり言って普通は無理だ。
 普通の銃の一発の射撃でさえ、結構な反動がある。
 そのくらいなら、訓練次第で片手で抑え込めるが…マシンガンの類は、その反動が連続して襲ってくるのだ。
 反動を抑えられるとしても、片手では跳ね上がりブレる銃身を制御できない。
 況や両手に一丁ずつ持ち、狙った場所に当てるなんぞ夢のまた夢。

 それをシェザルは、空中に居る大河に向けて放ち、あまつさえ殆ど命中させているのだ。
 もしトレイターを盾にしてなかったら、蜂の巣になっている。
 この分では、ロケットランチャー左右2連発なんて芸当が待っていてもおかしくない。

 舌打ちする大河を他所に、銃撃が少し弱くなった。
 イヤな予感を感じ、咄嗟に空中を駆ける。

ズバアァァン!

 空中バックダッシュで5メートルほど移動した瞬間、大河が居た場所で閃光と大音響が響き渡った。
 フラッシュボムと言うヤツか。
 どうやらシェザルは、マシンガンを片手で撃って大河の行動を制限しつつ、もう一方の手で懐から取り出した閃光弾を投げつけたらしい。
 音に三半規管をやられ、目を庇ったまま体勢を崩して落下する。


「ぐっ!」


 高さ約10メートルから落下した勢いを殺せずに、大河は背中を強く打ち付けた。
 しかし、すぐに動かなければシェザルがトドメを刺しに来る。

 目が眩んだままの大河を、切り刻もうとシェザルは高速で接近する。


(あの近距離で閃光が炸裂すれば、手で目を覆った程度では目が眩むのは避けられん!
 無道を殺した分、私に殺されてもらいましょう!)


 自分が殺した人間達の事は棚に上げて、シェザルは大河を射程距離に収める。
 手に持ったナイフが、振りかぶられてメゴ……大河の蹴りが、仮面を蹴り破ってシェザルを吹っ飛ばした。
 予想外の反撃に、避ける事も出来ずに吹き飛ぶ。
 それでも受身を取って、大河から距離を取った。


「貴様…目が見えているのか…!?」


「目ぇ?」


 逆立ちして蹴りを放った体勢の大河が、片腕の力だけで跳ね起きる。
 そして、シェザルの左側を指差した。


「アイツら丁度トイレに行ってたから無事だった」


『ダンナ、遅れてスンマヘン!』

『前や、敵は目の前ですぜ!』


「んなー……!?」


 唖然とするシェザル。
 大河が指差す先には、目玉のオヤジ…もとい、眼球に手足が生えた生物が大河に向かって何やら叫んでいたり。
 見れば、大河の顔からは両目が消えている。


「べ、便利な奴……」


「ウソに決まってんだろ」


 ペリ、と両目の部分に貼り付けていた肌色のシールを剥がす。
 唖然としていたシェザルだが、騙されたと言うか、からかわれた事に気付き、苛立ちの気炎を上げる。
 八つ当たりに、大河の元に向かおうとしていた目玉(偽)を勢いよく踏み潰した。


「あ」

「む?」


 バチャアアァアン!


 その途端に響く水の音。
 シェザルが踏みつけた目玉から、いきなり洪水のような水が溢れ出してシェザルに襲い掛かった。
 咄嗟に避けるシェザルだが、左半身に水がかかる。


「硫酸!?」


「あー…随分前に、ナナシがパーティグッズとして作った玩具だ。
 まぁ、中身に濃硫酸入れたのは俺だけど」


 何でそんな物を持ってきてるんだ?

 とにかく、シェザルはおちょくられている現状に苛立ち、勢いのままに服の硫酸がかかった部分を破り捨てた。


「貴様…!
 私をコケにしてくれ…!?」


「コケにしてくれ?
 そういう趣味か…うむ、確かにそんなツラをしとるな」


 大河の軽口にも答えず、シェザルは硬直した。
 いや、『そんなツラ』の部分に反応して、慌てて仮面に触れる。
 しかし仮面は、先程の大河の蹴りで半分以上が砕かれていた。
 素顔が見えている。
 左半身も、服を破り捨てた為に素肌が見えていた。
 見えても嬉しくないし、半分以上が銀色だ。

 それを認識して、シェザルはワナワナと震えだす。


「わ…わ…」


「?」


「私を見るなああぁぁぁぁぁぁ!!!!」


「な、なんだー!?」


「いやらしい目で私を見るなあああぁぁぁぁぁ!!!!」

「キショい事言ってんじゃねぇぇぇぇぇ!
 そー言うのはミリアみたいなクールビューティが言うから様になるんであって、テメーが言っても犯罪以外の何者でもないわああぁぁ!」


 何と言うか、名誉毀損もいい所だ。
 少なくとも、誰もいやらしい目なんか向けてない。
 むしろ蔑んだ目で見る。
 …アレな反応をしそうで、それはそれで困るが。


「見るなああぁぁぁ!!」


「ええぃ、何なんだこのナマモノは!」


 錯乱したかのようにマシンガンを乱射しだすシェザルに辟易としながらも、大河は一胴両断の間合いを確保すべく、シェザルとの距離を詰めていった。
 …近づきたくなかったが。


ナナシ・ルビナス・ミュリエル・汁婆


 汁婆は動じない。
 戦場であろうとスラムの真っ只中であろうと、自分のペースを乱さない。
 例え内心で死ぬほど慌てていても、決して焦った所を見せようとしない。
 常に沈着冷静であれ。
 それが汁婆の美学である。
 尤も、文字通り常に、文字通り外面も中身も沈着冷静でいられるような境地には至っていない。
 しかし、この程度の状況なら、内外共に何事もないかのように振舞える。

 フーッ、と葉巻を吹かしながら、汁婆は回転する。
 ゆっくりと、しかし止まる事なく優雅に回る。
 一回転する度に、計四つの悲鳴が上がる。
 四方から迫る魔物達を蹴り飛ばしているのである。
 以前の汁婆なら、この程度の魔物達に梃子摺る事は無くても、ここまで余裕をフカしてはいられなかっただろう。
 リヴァイアサンが消えてからの数日、姿が見えないと思っていたら、どうやら延々とトレーニングをしていたようだ。
 自慢の足でリヴァイアサンから逃げ切れなかったのが、余程腹に据えかねたのだろう。

 その汁婆にイヤな汗を流しつつも、ミュリエルも縦横無尽に暴れまわっている。
 ミュリエル本人の移動は、ゆっくりとしていて穏やかで、いっそ優雅と言ってもいい程だ。
 しかしその口で紡がれる魔法は強力無比。
 地力こそ召還器持ちのリリィに及ばないものの、効率的な使い方と魔法と魔法の連携は遥かに上を行く。

 まず冷気をばら撒いて周囲の敵を凍らせ、次いで爆裂する炎で薙ぎ払い、さらに炎で溶けた氷に電撃を通す。
 この段階で殆どの魔物は息絶えるが、それでも生きている魔物は電撃で痺れている間に、貫通力のある魔弾や精神を粉々にするような術で、急所を狙って一撃必殺。
 その戦いぶりと来たら、ルビナスが千年前のミュリエルと比較して、『本当に変わったのね…』と遠い目をするくらいだった。
 ミュリエルのこの戦闘力を知っていたら、ドムとタイラーは大きく違った戦略を展開していただろう。
 どのくらい強いかと言うと、この血飛沫が舞い爆発が起きる戦場の中で、場違いなドレス(彼女にとっては普段着)を身に纏っているにも拘らず、その裾にシワの一つも作られていない。
 圧倒的な威力を撒き散らすくせに、当の本人ときたら砂煙一つ浴びてはいない。

 ミュリエルは、恐れをなしたのかジリジリと後退する魔物に向かって完璧な笑みを送る。


「戦場でのドレスアップは当然のマナーよ。
 でもチリ一つ被らない余裕がなければ真の身だしなみとは言えないわ。
 雅を理解しない魔物に言っても理解できないでしょうけどね」


 アンタ何処の快賊団団長だ?
 余裕と挑発は、魔物達にはより一層の恐怖を与えたようだ。

 彼女の発言を聞いたルビナスは、本気で頭が痛そうだ。
 戦場で血塗れ埃塗れになるのは当たり前の事で、ミュリエルもそれは承知している。
 しかしそれを超越して余裕綽々に振舞うのも、今のミュリエルにとっては戦術の内なのだろう。


(もう、本当にスレちゃって……)


 ホロリと涙を流しつつも、エルダーアークは強い光を発している。
 精霊の主でなくなった今、嘗てのように根源から多くの力を汲み出す事はできないものの、今のルビナスにはそれで充分すぎる。
 体の各所に仕込んだ魔力の増幅装置がエルダーアークと連動し、全身に力が満ち溢れている。
 溢れすぎてこんな事も出来るのだ。


  サニー・サイド・アップ
「目玉焼き!!」


 人はそれを目から怪光線と言ふ。
 何というか、ときめかない熱視線?
 人によっては浪漫を感じてときめくかもしれないが。
 まぁ、レーザーという点で見れば、ナナシだって好き放題にやっている。
 ただし…効果はとってもグロいが。


「かーにこーうせーん!」

 …まぁ、何が起きているかは何となく予想がつくと思う。
 他にも浴びると塩の柱になる光線を出したり、何故か魔人○ウよろしく「チョコになれー!」なんてやっていた。
 チョコにならずにおでんになったが。

 色取り取りの光線が乱れ飛んで、ナナシはとても楽しそうだ。
 …ただ、それは何時もの快活な笑みとはどこか違い、悲しい何かを押し殺しているようだったが。


 そうやって戦っている内に、ルビナスはふと寒気を感じた。
 死の気配。
 向けられる憎悪の匂い。
 それだけで、何が来たのか直感するには充分すぎた。


「…ロベリア……」


「…ルビナス…に、ミュリエルと…汁婆?」


 ナナシの事は敢えて無視したのか、自然体のロベリアがそこに居た。
 懐かしいイキモノを見て少々驚いていたようだが、すぐに首を振って気を取り直す。
 そして憎々しげな目でルビナスを睨み付けた。


「ロベリアちゃん!」


「! …うるさい、ちょっと黙ってろ」


 ルビナスに対する程ではないが、ナナシに刺々しい言葉を向けるロベリア。
 ナナシはショックを受けたような顔をしたが、その程度では止まらない。


「ロベリアちゃん、ルビナスちゃんと仲直りするですの!
 ケンカしたらちゃんと仲直りしなきゃいけないですのよ!」


「うるさいっての…」


 ロベリアはルビナスから視線を外し、ナナシを見て少し迷った。
 そして口を開く。


「アンタが私をどう思ってるのか知らないけどね、私にとっちゃアンタは敵なんだよ。
 割と気に入ってる敵ではあるが、ルビナスに造られたならやっぱり大嫌いだ。
 それは置いとくとしても、私とルビナスとミュリエルの間にゃ色々あったんだ。
 積もる話ってのがあるんだよ。
 話がしたいならその後で戦いながらしてやるから、アンタはちーっと黙っときな」


 言うだけ言うと、すぐにルビナスとミュリエルに向き直った。
 出鼻を挫かれたのか、ナナシの勢いが失速する。
 本当に、ナナシらしくもない。
 『死』を実感してからか、ナナシは以前のようにお気楽にはなれなくなってしまったのだろうか。
 いずれ吹っ切れると思うが…。

 ナナシを蚊帳の外に追い出して、ロベリアは懐かしそうにルビナスとミュリエルを見た。


「…そうやって並んでいると、本当に千年前のようだな。
 昔からお前達は仲がよかった。
 …ミュリエルがルビナスに憧れていたっけ」


「…そうね……。
 旅の途中で『お姉さまと呼んでいいですか?』と聞かれた時には、どうしようかと思ったものだわ」


「昔の事です。
 今思えば、危うく実験台にされる所でした。
 ……そう言うロベリアこそ、ルビナスに突っかかるのは変わりませんね」


「そうだな。
 昔から気に入らないヤツだった。
 他人からは良い所ばかり注目されて、身内に対しては小悪魔みたいで…。
 しかも本人は自分の人望と言うか憎んでも憎みきれない性質をよーく知ってやがって、聖女みたいなツラは極厚のお面かってーの」


「ええ全くです、今も昔も人の事をサラッと実験台にしてくれやがって、私も一服盛られてケモノミミ属性がついてしまいましたよ。
 どうしてこんな危険人物が…」


「…アンタラ、本人を前に好き勝手言ってくれるわね…」


 米神がヒクついている。
 しかし二人は平然としていた。

 ロベリアはルビナスに向けて、もの問いたげな視線を向けた。
 気になるのはミュリエルの事だ。


「おい、どうでもいいけどコイツ本当にあのミュリエルか?
 私に散々からかわれて、お前に助けを求めたら更にからかわれ、挙句アルストロメリアの天然で目を回してたあのミュリエルか?
 何と言うか、こう……酷く阿婆擦れてないか?」


「……貴女が封じられて私が死んでから、色々とあったのよ……多分」


「色々…か」

 遠い目をして涙を流す。
 ロベリアも思わず黙祷した。
 ミュリエルはロベリアが目を閉じている間に攻撃してやろうかと思いつつ、何とか堪えている。

 と、何やらロベリアの肩が震えだした。
 …何やら激情を抑えきれないらしい。


「……誰だ…」

「?」

「誰だ誰だ誰だ!
 あんなに純粋だったミュリをあの手この手で丸め込んで、手篭めにした挙句○○○して××な□□的に弄んで捨てたクソ野郎は!?
 いつもオロオロしてて、からかうのが異常なくらいに楽しかったミュリを返せ返せ返せ!
 アレは私のオモチャだ!
 可憐で単純でちょっと頭が可哀想だったミュリをこんな鉄の女にしやがって、暗黒ネクロマティック禁じ手 『もかもかの刑』一万回巡りにしても飽きたりねー!
 さぁ言えミュリ!
 お前をそんなにしちまった奴はどこに居る!?
 異次元でも過去でも未来でも何処にでも行って天誅をくれてやるぁーーー!!!!」


「○○○××□□なんてされていません!
 勝手に過去を捏造しないでください!」


 なんだか知らんが、滅茶苦茶ヒートアップしている。
 どうやら千年前のミュリエルは、ロベリアのお気に入りだったらしい。

 ルビナスが隣で呆れていた。
 このまま放っておくと、ロベリアは更に過去を捏造してもっと暴れだしそうだ。
 最終的には、ミュリエルの体にはちんことか生やす機能を付けられてしまうかもしれない。

 放置しておくととてつもなく外聞が悪くなりそうなので、ミュリエルは強引に話を進める事にした。
 なお、ナナシはロベリアの相手にされなくて拗ねている。


「…ロベリア、ルビナスを憎むのは……彼の…?」

「……」


 ミュリエルの問いかけに、ルビナスとロベリアの表情が変わる。
 それは、二人の間に亀裂を入れた最大の傷跡。

 しかし、ロベリアはフン、と鼻で笑い飛ばした。


「それも無いとは言わない。
 でも、理由はどうあれアイツは私を裏切った。
 …その時点で敵なんだよ。
 好きとか、嫌いとか、愛とか幼馴染だとか、そんな事は二の次だ。
 あの時点でアイツは死んだも同然だったし、むしろ私の手で斬ってやれなかったのが残念だな。
 それがせめてもの弔いだったろうに…。
 その役目をルビナスがやったのは、単に私が泣き喚いてばかりで何もしなかったからだ。
 そんな事してても何の意味もないと解っているのに、自分で何もしなかったからだ。
 八つ当たりの気持ちはあるが、それでルビナスを憎み続けるような阿呆じゃない」


 ロベリアの言葉は、ルビナスにとっては予想外と言うしかなかった。
 ロベリアが自分を憎んでいるのは、てっきり彼女の幼馴染で恋人だった彼を斬り殺したからだと思っていたのだが。


「それなら、どうしてルビナスを?」


「…さーな。
 さっきも言ったが、八つ当たりってのが一番じゃないのか?
 生理的に受け付けないのに加えて、旅の間に蓄積していった鬱憤が溜まりに溜まって…ってな。
 まぁ…」


 剣を握るロベリア。
 敏感にそれを察知して、ミュリエルとルビナスは身構えた。


「いずれにせよ、ルビナスが…憎い!
 誰からも好かれ、いい子ちゃんぶっていて、いつもいつも陽の当たる場所に居るルビナスが!
 憎い、憎い、憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!!!
 それ以外に、戦うのに必要な理由なんて無いんだよォッ!」


 霞んで見える程の踏み込みで、ルビナスに斬りかかる…と見せかけ、ミュリエルに向かって鋭い骨を飛ばす。
 ミュリエルは咄嗟に体を捻って避けるが、脇腹と肩に裂傷が刻まれた。
 真のドレスアップにはまだまだ遠い、と軽口を叩くミュリエル。


 ロベリアは放っていた殺気と鬼気を完全に掻き消し、冷徹に剣を振るう。
 エルダーアークとロベリアの剣が火花を散らした。
 何処の逸品か、召還器と打ち合っても刃が欠ける気配すらない。

 ロベリアはエルダーアークに弾かれるように距離を取る。
 着地地点に汁婆が飛び蹴りを打ち込んだが、体を屈めて避けられた。


「さて、ナナシ!
 次はアンタとの話だったね!?
 戦いながら聞いてやるよ!」


「ロベリアちゃんーーー!!」


 斬り伏せる気満々のロベリアと、ロベリアを倒そうとするルビナス、ミュリエル。
 そしてロベリアを説得しようとするナナシ。
 数が多くても、意思統一がされてないナナシ達は有利とは言い難い。

 エルダーアークを振るって波動を飛ばし、ロベリアを牽制しつつルビナスは問う。
 その問いにナナシの声が掻き消された。


「ロベ「ロベリア、アルストロメリアはどうしたの!?
 連れてきてないのかしら!?」


「ロベリアちゃ「連れてくるものか! アルストロメリアだけは、絶対に連れてくるものか!
 お前に奪われるものか!」


 鬼気迫るロベリアの絶叫に気圧されする。
 ルビナスは何を言っているのか理解できなかったようだが、ミュリエルには何となく理解できた。
 千年前のように、アルストロメリアがルビナスの味方になるのを恐れているのだろう。
 戦力的にどうこうではなく、恐らく今のロベリアにとって、アルストロメリアはたった一つの安らげる場所なのだろう。

 いっそ周囲が敵だけだったり、余計な苦労ばかりかけるアフォな部下達ばかりなら、まだよかった。
 アルストロメリアを生き返らせた事で、ロベリアは仲間の温もりを思い出してしまった。
 もしそれを奪われたり、アルストロメリアに見放されたりしたら、今度こそロベリアは全てに絶望してしまう。
 だからロベリアは、アルストロメリアをルビナスに接触させたがらない。


(…こういう所が、ロベリアの癪に障るのでしょうね…。
 あの頃は解らなかったけど…自分が穢れていると思う者にとっては、ルビナスは少し眩しすぎる…)


 それが解るようになったのは、自分も汚れたという事なんだろうなー、と考えてちょっと悲しくなったミュリエルだった。
 余計な事を考えつつも、ロベリアを倒すべくミュリエルは呪文の詠唱に入る。
 強力な魔法を使うには、詠唱に使える時間が短すぎる。
 三呼吸以内に放たねば、ロベリアの放った骨が襲ってくるのだ。


(数で押す…!)


 早口で呪文を唱え、ロベリアに掌を向けるミュリエル。
 しかし、その射線を人が遮った。


「ナナシさん!?」


「ロベリアちゃん、やめてですの…!?」


 放ってしまった魔法の一つが、ナナシを背後から吹き飛ばした。
 汁婆がナナシを回収する。
 幸い怪我は無いようだが…どんだけ頑丈な体してんだろーか…ミュリエルにとっては計算外だ。
 すっかり忘れていたが、ナナシにまともな戦術計算やコンビネーションを期待しても仕方がない。
 ロベリアはこれを計算して、いつでも倒せるナナシを放置しているのだろう。
 …単にカイザーノヴァの悪夢を忘れてないだけかもしれないが。


「ナナシちゃん、いいから下がってなさい!」


「下がらないですの!
 ルビナスちゃんとロベリアちゃんはお友達なのに、ケンカしちゃダメですの!」


「友達なんかじゃねぇんだよ!」


「でも仲良くしてた時もあったですの!
 昔仲良くできてたなら、これからだって仲良くできるですのよ!」


「今と昔は違うのです!
 ナナシさん、いいから下がってください!」


 ナナシを遮蔽物として戦うロベリア。
 積極的にナナシを攻撃しようとはしてないが、さりとて傷つける事に躊躇も無い。
 一方ルビナスとミュリエルは、ナナシの滅茶苦茶な動き方に戸惑っている。
 ロベリアのすぐ近くにいるから大技も放てないし、攻撃の軌道も制限される。
 ナナシは足手纏いにしかなっていなかった。

 ナナシは、自分が戦いに入って行けない事を否応なしに突きつけられた。
 どうすれば、と悩むナナシ。
 …そのナナシの肩を、汁婆が軽く叩く。
 振り返れば、汁婆が持つフリップに一言。


『行け』


「…汁婆ちゃん…」


 …ここまでは、ロベリアの計算通りに動いている。
 だが、この場に居る誰もが忘れていたのだ。
 彼女に常人の計算など通じない、という事を。
 天然ほど怖いモノはない、という事を…。

 そして汁婆というハードボイルドが、ナナシの背中を押した。
 ならば、もうナナシに躊躇いはない。
 友達と友達のケンカを止めるのに、力を振るう。

 ナナシ、ブチキレ5秒前♪


「………や」


「……や、やぁ」


 片手をあげて挨拶するユカ。
 それを受けて、戸惑ったように挨拶を返す。

 ここは戦場だというのに、何というかとてもまったりしている。


「え、えぇと……キミ、誰?」

「…ユカ・タケウチ」

「………」

「の」

「の?」

「………」

「………」

「………?」

「……?」

「……何を待ってるの?」

「いや、『ユカ・タケウチの…』何!?
 物凄く気になるんだけど!」

「……ユカ・タケウチの…突撃明日の晩御飯?」

「何故に!?」


 理不尽だ、と色々とすっ飛ばして頭を抱えて叫ぶユカ。
 そして、それを焦点の合ってない目で眺める…ユカ。

 そう、ユカが二人居るのだ。
 同じ場所を担当していたベリオが、目を丸くしている。
 …ベリオだって分身はできると思うが…ブラパピとパペットで。


「…え、えぇと…双子だったとか?」


「ぼ、ボクそんなの知らないけど…」


「…惜しい。
 残念賞にこれをあげる」


「はぁ…」


 ハッカ飴だった。
 何故か袋に竹と書いてある。
 ひょっとして、タケウチのタケだろうか?
 なら竹ではなく武になるのでは?
 取りあえず貰えるのだから貰っておこうと懐に仕舞い込んで、ベリオはユカ…一緒に行動していた方を見つめる。

 戦闘が一段落して一息ついた時に、いきなり彼女は現れた。
 派手な演出もなく、ただボケーッと空を見上げながら、魔物達の屍を避けながら歩いてきたのだ。
 最初に見た時は、「ユカさん何時の間にあっちに行ったのでしょう?」と思っただけだ。
 しかし、次の瞬間には彼女が本当にユカなのか疑問を抱いた。
 何より纏う雰囲気が違うし、さっきまで戦っていたにしては、汗一つ掻いてないし、息も乱してない。
 先程までユカが居た方に目を向ければ、そっちには最後のスライムを蹴り飛ばしたユカの姿。
 それはもう戸惑った。
 すわドッペルゲンガーかと思い、このままではユカは死ぬのでは!?なんて考えた。

 そしてユカも振り返り、自分ソックリの人物に目を丸くする。
 で、冒頭に至る。

 現れたユカと、本物のユカの違いは明確にわかる。
 先程も書いたように、本当に気配や雰囲気がまるで違うのだ。
 溌剌とした気配は無く、その代わり茫洋とした雰囲気を漂わせる。
 酔生夢死という言葉が、本当によく似合いそうだった。


「……ん」


 現れたユカ…とりあえずユカ2と呼ぼう…は、前置きも無く構えをとった。
 ユカには及ばないものの、強烈な闘気が全身から吹き荒れる。
 即座にユカも戦闘態勢を整えた。
 ベリオはユカの背後に回り、回復魔法をかける。


「ありがと…。
 ……キミ、一ついいかな?」

「……よくなくない……」

「…え、えっと?」

「……いい…」


 戸惑ったユカだが、気を取り直してユカ2に問いかける。
 敵っぽいが、彼女は“破滅”の軍か?
 そして何故自分にソックリなのか?


「色々聞きたい事はあるけど…」

「…いくらでも聞いていい…。
 スリーサイズは、大体ユカと同じ…。
 でも初潮は来てない…」

「き、聞いてないって!
 そうじゃなくて、何でキミはボクにそっくりなの!?
 モシャス?
 それとも某学園の図書館島に居る根性曲がりさんのアーティファクト?
 或いはボクのおっかけが整形したとか?
 タマオちゃんだってそこまでやらないよ」

「む……お約束」

「?」

「ボクに勝ったら、話してあげる…」


 独特のペースに戦意を崩されそうになりながらも、ユカは警戒を解かない。
 ベリオも魔力を練り始めた。


「そう、それはユカが産まれた時にまで遡る…」

「「って話すのかよ!!」」

「? 聞いたのに、だめ?」

「…いや、話してもらった方がスッキリするけどさ」


 何が何だか意味不明だが、ユカ2は本格的に語りの体勢に入っているようだ。
 何となく気も削がれて、人間に攻撃するのに躊躇いがあった事もあり、流れのままに耳を傾けてしまう。


「…ユカの両親は、謝華グループで働いていた。
 なんか脱走しようとした。
 それで残されたのがボク」

「いや意味不明だし」

「むぅ……違うけど同じユカなのに」

「もっと意味不明だし」


 至極尤もなツッコミを受けるユカ2だが、何だか不満顔だ。
 あの説明で伝わらなかったのが不思議だと言わんばかりである。
 なんというか、敵だと思い辛い。


(…パピヨン、どうしましょう…?)

(…まぁ、言うだけ言わせてみようじゃないか。
 アタシもこの子が何なのか、気になる…と言っても、見当はついてるんだけど)

(と言うと?)

(…ユカのクローン。
 確か謝華グループが、その手の研究をしていたって言ってただろ?)


 思わず声を上げそうになるベリオ。
 しかし、それはそれで不思議が残る。
 聞いた話では、クローンを育てるのは一朝一夕では不可能らしい。
 それこそ普通の人間と同じくらいの時間をかけねばならないとか。
 クローンに強烈な負担をかけるのと引き換えに、成長速度を2倍くらいに出来なくもないらしいが…目の前に居るユカ2は、どう見てもユカと同い年…約17歳。
 単純に計算して、ユカ2が現在の体になるまで八年から九年の歳月が必要な計算になってくる。
 そんなにも前から、ユカのクローンを態々用意していたと?

 その辺の疑問はパスするとしても、何故謝華グループの研究所で作り出されたであろうユカ2が、“破滅”として出てくるのか?
 結局、ユカ2の語りを聞くしか疑問を解決する方法は無さそうだ。

 ユカ2は不満そうな顔をしていたが、渋々話し始めた。


「…のーみそスッカラカンの、作業着で戦場に来るような空手ウェイトレスバカにも解るように説明すると」


「…ボクののーみそは軽いかもしれないけど、それを言ったらキミだってのーみそがとっても緩そうだよ。
 そもそもウェイトレスで戦場に来てるのはキミもじゃないか」


「説明すると、ユカの両親は謝華グループで働いていた」


 スルーされた。
 もうツッコミする気力も削られている気がする。
 彼女のペースに完全に巻き込まれたようだ。


「それで残されたのがボク」

「さっきより不説明になってますが!?」

「むぅ…。
 三度目の正直者はアホを見る。
 謝華グループの研究に反発したユカパパママは逃げ出そうとした。
 でも逃げ出せずに、ユカパパママは洗脳を受ける」


 打って変わってスラスラ喋りだす。
 さっきまでの略しすぎな言葉は、わざとではないのかと思える程だ。
 なんか意味不明な言葉も混じっていたが。


 ユカにとっては、晴天の霹靂とも言える。
 両親が謝華グループで働いていた?
 謝華グループと言えば、以前V.G.を開催しようとした企業であり、そして洗脳によって大騒動を起こしたV・S・Sの上役である。
 謝華グループが何を考えて何をやっているのか、ユカはあまり知らなかったが…大河やクレア、アザリンの話から、ぶっちゃけ悪人というか悪役である事は明らかだ。
 そこで働いていた?


「…ユカさん、貴女の両親って…」

「うーん…赤ん坊だったボクを従兄弟だったお父様に預けて、何処かに行ったとか死んじゃったとか…」

「え…」

「詳しい事はサッパリ。
 と言うか、実を言うと今までお父様が実父でない事もすっかり…。
 母親が居ないから、ボクって誰から産まれたのかなー、って考えてた事もあるんだけど。
 そもそもお父様が酔っ払って話した事だから、意外と単なるホラ話だったんじゃないかなー、と…」


 ユカ2はユカの言葉を聞いて少し驚いた顔をしたが、すぐ平静に戻った。
 大して興味を持ってないようだ。


「ユカパパママは、洗脳されたけど洗脳されてなかった。
 チャンスを見て逃げようとしてたら、ユカが実験台にされそうになった。
 それがイヤだったから、も一回逃げようとした。
 そのまま逃げたんじゃすぐ捕まるから、ユカのクローンを作って囮にした。
 ユカパパママは何とか逃げられたけど、クローンは寿命とかなんか体の欠陥とかで全滅。
 …ボクを除いて」


 あまりに淡々と話される、ユカの知らぬ過去。
 その内容は非常に重く、ユカにとってはショッキングな内容だった……筈なのだが。


「…何でだろう、全然ショックとか受けた気がしない…」

「アレですよ、真昼間にナナシちゃんがニコニコ笑いながらオバケのお話しても、誰も怖がらないのと一緒なのでは」


 ベリオなら怖がる気もする。

 何せユカ2からは悲壮感とかそういうのが全く漂ってこない。
 まるで本を音読しているような印象さえ受ける。


「…それはともかく…キミが…ボクのクローン?」

「うん。
 ……それから……」

「それから?」


 ピタリとユカ2が言葉を止めた。
 暫く空を見て、ふぅ、と溜息。


「…秋田…」

「は?」

「秋田。
 秋田県。
 秋田犬。
 飽きたけん、もう説明やめるっちゃ」

「…ちゃ?」

「拳が見たい」

「…あの、一体何を…」

「久しぶりに、お前の拳が見たい。
 …まだ一度も見た事ないけど」


 …会話が繋がらない。
 繋げようとしているのかしら解らない。
 ひょっとしてお脳が膿んでるじゃなかろうか。
 それとも、クローンだからシナプスとかの結合が上手く行ってないのか?

 いっそこのまま張り倒して埋めてその上に桜の木でも植えて、無かった事にしてしまおうか、などと物騒な提案をするブラックパピヨン。
 少なからず賛同しそうになったベリオだが、その提案は心の中でタンスの肥しにした。


「「!!」」


 寒気を感じ、気を引き締めて構えるベリオとユカ。
 気がつけば、目の前のユカ2から爆発的な気が撒き散らされていた。


「お前がボクに一撃入れる毎に…真実を話そう」

「…こういうの、どっかの漫画で読んだ事あるんですが…」

「…いずれにせよ…戦うしかないって事だね」


 ユカ2から放たれる気は、ユカ本人に勝るとも劣らない。
 ユカから見れば隙だらけな自然体も、それを考慮に入れると不気味に思えてくる。

 ユカ2は全く表情を表に出さずに…弾けた。


「!」


 咄嗟にユカが右腕を引き上げてガード。
 肘の部分に、強烈な痛みと闘気が叩き込まれた。


「かは…!」

「くっ、このっ!」


 一瞬ユカ2を見失ったベリオだが、すぐにユカから引き離そうと殴りかかった。
 とは言え、あのユカに一撃を入れる程の力量。
 単純な接近戦なら、カエデ辺りでもないと話にならない。
 なので、ベリオは全身を結界で包みながら突進する。
 杖を突き出し、ユーフォニアの浮遊の力で滑るように前進しながら叫んだ。


「ライド・ザ・ライトニング!」


 某聖騎士団団長の技に、威力はともかくソックリだ。
 ユカに追撃をかけようとしていたユカ2は、尋常ではない速度のバックステップでベリオから距離を取る。
 ベリオはユカとユカ2の間に入り込み、離れたユカ2に向かって小型のシルフィスを連射する。
 ユカ2はそれを小刻みなスウェーで全て避けた。

 凄まじい反射神経と動体視力。
 ベリオは背筋に冷たい汗が走るのを感じた。
 一対一なら、ベリオには殆ど勝ち目がない。
 術を使う前に、あのとんでもないスピードで間合いを詰められる。


(どうすれば…!?)


 迷うベリオ。
 しかし、その肩を力強い手が叩いた。
 ユカである。
 右腕をパタパタ振って痺れを取りながら、闘気と覇気に満ちた表情でユカ2を見据えている。


「…ユカさん?」


「…ベリオ、ゴメン。
 この戦い、手を出さないでほしいんだ…」


「!? な、何を!」


 確かにベリオでは、ユカとユカ2のスピードには付いていけない。
 絶対的にスピードが違いすぎる。
 遠距離戦ならベリオにも勝ち目はあるが、この距離はユカ2の射程範囲内だ。
 しかし、それでも出来る事はあるし…例えばユカの防御力を上げたり、傷を治癒したり…、足手纏いになる程弱くもない。
 なのにどうして。

 問いかけるベリオに、ユカは申し訳ない、と目で謝った。


「…さっきの話が本当なら、これはボクと彼女の戦いだ。
 彼女を…彼女達を犠牲にしてボクが助かった。
 なら、その恨みを買うのも仕方ないし、自分で決着を付けたい。
 …この非常時に、何を言っているんだって言われるかもしれないけど…」


 ベリオは反論の言葉を失う。
 確かに、この人類が滅ぶか否かの瀬戸際、たった一人の過去がどうの、を気にする暇なぞ無い。
 しかしベリオはそこまで割り切れなかったし、何より過去を受け止めようとするユカの姿勢に気圧されした。
 かつての自分は、彼女のようにはなれなかった。
 逃げ出して、罪を償おうとはしたが、結局は情に流された挙句、更なる犠牲者まで…。

 暗く沈みかけたベリオを他所に、ユカは珍しく獰猛な笑みを浮かべる。


「それに…こんな機会、逃したら一生無いかもしれないじゃないか」

「こんな機会?」

「彼女はクローンとは言え、ボクだ。
 身に着けた技術こそ全く違うけど、彼女はボクなんだよ?
 武術家が誰よりも戦ってみたくて、そして戦えない相手…。
 それが目の前に居る。
 ボクは、ボクと拳を交えてみたい!」


 絶対にこの機会を逃がさない、とばかりのユカ。
 ベリオは暗く沈みかけた心を、軽く吹き飛ばされた。
 それほどにユカから放たれる気は強く、熱狂的だ。


(…ベリオ、やらせてやりな。
 一対一で、魔物達の横槍なんぞ入らないように)

(…本気ですか?
 と言うか、どうしたんです、いきなり…)

(アンタにゃ解りづらいかもしれないけどね…。
 こういうケンカにゃ、口を出しちゃいけないのさ。
 良かれと思って口を挟んでも、助けを差し伸べてもいけない。
 ここから先は二人の世界だ。
 …アタシ達に出来るのは、精々魔物を寄せ付けない事と、リングを作る事くらいかね)

(……)


 ブラックパピヨンの言い分に納得した訳ではないが、実際二人の間に割り込むのは無理っぽい。
 強烈な闘気で、押し潰されそうだ。


「…勝算はあるんですね?」

「勿論。
 さっきのやり取りで分かったけど、この子、戦闘の経験が少ない。
 ベリオがボクとあの子に突っ込んできた時だって、あんな風に距離を取らずに、ボクの後ろに回りこむように動けば、ベリオの攻撃を封じた上でボクを攻撃できた。
 パワーとスピードはあっちの方が上だけど、練りこんだ技術と潜った修羅場はボクの方が上。
 …だから、やらせてもらうよ?」

「解りました。
 私は周囲の魔物を散らしています」


「ありがと。
 ……待たせたね」


 ユカとベリオの密談は終わり、待ちきれないとばかりにユカはユカ2を見据えた。
 空を仰いでボーっとしていたユカ2は、ユカとは対照的に超然としていた。


「いい…特に待ってない。
 …それじゃ…」


 ユカ2が気を練り上げる。
 渦を巻く闘気で、短い裾がバタバタと揺れた。
 ユカが今まで戦ってきた、どの相手とも違う気。
 まるで空気に向かって構えているかのようだ、とユカは思った。


「行くよ?
 ウェイトレスファイト…」


 ユカはやや前傾姿勢を取り、突撃の構えだ。
 ユカ2の闘気に怯む事も無く、問答無用の真っ向勝負。
 実に彼女らしい。
 ユカ2にとっては、今まで誰よりも戦いたかった相手。
 殺したかった相手。
 彼女の居場所を奪い、自分が自由になるのだと何度望んだ事か。
 しかし、今はそんな過去の事など、頭から吹き飛んでいた。


「レディー…」


 ユカ2が迎撃の構えを取る。
 やはりユカから見れば隙が多いが、ユカ2のスピードを以ってすれば、ユカが放つ単発の打撃はほぼ確実に防げる。
 だが相手が相手だ。
 武神がどんな技を使ってくるのか。

 構えている間にも、二人の気が高まり、その質が変化していく。
 ユカの気はドリルや槍を連想させるような、一点突破を狙った気。
 そしてユカ2の気は、本人の性格と同じく、何処と無く掴みづらい、正体の見えない気。

 二つの気が両者の中間でぶつかり合い…。
 絡み合い…。
 押し退けあい…。
 崩し合い…。
 利用しあって…。
 均衡が……徐々に……崩れて………。


 弾ける!


「「GO!!」」


 突進しながら放たれたユカの気弾と、迎撃に放たれたユカ2の気弾が、正面からぶつかり合って相殺された。




どうも、部屋探しに難儀している時守です。
3月最初あたりには勤務地の大阪に行って、一週間くらいで一人暮らしに慣れたいなぁなどと無謀な事を考えています。
大阪の交通事情がどんな風なのか殆ど知らないので、かなり行き当たりばったりに…。
しかし…都会の路線は複雑すぎです。


それではレス返しです!

1.パッサッジョ様
酒乱の一言で収めていいものかどうか…。
酒量と暴走の方向性によっては、居酒屋の一つくらい吹き飛びかねませんなw
憐については、心情もそうですが…こうでもしないと出番を作れないもので。


2.九頭竜様
憐が出撃…するのは、時間的には一日挟んでの事ですが、話数的には10話以上後の事になりそうです。
ああ、展開が遅い…。
固有結界より、空想具現化の方がイメージ的に近いかな?
しかし…憐の心の中…どんな風な心象風景になってるんだろう…。
やっぱり透一色?


3.竜神帝様
ホームページの方は気長に待たせてもらいます。
やはり仕事やSSの進み具合以外にも、HPの運営等に慣れなければ大変でしょうし。

今回もシリアスだったかな?
でもユカ2のお陰で大分気が抜けた…。


4.イスピン様
やっぱり勘付いておられましたか。
爆発した時から、というのはちょっと予想外でしたが…。

ナナシの変化は両方じゃないですか?

5.DOM様
うーむ、透ラバーズのはっちゃけ具合が弱いですな。
やっぱりフローリア学園じゃないから、周囲の煽りが弱いんでしょうか。
ジェネ○ック・オーラより、レム○ア・インパクトがいいなぁ…でもそれは後々のお楽しみって事で…。

巨大ロボの燃料ですか?
うーん、マナで動かすのも考えたのですが…別のヤツにしました。
元ネタ?
…キングです。
でも解ったとしても秘密にしておいてくださいね?


6.鈴音様
リヴァイアサンを使おうと思ったのは、もう咄嗟の判断でした。
最初はリコかイム辺りにどうにかさせようかと思っていたのですが…。
アシュ様の魔力塊、爆発しただけでは少々弱かったですからね。
これくらいは仕出かさないと、アシュ様とは言えませんw

あーあー、あのヒトですか、何だかやたらと楽しそうなヒト…。


7.カシス・ユウ・シンクレア様
透はきっと、彼女達に酒を飲ませないと誓った事でしょう。
ヘタに飲ませると、本気で襲って来かねませんからね。

憐は…どうしようかなぁ…やっぱり彼女の戦闘シーンは考え辛いし…。
無限召還陣を無効化させるだけじゃ、戦果はともかく描写的には物凄く地味になりそう…。

ナナシは完全に癒し系キャラですからねぇ。
原作で色々やらかしてたのを考えると、トラブルメーカーキャラの色が強いですが。
ルビナスだって一人の人間です。
ロベリアからどう見えたって、それなりの悩みはあるんですよね。

クロスランブルの事ですな?
いやはや、アレは面白くなりそうですw


8.陣様
実行したんですか…漢だ!
しかしこれはまた…シュールというか…アレなゲームですね。
スゲー案山子だ…。
興味がむくむくと沸いてきましたw

いやぁ、天幕に行くまで充分時間はありましたよ。
その間にガスマスクを外したんです。

…どっかで見た事がある展開ですにゃあ…。
しかし、そうなったらミュリエル辺りが止め…止め…止められないなぁ、色んな意味で…。


9&10.くろこげ様
言われてみれば、確かにスケールが小さすぎますね。
王下七武海の一人でも、小さいもんは小さいですなw

反応弾…後にまで残るなぁ…。


11.竜の抜け殻様
実際に憐達が動くのは、かなり先になりそうです。
今日=機構兵団が二日酔いで死に掛けてる日に使う話が…えぇと…四話以上?
その後ユカの濡れ場があるし…。

遅いを通り越して、完全な停滞にならないように注意します。
あぁ…ロベリアの幸福は何処…?


12.堕天使様
こちらこそ楽しませていただきました!
次回の更新を、心待ちにしております。
卒論って…仮提出とかは大丈夫だったんですか?
他にもパワーポイントとか使って発表が…死にそうになりますよ。

単発ギャグにしようかと思ってたんですけどね。
単なる爆発じゃなくて、こう、なんか幻覚剤の類が出来上がって、魔物達が奇行…具体的にはカツラとかアフロとか女装とか同性愛とかに走る、なんてのも考えました。
…そうなった魔物達と戦うのと、どっちがマシでしょうねぇ…。

決め台詞…ど、どうしよう…今から考え付かない!
やっぱり誰かのを真似るか、それともいっそオリジナルで行くか…。
どっちにしろ、もう無道は死んじゃったしな…。
せめて今後の戦闘で…。


13.アレス=ジェイド=アンバー様
不幸じゃない…んでしょうか?
でも将来の負担(酒癖)が証明されたワケで…つまり不幸の先送りw
それに、透君も二日酔いですぜw

リヴァイアサンの能力が使えるというのは、実を言うと無限召還陣を消去する為の後付設定です。
最初はリコにやらせるつもりだったのですが、彼女には別の役割を振らねばならないので。

ロベリア…逃げてもその先で苦労するんだろうなぁ…(涙)


14.なまけもの様
ご指摘ありがとうございます、後で直しておきます…。

アルストロメリアは…微妙だなぁ…。
本人がMのようですから、多少アブノーマルなプレイは平気でしょうが…。
自分からレズるかと言うと…?
でも、もし全員がロベリア狙いなら…彼女は弄られキャラ決定ですね。
苦労させるのは愛情表現、とw


15.蝦蟇口咬平様
痛いの前に普通は死にますってw
洒落にならない誤字だなぁ…。

巨大アシュ様なんか見たら、憐は確実に泣きますよw

変形…変形か…アレには変形機能は無いし…。
となると、候補としてあがるのはガルガンチュワと、あとレベリオンぐらいでしょうか。
ふーむ、依り代になったダウニー(アフロ)が原動力だとすると…つまり今後の予定だとああなってこうなって…?
巨大アフロは色々な意味で死にきれませんなw


16.悪い夢の夜様
時守的にはシェイクスピアのアレと間違えてしまう事が多いッス。
いつも慌てて消しています。

…考えてみると、憐ちゃんはアシュ様の汗・垢その他諸々の後始末をさせられると…。
…いかん、リヴァイアサンモードで強襲されそうだ…。

原作でのロベリアは、ルビナスの引き立て役みたいな役を押し付けられてましたからねぇ。
でも幻想砕きの中では……おもちゃ?
原作の方がマシだったかもなぁ…。

酒気噴霧ですが、アルコールが燃えるのは60度以上からでは?
だから大丈夫……なの…かな? かなかな?

ロベリアが居なくなったら…?
…ダウニーはまともに仕事をしない、四天王はアレな連中ばかり、魔物達は女王様を求めて人間側に寝返る…。
うわ、ある意味最良の解決方法だ…。
TS物があるんですか!?
…というかその大河は一体どんな性格に?
まさか男好きって事はないだろうし、ウチの未亜みたいに女好き…?
常識人は大河じゃないねw


17.JUDO様
セルより前に、ユカのライバルキャラが出てきたようです。
うーん、ロベリアは救世主側につく…とは言わないまでも、確かに敵対を止めただけでもパワーバランスが崩れますね。
となると…崩れるのを承知で実行して、後で別の要因を…?

むぅ、確かに本気で出番が無いですね、フノコ。
そろそろ皆に完全に忘れ去られているような…ちょっとぐらい出番を作った方がいいかな?

謝華グループに関しては、やっぱりお座成りになってしまうようです。
正直、風呂敷を広げすぎました…政争の過程を書く余裕も無いッス。
ユカの濡れ場は…えーと、後一ヵ月半って所でしょうか。

はい、デモムービーもダウンロードしましたよ。
音楽もいい感じでした♪

個人的に、アルストロメリアの姿は大人版クレアです。
ただし、もっと出るトコ出てます。
熟れた体なのは、やはり未亡人だからかw
四天王…あーそうか、無道死んじゃったから補充しなくちゃいけないのか…。
面倒だなぁ、スルーしちまおうか…。


18.なな月様
戦争モノは良くも悪しくも心に残るんですよねぇ…。
たまに夢に出ますよ。

妄想電脳…何故だろう、妄想心音よりも妖しい(ピンク方面)な字面だと思ってしまうのは…。

アシュ様の垢ですからね、たとえ破壊力が低くても、別方面で迷惑を振りまく事請け合いです。
つまり、幽煌の燐なわけでw

えっ、気化したアルコールってそういうモノなんですか?
……る、ルビナス科学という事で…(汗)

エロエロですネー!
…いや、一応濡れ場というか篭絡シーンは考えてるんですよ。
でも遠いなぁ…篭絡するにしても、ある程度外堀を埋めておかないと完全な陵辱モノになってしまいそうだし…。

恋姫†無双は時守も興味があります。
主人公がヘタレじゃなければいいんですが…。

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