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▽レス始

「幻想砕きの剣 12-9(DUEL SAVIOR)」

時守 暦 (2007-01-10 22:52/2007-01-17 23:58)
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 夜。
 魔物達の襲撃も一旦退き、兵士達はそれぞれ戦友の治療や次の戦闘の準備に余念が無い。
 ツキナと憐とアヤネが乗っていた列車も、既に陣地に帰還して燃料の積み込み作業が行われている。

 回復魔法の使い手であるベリオと、何気に高度な外科知識を持つカエデは治療に借り出されていた。
 リリィも得意とは言えないが回復魔法を使えるので、慣れない手つきで怪我人にヒーリングを掛けている。
 ルビナスも、やや不安ながら医療知識はその辺の医者を遥かに凌ぐ。
 彼女達は重症の兵の手術に当たっていた。
 リコはリコで、得体の知れないモンスターを召還して、治療に当たらせている…が、何と言うかその光景は見ていて気分のよろしいものではない。
 ぶっちゃけそのモンスターは、唾液に傷を癒す成分を含むモンスターで、即ち傷で動けない兵士達(男女問わず)をやたら長い舌でベロベロと…。
 確かに治癒力は高いようだが、危険な場所を舐められてシクシク泣いている兵士や、『礼は言うけど感謝はしねぇぇぇ!!』と叫んで行方不明になる兵士と、何もしない方がよかったんじゃねーかと思う光景が繰り広げられている。
 なお、舐められる兵士が女性兵であった場合、何気に大河と未亜が見物…というか視姦していたのは別の話だ。
 それによって知らない一面を知った者も居たが、触れないでおいてやろう。

 大河と未亜は、医療に関しては出来る事は殆ど無いので、物見櫓に登って見張りを担当している。

 で、戦闘の後だというのに元気な一団が。


「お兄ちゃん待ってー!」

「逃げるな透!」

「透さん何処に行くんですか!
 まだ話は終わってませんよ!」

「リャン、あっちから回り込むから逃がさないように」

「はいはい。
 それじゃヒカル、サポートお願い」

「わかってる。
 透!
 明日の戦いの事を話すだけなのにどうして逃げるのさー!」


「俺の直感が捕まったらナニかを失うと告げているんだー!」

 逃げる透と追いかける憐達、そしてそれを見て笑っているカイラと洋介。
 …本ッ当に元気な連中である。
 透にしては、誤算もいい所だ。
 予測では、機構兵団が到着するのは明日の午後くらいだった。
 どうせその後は追い掛け回されるのだから、せめて今日くらいは平和に眠ろう、と思っていた。
 しかし、ここで誤算が一つ。
 海列車が地上で使えるようになっていた事が、透の最大の誤算だ。

 列車に乗って機構兵団が到着したと聞いた時は、思わずジャンプして伸身2回半ひねりをしつつフルオープンアタックをシェザルに叩き込んだ。
 結局それでもシェザルには有効打を与えられず歯噛みしたのだが…撤退命令が出たらしく、シェザルは舌打ちしつつ逃げていった。
 追撃しようとした透だが、ベリオに止められる。
 曰く、効果がある攻撃を持ってないのだから、これ以上戦っても勝ち目は無い、と。
 転がしておいて結局使わなかったパペットを回収しながら、ベリオはヤケに無表情で言ったものだ。

 だからルビナスに言って、何かより強力な武装や、再生能力を無効化する方法は無いかと聞こうと思っていたのだが…当のルビナスは手術の真っ最中。
 これでは聞くに聞けないと迷っている内に、機構兵団に発見され今に至る。
 発見された直後、透はシュミクラムの整備及び弾薬補給も放り出して遁走した。
 そして肉食動物の血が騒いだのか、アヤネが逃げる透を追い始め、負けじと後を追う機構兵団チーム。更に何故か一緒に走っているナナシ。
 行く先々で破砕音とか悲鳴とか上がってる気がするが、気にしない。
 …これも一応テロ行為になるような気もするが、文字通り気にしない。


 それはともかく、物見櫓で欠伸をしていた大河に、テレパシーで通信が入る。


(マスター、ちょっといいかしら)


(イムニティ?
 何か発見でもあったか?)


(まぁね)


 大河は欠伸を噛み殺し、テレパシーで応答しつつ物見櫓を降りる。
 イムニティが何か発見したというなら、これは報告せねばなるまい。

 

(いい報せと悪い報せ、どっちから聞きたい?)


(いい報せしか聞きたくない)


(聞かないでどーすんの、気持ちは解るけど。
 えぇと、取りあえずセルビウムの方からね)


(…それはいい報せか?
 悪い知らせか?)


(微妙。
 最初に言っておくけど、セルビウムは発見できなかったわ。
 少なくとも、前に居たと思われる施設には居なかった。
 殺害されたり実験台にされたりした痕跡は無いから、まだ生きている可能性はあるわ)


(そうか…。
 他には?)


(モンスターの増殖元が判明した。
 詳しい事は、人類軍総大将の所で話すから…。
 お目通し願っておいてちょうだい)


(ああ、解った。
 ドム将軍はイムニティに一目置いてるみたいだから、一言言えばすぐだと思う。
 …で、いつ来る?)


(あと5分もすればそっちに到着するわ。
 それじゃ)


 唐突に通信が切れる。
 大河はドムとタイラーの天幕に急いだ。
 その頭の中には、セルの事が渦巻いている。
 前にセル生存の可能性を発見してから、さほど日数は経ってない。
 しかし、その数日で状況は随分と変動した。
 リヴァイアサンが出現し、消滅し、そして現在魔物の大軍勢


(ここまで生かしていたとしたら、そう簡単には殺さないと思うが…。
 しかし、何の為にセルの居場所を移動させた?
 例の施設から、何処に移す?
 “破滅”の軍に囚われているとは言え、セルはただの人間。
 もし魔物の群れの中に『コイツは協力者だから手を出さないように』と言って放り込んでも、血気盛んな魔物じゃ命令なんぞ聞きはしないだろう。
 という事は、十中八九“破滅”軍の幹部クラスと一緒に居るか、或いは魔物が全く居ない場所に閉じ込められているか。
 仮に前者だとすれば、戦闘に関わってくる可能性が大きいな…)


 最悪、操られたセルと戦わなければならない。
 ロベリアのネクロマンシーで操られてないかどうかを確認するための聖水は持っているが、どうにも心許ない。
 どうしたものか…。


 色々考えている間に、大河はドムの天幕に到着した。
 見張りの兵士に許可をもらい、ドアは無いけど気分的にノックして、天幕の中に入る。

 天幕の中では、タイラーとドムが地図を睨みつけていた。
 横にはヤマモトとバルサローム、シア・ハスが色々と書類仕事をしている。
 …細かい仕事を副官に押し付けるのは、この二人の共通点らしい。


「む? どうした大河。
 何かあったのか?」


「イムニティから通信がありまして…。
 敵の増殖元が判明したとの事です。
 何度も説明するのは面倒だから、今からここに来ると」


「ほう、イムニティ殿が?」


「イムニティ…っていうと、確かドム君が褒めてたあのイムニティ?」


「はい。
 個人的に…まぁその、色々とややこしいようで単純な関係です。
 ちょっとした契約により、一応俺が…まーその、魔力とか生命力とかの供給関係で、マスターって呼ばれてます。
 決して幼子に色々と強要した訳ではないので、そこんトコよく理解していただきたい」


「…幼子?」


 首を傾げるドムはともかくとして…大河、お前がそれを言うか?
 確かに強姦では無かったし、何のかんの言いつつも、幼女ことイムニティ・リコ・クレアとは和姦だったが…。
 オボロゲに記憶を辿れば、リコはともかくクレアは話術で誘導したし、イムニティに至っては濡れ場を見せ付けて発情させてたような…。
 リリィとミュリエルに至っては…。


 閑話休題。


 少しして、大河の感覚にイムニティの気配が引っ掛かった。
 どうやら姿を消して、天幕の中に居るらしい。

 キョロキョロ周囲を見回す大河。 
 それを見て、ドムはイムニティが来ている事に勘付いた。
 改めて気配を探るが、何も感じない。
 さても凄まじい隠形よ、と感心する。
 タイラーは全く気付いていない…と言うかヤマモトに貰ったお茶で一服していた。


「イムニティ、出てきていいぞ」


「…はいな」


「ぬ!?」

「な!?」


 思わず驚愕の声を上げるドムとバルサローム。
 現れたイムニティは、二人の想像とは違って…なんというか、単純に幼かった。
 強さが外見で決められるのではない事を、二人は知り尽くしている。
 だがそれと同時に、技術を得る為にどれだけの年月が代償として必要とされるかも知っている。
 だからこそ、イムニティが幼女である事は意外だった。
 例え天賦の才を持っていても、ドムに居場所を悟らせない程の境地に至るなど、夢物語と言っても過言ではない。

 驚愕する二人を一瞥し、イムニティは優雅(わざとらしくとも言う)に一礼。


「こうして話すのは初めてね。
 名はイムニティよ。
 苗字は無いわ。
 以後よろしくしなくてもいいわよ別に」


「いやいや、よろしくして欲しいな」


 ぶっきら棒なイムニティに、ニコリと笑いかけるタイラー。
 イムニティはその反応が面白くなかったのか、少し鼻を鳴らした。


「それで、イムニティ…。
 早速報告をしてもらいたいんだが」


「はいはい、マスターったらせっかちね。
 お茶の一杯でも出したらどうかしら?」


「どうぞ」


「あらありがとう。
 …意外と美味しい」


 イムニティにお茶を渡したのは、意外な事にヤマモトだったりする。
 タイラー曰く、『お茶は心で淹れるもの』。
 ヤマモトは特に心を篭めて入れた訳でも無いから、単に労働をこなしたイムニティの心境によるものだろう。
 余談だが、ヤマモトはお茶を淹れる事に慣れていたりする。
 タイラーの暢気さが微妙に伝染しつつあるのか、戦争における長丁場になると、時々リフレッシュの為の称して一杯やっているのだ。
 そして『茶は許可されるのに、どうして酒が許可されんのだ!?』などと主張するキタグチ老と微妙に仲が悪かったり。

 一服したイムニティは、タイラーの前の地図を覗き込んだ。
 この地図は一応軍機である。
 どこにどう部隊を配置するか、敵の進行ルートは、等様々な情報が書き込まれているからだ。
 バルサロームが止めようとしたが、ドムが何も言わないので、大人しくしている事にする。


「まず、魔物の増殖源から説明させてもらうわ。
 大体の予想は付いているでしょうけど、やっぱり無限召還陣で魔物達が召還されていたわ。
 しかも、超特大クラスの陣を使ってね」


「やはりか…。
 しかし、ホワイトカーパスのマナは……殆ど吸い取られている筈だが?」


 シア・ハスが苛立ちを押さえ込みながら言う。
 彼女とて、ホワイトカーパスには愛着がある。
 ドムのようにアザリンの心境を思って怒りはしなくても、無残に蹂躙されたホワイトカーパスを見るのは気分がよくない。


「ええ、そうね。
 ところが、この…」


 イムニティの指が地図を示す。
 ワラワラと集まり、覗き込む大河達。


「この港町があった所に、途方も無く巨大なマナの塊があったわ。
 ここで無限召還陣を敷いていたの」


「…我々が脱出した港か。
 そう言えば、脱出後に何故かとんでもない爆発が起きていたが…港はどうなっていた?」


「港も何も、街が丸ごとクレーターに化けてたわよ」


 大河、ちょっと冷や汗。
 あの爆発は、大河が乱戦中に落としたアシュタロスの魔力塊が原因だ。
 思い返せば、絶好のタイミングで爆発してくれたものである。
 もしもう少し爆破が早ければ、最悪大河達は爆発に巻き込まれて戦死、或いは爆風を受けて船が転覆していたかもしれない。
 しかも、あの爆発のお陰で追撃しようとする魔物達も消し飛んだ。
 冷静に考えてみると冷や汗モノである。


「普通、そんなバカでかいマナの塊が短期間に出来あがるって事は無い…ですよね?」


「うむ。
 それどころか、マナを吸い尽くされた土地に少量でもマナが戻るには、数年はかかる。
 少なくとも自然現象によるものではないな」


「そもそも、マナが無い所にいきなりマナが生まれる筈が無いんだから…。
 普通に考えれば、何処かから持ってきた…と思うのが無難かな?」


「それも無いわね。
 さっきも言ったけど、マナが大きすぎるのよ。
 どのくらいかって言うと、あの塊一つでホワイトカーパスの吸い尽くされたマナを全部補えるくらいよ」


「「「そんなに!?」」」


 ヤマモト、バルサローム、シア・ハスが声を揃えて目を剥いた。
 これは洒落にならない。
 その超巨大なマナを起点として、無限召還陣が組まれている。
 つまり、ホワイトカーパスで襲ってきた魔物以上の軍勢が延々と生み出される。


「その召還陣、破壊できなかったのか!?」


「出来るものならやって来たわよ。
 でもあの陣、ちょっと触れたら即座に大爆発よ。
 ホワイトカーパスが一気に更地、或いは海に沈む。
 そんな事、やっていいのかしら?」


 うぐ、と言葉に詰まる。
 戦略的な観点で言えば、その爆発で敵に多大な損害を与えられるのだから、やるべきかもしれない。
 だがもう少し視点を広くしてみると、ホワイトカーパスが消し飛べば、ホワイトカーパス住民は酷いショックを受けるだろうし、その反動が軍部、或いはアザリンやクレアに向けられないとも限らない。
 それにホワイトカーパスが吹き飛べば、アヴァターの食料事情は急激に悪化する。
 何せ農作物に関しては、アヴァター全土で生産される農作物の7割以上を占めているのだ。
 マナが豊富なだけあって、植物もよく育つのである。

 一方、ドムとタイラーは真剣な表情で考え込んでいた。


「…イムニティ殿、その無限召還陣からマナを切り離す事は出来ないのか?」


「…理屈の上では出来るわ。
 ただし、それには何日も必要でしょうね。
 それも敵の妨害が無い上、作業が全てスムーズに行ったら、の話よ。
 なお、ちょっとでもスムーズに行かなかった場合、それだけでホワイトカーパスが吹き飛ぶと思ってちょうだい」


「うーん…。
 もしマナを散らす事が出来れば、ホワイトカーパスの自然も元通りになるだろうし、無限召還陣も無効化できると思うんだけど…」


「技術的な事は、俺達にはよく解らんからな…」


 何とかできないかと頭を捻るが、妙案は浮かばない。
 と言うか、魔法的な事には詳しくない二人が頭を捻って妙案を出したとしても、机上の空論に終わる可能性が高い。


 大河がイムニティに問いかける…何故か汗がダラダラ。


「その魔方陣に流れ込むマナを、途中で途切れさせるってのはどうだ?
 要するに、地脈とかじゃなくて既に確保したマナのタンクから力を吸い上げてるんだろ?
 こう、いかにもマナを全て使い尽くしました、って感じで」


「…不可能じゃないけど…やはりそれも難しいわ。
 あの陣、マナを取り込む回路が複数あった。
 しかも、それの量を監視する装置がさっき言った安全装置に直結してて…。
 いきなりどれか一つに流れ込むマナが途切れたりしたら、これまたドカン…」


「…だったら、マナを全部散らすって事は?」


「出来ればやって………」


「? どうしたの?」


 イムニティが止まる。
 タイラーが声をかけたが、何やら頭を抑えたまま動かない。


「いや…ちょっと…なーんか忘れてるような気が…。
 出来そうな方法が、近所に転がってるような」


「何!? 思い出せ!
 思い出せ、手掛かりでもいいから何か!」


「ド、ドム将軍落着いて!
 アザリン様の為を思って暴走するのは分かるけど!」


「くっ、うぬぬぬ…!
 ……まぁいい、とにかく何か方法はあるのだな?」


「確証は無いけど…多分。
 ああもう、何だっけな…。
 マスターが言った事…『マナを切り離す』『マナを散らす』。
 …この二つの内、どっちかで引っ掛かってるんだけど…ぬああああぁぁっ、気になるー!」


 イムニティ、どうやら一度気にしたら解決するまでゆっくり眠れないタイプらしい。
 イムニティの言葉を聴き、大河達も口の中でブツブツ呟き始めた。


「マナ…切り離す…切る、斬る、着る、KILL…」

「散らす…? 散る、散れ、散れば、散る時…」

「散らす…散らし…チラシズシ…」

「切り離す…移動させる…霧散させる…」

「移動…移動?
 移動する…マナ?」


 シア・ハスの呟き。
 移動するマナ。
 沈黙が満ちた。


「「「「「「それだああぁぁぁぁぁ!!!!!!」」」」」」


 居たではないか、思いっきり。
 マナを伝って移動し、マナを存在の媒介とし、マナの動きに誰よりも詳しい、マナを吸収するバケモノが。
 リヴァイアサン、即ち憐。
 もし彼女がリヴァイアサンとしての力…否、機能を失っていなければ、無限召還陣を作動させているマナを丸ごと吸収してしまえるかもしれない。
 吸収する量と方法、順番を間違えなければ、安全装置というかブービートラップを無効化させ、爆発の規模を最小限に収める事も出来る筈。


「大河、憐殿を呼んで来い!
 トランキライザーとして、透も一緒に!」


「アイアイサー!」


 まだ憐と透は、陣地内で追いかけっこをしているだろう。
 ドム将軍直々の呼び出しとあらば、追いかけている機構兵団と言えども邪魔はできない筈だ。
 …ナチュラルに「黙れよ」とか言われそうで怖いが。

 とにもかくにも、透達の居場所は非常に解りやすい。
 ドタバタドタバタ走り回り、更に美女美少女達に追いかけられている透が羨ましいのか、行く先々でしっとオーラが発生していたりする。
 しっとの対象が大河と透の二人に増えた事で、しっとオーラも倍加している。 
 そろそろしっとの父が降臨してもおかしくないな…。


 大河は走りながら、首筋や額を流れるイヤな汗を拭っていた。
 原因は、無限召還陣の作動エネルギーとなっている巨大なマナの塊の事だ。
 先もバルサロームが言ったように、マナが吸い尽くされた土地に、いきなり巨大なマナが出現するなど有り得ない。
 何か外的な原因があると見るべきだが…。


(……どないしょー…)


 実は、大河には心当たりがありまくりだったりする。
 随分前の話になるが、大河はリリィを相手に連結魔術の原理について説明した事がある。
 その中に、『この世界に無いエネルギーや物質が入ってきた場合、世界が安定を保つ為に、そのエネルギーを既存のエネルギーに変換してしまう』という下りがあった。
 この変換には、多少だが周囲の物質に影響を及ぼす性質がある。

 …ここまで言えば、察しのいい人なら直感的に理解できると思う。
 ぶっちゃけた話、ホワイトカーパスに出現した超巨大マナの出所は、大河が紛失したアシュタロスの魔力塊が世界によって変換されたものなのである。
 アシュの魔力に最も近いこの世界のエネルギーと言えば、性質は違えども同じ魔力か、或いはその源であるマナ。

 港町を吹き飛ばした爆発は、魔力塊がマナに変換される際に何らかの事象が絡み合って起きたのだろう。
 不可抗力、と言っても聞いてくれまい。
 “破滅”の将にとっても、きっとマナの出現は青天の霹靂だったろう。
 何故出現したのかは理解不能だが、まぁあるんだから使ってしまおう、とドライな思考で陣を敷いたのは想像に難くない。


(…よし、黙っておくか)


 アシュの魔力塊が無い以上、他の何かを持ちこまない限り同じ事はもう起きないだろうし、そもそも言っても何の意味もない。
 変換される前なら大河の連結魔術でどうにかできたが、既にマナというエネルギーに切り替わってしまっているのだ。
 大河にはどうしようも出来ない。
 アシュの魔力塊を紛失したために、多くの命が失われた事を考えると首でも吊りたくなってくるが…この状況でそれをやったら、戦力を欠いた人類軍は確実に崩壊するだろう。
 救世主クラスを中心として。


「と、とにかく対抗手段は出来たんだ…。
 あとは憐ちゃんがリヴァイアサンの力を失ってない事を祈るのみ…」


 またイヤな汗を掻きつつ走る大河の後ろを、青い光がついて来ていた。
 大河は気付いてないが、ジャククトである。
 ジャククトは何やら大河を嘲笑うように明滅してフラフラ飛んだかと思うと、暫く静止する。
 兵士達が大勢居る場所だが、ジャククトの姿を見る事が出来る兵士は居なかった。


(…………)←明滅


 暫くすると、ジャククトはふわふわと頼りない動きで大河の後を追った。


「おい透、将軍が…呼んで……なんだ?
 何をどうすっとそうなるんだ?」


 大河が透と憐と機構兵団を発見した時、ちょっと予想の斜め上を行く事態になっていた。
 何をトチ狂ったのか、透は陣地を抜け出し、近くの森に逃げ込んでいた。
 周囲に人が居るなら、まだ彼女達もセーブが掛かっていただろうが…誰も居ない場所に逃げ込むなど、どうぞ全力で狩ってくださいと言わんばかりである。
 まぁ、大方錯乱して何も考えずに走っただけだろうが…。

 それはそれとして、中々にカオスな状態だった。
 透は普通に倒れて寝息を立てているだけだが、その隣で何故か憐が狂ったように笑い続けて、その笑い声に合わせてリャンが何やら舞踏中。
 そっちは完全に無視して、アヤネを後ろから抱きしめて、あまつさえ胸を揉みつつ首筋に舌を這わせているヒカル。
 当のアヤネは、ヒカルを完全に無視して只管小石を積み上げている…賽の河原じゃあるまいし。
 ツキナは虚空に向かって愚痴を言ったりハイキックをかましたり、更に器用な事に相手も居ないのにプロレス技をかけている…なんか空中に浮いているような。
 そしてミノリは木の枝を使って、妙に精力的に懸垂なんぞしていた。
 あまつさえ、周囲の木々や草花が怪しげな動きをしている。
 それこそ、まるで意思でも持っているかのように。
 と言うか、笑い続ける憐の周囲に、黒い何かが…まるでちっこいリヴァイアサンのよーな…。


「お、おい透…あ、ありゃ?」


 ガクン、と膝をつく大河。
 頭が揺れる。
 息をする度に、頭の中が痺れたような感じがする。
 危険だ。
 これは危険だ。
 何とかして逃げねば。
 あっちで壊れている連中はともかくとして、とにかく冷静な判断力を取り戻さないと話にならない。
 今ここで襲われたら…。


「こ、こりゃ……毒ガスか…!?」


「違うですのー、これお酒ですの!」


「!? ナナシ!?」


 いつの間にやら、大河の隣にナナシが立っていた。
 そう言えば、なぜか機構兵団に混じって追いかけっこに参加していた。
 ナナシは他の連中と違って、平静を保っているようだ。
 …ただし、何やらシューコシューコと何処ぞの暗黒卿よろしくマスクを被っている。
 …とても怪しい。


「こ、これ…ナナシがやったのか?」


「ハイですの!
 透ちゃんが困っているみたいだったし、憐ちゃん達が透ちゃんとイチャイチャしたいのも、気持ちはよーく解りますの。
 邪魔するのもメー、だと思ったから、みーんな纏めて楽しんでもらおうと思ったですの!」


「それがこの…状況と、どう繋がる…」


「ルビナスちゃんが付けた機能に、ガスを噴出す機能があるですの。
 そこから噴出させるガスをちょっと変更して、即席で蒸発したアルコールを噴き出すようにしたですの!
 この辺はお酒の霧で覆われていて、息をしてるだけでドンドコお酒によってしまうですのよ」


 急性アル中を量産する気か?
 ナナシはあっけらかんと言っているが、これは結構洒落にならない。

 しかし、ナナシの言う通りだとしたら、機構兵団達は酔っ払うとああなるのか?
 …まぁ、酒じゃなくて、ぢつわ幻を見るようなクスリが入ってましたー、なんてオチよりも酒癖が悪い方がずっとマシだ。


「…と、とにかく、ドム将軍達が透と憐ちゃんを呼んでる…。
 あの二人と俺を、将軍の天幕まで連れて行ってくれないか」


「それはいいけど…他の人達はどうするんですの?」


「酔っ払いには…極力近付かないのが賢人の知恵というものだ。
 まぁ…風邪引くかもしれんが…どうせこの連中、明日は…二日酔いで戦力にならんだろ」


「解ったですの。
 でも、後で毛布を持ってきてあげるですの」


「ナナシは優しいなぁ…」


 ナナシの頭をナデナデする。
 大河もそろそろ本格的に酔いが回りつつあるのか、焦点が怪しい。

 ナナシは撫でられて暫くご満悦だったが、大河の手が止まるとそそくさと透と憐の元に急いだ。

 ナナシは軽い頭で思考する。


(ミッションスタートですの!
 憐ちゃんと透ちゃんはそのまま連れてくればいいとして、憐ちゃんの笑い声が無くなったら、リャンちゃんが気がつくかもしれないですの。
 他の人達は…放置ですの、放置。
 特にミノリちゃんは、アルコールが回り始めてるのに懸垂なんかするから、放って置いても潰れるですの。
 だから…リャンちゃんをフリーズですの!)


 チャキッ、と何やら手から怪しいホースを伸ばすナナシ。
 カサコソカサコソ音を立てながら、妙に素早く匍匐全身。
 そんな事しなくてもこの連中なら気付かないと思うが、その辺のツッコミに意味はない。
 なぜなら彼女はナナシだから。

 リャンに手早く近付いたナナシは、ホースをリャンに向けて固定する。


(リャンちゃーん、風邪ひいてくださいですの〜)


 何か酷い事を考えつつ、フシュっとホースから気体を発射。
 気体はやや風に流されつつも、リャンに向かって殺到し…。


コキーン


 リャンが凍りついた。
 さっきまで激しく裾を跳ね上げながら踊っていたのが、唐突にピタリと動きを止める。
 流石にフリーズドライにはなってないが、よく見るとリャンの肌に霜が…。
 凍傷になったらどうするつもりだろうか?

 …まぁ、ギャグ状態だから死にはしないだろう。
 一応ナナシはリャンの脈その他を確かめ、生命維持に支障がない事を確認した。


(障害排除ですの!
 吶喊〜〜〜!)


 またしても意味もなくカサコソカサコソ進むナナシ。
 標的まで後2メートル…で、


「ダレじゃさっき風を起こしたんわ〜〜〜!!
 おかげで小石の山が崩れてしもたやないか〜〜〜!!」

 アヤネが絶叫。
 頬が微妙に赤く染まっているのは、さっきから延々と胸を揉んで首筋を舐めているヒカルのせいだろうか?
 でも胸を触られてる事には気付いてない…と言うか、ヒカルの存在にすら気付いてない。
 完全に酔っている。


(ナ、ナナシが起こした風ですの!?)


 さっきリャンに吹き付けた冷気で、アヤネが積んでいた小石の山が崩れてしまったようだ。
 何と言うか、既に大虎になっていらっしゃる。
 さすがは獣人。

 どうしようかと迷うナナシ。
 そのナナシに、アヤネの目が止まった。
 いきなり寒気を覚えるナナシ。


(か、狩られるですのー!?)


「おま「ダッシャアアァァァァ!」おぶぅっ!?」


 だがナナシの危機に、正義の味方…むしろ正義超人乱入。
 叫ぼうとするアヤネに、いきなりツキナがドロップキックを食らわせたのだ。
 吹っ飛ぶアヤネの足を掴み、ブンブンブンブン振り回す。


「うぁりゃあああぁぁぁ!!!」

「おふぅぅぅ!?」

 ジャイアントスイング、ただし投げる方向は真上に。
 アヤネは軽く3メートルは浮き上がった。
 …背中にヒカルを貼り付けたまま。

 更にツキナは、近くにあった木を垂直に駆け上ってアヤネを負う。
 アヤネの高度まで追いついたら、木を蹴って宙に舞い、アヤネの足を掴んで引き寄せた。


「マッスルドッキーン
ぐぇっ!」


 ゴスゴスゴス、と鈍い音。
 地面に三つ穴が空いた。
 というか、犬神家が3つ。
 ツキナはマッスルドッキングに失敗して、何故か三人揃って脳天から落下した。
 ピクリとも動かなくなったアヤネ、ツキナ、ヒカル。


(…助かったですの…)


 何か色々と釈然としない物を感じつつも、ナナシは標的に向かって前進する。
 透と憐まで、あと2メートル。
 現状で無力化されていないのは、標的の片割れたる憐と、延々と懸垂を続けるミノリ。
 というか、ミノリの何処にそんな体力があるのか、さっきから懸垂の勢いが物凄い事になっている。
 明日は確実に筋肉痛だろう。

 ミノリの様子を確認した後、ナナシはさっさと憐と透を確保しようとした。
 そして、あと1メートルに迫った時。


「透さん!」


 いきなり背後から響くキンキン声。
 ミノリである。
 まだ懸垂を続けているのか、声の出所というか高さが変化し続けている。


(…お酒成分をばら撒いたのは、失敗だったかもしれないですの…)


 珍しく自分の行動を後悔するナナシ。
 それにはお構いなく、ミノリは懸垂を更に続けながら叫ぶ。


「こんなに懸垂でアピールしてるのに、どうして透さんはこっちを見てくれないんですか!?
 そんなに私に魅力がありませんか!?
 結婚した時、『ミノリの上腕二等筋に歯形を付けたい』って言ってくれたのは、何の冗談だったんですか!?
 明日のお昼はビールですか!?」


 …完全に壊れているようだ。
 懸垂がどうしてアピールになるのかとか…胸は確かに揺れているが…結婚なんかしてないだろうとか…リヴァイアサンの中での思い出だろうか…腕に歯形をつけたいと言われたから何だとか…多分酔っ払って記憶を捏造しているのだろう…昼飯からビールなんか飲んでどうすんだとか、色々と言いたいが。


(…もう知らないですの)


「大体透さんはですねぇ、もっとぉぅ!?」

 バチッ!

「…最初からこうすればよかったですの」


 白目を剥いて気絶するミノリ、半眼で立つナナシ。
 ナナシの腕は、何やら帯電していたりする。
 スタンガンのようだ。
 これの電気を飛ばして、なおも懸垂を続けるミノリを痺れさせたのだ。
 しかも、全身が硬直するように威力を調整したので、体が痺れても懸垂の為に握っている手が開いたりしない。
 ミノリは木の枝にぶら下がったままで、目をグルグル巻きにして気絶した。


「あはははははははははははははは「さっさと寝るですの」はぅっ!?」


 続いて憐も気絶。
 憐の周りに集まっていた黒いナニかも霧散した。

 憐と透を持ち上げて、ナナシはふぅ、と一息つく。
 …仮面のせいで、呼吸がしにくい。


「…ミッションコンプリートですの。
 長く苦しい戦いでしたの…。
 ダーリン、褒めて褒め…ダーリン?」


 大河もブッ倒れていた。
 …どれだけ強い酒精をばら撒いたのだろうか?


「…連れてきましたー…な、ナナシ、もういいぞ…」


「ハイですの」


「…えらい時間がかかったが…何かあったのか?」


 呆然として、ヤマモトが問う。
 大河はナナシの肩から離れると、側にあった支柱に背中を預けてへたり込んだ。


「い、いや…ちょっと…。
 親切が裏目に出たというか…」


「? よく解らんが、取りあえずその二人を起こすぞ。
 …相馬は背中にカツでも入れればいいとして……。
 …タイラー、妹の方は任せる」


「どうしろってのさ」


 ドムよりは幼子の扱いに慣れているタイラーだが、酔っ払った年頃の少女をどうするべきかはまた別問題。
 揺すって起こすのがいいだろうが、なんだか妙に安らかな寝顔を見ていると、それも少々憚られる。
 …スタンガンで気絶したのに、なぜ安らかなのだろうか?


「…イムニティちゃん、パス」

「ピッチャー返し」

「サラッと流した!?」

「とにかく…起きろ相馬!」

「げほぅ!?」


 ドムのかなり力入った拳が、透の背中に叩き込まれた。
 文字通り飛び上がるようにして…と言うか垂直に宙を舞いつつ覚醒する透。

 放物線を描く透を見ながら、ポツリと言うイムニティ。


「…手加減間違えたでしょ」


「最初から大してしとらん」


 ドサッ


 見事に車田落ちを披露する透。
 思わず大河は拍手した。
 拍手されても嬉しくなさそうだが…。

 倒れた透は、呻きながら立ち上がろうとする。
 助け起こそうとしたヤマモトが顔を顰めた。


「…あ、頭イテェ…」

「酒臭いぞ…。
 戦時の最前線で、酒なぞ呑んでいたのか?」

「さ、鮭…?
 ヒグマじゃあるまいし…」

「サーモンでもなきゃサモンでもない。
 リキュールの方だ。
 全く、非常時だという事がわかっているのか?」


「…面目ない…けど、酒なんか呑んでない…」


「じゃあこの酒臭さは何だ」


 ガミガミ説教される透。
 頭痛が酷くて、殆ど聞いてないようだが…。


「あー、ヤマモト副長。
 お説教の途中に何ですが、透は酒は呑んでません」


「何?」


「ただ、ナナシが親切心で噴霧した酒精を思いっきり吸い込んでしまって…。
 あまつさえ、透を追いかけていた機構兵団プラスαは全員飲んだくれて潰れた状態です」


「…ナナシ殿?」


「…あ〜ん、ごめんなさいですのぉ〜!」


 ぶたないで、とばかりに頭を抱えて小さくなるナナシ。
 うるうるした目で大河の影に隠れつつ、上目遣いでヤマモトを見る。

 お説教をかますつもりだったが、ヤマモトはウグッと言葉に詰まる。
 別にヤマモトはロリの毛があるのではないが…今のナナシは、何と言うか非常に保護欲をそそる。
 ヤマモトならずとも、怒鳴りつけるのに多少の躊躇は感じてしまうだろう。


「まぁまぁヤマモト君…悪気があったんじゃないんだしさ…」


「し、しかし…信賞必罰は軍の最低限の法で…」


 タイラーの口添えに怯むが、ヤマモトとしてはこのまま放置する訳にもいかない。
 これに関しては、ヤマモトが堅いだけとは言い切れない。
 故意であろうとなかろうと、やった事には報いがなければならないのだ。
 わざとではないから、新米だから、幼いから、となぁなぁで済ませていては、軍には汚職や馴れ合いが蔓延ってしまう。
 それを防ぐ為にも、ここはナナシに何かしらの罰を与えねばならないのだが…。


「多分明日はセガワさんとかアヤネさんとか二日酔いだから、まともに戦えないと思うっす」

「……閣下?」

「…へ、平気…平気さ、あはは…」


 大河のポツリと漏らした一言に、流石に顔が引きつるタイラーだった。

 などとやっている間に、透はドムに2,3発叩き込まれ、ようやく頭がスッキリしたようだ。
 …衝撃で意識を失わせない為に、ボディーにいいヤツを食らったようである。
 ボディーブローは地獄の苦しみ。


「そ、それで…うぷぅ…なんですか、憐に…何か…?」


「うむ…。
 遺憾ながら、ちと協力して欲しい事があってな。
 …正直、随分と危険な事なのだが」


 ピクン、と透の目が鋭くなる。
 憐を危険に晒す?
 しかも、幼子を戦場に引き込むような真似を何よりも嫌うドムとタイラーが?


「…何のつもりです」


「心配せずとも、リヴァイアサンを恐れて、などとは言わん。
 ただ、他に状況を動かせる力が無い。
 …この戦、例え道を踏み外してでも…負ける訳にはいかんのだ」


 ドムはそう言うが、それが本心でない事は明白だ。
 仮に人道を踏み筈し、堕ちる所まで堕ちる事でしか生き延びる事が出来ないなら、ドムは躊躇い無く死を選ぶだろう。
 …それがアザリンの命と天秤にかけられていなければ。


「敵は無限召還陣を使っている。
 これだけなら破壊すればいいだけだが、プロテクトがかけてあってな。
 ヘタに破壊すれば、それだけで無限召還陣が爆発し、ホワイトカーパス全体が更地になる」


「全…っ!?
 そ、それが憐と何の関係が?
 憐にはそれをどうこう出来るような知識なんかありませんが」


「知識云々については期待してない。
 …もし、もしも、だ。
 彼女にリヴァイアサンとしての力が残っているならば…」


「!」


 思わずドムに掴みかかろうとする透。
 しかし、それを後ろからナナシが強引に抑え込んだ。
 軍では上官に逆らう事は許されない。
 それがどんなに理不尽な命令であっても、だ。
 ここでドムに掴みかかれば、それこそ透には選択肢がなくなってしまう。

 ドムもタイラーも副官達も、透が暴れるのが見えてないかのように続ける。
 透を罰さない為の行為だったが、透にとっては『お前の意思など関係ない』と言われているかのようだ。


「もし力が残っているならば、その力を以って、無限召還陣の原動力となっているマナを、全て吸い取ってもらいたい。
 無論、彼女を一人だけ差し向けるのではない。
 イムニティ殿にも頼むし、望むなら救世主候補やお前も同行すればよかろう。
 …それと、お前が何と言おうと…この命を受けるかどうかは、彼女自身に判断させる。
 圧力をかけるような事もせんが、気を楽にするような言葉もかけん。
 そしてもし彼女が是と応じれば、相馬、お前が何と言おうと彼女には行ってもらう」


「……!!!!」


 ナナシに口を鼻ごと塞がれて、少々チアノーゼ気味になりながらも、透はドムを睨みつける。
 ドムとタイラーがこんな事を憐に持ち込んでくる以上、他に手は無いのだろう。
 放っておけば人類軍は競り負けて、結局魔物に嬲り殺しにされてしまう。
 それを防ぐ為に、例え非道と罵られようとも、取れる手段は全て取る。
 ただそれだけの事で、それが二人のやるべき事。
 そう理性では解っている。
 だが感情は別物だ。


「〜〜〜!!!」


「透…」


「大河! 何か」


「…少なくとも、俺には何も思いつかない。
 例えお前の最愛の妹が危険にさらされるのであっても…」


 こんな時、大河の思考が分かるのが恨めしい。
 単純な話だ。
 大河は憐の安全よりも、未亜達を取った。
 割り切って考えている以上、後は優先順位の問題だ。
 もし大河と透の立場が逆でも、同じような結論にたどり着くだろう。
 透は大河ほど冷徹な計算が出来ないから、もう少し揉めるだろうが…。


「…行く」

「え?」


 ボソリ、と呟かれる小さな声。
 それは最初、タイラーにしか聞こえなかった。
 ダラリとして気分が悪そうな憐が、何時の間にか目を覚ましていたのである。
 …気分が悪そうなのは、多分二日酔いだ。


「憐ちゃん…?」


「憐?」


 タイラーによって椅子に座らされ、俯いたまま…なんだか今にも吐きそうな雰囲気だが…で、ボソボソと喋る。
 透も暴れるのを止めて、憐に注目した。


「…憐が役に立てるんなら、憐は行くよ…」


「な、憐!
 何を言って
「あ、頭に響くの…」…あ、ス、スマン…」


 透の声で頭痛を誘発される憐。
 正直透としては気にしているような状況ではないのだが、どうにも憐の泣きそうな声には弱い。
 憐は頭痛を堪えて、キリっとした目を…訂正、酒気を帯びてどんよりとした目を透に向けた。


「憐、みんなに沢山迷惑かけたから…。
 ごめんなさいって言うだけじゃ、許してもらえないから…」


「迷惑って…リヴァイアサンの事か?
 そんなの気にする必要なんか無い!
 リヴァイアサンだった頃の憐は寂しがってただけで、そんな風にしちまったのはレイカ・タチバナだろ!?
 それに、誰が許さなくても俺が許す!」


 何とか憐を説得しようとする透。
 ここで思い直されたらそれはそれで困るのだが、透の頭からはそんな事は吹っ飛んでいる。
 将軍達は、二人のやり取りには口を挟まなかった。
 先程も言った通り、気休めも言わないし圧力もかけない。

 憐は透の声で引き起こされるドラの音のような頭痛を堪えながら、首を振った。


「違うの…。
 憐が憐を許せないの…。
 みんなに迷惑かけた憐が、ずーっとごめんなさいごめんなさいって思ってて…。
 だから何かしないと、憐は…」


 自責の念。
 憐は自分の罪を忘れてはいなかった。
 確かに、リヴァイアサンが誕生した事に関する責任は、憐には無いだろう。
 孤独、寂寥に負けてしまったのも、年齢を考えれば当然…と言うか、正気を保っていただけでも奇跡と言える。
 しかし、そんな事は関係ないのだ。
 憐自信が「自分が悪い」と思っている限り、憐は自責の念を抱き続ける。
 それをどうにかしようと思ったら、自分は悪くないと思い直させるか、或いは目に見える形で『償い』をさせる事で、憐を納得させるか…。
 今、憐は後者を選択しようとしている。

 透にとっても、それは構わない。
 憐の気が済むならやらせてやりたい。
 だが、幾らなんでも危険すぎる。
 ようやく体を得て、人生これからだというのに…。
 結局の所、憐の意思一つではある。
 だが、透は傲慢だろうが横暴だろうが、憐を止めるべきだと思っていた。
 死地に向かう若人を止めるのは、年長者の役目だ。
 たった数年分先に生まれただけだが、それでも憐を止めるとしたら透の役目だ。


「…いや、やっぱり無茶だ!
 解ってるのか、憐!?
 無限召還陣のマナを吸い取りに行くって事は、取りも直さずすぐ側に魔物がウジャウジャ居るって事なんだぞ!
 捕まったら嬲り者にされて殺されるんだぞ!?
 そもそも、マナを吸い取るなんて出来るのか?
 リヴァイアサンだった頃の力は…」


「憐、お兄ちゃんが思ってるよりも強いよ?
 体があるから、前みたいにマナを伝ってテレポートとかは出来ないけど…。
 リヴァイアサンだった頃の力、時々使ってるもん。
 気付いてなかった?
 ほら、みんなとお兄ちゃんの取り合いをしてる時とかに」


「…そんなの、逃げるのに必死か胃痛が酷くて気にしてる余裕ないわ」


 ゲッソリとした表情で呟く透。
 しかしすぐに首を振って気持ちを切り替え、また憐を説得しようとする。


 大河は無言でイムニティに目をやった。
 本当に憐はマナの吸収やら何やらを使えるのか?

 イムニティは視線の意味を読み取って、テレパシーで答える。


(使えるわよ。
 機構兵団に混じって相馬を相手に何かゴチャゴチャやってたけど、気が昂ぶると無意識に周囲のマナを吸収して力に変えてるみたい。
 だから軍人や戦闘訓練を受けた人達を相手に、彼女が互角に渡り合えるって訳よ。
 ついでに言うと、マナは身体能力の強化だけじゃなくて、雰囲気作りにも一役買ってるみたいね)


(雰囲気作り?
 …ああ、しっとモードとかになった時、マナを黒く染めたりして…)


(そーゆーコト。
 意外と怖いわよ?
 それに、さっき近所の森の辺りで、妙に強いマナを感じたんだけど…。
 ひょっとして、それもあの子がやったんじゃない?)

 イムニティに言われて思い出す。
 酒気のせいであまり覚えてないが、そう言えば憐の周りに黒い何かが集まっていたような気がする。
 あれがマナの塊だったのだろうか?

(しかし、吸い取ったマナはどーすんだ?
 リヴァイアサン2号が出来上がるんじゃあるまいな)


(その辺は大丈夫よ。
 見かけはリヴァイアサンに似てても、作られるのは方向性の無い単なるマナの塊だもの。
 いくら大きくても、リヴァイアサンみたいに意思を持ったり、存在するだけで空間を歪ませたりって事は無いわ。
 吸い取ったマナは…そうね、どうせ私が一緒に行くんだし、逆召還で適当な次元に放り出しておけばいいでしょ。
 私が作った空間の中に放り込んでおけば、マナが散っても大して問題ないし…何より後ですぐ取り出せるから。
 “破滅”が終わった後にでも、ホワイトカーパスの各地に振りまけばいいわ。
 やろうと思えば武器としても使えるしね)


(なるほど…)


 イムニティが言っている空間とは、原作にてリコと大河が契約した、そして本作ではリコが未亜の毒牙にかかったあの空間である。
 赤白の精霊の精霊の力で作られた空間は、作り主であるイムとリコの意思によって、その大きさや時間間隔を操作できる。
 大きさをマナ全てが入る程度、時間は進み方を極力遅くしておけば、マナの拡散や劣化は最小限に食い止められる。


 一方、透は憐の頑固さに手を焼いていた。
 なまじいい子だから、悪い事をしたら償わなければならない、という思いが強すぎる。
 説得する所か、逆に押し切られそうになっている始末。

 曰く、憐がダメなら、他に何か方法があるのか。
 曰く、どちらにしてもやらなければ死んでしまう、とか。
 曰く、憐と同い年のヒカルも戦っているのに、どうして憐だけがダメなのか、とか。
 曰く、護衛の人達が居るからきっと大丈夫だ、とか。


 理由は色々あるが、明らかに透の旗色が悪い。
 …と言うか、どうやらイムニティが先程言ったように、マナを雰囲気作りに活用しているらしい。

 実際の所、憐が戦場を舐めている事は否定できない。
 リヴァイアサンだった頃には、戦場で死んだ兵士達を取り込んで、その記憶を幾らか取り込んでいたりするので、戦場がどんなに悲惨な場所かは知っている。
 ただ知っているだけで、実感はしてない。
 命の危機を感じた事など、憐は今まで一度として無いのだ。
 命の危機云々以前に、彼女に触れられる存在など一つとして存在しなかったのだから。

 しかし、憐もそれは承知の上だ。
 どんなに危険でも、いやだからこそ行く。
 そうすれば、自分を許せるのではないか、と短絡的に考えて。


 徐々に憐が作り出すマナの空気に汚染されてきたのか、透は今にも折れそうだ。
 …この技術をピンクな方向に使えば、透を堕とすくらい簡単なような気がするが…まぁ、そこまでの度胸が無いのだろう。
 或いは純真故か。


 結局、透は折れるしかない。
 憐に危険な事をさせなければならない自分に対して、憎しみすら持ち始めているようだが…憐はそれを見て、辛そうに顔を歪めた。


「……将軍」


「…なんだ」


「…俺も、憐と一緒に行きます」


「構わん。
 機構兵団全員で行ってもらおう」


 どの道護衛は必要なのだ。
 敵中で大暴れする事になるだろうから、圧倒的な火力を持ち、敵を一気に蹴散らせる人材がいい。
 防御に回っても、数の差と圧力で押し潰される。

 タイラーは機構兵団の戦力と、イムニティの能力を条件に入れてシミュレートする。
 あまりイムニティの事は詳しくないが、それを差し引いても…。


「…少々キツイね。
 それに、機構兵団は明日は二日酔いだろうから…作戦決行は明後日かな?」


「でしょうな。
 機構兵団に補給もせねばなりません。
 敵陣深くに逆召還で飛ぶのであれば、やはり弾薬の類も大量に持って行かねば」


「その辺の事はヤマモト君、君に任せるよ。
 補給とかの細かい数字はサッパリだし」


「…私も専門と言う訳ではないのですが…。
 しかし、機構兵団が行くならば、オペレータはどうします?
 彼女…名前は忘れましたが…には戦闘能力は無いですし、通信距離にも限界があるでしょう。
 さりとて行かせなければ、機構兵団は上手く連携を取れません」


 ヤマモトの疑問に、少し考えるタイラー。
 オペレータのための機材は大きく、持って行くには少々苦しい。
 何か対策が無ければ、ミノリは出番無しの憂き目に会うだろう。
 流石にそれは可哀想だし、何より後で作者が恨まれそうだ。

 と、ここでもイムニティ大活躍。


「それなら、逆召還用の魔方陣を使えばいいわよ。
 空間に空けた穴を介して、機材から送る電波を通せばいいんだから」


「そんな事も出来るのか。
 …イムニティ殿は、隠形だけでなく魔法にも詳しいのだな」


「イムちゃん、リコちゃんと同じくらい物知りですのよ」


「リコと同列にすんなっつーの」


「この間も、緊縛プレイで燃え上がるに「余計な事は言わないでいいの!」


 サラっと暴露されかけたイムニティの性癖だが、誰も聞いていなかった。
 どうやらドムの中で、イムニティの評価が鰻上りになっているようである。


「どっちかと言うと、こっちが専門なんだけどね。
 でも、憐ちゃんが間違ってこっちのマナまで吸い込んだら、空間の穴も消えちゃうけど」


「ん、大丈夫。
 憐、ちゃんとやるよ?」


 ハァー、と透が溜息をついた。
 どうやら憐を止めるのは、完全に諦めたようだ。


「…話はそれだけですか?」


「ん? ああ、そうだな。
 どうした、酒気で眠気がさしたか」


「いえ、シュミクラムの整備が途中ですので…。
 今の内にやっておきます」


 眠いとか言い出したら、鉄拳で起こしてやろうと思っていたドムは少々残念そうだ。
 どうやら透は、作戦決行の為に出来る事を少しでもやっておくつもりらしい。

 フラフラした足取りで透が出て行くと、憐も一礼してそれに続いた。
 …まぁ、襲われはしないだろう、多分。


 ドムは一つ深呼吸して、気持ちを切り替える。


「さて、大河。
 お前は“破滅”の将と接触したか?」


「いや、俺は…。
 その代わり、ナナシがロベリア…女の敵将と、ベリオ・カエデがそれぞれ、あと未亜とルビナスが…“破滅”の将かはわかりませんが、強力な…敵と遭遇したそうです。
 あまり詳しい話は聞いてませんが…それでもいいなら報告しますが?」


「いや、俺も大体の事は聞いている。
 お前は、ベリオ・トロープ及び相馬透、カエデ・ヒイラギが戦った相手の事は聞いているか?
 何でも、異常なまでの再生能力に加え、皮膚が硬質化して高い耐久力・防御力を得た、との事だが」


 初耳だ。
 戦いが終わって救世主クラスが集合して、全員の無事を確かめた後は、少し話しただけでそれぞれ別行動となった。
 色々と話しておくべき事はあったが、怪我人の手当ての手伝いをしろと言われれば、断る事など出来ない。


「硬質化…?」


「聞いてなかったか。
 俺も略式の報告を受けただけなのだが、聞いた話では…最初は手練ながら、普通の人間だったらしい。
 なにやらベリオ・トロープは普通と言い辛そうにしていたが。
 それが一度撃破したと思ったら、突然異常なまでの回復力を発揮し、さらに体が金属質になって、平然と戦い続けたそうだ。
 これがまた頑丈で、ベリオ・トロープと相馬透のフルファイアを受けても尚回復したとか」


「…ベリオの…ホーリースプラッシュと、透の…多分波動弾を?
 それはまた…」


 それが事実なら、難敵もいい所だ。
 よくぞ無事に帰ってきたものである。
 倒しても倒してもキリが無いのなら、これ程厄介な事は無い。


「カエデ・ヒイラギも、大体同じ展開だったらしい。
 最初は一度下した相手だからか、割と簡単にあしらえたそうだが…。
 最終的には、打撃が殆ど通じなくなったとの事だ。
 攻撃が単調で、何故か時々動きが止まるので致命傷は受けなかったが、どうにも対抗策を見出せん、と言っていたな」


「…そこまで硬くなっているなら…対抗策は二つ。
 一つ、攻撃して撃破するのではなく、完全に封じ込めてしまう。
 二つ目は…」


「そう、お前の召還器の一撃だ。
 お前以外の救世主候補の力を見せてもらったが、正直言って火力が足りん。
 と言うか、本当にお前の力だけ抜きん出ているな…」


「その分、アレには加減が効かないって欠点もあるんですけど…。
 しかしそうなると、明日の俺の配置は…」


「今日は防衛の要となる橋を担当してもらったが、明日は“破滅”の将が来てから出撃…となるのだろうが」


 ドムはニヤリと不敵に笑った。
 彼は敵が出てくるのを待つ、などという消極的な真似は好まない。
 出てこなければ誘い出すまでだ。


「俺とタイラーで、敵将が進むルートを絞り込み、誘導する。
 最悪、敵将と一度に戦う事となるが…異論はあるか?」


「…俺は、無い。
 ただ、ナナシが…」


 視線を向けられたナナシは、タイラーに貰ったお菓子を頬張っていた。
 ゴクンと飲み込んで、ナナシはドムに向き直る。


「ロベリアちゃんは、ナナシのお友達ですの。
 ナナシとお話させてもらいたいですの〜」


「…友達と言われてもな」


 ドムにもナナシの思考回路は大体把握できる。
 要するに子供なのだ。
 純粋で、細かい事を考えず、だからこそどこまでも真っ直ぐ。
 ナナシがロベリアを、本当に友人だと考えているのも、大体予想がついた。
 しかし…。


「生憎、そんな事を言っていられる状況では「あ、ちょっと待ってドム君」…?
 何か妙案でも浮かんだか?」


 ドムを止めたタイラーは、少し何かを頭の中で計算する。
 タイラーは女子供に甘いが、それ以上に戦略においては天才だ。
 自分で意識しなくても、子供の我侭を聞いていられる状況かそうでないかを正確に判断する。
 そのタイラーがドムを止めたという事は、ナナシの言い分を聞き入れる事で、何らかのメリットが生まれるという事だろう。
 ドムにもタイラーがどんなソロバンを弾いているのか、大体予想がつく。
 大方、大河にぶつける予定の“破滅”の将三人の内、一人をナナシに引き付けさせようというのだろう。
 確かにメリットはある。
 3対1が、2対1後に1対1又は2対1になる可能性がある。
 同時に大河に“破滅”の将が襲い掛からないだけでも、大河の生還率は大きく違ってくる。
 しかし、ロベリア…と言えば、上空に映し出された映像を見る限り、“破滅”の将達のリーダー格だ。
 当然、戦闘力もそれ相応だろう。
 そんな相手を、ナナシ一人に任せられるのか?

 タイラーは顎を摩りながら、ドムに言う。


「確か、ロベリアって人はネクロマンシーだったよね?」


「ああ、そうだ。
 それがどうした」


「いや…実家の寺に伝わってる話に、ネクロマンシーに関する記述があったんだけどさ…。
 それによると、事前にタネを仕込んでおけば、瀕死状態からでもあっという間に全快する、という秘術があるとか。
 そんなのが本当にあるなら、ロベリアを他の“破滅”の将と一緒にしておくのは危険じゃないかい?」


 ドムの眉が跳ね上がった。
 なるほど、ナナシの言い分を聞き入れるメリットではなく、聞き入れなかった場合のデメリットか。
 ドムも“破滅”の将を一人ずつ大河に倒させる事は考えた。
 しかし、そうしようとすると、“破滅”の将達の誘導と足止めにより、許容出来ない程の損害を受ける可能性が高い、と判断したのだ。
 だが、ロベリアの能力にそのような代物があるとすると…。


「ほう…?
 ひょっとしたら、報告にあった異常な再生能力はその為か?」


「さぁ、そこまでは…」


「…しかし、確かにそれが事実なら厄介だな。
 それでなくとも、倒した“破滅”の将の死体を操られても厄介だし…。
 いや、大河が倒すのだとしたら、召還器の一撃で跡形も残らんかもしれんが」


 ドムは暫く考え込んだ。
 チラリとバルサロームとシア・ハスを見る。

 ナナシをロベリア・リードにぶつける場合、一人では心許ないので誰かを一緒につけねばならない。
 その誰かは、救世主クラスの内の誰かが適任だろう。
 現在の戦力で、救世主候補が戦線から一部離脱しても、防衛は可能か?


 バルサロームとシア・ハスは、少し計算してから頷いた。
 損害は増えるが、戦線の維持は可能。


「わかった。
 ロベリアだけは、大河ではなくナナシ殿に任せる。
 彼女とどのような関係かは知らぬが、しっかりと役目を果たすようにな」


「ハイですの!」


 その頃のルビナス…。


「はーい、ちょっと腕出してくださいねー」


「いててて…」


 ルビナスは珍しいと言えば珍しい事に、至って真面目に医療活動に勤しんでいた。
 ヤバゲな薬品を使わないか、さり気なく監視していたカエデにとってはホッとする所かデンジャー極まりない事態である。
 しかし、ヘタに藪を突付いてクロコダイル(海賊にあらず)を出すような真似も出来ず。


(…ま、ちゃんと医者やってるんだから問題ないでござるよな)


 何も見なかったフリをして、自分も兵士達の手当てに勤しんだ。
 しかし実際の所、どこかルビナスは上の空だ。
 治療の手を休めるのでもないし、処置も適切で、キタグチ老に助手に誘われるくらいだったが…。
 そもそも自作のクスリも使わないし改造しようともしないという時点で、様子がおかしいのは解りきった事だ。


 兵士達の治療も粗方終わり、カエデとルビナスはキタグチから「もういいから、明日に備えて休むように」と言われて、医務室から撤退した。
 駐屯地は夜でも何処か騒がしい。
 見張り達のざわめきもあるし、眠っている兵士達のいびきもある。
 それに眠らずに騒いでいる者達も居るらしい。

 二人は篝火に照らされた道を歩く。
 空を見上げれば、まばらな星が見えた。


「…星が見えないでござるな。
 天も“破滅”を嘆いているのでござろうか」


「さぁね…。
 今日は特別雲も無いのに。
 月はよく見えるんだけど」


「…明日、どうなるのでござろうか。
 敵の数が多すぎて、このままでは押し切られてしまうでござる…」


「考えるのは士官の役目よ。
 前線で戦う人間は、極力余計な事を考えない方がいいわ。
 あんまり疑問も持たずに命令に従ってばかりだと使い捨てにされるけど、考えすぎても戦場で死ぬだけだもの」


「………」

「………」


 どうにも上手く会話が繋がらない。
 やはりルビナスの様子がおかしい。
 考えすぎても死ぬというのなら、カエデよりも今のルビナスの方がずっと危険だろう。


「…何かあったのでござるか?」


「…ん……まぁね…。
 私と未亜ちゃんが、強敵と戦ったのは言ったわよね?」


「ああ、そんな事を言っていたでござるな。
 “破滅”の将ではないのでござるか?」


「あの口ぶりだと違うみたいね。
 ……実を言うと、その人…昔の友人なのよ」


「昔の…?
 と言うと、千年前の?」


「そう。
 どうも、ロベリアがネクロマンシーで復活させたみたい。
 …やっぱり、彼女との戦いは避けられないのかしら…」


 そもそも、ロベリアは何故アルストロメリアを蘇らせたのだろうか。
 戦闘用ではない事は、彼女の言動から見当が付く。
 それに、ロベリアはアルストロメリアに、ルビナスとは接触するなと命令していたらしい。
 加えてどうも戦場に出すのではなく、拠点にアルストロメリアを閉じ込めようとしている節がある。
 一体何を考えているのか。

 しかし、ルビナスが上の空な原因はそこではなかった。


「…その友人にね、ちょっと言われたのよ。
 お前だからこそ、受け入れられないであろう選択、って。
 ちょっと…気になってね。
 私は自分がやるべきだと思った事、信じた事をずっとやってきたつもり。
 勿論、負い目が無いとは天地がひっくり返ったって言えないし、出来なかった事や信じるべきモノを間違えた事だって幾つもある。
 それでも足を止めずに進んできたつもりなの。
 …でも、だからこそ見落としてきた物もあるんだな…ってね…」


 はぁ、とルビナスは溜息をついた。
 カエデはルビナスを見つめていたが、ふと空を見上げる。


「…一個人が視界に収められるものなぞ、たかが知れているでござる。
 視野が広ければ沢山のものが見えるでござるが、その分一つ一つを注意深く観察する事は難しい。
 視界が狭ければ、ほんの少ししか見えないでござるが、その分視野の中に入っているモノは、注意深く見ることが出来るでござる。
 天の星ですら、地上を見下ろす事は出来ても地下は見れぬし、屋根と壁で遮られた家の中を見通す事は出来ぬ。
 結局の所、どちらに重点を置くかの問題でござる。
 進むも止まるも、どの選択を選んでも変わらぬ事が一つ。
 それは、得る物と失う物がそれぞれある、という事でござるよ。
 ルビナス殿は、進む事で得られる物と失う物を比較して、その道を選んだのでござろう?」


「そうなんだけどね…。
 やっぱりこう、科学者気質と言うか…。
 視界に入る物全てを把握しようとしちゃうのよ。
 …それで、上手く行ってないうちは、まだいいの」


「上手く行かないのに、でござるか?」


「ええ。
 カエデちゃんだって、そういうの解る筈よ?
 勝って兜の尾を締めよ、七分の勝ちで充分ってね」


「…ああ、なまじ上手く行っていると、何時の間にか自分が把握できてない物の事を忘れてしまう、という事でござるか」


「そう。
 ……今回も、それやっちゃったかなぁ…と思って」


 “破滅”の軍に加担しているなら、理由はどうあれ許す訳にはいかない。
 和解したいと言うなら水に流すのも吝かでないが、戦いは避けられそうにない。
 そこで思考停止して、アルストロメリアやロベリアの心情を蔑ろにしてしまったのではないか。
 思えば、千年前もそうだった気がする。


「このままじゃ、和解しても同じ事の繰り返しだろうし……。
 上手く行かないなぁ…」


 そう呟いて、ルビナスはロベリアとアルストロメリアを止める方法に思いを巡らせた。
 ナナシはロベリアと友達になると騒いでいるが、何れにせよ二人の動きを止めねばならない。
 上手く捕獲できたとして、それからどうやって説得するかも問題だ。


「…明日にはミュリエルも来るだろうし…いっちょ悪巧みしますか」


 キュピーン、と目を光らせるルビナス。
 カエデは何を考えているのか知らないが、大変な目に会う人が居るのだろうなぁ、とそっと同情の溜息をついた。




はい、時守です。
ここんとこ肝臓に負担ばっかりかけてます。
まぁ、死にはしないか…まだ。

最近では研究室の友人の実験もほぼ終わり、後はパワーポイントで説明を作成するのみ。
でも友人のPCには入ってないそうです。
それだけの為に学校に来る?
そんなメンドクセー事はゴメンじゃぁ!

それではレス返しです!


1.パッサッジョ様
ツキナの変貌はちょっと無理があったかな、と思ったのですがw
改造するにしても、かなり後になるでしょうねぇ…何せ物資が…。
まぁ、何に改造するにせよ、ドリルは決定してますが。


2.シヴァやん様
結局ロベリアは、大河に食われるのが確定なんですなw
他の可能性としては…〔ぐ,枕燭蕕譴覘▲襯咼淵垢飽戯されて味を覚えるアルストロメリアと百合がありますな。

そうですねぇ、でも意外と根っからのスピード狂だったのかも…。
洗脳とかがヘンに作用したとしても、ああまでなるのは…。

アルストロメリアの口調が意外でしたか。
まぁ、原作で出てないからイメージは人それぞれですよね。

列車も魔力の方も大当たりです。
どーすんの大河君…。


3.スカートメックリンガー様
機体を揃えろ?
…列車…と…飛行機と車とバイクと…あと新幹線を入れると列車がインパクト弱くなるし…。
合体モノでは何と何を変形させてたっけなぁ…?

キッパリと責任問題…というか切腹モノでしょう。
状況が状況だったとは言え、それだけで見逃すには…。


4.アレス=ジェイド=アンバー様
透は今回出番が無かったですがね。
まぁ何が不幸って、出番が無い事と彼の追っかけが妙な属性に目覚めた事でしょうか?
デートが死のハイウェイスターに早代わりw

列車ですからねぇ、車より強いでしょう。
正面衝突したら、人間なんて…ブルブル。

ん〜、絶妙のバランスで動いてますからねぇ…。
少なくとも、隕石で作ったバリケードで防げるような代物ではないです。


5.YY44様
バルドの出番…というか、見せ場はもう一つ用意してあります。
もうすぐその辺を書くのですが、正直状況がややこしくなりまくってて…。

はい、原因は大河ですなw


6.蝦蟇口咬平様
個人的には列車砲が吉。
ロボ変形をするには、ちょいと機体が足りません。
かと言って列車単体で人型に変形すると……あんまり燃える形になりそうにないなぁ…。
ちょっと世代が前過ぎるかも…。

痴漢車…って、そりゃトーマスの方じゃなくて18禁ゲームの方ですか?
…あのゲームは2があって、その中では主人公が分身したりしてますが…透にそれをやれとw

そ、それは確かに…。
垢玉なんか庭に放り出されたら、誰だって怒り狂いますな…。
しかもあんだけデカイ…。


8.なまけもの様
ご指摘いつもいつもありがとうございます。
後で直しておきます…。

そうですね、思いっきり大河のせいです。
流石にコレはギャグで済ませないなぁ、などと思いつつも、結局ギャグの方向に持っていく予感。
うーん、連結魔術ではちょっと無理っぽいですね。
既にこの世界には無いエネルギー=魔力塊は、既存のエネルギー=マナに置き換えられてしまっていますから。

ロベリア本人には百合なつもりは無いんですよ。
どっちかと言うと、人ごみで逸れそうになった親を必死で追いかける子供の心境です。


9.竜神帝様
HPを拝見させてもらいました〜。
これからが楽しみです。
目標は1月中に四本ですか。
キツいでしょうが、頑張ってください!


10.DOM様
出来るならば、ギャグで9割くらい埋め尽くしたい…。
真面目というか、ボケられないんです…最近ネタが尽きてて(涙)

本当の死の意味を知っても、頭がナナシですからねぇ。
結局感情論しか出てこない気がします。
まぁ、それも一つの答えである事は否定できませんが。

巨大ロボはいつか使いますよー!!


11.陣様
な、なしてこの季節に外で?
暖房を効かせた部屋で、コタツに入りながらパクつくのが最高です。

そういや伝えてませんね。
ユカは多感症は大分マシになってきていますが、それでも全力で使ったらかなり敏感になります。
…これで戦線離脱とかあったら、マヌケだなぁ…。

ど、どんなゲームですか!?
興味が物凄く湧き出てくるのですが!

ツキナの情緒不安定は、少しは軽くなっているのですが…何せ状況が状況ですから、素の可能性も…。
戦時中で、好きな人の周りには美人が多くて同じように透を狙っている…そりゃーストレスも溜まるでしょう。


12.seilem様
お正月までお仕事…キツイですね…(涙)
私も近いうちにそうなるのでしょうか…。

ロベリアは追われていたのではなくて、アルストロメリアの元に急いでいたのです。
ルビナスにアルストロメリアを取られる、と脅迫観念を抱いているので。

一応セルもハッピーエンドになってもらうつもりです。
ただ、それでも失うモノはありますし、何より途中からほぼ完全に出番が無くなる可能性が…。


13.竜の抜け殻様
展開が詰まる…というか、これからは展開が物凄く遅くなります。
それはもう、1日経過するのに6話ぐらい使うかも。

スピード狂はいいですねぇ、ハイテンションで書けます。

はい、セルの出番ももう直ぐです。
アルディアはもう決まっているのですが、執事の方がなぁ…。


14.イスピン様
考えてみれば、イナズマの目は殆ど魔眼ですよね。
直死の魔眼ほどでなくても、研究に使われてホルマリン漬けにされても…。

シェザルと違って、彼は真面目キャラですよ〜…一応。
ロベリアにバリウム飲ませてましたがw

現実では敵でも味方でもダメージ受けますからねぇ。
そう考えると、ゲームの中は簡単でいいなぁ…。


15.K・K様
オギャンオス!
お久しぶりです!

あっはっは、そりゃマナに変換されたのは純粋な偶然デスよ。
…少なくとも…壊れてる魔神の意思なら、マナなんてものに変換はされません。
きっと笑気ガスとかになります、勿論ガスそのものじゃなくて、これを吸ったら存在がお笑いキャラに変換されてしまうのですw

まぁ、確かに熱とかに変換されていると、核爆発みたいな惨状が出るでしょうしね…。

大河が何かやらかすのは、ある意味必然って気もしますけどねw
それも、持ってたのは『あの』アシュ様の魔力ですよ?
放っておいても、何かの揉め事を巻き起こすのは必定と言えるでしょうね!

うーむ、実際どうやって消すか…悩んでいるんですよ。
いや幾つか方法はあるのですが、そこに至るまでが…。

では、オギャンバイ!


16.玖幻麒様
流石に一時的な能力ですけどね。
アレはドム将軍が持った日には、それこそ暗殺者では歯が立たなくなるし、救世主クラス並みといえるでしょう。

列車ドリルはいいですねぇ…個人的には、山に突撃→登らずに直進→トンネル開通!とか…。
或いは坂を下ってきて、そのまま地下に突入でしょうか。
モグラよろしくポコポコと、ねw

いやいや、或いは無限召還陣があるからこそ…?


17.蝦蟇口咬平様
巨大ナナシにオプションが!?
それは考えてなかったなぁ…。
それならナックルになる以外にも、足に装着してローラースケートって手もありますね!

ガルガンチュワのロボ変形……マクロス?


18.Campari様
はい、大当たりです。
もううろ覚えでしか覚えていませんが…。
いっそ捨丸とか骨あたりにしようかとも思いましたが、アルディアの世話係という点を考慮して彼となりました。

ネットワークを題材にして、かぁ…。
いつかやってみたいものです。
…出来ればプロとして。
まぁ、ネットワークの特徴である様々な世界の共存=ネタの大量使用を考えると、抜権とか著作権の問題があるからまず無理でしょうが。


19.カシス・ユウ・シンクレア様
常識人と言っても、リリィは元々救世主クラスの爆弾扱いされていた訳ですが。
大河が出てきた辺りで、他がどんどん危険人物と化してしまったのでしょうw

取り扱い説明書なら、何時ぞやナナシが学園で放り出してそのままですw
どのくらいって……タウンページ並み?
そんなのナナシの頭に入るはずが無いって言ったのに、趣味に走ったようですw
ロベリアとの間、シリアスに…出来るかな?
なぁなぁで終わってしまうかも…気をつけねば。

暴走列車は、いつか暴走ではない走り方をしてほしいものです。
いや、何もツキナに皮肉を言っているのではなくてね?


20.KUROKU様
今から楽しみにさせていただきます!

壊れって意外と難しいですからねぇ…。
私としては…
〇廚い弔い織▲ぅ妊△倭管瑤笋襪弔發蠅
▲▲ぅ妊△六廚い弔い燭薀瓮發靴討く
J薫狼い壊れるのを恐れない
じ紊里海箸呂笋辰討ら考える
でしょうか?
まぁ、えらそうな事を言っていても、「コレやっちゃっていいのかなぁ?」とよく迷っているのですが。
…ぶっちゃけた事を言ってしまうと…『こういう芸風だから』と認めてもらえれば、まぁ何とか…。


21&22.悪い夜の夢様
だんだんギャグから離れていく…orz
でもメゲない!
雰囲気を無視して、いつでも小ネタを挟もうと思います!

ナナシも死を認識した事で、どんな風に変化するか…。
忘れてしまう、というのもなんだし、根に持つというのもナナシらしくないし…。
怒ってはいるけど、それ以上に悲しいというのが本音でしょうか。

ま、こういうシリアスとオチの格差が時守の持ち味って事でw

ああ、あの漫画ですか…結構好きなんですけどね。
個人的には癒しの美女になってほしい!
…でも、幻想砕きのトレイターは大河の一部な訳で…オカマ?
けん玉くらいには簡単になれそうですね、モーニングスターみたいな感じで。
で、バッボの代わりに大河の顔、と…。


23.JUDO様
暴走は壊れの華ですなw
ある意味一番オイシイ所を持っていった二人ですw

ロベリアはシリアスモードになってても、ルビナスかナナシと関わった途端にまた苦労人に逆戻りなんだろうなぁ(涙)
うーむ、やはり彼を知っている世代はもう古いのでしょうか…?
でも男のバイブルは何時だって…。

リャンはミノリと並んで不幸ですね。
何故って、これからの戦闘シーンで使い所が殆ど無いからですよw

ラブひなのSSの事ですか?
えー、一応景太郎はネットワークの関係者…ですが、バイトはしていません。
関係者の友人、くらいですかね。
ネギまキャラは…多分刹那は確定、小太郎や月詠は微妙。
ネギは年齢的にも見せ場的にも無理。
えー、この際タイトルだけでも言っておきます。
題して『青山家騒動記』。
…あくまで予定ですが。
…それに、京都弁はサッパリ解りませんが。
あまつさえ、最初のプロットだけ書いて放り出したままですが。
そして、社会人1年目2年目、加えて初めての一人暮らしでそんな事を考えている気力があるかどうかは怪しいものですが。


24.なな月様
うおおおおっ、素晴らしい戦果!
…ところで、同人少女と会いませんでしたか?

うーん、それなら彼の必殺技とか特殊技能に、心臓を握りつぶすヤツを入れてみますか?

あっはっは、脱線すれば列車だって走れますよ。
…すいません、単なる強がりです。
こじつけでいいならば、陸上仕様は魔力のレールを使っているのです。
列車の先端部分からサーチライトで照らすような要領で、魔力の線路を引いて、それに車輪が乗る、と…。
…いっそセントー…。

いやいや、こういうイムニティの地道な活動が日々の勝利を支えるのですけどね?
…出番が無いのは本当ですが。

ナナシの活躍…活躍でしたか、今回は?

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