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「退屈シンドローム 第16話(涼宮ハルヒの憂鬱+ドラえもん)」

グルミナ (2007-01-07 19:19)
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 基本的に商店街と言うものはどの街にもある極々ありふれた場所なのだろうが、スーパーマーケットやショッピングデパートが台頭してきて以来古くからある小さな商店をアーケード内に詰め込んだ如何にも商店街と言えるような場所は急速にその数を減らしつつあると僕は思う。

 西町商店街はその今や数少ない昔ながらの商店街なのだが、現代化の逆風荒波にもめげずに活気に溢れていた。昼食の材料を買い込む奥様方がアーケードを行き交い、アルバイトの売り子があちらこちらで声を張り上げ客引きしている。毎日下校の際にこれの夕飯時バージョンにぶつかっている僕にとっては見慣れた光景だが、この喧噪は何度見ても飽きる事が無い。

 いつもと同じ見慣れた雑踏。いつもと同じ聞き慣れた喧噪。ただ太陽の高さがいつもと違うだけの、いつもと同じ日常の一コマ。

 だけどいつもと何かが違うように思ってしまうのは、果たして僕の気のせいだろうか。それとも、僕の隣にハルヒがいるからだろうか。

 買い物客の間を縫うようにアーケードを縦断していた僕は和菓子屋の前で足を止めた。歴史を感じさせる木彫りの看板を軒先に掲げた、何の変哲も無さそうな小さな和菓子屋。

「此所に何かある訳?」
「いやドラ焼きを買いたかっただけ」

 怪訝そうに問うハルヒに一瞬だけ視線を移し、僕はそう言って店先に並べられた二十個入りのドラ焼きの袋を手に取った。部室のお茶菓子用に一昨日用意した奴は、主に長門に全部食べられてしまったからね。

 店番のおばちゃんに千円札を渡し、引き換えに釣り銭と商品を受け取る。紙袋に入れられたドラ焼きを胸に抱えながら、僕は周囲を見渡した。

 いつもと同じ見慣れた雑踏。いつもと同じ聞き慣れた喧噪。ただ太陽の高さがいつもと違うだけの、いつもと同じ日常の一コマ。

 だけど、やはり何かがいつもと違う。

 商店街に入ってから、いやキョン達と分かれてハルヒと二人で探索を始めたその時から、言い様の無い違和感が僕の胸の奥に纏わりついていた。まるで誰かから見られているような、そんな感覚。

「どうしたのよ、のび太。富士の樹海に迷い込んだ方位磁石みたいな顔して」

 挙動不審に周囲を見回す僕を不審に思ったのか、ハルヒが眉を顰めて問ってくる。どんな磁石だよそれは。

「いや、さっきから誰かに見られてるような気がしてさ……」
「何ですって?」

 歯切れ悪く言う僕にハルヒは眉を寄せ、日本刀のように鋭い眼で周囲に視線を走らせる。

「……別に怪しい奴は見当たらないわね。ただのあんたの自意識過剰なだけじゃないの?」

 不審な人間を見つけられなかったからか、ハルヒはそう言って落胆したように息を吐いた。確かにその可能性もあるだろう。この一週間の間に色々とあり過ぎて、些か神経質になっていたのかもしれない。

 ただ、本当に僕の疑心暗鬼で片づけてしまって良いものだろうか。例えば今僕の視界に入り込んだニット帽の兄ちゃん、この暑い中でニット帽を被っているなど怪しい事この上ない。それに何となく挙動不審だし。

 などと思いながら偶々目についた通りすがりの兄ちゃんを何となく視線で追っていた僕の目の前で、そいつは突如近くを歩いていた買い物客の主婦の提げたエコバッグを掴み、引き剥がすように奪い取った。

 引ったくりだ!

 眼球から送られた情報が脳髄に到達して目の前で起こった事態をそう結論付けたその時には、既に僕の身体は動いていた。腕の中の紙袋を無理矢理ハルヒに押しつけ、引ったくり野郎を目指して全力で駆け出す。この一ヶ月間毎日通った強制ハイキングコースで鍛えたくなくても鍛えられてしまった僕の脚、今なら少しは自信がある。同じ北校生の中ではダントツに遅いけど。

 そんな無駄とも言える思考をつらつらと脳裏に並び立てながら引ったくり野郎を追う僕のすぐ傍を、一陣の疾風が駆け抜けた。ように僕には思えた。そして気付いた時には引ったくり野郎は地面に倒れ伏し、誰かがそいつの背中を踏みつけている。風に靡くカチューシャと肩先辺りで揃えられた黒髪が、妙に鮮やかに僕の眼に映った。

 ……僕にとって誤算だったのは、ハルヒの方が圧倒的に速かったと言う事だ。

 事態を瞬時に把握したハルヒは押し付けられた紙袋を抱えたまま陸上部顔負けの俊足であっさりと僕を追い越して引ったくり野郎に接近、走る勢いをそのまま運動エネルギーに変えた恐ろしく痛そうな上段回し蹴りを容赦無く叩き込む。更にその程度では飽き足らなかったのか、ハルヒは追い打ちとばかりに引ったくり野郎に肉薄し、その胸倉を片手で掴んでそのまま引き倒すようにして地面に叩き付けたのだ。

 ……まるで漫画みたいに滅茶苦茶な奴だな。今更だけど。

「ハルヒ、……やり過ぎ」

 泡を吹いて昏倒している引ったくり野郎を同情と憐憫を籠めた眼で一瞥し、僕は溜め息混じりに呟いた。自業自得だとは解っているけど、ここまで完膚無きまでに叩きのめされると逆に哀れになってくる。

「甘いわねのび太、この世の真理は須く悪即断なのよ。大切なのはね、この世に邪悪が蔓延る事など有り得ないと世界に知らしめるインパクトなのよ。多少の加減の間違いなんて些細な不幸よ」

 何さその某大国的危険思想は。それに今さり気なく加減間違えたとか言わなかったか?

「言葉の綾よ」

 絶句する僕にしれっと返し、ハルヒはポケットから黄色い腕章を取り出した。「団長」と達筆で書かれた腕章を右腕に装着し、ハルヒは格好付けるように足元でのびてる引ったくり野郎をビシリと指差す。

「このSOS団団長涼宮ハルヒ様の前で引ったくりなんかしたのが運の尽きだったわね! ブタ箱の中で半ベソかきながら大いに反省してきなさい!!」

 歌舞伎役者顔負けの貫禄で啖呵を切ったハルヒに、周囲の観衆から惜しみない拍手喝采が降り注ぐ。これでドラ焼きの紙袋さえ抱えていなければ完璧だったのに。


 その後、調子に乗ったハルヒが例のビラを周囲にバラ撒き始めたのを見て、他人のフリをしながら逃げようかなーと本気で考えたのは余談である。そして次第に暴走を始めたハルヒを止めるべく僕が大いに奔走する羽目になったのは、余談の一言では片づけたくない悪夢である。


 ● ● ●


 ビラ配りを邪魔された事にヘソを曲げたハルヒを宥めすかしながら商店街を抜けた僕は、住宅街を迂回して近くを流れている川の河川敷を歩いていた。別に街の中を突っ切っても目的地には着けるし距離的に言えばその方が近いのだが、景観の良さはこのルートの方が断然上だ。隣でハルヒが未だにSOS団の校外進出が何とかスポンサーがどうとか未練がましく呟いているが、碌な事になりそうにないから纏めて無視。

 道の左右を桜の樹が整然と並ぶこの並木道は花が咲いている時にはそれなりに見応えがあるのだが、花の落ちたこの時期はただの樹が延々と続いているだけで面白みも何も無い。だけど散策にはうってつけの川沿いなので、家族連れやカップルと所々ですれ違う。

 枝の隙間から差し込む太陽の光は心地良い陽気を醸し出し、昼寝にはうってつけの環境を作り出している。これで木陰にベンチでも置いてあれば最高だ。

「何だか退屈ねー。何処かに面白珍事件でも転がってないかしら」

 ……ここに一人、この平穏を素直に享受出来ない奴がいるみたいだけど。

「ついさっき引ったくりの生現場を自分で解決したばかりだろ。まだやり足りない訳?」

 呆れ半分に訊いてみる僕にハルヒは、

「あんなのどこにでもあるような日常の一コマじゃない。例えばそこの川の中からネッシーが顔を出してみたりとか、雲の中にでっかい城が隠れてるとか、トンネルを抜けたら別の星でしたとか、あたしが欲しいのはそんな普通じゃない大事件なのよ」

 などと真顔でのたまった。何故か今挙げられた喩えの総てに心当たりがあるような気がするがそれは取り敢えず脳容量の隅に埃として積もらせておくとして、そんな漫画みたいなSF要素がこんな道端にホイホイ落ちてる程世の中はまだ狂っていない。と思いたい。

「まったく……」

 ハルヒの言動に僕は頭を振りながら吐息を零し、

「……って、あれ?」

 現実逃避にふと逸らした視線の先に、「それ」を見つけた。

 緑一色に染まった桜並木の一点に、赤い粒のようなものが混じっている。距離が離れている為にはっきりとは視認出来ないその異物は緑色の囲まれる中で一層鮮やかに己の存在を誇示し、そして一層に周りの緑からは浮いていた。それはまるで真っ白な布に落ちた黒い染みのように、不協和音にも似た違和感を僕に与える。

 あれは、一体何……?

「……ハルヒ。あれ、何かな?」

 僕は隣を憮然と歩くハルヒを呼び止め、視界の先に見える赤い異物を指差した。ハルヒはその問いに何かを期待したのか、玩具を目の前にした幼稚園児のような眼で僕の指差す先を凝視し、

「……何よ、ただの風船じゃない」

 と、落胆したように露骨に方を落とした。そして同時に僕の疑問、発生から僅か十秒で解決。

「風に飛ばされでもして枝に引っ掛かったんでしょ。多分、……あの子達のでしょうね」

 そう言ってハルヒの指差す先には、成る程確かに人二人分のシルエットが樹の根元に佇んでいるのが見える。

「行ってみましょう。袖触合うも多少の縁って言うし」

 言うが早いか、ハルヒは僕の手首を掴んで目標へと進軍を始めた。袖、まだ触合ってないじゃん。なんてツッコミが漠然と脳裏に浮かんだが、言うだけ空しくなりそうだったから僕は敢えて呑み込んだ。

 と言う訳でハルヒに半ば引き摺られて風船付きの樹の下にやって来た僕だったのだが、其所では女の子が二人、頭上の風船を見上げていた。一人はサイドテールな髪を揺らしている小柄な女の子、大体小学校低学年位だろうか。もう一人は落ちついた物腰の大人びた女の子、多分中学生だろう。

 早速女の子達に何やらアプローチと言うか第一次遭遇接触を仕掛けるハルヒを横目に僕は枝の上の風船を見上げながら、僕は暇潰しに脳内人格を招集して不定例議会を開いてみる事にした。議題は如何にして目標を迅速且つ確実に確保出来るか。「風船までの高さは大体三メートル前後。糸が絡まった様子は無いから手が届きさえすれば簡単に取れそう」と、まずは槍を携え原始時代風の服を着た一人目の僕が状況を分析してくれたが、何やら特撮で毎回ゴキブリの如く大量発生してはヒーローに纏めて秒殺される悪の戦闘員っぽい格好の二人目の僕が「しかしあの高さはジャンプしても届きそうにない。ハルヒと肩車しても怪しいのではなかろうか」と待ったを掛ける。いきなり暗唱に乗り上げてしまった。更に「それなら登って取れば良い」などと論外発言をのたまうターバンを巻いた三人目の僕、「撃って下に落とせば良い」とこれまた意味不明な事をほざくカウボーイ姿の四人目の僕の出現で僕の思考回路自体がおかしな方向に流れ始め、最終的にブレザー姿の五人目の「結局八方塞がりじゃん」と言う身も蓋も無い科白を最後に僕は思考を打ち切ったのだった。

 一方その頃ハルヒはと言えばいつの間にか女の子達と打ち解けたみたいで、和気藹々とした様子で談笑している。

「ーーだから良い、二人共? 何かとても不思議な現象や謎に直面したり、遠からず不思議な体験をする予定が入ったり、実は過去に不思議な経験をしてたりしたら、いつでも相談しなさいよ? あたし達SOS団がたちどころに解決に導いてあげるんだから。ただし普通の不思議さでは駄目よ? 我々が驚くまでに不思議な事じゃないと駄目だから注意してね」

 ……訂正、ビラを片手に新たな顧客確保に乗り出していた。

 女の子達はハルヒに渡された藁半紙を暫くの間しげしげと眺めていたが、

「あれぇ? SOS団ってもしかしてキョン君が入ったって言う部活の事?」

 サイドテールの方の子が、唐突にそんな声を上げた。何故にここで何の前触れも無くキョンの名が出てくる?

「え!? 貴女キョンの事知ってるの?」

 思わぬ展開に流石のハルヒも相当驚いているらしい。僕、ハルヒの吃驚した顔なんて初めて見たよ。

 サイドテールの子は何故か胸を張りながら、

「キョン君の妹です、うちのキョン君がいつもお世話になってます。こっちはお友達のミヨちゃんです」

 と、更に衝撃の告白を続ける。と言うか何気に自己紹介がハルヒと同レベルだよね、この子。

 サプライズはまだまだ続く。妹ちゃんの隣の大人びた子がおずおずとお辞儀して、

「は、はじめまして、吉村美代子です。彼女と同じく小学五年生です」

 と、律儀に自己紹介しながら本日一番の爆弾を投下したのだ。

 僕は美代子ちゃんの顔をまじまじと見つめた。美代子ちゃんには悪いが、とても小学五年生には見えない。

 僕は続いて妹ちゃんへと視線を向けた。キョンには悪いが、やっぱり小学五年生には見えない。勿論美代子ちゃんとは逆の意味で。

「……現実は、小説よりも奇なるものなのね」

 感慨深そうにそう呟き、ハルヒは腕を組んで何度も頷いている。その気持ちは解る気がする。僕もこの二人が同じ年、しかも小学五年生だなんて信じられない。

「ーーまさかこんな所で団員の関係者と接触出来るなんて」

 前言撤回、ただ純粋にキョンの身内とのニアミスに驚いていただけらしい。僕とハルヒの相互理解への道はまだまだ遠かった。

 何となく敗北感に打ちのめされた僕を他所にハルヒは意味深な視線で妹ちゃんと美代子ちゃんを交互に眺め、続いて頭上の風船を見上げ、最後に何かを思いついたような眼で僕を一瞥して、鶴の一言。

「のび太、あたし達であの風船を奪還するわよ!」

 と、何の前触れも無く唐突に無理難題を言い出すのが涼宮ハルヒだ。奪還って何だよ、奪還って。


 ハルヒの立案した風船奪還作戦はこうだった。

 僕とハルヒが妹ちゃんの両足を持ち、バランスを取りながら一気に上まで持ち上げる。そうすれば少なくともハルヒの身長+腕の長さ、更に妹ちゃんの身長分の高さを稼げ、其処から腕をのばせば何とか風船に届くと言うのがハルヒの計算だ。

 ……届く届かない以前に、そもそもそんな組体操モドキがぶっつけ本番で果たして成功するのかどうかが疑問なんだけど。下手したら怪我じゃ済まないよ?

「そうならないように何とかするのがあたし達でしょうが。良いから黙って言う事聞きなさい」

 渋る僕に事も無げにそう言い返して、ハルヒはしゃがんで妹ちゃんの左足首を右手で掴み、爪先と地面の間に左手を差し込んだ。駄目だ、こうなってはきっと梃子でも動かない。僕は嘆息しながらドラ焼きの袋を美代子ちゃんに預け、ハルヒの反対側に回り込んだ。左手で妹ちゃんの右足首を掴み、右手は爪先の下から差し込む。ちょうどハルヒとは鏡合わせの体勢だ。

「良い? 最初の合図で腰の所まで持って来て、二回目で一気に上まで上げるわよ」

 ハルヒの指示に頷き、僕は大きく深呼吸した。こうなったらもう、なるようになれ。

「「せーの!」」

 反対側のハルヒと音頭を合わせ、僕は四肢に力を込めた。立ち上がりながら妹ちゃんを持ち上げ、腰の前で安定させる。妹ちゃんは最初はふらついていたが、すぐにバランスを掴み姿勢を安定させた。良い出だしだと、僕は何となく思った。

「「せーのっ!」」

 二回目の音頭と共に僕達は両腕をのばし、妹ちゃんを一気に頭上まで持ち上げた。バランスを崩して倒れそうになるが、根性で何とか踏ん張る。だけどそれも長くは保ちそうにない。

「……どう、妹ちゃん? 取れた!?」

 珍しく余裕の無い表情で、ハルヒが上の妹ちゃんに問い掛ける。どうやらハルヒも相当無理しているらしい。急がないと、……崩れるな。

「もう、ちょっと……っ!」

 妹ちゃんの必死そうな声が頭の上から降って来た。同時に、右掌に今まで以上の圧力が掛かる。拙い! 妹ちゃん、この状態で爪先立ちするつもりだ。僕がそう気付いた時には既に妹ちゃんは両足首の支えを振り解き、僕の右掌とハルヒの左掌に全体重を傾けていた。

 一瞬の空白の後、右掌の上の重みが唐突に消え去り、

「やった! 取れたよ〜!!」

 作戦達成にはしゃぐ妹ちゃんの声が、頭の上からゆっくりと墜ちて来た。背中の向こうから美代子ちゃんの息を呑む気配が伝わってくる。拙い、何が拙いかは解らないが兎に角ヤバい!

 軽く混乱の極みに達する僕の鼓膜を、何かが弾けるような乾いた音が、突如打った。


 その時何が起きたのか、正直言ってよく解らなかった。気が付けば僕は地面に背中から倒れていて、僕の腹の上には同じく仰向けのハルヒが何故か乗っていて、更にハルヒの上には割れた風船を握った妹ちゃんがこれまた何故か乗っかっていて、美代子ちゃんの方を見てみれば何やら安堵の表情で息を吐いていて、そして最後に僕の脳裏を何故か親亀子亀の歌が乱舞したのだった。……存外、僕も結構余裕があるらしい。

 ……あの瞬間、混乱する思考の中で僕はもう駄目だと思った。それ所か妹ちゃんの落下を肌で感じながら、受け止めるのは間に合わないと頭の何処かで諦めてさえいたかもしれない。だけど現実として風船こそ割れたものの妹ちゃん自身は多分無傷で助かり、僕の方は妹ちゃんを、性格には妹ちゃんを受け止めたハルヒを庇うような体勢で地面に倒れていた。意図する事も無く、気が付けばいつの間にかに。

 ーーハルヒには自分の都合の良いように環境を操作する能力がある。

 金曜日の昼休みに、朝倉涼子が言った仮説が不意に僕の脳裏を過ぎ去った。あれはこう言う意味だったのだろうか。都合良く「神様の奇跡」を作り出す、それがハルヒの力だと言うのだろうか。そこまで思考が至った瞬間、僕の背筋を冷たい何かが駆け抜けた。もしもこの「奇跡」が無かったら、今頃妹ちゃんはどうなっていただろうか……。あり得たかも知れない結末を想像して、僕は血の気が引いていくのを感じた。

 その時不意に僕の耳に、僕の腹の上に寝転んだまま妹ちゃんに謝るハルヒの声が飛び込んで来た。どうやら風船が割れてしまった事に珍しく責任を感じているらしい。……他にもっと責任を感じるべき事が山のようにあるだろうに。例えば朝比奈先輩とか、コンピュータ研とか。

 唐突に、僕は少し前に思い浮かべた未来予想図を思い返して吹き出しそうになった。何だ、奇跡が起きても起きなくてもきっと結果は変わらないに決まってるじゃないか。ハルヒならきっと奇跡なんぞに頼らなくても、自力で妹ちゃんを受け止めたに違いない。そう思うと、つい一瞬前まで巡らせていた思考の総てがどうでも良くなってくる。妹ちゃんは無事だった、今はそれで良いじゃないか。

 そう、ハルヒが奇跡を起こしたかどうかなんてどうでも良い。妹ちゃんも無事だったみたいだし、今は取り敢えず言わなければならない事、現時点で僕が大至急解決すべき事を言っておこう。

「……ハルヒ、重いから早くどいてくれ。冗談抜きで圧死しそう」

 次の瞬間、マウントポジションから殴られた。


●● ●


 その後、妹ちゃん達と別れた僕とハルヒは緩やかな斜面を登り、街外れの小さな丘の上へとやって来た。丘とは言っても標高が精々三十メートル程度の本当に小さなものなのだが、それでも付近に拡がる住宅街を上から見下ろせる程度には高い。この一帯で此所と同じ位場所を挙げるとすれば、遠くに見える高層マンション位のものだろう。だけどそれも二キロ近く離れているから、実質的にこの場所はこの当り一帯で一番高い場所だと言える。

 そしてその丘の頂、つまり僕達の目の前には、崩れかけた小さな教会が静かに佇んでいた。窓硝子は無惨に割れ、壁の所々には蔓が張り付き血管のようにのびている。人の手を離れて長い時間を孤独に過ごしたと想像に難くない、そんな廃教会。

 幽霊教会、今回の探索の目的地として僕が選んだ場所。昼間の今でも何となく不気味なこの場所は夜だと更に不気味な雰囲気を漂わせ、夏になると近隣の小中学生やその他暇人が肝試しにと忍び込んだりする、ある意味西側の名所である。尤も、それ以外では誰も近づこうとはしないのだが。

「良い感じに崩れた廃教会ね、何かこの世の者でないモノとかが棲み憑いてそう」

 このホラースポットをお気に召したらしく、ハルヒは子供のように目を輝かせてくる。

「探検して来る!」

 そう言って教会の中へと駆け出すハルヒを見送り、僕は片膝をついてしゃがみ込んだ。ドラ焼きの紙袋を片手に持ち替え、空いたもう片方の手に石畳の上を這わせる。

「……あった」

 石畳の上を這う僕の指先が見つけ出したもの、それはとても小さな一つの窪み。三年前に出来た、僕が作った傷痕。

 もうあれから、三年の月日が経とうとしている。

 僕がこの場所であの男、ジョン・スミスと出会ってから……。


ーーーあとがきーーー
 いつかにも増して物凄くご無沙汰しておりました、グルミナです。皆様新年明けましておめでとうございます。『退屈シンドローム』第16話をお届けします。
 今回の話は不思議探索ハルヒと一緒編・前編って感じです。当初の予定ではこの話の中にのび太の過去も入れたかったんですが、妹ちゃんの風船奪還作戦が予想以上に行を食ってしまったので二つに分ける事にしました。
 次回は今度こそのび太の過去話です。もう殆ど一話丸々モノローグの予定です。次は出来るだけ早く上げられるように頑張りたいと思います。

 ……ところで朝比奈先輩の名前って「未来」と書いて「みくる」と読むのではと今更思ったグルミナは、ハルヒシリーズの読者としてまだまだ未熟なのでしょうか?

>meoさん
 お久しぶりです、そして明けましておめでとうございます。
 長門の服、……どうなんでしょう。オシャレとかには頓着してなさそうなキャラのイメージですが。
 日本にあるのび太達の活躍の痕跡ですか? パッとは思いつきませんね。……でも日本人の祖先を中国から移住させたのはのび太達ですから、強いて言うなら日本そのもの?

>MEsさん
 はじめまして、ですよね? 読んで下さってありがとうございます。
 相手が誰であろうとのび太はきっと遅刻します。それがのび太クオリティ!(ヲイ
 過去話は次回に持ち越し、気長にお待ちください。
 カスタム屋でのケータイ塗り直し、のび太の頭に無かったと言うかそんな商売がある事自体知りませんでした。……作者が。

>砂糖菓子さん
 お久しぶりです、そして明けましておめでとうございます。
 のび太が出会った高校生はジョン・スミスでした。三年前に何あったのかは次回までお待ち下さい。
 黄色いジャケット、……そんなに趣味悪いですかね?(ナニ

>蒼夜さん
 お久しぶりです、そして明けましておめでとうございます。
 ケータイを使えない朝比奈先輩。未来人だからこそきっと使えないのです。現代の若者がモールス信号を使えないのと同じです。……決して、ドジっ娘スキルが発動してうっかり、と言う訳ではありません。多分。

>ウッドビレッジさん
 お久しぶりです、そして明けましておめでとうございます。
 もうあんな事にならないように注意していきたいと思います。

>HEY2さん
 お久しぶりです、そして明けましておめでとうございます。
 のび太はキョンの対極であり、そしてハルヒの対極でもあるキャラとして書いています。だから言動の端々でハルヒとは真逆の事を言ってるんです。……でも第一話では「人がゴミのようだ!」の一言で流してるんですよね。
 古泉・長門組。ストーリーの都合上とは言え、恐ろしい組み合わせを作っちゃいましたね……。

>龍牙さん
 お久しぶりです、そして明けましておめでとうございます。
 長門のデータ修復、ここでパソコンに強い事をハルヒにアピール?ですね。
 朝倉イベントが着々と近づいてきましたね。今バトルの構想を組んでは崩し君では崩ししています。……それに脳の容量をとられて今まで時間が掛かったと言うのは言い訳です。

>ヤンガンさん
 はじめまして、読んで下さってありがとうございます。
 復帰しました。でも更新は亀並みに遅くなる思うので気長にお待ちください。

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