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▽レス始

「幻想砕きの剣 12-7(DUEL SAVIOR)」

時守 暦 (2006-12-30 22:30/2007-01-03 19:34)
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「わ、私を見るなぁぁぁぁぁ!!!!!!」


「…はい?」


 ベリオは唖然としていた。
 透も同じである。

 叫んでいるのは“破滅”の将の一人。
 つい先程まで確証は無かったが、声を聞いた事ではっきりと解った。
 彼はベリオの兄、シェザル・トロープだ。
 まぁ、それはいいのだ。
 何故この世界に居るのかとか、生きていたのか、とか色々と言いたい事聞きたい事はあるが。
 仮面の男は、登場するなり絶叫を上げた。
 そりゃー目が点になろうってものだ。


「私の姿を見るなあぁぁぁぁ!!!」


「…ブラックパピヨン、兄さんってあんな人でしたっけ?

 いや…どっちかと言うと、露出の毛とナルシストの毛が強かったと思うけど…」


 シェザルはネタで叫んでいるのではない。
 悪ふざけでも無さそうだ。
 どっかの外見を変えられるホムンクルスよろしく、本気で自らの姿を恥じている。
 しかし、何処かおかしい所はあるだろうか?


「…あー…まぁ、取りあえず敵だな、うん。
 撃っとこう」


 様々な疑問をすっ飛ばして、透は銃を構える。
 どの道、彼は敵である事に変わりはない。
 現に彼が纏っている青い服には、幾つもの返り血が付着していた。
 恐らく、ここに来るまで人類軍を虐殺してきたのだろう。
 …多分、叫びで思考が停止している隙を狙って。

 ベリオが制止の声を上げる間もなく、透は問答無用で発砲。
 一撃で消し飛ばそうと、攻撃力の高い波動弾を使った。
 直撃すれば、即死は免れまい。
 シェザルは延々と叫びを上げていて、避ける素振りは全く無い。


 ズドォォォン!!!


 波動砲が直撃した。
 拡散する衝撃に、ベリオは顔を庇った。


(…死んだ…?)


 半信半疑でそう思う。
 兄は簡単に死ぬような可愛げのある人間ではないが、アレを食らって無傷というのも考えづらい。
 ユーフォニアを使ったホーリースプラッシュの一撃にも匹敵する威力である。

 しかし、その爆風が収まり、粉塵が晴れてくると、ベリオはすぐにユーフォニアを構えなおした。
 爆煙の奥から、先程の狂乱とは打って変わって堂々とした足取りで、人影が向かってきたからである。

 少し離れた所で、透がシュミクラムの武装を起動させて狙いを付け、ベリオと人影の間に割り込むように、兵士達が壁を作る。
 緊張が高まった。
 それを嘲笑うかのように、涼しげな声が響く。


「ふむ…久しぶりに兄さんに会ったというのに、手荒い歓迎ゲホゴホガホガホ!?」


 煙にムセて咳き込んだ。
 ただでさえ仮面を付けて息がしにくくなっているのに、余裕面しているからだ。
 取りあえず、再び透が発砲。
 今度は派手な土煙を起こさない、手数重視のガドリングガンだ。

 ガガガガガ、と爆竹が連続して破裂するような音と共に、鉛球がシェザルに向かって迫る。
 しかし、間抜けに見えてもやはり“破滅”の将。
 残像すら残る動きで、土煙の中に後退。
 透達は、シェザルの姿を見失った。

 その代わりに、ドサッ、ドサッと人が倒れる音が響く。


「…!
 ホーリーシールド!」


 ベリオは反射的に、自分の周囲の兵士達を包む結界を張る。
 その途端、ガキンと硬質な音がして結界に何かが弾かれた。
 そちらに反射的に視線を向けると、土煙に紛れていた筈のシェザルがナイフを片手に距離を取る所だった。


「いつのまに…!?」


 ベリオの周りの兵士達が、隊列を組みなおす。
 しかし、正直言って焼け石に水である。
 シェザルが何時移動したのか、何時接近したのかさえ気付けなかった。
 ベリオが直感に従っていなければ、一気に死体が増えていた事だろう。

 透はセンサーを起動させ、シェザルの位置を探る。
 右後方に反応。
 即座に反転し、サーベルで斬りかかった。

 ガキン、と刃と刃がぶつかり合う音。
 透は力を込めて一気に押し切ろうとしたが、シェザルはそれを見切っていたかのように受け流して回避。
 体制が崩れた透の首筋に向けてナイフを振るおうとしたが、それよりも早く透の手に合ったハンドガンが、シェザルの腹に向けて火を噴いた。
 危険を察知し、回避行動を取るシェザル。
 脇腹に掠りながらも、シェザルは回避に成功した。
 そのまま銃弾による追撃を避け、また消える。


「くっ、どこに行った!?」


「透さん、結界の中に…!」


「いや、全員亀みたいに篭っても、手詰まりになるだけだ!」


 厄介だ。
 どうやらシェザルは、姿を見せずに一撃離脱を繰り返し、ゲリラ戦法をとる算段らしい。

 どこからともなく声が聞こえる。


「久しぶりだね、ベリオ…」


「…やはり、兄さんですか…」


 “破滅”の将を兄と呼ぶ救世主候補。
 兵士達に多少の動揺が広がったが、ベリオとシェザルは無視して会話をする。


「…姿を見せたらどうです?
 貴方を倒す前に、顔くらいは覚えておきたいのですが」


「生憎とそれは出来ません。
 私は、この醜い姿を衆目に晒す事が耐えられないのですよ」


「…?
 先程チラリと見えただけですが、特に変わった姿は見られませんでしたが…」


 ベリオが見たシェザルの姿は、幼い頃、兄と慕ったシェザルの姿と大差ない。
 少々成長してはいるが、別段おかしい所も無い。
 一体何を恥じているのか?

 シェザルは矢張り姿を隠したまま。
 兵士達はシェザルの姿を探しているが、途中で別のものが目に入った。


「レドモンド…!」

「ニーファ!」

「カミッツまで!?」


 喉元を一直線に切り裂かれて絶命している兵士達と、同じように絶命している魔物達。
 恐らく、先程透が放った波動砲の土煙に紛れて、音も立てずに切り裂いたのだろう。

 今度こそ動揺が広がるが、ベリオの結界を信じて平静を取り戻そうとする。


「相馬殿、貴奴は何処に!?」


「解らない、さっきから移動しまくって…クソッ、魔物の影に隠れてるのか」


 透のシュミクラムのレーダーは、感度が良いとは言いづらい。
 特に乱戦状態だと、どれが何の反応だが全く見分けられない。
 特に反応が二つ重なっていたりすると、もう全く解らない。
 まぁ仕方あるまい。
 ルビナスと言えども、一日そこらで全壊寸前まで行ったシュミクラムを完治させる事はできなかった。
 …大河とのお楽しみが響いたとも言えるが。


 シェザルは自分を探す兵士達の相手もせずに、ベリオの問いに答える。
 どこが醜いのか、という点だ。
 ひょっとしてキャスバル兄さんよろしく、顔に酷い火傷を負っている、くらいは言うかと思っていたのだが…ベリオの予想は、斜め上を行かれた。


「…ベリオ。
 美しい物は、完全でなくてはならないのだよ」


「…は?」


「例えば絵画、例えば計画。
 どんなに美しく仕立て上げられた物でも、たった一点の穢れがあるだけで、その美は台無しになる。
 画竜点睛を欠く、という言葉を知っているかな?
 とある絵師が竜の絵を描いたが、その竜には目が無かった。
 何故目を書かないのかと問われた絵師は、こう答える。
 目を描いたら竜が完全になってしまい、天に昇っていってしまうからだ…と」


「…それが何か関係があるのですか?」


「ある。
 この逸話は、あまりに完全な物を作ると魂が宿り、本物になってしまう…と読み取れる。
 だがしかし。
 もしもこの竜に、汚れの一つでも付着していたら、どうかな?
 どんなに小さな物でも、染みが出来ていたら?
 竜の鱗が、一枚でも足りてなかったら?
 構図がほんの一センチでも狂っていたら?
 この竜は、目を入れられる事で本物になっただろうか?
 完璧とは、狂いも汚れも間違いも、一切無いからこそ完璧なのだよ」


「……」


 シェザルの意図が掴めない。
 昔から彼は自分の姿や話に自己陶酔する傾向があった。
 あまり強いものではなかったが、この口調からはそれと同じ傾向が読み取れる。
 となると、話が続いている間は攻撃を仕掛けてくる事はあるまい。

 ベリオは自分の残りの魔力量を確認し、もう少し話を続ける事にした。
 時間稼ぎの間に、兵士達がシェザルを見つけてくれるかもしれない。
 兵士達の一人一人に簡易のシールドを貼り付け、結界を解いた。
 兵士達は四方に散らばる。
 魔物達の影に潜んでいるであろうシェザルを探す為だ。
 透だけはベリオの側に留まり、銃を構えて警戒を続けている。

 シェザルの話は続いた。


「少しでもおかしい所があれば、その竜は本物にはならなかった事だろう。
 それがどんな小さな点でも、全体の調和を乱すには充分すぎる。
 雪で覆われた一面の銀世界に、一点だけ黒があると思えばいい。
 ただそこにあるだけで、著しく景観を損なってしまう。
 世界には様々な形の美があるが、共通する事は一つだ。
 たった一つの狂いが、完全であった美をどうしようもない程に汚してしまう。
 いや、他が完全であるが故に、その小さな小さな汚れがどうしようも無い程に強調されてしまうのだ。
 先程も言ったように、美とは完璧でなくてはならない。
 そう、以前の私のようにね」


「…確かに美形であった事は認めますが、自分で自分を完璧とまで言いますか…」


 ベリオのツッコミも無視して、シェザルの演説は続く。
 何というか、もうベリオの知っているシェザルは遠い場所に逝ってしまったようである。


「だが、今の私は違う。
 私は汚れてしまった!
 私は…私は…完璧だった私が、汚されたのだ!
 この醜い姿を、この醜い姿を!!!」


 バッ、と飛び出す人影。
 透とベリオは、即座に向き直って武器を構えた。
 そして硬直。

 とある岩(約60センチ)の上に、男が立っていた。
 そこに居たのは、纏っていた青い服を取っ払い、最後の良心なのかブーメランを通り越してもうTバックというかヒモ同然なパンツを履き(真っ裸の方がまだ救いがある)、ポロリどころかモロな象さん。
 片足立ちでギュインギュインギュインと回転、ベリオ達に背中を向けて止まる。
 貧弱にも見えるがそこそこ鍛えられている体で、腰を捻ってポーズを決めつつ、仮面を外してバラなんぞ咥えている。
 棘を抜いてないらしく、唇付近から血がダラダラと。


「どうして人目にさらせようかああぁぁぁぁぁぁ!!!!
 はっ!?
 み、見るな!
 みないでぇぇぇぇ!!!!
 でも流血している部分だけは私はウツクシィィィ!
 でもって高い所こわあぁぁぁぁい!!!」


 全員思考が止まっている。
 バサバサバサ、と音がしたかと思うと、風に吹かれてシェザルが着ていた服が飛んでいった。
 …暗器が色々含まれているので、飛ぶほど軽くない筈だが…きっと服の方から、シェザルに愛想を尽かせたのだろう。
 むしろ今まで黙って着られていた事に、賞賛を贈りたい。


 硬直していた視線の幾つかが、ベリオに向かう。
 …ベリオが彼をこう呼んでいたのを、みんな聞いていた。
 兄、と。

 ベリオは静かな、静かな、それはもう荒れすぎて逆に静かと表現するしかないくらいに静かな心で、一つの決意を固める。

「………ブラックパピヨン。
(…私に兄は居ないわ)
 …殺しましょう。
 大河君に、アレの存在が知れる前に」


 一点の迷い無く、未練無く、それが正義に、摂理に適う事だと確信して、ベリオはユーフォニアを握り、懐からパペットを出す。
 まだ狂乱している、おぞましい事に嘗て兄と呼んだナマモノを睨みつけ…ようとして、気分が悪くなってちょっと焦点をずらした。

 パペットは隠し玉だ。
 誰にも気付かれないように、その辺に転がす。
 仮にもルビナス謹製なので、ちょっと踏まれたり叩かれたりした程度では壊れはしない。

 ユーフォニアを高く掲げ、一言。


「世界のみんな、私にちょっとだけ力を分けてくれー!」

 なにやらカカロった事を言ってるが、本当に何かが集まってきた。
 杖の先のホーリースプラッシュが、嘗て無い勢いで膨れ上がっていく。
 きっと世界も叫んでる、あのナマモノをぶっ殺せ、と。

 ベリオが力を溜め込む間に、透も兵士達もそれぞれ武器を構える。
 兵士達には魔法が使えないので、構えるのはその辺で拾った石ころ…なのだが、今なら世界のバックアップを受けてかめはめ波とか使える気がする。
 ついでに言うと、側に居た魔物達も無言で石を拾い上げていた。
 今この時だけは休戦だ。


「…Fire」


 ベリオの小さな呟きと共に、各々全力攻撃が始まった。
 石が飛ぶ岩が飛ぶゴーレムが自分の腕をもいで投げつけるガーディアンが謎レーザーを放つ透がEX兵器を放つ波動拳が飛ぶ兜が飛ぶ。
 シェザルの姿は、あっという間に土煙に紛れて見えなくなった。
 こうすると、また土煙に紛れて何人か殺されるかもしれないが、誰も彼もそれでも攻撃を止めなかった。
 本能が叫ぶ、このナマモノを許してはならない、と。

 ガツンガツンとか『痛いッ!恍惚ぅ!』とか、そんな音と声も聞こえるので、命中はしているっぽい。
 投げる物が粗方無くなった時点で、ようやくベリオが動いた。


「極大…ホーリースプラッシュ!!!!」


 ごごごごごごご、と元気玉よろしくとんでもない圧迫感を伴って迫るホーリースプラッシュ。
 それにしても凄まじい大きさだ。
 リヴァイアサン程ではないが、それでも一軒家を軽く超えるくらいの大きさはある。
 それを完璧なコントロールで、威力を全く減衰させずに、標的に確実に叩き込んだ。

 爆音は無かった。
 ただ閃光。
 そして何かが震えたような感覚だけ。

 閃光が去った後には、ただ抉れた大地だけが残る。
 ベリオのホーリースプラッシュは、爆発して威力を拡散させるようなマネはせず、ピンポイントに圧倒的な力を注ぎ込んだらしい。
 一点に集中された、超エネルギー。
 どれ程の破壊力だったのか。

 ナマモノの姿は何処にも無い。
 それを確認し、ベリオは顔を上げた。
 周囲を見回す。
 ナマモノが居た場所を中心に、人間、魔物が円を描くようにして囲んでいた。


 無言でサムズアップ。
 一同、同じくサムズアップで答える。


「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」


 そして沈黙。
 …そう言えば、この連中は敵だったなぁ…。

 乾いた笑いが響く。
 各々、腕がソロソロと得物に伸びる。
 緊張が徐々に高まった。


「へ…へへ、へへへ…」

「ふふ…うふ、うふはははは…」

「へっへっへっへっへ……」

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」


「どおりゃああぁぁぁぁぁ!!!!」
「UGAAAAAAAA!!!!!」


 そして、遂に戦闘が再開された。
 剣を抜き、拳を握り、叫び声を上げて戦闘体制に入る…直前。


「高いところメッチャこわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぃぃぃぃいいいいいい!!!!!」


 …何かが降ってきた。
 シリアスな空気なんて産まれてから一度も持った事ありません、とばかりに涙をちょちょぎらせながら、その物体は肢体を大きく広げて空中から落下してきた。
 そして、ズバンッ!と妙に小さく纏まった音と共に、大地に叩きつけられる。
 人形の穴が開いた。
 あまりに唐突な事態に、思わず動きを止める一同。


「…今のは…」


「兄…もとい、シェザルですよ…ね?」


 兵士の呆然とした呟きに、ベリオが合いの手を入れる。
 透が呆然としたまま、イヤな物を見たと言わんばかりに頭を振った。


「しかも、降ってきたあの野郎は無傷だったぞ?
 投石から召還器の一撃まで一通り食らったってのに、殆ど傷が見当たらない…。
 五体が残ってるだけでも不思議なくらいの破壊力だったってのに」


 ベリオの攻撃は、それぐらいの破壊力があった。
 如何に“破滅”の将と言えども、直撃を受ければただでは済まない筈。


「…しかも、さっきのでパンツが破れたらしい」


「…最悪ですがな」


 透はシェザルのナニを、図らずも視界に入れて認識してしまったらしい。
 頭痛を感じる透。
 無理も無かろう。


「…とにかく、あの見苦しい生き物が生きてるのは事実だ。
 …もう一度休戦して、奴を狙うか?」


 ザッと周囲を見回す。
 しかし、魔物達の敵意は治まろうとしなかった。
 どうやら休戦は先程だけだったらしい。

 舌打ちして、兵士達は武器を構えなおす。
 シェザル自身は変態でも、その能力は一般兵の太刀打ちできる所ではない。
 なら、自分達は周囲の邪魔者を相手にする。
 …決して変態の相手を押し付けたのではない。
 見目麗しい巨乳イインチョに、好き好んであんな変態の相手をさせる筈が無いではないか。


「魔物ども、お前らの相手はこっちだ!」


「その他大勢だと思って舐めるなよぉぉ!!」


 魂の叫びを上げつつ、兵士達は魔物と戦いを開始した。
 相当気合が入っている。
 たちまちの内に、この場は剣戟と魔物の咆哮に多い尽くされた。

 その中で、透とベリオだけは(嫌々ながら)シェザルを警戒していた。


「…本当に無傷だったのですか?」


「ああ…いや、多少の血は流れていたが、アレを食らってその程度じゃ無傷と大差ない。
 ギャグだからって理由じゃないな。
 だってギャグにしては流血が少なすぎるし」


「…ギャグだったら、とんでもない大怪我をしてすぐ復活するか、最初から無傷ですものね。
 中途半端に傷を負ったりはしない…かな…?」


 ギャグなんだから何でもアリだという気はするが、あの手の生物は無傷がお約束だ。
 何にせよ、戦闘は終わった訳ではなかった。
 土煙の中からムックリ起き上がる素っ裸のクセして露出狂改め恥ずかしがり屋(吐血ものの表現だ)は、何処から取り出したのか手に武器を持っていた。
 形から推測するに、拳銃の類だ。

 透がニヤリと笑う。


「ヘっ、俺のシュミクラムとこのヘンタイで銃撃戦か。
 中々面白いじゃないか…血が騒ぐ」

「…本当にそう思ってます?」

「こーでも思わなきゃ、テンションが…」

「…余計な事聞いてすいません」


 ゲンナリとした気分を振り払い、透は狙いをつける。
 ベリオも予め、ホーリーシールドを自分と透に掛ける。
 一番厄介なのは乱射される事だ。
 周囲の兵達が撃たれても、こちらには手の出しようが無い。


 それはともかく、姿を現したシェザルは、どこから取り出したのかブーメランパンツなんぞ履いていた。
 このまま素っ裸で戦われても困るが…。

 シェザルの頬を、赤い筋が流れている。
 言うまでも無く血である。


「ふ…ふふふ…私の血…美しい…」


 …戯言は放っておいて、ベリオはシェザルのダメージを分析する。
 見た所、先ほどのホーリースプラッシュが直撃したのは間違い無さそうだ。
 そして、それによるダメージを与えた事も。
 何かの仕掛けでダメージを軽減したようだが、それにしたって傷が少なすぎる。
 体のあちこちに赤い液体が付着しているが、傷口が全く見当たらないのだ。


(恐らく、傷口を問答無用で塞いでしまうような何かがある…。
 それをどうにかしない事には、有効打を打てそうにありませんね)


 ブツブツ言っていたシェザルが顔を上げ、ベリオと透を見た。


「どうです?
 この傷一つ無い体…赤く美しい血を流しながらも、傷口を一つとして残さない、醜い体!
 ああっ、こんな私を見るな!
 見たら殺すぅぅぅぅぅぅ!!!!」


「やかましいいぃぃぃぃ!!!!」


 渾身の透の絶叫と共に、発砲の音が鳴り響き始めた。


 カエデ


「…貴様…生きておったでござるか…」


「…………!!!
 いやいや、きっちり死んでたぜぇ?
 もう跡形も残ってねぇが、テメェにクナイを脳天に叩き込まれて、脳味噌にまで傷がついてやがったな。
 この落とし前、どう付けてくれるんだ?
 ええ?」


「フン、お主が落とし前を付ける方が先でござろう。
 我が父母を嬲り殺しにしたツケ、拙者の与り知らぬ所で、多くの無辜の民を切り刻み、弄んだ。
 その罪、例え釈迦でも許すまいよ」


 血液を見ないためのゴーグルをかけたカエデと無道が、強烈な闘気を伴って睨み合う。
 その凄まじさたるや、カエデと無道の近辺だけ魔物も兵士も近付かない程だ。
 このまま放置しておくと、真竜の戦いみたいな現象になりそうである。

 ニヤける無道に対して、カエデはいっそ淡白とすら言っていい表情である。
 一度仇を討った事で何か肩の荷でも下りたのか、両親の仇を目の前にしているというのに激情に呑まれるような気配は全く無い。
 むしろお前なんぞに興味は無い、と言わんばかりである。


「…………、随分と余裕じゃねぇか。
 テメェもあのアマみたいに、下忍どもの慰みものに「あーあー、御託は聞き飽きたでござる。 さっさとカタをつけるでござるよ」…!?
 く……………、どうやら俺様直々に犯されたいようだなぁ!?」


「…どうでもいいでござるが、その妙な間は何でござる?
 前のお主ならば、下品を通り越して肥溜めのような声で笑っていたでござるが」


「やかましい!」


 実は無道、ロベリアのネクロマンシーで蘇ったのだが…その際、一つの命令を受けた。
 曰く、『笑うな』。
 前回無道が死んだ理由は、間違いなく笑い上戸にある。
 だったらそれを無理矢理封じてしまえと、ロベリアが特に深く考えもせずに命令を与えた訳だ。
 ネクロマンシーの秘術の特性として、基本的に蘇らされた者は、蘇らせた者に逆らえない。
 術者が未熟なら話は別だが、この術者はロベリアだ。
 無道如きでは、逆らえる筈も無かった。


 カエデは無道に対して半身になって構える。
 闘気は相変わらず強烈だが、その表情から『かったるいな〜』という雰囲気が存分に醸し出されている。
 実際、カエデも不思議であった。
 王宮で、空に浮かび上がった無道を見た時から、再び対峙する事は予測出来ていた。
 だが、この心の静けさは何だろう?
 無道は許せないし、目障りだと思っているが、その辺を通り越して、もう単純に消してしまいたい。
 そして、カエデにはそれを制止する理由は無かった。


「はぁ…さっさと消えるでござるよ、三下」


「テメェェェェェ!!!!」


 猛る無道。
 だが、カエデはその闘気を無造作に…と言うかもう面倒くさいと言わんばかりに受け流してみせた。
 カエデは以前の自分を思い、なんと効率の悪い戦い方をしていたのか、と嘆いた。
 復讐心に囚われ、無道の闘気に呼応するように、ムキになって対抗していた。
 まるで子供同士の相撲である。

 確かに無道は強い。
 技量や単純な戦闘力を言えば、カエデより2つ3つは先を行っているだろう。
 しかし無道には、『静』の心が足りていない。
 無論それなりの『静』はあるだろう。
 だがそれ以上に『動』の心が強すぎて、猛り狂う自分を抑えきれないのだ。
 『静』の心は冷静さを、『動』の心は闘争心を産む。
 無道の強さは欲や衝動と言ったエゴによって支えられているので、それも仕方ないと言えば仕方ない。
 だが、それは今のカエデが相手では致命的であった。

 一度無道を殺して復讐心から解き放たれたのか、カエデは『動』と『静』の心を絶妙のバランスで保っていた。
 猛り狂う闘争心と、氷のような理性を混ぜ合わせ、練成する…戦いの基本である。
 尤も、基本だと言っても出来る人間は殆ど居ないが…。

 無道は強力な闘気を叩きつけているが、カエデからしてみれば精々チワワが吼えているようにしか見えない。
 そこまでレベルの差があるのではない。 
 単にカエデが慣れただけだ。
 この程度の闘気、リヴァイアサンの咆哮に比べればそれこそ大海の一滴。
 飲まれず、受け流し、そして挑発して益々猛り狂わせるなど、朝飯前である。


 醒めた目で周囲を把握し続けるカエデに、無道が斬りかかった。
 猛り狂っていても身に染み付いた戦術は忘れていないらしく、いきなり大振りをするような真似はしない。
 巨大な刀を振りかぶるように見せかけ、足元に転がっていた小石を蹴り弾く。
 カエデの右膝に向かって飛んだ小石は、足をずらしただけで避けられた。
 だがそれが狙い。
 足をずらした事で、カエデの体は立身中正から外れている。
 無道は、それによって生まれる次の動作へのタイムラグを逃さず、横薙ぎの一撃。
 カエデは頭を下げて避ける。
 無道は握った左拳を、カエデに向かって振りかぶった。
 振りかぶられた腕が叩きつけられる前に、カエデは前に出る。
 懐に入り込んでしまえば、体の大きい無道は不利。
 だが、


(かかった…!)


 無道は止めていた息を、懐のカエデに向かって吹きつける。
 吐息は炎となって吹き荒れた。
 業火の中に呑まれるカエデ。


「ヘッ、口ほどにも…ッ!?」


 勝利を確信した無道だが、咄嗟に大刀を引き上げる。
 その途端、刀を持った右手から強烈な衝撃が伝わってきた。
 舌打ちしながら、刀を振る。
 刀に蹴りを叩き込んでいたカエデは、その遠心力に放り投げられ、トンボを切って着地した。
 無道の炎に焼かれていたのは、どこから出したのか変わり身に使う丸太だった。

 歯噛みする無道。
 丸太と何時入れ替わったのか、見当すらつかない。
 先日戦った時よりも、遥かに強くなっている。
 この数日で、一体何があったと言うのか。
 着地して自分を見るカエデの視線に、無道は苛立ちを覚えていた。


 その一方で、カエデも無道を分析している。
 その結果、解った事が一つある。


(…弱くなっている?)


 無道はカエデが強くなっているのだと判断したが、逆だ。
 確かに、カエデは復讐心から解き放たれ、平常心を保ち、そして無道の放つ気に飲まれないようになった。
 だがそれ以上に、無道の動きに妙な鈍さがあるのだ。
 以前と同じに動けるつもりのようだが、時々全身が弛緩している。
 そして、その間は無道の意識は半分無くなっているようなのだ。
 無論、本当に一瞬の事で、その隙は召還器の加護を受けたカエデだからこそ付ける程度のものだが…。


(恐らく、蘇ったとは言え一度死んだ身だからか…。
 ネクロマンシーとやらも、生前其のままという訳にはいかぬのでござるな)


 ロベリアとやらならどうにかできるのかも、と考えたカエデだが、いずれにせよ無道に漬け込む隙があるのは事実。
 余計な事をさせる前に、一気にカタを付けるに限る。
 外道に時間を与えると、ロクな事が無い。

 カエデは体内で気を練る。
 一度ユカと気の扱いについて語った事があり、その時の話はカエデにとって非常に有益な情報を齎していた。
 今までのように猛る精神を元にして気を生み出す方法ではなく、静かな精神で、ゆっくりと力を生み出す。
 今まで後者の方法は、どうしても出来なかったのだが…今は自然と使える。


(黒曜…ここは一気に決めるでござる。
 最大威力を、最短距離で叩き込む。
 お主に魂があるなら…応えろ…!)


 どっかのマルチドライバーみたいな事を考えつつ、カエデはその身に満ちる気の質を高めていく。
 このまま質ではなく密度を高めると、ユカのように気が氣に化けるのだが…カエデは氣の使い方なんぞ知らない。
 ただ只管に、一撃の為に。
 相手がネクロマンシーで蘇った死体である以上、急所は無いと思った方がいい。
 心臓を破裂させても、得体の知れない理屈でまだ襲ってくる可能性がある。
 何せ現在でさえゾンビ状態なのだから。
 先日のように、脳天にクナイを突き刺してもあまり意味がない。
 なら、五体を丸ごと吹き飛ばすのみだ。
 流石にそれはキツイので、まずは右足に狙いを定める。
 その次は左足、右手、左手の順に吹き飛ばして、行動不能にする。
 残酷な選択ではあるが、それが最も確実な方法だった。


「…行く!」


 無道の意識が途切れる瞬間を見逃さず、初動に移るカエデ。
 意識が戻った無道には、まるでカエデがコマ落としで動いたように見えていた。


「なぁっ!?」


 驚愕の声を上げつつも、咄嗟に手裏剣を投げて迎撃する。
 だが、カエデはそれを左右のステップでやり過ごし、一瞬の停滞も見せずに無道の懐に入る。
 叩きつけられてきた肘を頭を下げる事で回避。
 下げた頭を狙って、無道が膝蹴りを繰り出してきた。

 だが、既にカエデのリーチの中。
 カエデは無道の腿に掌低を叩き付けて、その威力を殺す。
 それと同時に、全身に満ちた気を掌の中心から細くして放出した。


「!?」


 無道が足に違和感を感じた時には、もう遅かった。
 ウォーターカッターと同じ原理で放出される気は、無道の足に貫通した穴を穿っていた。
 そしてカエデは掌を撫でるように移動させ、無道の足を切断してしまう。

 無道は、あまり痛みを感じなかった。
 やはり体は死んでいる。
 片足を失い倒れこむ寸前に、無道は口から炎を噴き出した。
 腹の中で力を練れなかったので、威力は大した事は無い。
 単なる目晦ましとハッタリだ。
 これで下がれば、と計算していたのだが…。


「覇ッ!」

 バァン!


 カエデの全身から吹き出る闘気が、一瞬にして炎を蹴散らしてしまった。
 流れるようなカエデの攻撃。
 崩れ落ちる無道の右手を左手で捕らえ、間髪入れずに掌の中で気を爆発させる。
 思いっきりシャイニングフィンガーだ。
 続いて、残ったもう一方の足を右手の手刀で両断。
 カラミティ・エンド?
 そして最後に、残った無道の左手に、


「せりゃあッ!」


 右ハイキックが直撃した。
 そのまま蹴り抜き、一回転して止まるカエデ。
 無道は最後の蹴りの慣性で、そのまま吹き飛ばされた。
 ボトボトボト、と何かが落ちてくる。
 目を向けると、カエデが断った無道の手足だった。
 血が地面に染み込んでいくが、ゴーグルのおかげでカエデの血液恐怖症は発動しない。

 手足をもがれ、芋虫のようになって地面に叩きつけられる無道を、カエデは醒めた目で見ていた。


「…とっとと成仏するでござるよ」


「ギッ、ガ、ガガグッ!!」


 無道の声は、既に言葉になっていない。
 激痛に悶えているのではない。
 何やら、声帯の一部がまともに機能していないような印象を受ける。
 怪訝に思ったカエデだが、始末してしまえばそれで終わりだ。
 無道の体は既に死体になっているようなので、心臓を抉り出そうが首を切り捨てようが意味が無い。
 なら、やはり最も有効なのは火だろうか。

 カエデは懐から火種を取り出し、適当にその辺の木切れに火をつけ、無道の上に放り出した。


「ガ、ゴボブ、ガボゲハァ!!」


 無道は体を捩り、炎から逃げようとしている。
 無理も無いだろう、何せ生きながら…生きていないが…にして自分の体が燃えていくのを見つめる羽目になっている。
 それを見るカエデは、自分の中に冷たい何かが鎮座しているのを自覚した。
 できるならば、一思いに殺してやるべきだ、とカエデは思う。
 敵で仇で外道とは言え、無駄に苦しめる必要は無い。
 しかし、カエデは無道の苦しみ恐怖する姿を見ても、満足感も憐憫も覚えない。
 ただ、路上の小石を何となく見つめているような感覚しか感じない。


(…これで、拙者も忍びとして一人前という事でござるかな…)


 思うともなしに思う。
 だが。


「……!?…」


 カエデの背筋に、とてつもない悪寒が走りぬける。
 まだ終わってない。

 『これ』は何だ?


「オ゛、オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!」


 無道の様子がおかしい。
 先程までは痛みを感じず、ただ炎から逃れようとしていた。
 しかし今は、痛みと何かに脅えて、それを堪えきれずにもがいているのだ。


「クッ、大人しくくたばれ!」


 カエデは虎の子の炸裂弾を取り出して、火もつけずに全力で無道に叩きつけた。
 無道の体に残っていた炎は、あっというまに炸裂弾を飲み込んで、爆裂四散。
 煙が立ち昇った。
 この爆発では、人間なんぞ跡形も残りはすまい。


「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!!!!」

「なんっ…!?」


 だが、無道の一際大きな絶叫と共に、煙の中から何かが飛び出した。
 慌てて飛びのくカエデ。
 平常心なぞ、殆ど吹き飛んでしまっている。

 煙の中から飛び出したのは、メタリックな輝きを放つロープのような何か。
 その先は、千切れ飛んだ手足に突進し、その切断面を貫いた。
 内側から棘を伸ばして手足をしっかりと固定し、また猛烈な勢いで煙の中に戻っていく。
 カエデの内心に、焦燥が広がる。


「このパターンは…手足が再生するのがお約束でござるな…。
 こりゃ首と象さんを切った方がよかったでござる…」


 上手くすれば、頭が股間にくっついてくれるかもしれない、どこぞの玄武の如く。
 想像して吹き出しそうになるカエデを他所に、叫び声はどんどん強くなっていく。

 カエデはフンッと鼻息を荒くして、戦闘体制を整えた。
 どんな理屈か知らないが、どうやら無道は強力な再生能力を持っているらしい。
 戦場に来る途中で危惧されていた、埋め込まれた何かが原因と推測される。
 だがそれが何処に埋め込まれているのか解らない。
 なら、やはり文字通り丸ごと消飛ばすしかないのか。


「…拙者だけでは、ちと難しいでござるな。
 炸裂弾を使っても生きているようだし、気をフルに使っても四肢を断裂させるのが限界…。
 あれ以上の攻撃力は…」


 せめて救世主候補がもう一人居たら、と無いもの強請りをするカエデ。
 他の救世主候補は、戦線の維持に努めていてここまで救援には来ないだろう。

 チラリと後ろを見るカエデ。
 周囲ではまだ戦闘が続いている。
 仮に無道を放置してこのまま下がった場合、戦況に与えるダメージは?
 …とてもではないが、許容できる範囲ではない。


「チッ…こりゃ消耗戦になるでござるな…」


 カエデと無道では、元々体力的にカエデが不利。
 だが、それを承知で無道を食い止めねばなるまい。

 煙の中から、狂気に満ちた赤い眼光が顔を覗かせた。


未亜


 未亜は久々に背筋が凍る思いで戦っていた。
 アヴァターに来た頃は、模擬戦でも戦う事に恐怖し、平静を装おうとしていたものだ。
 それが何度か模擬戦を重ね、実践を経験し、少しは度胸がついた、と自分では思っていた…それがいい事かは別として。

 だが、今の未亜は半分恐慌に飲まれそうになっている。
 こんな戦いは、今まで経験した事が無い。
 救世主クラスでの戦いは、常に少数精鋭だった。
 敵も精々一個中隊程度で、効率的に崩しにかかれば、ある程度は自分達の思惑通りに事を運ぶ事ができた。
 しかし、今は違う。
 周囲に居るのは、名前も知らない兵士達と、凶暴な叫びを上げる魔物達のみ。
 連携を取ろうにも兵士達とのリズムが読めないし、そもそも乱戦状態でコンビネーションも何も無い。
 授業で聞いた、乱戦における鉄則というヤツを守って戦っているものの、何時背中から刃が迫ってくるのか、と戦々恐々している。
 特に、未亜の召還器は弓である。
 弓である以上、狙いをつけねばならないし、ジャスティは走り回りながら矢を射られるような構造にはなってない。
 少なくとも、今の未亜には無理だ。
 だから攻撃する際には、未亜は必ず立ち止まって狙いを定めねばならないのだ。
 敵を狙う事に集中するため、完全な無防備となってしまう。
 狙いを付ける作業を短縮すれば、誤って味方を撃ってしまうかもしれないし、乱射なんぞ持っての他だ。
 未亜は自分が護られながら戦っていた事を、身に染みて実感した。


「こっちに来ないでー!」


 と叫びながら矢を射る未亜だが、魔物達にしてみれば言いがかりを付けられたような気分である。
 何が悲しくて、態々召還器持ちに喧嘩を売らねばならないのか。
 そもそも戦場に立っているのだから、来ないでも何も無いだろう。
 来るなと叫ぶ暇があったら、投石の一つでもするのが常識だ。
 ヘタに未亜に近寄るとジャスティの的にされるため、実は未亜を避けていたりする魔物達だった。

 未亜が戦々恐々としながら放った矢は、結構な破壊力を持っている。
 何だか知らないが、最近妙に破壊力が上がっていた。
 やはり根源の力を吸い上げているのか?
 だとしたら、未亜の性格はこれから加速度的に壊れていくのかもしれないが…。


(死ぬよりマシ!)


 未亜は無我夢中で動き回りながら、ピンポイントで敵を狙って矢を放つ。
 中には目の前を矢が擦り抜けていって肝を冷やした兵士も居るが、未亜は充分戦いに貢献していた。


 30分もしただろうか。
 夢中で戦っていた未亜は、周囲がやけに静かになっているのに気付き、我に返った。
 未亜が居る場所は、主戦場から少し離れた場所。
 どうやら敵の居ない方へ居ない方へと移動し続けた為、戦線から離れてしまったらしい。


「…戻らないと…」


 自分に言い聞かせるように呟くが、正直恐ろしい。
 未亜は少し考えた。
 今戻らなければ、救世主候補が抜けた戦場は苦しい戦いを強いられ、犠牲も多くなるだろう。
 今戻れば、またあの恐怖の中でもがかねばならないが、少しは犠牲を減らせるだろう。
 なら、取るべき道は…。


「…違った。
 私、弓兵だったっけ」


 兵ではないが。
 弓を持ったまま、接近戦を挑んでどうする。
 遠距離用の武器があるなら、遠距離から狙撃すればよいのだ。
 どこか狙撃にいいポイントを探して、そこから矢を射るのだ。
 一人だけ安全地帯に逃げるようで気が引けるが、自分の力を最も発揮できるのも事実。
 それに、狙撃に集中する以上、未亜は周囲からの攻撃には無防備になってしまう。
 もしも敵が潜んでいたりしたら、それこそアウトだ。
 目に見える危険と、見えない危険の差である。


「…よし、あそこがいいかな」


 未亜は狙撃ポイントを決めて走り出した。

 周囲に敵兵が居ない事を念入りに確認し、未亜はジャスティに矢を番えた。
 眼下では、魔物や兵が入り乱れる乱戦が繰り広げられている。

 矢を射るのなら、慎重に狙わねばならない。
 これだけ入り乱れていると、迂闊な攻撃は味方の命を奪ってしまいかねない。


「…攻撃力の高い召還器を使っているんだから、雑魚の相手をする必要はない…。
 なら、体が大きくて動きの鈍いヤツを狙うべきね。
 まずはアイツから…」


 未亜は近くのゴーレムに狙いを定める。
 ゴーレムの頑丈さは半端ではない。
 魔法の力で動いているから、中途半端に破壊した所でまた動き出す。


「…その体を形作るブロック、片っ端から吹き飛ばしてあげる!」


 …サウザンドスマッシュ!

 口の中でだけ呟いて、未亜は力を蓄えた矢を手放した。
 残像すら見せずに、宙を裂いて飛ぶ矢。
 そしてその矢がゴーレムに向かって飛んでいる間に、既に未亜は次の矢を番え終えていた。
 間髪入れずに、矢を解き放つ。
 すぐさま手の中に矢を呼び出し、番え、放ち、呼び出し番え、放ち、呼び出し番え放ち、呼び出し番え放ち、呼び出し番え放ち呼び出し番え放つ。
 未亜の手が残像を残す早さで動き、放たれる矢は嵐の如し。

 ようやく最初の矢がゴーレムに着弾した時、放たれた矢は3桁に迫るほどだった。
 一つ目の矢が、ゴーレムの体を形作るブロックを弾き飛ばす。
 続けてもう一本。
 一本、一本、一本、一本一本一本。
 連続して叩きつけられる矢の衝撃に、ゴーレムは滑稽なダンスを踊る。
 体を構成するブロックが片っ端から弾き飛ばされ、矢が全て着弾した頃には、既にゴーレムの上半身が完全に無くなっていた。
 動作するための魔力が足りなくなったのか、或いは上半身にコアがあったのか、ゴーレムはゆっくりと倒れこみ、粉々になった。
 弾き飛ばしたブロックが色々と被害を齎した気がするが、まぁスルーするしかない。


「…一体目。
 次、ミノタウロス!」


 自分の周囲に何もいない事を確認し、再び弓矢を構える。
 正直、主に狙うのはゴーレムやガーディアンのような、血を流さない相手がいいのだが…そうも言っていられそうにない。

 ミノタウロスは生命力が高く、分厚い筋肉の鎧に覆われている。
 豆鉄砲をいくらぶつけた所で、致命傷には至るまい。
 加えて出血多量で死ぬとも思えない。

 ならどうするか?
 一発で脳天を貫く。

 未亜は躊躇い無く、確実に敵を殺す方法を考えている自分に脅えながらも、矢を番えた。
 赤の主としての力を、矢の先端に凝縮する。


「…!(モーメントフラッシュ!)


 この技誰が名前をつけたのかな、などと埒も開かない疑問を抱えつつ、未亜は力を解き放つ。
 残像すら残さない速さで、矢はミノタウロスの脳天を貫いた。
 よほど威力が高かったのだろう、後頭部から顔面にかけて、小さな丸い穴が開いている。
 未亜からは見えなかったが、近くにいた兵士が青い顔をしていた。
 …ミノタウロスを貫いた矢が、眼前を掠めたらしい。


 未亜はこの調子で、大型の魔物を狙い撃ちしていった。
 特にしぶといのはキマイラだ。
 脳が複数あるためか、頭を一つ吹き飛ばしても死んでくれない。
 それどころか、空を飛んで接近を図ってきたり、毒や炎で攻撃してくるのだ。
 未亜の位置が風下なのも不利に働く。

 しかし、それでも大物は大分減らす事ができた。
 兵士達も被害が出ているが、このままの調子なら、何とか持ちこたえる事ができそうだ。
 ふぅ、と一息ついて、腰に提げていた水筒を口元に運ぶ。
 ぬるくなった水を飲干したときだ。


『あなたわ〜鯖〜〜〜〜!』
「がぶぉ?!」

 ムセた。
 気管に入った。
 ゲホゲホ咳き込む未亜。
 いや、それよりもこの声は一体何事か。
 頭を鈍器でガンガンやられるような感覚だ。
 騒音なんて領域を通り越している。
 選挙カーだってここまで五月蝿くないし鬱陶しくないし、でも遠慮の無さは大差ない。

 未亜は耳を押さえて頭痛に耐えながら、声の発信源を探す。 
 下の乱戦は止まっている。
 兵士も魔物も、あまりの声に動けなくなっているようだ。
 ゴーレムのような耳が無い魔物なら動けたのだろうが、ゴーレムもガーディアンも未亜が全て討ち取っている。
 スライムは残っているが、空気の振動でしっちゃかめっちゃかになっているようだ。


「…あそこかぁ!」


 苛立ちに任せて叫びながら(その叫びも掻き消された)、未亜は弓矢を構える。
 狙いは少し離れた林の中。
 耳から手を離した事で頭痛がさらに増したが、歯を食いしばって堪える。

 苛立ちという赤の力をたっぷり篭めて、未亜は矢を解き放つ。
 赤の力のためか、燃えるような色を纏って林に飛び込む。
 ガチャンという音と共に、鳴り響いていた大音響が途切れた。
 思わずへたり込む未亜。
 だがすぐに立ち上がった。
 林の中から、何者かが飛び出してきたからだ。


「…!? 人間…!?」


 林の中から飛び出し、未亜に向かってくるのは確かに人型。
 女の子モンスターかな、とも思ったが、こんな所に居る筈がない。
 迎撃すべきか否か。
 こんな所であんな歌(と認めたくない)をがなりたてている以上、一般人ではないだろう。
 しかし、敵とも限らない。
 いや、十中八九敵だと思うが…。


 未亜が迷っている間に、あっという間に女は距離を詰める。
 そして未亜の上に向かって…。


「わっ!」


「ダァァァーーー!!!」


 気合と共に飛び蹴りを仕掛けてきた。
 咄嗟に飛びのいて避ける未亜。
 女は危なげなく着地した。
 そして何やら天を指差してポーズを決める。
 長身で、スレンダーな女性だ。
 髪はピンク色で、見慣れない服を身に纏っている。
 年齢は、察する所ミュリエルと同程度か。


「な…何奴!?」

「ふっ…問われて名乗るもおこがましいが…」


 何となく時代劇かかった口調で誰何の声を上げる未亜。
 何故かってーと、何だかこの女性が期待してるような気がしたからだ。
 そしてそれはバッチリ正解だったらしい。

 女性は顔を隠しながら、芝居がかった動作でゆっくりと振り向いた。


「春の陽気に誘われて、ワラビゼンマイホトケノザ狩りに出たものの、ふと気が付けば合戦上。
 本音を言えば人類側に付きたくも、まぁ親友を放っておく訳にもいかないし、何よりちょっと歌いたい気分だったから。
 世間の情けが目に染みる、女一匹飯の旅」


「…なんか色々とツッコミ所はあるものの、名を名乗れ!」


「貴様に名乗る名は三つくらいしかない!」

「多いね!?」


「うむ、全部偽名だが。
 まーそれはともかく、サブちゃん一曲いかせてもらいます」


「いや名乗りなさいって」


 何がなんだか意味不明だが、とにかく女性は懐から出したマイクを構えた。
 咄嗟に未亜はジャスティを構えるが、ちと不利だ。
 あの歌声を出されるのは簡便だが、相手は少し息を吸い込んで吐き出せば攻撃が延々と続くのに対し、未亜は初撃を避けられたら次の攻撃までに時間が必要だ。
 矢を取り出し、番え、狙う。
 これだけの動作をする間に、あの歌声でなんか生命力とかMPとか色々削り取られそうである。
 SO3ならMP0でも戦闘不能だ。

 普通に考えれば、この距離で矢を避けられる筈が無いのだが…何故だろうか、未亜はこのまま射ても避けられるのが確信できた。
 実際、そのくらいの身体能力はあってもおかしくない。
 先程、彼女が居た林から数回のジャンプでここまでやって来たのだ。
 瞬発力は、召還器の加護を得ている未亜の遥か上を行く。


(どうする…!?)


 と、未亜が一瞬の逡巡。
 その隙を逃がさず…単に頓着してないだけか…彼女は大きく息を吸い込んで叫びを挙げる!



「GAGAGA! GAGAGA! ガ○ガイガー!」

「〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」


 選曲に関しては何も言わないが、未亜の全身が衝撃に揺さぶられた。
 吐き気を覚える未亜。
 大音響の直撃を受けて、耳がイカレる。
 大気が激烈に振動し、地割れまで起きた。

 声はいいし、リズムもいいし、歌の技術も決して低くは無いのだが…とにかく音量がでかすぎる。
 その気になれば、多分この女性は王宮からホワイトカーパスまで声を届ける事ができるだろう。


 体を支えられずに倒れこんだ未亜の目に、同じように丘の下の方で倒れている兵士や魔物達、そして自己陶酔しているのか絶好調で歌いまくる女性の姿が映った。
 動けない間にトドメを刺しにこないだけマシだが、これはこれで生き地獄である。


『こっ…こ、このっ…』


 上手く動かない体で毒づいたが、声が出せたかどうかも分からない。
 未亜は必死に赤の主としての力を、身体強化に回す。
 五感を鋭敏にすると本気で気絶するハメになるので、とにかく体の頑丈さを優先。

 何とか動く。
 それでも素早い行動は出来ない。
 弓を引けるだけの力は出せそうにない。


(吶喊…!)


 未亜はフラつく足を叱咤して、体を低くしたまま女性に突っ込んだ。
 これで倒せるとは思わないが、このままじっとしていてもジリ貧。
 それに、女性はどう見ても陶酔しきっている。
 丁度サビの部分だからだろうか。
 ひょっとしたら、自分の世界に没入したままで気付かないかもしれない。

 という未亜の一縷の希望は、あっさりと断たれた。
 自己陶酔しきっている女性は、目を閉じて歌う事に集中したまま未亜のタックルをひどく無造作に避けて見せたのだ。
 自分の勢いを止める事が出来ず、倒れこむ未亜。


(ほ、本気でヤバ…)


 頭痛が増してきた。
 二日酔いってこんな感じかな、とぼんやりと思う中…。


ドガアァァァァン!


 頭痛が晴れた。
 爆音に遮られて、歌が止まったのだ。
 一瞬何が起こったのか理解できなかったが、未亜は自分を庇うように立つ人影を見つける。


『…ルビナスさん?』


「…取りあえず…無事みたいね」


 ルビナスの声を、未亜は聞き取れなかった。
 まだ耳が正常に戻ってないのだ。
 それでもルビナスの微かな笑みに勇気付けられ、ジャスティを杖代わりにして立ち上がった。


「…やれる?」


『…戦えるかって聞いてるんなら、主に耳に問題ありながらも続行可能』


「そう。
 ………」


 ルビナスは未亜から視線を外し、爆煙の向こうに目をやった。
 その顔つきは、かつて未亜が見た事がない程に厳しい。


「……どうして…貴女がここに居るの?」


「おお、ルビナス。
 なんか前に見たときよりオッパイが大きくなってるが、その中身はマッド成分か?
 取りあえず腹が減ったから、何か食わせてくれると有難いんだが。
 でも母乳は却下」


「………相変わらずねぇ…アルストロメリア」


『……?』


 重大な一言だったが…未亜にはサッパリと聞こえていなかった。

 蚊帳の外の未亜は放置して、ルビナスとアルストロメリアは対峙する。
 しかし、そこには緊張も無ければ敵意も無い。
 でも極楽トンボが舞っているような気がする。


「で、結局なんで貴女がここに?
 察するに、ロベリアがネクロマンシーの秘術で蘇らせたのかしら?」


「うむ、まぁそんなトコだ。
 付け加えて言うとな、じーさんの作ってくれる飯に飽きて、何かいい食材は無いかなーと彷徨ってたら、何時の間にやらここに居た。
 あのじーさん、美味い事は美味いんだけど、どうにも地味なんだよなぁ。
 たまにはこう、牛の丸焼きとか喰いたいもんだ。
 それで思い立ったら吉日と、前から行きたいと思っていた店を目指したんだが…」


「…前って何年前よ?」


「うむ、千年前だ。
 流石に何も残ってない…と言うか、街そのものが無くなってた。
 時間の流れよな…。
 しかし根性の無い。
 せっかく美味い店なんだから、千年と言わず世界の終わりまで続ければいいのに」


「…その街、“破滅”のせいで無くなったんじゃない?」


「いや、どうも過疎らしくって…」


 遠い目。
 ルビナスは本っ当に相変わらずだと溜息をついた。
 その隣では、ようやく聴力が回復してきた未亜が二人を見て首を傾げている。


「それで…どうして未亜ちゃんを攻撃したのかしら?」


「仕方ないだろ、今の私は一応“破滅”の軍だぞ。
 私を蘇らせたロベリアの意向にゃ逆らえなくってなー。
 まぁ、勘弁してくれ。
 攻撃っつーても、敵も味方もひっくるめて対象だろ?
 どっちが敵でどっちが味方かは明言するのを避けるが、プラスマイナスゼロって事で。
 現に、下じゃ戦闘が止まってるじゃないか。

 正直私も心苦しいが、ロベリアを拒絶する訳にもいかん。
 千年前は事実上、見捨ててしまったんだしな」


 それを言われると、ルビナスも弱い。
 だが、だからと言って“破滅”に加担するのを許容できる訳ではない。


「…それで、貴女はどうするの?
 ここで一戦交える?」


「…いや、ロベリアからはお前とは極力接点を持つなって言われている。
 実を言うと、さっきから帰巣本能が働いてて…。
 見逃してくれるんなら、今回は退く」


「……」


 ルビナスは少し考える。
 隣の未亜を見ると、既に体調は回復しているらしい。
 しかし…。


(アルストロメリアの召還器の特性を考えると、一筋縄では行かない…。
 逃がす?
 …ここで逃がしても、いずれ戦う事になるのよね…。
 それも、十中八九ロベリアとタッグを組んだアルストロメリアと。
 ロベリアのネクロマンシーに、アルストロメリアの音響攻撃…考えたくもないわ。
 ……ごめんね…)


 ルビナスは、無言でエルダーアークを構えた。
 それを見て、未亜もアルストロメリアにジャスティを向ける。

 アルストロメリアは困ったような顔をした。


「…如何にかつての戦友と言えど、人類を滅ぼす側に加担するなら、逃がす訳にはいかないわ。
 貴女も王族でしょう?
 ネクロマンシーの縛りがあるとは言え、唯々諾々と従うつもり?」


「…私はもう女王じゃない。
 元々女王には向いてないしな。
 私は蘇らされた単なる死人さ。
 過去も未来も無く、私はただ嘗て見捨てた戦友の孤独を癒す為に動く。
 ルビナス、大局を見据えるお前には、お前だからこそ、受け入れられないであろう選択さ。
 生きるも死ぬも、親愛なる我が戦友と共に。
 生前ならどうだったかわからないが、今の私には、人類の存亡よりも、戦友の孤独が重要なんだ」


「…クレアちゃんそっくりね…世界よりお兄ちゃんを選んだ所とか」


 未亜の呟き。
 どうやら聴力が回復したらしい。
 自分を襲った女性の名がアルストロメリアだと聞いて驚いていたが、すぐに割り切った。
 いずれにせよ彼女は敵だ。

 クレアにそっくりだと言ったのは、王族としての責務を脇にどけ、一人を選んだからだ。
 クレアは大河を、アルストロメリアはロベリアを選んだ。
 つまりはそういう事だろう。

 対話はそれまでだった。
 ルビナスがエルダーアークに力を注ぎ、アルストロメリアを逃がさないように結界を「渇ァ!」

 津波に呑まれた。
 そう錯覚する程に強烈な音の弾丸。
 ルビナスと未亜の中間点に叩き込まれ、波動を振りまく。
 波動に押され、未亜とルビナスは地面に溝を穿ちつつ後退させられた。


『ま、待ちなさい!』


『ルビナスさん、無事!?』


「はーっはっは、そっちが見逃すつもりがなくても、私が逃げる気満々なのさ!

 じゃーなルビナス、私と戦いたくなければロベリアを止める事だ!
 私も戦友とは戦いたくないから、何とかして説得するなり篭絡するなりしてくれよ!
 何ならお前のダーリンに誑し込ませてもいいぞ!?
 その時は私も参加希望だ、なぜなら面白そうだから!
 聞こえてないだろうがな!」


 一方的に捨て台詞を残しながら、アルストロメリアは飛ぶ。
 千年前より遥かに強烈になっているアルストロメリアの攻撃を受けて、ルビナスは追撃する余裕を持ってなかった。


 暫し間。
 未亜とルビナスは、アルストロメリアの攻撃の余波を食らって倒れた兵士たちを介抱して回っていた。
 無論、魔物達が動けない間にトドメを指すのも忘れない。
 こちらは治療なんて器用な事はできない未亜の役目だった。


「…それにしても、丁度良く登場してくれたね、ルビナスさん」


「別に偶然じゃないわよ。
 アルストロメリアの歌声は、千年前と全然変わってないもの…。
 まさかと思って駆けつけたのよ。
 そもそも、あんな大声出されたら誰だって気になるじゃない」


「ご尤も」


 倒れている兵士の脈をはかり、なにやら怪しい注射をしているルビナスをスルー。
 まあ、死にはすまい。
 効果だけはあるから、取りあえず元気になる筈だ。
 反動がどうなるかまでは責任を持たないが。
 そもそもマッドが責任なんぞ持つはずがないが。


「…それにしても…」


「ん?」


 未亜はチラリとルビナスを見る。
 どこと無く影があるように見えない事もない…のだが。


(また千年前の戦友と戦う事になるんだものね…)


 未亜はルビナスの心中を慮る。
 彼女の事だ、例え戦友と言えども、人類を抹殺する側に回るなら敵と見なすだろう。
 ルビナスはそういう女だ。
 やるべき事をしっかりと見据え、そこから逃げない。
 だから、アルストロメリアと戦う事からも逃げないだろう…と思うのだが。


(でも、なんか気楽そうに見えるんだけど)


 ルビナスは、先程の戦いもあまり気負っているように見えなかった。
 まさかアルストロメリアを害する事に躊躇いや忌避感がないとも思えないのだが…。


「…心配してくれてる?」


「え?」


「だから、アルストロメリアの事」


 図星を指されて、未亜は何というべきか戸惑う。
 しかし、ルビナスは本当にあっけらかんとしていた。


「心配しなくても、そんなにシリアスな事にはならないと思うわよ?」


「え? で、でも…友達なんでしょ?」


「そうよ」


「戦いたくないよね?」


「そうね。
 前に饅頭を取られた恨み、忘れてないけど」


「…強いんだよね?」


「そうね。
 …アルストロメリアが真面目に戦う事、殆ど無かったけど」


「………」


「大丈夫だって。
 あのバカ王女だって、本気で“破滅”についてる訳じゃないもの。
 術者のロベリアさえ何とかすれば、アルストロメリアだって人類側に来るわよ」


「何とか…って、ナナシちゃんが言ってたみたいにお友達に?」


「それが一番いいわね」


 とは言え、ルビナスもそこまで楽観的ではない。
 もしもアルストロメリアと激突する事になったら。
 その場合を想定し、半ば無意識に対策を練り上げていた。
 ただし、その勝利条件は死なない程度の傷で(死んでるけど)捕縛、または無力化。
 アルストロメリアも手心くらいは加えるだろうから、難しくはあっても不可能ではない。


「私とミュリエルがタッグを組めば、いくらアルストロメリアと言えども…。
 その間、ロベリアはダーリンかナナシちゃんに張り倒してもらうとしましょ。
 戦略的な見地から言わせてもらうと、アルストロメリアとは態々戦う必要もないのよね」


「ロベリアさんをどうにかすれば、でしょ?
 絶対に立ち塞がると思うんだけど」


「命令を受けたら逆らえないとは言え、命令されただけで何だって出来る訳じゃないわ。
 命令される前に、戦場からずーっと離れておくとか、単身で私たちの所に来て、フン縛っておいてくれとか、色々あるでしょ」


「うーん…」


 この点で、ルビナスは一つ誤算があった。
 アルストロメリアの仲間意識と、千年前にロベリアを見捨てた罪悪感を甘く見ていたのだ。
 ルビナスには知る由もなかったが、アルストロメリアは本当に最後までロベリアに付き合うつもりだったのだ。
 それが文字通り“破滅”への道だとしても。


「ところで、ルビナスさんの持ち場はどうしたんです?
 ナナシちゃん一人?」


「丁度、遊撃部隊だった汁婆が来てくれたから、これ幸いとばかりに任せてきたの。
 …未亜ちゃん、この後も一人で戦える?
 兵士の人達、ちょっと戦力になりそうにないんだけど」


 クスリも品切れだし、と肩を竦めるルビナス。
 未亜は少し考えた。
 クスリの事は置いておいて、正直言って辛い。
 単に敵の中に単身で戻るのが恐ろしいのではなく、純粋に戦力的に苦しい。
 未亜の攻撃は連続性に欠けるし、貫通力はあっても軌道が限定されやすい。
 もし人海戦術で来られたら、徐々に追い込まれて力負けしてしまうだろう。


「…ちょっとキツイ」


「そう。
 じゃ、私と一緒に行きましょう。
 …ちょっと気になる事もあるしね…」


 そう言って、ルビナスは少し離れた森に目をやった。
 ルビナスのその様子に気付かず、未亜は話を変える。


「ところでさ、あの人がアルストロメリア王女なら、あのマイクはひょっとして…」


「…召還器よ」


「…召還器って、元は人間だよね?
 誰よ、あんなふざけた武器になったの…」


「熱気バサラのパチモンじゃない?
 本人だったら、歌を戦いに使うとも思えないしね」


 そういう問題か。
 正確に言うとマイクともちょっと違うんだけど、とルビナスは前置きする。


「マイクとして歌うのに使ってるのは、単なるアルストロメリアの趣味なのよ。
 あの召還器…えぇと、名前忘れちゃった…の能力は、増幅に特化してるの」


「増幅?
 声を大きくするとか?」


「そう。
 別に声だけじゃないわ。
 魔力、腕力、光量、その他諸々何でもござれ。
 増幅すれば、その分だけアルストロメリアの精神力が削られるんだけど…まぁ、見ての通り、ガンダニウム合金みたいに頑丈な神経してるから…」


「事実上無限に増幅可能、とか…?」


「いえ、威力に体の方が保たなくなるから、そこまでは…。
 まぁ、アルストロメリアの頭じゃ、増幅できるのは声くらいでしょうね。
 マナの法則とか物理的な原理がどうとか、そーいう細かい事キライだから」


 …千年前、よくもまぁ王女としてアヴァターを復興させられたものである。


 ベリオ・透


「くそ、このっ!」


「ふはははは、甘い甘い甘い!」


「さっさと死んでくださいこのヘンタイ!」


 銃撃音と爆音、そして結界の音。
 ベリオ・透コンビとシェザルとの戦いは、意外な事に随分な死闘に突入していた。
 シェザルは間違いなくヘンタイだが、流石に“破滅”の四天王を名乗るだけはある。
 既に周囲には魔物も兵も残ってない。
 魔物は兵に斬られるかシェザルに盾にされ、兵は魔物に殺されるかシェザルに喉元を掻き切られるか、或いは足纏いになるだけと判断して撤退していった。

 既に遮蔽物が殆ど無い平野で、透の銃撃を軟体動物のような動きで避け、ベリオの作る結界を巧みにすり抜ける…メタリックな輝きを放つシェザル。
 相変わらず服は着てないのだが、どう言う訳かシェザルの体を覆い隠すようように銀色の何かシェザルの体に付着していた。
 お陰でイヤなモノを見ずに済む、と二人はこっそり安堵したのだが…。

 この銀色の何か、戦闘中に何時の間にやら現れていた。
 この銀色のせいなのか、何発か銃弾を叩き込んだというのに、すっかり傷も癒えているようだ。
 しかも見た目以上に硬質で、ハンドガン程度なら防御せずとも弾き飛ばすくらいだ。


「くぅ、何なんですかそのメタリックな肌は!?」


「見るなと言っているだろうベリオオォォォォ!!!」


 どうやら、シェザルが自分の姿を見られたくないと思っているのは、この銀色が理由なようだ。
 叫びで一瞬動きが乱れたのを見逃さず、ベリオが結界でシェザルの通路を塞ぐ。
 阿吽の呼吸で、透が取って置きの手榴弾を投擲、シェザルの間近で大爆発が起きた。


「これでどうだ!?」


 透の攻撃の中で、最大級の破壊力がある兵器。
 これでダメなら、有効な攻撃手段が一つも無い。
 ベリオのホーリースプラッシュは先程使ったし、あれ以上の威力を搾り出すのは難しい。


 立ち込める土煙。
 そして…ゴソゴソと不気味に蠢く影。


「…まだ死んでません…」


「…マジかよ…」


 無傷でこそないようだが、どうせそれもすぐに回復してしまうのだろう。
 この回復力の謎を解かない限り、勝ち目は無さそうだ。


「…ライティング」


 ベリオは光の弾を生み出して、シェザルに向かって投げつけた。
 土煙はまだ晴れてないが、それでもシルエットはハッキリする。

 シェザルの体を、何かが動き回っている。
 その細長くてウネウネしているのは…


「…!? しょ、触手!?」


「キモッ…」


 ヘンタイが触手プレイにでも走ってるのか、と二人同時に思う。
 …精神的ダメージを多大に受けた。


「あーくそ、何だってこんなヘンタイはやたら頑丈なんだよーーー!!!」


「泣くんじゃありません、私だってあんな特殊な趣味は無いですよ!
 (…アレに抱かれてたってのが、物凄く……)」


 三人揃って嘆きの声を上げる。
 起き上がってきたシェザルは、メタリックな肌の面積を増やし、仮面の隙間から赤い目を覗かせていた。




明けますね、おめでとうございます!
週2回更新も今日が最後となります。
えー、今年も色々とありましたが、何とか乗り越えてくる事が出来ました。
来年からは個人的なことで不安が色々ありますが、同じくらいに期待もあります。
慣れない一人暮らしに放り込まれて時々投稿が中断したりするかもしれませんが、来年もよろしくお願いします!
多分来年中には完結…するかな?

さて、正月だしハメを外して呑むかな…。
ビールか日本酒か…。
それではレス返しです!


1.パッサッジョ様
どうにも大多数での戦闘は勝手が掴めません…。
ベリオ達個人に、どうしてもスコープが限定されてしまいます。

個人的には、媚薬じゃなくて何故か毛はえ薬か下剤が妥当な所だと思います。
若しくは、誰も気付かなかったけど実は夢の万能薬とか。


2.アレス=ジェイド=アンバー様
そう考えると、透君は自分から幸せから逃げている訳ですなw
まぁ、彼が開き直るとすれば、何人かに襲われて人生を達観してからでしょう。
…いかん、いつぞやのレスにあった、シクシク泣いてる透の隣でタバコを吹かすアヤネの図が頭から離れない…。

ロベリア、いっそ何もかも忘れてしまった方が幸せなのかも。
…まさか、彼女が作る新しい世界とは、『自分がツッコミ役にならなくてもいい世界』じゃ…?

セルに関しては、前々から考えていたパワーアップを付けて出すつもりです。
ただ…そのパワーアップの内容が、前にレスで頂いたアイデアなんですよね。
まぁ、もうすぐ出てくると思います。
汁婆になってたら?
…はっはっは、セルが汁婆みたいなハードボイルドになれるわきゃないっしょw


3.皇 翠輝様
忙しいのは一段落されたのでしょうか?
大変だったようで、お疲れ様です。

起承転結…の、まだ転のあたりでしょうか…。
或いは、起承転結じゃなくて起承転結間結結くらいになっているのかも。

決着…それは逃亡或いは逆襲もOK?


4.DOM様
そう言えばイヌミミカエデもやってないしなぁ…。
他にも色々と…。
流石に整理というか伏線が管理しきれません。

? 週2回、出来てませんでしたか?

時守も昔が懐かしいッス。
まぁ、今回の戦闘が一段落したら、またほのぼのエロを少しやりたいと思います。

しかし…なんちゅうか、各方面から透に生暖かい視線が送られていますw


5.竜神帝様
元旦に開設ですか、おめでたいですねw
明後日か…楽しみにさせていただきます♪
ちなみにHPのお名前は…?


6.焔片様
どっちかと言うと、足裏神とか好きでしたw


7.イスピン様
なんだかんだ言っても、将軍達は肝が据わっていて神経が図太いですからねw

ロベリアさんのファン…あれ?
なんでMな連中しか思い浮かばないんだ?
…居たら居たで、ロベリアさんマジで嫌がりそうだなぁ…。

はい、アルストロメリア略してアル(AIにあらず)さんです。


8.なまけもの様
ご指摘ありがとうございます。
後で直しておきます…。

暗示から体術の話に移ったのは、一応マブイオトシは格闘技術だからです。
暗示をかけるのはマブイオトシじゃなくても出来ますが、マブイオトシは体じゃないと出来ないと…いや、あくまで自分的分類ですが。

レイミから送られてきた強壮剤は、一応レア物なので渡すのが惜しくなったそうです。
イムもツンデレってますな、緊縛大好きデバガメっこのクセにw
百合は…マジでどうしようか悩みました。
やはり今はノーマルで、後から救世主クラスに仕込ませるべきか…?

アルストロメリアがやたらと食に情熱を注いでいたのは史実だし、結構簡単に解りましたか。


9.シヴァやん様
いい加減生け贄にしてしまおうと思ってるのですが、どうもタイミングが掴めません。
描写するにせよ、一人一人を書いてると時守が死にますし…。
やはりさわりだけ描くべきか…。

ウチのセルは変身できない…マジで残念です。


10.陣様
お正月でお休みですか?

ナナシのオプションパーツは、アレです、四次元ポ…もとい、木箱に詰め込んで持ってきました。
カエデが食料と間違えて開けて、慌てて閉めたという逸話も残ってます。

はい、彼女はアルストロメリアでした。


11.竜の抜け殻様
どうにもシリアスな戦いになりきれませんw
無道は散々マヌケやってもらったから、今回は一応シリアスです。
ああっ、でも三枚目に落としたい!

ルビナス製薬、あれは一種の鬼札ですからねぇ…。


12.くろこげ様
過去にシリアスな事があっても、結局ギャグ調になるんだろうなぁ、と自分で達観しております。
実際、ロベリアにとってはルビナスが真の破滅でしょうしねぇ…。
私怨も大儀もたっぷりですw

アフロの天使に…愛嬌はありますか…?


13.蝦蟇口咬平様
はじめまして!
この長ったらしいのを最初から読んでいただき、ありがとうございます!

アフロの聖痕か……いっそダウニーを円形脱毛にして、そこに何か書き込もうかな…。


14.カシス・ユウ・シンクレア様
ここから暫くバトルが続きそうです。

ロベリアも、理性ではルビナスの判断が正しい…とは言わないまでも、最悪より幾らかマシな方法だったと思っています。
それがどうした、と言われるとそれまでですけどね…。

セル達はこの戦闘の終盤付近に出るかもしれません。

はい、彼女はアルストロメリア本人でした。
…ただ、心は休まっても胃が痛くなるのには変わりないようですw


15.JUDO様
四天王の最後の一人は、空に浮かび上がった小柄な男です。
アルディアさんは…ちょっと微妙な位置かな…。

四天王の強さは…あー、まぁ見ての通りです。
マトモにやったら強いけどギャグに落とされてるのが一人、強かったけど何故か弱体化してるのが一人。
あとの二人は、また今度。

シェザルは…自分でも何を言えばいいのかわからん…。
アルディアの多重人格には、またちょっとややこしい背景があります。
その辺は追々…。


16.悪い夢の夜様
少なくとも、アルストロメリアについては神からの干渉はありません。
彼女はロベリアが自ら王宮に忍び込み、クレアの血から甦らせた死人です。
…まぁ、“破滅”にしても人類軍にしてもこうまでアホばっかりなのは、それこそ神の作為が感じられるってものですが。

シェザルは降臨…しましたが…えーと…我ながら何を考えていたのか…。
ちょっと前まではナルシストだったのに、一体何が…?
……まぁ何にせよ…どっかマヌケな戦いになるんでしょうねぇ…。

ファ○ガイアのガーディアンは召還する予定はないですが、別のモノを召還する予定です。
ちょっと無理矢理になりますが。
…なお、それまでには『彼女』との濡れ場も…。

それでは、来年もよろしくお願いします!

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