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▽レス始

「幻想砕きの剣 12-6(DUEL SAVIOR)」

時守 暦 (2006-12-27 22:30/2006-12-30 22:32)
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最前線 ドム・タイラー連合軍


「…どう?」

「大した軍気だ。
 地平線の向こうから感じるぞ。
 …とは言え、どうにも雑だな。
 我が軍のように統率されてはいないようだが」

「という事は、とにかく力押しかぁ…。
 料理しやすいと言えばしやすいけど、問題はあの四人だろうね」


「“破滅”の将か…」


 タイラーとドムは、テントの中で今後の軍の動きについて話し合っていた。
 リヴァイアサンを撃退してから、今日までは何の問題も無かった。
 敵は時々現れる程度で、その強さも大した事はない。
 部隊の一つでも向かわせれば、それで終わりだ。

 しかし、今日の昼頃、突如空に浮かび上がった4人組。
 “破滅”の将と名乗った人間達である。
 宣戦布告かと、ドムは思いっきり睨み付けたものだが…。


「…なんだったんだろうね、あれ?」


「さーな」


 ロベリア達の狂乱を思い出したのか、微妙に投槍なドム。
 正直言って、かなり毒気を抜かれている。
 まぁ、正直言って助かったと言えば助かった。
 ドムは負けん気を益々燃やしていたが、兵達も皆同じというわけではない。
 多少なりとも威圧され、士気が落ちると踏んでいたのだが…。


「王宮がどうとか言ってたね」


「大方、当真やクレア様辺りが映像に何かしたのだろう。
 それにキレてああなった、と」


「何をやったのかなぁ…。
 それに、こっちの映像もあっちでは見えてたんだね」


「まぁ、壁や幻影石に向かって淡々と話しかけるより、相手の反応が見えた方が演説にも熱が入るだろうしな。
 それが裏目に出た訳だが…。
 こちらでも、これ見よがしに飯でも食わせていればよかったか」


「お昼時だったしね」


 まぁ、それはともかくとして。
 問題は敵軍の方だ。
 ホワイトカーパスに居た魔物達はかなりその数を減らしていたし、無限召還陣が使えるような土地ももう無い筈。
 だから、魔物の増援は決して多くは無いと予想していたのだが…大外れだった。

 何故かホワイトカーパスの方から、大きな軍気が立ち上っているのである。
 ドムが言ったように、決して洗練されている軍気ではないが、その大きさだけは特筆に値する。
 それはつまり、とにかく魔物が大勢集っているか、一人で軍気を放つような大物が居る、という事だ。
 数で来るにせよ質で来るにせよ、一筋縄では行きそうにない。


「我が軍の戦闘準備は整っている。
 備蓄も充分。
 休暇を出していた兵達も、今日の夕方には戻ってこよう。
 仮に、ホワイトカーパスの中程に“破滅”が陣を構えているとして…」


「こっちに来るのは、早く見積もっても明日の早朝…くらいが妥当かな。
 仮にそれより早く来るとしても、魔物達は夜にはあんまり移動しないし…」


「いや、それは指導者が居ない場合の話だ。
 “破滅”の将に魔物使いが居た場合、夜通し移動してくる可能性もある。
 眠るのも交代制にすべきだな」


「あ、そうなの?
 じゃあ僕達も交代制?」


「…我々はそれぞれ独自に判断して休む。
 チェスでも無理に差し手を交代させては、混乱するだけだからな」


「了解…それじゃ、僕は今のうちに眠っておこうかな」


 タイラーの暢気さというか切り替えの早さに苦笑するドム。
 この辺りは、ドムにはちょっと真似できない芸当である。


「待て待て、お前も将なら状況の把握くらいしてから眠ったらどうだ」


「いやぁ、ドム君にお任せするよ。
 どうせ専門的な知識は、僕には無いしね。
 …うん、ヤマモト君に頼んで、発見があった事とかをメモしてもらおう」


 マコト・ヤマモト。
 タイラーを認める前も認めてからも、タイラーにいい様に使われる哀れな苦労人である。
 それを自分で苦労と思っていない事が、最大の苦労の原因なのだが…。


(まぁ、天職だからな)


 同情も覚えないドムだった。
 …自分のすぐ傍に、系統は違えど同じような苦労をするバルサロームという苦労人が居る事は意識の外だ。
 ついでに言うと、アザリンに対するドムの態度も似たようなものである。


 一人残ったドムは、地図を睨んで少々考える。
 相手は大群で来るだろうが、退くのは論外。
 ここで押されれば、挽回の機会を与えられずに徐々に王都まで押し込まれるだろう。
 アザリンの為、民の為、人類の為、自分の為に、確実に敵の進行を防がなければならない。


(となると、敵を足止めするのに適した地形が必要だが…。
 さて、どうしたものか。
 塹壕やら出城やらを作るには、ちと時間が足りぬ。
 一夜城も無理。
 そうそう都合のいい場所も無し…。
 何せ先日のリヴァイアサンのおかげで、平原が丸ごと焦土になったからな…。
 伏兵…はどの道無理だ。
 大挙して押し掛けて来る以上、ヘタに配置しても囲まれるだけだからな。
 …やはり罠か?
 効果的に使えば、ある程度は効果を望める。
 それと…戦力の一点集中は控えるべきだな。
 “破滅”の将と称するからには、大勢の魔物達を従えるだけの力量を持っている筈。
 一般兵では歯が立つまい…。
 救世主クラスを、何組かに分けて配置するべきか。
 まず…最大の攻撃力を持つ大河は…)


 ドムの目が地図に落ちる。
 指先を少し彷徨わせ、一点で止めた。
 そこには河と、少し大きめの橋のマークが描かれていた。


 一方、救世主クラス+α。
 これから戦いに行くというのに、約一名ほど、安堵の息を吐いている人物が居た。


「はふぅ…平和って素晴らしい」


「…戦場に行く人の台詞とは思えんな」


「やかましい、お前が俺の情報を売り払うからだろが!」


「元凶はどう考えたって相馬さん本人だと思う」


 相馬透である。
 朝っぱらから機構兵団+αと熾烈な隠れんぼを繰り返し、とうとう捕縛された所に、いきなり“破滅”の戦線布告。
 今にも本格的に争奪戦に移行しようとしていた機構兵団チームを何とか宥め、大河達と同じように外に出てきたのだ。
 まぁ、その後楽しいお絵かきの時間の事もあり、争奪戦の事は皆して忘れていたのだが…。
 ふと我に返るなり、即効で逃亡。
 同じく争奪戦の事を思い出した機構兵団チームに追いかけられ、かなーり憔悴していた透である。
 このままじゃ身が保たんと、見かけたアザリンに直訴して、救世主チームに同行させてもらったという訳だ。

 心底平和を満喫しています、と言わんばかりの透に対し、リリィが呆れて言う。


「アンタねぇ…これから戦いに行くのよ?
 殺し合いよ?
 それが何だって平和だって言うのよ」


「確かに死の危険があるけど、その分反撃が出来る。
 戦って戦って、とにかく後の事を考えないで済む。
 敵を殺しても、後味は悪いけど後腐れが無い」


「…文明人の発想とは言えんでござるなぁ…」


 一片の曇りも無し、とばかりに即答する透。
 大河は苦笑して微妙に同意する素振りを見せていた。
 痴話喧嘩で男がヘタに反撃したら、即座に悪役決定+もっと話がややこしくなる。
 怒った女には勝てない。
 甘い言葉で丸め込める場合もあるが、人付き合いがヘタな透にはまだ無理だ。


「ま、その辺は突付いてやるな。
 と言うか、多少なりとも煽った俺らが言える事じゃないだろう。
 なぁ、未亜?」


「えー、ちょっと憐ちゃんに媚薬渡してみただけじゃない。
 大した事じゃない大した事じゃない」


「渡したのかアンタはあああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 魂の絶叫を上げる透と、悪びれもせず笑う未亜。
 しかも未亜は謝るどころか、反撃に出やがった。


「渡したけど、憐ちゃん別に使ってないじゃない。
 それなのにドキドキしてるって事は、相馬さんは媚薬云々に関係なく真性のシスコンって事でしょ」


「それはそれ、これはこれ!
 例えその通りだったとしても、何で態々俺の危険性を増すような事をするんじゃああぁぁ!」


「私は単に憐ちゃんを応援してるだけだよ。
 大体、どうせ放って置いてももうすぐ陥落しそうなんでしょ?
 むしろ媚薬なんて言う言い訳を作ってあげたんだから、逆に感謝してほしいもんだわ」


 ここまで悪びれないと、いっそ見事と褒めてやらねばならない気さえしてくる。
 口喧嘩の鉄則は、自分の弱味負い目を一切認めない事だ。
 一歩でも譲れば、相手はトコトン踏み込んでくる。


「ちなみに、その媚薬って何処から手に入れたんだ?」


「あ、市販の物だって偽って、私が作ったのを渡した」


「相馬さんごめんなさい調子こいてましたいやホント申し訳ないごめんなさいごめんなさいごめんなさい媚薬なんて直接的な手段を教えた私が愚昧でした蒙昧でしたもうしません別の手段でやります薬物関係には今後一切手を出しません愚かな私をお許しくださいあっさり騙された駄犬な私が産まれて来てごめんなさい」

「い、いやそこまで卑屈になられても…」


 即効で自分の非を、丸ごと認めた。
 あまつさえ普通に土下座までしている。

 取りあえず未亜を立たせ、どうしたものかと首を捻る。


「憐ちゃんが持ってる、ルビナス作の媚薬…。
 ヘタに使うと、速攻で発情しまくった挙句、効果が強すぎて発狂死するかも…」


「…つ、使わないよな!?
 と言うかルビナスさん、解毒剤とかは!?」


「そんなの別に作ってないわよ。
 あんまり強力なヤツじゃないから」


「…え、そうなの?」


「うん」


 自信満々に頷くルビナスと、それを見て安心する透。
 そして…。


((((((計算通りの作用をすれば、ね…))))))


 どうせ何か予想外の要素が入って揉めるんだろうなー、と達観している救世主クラス。
 付き合いの短いユカでさえ、その程度の事は予想できる。


「…ま、まぁ、アレだね。
 どうせ相馬さんが居ない所じゃ使わないだろうし、王宮に帰ったら、憐ちゃんに会う前にこっそり盗んじゃえばいいんだよ」


「それなら、アタシの出番だね。
 盗みに関する事なら、カエデには負けないよ」


 ユカの提案に頷くブラックパピヨン。 
 ちなみに、先程食らった千手裏手ツッコミのお陰で、まだ肌がヒリヒリする。
 そしてベリオはまだ気絶中だ。
 昨晩は殆ど寝てなかった上、朝っぱらから礼拝をしていたので、例によって睡眠時間が足りてなかったらしく、気絶から睡眠に移行したようだ。

 と、何処からともなく聞こえてくる声。


「…水坂憐は、大人しいように見えて、非常に荒い気質を併せ持つ人物…。
 何せリヴァイアサンの核となり、数多の魂を飲み込んでなお自我を保っていた程。
 その独占欲の強さや、相馬透に近寄る人間に対する嫉妬の念は、決して弱いものではない…」


「イムニティか?」


 周囲を見回すが、イムニティは姿を現さない。
 大河とリコは、馬車の隅っこにイムニティが居る事を感知したが、他はキョロキョロ周囲を見回している。
 イムニティはそのまま続けた。


「今はいい、今は。
 でも、嫉妬の念が徐々に降り積もり、それが彼女の狂気を引き出した場合…」


「場合?」


「自分に使って相馬透に迫るのでもなく、相馬透に使ってわざと襲われるのでもなく…。
 邪魔者に使って、見ず知らずの人間を相手に発情させるかも…」


「そったら恐ろしいコト言うんじゃねーダス!」


「OUCH!?」


 ゴスッ、と大河とリコのキックが姿を消しているイムニティに炸裂した。
 そして蹴りの衝撃でイムニティは馬車の外に放り出される。


「ああ〜〜〜ぁ〜〜〜〜〜〜!」


「自業自得です、バカモノが」


 テレポートする間もなく地面に叩きつけられ、そのまま引き離されていくイムニティに対して、中指まで立てるリコ。
 まぁ、確かにこれに関しては自業自得だ。
 同情の余地は無い。
 …そこはかとないリアリティーがあるだけに、余計に。


「…相馬さん、憐ちゃんがキレないように、ちゃんと構ってあげるですの」


「わ、わかってるって…は、はははは…」


「中途半端に構ってもダメよ。 
 それは結局、蛇の生殺しだからね」


「そったらどーしろって言うんダス!?」


 結局、透を煽っているよーなナナシとルビナスだった。
 まー、何だかんだと言った所で、なるようになるしか…この場合は逝き付く所まで逝くしか…ならないだろう。
 数年分の孤独を晴らそうとしているのか、憐はそれはもう物凄い勢いで透に迫っている。
 憐を諦めさせる方法が無い限り、結果は見えている。
 例え透が特定の誰かとくっ付いたとしても、保って数年。
 その当たりで我慢の限界に達し、NTRを目論む事だろう。


「ああもう…折角一人になれたんだから、今くらいはその手の事を忘れさせてくれよ…」


「寝言抜かすな。
 複数の女性に慕われる人間には、標的にされる義務が付属するのだよ、否応無しに。
 ヤローからは主に嫉妬の標的となり、女性からは二股に対する軽蔑か、さもなくば好奇心の標的になる」


「くそ…世の中ままならねー…」


 頭を抱える透を見て、ユカが首を傾げた。


「なんて言うか、相馬君本当に真面目だね?
 それが普通っちゃ普通なんだけど、とても大河君の同一存在とは思えないよ」


「…?
 同一…?」


 ユカの言葉に、リコが首を傾げた。
 ユカが端折って説明するが、如何せんユカ自身もあんまり理解してない。
 しどろもどろに、「別の世界で産まれた双子みたいな関係」という結論に落着いた。


「ふーん…。
 ホワイトカーパスの港町で、お兄ちゃんと相馬さんを見間違えたのはそういう理由か」


「むぅ…本当に似てないわね。
 大河もこれくらい真面目になってくれたら、私も助かるのに」


「でも、それってダーリンの劣情が一人だけに向かうって事ですの。
 その一人が誰なのかは別として」


「…絶対に腹下死する人が出ますね…」


 小声のベリオに、ユカと透以外の全員が頷く。
 透としては、女性陣のなんと言うかプライベートな部分を盗み聞きしているような気分なのだが、それどころではない。
 何せ大河=自分という図式だし、他人事ではないのだ。

 密かにアブノーマルな性癖の持ち主だったりする自分。
 薄々感づいてはいたが、バルドチームの意地の張り合いにより、自分で思っていた以上にアブノーマルだと気付かされた。
 ひょっとすると、懇意の女性を思いっきり調教するような事になってしまうかもしれない。


「…俺、一生独身を貫くべきかもしれん…」


「でも、そうなると憐ちゃん達のアタックも多分ずっと続くわよ。
 リヴァイアサンの中で、幸せな未来をシミュレートして体感した以上、彼女達にとって貴方以上の相手は居ないもの。
 その時の感情やら記憶やらが残ってる以上、自分から諦める事はまず無いわね」


「………」


 透は無言で耳を塞ぎ、シュミクラムを枕に横たわってしまった。
 不貞寝するつもりのようだ。

 大河は苦笑して、あれやこれやと話し込む未亜達を宥める。


「それは置いておいて、だ。
 各々何か報告するべき事って無いか?
 例えば何か新しい技術を覚えたとか、遠征先で何か気になる事があった、とか」


 それぞれ顔を見合わせる。
 無い事も無いのだが、何となく言い出しづらい。


「…はい!」


「何だ、ユカ」


「報告じゃないけど、汁婆は?
 空の映像に落書きしてた後から、全然見ないんだけど」


「一足先に戦場で暴れてるってさ。
 他は?」


「では、拙者が。
 …師匠、あの空に浮かんでいた四人組の、大柄な男を覚えているでござるか?」


「男なんて覚えてないし覚えたくない」


 ユカと未亜のダブルパンチが決まった。
 左右から同時に衝撃を叩き込まれ、衝撃を逃す事が出来ずに悶絶する。


「あの、妙に笑いまくってた半裸の奴の事?」

「そうでござる。
 あれなるは八逆無道。
 先の遠征で、確かに脳天を貫いたのでござるが…」


 未亜はその名前にひっかかりを覚えた。
 随分前に一度だけ名前を聞いた覚えがある。
 確か…。


「…カエデさんが探してた、仇…?」


「そうでござる。
 遠征先のゼロの遺跡で、ベリオ殿とブラックパピヨン殿と共に戦い、廃墟を一つ丸ごと吹っ飛ばした挙句、その脳にクナイを10センチ以上減り込ませたのでござる」


「へぇ…。
 とにかく仇は討てたか…」


「はい。
 これも、師匠と、ベリオ殿と、この世界に連れてきてくれたリコ殿と、拙者を鍛えてくれた皆のお陰…。
 感謝に尽きぬでござるよ」


 感極まって、涙を拭うカエデ。
 その隣では、リリィが「廃墟を一つ吹っ飛ばすって、何をやったのよ…」と呟いているが、そこはスルーで。

 ベリオが首を傾げる。
 いつの間に目を覚ましたのだ?


「ですが、生きてましたよねぇ…?
 ちゃんと死亡確認もしたのですが」

「王大人も呼んだのか」

「呼ぶも何も、私しっかりトドメを刺してきましたよ?
 妙な術で蘇ってもらっても困りますから、その辺に転がっていた鋭い石で、こう、喉元をズバッと。
 更に念のため、心臓にもザックリ…」


「ベリオさん、それ死体棄損…て言うか、仮にも僧侶が…」


「ユカ、ベリオちゃんは僧侶だけど『仮』なのよ」


 だからって無駄に死体を傷つけていいというのでもないのだが。
 ユカが常識とか道徳に疑いを持ち出しているのを放置して、カエデは話を進める。


「火種が無かったので燃やす事も出来ず、仕方ないので放置してきたでござるよ。
 本来なら死体の首を切り取って墓前に添えるのでござるが、そもそもこんなご時世に元の世界に帰る訳にもいかぬし、帰れぬ。
 恐らく、その放置された死体を回収し、何らかの手段で蘇らせたのでござる」


「あー、それロベリアのネクロマンシーでしょ。
 映像を見る限り、なんかロベリアの言う事に逆らえなかった節があるし。
 確かそういう術があったわ…あんな風に生きてるように体を動かすには事前準備が必要だったっけ」


「事前準備ねぇ…。
 あのデカブツに術の事前準備が施されてあったという事は、他の連中にも同じ処理がしてあると考えた方がよさそうだな」


「死体は確実に燃やせ、って事か…」


 寝転んだまま、透が呟く。
 透のシュミクラムの火力なら、体を丸ごと灰に変えるのも難しくないだろう。
 炎の魔法を使えるリリィにも同じ事が言える。


「でも…それはそれで、ちょっと気になる事があるのよ。
 ネクロマンシーで蘇った体でも、生前の傷が消える訳じゃないわ。
 実際は死体が動いているのと大差ないもの。
 生命活動を停止した以上、細胞が生まれ変わって治癒するのでもない。
 カエデちゃん、ベリオちゃん、あの男にはどれくらい傷をつけたの?」


「どれくらい…って」


 二人は顔を見合わせる。
 無道との戦闘を最初から思い出し、無道に言ったつまらないギャグを思い出してちょっと自己嫌悪を感じ、一つ一つ数え上げる。


「小さな傷は無数に負わせたでござるな。
 拙者のクナイによる傷、地面に叩きつけた際の擦過傷…」


「大きな傷は…カエデさんがトドメに放った、転速閃…でしたっけ?
 あれによる額の傷、私の使った魔法による火傷など…。
 まぁ、そうそう隠せるような傷ではありませんよ。
 更にダメ押しに喉と心臓に。
 特にあの男は半裸ですし」


「…それにしちゃ、体に傷が全く無かった。
 ……ロベリアのヤツ、何かやったのかもしれないわね…」


 呻くルビナス。
 ロベリアは昔からシビアな価値観を持っていたし、必要とあらば何でもやる怖さを持っている。
 追い詰められたからと言って自棄を起こして思考を放棄するような人間ではないが、その分道徳等の観念にも縛られない。
 ただ目的を達成する為、生き抜く為にあらゆるモノを切り捨てる事が出来る…決して好んでではないが。


「………」

「? ベリオちゃん、どうしたですの?」

「え?」


 微妙に不安げな表情を見せる救世主チームの中で、一人だけ呆けていたベリオ。
 ナナシに声をかけられ、ふと我に返った。


「何か不安でもあるですの?」


「あ、いえそういう訳ではありませんけど…。
 私じゃなくて、ブラックパピヨンの方が何か考え込んでるみたいで…」


「…ブラックパピヨンさんが?
 自分で抱え込むなんて、珍しいね」


 珍しいと言えなくも無いが、それ以前にブラックパピヨンは基本的に悩まない。
 元々産まれてきた理由からして、自分の欲求を噛み殺すようには出来てないので、悩む暇があったらさっさと行動に移す。
 また、他人を巻き込む事にも躊躇がない。


「何かあったのか?」


「……それが、話しかけてもサッパリ…。

 …まぁ、アタシにも色々あるのさ。
 あんまり話したい事じゃないんで、勘弁しておくれ」


 諸手を上げて、降参と言わんばかりのブラックパピヨン。
 疑念の目は向けられていたが、あまり踏み込むのも気が引ける。
 とは言え…。


「…戦況に関わるような事なの?」

「…微妙だね。
 どちらかと言うと、話す事のデメリットが大きい。
 まぁ、念の為に言っておくけど…」


 ブラックパピヨンは、暫し葛藤するが、それを表に出そうとはしなかった。 
 そして告げる。


「容赦するな。
 それだけさ」


「…?
 とても気になる言い方なのですが」


 リコが首を傾げるも、ブラックパピヨンはさっさと引っ込んでしまった。
 自閉モードに入ったのか、ベリオが話しかけても全く反応しない。

 未亜はブラックパピヨンの言葉の意味を考える。


「…容赦するな…か。
 誰を相手にかな?」


「さて…こういう場合、パターン的には…ブラックパピヨンさんが敵に回るとか、そういう展開だけど」


「ちと考えにくいでござるな。
 こう見えて、ブラックパピヨン殿は狡猾でござる。
 敵に回るとすれば予兆など見せず、何か事情があるとすれば、それとなく手掛かりを伝える筈。
 それらしき挙動は全くないでござる。
 ベリオ殿、それらしき事情に心当たりは?」


「…前から何か考え込んでいたようですが…」


「でも、ベリオさんとブラックパピヨンさんて、いつも一緒に行動してるんだよね?
 お互いの行動は筒抜けじゃないの?」


 ユカの疑問に、ルビナスの目がピキーンと光る。
 あ、これはヤバイ、と思った瞬間、いきなりナナシが割り込んだ。


「それがそうでもないですの。
 ちょっと前から、ブラックパピヨンちゃんは専属ボディが付きましたの。
 昨日のお風呂でも使ってたですのよ。
 だから、ベリオちゃんとブラックパピヨンちゃんは別行動できるですの…ほへ?
 ルビナスちゃん、その握ったコブシはなんですの?
 なんでナナシの米神をコブシで挟むですの?
 しかも何でコブシを効かせて演歌を歌うですのいたたたたた!」


 発明品自慢の機会を横から掻っ攫われて、ナナシにウメボシを食らわせているルビナスはさておいて、大河はフン、と鼻息を荒くした。


「どっちにしろ、ブラックパピヨンが敵に回るって線は無しだ。
 昔ならそんな可能性もあっただろうけど、今はもう無い。
 そのくらい俺に惚れてるからな!」


「…大河、お前自分でよく言えるなぁ…」


「でも事実だしな」


 照れもせずに言い切る大河。
 第三者から見れば自意識過剰に自惚れもいい所だろうが、この場合は大河の認識が正しい。
 その位に情が移った挙句成長している事は確かだし、何より大河は自分のカラダやら巻き起こす騒動やらに、ブラックパピヨンが夢中になっているのを知っていた。

 当のブラックパピヨンは、どうやら照れているらしい。
 ベリオに少しだけ感情が伝わってきた。


「…ねぇ、大河…みんなもだけど…」


「ん? どうした?」


「…エレカの事、見た人は居ない?」


 途端に静まり返る。
 透だけは事情を知らないので首を傾げていたが、空気を読んで口を挟まなかった。

 大河達はそれぞれ顔を見合わせるが、誰も心当たりを持っている人は居ない。


「…透、お前は…エレカ・セイヴンって知らないか?
 えーと、確かアルディアちゃんとソックリな顔つきだったから…」


「童顔で背はあんまり高くないわ。
 これと言って目に付く特徴は無い…。
 まぁ、一般人としか言い様が無いわ。
 髪の色は…薄い茶色で、服装…はアテにならないわね」


「…流石にそれだけじゃ…。
 まぁ、エレカ何某の名前は聞いた事は…無いな。
 盗賊時代からV・S・Sでクソッタレな状況になっていた時まで、全く心当たりは…」


「そう…」


 リリィは沈み込んでしまった。
 今までは極力気に留めないようにしていたし、そんな暇も無かったが…思い出してしまったらしい。
 本当に彼女は自分達を騙していたのか?
 それがどんな結論であれ、リリィは真実を知りたかった。
 信じられるかどうかのギリギリの線が、リリィにとっては一番しんどい。


 車内に気まずい雰囲気が漂う。
 考えてみれば、エレカのみならずアルディアの行方も掴めていない。
 クレアも色々と手を尽くしているようだが、今は“破滅”との戦いの真っ最中だ。
 どうにも手が足り無すぎる。


「………セルさん…」


 ポツン、とリコが呟きを漏らす。
 恐らく、エレカからアルディア、アルディアから仲のよかったセルを連想してしまったのだろう。

 故人の事を思い出し、一層暗い空気が漂う。
 最後に会ったのは、まだ学園に居る時だった。
 戦時における時間は、平時の何倍もに感じるというが、体感時間で言えば、セルを最後に見たのは随分と昔だったような気がする。


「…死んじゃったんですね…」


「…死体がないと、ゾンビにもなれないですの…」


 微妙に的外れな意見が出ているが、ナナシは本当に悲しんでいた。
 モチベーションが下がる。
 セルの事を知らない透も、この空気に取り込まれかけている。

 そんな中、大河とユカは気まずい思いでアイコンタクトを取っていた。
 セル生存の可能性を知っているのは、ユカ、大河、ドムにタイラー、そしてさっき蹴り出されてから姿が見えないイムニティのみ。
 ドム達には口止めされているが…。


(…言っちゃった方がいいと思うんだけど…)


(よし、言おう)


(え、葛藤とか全く無し!?)


 正直、このまま黙っているのは色々と負い目が出来る。
 未亜達に対する負い目、そして自分に対する負い目。
 ユカの戦闘力は感情に大きく左右される一面があるため、腹に何かを沈めた状態でいるのはあまり好ましくない。
 何より気分が悪い。
 だから大河を説き伏せ、何とか打ち明けようと思っていたのだが…。


(…ボクから言い出しておいてなんだけど、いいの?
 口止めされてるのに…。
 ぬか喜びさせるかもしれないんだよ?)


(そんな事まで知るかっての。
 あのセルがそう簡単にくたばるもんか。
 希望があるなら、偽りでも教えておいた方がいいだろ)


(そ、そりゃそっちの方が頑張れるだろうけどさ)


(それにな、人間ってのは舞い上がってる所を突き崩されたら弱いものなんだよ)


(…その心は?)


(セルが生きてた、嬉しい。
 でもセルはどう言う訳か、“破滅”側に回っている。
 そしてセルはこっちを攻撃してくる。
 こっちはいきなりのショッキングな展開に大慌て、捕らえる策も練れない。
 だったら今のうちに教えておいて、もし敵に回っていた場合の方策を練っておくのがいいだろ。
 それに、ドム将軍は現場の判断を認めているぞ)


(むうぅ…確かに…)


 ユカと大河のアイコンタクトに気付く人間は居なかった。
 その代わり、バッとルビナスが顔を挙げる。


「……!
 ロベリアが…」


「!? 敵襲!?」


 ロベリア…“破滅”の将の一人の名に反応し、咄嗟に臨戦態勢…約一名遊ぶ準備…を取る。
 しかし、ルビナスは慌てて手を横に振った。


「ち、違うわよ、来てるんじゃないの。
 …ねぇ、セル君は魔物達に連れて行かれたのよね?」


「え? あ、うん…そう言ってた…」


「でも、何の為にかは解らないって…」


「……もしかして…死体を利用するために…?」


「? !
 ネクロマンシー!
 まさかセルビウムの死体を操って、私達を襲わせるとか!?」


 強烈な戦慄と怒りを覚える救世主クラス。
 可能性は充分にある。
 何だかんだ言ってもこちらの切っ先は鈍るだろうし、もっと最悪なのは、生きているように見せかけて、実はネクロマンシーで操られているというパターンだ。
 もしも油断した所に、後ろからブスリとやられたら…。

 この可能性は、大河もユカも否定できない。


「…仮にネクロマンシーで操られていた場合…それを察知する方法は?」


「…一応、聖水でもぶっかければ多少の効果は得られると思うけど…」


「そんじょそこらの聖水じゃ無理ね。
 相手はロベリアよ。
 召還器による加護が無くなったとは言え…確か忍び込んで来た時に、そんな事を言ってたわ…彼女のネクロマンシーは、そんじょそこらの術とは一味違うわよ。
 操ってこちらに潜り込ませようと言うなら、その辺の対策もしてある筈…」


「それじゃ、ベリオさんの幽霊センサーは?」


「……私の肌が粟立てば、ですか?
 そんなのアテになりませんよ…」


 ベリオのセンサーは確かに敏感だが、それでもベリオの主観に左右される。
 例えば初めてナナシと会った時、ベリオは彼女を死霊の類だと思い込んで鳥肌を立てた。
 実際はホムンクルスであり、幽霊ではないにも拘らず。
 セルが生きていると思い込めば、それだけでベリオのセンサーが無効になってしまうかもしれない。


「ボクが気を探るっていうのは?
 ゾンビなんだったら、生前とは気の通り道が違う…と言うか、気が流れてないと思うんだけど」


「あ、それは有効かもしれないわね。
 何だかんだ言っても、ネクロマンシーは死体しか操れない…あ、ダメだわ。
 確か生身の人間に暗示をかけるような術もあったわね。
 どうやるんだっけ…確か…何人か人を用意して、それらに纏めて暗示のタネを埋め込む。
 そして死の予告をして、一人目、二人目とその通りに死んでいく。
 最後の一人が、自分は死ぬという恐怖に狂い、そこに『言う通りにしたら助けてやる』って吹き込むの。
 文字通り死に物狂いで行動するし、実際体に細工もして痛みを消したりしてるから、とんでもない狂戦士が出来上がるわよ」


「それって、確かマブイオトシ…」


「それなら痛みを思い出させてやればいいんだよな」


「…まぁ、ロベリアは多分そっち方面は使えません。
 体術は左程ではなかったですから」


 リコは千年前の、ルビナスとロベリアの戦いを思い出す。
 確かにロベリアは強かったが、主な武器は召還器と、召還器による強力な魔力によるネクロマンシーの秘術。
 殴る蹴るは攻撃のサポート程度にしか使ってなかった。
 奥の手に何か持っているかもしれないが、あの一戦はロベリアは一切手加減の必要なんぞ無かった筈。
 例えルビナスの肉体を傷つけても、それを再生できる技術も持っているのだから。


「それじゃ、どうやって…」


「むぅ…ロベリアをこっち側に引き込めなければ…。
 ………そうだ、マナを全部吸い取ればいいんだわ。
 ネクロマンシーも、マナを使った技術だもの。
 セルビウム君を魔方陣の中に入れて、徹底的にマナを吸い出す。
 これで術は解ける筈よ」


「なるほど、術の根源を断つのですか。
 …しかし、そうなるとセルビウムさんにも負担がかかりますね」


「それくらいは我慢させるしか無いだろう。
 敵に通じてないって証拠になるんだったら、その位は甘んじてうけないとな…」


 マナは世界を構成する力の一つ。
 それが全て吸い出されてしまえば、何かしら体調に悪影響が出る。
 しかしそのくらいはやむを得まい。
 どうせ死なないし。


「…取りあえず、セルの事はこれくらいでいいか?
 取りあえず生きてるけど、敵として出てくるのが前提って事で」


「いくら召還器持ちでも油断しちゃダメだよ。
 どんなに強い力を持ってたって、不意打ちされたらそれまでなんだからね」


 真剣な顔のユカの忠告に、真顔で頷く。
 真正面から戦えば、召還器持ちが一介の傭兵に負ける可能性は低い。
 相手が知人だという事で多少切っ先が鈍っても、最初から『セルを攻撃したくない』ではなく、『致命傷にならない程度ならオッケー』と割り切っていれば、それなりに戦いようもある。
 …肉片一欠片でも残っていれば再生してきそうだから、いざとなったらフルパワーで攻撃しても大丈夫な気がする。

 まぁ、そう簡単に話が運ぶとも思えないのも事実。
 セルを重要な駒として扱うにせよ捨て駒にするにせよ、大河達の前に出すからには何かしらの策を仕掛けている事だろう。
 それを見切れるかどうかが、勝負の分かれ目だ。


「それじゃあ、次はロベリアちゃんの事ですの!」

「ロベリアの事…と言われてもねぇ」


 未亜は腕を組んで唸る。
 ナナシが中庭で遭遇し、そしてルビナスとミュリエルのかつての仲間であった事は聞いているが…。
 正直、未亜には彼女に対する思い入れは特に無い。
 まぁ、ナナシが仲良くしたいと主張するなら、話せる場を探すくらいの尽力くらいはしてやってもいいのだが。

 黙っていたリリィが口を開いた。


「あのさ、前から疑問だったんだけど…どうしてロベリアは“破滅”の側に回ってるの?
 ほら、救世主の役割は…この世界を滅ぼすっていうのはともかくとして、新しい世界を創る事なんでしょ?
 かつては寸前で阻止されたとは言え救世主になったんだから、態々“破滅”に寝返る必要なんてないじゃない。
 例えば封印されていたイムニティの所にコッソリ忍び込んで、もう一度契約を…とか」


「…それもそうでござるな…?」


 赤白の主以外の人間が主を殺しても、救世主になれる訳ではない。
 あくまで、主の手でもう一方の主から権利を奪わねばならないのだから。
 正直、“破滅”に回るメリットが無い。

 透は救世主の役割云々に対して首を傾げているが、余計な嘴は挟まない。


「別段、ロベリアさんは世界を滅ぼしたがっているとか、人類全体を憎んでいるとかは…」


「…無いわね。
 新しい世界を作ろうとしているのは、自分の安らげる場所を欲しているという事もあるけど、もっとマシな世界を作ろうとしているからよ。
 人間を憎んでいない訳じゃないけど、無闇やたらと殺すようなマネはしない人だったわ。
 安易な憎悪に心を委ねるのをよしとしない性格だったから…」


 恨みが個人に向かうタイプだしね、と付け加えるルビナス。
 そして苦い顔をした。


「…或いは…私への当てつけかも…ね」


「? どういう事だ?」


 首を傾げる透。
 それに対して、リコは何か思い当たったような顔をした。


「…ルビナス、それは…」


「ロベリアの幼馴染の事かしら」


「イムニティ…」


 唐突にした声に振り返ると、何かちょっとボロボロになったイムニティが座っていた。
 くるりと方向を変えると、大河に向かって手を突き出す。


「お土産。
 さっき蹴り落とされた先で、野苺が実ってたから取ってきたわ」


「…そりゃありがとう。
 で、ロベリアの幼馴染ってのは…?」


「それは…」


 口を開こうとするイムニティを、ルビナスが背後から抑える。


「私が話すわ。
 イムニティだって、ロベリアからちょっと聞いた程度なんじゃない?」

「む…まぁね」


 ルビナスに対するコメディ風味な愚痴と罵詈雑言の中にあった、数少ないシリアス方面な憎悪。
 それが印象深くて、イムニティはその話を覚えていた。
 細部までは覚えてないが、イムニティはロベリアが憎悪に身を焦がすのを不快がった記憶がある。
 それは『人を憎むのはよくない』とかそういう理由ではなく、単に論理と秩序、理性の力の主であるロベリアが、感情に身を任せる事が不快だっただけだ。
 ただ、割とよくある話だった。
 何処にでもある悲劇、あちこちにあるすれ違い、傲慢とエゴのぶつかり合い。


 イムニティが黙ったのを確認して、ルビナスは話し始めた。


「そう…あれは旅の中盤頃だったかしら。
 とある街に立ち寄って路銀を稼いでいたある日の事。
 私は当時重宝されていた医薬品…タイ○ーバームからバイ○グラに妊娠検査薬、果てはプル○○ウムその他を売り、アルストロメリアはあちこちの大食い大会を荒らしまくり、ミュリエルは地味にバイトして、ロベリアはイタコの真似事をしていたの…」


「…イタコ?」


「あら、相馬さんは知らないの?
 色んなタイプがいるけど、まぁ一言で言うなら、死者の霊を呼び寄せて体に憑依させたり、管狐とか使って色々やる術者の事よ。
 ロベリアは口寄せの術が結構得意でね、死んで数ヶ月以内の人間なら…まぁ状況によるけど、自分に取り付かせて話をさせるくらい朝飯前だったわ」


「あ、ネクロマンサーだっけ…」


「そういう事。
 で、一日の終わりにその日に稼いだ路銀を合計してその後の方針を決めるのが定例だったんだけど…。
 その日、珍しくロベリアは帰ってこなかったわ。
 アルストロメリアが『ロベリアがオトナになった! 赤飯を炊こう!』とか言い出して、ミュリエルが本当に作って、そしてアルストロメリアが全部平らげちゃった。
 まぁ、その辺はいいんだけど…ロベリアは朝帰りしてきたわ。
 しかも、男と一緒に」


『『『『『
  おおおおおおおお!?
            』』』』』


 歓声を上げるもの数名。
 何やら深刻な話のようだが、そういう話題が出るとつい飛びついてしまうようだ。

 ルビナスは苦笑して、何とか皆を落着かせた。


「その男の人は、まぁ格別珍しい訳でもない、普通の人だった。
 別段悪党でもないし正義感が強いのでもない、人並みに罪悪感があって、人並みに臆病で、人並みに根性がある…。
 聞いた話じゃロベリアの幼馴染で、随分前…ロベリアがネクロマンシーを学ぶようになる直前辺りに引っ越して、それっきりだったとか。
 まぁ、私はその人とはあんまり関わらなかったんだけどね。

 珍しいロベリアの希望もあって、その街にちょっと長居する事になったワケ。
 ロベリアはその人に付きっ切りだったわ。
 もう新婚さんも真っ青なくらいに。
 …ぶっちゃけ、三日目辺りに蟹股になってたわね?
 いやいや、あのロベリアがまさか…。
 ミュリエルなんか卒倒してたわよ」


 苦笑するルビナス。
 しかし、その苦笑はすぐに後悔に彩られた。


「でも…その男と再会したのは、偶然じゃなかった。
 仕組まれたのよ…。
 “破滅”の軍に、ね」


「…!?
 ロベリアちゃんが、騙されてたですの!?」


「…その男の人は、家族を人質に取られてたらしいわ。
 生かして返してほしければ、ロベリアに取り入ってその行動や性格を報告しろ…って。
 あの頃は、まだ“破滅”の軍は表に出てきてなかったし、私達もまさか敵側のスパイだなんて思ってなかった。

 彼の方も、ロベリアを騙す事に強い罪悪感を持ってたみたい。
 でも、結局の所幼馴染って言っても、幼少の頃に暫く一緒に居ただけで、お互い格別好き合ってたのでもなかったから、天秤にかければ家族を選ぶのは左程不思議じゃないでしょう。
 …だからって、許せるような事かは別にしてね…。

 その街を去った後も、何やかやとあっちこっちで顔を合わせたわ。
 そしてその度に、まるで情報が漏れているかのように襲ってくる罠と策謀…。
 いくらなんでも、これはおかしいと思うわよ。
 ロベリアが、自分が騙されている事に気付く頃には、その男の人は本気でロベリアに惚れかけてたみたい。
 …でも、それがいけなかったのかもしれない。
 ロベリアと家族との間で揺れ動き、中途半端な動きしか取れなくなった。
 そうこうしている間に…いえ、多分そのずっと前に、その人の家族は殺されていた。
 …最終的には、その男の人自身が“破滅”の軍に操られて私達に刃を向けてきたわ」


「…あの女の人にそんな事が…。
 でも、それなら益々もって“破滅”の軍に付く理由が…」


「そうね。
 でも、さっきも言ったけど、ロベリアは恨みを個人に向けるタイプだから…。
 前々からソリが合わない部分もあったから、そっちに目が向いたんじゃいないかしら。
 …何より…止めるロベリアを振り切って、その男の人の息の根を止めたのは…私だもの」


 沈黙が降りる。
 聞き間違い、いい間違いかと思った。
 ルビナスが人を殺す?
 何の冗談だろう。
 彼女は実験やら改造やらで、よく人を死にそうな目に合わせてはくれるが、人を殺すようなマネはしない。
 必要とあれば戦いという選択も選ぶが…。


「その男の人は、精神じゃなくて肉体を操られていた。
 しかもクソッタレな事に、自由に動けないだけで痛覚も意識もしっかりしてたわ。
 更に、ああいう操り方は、術者が死んでも、肉体が死んでも関係ない。
 外部からの力で、操り人形みたいに襲ってくるのよ。

 …助けてくれって泣きながら、痛いって喚きながら、救世主候補の幼馴染なんかだったからって後悔しながら、ロベリアに騙していてすまないって懺悔しながら、私達に斬りかかって来た。
 …ロベリアは戦えなかったわ。
 でも、戦わないと私達が確実に死んでいた。
 だから私がやったの。
 止めてくれって泣き叫ぶロベリアを押し退けて、ね…」


 その時の事を思い出しているのか、ルビナスは掌を見つめて苦い顔をしている。
 人を殺したのは、初めてではなかった。
 旅の途中に何度か山賊に襲われた事もあるし、魔物達の中には元人間の魔法使いや忍者モドキも存在する。
 そう言った連中を斬っても、罪悪感を抱きはするものの後悔はしなかった。
 どんな理由があれ、襲ってくるのはあちらの方だ。
 最初はルビナス達も、手を汚す事を躊躇っていた。
 そのスキを突かれ、最悪の展開になりかけた事も何度もあった。
 だが、その時は常にロベリアがフォローに回ってくれていたのだ。
 彼女は敵に対して死を与える事に躊躇わない。
 決して好んで殺すのではないが、奇麗事だけでは渡っていけない事を、誰よりも身に染みて知っていたのだ。

 だから、ルビナスが幼馴染を手にかけた時も、泣き叫び、八つ当たりはしても、それ以上の感情は持たなかった。
 何故なら、ルビナスと同じ事を、常に自分がやっていたからだ。
 敵対してきた魔物や山賊達にも、どんな形であれ生活があった、家族があった、未来があった。
 それを断っていたのは自分達。
 ルビナス達が躊躇していても、自分だけは冷酷に徹してあらゆる障害を徹底して排除した。
 例えそれが幼馴染であったとしても、恋人であったとしても、その手を休める理由には出来ない。

 ロベリアは泣くだけ泣いて、表面上は普段のロベリアに戻った。
 泣いている暇があったら、少しでも早く救世主にならなければならない、と言い切って。
 それが強がりだという事くらい見なくても分かるが、ロベリアはそういう女性だ。
 嘆く暇があったら、目的を達成する為に少しでも行動しようとする。
 それをよく知っていたから、ルビナス達は敢えて何も言わずに旅を続ける。

 ロベリアは、ルビナスを憎んでいる様子は見せなかった。
 しかし、やはりぎこちなくなるのは否めない。
 そのぎこちなさは徐々に大きくなり、ロベリアとルビナスが赤白の主に選ばれた瞬間、遂に決定的な亀裂となってしまった。


「ロベリアは、何か一つでも自分の目的がある限り、それを脇に退けて感情のままに走るようなマネはしないわ。
 恐らく、“破滅”につく事で何かしらのメリットを得る…そう考えた方が自然よ」


「メリットって…そんなものの為に“破滅”に手を貸してどうするのよ!?
 放っておいたら世界が本気で滅ぶじゃない、救世主なんか居なくても!」


「…それでも成したい事、成さねばならいない事がある…。
 或いは、単に目標を全て失って自棄になっているだけなのか…」


 激昂するリリィと、冷静なリコ。
 リコは千年前の戦いを思い出す。
 憎悪を剥き出しにしてルビナスに斬りかかる白の主。
 正直、リコは好きになれないタイプだと思った。
 …当時は単なる邪魔者くらいにしか思ってなかったが。


 大河は舌打ちする。


「ただ一つの目的の為に、他の全てを犠牲にする事を厭わない…。
 自分の目的ややるべき事の優先順位を不必要なまでにランク付けしているタイプだな。
 こういうヤツは厄介なんだよな…。
 いくら苦痛を与えても障害を作り出しても、どれだけ時間がかかっても、ありとあらゆる方法で目的を達成しようとするからな…」


「そうね…。
 彼女はやると決めたら、何が何でも実行するタイプだったわ。
 それが何を犠牲にするのであっても、ね…。
 現に、彼女の体に残った傷跡は、そうやってついた傷ばかりよ。
 どうにもならないくらいに追い込まれた時、敵の牙に態と自分の腕を叩き込んで動きを止めて、その間に首を落とす、とか…。
 時間が無いからって、魔物の攻撃を致命傷だけ避けて、一切防御を考えずに一直線に切り込んで喉元を切り裂くとか…。

 …ロベリアにとっては、体に残った傷はコンプレックスだったかもしれないけど、それ以上に誇りでもあった筈。
 実際、旅をしている途中に、体に残っている傷の幾つかについて誇らしげに語っていたもの」


「傷跡を…誇る?」


「例えば誰かを庇って受けた傷とかね。
 自分の命や苦痛よりも、大事な何かを優先した為にできた傷。
 …その傷について話す時の顔を見て、私は彼女を一編に好きになったっけ…」


 それがどうして、と心中で呟く。
 透が腕を組んで唸った。


「本当に厄介なタイプだな…。
 確実に最終目的を果たせると踏んだら、自分の保身なんか考えずに一直線に踏み込むタイプだ。
 ヘタに追い詰めたら、命と引き換えに喉元を食いちぎられるかも…」


「大丈夫ですの!
 ロベリアちゃんは、ナナシと一緒に遊んでもらうですのよ。
 それに、ダーリンに貰った秘密兵器もありますの」


「秘密兵器?」


 大河に視線が集中する。
 苦い顔の大河。


「あんまり期待できるもんじゃない。
 知人に頼んで取り寄せてもらったんだが…正直、使用条件がな…」


「一体何を…って言うか、アンタどんな人脈持ってるのよ?
 アヴァターに来てから遠征に出るまで、王都と学園の間しか往復してなかったでしょうに…」


 呆れるリリィ。

 未亜は何となく、知人の名前の見当がついた。
 ポスティーノだ。
 一度しか会ってないが、そのインパクトは強烈だった。
 よく知らないが郵便屋と言っていたし、通販くらいはするだろう、多分。
 それにネットワークに所属しているようだから、異世界からどんな代物を持ってきても不思議じゃない。


「…一応聞いておくけど、使ったら魔神が出てくるよーな代物じゃないよね?」


「心配するな、殺傷能力は限りなくゼロに低い。
 ついでに言うと戦闘用でもない。
 単にナナシの希望に沿ったアイテムだったから頼んだだけだ」


「…何時頼んだでござる?」


「いや、王宮に帰ってロベリアとナナシの事を聞いてな。
 ナナシの事だからオトモダチを傷つけるような真似は嫌がるだろうと思って、まぁ保険にな。
 正直言って、使えるかどうかは別物だけど…」


 ナナシはそれを聞いて、目をウルウルさせて手を組んだ。


「流石はナナシのダーリンですの!
 ナナシとロベリアちゃんの為に、苦労してダンジョンを攻略、ドラゴンまで倒してついでに囚われの姫を救い出し、でもって『俺にはナナシが居るから』って男らしく断りを入れて伝説のアイテムを入手してくれるなんて!」


「…相馬さん、アヴァターにダンジョンなんてある?」


「精々遺跡くらいしかない。
 RPGじゃあるまいし。
 …まぁ、大河ならドラゴンくらいは倒せそうだが」


「そもそもマスターが女の子に迫られて拒むって事が無いでしょ」


「…アヴァターのお姫様って、クレシーダ様しか居ないんじゃ…。
 アザリンみたいな領主は居ても…」


「伝説のアイテムって、通販で手に入るんだ…」


 なんか脇でゴチャゴチャ言っているが、感激しているナナシには通じない。
 ナナシは大河に飛びついて、ゴロゴロスリスリし始めた。

 取りあえず対抗して、大河に飛びつくカエデ。
 そしてそっぽを向きながらも、無言で撫でるのに丁度いい位置に移動するイムニティ。

 なんやかやと騒がしいが…戦場到着まで、あと14分。
 到着して、既に魔物が来ていればそのまま戦闘、来てなければ配置別に分けられてそれぞれ待機。
 最後の平和な時間だった。


某所

 特別豪華と言うわけでもないが、それなりに高級品が揃った部屋。


「ヘクチッ!」


「どした?
 鼻毛でも伸びたか?」


「ちゃんと処理しとるわい!」


 ロベリアは薄暗い密室の中で、鼻の下を擦りながら毒づいた。
 ティッシュで鼻をかんだでゴミ箱に放り、それが上手く入ったのを確認してから体を横たえる。
 ロベリアの頭の下にあるのは、ベッドでも床でも枕でもない。
 膝だ。
 しかも妙齢の女性の。


「…疲れたのか?」


「…お前は喋るな。
 疲れてるのが、益々疲れてくる」


「だったら私に甘えてないで、外で散歩でもしてくればいいだろうに」


「…うるさい。
 私は疲れてるんだ。
 外なんか歩いてる暇があったら、こうして寝転んでる方がいい」


「フッ、ツンデレめ」


 無言で拳を飛ばすロベリア。

 ロベリアを膝枕している人影は苦笑した。
 ロベリアが疲れているなんていうのはウソだ。
 単純に体力的な事を言うなら、むしろ彼女は体力を持て余している。
 最前線には出ずに、主幹の変わりに部下達に指示を送り続ける。
 当の主幹は最近方針を転換し、それを達成する為に色々と研究を続けている。
 それはロベリアとしても必要な事だと理解しているので、主幹の代わりをするのは吝かではないのだが…何せ部下が変態揃いである。
 無道は笑い上戸だし、シェザルはナルシストに加えて高所恐怖症。
 他にはマゾヒスティックな魔物達にお子様、その付き人の不気味な爺さんにやたら頑丈な男。
 更にロベリアを膝枕している女性は、とにかく強引グ我が道を何も考えずに走れと来た。
 物凄ーく心労が溜まる。
 どれくらいかってーと、もしミュリエルやクレア、アザリンが見たら、思わず共感を覚えて栄養ドリンクとか差し入れた挙句、そのまま友情を育んでしまいそうな程に。
 その様は、きっと部下の暴走と上司の戯言に付き合わされる定年間近サラリーマンなぞ問題にならないくらいに同情を誘う。

 しかし、ロベリアは彼女から離れたがらない。
 独特のペースはともかくとして、今のロベリアにとって心が安らぐ場所は、ここにしか無いのだから。
 疲れても呆れても、ロベリアは常にここに帰る。
 それが、結局の所、単なる人形遊びなのだと知っていても、尚。


「…ロベリア、もう今日は眠れ。
 お前は私と違ってロクに飯を食べないんだから、せめてその分眠って休め」

「うるさい…。
 お前の胃袋を…基準…に…」


 最後まで言い終える前に、ロベリアは眠りの園に落ちていく。
 女性はロベリアの髪を撫でた。

 この感触だけは、ずっと前から変わってない。
 ルビナスの使っていた体に変わっても、この寝顔だけは、ずっと変わらない。
 彼女はロベリアの寝顔が好きだった。
 普段は冷徹に徹し、ただ機械であれと己に命じているかのように己が道を行く彼女が、本当に安らぐ数少ない時間。
 それが自分の手元にあるという事実が嬉しくもあり、悲しくもある。


「…ロベリア…」


 女性はゆっくりとロベリアの頬を撫でながら、手元にあったお握りをパクついた。
 梅。
 口が*になった。


一日目 戦場


 熱気。
 狂気。
 殺気。
 死。
 生への渇望。
 絶望。

 それらが見えないエネルギーとなって、戦場全体を渦巻いている。
 魔物と人間の死体があちこちに放置され、今尚増え続ける。
 この空気には、何時までたっても慣れない。
 人並み以上には戦場を経験している大河だが、この空気を『日常』として感じる日が来るのか、疑問に思う。
 幼い頃から戦場に身を置けばこうなるのか、或いは単に素質の問題なのか。
 ともあれ、大河はトレイターを普通の剣状態に変え、魔物達を駆逐していた。

 ホワイトカーパスでの戦いのように同期連携を使ったり大剣にしないのは、乱戦状態だからである。
 前線に押し寄せる魔物達の数と勢いは、それこそホワイトカーパス撤退戦を遥かに凌ぐ。
 それを受け止めるのは、リヴァイアサンを浄化するのに魔法力を使い切った人類軍には少々荷が勝ちすぎる。
 魔法力を必要としない戦士系だけでは、その力を充分に発揮できないのだ。

 地の利を活かして辛うじて均衡を保っているが、このままではジリ貧。
 救世主クラス+αはそれぞれの持ち場に向かい、各方面から戦線を支えている。
 戦力を分散するのは上策とは言えないのだが、こうでもしないと戦線を維持できないのだ。
 何せ数が違いすぎる。
 未亜は狙撃班として、ベリオは回復要員として、カエデとイムニティは諜報員として、リコは手が足りない場所に行って召還術で味方を増やし、ナナシとルビナスは火力を全開してフルファイア、リリィは数が少なくなった魔法要員として引っ張りだこ。
 透は単機で、ユカは汁婆と組んで遊撃部隊だ。
 そして大河は、防衛の要となる橋の護り。
 大きな河を跨ぐこの橋を通らねば、王都へ迫る事はできない。
 前線は、主にこの橋の周囲で展開されていた。

 大河達が到着した時には、既に戦況は乱戦の様子を示していた。
 タイラーやドムのやり方ではないから、恐らく“破滅”軍の方から仕掛けられたのを、裁ききれなかったのだろう。
 大河の周囲から味方が消えれば同期連携を全開にして大暴れできるのだが、この状況で大河のみが残っても仕方ない。
 いかに強力な攻撃でも、リーチというものがある。


 遠くから強い力の爆裂が感じられる。
 多分、これも召還器による力なのだろう。
 或いはナナシ・ルビナスの内蔵火気かもしれないが。

 それはともかく、救世主クラスの周囲は士気が高い。
 特に大河の周辺は。
 ホワイトカーパスから撤退する際に大暴れを散々見せ付けた為か、大河の戦闘力は半ば伝説と化している。
 今も同期連携こそ使えないものの、魔物を2,3度の攻撃で丸ごと吹き飛ばすというデモンストレーションを何度もやっている。
 それは士気だって上がろうというものだ。

 この状態が何時まで続くか?
 もし敵のペースがこのままなら、勝率は比較的高くなる。
 前線の兵士達の疲れを考えると頭が痛いが、遅くても翌日の夕方には、魔法要員達が戦線に復帰するからだ。
 今のまま、ズルズルと時間をかけて戦っていれば、ある程度は戦力が回復するという寸法だ。

 だが、もし敵がもっと増えるようなら?
 或いは、“破滅”の将が直接出てくるようなら?
 一気に劣勢に押し込まれるだろう。
 “破滅”の将の戦闘力が如何程かは推測しか出来ないが、魔物達を束ねているという時点で、その強さは尋常なものではない。
 一般兵で太刀打ちできるかどうか…。
 だが、こちらから迎撃に出て行く訳にもいかない。
 そもそも何処から来るのか見当も付かないからだ。


(頼むから、みんなの所には行かないように…全部俺の所に来いよ…)


 今更のように思う、みんなを危険に晒したくないと。
 自分以外は信頼してないかのような考え方。
 傲慢とも言える思いだが、単純に効率の問題もある。
 今の大河が全力を出せば、救世主クラスとユカが全力で攻撃してきても互角以上に戦えるだろう。
 同期連携の力を大剣の中に篭めず、外に放射し続ければ、それだけでも結構な攻撃力を見込める。
 うまく使えば、数の差だって埋められる。
 そんな訳で、全員大河の所に迫ってくれるのが、ある意味では最も楽なのである。
 まぁ、他の連中が聞いたら本気で怒るだろうが…。


 遠くから、機械的な音が聞こえてくる。
 目の前に居るガーディアンの音ではない。
 大河はトレイターを極限まで細くして、ガーディアンの中枢部(ルビナスに構造を教わった)に正確に刺突、一撃で行動不能に追いやった。
 すぐにトレイターを剣に戻して、周囲に気を配る。


「大河!」


「透か?」


 機械音は、シュミクラムがローラーで滑ってくる音だった。
 透は滑り込みながら、右腕に装着されたハンドガンを連射する。
 打ち出された弾丸は、正確に魔物達の脳天に吸い込まれた。
 撃ち殺された魔物達の相手をしていた兵士達は、透に向けて手を掲げた後、すぐに別の敵に向かっていく。

 透はハンドガンの熱を冷ましながら、大河の隣に滑り込んだ。


「どうした?」


「ヤバイぞ、敵将が出てきたみたいだ。
 俺は直接見てないが、狙撃班の未亜さんが見たって言ってる。
 “破滅”の将の連中が、魔物を引き連れてこっちに進んでるらしい」


「ちっ、もう来たか…。
 あのまま爆弾でアフロになったまま倒れてりゃいいものを…」


「実際、ちょっと焦げてるらしい。 
 それはともかく、この橋の方には、ロベリアに付き従ってたような小柄な男が来る。
 まぁ、どっかに逸れる可能性も高いが」


「…ああ、ロベリアを宥めてたアイツか。
 どっかで聞いたような声だと思うんだが」


「気をつけろよ。
 俺はこの後、他の救世主クラスにも敵将来襲を伝えなきゃいかんから」


「おう、気をつけてな」


 透に手を振った後、大河はトレイターを爆弾に変えて、敵の密集地帯の中に叩き込んだ。
 …爆弾が、ピンク色でごっつい顔した四肢のあるナマモノになってたような気がするが、敢えて触れまい。


(ヤバイな、これ以上の攻勢をかけられると支えきれない…。
 こっちに来るのは一人、か…。
 何とかなるかな。
 …それに、敵将が出てきたって事は、ソイツを倒せば一応の勝利になるって事だ。
 ただ只管数で押されるよりも、少しは希望も持てるってもんさ)


 そう自分に言い聞かせる大河。
 実際、終わりのない敵襲よりも、強力でも終わりが見える強敵来襲の方が幾らかやりやすい…限度ってものがあるが。

 大河はこの場の魔物達を他の兵士達に任せ、橋の麓に向かった。
 とにかく、ここを通らせてはならない。
 魔物達なら兵士達でも対応できるが、“破滅”の将となると、対抗できるのは救世主クラスのみだろう。


「同期連携も使えないし…。
 こりゃ、久々に正面からの小競り合いになるかな…」


 一方、ベリオ。

 透から敵将来襲を告げられ、ベリオは緊張する自分を抑え込んでいた。
 回復要員として用いられているベリオだが、常に回復のみを担当するのではない。
 いかに僧侶とは言え、攻撃力が無い訳ではないのだ。
 ホーリースプラッシュもシルフィスも、ヘタな魔法使いの攻撃より強力で、範囲も広い。
 専ら兵士達を盾にして攻撃呪文を詠唱、敵を吹き飛ばしたら負傷した兵士の回復、そしてまた攻撃呪文…のパターンを繰り返していた。
 完全に肉壁扱いされている兵士達だが、本来彼らの役割はこういうものだ。
 …いや、盾扱いがではなくて、前衛の役割という事だ。

 それに加えて、透もこの場に留まって戦っている。
 救世主クラス内では比較的攻撃力に欠けるベリオのサポートである。
 他の救世主クラスには既に敵将の事を伝えたし、ただ闇雲に遊撃しても意味が無い。


「…相馬さん、こっちに来る敵将ってどんな相手ですか?」


「…確か、仮面を被ったヤツだ。
 途中で役割転換してなければ、な」


「!」


「? どうした?」


「いえ…」


 一瞬だけ現れた動揺の表情を、透は見逃さなかった。 
 しかし、次の瞬間にはベリオは普段の表情に戻っている。
 取り繕っているのかと思ったが…。


「…ブラックパピヨンか?」


「はい。
 何かいきなり動揺して…。
 仮面の男…ですか…」


 ベリオは暫し思案に沈む。
 仮面と言えば、ベリオにも思い当たる節はある。
 しかし、彼がアヴァターに居る筈がない。
 元居た世界で、官憲に追われて死んだと聞いた。
 かつて兄と慕い、その本性を知り、暮らしていた修道院で罪と知りつつも庇い、抱かれ、そして去った。
 もう過去の事。
 昔のベリオとは違う。
 例え最愛の兄だったとしても、それだけで許す理由にはならない。
 『兄』を慕っていても、『男』を慕っているのではないし、もし『兄』が現れたとしても…。


「…私はここでは止まれません。
 アヴァターのため、救世主クラスの皆の為、そして大河君とのスゥィートな未来の為に…。
 …兄さん、もし貴方がここで立ち塞がるなら…過去との決別、この場できっちりと付けさせてもらいます」


 なんか余計な一言が混じったような気がするが、ベリオは決意を新たにする。
 ユーフォニアを握る手に、力が篭った。


「来るぞ!」


 透の一喝に、ベリオはキッと前を見る。
 ブラックパピヨンも、声は出さなくてもベリオに賛同していた。
 ブラックパピヨンは、ベリオが押し込めた欲求や衝動を全て受け止める存在。
 今の彼女には、『仲のいい兄妹に戻りたい』という願いが渦巻いているだろう。
 だが、ブラックパピヨンはそれを圧してベリオと共に戦う事を決めた。
 既に過去の束縛は無い。


「…兄さん…貴方を…ここで止めます」




時守です。
この辺から、ちょっとグダグダと言うか微妙に場面が飛ぶようになります。
投稿するまでにある程度は修正できると思いますが…正直、自分でも微妙…。

それはそれとして、週2回更新も次で最後となります。
ストックは…あれ、まだ7個くらいある…。
まぁ、非常時の為に取っておくか…。

それではレス返しです!


1.nao様
お久しぶりです!
またレスが貰えて嬉しいです。

南無ー、ですねぇ本当に…。


2&3.くろこげ様
常識人は苦労する、という言葉の体言ですね。
“破滅”を裏切ったら、人類軍は生暖かく迎えてくれるかもしれませんw
…ところで、お迎えの天使はどんな天使ですか?
美女だと嬉しい。


4.皇 翠輝様
お久しぶりです!
まだ読んでくれていたんですね。

ロベリアを哀れと思うなら、涙の一滴でも流してやってくださいw
あのシーン、どうにもぶち壊したくして仕方なかったんですよね。
何を偉ぶって、とか思って。


5.真尋様
ええ、本当に長くなったものです…。
本当はもっと短くなると思ってたんですが…。
何がどうなってこんな大長編に…?

まぁ、ここまで来たら多少ダラダラになっても最後まで続けたいと思います。
3月付近からの一人暮らしが、最大の難関…。

なるほど、そういう違いがあったのですか…。
それなら、個人的には居酒屋の方がいいなぁ…。
まぁ、ミニと胸元に目が吸い寄せられたのは事実ですが。

RとXがその通りなら、ムスコの描写があったから前回はXですか…。
むぅ、そうなるとXのエロを書くよりRのエロを書く方が難しいか…?
オヤマ!菊の助みたいなのがRなんでしょうけど…。


6.竜神帝様
ミックスサーガ、拝見させていただきました!
むぅ、以前にも増してキャラが増えましたね…。
うむ、以前は野郎ばっかりだったし、華が増えて嬉しいですw

ロベリアは…所謂幸せな不幸になるかもしれませんにゃあ…。


7.イシシ様
おお、よく知っておられますね。
古本屋で見てハマって買ったのですが、非常に好きな漫画です。
いいタイミングで使えそうだな、と思ったので書庫の底から引きずり出してきました。


8.アレス=ジェイド=アンバー様
最初が真面目だった分、後から株というか威厳が大暴落しましたねw
ちなみにこの反撃方法、とある漫画のワンシーンから思いつきました。
学校のパソコンに魔王っぽいのが侵入してナニやらベラベラ言ってるのですが、生徒の一人がそれを記録し、鼻毛やら目やらを書き込んでアホな顔で真面目な話をするマヌケにしてしまうのですw

多分、各都市の何処かに集音・拡声機とかがあったのでしょう。
アヴァター全土に声を轟かすより、こっそり忍び込んでその手の仕掛けを置いてきてそれを通して喋ったほうが簡単ですしね。

あっはっは、いつぞやカウンター方式でカイザーノヴァが炸裂したのを忘れましたか?
ターボスマッシャーパンチ程度なら、かわいいものでしょうw


9&10.大鴉様
はじめまして、レスをありがとうございます!
いい目覚ましになったなら、時守も嬉しいです。
学校の教科書、でもう予想がついたのですか。
むぅ、もうちょっと捻ったヒントの方がよかったでしょうか…。


11.陣様
何はともあれ、お疲れ様です。
年末の課題は痛いですよねぇ…。

風呂は…考えてみれば、フローリア学園には個人用の浴室って無いみたいですよね…。
毎晩ハッスルした後、どこで体を洗ってたんだろうか…。
ま、まさかヒミツな場所からアレを垂らしたまま授業とかw

自分の顔だから落書きしてたんじゃないですか?
他人様の体奪って何してくれてんの、って感じで。

腹黒大河か…最近出てないなぁ…黒いのって、最初の頃だけだったし…。


12.竜の抜け殻様
むぅ、全員分の隠し玉はちょっとキツイですね…。
トレイターは、ある意味存在そのものが隠し玉でしたし。

バルドのAIつーと、バチェラが小細工してミノリのナビゲートが山ほど出てきたあのシーンですか?
そうですね、ちょうどあんな感じだと思います。
或いは議会とかで乱闘しながらマイクを寄越せと蹴りを入れるようなw

しぇ、しぇざる…く?
ユカのライバルですか、それはもう出てくれますよ。
やっぱり彼女は出したい、そして幸せにしたいですねぇ…。


13.シマンチュ様
まぁ、それが持ち味ですからw
最初はギャグオンリーの筈だったのに、何処からシリアスが!?

いやぁ、大河よりヤバイのが居るでしょう、救世主クラスには…。


14.ソティ=ラス様
歯向かおうとしても、絶対に歯向かえませんね、それは…。
全員のペットなら、まだ逃げ道があるけど…。

ゲッ○ー線がアリなら、放射能を浴びた恐竜も…?

楽しんでいただけたようで嬉しいです。
これからもどうぞよろしく!


15.シヴァやん様
大人しく加わったとしても、やっぱり胃薬は必須でしょうね…。
その手のストレスから開放される為に、余計な事は考えもしない(ピー)奴隷に!
…だめ?

華やかな監獄…マジであるんですか……入りたいような、入りたくないような…


16.イスピン様
そうかしまった、まつ毛があったか!
ぬぅ、基本中の基本を忘れていた…。

謎の市民は、王都にある高校(地球で言えば)に在籍する、学生番号1192296番カマ・クラバクフーさんです。
幼い頃から授業を真面目に聞かずに落書きに没頭し、最終的には他の人の教科書を奪ってまで落書きしているとかw

竜巻斬艦刀は大河と汁婆に使わせるつもりですからね。
デンドロビウムはいいなぁ…ガンダムのゲームで爆動鎖とかよく使ったっけ…。
ノイエ・ジールの相手を出来るのはアレくらいだし。

なるほど、あの二人でしたか!
道理で聞き覚えが…。
となると、やはりロベリアにはキレて暴走してもらおうか…?


17.なまけもの様
ご指摘ありがとうございます、後で直しておきます…。

変態仮面に…どうやってしたんでしょうね?
仮面にパンティーの絵でも描いたんでしょうか…。

はい、ボロボロの以下略はバリウムを牛乳と間違えた人です。
彼は既に出てきて、しかも名前まであります。
ですが、能天気な大飯食らいは別人です。
名前、ありますよ。
でもホワイトカーパスでユカ&汁婆を襲ったのには、(厳密に言うと)名前はありません。


18.カシス・ユウ・シンクレア様
リリィとかも、召還器の声を聞いた事はあった筈ですよ。
確かハーレムルートかクレア様ルートで、消えた召還器を呼び戻す時にそんなのがあったよーな無かったよーな。
確かに、沢山の救世主の声を直接聞いたのは大河君オンリーですが。

後半でいきなり暴れだした宣戦布告、他の場所ではどう思われたでしょうねぇw
無道が生き返っている理由は、また後々…。
単純にロベリアの仕業、というだけでもないんですよ。


19.DOM様
ええもう久しぶりに本領発揮したような気分です。
ああ、フローリア学園付近ではこんな事を毎日やっていたんだなぁw

ああ、そう言えばイムのボーナスは書いてなかったですな。
それにベリオとのデートとかも…。
……外伝…にすると完成しないまま終わっちゃいそうだから…そう…うん、あのタイミングでイベントを挟もう。
その後イムがリコに何されるか解らないけど、まぁ面白いからいいやw
とある一連の日常シーンでネタが無かったんですが、おかげさまで一つ埋まりました。
感謝!


20.悪い夢の夜様
未亜とレイカの話、元々はもうちょっとマトモな会話にするつもりだったのですが…。
いつの間にやら支離滅裂になってしまい、『ああこの際だからあの設定のを使ってしまおう』と…。
むぅ、演説シーンや説教シーンって結構難しいんですね…。
長々と話させていると、こっちが自己陶酔しちゃいますから…。

“破滅”のコント。
その圧倒的な笑いで世界を笑い死にさせるか、或いは圧倒的寒さで氷河期を呼ぶか…。
いずれにせよ、人類軍は総員ツッコミ役に回らざるを得ませんなw

ナナシには因果応報は無くても、特撮ヒーローとか水戸黄門とか見て勧善懲悪とかがある気がします。
4コマかぁ…小学生の頃は、ドラクエをよく読んでたなぁ…。
久々に見直してみたら、何か見つかるかも…参考にさせてもらいます。


21.JUDO様
コントグループって、誰もが思ってて言わなかった事をキッパリと…。
ロベリアが聞いたら、涙目で暴れだしますよw
銀魂チックでしたが、あんな風にしようと思ったのは、某神さんがレスでくださった小噺に感化されたので…。
シェザルは実際他に丁度いい属性が無いんですよ…次の話で、ある意味予想を裏切った属性が付いてると思いますが。

セルはもう暫くしないと出てきません、最後の一人は大河が知ってるヤツで、救世主クラス達も大体面識があります。
ダウニー?
…カツラか育毛剤かな…。

宇宙の胃袋は、あれは…一応公式に存在するキャラですが、細かい設定等は全く知らないのでオリキャラ同然になると思います。
…ただ、食事に情熱を注いでいたのは確かですが。

謝華グループ…正直言って…忘れそうです(爆)


22.悠真様
伏線と言っても、ある意味ではこれは簡単です。
かなり短絡的に考えましたから。

ロベリアの癒し…癒し……シーマン?
…キレて暴れてTVとゲーム機を叩き斬るロベリアが、容易に想像できますw
そうですね、やっぱり彼女には染まってもらうしかないんでしょう。
何か大事なモノを失くしてしまう気もしますがw


23.なな月様
年賀状を出す人がいるのですか、それはそれで幸せですよw
大学くらいになったら、誰も出しませんからねー。
…仕事でのお付き合いなら別ですが。

原作では、一応意見の統一というか結論は出てたんですけどね…。
まぁ、救世主候補って、大河達みたいな連中ばかりだろうし…意見の統一なんぞ出来る筈無いわなw

進化論については、さわり程度しか知らないのですが…。
進化と言っても色々ありますからね。
ダーヴィンの視野は、どうも我々よりもずっと広いようで。
しかし、周囲を自分に合わせるのが最高の能力ではありますが…そろそろ袋小路でしょうか?
それとも、SFよろしく新しい何かに進化するのか…。

実際、本当に歴史に残ってほしいですw
それはもう、歴史の教科書に『王都で反撃を受ける“破滅”軍の宣戦布告の図』なんてのが。
きっと後から皆して色々と付け足してくれるでしょう。
小分けにしたら、ちょっと迫力欠けるかな…ウザいしそっちの方が印象に残るだろうけど…。

ロベリア、こっちに来ても何か開き直らないと胃潰瘍からは逃げられませんねw
それでは、お体にお気をつけて…。

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