インデックスに戻る(フレーム有り無し

▽レス始

「幻想砕きの剣 12-5(DUEL SAVIOR)」

時守 暦 (2006-12-23 22:32/2006-12-27 22:55)
BACK< >NEXT


「辛気臭いね」


「華やかな牢獄なんぞ、ミスターアンチェインの部屋だけで充分だ」


「いや、他にも何処かにあった気がする。
 確か凶悪犯を閉じ込めてるんだけど、実はその実態は娯楽施設、あまりに居心地がいいから逃げ出す気にならないとか…」


「あー、某怪盗3世のアレな」


 軽口を叩き合うクレアと未亜。
 その後ろには、幾人かの護衛兵が付き添っている。

 ここは日の光が差し込まない、王宮の地下の牢獄。
 はっきり言うが、普通に考えてこんな所に人を閉じ込める事はない。
 何せ、文字通り王宮のお膝元だ。
 万が一脱走でもされたら、それは即ち凶悪犯が要人のすぐ側に出現する事を意味する。

 何を考えてこんな所に牢を作ったのかは不明だが、今閉じ込めている人物は普通の牢に入れる訳にはいかない。
 レイカ・タチバナ。
 元V・S・S社長にして、今は囚人。
 洗脳技術の第一人者である彼女を普通の刑務所に入れたら、他の囚人を洗脳して、反乱なんぞ起こす可能性がある。
 それに、謝華グループから、口封じの為に刺客が来ないとも限らない。
 だから他に誰も居ない、王宮の地下に閉じ込めたのだ。


 足音を低く響かせながら階段を下りる。
 廊下には、いくつかの扉が据えつけられていた。
 その突き当たりに、一際大きな扉がある。


「…ここに居るの?」


「ああ。
 時間を感じさせない場所に閉じ込め、時間間隔を奪うのは洗脳の基本だ。
 気は進まぬ手段だが、こうでもせねば口を割るまいよ」


「皮肉と言えば皮肉ねぇ…
 洗脳の第一人者が、洗脳方法で衰弱させられるなんて。
 でも、その程度で揺らぐヒト?
 そもそも、まだ一日程度しか経ってないだろうし」


「まぁ…あのザマだからな…」


「?」


 首を傾げる未亜。
 クレアは黙って懐から鍵を取り出し、扉を開ける。
 ギギィィ、と軋むような音が響く。
 中からは、数年間閉じ込められていたかのような空気が流れ出てくる。
 お世辞にも清潔とは言いがたい空気だ。

 眉をしかめる未亜。


「…ネズミとか普通に居そうだね」


「いや、あんまり居ないらしいぞ。
 何年かに一度掃除する程度だが、ネズミもゴの字も出た事が無いらしい。
 まぁ、こんな所に喰えるモノなんぞ無いからな…。
 それでも出る時は容赦なく出るんだろうが。
 …暗いから、足元に気をつけろよ。
 コケたら床に年単位で溜まった埃がベッタリくっつくぞ」


「げ」


 イヤそうな顔をする未亜とクレア。
 カンテラに火を灯して、中を照らす。

 扉の反対側に、人影が一つ。
 それは…。


「………成る程ね…。
 これなら誰だって堪えるか…」


「まだ一日目だがな…」


 人影は、Yの字に磔にされていた。
 流石に釘なんぞで手を固定しているのではないが、その代わり冷たく硬質な印象を与える拘束具が、人影の手足をガッチリ捕らえていた。
 彼女がレイカ・タチバナなのだろう。

 その目もやはり拘束具で覆われ、耳も塞がれてる。
 口にもギグボールが噛まされ、涎が滴っていた。
 服の胸元は肌蹴られ、何やら魔方陣らしき図が書き込まれていた。
 下半身も似たようなものだ。
 下着を引き裂かれたのか、僅かに見えるタイトスカートの下には何も履いていない。
 しかし…。


「…なんでお尻に棒なんか入れてんの?
 いや、バイブとかならまだ解らないでもないんだけど」


「…私もアレだとは思うがな、実際ああされると力が出なくなるだろう。
 まぁ、慣れている者なら別と言えば別だが…。
 要するに、奥歯を噛み締めさせなければ力が出ないとか、そういう話らしい」


「はー…」


 納得したようなしてないような。
 無残な姿ではあるが、彼女がやった事を考えれば当然の報いではあるのかもしれない。
 本来なら、獄門付きで極刑モノだし。


 今一納得しかねる二人を置いておいて、クレアから指示を受けた兵士の一人が、レイカ・タチバナの拘束具を外す。
 数時間ぶりに外気に触れて、レイカ・タチバナの耳がピクピクと動く。
 ザンバラになった髪を首を振る事で振り払い、目を薄く開けて顔を挙げる。


「………」


「V・S・S元社長、レイカ・タチバナ。
 お主には黙秘する権利も弁護士を呼ぶ権利も無い。
 故に洗いざらいゲロするがよい」


「どこのポリスだアンタは」


 初っ端から超高圧的な態度に出るクレア。
 しかし、レイカ・タチバナはピクリと片眉を動かした程度で、何ら感慨を抱いた様子は見せなかった。 
 大した事は出来ないとタカを括っているのか?
 いや、彼女はそれほどバカではない。
 むしろ聡明な彼女が、クレアの事を侮るはずが無い。

 クレアもこの程度は想定の範囲内なのだろう。
 彼女の精神を突き崩す方法を、脳裏で模索している。
 予め立ててあった予定は、彼女の様子を見るにアテになりそうにない。
 ならば…?

 頭を回転させるクレア。
 そして…何の考えもなしに、発言する未亜。


「なんか加齢臭がするんだけど」


「ウソおっしゃい!」

「うお反応した!?」


 未亜の何気ない一言に、見事に反応したレイカ・タチバナ。
 これにはクレアも普通にビックリだ。
 相変わらず髪はザンバラで、それ故何やら鬼のような迫力を醸し出している。
 そんなに年齢が気になるのだろうか?


「…そう言えば、書類では結構な年齢だったが…。
 お主、年齢詐称でもしたか?」


「そんな無駄な事をする訳がないでしょう。
 年齢を偽った所で、自身の体が老いていては何の意味も無い。
 だから私は、自分の体の方を偽ったのよ。
 見なさい、この肌を。
 これが(本人の希望により削除)歳の肌に見える?」


「…お主、文字通りピチピチの(オトナの都合により削除)歳に向かって何を言っておる。
 大体肉体を偽るも何も、未亜はしっかり加齢臭を嗅ぎ取っているではないか」


「それは単なる錯覚よ。
 確かに私は加齢臭を漂わせるような年齢ではある。
 しかし、最先端技術を駆使し、この肉体を改造し、若返らせてきたのよ!」


 さっきまで無反応だったのに、えらい反応である。
 そんなに自分の外見に誇りを持っているのだろうか?
 何にせよ、これは好機だ。
 未亜の何気ない言葉で、レイカは防御を金繰り捨てて反撃に出てきた。
 冷静さを失っているのだ。
 なら、そのまま誘導して、V・S・Sの悪行…は今更大して意味が無いから、謝華グループとの関係や内情を聞き出すのみ。

 レイカを激昂させる鍵は『加齢臭』だ。


「若返らせるも何も、アヴァターにそんな技術がある筈なかろう。
 精々整形が精一杯、エステやら何やらで多少は健康を保つ事が出来ても、やはり加齢臭は防げんよ。
 やはりお前はオバハンだ」


「ふっ、愚かしいわ。
 行く所に行けば、若返りの法も意外とあるものなのよ。
 何億もの金を注ぎ込み、私は理想の体を手に入れた。
 貴女、私が(PU−)歳に見える?」


「今消音が妙だったような気がするが…まぁいい。
 まぁ、見るだけなら確かに20歳前後だな。
 だがやっぱり加齢臭を感じるぞ」


「くっ……こ、この…加齢臭加齢臭と…!」


 ギリギリギチギチ。
 レイカの歯軋りの音が響く。
 とてもじゃないが、さっきまで拘束されて身体的に衰弱していた人間には見えない。


(いいぞ、もっと怒れ、もっと怒れ)


 クーウォンからの情報では、レイカは冷徹で計算高い女ではあるが、それ以上に激情家だそうだ。
 昔はヒステリーを起こす事も度々あったらしい。
 その激情が、レイカをここまで歪めた原因なのかもしれない。

 ともかく、このまま挑発し続ければ、レイカはどんどん理性を失ってくれるだろう。
 先程までの拘束されていた状態も、それに一役買っている。


「大体、どうやって加齢臭を除くと言うのだ。
 文字通り己の体を丸ごと若返らせるか、別人の体に取替えでもせん限り自然と出てくるものだろう」


「だったら取り替えるまで!
 私を誰だと思っているの!?
 今は破れ、こうして牢に叩き込まれたとは言え、V・S・Sのトップ、レイカ・タチバナよ!
 私は力を持っていた。
 私の上にも居たけれど、何時か追い抜いてやるつもりだった。
 それでもこの程度の力はあった!
 そう、金と権力という力よ!
 その二つを持ち、使い方さえ心得ていれば、この人間社会は思うように動かせる。
 私は技術の粋を凝らして、体の細胞を生まれ変わらせ、取替え、若さを手に入れた。
 私は研究した技術の粋を凝らして、私に絶対服従する私兵を手に入れた。
 私は後悔などしていない。
 何を切り捨て、何を踏み躙ろうと、私は私の望んだモノを手に入れた!
 だからと言って、選ばれた人間だなどとは称さないわ。
 でも、私は他の愚民とは違う!
 向上心も無く、自分がしている事が世界に影響を与えている事すら理解せず、ただ徒に時を食い潰す愚民とは!
 そんな連中と同じ空気を吸っているなど、私の誇りが耐えられない!」


(…成る程、クーウォンは酔っ払ったコイツに、こんな演説を聴かされていた訳だ)


 血走った目で、レイカは喚き散らすように、しかし堂々と宣言する。
 確かに、レイカ・タチバナは一般人とは一線を画する能力を持っているだろう。

 並みの軍師等では及びも付かない明晰な頭脳。
 人知れない道へ、目的の為にのめり込む行動力。
 諦める事を知らないかのような貪欲。
 恐ろしいまでの向上心。
 自らの目的の為に、ありとあらゆる犠牲を厭わない冷徹。

 頑固という欠点はあったが、善悪関係なしにレイカ・タチバナは優秀な人材と言えた。
 だからこそ、何もせず、その瞬間瞬間を安穏として生きる人間の存在を耐えられなかったのか。

 『望みがあるのなら、何故そこに向かって行こうとしない』
 『そんな事をしている暇があるなら、何故学ぶべき事を学ばない』
 『何故他人を当てにしてばかりなのだ、お前は学習する気があるのか』
 『寄生虫のように生きるなら、さっさと消えてしまえ』
 『助けられるのが当然のような顔をして、そんな生き方のまま生きていけるつもりなのか』

 レイカはクーウォンと居た頃、ずっと内心で叫んでいた。
 そしてそれに耐えられなくなった頃、レイカは決意した。
 自分があの連中を変えるのだ。

 そしてレイカは、只管に研究に没頭しだした。
 そう、怠惰な愚民どもの目を覚まし、勤勉で規律の取れた『真人間』にする為に。
 それが何時しか捩れて、歪んだ支配欲となったのだろうか。

 いずれにせよ、今重要なのは其処ではない。


(コヤツ、本当に体を取り替えたのか?
 だとすると、やはり謝華グループの持つクローン技術か。
 どれ程解明しているかと思えば…。
 体を取り替えても支障が出ない程とあれば、既に実用段階に達していると思ってよさそうだ。
 それに、不外秘である筈のクローン技術で、態々若返りをさせるとは…。
 コヤツの協力がそれほど欲しかったのか?
 それとも、単に実験台にされただけか…。
 この性格を見るに、若返れるとあらば実験台にも進んでなりそうだしな。
 前者なら、謝華グループにも結構な痛手を与えられたと思うが…)


 クレアが考えている間にも、レイカは演説を続ける。
 いや、単に思いの丈を吐き出しているだけだろうか?


「人は常に、より高みを目指し、次の段階へ、次の段階へと進んでいくべきなのよ!
 それが知性を持つ生命体に課せられた義務であり、当然の権利。
 だと言うのに、どいつもコイツも現状に満足しきり、自分の目の前の事にだけ注意を向ける始末。
 家庭や仕事にだけ注意を払い、外の世界で何が起きているのか知ろうともしない。
 ただ只管に資源と時間を浪費する。
 私はそんな人間が我慢できない!」


「…だから、『外の世界』に注意を向ける事が出来る自分が全てを支配し、次の段階とやらを目指す…と言いたいの?」


「そうよ。
 独裁だと言いたければいいなさい。
 でも、優秀な人間が人の上に立ち、そして導いていくのは当然の事でしょう。
 クレシーダ王女も優秀だけど、トップは一人でいい。
 二人居れば、必ず何時か潰し合う日が来る。
 そうならないように、私が全ての支配者になる」


 気に入らないが、一理ある。
 忌々しく思いながら、クレアはそう思った。
 レイカが『選ばれた人間』とか『高貴な血』などと言い出さないのは、個人個人の実力を重視しているからだ。
 能力のある人間を、相応の地位に付かせるのは当然の事。
 レイカが文字通り全てを支配できる器かどうかはさておいて、何もせずにただ貪るだけの人間というのは、国家にとって結構厄介な存在なのだ。
 それを勤勉な人間に叩きなおしてくれるというのは、ある意味有難い話でもある。
 だが…。


「それで洗脳、か…」


「そうなるわね。
 まぁ、貴方達から見れば単なる無謀な野望にしか思えないでしょうけどね」


 自嘲気味の笑みを浮かべるレイカ。
 いくら吼えた所で、今の彼女は夢破れて囚われた身。
 もう二度と同じ高みまでは行けないだろう。


「お前は……ぬ?」


 クレアはふと寒気を感じた。
 そう言えば、さっきから未亜が一言も話さない。
 レイカが何かしないか注意を払いつつも、未亜の方に目を向ける。


「……未亜……か…?」


 隣に立つ未亜…クレアにはそう見えなかった…は、召還器を手に持ち妙に平坦な表情をしていた。
 無表情なのではない。
 幾つもの感情が渦を巻いているのが見て取れる。
 それらが全て打ち消しあって、結果として表情が消える…或いは表せる限界を超える。
 そんな印象を受けた。

 それはレイカも同じだったらしい。
 先程の狂熱は何処へやら、未亜から向けられる視線に慄いている。


「…?
 な、なにか言いたい事でも…」


「……ヒトとは…」

 真意の読めない視線をレイカに向け、奇妙な声を出した。
 密閉された空間の為か、妙にエコーがかかっている。


「ヒトとは、確かに次の位階へ、次の位階へと進歩していくイキモノ。
 貴女の言う通り、それは向上心によるものであり、それを失ったヒトはやがて停滞し、滅びを迎える。
 しかし、その向上心とは多様な形態があり、また進歩とは向上心によって与えられるモノだけではない」

「な、何を…?」


「…未亜? オイどうした未亜!?」


 レイカの戸惑いもクレアの声も一切を無視し、独白するかのように、しかし力強く身に染み込むような声で続ける未亜。
 レイカは自分が徐々に呑まれつつある事を察知していた。
 さっきまでとは、まるで雰囲気が違う。
 いや、これは別人だ。
 同じ体でも、全くの別人だ。
 そもそも、未亜はこんな小難しい理屈なんぞ捏ねない。



「怠惰でさえも、ある種の可能性を求める為の姿勢の一つ。
 ただ望む道を走るだけが進歩ではない。
 ヒトのみならず、生命はそうやって進化し、進歩し、多様な可能性を試している。
 意味も無く傷つけられ、散っていく想い、言葉、体。
 何のために?
 何の為に生き、何の為に死ぬのか。
 命は世界という子宮の中で泳ぎまわる種子。
 そして無数の種子の中の一つが『世界』に一歩近付いた時、やっと階梯を一つ昇る事が出来る。
 全ての可能性は、その瞬間の為だけにある。
 生命が更なる進歩を遂げる為に。
 夥しい可能性を試し続け、そして新たなる階梯へ歩を進める事が出来る可能性はたった一つ。
 では、他の可能性は全て無価値であるか?
 捨石に過ぎないというのか?
 否。
 それは違う。
 次への階梯の鍵は、『怠惰』なのかもしれない。
 『憎悪』かもしれないし、『忘却』かもしれない。
 可能性に優劣は無い。
 連なってきた可能性の全ては、新たな道へ繋がる黄金の鎖の輪の一つ。
 どれ一つ欠けても未来は無い。
 貴女が不要と断じた怠惰な愚民さえ、居なくなれば次への道は閉ざされる」

「…黙れ…。
 そんな戯言を!」


「戯言ではない。
 怠惰とは無為である反面、飛び立つ力を溜め込む為の準備期間でもある。
 ヒトは何時か惰眠を貪る飽いて、眠りの間に見た夢を叶えに出るだろう。
 その先に何があるかも知らず、知らないからこそ信じられるのだと嘯いて。
 そして貴女もその一人」

「黙れと言ってる!
 私は怠惰を貪る連中とは違う!
 ただ怠けるだけの人間に、未来を作る事なんて出来はしない!」


「かもしれない。
 そしてその思いが、貴女の落とし穴。
 貴女は決して傲慢なだけでも、支配欲に支配されているのでもない。
 ただ、根っから真面目なだけ」


 真面目、とレイカは言われた。
 予想外の言葉。
 確かに自分は勤勉だ。
 しかし、勤勉なだけでこのような場所に来たのではない。

 レイカは調子が狂っている。
 どうにも未亜の実態が掴めない。
 目の前に居るのに、何人もの人間が、あちこちから囁いているように感じられる。
 ただ声を張り上げても、未亜の声にかき消されてしまいそうだ。



「真面目というのは、褒め言葉ではない。
 それは生き難いという事。
 綺麗に真っ直ぐに生きていけないと気付いた時に、貴女は折れた」

「…!」


 フラッシュバック。
 レイカの脳裏に、クーウォンでさえ知らない過去が蘇る。
 もうその過去を知っているのは一人も居ない。
 関係者は既に鬼籍に入っているか、洗脳を受けて過去を綺麗サッパリ忘れている。
 レイカもその過去を封印し、今の今まで思い出そうとすらしなかった。

「貴女は真面目すぎた。
 休む事も出来なくなり、止まる事を恐れた。
 でも、その痛みを麻痺させて、騙し騙し生きる事も出来ない」

「……そうよ…。
 そうだったわよ…」


 レイカの頬を水滴が伝う。
 貼り付けられていた仮面を突き崩される。
 レイカは自分の素顔に恐怖した。
 しかし、未亜はそこから逃れる事を許してくれない。


「何度も思った、もう死にたいって。
 でも認めなかった、死ぬような弱い人間じゃないと思いたかった。
 痛くて痛くて堪らないのに、自分で逃げ道を塞いでいた。
 ずっと死にたがっていた。
 そこから逃げず、捻じ伏せる為に、私を不快にさせる全てを排除しようとした!
 今なら解る、私が思っていたのは、『死にたい』ではなくて、『生きたい』だった。
 『死にたい』って思うのは、『生きたい』って叫んでるのと同じ…」


 吐き出すように言って、レイカは涙目で未亜を見上げた。


「私の選択は間違いだったの?
 洗脳という手段を差し引いても…」


「…ヒトは数多の可能性を試す事で先に進む。
 貴女の言うように、ヒトを全て同じ方向に向け、そして統率の元に進むのも、また一つの道。
 そういった意味では間違っていない。
 でも…」


 未亜が少し言葉を切った。

 クレアは眩暈を覚えていた。
 未亜が放つプレッシャーが、徐々に強くなりつつある。
 話に割り込む事も出来ない。
 それに、声色がおかしい。
 まるでグラデーションのように、連続して幾つもの声色に切り替わっている。
 これは本当に未亜の体の喉で発音しているのか?

 未亜は自分を見上げるレイカに、容赦なく判決の言葉を振り下ろさんとしている。
 これを見過ごせば、レイカは廃人にでもなってしまうのではないか?


(止めなければ…!)


「でも、それはただ一つの方向を向き、遠くない未来に突き当たる可能性の袋小路へと向かう道。
 ただ一つの可能性に拘泥し、抜け道も曲がり角も目に入らない。
 多様性を以って進歩するヒトが多様性を否定してしまえば、その先にあるのは停滞のみ。
 貴女の選んだ道は、終わりへの道でしかなかった」

「………」


 レイカの表情から、何かが抜け落ちる。
 それは精気とか覇気とか呼ばれていたものだろう。

 未亜は言うべき事は全て言ったとばかりに、平坦な表情のままで踵を返す。
 クレアにも目をくれず、足音を立てて牢の外に出て行ってしまった。


「………」


「………」


 残されたのは、クレアとレイカ、そしてプレッシャーを受け続けて激しく冷や汗脂汗を垂らした兵士達のみ。
 もうレイカは使い物にならないだろう。
 己の信念を、根本から粉砕されたに等しい。
 彼女は自分が間違っていると思う行為は、決して行わなかった。
 洗脳も誰かを嬲るのも、それが『許容範囲だ』と思うからこそ、躊躇いも後悔も感じていなかった。
 そして彼女の本来の目的は、ヒトの革新。
 別にヒトを全てニュータイプにしようというのではないが、ある意味ではそれに近い。

 形や所業はどうあれ、レイカを突き動かしていたのは向上心。
 怠惰なヒトを全て勤勉なヒトに変える事で、世界はもっと良くなる、と思っていた。
 そう思っていたからこそ、洗脳という行為を肯定する。

 しかし、真正面からはっきりと言い渡された。 
 しかも、絶対的な圧力と説得力を持って、『その先にあるのは袋小路だ』と。
 その言葉は、レイカの中枢部を破壊する。

 もう彼女は、洗脳になど手を出さないだろう。
 それをするだけの理由とメリットが、尽く破壊された。
 むしろ、これまで行ってきた行為の数々に押し潰されるかもしれない。


「…もういい。
 拘束具を付けろ」


「はっ」


 項垂れて動かないレイカに、再び拘束具が取り付けられる。
 不要とは思うが、念の為でもあるし、絶望して自殺なぞされたら目も当てられない。

 このまま尋問しようかと思ったが、今のレイカは何をやっても反応しそうにない。
 試しに横っ面を無造作に張り飛ばしてみたが、まるで糸の切れた操り人形のように反応しなかった。
 今回は未亜のせいで、聞きたい事を殆ど聞き出せなかったが…レイカがこのような状態になった以上、色々と聞き出すのも難しくは無いだろう。
 未亜に向かって毒を吐くべきか、それとも感謝するべきか。


「…こんなザマになっていては、極刑の必要もないかもしれんな…」


 無論、そうは行かない事も承知の上。


 拘束具を嵌め終わった。
 クレアはそれを確認してから踵を返す。

 取りあえず、未亜に一言言ってやろう。
 その後は政務の時間だ。
 面倒な事この上ない。

 頭の中で未亜に言うべき言葉を模索しながら、廊下を進む。
 階段を上っていくと、空気の質が変わり、風が吹いた。
 地下から出てきて、クレアは大きく伸びをする。
 やはり、人間は地下室なんぞに住むモノではない。

 警備は必要なくなったので、兵士達に解散の命を出す。
 兵士達は、それぞれの持ち場に戻っていった。

 さて、未亜は何処だと歩き出すと…。


「……?
 未亜?
 何をしておる?」


 探すまでもなく、廊下の柱に凭れて座り込んでいた。
 俯き、全身を弛緩させている様は、なんかヤバイクスリでもキメたんじゃないかと思わせるくらいだ。

 クレアが未亜の肩を揺すると、ゆっくりと顔を上げる。
 その顔色は、お世辞にもいいとは言えない。


「…本当に、どうしたのだ?
 先程も様子がおかしかったが、何か悪いモノでも喰ったのか?」


「……先程…」


「そうだ、レイカを相手に何やら理屈を捏ねていただろうが」


「…私じゃない…。
 あれ、私じゃないよ…」


「あ、やっぱりか」


 予想通りではある。
 あんな小難しい理屈を捏ねるのは未亜のキャラではない。
 そんなのはリコかイム、あとルビナスだけで沢山すぎる程沢山だ。

 しかし、未亜でないとすれば誰が喋ったと言うのか?
 少々疑わしい所はあるが、未亜の喉で話していた事は間違いない。
 最初の心当たりとなると…。


「それでは、やはり召還器が…?」


「かもしれない…。
 でも、話してたのは一人じゃなかった気がする」


「…何?」


「入れ替わり立ち代り…ううん、何と言うかこう、一つのマイクを大勢で奪い合うみたいな感じで、あっちこっちから電波が飛んできてた。
 …よく覚えてないんだけど、話していた内容って支離滅裂と言うか、妙な方向に飛んでたんじゃない?」


「ああ…。
 途中で何の話だって、何度か思った」


 妙な比喩表現、明後日の方向に迷走する会話。
 許しているかのような台詞を吐いたかと思えば、次には断罪の言葉を口にする。
 言っている事が滅茶苦茶だった。


「それは、大勢の誰かが好き勝手に喋っていたからだ、と?」


「多分…。
 やっぱり召還器なのかな?
 でも、召還器が元救世主って言っても…」


「複数の救世主が、一つの召還器になるなんて事があるのだろうか…?」


 大分顔色が落着いてきた未亜と共に、クレアは首を傾げる。
 ここらについては、赤白精霊コンビから聞いてみるしかないだろう。
 しかし、そもそも本当に召還器からの干渉か?
 未亜は確かに他の救世主候補と比べて召還器への繋がりが強いが、そもそも召還器の意思は封じられている筈。
 召還器側からの能動的な干渉など、普通は考えられないのだが…。


「…まぁ、その辺の疑問は後にするとして。
 どうするの、アノ人?
 流石に極刑は免れそうにないっていうのは、予測がつくんだけど」


「…お主がレイカの信念をぶっ壊してくれたからな…。
 とは言え正直な話、放置するのは考えられん。
 ヤツ自身が洗脳技術を使おうとせずとも、誰かが嗅ぎ付けて聞き出すかもしれんし…。
 良くても一生幽閉…か」


「…奇麗事ばかりじゃ政は務まらないってコトか…」


 『もうあんな事はしないと信じる』なんてのは、実際には戯言と大差ない。
 確かに信じられる事で、裏切れないと思う人間も居るが…誰彼構わずそれを実行するのは、単なる責任の放棄でしかない。
 信じるのならば慎重に。
 信じるべきでないモノを信じてしまえば、多くの被害を撒き散らしてツケを払う事になる。
 人の上に立つ人間なら、まず疑ってかかるくらいの心得は必須である。
 仮にレイカを釈放するにしても、何かしらの対策は練っておかねば…。


「どっちにしろ、ツキナさんには二度と会わないようにしないとね」


「そうだなぁ…。
 いっそ島流しにでもするか…?
 いやむしろ灯篭流しに…」


「…それはつまり、船に乗せて何処へとも無く漕ぎ出して行けという意味でしょーか?
 確かそれ、ベリオさんの世界の埋葬の仕方だとか…」


「まぁ、実際社会的には死んでもらわなければならんからな」


 何気に物騒な会話をしながら、立ち上がって歩き出す。
 クレアはこれから政務だが、未亜は昼寝と洒落込むつもりだ。
 昨晩は結局殆ど寝なかったし。
 大欠伸する未亜に、クレアが鬱陶しそうな視線を向ける。
 隣でアルファ波を思いっきり放出された日には、徹夜仕事に耐性のあるクレアだって眠くなる。

 未亜から視線を逸らして、窓から空を見上げた。


「……?
 なんだ、あれは?」


「え、なに?
 何かあるの?」


 クレアの視線の先に、妙に大きな黒い雲が浮かんでいる。
 単なる雲ならどうでもいいが、その大きさといい動きといい、明らかに不自然だ。
 入道雲が出る季節でもないし、そもそも風の向きを無視して進んでいる。


「異常気象かな?」


「これも“破滅”の影響か………!?」


 クレアと未亜の目が見開かれる。
 雲が突然発光した。
 そして一拍置いて、腹に響く轟音。


「か、雷か!?」

「遠いけど…落ちた?」

「いや、上で鳴っているだけだ。
 …嵐…ではないな…。
 何事だ?」


 執務と昼寝は一端後回しにして、取りあえず外に出てみる。
 季節と天気を無視した雷が珍しいのか、王宮の外でも沢山の人が空を見上げているようだ。

 しかし大きな雲である。
 某空飛ぶ城とか入ってそうな勢いだ。
 これなら王都から離れた所でも、よーく見えるだろう。
 まぁ、見えると言ってもフローリア学園以上に離れた所なら、遠すぎて見向きもされないだろうが。

 二人が空を見上げていると、その後ろから足音がする。


「雷こわいですの〜!
 おへそが取られちゃうですの〜!」


「おーおー、派手に鳴ってるわねぇ」


「む、ルビナスとナナシか」


 怖い怖いと言いながらも、妙にはしゃいで走り回るナナシと、それを見守って追ってきたルビナス。
 ルビナスも空を見上げているが、その目は妙に真剣だった。


「あの異常気象、“破滅”の仕業だと思う?」


「でしょうね。
 風の流れを無視するは、気候的にあり得ないくらいにでっかくなってるは…。
 しかし、何のつもりかしら?
 強い魔力も感じられないし、こうしている間にも、徐々に雲が散っていってる。
 攻撃に使うのでもない、ただ見せるだけ…?」


 首を傾げる。
 気候的にあり得なくても、雲を大きくする方法くらいなら幾つか心当たりがある。
 魔法にも似たような術があるし、ルビナスだってダ○スパウダーの作成方法は知っていたりする。
 が、いずれも結構な手間が掛かる筈。
 そこまでして巨大な雲を作る理由があるのか?


「あ、雲が晴れるですの」


「……?
 あれ、何か見える…?」


 ルビナスが考えている間にも、雲はあっという間に散っていった。
 どんどん薄くなり、隙間から青空が見えるようになる。
 この巨大な雲さえ散ってしまえば、今日は快晴だ。
 雲が晴れた後には、褐色や肌色や青いヒラヒラしてるっぽいのが…。


「……何?」


 雲の隙間から、青空には似つかわしくない色が垣間見えた。
 思わず目を擦るクレア。

 居る。
 確かに雲の向こうに何かが居る。
 ルビナスに目をやると、クレアと同じように雲の切れ間を見て、何かに思い当たったようだった。


「解った!
 これ、“破滅”軍の宣戦布告!」


「何だと?
 ではあの雲は?」


「演出じゃないの?
 いきなり空に何かが浮かび上がっても、みんなが気付くとは限らないし…。
 ある程度注目を集めておいて、そしてカーテンの向こうから現れるように…と」


「無駄に手が込んでいるな…」


 そう言っている間にも、雲は晴れ、青空に浮かび上がる人影の全容が現れた。
 4人。
 正面に立つ、白い髪と褐色の肌を持つ女性。
 その左隣に立つ、線の細い青い服を纏う、仮面の男(多分)。
 右隣に立つのは、半裸の大柄な男だった。
 そしてその影に隠れるかのように、小柄で黒尽くめ、ボロボロの外套を纏う人影。

 随分と異様な面子が、爽やかな青空に全く爽やかでない影を映し出していた。
 それに気付いたのか、王宮の外も随分と騒がしくなっている。


「あれは…ロベリア・リードか?」


「そのようね。
 元は私の体だもの…間違える筈が無いわ。
 という事は、他の三人は“破滅”の軍の幹部かしら」


「ロ〜ベ〜リ〜ア〜ちゃ〜ん!」


 約一名状況をスパッと無視して気楽な声を上げているのが居るが、それはスルー。

 異変を察知した救世主クラスも、外に飛び出してきた。
 クレア達の姿を見つけ、駆け寄ってくる。


「ルビナス!
 こりゃ一体何事だ?」


「見ての通り、宣戦布告でしょうね。
 大々的に姿を見せて威圧して、民衆の恐怖感を煽るのが目的だと思われるわ」


「…あの大男…もしや…?
 しかし、確かに殺した筈…」


「……?
 あの仮面…どこかで見たような…。
 ブラックパピヨン、心当たりはありますか?

 …さぁね」


「あれが今回の“破滅”の軍の幹部か…。
 …うう、元マスターに会ったら何を言われるやら…」


「自業自得でしょう、イムニティ。
 アンタ性格変わりすぎてます」


「…随分とナメた真似してくれるじゃないの…!」


 口々に好き勝手に喋る救世主クラス。
 おっとり刀で出てきたダリアとミュリエルも空を見上げた。
 ミュリエルは、ロベリアの姿を認めて悲しそうに眉を潜める。



『アヴァターに生きる者達よ』

「!」


 褐色の女…ロベリアが口を開く。
 どうやっているのか知らないが、結構な音量だ。
 恐らく、アヴァター中の都市に似たような現象が起きているのだろう。


『神の御神体である大地を汚す者達よ。
 汝らの享楽の時は過ぎた。
 今度はその代償を払う番である。
 我らは“破滅”。
 “破滅”の将!』


「…イムニティ」

「はいな」

「アレ、どうやってるか解るか?」

「多分ね。
 昔の“破滅”で使われた兵器に、こんな機能を持ってるヤツがあったわ。
 こっちからアクセスするのは不可能に近いわね。
 何せ、魔力で云々じゃなくて、単に空気に映像を投影してるだけだもの」


 肩を竦めるイムニティ。 
 その隣で、クレアはどうにか出来ないものかと頭を捻る。

 連中が戯言を言ってるだけなら無視していいのだが、あまり好き勝手されると士気が下がる。
 しかしどうしたものか…。
 逆にこちらからも演説する?
 いや、どうも通話は一方通行らしい。
 こちらで声を張り上げた所で、王都の端にも声は届かない。


「…何か反撃の手段が無いものか…」


「私のジャスティも、あそこまではちょっと届きそうにないし…」


「私達も同じよ。
 距離が遠すぎる。
 …空気に映像を投影してるだけなんだから、思い切り空気を掻き乱してやれば映像は乱れると思うんだけど」


『…よって我々はここに人類の破滅を宣言する』


『愚昧蒙昧なる民よ。
 神の秤は我らが方にある。
 愚かな抵抗は無駄と知りなさい』


 仮面の男の声が響く。
 ベリオは宙に投影される仮面を凝視した。


「この声…まさか…!?」


 今度は小柄な影が口を開いた。

『しかし神はまた、汝ら蒙昧なる民にも最後の救いの道を残してくださった』

「…?
 なんか聞き覚えがあるな、この声…」


 大河が首を傾げる。
 次いで、大柄な影が続けた。
 しかし何か投げやりだ。


『その道とは汝が心を縛り付ける一切を破壊し、“破滅”に加わる事であ〜る。
 “破滅”の後も己が命を保ちたいと考えるならば、何時が手で父を殺し、母を殺し、妻を殺し、夫を殺し、子を、兄弟を殺して“破滅”に参加するべ〜し』


「…馬鹿な…確かに脳天を貫いた筈…。
 何故生きているのでござる?」

『その時、神の慈悲は真の強者に与えられるであろう』

「勝手な事を…!」


 ユカは歯噛みしている。
 余程頭に来ているのだろう。

 イムニティはと言うと、大した感慨を受けてはいないようだ。
 かつての“破滅”の軍も、似たような事ばかり言っていたのだろう。
 ある意味、進歩が無いと哀れんでいるのかもしれない。

 リコは…相変わらず無表情だ。


 宙を見上げて何か考えていた大河が、ふと何かを思いつく。


「…ミュリエル、ちょっといいか?
 あそこまで届く…そうだな、サーチライトみたいなのって無いか?」


「は? サーチライト…ですか?
 それなら、城壁の各所に取り付けられていますが。
 ほら、都合よくすぐ其処にも」


 城壁の上を指す。
 これは物理的な火を灯し、その光を魔力によって増幅するもので、使い勝手こそ悪いものの、理論上は幾らでも光量を上げられるという代物だ。
 そこまで上げてもあまり意味はないのだが…。


「よっしゃ、そんじゃ一丁反撃と行きますか!」


「! 大河、何か思いついたのか!?」


「ああ。
 リコ、何か色のついた紙を持ってきてくれ。
 切ったりしてもいいヤツを」

「…海苔とかでもいいでしょうか?」

「喰えなくなるぞ」

「すぐ買ってきます」


 瞬間移動で姿を消す。
 未亜は首を傾げた。
 黒い紙で、どうやって反撃すると?


「お兄ちゃん、何を…?」


「ヒント・学校の教科書」


「…あ、ナルホド。
 私、マジックペン取ってくるね」


 一発で大河の意図を見抜いたらしい。
 心なしか、その足取りは楽しそうだ。
 大河はニヤリと笑って、城壁の上に向かった。



『…として、汝等は…』

 相変わらず、ロベリア達の演説というか宣戦布告は続いている。
 途中でちょっとロベリアの愚痴が入ったりしたが、まぁ些細な事だ。
 こういうのはあまり長くしても意味が無いのだが…居るんだ、大勢の前で話をする時に限って、話が長くなる(比例して内容は薄くなる)ヤツが…。
 ロベリアはそのタイプらしい。
 後ろの3人は、どうもちょっとダレて来ているようにも見える。

 と…。
 空に向かって伸びる一筋の光の帯。
 その出所は、王宮の城壁だった。

 まぁ、光の帯が一本出てきた所で、誰も気にしない。
 それ所ではないのだから。
 しかし、次の瞬間にはその光の帯に視線が釘付けになる。
 何故なら……。


 ロベリアに鼻毛が生えたからだ。
 しかもぐるぐる巻きだ。


 …一方、王宮の城壁では…。
 マジックペンと黒い紙を持った大河が、サーチライトのすぐ横で爆笑していた。
 隣では未亜も口元を抑えて笑いを堪えている。


「ぎゃははははははははは!!!!!
 や、やっぱり基本はコレだよな!!
 ヒゲでもよかったけど、こっちが簡単だしな!
 でっかいキャンバスがあって書き安いぜ!」


「うぷぷぷ…つ、次私、次私…。
 えーと、それじゃこっちの仮面の額に…ていっ!」


「こ、穀!?
 米とか肉ならまだしも穀!?
 単体じゃ名前にもならねぇ!」


 完全に悪ノリしている。
 その後ろでは、ポカーンとして見守る救世主クラス+α、機構兵団、そして兵士の皆様。

 何をしているかと言うと、サーチライトを空の映像に向けて、サーチライトの方に落書きしているのだ。
 影絵と同じ原理である。
 サーチライトは落書きされた部分だけ光が遮られ、空の映像には影が映される。
 それが落書きになっている訳だ。
 まるで、教科書に乗っている写真に落書きがされるかのように。

 呆れていた透だが、次々に付け足される落書きを見て、体がムズムズしてきた。
 そう言えば、落書きなんて盗賊を止めて以来やってない。


「…俺らもやるか。
 マジックペンなら持ってるし。
 クレア様ー、あっちのサーチライト使っていいですか?」


「…え? あ、ああ…いいとも。
 よし、この線で行くか!
 王宮のサーチライト、全て起動させてあの映像に向けよ!
 好き放題に落書きしてやるがいい!
 あの気取った連中の澄ましたツラに、ウ○コでもベニテングダケでも書き込んでやれ!」


『『『『『『
   あいあいさーーーー!
           』』』』』』


 ニヤリと笑って命じるクレアに、これまた非常に楽しそうに答える兵士達。
 やはり自分も楽しめるとあらば行動も早くなるのか、サーチライトを起動させに行く動きが普段よりも三割り増しだ。

 そこからはもう、本当にやりたい放題だ。
 鼻毛が伸びた。
 乳首から毛が生えた。
 アフロになった。
 チョンマゲが出来た。
 ベロが出た。
 『愛していると言ってくれ!』と吹き出しが付いた。
 仮面が変態仮面になった。
 目からビームが出た。
 スイッチが付いた。
 ロベリアの胸に『揉』と書かれた。
 色付の紙を使って光線に色を付け、仮面の服がピンク色になった。
 『短小早漏』とレッテルが貼られた。
 ブラックジャックよろしく傷跡が付いた。
 『アザリン様至上主義』と書かれた。
 耳からちんこが出た。
 鼻ぢるが出た。
 頭の上に花が咲いた。
 導火線が延びた。
 『←1PLAY500YEN』と仮面の男の尻に書かれた。



『…の罪は重い。
 その償…償いはせねばならず…。
 明らか…明らか…にッ……!』

 なんかロベリアがプルプル震えている。
 しかし、サーチライトをどう動かしているのか、どんなに激しく震えても落書きがズれる事はない。
 無駄に器用な連中だ。

 城壁の外からは、既に恐怖の声はあがらない。
 むしろ爆笑しまくっている。
 いや、何やら不機嫌な声を上げるのが一人。


「いやいや、違うだろ、そこはそうじゃない…。
 ああっ、ディティールが甘い…バカ、意表をつけばいいってもんじゃないぞ…。
 だからって定番すぎるだろそりゃ…!
 ええい、まどろっこしい!
 こうなりゃ俺が直接描きに行ってやる!
 うおおおおおお!!!」


 何やら絶叫しながら、城壁を駆け上る市民が一人。
 驚いた表情で、それを何人もが見つめている。
 構いもせずに、男は城壁を垂直に登りきってしまった。

 昇った先は、よりにもよって救世主候補達の場所。


「何者「ペンをよこせ!」…は?」


「だからペンを寄越せ!
 落書きってのはこうやるんだよ!」

「ああっ!?」


 誰何の声にも耳を貸さず、男はベリオからマジックペンを引っ手繰った。
 今正に一大傑作を完成させようとしていたベリオは、思わず悲痛な声を上げる…が、次の瞬間には驚愕の悲鳴を上げた。


「こ、この落書きは!?」

「アートだ!
 正にアートだ、この落書き!」

「凄いわ!
 どう見てもウケを狙ったワザとらしい形だというのに、何処か上品さを感じさせ、それがまた滑稽さを引き立てる!
 この落書きは、既に芸術の域…!」


 怒涛の勢いで、空のロベリア達に珍妙なアクセサリーが追加されていく。
 負けてなるかと、他の兵士達もどんどん落書きして行った。
 既に宙の映像は、原型を留めてない。

 …あ、ロベリアの震えが更に強くなった。
 で、爆発。


『って、さっきから聞いてんのか王都の連中!

 人の話はちゃんと聞けってかーちゃんに躾けられなかったのか!?
 人の話無視して延々と落書きばっかしてんじゃねーぞゴルァ!
 さっきから人が大人しくしてりゃちんこ付けるわ髪をバッサリ切ってハゲにするわアフロを作るわ、そんなのは小学生から高校生が自分の教科書にだけにやってりゃいいんだよ!
 それともアレか、私達は教科書の写真か!?
 教科書に乗るほど私達は偉人で過去の人かオイ!?
 肖像権の侵害で訴えられたくなけりゃ出演料よこせ出演料!
 こちとら能天気な大飯食らいが居るせいで、“破滅”軍の食料が圧迫してんだよ!
 コイツの胃袋は神か、神ですかアンタ!?
 それとも胃袋が宇宙全体で、あまつさえ私達もその中に居るってのか!?
 ん? でも私達はコイツの隣に居るな、って事はクラインの壷ですか!?』

『ロベリア様、落着いて、落着いて!』


『おーいロベリア、飯が無いぞー』


『テメェは何時まで喰ってんだ映像流してんだから暢気な声出すんじゃねぇよ!』


『ギャヒーヒャヒャヒャハハハハハ!

 今更だっての!
 テメーが散々叫びちらしたお陰で、もう威厳も何もヒーひひはひゃはははあひあひあひあはやひゃはyはやあきえらkうぇんrkじゃえhぴあh!!』


『発音を造語してまで笑うんじゃねぇこのウスノロ露出狂が!
 テメーはそのままそっくり返ってハラワタをブチマケロ!』

『ぐおおおぉぉぉ!?』

『たっ、高いトコこわぁ〜い!
 でも脅える私も美し〜ィイ!』

『お前は天井にでもブラ下がってやがれええぇぇぇぇ!』

『ジェットアッパアァァァァァ!?』

『ロベリア様、どうぞコレを飲んでお気を確かに!
 カルシウムたっぷりの産地直送牛乳でございます!
 どうぞ!』


『むぶぁ!?
 がぼげぼぐぶぶぶがヴぁ!?
 む、無理矢理突っ込んで殺す気か!?
 しかもこりゃ牛乳じゃなくてバリウムだろが!
 何か、結局テメェも私を殺す気か!?
 私を殺して副官の地位を狙う気か?
 世の中信じられるのは自分だけですか!?
 そんな世の中、“破滅”に蹂躙されてぶっ壊れてしまえ!
 あーでもコイツも“破滅”の一員だしよぉ!』


『ロ、ロベリア様、バリウムの件は後にするとして、さっき落書きで書かれた導火線がジリジリと短くなっているのですが!?』


『ああん!?
 所詮落書きは落書きだろうが……って、何で何時の間に何処からここにモノホンのBOMBが沸いて出てんだー!?
 まさかさっきの落書きでー!?』

『だとしたら、耳からちんこ出なかっただけ幸運としか言いようがありませんな』

『た、退避、退避を!
 逃げる私もビューティホー!』

『爆死しろドライブシュート!』

『蹴られるのってカイカァァァァァン!』

『おいロベリア逃げる前にさっきの命令撤回してくれむしろ腹の縫い目が破れて肝臓とか露出してるんですけど!』

『露出狂には最高だろうが内臓まで視姦してもらえ!
 どうせ死んでるんだから問題ねーだろあ゛あ゛あ゛導火線がああぁぁあと2ミリィィィィィ』 

『おーいロベリア、米櫃が空だってばー』

『だらっしゃああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!』


 ブツン


「あ、映像終わったですの」


「…ロベリア…現世でもあんなに苦労して…」


 ホロリと涙を流すミュリエル。
 そして心底愉快そうに笑うルビナス。
 ちなみにコイツ、ロベリアに向けて容赦なく落書きしまくっていた。


「いやー、ロベリアのツッコミ体質は相変わらずねぇ。
 一時期、あれで胃潰瘍になりかけてたっけ」

「元凶その2が何を言いますか何を!?」

「…不憫な…」

「元凶その1の子孫が言いますか」


 ミュリエルにとっては他人事ではない。
 かつては自分も、ああやって散々ツッコミばかりやらされたものだ。
 それこそキレて召還器の力を使ってまで魔力塊を叩き込んだものだが、アルストロメリアは直撃しても何故かケロッとしているし、ルビナスはルビナスでアルストロメリアの影に隠れたり、場合によってはロベリアを平気で盾にするという、秘儀『根暗マンサーバリア』まで使用していた。
 後になって、それはもう苛烈にロベリアが反撃していたものだが…。
 ちなみに、旅の終盤では、ロベリアを盾にされようが人質にされようが、ミュリエルも平気な顔して魔法を叩き込んでいたのだが…ひょっとして、それが道を違えた最大の原因だったのだろーか?

 リリィが空を見上げ、マジックペンを片手で弄びながら言う。


「まぁ、何にせよ士気の低下は防げたでしょ。
 王都では落書きを見て大笑いしてたし、他所でもあの醜態を見ちゃあねぇ…」


 クックック、と声を抑えて笑う。
 ちなみにリリィは、ロベリアにイヌミミを付けようと四苦八苦していた。
 ちなみに絵心は無い。


「中々愉快な一時でござったな。
 まぁ、一時凌ぎにしかならぬであろうが…」


「そうですね…。
 まる一日休んだ事ですし、また戦場ですね。
 クレアちゃん、出発は何時になりますか?」


「む…そうだな…。
 今すぐにと言いたい所だが、各々準備があるであろうし…。
 夕方までに、それぞれ準備を進めよ。
 救世主クラスは、今晩22時を以って、再び最前線へ向かってもらう。
 ユカ・タケウチお前もだ。
 異論は無いか!?」


『『『『『
     了解!
        』』』』』


 救世主クラスがそれぞれの準備にかかり、落書きの余韻を楽しんでいた兵士達も、サーチライトに残るペンの跡を消している。
 クレアは城壁から遠くを少し眺めると、すぐに自分も仕事に戻る事にした。
 明日からは、どんどん兵を動かさねばなるまい。
 事によったら、最悪魔導兵器を使う可能性さえある。
 もしそうなった時に備えて、王都の住民達の避難先を作っておかねばならないし、兵站の問題もある。
 やるべき事は、山のようにあった。

 幸い、クレアは一人でその仕事を片付けねばならないのではない。


「アザリン!」


「む、クレアか。
 とうとう始まったな…」


「ああ…。
 然るに、まず前線部隊の状態は?」


「意気軒昂ではあるようだが、やはり補給がな…。
 事実上リヴァイアサンとの連戦じゃしな。
 今日まで殆ど魔物が出てきてなかったそうだが、明日からは違う。
 如何なドムとパコパコとは言え、損害は跳ね上がると見るべきじゃろう」


「そうか…。
 何時まで続くのか解っていれば、亀戦法も取れんことはないが…。
 やはり攻め込むしかないのだが、そもそも何処から…」


「ホワイトカーパスを出た時は、やはり魔物が山のようにおったが…それも、先日からの戦である程度は消耗している筈。
 それだけの魔物の数で、人類軍に勝てると踏んだのか…?」


 正面切って宣戦布告してきた以上、相手側には絶対の勝算があると考えていい。
 しかし、どうやって?
 単純な魔物の数でも押せる事は押せるが、絶対の勝算とはなるまい。


「…我々の知らない何かを掴んでいる、という事か…」


「だとしても、やはりここは攻めの一手が上策。
 数で圧倒されているのだから、尚更な。
 ここで防御に篭っても、手足を出す間もなく押し込まれるのみだ。
 とは言え、攻撃的防御…の形になるかな」


「中途半端じゃのう…」


 中途半端であるが、それ故にとても難しい。
 ある程度まで近寄ってきたら一気に叩き返し、それ以上は放っておく。
 と見せかけて、実はイムニティ辺りに例によって密偵を頼む。
 あまり“破滅”側に、何かを企む時間を与えたくない。
 ただでさえ劣勢だと言うのに、この上謀略まで使われては、本当に挽回の余地がなくなってしまいかねない。

 はぁ、と溜息をついて、すぐに気を取り直す。


「私は人類側の内情を引き受ける。
 戦場に関する兵站その他の問題は、お主に任せた。
 あまり市民の為の物資を削ってくれるなよ?
 暴発しない程度なら何も言わんから」


「解っておる。
 これがゲームの中なら、民の為など気にせず、丸ごと軍資金に注ぎ込むのであろうが…」


「仕方なかろう。
 ゲームと違って、エンディングがないのだからな」


 為政者は後の後の事まで考えねばならない。
 産まれたときからずっとそうして来たとは言え、中々面倒なものである。


 ナナシの部屋…。


「うーん…悩むですのぉ〜」


 ナナシは自室に戻って、持っていく荷物を吟味していた。
 オヤツを選んでいるのではない。
 そっちはとっくに購入済みだ。

 何を選んでいるのかというと、戦う為の荷物である。
 ただし、ナナシの場合は『戦う』と書いて『プロレスごっこ』または『リアル格闘ゲームorスパロボ』と読む。
 しかしナナシは基本的にヘボゲーマーなため、参考意見を聞くべくベリオを呼んでいる。
 何故ベリオかと言うと、彼女は『敵をあまり傷つけない戦い方』に慣れていると思ったからだ。
 何せベリオは、基本的に攻撃力が低い。
 ホーリースプラッシュやシルフィスのような攻撃技もあるが、基本的に結界を張ったり、相手を封印したりする戦い方がメインである。

 ナナシとて、これからの戦いで物凄い量の血が流れるという事くらい理解している。
 そして、それを止められない事も。
 しかし、ナナシはそれでも血を流さずに止めたい相手が居た。


「…ロベリアちゃん…一緒に遊んでほしいですの」


 王宮の中庭で出会った友達、ロベリア・リード。
 ナナシは彼女とは戦わない。
 そう、戦わないが、『遊ぶ』のだ。
 ロベリアの意思がどうであろうと、この際関係ない。
 有無を言わさず『遊んで』もらう。
 遊びで怪我をしたからと言って、ナナシはロベリアを恨まない。
 ロベリアは恨むかもしれないが、その時はごめんなさいと謝って、また友達になってもらうのだ。

 ナナシは小難しい理屈は解らないが、その分こういった直情的な思いの強さは折り紙付…むしろ鋼の芯入りだ。

 コンコン、とドアがノックされた。


「ナナシちゃん?
 ベリオだけど、入っていい?」

「開いてるですの〜」

「それじゃ失礼しま…ひぃ!?」


 扉を開けて一歩踏み込むや否や、掠れた悲鳴を上げるベリオ。
 それもその筈、ナナシの部屋の光景は、ベリオにとっては卒倒モノだろう。
 現に、真っ青な顔でフラフラと揺れている。


「? ベリオちゃん、どうしたですの?」


「どどどどどどうしたもこうしたも、何ですかこの腕の山とか足の山とか内臓っぽいモツの山は!?
 ここは殺人現場ですか、それとも死体処理場ですか!?
 私に何をしろって言うんですか、僧侶だからお経を上げて十字を切って生贄を捧げてストリップしろとでも!?」


「何って…参考意見を聞きたいだけですの。
 どれがいいと思うですの?」


「しょ、処理方法ですか!?
 死体の処理方法ですね!?
 アマチュアですよナナシちゃん、プロは死体の処理方法から考え……はぅ」


 コテン。

 ベリオは気絶してしまった。
 既に自分の準備は整っている筈だからいいのだが…こんな調子で大丈夫だろうか?


 ナナシが起こそうと近寄ると、ベリオは自分で勝手にムクリと起き上がった。


「いったぁ〜…倒れた拍子に頭打った…」


「ブラックパピヨンちゃん?
 アタマ大丈夫ですの?
 ベリオちゃんはどうしたですの?」


「あー、大丈夫大丈夫…。
 …まぁ…なんだね、こんなの見れば、ベリオじゃなくても気絶するわな。
 アタシもかなりビックリしたし」


「? 全部ナナシのパーツですのよ?」


「無造作に陳列するな無造作に」


 部屋の中には、腕やら足やら内臓やらがそれはもう縦横無尽に配置されていた。
 肘から先しかないものもあれば、肩から肘までしかない腕もあるし、肩から先が全部ある腕もあった。
 足も似たようなものだし、内蔵に至ってはどれが何の臓器かサッパリ理解できない。
 それらがあっちこっちに屹立し、何と言うかもうマドハンドとマド足とマド内臓の部屋?
 一見すると、床から腕が生えまくっているようにも見える。
 あまつさえ、時々勝手にウネウネ動く。
 気の弱い人間なら、問答無用でトラウマだろう。
 オバケ嫌いのベリオが卒倒したのも頷けるというものだ。


「で、ベリオに何を聞きたかったのさ?
 アンタの部屋をオバケ屋敷にするとか?
 ベリオをモルモットにしても、参考にならないよ。 
 大体アンタが居た墓地を参考にすればいいじゃないか」


「違うですのー、ロベリアちゃんを捕獲したいんですの。
 こう、ポケモンゲットだぜ!って感じで。
 捕獲ロープでもいいですの」


「ロベリア? って、元救世主候補で、“破滅”の将のあのロベリアかい?
 アンタがさっき、ほっぺにグルグル渦巻き書いてた」


「そうですの。
 ブラックパピヨンちゃんが、『私は真性のマゾ女です、蹴ってください』って書いてたあのロベリアちゃんですの。
 ロベリアちゃん、ナナシのお友達ですの〜」


「友達ったって…」


 俄かには信じられない。
 そもそも、ナナシの場合一方通行で友達と称している可能性が非常に大きい。
 大方、ロベリアが以前王宮に忍び込んだ時に知り合ったのだろうが…。

 少し悩んだブラックパピヨンだが、取りあえず流す事にする。


「まぁ、何も言わないけどね。
 それでロベリアを捕まえる作戦を練りたいっていうのかい?」


「そうですの。
 ロベリアちゃんも、話せば解ってくれますの!
 いざとなったら強制的に解らせますの」


「…何をする気かはさておいて…」


 ブラックパピヨンは頭を抱えた。
 話せば解る解らないはともかくとして、事はそんなに簡単ではない。
 ナナシがどういうつもりでも、ロベリアは容赦なく叩き潰しに来るだろう。
 多少面識がある程度で切っ先を鈍らせるほど、温和な性格はしていまい。
 聞いた所によると、ロベリアは酷くシビアな価値観を持っていたらしい。
 いかにナナシと言えども、その能天気さだけで押し切るのはムリだろう。

 確実にこちらを殺そうとしてくる相手に対して、極力傷つけずに捕縛したい。
 しかも、戦うのは戦闘においては極めて頼りにならないナナシ。
 限りなくハードなクリア条件である。


「…あのねぇ、ナナシ…」


「…解ってますの。
 ナナシは頭が悪いけど、ロベリアちゃんがとっても怒ってるのは解りますの。
 ゴメンナサイって言っても、きっと許してくれないですの」


「……」


 俯いて呟くナナシ。
 こんなナナシは今まで見た事がなかった。
 大河もルビナスも、多分同じだ。

 しかしナナシは、陰鬱なオーラをすぐさま打ち払ってブラックパピヨンを正面から見つめた。


「でも、やっぱりロベリアちゃんはナナシのお友達ですの!
 お友達とみんなが戦うの、とってもヤですの!
 難しくても、なんとかしたいんですの!
 ブラックパピヨンちゃん、手伝ってほしいんですの!」


 おちゃらけもお気楽も放り出し、土下座でもせんばかりのナナシ。
 ブラックパピヨンは口の中で少し毒づくと、足元にあった腕を拾い上げた。


「…自分では何か考えてみたのかい?」


「! ハイですの!」


 いそいそと床に落ちている腕を装着しはじめるナナシを他所に、ブラックパピヨンは内心で溜息をついた。
 全く、お人好しになったものだ。
 昔のブラックパピヨンなら、放っておくか諦めろと言うか、さもなくば更に困らせようとしたろうに。


(いやいや、打算だってあるじゃないか。
 万が一、いや億が一、本当にロベリアを味方に引き込めたらめっけモノだ。
 元救世主候補で、嵌められたとは言えルビナスに勝ったって事は、相当の実力を持ってる事は間違いない。
 ヘタをすると、救世主クラス総がかりでやっと…ああ、大河はどうだか分からないけど。
 それが味方になる…ならないまでも、ちょっとでも切っ先を鈍らせてくれれば…ダメだ、こんなウソじゃ自分も騙せない)


 全く、つくづく、本当に。
 モノ好きになってしまったものだ。


(…もしロベリアをこっちに引き込めたら…兄さんの事も、分かるかな…)


 ふと浮かんだ思いを、頭を振ってやり過ごす。
 もう戦は始まるのだ。
 例えあれが本当に兄のシェザルだったとしても、大河達を殺されるのは御免蒙る。


(悪いね、兄さん…。
 アンタはもう昔のオトコでしかない。
 今は、アタシも、ベリオも…大河のテクに夢中なのさ)


「ブラックパピヨンちゃん、見てほしいですの!」


「あん…げっ!?」


 ナナシの声に目をやると、そこには何故か服を半分肌蹴ているナナシ。
 体の右半分が露出している。
 ただし、サラシはしっかり締めていた。

 それよりも問題なのは…阿修羅なんぞ目ではない、それこそ千手観音よろしく背中からワラワラと生えまくっている手の束。
 そして肩についている普通の手は、ヘソの前で何やら合掌印を組んでいる。


「仏・ゾーンナナシですの!」


「アンタはセンジュか!?」

 自信満々なナナシに、裏手で突っ込みを入れるブラックパピヨン。
 が、その裏手を一本の手がガシッとガード。


「あ…」

「え゛?」


 間の抜けた声のナナシに、嫌な予感を覚えて冷や汗を流す。


「千手パンチがオートカウンターですのー!」

「へぶしっ!?」

 ブラックパピヨンの裏手ツッコミのエネルギーが、そのままブラックパピヨンに返ってくる。
 しかも、つい気を抜いてしまった瞬間なので威力は倍増だ。
 ただでさえカウンターを食らうと、よろけとダメージが1.3倍から1.5倍が相場だと言うのに。

 ご丁寧にも千手パンチと言いつつ、裏手ツッコミ。
 …ついでに言うと、本家千手パンチは一撃では終わらない。
 そのやたらと多い手が、それぞれドンドコ殴りかかってくるのである。
 つまり…。


「あだだだだだだだだだだだだ!?!?!!?」

「ああっ、ブラックパピヨンちゃーーん!」


 裏手突っ込みを連打でくらうブラックパピヨンだった。
 ちなみに胸に当たった場合のみ、殆どダメージはない。
 理由は推して知るべし。
 なんつーか、裏手突っ込みを通り越してスパンキングになってるような気もするが…。


 千手ツッコミを何とか耐え切ったブラックパピヨン。
 涙目になって体から湯気とか出てるみたいだが、まぁ気にしない。


「おー、痛かった…」


「あぅぅ、ゴメンナサイですのぉ…」


「…ま、いいけどね…。
 それ、ルビナスがつけた機能かい?」


「そうですの。
 どーも、色々な機能を組み込みたいが為に、とにかく一杯オプションを付けようとした結果みたいですの」


「…そのようだねぇ…。
 ……歩けるかい?」


 今のナナシは、見るからにバランスが悪い。
 背中に重量が集中しているため、今にもひっくり返りそうだ。

 歩けるか、との質問には、ナナシは行動で答えて見せた。
 そのまま前に倒れこんだのである。
 受け止めようとするブラックパピヨンだが、それよりも先にナナシの体が支えられていた。
 これまた背中から出ている腕達に。


「このまま這っていきますの〜」


 そう言って、ワシャワシャワシャワシャ腕を動かし、進むナナシ。
 手が沢山あるためか、結構早い。
 しかし…。


「…やめな。
 足が一杯ある虫みたいで気持ち悪いから」


「あう〜…」


 精神的なダメージは与えられるかもしれないが、それよりも味方にうっかり攻撃されそうだ。
 ナナシはふんっ、と気合を入れて立ち上がり、腕の大部分を外してしまった。


「…まぁ、あっても8本が限度じゃないの?
 あんまり沢山あっても、使いこなせないだろ?」


「ナナシは使えないけど、オートカウンター機能がそれぞれに付いてるですの。
 ロックオンしていれば、腕が勝手に戦ってくれますのよ」


「へぇ…そいつぁ便利だな…」


 便利だ。
 それなら戦闘の心得がまるでないナナシでも、そこそこ戦えるだろう。
 戦えるだろうが…。


「…ってコトは、何かい?
 さっきの裏手ツッコミに対するオートカウンターで、ルビナス特性のヒミツ機能がガンガン私に発砲された可能性もあるって事かい?」


「…………無問題ですの!」


「有問題だよバカタレ!」


 コーン。
 ナナシの頭が、鹿威しのような音を立てる。
 ブラックパピヨンのゲンコに頭を抑えるナナシだが…。


「…ナナシ、その動く腕はなんだい?」


「…ゲンコのせいで、ブラックパピヨンちゃんロックオンされちゃったですの」


「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「ファイエルですの!」
「余計なコト言うなぁぁぁぁぁぁ!!!」


 何となく言ったナナシの一言で、8本の腕はそれぞれ勝手にブラックパピヨンを狙って動き始めた。




はい時守です!
むぅ、週2回更新は意外と忙しい…。
まぁ、どうせ暇だからいいんですが。

昨日会社の忘年会に行って、飲みまくってきました。
おかげで自己紹介で少々はっちゃけ、今になって思うとちょっとアレですが楽しかったです。
…二次会って、カラオケじゃなくてスナックに行くのか…。
最初だからタクシー代から何から何まで奢ってもらって、ちょっと申し訳ない…まぁ、来年からは俺らが払う立場になるんでしょうが。

どうでもいいですが、スナックと居酒屋の違いが解らん。
さらにどうでもいいですが、こういう場合の2次会って風俗とかに行くんだと想像してました。

それではレス返しです!


1.街路樹様
お初です、今後もご愛読お願いたしマス。
代わってもらえるなら俺がまず代わってもらってるよチクショー!!

つまりアレですか、未亜の純潔なる存在或いは概念は、ハーレムよりも稀少品とw


2.パッサッジョ様
や、やはり桃色ッスか…?
本番まではやってないとは言え、充分エロでしたし…。
18禁とR指定の違いって何処だ…?
あとX指定は20歳以上だっけ?

憐ちゃんはこのまま黒くなってしまうのでしょーか?
それとも、透と一緒に居るせいで徐々に浄化され、白くなった挙句未亜みたいに世界を滅ぼそうとしてしまうのでしょーか?
…透が誰かに取られちゃったら、意外とありえるかなぁ…。
誰か…というと、朝っぱらからブラほっぽりだして闊歩する目の保養なアノ人とかw


3.イスピン様
エロシーンは普通のシーンの2倍くらい書くのが疲れるんですよねぇ…。
リビドーが噴出してる時はノれるんですが。

確かに、あまり濃いのもユカらしくないかも…が!
それを敢えて濃厚にネチネチいぢめるのが楽しいんじゃないですか!(オヤヂ発言)
ああ、ご心配なく、いぢめててもユカは嫌がってないようにしますから。

む、むぅ…元ネタわからん…。
どっかで見たような…。


4.ソティ=ラス様
ご期待に応えられたようで何よりですw
ユカの場合は…あー、この際だから言っちゃいますが、多分急展開…というか初っ端からハードな事になるかもしれません。
未亜の純情なるモノは、食えませんけど大河に売ったら物凄く喜ばれるよーな気がします。
ウブだった頃の未亜再来ー!とか叫んで…。

はっはっは、この世界にゃールビナスとか居るんですよ?
何が出てきたって不思議じゃありません。
それに、この世界に無い技術でも、別の世界から召還されたり流れ着いたりする事は結構あるんです、多分。
例えばシュミクラムとかね。

むしろ神と爛れた日々っつーか、神が救世主クラスのペットにw


5.アレス=ジェイド=アンバー様
ユカはエロシーンでも充分使いやすいですw
何故こんなに書き易い…?

残念、ユカを頂くどころか戦場まっしぐらでした。
リヴァイアサンが消えて、一日程度で敵が来襲…気が休まる時間が無いです、大河達も時守も。


6.悠真様
爛れてるのは今更ですしねw
実際、あれだけの人数を一度に相手するって普通は物理的に無理ですなw
いかにちっこいのが3人程混ざっているとは言え…。

『知らない単語』は、どこぞの同人誌で出てきたシーンで覚えました。


7.竜の抜け殻様
もう充分幸ありまくってますよw
本人からすれば不幸でも、開き直るのが決まりきってるんだしなぁ…。
同情は刺された時にだけしてあげましょうw

未亜VSレイカ、ちょっとどころじゃなく意味不明な感じになってしまいました。
一応理由はあるんですけどね…。
反発受けるだろうなぁ…。


8.カシス・ユウ・シンクレア様
や、やっぱり18ですか?
警告とか来たら修正しておこうと思ったんですけど…。

やっぱり大河君だけあって、女性の弱点は全て覚えているのですヨw
女性側の方も、むにゅむにゅしてばっかりで体が火照っていたでしょうし。
女性が増えすぎて、そろそろ大河君と互角…。
何かパワーアップさせるべきかw

透君、悪運だけは強いです。
掴まったと思ったら、即座に空に“破滅”の将が浮かび上がって貞操の危機を乗り越えましたw

なるほど、神を堕とすのを嫌う…ですか。
或いは、神を『理解できない神秘的なモノ』として崇めやすくするためでしょうか。
もう少し深読みすると、天災や不条理な運命を与える流れ=神の考えを崇高で深遠なものだと思い込ませるとか…。


9.DOM様
透君はまだ食われてませんよ。
さっさとヤっちゃった方が、色々な人が楽になるんですけどw

外伝ですか…S未亜の目覚めのシーンで一回やったきりですね。
展開に詰まったら、気分転換にちょくちょく書いてみます。


10.JUDO様
ソープですか…一度は経験してみたいんですけど、私まだ学生なんで…。
色々面倒になる前に、一回くらい行ってみようかなぁ…近所にあるかはともかくとして。

あー、ダリアだったら普通に出せそうですよね。
と言うか、今でさえ大きいのに妊娠とかして張ってきたらどうなるんだろ?

おお!?
外伝で、しかもクレア様の濡れ場とな!?
これは絶対絶対ゲットせにゃ!
しかも新ヒロインはチャイナ娘っぽいな!
大河との絡みはあるんでしょうか!?

11.YY44様
壮観云々以前に、物理的にどうか?と自分で疑問に思う今日この頃です。
エロは…まぁいいんですが、ムッツリと思われると微妙に落ち込みます、事実なだけにw

ぬぅ、言われて気が付きましたが、新キャラ出さなきゃいけないんでしょーか…。
現在でも一杯一杯なのに……でもプレイしたら出しちゃうんだろうなぁ…。
外伝なんですよね?
と言う事は、ひょっとして大河が神と戦って帰るまでの辺りの話とか?


12.なな月様
そのディレンマはよーく解ります。
ウチには本棚が四つくらいあるのですが、まだ足りない…。
もう古いやつとか廃品回収に出した方がいいかなぁ。

芝村さんのは凄いを通り越して…いかん、何も思いつかない…。
超絶してますなー。

そぉぷは未経験なので、これを機に一度…金が無いから無理です。
13Pもアリエネーですが、これからメンバーが…ええと、取りあえずユカを含めれば4人程増えそうですな。
3月過ぎた辺りで外伝の方をやって、場合によってはプラス1と。

ウチの犬は…ああ、そう言えば最近風呂に入れてません。
結構抵抗するからなー、あのアホイヌ…。
まぁ、そういう所も可愛いんですがw

いい文化形態じゃないですかw
本当に羨ましい…。
最終的には、書類仕事も畑仕事もソッチ系に汚染されると嬉しいですw

透君は、争奪戦が引き分けになるのではなくて、“破滅”の将の宣戦布告で一時中断となりました。
何処までも運のいい…いや悪い…?

雪かぁ…いつぞや年賀状を配る時に限って大雪降りやがって、エライ目に合いました。

BACK< >NEXT

△記事頭

▲記事頭

PCpylg}Wz O~yz Yahoo yV NTT-X Store

z[y[W NWbgJ[h COiq [ COsI COze