「(ネギと碇さん・・・何があったんだろう?)」
時間は少々遡り、のどかを任された明日菜は、ネギとシンジの事を考えていた。明日菜は、ネギが赴任初日に魔法使いである事を知ってしまい、以来、彼と秘密を共有している為、先程の事からシンジも同じ魔法使いだという事は容易に想像できた。
しかし、噂の吸血鬼に関しては、流石に明日菜も心配になっていた。2人の事が気になりながら、ふと夜空を見上げると、星の中に赤く輝く何かが見えた。
「あ・・・」
それを見た、明日菜の左右色の違う瞳が大きく開かれる。
「のどか吸血鬼に噛まれてへんやろか〜・・・なぁ、アスナ?」
「このか、ごめん。本屋ちゃん連れて先帰ってて!」
「え? ちょ、ちょっとアスナ!」
急にネギやシンジと同じように駆け出す明日菜。木乃香は、のどかを抱えたまま呆然と、その場に放置されてしまった。
「(何だ・・・この不愉快な感じ)」
茶々丸を抱えながらエヴァンジェリンは星の中に輝く赤い光を睨み付ける。それから発せられるのは憎悪、嫉妬、傲慢、欲望、怨嗟、憤怒……ありとあらゆる負の感情だった。
エヴァンジェリンは、ふと自分の手を見て震えているのに気付く。それは恐怖、だった。あの赤い光から感じる負の感情は不死で最強の吸血鬼である彼女を恐怖させていた。
そして、それはプライドの高い彼女にとって屈辱以外何ものでもなかった。悪の魔法使いを名乗っている彼女にとっては。唇を噛み締めると、エヴァンジェリンは再び蝙蝠を媒体としたマントを羽織って赤い光に向かって飛んで行く。
「エヴァンジェリンさん!」
ネギは彼女を追いかけようとしたが、体が動かなかった。足を見ると、ガクガクと震えていた。それはネギが感じていた恐怖だった。エヴァンジェリンと同じ負の感情を発する何か。
しかし、ネギは、それが知覚できるレベルではなく、無意識で体が硬直してしまった。
「く・・・動け! 動け動け!」
バンバンと杖で震える足を叩くネギ。エヴァンジェリンが吸血鬼で悪い魔法使いといっても自分の生徒である事に変わりは無い。助けたいと願うのは自然な事だ。
必死に足を叩くネギの両肩に、そっとシンジが手を置いて、耳元で囁いた。
「心を落ち着けて・・・」
「え?」
「焦りはもっと恐怖を生み出す。大丈夫。君は一人じゃない・・・だから、ゆっくり一歩を踏み出して」
ネギはゴクリと唾を呑み込んでゆっくりと足を動かそうとする。すると、ゆっくりと一歩足を動かせた。
「動いた!」
「良し。行くよ、ネギ君」
「ハイ!」
シンジがボードに乗ると、ネギも杖に跨って空へ上がった。2人とも猛スピードで学園上空に上がると、そこでエヴァンジェリンが魔法薬を使って交戦していた。
彼女が戦っているのは異様な化け物だった。2m50cmぐらいの体躯で、白と黒の体に両腕が大砲のようになっており、頭の部分が無く、胸と思われる箇所に二つの穴があり目のように見える。そして、その下には赤く光る玉があった。
「な、何なんですか、これは!?」
「坊や、邪魔だ! 消え・・・!?」
化け物を見て驚くネギにエヴァンジェリンが手を出さないよう言うが、化け物の両腕の砲口が光り輝く。
「マズい・・・! 離れろ!」
エヴァンジェリンが叫ぶと同時に両砲口から閃光が発射される。
「く! 氷盾……!」
氷の盾を張って閃光を防ごうとするエヴァンジェリン。が、閃光は術が発動する前にエヴァンジェリンの体を呑み込んだ。
「うああああああああああ!!!!!!」
「エヴァンジェリンさーーーん!!!」
「駄目だ、ネギ君!」
悲鳴を上げるエヴァンジェリンを助けに行こうとするネギをシンジが引き止める。閃光は夜空の彼方へと消えて行くと、火傷を負い煙を上げるエヴァンジェリンは、地面に真っ逆さまに落下して行く。
「エヴァンジェリンさん!」
「ネギ君、危ない!」
エヴァンジェリンを助けようと彼女の方へ向かって飛んで行くネギ。だが、化け物はネギに向かって砲口を向けていた。シンジは驚愕する。あんな威力の閃光が建物に当たったら中にいる人達は一溜まりも無い。
「ナルメル・ホル・アハ・ジェル! 燃え上がれラー・輝けホルス・喰らえオシリス!」
シンジが呪文の詠唱を始めると、杖の先端に光の玉が出現する。その玉は次第に大きくなっていき、まるで太陽の如く周囲を明るく照らし始める。
それに気付いた化け物は、シンジの方に向かって砲口を向けた。
「凄い・・・太陽だ」
エヴァンジェリンの腕を掴んで、ネギはシンジを見上げてそう呟いた。夜の空に輝く太陽だった。
「収縮」
シンジが更に詠唱すると、その光球は縮んでいき、杖に吸い込まれていく。すると、杖は光球のように輝き、シンジは大きく振り被る。
「輝光尖・聖貫!!」
杖は光の槍となり、化け物の中心にある赤い玉を貫く。化け物は悲鳴の様な雄叫びを上げると、十字型の爆発が巻き起こった。その爆発を見て、シンジは驚愕する。が、突如、彼の髪の色が真っ白になっていき、ボードが急降下して来た。
「あ・・・やば」
「え? ちょ、い、碇さん!?」
エヴァンジェリンを支えていたネギはシンジまで落下して来たので慌てるが、そのまま衝突し、地面の上に急激に落下して行く。
「うわああああああああああ!!!」
「ごめ〜ん、ネギ君」
このまま地面に落ちるかと思ったネギ。が、激突の衝撃は来なかった。恐る恐る目を開けるネギ。
「ふ〜、危なかった」
「ア、アスナさん?」
何と、いつの間にか寮の屋根の上に昇っていたアスナが片手でネギとシンジを掴み、エヴァンジェリンはボロボロの茶々丸が掴んで助けていた。2人は、シンジとネギ、エヴァンジェリンを引っ張り上げる。
「ったく! 何一人で危ない事してんのよ!? しかも碇さんまで巻き込んで!」
「あ、あぅぅ・・・」
引っ張り上げるなり説教垂れる明日菜だったが、ネギに怪我が無いか顔や腕を見てやる。
「ネギ先生、マスターを助けて頂き、ありがとうございます」
「あ、茶々丸さん・・・」
ボロボロの茶々丸は、彼女以上にボロボロになっているエヴァンジェリンを抱きかかえ、お礼を言って来た。そして「では」と屋根から飛び降りて行く。
「ちょ、ちょっと! 8Fよ、ここ・・・?」
「あの・・・アスナさん、何で此処に?」
「ん〜・・・あんた達が心配だったのもあるけど、な〜んか空に見えた赤い光が気になってね・・・って、そうだ碇さん!?」
そこで明日菜は、ようやくシンジの存在に気付く。そしてネギも彼の髪が真っ白になってしまっているのに気付いた。
「碇さん、その髪・・・」
「ああ、これ? えっと・・・」
話していいものか、とシンジは戸惑いながら明日菜を見る。彼女も、シンジの考えている事を察したのか、笑顔で返した。
「大丈夫よ。アタシ、こいつが魔法使いって知ってるから。碇さんも魔法使いなんでしょ?」
「え? そ、そうなんだ・・・」
本来、一般人にバレたらオコジョにされたりするのが通例だが、まぁバレてるのなら隠す必要も無かった。というか誤魔化しようが無い。
「うん、僕も魔法使いなんだけど、さっきの魔法は僕が使える術の中でも最高位の魔法でね。ただ僕自身、まだ未熟だから・・・」
本来は『輝光球』と呼ばれる最高の破壊力を持つ魔法である。シンジにはまだ完璧に扱えるレベルではない。しかも被害を出さないよう杖に収縮させ、即席で『輝光尖・聖貫』などというものをやってしまった為、シンジは魔力0の状態にまでなってしまったと説明する。
明日菜は、此処に来た時、少しだけ、周囲が物凄く明るくなったのが不思議だったが、それがシンジの魔法であったのだと納得した。
「碇さん、大丈夫ですか?」
「うん。しばらく休めば元に戻るよ・・・あの化け物の事とかも気になるけど、当面の問題はエヴァンジェリンさんかな・・・」
「エヴァンジェリンさん? そういえば茶々丸さんもいたけど・・・まさか、エヴァンジェリンさんが噂の吸血鬼!?」
「はい・・・そうなんです」
まさか自分の生徒が、噂の吸血鬼だとは思いも寄らず、ネギは恥ずかしそうに顔を伏せる。が、何で彼女が自分の父親の事を知っており、また何であそこまで執拗にネギを挑発していたのか理由が分からなかった。
「は〜・・・変わった娘だとは思ってたけど、まさか吸血鬼だったなんて。で? 化け物って?」
「あ、はい。それは・・・何とも形容したがいんですが、碇さんが追っ払ってくれました」
「うん・・・そうだね」
「碇さん?」
夜空を見上げていたシンジに、ネギと明日菜は首を傾げた。
「(あの化け物も気になるけど・・・何か別の気配があったような・・・)」
少し時間は遡る。
「ふぅ・・・」
麻帆良学園女子中等部3−A出席番号15番、桜咲刹那は、のどかを寮へ連れ帰る木乃香を見て安堵の溜息を吐く。彼女は、神鳴流という古流剣術の使い手で、木乃香を影から護衛する役目があった。
木乃香は関西呪術協会と呼ばれる日本を二分する魔法組織の一つ(ちなみにもう一つは学園長が長を務める関東魔法協会)の長の娘である。そして、木乃香は自覚していないが、彼女の中には強大な魔力が秘められており、その魔力を悪用しようとしている者達から守る為、刹那がこの学園に派遣されたのだ。
今日も刹那は影ながら木乃香を見守っていたが、噂の吸血鬼事件に巻き込まれかけていたので少しだけ焦ってしまった。が、吸血鬼(無論、それがエヴァンジェリンというのは知っている)はネギとシンジが引きつけてくれたので、ひとまず安堵した。
「しかし、碇さんも魔法使いだとは・・・ただものではないと思っていたが・・・」
2人の実力を合わせてもエヴァンジェリンには敵わないと思うが、学園長から聞いた話では、今のエヴァンジェリンは全盛期の力を大分削がれてしまっているようで、死ぬ事は無いだろうと思った。
「(とりあえずお嬢様はこれでご無事だろう。私も寮に戻って・・・)ん?」
寮に戻ろうとする刹那だったが、ふと桜の木の間を影が通り抜けて行ったのを目撃し、眉間に皺を寄せる。
「(今のは・・・)」
刹那は気になり、木乃香達に気付かれぬよう、影の後を追いかけた。
「・・・・・・・」
シンジ、ネギ、明日菜を木の枝から見上げている人物がいた。黒いマントとフードで顔を隠し、赤い瞳を覗かせている。そしてその手には、赤い玉が握られていた。
「(アレがサウザンドマスターの息子であるネギ・スプリングフィールド・・・)」
ポンポン、と掌の上で赤い玉を弄んでいたその人物は、背後に気配を感じ、振り返る。
「誰・・・?」
声からすると女のようだ。振り返った先には、刹那が険しい表情で睨んでいた。
「何者だ? この学園の者か?」
「・・・・・・・・・・・・・」
愛刀の夕凪に手をかけ、問う刹那。が、女は答えず、再び屋根の上を見上げる。
「・・・・・・不法侵入者か。本来、私の役目は別なのだが・・・放っておくわけにもいかない・・・捕縛して貰う」
「・・・・・・・・・」
女は更に沈黙する。刹那は目を細めると、女に向かって突っ込んで行き、夕凪を振り上げた。スパァ、と音がして枝が切れるが、そこに女の姿は無かった。
「速いな・・・」
刹那がそう言うと、彼女の後ろに女は立っていた。夕凪が掠めたのか、フードが少しだけ切れ、水色の髪が露になる。刹那は振り返ると、夕凪を強く握り締めて女に向かって突っ込んで行く。が、いきなり突風が吹き、思わず刹那は目を閉じる。次に目を開いた時、そこに女の姿は無かった。
「逃がしたか・・・」
気配も消え、刹那は悔しそうに歯噛みした。
「ここが・・・僕の部屋?」
明日菜に案内され、寮に割り当てられた部屋にやって来たシンジは、とても学校の寮とは思えない作りに唖然となる。床は絨毯が敷き詰められ、キッチンやバスルームは広く、冷蔵庫もしっかり完備されている。
「まったく! 学園長、部屋が空いたらネギをそこにやるって言ってたのに・・・」
「あ、アスナさん・・・」
ネギは明日菜と木乃香の部屋に居候しており、故郷の姉と寝ていた彼は、良く明日菜のベッドに潜り込んでいたりした。不満をぶちまける明日菜に、ネギが困った表情を浮かべる。
「じゃ、ネギ君、僕の部屋来る?」
「え?」
「あら、丁度いいじゃない。碇さん、一人だしお世話になったら〜?」
「あぅ・・・ぼ、僕はその・・・」
ネギは恥ずかしそうに顔を俯かせるとブツブツと何か呟く。シンジは首を傾げ、耳を近づけると小声で『アスナさんはお姉ちゃんと同じニオイがして・・・』と呟いていた。
子供らしいネギの言葉に、シンジはプッと噴き出した。
「どうしたの?」
「い、いや・・・神楽坂さん、ゴメン。魔力回復には、一人の方が集中出来るからネギ君預かるのは無理かな」
「そうなの?」
「うん」
「じゃ、しょうがないわね・・・」
気が強くて、どちらかというと自己的な明日菜も、シンジの魔力回復に関しては文句は言えない。屋根から見ていた限り、シンジはネギを助けてくれたし。
ネギと明日菜は「おやすみ」と言って、部屋に戻って行った。シンジは2人を見送り、ベッドに大の字で横になった。
「はぁ・・・参ったな〜」
初日で魔法先生以外の明日菜に魔法使いである事がバレ、隣の席のエヴァンジェリンが吸血鬼で、変な化け物が現れた。
色んな事があったが、何より気になるのは、あの化け物だった。シンジは、化け物にあった赤い玉、そして十字型の爆発には見覚えがある。
使徒・・・3年前まで、彼が戦った異形の生物だった。だが、使徒とは思えない。全ての使徒は倒した(内2つは友人だが)し、大きさがまるで違う。とても使徒とは思えないが、核(コア)らしきあの赤い玉と十字型の爆発がどうも気になった。
「(学園長か・・・父さんにでも聞いてみようかな)」
あの2人なら何か知ってるかもしれないが、とりあえず今はこの髪を染める為、シンジはコンビニへ毛染めを買いに出るのだった。
<レス返し>
>ななし様
あぁ、そうですね。言われてみて気づきました。『ネギま!』の世界が舞台なので、ネギの描写を抜かしてしまいました。今後、そういう点に注意して書きます。
>七位様
今回から原作から逸脱した話になっていきます。刹那も早い内に絡んで来ました。
ああ、そうですね。西暦に関しては、エヴァの15年早くっていうご都合主義になってしまってるんですね。セカンドインパクトが1985年で、サードインパクトが2000年って事になってるんです。指摘されて気付きました。ですが、ご都合主義と考えるのは、そこだけで、これからはちゃんと理由があっての内容になるよう真剣に努力します。今後ともよろしくお願いします。