(2月16日夕方、「ウルティマ」まであと11日の距離)
「今日の訓練は、これで終了とする!」
「「「「「ありがとうございました!」」」」」
「では、(ガガーリン5号)に帰還するぞ」
俺達が「ウルティマ」から避難する民間人を迎えに行くために、「ステルヴィア」を出発してから1ヵ月の時が流れた。
特別に選抜されたとはいえ、学生の身分である俺達は、学業と実習を兼ねた戦闘訓練を平行して受けていて、毎日スピアーズ隊長の指示の元で、本職の「ケイティー」部隊との訓練を繰り返していた。
訓練は、予科生で優秀だろうが、「ビック4」と呼ばれて有名だろうが、それはあくまでも学園内の事であり、本職のパイロット達に比べると「井の中の蛙」状態である俺達は、毎日クタクタになるまで訓練でしごかれていた。
更に人員的余裕がないためか、俺達予科生は「ビック4」の面々と同じく、本科生と同じ内容の座学の授業を受けさせられていて、3人の予科生の中で一番学業が苦手な俺は、かなり苦労する羽目になっていた。
光太はわざと真ん中程度の成績を維持している男なので、本科生の授業にも普通に付いて行く事ができたのだが、俺は一年の優位と懸命な努力によって上位の成績を確保していたので、7人の中では一番のバカで、町田先輩に追加で勉強を教えて貰っていた。
尚、しーぽんは、お嬢と同じかそれ以上の天才であったので、特に問題もなく座学の授業をこなしていた。
町田先輩は立ち直りは早かったが、先日の件で俺に悪い事をしてしまったと本気で思っているようなので、できの悪い俺を見捨てずに、最後まで面倒を見てくれているようだ。
町田先輩に言わせると、球技とは違って教えるとちゃんと吸収してくれるので、教えがいがあるとの事であった。
「疲れたけど、(ビアンカマックス)の調整と整備をして、明日の授業の予習をして・・・」
「僕も、(インフィニティー)で新型DLSの調整をして・・・」
「私も、光太君と孝一郎君の補助をしないと・・・」
わずか16〜7歳で遠征メンバーに選ばれた俺達は、毎日の訓練に付いていくのが精一杯であった。
表情は全く変わっていなかったが、光太ですら愚痴めいた事を言っているので、相当に厳しい状態なのであろう。
そして、「ビック4」の面々も、先輩なので俺達に弱音は見せなかったが、同様の状態だと思われた。
宇宙空間を航行しながらの訓練は、常に迷子になったり、置き去りにされる危険性との隣り合わせであったからだ。
「やあ、今日もご苦労さんだったね」
「本当にご苦労な事ですよ。御剣先輩」
「僕も、あちこちに借り出されて大変なのさ。ナジィとデートをする時間もありゃしない。こりゃあ、後で多額の負債を払わされそうだな」
「(ガガーリン5号)に、デートスポットなんてありましたっけ?」
「人気のない格納庫とか、空いてる倉庫とか・・・。ナジィの部屋は、町田君と同室だから不可能か・・・」
「そんなところで、何をしているんですか?俺なんて、毎日10分ほど電話して終了ですよ。しかも、距離が離れ過ぎているから、お互いに吹き込んだ録画画像を見るだけです」
「ステルヴィア」を出発した俺は、毎日のようにアリサと電話で話をしていたのだが、距離が離れるたびに、メッセージの届く時間が開いて、不便さを感じるようになっていた。
「君に比べて、音山君と片瀬君と町田君は、まだギリギリ元気だね」
「町田先輩も諦めれば良いのに・・・。光太が、ハッキリしないからでもあるんですけど・・・」
「だよね」
「ビアンカマックス」の調整を終え、自室に戻って明日の授業の予習を終えてから食堂に向かうと、そこでは、「ケイティー」隊のパイロット達が先に夕食を取っていた。
「厚木!こっちだ」
「坊主、今日はへたっていないか?」
「何だ、今日はお前1人か」
「しーぽんと町田先輩は、あとで来ますよ。悪かったですね。野郎1人で」
スピアーズ隊長と同じテーブルで食事を取っていた数人の同僚に呼ばれたので、俺は自分の食事を取ってから彼らの席に座る。
この1ヶ月で、俺はスピアーズ隊長や他のパイロット達とかなり仲良くなり、日々の訓練は厳しいながらも、色々な事を教わったりしていた。
「(ビアンカマックス)の調整をしていたのか?」
「ええ。まだ、8割の完成度ですね。パーツを交換や追加で、また細かい調整のやり直しなんですよ。データを集め易いからという理由で、毎日何らか改良をされていますし」
「試作機ってのも、大変なんだな」
「だから、員数外の俺に回ってきたんですよ」
「ビアンカマックス」は、この船団の整備士としても活躍しているオースチン財団の技術者達に毎日のように改良を受けていた。
往復80日間の時間を一時間でも無駄にしたくないという、ラルフ会長と「ステルヴィア」の上層部の意向のようだ。
「そうだな。俺達に回されても困る代物だからな。興味はあるのだが・・・」
「昔、乗った事があると聞きましたが」
「出力だけで、飛行プログラムも完成していなかったから、まっすぐ飛ばして終了だった」
「乗ってみますか?」
「時間があったら、是非そうさせてくれ」
「あっ!孝一郎君!」
「ほら、彼女が呼んでいるぞ」
「しーぽんは、彼女じゃないんですけど・・・」
食堂内にしーぽんと光太と「ビック4」の面々が現れ、しーぽんは俺を見つけて声をあげていた。
「ひよっ子達、こっちだぞ!」
「女性は大歓迎さ!」
「早くこっちに来いよ!」
スピアーズ隊長の部下達もみんなを呼び始めたので、全員が近くの席に座って食事をしながら話を始める。
「どうだ?ここ一月あまりの、俺達との訓練は?」
スピアーズ隊長は、代表してケント先輩に訓練の事を聞き始める。
「正直、厳しいですね」
「君達も学生としてはやる方だが、俺達はこれで飯を食っているからな」
「じゃあ、予科生の俺なんて、ヒヨコどころか玉子ですね」
「そう悲観したものでもないさ。お前の実力は、並みの予科生なんてとっくに追い抜いているからな」
「そうですかね?」
身近にとんでもない天才がいる俺は、客観的に自分の実力を量る事が苦手になっていたが、スピアーズ隊長達は、光太の実力をかなり正確に理解しているようで、「彼は特別だ」と常に口にしていた。
第一、特別でなければ、新型DLSのテスト機に指定された「インフィニティー」の専属パイロットに指名されたりしないであろう。
「(ウルティマ)に到着したら、敵の襲撃があって戦闘なんて事はあるんでしょうか?」
「大丈夫さ。もしそうなっても、俺達が何とかするから。片瀬君達は、(インフィニティー)の存在だけを誇示すれば良い」
しーぽんは誰が見ても可愛いので、スピアーズ隊長も他のパイロット達も、彼女の事をかなり可愛がっているようであった。
それぞれが「妹を思い出す」とか、「俺の娘も大きくなれば、あのくらい可愛くなるだろう」とか言って、訓練はキッチリと行っていたが、それ以外の時間では、お菓子をあげたり食堂でデザートをおごっている光景がよく目撃されていた。
おかげで、せっかくのチャンスなのにその急がしさと相まって、光太との仲はあまり進展していなかった。
「新型DLS、(インフィニティー)、(ビアンカマックス)・・・。俺達には、もうどうにもならないな」
「そうですか?」
「新型DLSは、俺も非公式に適正試験を受けてみたが、どうにもならなかった」
新型DLSについては、機密を守れる範囲で多くの人が適正試験を受けたらしいのだが、結局光太以外に、使いこなせそうな人は存在しなかったらしい。
「インフィニティー」は、以前ならば俺にでも動かせたのだが、例の新型DLSのテスト機になってからは、光太以外には動かせない代物になっていた。
同じ「インフィニティー」に乗っているしーぽんも、俺と同様に新型DLSへの適応度が低かったので、彼女の座席の操縦システムは、通常のDLSという二重のシステムになっていた。
本当は2人とも使えれば効率が上がって良いのだろうが、現時点での適応者が光太しかいない以上、仕方のない事であった。
「俺も使えない事もないけど、実際に使用するには、かなりの訓練が必要という事で、ほぼ駄目なようです」
「それでも、音山君の次に適正があるんだからね。羨ましい限りだよ」
「そうだな」
同じく、適正試験ではねられたケント先輩と笙人先輩が羨ましそうに言うが、ここ数回の訓練で特に進化や上達もしなかったので、俺も新型DLSに対する適応が低いのであろう。
ゼロではなかったので少し悔しい程度であったが、こればかりはどうにもならないし、俺には「ビアンカマックス」があるので、気にしないようにしていた。
「厚木は、オーソドックスに上手いからな。将来は、俺達のところに来れば良いさ」
「そうだな。お前なら、将来は隊長にもなれるさ」
「今のうちにスカウトしているんだから、俺達のところに来いよ」
「それは、願ったり適ったりですね」
「そうか。楽しみにしているぞ」
「スピアーズ、もう青田刈りをしているのか?」
「迅雷の生徒にしては優秀だからな」
「厚木は、レイラの教え子だからな」
「納得したよ。お前でなくて良かった」
「言ってくれるぜ!」
俺が、スピアーズ隊長達にスカウトを受けて顔をほころばせていると、迅雷先生が食堂に入ってきてスピアーズ隊長に話かけていた。
2人は、学園の同期で友達同士でもあった。
「片瀬も音山も厚木も、訓練と授業は厳しいと思うが、ここで苦労しておけば、あとで楽になるからな。頑張ってくれ」
「それは、無条件で優をくれるという事ですか?」
「それは、お前の成績次第だ!」
「えーーーっ!それは、ないですよ!」
「「「「はははははっ」」」」」
「ウルティマ」周辺の状況は不穏であり、俺達も日々の厳しい訓練で大変だったが、新しい人達との交流が悪いものではなかった。
だが、数日後に俺達は悲しい事件に巻き込まれる事になるのであった。
「(オデッセイ)を出発した遠征艦隊と合流ですか?」
「そうだ。旗艦(クラーク)以下3隻と、俺達と同等の規模の艦隊を出してきた。それに、数日遅れで出発したのに、もう追い付かれつつある。よっぽど、俺達と張り合いたいようだな」
翌日、突然午後の訓練が中止になり、俺とスピアーズ隊長が、「ガガーリン5号」の窓から外の景色を眺めていると、後方から同型艦らしき高速輸送艦が近づいてきた。
「(クラーク)か。予想よりも早かったな。向こうの司令は、学生時代の後輩だから、気が楽と言えば楽なんだが・・・」
「情に訴えて、有利な条件を引き出そうとしているかも」
「俺もそれを考えたが、そんな事を考える自分が嫌になってくるな。昔は気楽な学生で、組織の事なんて考えなくても良かったからな」
「そうですね・・・。はい。何でしょうか?」
携帯電話に着信が入り、それに出るとケント先輩の声が入ってくる。
「向こうも、学生が参加しているそうだ。カルロス達が表敬訪問をするので、君も一緒に出迎えて欲しい」
「わかりました。格納庫ですね」
「頼むよ」
「表敬訪問か・・・。様子見だろうな。学生ならば、警戒されないと考えての事だろう」
ケント先輩との話を終えて携帯電話を切った俺に、スピアーズ隊長が自分の考えを話す。
「お互いに、疑心暗鬼なんですね」
「(グレートミッション)の時は良かったな。みんなが、一つの事に集中できたから」
「そうですね。では、行ってきます」
俺はスピアーズ隊長と別れて、格納庫に向かうのであった。
「遅れてすいません」
「今、到着したみたいだよ」
格納庫内に「クラーク」を出発した、アストロボールの時のカラーリングのままの「ケイティー」が5機着艦し、中から見た事のある5人の男達が降りてくる。
「あーーーっ!アストロボールの時のムカツク大男!」
「しーぽん、しーーーっ!」
俺と光太は、大声をあげたしーぽんの口を同時に塞ぐ。
「これを使え」
「微妙に懐かしいですね」
更に笙人先輩が、×マークの付いたマスクでしーぽんの口を塞いだ。
「どこで手にいれたんだろう?」とか、「何で持っていたんだろう?」とか思ったのだが、笙人先輩ならありかなと思う事にする。
「(ガガーリン5号)にようこそ」
「久しぶりだな。ケント・オースチン」
「君達も参加していたとはね。お互いに学生使いが荒いようだね」
「(オデッセイ)でも、頻繁に未確認飛行物体が目撃されているからな。使える者は学生でも使うという事さ」
「うちも、大所帯なのは変わらないけどね」
「確かに、多いな・・・」
「我々の紹介は、今更良いだろうけど・・・。あっ、片瀬志麻君と厚木孝一郎君もいいかな?」
「彼女は、どうしたんだ?」
「罰ゲームだ」
カルロスの隣に立っている長髪の学生が、しーぽんのマスクについて聞いてくるが、笙人先輩の答えはあっさりとしたものであった。
「厚木、また会えるとはな」
「いやーーー。僕なんて小物ですから」
「お前は、相変わらずだな」
「では、艦内を案内しよう」
俺達はカルロス達を案内すべく、格納庫をあとにするのであった。
「僕は、紹介してくれないのかな?僕も、生徒なんですよーーー」
同じく、格納庫内で「ビアンカマックス」を整備していた御剣先輩は、自分が紹介されなかった不条理さを1人で呪っていた。
「(ステルヴィア)と(オデッセイ)で共同作戦をとれば、万が一の事態でも対応が楽になるのかな?」
「問題は、ちゃんと共同作戦がとれるかね」
「そうだな。上はお互いにギクシャクしているからな」
「私達も、そうではないと言い切れるのかしら?」
「ナジィはキツイな」
迅雷司令に挨拶に向かう途中で、ケント先輩とナジマ先輩とカルロスが話をし、その後ろに俺達3人と町田先輩が続き、最後に笙人先輩と「オデッセイ」組の4人が殿を歩いていた。
「笙人律夫」
「何だ?」
「片瀬志麻は、あの2人のどちらかと付き合っているのか?」
名前は忘れてしまったが、例の長髪の先輩と黒髪の先輩は、しーぽんを狙っているらしい。
以前に比べると、格段の態度の良さであった。
「厚木には、他に恋人がいる。音山は・・・」
「音山は?」
「おい、片瀬」
「はい?」
「君は、音山光太と付き合っているのか?」
あくまでも内緒で聞いたのに、笙人がストレートに本人に聞くという行動に出たので、2人は驚いてしまう。
「はい!」
本当は、正式には付き合っていないと思うのだが、町田先輩との争いで有利に立つために、しーぽんは躊躇なく付き合っていると答え、光太と腕を組み始める。
「志麻ちゃん」
「良かったな。光太」
「いいえ。付き合っていないわよ。私が、光太君と付き合っているから」
「そうでしたっけ?」
「ねえ。光太君」
「あのですね・・・・・・」
俺の疑問は軽く町田先輩に無視され、町田先輩も同じように光太の反対側の腕を組み、あくまでも付き合っているのは自分だと宣言する。
どうやら、外部に認知させて外堀を埋める作戦のようだ。
「音山光太は、二股をかけているのか?」
「許されざる男だな!」
「オデッセイ」組の2人は、光太に怒りの視線を向け始めるが、しーぽんと町田先輩の不毛な口喧嘩を聞いているうちに、顔を引きつらせ始める。
「先輩方、関わると大変な事に巻き込まれますよ」
「「みたいだな・・・」」
俺の説得で、先輩達はしゅんとしてしまう。
どうやら、状況を理解して貰えたようだ。
俺としても、これ以上事態がややこしくなるのは勘弁して欲しいので、非常に喜ばしい事でもあった。
「町田は、あんな奴だったか?」
「最近、色々とあってね」
「恋する乙女は最強よ」
以前とはかなり性格が変わっている町田先輩に、カルロスも驚いているようだ。
「みたいだな。それで、例の新兵器を見せて貰いたいのだが・・・」
「新兵器?」
「あの巨大なロボットの事だ。それと、改めて(ビアンカマックス)を見せて貰いたい」
「それが訪問の目的かい?」
「軽蔑してくれて構わない」
「立場が逆なら、我々も同じ事をしたからね」
ケント先輩はそれだけを言うと、携帯電話で迅雷先生と連絡を取り始める。
「白銀司令、学生達が(インフニティー)と(ビアンカマックス)を見学したいそうです。・・・・・・・・・。はい。わかりました。カルロス、許可が出たぞ」
「すまん」
「気にするな」
その後、カルロス達は白銀司令に挨拶をしてから「インフィニティー」を見学し、次に「ビアンカマックス」の見学を行うのであったが、ここで大きな落とし穴があった。
「始めまして!僕は(ビアンカマックス)の専属整備士の御剣ジェットです。僕が、一から説明をしたいと思います」
「ああ・・・。よろしく・・・」
先ほど、自己紹介をされなかった鬱憤なのか、御剣先輩は聞かれもしない事まで丁寧に長時間にわたって説明をし、当のカルロス達は勿論、付き合っているケント先輩達や俺達までを閉口させるのであった。
「このパーツの特性はですね。材質の見直しと・・・」
「(厚木、何とかならないのか?)」
あまりの長時間の説明に、カルロスが困ったような表情をしながら尋ねてくる。
「(詳しい情報を、持って帰れるじゃないですか)」
「(大体で良いんだよ。そこまでは上も期待していないし、俺達も覚えきれない。第一、専門外だ)」
「(でも、誰にも止められませんので・・・)」
「(とほほ・・・・・・)」
御剣先輩の長時間の説明を聞いたカルロス達は、げんなりした表情で「クラーク」へと帰艦していった。
(2月24日、「ウルティマ」まであと3日の宙域)
「クラーク」以下「オデッセイ」の艦隊と合流してから一週間後、しーぽんはりんなちゃんと連絡を取るべく、通信室で「ウルティマ」に電話をかけていた。
「ねえ。向こうから返事があるまでの間、黙っていても仕方がないんじゃない。リラックスして待っていれば?」
「それじゃあ、りんなちゃんとお話している事になりませんから」
「だからって、返事待ちの間、じっと画面を見ている事もないでしょ」
「タイムラグがあるんだから、リラックスして待てば良いのに」
「それじゃあ、電話になりませんから」
「そうか?」
「志麻ちゃんって、意外と頑固なんですよ」
「たまに、思い切った事もするしな」
「もう、うるさいな。3人は」
俺と光太と蓮先生が、しーぽんの後ろでその様子を見ていたのだが、しーぽんは、りんなちゃんからの返事を身構えながら待っていた。
まだ、「ウルティマ」までの通信には、かなりのタイムラグがあったのだが、しーぽんは律儀に画面の前で待っていたのだ。
「おっ!返事が入った」
「そうなんだよ。お父さんって、デリカシーがないのよね。光太の事も気に入らないみたいだし。ところで、孝一郎は浮気なんてしてない?してたらアリサが悲しむわよ」
「なぜに、俺が直接指名?」
「怪しいからじゃないかしら?」
「蓮先生との事を、微妙に疑われてるんですけど・・・」
「あら。嬉しいわね」
しーぽんは、定期的にりんなちゃんと電話をしていて、「ステルヴィア」のみんなの色々な事も話しているらしい。
光太がしーぽんを実家に誘った事も知っていたし、俺が蓮先生にランジェリーショップに連れて行かれた事や、お嬢がまだ俺の事を諦めていない事までも知っていて、たまに鋭い追求を受ける羽目になっていた。
「光太とも、もう少しで会えるし、これでスタートラインに立てるわけね。こうなると、町田先輩も役に立っていたわけね」
「しーぽん、りんなちゃんに見透かされているぞ」
「うううっ。負けないもん」
「私も光太のために、セクシーな下着でも買おうかな?」
「りんなちゃんだと、サイズがね・・・・・・」
「孝一郎君、りんなちゃんに怒られるよ」
「向こうに聞こえていないから大丈夫。タイムラグと録画方式って素晴らしい」
同じ電話でも距離が離れている影響で、一々録画をしてから送信しないと向こうに届かないので、俺の発言は、りんなちゃんには聞こえていなかったのだ。
「りんなちゃんに、言っちゃおうかな」
「待て!それは、なしにしてくれ!」
「あとで、ケーキが食べたいな」
「小悪魔め」
俺がしーぽんに無駄な出費を約束させられていると、りんなちゃんから次の返事が返ってくる。
「荷造りも終わったし、パパも仕事が終われば・・・。きゃ!何だろう?なに?!」
突然、緊急警報が鳴り響き、りんなちゃんからの通信が切れてしまった。
「りんなちゃん!」
「何かあったのか?」
「あれは、緊急警報のサイレンですよね」
「そうね」
「りんなちゃん!」
「(ウルティマ)で何があったんだ?」
しーぽんの叫び声も空しく、それ以後「ウルティマ」からの通信は完全に途絶してしまうのであった。
(20時間後、「ガガーリン5号」の格納庫内)
「(ウルティマ)は、完全に通信途絶だそうだ」
「そうですか。みんな無事だと良いんですけど・・・」
緊急事態を受けて、白銀司令が「ガガーリン5号」以下の艦艇のスピードを上げていたので、俺と御剣先輩は、訓練を中止して「ビアンカマックス」の調整と整備を行っていた。
「厚木、俺も手伝おう」
「笙人先輩、すいませんね」
「待機ばかりで暇だからな」
「孝一郎、御剣先輩、笙人先輩。飲みますか?」
「すまんな」
「悪いね」
「ちょうど喉が渇いていたところだ」
3人で整備をしていると、更に光太が飲料を持って現れる。
どうやら、光太も暇を持て余しているらしい。
「それで、しーぽんは?」
「通信室から出てこないんだ。志麻ちゃんは、頑固だから」
「そうか。りんなちゃんが、心配なんだろうね」
「音山は、もう尻に敷かれているのか?」
「まだ、付き合っていませんよ。僕達は」
「早く告白すれば良いのに」
「だと思うなら、町田先輩の暴走を止めてくださいよ」
「恋愛の事は、自分で何とかするんだな」
「笙人先輩の言う通りだな」
「僕もそう思うよ」
「厳しいな・・・」
笙人先輩、俺、御剣先輩の3人に突き放された光太がガックリときていると、笙人先輩の携帯電話に着信が入る。
「ケントか?何!本当か?」
「どうかしましたか?」
「(ウルティマ)の居住ブロックが、前方から接近中だそうだ」
「(ウルティマ)から切り離して避難中という事ですか?」
「詳細は不明だが、(ガガーリン5号)はスピードを落としてドッキングを行うそうだ」
「行こう!」
「そうですね」
「りんなちゃん!」
俺と光太としーぽんは、ドッキングブロックを目指して走りだした。
「何があったんだ?」
「酷い・・・・・・」
「ガガーリン5号」と「ウルティマ」の居住ブロックとのランデブーは無事に成功した。
だが、ドッキングブロックの中は多くの負傷者であふれ、蓮先生が多くの看護士に指示を出して、負傷者の救護に当たっていた。
「りんなちゃんは?」
「あそこだ」
通路の端でりんなちゃんは、クリスマスイブの日に映像で見た事があるお母さんと一緒に座り込んでいた。
「りんな。もう、大丈夫だからね。しっかりしなさい」
小さいりんなちゃんには大きなショックだったらしく、彼女はお母さんの言葉にも反応が薄いままであった。
「りんなちゃん!大丈夫か?」
「りんなちゃん!」
「あ・・・。しーぽんと光太と孝一郎がいる」
「りんなちゃん、大丈夫?」
「しーぽんだ!もう、私、会えないんじゃないかと思ったぁーーー!ふぇーーーん!」
りんなちゃんは、感極まったようでしーぽんに抱き付いて泣き始めた。
「始めまして。厚木孝一郎です。あの、何があったんですか?」
「実は・・・・・・」
りんなちゃんのお母さんの話によると、突然、例の未確認飛行物体の攻撃を受けたので、居住ブロックを切り離して避難してきたとの事であった。
「私の主人も、まだ(ウルティマ)に残っているのです」
「そうですか・・・」
俺達は、戦闘もありえるという事態に不安になりつつも、身を引き締めるのであった。
「では、作戦を説明する」
十数時間後、避難してきた「ウルティマ」の職員から詳しい事情を聞いた白銀司令から、取り残された人達の救出作戦の実行を伝えられ、全参加メンバーはブリーフィングに参加していた。
本来ならば、学生である俺達は不参加であるはずなのだが、「インフィニティー」と「ビアンカマックス」は、白銀司令が搭乗する救援機の護衛のために参加する事になったいた。
「これは、先行している(クラーク)からの映像だ。ウルティマに取り付いているのが3機で、周囲を回っているのが3機で合計6機の国籍不明機の存在が確認されている。現在、ほとんどの人が避難しているが、ボスコフ司令を含む5人がまだ取り残されている。君達の任務は(クラーク)の編隊と協力し、俺の乗った救護艇が残された人達の救助を行う間、国籍不明機の動きを抑える事にある。いいか。あくまでも救助が目的だ。無用な戦闘は避けるように」
「質問があります」
「何だ?」
「我々は陽動のみを行い、敵が攻撃してくるまでは、手出しは不要という事でしょうか?」
「武器での攻撃は、命令があるまで不許可だ。あとはこちらで指示を出す」
「了解です」
「厚木以外に、質問は者はいるか?いないのなら、作戦開始まで待機だ。では、これにて解散!」
「待機任務に入れ!」
スピアーズ隊長の命令で、全パイロットがブリーフィングルームを出て、格納庫に向かって歩き始める。
「厚木」
「何ですか?」
「おかしな質問をしたものだな」
「確認をしただけですよ。自分が、最初のターゲットにならない事を祈るのみですね」
俺はこちらが攻撃しないからといって、向こうも攻撃をしないなんて事はないと思っていたし、始めての実戦になるかもしれないと考えていて、不安で胸が一杯だったのだ。
「そうだな。だが、迅雷も熟考しての事だ。攻撃命令を下すのは簡単なんだ。だが、敵の飛行物体が予想外の高性能ならば、味方に多くの犠牲を生んでしまう可能性があるし、敵が切羽詰まって(ウルティマ)本体を攻撃してしまえば、救助作戦は失敗する可能性が高くなる。迅雷も過去の事件を検討して、敵が先制攻撃をかけていない点にかけたのだろうな」
「甘くないですか?」
「国籍不明機は、切り離した居住ブロックを追跡して止めを刺さなかった。という事は、(ウルティマ)本体のみが目標という可能性が高い。現に何機かが取り付いて、コントロールを奪っているからな。ならば、こちらの人員の救助活動を見逃す可能性もある」
「確かに、そうかもしれません」
「それに、まだ学生で17歳のお前がそんなに心配するな。難しい事は俺達がやるから、お前は迅雷を守れば良いんだよ。あいつは、俺と違って優秀だから、将来は(ステルヴィア)を背負って立つ人間になる。一方、俺にはパイロットしかできない。ならば、俺はできる事をするのみだ」
「格好良いですね。スピアーズ隊長は」
「おだてても何も出ないぞ。それに、俺も血の気の多い方だからな。攻撃許可を求める可能性だってあるんだ」
「俺は、護衛任務に徹します」
「それで良いんだ。そうだな。無事に(ステルヴィア)に戻ったら、酒でもおごってやるかな」
「俺、未成年ですよ」
「内緒だぞ。それに、お前は良く頑張っているさ」
「楽しみにしてますよ。俺って、意外と飲むんですよ」
「この悪ガキが」
「では、俺はこれで」
「頑張れよ」
俺は、にこやかに笑うスピアーズ隊長と別れたのだが、これが彼と直接顔を合わせた最後の機会となってしまったのであった。
「君も(ビアンカマックス)も、無事の帰還を祈っているよ」
「ちゃんと、帰ってきますって」
「ガガーリン5号」の後部に接続されている「インフィニティー」に向かう光太としーぽんと別れた俺は、御剣先輩と格納庫内で「ビアンカマックス」の最終調整を行っていた。
「(ビック4)ですら待機なのに、君達は出撃なんだね」
「新型機だからでしょうね」
「新型のビーム砲もあるからね。でも、無理をしないでくれよ」
「俺は大丈夫ですよ。ただの護衛ですから。スピアーズ隊長達は、辛いでしょうけど」
「敵が、絶対に攻撃してこないという保障はないからね」
「孝一郎!」
「うん?りんなちゃん」
御剣先輩と話しながら整備をしていると、りんなちゃんが、俺達のところまで走りながらやってくる。
「孝一郎!私も連れて行ってくれるように、白銀先生に頼んで!」
「りんなちゃん、それは無理だよ」
「(ウルティマ)には、まだパパが残っているの。私、パパと約束したの!必ず迎えに行くからって!だから・・・」
「りんなちゃん・・・」
りんなちゃんは、目に涙を浮かべながら俺に頼んでくる。
「何で俺のところに?しーぽんと光太には、頼まなかったの?」
「断られちゃったから・・・。孝一郎、お願い!私も連れて行って」
「それは無理だよ。この作戦は全力出撃で、予備のオーバビスマシンなんてないんだから」
「作業用の(ビアンカ)でもいいから!」
「それは駄目だよ。俺達は、りんなちゃんのお父さんを救出するために、白銀司令の指揮下に入っているんだから。だから、安心して待っていてくれないかな?俺だけならともかく、光太としーぽんも出るんだから」
「孝一郎・・・」
「(天才)と(奇跡の退場娘)に加えて、俺もいるんだから安心しなさい!」
「うん・・・」
それから十分後、白銀司令指揮下の救援部隊は、「ガガーリン5号」以下の艦艇を出撃したのであった。
「(インフィニティー)、出発します!」
「発進!」
「(ビアンカマックス)行きまーーーす!」
俺達に続いて、3隻の艦艇から80機を越す「ケイティー」部隊が出撃し、最後に迅雷先生の座上する救護艇も出撃した。
数分ほど飛行していると、「クラーク」以下の艦艇を出撃した60機ほどの「ケイティー」部隊との合流を果たす。
「オデッセイ」でも頻繁に未確認飛行物体が確認されている現在、これだけの規模の艦隊と「ケイティー」部隊を派遣したという事実に、「オデッセイ」上層部の意図が見え隠れしていた。
「(オデッセイ)も奮発したんだな。(ステルヴィア)と(オデッセイ)は対等という事か・・・。おかしな事をすると、争いを増やしてしまうな」
やはり、先日の保安部会での各ファンデーション間の対立が尾を引いているらしく、「グレートミッション」後に確実に発生すると思われる様々な人類同士の騒乱や事件で主導権を握るために、お互いがこれだけの戦力を出したものと思われる。
地球圏と違い、人口の少ない「オデッセイ」には大きな負担なのだろうが、「ステルヴィア」への対抗意識が、これだけの規模の艦隊の派遣に繋がっているのであろう。
保安部と「ステルヴィア」の一部上層部は、太陽系内で何かがあったら、この3隻の高速輸送艦群を機動艦隊に仕立てて各地に派遣する計画のようで、今回の「ウルティマ」での件は、一種のテストケースであるらしい。
「白銀司令、生意気な事を聞いて良いですか?」
「内容にもよるが、言ってみろ」
「指揮権で揉めていませんか?」
「それは大丈夫だ。俺達は現場の人間が多いから、無駄な事はしないんだよ」
「納得しました」
「しかし、(グレートミッション)以来の大編隊ですな。白銀司令」
同級生ではあるが上官である白銀司令に、スピアーズ隊長は丁寧な口調で話しかける。
「お互いの意地の張り合いってやつだな。お前は、大編隊の指揮に慣れているだろうから頼むぞ」
「了解です!」
その後、「ステルヴィア」の「ケイティー」部隊は、「オデッセイ」の「ケイティー」隊と無事に合流を果すのであった。
「(オデッセイ)の諸君!今回の指揮を執る(ステルヴィア)の白銀だ。よろしく頼む」
「こちらこそよろしくお願いします。白銀司令の事は、うちのチーノからかねがね」
「オデッセイ」の「ケイティー」部隊の隊長は、赤いロングヘアーが似合うなかなかの美人であった。
「そうか。作戦は、先に打ち合わせた通りだ」
「了解です。スピアーズも久しぶりね」
「お互いに、(ウルティマ)までご苦労な事だな」
「そうね。でも、そちらは予科生まで動員しているのね」
「若くても、並みのパイロットなんかよりよっぽど上なんだよ。俺がこの40日間、バッチリ鍛えたしな」
「それは、楽しみね」
「(インフィニティー)と(ビアンカマックス)は、我々の護衛が任務だ」
「「「了解!」」」
「それでは、作戦開始だ!」
白銀司令の声で前方を見ると、「ウルティマ」周辺を周回している未確認飛行物体が3機確認できた。
その他にも3機の未確認飛行物体が、「ウルティマ」に直接取り付いて、システムの乗っ取りを行っているようだ。
「白銀司令、初めて見るタイプの戦闘機ですね」
「スピアーズ、どこの国とか組織の所属だとかは気にするな。指示通りに行け」
「了解です!」
「行くぞ!みんな!」
「「「「「了解!」」」」」
スピアーズ隊長指揮の下、「ステルヴィア」の「ケイティー」隊が所定の位置に分散してから陽動をかけ始める。
「頼むぞ。スピアーズ」
「さあ、鬼ごっこのスタートだ!」
「ケイティー」部隊は、周囲を回っている未確認飛行物体にアプローチを始めるのだが、相手は全く動揺する気配を見せず、その動きに対応する気配すら見せなかった。
「何だ?相手は、無線操縦か何かなのか?」
「スピアーズ隊長、全く反応がありません!」
「我々も突入します!」
続いて、「オデッセイ」の「ケイティー」部隊も陽動を開始するが、同じように向こうは全く反応しなかった。
「スピアーズ、もう一回だ!今度は、(ウルティマ)に取り付いている機体にもアプローチをかけてみるんだ」
「了解!」
スピアーズ隊長は、その後何回も陽動をかけてみるのだが、未確認飛行物体はこちらを気にもしていないようで、その行動パターンを全く変えないでいた。
「ムカツク虫戦闘機だな」
「虫戦闘機か。孝一郎は、面白い事を言うね。でも、何であんな形なんだろう?」
「宇宙人さんの戦闘機なのかな?」
「まさか。形式で所属組織が割れないようにするための偽装だろうな」
「なるほど」
俺達は、「ウルティマ」から少し離れた宙域で、白銀司令の搭乗する救護艇を護衛しながらチャンスを伺っていた
「ちくしょう!俺達は全くの無視か!」
スピアーズ隊長は、めげる事もなく自ら何回も陽動をかけ続けるが、未確認飛行物体はこちらに全く反応しなかった。
「俺達のような小物は、全くの無視か!」
「スピアーズ!お前は指揮官なんだぞ!指揮官が、一番前に出て無理をするな!」
「ですが、白銀司令!」
「スピアーズ、落ち着け!」
「このままじゃ、埒があきません!」
スピアーズ隊長は、積極的に何回もアプローチをかけ続けるが、未確認飛行物体はいまだに反応すらしないでいて、状況に変化が現れなかった。
「白銀司令!かくなる上は!」
「スピアーズ、どういう事だ?」
「発砲許可をお願いします!」
「スピアーズ!それは、駄目だ!」
「どうしてですか?」
「相手は、まだ引き金を引いていない。こちらから戦端を開くな!」
「ですが!白銀司令!」
「まあ、落ち着いて聞け。奴らは、我々が陽動をかけても阻止すらしないのだ。そこで、我々は敵の死角から、何とかメインブロックに取り付く。お前達は、陽動を続けてくれればいい」
「なるほど」
「我々の目的は、あくまでも救助なんだ。こんな事で、貴重なパイロット達を危険に晒せるか」
「了解です」
「では、行くぞ!厚木、音山、片瀬もいいな?」
「「「了解!」」」
白銀司令の説得で落ち着きを取り戻したスピアーズ隊長は、引き続き部下達を率いて陽動作戦に入り、「インフィニティー」と「ビアンカマックス」の護衛を受けた救護艇は、「ウルティマ」のメインブロックへと移動を開始する。
「行けるか?」
「よし!(ウルティマ)に乗り込むぞ!」
ところが、メインブロックの近くにまで到達し、エアブロックにいざ乗り込もうとした瞬間、急に未確認飛行物体が、こちらに向かって高速で移動を開始した。
そして、我々の移動を邪魔をしてから、エアブロックへの入り口を塞いでしまう。
「何て、速さだ!」
「いかん!いったん、退避だ!」
俺が未確認飛行物体の速さに驚いていると、白銀司令から一時退避命令が下る。
「白銀司令、どうしますか?」
「困ったな。敵は、メインブロックへの接近に反応するようだな」
その後、白銀司令は何回かメンブロックへの接近を試みたが、その度に例の未確認飛行物体の妨害を受けて、目的を達する事ができないでいた。
「白銀司令、やはり、変化はありません」
「どうやっても、中には入れてくれないようだな」
「白銀先生、やはり、攻撃するしかないのでは?」
「孝一郎!」
「孝一郎君!」
俺の意見に、光太としーぽんが驚きの声をあげるが、いくら発砲はしていないとはいえ、敵対行動を取っている敵に対して攻撃を加える可能性を配慮しても、過激とは言えないと思ったのだ。
「おいおい。随分と過激な意見だな」
「ですが、他に手はありますか?」
「・・・・・・・。作戦を変更する。奴らは、我々がエアロックに取り付こうとした時にだけ、阻止行動に出るようだ。そこで、奇数番号の小隊は、エアロックに取り付くふりをしろ。素早いといっても、敵は僅か3機だ。きっと混乱して、何らかのチャンスが生まれるはずだ。そこを偶数番号の小隊が攻撃しろ。ただし、あくまでも威嚇だ。奴らを(ウルティマ)から引き離せ!」
「「「「「了解!」」」」」
俺の意見具申を聞いてから、暫く考え込んでいた白銀先生は何かを決心したらしく、新しい作戦を提示した。
「作戦を始めるぞ!」
白銀司令の指示通りに、分散した味方が数箇所あるエアブロックに取り付こうとする気配を見せると、例の未確認飛行物体は阻止行動に入った。
だが、エアブロックの方が数が多いので、向こうは頻繁に移動を行い続けて、あきらかに動揺しているように見える。
「よし!成功しそうだ!」
「うわぁ、正体不明の敵さん。あわあわしてるよ。成功だね」
「うん。そうだね」
暫く混乱を続けた3機の未確認飛行物体は、「ウルティマ」の真上に集合して、相談しているような素振りを見せる。
その様子は機械というよりは、まるで生き物のようであった。
「よし!今だ!」
スピアーズ隊長の命令で、「ケイティー」全機が3機の未確認飛行物体に対して威嚇射撃を開始し、その射撃密度の濃さに驚いた相手は、散り散りになって「ウルティマ」から離れ始めた。
「3手に別れて、更に引き離すぞ!」
「隊長、やりましたね」
「まあな。俺達はこれでもプロだからな」
作戦に成功したスピアーズ隊長は、部下のパイロットからの通信にも、気楽に答えていた。
「スピアーズ隊長!」
「どうした?」
ところが、「ウルティマ」から離れていた3機の敵が急に高速で戻ってくる。
「何て速いんだ!」
「隊長!奴ら、先ほどとは様子が!」
「何!」
3機の未確認飛行物体は、キリギリスが鳴く時のように身を震わせたかと思うと、前方に装備されている球状の物体から何かを発射した。
「あれは・・・。」
スピアーズ隊長が、最後まで言葉を言い切らない内に、未確認飛行物体から発射された何かは、スピアーズ隊長の「ケイティー」に命中した。
「うわぁーーー!」
「スピアーズ隊長!」
「スピアーズ!」
敵の発射した物は、実弾やビームやレーザーではなくて、衝撃波のような物らしく、ボロボロになったスピアーズ隊長の「ケイティー」は、俺達の前で爆発した。
コックピットブロックにも損傷を受け、その離脱も確認できなかったので、彼は戦死したものと思われる。
「そんな・・・」
俺の「ビアンカマックス」のディスプレイには、スピアーズ機のシグナルロストの表示が点滅していた。
「うわぁーーー!」
「駄目だ!かわせない!脱出!」
更に、スピアーズ隊長のそばにいた同僚達の「ケイティー」にも、未確認飛行物体の攻撃が次々と命中し、そのほとんどが爆発してしまう。
40日間、俺が毎日のように訓練を受けていた上官兼師匠や多くの仲間達は、目の前からあっけなく消えてしまい、次の瞬間には、怒りの感情しか沸いてこなかった。
「そんな・・・・・・」
「命が、消えて行く・・・・・・」
光太やしーぽんがあまりの事に呆然としている最中、俺の怒りのゲージは最高潮に達し、遂にその限界を超えてしまう。
「ちくしょう!何が未確認飛行物体だ!あれは俺達の敵だ!ぶっ殺してやる!」
「厚木!お前、何を!」
「邪魔しないでください!厚木孝一郎は、(ビアンカマックス)で攻撃を開始します!」
「バカ野郎!命令無視だぞ!止まるんだ!」
怒りで我を忘れた俺は、白銀司令の静止を振りきり、「ビアンカマックス」の全てのストッパーを解除してから、敵に向かって攻撃を開始したのであった。
「逃げろ!」
「助けてくれーーー!」
「脱出だ!」
「駄目だ!脱出装置が作動しない!」
「うわーーー!」
「きゃあーーー!」
「誰かーーー!」
「ウルティマ」周辺の宙域は、地獄絵図と化していた。
性能的に圧倒的に優位に立つ敵の未確認飛行物体が、象が蟻を踏み潰すかのように、「ケイティー」隊を駆除し始めていたからだ。
「白銀司令、(オデッセイ)の隊長も戦死しました」
「指揮系統が、混乱しています!次席指揮官のマイル隊長も戦死!続いて、アオキ隊長も生死不明です!」
敵は、脱出したコックピットブロックには手を出していなかったが、衝撃波に機体中央が巻き込まれて脱出する間も無く戦死するパイロットが続出し、脱出時はしたものの、機体の爆発に巻き込まれて生死不明のパイロットも多数いるようだ。
「損害が5割を突破!白銀司令!指示を・・・。うわぁーー!」
「ハッサン!駄目か・・・。これより、作戦を放棄して一時撤退する!(インフィニティー)は、(ケイティー)部隊の撤退を支援しろ!」
「迅雷先生、孝一郎はどうしますか?」
「あいつは、あとで説教してやる!絶対に連れ戻せ!」
「孝一郎君、スピアーズ隊長の事を尊敬していたし、仲も良かったから・・・」
「インフィ二ティー」に搭乗しているしーぽんや光太と違って、「ビアンカマックス」という、「ケイティー」と共同して訓練をし易いオーバビスマシンに乗っていた孝一郎とスピアーズ以下のパイロット達とは、仲の良さが他の人達とは違っていた。
「孝一郎は、パイロット志望でもあったから・・・」
「だから、連れ戻すんだ!あいつの行動が、皮肉にも味方の撤退を支援しているが、いつまでもあの勢いは続くまい。厚木まで戦死してしまったら、俺はスピアーズにお詫びのしようもない」
「わかりました。攻撃は敵に当てるんですね?」
「そうだ。これは、既に戦争なんだ」
「迅雷先生・・・」
しーぽんの耳に、迅雷の冷え切ったセリフがいつまでも残っていた。
「ちくしょう!ちょこまかと!」
我を忘れた俺は、最高速度で「ビアンカマックス」を飛行させながら、近くにいた敵機に攻撃を続けていた。
「スピアーズ隊長・・・」
「(予科生なのに、グレートミッションに引き続きご苦労な事だな)」
「(お前、筋が良いな。専科を終えたら、俺のところに来いよ。推薦状なら床が抜けるまで書いてやるから)」
「(酒も辛い物も甘い物も大丈夫なのか。羨ましい奴だな。おごってやるから沢山食えよ)」
「(何だ、もう恋人がいるのか。俺の可愛い妹を紹介してやろうと思ったのに)」
俺は流れ出る涙を拭いもしないで、40日間の事を思い出しながら、敵機に攻撃を続けていた。
敵機は、例の衝撃波で攻撃してくるが、その衝撃波の有効範囲の計算に成功した俺は、それをギリギリでかわしながらビーム砲を撃ち続けていた。
なるべく速度を落とさないように、小刻みな軌道の変更を頻繁に繰り返しているので、体には想像を絶するGがかかっていたが、40日間の厳しい訓練が俺を救ってくれていた。
「(ビアンカマックス)ならではの動きだな・・・。だけど、攻撃が効かないなんて!」
俺が撃ったビーム砲は、何発かが敵機に命中していたのだが、敵機の装甲はかなり頑丈なようで、凹みができるだけであった。
「諦めてたまるか!同じ場所に命中させれば良いんだ!」
俺は、ビーム砲の連射速度をマックスに設定してから、既に3発ほどのビームを命中させていた一機に狙いを絞って攻撃を再開する。
幸いにして、他の2機は他の「ケイティー」部隊に攻撃をかけているようで、俺を標的とはしていないようだ。
「うん?敵機の反応が少し鈍いな。もしかして、当たり所が悪かったのかな?」
よく見ると、虫のような敵機の頭部の部分に微妙な損傷が見えるので、全く効いていないと思われた俺の攻撃も、少しながらも成果があったようだ。
「ならば!水に落ちた犬は撃つ!」
俺は敵機の頭部に狙いを定め、ビーム砲の連射を開始した。
敵機は、衝撃波を連射しながら俺を撃破しようとするが、頭部の(中枢部の?)損傷で意外と動きが鈍くなっていたので、次々にビーム砲が命中し始める。
「ビーム砲の異常加熱?知るか!」
俺が、「ビアンカマックス」のコックピット内に流れる警告音を無視してビーム砲の連射を続けると、頭部が完全に潰れた敵機が、急に動きを止めた。
「やったか?」
いったん敵機からの距離を置くと、動きを止めた敵機は、眩い光を放ちながら爆発する。
「やったーーー!」
ようやく、一機の敵を仕留めて大喜びしていた俺であったが、「ビアンカマックス」の本体を掠った衝撃派による損傷や、ビーム砲の異常加熱でコックピット内で警報音が鳴り響いていた。
「まだ5機も残っているのに・・・。ビーム砲は爆発する危険性があるので破棄する。A−1から8までのパーツを破棄。B−7から12までを破棄。C−9・10も破棄だ」
コンピューターの指示に従って、損傷の酷い部品を破棄していると、レーダーに新たな反応が現れた。
どうやら、敵機は俺を最大の脅威と思ったらしく、他の味方を攻撃していた2機の他に、「ウルティマ」本体に取り付いていた3機の内の1機が共同して俺に高速で接近してくる。
「逃げるが勝ちかな?逃げられたらだけど・・・」
敵機を撃破して冷静になった俺は、敵に背を向けて一目散に逃亡を開始するのであった。
「光太君、ビームキャノンは連射モードで良いよね」
「そうだね」
白銀司令の指示を受けた2人は、「インフィニティー」のビームキャノンを連射しながら、味方の撤退支援を開始する。
「当たらない!」
「光太君、発射速度を上げるよ」
「砲身が持たないよ!志麻ちゃん!」
「だって!早くしないと、みんな死んじゃうよ!孝一郎君が、死んじゃってもいいの!」
「いいわけないだろう!」
初めて聞く光太の怒鳴り声に、しーぽんは言葉をなくしてしまう。
「光太君・・・」
「ごめん。やっぱり、発射速度をあげる」
2人は、「インフィニティー」を敵機と味方の間に割り込ませ、「ケイティー」部隊と「ビアンカマックス」の撤退を成功させたが、発射速度を上げすぎて、異常加熱に晒されたビームキャノンを破棄する事になるのであった。
「孝一郎君、大丈夫?」
「駄目だ。ボロボロだ」
3機の敵機に殺されかけた俺は、しーぽんと光太の懸命の援護によって、何とか生き長らえる事に成功していた。
だが、直撃はなかったものの、「ビアンカマックス」は更に損傷を増やしていて、多くの損傷したパーツを破棄した上に、騙し騙し飛ばしている状態であった。
「無茶をして悪かったな。光太、しーぽん」
「孝一郎は、ちゃんと仇を取ったじゃないか」
「駄目なんだ・・・。人が目の前で死ぬのは・・・。亜美の時もそうだった。俺は取り乱して・・・」
「孝一郎君・・・」
俺は無理に無理を重ねた影響で体中がだるく、話をし続けなければ、すぐに意識を失いそうな状態であった。
「孝一郎、大丈夫かい?」
「気を抜くと、気絶するかもな・・・」
「孝一郎君!しっかりして!」
「大丈夫だと思う・・・・・・」
「孝一郎!」
「孝一郎君!」
「(ガガーリン5号)へ!(ビアンカマックス)を自動操縦に切り替えてください!」
結局、俺は「ガガーリン5号」に到着する目前で意識を失ってしまい、「ビアンカマックス」は、「ガガーリン5号」からの自動操縦によって帰艦する事なった。
今回の戦闘によって、「ステルヴィア」は84機の「ケイティー」隊の内52機を失い、28名の戦死者と44名の負傷者を出した。
「オデッセイ」も64機の「ケイティー」の内37機を失い、20名の戦死者と34名の負傷者を出した。
そして、「インフィニティー」はビームキャノンを喪失しただけで済んだが、「ビアンカマックス」は、ほとんどの部品を廃棄して元の「ビアンカ」に近い状態になるまで損傷し、機体本体の損傷もあったので、ほとんど大破に近い状態だと判定された。
白銀司令指揮の第一回目の救出作戦は完全に失敗し、多くの損害と犠牲者を出して終了したのであった。
「以上で報告を終わります」
「ガガーリン5号」に帰艦した白銀司令は、司令部の要員を集めて、状況の把握と次の作戦会議を行っていた。
「損害の報告は、こんなものか」
「(ビック4)を次の作戦に参加させるとしても、稼動機は、(ケイティー)が24機のみか・・・」
「(オデッセイ)の稼動機も、学生込みで16機だそうです」
「少ないな・・・・・・」
「機体を何とか持って帰って来たものの、怪我が酷くて動けないパイロットがかなりいます。これでも、軽傷者には無理をして貰っているのです。(ケイティー)も、修理するより廃棄した方が早い機体がありまして・・・」
「そうか・・・。俺の責任だな・・・」
「今回は、戦力は足りていたと思います。ですが、戦闘行動を取るための覚悟とマニュアルが一切なかった事が原因です。それに・・・・・・」
今回の件で一番口を出して人員を派遣したのは、保安部であった。
だが、自分達が強圧的に矢面に立って外部から批判されるのを恐れたのか?「ステルヴィア」上層部との妥協の産物なのか?この艦隊の司令は、組織運用者としては優秀であるが、この手の事に不慣れな白銀司令であった。
多分、ただの救助活動である事を外部にアピールしたかったのであろうが、この規模の艦隊を派遣している時点でそれは無理な相談であった。
対立する2つの勢力が妥協をすると、対応がチグハグな事になってしまう事は、古今の歴史上で良くある事である。
「グレートミッション」終了後から目撃され始めた未確認飛行物体の影響で、各ファウンデーシュン間ばかりでなく、「ステルヴィア」内部ですら1つに纏まっていない証拠である。
それに、ここ190年あまりで戦闘を経験した人物は皆無であり、軍事組織と戦闘行為を正確に理解している人もおらず、ソフトウェア上で大きな問題を抱えたままであったのだ。
「誰がやっても、状況は同じだったでしょう。ここで挫ければあなたは終わりですが、次を成功させれば良いのです」
年配の「ガガーリン5号」の艦長が、白銀司令を慰めつつ鼓舞しようとする。
「ありがとう。それで、(ストレイカ)はいつ合流する予定なんだ?」
「2時間後です」
「(ストレイカ)が到着しても、(ケイティー)の稼動機は8機しか増えないが、ないよりはマシかな・・・」
「ストレイカ」には、パイロット資格を持った者が数人乗っているので、彼らを戦力に加えれば少しは状況を改善できるはずであった。
「確か、(インフィニティー)の新型のジェネレーターも積んでいるとか?」
司令部要員の若い参謀が、「ストレイカ」に搭載されている新型パーツについて聞いてくる。
「機動性は3倍で、(ケイティー)並みに動かせるという触れ込みだけどな」
「ないよりはマシですか?」
「そうだな」
古今東西、戦争でカタログスペックの新兵器が役に立った事例は少ないが、この際、贅沢は言ってられないであろう。
「それで、(ビアンカマックス)の損傷はどうなんですか?パイロットも意識を失ったそうで」
「あんなに長時間、過酷なGに晒されていたんだ。無理もない。幸いにして、(ビアンカマックス)の損傷は、新しいパーツを装着すれば時間内に直せるからな」
「玉葱かラッキョウみたいな機体ですね」
「そうだな」
「それと、パイロット達からなんですが・・・」
「どうしたんだ?」
「白銀司令が、厚木君を処罰にかけるという噂が流れていまして、それを止めて欲しいと・・・」
「奴は、命令違反を犯したからな。この作戦が終わったら、処分をせねばなるまい」
「ですが、彼は学生ですし、敵を一機撃破しました。スピアーズ隊長の仇を取った彼を、処罰しないで欲しいと嘆願が入っていまして・・・」
「心配するな。処罰といっても、厚木は学生だからな。(ステルヴィア)での、通信レンズ磨きが精々だな」
「そうですか。それなら、彼らも納得するでしょうね」
「厚木もそろそろ目が覚めるだろうし、作戦準備に入るぞ!総力戦だ!」
迅雷の指示で、「ガガーリン5号」以下の艦艇では、次の作戦準備が始まるのであった。
「いい。脈拍が安定したら、病室に運んで安静にさせるのよ」
「はい」
「みんな聞いて!手の空いている人は、臨時の病室を作るのを手伝ってちょうだい!」
「「「はい!」」」
蓮は「ウルティマ」の民間人に加え、作戦失敗によって大量に発生した負傷者の看護に追われていた。
特に後者は、危険な状態にある患者が数人存在していたので、日頃からは想像できないほどの声を張り上げて、看護士に指示を出していた。
「すいません。助けに来てこの様です・・・」
「大丈夫ですよ」
「すいません。妻に伝えてください。次の休みのバカンスは無理だって・・・。うっ!」
「あなたが無事なら、奥さんも喜ぶわ。だから、頑張って」
「はい・・・・・・」
人手が全く足りていなかったので、風祭親子を始めとして、多くの民間人が看護を手伝っていたが、パイロット達には重傷者が多く、臨時の病室は負傷者のうめき声で埋め尽くされていた。
「うん・・・?ここは?」
「お母さん!孝一郎が目を覚ましたよ」
「本当?りんな」
「ガガーリン5号」に帰還する途中で意識を失った俺が目を覚ますと、そこは多くの負傷者で溢れかえる病室であった。
「おかしいな・・・。俺は、(ガガーリン5号)に帰る途中で・・・・・・」
ゆっくりと目を開けると、りんなちゃんのお母さんが俺を覗き込んでいた。
「意識を失って、ここに運ばれたのよ。ここは、(ガガーリン5号)の艦内です」
「そうですか。俺は次の作戦に参加しないと!あれれ・・・・・・」
俺は特に負傷もしていなかったので、急いで立ち上がろうとしたのだが、体が鉛のように重くて立ち上がる事ができなかった。
「厚木君、無理をしては駄目よ」
立ち上がろうとしてジタバタしていると、蓮先生が駆けつけて来る。
「蓮先生ですか・・・」
「迅雷君の命令を伝えるわ。次の作戦は、レイラが乗っている(ストレイカ)との合流後に行われるそうよ。(ビアンカマックス)は、御剣君が超特急で修理しているから、あなたは作戦開始一時間前まで休んでいる事」
「そんな余裕は・・・。俺も、手伝わないと・・・」
「孝一郎、無理をしないで!」
「そうですよ。あなたは、疲労が蓄積し過ぎていて、体が動かない状態なんですから」
「御剣先輩、1人にやらせるわけには・・・」
「もう、厚木君も頑固ねえ。ちょっと、お休みしてなさい」
蓮先生はそう言うと、無針注射器を俺の腕に押しつけた。
「あれ・・・・・・?」
「疲労回復のための栄養剤と、ちょっと睡眠薬が入っているから。おやすみなさい。チュ!」
「そんな・・・・・・」
俺は、蓮先生が投げキッスをしている光景を最後に、再び気を失ってしまった。
「若いのに無理しちゃって」
「責任感が強いんですね」
「この数時間で、男の顔になっていましたよね」
蓮は、少しうっとりとした表情で話し始める。
「でも、りんなは、厚木君よりも音山君なのよね」
「だって、アリサとやよいが怖いもの」
「本当よね。私も、結構気に入っているんだけどね」
「それは、危ない話ですね」
「凄い!教師と生徒の禁断の恋だ!」
「りんな、どこでそんな事を覚えたの?」
「でも、無理そうよね。さて、お仕事お仕事。みんな、状況が落ち着いたから、看護のローテーションを組み直すわよ!私達は重傷の患者のケアを重点的に回って、軽傷者はなるべく協力者に任せるようにします!」
蓮先生は、顔を厳しい表情に戻してから自分の仕事に戻っていった。
「よく来たな。レイラ」
「報告は受けている。大変な事になったな」
2時間後、「ストレイカ」と合流した迅雷は、レイラとの再会を果たしていた。
「戦力はあった。だが、俺が躊躇ったせいで・・・・・・」
「ここには、戦争経験者も軍人もいないからな。無論、今の太陽系には1人もいないのだが・・・。引き金を引くには、とてつもない決断を必要とする。誰にも文句は言えないさ」
「だが、やらねばならない!総力戦だ!学生も全員出撃させる!」
「そうか。それで、例のジェネレーターなんだが・・・」
「よう!久しぶりだな!レイラ・バルト」
「ジュノ・マイヨールか!懐かしいな」
2人で現状の確認をしていると、急に一人の黒人が話しかけてくる。
しかも、彼はレイラの知り合いでもあるらしい。
「そうさ!俺は、ジュノ・マイヨールさ!噂によると、(ステルヴィア)で教官をしているらしいな」
「ジュノは、(ウルティマ)にいたんだな」
「おかげで、大変な目に遭ってしまったよ」
「えーと。誰?」
「ああ。昔の同僚でな。ジュノ・マイヨールだ。マニュピレーターを使わせれば、太陽系一の男だ」
「へえ、凄いんだな」
「白銀司令!俺にも、何かを手伝わせてくれ!このままじゃあ、気が治まらない!」
「手伝ってくれるのは、ありがたい。さて、何を・・・」
「「(インフィニティー)のジェネレーターだ!」」
「お任せあれ」
「レイラ、ジュノさん。一緒に(インフィニティー)の格納庫へ」
「「了解!」」
レイラとジュノは、急いでジェネレーターの取り付け作業へと向かった。
「そんなに削っちゃって大丈夫?」
「うん。あまり使わない部分を削除しているだけだから」
しーぽんと光太は、「インフィニティー」のコックピット内でプログラムの調整作業を行っていた。
プログラミング能力に優れたしーぽんは、「インフィニティー」の機動性を落とす要因になる、不要なプログラムの削除と効率に優れたシステムの再構築を行っていた。
それでなくとも、この「インフィニティー」は、1人が新型DLSを、そしてもう1人は従来のDLSをと、試験機ならではの不安定さを抱えていたので、少しでもその不安を解消するべく作業を行っていたのだ。
「随分と減らしたものだね」
「これで、だいぶ効率があがったはずよ」
「へえ。大したものだ」
「これで理論的には、光太君の反応スピードに情報処理が追いつける計算なんだけど・・・」
光太がディスプレイを覗き込むと、そこにはシンプルなシステムプログラムのモデルが表示されていた。
「孝一郎君、大丈夫かな?」
「誰よりもしぶといから大丈夫だよ」
「そうか。昔からの付き合いなんだよね」
「そう。昔からのね。久しぶりに会ったけど、やっぱり一番の親友なんだよね。8年ぶりに会ったのに、次の瞬間には普通に話せてしまうんだよ」
「へえ。男の友情って凄いんだね」
「まあね」
「光太君、次から言う機能を削除してくれないかな?」
「えっ!まだ削るの?」
「もっと、効率をあげるために、使わない機能は全部削除するから。不安?」
「いや。僕は、志麻ちゃんを信じているから」
「ありがとう。光太君(光太君が、町田先輩を圧倒した時のような動きができれば・・・)」
「片瀬!音山!追加のジェネレーターを持ってきたぞ!」
「「レイラ先生!」」
「足の遅い船で、やれやれだったさ」
2人で調整作業を行っていると、通信機にレイラの声が入ってくる。
「今やっている作業と、ジェネレーターの装着とプログラムの設定を全て同時に行う。一秒でも無駄にするなよ」
「「了解です!」」
「ちなみに、ジェネレーターの取り付け作業は、俺がバッチリやるからね」
「えーと。どちら様で・・・?」
「俺の名前は、ジュノ・マイヨール。マニュピレータの使い手さ!」
「「よろしくお願いします!」」
「あれ?俺は・・・」
「厚木君、大丈夫?」
休養のために強制的に眠らされた俺が目を覚ますと、目の前には、その当事者である蓮先生の顔がアップで迫っていた。
「何で、そんなに接近しているんですか?」
「うーん。熱はないようね」
「えっ!」
蓮先生に急に額をひっつけられた俺は、その感触と大人の女性独特の良い匂いにドキドキしてしまう。
「体もだいぶ楽になったでしょう?」
「そういえば・・・・・・」
先ほどとは違って、体の状態はだいぶ良くなっていた。
だるくて動けないという事はないようだ。
「御剣君からの伝言よ。時間だから、格納庫で(ビアンカマックス)の最終調整をお願いしたいそうよ」
「わかりました。でも、睡眠薬の量を調整して、起きる時間を決めるなんてさすがですね」
「これでも、プロだからね」
「じゃあ、行きますね」
「頼むわね。でも、その前に・・・」
「えっ!」
蓮先生は、まだ横になっている俺の頬に自分の唇を押し付けた。
ここは臨時の病室で、周りに患者や看護士が沢山いたのだが、一瞬の事だったので、気が付いた人は誰もいなかったようだ。
「元気の出るおまじない。内緒よ」
「行ってきます!」
「わお!元気ねーーー」
蓮先生と挨拶を交わしてから、病室を出ようとすると、看護を手伝っているりんなちゃんに呼び止られる。
「孝一郎、お願い。お父さんを・・・」
「ライバルの厚木孝一郎様に任せなさい!」
「うん!ありがとう」
「そうそう。りんなちゃんは、元気なのが一番さ!」
「あのね・・・。孝一郎」
「あれ?まだ、何か?」
「さっきの蓮先生との事は、アリサとやよいには、黙っていてあげるからね」
どうやら、蓮先生にキスをされた場面をりんなちゃんに目撃されていたようで、俺に最大の危機が迫っていた。
「どうも・・・・・・」
「(ステルヴィア)に戻ったら、XECAFEのフジヤマパフェ3回で手を打つから」
「了解・・・」
俺は、女性の逞しさを再確認しつつ、格納庫へと向かって走り出すのであった。
「(インフィニティー)の格納庫に行ってみなよ。面白い物が見れるから」
「ビアンカマックス」の調整は、前回と全く同様だったのですぐに終わってしまい、暇を持て余した俺は、御剣先輩の勧めで「インフニティー」の格納庫に顔を出していた。
「厚木君、大丈夫かい?」
「ちゃんと、生きていますから」
「みたいだな」
「ジェットも、心配していたわよ」
「厚木君、勝ち逃げは駄目よ」
格納庫に入ると、俺と同じように「ビック4」の面々が「インフィニティー」のジェネレーター取り付け作業を見学していた。
「僕も整備を手伝うって言ったら、ここの整備主任に怒られてね」
「俺も、御剣先輩に必要ないって言われてしまいました。簡単なプログラムの調整をしただけです」
「プロのパイロットが、出撃前に整備で疲れていたら意味がないでしょう。それに、ジェットは、自分の仕事に厳しいのよ」
「確かにそうですね」
御剣先輩は、プログラムの調整など俺やしーぽんの助けが必要なソフトウェアの面では、俺達に手伝わせてくれるが、「ビアンカマックス」本体のハード面は、ほとんどさわらせてくれなかった。
唯一の例外は、アリサと仲間の整備科の生徒達であるが、それですら最終チェックは確実に自分で行っていたのだ。
「そして、総力戦か・・・。実戦でもあるんだけどね」
「厚木君達は、既に経験済みよ」
「実感がないですけどね・・・。でも、俺って、人を殺したんですよね・・・」
俺は今になって、その事実を思い出して愕然としていた。
どんな理由があろうとも、敵機を破壊して、中に乗っていたパイロットを殺したのは俺であるからだ。
「でも、本当に人が乗っていたのかしら?」
「初佳、どういう事?」
「だって、一連の動きを見ていると、おかしな点が多数あったわ。こちらが挑発しても、始めは全くの無視だったし、エアロックに接近した時や、威嚇射撃をして追い払った時にだけ極端な反応をした。まるで、コンピューターみたい・・・」
「そうだな。町田の言う通りだな」
「レイラ先生!」
5人で話をしていると、「インフィニティー」の調整を手伝っていて、姿が見えなかったレイラ先生が話に加わってくる。
「厚木、活躍したらしいが、命令を無視したそうだな」
「すいません・・・。つい、カッとなって・・・」
「お前でも、激高する事があるんだな。本当は、怒らないといけないんだろうが、スピアーズの仇を討ってくれたお前を怒れないな・・・。あいつは学園の同期で、パイロット科の出世頭だったんだ・・・」
「そうだったんですか・・・」
「迅雷は、希望していたパイロットにはなれなかったが、出世はした。私はパイロットだったが、左遷されて各地をドサ周りしてから、教官になって(ステルヴィア)に戻ってきた。一番自分の希望通りにやっていた彼が、こんな事になるなんて、人生とは皮肉な物だな・・・」
レイラ先生は寂しそうな顔をしながら、自分の事を含めて色々な話をしてくれた。
「さて、そろそろジェネレーターの接続作業は終了するかな」
全員で、近くの作業用コンピューターのディスプレイを覗き込むと、そこには、「インフィニティー」の作業状態が表示されていた。
「さすがだな。ジュノは」
「凄い!この人、1人で10機の(ビアンカ)を操縦している!」
「ああ。ジュノの事か。彼は、一度に20機の(ビアンカ)を操作する事ができる天才なのさ」
「へえ。俺も教わってみようかな」
「厚木は、不器用な方だと記憶していたが・・・」
「アリサかしーぽんに任せて、俺はパイロットを目指すか・・・」
「あれ?その声は、孝一郎君!」
「孝一郎、大丈夫かい?」
作業用コンピューターの近くにある通信機から、インフィニティー」の通信機に俺の声が入ったらしく、しーぽんと光太が通信を入れてきた。
「俺も、次の作戦に参加するのさ」
「よかったーーー。心配したんだよ」
「怪我はなかったけど、過労で動けなかった」
「あんな無茶をするからだよ」
「次は、援護に徹するさ。今度の主役は、お2人さんだからね」
「みんな、そろそろ時間だぞ。あとは我々に任せて待機任務に入ってくれ」
「「「「「了解!」」」」」
「ビック4」と俺は、作戦開始時刻まで待機任務に就くべく、「インフィニティー」の格納庫をあとにするのであった。
「(インフィニティー)の方は、どうなっている?」
「大サービスで、ジェネレーターの接続作業は終了させたよ」
「ありがとう。ジュノさん」
「任せなさい!」
さすがに、ベテランの凄腕だけあって、ジュノは予定よりも早く作業を終了させていた。
「片瀬君と音山君のセッティング作業の進捗率は82%です。基本的な部分は、ほぼ終了しています」
「100%までに、あと何分かかる?」
「20分ほどかと」
迅雷は、出撃に備えて既に救護艇にレイラと共に乗り込んで待機していた。
尚、最初に救護艇を操縦していたパイロットは、パイロット不足のために稼動できないでいた「ケイティー」に回され、スピアーズ隊長の代わりに指揮を執る事になっていた。
「全てが行き当たりばったりだな。レイラ、頼むぞ」
「了解だ」
「白銀司令!大変です!」
「どうした?」
「(ウルティマ)が、全力で加速して行きます!」
「ちっ!最悪のタイミングで・・・」
「ガガーリン5号」のブリッジから、若い参謀の緊急報告が入ってくる。
攻撃に入る前に、「ウルティマ」が全速力で我々から遠ざかろうとしているようなのだ。
「あと少しで、完全に準備が終わるのに・・・。片瀬!状態はどうだ?」
「有効速度は、何とか出せます」
「厚木、大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。(ビアンカマックス)は、前と同じ状態になっていますから」
「全員聞いたな!これが正念場だ!全機、発進だ!」
いきなり加速を開始した「ウルティマ」に追い付くべく、迅雷は第二次救援隊を発進させるのであった。
「いきなり、阻止線を張ってくるとはね・・・」
「連中は、意地でも我々を通したくないようだな」
「今度は容赦ないわけね」
「ナジィ、今度もでしょ」
「ステルヴィア」は、太陽系全体の安全を考慮し、「オデッセイ」は、「ステルヴィア」に対抗するという理由で、双方が無理に無理を重ねて多くの戦力を派遣していた。
ところが、わずか6機の未確認飛行物体のせいで大きな被害を受け、今度の攻撃で出撃できた戦力は前回の3分の1に過ぎなかった。
「インフィ二ティー」も、主力武装であるビームキャノンを喪失し、新たに装備されたジェネレーターの機動性のみが頼りという状態であった。
「飛び道具がないのは辛いね。機動性で何とかしないと」
「でも、出力を全開にすると、急に加速しちゃいそう」
「わかった。気をつける」
「幸いにして、敵は全機が(ウルティマ)から離れている。俺が救助に向かっている間、敵を足止めしてくれ」
「「「「「了解!」」」」」
「わかっているな!敵は我々よりも高性能なんだ!敵1機につき複数機で当たる。(インフィニティー)は、隙を突いて敵の撃破を試みてくれ」
白銀司令から基本作戦が伝えられ、スピアーズ隊長の代わりに、「ケイティー」部隊の指揮を執る事になった若いパイロットが、細かな指示を出していく。
「「了解!」」
「(ビカンカマックス)は、敵の標的になっている可能性があるので、(ビック4)と組んで陽動に徹する事!」
「わかりました!」
前方では、「ウルティマ」を離れた5機の敵機が等間隔に位置していて、俺達の侵攻を阻止しているように見えた。
「行くぞ!」
白銀司令の乗る救援機に5期機の「ケイティー」が護衛に付き、残りは、割り振られた敵機に陽動をかけ始める。
「しまった!損傷多数のために後退します!」
「駄目だ!脱出する!」
俺と「ビック4」の面々は、連携しながら1機の敵機に遠距離攻撃をかけ続けるが、僅か数分で更に数機の味方が、損傷多数で後退する羽目になっていた。
「おかしいな?」
「どうしたんだ?笙人」
「今度はパイロットを殺さないように、攻撃を加減しているように見える・・・」
「まさか」
「俺の気のせいかもしれないが・・・」
「ケント、私がオフェンスをかけるわ!」
「大丈夫か?」
「例の重力ポケットを使う!」
「そうだな。それしかあるまい」
作戦の第一目的である、敵機の足止めには成功していたが、更に十数機の味方が損傷して脱出したり撤退していたので、俺達も敵の矢面に出る事になっていた。
「光太君、もう一度アプローチからやり直すよ!」
「そうだね」
「待て!俺もオフェンスに加わります!しーぽん、光太。俺達で動きを止めるから、止めを刺して突破するんだ!」
全部の敵を撃破するのは難しいだろうが、1機だけを倒してその穴を突破するのなら、可能性はかなり上がると思われた。
「孝一郎、大丈夫かい?」
「俺はさっき、あいつらを1機撃破しているんだぜ!素直に先輩の言う事を聞くんだな!」
「わかった。任せるよ!」
「町田先輩!先に行きますよ!俺が敵を驚かせる!動きを止める本命は先輩です」
「あら。珍しく先輩を立てるのね」
「俺は、いつも先輩を立てていますよ」
「厚木君!初佳!行くよ!」
「了解!」
町田機を除く3機の「ケイティー」は、三角形状に接近して飛行しながら重力バリアを展開し、俺と町田先輩が、その隙間に向かって突撃を開始する。
要は、重力バリア同士の干渉で「ビアンカマックス」と町田機を弾き飛ばしてスピードをあげる作戦なのだ。
「第一陣!ゴーーー!」
「ビアンカマックス」で重力ポケットをすり抜けると、予想以上の加速を得る事に成功していた。
更にビーム砲を連射しながら敵機に突撃をかけると、予想外の攻撃にその動きを鈍らせた。
「俺の二回目の攻撃は食らわないのか・・・。町田先輩!」
「いくわよ!」
続いて、町田機も重力ポケットを抜けて加速しながら攻撃を開始し、敵機の背中の部分(甲羅?)を凹ませてダメージを与える事に成功する。
「今だ!」
「行くよ!」
俺達の連続攻撃で動きを止めた敵機に「インフィニティー」が素手で攻撃を仕掛け、遂に2機目の敵機を撃破する事に成功する。
巨大新型ロボット「インフィニティー」の面目躍如である。
「やった!」
「○イアンクローで倒しちまったよ・・・」
「○ォーズマンか?」
「何で、笙人先輩が知っているんですか?」
「よし!敵の防御陣に穴が開いた!このまま、突撃だ!」
「「「「「「了解!」」」」」」
「待て!今、ロスコフ司令達の乗った(U−236)を保護した。作戦は成功だ!全機、撤退する!」
敵機を撃破し、「ウルティマ」方面に進撃しようとした直後に、白銀司令から救出作戦の成功を伝えられた俺達は、一目散に退却する事にする。
「逃げるが勝ちだな」
「そうね。(ウルティマ)の奪還なんて不可能だし」
「ナジマ先輩、過激な事を考えていますね」
「あくまでも、心の中の話よ」
「さあ。引き揚げるよ」
「「「「了解!」」」」
「わかりました!きゃーーー!」
「しーぽん!どうした?」
急に通信機にしーぽんの悲鳴が入り後方を確認すると、片側のジェネレーターが脱落して、その爆発に巻き込まれそうになっている「インフィニティー」の姿が確認できた。
どうやら、試作品を急ごしらえで装着したツケが、この時点で来たらしい。
「音山君、大丈夫か?」
「ちっ!操作が利かない!」
「やはり、完全に調整を終わらせなかったツケがきたか・・・」
ジェネレーターの爆発で自由の利かない「インフィニティー」が爆風で飛ばされていると、後方から例の敵機が接近してくる。
「やらせるか!」
俺と「ビック4」の面々が、敵機に威嚇のビーム砲を発射すると、敵機はそのビーム砲を透明なバリアのようなもので弾いてしまう。
「駄目だ!我々の攻撃パターンが読まれている!」
「何て、分析速度なの!」
「ええい!こうなれば!」
俺は、敵の性能に驚いている笙人先輩と町田先輩を追い抜いてから、攻撃を仕掛けそうな敵機と「インフィニティー」の間に割って入り、ビーム砲を連射する。
「ここで戦死かもな!」
だが、俺の「ビアンカマックス」の攻撃パターンも既に解析済みのようで、その攻撃は、次々とかわされてしまっていた。
「駄目だこりゃ。光太!しーぽん!早く体勢を立て直して退却してくれよ!」
「わかった。今、やってる!」
続けて「ビック4」の面々が攻撃に加わると、敵機は「ウルティマ」方面へと撤退を開始した。
「やったか?」
「しかし、どこへ行くつもりなんだ?」
「ケント!あれを!」
4機にまで減った敵機は、他の「ケイティー」部隊からも後退を始めて集合し、一旦姿を消した。
「バカな・・・」
「消えた?」
「何だ、あれは・・・」
白銀司令とレイラ先生が、命令を出すのも忘れて呆然とする中、4機の敵機はあっけなく姿を消し、、巨大なクラゲというか、タコというか、イカのような変な生命体モドキが現れ、下部に伸びた長い足のようなもので無人の「ウルティマ」を掴んで、俺達の前から姿を消してしまった。
「ワープですか?」
「バカな!そんな技術は、まだ実用化されていないぞ!」
「とにかく、作戦は成功したんだ。(ガガーリン5号に撤退しよう」
白銀司令の撤退命令で、俺達は無事に「ガガーリン5号」に帰還した。
第二次の作戦実行部隊でもパイロットの犠牲者は出なかったが、「ケイティー」12機を完全に喪失し、「ウルティマ」の人員救援作戦は、大きな犠牲を出して終了したのであった。
「白銀司令、救援を感謝する」
「ありがとう。白銀君」
「U−236」は無事に「ガガーリン5号」に到着し、白銀司令とレイラ先生は、ロフコフ司令達からお礼を言われていた。
「いえ。私は多くの犠牲を出した無能な司令官です。お礼は、私よりも(ケイティー)部隊のパイロット達に言ってください」
「君は、約190年ぶりに太陽系内で初めて戦闘を経験した指揮官になった。この経験が、必ず次に生きるものと私は確信している」
「私は、娘と妻に再会できるのですから文句はありませんよ」
「パパ!」
ちょうどその時、りんなちゃんとお母さんが、風祭技官の前に姿を現した。
「りんな!」
「パパぁーーー!」
「りんなとまた会えて良かったよ」
「迅雷、良かったじゃないか」
「そうだな」
「確かに多くの犠牲を出したのは、お前の指揮かもしれないが、あの親子を再会させたのもお前だ。元気を出せよ」
「ありがとう。レイラ」
風祭親子の感動の再会を、周りの人達は嬉しそうにいつまでも見つめ続けるのであった。
「光太君、ちょっと聞きたい事があるんだけど・・・」
「何だい?志麻ちゃん」
ちょうど同じ頃、光太としーぽんは、別の場所で2人きりで話をしていた。
「さっきのピンチの時に、DLSの画面に何かおかしな物が見えたような気がするの・・・」
志麻が使っているDLSは旧式の物であったが、あのジェネレーターの爆発に巻き込まれた瞬間に、リンクしている光太の新型DLSの情報が流れてきたような気がしたのだ。
「おかしな物?」
「具体的には、よくわからないんだけど・・・。光太君のビジョンに良く似ていたような気がする」
「志麻ちゃんにも、見えていたんだね」
「光太君もなの?」
「実はあれ、最初のテストの時から見えていたんだ」
「あんなに遠くから?」
テストの時といえば、光太は「ステルヴィア」にいたはずなので、そこから「ウルティマ」近辺の状況が見えていた事に、しーぽんは驚きを隠せないでいた。
「具体的にはよくわからないんだけど、誰かの視線と声と存在のようなものを、例のヒモ状天体の向こうから感じていたんだ」
「そうなんだ」
「だから、僕にはあれが同じ地球人とは思えない・・・」
「宇宙人って事?」
「みんなに、笑われそうだけどね」
「あの6機の未確認飛行物体は、生き物みたいだったしね。孝一郎君は、出どころを隠すための偽装だって言っていたけど・・・」
「孝一郎か。辛いだろうね」
「私達も悲しいけど、孝一郎君はもっと悲しいだろうね。スピアーズ隊長達と毎日一緒に訓練して、食事して、楽しそうに話して・・・。そういえば、孝一郎君は今どこにいるのかな?」
「一人にしてあげた方が良いよ」
「友達だからそう思うの?」
「そうだよ。ああ見えて、結構繊細なんだよ。孝一郎って」
「確かに、そうかもしれない・・・」
2人は、亡くなった多くのパイロット達の顔を思い出しながら、外の光景を見つめ続けていた。
「スピアーズ隊長、年下の俺が極上の一品を奢りますよ。実は、こっそりと持ってきてましてね。祝勝の乾杯です」
俺は一人で、スピアーズ隊長の「ケイティー」が置かれていた駐機スペースの前で胡坐をかいていた。
「ステルヴィア」の保安部は、「ガガーリン5号」以下3隻の艦艇で84機の「ケイティー」を運用し、過去の海軍の機動艦隊のような構想を抱いていたようだが、今回の戦闘で、稼動機は23機にまで落ち込んでいた。
他にも十数機の「ケイティー」が置かれていたが、損傷が多すぎて飛行不能であり、「ステルヴィア」帰還後に使える部品だけを取って廃棄される事になっていた。
他にも、極力「ケイティー」の残骸や戦死したパイロットの遺品を集めていたが、戦いの初期に戦死したスピアーズ隊長の遺品は見つからなかったらしい。
「グラスは・・・。洒落たのはありませんので湯のみですけど、高いワインなんですよ」
俺は、持って来たワインの栓を開けてから持ってきた二つの湯飲みに注いでから、一つを空のままのスピアーズ機の駐機スペースに置く。
多くの機体を失った格納庫では、空っぽのスペースの方が多く、整備士達の作業も終了した事もあって、暗く寂しさを引き立てていた。
「ケイティー」の数は減ったのに、整備士の数が減らなかったせいで作業効率が上がったというのは、皮肉という他はなかった。
「美味しいけど、空しいな・・・」
厳しい訓練を終えると、食堂にはスピアーズ隊長と部下のパイロット達がいて、毎日楽しく話しながら食事をしていたのだが、その人達もほとんどが戦死か負傷して全滅状態になってしまい、新しい隊長も生き残ったパイロット達も、それほど接触がなかった人達になってしまっていたからだ。
「厚木君、何をしているの?」
「やばっ!町田先輩だ!」
「ビック4」の内、残りの3人なら良かったのだが、真面目一直線の町田先輩に飲酒がバレると大変な事になってしまうからだ。
「何を飲んでいるの?」
「ブドウジュースです」
「随分と洒落たブドウジュースの瓶ね」
「すいません・・・」
「規則違反よ・・・っ!そうか、スピアーズ隊長の・・・」
「みんな、忙しいですからね。不肖の弟子が、師匠を弔っています」
「あなたは、優しいのね(この子、こんな顔をするのね・・・って!何を言っているのよ!やよいに悪いでしょうが!)」
「今日くらいは、勘弁してくださいよ」
「条件があるわ」
「何ですか?」
「私にも、一杯ちょうだい」
「えっ!大丈夫ですか?」
「供養のためよ。残っているんでしょう?」
「ええ。でも、コップがないです」
「厚木君が飲んでいる茶碗で良いわよ。でも、コップくらい準備できなかったの?」
「無かったんですよ。俺のですか?間接キスになりますけど・・・」
「小学生じゃないんだから。はい、ちょうだい」
町田先輩は、にこやかに微笑みながら茶碗を差し出し、俺はその可愛さに少しドキドキしていた。
「どうぞ」
茶碗にワインを注ぎ込むと、町田先輩はそれをチビチビと飲み始める。
「お酒って、初めて飲むけど美味しいわね」
「気に入って貰えてなによりです(そこ。俺が、口を付けたところだよな・・・)」
「美味しい。お代わりをちょうだい」
「はい。どうぞ」
「厚木君は、パイロット志望に変わりはないのかしら?」
「そうですね。相変わらずの、子供の幼稚な夢ですけどね」
「その件については謝るわ」
「別に気にしていませんよ。それに、スピアーズ隊長も、もっとやりたかった事があったと思うんですよね。それが具体的に何なのかはわかりませんけど、同じパイロットをやっていればわかると思うんです。それに、俺のやりたい事と大分被っているとも思うんです。だから、俺はパイロットを目指します」
「君は立派よね」
「そうですか?あくまでも、自分のためですよ。町田先輩は、どうなんです?」
「私は・・・。最近は、教官になりたいと思っているの」
「鬼教官町田初佳の誕生ですね」
「鬼は酷いと思うわよ(どうして?初佳って呼び捨てにされてドキドキするなんて。私は、光太君が・・・)」
「さて、そろそろ部屋に戻りますか」
「そうね、明日も忙しいわよ」
「(ウルティマ)周辺宙域の探索ですよね。座学がないだけラッキーですけど」
「わからなかったら、バッチリと教えるからね」
「すいませんね」
俺は、スピアーズ隊長に供えていた茶碗のワインを一気に飲み干すと、立ち上がった。
「私も行くわ・・・。あれ?」
次に、俺の正面に座っていた町田先輩が立ち上がろうとしたのだが、急にフラつき始めて転びそうになってしまう。
「大丈夫ですか?」
咄嗟の事だったので、俺は正面から町田先輩を抱きかかえる格好になってしまい、2人の顔が目前にある状態になってしまう。
「酔いました?(くそ!可愛いじゃないか!頑張れ!俺の理性!)」
「ごめんさい。初めて飲んだから(駄目よ!ドキドキしちゃ!私は、光太君が好きなのよ。多分・・・。これは、お酒の影響なのよ!)」
「すいません。部屋まで送りますね(理性を保て!俺!)」
「悪いわね(少し落ち着いたわ)」
「2人とも、何をしているんだい?」
「厚木君、(ビアンカマックス)の調整は終わっているじゃないか」
「えっ!御剣先輩?」
「ケント?これはね!」
思わぬアクシデントのために、お互いが不自然な姿勢のままで抱き合っていた俺達は、突然の第三者の声で必要以上に動揺して倒れ込んでしまう。
柔道をやっていた影響で、俺は無意識の内に受身を取りながら、町田先輩の下に入り込んだ。
「さすがは、元柔道選手。初佳を庇うかって、えっーーー!」
「そうだね。でも、早く部屋に戻って休んだが良いよって!嘘っ!」
「うん?」
「ふん?」
俺は、無事に町田先輩の下に入り込んで彼女のダメージを緩和する事に成功していたが、唇に柔らかくて気持ち良い感触があったので、受身時に閉じた目を開けると、目の前に町田先輩の顔がアップで映っていた。
「初佳。君は、音山君狙いだったよね」
「これは事故なのかな?どっちにしても、グレンノース君には言い難いな・・・」
「(嘘っ!俺って町田先輩とキスしてる?)」
「(私、厚木君とキスしてる?でも、嫌じゃないかも・・・。ええい!やよいに悪いわよ!)」
俺と町田先輩は、あまりの動揺にケント先輩と御剣先輩に体を揺さぶられるまで、お互いに顔を赤く染めながら、一分以上もキスし続けるのであった。
「(これは、浮気じゃない!事故だ!俺にやましい点なんて!)」
「(まずい!やよいにバレたら大変な事になる!しかも、私は光太君が・・・。あれ?でも、厚木君も・・・)」
この時、初佳の心の中では大きな迷いが生まれ始めていた。
そして、この件が発端となって後に大きな事件が起こるのも、神のみぞ知るという状態であった。
おまけ
「風祭技官、例の(インフィニティー)のパイロットを紹介します」
「片瀬志麻です」
「音山光太です」
風祭親子の感動の再会のあと、迅雷は風祭技官に光太としーぽんを正式に紹介していた。
「この2人が(インフィニティー)のパイロットですか。若いですね」
「才能は折り紙つきですよ」
「そうですか・・・。実は、音山君に聞きたい事がありましてね・・・」
「音山にですか?」
迅雷は、光太の名前を聞いた瞬間に表情を曇らせ始めた風祭技官に首を傾げる。
「ええ。とても大切な事なんですよ!音山君!君は本当に、うちのりんなと付き合っているのかね?」
「へっ?」
光太は、突然の風祭技官の追求に間抜けな声をあげてしまう。
「いや。そろそろりんなも年頃な事だし、ボーイフレンドの1人や2人は構わないんだ・・・。だが、まだ12歳のりんなとの付き合いは、年齢相応のというか・・・」
「僕が、りんなちゃんと付き合っている?」
りんなが、自分の父親にどういう話をしたのかはわからないが、目の前の風祭技官は、既に自分と娘が付き合っているという前提で話を進めていた。
「りんなは、(ウルティマ)に帰って来てから、ずっとそう言っているが・・・。まさか!りんなの事を裏切って!」
「すいません。裏切るとかそういう事ではなくて、りんなちゃんとは、あくまでも友達で・・・」
「だが!りんなは、(ウルティマ)に帰って来てからというもの、毎日のように君の話をしていたんだぞ!君は、うちの娘を裏切るつもりなのか?」
「風祭技官!光太君は、私と付き合っているんです!」
「君は、2人の女の子と付き合っているのかね?それは、同じ男性として許せない点があるな」
風祭技官の勘違いを修正すべく、しーぽんが話しに割って入るが、事態は更に複雑になっていく。
「だから!僕は、今の所は誰とも付き合っていないんですよ!」
「光太君!それはないんじゃないの!」
「いや・・・。でも、僕達は正式には付き合っていないのであって・・・」
「君はそうやって何人もの女性を翻弄しているのか。うちのりんなに近付かないでくれたまえ!」
「だから!誤解なんですよ!」
「言い訳は、男らしくないぞ!」
「だから!僕はりんなちゃんとは友達で!」
「光太君は、やっぱり町田先輩の方が良いんだね・・・」
「いや、それも違うから・・・」
「君は3人の女性と同時に付き合っているのかね!りんな!彼は危険な男だぞ!」
「音山、片瀬。すまないな。俺では力になれん。さて、蓮の所にでも行くかな」
面倒に巻き込まれる事を嫌った迅雷が抜けたあとも、3人は不毛な論争を続けるのであった。
「私・・・。厚木君とキスしてしまった・・・」
あの大騒ぎのあと、半分酔っ払っていた自分は孝一郎に自室に運んで貰っていた。
「初佳も、意外と気が多いのね」
「ナジィ、あれは純粋な事故なのよ!」
「でも、嫌ではなかった。違う?」
「それは・・・・・・」
「初佳は自分を圧倒した男よりも、一つ年下だけど等身大の男の子が好きになりつつある。違うかしら?」
「・・・・・・・・・」
「それに、音山光太は誰が見ても片瀬が好き。あなたと風祭は、お邪魔要因にしか見えない」
「・・・・・・・・・。確かに、そうかもしれない。でも、やよいに悪いわ・・・」
「あのグループは、恋愛では競っても友情は維持している。あなたも、そうすれば良いのよ」
「そうかしら?」
「それに、今ならライバル不在のチャンス期間が40日間もある。初佳は厚木に勉強を教えているし、藤沢もグレンノースも、あなたはノーマークのはずよ」
初佳がナジマの話を聞いていると、段々と自分が大きなチャンスに恵まれているような気がしてくる。
「そうよね。それも、ありよね。私のファーストキスを奪った責任を取って貰わないと」
「クリスマスの時の音山は、カウントに入っていないの?」
「あれは、頬だったから。唇は、厚木君が初めてだったのよ」
「そうなの。それは、責任を取って貰わないとね」
「よーし!明日から頑張るぞ!」
こうして、俺と光太のあずかり知らぬところで、女難勢力図の内容が再び書き換わり、再び俺の方向に大きく針がふられる事になったのであった。
あとがき
かなり公式とはかけ離れた設定になっている部分もありますので、そこのところをお願いします。
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