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▽レス始

「お兄ちゃんと一緒♪ 第三話(機動戦士ガンダムSEED・Destiny+ネタバレにつき未記入)」

春の七草 (2006-11-24 17:29/2006-11-24 17:33)
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 やられた―――――

 アイリーン・カナーバは内心ほぞをかんだ。
 自分は上手く表情を制御できているだろうか。心中の焦りを見せないよう留意しつつ、目前の男を観察する。
男の巌のような表情からは、何も見出すことは出来ない。勝ち誇って笑みでも浮かべれば、まだ可愛げがあるものを。心の内でそう毒づいて、息を整える。
 男の発言は予想だにしない内容を含んでおり、それは政治家としての教育を受けたアイリーンをも動揺させるだけの力を持っていた。

 交渉において、自らを有利な位置に立たせる方法は幾つも存在する。典型的なものは、第一声で相手の動揺を誘うことだろう。相手が驚くような事実、或いはそう思わせるだけの嘘。突飛な提案、奇妙な要求などで相手の度肝を抜くのである。そうすることによって自身を精神的に優位な位置に立たせ、相手を見下ろす立ち位置を作る。日常生活で駆使すれば嫌がられること請け合いの行動だが、少なくともアイリーンのいる世界……政治の世界……においてはごくごく当たり前の手法である。
 当然それに対抗する手段などアイリーンは心得ていたし、事実何度も実践してきた。彼女にとって、それは使い古された陳腐極まりない手法であり、恐れるほどのものではなかったはずなのだが。

 幾らなんでも、これは想定外だな―――――

 内心の動揺は収まらない。こんなことでこれからの交渉を乗り切れるのか、甚だ不安だ。目前の男が完全なポーカーフェイスでいるのが、酷く苛立たしい。

 「申し訳ないが、もう一度言っていただけないか」

 時間を稼ぐつもりで、そう言った。口の中が酷く乾いている。空気を震わせたその声は、自分でも驚くほどしゃがれていた。予想以上に、自分は動揺しているらしい。
ともかく、落ち着かなければならない。動揺したままでは、いらぬ譲歩まで引き出されられるのが関の山である。冷静に、沈着に、狡猾に。そうでなければ、目前の大敵とは渡り合えない。そう、自らに言い聞かせる。

 「聞こえ辛かったか。では、もう一度言おう」

 男が再び口を開くのを、アイリーンは緊張して待った。自分は次に口を開くまでに、頭を冷やすことが出来るのだろうか。甚だ不安であった。

 男はややゆっくりと、大きめの声で。まるで出来の悪い生徒に対する教師のように、提案を口にする。

 「貴様に協力を求めたいことは唯一つだ。なに、そう難しいことではない」

 男の表情は変わらない。いつもの通りの、彫りの深い、不機嫌そうな顔立ちである。
 ごくり、と。アイリーンののどが動いた。彼女は、自分が校長の前に立たされた小娘のように緊張していることを悟った。
 果たして、彼女は精神の平静を取り戻すことが出来すことが出来なかった。交渉の第一歩において、彼女は完全に敗北したのである。


 「大西洋連合との和平を結びたい。……協力してくれるな」


 プラント強硬派首魁にして、現プラント評議会議長。ナチュラル蔑視思想の持ち主たるパトリック・ザラは、何でもないことのようにそう言い放ち、彼女を注視した。
 アイリーン・カナーバは、只々絶句することしか出来なかった。


 「お兄ちゃんと一緒♪/第三話(ガンダムSEED・Destiny二次創作)」


 「何故だ、ザラ議長」

 たっぷり一分ほどの沈黙の後、アイリーンはようやく口を開いた。二度聞いた今でさえ、男の言ったことは信じ難かった。目前の男、パトリック・ザラはこの戦争を先頭切って推進してきた人物である。その男が何故、今更和平などと言い出すのか。甚だ疑問であった。

 いや、それだけではない―――――

 彼女の疑問はそれだけではなかった。今現在、自分がプラント評議会議長執務室で、プラントの最高権力者と会話を為しているというこの状況さえも、異常なのだ。


 現在より約二ヶ月前、コズミック・イラ七十一年五月五日。プラント国防軍“ZAFT”による大西洋連合軍本拠地、アラスカへの侵攻作戦が行われた。オペレーション・スピットブレイクである。
 元々はこの作戦、パナマ基地のマスドライバー攻略作戦のはずであった。ところが、当時からプラント議長であったパトリック・ザラが作戦を変更、独断で目標をアラスカへと変更してしまう。
 大西洋連合軍が本拠地、アラスカ。その地を攻略すること事態は、戦略的にそう大きな問題はなかった。マスドライバーのあるパナマを制圧したときほどの実利は無いものの、本拠地を奪われれば大西洋連合軍にも動揺が広がる。上手くいけば、大西洋連合の民衆に厭戦気分を植えつけることも可能だったであろう。政治的には大きな意味のある目標だったのだ。

パトリック自身、この作戦が成功すれば大きな功績を立てたことになる。それが出来たかどうかは甚だ疑問だが、ともかく彼としてはその功績によって、独断専行による非難をかわす腹積もりであった。

 ところが、件の作戦は失敗に終わる。極秘裏に計画されていたはずの作戦は事前に漏れており、大西洋連合は不思議なことに地下に配備してあった自爆用大量破壊兵器を起爆。基地と味方ごと敵を吹き飛ばす暴挙によって、ZAFTに大打撃を与えたのだ。
 結果としてZAFTは勝利したものの、基地は消滅。占領も出来ず、大出血を強いられただけでZAFTは撤退せざるを得なかった。損害の度合いから見ても、作戦目標の達成から見ても、ZAFTの敗北である。

 本来ならば、この時点でパトリック・ザラは失脚し、新たな政権が発足するはずであった。独断で作戦目標を変更した挙句の敗北なのだから当然である。首魁であるパトリックが失脚する以上、強硬派が政権に居座り続けることも出来ない。樹立される新政権は確実に穏健派のものであり、プラントは和平への道を探りつつ戦線を縮小することになっただろう。

 しかし、現実にはそうはならなかった。
 プラント穏健派首魁シーゲル・クラインが娘、ラクス・クライン。彼女は何を思ったのか、ZAFT最新鋭MS“フリーダム”を奪取。謎の人物に与えてしまうのだ。更には彼女の行動はしっかりと監視カメラに映っており、言い逃れの出来る状況でもなかった。
 この一大スキャンダルの“動かぬ証拠”を手に入れたパトリックは、手早くラクス・クラインを国家反逆罪で指名手配。同時にオペレーション・スピットブレイクの失敗も彼女の情報漏洩によるものとし、自らの責任を彼女に押し付ける。更に彼女の父親、シーゲル・クライン率いるプラント穏健派も、同様の容疑で軒並み拘束した。
 かくして順当に行くなら潰れていたはずのザラ政権は安泰となり、逆に反対勢力は壊滅した。現在のプラント評議会は、完全に強硬派に抑えられてしまっているのだ。


 拘束されたプラント穏健派議員の中には、無論アイリーン・カナーバも含まれていた。つまるところ、彼女は本来ならば今も留置所にいるはずの人物である。
 それが今日の早朝突然釈放され、議長室へと出頭するように言われたのだ。一体何事か。首をかしげながらも最低限の身なりを整え、パトリックの下へと向かった彼女を襲ったのが、先ほどの爆弾発言であった。

 「何故だ、か。貴様がそれを聞くのか、アイリーン・カナーバ。
貴様ら穏健派こそ、和平の必要性を尤も理解している勢力ではなかったのか?」

 プラント最高権力者は嘲笑うように返す。アイリーンは不快そうに眉をしかめた。確かに和平の必要性を訴えてきたのはプラント穏健派たる自分たちだ。だがそれを悉く退け、戦線を拡大してきたのが目前の男の率いるプラント強硬派ではないか。何故今頃になって、和平などと彼らが言い出すのか。

 「ふん、良くも悪くも真っ直ぐということか。つまらんな」

 そう言われて、アイリーンは慌てて表情を消した。少々嘲られた程度で表情を変えていては政治家失格であろう。平然と受け流すべきとはアイリーンも考えているのだが、彼女はその手の自制が苦手であった。
 そんな彼女の様子を常の如く鉄面皮で観察してから、パトリックは一冊の報告書を取り出した。デスクの上を、アイリーンの方に滑らせる。

 「それが理由だ」

 たった一冊の報告書で、一大政治勢力がその方針を変えたというのか。奇妙に思いながらも報告書に目を通す。幾らも立たぬうちに、アイリーンの顔が青くなる。

 「これは、事実なのか?」

 知らぬうちに、報告書を持つ手が震えていた。この報告書が事実を書いたものならば、なるほど。確かに戦争などやっている場合ではない。是が非でも、早急に和平を結ばねばなるまい。

 「念のため、複数の機関に調査させた。間違いあるまい」

 ぴしりと背筋に鉄芯でもはいったのような、きっちりとした姿勢。声色も完全に抑制されており、“ナチュラル如きと和平を結ばねばならぬ屈辱”など微塵も表に出ていない。

すぐに和平を結ぶ必要がある―――――

戦争を推進してきた強硬派でさえそう考えるほどの重大な事実。それを知ってなお、パトリックの巌のような容貌に揺らぎはなかった。
 無論その表情は、彼が状況を理解していないことを現すものではない。もしそうならば、自らの派閥の方針を百八十度変えるような真似はしないだろう。今でもナチュラル相手の戦争に譲歩はないと主張していたはずだ。

 厄介な男だ―――――

 アイリーンは内心そう呟く。
目前の男は彼女よりも老練で、冷静で、狡猾である。しかもそうでありながら、ナチュラルを憎悪しているのだ。彼がいる限り、穏健派の求めるプラントと地球の諸国家との関係改善など望めない。今回の和平にしたところで、例え講和がなされたとしても緊張の続くものに過ぎないだろう。
 だからといって、パトリックを凌駕するほどの権限を得ることは、穏健派には不可能だった。パトリックは軍部に極めて大きなパイプを持っており、確固たる権力基盤を保持している。
 唯一対抗できるシーゲル・クラインは、現在娘の狂行の余波で逐電中である。パトリックはこの機を逃さず、彼の権力基盤を切り崩しにかかっているだろう。例えシーゲルが何らかの方法で政界に返り咲くことが出来たとしても、再びパトリックを抑えるほどの力を持てるかといえば疑問である。
 つまるところ、彼女を含むプラント穏健派が、パトリック率いるプラント強硬派を抑えることは不可能なのだ。

 しかし―――――

 何か違和感を感じないでもない。目前の男、パトリック・ザラが有能な男であることは認めるに吝かではない。だが同時に、この男は欠点を満載した人物でもあるのだ。

 ナチュラル蔑視思想、妥協を知らない強硬路線、独善的な思考など、枚挙に暇は無い。
 最も酷い欠点は、そのナチュラルに対する憎悪であろう。強烈な感情は理性の目を曇らせ、情動的な方向に思考を導きやすい。この男は、地球各所に対するニュートロン・ジャマー投下作戦においても、最後までニュートロンジャマーではなく核を落とすべきだと主張していた。当時、すでに農業プラント、ユニウスセブンは核攻撃で消滅しており、プラントの食料自給率は目を覆わんばかりのものとなっていたにも拘らずだ。地球を死の星にしてしまって、一体どうやって食い繋いでいくつもりだったのだろうか?

 だが今のパトリックに、そういった狂的な憎悪は感じられない。言っていることにせよ、ナチュラルへの譲歩に他ならない。一体どんな心境の変化があったのか。

 「ともかく、早急に手を打たねばならん」

 パトリックの声に、アイリーンの思考は中断された。確かに、その通りだ。報告書の内容が事実だとするなら、一刻の猶予も無い。和平など、一朝一夕に出来るものではないのだ。手遅れにならないうちに行動を開始する必要がある。パトリックの心境の変化も気になるが、今はそんなことを詮索している場合ではない。

 「そうだな。早速関係者に当たってみることにしよう。他の穏健派議員の釈放はあるのか?」
 「釈放を必要とする人間のリストを、優先順位付きで作成しておけ。要求の全てを呑む気は無いが、善処する」

 言質を取ったアイリーンは、挨拶もそこそこに執務室を出て行く。その頭の中では、既に釈放を求める人間、そのまま檻に入れておくべき人間をより分けていた。残された時間は、あまりにも短い。

 「このまま戦争を続けるのなら、遠からずプラントは滅亡するな」

 彼女が無意識に呟いた一言が、プラントの現状を端的に表していた。


二、
 「このまま戦争を続けていると、プラントは潰れるわね」

 “一週間でマスターする共通語”

 プラント行きの難民船、その内部。件の本を熟読する兄の隣で、マユ・アスカは一人冷や汗を禁じえなかった。
 彼女のノートパソコンが映しているのは“プラント経済新聞”。プラント最大の経済紙、そのバックナンバーである。アスカ夫妻の教育方針であろうか。彼女の持つノートパソコンは、何紙かの新聞を読めるよう、きちんと契約が為されていた。
 これ幸いと片端から読んでいった彼女は、奇しくもアイリーン・カナーバや、パトリック・ザラと同じ結論に達する。即ち、プラントが戦争を継続していった場合、その国家体制が維持できなくなるであろうという結論である。

 (まあ、よっぽどの天才か、プラント政府組織本人でも無い限り、普通こんな結論には至らないだろうけど)

 そんな風に考えるマユ・アスカは、別に天才でもなければ、プラント政府組織の人員でもない。彼女の場合、“普通では無い”のだ。彼女は“原作”を知っていたため、彼らと同じ結論に達することが出来たのである。

 コズミック・イラ七十一年九月末日に、プラントは大西洋連合に対し停戦を申し入れる―――――

 その“答え”を知った上、途中式を見つけ出す形で、マユはプラントの危機を予測することが出来たのだ。

 (まあ、この世界では凄まじく少ないだろうけど。中立的な視点を持った人間なら、すぐに気づくのかも。なんたってプラントと地球の諸国家じゃ、人数が違いすぎるんだから)


 プラントの総人口は、一億に満たない。逆に、プラントと交戦状態にある大西洋連合、ユーラシア連邦、東アジア共和国は、何れも人口十億を超える巨大国家である。合計した場合、人口比は一対数十となるのだ。

 (とんでもなく単純に考えるなら、プラントの兵隊は自分が殺されるまでに、敵を数十人殺さなきゃならないわけだ。百人とまでは行かなくても、勝つ気ならそれくらいは殺さないと駄目かも。
……流石に無理よね、それは。超能力を持ったギシン星人だって、群衆相手だとリンチにあってたのに。)

 開戦初頭において、ZAFTは巨大人型戦闘ロボット“ジン”を、地球側は宇宙戦闘機“メビウス”をその主戦力としていた。その戦力比は一対四。つまり、“ジン”一機と互角に戦うためには、“メビウス”が四機必要だということだ。プラント政府も、この“ジン”の性能を頼りに、開戦に踏み切っている。
 だがこの一対四という戦力比は、逆に言えば“メビウス”五機以上に襲い掛かられれば、“ジン”は敗北する可能性が高いということでもある。
 国家の人口の差が、そのまま兵器の数の差になるわけではない。が、それにしても数十倍の人口を持つ国家群に挑むには、“ジン”の優位性は心もとない。

 (結局男の子の夢、戦闘ロボットが使えたところで、数の暴力には勝てるはずも無いわけで。
ああ、だからこそプラントは最初のうちは限定戦争をやらかそうと考えていたわけか)

 最終的には殺るか殺られるかの殲滅戦を始めるプラントと地球の諸国であるが。プラントとしては、初期においては宇宙での何度かの戦闘のみで、地球側から有利な講和条件を引き出そうとしていた。只、戦果が足りなかったのか、地球側が強硬に過ぎたのか。結局ZAFTは地球に降下。泥沼の侵略戦争を始めることとなるわけだが。


 (人数差の都合上、プラントは長期にわたる戦争になれば、勝てないどころか国家体制が壊れるほど人数が減ってしまう。だから“原作の”アイリーン・カナーバも、クーデターまで起こして政権を奪取したわけか)

 アイリーンがクーデターの準備をしていた時点では、超巨大γ線レーザー砲“ジェネシス”はまだ破壊されていないはずである。ZAFTもいまだ健在であり、大きなアドバンテージであろう核動力モビル・スーツもプラント側のみの技術であった。確かにオペレーション・スピットブレイクにおけるパトリックの独断でケチはついていたが、ZAFTはまだまだ戦える状態にあったはずである。

 (まあ、SEEDのお話の表に出てこない事情……例えば人数不足……がなかったら、の話だけど)

 アイリーンは和平を求めていたが、プラントにはプラントで、戦争を始める理由があったからこその開戦なのだ。目的を達し、プラントが利益を得るまでは、和平はありえないはずである。……無論、敗北による降伏はありえただろうが。

 (にも拘らず、あまりにも強引な、アズラエルが生存していたら絶対に実現しなさそうな無茶な停戦要求。つまり、そんな馬鹿な真似をしてでも戦争を止めなきゃいけない理由があったわけで)

 恐らくはそれが、この世界でも厳然と存在する、“人数不足”という理由なのであろうとマユは判断した。


 (プラントは早急に戦争を止める。“原作”みたいに、両陣営のトップが同じ戦場で死亡するなんて無茶で終わるのかはわかんないけど。ともかく、あと数ヶ月で戦争が終わるのは間違いなさそうね)

 マユはちらりと、シンに目を向ける。 “一週間でマスターする共通語”は読み終わったのか、単に飽きたのか。今度はプラントが国防軍、ZAFTの募集要項を読んでいた。共通語で書かれたそれを辞書も使わず読んでいることからして、もともと共通語の読み書きに不安は無いのだろう。

 「……お兄ちゃん、軍隊に入る気なの?」

 “原作”では、妹のことは思い出しても、両親のことは殆ど思い出さなかったシスコン少年。果たしてこの世界でも、彼は“守るための力”を求めるのだろうか。それはマユとしても気になることであった。

 「うん。訓練段階から、給料が出るからね」
 「ああ、なるほど」

 両親の遺産は、オーブが混乱から立ち直らなければ引き出すのは難しい。が、オーブやプラント、そしてセイランからは見舞金が出る。避難先のプラントは難民用の居住区まで提供してくれるそうだ。取りあえず、暫くの間だけは、生活に困窮する心配は無い。
 が、長期的にはアスカ兄妹も何らかの職を見つける必要がある。大した技能も資格も無い現状を鑑みるのなら、なるべく早く職能を身につける必要があるだろう。マユが計算してみた所、見舞金の額はそれほど長い“準備期間”を許してくれそうになかった。

 「それに……」

 見舞金の総額を再計算していたマユに気づかず、シンは言葉を続ける。

 「もう、嫌なんだ。大切な人達が目の前で殺されるなんて、絶対にごめんだ」

 モビル・スーツの誤爆によって殺害された両親を思い返しているのか。俯いたシンの赤い瞳は、この場を映していなかった。
 病院で目を覚ました“風待ほのか”の見なかったその光景。それは一体、彼にどんな影響を与えたのだろうか。“風待ほのか”には、想像することはできても理解は出来ない。アスカ夫妻はマユ・アスカの両親ではあっても、“風待ほのか”の両親ではないのだ。
 生物学的に同じ“両親”を持ちながら、シンの想いに何ら共感することが出来ない。そのことが、“風待ほのか”には居た堪れなかった。

 「……そっか」

 結局、“ほのか”にはそんな返事を返すことしか出来なかった。無論、共感するふりなら可能であったし、彼女の理性はそうすべきだと主張していた。今のところ、シン・アスカはこの世界において唯一と言っていい、マユの味方なのだ。彼の悲しみに共感して見せ、彼とより親密になっておくことは、この世界において生きていくために重要な課題である。
 だがそれを冷静に実行するには、“ほのか”がシンと一緒にいた数日は長すぎた。情の移った相手を平然と騙せるほど、“ほのか”は冷徹になりきれない。

 (マユ・アスカに憑依して、マユ・アスカとして振舞っているって時点で、あたしはシンを思いっきり騙しているんだけどね)

 “風待ほのか”は、マユ・アスカの記憶を引き出すような真似は出来ない。言語に関する問題も、単にオーブ語が日本語で、プラントなどの使用する共通語が英語であるから困らないだけである。現在の“風待ほのか”演じるマユ・アスカは、シンと共に育ってきたマユ・アスカとは完全に別人格であるのだ。

 (はあ、こんなこと考えたって、仕方が無いのに)

 実は私はマユ・アスカではありません。異世界においてあなた方の世界をアニメとして見ていた、まったく別の人格です―――――

 そう、シンに言ったところで互いに得るものは何も無い。“風待ほのか”はシンという味方を失い、シンはシンで只一人生き残ったはずの肉親まで失う。良心がきりきり痛もうとも、騙しているという罪悪感が胸を抉ろうとも、“風待ほのか”はそんな間抜けな選択肢を選ぶ気にはなれなかった。


 「大丈夫だよ、マユ。お前だけは、絶対に守るから」

 黙って思考の海に埋没していたマユを見て、どう判断したのか。安心させるよう、そう言ってそっと握ってくれたシンの手を、マユは握り返すことが出来なかった。


 (ああ、もう。考えるの止め。考えたってしょーがないんだ。うん!)

 無理矢理、思考を中断させ、いつの間にか俯いていた視線を前へと戻す。下を向いていては、碌な考えが頭に浮かばない。


 シンがどんなつもりで軍隊に入ろうとも、取りあえずあと数ヶ月でこの戦争は終結するのだ。プラントの人数不足が解消されるのは十数年は先だし、地球側も、大戦争をやらかした以上、数年……“原作”だと僅か二年だったが……は戦争を起せないのだ。
 取りあえず、今回の戦争にシンが関わることは無い。ならば、“原作”通りの才能をシンが持つのなら、彼の数年後の戦争への従事を、余り心配する必要も無いだろう。

 (……だったら、あたしも軍隊に入っといた方がいいな)

 プラントで生きていくなら、従軍経験はあった方がいい。たとえ前線に出ていなくとも、“同胞のために血を流す気があった”ことを示しておけば、後々その社会で生きていきやすいのだ。戦争があと数ヶ月で終わる現状は、安全に従軍経験を得る格好の時期かも知れない。

 (お兄ちゃんがZAFTに入隊するとき、一緒に入っとこう。別に後方で主計課とかに入ったって従軍経験は従軍経験だし。十中八九、戦争が再び始まる前に退役できるしね。うん、それで行こう)

 そこまで考えて、今度こそマユは思考を中断させた。先ほどの、自分がシンを騙している、という考えは、思いのほか彼女を打ちのめしていた。これ以上、頭を働かせていたくない。
 時計を見る。まだプラントにたどり着くには時間がある。一眠りしておくべきか。
 マユはごそごそと座席の下から毛布を取り出し、それに潜り込むようにして目を閉じた。


 それから数ヶ月と経たずに、マユはこの時のことを痛烈に後悔する事となる。
 何故、自分はもっと深く、自分と兄の従軍について考えておかなかったのかと。
 彼女にしてみれば、それは少し考えれば分かるはずのことだったのだ。
 だが、幾ら悔やんだ所で時間が巻き戻るはずもなく。

 マユ・アスカはこのときの浅はかな決断を持って、怨恨と憎悪、煩悶と後悔の海へと、自らを沈める羽目となるのであった。

<続く>


<あとがき>
 こんばんは。春の七草です。一月と一日ぶりの更新です。何でこんなに時間がかかるのでしょうか?今回の登場人物は、たったの四人なのですが(苦笑)。
 取りあえず、パトリックの方針転換。プラントの戦争継続限界。マユの従軍決意のお話です。
 マユが完璧超人にならないよう気にしてはいるのですが。だからといって馬鹿な主人公など書きたくもありません。この程度の予測は、許容範囲……ですよね?(汗)

 皆様、感想ありがとうございます。以下は“レス返し”です。

 ○MAHO様
 X運命は私も大好きです。ちゃんと頭を使うシンが魅力的です。しっかり、ラクスを書いているところもすごいなぁと思います。
 このお話のユウナはX運命とは大分違う基軸を持って動いていく、予定です。受け入れられるキャラなのかどうか、ちょっと心配ですが。期待を裏切らぬユウナ君を描いていこうと思います。

 ○かのん様
 パンツ一丁!? そんなSSがあるのですか。驚きです(笑)
 マユとなった娘は……。まあ、碌な目にあいません。主人公なので。
良いものを書いていけるよう、精進していきます。

 ○九龍様
 有能ムネタケ。時々生えてますね(笑)。しかし紫キャベツって(笑)。
 義手に関しては、色々と悩んでいます。仕込み銃は、皆さん予想されているようなのでやりたくないなぁ、とか(苦笑)
 ともあれ、きちんと上手いこと書いていこうと画策していく所存です。気が向いたら、これからも読んでやってください。

 ○ATK51様
 セイラン家に関するATK51様の考えについては、ちょっと今のところはノーコメントです。お話の中で、ちゃんとそれに対する答えっぽいものは書いていくつもりです。……この更新速度だと、物凄く先の話になりそうですが。
 しかし種割れって(笑)。一応、あれの理由は存在します。何時明かされるのかはさておいて(苦笑)。
 カガリやアスランには、しっかり成長していってもらうつもりです。別に私は、彼らが嫌いなわけではないです。念のため。いえ、○×だなぁとか、☆△だなぁとか、色々と思うところはありますが。
 お兄ちゃん対策は……。シスコン萌えツボ攻撃って(笑)。

 ○覆面X様
 そうですね。マユは大抵死んじゃっていますね。結構重大な転換点なのだから、もーちょっとこれをネタにしたお話があっても良いと思うのですが……。
 マユがMSに乗るのか、オペレーターになるのか、はたまた全然別の仕事に就くのかについては。確かに、妹キャラ(笑)なんですから、普通にMSパイロットというのは面白くないですよね。多分、捻ったものを示せると思います。

 ○影mk=2様
 うーん。どうでしょう? 多分、神経と接続端子を物理的につないだ後、麻酔が切れてから設定を行ったのでしょう。そこまで第二話で書いていなかった? 別にそこまで重要な部分でも無いので、省略したのですよ。


 “レス返し”は以上です。次回も、宜しくお願いします。

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