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▽レス始

「双魔伝03(火魅子伝)」

時守 暦 (2006-11-23 23:52)
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 朝。
 志都呂は寒気を感じて目を覚ました。
 ヘックショイ、とクシャミをして、自分でその音に驚いて目を覚ます。
 頭痛がする。
 動けない程ではないが、気分が悪い。
 どうやら、九峪と日魅子の演奏に乗って呑みすぎたらしい。

 九峪と日魅子。
 昨日突然発見した、超ド級の逸材。
 あの演奏は、寝起きの悪い志都呂の微睡の中でもハッキリと思い出せる。
 うむ、これはいい目覚ましだ。
 起きる度にあの演奏を思い出せば一日の始まりの気分が良くなり、あまつさえ気力が沸いてくるのだ。


 周囲を見ると、死屍累々という言葉が似合う有様。
 昨晩の2人の演奏は結構ペースが速かった。
 それに乗せられ、調子に乗って呑みまくったのだろう。
 スピーディな曲を聞かせながら運動をさせると、異常に動きが激しくなるのと同じ理屈だろう。

 志都呂は自分の上に、布団がかけられているのに気がついた。
 いや、かけられているのは自分だけではない。
 すぐ隣で寄り添うように眠っている織笠も、大道具の扱いを一手に引き受ける益矢(男・24歳独身)も、茂一爺さんも、他の団員達も。

 見れば、焚き火はつい先程まで燃えていたようだ。
 全員が酔い潰れているのに、誰が?
 考えられるのは織部だが、彼女は徹夜が出来るほど夜に強くない。

 ならば…。


「あ、オハヨー」


「ん? 起きたん?」


「…ああ、おはよう。
 すまないな、火の番をしててくれたのか」


 この2人。
 日魅子と九峪に他ならない。
 志都呂は布団から這い出して、寒そうにしている団員達に布団をかけなおした。
 この調子だと、暫く起きてこれないだろう。

 志都呂は2人に向き直った。


「いや、申し訳ない…。
 折角の宴だというのに途中で寝てしまうし、火の番まで客人恩人に押し付けるなんて…」

「いーよいーよ。
 困った時はお互い様だもん」

「それに、話し相手も居たもんね」

「話し相手?」


 志都呂は周囲を見回した。
 だが、団員達の他には誰も居ない。
 その団員達は、殆どが志都呂より先に潰れていた。
 織部も同じだ。

 確か、一曲終えた九峪と日魅子に約束通り酒を注ぎ、興が乗ったのか九峪が演奏を初め、さらに日魅子が知らない言葉を使った歌を歌う。
 これまたテンポの速い曲で、それに乗って呑めや歌えやの大騒ぎ。
 それで限度を弁えずに呑み続けてしまったのだが…。


「一体誰が?」

「ん、今は朝ご飯を調達しに行ってる。
 きっと見たら驚くぞー」

「?」


 くししし、と日魅子と九峪は顔を見合わせて楽しそうに笑う。
 …ところで…焚き火のすぐ側にある、赤いナニかの山は何だろう?


「なぁ、ところでこれ…何だ?」

「これ?
 人参の根っ子のトコだよ」

「……なんでこんなに人参が?
 と言うか、この季節に?
 こんな大量の人参、ウチにあったかな…?」


 志都呂が首を傾げるのも無理はない。
 何せ人参の根っ子の所が積み上げられ、座った九峪と同じくらいの山を作り上げているのだ。
 誰が人参ばかりをこんなに沢山食べ、そもそも何処から持って来たのか?
 軽く見積もって、3桁はあるのだが。

 ふと気付いて、志都呂は団員達の頭数を確認した。
 1人、2人、3人…全員居る。
 そして、2人の話し相手をしていた誰かさんは朝飯を調達しに行っているらしい。
 と言う事は、この人参を食べたのは団員達以外なのだろう。
 多分、この人参もその人が持って来たのだ。

 …しかし、偏食が過ぎると思う…。


「…あー、話は変わるけどさ。
 昨晩の演奏と、街での演奏…随分違ったね?
 いつでも演れるワケじゃないって言ってたけど…どういう意味なんだい?」


 九峪と日魅子は顔を見合わせ、首を傾げた。
 あ、これは聞いてはいけない事かな、と思った志都呂だが、そんな事はなかった。
 あっけらかんと日魅子が言う。


「なんて言うかさ、昨日の夜は…表現したいモノがなかったんだよね」

「表現したいモノ?」

「うん。
 宴会は楽しかったけど、街でみたいな気持ちにはならなかったから…。
 正確に音を出すのは、まぁ出来るんだけど」

「……?」


 志都呂はよく分かってない。
 音楽担当の静連なら、日魅子の言葉の意味が分かるだろうか?
 彼とて芸人の端くれだが、どちらかと言うと彼はマネージャー或いは纏め役としての役割が強い。
 無論、人前で見せても恥ずかしくない程度の芸は出来る。
 が、正直な話、あまりレパートリーは無いし、ランクで言えば興行団の平均程度だ。
 畑違いだし、よく解からない。

 志都呂が困っていると、見かねて九峪が口を挟んだ。


「だからさ、歌や音楽ってのは一回一回違うモノだろ?
 同じ歌でも歌い手聞き手の心が反映して、楽しい歌に聞こえたり哀しい歌に聞こえたり」


「ああ、それはあるね。
 興行団なんてやってると、そういうちょっとした違いにも敏感になるから」


「うん。
 で、俺達が自分の意思で…と言うか、意識して吹く時には、技術ばかり発達して、そういう“心”が殆ど抜け落ちてる感じなんだ。
 だって、正確に音を出して決められた曲を奏でるだけだもんな」


「…それが、昨日の夜の演奏かい?」


「ん、まぁそんなトコ。
 でも、街で吹いた時は違った。
 …なんて言うかさ、人の流れを見てたら…意味もなく嬉しくなってきたりして。
 そういう事って、無い?」


「いや、よくあるさ。
 例えば興行をやってる時に人が集まってきてくれたり、道端で『アレは楽しかった、凄かった』って噂してたり…。
 そういうのと同じだよな。
 誰かを楽しませる事が出来た、とか」


「そうそう、そんな感じ。
 で、日魅子はそれを表現したくなったんだ。
 とても安らかで、嬉しくて…言葉に出来ない、正確に伝えられない。
 だから、言葉を使わずにハーモニカを吹いた。
 ああ、伝えられない、分かってもらえないな、って…そう思った時に、吹くんだ」


「……はぁもにか、か。
 綺麗な曲だったな…。
 なんて言う曲?」


 志都呂は日魅子に顔を向けるが、日魅子はあっさり肩を竦めた。


「曲名なんか無いよ。
 ただ感じるままに、心のままに音を出しただけ。
 そうすれば伝わるって、そう思ったから」


「…それは…ひょっとして、何時もなのか…?」


「いつもじゃないなぁ。
 頻繁に演奏したいって気持ちにはならないし。
 ねー九峪?」


「そだね。
 “とっておき”を伝えたい。
 そんな感じかな」


 志都呂の背に戦慄が走る。
 彼は歌に関する知識は然程多くはないが、静連から聞いた程度には、歌い手の事を理解できる。
 『歌は心』。
 だが、心だけで人を楽しませる事は出来ない。
 確かに見ているだけ、聞いているだけで楽しくなる事はあるが、音痴なようでは興行には使えない。
 だから、普通は人を楽しませたい、歌いたい、などの心が先にあり、そこに技術を後付していく。
 力無き正義に意味はない、と同じ理屈だ。

 だが、日魅子は…ひょっとしたら九峪も…は違う。
 逆なのだ。
 力無き正義に意味はない、の逆…正義無き力に相当する。
 つまり、2人には心が無いが技術がある。
 しかも、完璧な技術が。

 歌に人の心が反映される、と言うが、それは解釈次第では『歌は人の心を表す手段』とも取れる。
 単に歌うだけでは心は表しにくいから、様々な技法がある。
 声色を変えたり、身振り手振りを入れたり、その気持ちに合う曲や歌詞を選んだり。
 そういう幾つもの技術を使って、歌い手は心を表現する。

 …ならば、もし。
 もしも、だ。


 心の中を完全に表現できる技術があったら?


 声を、音を、その並びを、風の音や人の流れさえも、全てを利用して。


 誰が相手でも正確無比に伝達できる術を持っていたら?


 その時には、決まった曲や歌詞が必要なのか?
 ただ伝えたいと思う心象風景をなぞるように音を出し、聞いた者は計算された通りにその心象風景を思い浮かべる。
 決まった曲、楽譜など無い。
 心の中に存在する風景だけが、唯一無二、その一瞬しか現れない、精巧極まりない幻の楽譜。


(と、とんでもネェ……!)


 志都呂は戦慄する。
 日魅子達は、伝えたい心が無いから、演奏できない、と言っているのだ。
 そして、それはひょっとしたら幸運な事かもしれない。

 もしも彼らが、「戦え」「殺せ」と、そういう感情を起こさせるために演奏したら?
 もしも彼らが、「これ以上ない幸福」「このまま死にたいくらいの恍惚」をイメージして演奏したら?

 聞いた者全てを、意のままに操る事さえ出来るのではないか? 
 そう考えると、演奏したい時に演奏できないのは、誰にとっても幸運だったろう。
 もしその事実が知られれば、2人は政治または軍事的な道具として狙われたかもしれない。
 多分、その近くに居る志都呂達も巻き添えに。

 背筋が凍る。


 が、志都呂はそんな事など恐れなかった。
 その程度には我侭で、無警戒な2人を放っておけない程にはお人好しだった。


「なぁ2人とも「あ、兎華乃達が戻ってきたよ」…?」


 振り返る志都呂。
 森の中から、2人の女性と一人の幼女が現れた。

 金色、緑、赤の髪。
 そして目の色は完全な赤。
 異人だろうか?
 それよりも目を引くのは、彼女達の頭に付いているウサミミ…。


「で、でかい…!」


 …ではなかったようだ。
 フォントもでかい。
 彼も男だ。
 責められない。
 志都呂は余計な事を口にした自分を恥じるように目を逸らしたが、ここは賞賛を送りたい。


「おかえりー。
 どうだった?」


「ああ、適当にその辺に居た獣を狩ってきた。
 それより、これで人参何本と交換だ?」


「ん〜、これだけだったら団員全員分の食事になるね。
 ……高麗人参50本でどうだろ?」


「三人分では少ないわね。
 一人五十本にならないかしら?」


「別にそれでもいいけど…。
 別料金で、人参の育て方とか色々な料理の作り方とか教えるよ?」


「料理…?
 育て方はともかく、それは要らないわよ。
 余計な手を加えても、人参の味が分からなくなるだけじゃない」


 一番小さな子供(ウサミミ)が、何を言っているのだ、とばかりに言い放つ。
 その頃になって、ようやく志都呂も彼女達の奇妙な格好に気付いた。
 やたら露出が大きく、体にピッチリ張り付く服。
 頭の上に乗っている、生きているかのように動くウサギの耳。
 …誰だ?


「う、うぅん…あ、座長…おはよう…」


「ん? ああ、おはよう織部」


「日魅子、九峪に…兎華乃、兎音、兎奈美もおはよ…」


 ちょうどその時、眠っていた織部が起き出してきた。
 よく眠ったらしく、大きく伸びをしている。
 彼女は基本的に微睡を楽しむような事はしない。
 目覚めスッキリ、血の気タップリが彼女の持ち味だ。


「あら、おはよう。
 昨日は世話になったわね。
 お蔭で飢え死にせずに済んだわ」


「いや、いいよ。
 ところで、何でいきなりあんな所で倒れてたんだ?」


「恥ずかしい話だが、呼び出されたはいいが帰り道が無くてな。
 食べられる物もあるにはあったが、どうにも足りない。
 空腹で動けなくなりそうだった所に、妙に気になる音楽が聞こえてきて…」


「それに釣られて、ここまで来た…と」


 金色の巨乳…もとい兎音が無言で頷く。
 兎奈美と兎華乃は、九峪&日魅子と何やら交渉している。
 人参の本数がどうのと聞こえた。


「あー織部、この方々は?」


「昨日座長達が酔い潰れてる時に、なんかそこで倒れてたんだよ。
 日魅子と九峪の演奏に釣られてきてたらしい。
 放っておく訳にもいかないから、幾つか干し肉を食わせてやった」


「その節に関しては、本当に感謝している」


 軽く頭を下げる兎音。
 本気で死にかけていたのだろう。


「その後、猛烈に人参を食いまくって、その残骸がソコのそれ」


 九峪の隣の、人参のカケラの山を指す。
 志都呂は首を傾げた。


「こんな量の人参、何処から…?
 ウチにはここまで沢山の貯蓄は無かったが」


「? そこの2人がホイホイ出してくれたぞ。
 しかも高級品の高麗人参を。
 持っている袋から、それこそ何時もの事だと言わんばかりに。
 …連れ合いじゃないのか?」


「そうなれたらいいな、と思ってるんだが」


 よくよく理解できない2人だ、と志都呂は思う。
 そもそも、あの袋は一体どうなっているのだろう?
 人参が出てくるは、はぁもにかが入っているのはいいとして、とらんぺとが入っているわ…。
 出て来る物に統一性がまるで無い。
 中身はどうなっているのだろう?

 そう言えば、何時の間にか血だらけだった服が綺麗になっている。
 昨日と同じ奇妙な格好をしているが…。


 一方、二人はウサミミの2人との交渉が難航し、妥協案を打ち出す事にしたらしい。


「それじゃ、兎華乃達が狩ってきた食材は、取り敢えず俺達が貰う。
 人参もそっちの要求通りに渡そう。
 で、これから朝食にするんだけど…この際だから、さっき言ってた人参を使った料理もする。
 それを食べて造り方を知りたくなったら、人参は三人纏めて50本。
 別に必要ないと思ったら、一人50本。
 勿論、人参の育て方はどっちでも教える。
 これでどう?」

「…ええ、それでいいわ」

「え〜、姉さまぁ、別にそんな事しなくても…」

「黙りなさい、兎奈美。
 元々私達は助けられたのよ。
 これ以上我侭を言う訳にはいかないわ」


 幼女の言葉に、不満そうにしながら黙る兎奈美。
 よくよく考えれば、こっちも不可解な存在だ。
 いきなり登場してきたから気付かなかったが(胸に見とれたとは言ってはいけない)、頭の上のウサギの耳はなんだろう?
 と言うか、あの幼女が姉?
 しかも長女?
 何かの間違いか?
 それとも新種の遊びか?

 志都呂が頭を悩ませていると、周囲で呻き声が聞こえ出した。
 団員達が起きだしたのである。
 …しかし全員揃って二日酔いなのか、中々動こうとしない。


「織部ー、3姉妹ー、取り敢えず水でも飲ませてあげてー」

「はいはい」

「む…仕方ないな」

「こういう時、お姉様はいつも何もしない…」

「さっさとやりなさい、兎奈美」


 それぞれお椀に水を注ぎ、ゲェゲェ言っている団員達にムリヤリ水を飲ませている。
 …口の中に残っている吐いたモノが逆に流し込まれたり、飲んだ事で逆に吐いているヤツも居る。
 何気に惨劇だ。
 志都呂はその光景を見て、今日はもう何も出来そうにないなぁ、とぼんやり思うのだった。


 一方、3姉妹が狩ってきた獲物(狼・猪・熊その他諸々)を物陰に運び込んだ九峪と日魅子。
 例によってナップザックの中に手を突っ込み、取り出したるは…。


「名刀・極楽丸!
 …で造られた包丁」

「このサイトではこっちでしょう。
 妖刀・シメサバ丸!
 …で造られた包丁。
 ただしエミヤンに投影してもらった」


 ちゃきーん、と効果音付で誰も見てないのにポーズ。
 目と口以外はシルエットで多い尽くされ、さながらワラキアの夜の如し。
 昼だけど。


「解体解体解体解体〜〜!」

「斬る斬る斬る斬るKILLもう死んでるからKILLれない!」


 ズバババババ、と目にも止まらぬスピードで動く両腕。
 …しかし、どうして包丁に一滴も血が付いておらず、何も持ってない手が血に濡れているんだろう?
 包丁を使ってないのと違うか?
 しかし手並みは見事なもので、若干の返り血を浴びつつも大きな猪その他を見事に解体していく。
 …所々、解体した獲物の部品が無くなってるような気がするが…摘み食いか?

 それはともかく、バラバラに切り刻んだ事で気が晴れたのか、(口元の血を拭って)再びナップザックに手を突っ込み、今度は調味料と鍋を取り出した。
 …今更だが、どう考えても収容量の限界をオーバーしまくっている。

 鍋の用意は九峪に任せて、日魅子はまたしても人参を取り出した。
 …昨晩からの累計を考えると、確実に500本は突破している。


「何を作ろうかな…人参、人参かぁ…。
 リゾット?
 はこの前食べたし…。
 ここは一つ、レアモノで行きたいなぁ…」


 3姉妹と取引する事を考えると、出来れば簡単に作れてすぐ食べられる料理と、主食になる料理がそれぞれ欲しい。
 …肉と合う組み合わせと言えば?


「……よし、ニンジンのスナックと…ひき肉とニンジンのスープのご飯。
 それに…ニンジンを千切りにして、フライパンで炒めて…うん、溶き卵を加えて混ぜて、塩コショウ…と。
 コショウはこの時代には貴重品かもしれないけど、別料金って事で渡せばいいでしょ」


 日魅子はさっそく料理に取り掛かった。
 後ろでは鍋を煮て太鼓を叩いて踊っている九峪が居るが、誰も見てない。
 …肉に呪いでもかけているのか?

 それにしても、2人とも手際がいい。
 料理の経験は多いとは言えないが、レシピが簡単なのである。


「出来たー!」

「日魅子、これ忘れてる」

「? なにこれ?」


 九峪に渡されたのは、丸くてトゲトゲが幾つもついたヘンな実。
 見るからに色がよろしくない。


「太陽蘭の実。
 通称夢魔のレシピ。
 千年シチュウの材料。
 三日月の夜に使うと、五臓を裂いて六腑を溶かすヘブッ!?」


「そんなネタが通じるかー!」


 KING OF BANDIT JING、3巻参照。
 と言うか、ネタの方を言うのか。
 そんな物騒なモノを食べろという方に問題はないのか?


「今日は三日月じゃないもン。
 27日の月だもン」


 あっそ。
 でも27日の月は三日月を逆にしたような形だが?


 それぞれお椀に盛って団員達の元に向かうと、まだ二日酔いでくたばっていた。
 これでは折角作った料理も食べられそうにない。

 代わりと言ってはなんだが、3姉妹がウサミミをピコピコさせながら今か今かと待ち構えていた。
 興味が無いような素振りだったし、それはウソではないだろうが…漂ってくる匂いを嗅いで気が変わったらしい。


「はーい、ご飯ですよ〜」

「お鍋ですよ〜」

「朝っぱらから鍋物かい!?」


 織部の渾身のツッコミが九峪に決まる。
 見事な地獄突きだ。

 が、それで吹っ飛ばされた九峪は思わず鍋を手放し、宙を舞った鍋が…茂一爺さんの上に…。


「じ、じーさーーーん!?」


 煮えたばかりの鍋である。
 被ったら確実に死ぬ。
 絶叫する志都呂を他所に、即座に兎奈美が動いた。
 目に写らない程のスピードで立ち上がり、そのまま爺さんの上ん飛んで鍋を


「キャッチ!」

「あらぁ!?」

「もふぁう!?」


 鍋を九峪がキャッチした。
 …と言うか、熱くなった鍋を素手で持ってなぜ無傷。
 危なげなく着地した九峪と、思わずバランスを崩して茂一爺さんの上に落下した兎奈美。
 そして茂一爺さんは、眠ったままながらとてもとても柔らかい感触に包まれた。
 そして寝ぼけたままスリスリ。

 兎奈美は即座に立ち上がった。


「こ、この…!」

「止めなさい兎奈美。
 アナタがドジなのが悪いのよ」

「あぅ…」


 殺気を放った兎奈美だが、すぐに兎華乃に止められた。
 が、どっちかと言うとそれは茂一爺さんを助けるためと言うより、危害を加えたら目の前のニンジン料理が食べられなくなるからだ。

 彼女達にとっては幸運な事に、他の団員達はちょっと飲み食いできる状態に無い。


「…ま、いいか。
 喰えるヤツだけ喰ってくれい」


 ヨダレを垂らさんばかりの兎音。
 長女(自称)の兎華乃は辛うじて体裁を保っているが、今にも飛びつきそうである。
 一瞬九峪は、「待て」を出して交換条件を釣り上げようかと考えた。
 …が、それをやったら九峪ごと喰われそうなので止めた。


「そんじゃどうぞー」


 日魅子の言葉と同時に、3姉妹はウサミミを揺らしながらニンジン料理に殺到した。
 ニンジン料理にも興味はあった織部と志都呂だが、ちょっかいを出したら確実に死ぬ。
 大人しく鍋に集中する事にした。


「朝っぱらから鍋ってのも贅沢だよなぁ…」

「あ、これに浸けて食うとヨイ」

「…なんだコリャ?」


 ポン酢を取り出して渡す日魅子。
 ボトルに入った新品だ。
 この時代に、こんなモンがある訳が無い。

 背後で狂喜乱舞している3姉妹の食事の音に戦々恐々しながらも、言われた通りにポン酢に浸して食べる。


「…! こ、こりゃ珍しい味だな…。
 初めて食ったぞこんなの。
 みんなが起きる前に食え食え」

「美味い…。
 でもちょっと濃いかなぁ…」

「よし、お約束の餌付けイベント完了。
 濃いければ水を入れて薄めてくれい」


 九峪がガッツポーズ。
 実際の所、舌に合うか少々不安だった。
 九峪が余計な祈祷を行なった事を別としても、生のまま、添加剤などを使ってない味に慣れている3世紀の人間が、いきなり21世紀の食べ物を食べても平気なものか?
 見る限り、心配は無用だったようだ。

 …背後でかなり激しく遣り合っている音がする。
 兎奈美が弾かれたのか、スナックを片手にゴロゴロ転がっていった。


「なぁ、これ何ていう料理なんだ?
 どうやって作った?」

「んー、要するに組み合わせとかの問題なんだけど。
 特別難しい技術じゃないし。
 慣れれば誰だって出来るよ?」

「料理とか出来るヤツに限って、出来ないヤツに対してそう言うよな」

「おだまり九峪!」


 ピシャリと言い切って、日魅子は背後の騒音を意図的に無視ゴン……


「………」

「………」

「………」

「………」

「………」

「………」

「………」

「………」

「…殺すなよー」

「うるさい」

「ハイすんません…」


 日魅子はユラリと立ち上がり、某市の腐臭を放つ住人を彷彿とさせる動きで、暴れまわっている3姉妹に近寄り「テメーらそこを動くなぁいい度胸してんじゃねーか正ヒロインの実力見せたらぁ魔王の力をナメんじゃねーぞケンカかケンカ売ってんのか今なら買うぞ値段6割増しでも100円割引に群がるオバタリアン並の勢いで買うぞニンジンばっか食わずにキャベツと米食え米を食って米国人になって笑えねー下品なジョークでも言って局所的な猛吹雪にでも遭遇して埋もれてろってんだ大体米食わねーのに米の国ってなんだ国旗で言ったらエゲレスが米の国だろ聞いてんのか小娘がオォルアアァァァァ!!!!!」


 その時の惨劇について、目撃者たる織部と志都呂は黙して語らない。
 当事者の3姉妹は、聞いたら何故か無条件で暴れだす。
 ただ、日魅子の相棒たる九峪の言葉だけが全てを表している。
 曰く、


「あの程度ならいつもの事だな。
 伊達に魔王候補やってねぇ」



「「「死ぬかと思いました。
   死んだと思いました」」」

「うん、スッキリした」

「まず返り血を拭え」

 素晴らしい笑顔の日魅子。
 何故か日魅子の前で正座し、頭の上に水の入ったバケツなぞ乗っかっている3姉妹。
 …実を言うと入っているのは水ではなく、劇薬だったり爆発する液体だったりするのだが…知らぬが華だ。

 志都呂と織部は、現実逃避に延々と鍋に向かっていた。
 惨劇が終わった事を察知したのか、2人は現実に戻ってきた。


「…? あ、あれ?
 今何か夢を見ていたような…。
 足が無いでっかい人型の鉄の塊に乗って、ヘンな空間を飛ぶ夢を…」


「お、俺も同じ夢を見た…。
 “もびるすぅつ”がどうしたって…」


「えー、電波侵食率は順調に増加中。
 今後も更なる拡大を期待できる…と」


 戸惑う二人を、モルモットを見るよーな目で観察する九峪。
 それはともかく。


「…えぇと、そこの人はどなた?
  それと兎華乃ちゃんは…」

「…私が兎華乃よ」

「…えらく成長早いね」


 3姉妹長女(?)の兎華乃が消え、何時の間にか兎音と兎奈美に負けず劣らずのスタイルを持った美女が出現していた。
 例によって胸に目が行きそうになりながらも、志都呂は兎華乃を探す。

 目の前の自称兎華乃は、確かに小さな兎華乃の面影があるが…。


「…そういえば、アンタら一体何者だ?
 その格好といい耳といい胸といい胸といい胸とイイ胸」

「座長座長、最後が本能に支配されてる」

「む、失礼」


 3人は呆れたような顔を志都呂に向けた。


「何者も何物も…私達、魔人よ」

「ああ、そうですか。
 魔人、魔人ね……魔人?」

「そう、魔人」

「…せ、聖刀日光はどこだ!?
 カオスは触手みたいなの付いてるから使いたくないぞ!?」

「落ち着け座長!
 何もしないって約束してくれたから!」


 志都呂は順調に電波に毒されているようだ。
 錯乱しかける志都呂を、織部が抑える。
 取り敢えず、まだ熱い鍋の汁を志都呂の口の中にダイレクトシュート。
 舌がエライコトになったかもしれないが、志都呂は取り敢えず落ち着いた。
 …痙攣しているが。


「ふぅ…。
 昨日の夜、食い物やる代わりに俺達には何もしないって、ちゃんと約束したから大丈夫たって」


「そうよ。
 私達は受けた恩は忘れないわよ。
 それに、人間って食べてもあんまり美味しくないしね」


 暗に食った事があると言っているが、そこはスルーの方向で。
 魔人を食ったのがすぐ側に居るし。

 志都呂は疑いの視線を向けている。
 無理もないだろう。
 魔人と言えば残虐無比、言葉なんぞ通じない破壊の権化と言われているのだ。

 兎音が気を悪くしたのか、憮然とした表情で言う。


「…お前達の言う魔人は、破壊衝動が強いだけの下級の魔人の事だ。
 私達のように、ある程度強い力を持った上級魔人は相応の知恵がある。
 闘争本能はあるが、約定を破るような事はしない」


「…それにぃ、あのヒトに怒られそうですからぁ〜」


 ボソッと呟いた兎奈美の目は、上機嫌に鍋を貪る日魅子に向かっている。
 無条件で納得した志都呂だった。


「改めて自己紹介させてもらうわね。
 魔兎3姉妹の長女、兎華乃よ」

「さっきまで子供体型だったと思ったんだが」

「それは私の能力の問題よ。
 “空”と言うんだけど…一言で言うと、相手が強ければそれだけ私の力も引き出されるの。
 子供の体だったのは、その力が全く引き出されてなかったから。
 今は…日魅子に襲われて、それで…限界以上に力が引き出されて…」


 つまり、ああなった日魅子は上級魔人以上の力があると言う事か。
 我ながらとんでもない人材に目をつけたなー、と遠い目をする志都呂だった。


「…兎音だ。
 次女と言う事になっている」

「一番若い兎奈美でぇ〜す」

「志都呂です。
 興行団を率いて、全国津々浦々を巡ってます」

「織部だ。
 ええと、言わなきゃいけない事は…特に無いな」

「姫島日魅子。
 ご飯の邪魔をする奴は悪・即・斬または拷問だからそのつもりで」

「九峪雅比古。
 好きなモノは爆発音です。
 時々記憶が飛びます」


 例えば昨晩の吸血鬼と戦った(?)時とかな。

 それはともかく、奇異の視線が九峪と日魅子に向かう。


「姫島…?
 雅比古…?」

「…?
 あ、そっか。
 まだ苗字って無いんだ」

「そう言えば…」


 あったとしても、下々の者は名乗る事を許されてないだろう。
 長ったらしい名前だな、と思われているだけかもしれないが。


「故郷の風習でさ、普段使う名前の他にあだ名みたいなのも付けるんだ。
 まぁ、今まで通りの呼び方でよんでちょーだい」

「そ、そんな恐れ多い事できないですぅ…」


 朗らかに笑う日魅子に、兎奈美がちょっと腰が引けている。
 どうやら絶対的な実力差を、先程叩き込まれてしまったらしい。
 兎華乃と兎音も、口にこそ出さないがちょっとビビっているようだ。

 九峪が兎奈美に飛び乗った。


「まぁまぁ、別にいいじゃん。
 本人がいいって言ってるんだしさ。
 まぁ、ご主人様とか呼びたいなら止めないけど」

「そ、それもイヤですぅ」

「むー、九峪降りなさいよぅ」


 兎奈美のウサミミを弄っている九峪を、日魅子が引き摺り下ろす。
 引き摺り下ろされた九峪は、志都呂達に顔を向ける。


「ところで、これからどーすんの?」

「! ああ、そういやそうだった。
 なぁ2人とも、これから行く当てとかあるのか?」

「無いよ。
 どこに行っても食べていけるし」

「…じゃあ、俺達と一緒に来ないか?
 出来れば一座に加わって、演奏とかしてもらいたいんだけど」

「「いいよー」」

「ホントか!?」

「でも給料は高めにね?」

「ぐ…善処する」


 苦笑する織部と、苦しい顔をする志都呂。


「それじゃ、兎華乃達は?
 …あれ、兎華乃が元に戻ってる」

「あら、空が解けたみたいね。
 …取り敢えず、ニンジンの作り方を教えてくれない?
 それが出来る土地に行こうと思ってるの。
 あ、それとさっきの料理の仕方も」

「そうは言っても、一朝一夕で全部教えられるものでもないしなぁ…」


 子供に戻った兎華乃は考え込む。
 こーゆー時、妹2人は当てにならない。


「…ねぇ座長さん、私達もついて行っていいかしら?」

「…なぬ?」

「私達が魔人だって隠すから、付いて行ってもいいかしら?
 なんなら興行も手伝うわよ。
 力持ちだしね」

「む、むぅ…」


 流石にこれは悩む志都呂。
 いかに言葉が通じるとは言え、魔人がすぐ側に居るのは心臓に悪すぎる。
 こうして話していると、性格の悪い人ではないと思うが…。


「座長、別にいいんじゃないか?」

「本気か織部?」

「ああ、いざとなったら日魅子と九峪がどうにかしてくれるだろ。
 今でも日魅子には逆らいづらいみたいだし」

「…」

「3人もついて行っていいんじゃないと、俺も日魅子も行かないー」

「よし分かった来たければ付いて来い。
 …でも、本当にバレるなよ!?」

「ええ。
 そういう事よ、2人とも」


 兎華乃は妹達を振り返るが、あからさまに不満顔だ。
 人間に従っているようでイヤと言うのもあるし(日魅子は別)、純粋に面倒臭いんだろう。

 が、ここで九峪が一言。


「一日高麗人参5本。
 なお、ご飯は働き次第でニンジン料理が出たりします」

「「行く!!」」


 即決だった。


 こうして、魔王二人に魔人3人が興行団に加わった。
 えらく厄介な連れを作ってしまった志都呂達。
 興行団の運命は、Dochi!?




お久しぶりの双魔伝です。
時守も忘れかけていたのですが、かのんさんのリクエストに応じて投稿してみました。
結構前に書き上げて、学園祭の準備やら何やらにかまけてフォルダの中に埋もれていました。
再インストールで消滅したかと思ってたんですが…。
とは言え、今は幻想砕きだけで精一杯ですから…続きを書くかどうかは、正直言って怪しいです。
最近幻想砕きが手詰まりになってるし…暇があったらちょくちょく書いてみようかなぁ…。
多くて半年に一回くらいだと思いますが。

前との期間があまりに長すぎ、何と言うか気まずい思いをしているので、レス返しはバックレさせてもらいます!
勘弁m(__)m

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