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「幻想砕きの剣 11-11(DUEL SAVIOR)」

時守 暦 (2006-11-22 22:28/2006-11-29 23:22)
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 透は激しい鼓動を強引に抑制しながら、目の前の狂人の動きを見定める。
 狂人…ゲンハの動きは非常に早い。
 それこそ野生の獣のようなスピードで、文字通り死も反撃も恐れぬスピードで突っ込んでくるのだ。
 無論、殺傷力も桁違い。
 前へ前へと進み、スピードと切れ味で黙らせる。
 単純なようだが、それだけに防ぐ手段は無い。

 半年前までの透なら、確実に何も出来ずに殺されていただろう。
 しかし、今は辛うじて付いていける。
 シュミクラムを使った高速移動を繰り返していた為か、動体視力が飛躍的に上がっているのだ。
 そのシュミクラムを扱うのにも、それなり以上の筋力が必要だったため、V・S・Sに居た頃はその辺も徹底して鍛え上げられた。
 それでも並みの軍人程度にしか身体能力は上がらなかったが。

 ゲンハの動きは、鋭いが幾らか精彩を欠いている。
 狂気と理性のバランスが保たれてないのか、それとも保たれているからこそなのか。
 判断の正確さやその早さ、攻撃する事への躊躇いがその動きを鈍くしている。
 透にとっては、幸運極まりない。
 仮にゲンハに殺されても(ユーヤの説が正しければ)洗脳解除能力が作動するだけだが、それもすぐに効果が出るか解からない。
 この夢が醒めるまでに…否、解放されるまでゲンハに時間を与えれば、どれだけの悲劇が起こるだろう?
 最も危険なのは、やはり近くに居る憐だろう。
 …まぁ、仮にもこの世界の主である彼女をどうこうできるかは別として、兄としてそれを見過ごす事は出来ない。


「ヒャハハハハハ、そらそらどォしたぁ!?」


 ゲンハは自分の躊躇いを自覚しているのかいないのか、デタラメに蛮刀を振り回しながら透に迫る。
 透は遮蔽物の多い森にゲンハを誘い込んだものの、有利な状況とはとても言えない。
 確かに蛮刀を好き勝手に振り回す事は出来なくなったが、遮蔽物が多いとは即ち足場が多いと言う事だ。
 ゲンハは木々を蹴って宙を飛びまわり、透を翻弄している。


 咄嗟に頭をずらす透。
 その一瞬後に、ゲンハの足が頭があった場所を蹴りぬいていた。
 喰らえば確実に即死だろう。


「くっ、クソッタレが!」


 透は毒付きながら勝機を探す。
 武器も無い、味方も居ない、殺されても死なない確立はあるものの、それは却下。
 もともとゲンハとマトモに戦って生き残る確立など、それこそルビナスが実験を止めてマッドを廃業するくらいにしか無い。
 仮に勝機と言えるものがあるとすれば、ゲンハの遊び心(?)と躊躇くらいか。
 甚だ頼りない。
 はっきり言って、逃げ場もない。

 逃げた所で、事態は悪化しかしない。
 ここで透が逃げれば、それこそ憐が狙われる。
 一度街に戻って味方を作る?
 有象無象が100人居る程度では、ゲンハは止められない。
 それに、アヤネに見つかれば、ようやく安定した彼女の心がどうなる事か。


「オラァ!」

「っ!」


 ゲンハの斬撃を、また辛うじて避ける。
 距離を取った瞬間、再びゲンハが腕を振った。

 風切り音。


「ッグぁ!」


 透の胴に、灼熱した棒を差し込まれたような感覚が走った。
 ゲンハが投擲した蛮刀が、透の脇腹を引き裂いたのだ。
 即死するほどではないが、痛みで動きが鈍る。

 流れ出る血を見て、ゲンハが笑い出した。


「く…く、くははハハハ、ケヒャヒャヒャヒャヒャ!!!」


 透に追撃を与える事もせずに、流れ出た血を見て高笑いする。
 透は涙で滲む目を拭い、ゲンハを良く見た。

 ゲンハは狂人で何時でも殺せる相手を嬲って楽しむような人間だったが、決して油断はしなかった。
 油断しているように見えても、何時でも動けるように体が警戒を解かない。
 しかし、今のゲンハは違う。
 警戒もクソもない。
 まるで体が勝手に痙攣しているかのように笑う。
 ワライタケでも食ったのか、と聞きたくなるような笑い方だ。


 延々と笑い続けるゲンハ。
 いよいよ以っておかしい。
 生前のゲンハなら、言葉で嬲るか死なない程度に暴行を加えるかで、このように意味も無く笑っている事は無かった筈。

 崩れ落ちそうになる手足を叱咤して、透は改めてゲンハを正面から見据えた。


「……な…?」


 思わず呆然とした声が出る。
 ゲンハは笑い、そして脈動していた。
 蛮刀を握り締めた右手は本人の意思を無視してグネグネと暴れ周り、間接が増えたり、また勢いのままに暴れて自分の体すら傷つける。
 両足は醜悪なタップダンスでも踊っているかのように落ち着きが無い。
 酔っ払いの千鳥足でも、こんな立ち方はしないだろう。


「キャキャキャキャキャキャカハッ、ハッ、がはっハッカハっ!


 笑い声までもおかしくなってきた。
 大きく開かれた口から、今にも何かが飛び出してきそうだ。
 胴体の部分はもっと動きが激しい。
 内側から『何か』がゲンハの体を突き破ろうと、激しく暴れまわっている。

 悪夢のような光景だ。
 いや、ここは夢の中だから素直に悪夢でいいのだろうか?
 なんて事を考えている間にも、ゲンハの脈動は激しくなる。


「オッ、オゴッ、オブェアッ!」


 とうとう笑い声が呻き声にしか聞こえなくなる。
 ゲンハの中から突き上げる『何か』は、既に喉元まで来ているようだ。
 あと10秒もしない内に、なんかこう吐瀉物みたいな感じでオロロロロロっと出てくるかもしれない。
 …出血で意識が朦朧とし始めている透としては、死ぬにせよ気絶するにせよ夢から醒めるにせよ、そんなイヤのモノを見てイベントが起こるのは勘弁願いたい。


「…あー…俺、現実逃避してる?」


 はい、してます。
 などと言っている間に。


「ブォエアアアアァァァァァァ!!!!!」

 ゲンハの体中の穴…それこそ鼻やら毛穴やらからも…何かが一斉に吹き出した。
 意外な事に爆裂四散したりせず、ポタリポタリと2,3滴垂らしながらもゲンハの全身を包んでいく。
 まるで液体に人間が食われているようだ。
 思わず吐き気を催す透。

 ゲンハを覆う謎の液体は、徐々に色を変えながら明らかに硬質になっていく。
 どうでもいいが、皮膚呼吸とか大丈夫だろうか、やっぱり現実逃避する透。
 ただしここは現実じゃないが。


「と、とにかく今の内に…」


 とにもかくにも距離を開けるか隠れようとする。
 何が起きているのかサッパリだが、どっちにしろロクでもない事には違いない。
 隠れようにも、流れる血で何処に隠れたかアッサリ感知されるので、とにかく少しでも遠くに逃げる。
 幸い、あの変化?には時間がかかるらしい。


「っきしょう、何か武器は無いのか…!」


 森の中で、そうそう都合のいい武器などある訳が無い。
 罠を張り巡らそうにも、ゲンハを仕留めるだけの威力と命中率を誇る罠を作るには時間がかかりすぎる。
 正に八方塞だ。


「こうなりゃ、本気で憐にどうにかしてもらうしかないか…?」


 それこそ大博打だ。
 それをやるだけの力があるなら、透を傷つけたゲンハを問答無用で消し飛ばすくらいはやりそうだが…。
 しかし、それはやはり駄目だ。
 ゲンハにはこの手でトドメを刺してやりたい。
 何より、憐の手を汚させるのは躊躇われる。
 もう覚えてもいない子供時代の義理。
 しかし、それも実行できなければ何の意味も無い。


『ドオオオオォォォオォオオオルウウゥゥゥゥ!!!』

「ちっ、変身が終わりやがったな!?」


 森を揺るがす絶叫。
 それは随分と変化していたものの、ゲンハの面影を残した声だった。

 振り返って見ると、木陰の上に何かが飛び出したのが見えた。
 最初は小豆程度の大きさだったが、グラグラ揺れながらもどんどん大きくなる。
 木々の上を飛んで透を追ってきているのだ。


「クソッ、本気で魔物に化けた!?」


 機動力が違いすぎる。
 ただでさえ怪我をしているので足が重いと言うのに、あちらは空を飛んで障害物を全て越えてくる。
 追いつかれるのは時間の問題だ。

 だがそれよりも、透には気になる事があった。


「あの形は…?」


 徐々に大きくなるゲンハだった魔物の形が少しずつ鮮明に見えてくる。
 何かに似通ったシルエットだ。
 微妙な曲線と、鋭角的なラインで作られた鎧のようなシルエット。
 機械的な印象を受ける間接部。
 そして轟音を伴うスラスター。


「シュミクラム、だと…!?」


 透やヒカル、そして機構兵団にV・S・Sが使っているシュミクラムとは似ても似つかなかったが、透は何故かそれを確信した。
 考えてみれば、おかしくはないかもしれない。
 どうもV・S・Sは、シュミクラムの部隊を作ろうとしていた節がある。
 実際、レイカ・タチバナ直属の部隊の一つに、シュミクラム使いばかりで構成された隊があった。
 透とツキナもそこに所属していた。

 となると、彼女の性格からして、絶対に裏切らない優秀な手駒を作り出そうとする。
 つまり、洗脳処置を受けた、シュミクラムを乗りこなす為の手術を受けた人間。
 恐らく、透達が実験台にされたのも、その一部だったのだろう。
 クーウォンが連れて逃げてくれなければ、今頃はレイカ・タチバナ直属の部隊として、命令されるままに何も考えず動いていたかもしれない。

 ゲンハがシュミクラムのような形態になったのは、過去に脳を弄られた時に何かを仕込まれたのだろう。
 人間と違った形態のシュミクラムを上手く使う為に、使用者の意識の形を変える。
 二本足で歩く人間が、四足歩行の犬やネコの真似をした所で違和感が拭えないのと同じである。
 ならば、最初から『自分はネコ又は犬だ』と思い込ませるのだ。
 それなら四足歩行でも、比較的違和感を感じなくなる。


「くそ、どこまでムチャクチャやってやがるんだ!」


 ここに居なくても尚、透に被害を与えてくれるオバハンに毒づき、透は更に考えを巡らせる。

 ゲンハがああなっていると言う事は、透にも同じような処理がされている可能性がある。
 加えて言うなら、ここは元々夢の中だ。
 だったら都合よく武器が転がっていたり…そう、変身とか出来るかも?


「……シュミクラム同士なら、扱いに慣れてる俺が有利だな…」 


 変身が成功すればの話だ。
 いや、変身に限らず、とにかくシュミクラムを呼び出せればそれでいい。
 …どっちにしろ、普通に考えれば不可能な話だ。
 …しかし……他に手もない。
 ここが夢の中だという事実に全額を賭け、後は乗るか反るかの大博打。


「……でぇい、クソッタレが!
 この際だからムリヤリテンション上げて行ってやらぁ!
 来いッ! シュミクラーム!


 叫び、右手を振り上げながら指パッチン。
 そして……沈黙が訪れた。


 …風が吹く。
 透に追いついたゲンハが、なんとも言えない微妙な視線を送ってくる。

 硬直する透。
 …静寂に勝る大音量無しとはよく言ったものだ。
 何も起こらない。
 ゲンハも何もしない。
 この際だから、襲ってくれた方がまだ間が保てると思った透は愚かだろうか。


「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」


「瞬着!」

ピカッ!

「い、今更何だぁ!?」


 沈黙を破って、ヤケッパチで叫ぶ透。
 その途端、周囲が眩い光で包まれた。
 Gガンはダメで覚○のススメは反応すんのか?
 でもシュミクラムには魂宿ってないぞ。

 面食らったゲンハだが、今の彼の目は光量の調節機能が付いている。
 本人が機能を把握してないのでイマイチ上手く働かないが、その光の中でゲンハは見た。

 何処からともなく、ネジとか鉄骨とかが飛んでくる。
 何の脈絡もなく、さっきのゲンハから出た体液(?)のように透に絡みついた。
 なんか腐女子が喜びそーな所にでかい鉄骨とか宛がわれていたが、バラが落ちるとかのエフェクトが無かったから大丈夫だろう。
 ガチャコンガチャコンと明らかに物理的法則を無視して組みあがり、光が途絶えると…。


「あ、もうちょっと待ってくれ。
 肩の所の武装が組みあがってないから」

「知るかボケェェェ!!!
 瞬着つーなら0.2秒以内に終わらせろ!!」

「うおっ!?」


 なんかもーシリアスな雰囲気を徹底的に壊された気分のゲンハは、取り合えず苛立ちをぶつけるべく透に斬りかかった。
 左手の蛮刀を振り回し、右手はメタリックな輝きを放つ鋭い爪で掴みかかる。

 透は慌てずに、背中に格納されていたバズーカ砲を取り出す。
 歯を食いしばって足を踏ん張り、ゲンハの辺りに向けて狙いも付けずにブッ放した。


「当たるか……ッ!?」


 生身のゲンハなら避けられていただろう。
 しかし、シュミクラムの体に変わった事で間接の駆動範囲に変化が出たり、単純に重くなっていたりして、ワンテンポではあるが回避運動に遅れが生じた。

 ズドォォン!

 ゲンハ自身には直撃しなかったものの、すぐ側で容赦なく炸裂する。
 吹き荒れる爆風。
 それでもゲンハは対処して見せた。
 翼を広げ、爆風を受けて宙に舞い上がったのである。


「喰らいやッ!」


 間髪居れずに、ゲンハは取り出した風魔手裏剣のような物を投げつけた。
 透はスラスターを噴射して並行移動して回避、上空のゲンハに向けてダブルサブマシンガンを放ちながらゲンハの側面に回りこむ。
 しかしゲンハもさる者、生やしたばかりで使い慣れない翼を操り、弧を描いて滑空する。 
 何発か当たったようだが、ゲンハの皮膚は見た目以上に頑強らしい。
 火花が散るだけで、ダメージを与えられない。

 ゲンハは翼の角度を変え、旋回角度を急激に変化させた。
 緩やかな弧を描いていたのが、ひどく鋭い弧に変わる。
 透はスラスターを吹かして後退しながら、両手で持ったラインレーザーでゲンハに狙いをつけた。
 引き金を引くと、銃口から眩いレーザー光線が飛び出す。

 文字通り光の速さで迫ったにも関わらず、ゲンハはそれを避けて見せる。
 翼を畳んで地面に降り立ち、体勢を思い切り低くしてレーザーの真下を潜り抜けてきたのである。
 スラスター全開で突っ込むゲンハ。
 透はラインレーザーを捨てると、腰に差したビームソードを抜き放つ。
 そして迎撃に突っ込む…と見せかけ、空いている手を勢いよく振るう。
 振った腕から、勢いよくムチ…クォウトワイヤーが飛び出した。

 ゲンハはこれをサイドステップで避けるが、片方の羽に強かに命中。
 やはり、完全な人間形態での戦闘と、羽やら尻尾やらが付いているシュミクラム形態での戦闘のギャップが埋まってないようだ。
 羽を打たれたゲンハはバランスを崩したものの、構わず突撃。
 ムチを振ったモーションが残って動けない透に向かって、肩口からブチかまし。

 咄嗟に後ろに飛んだ透を、10メートル近く吹き飛ばした。
 シュミクラムが軋む音が、透の体に直接響く。
 倒れた透に、ゲンハは容赦なく追い討ちをかける。


「ヒャハッハハハ、そらクタバレ透ゥ!」


 一際大きな手裏剣を取り出して、透に向かって思い切り投げつけたのだ。
 途中で木々を4,5本切り倒してスピードを落としつつも、手裏剣は透の喉元に迫る。 
 透は腕を上げ、カンを頼りにリバースフィールドを展開させた。
 手裏剣の風切り音があらぬ方向にそれる。
 何とか手裏剣を反らせたらしい。

 透はすぐに起き上がると、ゲンハから距離を取ろうと森の中に入り込んだ。
 先程はゲンハが有利だったが、今度は違う。
 確かにゲンハの機動力は増すし、飛び道具主体の透としては遮蔽物が増えるので痛いが、そんな事は承知の上だ。
 透が森の中に入ったのは、目晦ましに使える木々が山のようにあるから。
 この中でサブマシンガンでも適当に放てば、木が砕け破片が飛び散って、ゲンハに雨霰と降り注ぐ事だろう。
 所詮破片は破片なのであまり攻撃力は期待できないが、何よりも透に優位を齎すのは熟練度だ。
 新しい体の機動力やリーチ、体格に慣れてないゲンハと、この一年ほど延々とシュミクラムと付き合って来た透。
 細かい操作が要求される場所であればあるほど、透の優位は強固になる。

 そんな事くらい、ゲンハも分っている筈だった。 
 しかし、それでも構わずに突っ込むのがこの狂人である。
 それとも、その程度の判断も下せない程に理性を失ってしまったのだろうか。


「にーがーさーねぇー!」

「こっちだゲンハ!」


 森の中を激しく動き回る2人。
 ゲンハの爪で木が倒れ、透が放った流れ弾で岩に穴が空き、自然破壊も甚だしい。

 やはりゲンハは、シュミクラムボディの性能を使いこなせていないようだ。
 時折曲がりきれずに木にぶつかったり、間接が思ったよりも開かずにバランスを崩している。
 その隙を見て透がショットガンやハンドガンによる銃撃を仕掛けるが、ゲンハの超人的な反射神経はそれらを全て回避する事に成功していた。


「埒があかない…。
 こうなりゃ…」


 一計を案じる透。
 そうしている間にも、ゲンハが接近して鋭い爪を振りかざす。
 咄嗟に木を盾にして隠れるが、第二撃で追いつかれる。
 爪がシュミクラムの胴部に裂傷を刻んだ。
 更に、至近距離からの手裏剣(大)。

 避けられない、と判断した透は、咄嗟にバズーカ砲を手裏剣に向けて発射。
 甲高い激突音の後に、爆発が透とゲンハを吹き飛ばした。

 透は吹き飛ばされながら、シュミクラムの一部を切り離す。
 そして着地。
 着地せずに翼を広げて宙を舞っているゲンハを見据え、即座にダッシュ。
 その一瞬後に、手裏剣が透の居た場所に突き刺さった。

 ゲンハの真下まで突っ込んだ透は、その勢いを殺さずに跳躍。
 スラスターを全力で吹かして加速しながら上昇、ゲンハが回避運動を取る前に拳を繰り出した。
 それを咄嗟に体を捻って避けるゲンハ。
 しかし羽ばたいていたのに体を捻れば、羽による浮力を得る事は出来なくなる。
 透はゲンハの一瞬の硬直を狙い、至近距離から波動砲の狙いを付ける。

 が、それと同時に幾つもの噴射音。
 ゲンハも透が空中で止まる一瞬を狙って、小型ミサイルを幾つも発射してきたのだ。

 一瞬の迷い。
 それが回避する時間を奪い取った。
 それに気付いた透は、ヤケクソで引き金を引く。
 ミサイルを何発か受けた程度では壊れない、と自分に言い聞かせた。


(死なば諸共…!)


 そう念じて、波動砲の発射と同時にシールド。
 展開が間に合わなかったのか、ミサイルは殆どがシールドを構成するエネルギーを擦り抜けた。
 急所を庇う透。

 ゲンハが波動砲に直撃したのとほぼ同時に、透はミサイルの連撃を受けて吹き飛ばされ、墜落した。


 ガシャン、と地面に叩きつけられる音。
 とてつもなく大きな壁にぶつかった、と透は感じた。
 衝撃でグラつく頭を叱咤して、とにかくゲンハとの距離を測ろうとセンサーを起動。
 どうやらゲンハも結構なダメージを受けたらしく、地面に落ちてもがいているようだ。


「…!
 チ、チャンス…」


 そう言い聞かせて、透は木に手をついて立ち上がる。
 そして先程切り離したシュミクラムの一部…自律型兵器のガドリングビットに指令を送る。
 今はゲンハから少し離れた所に落ちている筈。
 普通通りなら火力が弱くてゲンハ相手には使い物にならないが、足止めになれば充分だ。


 続いて、透は少し移動し、丁度いい木々が集っている場所を探した。
 これは然程難しくなかった。
 先程の戦闘の余波であちこちの木が倒れているので、丁度いい場所は幾つもある。


 遠方でパパパパ、と軽めの銃撃音が響いている。
 どうやら、ゲンハと先程指示を出したガドリングビットが戦っているらしい。
 切り離されたパーツは、本来なら小型のサブウェポンを一つだけ搭載するパーツなのだが、実は自立型のビットとしても使える優れ物だ。
 大方ルビナスの趣味で作られたのだろうが…。
 いや、本当に趣味ならファンネルみたくもっと増やすか?

 それはともかく、透はゲンハをこちらに近づけないように指示を設定しなおし、準備に入る。
 そこら中の木々にミサイルを一つずつ隠し、カモフラージュ。
 そしてこの場所の座標を記録すると、銃撃音のする方向へ進んでいった。



「透ゥゥ!
 隠れてねぇでさっさと出てきやがれ!
 戦おうぜ、俺様を退屈させるな!
 あんまり焦らすと、飽きて小娘の方に行っちまうぞおぉぉ!」


 叫ぶゲンハ。
 彼は先程から森の中から、2つの銃口に狙われている。
 銃口はやけに俊敏に位置を変え、ゲンハを交互に狙っていた。
 しかし、ゲンハを捕らえるにはその攻撃は単調すぎる。
 銃口を破壊する事こそ出来ないが、飛び交う銃弾に掠りもしない。


「そんなに喚かなくても…しっかり仕留めてやるよッ!」


「おおっ、やっと来やがったな!?」


 森の奥から、透はパルスレーザーを構えて滑って来る。
 ゲンハは巨大手裏剣を投げつけると、それを追うように透に迫った。

 透は巨大手裏剣に構わずゲンハの翼に向けて銃を撃つと、命中の確認もせずに跳躍。
 巨大手裏剣を飛び越えた。


「滝沢キ…もといブーストキック!」


 むしろライダーキックだろう。
 飛び上がった透は、頂点付近で角度を変えて急降下。
 ゲンハの脳天に向かって飛び蹴りを放った。

 無論、そんなモノに当たるゲンハではない。
 ちょっと体を反らして避け、着地寸前の透を狙って爪を奔らせる。
 それを透は逆手に持ったビームソードで受け止め(ビームなのに何故物質を止められる?)、跳躍の勢いを殺さず振り返らずにダッシュ。
 ゲンハから距離を取ってから振り返った。
 そのまま狙いも付けずにガドリングガンを連射。
 ゲンハの逃げ道を塞ぎ、徐々に接近してプレッシャーを掛ける。
 そのプレッシャーに屈したのでもないだろうが、ゲンハはガドリングガンの弾を全て避けながらジリジリと後退。
 そして、ガドリングガンの銃身が焼け付いた瞬間を狙って反撃を計った。

 しかし、やはりシュミクラム同士の戦いでは透に分がある。
 スラスターを吹かそうとした瞬間、透はゲンハの足元に向かってリサーチミサイルを放ったのだ。
 小爆発と共に、ゲンハが踏みしめていた地面に穴が空く。
 足場を崩され、ゲンハは慌ててスラスターを止め、しかし倒れそうになった勢いを利用してスタートダッシュ。
 だが、そのスタートダッシュこそが透の狙いだった。
 まだシュミクラム時の足の動きを把握しきれてないゲンハのスタートダッシュは、スラスターによるダッシュに比べて酷く遅かった。

 そして、透は走りだそうとするゲンハに向け、フォトンブラストを発射。
 急激に大きくなる光の弾が、ゲンハを飲み込んで森の奥へと飛んでいく。

 それを追う様に透はダッシュ、身を低く沈める。
 フォトンブラストが消える瞬間を見計らい、急停止をかけて砂煙を巻き上げ、姿を隠す。

 フォトンブラストから解放されたゲンハの目に、砂煙の中から空に向けて飛び立つ何かが写る。


「上か!」

「下だよッ!」

「何ッ!?」


 ゲンハが慌てて目線を下げると、透が右手を繰り出しながら突っ込んでくる瞬間だった。
 スト兇遼臣鰐なボクサーを彷彿とさせる、ダッシュからのアームストレート。
 更に大量の気を送り込み、爆発させるシャイニ…もといE・フィンガーに繋ぐ。
 金属音を響かせながら、ゲンハの顔面に直撃した。


「グハァ!?」


 踏ん張りも効かず、吹き飛ばされる。
 ゴロゴロと転がって、森の中を更に奥へ。
 なまじ羽があるため、受身もロクに取れないらしい。

 それでも何とか起き上がると、またしても透が正面から突撃。


「クッ、ナメんじゃねぇぞ!」


 大した突進力だったが、ゲンハの運動神経はそれを上回っていた。
 突き出された棒を避けて、カウンター気味に鋭い爪を突き出す。
 ガギャッ、と耳障りな音がして、ゲンハの爪が透の右肩に突き刺さった。


「………!」


 シュミクラムの装甲を貫通し、透の肩から血が流れる。
 ゲンハの表情が喜悦とも後悔ともつかぬ色に染まる。
 が、透にはそれを確認する余裕など無かった。
 頭の中が真っ白になりそうな痛みを堪え、気力を振り絞って左手の親指を動かす。


 パチッ――


「ナッぎゃぎゃぎゃがぎゃ!?」

バヂバヂバヂバヂバヂバヂィ!!!!


 ゲンハに触れていた棒から、猛烈な電流が流れ出す。
 透が突き出していた棒は、スタンロッドだったのだ。

 中身のゲンハに効いたのか、シュミクラムに効いたのかは不明だが、ゲンハはフラフラと後退し、崩れ落ちる。
 だが、このままではまたすぐに復活するだろう。
 だからここにゲンハを押し込んだのだ。


「これで終わりだ!
 スペクトラルリサーチミサイル & 武幻鋼乱舞・エクスカリバー!!!」


 透のシュミクラムから放たれる電波に呼応して、先程木々に仕込んだミサイルが一斉に起動する。
 ガタガタと揺れながら、一斉にゲンハに向けて飛び立った。

 それと同時に、透は持っているビームソードを構え、大きく振りかぶった。
 同時にビームソードに付いているスイッチを入れ、柄からも刀身を伸ばす。
 方向転換に使うスラスターを全開で吹かせ、竜巻のような勢いで回転、遠心力をたっぷり乗せた剣の嵐がゲンハを襲う。
 何発目かの斬撃の後、柄から出ているビームソードを消した透は、両手で柄を握り、足を踏ん張って歯を食いしばった。
 今にも体を吹き飛ばしそうな遠心力を、全て両手の中にあるビームソードに注ぎ込み、肩の骨が外れそうな勢いで振り上げる。
 渾身の力を篭めた斬り上げの一撃がゲンハに直撃。
 更に追撃するように、最後の一撃が地面を掠めた瞬間に、ゲンハの足元から巨大な剣が突き上げられた。


「ヌオオおぉぉぉぉぉ!!!」

「グガアアァァァァ!!!!!!!!」

 驚いた事に、ゲンハはこれに対する防御すらして見せた。
 痺れて動かないだろう両手を気合で動かし、体の前で交差。
 周囲から迫るミサイルは個々の威力は大した事ないと割り切って、翼で体を包んだ。

 透の放った剣の一撃が、地面から突き上げられる剣がゲンハの交差した腕に食い込む。
 一瞬の抵抗の後、剣はゲンハの両手を擦り抜ける。
 剣は腕を斬り落してのけたのだ。

 それに続いて、何発も続くミサイルの着弾音。
 今のゲンハでは、体の強度を信じて耐えるしかなかった。

 透は膝を付く。
 さっきの一撃で、正真正銘のエネルギー切れだ。
 加えて言えば、ゲンハから受けた肩の傷で本格的に出血多量になりかけている。
 そもそも、シュミクラムを呼び出す前に受けた傷の事もある。
 すっかり忘れていたが。
 これで決められなければ、透にはもう勝ち目が無い。


 チュドドドドドドド


 十数秒も続くミサイルの音。
 これならゲンハと言えど無事では済まないだろう。
 それでも『生きてはいられまい』と言えないのが、ゲンハという存在だった。

 そして、それを体現するかの如く。
 爆煙の中から、ボロボロになった悪魔の如きシルエットが浮かび上がる。
 腕を失い、羽の半分以上をもがれ、あちこちのパーツが剥がれていたが、確かにまだ生きている。


「………」

「…マジか…」

「く…ククク、クハハハ、ヒャーッヒャヒャヒャハハハハ!
 耐え切ってやったぜ!
 どうよ透、もうこれでテメェに希ツ゛ト゛ム゛


 …沈黙するゲンハ。
 と言うか、もう姿も見えない。
 それを見て、透は呆れたようにボヤく。


「…直撃、か。
 正直博打だったんだけどな」


 ゲンハは超巨大なミサイル…グラルパトンの下に埋もれていた。

 何でそんな物が?
 思い出していただきたい。
 つい先程、ゲンハにアームストレートを叩き込む時の事だ。
 ダッシュでゲンハに近付いた透は、急停止して砂煙を巻き上げて姿を隠した。
 そして、体勢を立て直したゲンハは透が上に飛んだと思ったのだ。
 それは何故か?
 無論、砂煙の中から飛び出す『何か』を見つけたからに他ならない。
 それこそが透の切り札。
 通常のミサイルの何倍も大きなミサイルだった。
 無論、ただ打ち上げただけではゲンハに直撃なんぞする筈が無い。
 予め、周囲の木々にミサイルを隠しておく時にこの場所の座標を入力しておき、更に敵と判断出来るモノに対する自動追尾機能を作動。
 自動追尾機能は使っても使わなくても、命中率に大した差は無いのだが、まぁあるのだから使わなければ損。

 後はタイミングを計ってゲンハを罠に追い込み、ミサイルの弾幕と武幻鋼乱舞とエクスカリバーで動きを封じる。
 それでゲンハに倒せれば良し、倒せなくても、降ってきたミサイルを警戒してゲンハに隙が出来るかもしれない。
 ちなみにミサイルの影は、巻き起こした砂煙で誤魔化した。
 まぁ、いずれにせよこれだけ巨大なミサイルだ。
 逃げようったって逃げられない程に激しい爆発が……。


「…いかん、巻き込まれる…」


 呟いた透を嘲笑するかのように、グラルパトンは眩い光を放った。
 あーこりゃ死んだかな、と遠い目をする透。
 至近距離でドでかいミサイルの爆発というこの状況下で生き残れるならば、これはもう運に任せるしかあるまい。
 などと考えている間に、グラルパトンは内側から轟音を伴って弾け飛んで…。


ゴゴゴゴゴゴゴンンン!!!!


「きゃっ!?」


 憐は轟音に驚いてバランスを崩した。
 慌てて手をついて体を支えると、泣きはらした目を擦る。
 憐は透から逃げ回った挙句、結局別荘近くにある湖に辿りついて、ずっと泣いていた。
 外の世界の全てを拒絶しているように。

 しかし、その拒絶も何かの爆発音で叩き壊される。
 何事かと思って周囲を見回すと、何か爆炎が上がっているのが見えた。


「…お兄ちゃん…?」


 呆然と呟く。
 すぐさま、この世界の中心としての能力を活用、爆心地に何があるのかサーチする。
 間髪居れずに答えは返ってきた。


「お、お兄ちゃん!」


 爆心地には、なんか小さなクレーターと、それを前にして唖然としている透が立っていた。
 状況はよく解からないが、慌てて駆け出す憐。
 透に会う事に怯えが無い訳ではないが、側に行かずには居られなかった。

 森を掻き分け、貧弱な体力を振り絞って走る憐。
 森の中はあちこちに破壊後があり、ここで戦闘があった事を窺わせた。
 透が怪我をしているのでは?
 その思いが憐を更に焦らせる。

 程なくして、憐は爆心地に到着した。
 相変わらず透は唖然としている。


「お兄ちゃん、大丈夫!?」


「ん? あ、あぁ…俺はな。
 ただ、そこに…」


 透が指差す先を見る。
 クレーターの中心だ。
 そこには、何やら筒状の鉄…憐には解からなかったが、ミサイルの破片が散らばっていた。
 そして…。


「え…えっと……こ、この人…誰?」


 そして黒焦げになって息絶えているゲンハの死体。
 更に、妙に透けて見える、怪我一つなく立っているゲンハ。
 加えて、やたらとエネルギッシュかつソウルフルな特大ボリュームを持つ筋肉ムキムキの怪しいオッサン。
 …透き通っているゲンハは幽霊と言う事でいいとして…誰だこのオッサンは?
 つい10秒前まで、誰も居なかったぞ。

 怪しいオッサンは、憐と透を見た。
 ビクリと体を震わせ、透の影に隠れる。
 それを見たオッサンは、HAHAHAとアメリカンな苦笑をすると透き通っているゲンハの肩を叩く。

 ゲンハは何とも言えない面持ちでオッサンと自分の死体を眺めていたが、透に向けて手を挙げる。


『……あー、その…なんだ…。
 アバヨ』


 迷った挙句、ゲンハが言ったのはそれだけだった。
 自分を殺した事に対する恨みも、捨て台詞も、或いは狂気から解放した事に対する礼も言わない。
 オッサンは穏やかな目でゲンハを見る。


『HAHAHA、それだけでいいのかね?』


『うるせぇ。
 死人は黙って死んでりゃいいんだ。
 元々死者はそういうモンだろうが。
 死人からは恨みも感謝も貰えねぇ。
 心残りも晴らせねぇ、生者に話しかける事もできねぇ。
 今こうやって話している事自体、おかしいと言えばおかしいだろうが。
 俺はこれ以上生者に関わる気はねぇだよ』


『おかしかろうと、君がここに居るのだから話してもいいと思うのだがね。
 Hum、しかしそれも道理か。
 …では行くとしよう』


『フン』


 ゲンハは透に背を向け、徐々に薄れていく。
 透は咄嗟にゲンハの名を呼ぼうとしたが、ゲンハは鋭い目で透を睨み付けた。 
 まるで、『死んだ俺まで今のお前らの都合に引きずり込むな』と言わんばかりに。
 まるで、『俺の事など忘れてしまえ』と訴えんばかりに。
 もう狂気すら失い、疲れ果てたのだ、と。


「…っ!」


 透が逡巡する間に、ゲンハはとうとう消え去った。
 最後に彼がどんな表情をしていたのか、知る術は既に無い。
 透はゲンハに付けられた、肩の傷に触れた。
 それが、ゲンハがここに居たのだと確信させる。


「…ところで、アナタは?」


 ズキズキと痛む傷を放っておいて、透は一人残ったアフロマッチョに目を向ける。
 憐が怯えているので、極力素早くこの方には撤退していただきたいのだが…。
 そう言えば、ゲンハに向かって『では行くとしよう』と言っていた。
 と言う事は、ゲンハを連れて行った…と言うか逝かせたのはコイツか?

 アフロマッチョは腕を組んでフン、と鼻息も荒く仁王立ち。


『HAHAHAHA、私はアフロのシシャ!』


「あ、アフロの使者!?
 そー言えば、大河から聞いた事が…。
 確かに聞いた特徴と一致するな」


「お、お兄ちゃん、この人怖い…」


 憐が極めて真っ当な感想を漏らしているが、この場は無視の方向で。

 ちなみに、透が大河から聞いたのは、例のフノコ教師の事で話が弾んでいた際にボソボソと。
 その時はまだフノコ教師が失踪していた事も知らなかったし、ある意味フローリア学園名物だから教えておいた方がいいかな、と軽い気持ちで話していたのである。
 流石にダウニーが波平カットになった原因は話し辛かったが、その時に「アフロ神を見た」と言って大いに透を悩ませたものだ。
 勿論、何処の病院に放り込むべきかで。


『ほう、大河とは当真大河かね?』

「あ、あぁ…」

『彼には礼を言わねばな。
 我らが盟主、アフロ神が直接加護を下す程の逸材を、その手で作り出してくれたのだから…』


 その逸材を台無しにしたのも大河だが。
 何せカツラごと引きちぎって波平カットだ。


「…と言う事は、大河と会ったアフロ神ではないので?」


『うむ、我はその眷属よ。
 アフロ神の元には幾人かの眷属が居り、それぞれが別個の役目を持っておる。
 我の役割は死神よ。
 不遇の死を遂げたアフロ魂を、アフロ神の御許へ送るのが役目だ』


「か、神に召されたのかよアイツ…」


 それはワルイコトではないと思うのだが、アフロ神の御許ってのがなんか不安だ。


『心配するな。
 ヤツは確かに大罪を犯したが、酌量の余地はある。
 …罪過は打ち消せぬが、その魂を汚染されていた事もあるしな…」


「…ゲンハを頼みます」


『うむ。
 では、我も行くとしよう。
 ああ、ゲンハを止めてくれた礼と言ってはなんだが、その傷を塞いでやろう。
 …よし治療完了。
 では、さらばだ』


 アフロのシシャは、HAHAHAHAとエンドレスで笑いを響かせながら、虚空へと消えていった。
 何だかとても疲れた透。
 ふと気がつけば、本当にゲンハに付けられた傷が消えている。
 あれでも神と言う事か?

 憐は怖い人が居なくなったためか、安堵の息を吐いている。
 透は憐の頭に手を乗せて、ゆっくり撫でてやった。


「…お兄ちゃん、大丈夫?」


「ああ、何とかな…。
 憐は大丈夫だったか?
 ………………………………………ん?」


「……………………………………………………あれ?」


「「…………………………………………………………………」」


「それじゃ「何処へ行く」」


 ガッシ

 透の右手が、憐の頭を鷲掴みにした。
 痛みを与えないように、しかし万力の力で憐の頭をキャッチする透。
 憐は何とか逃げる機会を掴もうとするが、透の目には一瞬の油断も無い。


「あ……………あの、ね、お兄ちゃん…」


「ダマレ」


 ピシャリと言葉を遮られた。
 憐は絶望的な気持ちを抱く。
 やはり、透は怒っているのか。

 しかしその絶望の種が育ち始める前に、透は一気に畳み掛けた。


「手短に言うぞ。
 憐、戻って来い」


「…え?」


「どっちにしろ、俺はこの世界にはあまり長く居られない。
 さっきから…ゲンハに殺されかけた辺りからな、洗脳解除プログラムが動き出してるらしい。
 この夢は間もなく醒める。
 お前が何をやっても、俺はここには居られない」


「そ、そんな!」

 また自分を置いていくのか。
 憐はそう目で語っていた。
 また憐の哀しみが暴走しそうになる。


「だから、今度は…いや、もう一度、憐、お前が俺の側に来てくれ」


「…え?」


 透は何を言っているのか?


「俺はここに居られない。
 すぐに夢は醒める。
 ほら…」


 透は周囲に憐の目を向けさせた。
 一見すると、変化の無い森。
 しかし、憐の目にはハッキリと見える。
 この世界が、内側から穴だらけになっていくのが。
 何が切欠になったのかは解らないが、これが洗脳解除プログラムの効果なのだろうか。


「だから、憐。
 現実世界で、俺の側に来てくれ。
 体の事は、どうにか出来そうだから」


「………」


 黙りこむ憐。
 いくら最愛の兄の頼みと言えど、こればかりは二つ返事で頷く事は出来ない。

 まず、体の問題。
 透はどうにか出来そうだと言っているが、それが本当で、なおかつ実際に解決できる確証は無い。
 マイナス思考の塊とも言えるリヴァイアサンの憐には、簡単には信じられない。
 そもそも、自分ではない憐…本体があちら側には居るではないか。

 それに、ここから透を出したくない、という思いがとても強い。
 ここに居る間は、透は自分の事を見てくれる。
 例え他の誰かに会おうとしても、憐はそれを拒んで自分の元にだけ置いておく事も出来る。
 この夢が醒めても、もう一度取り込んでしまえば済む事だ。
 憐にとっては、それが最も確実で、最も魅力的な方針に思える。
 このまま透が現実に返ってしまえば、やはり兄の頼みを無視してでも透を自分の物にしようとするだろう。

 迷う憐。
 そうしている間にも、洗脳解除プログラムは世界をどんどん希薄に変えていく。

 透は憐を引き寄せ、抱きしめた。


「あ…」


「大丈夫だ。
 俺はここから居なくなるけど、お前を一人になんかさせないから。
 憐は自分の足で歩ける。
 だから、俺の所まで来る事だって出来るんだ。
 兄としちゃ情けないけど、俺に出来る事はここまでだ。
 …俺も憐と一緒に居たい。
 だから手伝ってくれ」


 言葉以上に、透に抱きしめられているという事実が、憐の孤独を少しずつ溶かしていく。
 ずっと求め続けた兄。
 彼が居るだけで、抱え込まれていた狂気と寂寥が緩んでいく。

 もうすぐこの世界は消えてしまう。
 憐はせめて今だけは、と願って、必ずもう一度、と決意して、自分も透を抱きしめた。


 現実


「! リヴァイアサンが…」

「よっしゃぁ、よくやったわ相馬君!」


 ガッツポーズのルビナス。

 浄化の魔力に覆われた平野の中で、揺るぎもしなかったリヴァイアサンが、徐々に鳴動しつつある。
 それに連動して、リヴァイアサンの外殻から『何か』が立ち上っているのだ。
 平野に満たされた浄化の力によって解放された、リヴァイアサンの一部…飲み込まれていた魂達である。

 ルビナスは通信機器に飛びつき、憐…リヴァイアサンの憐ではなく、その上空に浮いている憐に指令を送った。


「憐ちゃん、こっちに戻ってきて!
 体の方の調整に入るから。
 あ、それと浄化の魔力には触れないようにね、念のために!」


『うん!』


 小躍りしながら、準備していたホムンクルスボディに近付いていくルビナス。
 その隣で、タイラーとドムがハイタッチを交わしていた。


「上手くやったようだな、相馬は」


「そうだね。
 リヴァイアサンに浄化の力が通じるようになったと言う事は、魂を縛り付けていたもう一人の憐ちゃんの孤独が和らいだと言う事。
 兄としての面目躍如って所かな」


「兵士として任務達成した事を褒めるより、兄として妹を救った事に対する賛辞か。
 だから俺はお前を気に入っているのだがな。
 お前が記憶を失っていた時も、自分より家族の心配をしていた」


 初めて会った時の事を思い出し、ドムは少し笑う。
 当時のタイラーは記憶を失っていたが、それでも自分の身元が解からない不安よりも、家族達を心配させているのではないかとの懸念を強く持っていた。
 その辺からアザリンに気に入られたのだろうか?

 照れ笑いするタイラー。


「ま、何はともあれ、やっと浄化の効果が出てきた。
 兵士の皆も騒いでるね」


「軍としては、ああまで騒ぐのは好ましくないが、ここは放置の一手だな。
 この勢いのままに押し切るか」


 先程までは、自分達の攻撃…浄化をモノともせずに泰然自若としていたリヴァイアサンが、加速度的に浄化されていくのだ。
 突破口が開けた、と兵士達は大喜びしている。
 もうちょっとだとばかりに、それぞれ力を振り絞って浄化の魔法陣に力を注ぐ。


「それにしても…凄まじいな、救世主候補と言うのは…。
 大河もそうだったが、あれほどの力とは」


 ドムの目の先には、一際強く輝く一角がある。
 ベリオとリリィが居る場所だ。
 彼女達もラストスパートとばかりに、有りっ丈の魔力を放出しているのだろう。


「さて、最後の詰めだね。
 ヤマモト君、全兵に防御体勢を取るように伝えて。
 多分、リヴァイアサンが暴れだすから」


「はっ。
 包囲網はこのままでよろしいですね?」


「その辺の判断は任せる」


 ヤマモトは敬礼し、地図を持って伝令役…この場合は、光と鏡を使った通信役…の元に走って行った。
 細かい軍略や陣形に関しては、タイラーよりもヤマモトやバルサロームの方が遙かに詳しい。
 バルサロームもドムに言われるまでもなく、陣形の再構成に勤めていた。

 タイラーは不意に肩をドムに叩かれ、振り向いた。
 ドムは険しい表情で、リヴァイアサンの方を見詰めている。


「見ろ、タイラー。
 ナナシ殿が…」


「え?」


 ドムに指摘され、タイラーもリヴァイアサンと組み合っていたナナシを見る。
 しかし、改めてみると非常識だ。
 ナナシとは顔を合わせる機会があったが、タイラーやドムから見ても、お世辞にも戦闘に向いているとは言えないし、そもそも戦えるのかが疑問だった。
 増してや体の各所に武器が仕込んであるなんて思いもしなかったし、リヴァイアサンとタメを張るくらいに巨大化するなんて、もっと思わなかった。
 と言うか普通は思わない。

 作戦を開始する前に、ルビナスから『足止め役はナナシが務める』と聞かされていたものの、正直言って出来るのか、とてもとても疑わしい。
 それが問答無用で巨大化とは…。
 一目見た瞬間に、なんかもー全身から気力とかが一気に抜け落ち、真面目に戦うのがバカらしくなってしまった。
 これが救世主クラスの実力か、とある意味大正解な感慨すら抱いた。
 まぁ、見かけがシュールでも何でも、本当にリヴァイアサンを捕獲しているのを見て、ナナシの評価を改めたのだが。

 そのナナシだが、ジリジリと後退していた。
 遂に力尽きようとしているのか?
 と思ったが、ナナシは脂汗こそ掻いているが、まだ体力的には余裕が見られる。
 後退しているのは、ナナシが弾かれかけているのだ。


「リヴァイアサンの周囲の空間が、また激しく歪んでる…。
 …ひょっとして、押さえ込もうとしている力を全部反射させているとか…?」


「どこかの学園都市にそんな能力を持っているのが居た気がするな。
 しかし…いずれにせよ、ナナシ殿ではそう長く抑えられそうにないな。
 ならば結界でも作ってリヴァイアサンを閉じ込めたい所だが…さりとて術を使える者は、全て浄化に回っている。
 浄化から結界に何人回すか…。
 上手く釣り合いを取らねば…」


「浄化され始めて力が落ちてるとは言え、あんなに巨大じゃねぇ…。
 閉じ込めようと思ったら、術者の10人20人じゃ効かないか」


 釣りあい云々を考えるより、浄化か結界のどちらかにした方がいいかもしれない。
 暫しの思案。


「…なら浄化だな。
 相馬透がここに居る以上、逃げる事はあるまい。
 …楽観的な推測だが」


「そうだね。
 全員を結界に回したとしても、閉じ込めるだけじゃ意味が無い」


 結論が一致し、実行に移そうとした時。


「う…」


「「「 !! 」」」


 透の呻き声。
 ドム、タイラー、ルビナスは思わず動きを止めて振り返った。
 リヴァイアサンが脆くなっていると言う事は、透の任務が成功していると言う事。
 なら、透が夢の世界から帰ってくるのもそれほどおかしくない。

 ルビナスは一旦ホムンクルスを放り出し、透達に繋がっている観測機器を覗き込む。
 そこには二つの情報が現されていた。
 一つは、シュミクラムを経由して入出力されている情報。
 もう一つは、機構兵団+αの一人一人の脳波だった。

 ルビナスは緊張して、記されていた値を読み取る。


「…成功です!
 気絶している全員に、目覚めの兆候があります!」


「目を覚ますまでどれだけかかる?」


「相馬君は、作戦の次の展開に必要ですから、10分以上待って目を覚まさなければ叩き起こします。
 他の皆は…やはり洗脳解除プログラムの浸透に時間がかかるのか、緩やかにノンレム睡眠へと移行中…。
 このまま何事も無ければ、明日の朝までには目を覚ますでしょう。
 リヴァイアサンの咆哮に関しては、既に対策を打ってありますので、もう気絶する事はありません」


 流石に手際がいい。
 …ただ、その手に先程使えなかったスタンロッドを構えているのはどうかと思うが。

 それはともかく、今回の透は大手柄だ。
 リヴァイアサン攻略の道を切り開き、昏睡していた機構兵団も目覚めさせた。
 ルビナス的には、夢の中の話を詳しく聞きたいのだが、そう言っている場合でもない。
 後でじっくり聞きだすとしよう。


「ふむ…そうなると、後はいよいよリヴァイアサンの本体だけか。
 ルビナス、あの現象は何だか解かるか?」


 ドムが指差すのは、巨大ナナシがリヴァイアサンに圧倒されている光景。
 ナナシはリヴァイアサンを抑えようと、挑んでは弾かれて後退する。
 ルビナスは目を細めて暫し思案すると、顔を歪めて舌打ちした。


「空間が歪んでいるというのもありますが、浄化できる程度に存在の密度が薄くなっています。
 その分物理的な力で干渉するのが難しくなり、ナナシちゃんが抑え込もうとしても擦り抜けてしまっているんです。
 そしてバランスが崩れた一瞬を狙って、軽く反撃…それだけです。
 一応手は打っておきましたが…あまり長い時間は…」


 一応この事態を想定してはいたのだが、正直言って時間が足りなかった。
 せめてあと2日あれば、ああなったリヴァイアサンを抑えこむだけの結界だって作れたのに。


「浄化に必要な時間は、このままのペースなら約6時間…。
 相馬君と未亜ちゃんが上手くやれば、1時間程度。
 …さて、叩き起こしますか」


「死にたくなければ起きろ透君!」

「げふぅ!?」

 座った目でスタンロッドのスイッチを入れるルビナス。
 タイラーは祈るような気持ちで、透の鳩尾にブローを叩き込んだ。

 が、そんな事で起きるほど世の中は甘かーない。
 むしろ…。


「あ、今ので相馬君の脳波がレム睡眠に落ち込んだ」

「……つ、つまり?」

「もうちょっとで起きそうだったのに、タイラー将軍のパンチでもう一回夢の中」

「…うわぁゴメンよ透君ー!!!」

「活ッ!」

「ゴハッ!?」

 自分の過失(?)に供覧しかけるタイラー。
 その後ろで、ドムは慌てて透の背中に活を入れていた。
 何気に手加減を間違ったよーだが、まぁ頑丈だから大丈夫だろう。
 何たって大河の同一存在だ。
 それにしても不幸な奴だ。


「ッゴ、ゴホッ、ゴホ…な、何だ!
 何事だ!?
 憐、どうした!?」


「落ち着け透」


 何とか意識を覚醒させた透は、状況を把握していないようだ。
 とりあえず、電気ショックは免れたようだな。

 咳き込む透と、安堵するタイラー。
 ドムは透の背を撫でて落ち着かせると、ルビナスに目を向けた。


「相馬透は今すぐ動けるか?」


「はい。特に後遺症は無い筈です。
 ほら相馬君、しっかりして!
 憐ちゃんを助けるまで、後一歩よ!」


「…っく、れ、憐?
 …そうだ、憐はどうなった!?」


『お兄ちゃん、私はここ…』


「あ、憐。
 無事で何より…って、この憐じゃなくて、いやこの憐もそうだけど、リヴァイアサンの方の憐は!?」


 透にしか見えないが、憐はルビナスの背後辺りを漂っている。
 透は安堵はしたが、夢の中の事を思い出して慌ててリヴァイアサンに目を向けた。

 リヴァイアサンに目を向けた透は、心なしか少し小さくなった黒い塊を発見した。
 よく見ると、球体のそこかしこから、何かが零れ落ちては消えていく。


「…あれは…」


「浄化してるのよ。
 とは言え、あの中の憐ちゃんにしてみれば、孤独を埋めるための人形が一つ一つ壊されているような心境かもしれ『QUUUUUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOONNNNNNNNNN!!!!!!』……!!」


 リヴァイアサンの絶叫…ダイダルウェイブ。
 今度の叫びは、思わずルビナスも耳を塞いで一歩退いてしまう程の迫力を持っていた。
 それだけ強い感情が込められているのである。
 間近で吼えられたナナシなど、目を渦巻状にしてフラフラしている。
 大河も一緒に居た筈だが、大丈夫だろうか。


「れ、憐…」


 呆然と呟く透。
 篭められた感情は、明らかに寂寥と懇願。
 そして経過と目的はどうあれ、それを彼女に与えたのは間違いなく透だ。

 ルビナスは耳をトントンと叩きながら、虚空…憐に向かって問いかける。
 ただ、憐はそっちに居ないが。


「憐ちゃん、あの子がなんて言ってるか解かる?」

『…お兄ちゃん、何処なの……』

「!!!」


 力の無い憐の通訳に、透は歯を食い縛る。

 だが、今は抑えこめ。
 今度こそ憐を孤独から救い出す為に。
 これから、まだやる事があるのだ。


「…ルビナスさん、次の作戦をお願いします」

「…分ったわ。
 休んでいる方が、アナタにとっても余程苦痛でしょうしね」


 どの道、透が直接戦うのではない。
 この作戦の鍵は、発案者…つまり未亜。
 ついでに言うと、戦うのではない。
 説得するのだ。
 今の彼女ならば、それが通じる。

 ルビナスは透をホムンクルスの側まで移動させ、一つの信号弾を手渡した。
 この信号弾は、特別な仕掛けはしてないが、透が纏うマナを沁み込ませてある。
 まぁ、要するに透の匂いがついているのだ。

 ルビナスは再び通信機器に向かい、未亜が持っている通信装置に連絡を入れる。


「さて、通信通信…。
 …あーあー、こちらマッド、こちらマッド。
 エス、応答願う、どうぞ」


『……こちらエス、どうかしたの?
 もう出番?
 どうぞ』


「出番よ。
 相馬君が上手くやったわ。
 ここから先は、未亜ちゃんの魅せ場よ。
 期待してるからね、どうぞ」


『まかしといて!
 同じブラコン同士、きっと心を通わせてみせるわ!
 オーヴァー』


 なんか妙な事を言ってたような気もするが、大マジだ。

 ルビナスは透に振り返った。


「さて、そういう訳で正念場よ。
 …と言っても、相馬君にはどっしり構えてもらうしかないんだけど」


「…はい」


 沈んだ声。
 ルビナスは、透が何を考えているのか大体解かる。
 大河と同一存在だというなら、存在の根本が似通っているのだろう。


「…憐ちゃんをその手で助けられないのが悔しい?」

「…はい」

「そう。
 でも、アナタ一人でやる必要はないわ。
 出来る人がやればいい…。
 自分の手で、と拘るのはある種の傲慢よ」

「…それも、解かってます」

「なら、彼女の今後は任せるわ。
 人間社会に溶け込む為、他人との付き合いの為、その間の世話は、アナタがやりなさい。
 だから、今は堪えて。
 例え憐ちゃんがアナタを呼んでも、絶対にそこから動かないで。
 …いいわね?」


「はい。
 …あの、他の皆は…」


 そう言えば言ってなかった。
 ルビナスは簡単な計算ミスを指摘された学生のような表情になり、あっさりと言う。


「心配しなくても、放っておけば目を覚ますわ。
 洗脳解除プログラムは、彼女達にも効いたようよ」


「そうですか…。
 ……よかった…。
 ……では、行きます!」


 安堵の笑みを浮かべて、透は気を引き締めた。
 シュミクラムに先程渡された信号弾を混め、空に向ける。


「撃てェ!」

「Fire!」


 ルビナスの合図と共に、爆音を伴って天高くに打ち上げられる信号弾。
 高く高く昇ったそれは、平野で戦っていた者達全ての意識を引き付けた。
 汗だくになっているべリオとリリィ、魔方陣の補助をしている魔法使い達、目を回しながらも尚リヴァイアサンに立ち向かうナナシとその頭の上の大河、そして魔法陣を形成するために支持された場所で待機している兵士達や救世主クラス。
 何より、リヴァイアサン。


≪OOOOOOOOOOONNNNNNNNNNNNNN!!!!≫


 リヴァイアサンの咆哮が響く。
 それは透の居場所を見つけたリヴァイアサンの歓喜の声だったのかもしれない。
 逃げられたと思った透が、まだそこに居る。
 リヴァイアサンは力を振り絞って進み始めた。


 こちら未亜・リコ・カエデ。
 未亜はリヴァイアサンの咆哮を意にも介さず、ジャスティを持って腕を組んでいた。
 じっとリヴァイアサンを睨み付けている。


「……それじゃ、私はそろそろ作戦に入るね。
 リコちゃん、サポートお願い。
 カエデさんは、お兄ちゃんとナナシちゃんに退がるように伝えて」


「了解しました。
 マスター、御武運を」


「承知したでござる。。
 …と言っても、あの近くに行くのは少々怖いでござるが…」


 カエデの視線の先には、崩壊を始めてはいるが、その分勢いが明らかに増しているリヴァイアサン。
 周囲の空間は歪んだままらしく、其処彼処で意味不明な閃光とかが迸っている。
 あれを正面から相手にしたナナシの胆力は、本当に賞賛に値する。
 ボケっとしているようでも立派な戦士でござるな、とカエデはナナシに対する評価を改めた。
 …どうでもいいが、ナナシの巨大化を見て、原作EDにおけるカエデ巨大化の術を編み出したとかいう逸話が残っているが、まぁデマだろう。


 一方、未亜はジャスティスの矢に何やら細工をしている。
 リコも手伝っているが、何やら赤の力を込めているようだ。
 未亜もそこそこ赤の力をマスターとして使えるようになっているのだが、如何せん制御力よりも知識が足りてない。
 魔力とマナにおける等価交換を基にした云々なぞ、それこそ赤点を取って何度補修しても単位が取れないくらいに理解してなかった。


「…それじゃ、これを打ち込めば…」

「はい、後は私とテレパシーをする要領で意識を繋げられるはずです。
 しかし、意識が繋がっても油断はしないでください。
 周囲の破壊が止まる分けではありませんし、何より憐さん本人に言葉を届かせるのは至難の業です。
 他の霊達の意識が邪魔になると思われます」


「うーん、まぁそこは最初の一発でどうにかなると思うけど…。
 一応その辺の対策はしておいてくれてるんだよね?」


「ええ、こっちの憐さんの波長をコピーして、それに合わせておきましたから…。
 しかし付け焼刃は付け焼刃だと忘れないでください」


 云々。
 カエデは隣で聞いていて、眩暈がしてくるのを感じた。
 ああ、かつての未亜はどこに行ったのか?
 カエデと初めて会った頃は、大河もカエデも未亜も魔法なんぞチンプンカンプンだったのに。
 大河は何時の間にやら多少の知識は身につけているし、未亜もリコとソッチ方面の会話が出来る程度には法則を理解してきているらしい。
 ちょっぴり寂しいカエデだった。

 それはそれとして、何時までもここに居ても仕方ない。
 とにかく大河達を迎えに行かねば。
 本当なら、透が打ち上げた信号弾を合図にしてナナシが後退、適当な場所でスモール化すればよかったのだが、実を言うとスモール化の方法に問題がある。
 細かい理屈は省くが…周りにエライ衝撃が走るのだ。
 巨大化の為に取り込んだナニカ(詳しいことは、説明覚悟でルビナスに聞け)を大量に、しかも一挙に放出するため、それが与える影響がバカにならない。
 だからスモール化する前に、大河をナナシから離さなければならない。
 その場に大河を置いて離れ、そしてスモール化という手もあるが、リヴァイアサンの目の前に大河を置いておく訳にもいかない。


「さて、そろそろ行くでござるか…」


 呟いたカエデに、くるりと未亜が振り返る。


「時にカエデさん、どうやってナナシちゃんに近づくんです?
 リヴァイアサンの周囲はアレだし、走っていくには幾らカエデさんでも遠すぎるでしょ。
 それこそ汁婆くらいのスピードじゃないと」

「マスター、ちゃんと聞いてください」

「ふむ、それはでござるな」


 リコの声をスパッと無視して、カエデは懐から布を取り出した。
 でっかい布…と言うか風呂敷?
 それを見て未亜はピンと来る。


「あ、まさかアレ?
 羽衣の術?
 両手足に布を風呂敷の端っこを括り付けて飛んでいくヤツ」


「惜しいでござるな。
 そも、羽衣の術とは、本来ならば高所から落下した際に空気抵抗を使って着地の衝撃を和らげる術でござる。
 未亜殿が言っているのは、ムササビの術でござろう?」


「まぁ、どっちでもいいけどさ。
 …あの術って、確か強い風と助走が必要なんじゃなかったっけ?」


 全くもってその通り。
 いくら忍者と言えども、風呂敷一枚纏っただけで空を飛べるほど世の中甘くはない。
 が、カエデはニヤリと笑った。


「確かにその通りでござる。
 しかし、拙者には秘策があるのでござるよ、秘策が」


「…秘策ぅ?」


「カエデさんやナナシさんやご主人様が余計な策を巡らせると、ロクな事にならないと思うのですが」


 未亜の胡散臭そうな目とリコの辛口なコメントを食らっても、カエデは余裕でニヤニヤ笑っている。
 心なしか胸を張り、カエデは解説を始めた。


「術の詳しい原理は明かす事が出来ぬでござるが、拙者、実を言うと里に居た頃から空を飛ぶ秘術を身に着けていたのでござるよ。
 この術を教えてくださったのは、かつて我が父母が存命だった頃に里を訪れたお客人でござった。
 何でもどこぞの企業に仕え、休暇を取って“ばかんす”に来たとか何とか。
 父上と仲良くなり、酒盛りをして強かに酔って、その時に冗談半分で教えていただいたのでござる。
 後日、その術を使った拙者に、そのお客人は『頼むから里の人達には見せるな、教えるな』と頼まれ、父上母上にも秘密にして延々と修練を積んでいたのでござる。
 あまり細かい機動は出来ぬが、師匠を迎えに行くだけならノープロブレムでござるよ」


「私達には見せていいんですか?」


「まぁ、大丈夫ではないでござるか?
 リコ殿達は拙者の里の人間ではござらんし」


「はぁ……。
 で、その術って?」


 やっぱり胡散臭いなー、と表情で語る未亜。
 カエデは自信満々で、まぁ見ているでござる、と言い残して、リヴァイアサンに向き直った。
 そして取り出した風呂敷の端っこを両手で持ち、器用に両足の親指でそれぞれ掴む。

 そして、大きく息を吸い込み。


「セカーイ忍法、天昇輪舞!」


 絶叫…いや、宣言。
 そして次の瞬間、カエデの体は天高くに向かって舞い上がった!


「「おおおおおおお!!!!!」」


 思わず拍手喝采。


「…ホントに飛んだよ…」


「私も知らない術ですね。
 物理的に考えると、どーやってもアレじゃ飛べないのですが」


 呆れ半分の二人。
 そのまま飛び上がったカエデは、大豆ほどの大きさになった辺りでモモンガよろしく滑空を始めた。
 滑空と言っても、明らかに風の流れを無視っているのだが。


「…ま、あれなら問題なくご主人様を迎えに行けるでしょう。
 それよりマスター、準備はよろしいですか?」


「うん、私はもう何時でもOK。
 それじゃ、久々の正念場、行きます!」




…アフロ神のくだり、書いたのダレです?
あんなの書いた覚え……アリマセンヨ?
そう言えば、何かイヤな事があって呑みまくりながら書いてたような気が…その時に妙な電波でも受信したかな…。

おお、11−11でゾロ目だ。
なんか目出度い感じ。

自分の卒論はほぼ終了したので、同じ研究室の人のを手伝ってます。
ガウスの消去法?
メンドクサ……。


それではレス返しです!

1.悠真様
ユーヤはステッペン・ウルフのリーダー格ですからね。
やっぱり兄貴な雰囲気も出るでしょう。
原作でも、透よりずっと落着いてましたし。

一応VSゲンハは夢の中なので、ご都合主義で行ってみました。
なんかヘンなのが来て、余韻とか台無しにしたっぽいけど…。


2.神竜王様
もう暫く真綿で絞められててもらいますw
さーて、修羅場か……やっぱり透君が開き直る切欠になったりするのかな?

死人がどんな気持ちかは解りませんが、未練を残してなければこんなものじゃないかな、と。
生きてる社会であくせく働く必要もないですしね。
文字通り俗世から切り離されるような感じで。

残念な事に、ルビナスアタックは今回は無しでした。
いつか折を見て…ケケケ

透君が不幸なのは、きっと大河の幸運が強すぎて、同一存在である彼の所に対価の不幸が行ってるんですw


4.アレス=ジェイド=アンバー様
ある意味、ですねw
まぁ、アホな展開は仕方ないでしょう。
と言うか、最初は発展途上の関係とかじゃなくて、色ボケカップルにして本人達に砂糖を吐かせようかと思ったのですがw

取りあえず無事に帰還したようです。
物理的に怪我はしてるようですが。


5.竜の抜け殻様
なるほど、アレも一種の宇宙の卵ですかね、言われてみれば。
まぁ、実際には世界は作られていないのですが。

うーん…覚○のススメじゃなくて、ガ○ガイガーとかの方がよかったかなぁ…。


6.米田鷹雄(管理人)様
いつもご苦労様です<(_ _)>
多発地域で申し訳ない…。


7.イスピン様
か、影絵の世界?
…メルブラ?

個人的には、記憶を失え!はBASTARDのD・Sがニンジャマスターの顔面に一撃入れたヤツです。
紅い姉と蒼い妹…蒼崎姉妹じゃなさそうだし…ローゼンメイデンあたりですか?

正直、ゲンハとの戦いは捻りが足りなかったと思っています。
殆ど原作通りですし…いや何時の間にか余計なのが出てきてますが。


8.陣様
むぅ、細かいネタまでよく覚えていらっしゃる…。
しかし来るのが例え周波数でも、オモロイSSを書けるのならば!…と人生投げかけてます。

ネコミミシッポにメイド服+ご主人様、は驚きはしなくてもロマン回路とかがフル稼働しそうな気がします。
…でももうナナシの巨大化やったからなぁ。
そこまでインパクトがある技はもう無いか…。

ナナシもお気楽なままでは居られませんからねぇ。
根が暢気でも、多少は色々考えたりしてもらわないと、始終笑ってるだけに…まぁ、それがナナシだという気もしますが。

…実を言うと、最初はリヴァイアサンの中にカイラや洋介も入る予定だったのです。
……ですが、入ったら入ったで、カイラはまだいいとして洋介とアレな関係になるシーンとか書かなきゃいかん気がして…。
後で祟られそうなので予定変更した次第です。


9.YY44様
アレの元ネタはダイの大冒険ですか。
また懐かしいモノを…。
実を言うとマァムとか割とキライだったり。

ユーヤは悪戯小僧でも、意外と先を考えてるみたいでしたね。
それに透にネットの事を色々と教え込んだりしていたので、自然と面倒見がよくなったのでしょう。

原作再現しましたよ!
なにやら余計なネタが入りましたが。

アヤネはいいですねぇ、クールビューティでツンデレ、あまつさえ物凄く健気…。
さらに濡れ場ではいぢめたくなるw


10.カシス・ユウ・シンクレア様
ナナシのシリアスシーンは、この先もう少し増えるかもしれません。
主にロベリア絡みで。

見ているだけなら幸せかもしれませんけど、所詮は傍観者ですし…。
何より、その内退屈で脳が常温のまま溶けるような感覚になるかも。

透、何とか勝利です。
トドメの巨大ミサイルがちょっと間抜けな気もしますが。
狂気の記憶は、常人には耐え難いものでしょうね…。
読んだだけでも気が狂うような魔術書とかありますが、それと同じような感じでしょうか。

巫女大河?
当分先…少なくとも今年中には出せそうもありません…。
リヴァイアサン編が予想以上に長引いたからなぁ…。


11.かのん様
おお、すっかり忘却の彼方でした。
まぁ、1話分は書いてあったヤツを発掘できたので、近いうちにそれだけは投稿しようと思います。
…まぁ、続かないと思いますが。


11.なな月様
もうすっかり冬ですからねぇ…。

夢の中ですからね、ご都合主義が万円するのもむべなるかな…。
まぁ、あの世界の中にはそれこそ悪夢のような可能性が出現する場合もあったのですが…その辺は情報処理を担当するヒカルが無意識にシャットアウトしてます。
それこそご都合主義w

あー、なるほど…あっちに行くのに余計なものだけこの世に置いていかれるから、残されて悪霊になった場合理性とか無くなって執着だけ残るんですな。
意外と的を得ているかもしれませんね。
死後の世界はあるんです…ばいたんばせんせい。
仮に死後の世界があると立証できたら、それはそれで問題な気がしますね。
死に対する忌避感と言うか、命は一つしかない、という意識が薄れるかも…。

ドラえもんの誕生…それは耳を齧られて青くなったタヌキ一体に限定した話デスカ?

頭の上の大河が操縦…時守としては、ピッコロが巨大化したスラッグの頭の上にのって、二本の触覚を握ってる所が浮かびます。
むぅ、ナナトラウーマンは巨大化しただけしたけど、動きが無いから地味だな…。
またその内出すか…。


12.JUDO様
仮面ライダーは、立ち読みくらいしかしてないんで、そろそろ本格的に挑戦してみようかと思ってます。
バルドキャラって、意外と壊しにくいんです…。
単にデュエルの連中が濃くなりすぎてただけかもしれませんが。
バルド祭りが終わったら、もうちょっとお気楽な方向に壊れてもらいましょw

ユーヤに関しては、あんまり原作と変えてないつもり…なんですよ、あくまでつもりですよ?
何というか兄貴分的な存在だし、何よりリヴァイアサンの中では妙に穏やかというか…。

ダウニーに神が憑依…原作でもしてましたが、何というか顔がホラーになってましたよね。
JUDOが憑依したら、どんな顔になるでしょう…。
ジャククトが神の一部…むぅ、そういう解釈も…。
しかし神については幻想砕き独自の設定…ネットワーク云々の辺りに関わってきますので、その辺は随分変わるとおもいます。

…って、オイオイちょっとヤバイのと違いますか?
この辺、管理人さんに要注意ポイントとしてチェックされてる気がするのですが…。

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