インデックスに戻る(フレーム有り無し

▽レス始

「霊能生徒 忠お!〜二学期〜(十五時間目)(ネギま+GS)」

詞連 (2006-11-19 23:09/2006-11-21 15:09)
BACK< >NEXT

「うわぁっ!すごいね、史伽!」
「うん、高いです、お姉ちゃん」

 鳴滝姉妹がガラス窓に顔を寄せる。
 二人の眼下に、大阪の町が広がっている。

 彼女達がいるのは大阪のほぼ真ん中に建つ、奇妙なビルの上だ。
 梅田スカイビル。
 173メートルの二本の高層ビル。その間を跨ぐように連結された凱旋門のような形をしている建物だ。周囲にそれに匹敵する高さの構造物がないために、スモッグに霞むまで視界を遮るものはない。
 その二つのビルを連結している部分にある展望台からは、ビルの北から西へと流れる慎淀川が見える。

「あ、あれ見て!観覧車があるですよ!」
「えっと…HEP FIVEの大観覧車だよ」
「乗ってみたいなぁ」

 ガイドマップ片手の桜子と一緒に、楽しげにしている鳴滝姉妹を見て、釘宮と柿崎は苦笑しながら囁きかわした。

(…よかったね、二人とも元に戻ったわよ)
(うん…けど、ふたりとも昨日の夜、何があったんだろ?)

 昨日の夜ほどではなかったが、鳴滝姉妹は目が空ろだった。特に通風孔や狭い穴が目に入ると

「祟られる食べられる呪われる取り憑かれる祟られる食べられる呪われる取り憑かれるっ……」
「あわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわっ……」

 何かトラウマが喚起されるらしい。どうもラブラブキッス大作戦の時に何かあったようだが、それを聞いてみても

「なんでもないじょ?」
「そぽです。なんでもなぴです」

 と、明らかに何かあったとしか思えない様子で、そんな否定を繰り返すだけだった。

「ま、何にしても元気になって良かった良かった」

 釘宮は言いながら、自動販売機でジュースを買う。柿崎と桜子も鳴滝姉妹とは別の方向を向いていた。それが起こったのはまさにその瞬間だった。

 鳴滝姉妹の目の前、高度200メートル近いガラス窓の外を、大小二つの人影が、上に向かって飛んでいった。
 しかも二人はその人影と、一瞬だけだが目が合ってしまった。


「おーい、二人ともジュース飲む…って、どうしたの?」

 振り返った釘宮が、真っ白になって硬直していた鳴滝姉妹に声をかけた。だが立ったまま気絶していた二人とも、当然ながら答えなかった。
 そんな少女達から、一人の人物が離れていった。


 鳴滝姉妹の心に新たなトラウマが刻み込まれた直後、その数メートル頭上、強風が吹きぬける屋上に突然霧が生じた。その霧は強風に嬲られながら、しかし吹き散らされるどころかむしろ集まり、やがてはっきりとした容をえた。
 それは金髪の白皙――ピートだった。
 ピートは、一般立ち入り禁止であるはずの場所にいる、自分以外の二人の人影に声をかけた。

「やっぱりあなたでしたか、エヴァンジェリン」
「こんにちは、ピートさん」
「箱入り息子殿か?護衛はどうした?」

 エヴァンジェリンはビルの端に腰をかけたまま振り返ることもなく、茶々丸はエヴァの斜め後ろに立ちながら、ピートに深々と礼をする。

「護衛はしていますよ。何かあったら天井を破って助けに入ればいいですし」
「ほう。ただのお上品な世間知らずのままだと思っていたが、少しはましになったようじゃないか」
「そんなことより、あの鳴滝さん達、またトラウマを負ったようですが」
「心配ない。能天気なあいつらのことだ、すぐに忘れるさ」

 エヴァと茶々丸はここに飛んでくる途中、展望台のすぐ横を通った時に二人と目が合った。
 あの時は流石にヒヤッとしたが、他に誰にも目撃されていないことだし、問題ない。

「で、一体何の用だ、ピエトロ・ド・ブラドー」
「それはこちらの質問ですよ。
 こんな所で何をしているんですか?」
「待っているのさ。ここなら目立つから探しやすいだろう」
「ふむ、考えることは同じらしいな」

 突然、背後から降ってきた声に、ピートと茶々丸ははじかれたように身構えた。
 背後、展望台施設の中央ほどに、それはいた。
 現代文明の象徴である高層ビルの上、直衣を風になびかせた烏帽子姿は、まるで白昼夢のような非現実性だった。だが放たれる霊力のプレッシャーが、それが幻なのではないと告げている。

「徒なりと 名にこそ立てれ 桜花 年に稀なる 人も待ちけり。
 桜はないが良くぞ来たな、毛唐の小娘」
「今日来ずは 明日は雪とぞ 降りなまし 消えずはありとも 花と見ましや。
 小娘はやめろ。私をそう呼ぶ老いぼれは一人で十分だ。それと、いるならそちらから声をかけろ」

 ゆっくりとエヴァンジェリンは振り向いて、殺意を込めた眼光で道真を射抜く。しかし射抜かれた道真の反応は、小さな失笑ひとつだった。

「何が可笑しい?」
「妖怪に過ぎぬ吸血鬼ごときが荒神たる私に張り合おうとしていることがな。
 身をわきまえろ。燕雀が鴻鵠に勝てるなど思っているのか?」
「ハン!自らを神とは随分と威勢がいいじゃないか、道真公の残りカスが」
「……何だと?」

 ここに来て、道真の雰囲気が変わった。
 エヴァはそれに気をよくし、傍で聞いていたピートは顔色を青ざめさせる。

「ちょっと!エ、エヴァンジェリン!あまり挑発しては…!」
「京の怨霊よ。横島から貴様のことは聞いた。
 貴様は天満宮の学問の神、菅原道真公が神格化する際に棄てた怨念に、魔神アシュタロスが力を与えて作り上げた存在なのだろう。
 虎の威を借るゴミクズ狐が神を名乗るとは、驚嘆の極みだ」
「おのれぇっ…!」

 そのことは道真の逆鱗だった。
 ピートの制止もむなしく言い切ってしまったエヴァの言葉に、道真は激昂し霊力が高まる。その霊力に呼応して晴天だったはずの空に、真っ黒な雷雲が立ち込め、雷光が駆け抜ける。
 いつ落雷があってもおかしくない状況で、しかしこの状況の原因となった人物とその従者はのんびりとした様子だった。

「マスター。敵霊圧上昇。八千マイトを突破しました」
「ふふっ…そう来なくてはな」
「助太刀しますよ」

 ピートも覚悟を決めて言うが、エヴァは首を横に振る。

「手を出すな。アレは私の獲物だ。
 それに、貴様には何も知らない一般人を守る役目があるのだろ?」

言ってから、エヴァンジェリンはコンクリートを軽く蹴って、空中へと舞い上がる。
 それに続いて茶々丸が飛び、道真もゆっくりと浮遊する。

「さあ、始めようか、怨霊?」
「良かろう。その不分相応な減らず口、二度と利けんようにしてくれる」


 西日本最大の都市、大阪のど真ん中で、真祖の吸血鬼と日本最大級の怨霊が激突する。


霊能生徒 忠お!〜二学期〜 十四時間目 〜ソードのキングの逆位置(無法地帯)2〜


「で…いきなり閉じ込められちゃった、と」
「す、すみませ〜ん」
「責めてるわけじゃないけど…」

 けど、これはいくらなんでもかっこ悪いなぁと、アスナは頬杖を付きながら、左右をみる。
 アスナとネギは、千本鳥居の道の途中にあった休憩所の椅子に腰掛けている。アスナが左右を見れば、鳥居が無限に続いていた。
 そう、比喩ではなく実際に無限にだ。

「でさ、ちびせつなさん。その、ムケン商法だっけ?どうにかならないの?」
「すみません。何か鍵か、術の中心を見破るか。さもなければ術その物を破壊すれば可能ですが…。それと無間方処です」

 どうやら今自分達がいるこの場所は半径五百メートルでループしているらしい。先ほどネギが空中からの脱出を試みたがそれにも失敗している。

「…それじゃあ、期待はしてないけど、カモ。アンタは何かアイデアはない?」
「酷っ!期待はしてないって、なんスカ姐さん!
 もう一つこういう結界を破る方法ってのはあるんだぜ!」
「えっ!?」
「ほ、本当かい、カモ君!?」

 アスナとネギは尊敬交じりの視線をカモに向ける。カモはそれを受けて自信満々に言った。

「こういう結界は自然界の摂理を力ずくで歪めて作ってる。つまりどこかに無理や矛盾が生じてるのさ。そこを見破って突いてやれば、一発さ!」
「へー、なるほど。アンタただのエロオコジョじゃなかったのね!
 で、その矛盾ってどこ?」
「それは……………すんません」
「やっぱダメじゃない!」

 アスナは一瞬でも期待した自分がバカだったとうなだれる。
 困ったことになった。
 外には横島さん達がいるからこのまま永久に閉じ込められる、ということはないだろう。だが敵がまだ狙っていると明らかになった以上、他の人たちがすぐに来れそうにはない。五班の護衛にいる刹那か横島のどちらかは動けるが…

「ねえ、まだ横島さんと連絡はつかないの?」
「はい。本体の方はお嬢様の護衛から離れられませんし、横島さんは携帯を切っているらしくって」

 横島はあの二人組みの子供を追いかけて行ったっきり音沙汰なし。横島のことだから心配ないだろうが…。

「不味いぜ。多分向こうは俺っち達を足止めしている間に全戦力で木乃香の嬢ちゃんを確保して、その後で俺っち達を料理しちまう腹に違いねぇ」
「時間が経てば経つほど、こっちが不利ってことだね」

 敵が動き出す前に、何とか脱出して親書を届けなくてはいけない。
 親書さえ届けば護衛対象は一つに絞れるし、それに上手くいけば西の長――木乃香の父親が東洋魔術師を護衛に回してくれるかもしれないのだ。

「やはり…ここは横島さんに渡された文珠の出番では?」
「そうなんですけどなんてイメージしたら良いか…」

 ネギはポケットの中から文字の込められていない文珠を取り出す。アスナとネギは、二人で四つの文珠を横島から受け取っている(ネギは昨日道真に襲われて文珠を消費してしまったが、今朝、新たに二つ貰った)。
 その文珠を利用すればあるいは脱出も可能かもしれないが…

「《解》とかじゃだめ?」
「ダメだと思いますよ。この結界は魔法ですから。霊能では魔法は解けません」
「じゃあ、普通に《出》るじゃあどう?それか脱出の《脱》とか」
「それもありかもしれませんが、やっぱりイメージが難しくって…」

 壁のような具体的な何かに囲まれているなら楽だったが、壁もなく、ただ無限に続いている空間から脱出するというのは、いまいち想像がつかない。

「やっぱり…助けを呼ぶしかないですね」
「けど…どうするのよ?助けって言っても横島さんとは連絡が取れないんでしょ?」
「はい。実は横島さんから新しく貰った文珠に、既に文字が刻まれたのがあるんですが…」

 ネギはそう言うと、ポケットからもう一つの文珠を取り出した。
 その青いガラス球の中には《召》と込められていた。


「うわはっ…!?」

 三つ子の魂百までという言葉がある。意味は言うまでもない。

「う゛わ゛っ!

 人に染み付いた性根というものは、いくら時と験を経たとしてもそうおいそれと変わるものではない。

「ほはひいっ!」

 現にここに一人、昔の面影がないほど強くなったはずなのに、血風逆巻く過去を経てきたはずなのに、

「のあえうあ゛ー!?」

 こと回避に専念した場合、昔ながらの情けない醜態を晒す奴がここにいた。

「真面目にやりな!」
「ま、真面目にやっとるわいっ!」

 メドーサの怒声に、まるでゴキブリのような挙動で、横島は四つんばいで壁をよじ登って屋根の上に逃げた。
 その逃げる速さと挙動の情けなさに歯噛みをしながら、メドーサは超加速の体勢に入る。
 だがその直後、メドーサに背中を向けていたはずの横島は反転して、霊力をこめた言葉を放った。

「再動!」

 横島の言霊に呼応してメドーサの足元、横島が足場にした瓦に霊力の光が灯る。
 横島が走る時に足場にした、サイキックソーサーだ。

「サイキッククレイモア!」
「効かないね!」

 メドーサは超加速用に練っていた霊力を防御に回し、霊力の礫の中を力任せに突っ切る。目指す方向は、サイキッククレイモアを発動させるために立ち止まった横島。

「はぁっ!」
「おぅっ!?」

 メドーサが振り下ろした槍を、横島が栄光の手で受け止める。

「逃げようったってそうは行かないさ。もっと楽しんでいきな」
「くっ…これで相手がメドーサじゃなければ最後まで一緒させてもらうんだけど…なぁっ!」

 言いながら横島は蹴りを叩き込む。しかしメドーサは矛の柄でそれを受け、更に短く持った刃で横島の胸元を狙う。横島は仰け反りってそれを避けそのまま重力に任せて、屋根から落ち

「サイキックブースト!」

 更に空中に足場を形成して加速。ただし作ったサイキックソーサの爆発の方向は負担と異なり、自分の足の裏へだけではなくその反対側――追いすがるメドーサにも向けられる。

「ぬはははっ!名付けて!サイキックイタチの最後っ屁!」
「…っ!ふざけた名前を…!」

 高笑いを挙げて逃げる横島の耳に、メドーサの悔しげな声が聞こえる。
 おそらく直撃を受けたのだろう。ダメージは大きくないだろうがめくらましには十分だ。
 横島はそのまま逃げようとして―――しかし再び反転、タロットを構える。

「天蝎!四大を以って坎象を成せ!」

 横島の言葉と同時に、メドーサは跳躍。メドーサが一瞬前まで立っていた地点を中心に、一気に気温が下がりアスファルトに霜が降りる。だがそれにとどまらず、冷却が終わった次の瞬間には、アスファルトはまるで踏みつけられたスチロールのようにグズグズと砕けた。
 だがそれは誰にも見届けられることはない。術の発動が確定したときには、横島もすでにメドーサの後を追って跳んでいた。
 一度空中で、サイキックソーサを足場にして屋根に上がり―――

「ひわっ!?」

 情けない悲鳴を上げてから突然に這い蹲る。その頭上をメドーサの槍が横薙ぎに過ぎていった。横島はそのまま後ずさってから立ち上がる。
 その光景を睨みながら、メドーサは悪態をつく。

「攻撃している時はしゃんとしているくせに、回避に徹するときはなんでそんな無様なんだい!?」
「しょうがないやないか!染み付いてるんじゃ!」

 言いながら横島は霊波刀を構えて、メドーサと向かい合う。

(くぅっ…隙が全然見当たらん…!)

 剣を構えながら、横島はあらゆる逃走経路を考案し、しかしその全てに自らダメだしをする。
 メドーサと二人きりになってから、横島はその行動のほとんどを回避と逃走に傾けてきた。だが回避には成功しても逃走はいくら試みても不可能だった。
 それはメドーサの槍術の巧みさもあるが…

(それ以上に超加速が厄介だ…!)

 先ほどの決定的な逃走のチャンスを不意にしてメドーサに攻撃を仕掛けたのも、そのことが理由だった。
 いくら距離を稼いだところで、視界に捕らわれている状態でメドーサに超加速を使われたらアウトだ。そのことがネックとなり横島は逃走できずにいる。

(《転》や《跳》で瞬間移動は、結構集中が必要だから無理だし、こっちも超加速すればいけるかも知れんが…)

 だがそれはかなりのリスクがある。なぜなら現在横島の手元には文珠が六つしかないのだ。昨日の夜の段階で十二個あったが、道真との遭遇でネギが消費した分の穴埋めとして二個、さらに西条、ピート、瀬流彦、そして真名に一個ずつ、計四個。つまり六つ手放してしまった。

(《超》《加》《速》は三文字消費。使っちまえば《一》《時》《開》《封》が出来なくなるし、そもそもメドーサ達の超加速より発動時間が短いからなぁ…)

 文珠による超加速は、文珠に込められた霊力のみで発動している。それに対して、メドーサは自身の魔力と集中力が続く限り超加速を続けられる。文珠の超加速にはそれほど集中力が必要ではないが、発動時間が短く、仮に延長したいなら《延》や《続》の文珠を利用しなくてはいけない。

(リスクが高すぎるっつーの)

 これでは千日手―――いや、タロットに込められた霊力や自分自身の霊力、体力を鑑みれば、横島の方がジリ貧だ。

(チクショー!あのガキ共を追跡なんてしなきゃ良かった!)


(一体、こいつに何があったんだい?)

 余裕の表情の下で、メドーサは舌を巻いていた。
 理由は横島のあまりの豹変振りだった。

 横島が『人界最強の道化師』と呼ばれ、その噂を耳にしたとき、メドーサは半信半疑だった。
 確かにアイツは何度となく自分の目論見を打ち破り、一度目の滅びの切欠を作り、そして二度目の滅びでは言い訳も出来ないほどの完敗に終わった。
 だが、それはあくまで様々な要因が合わさってのこと。彼単体ではどうにもならなかった。横島自身はあくまで場をかき回すジョーカーに過ぎない。横島は場をかき乱しチャンスを生み、仲間をサポートするのが本分で直接的に状況を動かすような奴ではなかった。

(それが…今のこいつはなんだい!?)

 確かに目の前にいるのは横島だ。逃げる時は情けない悲鳴を上げ、しかしどこか余裕を感じさせるふざけた態度をとる。その様子は綱渡りをするピエロのようだ。
 だが、それだけではない。
 自分が超加速に入ろうとすれば、すぐさま的確な攻撃を入れてくる。その攻撃にひやりとしたことは一度や二度ではない。

(僅か数年――あの坊やがここまで腕を上げるとはね…)

 自分達神魔とは違い、人間は寿命が短い分急速な変化を遂げるものだと、メドーサとて理解している。だが、この成長は異常だ。
 今の横島は自縄自縛の女性化中であり、力が大幅に抑えられている。その状態で上級魔族である自分と遣りあうとは…。

(人界最強の道化師……どんな地獄を見てきたんだろうねぇ?)

 横島がその二つ名を貰う理由となった一年近くの逃亡。その事をメドーサも調べた。くわしことは情報が錯綜している上、神魔双方の上層部が機密にしているために解らなかった。だが、大体の経緯は掴んでいた。
 神族の反デタントを標榜する急進派――本人達は正道派と名乗っている――が、力を付けすぎた横島を殺害し魂を回収、あわよくば自分達の手駒にしようと画策し、それが引き金となり、魔族側の急進派も横島の魂を狙いだした。
 だが横島はそれらを撃退した。その知らせを受けた他の派閥――特に中立派の神魔の一部が、急進派たちが唱える『横島忠夫という人間が対立陣営に組した場合の危険性』という大義名分に呼応。横島忠夫の魂の回収に乗り出した。
 だが横島はそれすら退け、逃亡を続けた。その結果がさらに『横島の危険性』を証明し、中立派だった者達が、次々と横島討伐を唱えるようになっていった。
 結果、神魔首脳部や小竜姫やワルキューレなどの横島に好意的な神魔達が動くより前に、神魔両陣営の大多数が横島忠夫の討伐を唱えるという状況になったということらしい。
 世界を救った英雄は、その力故に命を狙われる存在となった。

(散々利用されてから、神界からも魔界からも捨てられた、か)

 メドーサは自分――厳密には自分の核となった存在に重ね合わせて、同情と憐憫を覚える。
 メドーサの本体は、ギリシャ神話にでてくる怪物ゴルゴーン姉妹の一人――メドゥサの首だった。ペルセウスに刎ねられ、アテナの盾アイギスに付けられていたメドゥサの首。ギリシャ系の神々が信仰を失い地上を去り、その際に遺されたアイギスからその首を回収して、アシュタロスが作り上げたのがメドーサだった。
 かつて一地方の土着神だった自分が、ポセイドンに見初められ無理やり愛人にされ、しばらくすると周囲の都合で化け物に身を堕とされ、そして英雄の名声の糧として殺される。

(まあ、こいつの場合はしっかり救いがあったようだけどね)

 しかし自分とは違い、横島は今もこうしてのほほんと日の下で暮らしている。
 そのことに対する嫉妬が、メドーサの胸のうちに生まれた僅かな感情を焼き焦がし、黒々とした殺意を立ち上らせる。

「さあ、逃げないのかい?こうしている間にアンタの大切なお友達がどうなっているのかねぇ?」
「くっ…えええいっ!こうなったらやっちゃるわ!」

 言われて、横島は一か八か正面からやりあって倒すしかないと腹を決め、文珠を取り出す。だが、それを邪魔するように、横島の服のポケットからアラームのような音がした。
 メドーサは携帯電話か何かだと思い無視するが、横島はそれに僅かに驚き、それから笑みを浮かべて、ポケットに手を突っ込んで、

「ナイスだ、ネギ!」

 取り出したのは《喚》の文珠。それだけでは喚くというだけで何の意味もない文珠だが、しかしそれは発動し別の効果を生む。その文珠から霊力のラインが伸びた。その方向は、関西呪術協会の総本山がある方向だった。
 空間転移をするつもりだ。気付いたメドーサは間合いをつめる。

「させないよ!」

 空間転移や瞬間移動は超加速ほどではないが集中を必要とする。攻撃すれば集中が阻害され失敗するはず。メドーサはそう目論見ながら槍を突き出す。
 横島は即座に栄光の手でそれを掴んで動きを止める。そこまではメドーサの読みどおりだった。だが、文珠の発動は続いている。

「!?な、なぜ!」
「文珠を使っているのが俺じゃないからだ」

 横島は言いながら左手にサイキックソーサを作って、至近距離からメドーサに叩きつける。メドーサはバックステップをしながら、飛んでくるサイキックソーサを叩き落とす。
 それで生じた隙を突き、横島は文珠を発動させた。

「《召》《喚》!」
「待ちな!」

 メドーサは矛を投擲する。しかし二股に分かれた先端が横島を貫くより早く――

「さらばだ明智君!また会おう!」

 謎の言葉を残して、横島はその姿を消した。
 メドーサの槍は、虚空を抜けて、向こう側の屋根に突き刺さった。

「逃がしたか…。まあいいさ。十分足止めは出来たからね」

 舌打ちをしつつもメドーサそれ程後悔は感じていなかった。
 あの横島と本気でやりあっていれば、下手をしたなら敗北したかもしれない。自分の目的は横島への復讐だが、そのために命を捨てるつもりは毛頭ないのだ。

「さてと、千草とでも合流しようかね。と、その前に…出てきたらどうだい?」
「ばれてたか」

 建物の影から、奇妙な風体の男が現れ宙に浮かぶ。
 それは、ラッパをもった斑模様のピエロ―――悪魔パイパーだった。その手には、大量の風船の紐が握られていて、まるで風船につかまって浮かんでいるかのようだった。

「このパイパー様の助っ人が欲しかったのか、メドーサ」
「ハン、冗談じゃない。いたところで邪魔なだけだったさ。せいぜい二、三手横島の攻撃を引き受ける囮になっただけでね。
 それより、下準備は出来てるんだろうね?」
「もちろん。アンタに渡してもらったコイツが役に立つ」

 言いながら見せるのは、金色の針だった。

「レプリカだが、俺の力が増幅される。もっともせいぜい一度に二十人が限界だがね」
「それで十分だろ?」
「ああ。だがいいのか?あの千草って女は魔法使いで、今の魔法使いは自分達の存在を隠してるんだろ?あんまり大きなことをすると手を切られちまうぞ」
「いや、だからこそさ。あの女は半端もんだからね。もう逃げれないって状況まで追い込んでおかないと、いつ逃げ出すか分かったもんじゃない。それに…あの女にはスクナさえ召喚してもらえばいい。その後のアイツの立場なんて知ったことじゃないだろ?」
「それもそうだ!そうと決まればもう一仕事!」

 パイパーは笑いながら笛を口に突ける。
 テュラテュラという楽しげな、しかしどこか狂気を孕んだ笛の音が響いた。


「ふぅ、助かったぜ」

 横島は空中を飛びながら冷や汗をぬぐう。ただし、横島が飛んでいる空中は、普通の『空』ではない。視界の全ての建物が、まるで陽炎か何かのように揺らいで見える。
 ここは異相空間――わかりやすく言えば横島はワープしているのだ。

「ネギが呼んでくれてよかった」

 言いながら、横島はまだ明滅している《喚》の文珠を見つめる。
 横島はネギに渡した文珠のうち、一つに《召》と込めておいたのだ。そして手元には《喚》。
 これによりネギが《召》を使えば《喚》を持つ横島が《召》《喚》されるというわけだ。

「ネギを助けて親書を届けさせたら、後はとんぼ返りで木乃香ちゃんの護衛だな」

 親書が届けられれば千草の企みは破綻。となれば、木乃香誘拐や特使妨害の罪への沙汰を待つ彼女としては、少しでも身辺を綺麗にすべく手を切るはずだ。魔族とつるんでいると言うのは魔法界でもあまり良い印象をもたれないらしい。
 だがその場合、メドーサ達が木乃香の力を狙っているのだとすれば、ほぼ確実に手段を選ばずに来るはずだ。

「何とかして西の連中から護衛の要請か、オカルトGメンが関西に入れるように便宜を…って、なんだありゃ?」

 横島は視界に入ったそれを見て、思考を中断する。
 それは、ドームだった。梵字が高速で表面をめぐる光のドーム。周りの建物が蜃気楼のように実体がないのに対して、その存在だけがくっきりと見える。
そして、それは横島の進行方向に聳え立っている。

「ま、まさか結界か!?」

 光の壁の正体に気付き、横島の顔から血の気が引く。
 現在の横島はワープ空間――いわゆる現実から少しはなれた場所にあり、通常の物質では触れることは出来ない。現に今まで、進行方向にあったビルを突き抜けてきたが、全く問題はなかった。だが…

「け、結界とかも突き抜けれるよな?れるよな!?」

 祈るように自分に言い聞かせる横島。そうこうしている間に、壁はどんどんと接近して…


 ネギが横島を召喚する少し前、二人の少女が千本鳥居の前にいた。

「ここ…かなぁ?」
「多分間違いないでしょう。目撃証言からしてこの神社が一番怪しいです」

 大きな鳥居を見上げるのどかに、夕映は迷いのない口調で答えた。


『ゴキブリのよーに逃げるぅぅぅぅぅぅっ!』

 と、駅で振り切られた二人だったが、しかし諦めなかった。というより、諦める必要がなかった。なぜなら

「オレンジ色の髪をした左右の瞳の色が違う少女と、大きな魔法使いの杖のようなものを持った外国人の少年。目撃証言を得るのは容易いことです」

 というわけだ。その目撃情報からして、二人がこちらの方に向かっていったのは確実だ。
 しかもちょっと行った先の野菜の路地販売をしていた老人に尋ねたところ、ネギ達は通ってないらしい。ならば、ここに入ったのは確定だろう。

「デート、なのかなぁ?」
「それはないでしょう。ネギ先生は昨日告白されておいて、次の日にアスナさんをデートに誘うような人ではありません。まして、アスナさんの趣味は渋い大人の男性です。
 やはり何か秘密があります。こう、血沸き、肉踊るようなスペクタクルが…!」

 夕映は拳を握り締める。そう、きっと何か平和にして惰性的な日常を打ち破る何かがこの鳥居の先で私達を待っているに違いないのだ。
 だがのどかは不安を拭い去れていないようだった。

「け、けど……横島さんが危険だって言ってたし…死ぬかもって…」

 死。その単語に夕映は少し、自分の気持ちが冷めるのを感じた。いや、冷めるというより凍りつくというのが正しいかもしれない。
 思い出したのは昨日の夜、あの鬼に睨みつけられた時の恐怖だった。このままこの鳥居を潜り抜ければ、またあの鬼と出会うかもしれない。そして、今度は横島が助けに来てくれるとは限らない。そのまま、自分は、あの爪で…

(いえいえ!弱気になってどうするのですか!?)

 頭をもたげてきた想像を夕映は振り払う。
 危険?上等ではないか。それだけのリスクがあったとしても、退屈な日常の中で人生を浪費するより遥かにましだ。

「時間が惜しいです。行きますよ、のどか!」
「あ、ま、まってー」

 夕映はのどかを引き連れて、階段に一歩足をかけ…


ごいん


『?』

 音がした。なんというか、鐘を突いたような音だった。どこか遠く、例えばこの鳥居の先から聞こえてきたのかとも思ったが、しかし音源はすぐ近くだった。
 夕映はそのことを不審に思ったが

「(今はそれよりもネギ先生です)早く行きますよ、のどか」

 そう言って、立ち止まったのどかの手を引く。
 だがのどかは歩き出そうとしない。不審に思って夕映は振り向きのどかに声をかけようとして、のどかの異常に気付いた。のどかは目を丸くして、前方斜め上を見上げていた。
 一体なんだと思って、夕映ものどかの視線の先を目で追って

「!?」

 そして夕映も、のどかと同じように目を丸くして立ち尽くした。
のどかが見ていたのは、人間だった。
 マント付きの黒い服。手足にはプロテクターが付き、所々が赤く塗られている。来ている主は女性らしく、比較的細い骨格に、黒く艶やかな髪をしている。
 まあ、それだけなら変な格好で済むだろう。だが、問題はその女性の体勢だった。

 彼女は―――空中にへばり付いていた。
 何もない虚空のはずなのに、まるでそこに透明な壁でもあるかのように、大の字になってへばりついている。走っている車のフロントガラスに衝突した羽虫。それを想像してもらえば早いかもしれない。
 空中で大の字になっている女性と、それを見上げる二人の少女。そのシュールな硬直状態は、空中に貼り付けにされている女性の方から破られた。

 きゅきゅきゅ…

 と、まるで、ガラスを布で拭いているような音を立てて、女性の体が空中を一メートルほどずり落ちてから…

 べちゃ

 落下した。
 妙に痛々しい音を立てながら、仰向けに落下した黒服の女性。落下地点はのどかと夕映の数歩先、ちょうど階段がひと段落し、踊り場のようになっているところだった。
 その仰向けになった女性の顔に、のどかと夕映は見覚えがあった。
 バンダナをした、目のぱちりとしたのが特徴の美人。

『横島さん…?』

 二人の声が聞こえていないのか、黒服の女――横島忠緒は目を回しながら呟いた。

「な、なんでこんなところに結界があるんじゃ…」


 結界に横島が衝突した音は、無間方処の中にも響いていた。
 それを、石畳の敷かれた道の左右に茂る竹林の中で、効いている二人組みがいた。

「ん?なんや、今の音?」
「鐘、かなぁ?」
「……まあ、何でもええわ」

竹林の中で小太郎は面倒くさそうに呟くとごろりと横になる。それをケイが見咎める。

「だ、ダメだよ、コタ!ちゃんとあの人たちを見張ってなきゃ!」
「ええってええって!どうせ何も出来へんやろ。それに強くもないっぽいし」
「そりゃ、そうだけど…」
「あーあ。つまらんなぁ」

 欠伸をしながら小太郎は空を見上げた。


「何?今の音?」
「…さあ?」

 文珠が発動してから数秒後、なにやら鐘を突いたような音が響いた。
 どこから、というわけでなく、なんというかこの結界全体に響くような感じだった。

「…それより、横島の姐さんはどうしたんだ?」

 カモは左右を見渡すが、しかし横島の姿はどこにもない。
 ネギは《召》の文珠を握ってた手を見つめる。しかしそこには既に文珠はない。
 横島の話だと、文珠は多くの場合、発動に失敗した場合は消えずにそのまま手元に残ると効かされている。ということは、しっかり成功したはず。
 では一体?
 そんな中でちびせつなが何かを思いついたらしく顔を上げた。

「ひょっとしたら…」
「えっ、なにかわかったのちび刹那さん」
「あ、はい。あの最初の鳥居を挟んで内側と外側には、防衛のための結界が敷かれているんです。ひょっとしたらそのせいで、横島さんが入ってこれないんじゃないかと」
「なるほど。けれどそれって、横島さんがこの無間なんとかのすぐ外まで来てるってことよね?」
「はい。この推測が正しければです。
 やはり私達も独自に脱出方法を考えなくては…」

 それに、仮に横島が来たとしても横島が何とかしてくれるとも限らない。何せ横島は霊能力者、魔法は専門外なのだ。

「術を破るって…やっぱり呪文かなんかなの、ネギ?」
「いいえ、そうとは限りません。何らかの動作だったりアイテムだったりが鍵になってる場合があります。他にもさっきカモ君が言ったように術の矛盾を提示して、術の存在自体を保てなくするというのと、後は術の中心を物理的に破壊するのも手段です」
「どれもこれも現実的ではありませんね」
「普通は鍵を探すのが定石だけどなぁ…」

 言いながらアスナ以外の三人は無言で考える。それを見てしまえば、頭脳労働が苦手と自負しているアスナも、何も考えるわけにもいかない。

(ネギ達が思いつかないんじゃ、私の頭ではどうしようもないじゃないかな?
 えっとこれを破るには、開けゴマみたいなキーワードみたいなのを探すか、術の矛盾を突くか…って矛盾って何?まあいいや。あとは術の中心を壊すかよね。
 最後のが楽そうだけど、術の中心って一体どこに…。
 術の中心…この鳥居の道の中心…。
 鳥居………あっ!)

 アスナの中にあるアイデアが浮かんだ。いける。普通は無理かもしれないが、この面子ならこれならいけそうだ。

「ねえっ!じゃあこれならどうかな?」
「アスナさん、何か思いついたんですか?」
「ふっふ〜ん。要は術の中心を壊せばいいんでしょ?」
「そ、そうですが、アスナさん、術の中心がどこだか分かったんですか?」

 ちびせつなの問いに、ネギとカモも頷く。
 普段バカレッド呼ばわりされているアスナはその状況に鼻を高くする。

「簡単じゃない。千本鳥居って言うくらいだし、そうなれば当然この鳥居のどれかが術の中心よ、きっと」
「そりゃそうかも知れねーけど、それじゃあ一体どの鳥居なんだい、姐さん」
「解らないわ。けど問題ないでしょ?」

 自信ありげな笑顔を浮かべたアスナは、満面の笑みで鳥居を指差し

「要は全部ぶっ壊せばいいんだから!」

 それはある意味、下手に深く考えない単純な―――彼女の幼馴染の親友に言わせれば『体力バカのお猿さん』だからこそ考え付いたアイデアだった。


 比較的知性派の三人に、アスナが超体育会系な解決策を提示した頃、ようやく頭が正常に働きだした横島が夕映とのどかと向き合っていた。

「で、夕映吉。一体こんな所で何をしてるんだ?」
「観光です。横島さんのほうこそ一体何を?」
「観光だ」

 双方もろばれの状況で、まっすぐ目を見据えながら嘘をつく。
 その間で、のどかがおろおろしていた。

(どどどど、どうしよー!)

 個人的にはネギを追いかけたい。
 危険なのは怖いが、しかしネギと一緒にいたい。それに夕映の言う不思議にも興味がある。

(だけど、横島さんが…)

 朝の時の横島を思い出すと、自分なんかが踏み込んでいいような話ではないという気がしてくる。
 ネギへの思慕とスリルVS横島の知られざる一面への恐怖と危険のリスク。のどかの心の中の天秤の横棒は、その双方の重みによって二つに折れそうだった。
 一方、のどかがパニック寸前になっている目の前で、横島が小さなため息をついて一言。

「…帰れ」
(…!)

 横島の声、それはのどかが今朝、立ち聞きしてしまった時の横島の声だった。のどかはその会話の内容と共に、あの時の恐怖を思い出して身を竦ませて震える。
 夕映も同じだったようだ。とてつもない衝撃を受けたように身を硬くするが、しかしそれでも目をそらさなかった。

「…いやです」
「危険だぞ」
「承知の上です」
「嘘付け」
「本当です」
「解ってないからそんなこと言えるんだ」
「説明を受けていないのに分かるはずありません」
「……」

 夕映の言葉で、間をおかない言葉の応酬がストップする。

「GSのお仕事の関係ではありませんね?」
「ああ、だったら秘密にする理由はないからな」

 観念したように横島は言う。夕映は更に問い詰めようとするが、それより早く横島が動いた。
 身構える夕映。だがそれは杞憂だった。横島は正座で座ると額を地面に擦り付けた。

「頼む!帰ってくれ」

 土下座。のどかと夕映が横島の行為の名前を思い出したのは、横島がそう言った時だった。

「や、やめてください!だから理由を…」
「理由は聞かないでくれ!答えたら巻き込んじまう。詳しい話は安全になってから、ネギの許可を取ってからしてやる。だから今日は帰ってくれ!」

 夕映は戸惑いながら、横島を立たせようとするが、しかし横島は深々と頭を下げて土下座したまま、梃子でも動きそうにない。
 その様子を、のどかは呆然として見ていた。
 土下座なら、ギャグやら冗談でやることはある。だが本気で、文字通りプライドや尊厳を全て投げ打って誰かに物を頼む、いわば本当の土下座というものを、のどかは初めて見たのだ。

(本当に…本気なんだ…)

 横島は真面目だ。本当に自分達をこの先に行かせたくないんだ。
 そのことを知り、のどかの心は引き返す方向へと完全に傾いた。

「ゆ、ゆえ…。あとで事情を話してくれるって言ってるし…」

 のどかは夕映を見る。夕映も同じだったようだ。横島が本気で、おそらくは自分達を心配して、ここまでしてとめようとしてくれている。そのことに、夕映が気付かないはずはなかった。
 夕映は俯いて、目を閉じ考え込んでいた。
 そして――

「―――ごめんなさい!」

 しかし結論は拒絶だった。
 その言葉を残して、夕映は土下座する横島の横を走りぬけた。


「ゆえ!」


 親友の声を背中に受け、罪悪感に苛まれながら、夕映は駆け出し鳥居をくぐる。
 横島の誠意を無に帰す自分が情けない。
 だが、それでも――

(それでも…私は…!)

 平和で、平凡で、退屈な日常。その中で時間を浪費する。
 そのことが、夕映にとってはたまらなく嫌だった。いっそ恐怖しているといっても良かった。
 その理由の根幹には祖父の死があった。
 大好きな祖父の死。それが夕映に、人生の儚さ、短さを強烈に印象付けた。
 自分が人間である以上、いずれ自分も死ぬ。人生とは短いもの、時間とは有限のものであるという認識。それが夕映に強く根付き、そして急かす。

(無駄にしたくないんです)

 生きている時間を有意義に使い切りたい。
 人一倍聡く洞察力もあり、だからこそ全てが軽薄に見え、興味が持てない 夕映にとって、今この瞬間はまたとない機会だ。
 横島は可能なら後で話すというが、それも正直疑わしい。自分達を危険から遠ざけようと横島が嘘をつく可能性だってある。自分達を想ってくれているのが理解できたからこそかえってそう思ってしまう。
 ここで引いてしまっては、二度と手に入らないチャンスかもしれない。

(ごめんなさい…)

 最後に胸中でそう言って、夕映はさらに加速しようとして…

「そこ避けろ、夕映吉!」

 特徴的な愛称がすぐ背後でする。
 夕映は反射的に振り向こうとするが、それより早く自分の体が真横に吹き飛ばされた。

(!?)

 あまりの衝撃に呼吸が止まる夕映。
 自分の姿勢すら定かではない視界の中で、夕映は自分を弾き飛ばした存在を知った。
 横島だった。
 横島の腕が自分は道の脇に弾き飛ばしたのだ。
 それを知ったのと同時に、夕映の体は道の両脇の手すりにぶつかって止まった。

「きゅふぅっ…!」
「ゆえ!」

 ぶつかった衝撃で、強制的に肺から搾り出された空気による悲鳴と、親友が呼ぶ自分の名前が重なって聞こえた。
 体が痛い。どこが痛いか解らないほどに、体が痛い。
 だが、夕映はそのことで、横島を怒る気にはなれなかった。

(そう…ですか。これが罰というわけですか?)

 好意を無碍にしたのだ。それも仕方ないだろう。

(仕方ないですよね…)

 痛いし、悲しいが、しかしどこかスッキリした気持ちで夕映は、少し涙が滲んだ視界で横島を見る。
 そして、そのとき初めて、自分の勘違いに気付いた。

 ――ずん

 小さな地鳴りが足元から聞こえ、次の瞬間、石畳の一部が隆起し、二枚の巨大な石版が現れた。
 いや、石版ではない。それは鏡だった。
 二枚の鏡は横島を―――今さっきまで自分がいた場所を挟んで向き合って立っている。
 合わせ鏡だ。
 その中央で、横島は夕映を押しのけた手で、何か文字のようなものが入ったガラス玉を握っていた。
 ガラス球は一瞬不思議な色合いで輝いたが、しかしそれだけだった。
 その事に横島は顔色を変える。

「まずっ…土角結界じゃなくて魔…!」

 横島の呟きが終わる前に、鏡が目映い光を放つ。
 そして、まるで横島を押しつぶそうとするかのように近づいてゆく。
 だが横島は、その場にいたまま動かない。

(いえ…動けないのでは…!)

 呆然と、光の中に消えていく横島を見ることしか出来ない二人。
 横島を挟む鏡の距離は、1メートルを切る。その中で、光に呑み込まれながら横島が叫ぶ。

「夕映吉!刹那ちゃんか龍宮に…」

 言葉の最後は、聞こえなかった。
 鏡同士が接触し、その部分からひときわ強い閃光が放たれた。
 あまりのまぶしさに目を瞑る二人。
 光が収まり、恐る恐る目を開けると、そこには何もなかった。合わせ鏡も、横島も、まるで幻であったかのように消え去っていた。だが、幻でないことは、夕映自身の感じる体の痛みで明らかだ。
 つい十秒前まで、横島は確かにそこにいた。そして鏡に挟まれて消えてしまった。
 横島の圧死体がなかったのは救いかもしれないが、だがそんなのは一瞬の慰めにしかならない。
 横島は、消えてしまったのだ。

「そ、んな…」
「ゆえ、大丈夫!?」

 横島が消えたところを呆然と見つめる夕映に、のどかが慌てて駆け寄ってくる。
 のどかも混乱しているのか、目に涙を浮かべ、普段とは打って変わった大きな声で言う。

「ゆえは大丈夫なの!?横島さんはどうしたの!ゆえ、ゆえっ!」
「のどか、お、落ち着きなさい。私は大丈夫です。横島さんは……わかりません」

 夕映はのどかの肩を抱きながら言って、そして、自分の言葉に改めてショックを受ける。
 横島は、どうなったかわからないのだ。
 どこに行ったかはおろか、その安否――いや、生死すらわかっていない。
 それも、自分を庇って…

(私の…せいです)

 横島が自分を突き飛ばしたのは怒ったからではない。
 あの鏡の存在に気付いて、それから身を挺して守ってくれたのだ。
 土下座までしてみせた厚意を拒絶した自分を…

(……いえ、反省は後です)

 自分が間違っていたと泣き崩れても仕方ない。
 罰も叱責も責任の追及も、全て後で甘んじて受けよう。だがその前に横島を助けなくてはいけない。

「横島さんは消える直前、桜咲さんか龍宮さんの名前を言っていました。まずは二人に連絡を取りましょう。
 二人の携帯番号は知りませんから、まずは桜咲さんと一緒に行動しているはずの木乃香に電話します。たしか和泉さんの携帯の番号を知ってましたね?」
「う、うん。包帯とか傷薬とか貰うから…」
「ならば彼女に。龍宮さんと同じ班のはずです」
「うん」

 頷いてのどかと夕映は携帯を取り出す。だが二人の携帯は圏外を示していた。

「あれ?さっきまでは大丈夫だったはずなのに…」
「仕方がないです。駅の方に向かいましょう」

 そうすれば携帯のアンテナも立つだろうと、夕映は立ち上がり、そしてようやく気が付いた。

「入り口が…消えている」

 先ほど自分が横島の言葉を無視して潜り抜けた鳥居はなく、ただずっと続いているような千本鳥居の道が、視界の果てまでずっと続いていた。
 そんなはずはないと、夕映は逆方向を向いてみる。だが、そこにもやはり出口が見えない。

(そんな…私が走った距離はせいぜい10メートルもないはず。それなのにどうして…)

 再び混乱し始める思考。だがその不安定な感情と雑念を夕映は理性で抑え込む。
 そう。むやみに混乱しても仕方がない。
 ただの錯覚や見落としの可能性もある。とにかくこの周辺をもう一度探してみよう。

「ど、どうしよう、夕映!」
「大丈夫です。今まであった道が消えるなんてことがあるはずありません。
 まずはここに何か目印を置いて、ここを中心として周囲の捜索を…」


ドン!


 夕映の言葉の最後を食らうように、地面を揺らすような轟音がした。

「きゃっ!」
「こ、今度はなんですか!?」

 もはや驚きを通り越して疲労すら感じさせる二人の声。
 大きな音はその後も一定間隔で続き、しかもそれに付随して複数の人の声がする。

「だ、誰?何をして…」
「しっ!」

 夕映は唇に人差し指を当ててから、もう片方の手を耳に添える。
 静かな竹林の間を抜けてきた声は、ぎりぎり話している内容が判別できた。


「雷の斧(ディオス・テュコス)!!」
「てりゃ!八本目!」
「いーぞ!兄貴」
「アスナさんもがんばってください」


「これって…ネギ先生!」
「それにアスナさんもいるようです。後の二人は良くわかりませんが」

ここでようやく、夕映は自分達がネギを追っていたことを思い出す。

「とにかく、行ってみましょう。ネギ先生と横島さんは何らかの理由で繋がっていたようですし」
「うん」


「九本目!」
「雷の斧(ディオス・テュコス)!」

 アスナが鳥居の根元を蹴り壊し、ネギは別の魔法で別の鳥居をなぎ倒した。

「これで二人合わせて二十本。順調ですね」
「ああ。仮に鳥居が十メートル間隔で立っていたとして半径五百メートルならあと八十本!実際はもっと少ないだろうから、このまま行けば鳥居を全部倒すのも時間の問題だぜ!」
「ええ、それに全部倒さなくても…えい!」

 ちびせつなは刀を抜くと、何もないはずの虚空を突く。すると、その場所に軽く静電気のようなものが走る。
 それを見て、アスナは目を輝かせる。

「それって!」
「ええ、結界全体のバランスが崩れ始めているということです。どうやら、このまま行けば全部倒すまでもなく道が開かれるかもしれません」
「やった!ほらネギ!ガンガン行くわよ!」
「はい!」

 目に見える効果に、アスナとネギは勢いづいて破壊活動を再開する。
 その光景を、カモは感心半分呆れ半分で眺める。

「しっかし、全部ぶっ壊せばいいってのもすげぇ発想だよな」
「ええ…この鳥居を使った無間方処は頻繁に使われる、最も基本にして最も手堅い罠なのですが……革命ですね」
「革命っつか反則だよな」

 結界を本職にしている術者からしてみれば噴飯ものだろう。だが、それが有効なのだから仕方ない。

「だがよ、このまま敵さん、黙ってみてくれているか?」
「結界内に見張りがいるのだとしたら…」

 確実に来る。

「十一本目!」
「よっ!日本一!」
「がんばってください」
「OK!ジャンジャン行くわよ!」

カモとちびせつなは、応援を飛ばしながら昼なお暗い竹林の中に向けて警戒の視線を飛ばしていた。


 ちびせつなとカモが警戒してる範囲より少し離れた場所で、小太郎とケイはその行為を見て、対照的な反応を示していた。

「ダーハハハハハハハッ!あ、アホや!おもろいアホがおる!」
「む、むちゃくちゃだね。けど…どうするの?本当に脱出しちゃうよ?
 それに、さっき入り口の罠が作動したよ」

 爆笑している小太郎に、呆れた顔のケイが問う。
 化け猫であるケイの聴覚は、ただ優れているだけではない。本来の音以外にも、霊波を音として捉えることもできる。ケイの耳は、結界全体の上げる霊波を、悲鳴のような軋みとして捉えていた。この分では、結界が崩壊し脱出されてしまう。それに結界の出入り口に仕掛けた罠が発動したことも気になる。ひょっとしたら敵の救援がかかったのかもしれない。
 ひとしきり笑い終わった小太郎は腹筋の力で起き上がる。その顔には、先ほどとは違う種類の笑みがあった。
 歓喜の笑みだ。

「そやな。罠の確認もせんとアカンし、そろそろ動くか?
 まずはあのチビスケとねーちゃんや。
 以外に楽しめそうやしな」

 小太郎は涎を垂らさんばかりに魔法使いの少年と、そのパートナーの、おそらく戦士タイプの少女を見る。少年の魔法の威力といい、少女の体捌きといいただの素人ではない。
 一方、楽しげな小太郎に反してケイはどこか浮かない顔だ。

「う〜ん。やっぱり気が重いなぁ。あの人たち、悪い人っぽくないし…」
「そんなことどーでもええやん!要は戦いを楽しめればいいんや!男ならそれくらいわかるやろ!?
 ほなら先に行いってるで!」
「ちょ!男ならって…ああもう、待ってよ、コタ!」

 瞬動術を使い駆け出した小太郎の後を追い、ケイもその場から姿を消した。
 向かう先は、破壊活動を続ける二人組みの方角だった。


 四方も上下も全て同じ材質の壁。だが暗くない。理由は向かい合う壁に設置された一組の鏡だった。そこからほんのりと光が漏れている。
 その部屋にあるのは、二枚の鏡だけだった。
 扉も窓も通風孔も、水道すらもない完全な密室。

「さて、どうするか?」

 そんな不思議な部屋の中で、横島は腕を組んで呟いた。


つづく


あとがき

というわけで、久々に日付の変わる前に更新できたっぽい詞連です。ようしっ!今日はたっぷり眠れるぞぉっ!
 というわけで、実は今日あたりにはもう結界脱出した予定だったのに、書きたいことが増えてまた先延ばし。スクナ、春までに出てこられるかなぁ…。
それはそうと、次回あんな大口叩いていたのに、ケイのバトルデビューは次回に持ち越し。ごめんなさい。
 ではレス返しを。

>通りすがり氏
>あとがきの方にうけてしまった私はどうすればいいでしょうか?
 こんなレスを貰った私こそどうすればいいんでしょうか?

>鉄拳28号氏
 誤字指摘毎度ありがとうございます。
 ケイが何を遣っているのかは、後々。
 夕映は説明を受けていなかったからと、後は上記のような理由です。やはり思春期における身近な人の死って色々あるんですよ。

>七位氏
 別に正義のために戦ってるわけでないので、相手がケイだと分かったら横島はそれ程酷いことできないかも。だってネギ達守ってるのも、上から言われた+仲間だからだし。
 次回もがんばります。

>yoka氏
 ふっふっふ、今回もちぶせつなが大量に出ましたよ。だって『BI』と『BU』は母音がキーボード上で隣通しなんだもん。
 ケイは次回活躍ということになりました。ごめんなさい。

>D,氏
 早速巻き込んでへこみ始めてます。今は非常事態なのでなんとか理詰めで持ってますが…まあ、横島復活後のやり取りを期待してください。
 ザジフラグ…ザジちゃんのキャラ次第では立てたいがなぁ…。

>ロードス氏
 ええ、フルメタですとも。渡来眼は最近近所のビデオ屋で借りてみました。ああいう主人公好きです。

>ひろ氏
 ケイに関してはまだ秘密。
 小太郎はぶっちゃけ千鶴姉さんと夏美ちゃんのもんだしなぁ。あ、けどあの学園祭で出張ってきているちびっ子カップルと絡めれるかな?…無理だろうなぁ、年齢的に。
メド横はこんな感じで引きになりました。また横島のバトル関係で叩かれるかも。

>ZEROS氏
 自分の行動の意味を、他者の犠牲という形で痛感している夕映吉です。

>歌う流星氏
 美神さんって絶対年齢詐称してますよねぇ。
 ま、ギャグギャグマンがですから(笑)
 ケイに関しては、後ほど。

>味噌地氏
 メドーサを抜けたと思ったら、こんどは夕映の身代わりで妙なところに。
 メドの指名手配は…実は上も色々あるんですよ、きっと(汗)

>箱庭廻
どうも、始めまして詞連と名乗っているものです。
 初感想ありがとうございます。TSは私も好きじゃないですがあえてトライしました。つかかいてて横島が女なのを忘れている作者ってどうよ?
 次回もご期待に沿えるようにがんばります。

>ナイヅ氏
 謎の生物人形はウーパールーパーかさもなくば超鈴音に上げた羽の生えたトリケラトプスっぽいのを想像してください。
 夕映はこうなりました。

>瞬身氏
 こちらこそご無沙汰しています。
 頼れる姉貴分の横島ですが、彼女の存在のせいで夕映が感づいちゃったのもまた事実。どういうことになるのかお楽しみにといったところです。
 あと、ネギとアスナはまずは逃げること、それから防御とカウンター系の戦い方を徹底的に教えられましたから。
 今回は索敵のさわりだけ。

 それはそうとご指摘についてですが…あなたはプロですか!?なにこの超的確な指摘!?
 むっちゃくちゃ参考になりました。というか夕映吉関連は使わせてもらいましたとも!
 こういうすばらしい読者様がいらっしゃることをとても嬉しく思っております。
 健康に気をつけて、これからもがんばってキーボードを叩いていこうと思います。

>黒川氏
 ハルナの嗅覚はすさまじいですからねぇ。
 夕映ちゃんに関しては、ようやく現実が見え始めました。
 ガンバレ夕映吉。
 メドと忠緒は、ぶっちゃけそんな長閑じゃないです。


ふう、終了。
なんだかんだ言ってケイは好評のようでよかったです。次回こそケイコタコンビを暴れさせます。では…

BACK< >NEXT

△記事頭

▲記事頭

yVoC[UNLIMIT1~] ECir|C Yahoo yV LINEf[^[z500~`I


z[y[W NWbgJ[h COiq O~yz COsI COze