インデックスに戻る(フレーム有り無し

▽レス始

「.hack//Splash login_9(黄昏の腕輪伝説+.hackシリーズ)」

箱庭廻 (2006-11-11 15:08/2006-11-11 15:41)
BACK< >NEXT

【リアル】


 カタリカタリ。

 キーボードを走る自らの指の音を聞きながら、私はディスプレイを凝視していた。

 画面上に走るのは無数の数式の羅列。文字と数字との滝のような奔流。

 それらに目を通しながら、その意味を言葉でなぞる。

「……データ量の上昇は停止しているな。カオスゲートの転送履歴が削除されているのは何故だ? 人数を把握されるのを防ぐためか、それとも犠牲者の特定を防ぐためか」

 目的を推測する。

 行動を予想する。

 己の頭脳が機械のように稼動するイメージを思い浮かべながら、私は推測を口に出し、予想を思案し、正解を探る。

 常に最適に。

 常に最善を。

 それが出来なければ、“あの方”と共にいる資格はない。

 カタンッ。

 目星をつけたログを収集し、その内容を製作した解析用ツールに解析させながら、私はパソコンの前に置いたミネラルウォーターに口を付けた。

 わずか数十秒の休憩。

「……本当に魔女と勇者を接触させてよかったのだろうか」

 その間に、押し殺していた疑問が首をもたげる。

 それは先日メールを出した二名の人間について。

 ――初代腕輪所持者、カイト。

 ――そして、“六人の意識不明者の一人”、カール。

(あの方の判断を疑うわけではないが……危険要素が大きすぎるのではないか?)

 彼らの接触はあらゆる意味で判断が難しい。

 何故ならば……

 ――彼女はカイトを憎んでいる。

 彼が“楚良”と呼ばれるPCを救ったから。

「矛盾、か」

 私はそう呟いて、ペットボトルの口を閉じた。

 ――不意に携帯が鳴った。

「ん?」

 ブルブルと震える携帯を手に取ると、そこに移っていたのは非通知表示。

 まさか。

「――はい」

『調子はどう?』

 電話口の向こうから届いたのは、聞き慣れた女性の声。

「ヘルバ」

 呼びかける名前は彼女がもっとも気に入っている呼び名。

 クスリと電話口の向こうで笑う声がして、美しい彼女の声が電話口から囁いてくる。

『監視状況を知らせてもらえるかしら?』

「はっ」

 私はメモでまとめておいた状況経過と解析しつつあるログの内容を、彼女に伝えた。

『……なるほど。まだ大した動きはないようね』

「もしアクションがあるなら、これからかと」

『そうね。引き続き監視を続けて、相手が行動を起こすまで待ちなさい。もし何かあっても彼らがなとかするでしょう』

「了解しました」

 私はいつものように了承の言葉を告げ、電話を切ろうとした。

『――ビト』

 その瞬間、私は電話口からあの方から呼びかけられた。

 唯一名前のない私を特定する呼び名で。

「なにか?」

『あなたは疑問に感じなかったのかしら』

「……疑問ですか」

 その瞬間、脳裏に浮かんだのは先ほどの思案。

『――何故私がカールとカイトを接触させたのか、とかね』

 !?

 まるで私は心を読まれたかのように、息を止めた。

 しかし、私が嘘を付くわけには行かない。

「……確かに……疑問には抱きましたが……」

『最適とは思えなかった?』

「最適とは思えません……彼女がカイトに抱く感情は危険過ぎます」

 私はそういいながら、彼女――カールに接触したときのことを思い出していた。


「――探しているPCが居る。そいつの居場所を教えろ!」


 怒りと憎悪に満ちた声で、彼女は私とヘルバにそう言った。

 そして、その憎悪の対象であるカイトとわざわざ会わせる。しかも敵地といっても良いエリアで接触させる必要が私には納得出来なかった。

『確かに最適ではないわね』

「ならば」

『けれど最善ではあるわ』

 ?

『これは一種の賭けよ。彼女が憎悪の全てを吐き出せればよし。あの子が単純にキルされるだけだったとしてもそれは止む得ない結果』

「賭け……ですか? あなたらしくもない言葉だ」

 常に最適の答えを導き出し、まるで神のように結果を見出す方の言葉とは思えない。

『――人間同士の感情は電子のプログラムとは違う。まだ見出せないカオスが眠っている。恋愛における是非のように、未だに見通し切れない要因を持ち、予想もしなかった結果をはじき出すの』

 そういう彼女の言葉は、どこか弾むような感情を含んでいるような気がした。

「……楽しんでいるのですか、ヘルバ?」

『ええ。楽しいわ、未だに私にも見切れない事象が転がっているのだから。あの子たちにとってはたまったものじゃないでしょうけど、これで私は人生に絶望しなくてもすむ』

 クスリと電話口で微笑むあの方の姿が瞼に浮かぶようだ。

 電話の向こうで、その顔を見れないのが至極残念で仕方ない。

「……なるほど。あなたが彼らに手助けする理由はそれですか」

『ええ。失望したかしら?』

「いいえ。ただ私はあなたに仕えるだけですよ、マイマスター」

 カタンとキーボードの決定キーを叩き、解析ツールを再始動させながら私は笑みを浮かべた。

「ならば私は監視を続けましょう」

『頼むわね、ビト。私はまだ動かなければならない』

「私はただ貴女の望むままに動くだけですよ」

 何度でも再認識する私の意義。

 私は微笑みながら、仕事に取り掛かる。

『あの子たちの行く末に幸いがあらんことを願うわ』

「あなたがそう願うのならば、きっと叶うでしょう」

 あなたが言うのならば、間違いはない。

 私はただそれに従うだけだ。

 愛しき我が主よ。


 ――そして、私は気付く。

 目の前に映るデータ容量が僅かに増大したことに。


【.hack//Splash】
   login_9 ファントム・ペイン


【θ ほの暗き 虚無の 狭間】


 噛み付き合うのは鋼の唇。

 無様に罵りあうのは、鋼の矛と金属の双剣。

 火花を散らし、甲高い子供の泣き声みたいな金属音を吐く。

 うるさい、うるさい。

 振り回しても、繰り出しても、突き出しても、音は止まない。あたしの望む結果が出てこない。血肉が砕けない。

 ――痛い。

「ァア!」

「くぅっ!」

 風を切る、鋼を打つ、火花を吐く。

 けれど、肉を砕くことが出来ない。

 ――憎たらしいアイツ。

 器用に躱し、素早く動き、どこまでもあたしの攻撃を防ぐ。

 痛い。

 痛い。

 痛い!

 それを見た瞬間から、胸が張り裂けんばかりに感じるのは痛み。

 気が狂いそうになる怒り。

――ァアァアアアアアアアア!!!

 その顔を見て、その姿を見て、あたしはただ絶叫しながら斧を振り回す。

“アクセルペイン”

 ――加速する痛み。

 振り回すように斧を回転させ、ただ踏み踊るようにあたしは足を踏み出す。

 死を振り下ろすために。

「なにをっ!?」

「黙れぇえええ!!」

 叫びながら、私は重斧を振り下ろす。

 炸裂する爆撃と砕ける床。

 蠢く生きたダンジョンの残骸と見えない血液が、飛び散るような幻覚。

 レベル20にも達していないPCならば瀕死確定。貧弱な双剣士ならば一撃死すらありうるだろう一撃。

 なのに。

「……悪いけど」

 仕留めたと思った奴は。

「理由も分からずに殺されるほど、お人よしじゃない」

 居た。

 目の前に、目と鼻がくっつきそうな位置で、両手の双剣であたしの斧の握り部分を受け止めて。

 そこに立っていた。

 ただあたしの目を見つめ、ただ立っていた。

 真っ直ぐに。

「っ!?」

 あたしは咄嗟に飛び退る。

 逃げる、いや体勢を整えるために。間合いを広げた。

「君は、ボクを知っているのか?」

 奴は、ただ動かずにあたしを見つめていた。

「……知っているよ」

 あたしは答える。

 奴の言葉がどこまでを指すのかは分からないけれど、ある程度なら知っている。

 一ヶ月前、ヘルバとビトと名乗った二人のPCから教えられた情報。

 正直、その殆どはあたしにとってどうでもよかった。

 あたしにとって価値ある情報はただ一つだけ。

「……【スケィス】を倒したのか」

「え?」

 予測していなかったような顔。

 画面の向こうで、奇妙に歪む誰かの顔を幻視したような気がした。

「あんたがスケィスを破壊したのかと聞いているんだよ!!」

 知っている。

 分かりきっている。

 答えの知っているクイズほど反吐が出るものは無い。なのに、あたしは聞かずにはいられない。

 あたしの後悔。

 あたしの初恋。

 あたしの傷跡。

 その全てに関連する答えを聞かずにはいられない。

 痛みで発狂しそうな唇と脳が問いかける。――ありえない答えを。

「――ボクが斃した」

 目の前の奴が答える。

 答える。

 知っていたとおりの答えを。

「そうか」

 痛みを掻き立てる答えを。

「そうだよね」

 手が震える。

 狂いそうになる。

 でも、発狂するには狂気が足りない。

「なんでよ」

 なんで。

「あんたみたいな奴が」

 何も知らないくせに。

「斃すんだ」

 救うんだ。

 あたしが救えなかったものを。

 ――楚良を。

 無力のまま、絶望した全てを。

 あっさりと終わらせた目の前の奴が。

 憎い。

 むかつく。

「殺してやる」

 あたしは凶器を握り締める。

「殺してやる!」

 目の前で、あたしを見つめる奴を。

 ――殺す。

 胸を焦がす感情のままに。

 痛みに狂う。


 唇が鉄の味を噛み締めた。


【θ ほの暗き 虚無の 狭間】


 じわりと間合いを狭めるカールと名乗ったPCを見つめながら、ボクは息を呑んだ。

 事情は分からない。

 理由も分からない。

 質問の意図もボクを憎む理由も分からない。

 ただそれは安易に踏み込んではいけないことなのだということだけは理解出来る。

 変化しない外装の向こう側で、ボクに憎しみを向けてくる誰かの顔を幻視したような気がした。

(殺されるかな)

 ――キルされる。

 ただボクはその発想に行き着いた。

 今まで散々鍔迫り合いしておきながら、今更のように考える。

 悲しいことだけど、今までPKに会ったことがないわけじゃない。

 四年前ボクらがドットハッカーズとして知られ始めた頃、唐突にPKは解禁された。

 そして――狙われた。

 どこかのダンジョンで、どこかのフィールドで、不意に襲い掛かってくるPCたち。

 初めて襲われた時は逃げた。

 二度目の時はこっちのレベル差を悟って、相手が逃げ出した。

 三度目以降は複数人で襲われた。仲間と居るとき、仲間と居ない時、関係なく。

 仲間と居るときは麻痺させたり、眠らせたりして、切り抜けた。

 一人だった時は――倒した。

 手加減できずに、双剣を抜いてしまった。

 その時、初めてボクはザ・ワールドに嫌悪感を覚えた。

 人と人との殺し合いを許すような世界だと思ってもいなかった。

 名声を求め、襲い掛かる人。

 妬みから襲い掛かる人。

 ただ意味もなく殺したがる人。

 理解できない塊のようだった。

 稀に腕試しをしたいと手合わせを願ってくるような人もいたけれど、いずれにしてもどれも想像が出来る理由だった。

 でも。彼女はそういった理由でボクを殺したいのか?

 ――違う。

 彼女は怒っている。

 ボクの存在ということ以上に……何かを憎んでる。

「なんでボクがキルされる?」

 ボクは問う。

 それしか術を持たないから。

「っ」

 彼女の返答は――滑るような踏み込みだった。

 巨大な刃が、翻る。

 ボクはその動作に合わせて。

「話して――」

 飛び退いた。

「くれないのか……」

 重斧の間合いギリギリにまで、身体を下げた。

 巨大な刃が、風切り音を立てて眼前を抜ける。

 まるで巨大な扇風機。

 間の抜けた表現だが、そうとしか言いようの無い圧倒的な斬撃の迫力にボクはそう思った。

「まだだ!」

「――っ!?」

 抜けたと考えた次の瞬間、その矛先が生きているかのようにカールの手から跳ね返り、ボクを襲う。

 唐突な翻りの逆襲。

 ――咄嗟に受け止める。

 だが。

(ぐっ!?)

 重い。

 直撃を防ぐように、真正面から受け止めるとコントローラーが震えた。視界が歪む、踏みしめている生きた床から、足が浮いた。

 受けた剣から、腕ごともぎ取られるように吹き飛んだ。

 ――レベルが違う。

 真正面から鍔迫り合えば、数秒で潰れることが分かる。

「へえ? まだ防ぐんだ」

 吹き飛ぶボクを見て、嘲るように彼女の口元が歪む。

「まあね」

「なら」

 回る回る、彼女の身体が翻る。

 斧を握る手が見えない。翻った彼女の半身に隠れて見えない。その足元が強く、震えた。

 ――嫌な予感。

「これで」

 逃げろ。

「ウエ」

 だが、間に合う

「死ね」

 か!?

「ポン」

 ジャコンッ。

 ボクは手を後ろに振り向けて、剣を掴む。

「――スキル!!!

 彼女の存在する空気が震える。

「――セレクトォ!!!!

 抜き放つは、シューゴに渡そうと思っていた達人の双剣。

 彼女が繰り出すのは、禍々しき巨大な重斧。

 同時に走り出し、互いの技を繰り出した。


 “ブランディッシュ”


 “虎輪刃”


 ドリルで金属を削るような音が鳴り響く。

 ――横回転と横回転――の激突。

 回転数ならばボクが勝ち、その質量ならば圧倒的に彼女が勝利する。

 故に。

「がっ!?!」

 一方的にその場から弾き飛ばされた。

 ギャリギャリと地面に双剣を突き立て、速度を落とすも十数メートル近くは飛ばされる。HPゲージは大幅に削れ、あまりの膂力差に歯噛みする。

 攻防力に差がありすぎる。

「馬っ鹿みたい。あんた程度のレベルじゃどうやったって勝てないのにさ」

「……かもね」

 たしかに今のボクのステータスじゃ、彼女の攻撃を防ぐことも与えることもロクに出来ないだろう。

 絶対的なレベル差がそこに存在していた。

 だけど、“そんなことはどうでもいい”。

「だけど」

 ボクは立ち上がる。

 ボクにも、譲れないことがあるから。

「まだ死んでないよ」

「――なら、死ね」

 そう呟いた瞬間、カールはその右手に一枚のスクリーンパネルを開いた。

「ウェポン・セレクト!」

 ジャコンッ!

 ボクはそれに応じて、剣たちを射出する。

 何が起こってもいいように。


【θ ほの暗き 虚無の 狭間】


 轟音が鳴り響いていた。

 うるさく、ざわめくような騒音。

 嫌な予感がする。

 嫌な予感がする。

 果てしなく嫌な予感。

 一言で言えばデンジャラス。

「あああ、も〜! なにやってんのよカール!」

 私が走る向こう。

 そこにいるであろう重斧使いの少女へ、私は文句を叫んだ。

 うう、呪紋使いは足が遅いよぉ。


【θ ほの暗き 虚無の 狭間】


「ウェポン・セレクト!」

 奴がそう叫んだ瞬間、その腰部から無数の剣の柄が出現した。

 数えて五本。

 奴が手に持っている双剣を入れれば、六対の凶器があたしの目に飛び込んできた。

 まるで翼。

 剣柄で出来た鋼の翼。

 それを美しいと思ってしまう自分に吐き気がした。

(壊してやる)

 ただ心を占めるのは破壊欲。そして、痛み。

 あたしはスクリーンパネルから呼び出した一本の巻物を翻した。

「藍暗――」

「っ!? 双剣――」

 自分の髪を掻き上げるように、巻物の中身を晒け出す。

「――雷電!!」

「――雷帝!!」

 私が雷の呪紋を開放すると同時に、目の前の奴は背より一対の剣を抜き放つ。

 無駄なことを。

「焼けろ」

 あたしは告げる。

 上空より振り来たる雷へ、ターゲットを定めさせる。


“ギライドーン”


 目も眩むような閃光が落ちた。

 室内でありながら、嵐の夜に鳴り響く稲光が視界に煌く。

 生きた床が、理科の解剖実験みたいに蠢き、悲鳴を上げる。

 アイテムによる最高クラスの呪紋。

 ――普通ならこれで死ぬ。

 だけど、あたしは止まらない。止まれない。

 身につけた装備品が見えない光を放つ。

 地面に重斧を突き刺し、両手を前方へ差し出した。

「壊れろ」

 吐き捨てるは地の呪紋。

 “ガンゾット”

「壊れろ」

 罵るは雷の呪紋。

 “ギライローム”

「壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ!!!」

 叫ぶのは火の呪紋。

 “ギバグドーン”

ァアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!

 大地が、雷が、炎が生じる。あたしの言葉のままに、破壊を行う。

 ただあたしの怒りと痛みに答えてくれる。

(苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ!!!)

 叫ぶ。

 憎い対象を壊すために。

 なのに。

(痛い)

 なんでこうも痛くなる。

(痛いよぉ)

 あたしはスキルを発しながら、自らの胸を押さえつけた。

 血の味を幻想する。

 罵るあたしの言葉が、まるで血のように鉄臭い。

 痛みは、晴れない。

 ずっと望んでいたことなのに、何で痛みが激しくなる。


「――苦しいの?」


 騒音の中で、ありえない言葉を聞いた気がした。

 激しい呪紋エフェクトの中で揺らめく影。

 ――白い双剣士。

(なんで、生きてる!?)


 ガシャンッガシャンッガシャンッガシャンッガシャンッガシャンッガシャンッガシャンッガシャンッガシャンッガシャンッガシャンッガシャンッガシャンッガシャンッガシャンッガシャンッガシャンッ!

 破壊音に混じって聞こえるのは、ガラスが砕けるような音。

(なにっ!?)

 見れば、奴の手が凄い速さで何かを握り潰し続けている。

 そして、削れる度に再生する奴のHPゲージ。

 まさかっ!?

「相殺!?」

 回復アイテムの連続使用。

 大量のアイテムと一回でも間違わない操作による延命方法。

「即死さえしなければ!」

 その瞬間、奴は荒れ狂っていた雷の竜巻から飛び出した。

「なんとでもなるんだ!」

 ジャコンッ!

 奴の腰部より生える双剣の翼。

 ――踏み込んでくる。

「っ!?」

 まずい。

 呪紋スキルでの硬直に、あたしの――カールは動けない。

「くぅう!」

 重斧を掴み、構えるまでのたった数秒。

 それが終わるよりも早く、奴は――

「双剣」

 目の前にいた。

「ノートゥング」

 白い双剣の刃。

 そして、それがカールの首筋に迫り。


 あたしの首を両断した。


 ……そう思った。

「……馬鹿にしてるの?」

 首筋に突きつけられた真っ白い刃。

 それがあたしに与えたダメージは0。

 あたしの首に触れた剣は、切れない刃だった。

「なんで殺さないの?」

 奴とあたしのレベル差から考えて、たとえこの一撃が入っても死ぬことはありえない。

 でも、それは手加減する理由にならない。

 例え少しでもダメージを与えればいいのに。

 なんで?

「殺したくないから」

「なんでよ。たかがゲームじゃないか」

「――ゲームだからって、人を傷つけていい理由にはならない」

 長身のカール。

 その視点から見下ろす目と鼻の先の双剣士の目は真っ直ぐにあたしを見ていた。

 あたしが憎くないんだろうか?

 一方的に攻撃して、理由も告げないで傷つけて、苦しくないんだろうか。

 もしそうだったら吐き気がする。

 異常者だ。

「……ボクは君の理由を知らない。でも、君もボクを知らない」

 知らない?

 あいつから腕輪を貰い、楚良を……スケィスを倒したんでしょ?

 一方的に、横から現れてなんもかんも終わらせて。

「ボクは、“友達を助けたかっただけだ”」

 え?

「だから斃した」

 ……あたしは知らない。

 そんな理由。

「だからボクは謝らない。後悔も謝罪もしない」


「それを否定するなら、幾らでも相手してやる」


 奴は――オウルはあたしにそう言った。

 あたしがその気になれば何回でも殺せるような位置で、切れない刃を持ったままで。

 強い目の光で、あたしを見た。

 それにあたしは……

 あたしは――

「っぅ」

 ――血の味がした。

 噛み締めたリアルの唇が、小さく切れた。プツリと小さな血の塊が、唇を浸す。

(憎いんでしょ?)

 もう一人のあたしが囁く。

 憎い。

(殺したいんでしょ?)

 殺したいよ。

(痛いんでしょ)

 痛い。痛みは治まらない。

 目の前の奴を殺せば、少しは和らぐと思っていた。けれど、痛みは酷くなるだけ。

(どうして痛いの?)

 憎いから。

(どうして憎いの?)

 救ったから。

(誰が救ったの?)

 目の前の奴が。

(誰を救ったの)

 楚良を。

(じゃあ、“誰が救いたかったの”?)

 ――それはずっと考えないようにしていたこと。

 でも、答えはとっくに解っている。

 ……あたしが救いたかったんだ。

 なのに、あたしは――

「くっ!」

 あたしは重斧を握り締め、

「っ!?」

 オウルは飛び退がれるように足を下げた。

 その瞬間だった。


「こらぁああああああああ!」


「え?」

 聞き覚えのある声と同時に、視界がふいに暗くなる。

 そして、その瞬間あたしが見たのは。

おバカァアアアアアアアアアア!!!

 一対の靴底と、宙を舞う呪紋使い――アルフの姿だった。

 ドゲシッ!

 あたしは――カールは不意打ちのドロップキックに吹き飛んだ。

 地面に倒れたと思った次の瞬間には、アルフがあたしの首根っこを掴んでいた。

「こらぁあ! いきなり爆音がするわ、SPがガンガン減ってるわでどうしたと思ったらなんでこんなところでバトルしてるのよ!! PKはもうしないって約束したでしょ!?」

「ご、ゴメン。アルフ……」

 というか凄い勢いで揺さぶるのは止めて。

 酔うから。

「ええと?」

「あっ、すいません。この子の仲間のアルフです。すいません、この子が迷惑かけて」

 そういって強制的に頭を下げさせられるあたし。

「……は、はぁ」

「本当はとっても素直な子なんですよ? ちょっとひねくれてるのが玉に傷なんですけど」

 あたしはオウルの目が点になっているのが見えた。

「コラァア! 私の話聞いてるのカール!?」

「聞いてる、聞いてるから。怒るの止めて、アルフ!」

「私は怒ってないよ!」

「怒ってるじゃないか!」

 ああもうアルフは理不尽だ。

 あたしを振り回して、マトモに考える暇すら与えてくれない。

 そんな友達だ。

「……良い友達だね」

 あたしが怒られているのを見ながら、オウルがそう言った気がした。

「どこが?」

「なんで否定するのカール!?」

 ああもう何がなんだか。

 真面目に考えていたあたしがバカみたいだ。

 早く、アルフを落ち着かせないと。

 私は怒られながら、ためいきをついて立ち上がろうとした。


 その瞬間だった。


『――つまんねぇなぁ』


 声がした。


『いい殺し合いだったのに、それで終いなわけ?』


 それは上から聞こえた。


『お涙頂戴のままごとはもう終わり?』


 あたしたちは上を見上げた。


『つまらねえ』


 そこには。


『つまんねえよ、お前ら』


 馬に乗った巨大な首無し騎士が立っていた。


『死んで詫びろ』


 “天井に立っていた”。


『BADENDでな』


 騎士が――堕ちてくる


 二振りの巨刀を手に、悪夢が襲い来る。


あとがき

 彼女の心には後悔という名の傷跡が残っています。
 故にスカー・メイデン(傷負いし処女)というタイトルを前回付けました。

 彼女の傷を癒す術は存在するのか。
 彼女の慟哭を受け、カイトはどうすべきだったのか。

 ただ荒れ狂いながら刃を交え、命がけのダンスを踊るだけ。

 言葉を交わし合い、刃をぶつけ合い、思いを叩き付け合う二人。

 そして、そこに現れるは、人の痛みを理解しない無垢なる悪意。

 激闘は混乱を極め、感情は入り混じる。

 次回

【あたしが壊したいモノ】

 にて決着します。


あとがき2

 ……バトルが微妙に不調です。
 ああもっと技量が欲しい! 次回でなんとかリベンジしたいです。
 そろそろダーク表記を付けるべきか?

 今回出すのが遅くてすいません。


遂に大台直前の9回目のレス返し。
まだまだ遅い執筆速度を上げたい。

 さあ行くぞ加速装置!!!(奥歯を噛み締める)


グラム様
 連続一番なんて凄いです。
 もう時の勇者【神速の皇帝】の異名をプレゼントですねw

 こんなつたない作品ですが、楽しんでもらえてとても光栄です。
 ありがとうございます。

 これからも頑張っていきます。

“魔女がカールだとは思いませんでした。”
>実はファントムペイン内で、カールが自分を魔女だと自嘲しているシーンがあります。けっこうあからさまだと思ったのですが、分からないものですね?

“カイトに対する憎悪の理由はまだ読み取れません”
>実はこういう理由でした。救いたくても救えなかった人、それを見知らぬ他人が掻っ攫うように助けたらどこかやりきれない気持ちが残ってしまうことがあります。
 彼女は自らの無力とカイトへの憎しみに身を焦がすしかありませんでした。


シャミ様
 予想を良い意味で裏切れたら、幸いです。
 もうばっちり楚良関連でした。彼とアウラを巡る物語は、彼女の心には重要な記憶として焼きついています。
 それは良い思い出になったのか。
 それともトラウマとなるのか。
 それは今後の彼女の行動次第。


盗猫様
 しばらくレスがなかったので、ご心配してました(汗)
 よかったぁ、つまらなくなったのではなかったのですねw

 今後とも健康に気をつけてくださいね。

“ここでカールを使いますか・・・“
>実は第三話を上げた時から、このタイミングで出そうと考えていました。他の三人もばっちり登場タイミングを考えています。
 でも、一番かっこいいのは連星かも?
 お楽しみにw

“なんとか仲間になってほしい……”
>カールとはこの戦いの決着後に、一応の結論が出ます。
 敵対するか、協力するか。
 それはオウル(カイト)次第ですね。


SS様
 正直にいって構想当初はカールの登場は考えていませんでした。
 しかし、アナタ様のお勧めで目を通し、電光のように登場させることを決意。もし彼女の登場で作品が面白くなったのなら、それはアナタ様のお陰ですね。
 ありがとうございました。
 早くPCを直してくださいねw 待ってます。

“設定自体も「事件による成長」が無ければこんな感じだろうというドンピシャ感が!”
>潤香(カール)は否定してますが、ちゃんと彼女も成長しています。しかし、四年前の傷跡と残り続ける痛みに振り切れていません。
 前を向こうとする自分と沈み込もうとする自分。
 その狭間で彼女は揺れています。

“キャラ萌え以上に貴方の作品は文章が面白い”
>それは小説書きとしては最高に嬉しい褒め言葉です。つたない腕ですが、今後とも皆様を楽しませるために頑張ろうと思います。

“ゼフィにママと呼ばせたい……”
>いや、カールはアウラの母親みたいなものですから……ママのママ・略してママママ? も、萌えですかね?(だめっぽいなぁ)


KOS-MOS様
 ふふふ、ちゃんと前前回のあとがきで書きましたよ?

『多分それほどお待たせせずにお届け出来ると思います』 と!

 一応宣言したことは守る主義ですw
 ……というか、シリアスになればなるほど早く書けます。
 ギャグだと遅いんです。


“カールがだれかさっぱりわかりませんが”
>.hack関連の出版小説であるZEROの主人公です。一応この話を読むだけでも、どんな感じだったのかはなんとなく想像出来るよう頑張ったつもりですが、出来れば読んでみることをお勧めします。
 とても一番切ないラブストーリーです。正直こんな感動を与える実力が欲しい。

“カイトとオルカアイアイ傘・・・・・そうぞうしたくな〜い”
>ええと、もしかしてリアルじゃなくてゲーム内人物でですか? ううんと……(想像中)
 ――げふっ!
 あ、あかん。ムキムキ上半身のオルカと美少年(?)カイトがト○ロの葉っぱで雨宿りしているシーンを想像してしまいました。シュールだ。
 と、とても危険ですねw


ロードス様

 ちょっとだけ怒りの理由が違いましたね。というか、楚良はユニゾン見るとけっこうピンピンしていたような印象がw 腕伝時代はやっているのかな?(漫画最終話で出ていますが)

 今回もあなた様が楽しめるような内容になっているとよろしいのですが。
 今回もレスをありがとうございましたw

“しかし今までのシリーズからでてきてないのはあとはSIGNからかw だれがくるだろうw”
>……え? も、もしかしてSIGNキャラも出さなきゃいけないような流れですか?
 ど、どうしょう……ま、マジで考えなかったよ……(あわあわ)
 ええと司か昴……カイトと知り合いじゃん。ていうかSGINキャラほぼ全員ドットハッカーズと面識あるよ!? まずいなぁ、まずいぞぉ……考えろ自分!
 ……
 ――OKです(考え付いた)
 が、外伝が三つに増えた(泣)

“砂嵐三十朗とのカイトとのイベントを回想したら、「絆の双剣」思い出しましたw”
>あー、やりましたか。実はノートゥングを思いつく前はメイン武装にと考えていたほど大好きな剣です。強いですしねw ちゃんと出ますよ〜、どういう形では秘密でw

“まあカイトにミストラル奪えと当時思いました・・・w”
>昼メロはかんべんしてください! そんな「恋はいきなり突然に」的な展開は自分が死にます。 でも出番は用意してますよ。ご息女付きで。自分も大好きなキャラです。


ATK51様

 どうも、お久しぶりですATK51様。
 今回もレスをありがとうございましたw

 前回はリアルサイドで皆様の反応が心配でしたが、あなた様を初め、皆様から暖かい感想をいただけてとても感謝しています。
 陸(カイト)の場合はヤスヒコ(オルカ)や周りとの青春をテーマに、潤香(カール)の場合はアルフとの繋がりと変わりゆく環境に変われないジレンマを描いてみました。

“カイトへの憎悪も彼女なりの「割り切れない思い」”
>カイトへの憎悪は本人も八つ当たりに近いものだと自覚しています。けれども、割り切れない。思春期だとか、自身への戸惑いだとか、そういうことは関係なく彼女はそういう意味で賢い“諦め”が出来ない人だと思いました。
 未完の内容に関しては想像するしかありませんが、ゲームから見て楚良を開放することは出来なかったのだろうと考えています。


S.G様
 あれ? ええとカールはオウルの正体を知る四人の中の一人【魔女】ですよ?
 ヘルバからもう全部聞いてます。
 分かりにくくて、すいません。
 あと無駄に更新早くてすいません。
 今回もレスありがとうございました! 今後とも応援してくれると頑張れますw

“それにしてもオウル君は本当に女性型PCとの出会いが多いですねw”
>ええと……ブラックローズ、ミストラル、ミア(?)、ガルデニア、なつめ、レイチェル、寺島良子、昴、ミミル、BT、司(ユニゾンで女性型だった)、ヘルバ、あと腕伝メンバー+カール&アルフ。それと忘れちゃいけないアウラ(PCじゃないが)
 ……なんだこの数w?
 でも人類の半分は女性ですし、仲間での占有率ならシューゴととある重槍使いがダントツですよ? 自分以外全員女性型(ホタルは女性型外装だと言い張る)ですし、孤高さんは魔女っ子とお子様付き! カイトは差別しないだけです……と信じたいw


“・・・・・・まぁ、大抵ワケアリな人とですけどwww”
>そうですね(増やしておきながらなんですが)
 これからも苦労しそうですね。でも彼は気付かない。朴念仁だから♪


白雨様
 前回のご指摘にそういえばそうだなと思いまして、訂正しておきましたw
 ありがたいご指摘ありがとうございます。お陰でどこぞの弐号機乗りっぽい咆哮が上がっておりますが、まあこんな勢いで。
 今回もレスをありがとうございます。

“ほとんど性格が変わっておられないご様子で、”
>実はそれなりに成長はしています。けれど、未だに四年前の事件を引きずっています。前向きに生きようとしても、沼のように沈み込んでいく心。彼女が光に生きられるかどうかは、彼女次第です。

“モルガナ因子が……”
>……Gが頭に付くウィルス並みに凶悪そうだなぁ。危険です!

“そして、男同士の相合い傘。友情の現れなんですね、きっと。”
>普通に友情の証として出したつもりです。けっこうやりません? 昔はけっこう学校帰りに悪友と一緒に傘で帰ったものです。カバンではみ出るほうをカバーしないと悲惨なことにw

“まさか、リアルの方で落とす気か!?(四歳の子を?w)”
>いやいや、そんな四歳児を落と“す”気はありませんよw
 実はけっこうご近所さんだったという設定です、ミストラル一家とは。ミストラルは相変わらずブラックローズとも手紙などで連絡取り合っていると思います。名前ぐらいは出るかも?

“そんな人たちとシューゴ達が出会うのはだいぶ後なのかな?”
>実は未だに一巻分も終了していないんで、物語はまだ前半戦です。彼女たち、【影を持つ者たち】は後半からガシガシ表舞台に現れてくるでしょう。
 ――切り替え線は近い。

“修正の方法分からなくて……”
>記事機能メニューが一番下にありますよね? あそこに自分のコメントの番号を入れて、コメント時のパスワードを入力し、処理選択を【修正】に変えて実行すれば出来るはずです。


アッシャ様

 と、止まったら駄目ですよー!!w まだまだこんなのは序の口なんですから(問題発言)!!! これからも感想を入れてくれるともっと早く出せるようになりますんでw

 取り合えず無駄に早くてすいません(謝罪)
 あんまり長くない量なので一つ当たりが早いです。シリアスだと早いんですが、ギャグだと遅いのが難点ですね。ああ、ギャグがかけるようになりたいなぁ。

“この二人の間には何が遭ったんだろう・・・まさか愛憎のもつれが!”
>キルラブですか?w 少なくとも始めての【お突き合い】は凶器同士で。でも、愛情の裏返しは憎悪ってよく言いますよね……(特に意味無し)

“寒くなってきたので風邪など引かないように気をつけてください。でわ。”
>忠告どおり気をつけますw

BACK< >NEXT

△記事頭

▲記事頭

e[NECir Yahoo yV LINEf[^[z500~`I
z[y[W NWbgJ[h COiq@COsI COze