(12月23日早朝、「ステルヴィア」通信室内)
「何であいつが退学にならないで、他の人間が退学になりそうになるんだ?」
「誰が見ても、町田初佳の方が悪いからです」
早朝の薄暗い通信室の中で、ジョージはそろそろ数ヶ月の付き合いになる、頭の悪い金髪ゴリラに簡潔に事情を説明をする。
「その結果を少し操作して、厚木を退学に追い込めないのか?」
「この件は、学園長にまで知られてしまいましたからね。ジェームズ主任教授に一任になりましたので、おかしな小細工は身を滅ぼします」
ジョージは、目の前の頭が悪い依頼人に丁寧に事情を説明するのだが、彼がそれを理解してくれたのかどうかは、ジョージにもわからなかった。
なぜなら、彼は頭が悪かったからだ。
「本当に、金ばかりかかって役立たずな男だ!」
「それは、私の事ですか?」
「そうだ!これまでの失敗の数々とかかった経費を考えると、お前を無能としか思えないだろうが!」
「そうでもないですよ」
「どういう事だ?」
「私は、ちゃんと自分の目的を果たしました。無能なのは、あなたなんですよ」
「ふざけるな!俺を誰だと思っているんだ!」
「バカな兄貴ですよね」
「ケント!何でお前がいるんだ!?」
突然ジョージの後ろから、ケント・オースチンが笙人律夫を連れて現れる。
「つまり全部筒抜けだったんですよ。お兄様」
「お前は・・・。誰に向かってそんな口を聞いているんだ!」
「そんなに怒っていないで、うしろを確認されたらいかがですか?格闘家なんだから、気配で気が付いてくださいよ」
「どういう・・・。うっ!親父か!」
「グレッグ、楽しそうな事をしているな」
グレッグの後には、いつの間にか自分の父親が数人の屈強な男を連れて立っていた。
「ジョージ君、ご協力に感謝する。例の手術代と入院費は出させて貰うよ」
「感謝します。ご約束通り、秘密は厳守します」
そう言うと、ジョージは静かに席を立って、通信室をあとにした。
「家族で積もる話もあるだろうから、俺も失礼する」
続いて、無表情なままの笙人も通信室をあとにした。
「あなたのせいで、厚木君に警戒されっ放しで苦労しましたよ」
「あいつは、我が一族の敵なんだぞ!」
「そんな事を考えているのは、あなただけなんですけど・・・」
「うるさい!お前は、オースチン財団次期当主の言う事を聞いていれば良いんだ!」
「だそうですよ。親父殿」
「その件なんだがな。グレッグ、お前に正式に跡を継いで貰うからな」
「えっ?」
グレッグは、自分の父親の突然の宣言に大きく戸惑っていた。
自分の父親自身が自分を外して、弟のケントを跡継ぎにすると言っていたのに、彼自身がその事を否定したからだ。
「ケントにそのつもりが無いらしいから、消去法でお前に決まったんだ。それとも、断るか?」
「まさか。そうか俺が次期当主か。ケント、お前もようやく世の中の道理を理解したようだな」
単純なグレッグは急にご機嫌になって、ケントに軽口を叩き始める。
「実は、いくつか条件があるのだがな」
「親父、それは何だ?」
「我が財団は(ケイティー)の後継機開発を進めていて、そのデータ取りのために、厚木孝一郎を試験機(ビアンカマックス)のテストパイロットにしている。この意味がわかるか?」
「手出しは無用という事か?」
「それに、彼はもう柔道の公式戦に二度と出ないそうだ。私が本人からの言質を取ってきた」
「そうか!俺が次期当主で、次のオリンピックも金メダル確実か。俺の天下のスタートだな」
グレックは、今までの事を全て忘れて大はしゃぎをしていた。
「そうだな。それと、次期当主ともなると色々と勉強しなければならないんだ」
「まあ・・・・・・。仕方が無いかな・・・」
基本的に勉強が苦手なグレッグは、その一言に言葉を濁してしまったが、次期当主の魔力には勝てなかったようで渋々返事をする。
「では、紹介しよう。お前の家庭教師達だ」
ラルフは、連れてきた屈強な男達を紹介する。
「一般教養を一通り教えるベンです」
「経営学を教えるアルフレッドです」
「ビジネスマナーを教えるバンです」
「オースチン財団の事を教えるマイクです」
「柔道のコーチを務めます。カノウです」
「「ボディーガードです!」」
「俺よりもデカイ・・・・・・」
家庭教師達とボディーガード達は、グレッグに負けないほどの体の大きさをしていた。
グレッグは、一体どこから探してきたのだろうかと感心してしまう。
「全員が文武両道でな。お前の教育を24時間・365日つきっきりでやってくれる事になったんだ」
「えっ!」
「グレッグ様、私が予定を組ませていただきました。これをご覧ください」
リーダー格と思われるベンが予定表を見せるのだが、睡眠時間と食事とシャワーの時間以外は、すべて何らかの予定が組まれていた。
「毎日がこの予定なのか?」
「日によって若干の変化はありますが、基本的にはそうです。クリスマスも新年も関係ありません。これから4年で、オリンピックで金メダルを取って貰い、同時にオースチン財団当主としての心構えと能力を身に付けて貰います」
「親父!」
「これ決まりだからさ。俺も昔嫌だったんだけど、亡くなったお祖父さんにやらされたんだよ。一人っ子の俺とは違って、お前には選択の余地があったのにな。最も、俺はオリンピックになんて出なかったけど」
「やっぱり、止める!」
「もう駄目だよ。発表しちゃったから。それじゃあ、4年間頑張ってね」
「そんなーーー!」
グレッグは辞退しようとしたが、既にそれはできない相談のようであった。
「100年以上続く財団の当主なんだから、潰さないようなシステムがある事に気が付けよ・・・。それとな、逃げようとしても無駄だからな。教師達とボディーガード達は、全員がスポーツの柔道じゃなくて、警察や治安組織で訓練した制圧術の達人達でもあるからな」
「とほほ・・・」
「さあ、グレッグ様、訓練の始まりですよ」
「まずは、一通り一般教養と各国の語学を・・・」
「柔道の練習は、1日8時間を予定しており・・・」
「経営学と各種の数字の見方を・・・」
グレッグの頭の中に教師達の言葉がリフレインする中、彼は両脇を屈強なボディーガードに抱えられて退場するのであった。
「だから、忠告したのに・・・」
「僕は継がないでラッキーだったな」
「ケント、また用事があったら(ステルヴィア)に行くからな」
「その時は、ちゃんと貴賓室に泊まってくださいよ」
「気が向いたらな」
「やれやれだな」
ケント・オースチンは兼ねてからの懸案事項を解決したのだが、新しい問題について考えると再び頭が痛くなってくるのであった。
(12月24日、しーぽん・アリサの個室内)
「今日は、クリスマスイブか」
「楽しみだけど、りんなちゃんとはもうすぐお別れなんだよね」
「みんな、(ウルティマ)へ遊びに来てね」
「勿論さ!あそこ、面白そうだしね」
「絶対だよ」
町田先輩の起こした事件から2日が経ち、「ステルヴィア」内はクリスマスムード一色という事もあり、表面上は平静を保っていた。
町田先輩への処分は未だに下らずに無期限停学のままであったが、俺達はあまり気にしない事にしてパーティーの準備を進めていた。
今日の予定は、みんなでイブのパーティーをしーぽんとアリサの部屋で行って、二次会はそれぞれに行動する事になっていた。
「今日はイブだけど、今日の方がクリスマスっぽいよな」
「ピエールの言う通りだな。それに、明日は生徒会もパーティーを開くから、プライベートなパーティーは今日だけでしょう」
「そう言えば、明日のパーティーでは、りんなちゃんのお別れ会もやるんだよね?」
「そうだよ」
「りんなちゃん、お別れの言葉とかを考えてる?」
「しまった!何を言おうかな?」
ジョジョの指摘で、りんなちゃんは一瞬困ったような顔をする。
「そんなに深く考えなくても大丈夫だよ」
「そうか、それもそうだよね。ところでさ、クリスマスイブって恋人同士で過ごすものなんでしょう?みんなは、どうなの?」
しーぽんとお嬢とアリサが料理の準備をし、残りのみんなでクリスマスツリーの飾りを作っていると、りんなちゃんが爆弾を投下して、全員が沈黙モードに突入した。
「ねえ。みんな恋人いないの?」
「私は、孝一郎と色々とね・・・」
「アリサと色々とね・・・」
俺達は途中まではみんなのパーティーに参加してから、途中から抜け出す事になっていた。
「お前達は例外だ」
「そういうピエールは?」
「聞かないでよ。りんなちゃん」
「光太はこの前、看護科の女の子が訪ねてきていたよね」
「へえ、そうなんだ。やるじゃない」
大の語る情報に、晶が感心したように言う。
「いやっ!あれはさ・・・」
「この前、町田先輩相手に凄いところを見せたじゃないか。(能ある鷹は爪を隠す)的なところが格好良いんだって」
ピエールが詳しい事情を説明すると、りんなちゃんは光太の腕を掴み、キッチンで料理を作っていたしーぽんの機嫌が急降下した。
「まあ、僕らは鷹の爪程度だからね」
「赤唐辛子かっての!」
「ピエール、大、ジョジョ、俺で4本パックってか?」
「光太は浮気しちゃ駄目!」
俺と大が自分達の事を茶化していると、りんなちゃんが光太の腕に力を込めながら大きな声をあげた。
「光太君は、モテモテで凄いね」
しーぽんは表面上はそう言っていたが、その背後からは変な色のオーラが出ていた。
「片瀬さん、僕は別に・・・」
「私は、友達がモテモテで鼻が高いから」
「友達なのか・・・・・・」
「光太には、私がいるじゃないの」
しーぽんの友達発言で光太はガックリと肩を落とし、りんなちゃんに慰められていた。
「(しーぽんも、光太の事が好きになりかけているんだろうけど、まだ時期が早いんだろうな)」
「あっ!来た」
「どうしたの?りんなちゃん」
「お父さんとお母さんから電話が来たって、お知らせが入ったの」
りんなちゃんは嬉しそうに携帯端末のディスプレイを見せる。
「(ウルティマ)からか。確か通信に5時間かかるんだっけ?」
「そうなんだ」
「じゃあ、早く見て返事をしないと」
「みんなの事も紹介するから、一緒に行こうよ」
りんなちゃんの勧めで、俺達は通信室に向かう事にした。
「へえ、りんなちゃんってお母さん似なんだ」
「でも眉の形はお父さん似だろう」
「書いてるんじゃないんのか?」
「男が眉なんて書くか!」
通信室でノイズ混じりの通信映像を見ているピエールと俺がおかしな掛け合いをしている間に、りんなちゃんの両親からの映像が切れてしまう。
通信の内容は、「元気かい?」とか「クリスマスを楽しんでね」とかそういう内容で、これはどこの家でもそう変わらないらしい。
「りんなちゃんのお母さんって綺麗だよね(胸が凄いのね。さすがは本場)」
俺は心の中で、あの金髪美女を嫁にした風祭技官を神認定した。
「孝一郎、私は綺麗じゃないの?」
「りんなちゃんは、まだ可愛いという段階だね」
「ふーん。10年後に勝負かな?」
「そういう事」
「おっと、返信は送りま〜す」
りんなちゃんがそう宣言すると、目の前のディスプレイにカウントダウンが入る。
「やっほーーー!りんなだよ。今日はクリスマスイブで、りんなのお別れ会を兼ねて、お友達と盛大にパーティーをやるんだ」
「どうも、友達で〜す」
「その2で〜す」
「その3で〜す」
ジョジョ、ピエール、大の順番に挨拶をし、その後はりんなちゃんが、順番にみんなを紹介していく。
「それとね、パパ。前にテレビで見た有名人と友達になったんだよ」
「えっ?俺の事?どうも、厚木孝一郎です」
まさか、今更自分の事を詳しく紹介されるとは思わなかったが、次のりんなちゃんの一言で、そんな事を考えている余裕は無くなってしまう。
「最後にね。私の王子様を紹介するね。音山光太君って言うの。りんなを助けてくれたんだよ」
「・・・・・・。音山光太です・・・・・・」
光太は申し訳無さそうに挨拶をするのだが、きっと、この通信を受け取ったりんなちゃんの両親は大混乱するであろう事が予想できた。
「(更にしーぽんも機嫌が悪そうだし・・・)」
しーぽんとしては光太の事が気になりつつも、最初はりんなちゃんを応援していた過去があるので、横に入り込むという事ができないのであろう。
光太もその優しさが仇になって、りんなちゃんを振り切ってしーぽんに告白するまでに至っていなかった。
そして他の連中は、りんなちゃんがまだ12歳と幼い事もあるし、どうにもならない部分もあるので生暖かく見守っているようだ。
「じゃあ、これで通信は終わるね。お父さん、お母さんまたね〜」
りんなちゃんが通信を切り、俺達は通信室をあとにした。
「でも、あの光太の操縦テクニックは凄かったよな。何か神業というか」
通信を終えて部屋に戻ると、ジョジョが先ほどの話を再開して、素直に光太の事を褒め始める。
「おかげで、俺は助かったけどね」
「孝一郎もツキが無いよな。(ビアンカマックス)の故障だなんて」
「ツキも実力の内さ」
「孝一郎君・・・」
俺達が先日の事件の事を話していると、キッチンで料理を作っていたお嬢が、目に見えて落ち込み始める。
「だから、お嬢が気にしても仕方が無いでしょうが」
「でも・・・・・・」
「お嬢、何か足りない物は無いの?」
「ちょっと、調味料が・・・。それと、注文していた飲み物を取りに行かないと」
「俺が付き合うから行こうよ」
「えっ!でも・・・」
「いいから!」
俺はお嬢の手を引くと、買い物に行くと宣言して部屋をあとにする。
「アリサ、妬ける?」
りんなは少し意地悪そうな表情で、アリサに質問をする。
「別に。孝一郎は、おせっかいなんだから」
「アリサと孝一郎君に割って入れる余地は、始めから無かったんだね」
「何を言ってるのよ。しーぽんは」
りんなとしーぽんは、孝一郎とアリサの仲の良さが少し羨ましかった。
「何を気にしているの?」
「あのね・・・。実は私の時も・・・」
「事故では無く事件だと?」
「うん。そんな事を考える自分が嫌なんだけど・・・」
クリスマス一色の街中で、注文していた飲み物と追加の材料を手に俺達は、不釣合いな会話を続けていた。
「でも、本当に100%故意なのかな?」
「どうしてそう思うの?」
「あの時は頭に血が昇っていて気が付かなかったんだけど、本当にそんな事ができるのかな?って思うんだ。だって、技量がほぼ互角なんだよ。多分俺の場合は、(ビアンカマックス)が故障して、魔がさしたのが事実なんだろうけど」
「・・・・・・」
「おーーーい!厚木君!藤沢君!」
「「ケント先輩」」
俺達が乗っていた遊歩道の先で、ケント先輩が俺達を待ち構えていた。
「初佳が、退学になるかもしれないんだ」
ケント先輩と俺達は、町の中心部のクリスマス用のディスプレイの前で話を始める。
「そうですか。2回目だと疑われていますからね」
「実はその事を藤沢君に聞きたかったんだ。あの2年前の事故は本当に、初佳の仕業なのかい?」
「ケント先輩、一つ聞いて良いですか?」
「何をだい?」
「2年前にちゃんと調査はしなかったんですか?予科生が事故で重症を負ったんですよ。普通は事実関係を詳しく調べますよ」
「その件については、藤沢君が重症で事情がすぐに聞けなかった事と、初佳は優秀で飛び級の話があったものだから、すぐに事故という事で片付けられて、詳細は有耶無耶になってしまったんだ」
「それで、今回の件が起こってしまったから、今度はちゃんと調べるのですか。正直、気分が悪いですね」
「いやはや、面目無い」
「ケント先輩は、関係ないと思いますが・・・」
「まあ、そうなんだが・・・。それで、どうなんだい?藤沢君」
「私の答えで何が変わるんですか?」
「今回の件が初犯なら、情状酌量の余地はある。2回目ならば退学決定だ」
「妥当ですかね」
「厚木君はどう思っているんだい?」
「わかりません。俺は自分の件についてのみ、正直に事情を話したつもりですので・・・。あとはお嬢、いや藤沢さん次第かと・・・」
「そうか。それで、藤沢君はどうなんだい?」
「私の答えで彼女の運命が決まるんですね・・・。許せるわけ、ないじゃないですか・・・」
「そうか・・・。初佳は(ビック4)とは言っても、僕達より2歳年下だ。成績は同じでも、色々と背伸びをして無理をしていた点もあると思う」
「それは関係ありませんよ。りんなちゃんは飛び級だけど、そんな事はしませんし」
「そこまで、ハッキリと言われると辛いね」
「そもそも、町田先輩の言い分はどうなっているんですか?」
「部屋に閉じこもって弁明一つ無いんだ。このままでは、確実に退学になってしまう・・・」
「そうですか。じゃあ、本人に聞きに行けば良いんですよ」
お嬢と俺は荷物を部屋に置いてから、みんなに内緒で町田先輩の部屋に出かける事にしたのだが、ピエールに呼び止められてしまう。
「2人きりでどこに出かけるんだい?」
「町田先輩に今回の事件の真相を聞きに行く。関係者以外は、口を挟まない方が良い」
「やよいさん・・・・・・」
「だから、当事者で無い者が口を出さない方が良い」
「わかった。僕達は別の用事を片付けるとするよ」
「別の用事?」
「そうさ。実はクリスマスツリーに飾る星が売り切れで、笙人先輩に貰いに行く事になっているんだ」
「笙人先輩が?」
俺が笙人先輩とクリスマスツリーの星の飾りの接点について考えていると、次に光太がこう言ってくる。
「孝一郎、僕も行くよ」
「何で光太が?」
「一応、関係者だから」
「確かにそうだけどな」
前に光太と対戦した時は俺が子供扱いだったが、この前は、町田先輩が子供扱いで倒されてしまったのだ。
「ビック4」と呼ばれ、尊敬と畏怖の対象であった町田先輩にしたら、人生を変える大きな出来事だったのであろう。
「じゃあ、3人で行くかな」
「そうね」
「そうだね」
こうして、俺達は3人で町田先輩を訪ねる事にしたのであった。
「無用心だな。ロックが掛かってない」
「そうだね」
「入りましょう」
俺達が部屋のドアを開けて中に入ると、昼なのに暗いままの室内で、町田先輩が気の抜けた表情で立っていた。
「町田先輩、無用心ですね」
「天才さんが、こんなところに何をしに来たのかしら?」
「真相を聞きにです」
「真相か・・・・・・。私からその答えを聞こうだなんて、意外と意地が悪いのね。別に話す必要は無いわ」
「俺も、一応は被害者なんですけどね・・・」
「被害者?あなたが?よく言うわ!若くして成功して、次の挑戦でも優秀さを発揮して評価されて!でもね。あなたの下では、何万人もの人が悔しさで泣いてるわよ!」
「それと、何の関係があるんですか?」
「関係はあるわ。初めは大した事はないと思ったから、気楽に話しかけられたわ。でも、すぐに頭角を現して私の地位に迫ってきた。だから、チャンスを生かして蹴落とそうとしただけ。やよいの時と同じ事よ」
俺が隣を見ると、お嬢は体を硬直させて顔を下に向けていたが、町田先輩は話を続ける。
「今回の件もそう。2年前も同じ。あれは事故なんかじゃないわ。わたしが起こした事件よ」
「弁明はしないんですね」
「もしあっても、あなた達の前では絶対にしないわ!私が蹴落とすのに失敗したあなたと、昔蹴落としたやよいと、私を子供扱いした彼か・・・。随分と嫌味なメンバーよね」
「嫌味ですか・・・」
「そうよ、音山光太君。私なんて天才と呼ばれていたけど、精々秀才が良いところ。人の何倍も努力してしがみ付いて・・・。でもあなたは、それを軽々と飛び越えていったわ。わかる?この悔しさが!」
「一番になるって、そんなに大切な事なんですか?」
「それは、隣のもう1人の天才さんに聞くのね」 」
町田先輩の言うもう1人の天才とは、どうやら俺の事らしい。
「俺って、天才なんですか?」
「よく言うわよ。オリンピックで金メダルを取って、次の(ステルヴィア)でも成績優秀で、もう私を追い越そうとしているのに・・・。それに、音山光太にも、片瀬志麻にも、風祭りんなにも、やよいにも信頼されている。あなたは一体何なのよ!私はあなたが一番大嫌い!」
俺が町田先輩に嫌われる理由は、個人の成績や技量の面だけでなく、1歳年上でしーぽん達のリーダー的な存在である事が許せなかったようだ。
俺の存在が、先輩としての自分の存在価値すら奪っているように見えるのだろう。
「そうですか」
「それだけなの?」
「別に珍しい事じゃありませんでしかたら。人に嫌われるのって」
「・・・・・・・・」
「オリンピックで金メダルを取ると人生が変わりますからね。地位・金・名誉・人気が一気に手に入るんですよ。だから、ライバル選手で俺が嫌いな奴なんて山ほどいました。多分、死んでくれないかな?って思われていたと思いますよ」
「・・・・・・。でも、嬉しかったでしょう!?自慢だったでしょう!?鼻高々だったでしょう!?」
「少しだけですよ・・・」
「あれだけの事をして、少しってどういう事なのよ!?あなた何様なの!?」
「そのままの意味ですよ。俺がオリンピックを目指したのは、亡くなった妹の願いだったからです。それまでは、宇宙に出る時に備えて体が鍛えられれば良いと思っていましたからね。でもね。あの子が病院のベッドの上で俺に頼むんですよ。(金メダルが見てみたい)って、だから、(ステルヴィア)の受験を一年遅らせて懸命に両立して、それでやっとメダルを取ってもあの子はもうこの世にいないんですよ!それで、本当に俺が嬉しいと思っているんですか?そんなものは、あなたの価値観でしょう?俺の事も碌に知らない癖に、勝手な事を抜かすな!」
「孝一郎・・・」
「孝一郎君・・・」
俺が感情を露にして町田先輩を一喝したので、光太とお嬢は驚きの表情で俺を見つめている。
「あなただって、私の事なんて知らないでしょう!?」
「知りませんね。お高いあんたなんて」
「先輩に何て口を聞くのよ!」
「先輩ですか・・・。どうせ、もう退学じゃないですか。お嬢に故意に怪我をさせて、俺にも故意に怪我を追わせようとした。一番に拘った哀れな秀才の末路ですよ。それに、自分の地位を脅かすから蹴落とそうとしたですって?あなたは、そうやって一生他人を蹴落とし続けるんですか?学園を出れば、あなたより上の実力を持つ人なんていくらでもいますよ」
「あなたに何がわかるのよ!私が本当にやよいを故意に負傷させたと思っているの?私達はお互いにライバルで親友だったのよ!でも、あの時に助けられなかった!私の力では無理だった!音山君は助けられたのに、私にはできなかった・・・。私にはやよいを蹴落とす実力も資格も無かったのよ・・・」
町田先輩はそれだけを言うと、ガックリとうな垂れて涙を流し始める。
「初佳・・・」
「本音をありがとうございます。だそうですよ。ケント先輩」
俺の合図で、町田先輩の部屋に外に待機していたケント先輩が入ってくる。
「厚木君、ご苦労さん」
「俺は、こんな事は嫌だったんですけどね・・・」
「ケント、これは一体?」
「すまなかったね。僕は君の事を信じているけど、真実を知りたかったのも事実なんだ。そこで、厚木君にお願いをしたというわけだ。僕よりも感情的になって、口を滑らせるかな?と思ってね」
「ムカつく事このうえなかったですけどね。言いたい事は言えたから、お相子なんでしょうけど」
俺の一言で初めは鋭い目付きで俺を睨んでいた町田先輩も、その表情を緩め始める。
「でも、町田先輩の本音は聞けましたけど、問題は、お嬢がどう判断するかなんですけどね・・・」
「孝一郎君」
「何?」
「私と初佳を2人きりにしてくれないかな?」
「・・・・・・。わかった。じゃあ、俺と光太は帰るわ」
「ありがとう」
「僕も帰るとしようかな」
俺と光太とケント先輩は、町田先輩の件をお嬢に一任して部屋を退室する。
「相変わらず、生意気な子ね」
初佳は口ではそうは言っていたが、顔は少し苦笑しているという感じであった。
お互いに言いたい事を言ったので、気持ちがスッキリしたようだ。
「孝一郎君は、生意気よ。でも、初佳もいきなり地雷を踏むから・・・」
「あの子は、前の経歴なんてどうでも良いのね。夢である(ケイティー)のパイロットになれればそれで良い。そして、今の仲間と楽しくやれれば良い」
「そうね。それが孝一郎君の良いところなのかな。でも、彼に悩みがないわけではない」
「そうね・・・」
「残りの話は、パーティーの準備をしてからしましょう」
「パーティーの?」
「この部屋には何もないじゃない。ケーキくらい買いましょうよ」
「やよい・・・」
「2年も間が開いたから、積もる話もあるしね」
「やよい!」
初佳は堪えていたものが我慢できなくなって、そのままお嬢に抱きついて泣き始めた。
「やよい!ごめんなさい!ごめんなさい!」
「初佳、泣かないで。ねっ」
その日の夜、お嬢は俺達に合流しないで町田先輩と2人きりで過ごしたようだ。
翌日、お嬢からジェームズ主任教授宛に手紙が届き、2年前の件は事故であるとの証言が書かれていたために、町田先輩の処分は今学期限りの停学処分という事になったのであった。
(12月24日夜9時、しーぽんの部屋)
「それで、やよいさんは戻って来ないのか・・・」
「ピエール、元気出せよ」
「せっかく、プレゼントも用意したのに・・・」
「明日、渡せば良いんじゃないの?」
「大め!他人事だからって・・・」
町田先輩の部屋にお嬢を置いてきた俺達は、しーぽんの部屋に戻ってからパーティーの準備を終了させ、みんなで前夜パーティーを行っていた。
「あの2人には色々な事情があるんだから、そっとしておくのが吉なんだよ」
「孝一郎の言う通りだね」
「孝一郎と光太って大人だなーーー」
りんなちゃんは感心しつつ、光太の手に腕を絡ませる。
「でも、光太に会えなくなるのは残念だなぁ」
「電話するからさ」
「絶対だよ」
「うん」
「(光太もバカだなぁ・・・。優しいのも時には罪だぞ)」
光太はあくまでも友人として電話をするつもりらしいが、りんなちゃんはそうは考えていないようで、その事がこの問題をより複雑化させていた。
そしてもう1人の当事者であるしーぽんは、2人に遠慮するように少し離れた位置に座っていた。
「しーぽん、光太の隣が空いてるよ」
「でも・・・・・・」
俺が小声でしーぽんに光太の隣に座るように促すと、彼女は少し遠慮しているようだ。
「何で遠慮しているの?」
「だって・・・。りんなちゃんに悪いし・・・」
「それは、仕方がないでしょう」
「りんなちゃんは純粋に光太君の事が好きだし、私も最初は応援していたし・・・」
「俺は割り込んでも問題ないと思うよ。だって、結局は光太の気持ち次第だからさ」
「そうかな?」
「光太が本当にりんなちゃんの事が好きなら、しーぽんのちょっかいなんて無視されるさ」
「それもそうだよね。私、頑張ってみる」
「頑張れよ」
俺が小さい声で応援すると、しーぽんは光太の隣に移動して楽しそうに話を始める。
「世話のかかる妹だな・・・」
「孝一郎もお節介よね」
「ふってしまった手前ね・・・。光太の事もあるし」
「しーぽんとお嬢をふって、私を選んだ事を後悔している?」
「全然」
「おう!即答だな」
「もうちょっと女の子らしく返事して欲しい・・・」
「嘘よ。私はとても嬉しいから」
2人で腕を組んで話していると、突然大が立ち上がる。
「さてと、キタカミさんにプレゼントを渡してくるかな」
「すげえ!やるじゃないか。大」
「何が?」
「えっ?だって、クリスマスプレンゼントをわざわざ渡しに行くんだろう?」
「キタカミさんは、友達だからね」
「あっそう・・・」
「(可哀想に・・・)」
俺達は大のあまりの鈍さに、この場にいないキタカミさんに同情の念波を送る。
「栢山、ちょっと用事があるんだけど・・・」
「何?」
「大切な用件があるんだ」
「わかった」
続いてジョジョと晶も、2人で部屋を出てしまう。
「さてと。アリサ、俺達も行こうか?」
「そうね」
「僕を置いていかないでくれるかな?」
俺とアリサが手を繋ぎながら部屋を出て行こうとすると、唯一独り身であるピエールが俺達を縋るような目付きで見始める。
確かに俺達がいなくなると、残りはしーぽん、光太、りんなちゃんの3人だけになってしまって、部外者であるピエールには辛い状態になってしまうであろう。
「部屋に帰れば?」
「孝一郎も、サラリと酷い事を言うな・・・」
「じゃあ、お嬢を呼び出して告白でもするか?」
「今は、町田先輩と2人きりなんだろう?それは、できないさ」
2人は失われた2年間を取り戻すために、色々と積もる話もあると思われるので、ピエールも無駄に邪魔をして、お嬢に嫌われるような事をしたくないらしい。
「2人きりと言っても、そういう関係じゃないよ」
「誰もそんな事は聞いてない!というかありえるものか!」
「明日のパーティーに、チャンスを生かすんだな」
「よーし!明日に備えて準備をするぞ!」
ピエールは突然叫んでから、部屋を飛び出してしまった。
「何の準備をするのかな?」
「さあ?」
「孝一郎、待ってくれよ!」
続けて俺達が部屋を出ようとすると、光太が俺に縋り付きながら小声で懇願してくる。
「どうしたんだ?光太」
「(僕を置いて行かないでくれ)」
「はっ?」
「(いや、この状況はまずいんだよ・・・)」
室内でしーぽんとりんなちゃんに挟まれた状況になっていた光太は、他に人がいなくなる事を恐れている様子だ。
「(チャンスなんだから、しーぽんに素直に告白してしまえ)」
「(りんなちゃんが、僕から離れないし・・・)」
俺と光太は小声で会話を続けるが、俺には俺の予定があるので、今回は彼の希望に沿う事ができそうになかった。
光太もせっかくのチャンスを生かせば良いのだが、もう少しで「ステルヴィア」を離れるりんなちゃんに嫌な思いをさせたくないらしい。
だが、りんなちゃんが不在の時に、光太としーぽんがくっ付く事の方がよっぽどりんなちゃんにはショックだと思うので、これは光太の我侭であろう。
「(場とチャンスは設定した。あとは光太の実力と度胸次第だな)」
「孝一郎・・・」
「じゃあね」
「光太またね」
俺とアリサは、光太を放置して素早く部屋を出てしまうのであった。
「光太も、少し可哀想だけどね」
「こればかりは、俺にもどうしようもないからな」
「光太も優し過ぎるのよ」
「言えてる」
「その話は終わりにして。2人きりのイブに乾杯!」
「乾杯」
俺とアリサは、自室でキャンドルのみを明かりにしてシャンパンで乾杯をしていた。
「こういうのもロマンチックで良いだろう?」
「そうね。はい、クリスマスプレゼント」
「ありがとう。何かな?」
俺が包みを開けると、中から手編みのセーターが出てきた。
「いつの間に編んでたんだ?」
「こっそりと編んでたんだ。渡せるかどうか、わからなかったけど・・・」
あの時は、お嬢、しーぽん、アリサと3人でけん制していたので、準備はしていても、俺に渡せるかどうかが不安であったらしい。
「女の子に手編みのセーターを貰うなんて初めてだ。ありがとう」
「どういたしまして」
「続いて俺からなんだけど・・・」
俺は、ポケットの中から小さなプレゼントの包みを取り出した。
「まあ、定番だけどね。そんなに高くないけど」
「ペアリングね」
俺は包みを開けて中からリングを取り出し、アリサの指にそっとはめてあげる。
「普通のシルバーリングだけどね。休日にでも付けてくれよ。俺もそうするから」
「ありがとう。とても嬉しい。孝一郎が私を選んでくれるとは思わなかったから・・・」
「そうかい?」
「今になれば、しーぽんは事情を聞いたからないとしても、お嬢は綺麗だし、スタイルも良いし・・・。私じゃあ、勝ち目がないかなって思ってた・・・」
「お嬢は、俺より一つ年上だから何でも話し易かったんだ。お姉さんみたいに思っていたのかも・・・」
「そうなんだ。それで、私の事はどう思ってるの?」
「そうだな。いつもはちょっと口が悪いけど、大切な時には俺を励ましてくれたり、助けてくれる。優しい女の子かな?だから、俺はアリサを好きになったんだと思う」
「孝一郎・・・」
「ピンポーン!」
「ここ一番のタイミングで誰だよ!」
クリスマスイブに2人きりで部屋で、雰囲気の良くなった俺達は自然に唇を重ねようとしたのだが、突然のチャイムに邪魔をされてしまう。
「はいはい」
俺がドアを開けると、そこには先ほどしーぽんの部屋に置いてきた光太が立っていた。
「孝一郎、助けてくれないかな?」
「何をだ?」
大切なところで邪魔をされてしまったので、俺が不機嫌そうに返事をすると、光太が申し訳なさそうに俺にお願いをしてくる。
「2人がニコニコしながら、僕を見つめているんだよ」
「怒っていないんだろう?というか、怒る理由がないからな。お前はしーぽんを素直に呼び出して告白する。これだけで、事が足りるはずだ。りんなちゃんは、お友達として仲良くするんだな」
「とても、そんな事ができる雰囲気じゃないんだよ・・・」
光太の話を総合すると、26日になったら「ウルティマ」に帰ってしまうりんなちゃんは、己の不利を補うべく、クリスマスでの光太のしーぽんへの告白を巧みに阻止する作戦に出たらしい。
アリサを含め、あの部屋の3人の仲の良さは変わっていないが、恋愛だけは別のようだ。
「じゃあ、りんなちゃんが帰ってから告白すれば?」
「それじゃあ、りんなちゃんに悪いよ。多分、志麻ちゃんもそう考えているから、上手くいかないと思う」
「りんなちゃんも、意外と策士だな」
りんなちゃんは2人の性格を見越して、自分がいない間に2人の関係が進むのを阻止したいと考えているようだ。
「それで、両親に頼んで正式に(ステルヴィア)に転校して来てから、勝負をかけるのか・・・」
「どうしようか?孝一郎」
「知らないよ。お前が告白するしか手がないから。明日に勝負をかけろ!」
「それは、難しいのに・・・」
俺と光太が玄関先で話をしていると、アリサが奥から出てきた。
「もう遅くなったから、部屋に戻るね。光太も部屋に戻るでしょう?しーぽんとりんなに伝えておくから」
「そうだね」
「じゃあね。孝一郎」
「アリサ、明日な」
アリサは、嬉しそうに指にはめた指輪を見つめながら、自分の部屋に戻って行った。
「アリサ、嬉しそうだったね」
「アリサの事は良いんだよ。問題は俺の方なんだ」
「孝一郎の?」
「何でもう一分!いや30秒遅く来なかったんだよ!自分が上手くいってないからって、それはないと思わないか?同じ男として!」
「はあ?」
俺は丁度良いタイミングで、アリサとのキスを邪魔した光太の追求を始める。
「僕が何かをしたの?」
「したんだ!それも、とても重要な事をだ!」
「そうなんだ」
「駄目だこりゃ・・・」
俺は光太を懸命に追求したのだが、光太には「糠に釘」のようであった。
「せっかくのセカンドチャンスを!」
俺のやり場のない怒りの声は、クリスマスイブの男子寮の廊下に木霊するのであった。
(同時刻、ナジマの自室内)
「天のいと高きところには神の栄光を、地には人々の平和を・・・」
ナジマは、購買部で多量に買い占めたクリスマス用の星の飾りを室内中に飾り立てて、部屋の真ん中で祈りを捧げるという不可思議な事を行っていた。
「ナジィ、お腹が空いたんだけど・・・」
「まだ祈りは終了していないわ。それよりも、星を動かしなさい」
「へいへい」
呼び出された御剣ジェットが、星を吊るしているプラネタリウムの安物のような機械を操作すると、星は簡単にその位置を変えた。
「僕が整備科だからって、おかしな機械を作らせるし・・・」
「これで、南半球の星の位置に変わったわ。全地球に住む人々に星の光を・・・」
「そんな見た事のない人の幸せよりも、僕の幸の方を優先してくれよ・・・」
御剣の悲しみの声は、誰にも届かなかった。
(12月25日夕方、「ステルヴィア」大講堂内)
「それでは、明日(ウルティマ)へと旅立ってしまう、風祭りんな君から一言お願いします」
翌日、生徒会主催のクリスマスパーティーが主催され、多くの学園関係者が出席する中、司会者であるケント先輩が、りんなちゃんにお別れの挨拶をお願いしていた。
「短い間ではありましたが、お世話になりました。今はちょっと無理ですけど、必ず(ステルヴィア)に戻って来たいと思います」
りんなちゃんは年齢に似合わぬ、しっかりとした挨拶をしてから壇上を降りた。
「りんなちゃんは、さすがだな」
「しーぽんよりも、しっかりしているかもね」
俺とアリサはパーティー用の衣装に着替えて2人で話をしていた。
俺は適当に選んだフォーマルスーツを着ていたが、アリサは前に体育祭の優勝祝賀会の時に着ていたのとは別のピンク色のドレスを着ていて、俺に貰った指輪とネックレスを完全装備していた。
「孝一郎のそういう格好って初めて見るね」
「一応、高級ブランド製だぜ。もらい物だけどな。アリサこそ、前に着ていたドレスとは違うんだな」
「似合う?新たに購入したのよ」
「似合ってる。綺麗だ」
「ありがとう」
「私達もそうだけど、ジョジョと晶も上手くいったようね」
「そうみたいだな」
会場内では、正装したジョジョと晶が2人で楽しそうに話をしていた。
「ジョジョも、意外とやるな」
「ジョジョは、マメだからね」
他の連中の様子を観察すると、大はキタカミさんと話をしながら大量の料理を皿に盛って食べていたが、2人が恋人同士かと言うと、かなりクエッションマークが付いてしまう。
「大って、ある意味偉大な男だよな」
「あんなに可愛い子に迫られてるのに、全く気が付いていないからね」
続いてピエールを見ると、彼はお嬢に用意したプレゼントを渡していた。
「これで、告白というわけでもないのか」
「ピエールは軽いからね。年上のお嬢は無理なんじゃないの」
「俺より顔は良いのに・・・」
「だから、標的外にはモテモテじゃないの」
確かにピエールは、同学年の女の子達には受けが良く、時間があれば数人の女の子と楽しそうに話をしていたが、彼女達の誰かと付き合うという事もなく、お嬢を追いかけ続けているようだ。
「その他は・・・。古賀先輩は、本科生の同級生の子なのかな?御剣先輩は・・・」
「げっ!ナジマ先輩?」
古賀先輩は本科生と思われる可愛い女の子を連れていたが、御剣先輩はあの「ビック4」のナジマ先輩と楽しそうに話をしていた。
あとで聞いた話なのだが、あの2人は本科生の間では有名なカップルらしい。
「変人同士、気が合うのかな?」
「さあ?」
御剣先輩は背丈や体型は俺と同じくらいで、見た目もさわやかな好青年であったが、常に工具箱を持ち歩いていたり、何かアイデアを思いつくと道端でもメモを取り始めたりと、かなりの変人として知られていた。
ナジマ先輩については、今更語る事もないであろう。
「そして、光太か・・・」
光太は挨拶を終えたりんなちゃんに腕を組まれ、その隣ではしーぽんが定位置から離れないという状況が確認できた。
「あそこは、暫くはどうにもならないな」
「そうね」
「何が、どうにもならないの?」
「お嬢、ピエールは?」
「他の子と楽しそうに話しているわよ」
先ほど、ピエールからプレゼントを貰っていたお嬢が、俺達に話しかけてくる。
彼女は、黒いチャイナドレス風のドレスを着ていて、そのスタイルの良さと相まって周囲の注目を浴びていた。
「ピエールに、プレゼントを貰ったんでしょう?」
「そうよ。あくまでも、お友達としてね」
「あっそう・・・」
俺はその想いが報われないピエールに同情のしつつ、先ほどの質問に答える事にする。
「光太としーぽんの関係に、変化なしって話をしていたんだ」
「明日にはりんなちゃんがいなくなるんだから、チャンスだと思うけど」
「しーぽんは、俺にふられて光太に切り替えたばかりで、りんなちゃんとも仲が良くて、本人不在の時に抜け駆けをするのはどうかと思っている。よって、暫くはお友達同士という事でね」
「光太君は、どうするのかしら?」
「あいつも、優しいからね・・・」
「その点、孝一郎君は決断が早いわよね」
「先送りの優しさなんて、意味がないと俺は思っているから。でも、他人には強制できないし、俺も即決した割には、あとで後悔する事も多いしね・・・」
「私をふった事を後悔してる?」
「今のところそれはない」
「残念」
俺とお嬢が話を続けていると、急に会場内が騒然となった。
「何かあったのかな?」
「初佳が、来たみたいね」
何とあの町田先輩が、周囲の動揺も気にしないでこちらに向かって歩いてきたのだ。
「町田先輩が?あの人って今学期一杯の間、停学でしょう?」
「このクリスマス会は、生徒会主催だけど正式な学校行事じゃないから」
アリサが口にした疑問にお嬢が普通に答える。
だが、あの事件は緘口令が敷かれてはいたが、あの「ビック4」の町田先輩が退学になりかけた大きな事件であったので、学園内に詳細を知らない人はいなかった。
なので、俺も含めて彼女がパーティーに出席するとは誰も思っていなかったのだ。
「昨日の今日で出てくるなんて、勇気があるよな・・・」
町田先輩はシックな赤いドレスを着ていて、元が美人なのでとても良く似合っていた。
「こんばんは。厚木君」
「どうも・・・」
「ごめんなさい」
「えっ?」
「ごめんさい」
俺は突然、本当にすまなそうな表情をした町田先輩に謝られてしまい、思わず動揺してしまった。
「いや・・・。べつに・・・」
「初佳。孝一郎君は、もう怒っていないわよ」
確かに、お嬢の言う通りであった。
良くも悪くも町田先輩と俺の接点は小さく、別に友達というわけでもなかったので、段々と怒りが薄れてきていたからだ。
もし、あれをしーぽんやお嬢にやられていたら大分ショックだったと思うのだが。
「また、ジョーストで勝負してくれるかしら?」
「(ビアンカマックス)が、故障した時に止まってくれればオーケーです」
「ありがとう。本当にごめんさい」
「ええ・・・。まあ・・・。イテっ!」
俺が、町田先輩のしおらしい態度に少しドキドキしていると、いきなり隣にいたアリサに尻を摘まれる。
「アリサ、それはないんじゃないの?」
「美人にデレデレしない」
「してないのに・・・」
「私、もう彼にも謝らないといけないから」
「光太ですか?」
「ええ。彼が止めてくれなければ、大きな過ちを犯すところだったから」
「確かにそうですね」
「それじゃあ」
町田先輩は、俺達の元を辞して光太達のところへ向かった。
「えらく素直に謝るものなんだな」
「初佳は、元はああいう子だったのよ」
「ふーん」
そんな話をしている間に、町田先輩は光太に話しかけていた。
光太本人は、相変わらずの朴念仁ぶりだったが、両脇のしーぽんとりんなちゃんはかなり動揺しているようだ。
「音山君、ありがとう。私の過ちを止めてくれて」
「いえ。僕は孝一郎を助けようと思って、必死だっただけですから」
「あなたは優しいのね・・・。それでも、ありがとう」
「町田先輩・・・」
町田先輩の神妙な表情に、さすがの光太も驚いたようだが、次の瞬間に更に光太を驚かせる出来事が発生する。
「私にはこんな事しかできないけど・・・」
「えっ?」
町田先輩はそれだけを言うと光太に抱きつき、その頬にそのまま自分の唇をあてる。
「えーーーっ!」
「はへっ?」
「?????????」
町田先輩の突然の行動に光太は硬直し、しーぽんとりんなちゃんが悲鳴と驚きの声をあげるなか、会場中の人間がその衝撃で一言も発せずにいると、町田先輩は自分でした事に顔を赤らめながらこう言った。
「私、男の子にあそこまで圧倒されたのは初めてなの。音山君の事が好きになったみたい」
「・・・・・・・・・」
光太はその衝撃の大きさから、いまだに硬直したままであったが、これには隣にいたしーぽんとりんなちゃんが黙っていなかった。
「町田先輩!破廉恥ですよ!」
「あら、好きになったものはしょうがないじゃない。それとも、片瀬さんは音山君と付き合っているの?」
「あの・・・。それは・・・」
まだお互いに告白していない状態なので、しーぽんは、付き合っていますとは答えられなかった。
「町田先輩!光太を取らないでください!」
「風祭さん、あなたと音山君じゃあ彼が犯罪者になってしまうから。ねっ」
「ねっ、じゃなーーーい!」
「とにかく、光太君に近づくのは禁止です!」
「それは私の自由だから。ねえ、音山君」
「いえ!光太君は私と!」
3人の少女が光太を巡って言い争いを始めた横で、光太はいつもとは違って、棒立ちのままいつまでも硬直していた。
「あーあ。これで3すくみか」
「孝一郎、どういう事なの?」
「今までは勉強が一番で、恋愛に疎そうな町田先輩にとって、天才少年音山光太君は衝撃だったんだろうな」
「光太も可哀想に・・・」
「少し前の俺だな。今はとても平穏な日々だけどね」
「しかし、町田先輩も立ち直りが早いわね」
「いつまでも、クヨクヨされても困る。まだ完全には立ち直ってはいないけど、カラ元気も元気のうちさ」
あの事件のあとなので、完全に立ち直ってはいないのだろうが、他の事に目を向ける余裕はあるみたいなので、俺は安心していた。
だが、光太には、再び苦難の日々が再開されるようだ。
「俺は、アリサがいてくれればいいや」
「孝一郎」
「でも、隙を見せたら私が奪うからね」
「お嬢に隙は見せないわよ。成績の事ならともかく、孝一郎は絶対に譲れないわ!」
「あーーーあ。ガードが固いわね」
「あのーーー。これで、一応パーティーは終了なんですけど・・・」
「ケント、誰も聞いていないぞ」
「確かにね」
パーティー会場にいる全員の注目は、音山光太を奪い合う3人の女性達に向かっていた。
「これから、音山君はどうなるんだろうね?」
「さあな?外から見ると、こんなに面白い事もないのだがな」
「厚木君の次は、音山君が女難に遭うか・・・」
会場の壇上でケントはそう呟いたのだが、その発言を聞いていた人物は隣にいた笙人律夫のみで、パーティーの参加者達の視線は、例の4人に向いたままであった。
「光太君、これからは私と自主練習をしてね。厚木君に勝つには、彼を上回る実力を持ったあなたと練習するしかいないのよ」
「町田先輩!光太君を名前で呼ばないでください!」
「あら、別に構わないわよね。光太君」
「ええと。まあ・・・」
「光太君!」
「光太!私がいない間に浮気は駄目よ!」
「本気なら良いみたいよ。光太君」
「「町田先輩!」」
こうして、光太はクリスマスにしーぽんに告白する事に失敗し、3人の女性達に付き纏われる事になるのであった。
あとがき
光太の女難編スタートです。
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