(12月20日、「ステルヴァア」学園内)
「孝一郎、早く来なさいよ。か弱い私にこんなに重たい物を持たせる気?」
「誰がか弱いの?」
「あんたの可愛い彼女がよ!」
「自分で言うかね・・・」
「セカンドウェーブ」が太陽系を去った翌日、俺達は学園内で固定した備品や荷物を元に戻す作業を行っていた。
「はいはい。お持ちいたしますよ。可愛い可愛いアリサ様」
「本気で言ってる?」
「それは、ご想像にお任せします」
昨日の告白から数時間後、パーティーを抜け出した俺達は2人きりで色々な話をした。
俺は、生い立ちの事やら家族の事を。
そして、死んだ妹の亜美がしーぽんに瓜二つである事も正直に話した。
アリサは、お嬢としーぽんに先に話していた事のみを怒りながら、俺にも自分の妹の写真を見せてくれた。
その写真に写っている子は亜美ほどでは無いが、しーぽんに雰囲気がそっくりであった。
結局俺もアリサも、頼りなさそうな妹に似たしーぽんが心配だったようで、「俺達は似た者同士だ」などと言って笑い合っていた。
そして、晴れて恋人同士となった俺達であったが、別に変わった点も無く、2人は前と同じような口の聞き方をしていた。
俺もアリサもこちらの方が気楽で、気に入っていたからだ。
「アリサ様、ご命令通りに荷物をお運びいたしました。次のご命令を」
「いつまでやってるのよ。ご苦労様。作業も終わった事だし、XECAFEにでも行きましょうよ」
「そうだな。喉が渇いたし、腹も減ったし」
「行きましょう」
俺とアリサは手を繋いでから、XECAFEに移動を開始する。
「本当にあの2人は付き合っているんだね」
「大は、今更そんな事を言っているのか?」
「いつもは、前とそれほど変わらないからさ」
「そこが自然で良いんじゃないか。なあ、栢山」
「そうかもしれない」
「じゃあ、俺達もXECAFEに行こうぜ」
「そうね」
ジョジョと晶は2人で仲良く話しながら、XECAFEに向かう通路を歩き出した。
「そちらも確定なんだね」
「小田原君、私も片づけが終わったのよ。一緒に行きましょう」
「うん。そうだね」
大も、どこからか現れたナナに手を引かれながら通路を歩き出した。
「お前も確定だろうが・・・。仲間は光太くらいかな?」
ピエールが光太の方を見ると、しーぽんとりんなに挟まれた光太が、楽しそうに話をしながら歩いていた。
「となれば、僕はフリーのやよいさんを誘って・・・」
「ピエール君、私先に行くから」
「そんな・・・」
お嬢は、しーぽんに追い付くと4人で仲良く話をしながら歩き始めた。
「待ってくれーーー!」
確かにお嬢はフリーになったが、ピエールが彼女を振り向かせる事ができるのかは、まだ誰にもわからなかった。
「明日からはいよいよDLSによる実習が始まるわね」
「DLSねえ。どんなものなんだろう?」
「さあ?」
昼食を終えたいつものメンバーは、フリーのドリンクをテーブルの上に置いて、明日からの新しい実習について話していた。
「全ての情報をビジュアル化して、脳の視神経に直接送り込むらしい」
ピエールが簡単に説明をしてくれたのだが、その説明に全員が首を傾げていた。
「具体的な例も無いし、経験者もいないからよくわからないな」
「経験者ならいるよ」
「誰が?」
「光太が(インフィー)で使ってた」
りんなちゃんが、隣の席の光太に腕を絡ませながら質問に答える。
「そういえばそうだったな」
「私も、光太君の見ていた映像を見たよ」
「どうだった?」
「うーーーん。具体的に言われると困るけど、宇宙全部を表現したような感じで・・・」
光太と「インフィー」に乗ったしーぽんにも、よくわからない代物のようだ。
ちなみに、光太にも聞いてみたのだが、光太自身にもよくわからないそうだ。
「明日のお楽しみって事?」
「大の言う通りだな」
ジョジョが、大の発言に首を縦に振っていた。
「さて、俺はこれで失礼するよ」
後片付けもひと段落し食事を終えた俺は、午後の時間は半休という事なので席を立つ事にする。
「孝一郎君、どこに行くの?」
「アリサとデート」
「なっ!ハッキリ言い過ぎよ!」
「別に隠す事じゃないしね」
「でも・・・・・・」
お嬢の質問に正直に答えた俺は、抗議の声をあげるアリサの腕を取って、外に向かって歩き出す。
「それでは、また明日」
「孝一郎、恥ずかしいわよ!」
「俺は気にならない」
「私は気にするのよ!」
「孝一郎は事が決まると、全く動揺しないんだな」
ピエールの意見に全員が一斉に頷く。
「光太、私も(ウルティマ)に帰る時のお土産を買いに行くから手伝って」
「僕が?」
「行こうよーーー」
「わかったよ。行こうか」
りんなは光太の腕を取りながら席を立って、そのまま外に向かって歩き出した。
「りんなちゃんと光太ってどうなってるの?」
「りんなちゃんは結構本気だと思うけど、光太はねえ・・・」
「りんなちゃん、私も付き合うよ」
「本当?やったーーー。しーぽんも一緒だ」
「私も行くわ」
「やよいもありがとう」
「この状況で喜んでいるところがまだ子供なんだよね。りんなちゃんも」
大の解説に、ジョジョは納得したように何回も首を縦に振っている。
「待ってぇーーー!僕も行くよーーー!」
「ピエールの想いが報われる日ってあるのかな?」
「さあ?藤沢さんの気持ち次第だと思うわよ」
「今は厚木にふられたばかりだから無理か」
「傷心に付け込むという手もあるわよ」
「キタカミは、よく知ってるな」
「一般論よ。私、男の子と付き合った事ないし」
「私もないわよ」
ジョジョと大が話している横で、晶とキタカミが残った者同士で話をしていた。
「女性って冷静だね」
「残ったのは俺達だけか・・・」
「じゃあ、4人でどこかに遊びに行く?」
「いいねーーー」
「私も賛成!」
「私も構わないけど」
最後の4人も席を立って、そのテーブルは無人になった。
「若いって良いよね。みんな相手がいるようで、遊びに出かけてしまったよ」
同じZECAFEの端の席で、「ビック4」と古賀・御剣コンビも、ティータイムを楽しみながら話をしていた。
「ケント先輩も、年寄りみたいな事を言わないでくださいよ。でも、先輩って彼女いないんですか?」
「古賀君もキツイなーーー」
「ケント先輩なら、ここいらにいる女子生徒達に告白したら、半数以上がオーケーすると思いますよ」
「僕は、プレイボーイじゃないんだけどね」
「そう言えば、笙人先輩はどうなんですか?」
「俺か?興味が無いわけでもないが、今は全く焦っていない」
「先輩はストイックですね」
「それよりも、明日からは予科生達のDLS教習が始まるわけだ」
「ナジィと町田さんが担当するんだっけ?例の1−Bを」
「そうよ。ジェット、(ビアンカマックス)の操縦システムの切り替えは大丈夫なの?」
「今日の午前中に全部終わらせたよ。何しろオースチン財団の技術者達がいるから、楽な事と言ったら」
「じゃあ、これからの時間は空いているのね?」
「そうだね」
「じゃあ、最近放りっぱなしだったんだから、どこかに連れて行きなさい」
「わかったよ。じゃあ、パーツショップに・・・」
「本屋よ」
「わかりましたよ」
「初佳、また明日」
「ええ」
「先輩方、失礼します。じゃあな、古賀」
御剣とナジマは、同時に席を立ってXECAFEを出て行った。
「不思議なカップルだ・・・」
「既に老成してますよね」
「さて、僕もどこかに出かけますか」
「また廃墟巡りですか?」
「再開発地区にいい場所を見つけてね」
ケントは、また懲りずに新しい廃墟を見つけたらしい。
「ああ、P−4地区ですね。また呪われない様に気を付けてくださいよ」
「俺は修行でもするかな」
笙人は、相変わらず修行の日々のようだ。
「町田さんはどうするの?」
「・・・・・・・・・」
「じゃあ、俺もこれで・・・」
古賀は暗い表情のままで、一言も言葉を発しない初佳に違和感を感じながらも、自分も彼女との待ち合わせ場所に向かうのであった。
「孝一郎、あんまり恥ずかしい事をしないでよ」
「何で?」
「みんなの前であんなに大胆に」
「別に迫害されている宗教じゃないんだから、いいじゃないか」
俺とアリサは私服に着替えてから、腕を組んで街中を歩いていた。
「それで、どこに出かける?」
「考えてなかったの?」
「考えてみたら、どこも人だらけだし」
「グレートミッション」に成功した影響で、街中は多くの人で溢れかえっていて、どこの施設も店舗も満員状態であった。
「確かにそうだよね。よし!わかった!私が孝一郎の部屋でご飯を作ってあげよう」
「そいつは、すみませんなぁ」
「孝一郎、部屋にある食材を述べよ!」
「カップメン・食パン・大量の米・ビタミン剤・水・日本酒・焼酎・ワイン。以上です」
「水はどの部屋でも出るでしょうが!料理酒以外の酒を食材に入れるな!買い物をするわよ。孝一郎は、その生活破綻者ぶりを何とかしなさい!」
「それは不可能だ」
あれから自分なりに努力をしてみたのだが、「グレートミッション」前の猛訓練で途切れたうえに、自分には全く料理の才能が無い事に気が付かされただけであった。
俺に出来る事は、湯を沸かして注ぐ事と、レンジでチンをする事のみであった。
「あんたねえ・・・。さあ、買い物に行くわよ」
「あの2人、とんでもない事を話しているわよ」
「2人きりで部屋で食事して、その後は・・・」
総勢5人で買い物に来ていたしーぽん達は、たまたま街中で2人の会話を聞いてしまっていた。
「何がとんでもないの?」
「りんなちゃん、孝一郎とアリサが部屋で2人きりなんだよ」
「ああ。エッチな展開になるって事?」
「りんなちゃん、身も蓋も無いよね・・・」
「恋人同士なんだから良いんじゃないの?」
「それは、そうなんだけど・・・」
ピエールはりんなのあっけらかんとした答えに、かなり驚いていた。
「キスくらいするでしょう。恋人同士なんだから」
「(やはり、具体的にはその先を知らないか)」
ピエールが安堵していると、りんなはこんな事を言い始めた。
「だったら、みんなで遊びに行けば良いんじゃないの?」
「「「「その手があったか!」」」」
「それで、りんなちゃんが心配だと言うから、みんなで様子を見に来たと?」
「そうなんだよ。なあ?光太」
「うん。まあね」
「俺はそんなに危険に見えるのか!」
アリサと買い物を済ませ、部屋に戻って食事を作っていると、突然チャイムが鳴り、ドアを開けるといつものメンバーが玄関先に立っていて、部屋にあげる羽目になってしまった。
「お嬢もしーぽんも、何をやっているんだか・・・」
お邪魔虫達の中にはしーぽんとお嬢も入っていて、2人はキッチンでアリサと仲良く食事を作っていた。
「お前ら、恨むからな」
「1人だけ大人の階段を登ろうとする、孝一郎へのけん制だ」
「正直にありがとうよ!光太は」
「まだ早いと思うけど」
「お前らの妄想には付き合っていられん」
結局、その日はみんなで楽しく食事をしながら過ごしたのであった。
(12月21日午前中、「ステルヴィア」周辺訓練宙域)
「いよいよ、DLSによる実習が始まるな」
「楽しみだな」
「言えてる」
今日は「グレートミッション」終了後、初の実習であったので、初めは慣らし運転をしてから、全員がDLS用のゴーグルを付ける事となった。
「それでは、ゴーグルを付けてからゆっくりと所定のコースを飛んでみる事。今日は最初だから、それほど焦らなくても大丈夫だ」
レイラ先生の合図で、全員がDLS用のゴーグル着用する。
「へえ、こんな風に見えるんだ・・・」
ゴーグルを付けた俺は、DLSが映し出す映像を暫く見つめ続けていた。
「うっ、気持ち悪い・・・」
「アリサ、大丈夫か?」
「見つめると気持ち悪くなる・・・」
「無理するなよ。今日は初日なんだから」
「孝一郎は大丈夫なの?」
「何とかね」
「羨ましいわね」
DLS越しに他のみんなの様子を観察すると、初めてのDLSに戸惑っている者が大半で、酔っ払いのようにフラフラと飛んでいる者が大半であった。
「光太は大丈夫・・・だよな」
あまり高速ではないが、光太は落ち着いた様子で「ビアンカ」を飛行させていた。
DLSを使用した実習の初日は、ほぼ全員がD〜E判定を出してしまうらしいが、光太はまたもやC判定といったところであろう。
「厚木、あなたはコースを飛行させないの?」
突然、通信機に今日の実習の補助をしているナジマ先輩の声が入ってくる。
「そんなに焦らないでくださいよ。俺は初心者なんですから」
「そう?落ち着いているように見えるけど」
「そうでもないですよ」
「キャーーー!」
突然、通信機にクラスメイトの悲鳴が入ってくる。
どうやら、彼女は「ビアンカ」の操作を誤って暴走しているようだ。
「あら。操作を謝ったのね」
「随分と落ち着いてますね」
「毎年の事だから・・・。初佳、行くわよ」
「了解」
ナジマ先輩と町田先輩の乗る2機の「ケイティー」は、操作を誤って暴走を開始した「ビアンカ」の追跡に入る。
「動力を切りなさい!慣性飛行に切り替えて!」
「はい!」
「行くわよ!ナジィ!」
「ええ。DLSは」
「あらゆる情報のビジュアライズ!」
「不可視を可視に変え」
2機の「ケイティー」は、「ビアンカ」まで最短距離で飛行してから重力ポケットを展開して、独楽のように回転していた「ビアンカ」を挟み込んでその暴走を止めた。
「やっぱり、(ビック4)は凄いね」
俺はその様子を感心しながら眺めていた。
「それじゃあ、俺もやってみますか。行くぞ!(ビアンカマックス)」
「ビアンカマックス」を所定のコースに移動させてから、走り始めようとすると、後から1機の「「ビアンカ」が付いてくる。
「りんなちゃんかい?」
「そうだよ。孝一郎、勝負しよう」
「いいけど、大丈夫なの?」
「最初はちょっと気持ち悪かったけど、もう大丈夫。DLSって面白いよね」
「だよな。よーし、勝負だ!」
「私も入れてちょうだい」
「お嬢も慣れたものだね」
「私も経験無いわよ」
「そうなんだ。じゃあ、3人で競争だな」
「そうね。しーぽんは向こうで元気一杯に飛ばしているから」
俺がしーぽんの方に目を向けると、所定のコースを物凄いスピードで飛行しているしーぽんの姿が見えた。
「初めに色々とアドバイスした身としては、負けられませんね」
「そうね。私も負けられないわね」
「勝負!勝負!」
「じゃあ、スタートだ!」
3人は、一斉に決められたコースを飛び始めるのであった。
「そんなバカな・・・」
「あの子達、凄いじゃないの」
「ケイティー」の中で待機していた初佳とナジマは、目前で繰り広げられる華麗な飛行に驚きの声をあげていた。
「片瀬志麻、厚木孝一郎、藤沢やよい、風祭りんな。みんな、あなたの予科生レコードを更新して、本科生を含めた中でのトップ10入りか」
「ええ。そうね・・・」
「初佳、良かったじゃないの。昔、負傷して(ステルヴィア)を降りた友達が完全に復活して」
「ええ・・・」
初佳の心境は複雑であった。
前は落ちこぼれだった予科生、昔自分と自主練習をしていて怪我をして「ステルヴィア」を降りた元親友、「ウルティマ」で遊び代わりに「ビアンカ」を操縦していた天才少女。
そして、自分でもできなかった事を成し遂げてしまった、今は猫を被っている天才少年と、全員がナンバーワンであるはずの自分を脅かす存在であったからだ。
「(そして、あの子達を纏める存在になっている厚木孝一郎!彼をこのままにしていたら!それに、私はライトニングジョーストではもう彼に勝てない!)」
この瞬間、初佳の目標は完全に定まっていた。
風祭りんなは「ウルティマ」に帰ってしまうので除外し、藤沢やよいが自分の呼び出しに応ずるとも限らないのでこれも却下した。
厚木孝一郎と自分は、現時点であまり良好な関係とは言えないが、基本的に先輩・後輩のケジメは付ける人物なので、訓練に付き合ってくれと言えば呼び出しに応じるだろうし、あのメンバーの中心人物である彼がいなくなれば、残りの連中も心理的なダメージを受けるであろう。
更にケントと兄と彼の関係を考慮すると、事が露見しても罪にならない可能性もあった。
「(私は誰にも負けられない!厚木孝一郎!覚悟しなさい!)」
この時の初佳の目付きは、獲物の定まった肉食獣そのものであった。
「ううっ、気持ち悪い・・・」
「孝一郎、大丈夫?」
DLSによる実習はとても楽しいものであったが、「ビアンカマックス」を降りた瞬間に、俺は猛烈な吐き気に襲われていて、男子トイレの洗面所で光太に背中を擦られていた。
「すまんな、光太。でも、お前は大丈夫なんだな」
「そうだね。僕は普通だよ」
「羨ましい事で・・・」
「孝一郎は、初日から飛ばしすぎだよ」
「つい楽しくて・・・」
「保健室に行こうよ」
「そうだな。大分気分は良くなったけど、薬でも貰いにいくか」
俺と光太で保健室に向かうと、そこは気分の悪そうなクラスメート達で一杯であった。
「蓮先生、薬ください」
「あら?厚木君もなの?」
「ええ。さっきトイレでゲロってきました」
「汚いわねーーー」
「悪かったな。アリサ」
椅子に座って口を押さえていたアリサが文句を言ってくる。
「じゃあ、お薬をあげるから。でも厚木君って、今日の実習でクラスで2位だったんでしょう?」
「そうですね。しーぽんが1位、俺が2位、お嬢が3位、りんなちゃんが4位という事で」
4人のタイムは、全員が町田先輩の予科生コードを僅かに更新していたが、その差は一秒と離れていなくて全員が団子状態であった。
「それなのに、あなただけが気持ち悪いと」
「俺だけなんですか?」
「そうよ」
蓮先生の指摘で保健室の隅を見ると、アリサを保健室に連れてきた、元気そうなしーぽんとお嬢とりんなちゃんの姿が確認できた。
「孝一郎、気持ち悪いの?」
「DLSを付けてる時は大丈夫なんだけど、外して(ビアンカマックス)を降りると駄目みたい」
「慣れれば大丈夫よ」
「お嬢の言う通りである事を祈りたい」
「じゃあ、お薬も貰った事だし、お昼にでも行きましょうか」
「そうだな。うどんでも食べるかな?」
午前の実習も終わり、お昼の時間なのだが、このクラスでまともに昼飯が食えそうなのは非常に少数の人物だけであった。
「孝一郎、私も連れてって・・・」
「はいはい。わかりましたよ」
俺は蓮先生の診察を終え、薬を貰ったアリサの手を引きながら食堂へと歩き出すのであった。
「アリサ、大丈夫?」
「少しずつ気分が良くなってきた」
「俺も」
「孝一郎君は、回復が早いね」
「それだけが取り得だから。それよりも、ピエールは大丈夫なんだな。大ですら駄目なのに」
「これが僕の実力さ」
「たまたまでしょう」
「アリサはうるさい」
食堂への通路を、しーぽん、お嬢、りんなちゃん、俺、光太、ピエールと歩いていると、前方から町田先輩とナジマ先輩が歩いてくる。
「今日はありがとうございました」
「「「「「ありがとうございました」」」」」」
「結構楽しませて貰ったわ」
お嬢を先頭に全員がお礼を言うと、ナジマ先輩が気楽に答えてくれる。
「あなた達のクラスは凄いわね。誰かに教わったの?」
急に町田先輩が俺に質問をしてきたのだが、その声はいつもより暗いような気がした。
「いえ、特に教わってはいませんが」
「そうなの。じゃあ、私はこれで」
町田先輩はそれだけを言うと、1人早足で俺達の元を去っていく。
「ナジマ先輩、町田先輩はどうかしましたか?」
「私にはわからないわ」
俺は町田先輩の微妙な変化に気が付いていた。
「グレートミッション」前後のような、攻撃的な口調は無くなっていたのだが、以前よりも表情が暗くなっていたのだ。
「何があっても、それは初佳自体の問題だから」
「それはそうなんですけどね」
「私も、他のクラスの補助があるからこれでね」
「あっ、呼び止めてしまってすいません」
「気にする事はないわ。じゃあ」
続いてナジマ先輩も、俺達の元から去って行った。
「孝一郎、早くお昼に行こう」
「アリサ、もう回復したの?」
「孝一郎もでしょう。さあ、早く」
俺はアリサに腕を引かれながらも、何かが心の奥に引っ掛かっていたのだが、それが何なのかは自分でもまだよくわかっていなかった。
「町田先輩に呼ばれている?」
「そうなんだよ」
放課後、学園内のロビーで寛いでいた俺は、突然現れた町田先輩に翌日の自主練習に誘われていた。
そして、その事をみんなに話すと、全員が勝手に盛り上がっている。
「自主練習かあ。凄いじゃないか」
「じゃあ、代わってあげようか?」
「お断りします」
「グレートミッション」前からの俺と町田先輩の冷たい戦争状態を知らないジョジョは、羨ましそうに言うが、代わってやると言うと、即座に断りを入れてくる。
やはり、彼女は凄いけれど怖い先輩というイメージが先行しているらしい。
「でも凄いじゃないの。きっと、(ビック4にお入りになりませんこと?)とか言われるのよ」
「町田先輩はそんなんじゃなぁーーーい!」
アリサのどこぞのお嬢様のような口真似に、りんなちゃんが違うと反論をしている。
「俺が入ったら、(ビック4)じゃ無くなるじゃない」
「孝一郎、ツッコムところはそこじゃないから」
「(グレートミッション)で途切れていた、(ライトニングジョースト)の再開だと思うよ。そんな特別な事でもないさ」
「町田先輩も、(ラトニングジョースト)だけは孝一郎君に勝てないからね」
「しーぽんの言う通りだけどね」
「・・・・・・・・・」
「お嬢、どうかしたの?」
「・・・・・・。ううん。何でもないの」
そのあと、俺がお嬢にもっと詳しい事情を聞けば良かったのだが、それを忘れてしまったので、翌日に大変な事件が発生してしまうのであった。
(翌日の放課後、学園内展望台)
翌日の放課後、俺と町田先輩は自主練習前に学園内にある展望台で話をしていた。
「自主練習じゃないんですか?」
「あなたと話がしたかったの」
「そうですか」
「最近、つれないわね」
「何で私がつれないのか、自分の胸に聞いてみたらどうですか?」
「グレートミション」を控えての厳しい訓練の間や、本番時に聞かされた数々の暴言に俺は静かに腹を立てていた。
別に俺の事だけなら構わないのだが、対象がしーぽん達にも向いていた事が余計に腹の立つ原因になっていたのだ。
「私は事実を述べただけよ」
「そうですか」
俺は反論する気も無かったので、特に何も言わなかった。
今の彼女は、心に色々と暗い怨念を秘めているグレッグ・オースチンに似ているという印象を俺は持っていた。
そんな彼女に、現時点で何を言っても無駄だと思ったからだ。
「あなたは、どうして宇宙に来たの?」
「(ケイティー)のパイロットになるためですよ。入学初日に話したじゃないですか。(まだ、あなたがまともに見えた頃の事ですよ)」
「それだけ?」
「他に何が必要なんですか?」
「宇宙は、子供の夢をかなえる場所じゃないのよ!」
「そうですか?別にそれで良いと思いますけど」
「あなたは柔道で太陽系一になったのだから、それを続ければ良かったのよ!」
「そんな事を、指図される覚えはありませんね」
「その考えは傲慢よ。世の中には、柔道で一番になりたい人も沢山いるのに、なれない人がほとんどよ。一回オリンピックで勝ち逃げして、次は宇宙で一番を狙うの?傲慢にもほどがあるわ!」
展望台で俺と町田先輩が言い争いをしているので、周りの生徒達が驚きの表情で俺達を遠巻きに見めていた。
「別に一番で無くても良いんですけどね」
「どうしてかしら?」
「別に一番の人しか受け入れてくれないほど、宇宙は狭量じゃないでしょうから」
「確かにそうね・・・」
「だから、町田先輩はどうぞご自由に一番を目指して頑張ってください。私は好きにやりますので」
「なら、私の好きにやらせていただくわ。練習に付き合ってちょうだい」
「わかりました」
そこまで話すと、俺と町田先輩は格納庫に移動を開始するのであった。
「前と同じ条件よ。3本勝負で手加減なしで」
「手加減できるほど、私は上手じゃありませんけどね」
「例のモードは使わないの?自主練習なら使えるはずよ」
「普通モードの方が、細かい動きができますから」
俺達は格納庫でそれぞれの機体を起動させてから、「ライトニングジョースト」のリングを展開して両コーナーで対峙していた。
「では、行くわよ!」
「了解!」
町田先輩の「ケイティー」と俺の「ビアンカマックス」は1本目の勝負を開始し、俺はすれ違いざまに「ケイティー」の後部に強烈な一撃を叩き込んだ。
「手ごたえあったな」
「前より、強くなっている!DLSのせい?」
だが町田先輩の「ケイティー」は、外側のバリアーに弾き飛ばされるのをギリギリで防いだようで、お互いに反対のコーナーに移動した俺達は、すぐに2本目を開始した。
「負けられないわ!」
「これで!」
2本目の勝負は、小刻みに飛行経路を変更した町田先輩と、懐に潜り込んだ俺の一撃がお互いの機体後部に直撃し、引き分けのままで終了する。
「食らってしまったか・・・」
「何でなの!何であの子は・・・。次で引き分けたら、また私の負け・・・。絶対に認めない!」
3本目の最後の勝負がスタートし、俺は「ビアンカマックス」を最高速度に引き上げたのだが、急にコックピットに警告音が鳴り響いた。
「えっ!推進部にエラー表示?さっきのあの一撃でか?」
リングの中で「ビアンカマックス」は急に動きを止めてしまい、俺は懸命に再起動をかけるのだが、町田先輩の「ケイティー」は高速で突進してくる。
「町田先輩、ちょっとタンマ!」
「・・・・・・・・・」
「町田先輩!止まってくださいよ!」
俺は通信機で叫び続けたのだが、町田先輩の「ケイティー」は全くスピードを落とさなかった。
「(町田初佳と自主訓練をしていて、大怪我をしたの・・・)」
「まさか!お嬢の怪我って!?」
俺は自分の迂闊さを呪いながらも、どうする事もできないでいると、突然通信機に光太の声が入ってくる。
「町田先輩!あんた!最低だよ!」
光太のものと思われる「ビアンカ」は、信じられない機動で停止中の俺の「ビアンカマックス」を追い越し、町田先輩の「ケイティー」に連続攻撃をしかける。
その動きは神業そのもので、そんな動きができるのは、宇宙でも光太だけであろうと思われた。
「光太、助かったよ」
「藤沢さんに助けに行ってくれって頼まれたんだ。ギリギリで間に合って良かった」
俺の「ビアンカマックス」の前方には、重力スティックを砕かれ、何回もの攻撃を受けて緊急停止してしまった「ケイティー」の姿が確認できた。
「本音を言うと、美女の救いの方がありがたかったような」
「孝一郎は相変わらずだな。でも、無事で良かった」
「これでも、優勢だったんだけどね。故障さえしなかったら」
「孝一郎君、大丈夫?」
光太に少し遅れて、しーぽんも「ビアンカ」に乗って現れる。
「しーぽんも、すまないね。俺なら大丈夫さ」
「良かった」
「みたいだね。さあ、帰ろうか」
「そうだな」
俺が「ビアンカマックス」のディスプレイを見ながら細かい調整をすると、すぐに動力の再起動に成功した。
「何だ、すぐに動くじゃないか」
「そりゃあ、僕が丹精込めて整備している(ビアンカマックス)だからね」
更に通信機に御剣先輩の声が入ってくる。
どうやら、格納庫からであるらしい。
「じゃあ、急に止まらないでくださいよ」
「機械は時に我侭になるものさ。それとね。言いにくいんだけど・・・」
「厚木、町田。少し話がある」
「レイラ先生・・・」
御剣先輩の近くにいると思われるレイラ先生から、通信が入ってくる。
「お前達は何をしていたんだ?数人の予科生が、お前と町田が口喧嘩をしていると言いに来て、様子を見にくればこの有様だ。町田の(ケイティー)も回収しなければいけないし、当事者である、お前達の話も聞かねばなるまい。本当に面倒を増やしてくれて」
「じゃあ、免除してくださいよ」
「そういうわけにはいかない。状況的に見てお前に罪は無いようだが、町田には詳しい話を聞かねばなるまい。町田には、2年前の事があるしな。今回の件で疑惑が確信に繋がる可能性も出てきたわけだ」
「知っていたんですか」
「とにかく、正直に話して貰うからな」
その後、俺はレイラ先生に正確に事情を話し、町田先輩は今回の事件と再浮上した2年前の疑惑の調査が終わるまで、無期限の停学処分となったのであった。
「やれやれ。酷い目にあったな」
「「「お勤めご苦労様でした!」」」
ジョジョとピエールと大が、教官室から出てきた俺を刑務所から出てきた前科者のように出迎えてくれる。
「おいおい、俺は全然悪くない事が認定されたんだよ」
「そうなのか。良かったじゃないか」
「孝一郎君、ごめんなさい。私がちゃんと話していれば・・・」
「俺は何ともないから、お嬢は気にしなくて良いんだよ。それに、もうすぐクリスマスなんだぜ。気分はハッピーで行かないと」
続いてお嬢が俺に謝ってきたが、彼女は何も悪くないので気にしないように言う。
「孝一郎君・・・」
「疑惑が事実なら、町田先輩は自業自得で退学になるんだ。俺達が考えても仕方がないさ」
「確かにそうね・・・」
「もう終わったんだし、飯でも食いに行こうぜ」
「この騒ぎで、自分で作るのも面倒くさいわね」
「どこかに食べに行くか」
俺がみんなに食事の誘いを入れると全員が歩き出したのだが、アリサだけが俯いたままその場を離れなかった。
「アリサ、どうしたの?」
「ごめんなさい・・・」
「何が?」
「私、孝一郎が町田先輩に呼ばれたって聞いて、一人ではしゃいでいた。こんなに大変な事になってしまったのに・・・」
「俺も予想していなかったさ。だから、アリサは気にしないで良いんだよ」
「でも・・・」
「気にしないで良いんだ」
俺はそう言って、泣き顔のアリサをそっと抱き寄せた。
「孝一郎が無事で良かった」
「俺も、アリサに無事に再会できて良かったさ」
「こいつらは・・・・・・」
「恥ずかしくないのか・・・」
「良かったじゃないの」
ピエール、ジョジョ、大はそれぞれに感想を述べる。
「いいなーーー」
「凄い!本当の恋人同士だ!」
「羨ましい・・・」
「晶ちゃん、何か言った?」
「別に・・・・・・」
「誰とああいう事がしたいのかな?」
「やよい!」
「なあ。早く飯を食いに行こうぜ!」
俺はアリサと腕を組みながら、みんなに食事に出かける事を催促する。
「お前らが、恥ずかしい事をするからだろうが・・・」
「ピエール君は、誰とそういう事がしたいのかな?」
「アリサさんに教えてちょうだぁ〜い」
「このバカップルが!」
ピエールは顔を赤く染めながらお嬢の方を見ていたが、肝心のお嬢はそれに全く気が付いていなかった。
「クリスマスには、りんなちゃんのお別れ会もするから、打ち合わせもしないといけないだろう」
「おおっ!さすがはリーダー!」
「ジョジョは、俺がリーダーだって事を忘れていただろう?」
「書記長のアリサが非常に目立つからな」
「それは言えてる」
「孝一郎君、もうアリサにお尻に敷かれているの?」
「しーぽんも、言うようになったなーーー」
「しーぽん、あとでお仕置きね」
「ええーーー」
俺達がそんな話をしながら廊下を歩いていると、前方ではジョジョと晶が楽しそうに話し、光太はしーぽんとりんなちゃんと楽しそうに話し、ピエールはぎこちなさそうにお嬢と話をしている様子が確認できた。
「光太もどうするのかね?」
「しーぽんか、りんなちゃんかって事?」
「りんなちゃん、(ウルティマ)に帰っちゃうしさ」
「りんなは、まだお子ちゃまだからね。それに、しーぽんも始めはりんなを応援していたけど、孝一郎の次に気になるのはやっぱり光太でしょうし、りんなもそれに気が付いているし」
「複雑だな」
「そうね。でも、まだしーぽんは光太の気持ちを受け入れないと思う」
「そうだよな。昨日の今日だし」
「他は以前と変わらずよ」
「大も?」
「僕がどうしたの?」
俺達の隣を歩いていた大が、質問をしてくる。
「キタカミさんの事だよ。週末に良く遊びに行くんだろう?平日でも、よくXECAFEで一緒にお茶飲んでるし」
「キタカミさんは友達だからさ」
「あっそう・・・」
「あの子も報われないわね。大のどこが良いのかはわからないけど」
「大は大物だからな」
「何それ?」
「そのままの意味だよ」
「何か言った?」
「いいや、別に」
翌日、町田先輩の起こした事件は「ステルヴィア」中を駆け巡り、学園内は大騒ぎとなった。
噂では退学になるとも言われていて、クリスマスを控えた現時点で、俺達の心に少しながら影を落としていた。