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「幻想砕きの剣 11-7(DUEL SAVIOR)」

時守 暦 (2006-10-25 22:09/2006-10-26 16:51)
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22日 駐屯地 正午


「ぬがっ」「イタッ」『キャッ』『む』「「ぐえええええ!!!!」」


 リコの前で惨劇が起こっている。
 あちゃー、と隣でリリィが顔を覆うのが見えた。

 何があったかと言うと…前話の最後で、黒い球体(小)に飲み込まれた透達。
 しかしそれはリヴァイアサンの攻撃ではなく、リコが彼らを召喚するために開いたゲートだったのである。
 そうとも知らずに急停止を試みつつ走りこんだ結果、全員揃って…訂正、実体の無い憐以外はバランスを崩して倒れこんだのだ。
 しかも下から順に、病み上がりの透、シュミクラムを装着している為意外と重くなっているアヤネ、そしてUMAの汁婆。
 …下敷きにされた透が、なんと言うか平べったくなっている。
 このままもう少し体重をかければ、ペッタンコになってアヤネのシュミクラムにどこぞのカエルよろしく張り付いてしまうかもしれない。
 どっこい生きてたタフなヤツ。


『お、お兄ちゃん!?』

「と、透!?
 しっかりして!
 アナタが死んだら、私はいつ死ねばいいのよ!?」


「…なんか妙な事言ってるわね」


 アヤネが何気にダークな発言をしたような気がするが、ノータッチ。
 リリィは汁婆に注意を向けつつ、透を診察した。
 別に医術の心得があるのではないが、特別危険な状態でもなさそうだ。

 一方、汁婆は冷静である。


『…さっきの黒い穴はなんだ?』


「あなた達を助ける為に突貫で創った、召喚用の次元の穴です。
 あの巨大なエネルギーの塊の射程範囲外に居ますから、一先ずは安全です」


『そうか…助かった
 感謝する』


 そう言いながらも、汁婆の顔色はよくない。
 …この場の誰にも気付かれなかったが。
 どうやら、自分の最大の武器である脚力をフルに発揮しても、リヴァイアサンを振り切れなかった事を屈辱に思っているらしい。
 自分が世界の誰より速いとまでは思ってないが、この脚に誇りを持っていたのも事実。
 ギリ、と奥歯を噛み締め、より一層の精進とリベンジを誓う汁婆だった。


 透の診察を終えたリリィは、マナを遮断する結界で透を包む。
 理由は知らないが、ドムからそうしろと直々に頼まれた。
 アヴァター史上、5本の指に入る名将に頼まれては断る術はない。
 リリィは結界を安定させ、外からの魔力探知をしっかり遮断している事を確認する。

 それからアヤネに向きなおった。
 透を心配そうに見るアヤネにちょっと微笑む。
 見かけはクールな雰囲気なのに、妙に乙女チックに感じたからだ。


「彼に大した怪我はありません。
 ほら、元気にゲホゲホ咳き込んでいます」

「それは元気なの…?」

「ええ、充分元気です。
 それにしても、アヤネさんに圧し掛かられてこんなに咳き込むなんて…。
 …そんなにショッキングだったのかしら…」

「い、いや…それい、以前に、メッチャ重かったゲホゥア!?」

「…誰が重いって……?」


 うおっ、目が獣人形体になっている。
 リリィは思わず一歩後ろに下がった。
 アヤネが獣人だとは知らないが、獣を連想させるような迫力がある。

 鳩尾に一発喰らった透は、必死に言葉を紡ぐ。
 息がロクにできないので苦しいなんてものじゃないが、このままだとアヤネに殺されそーだ。
 別にアヤネが重いと言ってるのではない。


「シ、シュミクラムとそこのUMAが重いです…」

「…あら」


 早とちりに気付き、ホホホとキャラに合わない笑いで誤魔化すアヤネ。
 アヤネは、自分に突き刺さるジト〜っとした視線を感じた。
 冷や汗を垂らしつつ視線を動かすと、憐が半眼になってアヤネを睨んでいた。
 …あまり迫力は無い。


「あ、え、えぇとね…」

『…アヤネさんの乱暴者』

「うぐっ」


 痛い。
 普通に痛い。
 アヤネは思わず心臓の辺りを押さえてよろめいた。
 自分では理知的な方だと思っていただけに、余計に痛い。

 そのアヤネを、リリィがアレな人を見る目で見詰めていた。
 それに気付いて、首を傾げるアヤネ。


「…なに?」

「いえ…あんなのに追いかけられれば、幻聴とか聞こえるようになるのも無理はないな、と…」

「は?」

「私だったら、腰くらいは抜かしてたかもしれないし…。
 うん、尊敬します。
 だから、もうゆっくり休んでください」

「…なんだか人生に疲れて、壁に話しかけるようになった人みたいな言われようなんだけど」

「はい、解かってます。
 勿論アヤネさんは違います。
 …空気と会話する人ですけど」

「……」


 アヤネ、暫し沈黙。
 …空気と話している?
 アヤネはちゃんと、憐と会話していた。
 会話の内容は痛いが。
 …………ちょっと待て。
 ……………………憐と?


「あ、あのね!?
 私は空気と話してるんじゃなくて、透の妹と話してて!」


 よく考えてみたら、憐はシュミクラムを使ってない人間には見えないんだった。
 確かに事情を知らない人が見れば、空気と話しているようにしか見えないだろう。
 増して、リヴァイアサンのようなトンでもない代物に追いかけられた後だ。
 錯乱ていると思われるのも、当然と言えば当然。


「えぇ…どんな妹さんなんですか?
 私にも紹介してください。
 あ、でも休む方が先ですね。
 檻のある病院に入っても、快適に過せるようにお願いしておきます」


「だから私の妄想じゃないの!
 透!
 何とか言って、お願いだから!」

「なんだか破局になりかけてるカップルみたいですね」

「嬉しくないわよ!」

「喜ばれても」


 アヤネに助けを求められるも、透は相変わらずゲホゲホ咳き込んでいる。
 …が、心なしか、先程よりもワザとらしい。
 どうやら、アヤネにド突かれたお返しのようだ。

 …このままだと話が進まない。
 とりあえず、救いの神を干渉させてみる。


「…リリィさん、アヤネさんが言っているのは本当です」

「…リコ?」


 唐突に口を挟んだリコに、目をパチクリさせるリリィ。
 アヤネは救世主を見るような目でリコを見詰めている。


「えぇ、本当の事です。
 わざとらしく肯定しても、話を聞いてないと思われるだけですから…。
 適度に疑って見せるか、アヤネさんの言う事は当然の事で不自然な事などない、くらいの態度で臨まねば」


「なるほど、それもそうね、リコ。
 例えノイローゼでも恐慌状態でも、相手が聞いているかいないかの区別をつける理性は残っている事があるもの」


「頼むから信じてええぇぇぇ!!!」


 アヤネ、絶叫。
 その絶叫で、それこそ戦場神経症を見る目が集まりつつあるのだが…。

 透の咳き込みは、何時の間にやら体の震えに変わっている。
 笑いを堪えているようだ。

 ちなみに憐はと言うと、自分の姿が他人に見えないと突きつけられるのは少々哀しいが、それ以上にアヤネの醜態が面白いようだ。
 先程までの心配そうな顔は何処へやら、ケタケタ笑っている。

 汁婆?
 リヴァイアサンを睨みつけて、じっとしてます。
 つくづくマイペースなUMAである。


「まぁ…冗談はこれくらいにして、リリィさん。
 相馬さんの妹かどうかは知りませんが、リリィさんには見えない人がここに居るのは事実です」


 一頻りアヤネで戯れたリコは、真面目に戻ってリリィを見る。
 ちなみに、透はこっそり笑っていたのがバレて、アヤネにチョークスリーパーを喰らっている。
 苦しいながらも、何気に背中の感触に歓喜しているようだ。


「? なに、幽霊でも居るっていうの?
 でもアヴァターの幽霊は普通に見えるわよ」


「はぁ、ある意味似たようなモノかもしれませんが…。
 リリィさん、この辺りにマナの偏差があるのは解かりますね?」


「ええ、さっきから何かと思ってたんだけど」


 リコが指差す先には、憐が居る空間。
 憐は驚いた。
 今まで、特に何もこちらから接触しようとしてないのに、自分の存在を感知されたのは初めてだ。
 まぁ、それは憐にとって喜ばしい事なのだが。


「私にも姿自体は見えませんが、この辺りに…そう、人間の精神が発するエネルギーが漂っています。
 これが漂っていると言う事は、そこに人間が居ると言う事です。
 相馬さんの妹かどうかはさて置いて、ここに誰かが居るのは確か…。
 アヤネさんは、この人と会話していたと思われます」


「…リコ、なんでそんなエネルギーを感知できるの?」


「私の召喚器の力です。
 あまり詳しい事は知りませんが、私の召喚器は他の召喚器とは用途が違うようで…。
 元々召喚と異世界探査のための物のようですし」


 そう言われればそうか、とリリィは納得する。
 …書くまでもなくウソである。
 リコが憐の存在を察知できたのは、単に赤の力がその場に留まっているのが見えたからだ。
 召喚器云々は、全くのデタラメ。
 リリィのみならず救世主クラスは、リコの召喚器を見た事がないので、「そういうモノです」と言われると何となく納得してしまうようだ。

 言われたリリィは、やはり半信半疑の目付きで憐の居る空間を見詰める。
 …何も感知できない。


「…まぁ、リコも言っている事だし…アヤネさんを信じましょう。
 治療には私も手を貸すからね」


「それって信じてない…」


 力ない透のツッコミ。
 …彼の首筋とかに歯形がついているが…気にしない方向で。
 大方、含み笑いをしているのがアヤネにバレて、八つ当たりも兼ねてボコられたのだろう。

 アタネは黙ってシュミクラムの出力端子を引き出した。
 先端には鋭い針が付いている。
 リリィはそれを見て、ちょっとイヤな予感を覚えた。


「あの、それはプス…え」


 一瞬後、リリィの首筋に小さな痛みが走る。
 振り返るとそこにはアヤネが居て、しかも出力端子をリリィに突き刺していた。


「な、ななな何を!?」


「別に頚動脈に刺して暗殺しようなんて考えてないわ。
 ちょっとやりたくなったけど…。
 これはシュミクラムの視覚データを共有するための端子よ。
 ほら、あっちを見なさい。
 そこに憐が居るから」

「え?」

 ゴキッ


 慌てるリリィの首を、アヤネは強引に振り向かせた。
 …ヤバイ音がする。
 アレな人扱いされた仕返しか?
 と言うかアヤネ、そろそろ自分の力が普通よりもずっと強いのだと覚えないか?
 今のリリィは、軽くムチウチ症風味だぞ。


 首が悲鳴をあげているが、リリィはそれ所ではなかった。
 …目の前に少女が居る。


(…誰?
 さっきまで居なかったわよね?
 ……これが相馬さんの妹?
 実在したの?)


「…これで解かってくれたかしら?」


「これが偽造の映像でなければ。
 ……むぅ…本物くさい…」


『憐は臭くないよぉ』


 抗議する憐。
 口元も、しっかり動いている。
 よくできた立体映像だ、とリリィは思った。


「…リリィさん、とにかく彼女は実在します。
 ええと…名前は…」


「水坂憐だ。
 諸事情があって、俺とは苗字が違う。
 仲良くしてやってくれ」


「……うん…まぁ…実に保護欲をそそる子だこと…」


 呻くような口調のリリィ。
 保護欲をそそられるが、人によっては逆に壊したくなるような少女である。
 そう…特にクラスメートのあの少女だと…。
 最近はツキナの傷ついた姿を見た為もあって自制しようとしているが、裏を返せばそれだけ欲求が溜まりつつある、と言う事でもある。
 未亜が自制しきるか、それとも理性が限界に達してキレるか…実に際どいラインだ。
 …ここは、自分達がイケニエと言うか防波堤になって未亜を止めねばならないシーン?
 大河が近くに居るのだから、押し付けてしまいたい気持ちで一杯だ。


「…リリィさん、デカブツが停止しました」

「え?」


 一人だけ冷静だったリコが、リリィの肩を叩いてリヴァイアサンを指差す。
 目を移せば、確かに巨大な黒い球体は動きを止めている。
 しかも、徐々にだが小さくなりつつあった。

 透は憐に目を移す。


「…憐、お前何かやったのか?」


『え? ううん、あの子はもう、憐の言う事を殆ど聞いてくれないの…』


「…じゃ、どうして…?」


 首を捻る憐達。
 その答えはリコが提示した。


「簡単な理屈です。
 アレの標的たる相馬さんが探知できなくなったのが、理由の一つ。
 もう一つは…憐さん、あのデカブツは憐さんの一部なのですね?」

『! ……うん…』

「ちょっと待て、どうして知ってるんだ?
 どこまで聞いてる?」


 憐を庇うように透が口を挟む。
 リリィ達は、リヴァイアサンの事を知らない筈。
 誰かから聞いているのかもしれないが、それにしては言動がおかしい。

 リコは顔色一つ変えなかった。


「憐さんが放つ魂の気配と、あのデカブツの気配が、一部ですが非常に似通っています。
 デカブツの気配は、幾つもの気配が交じり合っていて解かりづらいのですが…その混沌とした気配の中で、憐さんと同じ気配がしっかりと伝わってくるのです。
 つまり、あのデカブツの中で、憐さんは重要な要素を占めているか、大部分を占めている事になります。
 しかし、あれ程の大容量の大半を占める魂…そんな巨大な魂を持った人間など、聞いた事もありません。
 ですから、憐さんの一部があのデカブツのコア又はそれに類するモノとなっている…と推測しました」


「いや、別に推理過程を教えてくれと言ったのでは…。
 そ、それはともかく…どうしてリヴァイアサンは止まったんだ?」


「リヴァイアサン、ですか…。
 ……先程も言ったように、憐さんの一部がリヴァイアサンの重要な部分を占めているのでしょう?
 相馬さんを求めている事を考えても、それは確かです。
 そして、いくら離れているように見えても、憐さんとリヴァイアサンは繋がっている。
 ですから…憐さんが嬉しくなればリヴァイアサンも嬉しくなり、暫し動きを止めます。
 逆に哀しい事、辛い事があったら…」


「その原因を排除するため、リヴァイアサンがやってくる…と言う事?」


「おそらく」


 アヤネと透は目を剥いた。
 リヴァイアサンの性質を、見事に看破してのけている。
 リコは更に付け足した。


「先程アヤネさんをからかっていたのも、憐さんを愉快な気持ちにさせ、リヴァイアサンを止めようと考えたからなのです」

「その台詞、私の目を見て言ってみなさい」


 …本当に付け足しだった。
 目を見て言えと言われたリコは、無表情にアヤネに向き直り。


「先程アヤネさんをからかっていたのも、憐さんを愉快な気持ちにさせ、リヴァイアサンを止めようと考えたからなのです」

「…棒読みの上、黒目に嘘って字が浮き出てるわよ」


 ジト目のアヤネ。
 …ひょっとして、これも憐を楽しませる為にやっているのだろうか?
 現に憐は笑っている。
 が、どーしてもそこまで考えてやっているとは思えないアヤネだった。


「まぁ、それは別にいいんです」

「私はよくない…」

(…元気になってるなぁ、アヤネは…)


 先程まで、生を放棄しようとしていたとは思えないほどだ。
 それだけ救世主クラスが濃い面子だと言う事か。
 機構兵団チームも濃いが、やはりこの連中には敵わない。


「とにもかくにも、暫くリヴァイアサンは動かないでしょう。
 相馬さんが結界から出ない限りはね。
 暫く相馬さんには、ここで待機していてもらいます」


「…それはいいけど、アレどーすんだよ。
 何だかエライコトになってるぞ」


 透が指差した先は、リヴァイアサンの上。
 どういう理屈なのか、リヴァイアサンの上空だけ黒い雲が集まりつつある。
 しかも、遠くから見ても解かる程に激しい稲妻が迸っているのだ。
 リヴァイアサン周辺に落雷し、巨大は破壊跡を残している。

 更に、砕かれた大地が浮かび上がり、揺らめき、砕け、まだ爆散すらしていた。
 ここからは確認できないが、竜巻が起こる予兆すらある。

 加えて、妙な色の光が乱舞していたり、はたまた激しく動いていた岩や雷が、時間を止められたかのように急停止。


「…本気で物理法則に影響を与えだしてるみたいね。
 存在するだけで、周囲を制圧する…。
 人間ってあそこまで行けるものなの?」


「リリィさん、憐さんが…」


「あ…ご、ごめん…」


『…いいの…。
 でも、憐はそっちじゃなくてこっち…』


 憐をバケモノ扱いするような発言をしてしまい、慌てて謝るリリィ。
 …が、アヤネのシュミクラムは既に外されているので、憐の姿が見えず明後日の方向に頭を下げてしまう。
 こう言っては何だが、憐の姿が見える透やアヤネ、リコからはマヌケな光景に見えた。
 まるでコントだ。


「まぁ、実際…人間のみならず、意志の力とは考えられているよりも強いものです。
 …いえ、強いと言うより…世界に対する影響力が加速度的に強くなる、と言った方が正確でしょうか。
 一人の意思では、どんなに強い思いや決意でも、それだけでは世界は大して揺るぎません。
 意思の力を世界に反映させようと思えば、肉体や魔力と言った媒介が必要となります。
 ですが、弱く軽い意思でも、その場に居る全員が一斉に同じ事を思えば話は別です。
 あらゆる過程をすっ飛ばして、世界は少しだけ揺らぎます」


「…つまり…シュレティンガーの猫が、外からの意思によって作用されるようになる…?」


「そうです。
 世界中の人が、『この箱の中の猫は死んでいる』と思えば、生きている猫でも死に、『今話しているリリィさんはネコりりぃモード』と誰もが信じれば、リリィさんはネコモードになる訳ですね。
 さぁ、皆さん念を送ってください。
 運がよければ、作者が何か強迫観念に取り付かれ、ネコりりぃを如何なる手段を用いても出そうと「やめんかッ!」

「猫?」

『…ネコさん?』

「ネコ?」

「なんでもないの、気にしないで」


 首を傾げる2人(憐は見えない)に適当に手を振り、リリィはリコに向き直った。


「それで、アレを止める方法はあるの?
 過程は知らないけど、水坂憐の半身…と言う事は、消滅させた場合…こっちの水坂憐にも、何かしらの影響があるわよ」

『あ、そ、それは…』

「な!?」


 透は大きく目を開く。
 憐は隠し事を知られた子供のように動揺していた。


「憐、それは本当か!?」

『…う、うん…。
 あの子は憐だから…。
 ひょっとしたら、一緒に消えるかもしれないの…』

「何で黙ってたんだ!?
 せっかくまた会えたのに!
 いや、そりゃ俺の記憶もまだ戻ってないけど!」

『………』

「憐!」 

「透、落ち着きなさい。
 …辛いのは彼女も同じよ…」


 憐に食って掛かろうとする透を、アヤネは羽交い絞めして止めた。
 透もそれくらいは分かっている。
 解かっている筈だった。
 消滅するかもしれないのは、憐本人。
 せっかく再会できた兄と、また別れねばならないかもしれないのだ。
 だからと言って、何もしなければ兄はリヴァイアサン…己の半身に取り込まれて死ぬ。
 それだけは耐えられない。
 だから、『ひょっとしたら大丈夫かもしれない』と言う可能性に賭けるしかなかったのだ。
 しかしそれを話したら、理由に関わらず透はリヴァイアサンと戦う手を鈍らせるだろう。


「…すまん…」

『…いいよ。
 黙っててごめんなさい…』

「…憐ちゃん…いいのね?」

『…うん』


 力なく、しかしキッパリと頷く憐。
 アヤネはやり切れない想いと同時に、憧憬の念と、一抹の安堵の念を覚えた。
 自分の命よりも、孤独を埋める事よりも、何よりも透を優先する想いの強さ。
 そして…。


(…ここが…私の死に場所ね…)


 良い死に場所を見つけた、とアヤネは思う。
 透は戦えない。
 リヴァイアサンと戦うのは、自分達の役目だ。
 そしてアヤネは、リヴァイアサンに止めを刺す役割を自分に課す。
 もし憐がそのせいで消滅してしまえば、透はアヤネを恨むかもしれない。
 だが、その代わりに透は生き残り、そしてその恨みは透の記憶に、アヤネの存在を刻み込むだろう。
 透に苦しみを押し付ける事になるが、まだ欝っているアヤネにとって、それはとても魅力的な死に場所に思えた。

 その思いは、誰にも気付かれなかった。
 気付く前に、アヤネのシュミクラムに通信が入ったからだ。
 ピー、ピー、と着信音が響く。


「はい、こちらシドー・アヤネ。
 何か?」

『ミノリです。
 無事ですか?』

「お蔭様で。
 ちょっと透が私達の下敷きになったけど、怪我はないから」

『下敷きですか…。
 昨日と言うか今日の夜まで、肋骨とか凄い事になってたんですから。
 気をつけてくださいね』


 口元のマイクで通信するアヤネを、リリィは訝しんだ目で眺めている。
 それはそうだろう、シュミクラムで送られてくる通信は、装着者の耳元で聞こえる程度の声しか出さない。
 シュミクラムの機能を知らない人から見れば、一人でブツブツ言っているようにしか見えはしない。
 やっぱり精神病院に連れて行くべきか、と真剣に検討する。
 まぁ、その後、王宮でシュミクラムの操縦訓練をしていた時に、通信機能を使っていた事を思い出したのでやめたが。

 ちなみに、現在透には憐の姿が見えなくなり始めている。
 騙し騙し使っていた通信装置が、完全にイカレ始めているようだ。
 だからミノリからの通信も、ノイズだらけである。


「それでミノリ、何か上から作戦でも伝えられた?」

『はい、王宮から後退の許可が出たそうなので。
 なんだか、もう暫く包囲を続けておけ、との事でしたが…』

「後退するの? でも…」

『お兄ちゃんを動かしたら、あの子に居場所がバレちゃう…』

『あ、憐ちゃん? 怪我はありませんか?』

『うん、大丈夫。
 それより、どうしよう…』


 唐突にアヤネとミノリの通信に割り込む憐。
 本来シュミクラムの回線は、同じようにシュミクラムでしか送受信できないのだが…憐は特別である。
 およそマナを操る技術において、アヴァターの中で彼女以上の者は片手で数えられる程しか居ない。
 何せ十年以上もの間、マナで己を構成し、存在を保っていたのだ。
 マナの動き方、性質、その他諸々、文字通り体で理解している。
 通信に割り込むなど朝飯前だ。
 …原理を理解してやっているのではないが。


『透さんをどうするか、ですか…。
 …リコさんがそこに居るなら、召喚魔法でどうにかできませんか?』


「召喚魔法…?
 ああ成る程、一旦ここに置き去りにして、撤退した後に…」


『こちらで結界を作り、その中に呼び出す。
 どうでしょう?』


『でも、その間のお兄ちゃんは…』


「アナタが一緒に居てあげればいいじゃない?」


『あ、そっか』


 話は決まった。
 アヤネがリコに聞いた所、朝飯前との事である。
 同行している兵も居ないので、さっさと後退の準備に取り掛かった。


 戦場から遠く離れた小高い山。
 その山の頂に、2つの人影が立っている。
 一人は割りと背が高く、もう一人は小柄。
 小柄な人影は、背の高い人影に付き従っているようだ。

 2人が立っている場所からでも、リヴァイアサンの姿はよく見える。
 それほどに巨大なのだ。


「…世界が悲鳴をあげている。
 人の意思、集まればこれほどの事ができるのか。
 だと言うのに、世界は…」


「…誰もが幸福な世界を望みはしても、その幸福が同じ物とは限りませぬ」


「…そうだな。
 ……リヴァイアサン…捕らえられるか?」


「不可能です。
 よしんば捕らえたとしても、周囲への影響力を無視できませぬ。
 最良の策は、リヴァイアサンを貴奴らから引き離し、解き放てぬように…」


「…いや」


 背の高い人影は、暫し考えると首を振った。
 長髪が揺れる。


「捕らえられないのであれば、さっさと解放させてしまった方がいい。
 我々にとっても脅威の代物だ…。
 それに、必要なデータは既に揃っているからな」


「は…。
 リヴァイアサンが溜め込んだ力、惜しくはありますが…」

「構わん。
 それなら最後の一手を、より強烈にすれば事足りる。
 同じ感情の力でも、より鮮度が高い方がより効果が望めるからな」

「御意に」


 小柄な人影は頭を下げた。


「…時に、他の“破滅”の将達はどうしている?」


「ロベリア様は、無道殿の治療に専念しております。
 先日まで何やら泣き通しでしたが、ようやく快復なされたようで。
 治療の状況は、例のモノを組み込もうとしているため、遅々として進まぬようです。
 シェザル殿は…階段が下りられません」

「…階段?」

「先日、丸1日ほど上空を彷徨って高所恐怖症となり、さらに迎えに行って帰ってくる折に、結構な勢いで空中を滑空しまして…」

「高所恐怖症が、階段も下りられない程になってしまったのか…」

「は。 統計によると、40センチ以上視点が高くなると拒否反応を起こすようです」

「…どいつもコイツも…」


 深い深い溜息をつく。
 なんだか苦労人の空気が滲み出ていた。
 …ロベリアには遙か遠く及ばないが。


「そして…あの方は…」

「む…」

「…まぁ、考えておられる通りで」

「……私情を持ち込む訳ではないが…なんと言うか、とてもムカツクぞ」

「あの方の為です。
 堪えてくださいませ」

「解かっている…彼の事は、私も嫌いではないからな…。
 …が、やはりムカツク」


 急に子供っぽくなる。
 小柄な人影は、内心で苦笑したようだった。
 恐らく、彼も同じなのだろう。


「…まぁいい。
 今更私がどうこう言える事ではない。
 …が、後で彼にそれとなく圧力を掛けておいてくれ。
 余計な事を吹き込まないようにな」


「既に掛けております。
 先日まで胃潰瘍になりかけていましたが、どうやら開き直ってしまったようで」


「つまらん…。
 さて、行くぞ」


 人影は外套を翻し、懐から何かモサッとした物を取り出した。
 そしてそれを頭に乗せ、


「行くぞ!
 彼女を浄化する!
 変身!
 カツラ・ハ・フノコ!」


「…まぁ、嘘だが」


「お戯れも大概になさいませ」


 アフロのカツラを被った人影は、小柄な人影を伴って、地面に描かれた召喚陣を用いてその場から消え去った。
 注・マジで嘘です。


22日目 戦場 正午 大河・ユカチーム


「…どうする?」


「…どうしようもないね」


 迫るリヴァイアサン。
 今は動きを止めているが、もう一度動き出したら、この2人でも止めようがない。
 何せ図体がデカすぎる。
 巨体とは、時にそれだけで強力な武器となる。

 しかも周囲の物理法則が歪んで、近付こうにも近づけない。
 ヘタに距離を詰めれば、それこそ意味不明な法則に従って体が分解されてしまいかねない。
 いや、分解どころか変形してしまうかも。
 生身でトランスフォームは御免蒙る。

 ユカと大河は、何とかリヴァイアサンを食い止めろとの指示を受け、どーしたものかと思いながらもリヴァイアサンを観察している。
 他の隊よりもずっと近くに居るので、結構な圧迫感を感じていた。


「…それで…その、憐ちゃんだっけ?
 どうしてるの?」


「リコ達が保護してる筈だが…。
 実際、彼女にもどうにも出来んだろうしな…。
 クーウォンはフェタオに指示を出すので忙しいし…。
 ま、この状況じゃ居ても居なくても大差ないけど」


「あー、あの人ね。
 まさかテロリストの首領だったとは…」


 本気でビックリした、と呟くユカ。
 彼女はリヴァイアサンについて、一通りの説明を受けている。
 そして、カケラも迷わずにリヴァイアサン…憐を助けたいと言い切った。
 しかし、彼女でもその方法を考え付かない。


「…このまま動かないで居てくれれば、今日はもうこれで終わりかな?」


「だろうな。
 リヴァイアサンに怯えて、魔物達もさっさと逃げちまったし…。
 …どうでもいいけど、リヴァイアサンの説明…あと何度やる事になるのかなぁ…」


「今まで何度やったの?」

「ユカに一回、イムニティにテレパシーで一回、ドム将軍とタイラー将軍に一回。
 今度は未亜に召喚器を使って一回。
 現3回、残り少なくとも一回…」

「めんどくさ…」


 思わず呟く。
 それを誤魔化すように言葉を続けた。


「で、未亜ちゃん元気?
 リヴァイアサンの話…ショックを受けたんじゃない?」


「ああ、結構動揺してたみたいだ。
 でも、アイツはアレで結構図太いからなぁ…。
 辛いのはリヴァイアサンだか憐ちゃんだかであって、話を聞いて感情移入しただけの俺達じゃない。
 悲しむ暇があったら、救う手立てを考える程には強いよ」


「信頼してるねぇ…」


「アヴァターに来る前は、もっと打たれ弱いヤツだったんだけどな…。
 人間成長するもんだねぇ…」


 老人のよーな台詞。
 ユカは苦笑すると、もう一度リヴァイアサンを見た。
 何度見ても圧倒的な巨体だが、徐々に縮みつつある。


「このまま小さくなったとして…どの位の大きさで止まるかな?」

「最小でも、人間の数百倍の大きさだろうな。
 取り込んだ魂の量がケタ外れだ。
 あの霊団から外れて成仏するヤツも一人2人は居たかもしれんが、ああまで大きくなると…」

「焼け石に水?」

「いや、そもそも大きすぎる質量に引っ張られて、霊団から離れる事もできん。
 …そっちもどうにかしなくちゃなぁ…。
 こういう時こそ、ネクロマンサーの笛の出番なんだけど…」


「? 何それ? 彼女をなんとか出来るの?」


「さぁ。
 霊団相手にはよーく効くアイテムだけど、何せ規模が桁外れだし。
 あー、ヨコッチに連絡が取れれば…こんな時の為のネットワークだろうに…。
 ポスティーの経由で連絡は取れるけど、何せ時間が無いし、そもそもネットワークは何故かこの世界には手出ししないし…。
 いや、そう言えば他にも手出ししない世界はあったな…。
 特定条件下にある世界にしか干渉しない、とか言ってたが…条件って何だ?」


「???」


 ブツブツ言っている大河を、不思議そうに見るユカ。

 と、近くの兵達の動きが慌しくなった。
 リヴァイアサンを包囲していたが、一旦退避するらしい。


「大河君? ボク達も行く?」


「そうだな…。
 特にここに留まれって指示も聞いてない。
 何より、そろそろこの辺の空間もヤバそうだ。
 早い所逃げましょ」


 リヴァイアサンの存在による世界の侵食は、徐々に広がっている。
 このままでは、あと2時間程度で大河達の居る場所も飲み込まれてしまう。


「暴れる訳でもなく、攻撃する訳でもなく、ただそこに存在するだけで充分な被害を齎す。
 どこの細菌兵器だっての」


「こら、そんな事言ったら憐ちゃんが可哀相じゃない。
 一人ぼっちが寂しいって言ってるだけなんでしょ?」

「まぁ、そうだけ『WOOOOOOOONNNNNNN!!!』…ビ、ビビッた…。
 これがダイダルウェイブか……」

「思わず納得…」


 突如、思念の津波が叩きつけられる。
 リヴァイアサンの鳴き声…否、泣き声だ。
 折角見つけた透を見失い、悲嘆にくれているのかもしれない。
 哀れとは思うが、透を差し出す事はできない。

 それにしても、凄まじい衝撃。
 物理的な威力こそ殆ど無いものの、叩きつけられた哀しみの気配は、士気を挫くには充分過ぎる。
 まるで壁が高速で迫ってくるような圧迫感、問答無用で飲み込まれかけるその迫力…ダイダルウェイブとはよく言ったものだ。


「…チッ、ダイダルウェイブで世界の侵食が更に早まったみたいだな」

「解かるの?」

「見ればな。
 ほら、リヴァイアサン周辺が妙な事になってるぞ」

「……?
 なに、あれ?」

「次元の狭間…別に“無”が封じられてる所じゃないぞ」

「…よくわかんないけど、それってヤバくない?
 所謂ワームホールってヤツでしょ?
 あの穴から、でっかい蟲とか出てきたら…」

「蟲ゆーな、腐海じゃねーんだぞ」


 リヴァイアサンの周辺に奇妙な空間が浮かんでいた。
 いや、ユカの目には浮かんでいるように見えるだけで、実際は違う。
 浮いているのではなく、空いているのだ。
 空間の穴、別次元への通路。
 大河達、ネットワーク関係者が“海”と呼ぶ空間だ。
 リヴァイアサンによる世界の侵食は、とうとう世界に文字通り穴を穿ってしまう程に酷くなったらしい。


「あの穴は力尽くで開けられた不安定なモノだから、リヴァイアサンがあそこから動けば放っておいても閉じるが…。
 ま、放置しとくしかないな」

「イイの? それで…」

「どっちみち、リヴァイアサンにゃ近づけん。
 なるよーにしかならん。
 …しかし、あんまりボコボコ穴を開けると、世界の方がリヴァイアサンを排除しにかかるかもな…。
 時間制限アリと思っていた方がいいか」

「具体的な時間は?」

「不明…。
 まぁ、2,3日の猶予はある。
 それまでに何とかするさ」


 大河はユカと一緒にリヴァイアサンから離れながら、ちょっとだけ空を見上げた。


「何とか、ね…」


 一方、機構兵団では。


「起きろ! 起きろって、オイ! ヒカル!」

「ミノリ? リャンちゃん?
 応答して!
 どーしたってのよ!?」


 カイラと洋介が、倒れたヒカルを揺さぶっていた。
 いや、正確に言うならヒカルではなくバチェラ…シュミクラムだ。
 機械の方を揺さぶっても何の意味もないが、彼らは正常な判断力を欠いていた。

 オペレートを行なっていたミノリも、沈黙を保って返事をしない。
 透はシュミクラムの通信機能が半分以上ブッ壊れているから仕方ないとして、アヤネからも反応が無い。
 明らかに異常だった。

 カイラが呼びかけを続けていると、ザザーッと言う音と供に反応が返ってきた。


「ミノリ!?」

『いや、バルサロームだ。
 ふむ、何とか繫がったか。
 使い方が解らぬから、適当にガチャガチャ弄るしかないと思っていたのだが』

「なっ!?」


 流石に驚くカイラ。
 通信が繋がったと思ったら、いきなりドム将軍の副官…女房役だ。
 カイラから見れば、雲の上の人である。
 そりゃ驚くだろう。

 バルサロームは構わず続ける。


『ミノリ殿とリャン殿は、先程突然気絶した。
 恐らく、原因はリヴァイアサンの咆哮だろう。
 そちらの被害は?』


「わ、私と洋介は無事です。
 ヒカルが突然動きを止め、復活の予兆はありません。
 それと、他の兵士は……」


 ちら、と周囲を見回す。
 しかし、気絶してる者は一人も居ない。
 確かにリヴァイアサンの咆哮は強烈だったが、距離が離れていた事もあって、気絶する程ではなかった。
 幾人か目を回したり腰を抜かしたり、耳を押さえている者も居るが…。


「他の兵士には、これといった影響は見られません」


『そうか…。
 短絡的に考えれば、原因はシュミクラムだが…。
 お前達は…』


「我々は…その、なんと言うか…生理現象のため、シュミクラムを脱いでいたので…」


『…あ、そ…』


 ご都合主義?
 ヤカマシー。

 普段なら恥ずかしげもなく言ってのけるカイラだが、相手が相手だけに…。
 バルサロームはちょっとテンションが下がったようだ。
 …これで上がったら、それはそれで問題だが。


『…やはりシュミクラムだろうな。
 どうやら、シドー殿も通信が不可能な状態にあるようだ。
 気絶したと見ていいだろう。
 ツキナ殿は、後方で頭痛を訴えて倒れている。
 意識はあるようだが、動ける状態ではない…やはり彼女もシュミクラムを装着していた。
 …明らかにこれは、普通の気絶とは違う。 
 簡単に診察させたが、どうやら昏睡状態に近いようだ。
 正直な話、当分目を覚ます見込みは無い』


「マジですか…」


 このクソややこしい時に。
 一体何があったと言うのか?


『心当たりは?』

「いえ…。
 何せルビナス・フローリアスの作品ですから…。
 我々に理解しろと言うのは、シーモンキーに銃の整備をしろと言うのと大差ありません…」

『…噂に聞いた通りの御人のようだな』


 呻くように、バルサローム。


『とにかく、本部へ戻って来い。
 ただし、シュミクラムは付けるなよ。
 また咆哮を受けた時に、どんな影響が出るか解からん』


「わかっています。
 では…」


『うむ』


 通信を切る。
 向こうからはまだ通信が飛んできているが、これは単にバルサロームが機材の使い方を知らないからだ。
 放っておいてもいいだろう。


「洋介、シュミクラムを脱いで戻って来いってさ」

「うぇ、マジ?
 本部ってここから結構遠いぜ?」

「言うんじゃないわよー、面倒なんだから…。
 ……で、どうやってバチェラを持っていく?」

「……」


 ヒカルのシュミクラムは、カイラ達が使っているシュミクラムよりもずっと重い。
 そりゃそうだろう。
 カイラ達のシュミクラムは、自分で着込んで出撃するため、人間が入るだけのスペースを作らねばならない。
 当然、それだけ詰め込める武器や機能は減る。
 が、バチェラは完全に遠隔操作型のシュミクラムなのである。
 人間が入るスペースが必要ない分、より多くの武器を詰め込める。
 …即ち、それだけ重くなる。
 はっきり言って、人間が生身で担いでいくのは至難の業だ。


「…レディに力仕事をさせるのは気が引けるってもんだが…」

「2人で運んでも、疲労困憊は確実ね…」


 ゲッソリ。
 運の悪い事に、周囲に馬は居ない。
 居たとしても、貸してもらえない。

 結局、2人は近くの工作兵からロープを貰い、えっちらおっちら引き摺って行ったそうだ。


22日目 昼過ぎ 本隊にて。


 ベリオがヒカルの診察をしている。
 本部近くに配置されていた未亜チームは、治療の為に急遽呼び戻された。
 頭痛を訴えていたツキナも既に倒れ、機構兵団チームの殆どが床に臥している。
 別にヒカルとミノリ、リャン、ツキナの為だけに治療するのではない。
 あのリヴァイアサンの声が機構兵団以外にも効果があった場合、対抗策を練る為に少しでもデータが欲しい。
 まぁ、年端もいかない子供を倒れたままにしておくのも、ドムのプライドが許さなかったのだが。


「どうだ?」

「…意識が無い…と言うより、これは…」


 言葉を詰まらせるベリオ。
 なんと表現すべきか、迷っているのだ。

 ベリオに問いかけるドムの他には、助手役としてカエデが付き添っている。
 未亜とナナシは、リヴァイアサンを監視中だ。


 言葉を詰まらせたベリオは、丁度いい表現方法を探す。
 はっきり言って、このような症状は見た事がない。
 一見すると単なる気絶、昏睡状態なのだが…反応が妙なのだ。
 体は眠っているし、神経もそうなのだが…まるで起きているような…。


(これは…何?
 ヒカルちゃんもミノリさんもリャンちゃんも、意識が無い…。
 だけど、意識は普通に活動している?
 ……夢?
 とてもリアルな夢でも見ているの?)


「…なんと言うか、自分が夢を見ていると気づかないまま、とてもリアルな夢を見ている…そんな感じです」

「ただの夢ではないのか?」

「はい。
 例えば…ほら、リャンちゃんのこれを見てください」

「む?」


 ベリオはリャンの腕を持ち上げた。
 力なくダラリと垂れ下がった腕に、先程までは無かったモノが付いている。


「痣…?
 しかも、これは…殴られたような…」


「先程、急に浮かび上がりました。
 …ドム将軍、こんな話をご存知ですか?
 催眠状態の人間に、鉛筆を『これは焼けた鉄』と言って腕に押し付けた所、本当に火傷を負ってしまった…と」


「聞いた事はあるが…」


「拙者の里に、同じような術があるでござる。
 効く人間と効かぬ人間が居るでござるが…思考を狂わせる香や、知覚できない音波を組み合わせ、恐ろしく緻密な幻を見せる…。
 確か…夢幻の庵、と言ったでござるか」


「むぅ…。
 つまり、夢の中で殴られ、それが体に影響を及ぼしている…と?」


「恐らく」


 信じがたい話だ。
 ドムとて人体の神秘には多少なりとも触れた事があるが…。


「恐ろしく深い催眠状態…と見るのが最も正確だと想われます。
 しかし、何故そうなったかは…」


「目を覚まさせる方法は無いでござるか?」


「…少なくとも、私には思いつきません。
 ザメハや目覚めの粉を使っても無理です。
 …正直、このままにしておいていいのかも解からないんです」


 このまま、とは通信機材との接続の事である。
 ヒカルの場合はシュミクラムだが、ミノリとリャンはこれに接続されたままだ。
 単純に考えればさっさと切り離すべきなのだが…。


「この回線、どうもまだ作動しているようでござるな。
 王宮でルビナス殿から聞いたのでござるが、こっちの線は使い手の神経から信号を受け取り、こちらの線は受信した信号を人間の体に送りつけるそうでござる。
 細かい理屈はともかく…両方の回線が動いていると言う事は、眠ったままながらも、何処かと情報のやり取りをしている…と考えられるでござるよ」


「眠っている間も、神経からの信号が途絶える訳ではないぞ?」


「そりゃそうでござるが、全部の信号を抽出していては、ちょっと余計な動作をしただけでもトンでもない事になりかねないので、特定の信号だけを取り込むらしいでござる。
 そしてその信号は、使い手の意思において送信される…」

「眠りながらも、自らの意思で何かを伝えようとしている…のか?」

「恐らく」


 ドムは腕を組んで考え込む。
 暫し唸っていると、タイラー将軍がやって来た。


「ドム君、後退の準備は終わったよ。
 ……彼女の様子は?」


「見ての通りさ。
 まったく…予想していたとは言え、とんでもないモノが出てきたな」


「大河君から聞いても、まだ半信半疑だったからね…」


 ボヤくタイラー。
 それはともかく、後退の準備が整ったなら、さっさと移動するべきだ。

 ドムはヒカルとミノリ、そして機材を運ぶための担架を用意させ、気を失ったままの彼女達を横たえる。


「では、拙者も運ぶでござるよ。
 ベリオ殿は…そこまで腕力ないでござるな」


「ええ、移動しながら診察を続けようと思います。
 …あの、タイラー将軍。
 未亜さん達は…?」


「彼女達なら、移動の手伝いをしているよ。
 大河君とユカちゃんも、こっちに向かっているって。
 …ここで2人を待つ、なんて言わないようにね」


「い、言いませんって…。
 (アタシは残ろうかなぁ)
 (ダメですって。
  大体、マナを固定して造った体なんて、リヴァイアサンに吸収されて終わりです)」


 タイラーとドムは、後退の指揮をすべく歩いていった。
 それと入れ替わるように、酒の匂いをさせた怪しい老人が近寄ってくる。
 カエデがそれを発見した。


「む、キタグチ老ではござらぬか。 何か?」

「いやいや、気を失ったと言う患者達を見に来ただけじゃよ。
 …嬢ちゃんや、ワシが怪しいのはよーく解かっとるから、そう距離を取らんでくれんか」

「い、いえ…怪しい云々以前に、昼間からお酒の匂いはちょっと…」

「ふん、昼でも夜でも朝でも死後でも飲む!
 これぞ我がキタグチ家の伝統じゃ。
 無論、手術の前ものぅ…」

「…キタグチさんの家って、確か医家…」


 ドクター・キタグチ。
 アル中ながらも腕は確かな軍医で、常にアルコール臭を漂わせている。
 タイラーを初めとする一部の人々から、絶大な信頼を置かれていた。
 一部以外の人々は、『酔っ払いに手術なんかされたくない』と主張する、まぁ常識的な人々である。

 ちなみに、カエデは彼に対して結構な信頼を寄せているようだ。
 どうやら故郷の里に、似たような人物が居たらしい。
 好々爺とした性格も、カエデと相性が合ったのだろう。

 ベリオは…生真面目な性格故か常識人故か、どうしても信頼しきれないようだ。


「それで…キタグチさん、2人は?」

「むぅ…。
 …別嬪さんじゃの」

「いやお約束はいーでござるから」

「そうか?
 …さて…確かに奇妙な…。
 ……む?
 何故機械と繋がっておるんじゃ?」


 当然と言えば当然の疑問だ。
 カエデは先程、ドムに対してした説明を繰り返す。

 それを聞き、キタグチは作動し続ける回線を眺めた。
 機械工学に関しては詳しいと言うほど詳しくはないが、大よその原理は掴める。
 医者である以上、手術や検査用の機械を扱う事もあるし、その異常に気付かないようでは医者などやっていられない。
 そこそこ程度には、機械の構造も理解できるキタグチだった。


「ほぅ…。
 ……………」


「…?
 キタグチさん?」


「…いや…随分前の話じゃがな。
 非公式の記録を見た事がある。
 同じ病院の離れた個室で、2人の患者が昏睡状態に陥っておった。
 その2人は、関わりなぞ一切無い他人同士じゃ。
 長い昏睡の後、2人は不意に目を覚ました。
 しかも同時に。

 重要なのはここからなのじゃが…。
 2人はお互いの事を知っておった。
 何処の個室に居る、どういう経緯で昏睡状態になった、どんな人生を歩んできた…。
 2人の証言によると、昏睡状態の間、ずっと夢を見ていたそうじゃ。
 そう、2人で話す夢を、のぅ」


「…?
 夢の中で二人は繫がっていた?
 それが、機構兵団と同じ現象だと…?」


「幾つか思い当たる点はある。
 正直言って眉唾じゃが、中には真実も含まれておる…おいそれと信じる事が出来んのが、医者の辛い所じゃな。
 見ろ、信号伝達の回線を。
 クランケ一号…もといセガワから信号が発信され…」


 ミノリの神経に繋がっている回線を指差す。
 次はリャンの神経に繋がっている回線。


「チャイナの嬢ちゃんが受信。
 チャイナの嬢ちゃんからの送信がぶっ通しになっているな。
 行き先はチビの嬢ちゃん(ヒカル)じゃろう。
 それを受けて、何らかの反応を示し…チビの嬢ちゃんから、またしても出力…。
 そして、出力された信号は、こっちの通信機材に反映されておる。
 先程から機材に写されるデータの変動を観察しておったが、明らかにセガワからの信号に反応した形跡がある。
 いや、セガワからだけではなかろう。
 現在こちらに運ばれてきているシドーと相馬、両方とも同じような状態にあると推測される。
 まぁ、全員並べてみなければ解からんがな…」


 と言いつつも、キタグチは半ば確信しているようだ。


「まぁ、回線を外さんかったのは上出来じゃな。
 ヘタに外せば、眠っておる彼女達の意識は、目覚める事も出来ずに何も感じない空間に放り出されるじゃろう。
 自らの存在すら確信できず、揺らぐ世界…。
 一日保てればいい方じゃ」


 カエデは思わず体を震わせた。
 目も見えず、耳も聞こえず、触覚もなく、体の存在すら疑わしくなる世界。
 他者が見えないから、自分と言う存在すら疑わしく思える世界。
 普通の人間なら、精々2日もあれば発狂してしまうだろう。


「しかし、そうなると早い所逃げねばなりませんね。
 もしもあの咆哮が、もう一度叩き込まれたりしたら…」


「何が起こるか予測できん。
 いや、出来るがロクな結果にならん事くらいしか予測できん。
 お主は移動式の結界を張ってくれ。
 その間にワシは診察。
 患者を後方に送るぞ。
 おぬしら、手伝えい!」


「「イエッサー!」」


 近くの兵士を呼び寄せるキタグチ。
 一人はキタグチに対して少々反感を持っているようだが、まぁ無理もない。
 が、ヘタに逆らうと彼の友人のチェーンソー保険医が襲ってくるとの噂である。
 …ゼンジーさん、元気だな。
 ちなみに彼の若い頃の仇名は『親分』、決め台詞(バーサーカー時限定)は、『我が名はゼンジー・ゾンボルト! 我に引き裂けぬ物無し!』だったそうだが…。 おい、幾らなんでも襲われるんじゃないか? いやでもゼンジーさんなら平気だろ? バカ、襲われるの時守だよ。 でも俺は微妙にロマンを感じるけどな…親分とあの人が合体したら強すぎるぞ、それこそ神をも恐れぬ攻撃力…S○GAみたいに、本当にガンエデンっつーか神に向かってチェーンソーで斬りかかる…。 誰彼構わず襲い掛かるようになったらどーするつもりだよ?つーか、それくらいにしとけ、そろそろ堪忍袋の緒が切れたみたいだ。 へ?(暗転)


     ← 〜暫くお待ちください〜 →


 (明転・ナレーション交替)


 呼び寄せられた兵士は、素直に担架を担ぐ。
 まぁ、ヘタに逆らった日には、酒を飲み飲み手術をされかねない。
 …彼の場合、飲んでいた方が成功率が高いのが困り物である。


『WOOOOOOOOOOOONNNNNN!!!!!』


 リヴァイアサンの叫び声が響く。
 その途端、担架に乗せられていた3人の体がビクンビクンと跳ね始めた。
 担架から転げ落ちんばかりにのた打ち回る。
 慌ててその体を押さえつけた。


「キ、キタグチ殿!
 麻酔を!」

「うむ」


 プスっと何処からともなく取り出した麻酔を、妙に手際よく首筋に打ち込む。
 …手馴れている。
 どう見てもプロの技だ。
 実は夜道で背後から麻酔、後に拉致監禁なんかやってないだろうな?


「何を言っておるか。
 ワシは軍医じゃぞ?
 手当てなんぞ要らん、戦わせろと暴れる患者なんぞ珍しくもないわい。
 何年もそんな連中の相手しとれば、このくらいは出来るようになるわ」


「あの、誰に喋っておられるので…?」


「む…気にするでない。
 それが大人の事情と言うものじゃ」


「はぁ…」


 納得行かないベリオを放置し、キタグチは大人しくなった3人に目をやった。
 どうでもいいがベリオ、お前も虚空に向かって話すのは珍しくないと思うが?

 リヴァイアサンの咆哮を受けた4人は、麻酔が効いているのにまだビクンビクンと体を痙攣させていた。
 冷静に観察し、キタグチは幾つかの事実に気がつく。


「…悶え方が似通っておるな。
 症状にも、ある程度の類似性…まぁ、こりゃ4人揃って咆哮を喰らったのだから当然として。
 順々に苦しみ方が巡っているのはどういう訳じゃ?」


 一見するとただ苦しんでいるようにも見えるが、キタグチの目からすれば明確な事だった。
 ミノリは今は胸を抑えて苦しんでいるが、先程までは頭を抱えていたし、その前はガタガタ全身を震えさせていた。
 ヒカルは今は頭を抱えているが、先程までは全身を痙攣させていたし、その前は小さな胸を抑えて苦しんでいた。
 リャンは今は全身を痙攣させているが、先程までは胸を抑えてゾナハ病みたいに苦しんでいたし、その前は胸を抑えて苦しんでいた。
 ツキナは今は胸を押さえて苦しんでいるが、先程まではガタガタ全身を震えさせていたし、その前は頭を抱えて苦しんでいた。
 このように、症状が順番に変わっているのである。

 疑問はあるが、しかし今はとにかく離れねばならない。
 リヴァイアサンの咆哮の射程がどれくらいかは解からないが、ここに居るよりはマシだろう。

 リヴァイアサンの咆哮を受けた兵士は、大分腰が引けているが、特に問題は無い。
 何度も聞かされれば、耐えられないだろうが…。


「キタグチ軍医、急ぎましょう。
 何時また吼えるか解かりません」

「む、そうじゃな。
 では老骨はあまりスピードが出せん故、先に行ってくれ。
 ワシは後からのんびり行こう」

「…後で私の芋焼酎を一杯だけあげますから、走ってください」

「よかろう、フルマラソンでも走りきってくれよう。
 瓶ごとくれるなら、世界記録でも塗り替えてやるぞ」

「いいでしょう、瓶ごと贈呈します」

「ヨッシャー!」


 ある意味とても扱いやすいのである。
 ちなみに、贈呈された酒瓶には一杯分の酒しか残ってなかったと言う。
 キタグチ老がゼンジーに報復を頼んだかどうかは神のみぞ知る。


22日目 昼過ぎ リコ・リリィチーム


「ナンだってのよ一体!?」

「リリィさん、集中を乱さず運んでください」


 こちらでも、シュミクラムを着込んだアヤネがしっかり気絶していた。
 彼女を置いて後退する訳にもいかず、リコとリリィが2人がかりで運んでいる。
 と言っても、2人でアヤネにレビテーションをかけているので、肉体的疲労は大した事はないが。

 こういう運搬役に最適な汁婆はと言うと、透と供に結界に入って待機している。
 透は殆ど動ける状態ではないし、もしもリヴァイアサンに発見されたら逃げる事も戦う事も出来ない。
 万一発見された場合に備え、逃走の為に汁婆が付き添っている訳だ。
 …別にネコがUMAを見て拒否反応を起こしそうになったからではない。

 憐はアヤネと一緒に来ているが、目視できるアヤネが気絶したので、その存在は感知できない。
 リコもリリィも、気配くらいなら感じているのだが。

 それはともかく、リヴァイアサンの咆哮はリリィ達にとってもかなり物凄くキツかった。
 なまじマナの変動を感知できるため、周囲のマナが物凄い勢いで掻き乱されるのを知覚してしまったのである。
 思わず頭を抑えてしゃがみ込んだ。
 そのまま頭痛を堪えていると、何かが倒れる音。
 目を開けてみると、アヤネが気を失って倒れていたのだ。

 放置していく事も出来ず、少々疲れるがレビテーションでアヤネを浮かべ、そのまま後退。
 憐にも一緒に来るように告げた。
 透と一緒に居たがったようだが、あまりリヴァイアサンの近くに居られても厄介な事になりそうだ。


「ったく…よくこんな重い物を背負ってドンパチやれるわね…」


「我々救世主候補が軽装すぎるとも思えますが…。
 確かに、この装備は重すぎますね。
 ルビナスは何を仕込んだのでしょうか…」


「一般人なら、着込んだだけで動けなくなるわよ。
 全く…大方、趣味で機能を詰め込んだら重くなりすぎて使えなくなって、どうしようかと思ってた所にアヤネさんみたいな力持ちが出現、これ幸いと押し付けた…そんなトコじゃない?」


「マッドは実用性を鑑みずに、作りたい物を造りますからね…」


 多分、使用者にも秘密で自爆装置が仕込んである。


「それより、どう思う?
 あの咆哮…アレがアヤネさんを気絶させた切欠なのは間違いないだろうけど」


「…恐らく、咆哮によって叩きつけられた思念やらマナやらが、シュミクラムの受信装置に入り込み、アヤネさんの意識に強烈な衝撃を与えたのでしょう。
 ラジオが混線するようなものです。
 多分ですが、相馬さんは無事でしょう。
 受信機能がイカレていますから。
 …おかげで憐さんが見えなくなってしまったようですが」


「そう…。
 じゃ、気絶したまま起きないのは?
 叩いても抓っても、口と鼻を塞いでも起きないのは」


「…これは推測でしかありませんが…」


 前置きし、ふよふよ浮かんでいるアヤネを見る。
 あまり細かいコントロールは出来ないので、時々逆様になっていたりする。
 今もなっていて、随分と頭に血が昇っているようだ。
 …いや、脳天が下にあるのだから、血が下ると言うべきではなかろうか?
 リコはアヤネの肩を掴み、ぐるりと180度回転させた。

 それはともかく、リコの目にはアヤネのシュミクラムから送受信されるマナの信号がハッキリと見える。
 これでも書の精霊なのだ。
 人間とは違った感覚器官も、幾つか持っている。


「シュミクラムによる通信が、アヤネさんが気絶したままでも成立しています。
 音声を送受信するのではなく、単純なデータのやり取りをしているようです。
 シュミクラムを装着者と接続すると、送ってきたデータを受け取って使用者の神経や脳に、直接刷り込みます。
 では、装着者が眠ったままだとどうなると思いますか?」


 リリィは少し考えた。
 集中力が乱れて、またアヤネが逆様になる。
 リコが元に戻す。


「要するに、地図のデータが送られてきたら、眼球を通さず視神経とか脳に直接情報を送りつけて、映像を見せる…って原理よね?」


「そうです」


「なら、装着者が眠っていると……夢を見る?
 どのデータが脳の何処に送りつけられるかは解からないけど、眠っている間も脳は働いている。
 外から送られてきた信号をキャッチして夢として処理し、それによって生じる体の変化…つまり体を動かせと言う神経への指示を、シュミクラムが感知。
 そして感知した信号を送信、別の人に送る…」


「理解が早くて助かります。
 恐らく、アヤネさんは送信先・受信先の人の脳と情報をやり取りし、それによって夢を見ているものと推測されます。
 …まぁ、普通に考えれば…多人数の考えや記憶が交じり合えば、それはもうサイケデリックな夢になるのですが…」


 今回は違うのです、とリコ。


「機構兵団には、ヒカルさんが居ます。
 そして私達と一緒に来たリャンさんも、オペレータの手伝いとして通信機器に接続されている筈です」


「? その2人が問題なの?」


「ええ、問題なのです。
 リャンさんの記憶力はご存知ですね?
 発作が起こって記憶が消える事もあるそうですが、その脳内メモリの巨大さと正確さは我々の及ぶ所ではありません」


 まぁ、リコはリャンとタメを張れる程に記憶力が高いのだが、これは書の精霊だからだ。
 そうでなければ何千年も生きて、ちゃんとした記憶を保っていられる筈が無い。


「そしてヒカルさんは、その頭の回転の早さ…と言うか、情報処理能力です」


「そんなに高いようには見えなかったんだけど…歳の割りにマセてた程度じゃない?」


「いえ、遠隔操作型のシュミクラムを使いこなしているのですよ?
 精神的な成熟度や考えの浅さ深さはともかく、単純に計算速度で言えば私達の数倍上を行きます。
 シュミクラム本体から送られたデータを全て受け取り、それを感覚的に処理しなおしているのです。
 そうですね…例えばシュミクラムの視覚で得た画像があります。
 これは単なるデータですから、1と0の集合体です。
 そしてデータをヒカルさん本人に送信する場合、これもやはり0と1で送ります。
 その0と1の信号を受け取ったヒカルさんは、それをちゃんとした画像として認識しているのですよ?」


「…なるほどね…」


 パソコン(という物体をリリィは知らなかったが)の機能を、一人の脳で全て再現できるような物だ。
 人間の脳にはそれくらいの力はあるが、普通の人間はそこまで意識して脳を活用できない。


「それで? 何が危険なの?」


「…現在、機構兵団の脳は擬似的に繋がっているようなものです。
 つまり、リャンさんとヒカルさんの脳もつながり、またその能力を発揮していると考えられます。
 アヤネさんやカイラさん、洋介さんからの信号を全てリャンさんが受け取り、記憶。
 そして記憶された信号を、超高速の処理能力を持つヒカルさんに渡す。
 アッと言う間に処理され、何らかの形でアヤネさん達にデータを送信。
 そしてアヤネさん達は、それを受けてまた信号をリャンさんに送る。
 エンドレスです」


「……ちょっと待って、頭の中を整理するから」


 一種のテレパシーのようなものか、と推測する。
 しかし、テレパシーで複数の相手と同時に繋がるとは考えにくい。
 不特定多数に向ける方法もあるが、それだと受信の効率が極端に下がる。


「…夢を見ているとしても、普通は殴れば起きるんじゃない?
 光魔法『メザメノクサ』とか使えるわよ」


「あの究極のマズさで強引に目を覚ますヤツですか…。
 …恐らく、全員の…同調率と言うかシンクロ率が高すぎて、一人が起きそうになっても、他の人達の眠りに引き摺られてしまうのでしょう。
 全員を同時に叩き起こせば、まだ目はありますが…。
 それはそれで問題があるのです」


「記憶やら何やらが混線したまま夢から引き摺りだしたら、人格に多大な影響が出るって事?」


「そうです。
 出来るなら、ちゃんとした手順を踏んで通信を切り、各々の人格・記憶が安定した辺りで起こすのが理想ですが…不可能に近いです。
 現状、かなり混線していますし…それを全て理路整然と並べ直すなど、外からの干渉で出来る事ではありません。
 そう…例えばですが、彼女達の繋がりの中に、整理機能を持つ何かを送り込んで…」


 言わばコンピュータウィルスである。
 この場合はワクチンと言った方が正しいか。


「それこそ無茶じゃない。
 ただでさえ理屈不明のルビナスの発明品を仲介にして、とんでもなくデリケートな指示を繋がりの中に送り込むなんて…」

「ですね。
 …ですが、ルビナスはその方法に心当たりがあるようなのです」

「…それ、信用してる?」

「信頼はしてますが」

「信用してるとは言わないのね」


 リリィも言わない。
 とてもじゃないが、言えない。
 こっそり実験台にするため、服従因子とか刷り込みかねない。
 まぁ、V・S・Sの事もあるし、洗脳染みた真似は忌避するだろうが…。


「まぁ、どんな方法なのかは大体の予測がつきます。
 ですが、それに必要な条件が揃いません。
 時間をかけてどうにかするしかないでしょう」


 リリィは舌打ちし、アヤネを見た。
 また引っ繰り返っている。
 スカートだったら、白い下着が丸見えだっただろうが…今見えるのは、ゴツゴツしたシュミクラムの股の部分だけだ。
 嬉しくない。


「結局、当分は植物人間状態って訳ね?」

「そうなります。
 しかし、夢の内容がある程度は人体に影響を及ぼす事を考えると…」

「心因性のショックで、病気とか怪我をしたりする可能性もあるか…。
 考えれば考えるほど気が滅入るわ」

「ですね」


 距離を置いてもまだ圧迫感を投げつけてくるリヴァイアサン。
 時折妙に強くなる圧迫感を感じながら、リコとイムニティは本陣へ向かう。
 早く到着し、結界を張って透を呼び出さなければならない。
 大河との再会は、その後だ。


 その頃の透と汁婆。


「…暇だな」

『そうだな』


 結界の中で、透はダレていた。
 最初こそリヴァイアサンの圧迫感に息が詰まる思いだったが、それも慣れた。
 あれでも妹の一部なのだ。
 丸ごととは受け入れるとまでは言わなくても、怯えていては兄の尊厳に関わると言うものだ。

 UMAと2人きりという状態はもっと心臓に悪かったが、汁婆は話してみればイイヤツである。
 それを悟るまでに、大抵は何かを捨てねばならないが…。


――WOOOOOWOOOWOOOOONNNN!!!


『…弱い犬ほどよく吼えるっつーが、精神が弱くて体が強いと来た…』

「まぁ、確かに子犬っぽいよな、憐は」


 ボヤきながら、汁婆と透は地に伏せる。
 一拍遅れて、猛烈な波動が押し寄せてきた。
 リヴァイアサンの咆哮によって生まれる衝撃である。
 手際よくやり過ごし、透は身を起こす。
 さっきから、小さな咆哮が何度も響いている。
 この程度の衝撃なら、難なく受け流せるようになってしまった。


「あの咆哮が憐の嗚咽だとしたら…今は小康状態って辺りか?
 泣いてる時点で康じゃないけど」


『泣き疲れてるのかもな
 さっきまでは癇癪を起こしていたようだが…
 もう暫くすれば、少しは大人しくなるだろう』


「兄として、微妙に複雑…」


 未だにリヴァイアサン=憐とは信じ難いが、目の前で妹が泣いているのにそれを見ているしかない自分に腹が立つ。


「…助けるしかないんだよな…。
 憐を殺すなんて俺はイヤだし、そもそもあれだけデカいと殺しようが無い。
 大砲叩き込んでも効きそうにないしな」

『助ける方法があるのか?』

「どうにかするしかない…としか言えないな」


 甚だ頼りなく、覇気に欠ける返答だが…これが最も正確な答え。
 八方塞りならば、一か八かで突っ込むしかないのか。


『…ルビナスに期待するしかないだろうな』


「ルビナスさんね…。
 思えば色々世話になってるな。
 実験台にされてる気がしないでもないけど」


『実験台じゃないだろう。
 シュミクラムのテストに使われてるだけで』


 確かにモルモットではないが、微妙に納得行かない透だった。




時守でーす!
やっとこさ学園祭も終わり、明後日は打ち上げです。
飲むぞー!!!

さて、次は卒論か…。

むぅ、神〔SIN〕様・舞ーエンジェル様が書き込み禁止になってしまいましたか…。
多重ハンドルについては何も言えませんけど…毎週楽しみにしていたのですが…。
ナイトメア様のレスも消されてしまいましたし…。
うーん、消されてしまうくらいなら、いっそ3次創作って扱いにして、正式に投稿してもらった方がよかったでしょうか…。
まぁ、仮にそう言っていたとしても、決めるのはご本人な訳ですが。

神〔SIN〕様・舞ーエンジェル様、書き込みは禁止されてしまいましたが、できれば完結までお付き合いお願いします!
それではレス返しです!


1.空ん様
失礼しました、動転していたようで…。
車のバッテリー上げて動かなくしちゃったのって、初めてでしたからね…。
訂正しておきました。
ご指摘ありがとうございます。

2&3.イスピン様
リヴァイアサン=負の赤の力、はちょっと安易かな、と思ったのですが…これが一番しっくり来ました。

雷電は是非とも拝んでください
時守も拍手を打って礼までしました。

…ナナシ、それで補える合体ってのもなんかアレだぞ…。
なんかフランケンシュタインが出来上がりそうな気が…。

一応読み仮名を振っておきましたが、『ミドガルズオルム』と読みます。
ちょっと強引でしたが、まぁ民明書房ですしw


4.悠真様
神獣というより、心獣がいいでしょうかね?
一応心の怪物ですし…。

アザリン様にも、たまには壊れてもらわねば。
確か前は、アザリン砲ムランだったかな?

味方勢の幾人かが暴走しても、実際どうしようもないですねぇ…。
悪をぶっ飛ばす少年探偵じゃあるまいし、何も考えずに突っ込んでも潰されるのが目に見えてますし。
だからルビナスがアレコレとギミックを仕掛けてるんですけどね。


5.アレス=ジェイド=アンバー様
透は大河と違って開き直ってませんからねー、だから幸運を逃してるんですw
いつかは開き直って幸運を引き寄せだすので、それまで彼の不幸っぷりを楽しんでくださいw

巨大ロボの方は、ちょっと迷ってます。
ちゃんとした理屈で言えば、ルビナスにはそんなの作る時間が無かったでしょうし…復活してからホムンクルスの体を作るのに忙しく、記憶が戻ったら戻ったでシュミクラムの解析&改造とか…。
まぁ、その辺はマッドだからの一言で済ませるとして、今回は見送りになる可能性が高いです。
変わりに…ふっふっふ。

ちなみに民明書房、当然同人少女ことサレナも全巻持っています。

リヴァイアサンの相手は、人類側の魔力を総結集する覚悟で臨んでいただきます。


6.伊上様
お知らせが来るのを、気長に待たせていただきます。
どんなSSになるのか、楽しみでなりません。

パイルダーオンか…どっちかと言うと、ナナシの頭蓋骨が割れて、何かがそこに収まるような気が…。


7.陣様
学生は大変ですね…大学四年は気楽なもんです。
そろそろ卒論がヤバイけど…。

攻殻機動隊ですか、アクションゲームくらいしかやってません…。
だって声がよく聞き取れなかったし。

リャンが電脳改造を受けたら、本気で強くなりそうですね。
なんかこう、お馬鹿な頭をサポートするために、頭の中にAIとか…。
できればアーバレスト在中のアルみたいなヤツがいいかな。

…ものゴッツイ電波ですな…。


8.竜一様
雷電ですか、今度は何を解説させましょうw
いっそ“破滅”軍のド真ん中に出現させ、解説させるだけさせてさっさと撤退、とか。

バルド祭りも、そろそろ佳境に差し掛かってまいりました。
この辺りから、主役はオフィシャルで一時交代ですね。
正直、デュエル組が目立つのは……あ、一人居たっけ…しかも特大のヤツが。

シリアスが終わったら終わったで、うまくギャグが書けるといいんですが…。
なんかこう、リズムを忘れてしまってます。

トレイターをシュミクラムに、か…。
……前にも銃撃戦のリクエストがあったし…何とかできないかなぁ…。


9.くろこげ様
お久しぶりです!
ええ、私はやると言ったら結構実行しますよ。
特に指先でどうにかなる事は。


10.ハルビ様
メタルギアですか…随分前にやった事があるような無いような…。

師匠を信用できなかったのが全ての原因とは言い切れませんが、確かにその一面はありますね。
まぁ、逆に盲信されるのも困り者ですし…バランスの問題でしょうかね。

個人的に、合体承認はクレアよりもアザリンが似合うと思う今日この頃です。


11.YY44様
ほう、そのような物があったのですか。
今度探してみよう…。
戦い方をヘタレと断じられたらどうしたものかw

バッドエンド関係の事は、あんまり覚えてないんですよ…。
どうにも後味悪いのが苦手なので、脳が優先的に忘却してくれるようです。

ニフラーヤか…まぁ、理屈は似たようなモノかな…?
って、老師って一体!?
あのじーさんに当たる人物は……やっぱクーウォンが妥当か?


12.カシス・ユウ・シンクレア様
説明者は何処の世界にも居ますが、やっぱり一番有名なのは彼でしょうな。
説明の中身の滅茶苦茶さもトップですw
民名書房、誰でも一度は欲しいと思った筈。
思ってないヤツは、男塾を巻頭から読み直すべし!

ナナシが巨大ロボットに乗った日には、初っ端から自爆ボタンを押して何もかもを台無しにしそうな気がひしひしと…。
脳は優秀な筈なのになぁ…やっぱキャラの問題か…。


13.ナイトメア様
真性破壊神となると…やっぱ金色ハンマー極大版は外せませんね。
そりゃーもう、どっかの山とか王宮とかを丸ごと改造して、搭乗者の叫びと共に分解・再構築、巨大ロボが豆粒に見えるくらいのでっかいフィールドを形成して、ドン!
…いかん、ホワイトカーパスが丸ごと海に沈みそうだ。
アザリン様に恨まれてしまう。

性格が快でも、見た目が怪ですねぇ…少なくとも下位ではありませんが。
透君、まだ山場は巡ってきません。
多分、巡ってきたら2,3話くらい丸ごと使うと…。

なるほど、ガングレイヴですか。
前に名前だけは聞いた事がありましたが…。
中身はやった事が無いので知りませんが、色々壊せるシューティングのようですね。


14.なな月様
ほう、TRPGだったのですか、知らなかった…。
しかし…とんでもない代物のようですねw
流石にそんなのは出てきませんよ…今の所は。
というか、そんな濃いキャラはで描けません、無理ッス。

塾長、雷電と来たし、三面拳と名乗っているからにはあとの二人も確定。
こりゃー鬼ヒゲくらいは出さないといかんかな?
それとも藤堂?

民名書房は、きっと世界を移動しても読めます!
何故なら浪漫だからです。

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