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「幻想砕きの剣 11-6(DUEL SAVIOR)」

時守 暦 (2006-10-19 00:42/2006-10-19 06:34)
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21日目 朝 ドム&タイラー


「リヴァイアサン?」

「ここは地上だけど…」


 大河が朝っぱらからドムとタイラーの居る天幕に押しかけてきて、話があると言い出した。
 本来なら昨晩のうちに報告するべきだったのだが、何せ2人は前線から離れた所に居た。
 作戦会議やら補給やらをやっていたらしい。

 仮眠を取ろうとした所を叩き起こされ、2人はちょっと不機嫌である。
 ちなみに、補給は現在それぞれの副官が引き継いでいる。


「便宜上そう呼んでるだけです。
 とにかく、近い内にそう言うのが来ると…」

「情報源は?」

「…イムニティです。
 個人的な連絡回線を持っているので、それを通じて知らせてきました」


 咄嗟にウソをつく大河。
 いくらなんでも、フェタオの首領を手引きしたとあってはマズイだろう。
 微妙に怪しまれているようだが、タイラーは一聞の価値ありと判じたようだ。


「それ、どんなヤツなの?」

「聞いた話では…」


 慎重に言葉を選びながら、しかしそれを表に出さずに話す大河。
 死者の魂の塊。
 V・S・Sの実験によって体を失った少女の成れの果て。
 そして、兄たる透を求めている。


「…非道な…」


 ドムの奥歯が噛み締められる。
 タイラーも、顔には出さないが怒っているようだ。
 大河には解からなかったが、付き合いの長いドムにはタイラーの怒りが感じられる。
 タイラーは、怒っていればいるほど平静を装う事ができる。


「死者の魂、か…。
 僕も一応仏教の出なんだけど、お経を聞いてくれる相手でもないなぁ…」

「俺の信じる神…精々闘神アードラくらいだな。
 とはいえ、現状では神の助力など期待できんが…」


 普通に聞けばホラ話と大差ないが、二人は最近感じ続けていた焦燥や圧迫感もあり、ウソだとは思ってないようだ。


「話通りなら、いつ現れてもおかしくない…。
 相馬透の様子はどうだ?」


「動ける程度には回復してます。
 今は…隊内での人間関係の回復に努めているようです」


「?」


「…アヤネ…」

「!」


 昨晩から暗い雰囲気を纏い続けていたアヤネ。
 一晩経っても回復はおろか、逆に憔悴していた。
 相当な悪夢を見たのだろう。
 獣人だった事、叩きつけられた何者か…リヴァイアサンの悪意、透に大怪我を負わせた…。
 復讐のために心を凍りつかせようとしていた頃のアヤネなら、何とか耐えられたかもしれない。
 だが、今となってはそれも…。


「…と、透…」


「………一応言っておくけど…アヤネのせいだ、なんて思ってないからな」


「…でも……わ、私は…透の…仇…」


「!」


 透の動きが思わず止まる。
 それを見て、アヤネはまた俯いた。
 まさかと思いたかったが、やはり透の親友を殺したのは自分だった。


 今となっては透は、ユーヤが死んだのはアヤネのせいだなどと思ってない。 
 直接命を奪ったのはアヤネ…獣人だったかもしれないが、その時の獣人は自分の命を護ろうとしただけだったのだろう。
 何より、死の危険も省みずに怪盗を気取っていたのは自分達自身だ。
 ユーヤが死んだのは自業自得でもあり、そして止めなかった透の方にこそ責任がある。
 仮にアヤネがユーヤを殺さずとも、手を下すのが別の人間になっただけだったろう。

 透はアヤネを仇として殺す気にはなれない。
 だが、やはり割り切れるかと言われると…。


「……俺は…」

「…」

「…俺は、アヤネをどうこうしようなんて思ってない…。
 今更仇だなんて思えない…」

「……どうして…。
 透なら、殺してくれてもよかったのに…」


 気力の全てを削り落としたような呟き。
 だが、透はその言葉にカッとなった。
 まだ違和感の残る体を強引に動かし、アヤネの襟首を掴む。


「ふざけるな…!
 これ以上、俺に背負わせる気かよ!?」

「………」

「ユーヤが死んだのは、俺達がバカだったから…。
 ツキナが洗脳されたのも、元はと言えば…」

「…それは、透のせいじゃ…」

「でも考えちまうんだよ!
 俺がもっとしっかりしてれば、ちゃんと考えてれば、よく見てればって!
 何で気付かなかったんだって!
 俺がアヤネを殺したりしたら…また振り返る事が増えちまうじゃないか…。
 俺は、もう誰かの命を背負うのはイヤだ…」


 襟首を掴んでいた手から、力が抜ける。
 アヤネの足から力が抜け、へたり込んだ。


「じゃあ…どうすればいいのよ、私は…。
 復讐も遂げられず、少しだけ生きてみようと思ったら…私は人間じゃなくて、その上透が探していた親友の仇だなんて…。
 もうイヤ…」


 アヤネは生きる理由を失っていた。
 透には心を開きかけていたが、今となってはどの面下げて顔を合わせればいいのか。

 透はアヤネの打ちひしがれた姿に心が酷く痛んだが、肩を掴んで強引に顔を上げさせる。
 今の彼女に戦いを強いるのは自殺行為だが、そうも言っていられないのだ。


「アヤネ、聞いてくれ。
 もうすぐ敵が来る」

「…?」


 普段なら戦闘に向ける闘争心を写し出す目も、虚ろなまま。


「普通の敵じゃない。
 まともに戦っても勝てないし、倒す訳にもいかない。
 正直、敵として見るのにも抵抗がある。

 …アヤネ、頼みがある」


「…なに? どんな危険な事でも構わないわ…」


 命を背負いたくないと透が言ったばかりだが、それもアヤネの心には届かなかったようだ。
 正直、透はなぜアヤネにこんな事を言おうとしているのか自分でも解からなかった。
 やはり心の底ではアヤネを憎んでいるのだろうか。


「その敵は、俺を狙ってくる」

「…!?」


 アヤネの目に、一瞬だけ驚愕の光が灯る。
 自分に関しては全てを投げ出しかけていても、自分以外に対してはそうでもないらしい。
 付け込むで自分の行いに反吐が出るが、これは賭けだ。


「俺もソイツに用があるが、この体じゃマトモに戦えない。
 アヤネ、俺の体になってくれ」

「…代わりに戦うの?」

「いや、攻撃はしない。
 したって悪化しかしない。
 俺はソイツを引き付ける囮役だ。
 一歩間違えれば、俺もアヤネも一緒に死ぬ。
 そうなったらそれまでだ。
 …でも、もし一緒に生き残ったら…復讐の事も、ユーヤの事も、怪我の事も、獣人だって事も忘れて…。
 仕切り直しだ。
 生きなおしてくれ」

「…死を望むとしても?」

「ああ。
 せめて、区切りをつけてから…」


 まるでプロポーズのような言葉だ。
 アヤネは口元に、壊れそうな笑みを浮かべる。
 すぐ目の前に居た透でさえも解からなかったが、それは確かに笑みだった。
 狂気と隣り合わせだったとしても。


「…いいわ。
 透の言う通りにする…。
 どうせ、このまま生きていても仕方ないもの…」


 透がそこまで必死なら、アヤネは逆らう理由はない。
 どうせ、こんな精神状態で戦ったら確実に死ぬ。
 だが万が一生き延びたら、透の言うように今までの事を全て忘れ、それから自分の道を考えてみてもいいかもしれない。

 半分以上投げ遣りだが、アヤネはまだ動く理由を手に入れた。


「…それで、敵って?」


「…もうすぐ来る。
 アヤネ、シュミクラムの準備だ」


 アヤネを立ち上がらせ、透は待機させてあるシュミクラムの元に急ぐ。
 途中で様子を見に来たらしいカイラ達も急かして、戦闘の準備を始めた。
 …と言っても、透は満足な起動もできなかったが。


 透に急かされ、ヒカルは不満顔ながらもシュミクラムの元に向かう。
 透が何やら悩んでいるのは解かる。
 それが昨日の大怪我に起因している事も、予想がつく。
 だが透はその辺に関する説明をせず、ただ急げとしか言わなかった。

 気に入らない。
 命令されているようなのもそうだが、透がアヤネを妙に気にかけているのが気に入らない。
 怪我を推して透が戦闘に参加しようとしているのも気に入らない。
 一体何が起きているというのか?

 普段通りに、シュミクラムに接続したヒカル。
 一瞬だけ意識がブラックアウトするが、この感覚にも慣れたものだ。
 ブラックアウトの後は、肉眼での視界からシュミクラムに搭載されているカメラでの視界に切り替わる。
 結構な高性能で、シュミクラムの視界は人間による視界と同等かそれ以上の精度を持っていた。
 人間と違って、錯覚などは殆ど起きない。

 だが、今日に限っては錯覚としか思えない現象が起きていた。


「…き、君は…」


「…ヒカルちゃん、久しぶり…」


 確かにそこには居なかった、懐かしい少女。
 幼い頃…シュミクラムを手に入れた頃に夢の中で何度も会い、戯れた。
 幼い頃のヒカルは、彼女は現実に存在するのだと信じ続けていた。
 成長すると供に夢を見る事が少なくなり、その存在すら夢の産物ではないかと思いかけていた。

 その少女…憐が目の前に居る。
 シュミクラムを起動した途端に視界に入ってきた。


「憐…?
 で、でも確かにそこには…」


「憐は、目じゃ見えないんだって。
 シュミクラムに、直接映像を送ってるから…」


「見えない…?
 …そう言えば、V・S・Sの研究資料にマナの塊として存在する生き物の観察例が…」


 何だかUMAみたいな言われようだが、憐は気にしない事にした。
 本物のUMAなら、透に付きまとっている間に見た…言うまでも無く汁婆の事だ。


「うん、その観察例の事で、ちょっと…。
 時間が無いの」


「どういうコト…?」


 流石に順応が早い。
 と、隣から洋介が声をかけた。


「おいヒカル、この子って確か…」

「夢の中で見た…」

「こ、この子がですか?」


 どうやらヒカルだけではなく、洋介・カイラ・ミノリにも見えるらしい。
 ミノリは直接シュミクラムに関わってないためか、今まで見た事はない。
 今回見えているのは、ルビナス開発の新機能で、神経とオペレート用のCPUを直結したためだろう。

 憐は自分を見つめている目に少々怯んだが、ちょこんと頭を下げる。


「えっと、はじめまして。
 お兄ちゃんの妹の水坂憐です」

「お兄ちゃん…?
 私達の知ってる人?」

「うん。
 透お兄ちゃん」

「「「「えええええ!?」」」」

「と、透に妹なんて居たの!?」

「知らない!
 ステッペン・ウルフ時代からの付き合いだけど、透に妹が居たなんて聞いた事ない!
 …あ、でも冗談半分で弟が居るって言ったような言ってないような」

「れ、憐はニューハーフじゃないよう!」

「ああ、泣かないの憐ちゃん。
 ふぅん、こんなカワイイ妹が居るのに黙ってるなんて…。
 透もヤボよね〜」

「あ、それはお兄ちゃんが悪いんじゃなくて…その…」

「カイラさん、あんまりいじめないで…」

「あら、アタシが悪いの?」


 パニクっている。
 それをようやくシュミクラムを起動させた透とアヤネが、醒めた視線で見ていた。
 …いや、透は目が笑っている。
 憐がアタフタするのが面白いようだ。
 ひでー兄である。


「…で、実際どうなのよ、兄?」

「俺も昨晩知った…と言うか思い出した」

「思い出した?」

「…もうちょっと見てよう」

「敵が来てるんじゃなかったの?」

「確かに来てるんだけどさ、なんかこう憐がオロオロするの見てると妙に癒されると言うか…」

(…透、何気にサディストだったのね…しかもシスコン?)


 結局、透が割り込んで説明を始めたのは十分ほど後の事だったらしい。


21日目 早朝 リャン・未亜チーム


 未亜達が乗っている馬車は、ゆっくりと街の外に出る。
 これから最前線行きなのだ。
 それを知っている街人は少ない。
 普通なら救世主候補の出陣と言う事で派手にやった方がいいのだが、今回は却下だ。
 何故なら…。


「じゃ、向こうまでよろしくね」


「はいな」


 連れが居るからだ。
 街の外で待っていた少女…リャンは身軽に馬車に乗り込んだ。
 仮にも彼女はテロリスト。
 何処で顔が割れるか解からない。

 本来ならベリオが居たであろう席に収まる。
 太股が剥き出しになっているチャイナ服を見て、カエデが「狙っているのでござるか?」と余計な事を言ったが、リリィに黙らされた。

 リコが持っていたお菓子を、黙ってリャンに差し出した。


「あ、ありがとう。
 …これから戦いに行くのに、よく食べてられるね?」


「あー、リコは特別よ特別。
 放って置いたらいくらでも食べるし、食べてれば何が来ようと怖くないってタイプだから」


「ふーん…ところで、ルビナスさんは?
 例の手術の許可、貰ってきたんだけど」


「ルビナスだったら、遅れて来るって言ってたわよ」


「何か大事な物を持ってくるそうでござる。
 あの智将の事でござるから、タイヘンな物だと思うでござる」


 そっか、とちょっと残念そうなリャン。
 一刻も早く手術をしてもらいたいのである。
 ここにルビナスが居たとしても、無菌室やら何やら必要なのでこの場で手術できるのでもないが…その辺は気分の問題だろう。

 ちなみにカエデがマッドと言わず智将と言ったのは、これから手術を受ける必要がある少女に対するささやかな配慮である。


「あー、大河に会うのも久しぶりねぇ」

「未亜殿は先日1人で会ってるんでござるよなぁ…」

「そんな恨み言言われても。
 …まぁ…いいじゃん。
 夜はともかく、昼は譲るから」

「マスターがそう言っても、ご主人様がマスターを放っておくとは思えませんが」

「未亜ちゃん愛されてるですの〜」

「いやまぁそれ程でもあるけどね♪」


 救世主候補達の会話を、リャンは興味深そうに聞いている。
 彼女はバカを自認しているが、知的好奇心は何気に強い。
 アヴァターの希望の星達を、珍獣を見るような目で見詰めていた。


「…なぁ、ちょっと聞きたいんだけど」

「? なんでござるか?」

「大河とはちょっと会っただけだから詳しい事は知らない。
 その上で聞くけど…どこがいいんだ?」

「何処…と具体的に聞かれてもね」


 リャンの問いかけは、答えてもあんまり意味があるとは思えない。
 好きなものは好きなのだ。
 切欠くらいはあったが、現在進行形で何処が好きと言われても…。


「じゃあリャンちゃん、聞くけどさ。
 誰かを好きになったとして、その人のチャームポイントが無くなったらそれでキライになるの?」

「…よく解からないよ」

「じゃ、聞いても無駄ね。
 経験しないと」


 はぐらかされたような気がするリャンだった。


「ところで…ツキナさん?」

「は、はい?」

「…辛いんだったら、寝ててもいいですよ?」

「私、低血圧だから…。
 向こうに着いても、動けないかもしれません」

「え? ツキナ?」


 リャンは驚いて馬車の隅っこに眼を向ける。
 今まで気付かなかったが、そこにはツキナが青い顔で小さくなっていた。


「あ、リャンちゃん…」

「えーと…元気…そうではないけど、大丈夫そうだね?
 洗脳されたって聞いて、心配してたんだけど…」

「あ、ありがと…うぷっ」

「…乗り物に弱かったんだな…」

「ま、前は平気だったんだけど…」


 洗脳された影響か、過剰な赤の力の影響か、ツキナは乗り物酔いがとっても酷くなっていた。
 リャンが気付かなかったのは、意気消沈してピクリとも動かなかったからだろう。
 背中を撫でてやるリャンだが、それは一層吐き気を誘発するだけだった。


「…もう寝てなよ…」

「で、でも…」

「吐かれても面倒なだけね。
 強制的に眠ってもらうわ。
 えい」


 リリィの指先がツキナに向き、魔力が放出される。
 ツキナは顔に何かが吹き付けられる感覚を感じて、その後異様なまでに迅速に眠りの世界に落ちていった。


「これでよし、ですの」


 手際よくナナシがタオルケットをかけてやる。

 未亜がふぅ、と溜息をついた。
 リコが未亜に向き直る。


「なんとかトラウマ触発は避けられたようですね…」

「うん…。 でも、それって乗り物酔いでそれ所じゃなかっただけかもしれないよね。
 予断は禁物か…」

「うーん…未亜の場合、自業自得って言うのかしら…」


 ツキナの心に傷をつけたのは未亜ではないが、反応されかねない程のS性を養ったのは欲望に忠実だった未亜自身。
 経緯はどうあれ、やった事は己に帰ってくるらしい。
 リャンは未亜がSでレズだと言う事を思い出し、ちょっと距離を空けた。
 ついでにツキナを庇う…いざとなったらエサにするつもりかもしれないが。


「ところでリャンちゃん、V・S・Sはどうなってるですの?
 ツキナちゃんと透ちゃんがゆっくり眠れないですの」

「順調に準備が進めば、明日辺りには襲撃をかける予定だよ。
 V・S・S打倒はクーウォンの悲願…。
 私も張り切ってる」

「怪我しちゃダメですのよ〜」

「それは私に言っても仕方ない」


 苦笑するリャン。
 それを放置して、未亜達は議論の真っ最中だった。
 議題は勿論、1人だけ抜け駆け(ではないと思うが)したベリオの制裁。
 もしも本当に大河とヤっていたりしたら、ベリオは最近欲求不満な未亜の餌食となっていた事だろう。
 九死に一生を得たベリオだった。


 戦場に到着するまで和気藹々としていた彼女達だが。
 とんでもなく厄介な敵が待ち構えている事を、誰一人予想していなかった。


21日目 昼 駐屯地


 今日も今日とて、前線部隊は押し寄せてくる魔物達を撃退…してはいなかった。
 何故かと言うと、今日に限って魔物が殆ど現れないのだ。
 隠れて近付いてきている可能性もあるので警戒を怠ってはいないが、ドムとタイラーは別の可能性を確信していた。
 先日からずっと感じている圧迫感。
 そして大河から告げられたリヴァイアサンの存在。
 恐らく、魔物達が押し寄せてこないのはリヴァイアサンの存在を本能で察知し、怯えているからだ。

 機構兵団を始め、戦闘部隊は本隊から離れないようにしているが、その本隊からして普段の布陣とは違う。
 大きく広がり、密度を薄くしている。
 これは「リヴァイアサンは何処にでも出現できるのだから、密集していてもロクな事がない」と将軍2人の意見が一致したからだ。
 ただ、ドムは出現したリヴァイアサンを包囲するため、タイラーは撤退して立て直すため。
 どちらが正しいかは、まだ解からない。

 タイラーは隣のドムに目をやった。


「…相馬透君はどうしてるの?」


「向こうの丘に、アヤネ・シドー及び汁婆と待機している。
 見え見えの囮だが…」


「リヴァイアサンが聞いた通りの存在なら、引っ掛かる可能性は充分にあるね」


 相手は子供の精神を持った巨大な怪物。
 しかも、誰とも触れ合う事が出来ない孤独ゆえに精神的な成長は殆どしていないと考えられる。
 目の前にエサを置いてやれば、素直に手を出してくるだろう。

 汁婆を一緒に配置したのは、アヤネの機動力では逃げ切れない場合のためだ。
 それなら最初から汁婆と透だけを配置すればいいのだが、何分透のシュミクラムは素晴らしくブッ壊れている。
 昨日の夜にちゃんと起動したのが不思議なくらいである。
 今は辛うじて機能しているが、それもいつまで保つか。
 もし完全に沈黙してしまえば、透は本隊…ミノリと連絡できない。


「さて、どうなる事か…」


「救世主候補達が到着するまで、あと一時間って所かな。
 それまでに出てくるか出てこないか…微妙な所だね。
 ヤマモト君、僕はちょっと仮眠を取るから…」


「あのですね、閣下……いえ、極力短めにどうぞ」


 ノホホンとしているタイラーだが、ここ数日はやたら精力的に働いていた。
 仮にも人類軍の総大将に当たる立場にあるのだ。
 そう簡単には休めない。
 昨晩もドムと延々と会議をしていたのだ。


「うん、解かってる。
 この平原のマナの動きを観測して、異常があったら起こしてね」


「はっ」


「ふむ、たかが4日寝ないだけでえらい疲れようだな」


「いえ、ホワイトカーパスの方を基準にされても…」


「まぁ、何だかンだ言っても我々は戦闘民族ですからなぁ…」


 妙にしみじみと呟く、(影が薄い)バルサローム。
 どーやらホワイトカーパス…旧ラアルゴンの方々は、戦闘となればアドレナリンで眠気を軽くブッ飛ばせるようだ。
 ヤマモトの発言も、あながち間違いや人種差別とは言えない。

 タイラーはドムの軽口に苦笑して、フラフラ揺れながら天幕に引っ込む。
 バタンと音がして、そのまま静かになった。
 どうやら倒れこんで、そのまま眠ってしまったらしい。
 ヤマモトが黙って天幕に入り、布団をかけてやる。
 バルサロームはそれを見て、ボソリと呟いた。


「奥方のユリコ殿が見たら、複雑な思いでしょうなぁ…」

「彼女も軍人だけに、ここに居てもおかしくないのにな…。
 まぁ、向こうは向こうで大変なようだが。
 ヤマモトが女なら、微妙に血の雨とか降ったかもな」


 妻の役割を取られたよーなものだから、見ていたらさぞ複雑だった事だろう。
 もっと複雑なのは、ユリコに想いを寄せていたヤマモトだったのは想像に難くないが。


 それから一時間。
 そろそろ救世主候補が到着する頃である。


「…オペレータ、相馬達の様子はどうだ?」

「変化ないそうです。
 周囲のマナも、急激な変化はありません」


 平然と答えるミノリ。
 最初はパニックを起こしかけていたが、いい加減慣れたらしい。
 あがり症のオペレータだが、順応力も高いようだった。


「そうか…。
 …意外と用心深いようだな。
 それとも、他に何か要因があるのか…」


『汁婆に怯えてるだけじゃないッスか…?」


 回線から飛び出す、洋介の野次。
 案外あるかも、とドムは本気で思った。

 その時、ミノリの視界の端を見覚えのある影が横切る。


(…あれは…?)


「リャンちゃん…?」

『リャンがどうかしたの、ミノリ?』


 耳聡くヒカルが聞きつける。
 ちょっと待って、と言い置いて目を凝らすと、確かにそれはリャンだった。
 一緒に救世主候補達とツキナが歩いている。
 何故一緒に?


「ドム将軍、救世主候補生の方々が到着したようです」


「ん? うむ。
 …?
 2人知らないのが居るな。
 確か一人は王宮で保護されていた少女だが、もう1人は…」


「あ、あの子は…私が頼んで配属してもらった、オペレータ見習いです。
 将来有望なので、今から慣れさせておこうと…」


「そうか。
 ここは任せる。
 出迎えに行って来よう」


「あ、リャンちゃんにはすぐに来るように言ってください」


「うむ」


 ドムは救世主候補達の方に歩いていった。
 ふぅ、と一息つくミノリ。
 回線の向こうからも、いくつか安堵の溜息が聞こえた。
 いくらなんでもテロリストの一員です、などと言えない。
 後はリャンがミスを侵さない事を祈るばかりだ。


『ミノリ〜結構強かよねぇ』

「え? 何がですか?」

『だから、リャンちゃんをオペレータ見習いだって言ったじゃない。
 アレ、リャンちゃん本人には断られたでしょ?
 でもこの状況なら、ノーとは言えないじゃない』

「わ、私は別にそんなつもりじゃ…」


 ミノリをからかうカイラ。
 どうやら敵が来なくて暇らしい。
 来たら来たで命がけだが、やる事がないと言うのもそれはそれで虚しい。

 ミノリが慌てていると、同じく慌てた表情でリャンが側までやってきた。


「やっ、ミノリさん。
 おかげで助かった。
 まさか将軍と直接話すなんて…心臓が止まってまた記憶が飛ぶかと思った…」


「え? あ、あぁ、いいんです。
 それより、名目上でも見習いですから、私と同じように接続してください。
 やり方は覚えてますね?」


『ミノリ、やっぱり』

『意外と腹黒い…』

「洋介さんはともかくヒカルちゃんまで!」


 リャンに余計な事を吹き込まれまいと、回線を一時受信拒否。
 そのリャンは、やり方は覚えているがどうすればいいのか、イマイチ解からないようだ。
 まぁ、A端子とかD端子とかをどうすればいいのか覚えているだけで、その名詞がどれを指しているのか解からないのだから当然である。
 ミノリはさっさと手伝ってやった。


「ありがとう。
 でも、私はあんまり頭良くないよ?」

「いいんです、どっちにしろ正体がバレると面倒でしょう。
 まぁ、気楽にやってみてください。
 私もサポートしますから」

「うん…」


 自信なさ気でキータッチも遅いが、やはりコマンド自体は全て暗記しているらしい。
 改めて彼女の記憶力に感心するミノリ。


「ところで、どうしてこっちに?」

「王宮から特別指令。
 敵に攻勢をかけろ、だってさ。
 首領にはさっき会って、もう伝えた」


 この場合敵とは“破滅”ではなくV・S・Sの事だ。
 …しかし、それならリャンはこんな所で何をやっているのだろうか?
 クーウォンと一緒にフェタオに戻り、襲撃の準備をしなければなるまい。

 そしてそれをストレートに聞くカイラ。


『そこんトコどうなのリャンちゃん?』


「それが、よく解からないけど暫くこっちに居てくれって…」


 リャンは困った顔をする。
 クーウォンが何を考えているのか、理解できないのだろう。
 リャンは少女でも、フェタオの中ではトップ3に入る程の実力者だ。
 頭は弱いが。
 どのくらい強いかと言うと、武装無しならアヤネと透を1分足らずで無力化できるくらいに。
 V・S・Sに襲撃をかけるなら、リャンを外す手はあるまい。


「それじゃあ『ミノリ! 何か来る!』…!?」


 もう少し突っ込んで聞こうとしたミノリの声を遮って、アヤネからの緊急通信が飛び込んできた。
 リャンとの話に集中しかけていた意識を切り替えて、慌てて計器に目を通した。


「これは…マナが収束している…?
 あっ、タイラー将軍が言ってたのは…!
 アヤネさん、汁婆さん、情報を収集しつつ退却してください!
 透さんは、戦闘に耐えうる状態ではないので極力戦闘を避けるように。
 ルートを送ります!」


 地図を呼び出し、最も無駄なく素早く移動できるルートをアヤネに送りつける。
 しかし、これは仮のルートだ。
 相手がどのように移動するのか予測できないので、あくまで単純に速度が出るルート。


「リャンちゃん、透さん達の半径3キロ内のマナの変動を記録しておいてください!」


「え? あ、えっと、解かった!」


 戸惑いながらも計器に目をやり、手元のメモ用紙に記録をとるリャン。
 …って、手動かよ。
 まぁ、使い慣れない複雑な機械よりもアナログの方が確実だし、そもそもリャンの記憶力なら何の問題も無いだろうが…。

 さらにミノリは、近くに居るヤマモトに声をかけた。


「ヤマモトさん!
 タイラー将軍が仰っていた、マナの急激な変動が観測されました!」


「なに!?
 ついに来たか…。

 全軍戦闘態勢を取れ!
 ドム将軍に伝達しろ!
 救世主候補の方々、配置に向かってください!
 閣下起きてください!」


 副官は忙しいらしい。

 


21日目 昼 アヤネ・透・汁婆・憐


 アヤネは時間を持て余していた。
 誰も居ない丘の上で、汁婆、憐、透と言葉もなく待機している。
 これがまた凄まじく居心地が悪い。
 それは透も同じだろう。
 憐は…天然っぽいが、やはり雰囲気が暗い。
 隣のUMAは何も感じてないかもしれないが。

 それにしても、とアヤネは空を見上げる。
 憐…透の妹とやらの話は強烈だった。

 人体実験に晒され、体を失った少女。
 ただ1人の兄は自分の事を忘れていた。
 そのまま誰と接する事もなく、ただ彷徨い続けた少女と、その成れの果て。
 リヴァイアサンの接近。


(…実物がなければ、法螺話で済ませていたのにね…)


 ふぅ、と溜息をつく。
 目の前に本人が居るのだから、信じない訳にもいかない。
 溜息を聞きつけたのか、憐は心配そうにアヤネを見た。
 黙って手を伸ばし、頭を撫でようとして…動きを止める。
 姿が見えても、憐の体は物理的に触れる事ができない。
 アヤネが動きを止めた理由を察して、憐は申し訳無さそうな顔をした。
 それを見て、アヤネは言ってやりたくなる。
 貴女は悪くない、と。
 しかし、言った所で何になるのか?


 話が全て真実であれば、リヴァイアサンを攻撃するのも気が引ける。
 しかしそうも言っていられるか…。
 いざとなったら、アヤネは自分が囮になる事も考えていた。
 リヴァイアサンが透だけを求めているなら、囮になどなろうとしてもなれないが…透を生かす為に死ぬ。
 今のアヤネにとって、それは行幸に思えたのだ。
 透と憐に余計な重みを背負わせる事になるが、それでも楽になりたかった。

 汁婆は静かな目で(黒目もない)、アヤネを観察していた。
 アヤネの精神が非情に不安定な状態にある事くらい、汁婆でなくても解かる。
 今は透の頼みで辛うじて精神の安定を保っているが、ちょっとした切欠で砕け散りかねない。
 早いところ、生きる意味を見つけさせなければならなかった。

 …ちなみに、汁婆には憐の姿は見えない。


 そのまま、一時間ほど過ぎただろうか。
 憐が急に血相を変えて立ち上がった。


「! 憐…来るの?」


『う、うん…もうすぐ近くに来てる…!
 あっち!』


「透、起きて!」


「いでででで!
 シュミクラムを着たまま普段の力加減で掴むな!」」


 透の腕に手形がついたりしたが、それは後にして。
 アヤネは透を汁婆に乗せ、自分はシュミクラムの設定をスピード重視に変化させた。
 …ついでに言うと、アヤネは普段通りの力で掴んだつもりだが、その「普段通り」がクセモノ。
 獣人としての自覚を持ち、更に不本意ながらもその力を覚醒させるに至り、彼女の身体能力は大幅なパワーアップを遂げていたりする。
 故に、今回の「普段通り」は昨日までの「割りと全力」くらいの力であった事をここに記す。
 それに加えて、シュミクラムの人工筋肉(仮称)が…。
 よく腕が千切れなかったものである。
 流石は大河の同一存在、頑丈さも非常識だ。

 アヤネが走りだそうとした途端、背筋に走る覚えのある感覚。


「…!」

『ダメッ!』


 アヤネが感じたのは、昨日偵察中に叩きつけられた悪意。
 もしそのまま食らえば、昨日と同じように気を失っていた事だろう。
 しかし、その感覚は憐の叫びと供に弾けとんだ。


「ありがとう…助かったわ」


『う、うん…』


 冷や汗を流すアヤネ。
 憐がアヤネと供に居たのはこの為である。
 何故アヤネが狙われたかは謎だが、昨日と同じように攻撃を受ける可能性が高いと踏んだ。
 その対策のために憐が居る。
 アヤネに悪意が叩きつけられるのを防ぐのだ。
 方法としては、送られてくるマナやら何やらをブロックしたり、リヴァイアサンに命令して止めさせる。
 しかし後者は、そう何度も使える手ではない。


「汁婆…ここから離れよう。
 周囲のマナが揺らいでる…。
 ここはまだ、リヴァイアサンの体内みたいだ…。
 憐、付いてこれるな?」

『うん!』

『チッ、胃袋に入れられて消化されるのはゴメンだぜ!
 アヤネ、しっかり追って濃い!』


「待って、ワイヤー。
 …よし、これでOK」


『…犬橇ならぬ馬ゾリか』


 アヤネは汁婆の胴に、シュミクラムに内蔵されているワイヤーを括りつけた。
 これで汁婆がどれだけ早く走っても、置いて行かれる心配はない。
 足の裏がキャタピラ仕様だから、足の回転が追いつかないなんて事もない。
 汁婆は多少不満そうだったが、ここでああだこうだ言っていれば、本気でリヴァイアサンに取り込まれかねない。
 一つ舌打して、スプリンター走法で走り出した。


 だが。


「ウペッ!
 くっ、ぺっぺっ…。
 う、ウマじゃねえええぇぇぇぇ!
 ウペッ!」


 アヤネ、お約束の絶叫。
 どうでもいいが、約束とお約束は同じ物でも全く別物だな…本当にどうでもいいが。
 考えてみれば、彼女はこの走り方を見るのは初めてだった。
 いやそれ以前に問題は。
 強力な踏み込みと押し出しの為、汁婆が走った後には大量の土煙が舞う。
 汁婆の後ろを走っているアヤネに、盛大に土が襲い掛かった。

 叫んだ拍子に、土が大量に口の中に入ってきたそうだ。
 …ミミズが居たのだが、アヤネは幸運にもそれに気付かなかった。


21日目 昼 未亜チーム


「……なんだありゃ」


 リコが呆然と呟く。
 口調が普段と違うのは、それだけ驚いていると言う事だろう。

 近くに居たリリィは、リコの視線の先に目をやって首を傾げた。
 何もない。


「リコ?
 何か見つけたの?」


「何かもなにも…。
 あの辺のマナを見てください。
 異様なスピードで動いてますよ」


「? 言われて見れば…」


 リリィは魔力探知用の視界に切り替え、リコの視線の先を見た。
 視界の中では、待機中のマナの密度が目まぐるしく変化を続けている。
 濃くなったり薄くなったりしながら、徐々に収束していく。


「…魔物かしら?」

「恐らく…しかし、アレは…」


 リコの目には、マナの変動以外にも別の力が見える。
 大量の、それこそ自分の全力に匹敵しそうな程の赤の力だ。
 膨大な感情の波動が、刻一刻と集中している。
 長い時間を生きてきたリコだが、こんな現象を見るのは初めてだ。
 そもそも、赤の力の量がおかしい。
 自分は赤の力を司るモノなので大量の赤の力を持っているが、一個の生物があれだけの量の赤の力を持つなど在り得ない。
 人間の感情には許容量と言うものがある。
 例えば、喜びや悲しみ、怒りその他諸々の感情のトータル量が100とする。
 普通は怒り心頭になったりしても、精々トータル量の10パーセントを占める程度。
 だが、10パーセントどころか60、70、80になったら?
 単純に破綻したり、怒り以外の感情が圧迫されて狂気に走ったりする。
 しかし、どんなに怒りを溜め込んだ所で、最大許容量の100を超える事はない。
 何故なら、100に達した瞬間に心ごと感情が壊れて死んでしまうからだ。
 洗脳されたかのように、心が動かなくなってしまう。
 当たり前だ、怒り以外の感情が無くなるのだから、どれだけ時間が経とうと別の感情が幅を利かせたりしない。
 故に、心は揺れず、ただ怒りだけが続く。

 この最大許容量は、どんな生物でも殆ど変わりない。
 その内を占める感情の種類は、種族によって結構な差があるが。

 しかし、リコの目に写る感情…赤の力の量は、100どころか100の100乗くらいはあった。


(こ、こんな…!?
 こんなメチャクチャな感情、意思の力…。
 そう、意思の力だけで物理世界に多大な影響を及ぼす…!
 ヘタをすると、あの周りだけ物理法則すら捻じ曲げられているかも…)


 無意識に一歩後退する。
 バケモノだ。
 あんな強烈な感情を、何故あそこに居るモノは持っていられる?
 リコは自分の知っている法則や常識を、根底から覆される気分だった。


 感情の波動はどんどん蓄積していき、遂には物質としての体を得た。
 いや、正確に言えば密度が高すぎて、物質に見えるだけか。

 隣のトトロ…もといリリィが、目を細める。
 マナの蠢きの中心に、何かが浮いているような気がしたのだ。
 小さな黒い点。


「…? あれって、何…?
 ………!?」


 リリィは特別目がいいのではない。
 むしろ、勉強の為に本ばかり読んでいたので悪い方だ。
 だから、最初それは錯覚だと思った。
 鳥か何かが飛んでいるが、単に焦点がボヤけているのだと。

 だが、違う。
 鳥にしては大きすぎる。
 否、大きくなりすぎていた。


「え? え? ちょ、待っ、あれ何よ!?」


 リリィが見つけた黒い点は、見る見る大きくなっていく。
 最初は砂粒程にしか見えなかったが、すぐに石ころ、野球ボールの大きさに変化する。
 リリィとリコが居る場所から、黒い球体が浮いていると思しき所まで、かなりの距離がある。
 それこそ、人が豆粒程度に見える程度には距離がある。
 それだけの距離があるにも関わらず、野球ボール…を通り越して、既にサッカーボールほどの大きさ。
 間近で見たら、一体どれ程の大きさなのか?


「あの丸は一体何!?
 リコ、貴女何か知ってる?」


「…登場直後のケイサル・エフェスでは?」


「フォーグラーとか」


「んな訳ないでしょーが。
 …まだ膨張を続けてる…。
 マナの貯蔵量も、天文学染みてるわね…。
 一種のブラックホールみたい。
 …あれだけでかいと、驚く気も失せるわ」


 リリィの言う通り、黒い球体は周囲一体のマナを殆ど吸収し、途方も無い大きさに成長していた。
 出現してから、5分と経ってない。
 このペースで大きくなれば、人類軍を飲み込むのに2時間要るまい。


「…いえ、膨張のペースが徐々に遅くなっています。
 あと3割ほど大きくなったら止まると思われます」


「アレの3割増し?
 山よりでかいわ」


 軽口を叩きながらも、リリィはデカブツの正体を暴こうと頭脳をフル回転させていた。
 しかし、リリィが知っているあらゆる魔物、魔法、現象も、あの黒い球体の正体に掠りもしない。
 ただ一つ解かっているのは、アレがとてつもない脅威だと言う事だけだ。


「さて、どうするのやら…」


 カエデ、ベリオ、未亜もリリィと同じく呆れ返っていた。
 あの物体が何なのか検討も付かないが、とにかくでかい。
 細かい理屈なんぞ、ラオウ様の拳でぶっとばされる世紀末ザコのように消し飛んでしまうほどに、でかい。

 膨張を終えた黒い球体は、ゆっくりと、本当にゆっくりと動いている。
 だが、未亜達の位置では遠すぎて動いているのが解からなかった。

 ベリオが眉を顰めて、頭を抑えて蹲る。


「どうしたでござる!?」


「い、いえ…物凄い魔力の波動が…。
 ああっ、よく見ると私、メチャクチャ鳥肌立ってます…」


「うわ、凄い…。
 大根とか卸せそう…」


「わ、私のお肌はそんなに硬くありませぇん!」


 抗議の声はともかくとして、幽霊探知機ことベリオは、黒い球体に強烈に反応していた。
 直感が告げる。
 アレは幾多の死者の魂だ、と。
 その直感を言葉に翻訳する術を持たないベリオだったが、死霊の類らしいと言う事は解かった。

 青ざめた顔で、ポツリと呟く。


「あ、アレが…昨晩大河君が言っていた…」

「知っているのか雷電!?」

「誰が雷電ですか!」

「呼ばれたか、この男塾三面拳の一人雷電を!」

「誰でゴザルかアンタ!?」


 カエデのツッコミを無視、唐突に出現した男性は解説を始める。
 なお、彼の容姿については皆さん一度は見た事があるだろうから描写しない。
 つまり原作通りと言う事だ。


「間違いござらん、あれこそは伝説の魔物、深土牙琉頭尾流霧(ミドガルズオルム)!
 ある時は巨大なヘビの姿で描かれ、ある時は何でも呑み込む顎として、またある時は太陽を呑み込む狼として、更に金毛白面九尾の尻尾の1本として描かれる。
 他にも様々な姿で世界各地に伝えられているが、共通するのは何でも呑み込む雑食性に悪食性、そして底無しの食欲。
 かの者の体内は、生きながらにして呑まれた亡者達の怨嗟の声が常に響いていると言う。
 伝承によれば自力でこの世界に生まれる事はなく、召喚するか既存の生物を改造する事で創り上げるそうだ。
 しかしヤツは創り主や召喚主の意のままにはならず、その秘術を知る者全てを喰らい尽くしてしまったため、遙か昔に製造方法召喚方法共に失伝したと伝え聞くが…。
 まさか、何者かがその秘術を蘇えらせたとでも言うのか…!?」


「く、詳しいですね…」


「うむ、この本を読破すればこの程度の知識は頭に入る」


 雷電(仮)は一冊の本を差し出した。
 その題名が何なのか、賢明な読者は記さずとも解かっておられるだろう。


「民名書房…」


 呆然として未亜が呟く。
 レア物だ、本気で。
 流石はアヴァター…我々の世界では存在しないと言うのに。


「あ、あの、これ何処で手に入れたのですか!?」

「ぬ? その辺の本屋で売っているが。
 ちなみに何百巻もあるぞ」

「まぢ!?」


 未亜の目が歓喜に輝いた。
 時守も欲しい。
 絶対ベストセラーだ。
 ハリー○ッターなんかメじゃないぞ。

 雷電は解説を終えると、用事は済んだとばかりに立ち去った。
 何処へ行くのか聞いてはいけない。
 カエデは彼の後ろ姿を呆然として眺めている。


「…なんでゴザルか、ありゃ」


「まぁ、なんていうか一種のお約束だよ。
 ああ、いいモノ聞いたなぁ…。
 まさかこの目で拝める日が来ようだなんて…」


 雷電の去り行く背中に向かって合唱、拝む未亜。
 大河が聞いたら羨ましがるだろう。


「遊んでないで!
 あれが魔物だって言うなら、絶対に“破滅”軍の最終兵器ですよ!?
 どうにかしないと…」


「いやしかしどうにかったって、アレだけデカイと…。
 ダリア先生の乳よりデカイでござるし」


 比較対照はアレだが、どれだけデカいかはよく解かる一言である。
 既に周囲の部隊は、蜂の巣を突付いたような騒ぎになっている。
 それでも徐々に統率を取り戻しているのは流石である。


「とにかく、相手の事を知らねばどうにも出来んでござる。
 ベリオ殿、師匠はアレの事を知っているのでござるか?」


「ええ、そんな口ぶりでした。
 お蔭で一夜のアドバンチュールがパァです。
 添い寝しかしてないんですよ、昨日」

「ありゃ〜…それはお気の毒に」


 と、言いつつ未亜の目は笑っていた。


「で、その師匠はどうしているでござる?
 会えるかと思ったでござるが、結局まだ見てないでござる」


「知ってたら会いに行ってるよ…。
 将軍の話じゃ、確かユカさんと一緒に平野を巡回してるって。

 …ちょっと待って、今からテレパシーで…」

「多分無理よ」

「え?」

「周囲のマナが、あの球体のせいで乱れまくってるわ。
 この状態では通信なんてまず無理。
 …とんでもないわね…見た所、精神エネルギーの塊みたいなモノだけど…その精神の力が、周囲一帯に影響を及ぼしてる。
 近付いたら、あの球体に取り込まれるかも…」

「ぶ、ブラパピ殿?」

「略すな。
 幽霊嫌いのベリオには、アレのプレッシャーはちょっとキツかったみたいだからね。
 代わりにアタシが出てきたのさ」


 普段なら小バカにしたような笑みを浮かべる彼女だが、今日は違う。
 真剣そのものの表情で、球体を睨みつけている。

 と、周囲の兵の動きが変わった。


「伝令、伝令ー!
 あの球体を包囲し、一定の距離を保って臨戦態勢を取れ!
 ホワイトカーパス部隊は西側へ、王宮の部隊は東側へ回れ!」


 タイラー達から、具体的な指示が出たらしい。
 しかし、どうにも消極的だ。
 さすがの名将2人も、アホのような大きさの敵に戸惑っているらしい。


「ブラパピさん、カエデさん、私達も行きましょう!」

「応!」

「だから略すなと」


21日目 昼 王宮 クレア


 普段とは違う執務室。
 クレアが難しい顔をして書類を睨んでいた。

 クレアの隣には一人分、空いた席がある。
 こちらはアザリンの席である。
 現在、何やら連絡が入ったとかで席を外している。


「…フェタオからの連絡は無いのか?」


「はぁ、どーも首領のクーウォンが何処かに出掛けているようです。
 リーダーが居ないので統率を欠き、襲撃の準備は整っていても指揮系統が…」


「そうか…。
 一体何処で何をしているのやら」


 やはりテロリストを手駒にするのは無理があったかな、と思うクレア。
 しかし、これが最も効率のいい方法であるのも事実。
 ぶっちゃけた話、フェタオがどれだけ損害を蒙っても、王宮は痛くも痒くもない。
 まぁ、その辺の事情はフェタオ側も承知で、援助やら王宮の情報網やら、そこそこ融通してもらっている。
 利用しているのはお互い様である。

 とは言え、クーウォンの不在は痛い。
 何処で何をやっているにせよ、彼が居ると居ないではフェタオの士気がまるで違う。
 王宮から指揮官を回せばフェタオとの繋がりが知られる可能性があるし、何より初見の人間に指揮されても信じきれないだろう。


「…仕方ない、V・S・Sの襲撃は後回しにするか。
 クーウォンには…そうだな、重要な時に居なかった事を理由に難癖でもつけて、貸し一つと言う事で」


「クレア!」


「む? どうしたアザリン」


 クレアが何気に腹黒くなっている所に、アザリンが乱入…というか戻ってきた。
 何やら慌てている。


「今情報が入ったのだが、前線に得体の知れない巨大な魔物が出現したらしい。
 場合によっては、戦線を一時後退させたいそうだ。
 パコパコとドム、更にユカと救世主候補が揃っていながらだぞ」


「巨大な魔物…?
 なんだか知らんが、難物そうだな」


 その気になればアヴァターを武力で制圧できそうな面子が揃っているというのに、後退の許可を求めてくるのが緊急度合いを表している。
 しかし、おいそれと後退を認める訳にもいかないのも事実。
 前線を少し後退させれば、そこには港町がある。
 海列車が安置されている港町だ。
 まだ地上用に改修作業が終わっていないので、海列車を回収する事も出来ない。


「ところで、どうやって情報を受け取ったのだ?」


「ホワイトカーパス軍には、特別優秀な伝書鳩が居るのだ。
 それはともかく、どうする?
 ここで港町と海列車を破壊されるのは、相当な痛手になるが」


「むぅ…せめて敵の正体が解かればな。
 …そうだ、ルビナスに巨大ロボとか密かに建造してないか聞いてみるか。
 あのマッドの事だから、本気で作っていてもおかしくない」


 半ばマジでクレアは呟いた。
 巨大な敵には巨大なロボを。
 基本である。

 が、アザリンは何故か痛ましげに目を逸らした。


「? どうした?」


「…さっき廊下で擦れ違った時に聞いたら…『まだ動力炉の安全が確保できてない』…と…」


「………(いつの間に…)」


 創っている事に関しては、最早驚かない。

 しかし、アザリンの言葉には続きがあった。


「それと、こうも言っていた。
 『ナナシちゃんに、“イークイップ”と叫ばせろ』と…」


「………」


 サイボーグとホムンクルスは別物だと思うが…いや、考えてみればナナシボディには色々と銃火器が含まれている。
 充分サイボーグと言えるかもしれない。
 何が起きるのか、若干不安だが…戦力にはなりそうだ。


「よし、ならばナナシを殿として後退の許可を出そう。
 それと、巨大な敵が相手なら大砲が必要か…。
 いかんな、あまり多くの資材を動かすのは…」


「そもそも移動式の大砲自体、数が少ないからな。
 投石器ならまだあるが。
 …どうでもいいが、岩の代わりに人間を乗せれば素早い移動が可能になると思わんか?
 どうせシリアスやってない時は、どんなに勢いよく放り出しても死にはせん」


「お主、何気に鬼畜じゃな…。
 まぁいい。
 大河やナナシ辺りならそれもアリだ。
 この際投石器でも大砲でもいいから、送るしかあるまい。
 アザリン、何とか掻き集めてくれ」


「うむ。
 今日中なら…王宮に保管されている大砲の7割程度を送る事が出来る。
 無論、整備もした上でな」


「無駄よ」


「「!?」」


 早速人手を集めようとした時、イムニティの声が響いた。
 一拍置いて、部屋の片隅に軽い閃光が走り、イムニティの姿が現れる。
 珍しい事に、顔色が青かった。


「イムニティ…。
 無駄とはどういう意味だ?」

「言葉通りよ。
 さっきマスターからの通信を受け取ってたんだけど、トンでもない代物が出てきたものだわ。
 極端な話、物理的な攻撃は殆ど無意味…。
 足止めにもならない」

「物理的な攻撃が無意味…相手はゴーストの類か?」

「同じようなものね。
 しかも、見た事がない程強力な…」

「ならば、浄化の魔力で…」

「もっと無意味。
 そんなの溶岩にカキ氷を放り込むのと大差ない。
 全く…人の業かしらね…あんなのを創り出すなんて…」


 思わせぶりなイムニティの口調に、クレアとアザリンは顔を顰める。
 どうやら、イムニティは出現した魔物の正体を知っているらしい。


「その魔物、一体何なのだ?
 …と、その前に後退の許可を出さねば。
 アザリン、件の伝書鳩とやらは?」

「中庭で戯れている。
 とりあえず許可書をくれ、今すぐ行って来る」

「うむ」


 クレアはチャッチャと書類に筆を走らせ…と言うか、『許可 クレシーダ』しか書いてない。
 どっかのヒゲグラサン司令のよーだ。
 餅は餅屋とは言うが、そこまでアバウトでいいのだろうか。
 イムニティでさえ、『オイオイそれでいいのかよ』と思う。

 が、差し出されたアザリンは何の疑問も持たなかったらしい。
 簡潔で男らしい、ぐらいは思っただろうか?
 アザリンは超特急で中庭に飛び出して、木の枝に(何故かコウモリよろしく)ぶら下がっている伝書鳩の足に許可書を括りつけた。


「よしよし、頼むぞ。
 パコパコとドムの元に、必ず届けてくれ」


『QUOOOOoooooooo!』


 ちょっと待て、それの何処が鳩だ?


「アヴァターではちゃんと鳩だ。
 ちなみに白い鳩は平和の象徴で、この鳩は走り屋の象徴と言われている。
 実際、そのくらいのスピードで飛ぶのだ。
 たまに人を轢くし、でっかく成長しすぎた野鳩は人間をエサに狙う事もある。
 ま、そこまで大きくなるのは十数年に一匹いるかいないかだが」


 …オソルベシ、アヴァター。
 むしろロック鳥の領域だろう。
 アラビアンナイトに出てくる、肉プラス成人男性の重さを抱えて平然と飛ぶような。

 しかし幸か不幸か、アザリンの前に居るのは普通の鳩よりも2回りくらい大きいが、まぁ鳩と言えない事もない。
 改造手術を受けた跡もない。
 でっかい鳩なら、アザリン様を背中に乗せて飛んでもらいたいが…今回は見送りと言う事で。

 バサバサバサと鳩とは思えない健脚(健羽?)ぶりを発揮し、旋風を起こしながら伝書鳩は飛び立った。
 巻き起こされた風の余波で、庭師さんがちょっと涙目になりそうな事態になっているが気にしない。
 だって緊急事態だから。
 20分もあれば、向こうに指示が届いているだろう。

 アザリンは休憩もせず、そのまま執務室に走って帰る。
 そして扉を開けるやいないや、即座に叫ぶ。


「タイムは!?」

「計ってるはずないでしょ」

「2分32秒。
 新記録達成!」

「なんで計ってんのよ!?」

「何を言う、常識だろう」

「ホワイトカーパスにはそんな常識があんの!?」

「アヴァター全土にあるが…」

「そ、そんな常識、私は知らないわよ!」

「そりゃ、お前は図書館の地下で延々と爆睡していただろうが。
 その間にどんな風習が生まれたとしても不思議はないわ」


 充分不思議な気がするが…。
 イムニティはマジか?と頭を抱えているが、クレアもアザリンも何も言わない。
 何故なら、イムニティの慌てようが面白くてウソだと教えてやる気にならないから。

 5分後、膨れっ面しているイムニティは、大河から受け取った情報を伝えないと駄々を捏ねたそうだ。


「で、結局どんな魔物なんだ?」

「反省の色が無いわね…」

「お前の本を没収するぞ」

「…アレは魔物とは違うわ。
 ちょっとややこしい背景事情があるんだけどね」


 イムニティ、あっさり陥落。
 最近クレアは、同人誌というアメではなく、焼き討ち埋め立て八つ裂き(対象は全てイムニティの本)と言うムチを多用しているらしい。
 元はイムニティの方から、クレアを財布とするために近付いたと言うのに…途中で野望を断念したとは言え、本末転倒のイムニティだった。

 まぁ、話さないですむ問題ではないと言う事もある。
 マスターたる大河は、魔物…リヴァイアサンこと水城憐の半身の救助を願っているのだ。
 その為には使える物は全て使う。
 目の前に居る強力なバックアップ役は、多種多様な方面で役に立ってくれる事だろう。


「最初に言っておくけど、あれは元々人間よ。
 あんなにデカくなるなんて、普通は無いのだけれどね…」

「あんなに…とはどの位大きいのだ?」

「そうね、最大で…半径が王宮くらいかしら?」

「…想像がつかんな」


 渋面を作るクレア。
 しかし、イムニティはヒョイと肩を竦めて言葉を続ける。


「ま、最大半径を何時までも保っていられる訳じゃないみたいね。
 元々サイズは人間の何倍も大きかったけど…それがここ最近で、急激に膨張したみたい。
 普通は安定しながら大きくなるんだけど…突然の質量増加に、ボディ構築能力が追いつかなかったみたいね」


「…その辺の理屈はいい。
 それより先に、魔物の正体を言え。
 人間だと言われても、何が何やら…」


「だからそれをこれから話すんじゃない。
 いい?
 魔物の名はリヴァイアサン。
 今はもう居ないけど、類似した魔物は…そうね、かつて存在した深土牙琉頭尾流霧が一番近いか…」


「深土…って、アレは御伽噺ではなかったのか?」


「いいえ、かつて何代も前の“破滅”で人類の最終兵器として作られ、その製造方法や制御法の全てが失われたと言う伝説の魔物。
 貴女達が知っている深土牙琉頭尾流霧は、都合の悪い事を削除されて歪んだ情報…今は神話になってい伝わっているんだっけ?
 まぁ、知っているなら話は早いわ。
 魔物は元々一人の幼女だったけど、ある理由から埋めようのない孤独を抱え込む事となった。
 他者を求めた彼女は、死者の魂を呼び寄せ続ける。
 何年も何年も…。
 深土牙琉頭尾流霧と同じように、底無しの食欲…もとい孤独でね。
 そして、その結果出来上がったのは無数の魂の群体。
 物理世界に実体を現す程の密度と量…。
 それが魔物の正体よ。
 一種のアンリ・マユ?」

「それはまた…厄介な…」

「幼子だけに、気が引ける…」

「マスターは、その子を助けたがっているわ。
 助力求む」

「助力と言ってもな…」

「付け加えて言うと、その子はV・S・Sの実験の被害者よ。
 それに、色々な魂の寄せ集めだから、その分蓄積した知識も桁外れに多い筈…。
 メリットとしては充分じゃない?
 何せ、死者の記憶を持っているんだからね」


 ちなみにこれはハッタリだ。
 魂達は群となって一緒に居るだけで、記憶の共有なんぞしてない。
 魂達の中に、そういう能力を持っている者が居れば別だが。

 2人は腕を組んで考え込む。
 正直、今さらV・S・Sの情報を入手した所であまり意味はない。
 そっち方面に関しては、後は引き金を引くだけだからだ。

 しかし…。


「…条件付で、助力しよう。
 どっちにしろ、放っておく訳にはいかんしな」

「…そうじゃな。
 が、何か方法はあるのか?」


「ええ。
 ルビナスがその準備をしてるわよ。
 ほら、この前ホワイトカーパスから帰ってきた時、研究資料らしき物をルビナスに見せたでしょ?」


「ああ、あれか。
 えらく怒り来るっておったが…。
 そんなに非道な実験じゃったのか?
 資料だけでは、一体何をしていたのか理解できなかったが」


「ええ…巨大ロボ建造を放り出して、その子を助けようとするくらいにはね」


 資料だけ見て、理解不能と断じたクレアとアザリンを責める事は出来ない。
 専門用語だらけで、本当に意味不明だったからだ。
 唯一理解できたルビナスに聞こうにも、鬼気迫る形相で研究だか実験だかに打ち込んでいたので、聞くに聞けない。
 一度聞こうとしたら、鬼の形相がパワーアップして悪鬼の形相となった。
 どのくらい恐ろしい顔だったかと言うと、Sモード未亜をシリアス方面に転換したような感じだ。
 それだけルビナスは怒り狂っていたのである。

 詳細を説明した所で意味不明になるのは目に見えていたので、イムニティは実験の概要だけ話す。


「……V・S・S…そこまでやっていたか…」

「V・S・Sだけではないな。
 謝華グループも、一枚二枚咬んでおろう。
 …ルビナスの準備は…?」

「ほぼ終わってるみたいよ。
 後は向こうに必要機材を持って行って、幾つか条件を満たすだけ。
 …ま、それが難しいんだけどね」


「どのくらい難しい?」


「生身でエベレストを踏破する程度には難しいと思うわ。
 …まともにやれば、ね」


「反則頼りか…。
 タイラー殿の十八番ではあるな。
 大河もそうだが」


「その辺は反論できんのぅ…。
 して、その条件とは?」


「ぶっちゃけた話、相手を説得する必要があるの。
 でも、相手はたった一人の兄を追い求める度が過ぎたシスコンでしょ?
 マスターの妹並よ」

「そ、それはまた…」

「…当真未亜だったか…そこまで凄まじいのか?」

「うむ…。
 まぁ、流石にお主にはとばっちりは行かないと思うが」


 ブラコン・シスコンはギャグに使いやすいからなぁ…。
 多少理不尽な能力を発揮しても、誰も違和感を感じまい。
 もしその能力が、そのままシリアス方面に持っていかれたら…違和感バリバリながらも、これほど厄介な物はない。


「ヒステリーとノイローゼ程、意思疎通を成立させにくい人間も居らん…」


「加えて、相手は幾万もの魂の塊…。
 ある意味暴徒か。
 …その状態で、核たる水坂憐に声を届かせる方法といえば…」


 三人は腕を組んで考える。
 水坂憐の片割れ。
 孤独と狂気を押し付けられて生まれた。
 寂しがり屋。
 甘えん坊。
 そして…ブラコン。


「「「相馬透だな」」」


 エサ、イケニエ、人質、何でもこなせる一品です。
 相手がブラコンなら、ある意味これ以上ない程やりやすい。
 何せ相手の最大の目的は、こっちの手の内にあるのだ。
 逆らえば透を出会い系ホモ喫茶に放り込むとか、あるいはメス猿の格好させてボス猿一万匹の中に放り込むとか、洗脳して鼻を穿らせ屁をこかせるとか、脅迫材料には事欠かない。
 一番攻撃力が高いのは、透を誰かと婚約でもさせる事だが…これは暴走の恐れがあるので諸刃の刃だ。
 ちなみに二番目の策は、「大人しくしてくれれば、透を洗脳して妹属性をつけてやる」である。


「さて、どうしてくれようかのぅ…」


 クックック、と三日月形の口を貼り付けた3つのシルエットは、邪悪な笑いを響かせていたのであった。


21日目 正午 透・アヤネ・汁婆・憐


「…寒気を感じる」

『この非常時に何を言ってやがる!?』

「いえ…私もちょっと寒いわ。
 どうも、本格的に周囲の法則がおかしくなってるみたいね」

「いや、俺の寒気はそー言うんじゃない気が…」

『お兄ちゃん、大丈夫?』

「俺は大丈夫だけど、憐の方は…」

『…あ、あんまり…長く保ちそうにない…』

『チッ、どこまで逃げりゃいいんだ!?』


 3人と一匹は、黒い壁…出現したリヴァイアサンの外殻から、ただ只管に逃げていた。
 リヴァイアサン自体は殆ど動いてないようだが、その膨張速度が半端ではない。
 汁婆のスプリンターモードでも、徐々に距離を詰められているのだ。

 外殻から、得体の知れない電撃や閃光が迸る。
 アヤネはケモノ染みた…一応獣だが…危機感知能力で放たれる攻撃を察知し、時折振り返ってはシュミクラムの銃撃でリヴァイアサンの攻撃を叩き落していた。
 しかしアヤネは、あまり銃は得意ではない。
 装備も格闘戦がメインだし、そろそろ弾薬が尽きつつあった。
 マナを充填して放つ機能も、そのマナがリヴァイアサンに片っ端から吸い取られているので話にならない。

 更に、憐の力も急速に消耗されていた。
 いくらリヴァイアサンが憐の一部で、比較的憐の意思に従ってくれると言っても、あくまで比較的、である。
 憐の意思に従うのは、かつて分離した憐だけで、その後取り込んだ魂達は、勝手に行動する。
 ただでさえそこに存在するだけで周囲の空間を圧迫し、法則を捻じ曲げるリヴァイアサン。
 そんなトンでもないシロモノを、憐の精神力一つで押さえ込めるだろうか?
 考えるまでもなく、否。
 アヤネや透に叩きつけられる精神波をブロックするだけで精一杯だ。
 それも、間もなく突破されるだろう。

 はっきり言って、八方塞がりだった。
 アヤネは少し考えると、躊躇いなく言った。


「…汁婆、アナタと透だけならもっと速く逃げられるでしょう?
 私は置いて行って」

「な!?」

「ごめんなさい、透…。
 でも、全滅するよりはマシでしょう。
 あの子を止められるのは、きっとアナタしか居ないもの」

「冗談じゃない!
 何が何でも生き延びて、人生仕切り直ししてもらうからな!?
 それまで死ぬのは却下だ却下!」

『…そうは言っても、どうするよ?
 このままじゃ全員纏めて全滅だ』

「汁婆、お前まで!?」

『勘違いするなよ
 俺は全速力で走ってる
 シドーに合わせてる訳じゃねぇ
 シドーをここに残した所で、これ以上速く走るのは難しい
 この状況だ、全員生き残るか、全員死ぬか、だ』

「…そう…」


 ちなみに、汁婆には人参をやる、と言えば馬魂が燃え滾り、3割り増しのスピードを出せるのだが…誰もそれを知らなかったし、汁婆自身も言わなかった。
 言ったらアヤネが余計な事を蒸し返しそうだからだ。


『あれ?』


 ふと憐が前方に目を向けた。
 汁婆も目を向ける。
 が、何も無い。


「憐、どうした?」

『うん、そこに何かマナが…』

「攻撃!?」


 アヤネが残り少ない銃弾を装填するが、憐は首を振った。
 そして、そのマナの変動をもっとよく見ようとする。
 が。


『へ?』『うお!?』「い!?」「な!?」


 次の瞬間、大きな黒い丸が目の前に現れた。
 リヴァイアサンかと思い方向転換をしようとするが、もう遅い。
 3人と一匹は、揃ってその黒い丸の中に吸い込まれた。




遅くなりました!
学校帰りに友人と飯食ってたら、車のランプを消すのを忘れてバッテリーを空にしてしまった愚か者です。
うう、もう二度とやりません…。

マジで忙しいッス。
今週末は文化祭ッス。
友人に付き合って、22時まで学校に残ってます。
明日と明後日も…。


それではレス返しです!


1.YY44様
あー、バックダッシュを解かずにどんどん機体が爆発するとかのアレですか?
リアルでやったら怖すぎるでしょうねぇ…自分が爆発に呑まれていくという点を置いても、なんちゅうかバイクでアクセルを入れたらいきなり後ろに向かってスタートダッシュ、みたいな?

あれ、そう言えばありましたっけ?
あの二人…何かそれっぽい描写があった事は覚えているんですが。
「貴方さえ入れば楽園云々」「君の言う楽園は私にとって地獄云々」とか。

どうしますかねぇ…アヤネとの関係…。
憐の方は…まぁ、どうにかなるにしても、リヴァイアサンの方が…。
何か有耶無耶になりそうな予感です。

ユカの悩みは、思春期定例のヤツとは微妙に違う気もしますが、やっぱり一度はやらせないとw

別に二次創作から読み出すのもおかしくないと思いますよ。
例えばガンパレに興味を持ったけど原作は高いので本を買い、ドラマCDを借り、そして原作に至る。
この場合、本だってドラマCDだって原作ではありません。
公認で書いているだけであって、極論してしまえばある種の二次創作と同じなのではないか、と。
時守も、二次創作を読んで月姫に興味を持ったクチですし。
まぁ、二次創作よりも先に本編をやらないと、細かい所が分からないのは認めますが。


2.悠真様
リヴァイアサンって、あれは普通に怖いですねぇ。
見た目は単なる黒い球体ですが、実物大で来たら冗談抜きで怖い。
恐竜を前にしたような気分になると思います。

リベリオンはやってませんが、難易度が高いようですね?
ストーリーがすっきりしないという意見も結構聞きますが…。

構成自体にはあまり悩みませんでした。
根っこの部分は原作で出来上がっているし、順を追って話せば意外にどうにかなりますから…。
それより再会シーンが難しかった…。

バルドはDUEL SAVIOR等と比べて、シビアというかリアリティーがありますからね。
人間の業の深さにも切り込んでいるし、強姦などの犯罪も普通にありますから…。
そう言った「ありえる怖さ」がバルドの一部を構成していると考えています。

>神
もしもデュエルラスボスに憐が出てきたら、攻撃できないって泣くプレイヤーが山ほど居たでしょうねw


3.なまけもの様
ご指摘ありがとうございます。
今週末まで本気で忙しいので、訂正は後日になりそうですが…。

透明人間の悲劇、とでも言えばいいのでしょうか。
好き勝手に行動できても、一人だけでは楽しくも嬉しくもないのですね。

あー、憐がS未亜よろしく何かに覚醒する…?
…せ、せめて保護欲をそそる動作だけは残したい…。


4.アレス=ジェイド=アンバー様
ベリオ、馬に対してトラウマを負うの巻きw
今後、きっと彼女は汁婆である無しに関わらず乗馬はできません。

未亜がリヴァイアサンを山のように引き連れる…?
そ、それは何と言うか、存在だけで世界を塗り替えられそうですよ!?
…しかし、憐が未亜に懐いたらいつか実現しそうな気が…。

もし共感して発動するなら、893モードよりも心中モードが出そうです(汗)
バルドと違って、マッドが居るし魔法もあるからこっちの世界は便利です…。


5.竜の抜け殻様
第二案としては、バルド組もネットワークに組み込んでしまえ、とも考えたんですがね。
どうにもストーリーが破綻しそうだし、ネットワークはアヴァターには極力関わらせないようにしてますから…。

未亜が介入するのは確定事項なのですねw


6.カシス・ユウ・シンクレア様
リヴァイアサンこと憐は、原作でも悲惨な人生を送っていましたからね…。
境遇自体は、原作とあまり変わらないんですが…。
期待したと思ったら、途端に叩き落されてましたし…。
まぁ、幻想砕きのテーマがハッピーエンドである以上、そんな事はあり得ないんですけどね♪

レイカは原作のある場面で、妙に理性的と言うか悟った一面を見せた事があります。
狂気のままに突き進み、その先で潰えることも、彼女は承知の上だったのかもしれません。

未亜がリヴァイアサンが共感すると…ヤバイ、最悪あの巨体のままで暴れだすかもしれん(汗)
いや、逆に大人しくなって、ゲンハをも発狂死させたプレッシャーをジワジワと…?
怖っ!


7.イスピン様
素晴らしい人もいいですねぇ。
指パッチン。
死んでしまったのが本当に惜しい…。
ただし、真っ二つだぞ?

あー、ゲンハについては、透に危害を加えようとしたため、リヴァイアサンが『意識的に』思い切り敵意を叩きつけたのです。
だから原作では耐えられたゲンハも発狂死したわけですな。


8.陣様
文化祭当日3日前です。てけてけてけ。

ババネロが普通になったか…むぅ、一抹の寂しさが…。
普通に辛いってのも、ある意味珍しい気がしますが。

チャチャゼロは一応真面目っぽく戦いますけど、ギャグで理不尽な暴走とかはしそうにないですしねぇ…。

憐と未亜については、結構悩んでいます。
確かに異母兄弟という所も似てますが、結局大河と未亜は血が?がってるっぽかったし…。

>汁婆の里
…ナニヲイエト。


9.神竜王様
バルドは未プレイですか。
むぅ、やっぱりやってない人には理解し辛いでしょうか…精進不足です…。

ルビナスに対する不安、消えたら逆に大変ですよ?
ベリオのトラウマはこの際スルーとして、ユカの気持ちはかなり先になります。
一目惚れの理由から、やたら大河に執着する理由まで、その時に解ると思いますが…うわ、確実に来年になる…。

大胆発言ですが、違う意味でも…w


10.伊上様
いえいえ、時守などまだまだ未熟です…。
ネットワークの設定でしたら、幾らでも使ってください!
どれだけ話が膨れ上がっても構いません、というか嬉しい限りですので。
SSを書かれて投稿なされたら、どうかお知らせください!


11.ナイトメア様
ベリオのトラウマ、とても分かりやすいネタですなぁ…。
あの『逃げてー!』は全国的に有名ですw

憐とナナシですか?
確かに天然ですが…能天気さは、明らかにナナシの方が上ですね。
単純に孤独だった年月を考えても…あれ、でもナナシの墓にはお友達ことゾンビが沢山…?
それにしては初対面の時に埋まってたしなぁ…。

異世界の技術云々に関しては、殆ど暴露してしまいました。
あとはあんまり設定は無かったような…何か忘れてる気がするから、ネタ帳漁ってみます。

むぅ、元ネタが解らない…。
墓前…グレイヴ・何とか?


12.神[SIN]様
おおぅ、ヨコッチ登場!
流石に息が合ってるなぁw
ってか、中学生相手に…ロリじゃなかったんとちゃうんかい!?
まぁ、世界によってはバッチコーイなヨコッチも居ますが。

おいおい銀八…もとい銀時先生よ、それはセクハラを通り越して生贄の儀式ですぜ?
四方八方から引っ張られて、千切れるネギが目に浮かぶw

うーむ、幾らなんでもアシュ様に匹敵するような事はないと思いますが…。
まぁ、人界に居たりジャミングやらに力を裂いていて制限されていた時なら、まぁ何とか…かな?
相手の力に関係なく、ってのが一番恐ろしいですねぇ…。
そう言えばラストバトルでも、リヴァイアサンに触れたら即死な攻撃が…。

神[SIN]さんのお気に入りは、時守も全部読んでますね。
特に『横島と心眼の魔法使いへの道!!』がお気に入りです。


13.舞−エンジェル様
憐とアヤネですか…直接対決だと、負い目の事もあるからアヤネに勝ち目はないなぁ…。
一度クールダウンさせて、何処かでスタートラインを同じにしないと。

本ッ当に、“破滅”が蔑ろにされてます。
まぁ、表に出てきてないだけで、リヴァイアサンに関しては結構関わっているんですが…。

リヴァイアサンが凶悪になっているのは、栄養=マナや魂が溢れているからですよ。
片っ端から飲み込んで、もうリヴァイアサンというよりヨルムンガンド?


14.なな月様
てっきりラグナロク・オンライン・某かと思いました。
そんな専門用語は知らない…。

妹故に嫉妬に狂うのでしょうなぁ。
ある意味では一番近い位置に居るのに、決して手を出せない。
そりゃー苛立ちも積もるでしょう。

ジャイアントロボは、むしろオヤジ連中を描いた作品でしょう。
最初は素晴らしい人の台詞を聞いてネタを求めて鑑賞し、衝撃の旦那の回転アタックに笑い、好き勝手絶頂に暴れる十傑衆。
つくづく草間大作の見せ場が…。
まぁ、確かにジャイアントロボに異様な拘りを持つのは無理もありませんか。
情けなさが先に立ってますが、彼も辛い思いをしていたのだし…。
まぁ、あの不死身探偵に対する『命を粗末にしている』云々は本気で腹が立ちましたが。
本人に助けられておいて何をぬかす、と。

…ナナシはむしろウルトラ…いや、でもジャイアントって…。
ルビナスー、どっちにしようかー?

すめらぎの巫女は大好きでしたね。
ちなみに勇気と日下部光に本気で萌えてました。 

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