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「幻想砕きの剣 11-5(DUEL SAVIOR)」

時守 暦 (2006-10-11 23:02/2006-10-12 11:56)
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20日目 日が変わる前後 駐屯地 ユカ


 暗い雰囲気が漂う機構兵団チーム。
 いつも陽気な洋介とカイラでさえ、透の重症にショックを隠せないようだ。
 昼間は魔物達を相手にドンパチやっていて、透が戻ってこない事を訝しみつつも、適度に命の危険を感じる戦いに身を投じていた。
 ちなみにアヤネはいつも単独行動しているので、あまり心配されてなかったと言う。

 そのアヤネは、人を寄せ付けない雰囲気を纏って、駐屯所の外れで蹲っている。
 妙な事を考えられては困るので、ユカと洋介が遠目に監視していた。


「…で、結局何があったのさ?
 大河君はどっかに行っちゃうし」


「置いて行かれたからって拗ねるなよ
 大河にだって色々あるのさ」


「別に置いてけぼりがイヤだから言ってるんじゃないけど」


 でもやっぱり仲間外れはイヤだ。
 正直、弱気になっているのである。
 知人が重症を負えば、普通は動揺する。
 それはユカも例外ではなかった。
 セルの事もあるし、ユカの心は揺らいでいる。


「まぁ、いくら当真大河でも、逢引しに行ったんじゃないだろう」

「あ、逢引!?
 ボクと言うものがありながら!?
 キーッ!」

「馴れないボケはいいから。
 実際、王宮から救世主候補を一人呼び寄せてるんだろ?
 逢引に行く暇があったら、迎えに行ってるだろう。」

「むぅ、ちょっと芸風を変えてみようと思ったんだけどな…。
 それより、大河君がクラスメートを迎えに行かないって事は…相当重要な用件って事かな?」

「そのとーり」

「お、噂をすれば影、だな」」


 唐突に、森の暗闇から大河が現れた。
 何故か鎧を着込んでいる兵士を一人連れている。


「大河君、何処行ってたのさ」

「ちょっと透が呼び出されてたんだが、あの状態だからな。
 代わりに行って来た。
 …ところで、アヤネさんの様子は?」

「小康状態、かな。
 ものすごーく暗い状態になってるけど、辛うじて糸が切れてないっていうか…。
 目の光はイッちゃってないから、もう少し大丈夫じゃない?
 一体何が?」

「ん〜、まぁ…当事者の間で一応のケリが付いてからな。 
 ホイホイ話すような事でもないし」

「ん…そうだね。
 ところで、クラスメートを迎えに行かなくていいの?
 ボクも一緒に行こうと思ってたんだけど」


 そう言うユカの目には、微妙に闘争心が滾っている。
 アヤネ達の事も心配だが、それはそれとして、どうやらまだ見ぬ恋敵に対して、対抗意識を燃やしているらしい。

 それは大河も分かったのだが、正直言ってそういう訳にもいかない。
 クーウォンを透に会わせねばならないし、そうなると監視も必要だ。
 いくら信用したとは言え、放置する訳にはいかない。

 仮に迎えに行ったとしても、ベリオとはロクに話をする暇もなく、すぐに治療に突入するのは目に見えている。
 お互い中途半端になりそうだ。


「ちょっと透に用事があってな。
 意識はあるのか?」

「うん、体が痛くて寝るに寝れないってボヤいてた」

「…重症なのだな…本気で」


 クーウォンの呟きは、誰にも聞き取れなかった。
 彼の脳内で、少々葛藤が起きる。
 そんな状態で、ショッキングな話をしても大丈夫なのだろうか?
 弱った心臓が停止した、何てオチはゴメンである。


「じゃ、早い所行こうか。
 …悪いけど、俺もその場に同席させてもらうぞ」

「む…しかし…」

「心配しなくても、他言したりしない。
 信用できないか?」

「…いや、元々そういう条件だったしな。
 すまないが、案内を頼む」

「ああ。
 それじゃ、アヤネの見張りは頼んだぞ」

「うん」

「あいよ」


 またアヤネの監視に戻る二人を置いて、大河とクーウォンは歩き出した。
 機構兵団チームと違い、隊全体の雰囲気は明るい。
 戦で疲れてはいるが、ここから逆転勝ちされるとは思えない程に優勢だからだ。
 そう言う時ほど冑の帯を締めるものだが、この士気の高さに水を差す事もないだろう。


「一応ドム将軍とかには、フェタオの事は通達が行ってる。
 けどなるべく気付かれるなよ。
 …あれが透が休んでる天幕だ」

「承知の上だ。
 ……………」


 言葉少なに大河の言葉を返し、クーウォンは眉を潜めた。
 どこからどう話すか、まだ踏ん切りがついてない。
 …やはり、彼の失われた記憶からか。

 大河は警備の兵士達に敬礼し、クーウォンを伴って天幕に入る。
 中には幾人かの怪我人が、医療班に治療を受けていた。
 重症なのは意外と少なく、透の周囲には誰も居ない。
 先程包帯を変えたばかりなのか、体に巻きついている白がヤケに綺麗だった。


「よう透、生きてるか?」

「………何とかな」

「話は出来る?」

「……疲れない話なら」


 ボケツッコミは出来そうにない。
 体が痛くて動けないからと言ってボケを放置しているのも疲れるし、ツッコミも結構疲れる。
 しかし、これから始まるのはシリアスな話だ。


「客だぞ」

「客?
 ……!?
 く、クーウォ……っ、いてて…」

「驚かせてすまないな、透君。
 重症の所悪いが、少々話しておかねばならない事があるのだ。
 V・S・Sにも君にも関係がある」

「………?
 まぁ、折角こんな所まで来てくれたんだし…。
 聞くだけなら聞くよ。
 お茶も出せないが、勘弁してくれ。
 変わりに血なら吐けるが」

「呑めってのかい」


 透の頭を小突いてツッコミそうになった大河だが、今それをやると非常に危険だ。
 舌打ちをして手を引っ込めた。


「それで、話って?」


「さて、何処から話すか…。
 ………透君、君はツキナ君の家に引き取られるまでの記憶が無いのだね」


「あ、ああ、そうだけど…。
 ……話したっけ?」


「いや、直接は聞いてない。
 ……そう、昔の事だ。
 レイカ・タチバナと私が大学院で、研究と供にしていた頃にまで遡る…」


「はぁ?
 アンタ、あの社長と…?」


「一応言っておくが、男女の関係はなかったぞ。
 いいから黙って聞いてくれ。
 その後なら、私を罵ろうが削ろうが吊るそうが構わないから」


 そう言うと、クーウォンは早速拷問の準備をしている大河を無視して話し出した。
 あまり人に聞かれたい話ではないので、小声である。



 そう、あれは私とレイカが大学院で供に研究をしていた頃の事だ。
 その頃の彼女は、多少考え方が過激で、酒癖が過激に悪かったが、普通の学生だった。
 我々は同じ貧乏人同士で気が合い、時折2人で飲み明かしていたものだよ。

 院を出た我々は、それぞれ別の道を歩む事となる。
 その時に彼女との連絡も途絶えたのだが…数年の時を経て、再会した。
 その時の彼女は、随分と歪んだ性格になってしまっていた。
 何があったのかは未だに分からん。

 彼女は大学時代に研究していた心理学、生理学、その他諸々を応用して、他人を意のままに操る洗脳技術の研究に血道をあげるようになっていた。
 再会した時食うに困っていた私は、彼女の口添えもあり、とある研究施設で働く事となった。
 正直、技術的な興味も尽きなかったからな。
 最初はよかった。
 洗脳と言ってもサブリミナル効果や群集心理学を、より効果的に使用する方法だった。
 だが、いつしか研究はもっと深い所まで進んでいたのだ。
 半分以上はレイカが独力で紡ぎだしたのだがな…。

 研究がある程度まで進むと、それを実験してみようと言う事になった。
 私は反対したよ。
 だが、そこを追い出されればまた路頭に迷ってしまう。
 抵抗を感じながらも、保身を優先したのさ。

 実験の内容だが、人間は環境の生き物だと言う。
 産まれてからの環境で、その性格は形成される…無論、個人の資質の問題もあるが。
 赤子を預けてくれれば、望み通りの性格に育てて見せる、と言ったのは何処の心理学者だったか…。
 レイカが提案したのは、身寄りの無い赤子を集め、それらをモルモットとして使用する事だった。
 表向きは孤児達の保護、しかし実際は…な。

 その研究の一環で、別の世界からの連れてきた子供を使う、というモノがあった。
 レイカはどうやってか知らないが腕のいい召喚士を連れてきて、異世界からある兄妹を連れてきた。
 その時に連れてきたのは、その兄妹だけではなかったがな。

 その兄妹と、孤児院に居た何人もの子供達が一人ずつ実験台とされていった。
 洗脳の方法は暗示から始まり、脳に細工をする事すらあった。
 また、その目的も洗脳だけではなく、人為的に人間の隠された能力を発現させたり、強化させる事も目的となっていた。
 こちらの実験を施されたのは、計5人。

 この頃、ようやく私は自らの愚かさ、醜さに気付きつつあった。
 私はレイカ達の研究を止めさせようと、幾つかの証拠を持って世間に公開しようとした。
 …だが、寸前でレイカに気付かれてしまい、逆に捕縛され、洗脳を受けた。
 先日までの君のようになってしまったのさ。

 …幸運にも、当時の洗脳技術は不完全もいい所だった。
 私はゆっくりと自我を回復していったのだ。
 その時に、とある少女の夢をよく見ていたな。
 君も見るだろう?
 ショートカットにリボンをつけて、白い服を着た…。

「見るのか?」

「ああ、見るのは俺だけじゃない。
 ツキナやアヤネ達も、同じ女の子を見ている。
 シュミクラムを扱う者は、ほぼ全員な。
 …でも、なんか俺だけ行動が違うっぽいんだよな…。
 あれが何だか知ってるのか?」


 透はクーウォンとレイカの意外な関係や、洗脳の実験に対して眉をしかめているが、別段動揺した様子はない。


「それもこれから話そう。
 …重要なのはここからだ」



 私にはその少女に心当たりがある。
 実験台とされていた少女の一人…。
 異世界から召喚された兄妹の片割れだ。

 洗脳を受けた私は、ある時期を境にその少女の夢を見るようになる。
 彼女はずっと私に語りかけてきた。
 恐らく、ツキナ君も同じように話しかけられているのだろう。
 彼女のおかげで、私は精神が潰れずに回復する事が出来たのだ。

 洗脳が解けた私は、逃げるタイミングを計った。
 また公開しようとしても、その時では失敗するのが分かりきっていたからな。
 何せレイカは、私が洗脳されている間にも研究を進め、より確実に人を従わせるようになっていた。
 どうも、政界のお偉いさん方も何人か傀儡となっていたようだ。
 今は…レイカが切り捨てたか、先日のクレア様の粛清で全て始末されている。

 このままではどうにもならないと判断した私は、脳を弄られた4人の子供を連れて逃げる事にした。
 その数人の子供とは、まず透君も知っているゲンハとリャン。
 ゲンハは既に死んでしまったが…彼は実験で右脳に細工され、その運動能力や第6感を大幅に強化されていた。


「…通りで、あんなとんでもない運動神経を持ってたわけだ」


「加えて言うなら、ゲンハは良心の痛みを快楽又は興奮に変えるような手術を受けていたらしい。
 罪悪感を感じると、脳の快楽中枢に刺激が走る。
 私が洗脳されている間に手術を施されたらしく、詳しい事は結局分からず仕舞いだ…。
 ゲンハの人生をメチャクチャにしたのも、死なせたのも私達。
 …そして、被害者はまだ居る」


 クーウォンは透から目を背けずに話し続ける。
 目を逸らす事は許されなかった。



 リャンは脳の記憶を担当する部分に細工をされ、膨大な記憶容量を得る筈だった。
 実際、ある程度までは上手く行っていたのだろう。
 だが何処に欠陥があったのか、リャンは記憶容量と引き換えに記憶を失うようになってしまった。
 彼女に関しては、ルビナス・フローリアス殿が対策を持っているそうだが…。


「おいおい、ルビナスに任すのか?
 それはちょっとヤバいような…」

「私とて色々と噂は聞いているが、本人が願っているのだ。
 今更保護者面して、危険だから止めろと言えた立場か。
 私はせめて、実験の生贄にしてしまった皆が望み通り生きて行けるように祈るだけだ…」


 連れ出したのは、あと2人居る。
 木嶋宣子と、水坂真一。
 木島宣子は、簡単に言うと脳の処理能力を極端に高めるための手術を受けている。
 こちらはどうやら成功していたらしい。
 目立った欠点は無かったそうだが…それはあくまで能力の話だ。
 精神的には、単なる子供にすぎない。
 同年代の子供と交わるには、頭が良すぎただろうな…。

 実験体の子供を連れ出したものの、レイカと戦う事を決めた私には、正直言って重荷だった。
 金銭的にもね。
 暫く全員一緒に暮らした後、症状が重かったリャンとゲンハを手元に留め、木島宣子と水坂真一は信頼できる知人に預けた。
 …だが、一年足らずで木島宣子を預けた夫妻は死去。
 彼女も何処かへ失踪してしまった。
 と思ったら、意外なところで再会したよ。
 …君達ステッペン・ウルフと供に行動していた。


「俺達と…って事は…?」


 ツキナもユーヤもアキラも、一応身元ははっきりしている。
 と言う事は…。


「バチェラ…?」


「そうだ。
 どういう経緯か、シュミクラムまで手に入れているとはな…」


「バチェラはシュミクラム越しでしか接触しなかったぞ? なんで解かった?」


「簡単な話だ。
 あのシュミクラムは、常人には使えるようなシロモノではない。
 あそこまで使いこなすとあらば、それこそ脳に細工をしているとしか考えられん」


「なるほど…」


「さて、透君。
 ここからは、君にも分かる領域の話になる。
 まだ意識は大丈夫かね?」

「意識はハッキリしてるが…大河、そろそろ王宮の方から救世主候補が到着するんじゃないのか?」

「そうだな、あと…20分ってとこか」

「…ならば、端折って話させてもらうとしよう。
 よく聞いてくれ…」



 残りの一人…水坂真一だが、彼は異世界から連れてこられた子供だ。
 先程も言った通り、彼には妹が居た…と言っても、異母兄妹らしいがね。
 妹の名は、水坂憐。
 彼女は精神を独立させる実験台にされた。
 平たく言うと、幽体離脱を可能とし、幽体が抜け出た状態で脳を調べ、精神と肉体の関係を解明する…と言った所か。
 最終的には、肉体が滅んでも精神だけは生き延びると言う、幽霊を作る方法を研究していたらいしのだが…。
 後から調べた部分もあるので推測も混じるが、彼女はマナを媒介として存在しているらしい。
 肉体の代わりに、その辺を漂っているエネルギーを入れ物…いや、活動源としているのだろう。

 今、彼女の肉体は既に存在していない…。
 彼女が最終実験に晒されたのは、洗脳された私が夢を見るようになった時期だ。
 …肉体から切り離された彼女を留めておくのは、レイカ達と言えど不可能だったようだ。
 いや、存在にすら気付いてなかったかもしれん。


「ちょ、ちょっと待て。
 それじゃ何か、俺達が見ていたあの少女は…」


「水坂憐本人だろう。
 あのシュミクラムは、マナを媒介として通信や起動を行なうのだろう?
 マナそのもので構成されている彼女ならば、送られているマナに細工をするなり思念を乗せるなりして、夢を見せるくらいは出来る」


「…でもよ、何の為にそんな事を?
 クーウォンとツキナちゃんが彼女に話しかけられるのは、まぁ解からないでもない。
 洗脳を受けたのを放っておけなかったんだろうな。
 …なら、シュミクラム使い全員が同じ夢を見るのは?
 透だけが彼女に注意を向けられるのは?」


「……おそらく、彼女が思念を送ろうとしたのは透君と、洗脳を受けているツキナ君のみだ。
 他の人達は、単に近くに居たから彼女の思念の余波を受けてしまったにすぎない」


「…水坂憐の標的は…俺?」


 透が戸惑った表情をする。
 それはそうだろう、彼には水坂憐にちょっかいを出される心当たりなど無い。
 何故、と考える透。

 クーウォンは大きく溜息をついた。
 まるで溜まっていた一生分の疲労が、一気に滑り落ちるような溜息だ。
 大柄なクーウォンが、縮んで見えた。


「……彼女の兄…水坂真一について話してなかったな。
 まだ言ってなかったが、彼がこの世界に召喚された時、一緒に召喚された物がある。
 それはシュミクラムだ。
 今はバチェラが使っている、あのシュミクラムだ。
 他のシュミクラムは、あのオリジナルの機体をマネて作られた廉価版のようなものだ。
 アヴァターでは考えられなかった程の技術が、唐突に出現した理由がこれだ」


 確かに、アヴァターの技術力を鑑みるに、シュミクラムのような小型かつ高性能、さらに兵器を山ほど積んだアーマーが作られるのは無理がある。
 別世界から召喚されたのだと考えた方が辻褄が合う。


「水坂真一は、シュミクラムの機能を解析するため、またより効率的な兵器を作るため、その制御方法を直接頭に刷り込まれた。
 彼がシュミクラムを使うとしたら、練習もせずにいきなり使いこなす事が出来るだろうな。
 しかも、他人に教えられる程明確に、その技術を理解している」


「……」


 透を真っ直ぐ見詰めるクーウォン。
 透は得体の知れない不安に襲われた。


「そしてもう一つ。
 彼は絶対に洗脳されない。
 脳が外部から不正なアクセス…要するに自分の体以外が生み出した電気信号をキャッチした時、脳に取り付けられているチップ…ああ、極小の演算・記憶装置だ…が作動し、脳を正常な状態に戻す。
 …洗脳に熱を上げていたレイカが、何故このような機能を持つチップを作ったのかは解からん。
 最後の良心だったのかもしれないし、単に最終的には自分が使うつもりだったのかもしれん。

 何にせよ、彼はチップを埋め込まれる前に全ての記憶を消されていた。
 自分の生まれの事も、実験の事も、そして妹の事も…。
 私は彼を知人に預けた。
 知人は数年前に、事故で死んだ。
 名は…」


「…ヨーイチ・ササギリ。
 …ツキナの親父さんで、俺の保護者…」

「…その通りだ」


 クーウォンは言葉を切った。
 透…水坂真一は、どのような怒りを示すだろうか。
 自分が許されるなどある筈がないし、許されようとも思わない。
 だが。


「それで、話の続きは?」


「…何も言わないのか?」


「…クーウォンが何を言いたいのかは大体解かるけどなぁ…。
 覚えてない事にどうやって怒れと?
 確かに、あの子…憐に関しての記憶が無くなってるのは、まぁ、自分でも結構痛いが」


「やっぱロリかシスコンだな」


 透、大河に殴りかかろうとして動きを止める。
 急に体を動かしたので、全身に激痛が走ったらしい。


「〜〜〜〜〜!!!!
 だ、大体だな、こっちはこっちでそれ所じゃねーのよ。
 アヤネの事もあるしV・S・Sは潰さなきゃ安心して眠れないし、大体怒る権利があるとしたら俺じゃなくて憐の方だ。
 …ああ、しかし憐が俺の妹ってのは本当らしいな。
 憐って呼び名がシックリ来る…」


「…ま、確かにそうだろうな。
 薄情なようだが、今のコイツは仇の事やら友人の事やらで一杯一杯だ。
 これ以上積み込んだって、許容量オーバーで反応できないだけだって」


「…そ、そうか…」


 どうにも釈然としないクーウォン。
 死刑判決を覚悟していたら、シッペ一発で釈放されてしまったよーな感覚である。
 彼に責められなかったからと言って過去が消える訳でもないが、自分の悩みは一体なんだったのか、と一瞬思ってしまった。


「で、その憐ちゃんと接触する方法は?」


「別段難しい事ではない。
 彼女の方から、シュミクラムを介して通信を望んでいるのだ。
 シュミクラムを纏ったまま眠れば、それで夢を見る筈だ。
 …まぁ、実証例が無いので推測でしかないが…大筋では間違ってはいないだろう」


「そんじゃ、早速今夜辺り試してみるか。
 大河、後でシュミクラムを接続してくれ」


「あいよ。
 …ところでクーウォン。
 さっき洗脳に対抗するチップが透の脳に埋め込まれてるって言ってたが…具体的にはどんなものだ?
 V・S・Sじゃ透は洗脳を受けてたそうだが」


 そう言えばそうだったな、と透は思い出す。
 洗脳されていた間の記憶は、どうもボヤけて思い出せない。


「ふむ…これまた私が直接関わったのではないから、資料などから推測したのだが…。
 先程も言ったように、常時脳細胞を流れる電気信号を観測し、記憶や感情に関する働きを記録するのだ。
 そして外部から不正なアクセスがあった場合、記録された電気信号の動きを再現するように脳に電気信号を流し、追体験を受けさせるような感覚で記憶を取り戻させる。
 ただ、その追体験を透君が意識して感じる事は難しいだろうな。
 何せ処理速度が違いすぎて脳よりも意識が付いていかない。
 ただ…発動した時には、『FLIP FLOP』…反転と言うメッセージが脳裏に浮かぶらしい」


「…アレか…」


 苦々しげに吐き捨てる大河。
 先日透が召喚器に触れた際、意識が混ざりかけていた。
 その時に脳裏に浮かんだのが、その『FLIP FLOP』である。
 正直、アレは危機一髪だった。
 危うく人格が溶け合って廃人になる所だったのだ。
 ある意味、レイカ・タチバナの研究に助けられたのかもしれない。
 感謝する気にはなれないが。


「…心当たりがあるのかね?」

「不本意ながらね。
 …ところで、話はもう終わりか?
 そろそろ救世主候補が来てもおかしくないが」

「む…。
 ……仕方ない、今日はここまでだ。
 最も重要な話題が残っているのだが…。
 憐君に聞いてくれ。
 リヴァイアサンについて、と言えば分かる…」

「…憐に説明させるのが、相当イヤだってツラしてるな」

「当たり前だろう。
 我々の愚挙の尻拭いを押し付けようというのだ…。
 出来る事なら、私一人で終わらせたい」


 不可能だと分かっているがな、とクーウォンは苦々しげに呟いた。
 クーウォンは鼻メガネをかけて立ち上がった。
 透は大きく息を吐いて、体の力を抜いた。


「…治療自体は、ベリオなら3時間もあれば終わるだろう。
 ま、別に繋げたままでも問題ないさ。
 繋げてやるから、さっさと寝てろ。
 ああ、一応手順は覚えてるから心配するな」


「聊か不安だが…任せたぞ」


 透は目を閉じた。
 眠ったのを確認して、大河は透にシュミクラムの配線を最低限接続する。
 ついでに紙を一枚貼り付け、『配線抜くべからず。重要 By救世主候補』と記す。

 クーウォンを伴い、大河は天幕から出て行く。
 一応周囲を確認したが、誰も注目しては居なかった。
 患者達の治療で忙しいのだろう。


「…ところで、今日はもう帰るのか?」

「…いや、先程話し忘れた事を君に言っておきたい。
 本当なら将軍達に言うべきなのだろうが、何せテロリストの身上でね」

「……」


 やれやれ、と大河は息を吐き出した。
 ベリオを迎えに行く暇もない。
 この分では、ヘタをすると顔を合わせるのも明日になりそうである。


「…場所を変えよう。
 出来れば誰にも聞かれたくない。
 事が事だからな…」


「…さっきの森に行く。
 へンな事をしようとしたら…」


「だから、そっち系にネタを持っていくなというのに…」


 その数分後、救世主候補生ベリオ・トロープが到着した。
 大河の姿が見えない事に落胆したようだが、すぐに怪我人の治療に向かったそうだ。


「ところで、些細な疑問なんだが…相馬透って名前、アヴァターじゃ珍しいよな。
 漢字を使う名前なんて殆ど無いし…誰が名付け親だ?」

「私だが?」

「…なんで態々漢字を?
 V・S・Sの目から透を隠そうと思ったら、平凡な名前の方がいいのと違うか?」

「まぁ、元々の名前が漢字表記だったしな。
 せめてそれくらいは繋がりを残そう…と思ったのだが、今にして思えばただの趣味だな。
 漢字が長ったらしく並んでいるのを見ると、なんとなく格好がいいと思わないかね?」

「日本人の美学だな、そりゃ…。
 実際はエセ中国人の感覚かもしれんが」


 夜 相馬透


 透は奇妙な空間で目を覚ました。
 自分は傷だらけで、天幕で眠っていたはずだ。
 体の傷が、綺麗サッパリ消えている。
 まぁ、それは歓迎すべき事だし、救世主候補とやらが治療をしてくれたのだろう。

 それよりも問題なのは、目の前に夢で見た少女が立っている、と言う事だ。
 と言う事は、これは夢。
 大河がシュミクラムを接続してくれたのだろう。
 そして、この少女は…。


「………え、えっと…憐…?
 水坂憐…?」

「……おにい…ちゃん…?」


 いつもは寂しげな目で透を見詰めているだけの少女は、透の声に反応した。
 恐る恐る、一歩でも動けば足元が崩れてしまうとでも思っているかのように、震える足で透に近寄る。


「お兄ちゃん、だよね…?」

「…記憶はないけど…そうみたいだな」

「お兄ちゃん!」


 透に飛びつく憐。
 奇妙なほどに重さを感じない憐を受け止め、透は抱きしめる。
 そして、憐が自分の妹なのだと実感した。
 抱き心地に覚えがあるのだ。
 僅かにだが、彼女のぬくもりと、頭の撫で心地、そして抱きしめると頬を小刻みに擦り付けて来る癖。
 全て体が覚えていた。
 無意識の内に、涙が溢れる。


「憐……憐…!
 すまない、ずっと忘れていて…!」


「お兄ちゃん…いいよ、憐のコト…思い出してくれた…」


 健気な言葉だが、流れ出る涙と震える声が、それが強がりだと訴えている。
 彼女はずっと、一人ぼっちで彷徨っていたのだ。
 実験で体を失い、何がなんだか分からずに放り出された。
 他人に触れる事が出来ない事に、他人に自分の姿が見えない事に気付き、誰にも言葉をかけず、かけられずにずっと生きてきた。
 クーウォンやツキナのように洗脳された存在は、ある意味では彼女にとっても救いだったのかもしれない。
 自我意識の無さ故に彼女の送るマナの波動を敏感に感知して、それを夢という形で見ていた。
 殆ど人形のように反応を示さない相手であっても、憐の言葉に徐々に反応するようになっていった。
 それは孤独だった彼女の世界で、どれ程慰めになっただろうか。
 壁に話しかけるのと大差なかった、その行為でさえ。

 しかし、彼女が話しかける事によって徐々に洗脳は解け、夢の中で会話が出来るようになればなるほど、彼女の送る波動を感知しにくくなっていった。
 話せば話すほど、快方に向かうほど、憐は孤独に近付いていったのだ。
 それでもツキナやクーウォンに話しかけたのは、自分の孤独以上に、洗脳によって磨り潰された心を見ているのが辛かったから。

 結局憐は独りとなり、兄である透を捜し求めた。
 しかしようやく見つけた透も彼女の姿を見る事は出来ず、それどころか幼い頃の記憶を全て失っていた。
 話しかける事も出来ず、自分を忘れている透を見詰め続けるのは辛かった。
 何時か自分の事を思い出してくれると信じ、透の側を彷徨い続けた。
 V・S・Sにまで付いて行くと、その存在を感知されて捕縛される恐れがあるから行かなかったが…。
 その間に、透とツキナは洗脳されてしまう。
 幸い透の心が磨り潰される前にV・S・Sから逃げられたが、憐は透に付いていかなかった事を後悔し続けていた。
 せめてツキナを癒そうと、ずっと話しかけていたのである。


「ずっと…ずっと独りだったのに…俺は、記憶さえ…」

「いいよ…でも、もっとギュッとして…」


 数年分の孤独を埋めるように、憐は透に強くしがみ付く。
 そうする事で、より強く繋がる事が出来ると言わんばかりに。

 暫くそうしていると、憐が体を震わせて嗚咽を漏らしだした。
 透は黙って、より強く抱き寄せる。

 暫くそうしていたが、ようやく嗚咽が収まった。
 それでも憐は離れようとしない。
 えへへ、と照れ笑いをする憐。


「ん〜、でもね、お兄ちゃん…ずっと独りだったんじゃないんだよ。
 ヒカルちゃんとお話してたもん」


「ヒカル?
 そう言えば、アイツもそんな事を言ってたなぁ。
 …アイツも、俺達と同じ…」


「うん…。
 でも、ヒカルちゃんもその頃の事は覚えてないみたい。
 そう言えばヒカルちゃん、お兄ちゃんの事心配してたよ。
 アヤネさんから、何がどうなってるのか聞き出そうとしてた。
 止められてたけどね」


「そうか…。
 心配かけちまったなぁ。
 ……アヤネ、と言えば…」


 憐がムッとした顔をして、透にちょっとツメを立てる。


「お兄ちゃん…そう言えば、アヤネさんと仲がよさそうだったね…。
 ツキナさんという者がありながら…浮気?」


「べ、別にツキナとはそう言う関係じゃ…。
 と言うか、ツメが痛いぞ…。
 そうじゃなくて、アイツどうして気を失ったのかなって…。
 憐、何か知らないか?
 その時も俺と一緒に居たんだよな?」


 質問した透の方が目を剥いた。
 憐の様子が激変したのである。
 急にテンションが下がり、天罰に怯える犯罪者のような表情になる。
 一歩、二歩と透から離れる。


「…憐…?」

「…………ご、ごめんなさい…」

「…?」

「ごめんなさい…全部、全部憐が悪いの…!」

「お、おい落ち着け!
 落ち着け憐!
 俺はお前の味方だから!」


 憐は頭を抱え、蹲ってガタガタ震えだした。
 透は慌てて憐を抱き上げ、落ち着かせようと抱きしめる。

 それでも憐は小刻みに震え、ごめんなさい、ごめんなさいと繰り返していた。


 森の中 大河・クーウォン


「リヴァイアサン?」


「ああ。
 レイカは彼女をそう呼んでいた」


 互いに間合いを保ったまま対峙し、クーウォンと大河は話を続けている。
 クーウォンが言い出したのは、偵察中にアヤネの意識を失わせ、透や大河に、そしてドムやタイラーにプレッシャーを掛け続けている存在について、だった。

 リヴァイアサン。
 モンスターの名前としては、メジャーな方だろう。
 旧約聖書に登場する、幾つもの頭を持った海の怪物。
 また、海そのものを指す事もある。
 ユダヤ教の伝説では、アダムとイヴを誘惑した両性具有のドラゴンだと考えられている。
 起源としては、クジラやワニに遡る。
 語源はヘブライ語の『ねじれた』『渦を巻いた』から来る。
 哲学書の題名にも使われた。
 が、ぶっちゃけ某RPGの召喚獣として圧倒的に有名だろう。


「そのリヴァイアサンとやらが、このプレッシャーの原因だってのか」


「恐らくな。
 憐君がここに居たと言う事は、彼女もまたここに居る、近くに居ると考えられる。
 今は憐君が透君と供に居るから動かないだろうが、すぐに動き出すだろう。
 アレは止められるような代物ではない…」


「? 透の妹と、何か関係が?」


「…ある。
 正直、私も最初はその存在を信じられなかった。
 だがゲンハが死んだのは、恐らく彼女の存在を察知したためだろう」


「…存在だけで人を発狂死させるような代物かよ…。
 アウターゴッドじゃあるまいし」


 苛立ちを隠さない大河とクーウォン。
 だが、その理由は全く別物だ。


「で、それが来るって?
 根拠はともかくとして、どんなヤツなんだ?」


「…元は1人の少女だった。
 何処にでも居る…境遇はともかくとして、素質的には特に見るべき所はない、平凡な少女…いや、幼女と言った方が正確か。
 彼女は孤独に耐えられず、それを埋めてくれる存在を求めた。
 貪欲に、貪欲にな。
 だが満たされず、更に更にと求め続ける。
 その結果、彼女は…なんと言うべきか………。
 そう、群体生物のコアとでも言うべき存在となってしまったのだ」

「…その群体を構成するのは?」

「…人の魂だ。
 そしてコアとなっているのは……水坂憐。
 先程言った、透君の妹だよ」


「!?」


 思わずクーウォンに迫る大河を、その掌で押し止める。


「最初から話そう。
 水坂憐は実験により、体を失った。
 そこまではいいな?」

「ああ、覚えてる」

「その後、彼女はたった独りで彷徨い続けた。
 いや、最初は透君の近くや施設に居ただろうな。
 だが誰にも相手にされず認識もされない状況が続けば、人間など脆いものだ。
 あっと言う間に自分の存在すら疑わしくなり、狂気に呑まれてしまうだろう。
 水坂憐も同様に、徐々に狂気を溜め込んでいった。
 それが蓄積され、完全に飲み込まれそうになった時…彼女達は分離した」


「…分離?」


 アメーバか、と思った大河だが、口には出さない。


「そう、分離だ。
 2重人格というのを知っているかね?」


「知人に居るが」


「個性的な友人が居るな…。
 それはともかく、ならば2人目の人格が発生する原理も知っているな?
 あまりにも辛い状況に置かれた時、自分の中に別の人格を作り出し、その人格に辛い事を全て押し付ける。
 そして自分は第3者的見地にに立ち、辛い目にあっているのは自分ではない、別の人間だと思い込む」


「俺の友人つーか彼女も似たようなモンだな…。
 (ある意味未亜も似たようなモンだし)
 それで、憐ちゃんが2重人格になって…?」


「いや、文字通り分離したのさ。
 肉体という器がない為か、本当に彼女は2人になってしまった。
 孤独を抱え込んでいる水坂憐と、孤独を押し付けた水坂憐。
 孤独のみならず、普段は押し込めている独占欲や我侭…殆ど押し付けたのだろう。
 どちらも彼女だが、別々に存在するようになってしまったのだ」

「透と接触しているのは?」

「押し付けた方だろうな。
 押し付けられた方は、底なしの孤独と狂気を抱え、先程言ったように自らを癒してくれる存在を探し続けた。
 筆頭として思い浮かぶのは透君だが、彼には干渉できない。
 なら、何を?」

「…他人の魂」

「そう、しかも死人の魂だ。
 生きている存在に干渉できる程の力は、まだ無かったからな。
 だが、今は違う。
 彷徨い歩き、幾つもの魂を吸収した。
 人間、動物、魔物、種類を問わず…。
 その結果、彼女は巨大な霊的質量を持つ…一種のブラックホールのような状態に変化したのだ。
 加えて言えば、死者が…いや、死ぬ寸前の人間が思う事は、もっと生きたい、死にたくない。
 ともすれば狂気にも似た感情さ。
 そういった感情ばかり取り込んだら、彼女はどうなるか…」


「…ちょっと待て、想像が追いつかない」


 正直、魂云々は大河にとっても専門外だ。
 さわり程度なら知っているが…。


「細かい想像までしなくていいさ。
 それはともかく、ある程度まで巨大になった彼女は、アッサリとV・S・Sに発見された。
 そして、どういうトリックを使ったのか知らんが…V・S・Sに囚われたのだ」


「捕えるったって…どうやって閉じ込めておくんだよ」


「細かい理屈はともかく、彼女はマナを伝って存在し、移動する。
 マナを遮断してしまえば、そこから動けなくなるのだよ。
 とは言え、既にこの方法は使えまい。
 自らを構成するマナを放出し、そこから移動すればいいのだからな。
 …いずれにせよ、彼女はここ数ヶ月で急激に大きくなっているだろう」


「チッ、“破滅”か…」


 大河も大河以外の者も、どれだけの命を奪い、奪われたか。
 アヴァター全体とは言わずとも、ホワイトカーパス辺りに居れば大量の魂が流れ込んできた事だろう。


「そうだ。
 彼女は、言わば負の思念の塊と言っていい。
 負と言っても、生に対する執着や、死に対する恐怖、未来を奪われた事に対する絶望…。
 生物としては当然の感情だな。

 かつて、ゲンハが死んだ時の事だ。
 とある施設に襲撃をかけたが、急にゲンハが怯えだした。
 ゲンハは右脳…つまり直感や運動能力を強化していた。
 強化された直感が、リヴァイアサンの存在を感知したのだろう」


「そして圧倒的な負の意識に耐え切れず、自害…か」


「私がリヴァイアサンの存在を信じる気になったのも、その時だ。
 ゲンハが自害するほどの恐怖、負の力の集まりなど…他に考えられん。

 それはともかく、その施設…ある時期を境に、急に消失した」


「消失?
 撤回されたとかじゃなくて?」


「文字通りの消失さ。
 真円を描いて、文字通り消え去った。
 施設跡は擂鉢状に、綺麗に抉り取られていたのを見ると…どこかに空間ごと転移したのかもな。
 正直、あの施設を破壊する事は誰の為にもならない。
 リヴァイアサンが解放されてしまえば、どれだけの被害が出るか…。」


「…召喚術、だろうな」


「恐らく。
 当然、そこに閉じ込められていたリヴァイアサンも行方不明…。
 存在が確認されなかった所を見ると、恐らく閉じ込められたままだったのだろうな。

 …しかし、クレシーダ王女からいただいた資料を見て確信したよ。
 彼女は解き放たれている」


「……透がシュミクラムという、精神のみとなった憐ちゃんと接触できる道具を手に入れた今…」


 間違いなく、透の元にやってくる。


「加えて言えば、独占欲が止められないほど強くなっているかもしれん。
 恐らく、シドー君が急に気絶したのは、シュミクラムを介して彼女が意識を叩きつけたのだろう。
 “私の兄に手を出すな”とね…」


「別にちょっかいを出してたんじゃないと思うが」


「嫉妬する女性に、そんな事は関係ない…。
 ただ近付くだけで、無条件に敵だと判ずるのだろう。
 ヘタをすると男でも」


 頭が痛い。
 ヤバすぎる。
 要するに、子供の癇癪と大差ないのだ。
 だがその子供は、自分ではどうやっても癇癪をコントロールできまい。
 頭にあるのは、ただ兄の事だけ。
 ぶっちゃけた話、単なる…しかし根が深い嫉妬である。
 ヤキモチである。
 どうしろと言うのか。


「…そーゆー事だと、ちょっと手が出しづらいな…」


「まぁ、気持ちは分からんでもない」


 心情的にもそうだが、ヤキモチは手に負えない。
 透か憐本人がどうにかするしかないだろう。


「憐ちゃんが止められないのか?」

「無理だな。
 一時的に行動に制限をかけるくらいなら出来るかもしれんが…。
 君は心の奥底で動く、暗い情動を自分でコントロールできるかね?
 抑えつける事はできても、意のままにする事はできまい。
 それと同じで、蓄積し、膨れ上がった感情の塊がリヴァイアサンだ。
 加えて言うなら、人間誰しも本当の自分…目を逸らしている自分の醜い部分を直視するのは辛い。
 憐君がリヴァイアサンを止める為には、その醜い部分を直視しなければならず、直視すればその恐怖に触発されたリヴァイアサンが動き出す。
 どうどう巡りだよ」

「となると、透に説得させるとか…」

「可能不可能はともかくとして、他に手はないだろうな…」


 高密度になりすぎた魂。
 今ならその姿を現す事も出来るだろう。
 攻撃する事も出来るだろうが、どれほど巨大になっているか…。


「恐らく、デザイン的には…単なる球体になっているだろうな。
 魂の形を表現するのに、単にそれがイメージしやすいからだが」

「同じ球体でもフォーグラーより厄介だぞ…」

「ジャイアントロボでも勝てそうにないな。
 どうでもいいが、年齢を考えても草間大作はヘタレだと思うのだがどうだろう。
 戦おうとする意思は認めるが、ややこしい時に駄々を捏ねるし自分だけが正義の味方だと思ってたようだし」

「ジャイアントロボさえあれば、ばかり言ってて、聞いてて鬱陶しかったな。
 間違いなく真の主役は衝撃の旦那だろう、というのが大多数の人々の揺ぎ無い見解だろ。
 …ルビナスの事だから、本気でジャイアントロボを作ってきそうだな…」

「リャンの記憶喪失防止の手術をしてくれるとの事だが…早まったか」


 話が脇道にズレつつある。
 実際、正体が分かっても対策の立てようが無い。


「やっぱ透を囮にするしかないか…?」

「囮にしても、根本的に解決にならないぞ。
 仮に透君が取り込まれてしまえば…考えられる反応は幾つかある。
 憐君が満足し、取り込んでいた魂を開放する」

「で、自分と透は成仏…もとい昇天する?」

「体が無いだけで、死んでいるのではないのだが…。
 憐君と透君はともかくとして、厄介なのは解放された魂だ。
 延々と狂気の中に居たのだから、確実に悪霊となっている。
 アークを開けた時のように、この世ならざるモノが飛び回るぞ」

「アレは見なければ問題なかったが」

「目を逸らせばそのまま乗っ取られるだけだな。
 次に考えられるのは、透君を呑みこんでもまだ満足しない場合だ。
 物質に干渉できる力を得た以上、まだ生きている者も標的となるだろうな」

「……うーわ最悪…」


 頭が痛い。
 どうしろと言うのか。


「リヴァイアサンには、憐君の人格も残っている…と言うか、彼女がメインの人格らしい。
 施設を襲撃した時、幾つか資料を奪ったのだが…その中にリヴァイアサンの研究データがあった。
 リヴァイアサンは、時折鳴き声をあげるらしい」

「ダイダルウェイブとか起きないよな…」

「鳴き声に伴って発生する衝撃をそう名付けたとあった。
 で、その鳴き声を音声解析すると…『お兄ちゃん、どこに居るの』となったそうだ」

「…やりにくい…」


 実体はバケモノ同然でも、中身は幼い寂しがりやの子供。
 切っ先が鈍りそうだ。


「…対抗策、無し…か」

「透君しか彼女を止められないだろう。
 私も出来る事はするが、正直…」

「…このまま考えても仕方ないな。
 今日はここまでにするか」

「…そうだな。
 フェタオの方が心配だが、リヴァイアサンがこちらに来るのではそうそう帰れん。
 暫くはここに留まる事となるか…。
 明日の朝まで、その辺で野宿でもするとしよう」

「ああ、気をつけてな。
 …と、透は今の話を…」

「憐君ならば、怯えつつも全て話すだろう…。
 本来なら、私が話すべき事だというのに…」


 押し付けたのは私だがね、と自嘲する。
 舌打ちし、大河は森から出て行く。
 それを見送り、クーウォンは適当な寝場所を探し始めた。


 大河が森から出て来ると、周囲が何やら騒がしい。
 聞き耳を立てると、救世主候補生が来ているらしい。


「ベリオか。
 透の所かな…邪魔になるとは思うが、様子を見に行くか」


 時間を見れば、意外と経過していた。
 クーウォンとの話にのめり込みすぎたらしい。
 ベリオなら、これだけの時間があれば透の治療を終えているだろう。
 完治とまでは行かなくても、自分で普通に動けるようになっている筈。
 リヴァイアサンが出たら、透を動かさなければならない。
 戦闘力は期待できないが、どの道まともに戦ってもまず勝ち目は無いのだ。
 クーウォンの話を信じれば、相手はマナによって構成されている半物質的なフィールドと見ていい。
 空間に切りつけた所で、効果は無い。
 集中した所を散らす事くらいは出来るだろうが…。


「いや、手は他にもあるな。
 マナを媒介として存在するなら、マナを奪い取ってやればいい。
 無限召喚陣みたいにな…。
 …しかし、これは窒息死させるも同然か…」


 気は進まない。
 だが、他に手が無いならやるしかない。
 もっとも、大河は抜け道の存在を確信しているが。


「問題は、こっちの意思を向こうが受け取ってくれるかどうかだ。
 あっちの声は音声解析とやらをすればいいとして、こっちからあっちに声を伝える方法がないとな…」


 大河は呟きながら、怪我人が安置されている暗幕の中を覗き込んだ。
 先程よりも、随分と怪我人が減っている。
 天幕に踏み込み、奥で眠る透の様子を見る。
 包帯その他はまだ巻かれていたが、傷口は殆ど塞がれていた。
 殆ど、と言うのはシュミクラムに接続されている辺りの怪我にはノータッチだからだ。
 ルビナス作だとベリオも知っているし、極力無用な刺激は避けたい。
 流石はベリオ、と素直に感心する。
 察するに、他の怪我人もさっさと治癒してしまったのだろう。

 透はシュミクラムに繋がれたまま、微妙に魘されながら眠っている。


「…リヴァイアサンの事、か…。
 折角の兄妹の再会だってのに…」


 苦々しげに呟く大河。
 夢の中で、憐を泣かせてしまったのかもしれない。
 大河は憐とは面識が無いが、クーウォンの話を聞いただけでも健気すぎるほど健気な少女だと分かる。
 リヴァイアサンは、その裏返し。


「…なんとかして止めなきゃな…。
 透、場合によっては一働きしてもらうからな」


 大河は踵を返し、天幕から出て行く…前に透の元に引き返し。


「額にシール」


 何故か透の額に、ペタリとビックリマンシールを貼り付けた。
 ドコから出したのかは、聞いてはいけない。


 大河は天幕から出ると、ユカと洋介の元に向かった。
 ベリオがそこに居ると聞いたからだ。
 正直、ユカに妙な事を吹き込んでないか心配なのだが…それ以上に、2週間以上離れていたベリオの顔が見たい。

 早足に歩いて、3人が居る場所に向かう。
 そこにはアヤネも居るはずだが…。
 と言うか、ベリオは大丈夫だろうか?
 汁婆を見て、ショック症状を起こしてなければいいが…。
 王宮からここまで乗せて爆走した際に、トラウマでも作ってるんじゃないのかと思う大河だった。
 そう言えば、汁婆はまだ起きているのだろうか?

 が、その心配は無用だったらしい。
 金色の髪を靡かせるベリオが、ユカと話しているのが見えた。


「ベリオ!」

「! 大河君!」

 呼びかけると、目の色を変えて立ち上がり、すぐさま駆け寄ってくる。
 その様子は久々に敬愛する主人に会った忠犬の如し。
 小走りに駆け寄ってきて、人目も憚らず大河に飛びついた。
 しっかり受け止め、ベリオの感触を堪能する大河。
どっかの人狼のように舐めこそしなかったが、スリスリと頬擦り。


「あー、なんか久しぶりだな」

「ええ、異常に遅い展開を何度恨んだか…おっとと」

「…BPも元気だったか?」

「…ああ、まぁね。
 ちょっと気になる事はあったけど」

「?」


 ブラックパピヨンの口調に、首を傾げる大河。
 大河との再会を喜んではいるが、何やら声に陰りがある。


「…何かあったのか?」

「…時期が来たら話すよ。
 正直、気のせいかもしれないしね」

「…そっか」

「それより、久しぶりに会ったんだしさぁ…。
 私達を満足させてくれてもいいんじゃない?」

「抜け駆けすると未亜が怖いぜ?」

「ま、今回くらいはね…」


 そもそも、その未亜は自分達よりも前に大河に会っている。
 抜け駆けしても、多少の言い訳は立つだろう。
 何も言わない所を見ると、ベリオも同感らしい。

 大河もそうしたかったが、今日はヤバい。


「俺もそうしたい所だが、今日明日はちょっと洒落にならん事になりそうだ。
 生き延びたかったら、今日は我慢してくれ」


「!?!?!?
 た、大河が…!?
 理性を優先させています…!?」


 予想外の反応。
 いざとなったら森の中で交わろうと思っていた二人は、本気でショックを受けた。
 ユカとの仲が、体の関係にまで進展しているのではないかと疑ったほどだ。

 大河もその程度の反応は予測していたらしい。
 苦笑して、真面目な顔になる。


「なぁベリオ、あっち見てみろ。
 そして集中しろ。
 何か感じないか?」

「?
 …特におかしな所は…」

「鳥肌立ってるぞ」

「え?」


 言われて腕を見ると、確かに肌が粟立っている。
 この反応は、幽霊を探知した時特有の現象だ。
 サーッと顔が青くなる。


「ま、まさかこの近くに…!?」

「ま、戦場だしな…。
 無念を呑んで死んでいった命は幾つもあるだろ」

「ヒィ!?」


 ガバッと大河にしがみ付く。
 が、すぐにブラックパピヨンに変化。


「…何か来るってのかい?
 確かに危険な匂いがプンプンするわ」

「ああ、もうすぐ側に居るかもしれん。
 俺らしくない事この上ないが、ちゅーか下半身が俺の意思を無視して暴走しそうだが、とにかく体力が惜しい。
 今は我慢だ…添い寝くらいで」


 最後の一言が大河らしい。
 この状況でも、スキンシップは忘れない。
 …ただ、欲望の暴走を抑えるために気力を使い果たすのではなかろーか?


「…分かったよ。
 私も死にたくはないしね。
 今日は添い寝と…キスだけで我慢するよ。
 下半身にキスしてもいいけど?」

「それをやったら、明日は使い物にならんだろうなぁ…」

「他に味方も居ないからね…。
 腰くらいは軽く抜けるか。
 ま、せめてその胸の中でのんびり眠らせておくれ」

「おう、ドンと来い!」


「…お話は終わった?」

「ぬお!?」


 唐突にユカが割り込んできた。
 笑っているが、よーく見なくても青筋が立っている。
 イカン、感動の再会でユカの事を忘れていた。
 妙な…と言うか、覚えのあるプレッシャーを放っている。
 しかし未亜のプレッシャー程ではない。
 と言うか、何故かユカは少々戸惑い気味だ。


「あ、ユカさん。
 すいません、話の途中で…」

「ううん、気にしないで。
 …それより大河君、何が来るっていうの?」


 大河はちょっと拍子抜けした。
 てっきり目の前でベリオとイチャついてたのを責められると思ったのだが…。
 一応ユカもそこそこの関係はあるのだし、ヤキモチを妬くのも正当な権利と言うものだろう。
 が、ユカは複雑そうな表情ではあるものの、ベリオに対しても大河に対しても苛立ちを向けてない。
 理由は解からないが、とりあえず命拾いした大河だった。
 これ幸いと話題を変える。


「…さっき知り合いに聞いたんだけどな。
 ぶっちゃけた話、霊団が来る」

「れ、霊団!?」

「あれ、ベリオさん幽霊とか苦手?」

「そ、そんな事はありませんにょ?」

「…BPさん?」

「苦手だねぇ」

「ってオイ!?」


 アッサリ暴露するブラックパピヨン。
 と言うか、何故いきなり出てくる?
 ユカは彼女の事を知っているようだが。


「なんでユカがブラックパピヨンの事を…」

「こっちに到着した時、汁婆に乗ってたんだけど…その時に感じた気配と、相馬君の治療が終わってからの気配が違ったから。
 前にも多重人格に近い人は見た事があるし、ピンと来た。
 踏み込んでいいものか迷ったけどね」

「…汁婆に乗ったのか…。
 2人とも、大丈夫だったか?」

「アタシはね…」


 沈痛に目を伏せるブラックパピヨン。
 彼女にとっても、結構ハードな体験だったようだ。


「でも、ベリオが…。

 へ? いやぁ、もう大丈夫ですじょ?」

「「…じょ?」」


 ぷるぷるぷるぷる。
 微妙に揺れる巨乳が嬉しいような、でも本人はそれどころではなくて。


「汁婆さん とめてください とめてください もっとちゃんと」

「ごめんなさい すみません だめ 死にます」

「ああー おじいちゃんが おじいちゃんが」

「にげてーーーーーー!!」

 こらアカン。
 3人同時にそう思った。
 ゆかり車と汁婆。
 乗るならどっちだろうか。
 …究極の選択だ。


「ベリオ、おいベリオ!
 しっかりしろ!」

「汁婆はここには居ないから!
 落ち着いて!」


 その汁婆は、ドコへともなく姿を消している。
 多分、その辺の草むらで寝転がっているのだろう。
 ちなみに汁婆達が見張っていたアヤネは既に夢の中だ。
 …多分悪夢だ。

 大河とユカに宥められ、ベリオは息を荒くしながらも落ち着いた。
 まだ目をアーモンド型にしてちょっと震えているが、小康状態だ。
 しかし、大体の顛末は大河にも推測できた。
 王宮からベリオを乗せて、汁婆は超特急で走ってきたのだろう。
 一刻も早く透を治療するために。
 しかし、それはベリオにとっては苦行拷問以外の何者でもなかったらしい。
 精神に深い傷を負い、ベリオが押付けたのか本人が庇って出てきたのか知らないが、ブラックパピヨンが表に出た。
 しかし時既に遅く…。


「はぁ…はぁ…す、すみません…」


「いや、気持ちは分かるし…。
 ユカ?」


「言われなくても人には言わないよ。
 あ、でもこの際だから今度サインちょーだい。
 怪盗ブラックパピヨンって、ちょっとファンだった」


「大丈夫かよ、本当に…。
 ま、いいか。
 それでベリオ、透の容態は?」


「相馬君ですか?
 ほぼ完治しました。
 ですが、神経系統などにも少々傷を負っているので…戦闘に耐えられるかは微妙ですね。
 一週間ほどリハビリすれば充分ですが」


「そっか…。
 まぁ、後遺症が残らないならそれが一番だね。
 …夜も遅いし、そろそろ寝ようか?」


 ふと気付けば、日付は既に変わっている。
 明日も早いのだし、眠った方がいい。


「ええ、そうですね。
 それでは大河君、案内してください。
 添い寝するんでしたよね?」


「ああ……。
 …ユカ、頼むからそう…イヤなんでもない…」


 好意を向けてくれる女性の前で他の女とイチャついておいて、冷たい視線を向けられても文句を言う資格は無い。
 でも実際視線が痛い。


「…俺とユカは同じ天幕なんだが…いいか?」

「…ボクはいいよ。
 ちょっと複雑だけど、何だか…なぁ…」

「? よく分かりませんが、私は構いません。
 今日は何もしないんですし。
 まぁ予定は未定と言いますが」


 ベリオは大河の腕に抱きつき、妙にアグレッシヴである。
 ユカを牽制しているのだろうか?
 そのユカは、自分の感情に戸惑っているようだ。


「ボクが隣に居るのに、フシダラな事しないでよね?
 …大河君?
 ヘンな声とか聞こえたら、その場でブローが飛ぶから覚悟しとくように」


「声を出さなければ…いえ出過ぎましたすいません」


 ジロリと睨みつけるユカの目は、ドコか未亜に通じるものがあったそうだ。


 その夜。
 先日までは大河とユカ、汁婆が眠っていた天幕の中で、大河、ユカ、ベリオが横たわっていた。
 既に大河は眠って…否、気絶している。
 忍耐力の限界が来ない内にさっさと眠ってしまおうと思っていたのだが、大河に張り付いたベリオと話が弾むうちに、ユカの言うフシダラな雰囲気に突入。
 敏感に察したユカがボディブローを叩き込み、更に首筋に手刀を加えて気絶させた。
 ベリオはちょっと残念そうだったが、結局張り付いたまま眠ろうとする。


「…ねぇ、ベリオさん、ブラックパピヨンさん…もう寝た?」

「? いえ、起きてますが」

「…ちょっと聞きたいんだけどさ…」


 ユカは横たわったまま寝転んで方向を変え、眠る大河と張り付いているベリオを見た。
 このクソ暑いのによくひっついてられるな、と意識の片隅で嫉妬交じりに思いながら、ユカは躊躇いながらも問いかける。


「その…大河君との関係って、どれくらい長いの?」

「関係…と言われても…。
 まぁ、大河君と未亜さんがアヴァターに召喚されて、それ以来の付き合いですよ。
 一日一日が異様な濃度を持っているから、どうにも数年来の付き合いのように錯覚してしまいますが」

「…それじゃ、その前は特別な関わりとか無かったんだ?」

「そうですね。
 私もブラックパピヨンも、大河君の存在すら知りませんでしたよ。
 親密な関係になったのは…初めてあってから、1週間も経ってませんね。
 こうして考えると電撃的ですねぇ」


「そんなシミジミ言われても…。
 …そっか…前から付き合いがあるから、平気って事でもないのか…」

「? さっきから何の話です?」

「だから…大河君が来る前に聞こうとした事だよ」

「…何故他の人達と、大河君の取り合いをしないのか…ですか」


 危うく忘れる所だったが、難しい問題だった。
 透の治療を終えたベリオは、大河の姿を探してウロウロしていたのだが…そこで汁婆と一緒に居たユカと会ったのだ。
 汁婆を見て錯乱しかけたが、その辺はスルーの方向で。
 それを宥めたので ベリオはユカに対して恩義を感じていたりするのだが、まぁどうでもいい。


「何故…と、改めて言われましても…。
 成り行きと言うか、元々セフレみたいな関係だったものね。
 そこから情が移ったと言うか…」


「セッ!?
 べ、ベリオさんも?」


「いーや、元はアタシが誘って、ベリオが気付いて、そこからまぁズルズルと。
 今の状態もイヤじゃないし…。
 まぁ、浮気に対しても色々なスタンスがあるのよ。
 ビニ本見てるだけで怒る女も居れば、本気じゃなければ浮気を許す女も居る」


「…ボクなら即座に殴りかかるか、最後通牒を突きつけるか…」


「普通はそうかもね。
 …でも、アタシは違う。
 元々、アタシはベリオが否定した自分…色々と込み入った事情があるんだけどね。
 ぶっちゃけた話、『背徳的』『非社会的』『非常識』な自分の積み重ねで生まれた訳よ。
 そんなアタシが、普通だと思う?」


「怪盗なんてやってる時点で普通じゃない」


「結構。
 ま、そんな訳で、アタシは独占する事に然程執着してないのさ。
 どっかに拉致監禁して調教ってのも考えたけど、反撃されて逆に丸め込まれるのがオチだし。
 大河ってソッチ方面強すぎるからさー」


 ストレートな言葉の嵐に、ユカは布団を被って丸まってしまいたくなった。
 が、自分から聞いたのだしそれは失礼だろう。

 ちょっと目を逸らした隙に、ブラックパピヨンは引っ込んでベリオになっていた。


「…わ、私はその、ブラックパピヨンの為でもあると言うか…。
 私は生真面目すぎますから……なんです、その目は?」


「いや、過去の栄光ってどうよ? と思って」


「クッ…は、反論できません…。
 ……ま、まぁ生真面目かどうかはさて置いて、昔の私は個人的な欲求を全て押し殺そうとしていました。
 その欲求が、全てブラックパピヨンの方に皺寄せしていたんです。
 欲求不満ばかり押付けてしまっては、それは悪い事の一つもしたくなるでしょう。
 あの子を暴れさせないためにも、個人的な欲求を満足させようと…」


「…それって、ブラックパピヨンさんを口実にしてるだけじゃ…」


 ベリオは黙ってしまった。
 元々単なる言い訳に過ぎなかった。


「…真面目な話…大河君をモノにしようと思ったら、これくらいしないと…。
 遠くから見ているだけでは、入り込む隙間が無くなってしまいます。
 神経が通ってるのかと疑いたくなるほど積極的なのが数人居ます。
 それに最初に関係を持ってた人とは、長いお付き合いだそうですから…」


 ちなみに未亜の事だ。
 流石に兄妹で関係を持っていると言うのは、軽々しく教える気にはならない。


「でもさ、それって順序が逆になってない?
 アレな行為は、結婚してから…とまでは言わないけど…」


「そうでもありませんよ。
 世の中にはNTRと言う言葉もありますから。
 体も恋愛沙汰に関する武器である事は変わりありません。
 確かに、軽々しく使えば弄ばれてポイなんて事になるでしょうが…大河君はそういうタイプじゃありません。
 そして私も、そうなったら多分心中を迫るくらいは…」


「こ、怖いですね…」


「ふっ、未亜さんに比べればこれくらい…。
 …そもそも、結婚した人としか行為をしないのも別に構いませんが、結婚する人が生涯で1人しか居ないとも限らないでしょう。
 世の中には離婚して再婚する人も居ます。
 好きな人に見詰められるために、体でも何でも使う…と言う事なんでしょうね。
 結局の所、和気藹々とはしていますが臨戦状態なんですよ。
 チャンスがあれば、自分をアピールする…。
 嫉妬してないのではなくて、お互いに邪魔しない協定を結んでいるだけです」


「協定まであんの…」


「あるんです。
 そうでもしないと…ま、これは追々体験するでしょう。
 いつまでも未亜さんを退けられないでしょうし…」


「?」


「いえ、何でも。
 納得…はしてないでしょうが、参考になりましたか?」


「うん…微妙」


「そうですか、それはよかった」


「よかったのかなぁ?」


 納得してもらったら、また増えるからだ。
 まぁ、そうなったらそうなったでなるようになる。


「…ユカさんも、大河君が好きなんですよね?」


「…うん…」


 問われたユカだが、微妙に声が沈んでいる。
 それをベリオは、自分が現れて大河との間に割り込んだからだと解釈した。
 申し訳ないと思わないでもないが、先約と言う観点で見れば明らかにベリオが優位だ。
 譲るつもりはない。


「それじゃ、私はそろそろ眠ります。
 大河君の言うように、明日何かが来るかもしれませんから」


「うん、おやすみなさい。
 …で、本当に抱きついたまま寝てるし…」」


 そこまで会いたかったのかな、と思いつつ、ユカは目を閉じた。
 …そして、目を閉じたままポツリと呟く。


「大河君が好き……本当に?
 ボクは、本当に…好きなの?」


 ユカらしくもなく、迷いと憂いに満ちた声だった。


(確かに、大河君には好意を持ってる。
 顔を見てるとドキドキするし、一緒に居ると楽しいし…。
 き、きき、きす…した時も…とっても幸せだった。
 夜に眠れなくて、外で鍛錬してたら照れ隠しでクレーターを5つくらい作っちゃったけど。
 これは恋なんだ、って…そう思ってた)

(多分、あんまり間違ってない。
 でも…それならどうして、ベリオさんと大河君がくっついてても…悔しかったりしないんだろう?)

(好きな人が他の人とイチャイチャしてたら、苦しくなるのが普通だよね?
 でも、ボクは羨ましいとは思っても、ベリオさんが嫌いだとも、大河君を取り返したいとも思わなかった)

(ボクは…大河君の事を、どう思っているんだろう?)


 口に出さずに、自分の心の中を整理しようとするユカ。
 しかし、ただでさえ経験が無い上に純情なユカに、そんな器用な真似が出来る筈がない。
 それでも混沌とした自分の中から、何か形を持ったモノを引き上げようとする。

 暫く考えていると、意識が薄れてきた。
 半分眠っているのだ。
 徐々に意識が薄れ、夢の国に旅立つ瞬間…ユカは無意識に、唇を動かして言葉を紡いでいた。
 それは、ユカも意識してない、大河が好きだと思う理由だったのかもしれない。


「……になりたい…」


 しかし、その声は誰の耳にも入る事が無かった。




学園祭まであと一週間…。
そして出し物は殆ど完成してないこの有様。
どないしょー(汗)
友人が委員長の真似事やらされてるんですが、何やら死に掛けてます。
むぅ、なんか手伝ってやらないと…。

ってな訳で、これから一週間、SSよりもゲーム作成を優先させようと思います。
こういう時、書き溜めしてあるって本当にありがたい…。
どれくらいかって?
少なくとも五週間分くらい…。

それではレス返しです!


1.パッサッジョ様
修羅場の前に、アヤネをどうにかしないといけませんね。
今の状態では、修羅場をダークな空気で一気に押し潰してくれそうです。
新属性、ネガティブ空気とか?

多分、そう遠くない内に慣れるでしょうねぇ…。
と言うか、アヴァターの連中なら意外とアッサリ慣れそうで怖いです。

クーウォンが鼻メガネを気に入る…意外とありそうw


2.悠真様
救世主クラスの実情は、入れるかどうかちょっと迷ったんですよね。
まぁ思いついちゃったんだし、もったいないから使いましたが。

心理的なダメージは、セルの死のみならず、戦場の空気の重さも原因でしょうね。
あっちこっちに死体が横たわる現状は、一般人には辛いものがあります。
多分軍人にとっても、非常に苦しいでしょうし…。

うーむ、透よりもイメージ的に憐の方が神に近いような…。
まぁ、神として崇めるなら、ヤローの透よりも美少女の憐ちゃんですなッ!


3.カシス・ユウ・シンクレア様
ぐはっ、ま、まさか2回も連続でレス返しのミス…。
冗談抜きで割腹しなけりゃならんかも…申し訳ありません!

って、セルは責めなのか…同人少女の意見を聞きたいですな。

透の能力は、今の所、原作と同じ程度の事しか考えてないんですよ。
さて、どうやって発展させるべきか……。
やっぱアレかなぁ…?

どの道、透はそのうち食われますぜ。
透は言ってみれば、責めに出ない大河ですから。

“破滅”との戦いは、長くなりそうです。
このバルド祭りが一段落したら、その後“破滅”と一戦やらかして、更に間を空けてからクライマックス…が現状の予定。


4.イスピン様
透はきっと食べられます、ええきっと複数に(笑)

使えるでしょうねぇ、あのUMAなら。
ひょっとしたら、南王手八○流火神も…いや、あのUMAには指が無い。

正直、現状ではFLIP FLOPは原作の……ん?
脳が妙な干渉を受けた時に正常に戻すという事は……。
精神に影響を与えるようなキツい術を乱発しても、錯乱したりしないってコトですか…?
いや、しかしこれってどっちかと言うと生贄…。


5.竜の抜け殻様
レス返しでは失礼いたしましたああぁぁぁぁぁぁ!!!!
全力土下座で頭をぶつけてクレーターを作ります!
フン!
ぐちゃっ…(←ピンク色が飛び散りました)

ふぅ、死ぬかと思った…。
昔語りって、結構長くなるんですよね。
しかもどっかでギャグとか入れないと、原作を知ってる人には展開が完全に読めてしまうでしょうし…。

反転モードという意味では、ベリオとブラパピも同じですが…役者が違いますなw
あー、そうか敵側にも居るんだっけ。
しかし、それならロベリアはレイカ・タチバナで決まりですな。
いや、なんかこう、雰囲気と言うか…どっかオバハンくさい?
あと性根が妙な捩れ方をしてるし…。


6.アレス=アンバー様
いやぁ、アヤネはかなり追い詰められてますよ。
衝撃の事実がどんどん明らかになりますから。

>アヤネがタバコ
それイタダキ!
いつか使わせてください!
ああ、それにしても何てリアルに想像できるんだw

正直、ナナシっが何かを見て驚くような場面を想像できません。
何というか、何があっても「すごいですの〜!」の一言で済ませそうな気が…。

ミュリエルとロベリアですか…なんか妙なトラウマ作ってそうです。

ツキナは…どうしようかなぁ…本気で出番が無いんだけど…。


7.陣様
ハバネロインド編はいかがでしたか?
ちなみに、確か前にハバネロデスロックとか言うのを買った事があります。
確かに辛かったけど、ぶっちゃけマズかった。

何時ぞや、学園祭でトムヤムクンなるスープを食った事があります。
その時、スープの真ん中に浮いていた緑色の野菜。
ポツンと浮いているので気になったので、何気なく箸で摘んでパクッ。
…その後、速攻でジュース缶を五本飲み干しました。
唐辛子だったようです。
うにょらー、な状態になりそうでした。
ニケとククリの気持ちが、当社比30%くらい理解できた気がします。
あの地獄を誰かに味合わせたいのですが、もう学園祭では同じものはやらないっぽいです。

大河と透の人形ですか…。
…何と言うか、チャチャゼロよろしく勝手に動きそうな気が…。

汁婆は千年は生きてません。
…ですが…それはつまり、千年前から延々とその血筋が受け継がれているという事で…。
交合の回数次第で、いくらでも繁殖…ヒィイィィィィ!


8.神竜王様
本当にチッ、ですよ。
ああくそ、アヤネに味見くらいはさせてやればよかったw
ん、でも血の味見はしてるな。

一応言っておきますが、獣化状態のアヤネは全身毛皮+顔も動物ですよ。
理由は前のレス返しを見てもらえれば…。
まぁ、今後はちゃんと人間の面影を残させるつもりですが。
何故って?
透を誘惑するために決まっているではないですかw

リコの声、本気で聞こえ辛いですからねぇ。
そういうキャラとは言え、ゲームやってる時によくある悩みですよ…。
リコの声だけ大きくしたりしても、それはそれでキャラが…。

成る程、馬に見える未確認生物からとってUMAですか。
UMAい事を仰る。


9.YY44様
も、元ネタ何すか!?
なんですかその不思議なサラリーマンは!?
野獣社員ツキシマ復活希望!

それはそれとして、結構深い所まで踏み込みました。
こっからどうやって発展させるべきか…。


10.堕天使様
HPの小説、拝見させていただきました!
充分面白い作品になってますよ、本当に。
人の事を言えた義理ではありませんが、あっちこっちにクロスしてますね。
今後も期待させていただきます!
最近ちょっと忙しいのでHPの掲示板には感想を書き込めませんが、そちらはいずれ…。


はっはっは、一応主人公は大河ですよ。
今は主役交代してますが、バルド編で大河にあまり暴れてもらっても、因縁を綺麗に清算できなくなりそうですしね。

主人公キャラって、何処か似たよう性格が多いですからね。
ウケを取りやすい性格、欝っぽい性格、熱血方面…ある程度は性性格が似るのも、不思議ではないかもしれません。


11.ナイトメア様
むぅ…電波はいい塩梅に受信されているようですが…本気で疲れていらっしゃるようですね…。
お体に気をつけて…実は私の友人も、働き詰めで倒れかけていました。
そばで見ていると、結構心臓に悪い…。

アルストロメリアが屠潮で、ルビナスが安呪でしょう。
原作(古典の方)は読んだ事はありませんが、少なくとも余のズシでは。
好き勝手に行動するアルストロメリアを、ルビナスが口先三寸で傀儡にw
ああ、ミュリルが瑠璃家なのは納得だ…。

え、バルドのアニメ!?
マジですか?
TV方面?
だとしたらゲンハが放送コードに引っ掛かりそう…。


大河因子が覚醒した日には…あー、アヤネがまず間違いなく飼われますね、リリィよろしく。
…むぅ、ゲンハが首輪をつけた時には物凄く嫌悪感があったのに、主人公がやると平気だな…人徳の差か?


カレーのポーズは、あの聖職者に対するプロポーズみたいなものかとw
まぁ、某エロ学派がやったら…文字通り喰われるかもしれませんね。

ヒイィィィィ、今までで一番洒落にならない連中が来たァァァァァ!?
亡国の王子一人でも充分カオスを生産できると言うのに、そんなに沢山ゾロゾロ居たら…!
…でもアイツ、妙な所で根性あるけどヘタレだからなぁ。
何だかんだ言っても、ズシオの周りは大抵の事が上手く行ってるし…。
多分揉めるだけ揉めて(大河達と化学反応を起こして、世界を滅亡寸前まで…)、何故か綺麗に治まるんでしょうねw

無道が…無道が壊れていく…。
ああっ、カエデに仇をとらせてやれないいぃぃぃ!

…しかし…女の子動物園…GALZOOアイランド?
最近ハマってます。
妊娠したー!?
イカの力は働いてないから、転生してロリにならない…ちょっと残念。


12.神〔SIN〕様
ああ、どんどん真帆良がカオスになっていきますな。
このままだと、その内魔界都市新宿に…いや死人だけは出ないか。

と言うか、神楽って意外と口喧嘩強いですねー。
エヴァがお子様なのは今更ですがw
あー、それとニートはちょっと違うぞ神楽。
ニートとは仕事もしてない上、何の訓練施設にも所属してない…この訓練とは、学業その他の事…人間の事であって。
「うるさいアル、どっちみち働いてないからニートアル。
 しかも働いたら負けだから、ニートでなくなるとしたら負け犬アル」
…さいですか。

オバハンよりも、エヴァの場合はおばぁはん、或いはトッチャンボーヤならぬトッチャン嬢ちゃんかな。
しかし…見事に巨乳が揃ってますな。
うむ、絶景かな絶景かな…。

ああっ、未亜がロックオンした!?
早く逃げないと、それこそ肉人形に…でも登校地獄があるから逃げられない!
エヴァ、600年で最大のピンチ!?

てか死神キター!?

ブラパピ、何を盗った何を…。
ヤローから下着とかかっぱらっても、虚しいし臭いだけだろうし…。

どうせスタンピングされるなら、ブラパピの衣装でやってやれば喜ばれたかなー。

しかしエヴァはもう悪の魔法使い云々以前に、単なる常識人と化してきてますねw


13.舞ーエンジェル様
ええ、何が何でもやってもらいましょう。
折角ケモノ娘属性があるのですから、ちゃんと狩もさせないとねw
散歩という手もありますが。

そーですね、最近ではGALZOOアイランドに嵌ってます。
あんまり興味なかったんですが、意外と面白い…。

愛しの憐ちゅわん、遂に登場しました!
でも初っ端から脅えさせている私…切腹!

“破滅”の四天王ですか…一名欠けてますが、まぁそれは補充員が決まっているので問題なし。
主幹がちょっと方向転換しているので、その辺のゴタゴタを処理している最中です。


14.なな月様
そう言えば今週末が資格試験でしたっけ?
基本情報だかソフトウェアだかの…。
友人が「5100円ドブに捨てたようなもの」って言って嘆いてました。

まぁ、大河ですしねー、幻想砕きですしねー。
元々シリアスは殆ど無しのギャグを目指してましたから…。

汁婆に近付かないのは、きっと正解です。
こっちからコンタクトしなければ、向こうは無関心を貫き通すでしょう。

なるほど、可能性の消失とは存在そのものではなく、未来に繫がる道の幾つかが断たれる事を言う訳ですか。
色々と不勉強ですし、取りあえずご都合主義を貫かせてもらいます。
大木妹人…あれほど見ていて気持ちのいい主人公も珍しい…。
男の本懐…更新しないかなぁ…。

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