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「幻想砕きの剣 11-4(DUEL SAVIOR)」

時守 暦 (2006-10-04 23:10/2006-10-05 15:56)
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20日目 正午 大河・汁婆


 透からのテレパシーを受け取って、汁婆と共に透とアヤネの捜索に向かった大河。
 ユカは戦場に残って戦線の維持に努めている。
 本来なら透が所属する機構兵団チームが捜索に来るのが当然なのだが、何せ汁婆の方がずっと足が早い。
 一刻を争うので機動性を優先したのである。
 尤も、一刻を争うというのは大河達や機構兵団から見た観点である。
 全体から見れば、透は単なる出向社員に過ぎない。
 もし彼が死ねばV・S・Sに付け込む隙を与える事になるが、それならそれでカウンターを放つまでである。
 ツキナからの証言が取れ、イムニティが見つけてきた証拠がある以上、余程マヌケなマネをしなければV・S・Sの破滅は決まっている。

 実際、負傷したらしき透を助けに行く、とバルサロームが聞いた時には渋い顔をした。
 戦友を助けるのはいいとして、単なる一兵卒…兵ではないが…のために、主戦力の一角が動いてどうする。
 ドムの意向に従って何も言わなかったが、軍人としてはあるまじき事だと思っているのは間違いなく、またそれに対する反論もできない。


 大河が受け取っている透の思念、さっきからヤケに切迫したものになっていた。
 と言う事は、危険な状況ではあるが意識は保たれているのだろう。
 お蔭で透の大体の位置がわかるが、その分大河から冷静な判断力を奪いつつある。
 同一人物が放つ思念だけあって、まるで自分のモノのように錯覚してしまうのだ。


「…近い、な…。
 確か定期連絡が絶たれたのがこの先の辺りだったか」


『順当に考えれば、この辺りに何かの手掛かりがあるな
 わかるか?』


「ああ……クソ、静かにしやがれ透のヤツ…。
 ……多分あっちだ。
 …確か崖があったな?」


『落ちたのか?』


「わからん。
 …とにかく行ってみるか」


 急加速する汁婆に振り落とされそうになりながら、大河は頭を抑える。
 さっきから意味不明な思念が叩きつけられてきて、頭の中がグチャグチャになりそうだ。
 普段なら、ここまで鋭敏に思念を感じ取る事はない。
 透からのSOS信号をキャッチしたので、感覚を全開にしているのだ。
 細かい感度の操作が出来るほど、大河は慣れてない。
 反応が強いと判断した方向に向かうのみ。


「…?
 なんか透から、ものすっごく複雑な感情が伝わってくるんだが」


『さっきも似たような事を言ってたな』


「うーん…今度は…ちょっと、シリアス風味…かも?」


 一方、アヤネに嘗め回されている透。
 口の中まで舌で舐られて、何気にデンジャーゾーン。
 主に下半身が。
 殆ど感覚が無いから、堪える事も出来るかどうか。


(こ、このままだったら俺は人として男として大切なナニかを失ってしまう気がするんだーーー!)


 心中で絶叫。
 が、心の中の声がアヤネに聞こえる筈が無い。
 一層熱を込めて透の体を嘗め回す。
 さっきまでは、透の体のシュミクラムの残骸を外そうとガチャガチャやっていたのだが、外し方が解からない。
 力尽くで取ろうとしたが、透が呻き声をあげたら止めてしまった。
 どうやら食べようとしているのではなく、本当に治療しているらしい。

 一部だけシュミクラムの残骸が取れて、そこを舐めるアヤネ。
 …実を言うと、微妙に乳首に舌が触れる。
 さらに、時々太股の辺りの血も舐め取る。

 透はなんと言うか犯されている気分である。
 この状況でも興奮してしまう自分が悲しい。
 せめて最後までは行かないようにしよう、と実行できるかどうかも定かでない悲惨な決意。

 それにしても、と現実逃避気味に透は思う。
 アヤネが仇だと分かったが、これからどうしたモノだろう?
 仮に二人とも生きて帰る事が出来たのだとして、それからどう接すれば?
 最初は取っ付きにくかったアヤネだが、最近では透を初めとした機構兵団と心を通わせつつあった。
 本人は虚無感に取り付かれていたようだが、それ故に壁が取り払われてしまったのかもしれない。

 その状況で、よりにもよってアヤネが探していた仇?
 既に透は彼女に情が移ってしまっている。
 元々敵討ちと言う行為自体、自分のせいでユーヤが死んだと言う事実から目を背ける為のものでしかなかった。
 それを自覚してしまった以上、透にはアヤネを討つ事など出来ないだろう。
 だが、何も無かったかのように振舞えるかと言うと…そんなに透は器用ではない。
 例えアヤネに獣人化の事を知らせまいとしても、何処かでぎこちなさが前面に出る。
 アヤネは透が隠し事をしているのに勘付くだろう。
 そして、この状況…2人揃って崖から落下し、シュミクラムは両方大破、にも関わらずアヤネだけ無傷。
 しかもシュミクラムには、獣の毛が内側から付着…。
 まず間違いなく気付く。
 まさかと思っても、透の態度に表れる違和感がそれを肯定してしまうだろう。
 八方塞りだった。


 ふと透は気付く。
 アヤネの舌が、徐々に動きを緩め始めていた。
 何事かと思って目をやると、理性が無かったケモノの目が、何かの戸惑いを浮かべつつある。
 少しだけ理性の光が灯っているのだ。


(ま、まさか…人間としての理性が戻る!?)


 しかも、獣人の体はそのままに。
 何故、よりにもよってこのタイミングで?
 透は心中で運命に対する暴言を吐きかけた。



 赤い。
 赤い。
 赤い。
 赤い空間に浮かんでいる。
 いつからという記憶はない。
 気がつけばここに居た。
 ここに居るのが誰なのか、私は知らない。
 私という存在が何を指しているのか、知らない。
 ただ、今までにも何度かここに来た事がある気がする。

 きもちいい。

 私はそれだけ思い浮かべる。
 開放感、と言うのだろうか。
 体を重く縛り付ける何かが、全て切り取られてしまったかのようだった。
 ここに居る時には、ずっとその感覚を感じていたような気がする。
 ただ、それは一方で酷い恐怖感を呼び覚ます。
 自分が底の無い沼に徐々に埋もれていくような、そして何かからずっと狙われているような。

 今回もそうだった。
 この恐怖感さえなければ、と何度思っただろうか?
 だが、それがあるから自分は呑まれてないのだと、何となく分かる。

 しかし、何時もと違う事が一つあった。
 きもちいい、ではなく、何か別の感覚がある。
 これはなんだろう?
 …誰かが、近くに居るのだろうか?

 ツン、と鼻に覚えのある刺激。
 これは血の匂いだ。
 誰かが怪我をしているのだろうか?
 そして私の近くに居るのだろうか?
 そう言えば、誰かが一緒に居た気がする。
 思い出せないが、大切な人だった。
 …はて、どんな人だったろうか?

 とにかく、怪我をしているのなら治療してやらねばなるまい。
 でも、どうやって彼を探し出そう?
 ……彼?
 どうやら一緒に居たのは男性らしい。
 それが分かったからと言って、どうと言う事もないが、彼の事を思い出せるのは何だか嬉しい気がする。

 彼がどうしているのか心配になって、私は彼の元に行こうとする。
 どうやって行こう?
 彼を見つけたら、どうやって治療しよう?
 私は彼を治療する方法を、何か知っていただろうか?

 ……………。
 ………………そうだ、舐めればいいんだ。

 ……………舐める?
 獣ではあるまいし。
 だが、他に方法が思いつかない。
 逆効果になるかもしれないが、私は何もせずには居られなかった。


 舌先に血の味。
 奇妙に興奮を呼ぶ味。
 ずっと前から知っている、遺伝子に刻み込まれた味。
 そうだ、私は獲物を仕留め、その肉を食いちぎり、そして血を飲む生き物だ。
 私は肉食動物らしい。
 …だが待てよ、それにしては野菜の味も知っているな。
 ……私は本当に何なのだ?

 舌先に感じる血の味は、相変わらず私を奮わせる。
 今、私は彼を治療していた筈だ。
 ところが、それが徐々に薄れつつある。
 性的な興奮が、私を覆いつくそうとする。

 ダメだ。
 理由は解からないけど、何だかダメだ。
 今、そんな事をしている暇はない。
 これだけの血が流れているのなら、彼は瀕死の状態のはず。
 そんな事に時間を割ける筈がない。
 この怪我は、元々私のミスで負ったものだ。
 私のせいで彼が死ぬのはイヤだ。

 …?
 彼の怪我は、私が負わせたのだろうか?
 何故?
 私は彼を大切に思っていたのではないのか?
 そう、大切だった筈だ。
 私の空虚を受け止め、埋め、そして私を庇う…彼。

「……ト……オ…ル………」


「…ア、ヤ…ネ…ゴホッ」

 彼の…トオルの血を吐く音。
 それと同時に、私は私を思い出した。
 私はアヤネ。
 アヤネ・シドー。
 人間だ。

 …でも、それなら…この長く伸びた舌とか、体中を覆っているのが分かる毛皮は…何なの?


 アヤネの表情が変わった。
 茫洋としていた獣人の表情が、アヤネの表情に変わる。
 様相は全く違うのに、驚いたり戸惑ったりした時のクセは同じだ。
 口を少しだけ開いて、視線を左右に彷徨わせる。
 ああ、獣人でもアヤネなんだな、と妙に納得した透だった。


「ワタ…シ、ナニヲ…」


「……」


 獣の喉に慣れてないのか、アヤネの言葉は怪しいカタコトだった。
 しかし、それに返事をする余裕はない。

 アヤネは血塗れの透の上から慌てて退いた。
 バランスを崩して、尻餅をつく。

 アヤネは、恐る恐る自分の体を見下ろした。
 血で染まったシュミクラムの残骸と、毛皮。
 彼女の手には、肉球と長く伸びた鋭い爪が付いていた。
 お尻の辺りに、慣れない感触。
 それがシッポなのだと、直感で分かった。
 血の味が残る口の中で舌を動かすと、歯が何時もよりもずっと鋭くなっている。


「ワタ…シ…ハ……!?」


 恐慌一歩手前だ。
 無理もない。
 意識が戻ったら、いきなり人間を止めていたのだ。
 しかも、美しいとはとても言えない獣人の姿に。
 恐怖が口を付いて出る。
 人の言葉を喋るのに向かない喉は、絶叫だけはイヤに成る程上手く発音してくれた。


「########!!!!!」

「どぉけええぇぇぇぇぇ!!!!」

「!?」


 アヤネがそれに反応できたのは、本当に偶然だった。
 いや、強化された反射神経がこの反応を可能にしたのか。
 突然空中から降ってきた殺気に、アヤネは咄嗟に飛び退いた。
 透に手を伸ばしたが、それは飛び退いた後。
 まぁ、手が届いた所で透を急に動かせば、それこそお陀仏しかねない。
 行幸だったというべきか。

 それはともかく、透とアヤネを分けるように、巨大な剣が地面に突き立った。
 地響きが鼓膜を刺激する。

 何とかアヤネが立ち上がって前を見ると、透を庇うように一人の男が立っていた。
 彼とは面識がある。
 よく解からないが、透と同一人物だとか言う救世主候補の当真大河だ。
 しかし、今のアヤネを見ても、彼は敵だとしか思わないだろう。
 しかも、透を瀕死に追い込んだ敵。


(そう…きっと、こうなった私が、透を…)


 舌に残る血は、彼の血の味に他ならない。
 それで興奮を覚えてしまう自分が浅ましい。


(こんな、私なんて…)


 大河に斬られて、消えてしまえ。
 既に逃げ出す気力も無い。
 もう、楽になりたかった。


 大河は困惑している。
 首尾よく透を発見した時には、獣人に襲われていた。
 それはまぁいい。
 いや良くはないが、そういう事もあるだろう。
 敵は何処にでも居るし、不意を突かれればこうなってもおかしくない。

 が、何故目の前の敵はシュミクラムを纏っている?
 そもそも、透と共に行動していたアヤネはどうした?
 …まさか…。


「こ、このヘンタイ獣人!

 さてはアヤネさんの着ているシュミクラムを剥いで自分で着込んだんだな!?
 汗の匂いとかが堪らないって人種だろう!
 貴様のようなイキモノは、変態仮面だけで沢山だ!」


ブルブルブルブルイヤイヤイヤイヤ!!!

 超高速で首を振る獣人。
 とんでもねー濡れ衣だ、と全身で主張していた。
 …大河のこの一言で、アヤネの虚脱感とかが全部吹き飛んでしまった。
 死ぬのは望む所だが、そんな罪状で死ぬのはイヤすぎる。

 アヤネは大河の戦闘を何度か見ている。
 このまま戦っては、勝ち目などまるで無い。
 そう考え、とにかく逃げの一手を打つ事にした。
 慣れない体だが、何とかなるだろう…と言い聞かせる。
 が、それも無理だった。
 背後に地響きを立て、汁婆が飛び降りてきたのである。
 冷や汗を垂らすアヤネ。
 もしアレに飛び乗られていたら…?

 女性の着衣に興奮するヘンタイの汚名を着せられたまま、UMAに潰されペッチャンコ。


(む、報われない…っ!
 これはあまりにも報われないッ…!)


 冗談ではない。
 復讐を志してから命などない物と思っていたが、こーゆー死に方をする覚悟なんて考えた事もなかった。
 天国に行きたいなんて我侭は言わない。
 でも、せめてマトモな死に方を。
 内心で涙を流したり。


「………!……!」


「? 透…?」


 一方、透は大河に向けて思念を放っていた。
 このままでは、アヤネが大河に斬り殺されてしまう。
 必死だ。

 必死の念が聞こえたのか、透はチラリと横目で透を見る。
 獣人からは注意を逸らしてない。

 透は大河に向かって手を伸ばそうとしている。
 言葉が使えないから、同調する事で情報を伝えようとしているのだろう。
 非常に不愉快な手段だが、同調を浅くする事で何とか耐えられる。

 透と大河の指が、少しだけ触れ合った。
 霊眼を持った者が見れば、触れ合った指が少しだけ光ったのが見えただろう。
 E.Tのような光景だ。

 大河は透からの情報に意識を向ける。


(ち…)

(ち?)

(ちょっと、出たような気がする…)

(…何がダヨ)

 透はノーコメントを貫いた。
 …ちなみに、下半身から出る白っぽいアレである。
 これで早漏だと決め付けるのは酷と言うものだろう。
 踏ん張る事さえ出来ない状態なのだから。
 …ちなみに、カイラ曰く「テクニックも持久力も上位ランク」との事だが、それは誰の耳にも触れないのが幸せだろう。

 それはともかく、透の指先から何があったかの情報が流れ込んできた。
 馴れない感覚に多少混乱したが、それ以上に情報がショッキングだ。


(アヤネさんが…この獣人?
 しかも、透の親友の仇…だって?
 マジかよ…)


 指を離す。
 透も大河も戸惑っていた。


「汁婆、ソイツは敵じゃない。
 どうも…アヤネさんらしい」


『…?
 獣人だったのか?
 確かに匂いに名残があるが』

「ちなみにどんな匂い?」

『人間に言っても分からん』

「シ、シツレイ…!」


 ズバリ言い当てられ、動揺するアヤネ。
 汁婆の動揺は、あまり強くない。
 単に興味がないだけだろうか?


「よく分からんが、この上の崖を跳び越す時にいきなり気を失って、そこから二人揃って落下してきたらしい。
 で、瀕死の状態だったのにいきなり獣化、あっという間に傷が完治。
 それから透の傷口とかを舐めて治療してたんだと」


「……ナメ…」


 この状況で何だが、改めて言われると恥ずかしいモノがある。
 よく覚えてないが、ヤバい興奮の仕方をしていたよーな記憶もあるし。

 汁婆は、少し考えてフリップを出した。


『多分、先祖返りしたんだろうな
 時々だが、人間は獣の性質を強く受け継いで産まれる事がある
 俺も見たのは初めてだ…
 大抵は気付かずにそのまま眠らせてるし、覚醒するような状況じゃまず間違いなく死んでる
 何度も覚醒を繰り返せば、徐々に人間としての自我を残したまま獣化が出来るようになる、と聞いた事がある
 要するに耐性が出来るんだろうな』


「…今後、獣化したらどうなる?」


『問題ない
 一度自我を保ったままなら、後は自然と獣化のコントロールも出来るようになる
 多少荒っぽい性格になるだけでな
 人間に戻るのは簡単だ
 昂ぶった気を鎮めて、脱力すればいい
 難しいなら、気絶でもすればそれだけで元に戻る』


「ソンナコトヨリ……トオルヲ、チリョウ…」

「いけね、そうだった!」


 汁婆と話している事はアヤネにとっても重要な事だが、それよりも透がヤバい。
 そろそろ目が霞んできているらしい。
 よくここまで保ったものだ、と汁婆は感心する。

 大河は持って来た応急処置用の包帯その他諸々を取り出し、透が纏っているシュミクラムの残骸を取り外した。
 あっちこっちがケモノというかアヤネの唾液でベトベトになっているが、そんな事を言っている場合ではない。
 汚いと顔をしかめるか、微妙な性癖による興奮を覚えるかは別として。


「透、もうちょっと待ってろ。
 これなら急いで戻って治療すれば、命に関わる事はない。
 明日になったら救世主候補も来るし、ベリオに集中治療してもらおう」


「………」


「ん? あぁ、寝てていいぞ。
 アヤネさんは……ああ、気にしてるようなら言っておく」


 透は大河に伝言を託すと、疲れて目を閉じた。
 血塗れだし、一見すると死んでいるようにも見える。
 大河はテキパキと応急処置をした。

 一方、アヤネは透を心配そうに眺めてオロオロしている。
 ケモノ状態でなければ、ちょっと萌えたかもしれない。
 アヤネは大河を手伝いたいが、何せ全身が毛で覆いつくされている。
 雑菌が入ったら厄介な事になってしまうだろう。
 近付きたくても近付けず、二進も三進もいかな状態だ。
 この状態では、人間形態に戻るなど出来そうにない。


『アヤネさんよ、取り敢えず人間に戻すぞ
 二人揃って連れてかえるって約束したんでな』

「デ、デモ…」

『流石に獣人を背負って帰ったら、混乱しそうだからな
 早く戻るためにも、人間に戻ってもらう
 なに、後頭部を軽く小突いて気絶させるだけだ』


「…ワタシハ…」


 アヤネは自分が戻ってもいいのだろうか、と迷っているようだ。
 自覚は無かったが、自分は獣人。
 今の状態を見れば、人類軍ではなく“破滅”の軍団だと思われるだろう。
 他の魔物達と同じように、“破滅”に影響されて暴れださないとも限らない。
 そんな事になったら、自分だけでなく機構兵団も苦境に立たされるだろう。


「…何を考えてるのか察しが付くが、どっちにしろ一度は戻ってくれ。
 偵察の結果も聞きたいし、透も色々と話したい事があるらしい。
 恨み言じゃなさそうだが、とにかく聞いてやってくれ。
 …そのくらいの義理はあるだろ?」


「…ワカッタ」


 そのくらいの義理では収まらない。
 しかし、大河の言う事も尤もだ。
 一応任務の途中だし、透が何か言いたいのなら聞かねばなるまい。
 彼の怪我の原因は自分だし、殺された所で文句は言えない、言わない。

 アヤネは黙って汁婆に背中を向けた。
 せめて痛くありませんように、と投げ遣りに祈る。
 汁婆が腕を振り回すのが、鋭敏化された聴覚で分かった。
 その後、ヒュッと風を切る音がして、鈍い衝撃が後頭部に突き刺さり…アヤネは気を失った。


 大河の治療により、透は一命を取り留める。
 が、まだ安心は出来ない。
 透とアヤネを連れて、すぐに戻って治療を受けさせねば。
 人間の姿に戻ったアヤネは後頭部にでっかいタンコブが出来ているだけで怪我はないが、検査するに越した事はない。

 汁婆は2人を体に括りつけ、バランスを調整する。


「それじゃ、落とさないようにな」


『分かってる
 大河、お前はこのまま戦場に戻るか?』


「ああ、あっちはまだ大丈夫だと思うけどな。
 …正直、ここにはあまり居たくない。
 なんかこう、精神的に圧迫感があるんだよ」


『それは俺も感じてる
 ここら一帯でな…』


 気味悪い、と言わんばかりに周囲を見回す。
 特におかしい所はないのだが、二人のカンに何かが訴えかけている。
 それはドムやタイラーが感じているのと、同じ感覚だった。


「とにかく、俺はもう行く。
 安全運転で行ってくれよ」


『手遅れにならない程度にな』


 汁婆は大河の手から応急処置セットを受け取ると、踵を返して走り去った。
 来た時は直線で来たから森を抜けたが、今度は一応舗装されている道を通る。
 極力揺れは少なくしたい。
 汁婆なら、五分もあれば充分だろう。
 後は看護兵に任せるのみだ。
 怪我人として運び込まれた透を見てミノリが錯乱しなければいいが。


「…俺ももう行くか」


 もう一度だけ、周囲を見る。
 得体の知れないプレッシャーに身震いして、大河は走り去った。


 走って戦場に戻ってきた大河だが、既に殆どやる事はなかった。
 元々魔物達の数も、それほど多くはない。
 ただ、討たれた魔物達が死屍累々と横たわっているだけである。
 大河は少しだけ気分が悪くなった。
 ここまで大掛かりな戦には、ネットワークに居た頃も参加した事がない。
 死臭と腐臭、そして怨念がこの一帯を多い尽くしているのが感じられた。
 ホワイトカーパスでは、ここまで強い怨念を感じなかった。
 移動しながら戦っていたし、一箇所で多くの魔物が死んだのではなかったからだ。


「…まるで毒の盆地だぜ…。
 いつまでもこんな所に居たら、気が滅入っちまう」


 無惨に切り刻まれ、叩き潰され、血を流して横たわる魔物達。
 自分もこれと同じ事をしているのだ。
 改めて見せ付けられると、大河は自分の手を重く感じる。

 戦の狂気が、呼吸と供に体に侵入してくるような気分。
 口の中に沸いてきた唾液を吐き捨て、大河は走る。
 誰か生きている人間の気配を感じたかった。


20日目 夕方 王宮 クレア


 クレアは自室で書類を書いていた。
 時折同じ部屋で緊張しているツキナに何か尋ね、また書き込む。
 V・S・Sに対する、強制捜査の書類である。
 ツキナから充分な証言が取れたし、イムニティの持ち帰った幾つかの幻影石は、V・S・Sだけでなく謝華グループに対する決定打になるものすらあった。
 だが、今は謝華グループ全体を相手にするよりも、V・S・Sを削るのが先だ。
 こちらの方から混乱の種を放り込んでやれば、謝華グループ会長のレイミ・謝華が呼応してくれるだろう。
 仮にミランダ・謝華の注意がそちらに向くなら、王宮から一気に攻勢をかける。
 逆に王宮にシッポを掴ませまいとするなら、レイミが行動する。
 両方一度に相手をしようと言うのなら、それこそ挟撃して押し潰す。

 厄介なのは、ミランダが開き直った場合だ。
 彼女の行動パターンを見るに、利益次第では本気で“破滅”に寝返りかねない。
 そうなる前に、実権を奪っておかねば。


「さて…そういうワケで、ツキナよ。
 お前は戦場に出た事になっている。
 無論、名だたるV・S・Sからの出向社員だ。
 重要な任務についている」


「はぁ…。
 別に、戦いに行ってもいいんですけど…。
 透もあっちに居ますから」


「却下だバカモノ。
 今のお主は、自分で思っている以上に不安定な状態にある。
 シュミクラムを着込んで戦場に出て、まかり間違って恐怖で錯乱でもしてみろ。
 どれだけ被害が出るか分かったものではないわ」


「……」


 バカにするような言い方にちょっと頭に来るツキナ。
 クレアがこのような言い方をしているのは、リコからの指示である。
 激怒させない程度に怒りの感情も思い出させ、精神の回復を計っているのだ。
 まぁ、それはともかく、クレアの言う事も尤もだ。
 いくら訓練を受けたとは言え、今のツキナはそれを発揮できる状態には無い。


「とは言え、V・S・Sを相手にお前の所在を隠すのは少々苦労しそうでな。
 戦場には向かってもらうが、実際の戦いの場には近付かない…という方式を取る。
 明日の朝一で、救世主クラスと供に前線へ向かうのだ」

「…ヤー」

「ヤだと?」

「いえ、そうじゃなくて…」

「冗談だ」


 つまらなそうな顔をするクレアを、一回ド突きたくなるツキナ。
 正直な話、彼女がアヴァターを治める選定姫アルストロメリアだというのがまだ信じられない。
 確かに能力はあるようだが…。


「そーゆー訳で、今からシュミクラムの状態の確認をしておくように。
 ルビナスが色々と弄っていたからな。
 相当なイロモノになっていると思ったほうがいいぞ」


「…わ、私の機体を勝手に弄ったんですか…?」


「ルビナス曰く、『ツキナちゃんが洗脳から回復してない時に、シュミクラムの解析の為に好き勝手に弄っていいかって聞いたらすぐ頷いた』との事だ。
 覚えてないのか?」

「お、覚えてない…」

(…捏造かもしれんな)


 本当に覚えてないだけかもしれないが、可能性は五分五分とクレアは踏んだ。
 まぁ、改造されているならいるで、何かしらのパワーアップをしている事だろう。

 先程も言った通り、彼女は前線へは近付かない。
 名目的には極秘の任務、実際には後方でオペレートを行なっているミノリと神経接続して動けないヒカルの護衛になる。
 戦況自体は優勢だし、余程のヘマをするか奇策を打たれない限り、ツキナに敵が接近する事はないだろう。


「あの、ところでクレア様。
 ちょっと相談があるのですが…」

「む? 給料の事か?」

「何ですぐにそっちに話を…?」

「相馬の女房役だと聞いたからな。
 てっきり財布の紐を握っているのもお前かと…」


 女房役とあからさまに言われて照れたツキナだが、それは一旦脇に退ける。


「救世主クラスの事なんです」

「…あの問題児達が?」


 問題だらけと言えば問題だらけかもしれない。
 色々と溜まっているのか、時々影でレズっているし、見かけたクレアは何度か引きずり込まれてしまった。
 …なお、レズっているのは未亜だけではない。
 カエデとベリオなど、遠征中にお互いを何度か慰めあって、目覚めかけているようだ。
 未亜とリリィも、テレカに書かれているようなレズシーンを普通に演じている。
 …Sが発動してない分、受け入れやすいらしい。
 クレアとイムは発動していた方が楽しめるのだが。
 ルビナスはエロい事はしてないようだが、それも単に機械フェチ実験マニアだから、そっち方面に割く時間が無いだけだ。
 イムニティとリコに至っては、「先にイッた方が負け」なんて勝負をしている。
 …随分と爛れていた。
 これも大河に関わった故か。


「…で、どうしたって?」

「はい…皆さんには色々と親切にしてもらっているのですが、一人だけ…」

「辛く当たってくるのか?」

「いえ、そういうんじゃないんです。
 イジメはありません」


 どっかの流暢に喋る鳥を連れた巨乳教師か?
 どうでもいいが、時守の環境では巨乳って一発変換できないな。
 誰かの怨念か? 陰謀か?


「では何だ?
 未亜が最近は自粛しているようだから、一般人に飛び火する事はないと思うが」

「…何の話をしているのかよく分かりませんが、その未亜さんなんです。
 どう言う訳か避けられてるらしくて…。
 まだ顔も合わせてないんです」

「…なるほど」


 ツキナが未亜のS性に反応する事を恐れて、顔を合わせまいと逃げ回っている。
 クレアも説明を受けていたから、それは理解できた。
 が、明日からはそう言う訳にもいかないだろう。
 ツキナが未亜に怯えない事を祈るばかりだ。

 ついでに言うと、未亜がツキナから逃げ回っているのは、ツキナの体に残された洗脳というかSMの痕跡を見たくないからでもある。
 未亜はレイミ・タチバナがやった責めを「複数の意味で話にならない、ダメダメ。ブブー」と効果音付で赤点を付けたが、自分も同じ事をやっているのだ。
 自分の醜さを突きつけられているようで、気分がよくない。
 正面から向き合わねばならないと思っていても、言い訳があるとついついそっちに流れてしまうのである。


「…そっちに関しては、特に問題は無い。
 未亜がお前を嫌っているのでもないし、どちらかと言うと親切心で顔を合わせてないだけだ」

「?」

「まぁ、今の未亜なら大丈夫だとは思うが…。
 一応言っておく。
 少なくとも、未亜がお前に対して何かをする事はない。
 コメディタッチならともかく、精神的に苦しめるのは基本的に好きではないからな」

「はぁ…」

「では、シュミクラムの整備に向かえ」

「はい、失礼します」


 ツキナは首を傾げつつも立ち去った。
 後には、書類を書き続けるクレアが残る。


「…仕掛けるのは、明日か…遅くても明後日だな。
 前線が一段落するまでにV・S・S方面を片付け、ツキナと相馬の居場所を確保しておかねば…」


 段取りは既に組み上げられている。
 問題は、どちらかと言うとその後始末である。
 V・S・Sにも洗脳を受けてない普通の社員は居るし、洗脳を受けている社員達も出来れば治してやりたい。
 どっちにしろ、何らかの手段でレイカ・タチバナからの指令が送られた時、いきなりテロ行為に走られても困るのだ。
 せめて何処かに隔離しておかねば…。

 レイカ・タチバナの処罰はどうする?
 極刑が妥当ではあるが、如何に選定姫と言えども、法には従わねばならない。
 形式だけでも裁判にかけ、判決を出さねばならない。
 ここら辺は裏から手を回して、最初から結論を決めておくと言う手もあるが…。
 または、永久禁固刑に処し、人知れず葬るべきか?
 永久禁固刑になった者には、どの道面会すら許されないのだ。

 クレアは名君ではあるが、それは決して潔癖を意味するのではない。
 少なくとも必要であれば、決して世に公表できないような手段を選択する事を否定しない。
 決して喜んで手を染める事はないが、そういう決断を他人にやらせるような事はしない。
 暗部を司るのは同じ暗部の役目だが、暗部でないからと言って目を逸らす理由にはならなかった。

 ツキナや透に処理を任せる?
 論外だ。
 他人に決断を押し付けるのはナシ。
 それに、あの2人では人を憎みきれまい。


「…どうしたものか…。
 ………いっそ、レイカ・タチバナを洗脳するか?」


 手段としては悪くない。
 だが、彼女以上に洗脳に通じている者はアヴァターには居ないだろう。
 当然、対処方法も彼女は持っている筈。
 道徳云々以前の問題で、却下。


「…精神的に叩きのめして、二度と妙な事を考えないように…出来るか?」


 難しい。
 未亜にでも任せてみようかと思うが、またSモードが多発し始めたら救世主クラスに本気で恨まれるだろう。

 ……結局、結論は極刑に行きつく。
 形はどうあれ、社会的のみならず彼女の洗脳の知識を葬らない事には、終わりは来ない。


「…いや待て。
 本当に、洗脳技術を持っているのはレイカ・タチバナだけか?
 謝華グループに、洗脳の技術は……?」


 あるだろう、多分。
 ミランダだったら、そのくらいは普通に使いそうだ。
 ひょっとしたら、レイカ・タチバナのように野心の強い人物がV・S・Sのトップに留まっていたのも、上にミランダが居たからかもしれない。
 単に現時点で敵対する気が無かったのか、それとも何かしらの思想が共鳴したか、互いに何かを提供し合っていたのかは別として。


「…しかし、ミランダの性格からして…普通の社員には使っておるまいな。
 足が付くし、何よりあの女は少数精鋭を好み、影から密かに手を回すタイプだ。
 V・S・Sの様に、大量の洗脳された社員を抱え込むようなマネはせん。
 …使うとしたら………?
 洗脳、洗脳…即ち…価値観の塗り替え、思考の制御…刷り込み…?
 そうか、クローンやハイブリッドに対する刷り込みに使っているのか」


 自我があるかどうかも怪しい空っぽのハイブリッドに洗脳を施し、狂信者を創り上げる。
 これはちょっと厄介だ。
 態々研究して作っているだけあって、その力は結構なモノがあるだろう。
 それが死も恐れず向かってくるとしたら、例えタイラー軍やドム軍でも苦戦は免れまい。

 と、その時扉がノックされた。
 どこと無く軽薄なノックの音。
 これはダリアのノックだ。


「入れ」

「失礼しますわぁ〜ん」

「うむ。 首尾は?」


 ダリアはクレアに命じられ、フェタオに連絡を付けていた。
 護衛は要らないと本人が言っていたが、何かあったら多勢に無勢だ。
 流石にちょっと心配していた。
 …どちらかと言うと、追い詰められたダリアが派手に動かないか、と。
 フェタオに大損害を与えてくれた日には、同盟どころの話ではない。

 問われたダリアは、ちょっと困った顔をした。


「それが、クーウォンは留守だったんですよ〜。
 何だか透君に話があるらしくて、最前線に。
 早ければ明日の朝には帰るそうですけど」

「相馬に?」


 そう言えば顔見知りだと言っていたが、何事だろうか?


「それでは、連絡は?」

「リャンっていうチャイナ娘に預けてきましたわ。
 その代わりに、ルビナスちゃんに何か許可証とか渡してくれって言われましたけど」

「許可証?
 今度は何をする気だ…?」


 リャンの記憶障害の対策であろう。
 上手く行くことを願うばかりだ。


「まぁいい。
 では、V・S・Sに対する攻撃の準備は…」


「今から整えて、明日の朝にクーウォンが帰ってくるとして…。
 明日の午後には準備オッケーになる予定だそうです。
 …ま、クーウォンが途中で止めるとか言い出さなければの話ですが」


「それは無いさ。
 それに、今から準備を進めているのなら、尚更止められまい。
 返って好都合だ。
 では、こちらも隠密部隊の準備をしておけ」


「はぁ〜い♪」


 ダリアはスキップしながら出て行った。
 筋書きは在り来たりなモノだ。
 V・S・Sを目の仇にしていたフェタオが、突然本社を襲撃し、レイカ・タチバナを人質に捕る。
 丁度その時にフェタオのクーウォンを発見し、尾行していた王宮の隠密部隊達。
 V・S・Sが襲撃を受けているのを見過ごす事も出来ず、様々な仕掛けをしながらクーウォン達を撃退…する際に、隠密部隊は奇妙なモノを発見する。
 それは資料かもしれないし、設備かもしれない。
 洗脳のための設備が妥当な所か。
 隠密部隊から連絡を受けた王宮は、襲撃を受けて体勢が崩れているV・S・Sに対して兵を動員。
 フェタオを撃退するついでに犯罪の証拠を発見、そのままレイカ・タチバナを捕獲。
 これが大筋だ。
 あまり細かい部分まで煮詰めても、失敗しやすくなるだけ。


「…明日、か…」


 クレアは書き上げた書類を見て、フン、と鼻を鳴らした。


20日目 夜 王宮 未亜チーム


 救世主クラスは、明日には前線へ向かう予定だ。
 それ故、色々と用意する物がある。
 怪我をした時の治療用の道具は勿論の事、サバイバルナイフや着替えが主だ。
 ナナシとリコがオヤツを持っていこうとしていたが、誰も止める者は居ない。

 強力かつ使い勝手のいい召喚器という武器を持っているため、普通の兵士に比べれば持って行く物は少ない方だ。
 まぁ、その分個人の趣味に走るのも…いいだろう、多分。
 が…。


「…ちょっと未亜、何よこの服…。
 アンタが着るの?」


「あ、それ?
 リリィさんのコスプレ衣装だよ」


「はぁ!?」


「原作でリリィさんとお兄ちゃんがデート…かな?
 した時に試着してた、女王様風ボンテージ。
 ネコシッポの為の穴も開けた、ハンドメイドの一品です!」


「…で、そんなのどうして持っていくのよ?」


「お兄ちゃんの事だから、再会したら戦場でも夜の営みを…」


「やるだろうけど…着ないからね?
 私は着ないからね!?」


「誰でも最初はそう言うのよねー」


 ホホホ、とリリィをからかう未亜だった。
 まぁ、リリィとしては大河を悦ばせる為に着飾るのはイヤではないのだが…流石に戦争中だろう?
 戦争中だからこそ、精神の安定の為に…という考え方もあるが。

 ゲッソリしているリリィだが、実はコスプレ衣装を荷物として詰め込んでいるのは未亜だけではない。
 ベリオもルビナスも、密かに勝負下着を詰め込んでいた。
 ちなみにカエデは手裏剣やら暗器やらを山ほど詰め込んでいるので、余計な衣装を詰める余裕がない。
 リコはいざとなったら召喚で呼び寄せるつもりだ。


「…でも、あちらにはユカ・タケウチが居るんですよね?
 大河君、彼女を放っておいてイタすでしょうか?」


「今更といえば今更でござるが…未亜殿の話を聞くと、妙に紳士的に接しているようでござるし」


 何処でナニするかも問題だが、まず間違いなくユカに行為の事がばれるだろう。
 大河に惚れているらしき彼女は、それをどう思うだろうか?
 嫉妬や疎外感、失恋の痛みを感じないと言う事はあるまい。
 だからと言って、彼女に気遣って自粛するというのも妙な話で。


「そもそも、対マスター対策として受け入れたい人材ではあるのですよね」


「少なくとも、ナナシ達が標的にされる可能性が減るですのよ」


 既に持っていく物は粗方詰め終わり、暢気に話し込んでいた。
 リリィはふと思い立つ。


「ねぇ、ルビナスは?」


「ルビナスちゃんなら、イムニティちゃんに見せてもらった書類を見て血相を変えてましたの。
 何だかシュミクラムの設計図を引きずり出して、調べ物をしてるみたいですのよ」

「ルビナスが…血相を変える?」

「…ヤバい装置でも詰め込んだでござるか?」

「今更でしょう」

「いや、元々あった安全装置を削っちゃったんじゃないの?」


 口々に不安を吐く救世主候補達。
 ルビナスと脳がシンクロしているナナシには、それらはどれも違うように思えた。
 ルビナスは慌てている上に、何やら怒っているようだったからだ。
 ナナシには分かる。
 あれは本気の怒りだ。
 あれほど怒ったのは、復活してからではダウニーにチェミック(試験管)を破壊されて以来である。


「ナナシちゃん、ルビナスさんの荷物は?」


「殆どナナシが詰め込んでるですの。
 後は工具を幾つか…。
 そっちはルビナスちゃんが持ってるですの」


「そう。
 もう準備は完了って事ね。
 ……ねぇ、話は変わるけど…あのリャンって子」


「ああ、フェタオの」


 ベリオは顔を顰める。
 リャンは良い子だとは思うが、テロと言う行為にどうにも嫌悪感を抱いてしまう。
 何故彼女はテロ組織に所属しているのだろう?


「あの子の手術、どう思う?
 いくらルビナスでも、脳の手術でしょ?」


「余計な事はしないと思いますが」


 そっちの心配か。
 いや、そっちも心配だ。
 が、リリィが心配しているのは、純粋に成功するかどうかである。


「保護者からはOKを貰えたそうですの。
 …でも、明日からルビナスちゃんも前線ですの…。
 治療は先になりそうですの」


「それまでに、もっと安全な方法を見つけたいですね…。

 ……あのさぁ、そもそもどうしてあの子は記憶が消えるんだい?」


 唐突に出てきたブラックパピヨン。
 最近暇だったのだろうか?
 それにしては、ベリオはブラックパピヨンが何やら悩んでいるような気がしていたが…。
 ベリオはそれに戸惑っていた。
 2人は別人ではあるが、互いに隠し事などまずしない。
 ベリオがブラックパピヨンを認めていなかった時はともかく、情報や経験は全て2人で分かち合っていたのである。
 そのブラックパピヨンが、何故隠し事をするのか。
 悩みを打ち明けてくれないのか。
 ブラックパピヨンが、独立した人格に変質するための変化に、ベリオは戸惑っていた。

 ブラックパピヨンの疑問に、リコが答える。


「ルビナスの話では、脳に外部からの干渉があると推測されているそうです。
 その干渉を取り除けずとも、干渉された後にすぐ復元してしまえば、原因に関わらず問題を解決できる、と。
 …ですが、やはりルビナスも極力脳に関する手術は避けたいようです」


「何故でござるか?
 ルビナス殿なら、嬉々としてやりそうでござるが…」


「余計なリスクを犯すのは、彼女の流儀ではありません。
 危険に晒されるのが他人であれば尚更です。
 彼女は昔からそうでした」


 リコが過去を懐かしむような発言をするが、途端に一同は半眼になった。


「…他人の私達、思いっきり実験台にされてない?」

「身内にはいくら迷惑をかけてもいい、と言うのも流儀だそうです」

「そりゃ困った事があったら頼れって意味でしょーが!」


 リリィ、裏手突っ込み。
 リコは溜息をついた。


「とは言え、これも仕方のない事ではあるのです。
 …リリィさん、召喚器の使い手はヘンな人ばかりだと思った事はありませんか?」


 現在進行形で思っている。
 その『ヘンな人』に自分も入るかどうかは微妙である。
 …一応、彼女は救世主クラス一の常識人ではある…のだろうか?


「召喚器とは、細かい理屈は省きますが根源の力を汲み上げ、それを使い手に供給するモノです。
 使いこなせていない今でも、僅かずつではありますが、その力を受け取っています」


「まぁ、それは知ってるわ。
 …でも、それが何か?」


「根源の力は、ヒトの手で奮うには少々強すぎます。
 力を受け取る際に、徐々に使い手の精神が侵食されてしまうのです」


『!?』


 思わず腰を浮かせる救世主クラス。
 が、リコは落ち着き払って座らせた。


「心配しなくても、人格が崩壊したりする事はありません。
 これからずっと召喚器を使い続けたとしても、精々年老いた時にボケが始まるのが1年早くなるかならないか程度です。
 そもそも、受け止めきれない程の力は召喚器の方でカットしますから」


「そ、そうでござるか…。
 ふぅ、びっくらこいた…」


 冷や汗を拭うカエデ。

 実の所、リコの話は半分くらいはウソである。
 根源の力が強すぎ、それが人間の精神に影響を及ぼすのはウソではない。
 多少ではあるが、その精神が消耗していく。
 それを補い、回復するのが召喚器だ。
 その回復方法に問題がある訳だが、この場では割愛する。


「とにかく、召喚器の力は使い手の精神に多少ではあるけど作用するのです。
 ルビナスは、千年前にもずっと召喚器を振るって戦ってきました。
 その使用した力の累計は、私達など遠く及ばないでしょう」


「…それだけ精神に負担を受けて、歪んじゃったって事?」


「恐らく。
 元々マッドの素質があったのは否めませんが」


 一同、召喚器を手放すべきか真剣に悩んだ。
 特に未亜の言動を見ていると、彼女のS性は召喚器に助長されて徐々に強くなっていったのではないかとさえ思える。
 現に、未亜が本格的にサディストと化してきたのは、彼女が「召喚器の力が強くなっている気がする」と言っていた頃だ。


「…?
 ちょっとリコ。
 アンタ、どうしてそんな事知ってるのさ?
 前から思ってたけど、救世主や召喚器の話にやたらと詳しいし…。
 ルビナスの事だって、その話が本当だとして…千年前の事だろ?
 どこで知ったのさ?」

「…あ」

(リコちゃんのおバカ…)


 しまった、と言わんばかりのリコと、内心で頭を抱える未亜。
 別に今更隠し立てするような事でもないのだが…救世主の事を話さなければいいだけで。
 しかし、ここまで隠したままだった為に話すタイミングが掴めない。

 ギラリとブラックパピヨンの目が光る。
 元々怪盗、他人様のモノを盗み出したり秘密を暴いたりするのが彼女のサガ。
 久々に面白いモノを見つけた彼女は、それこそスッポンの如く食いついてくるだろう。
 逃れる程の話術は、リコには無い。

 他の面々も同じ疑問を持ったのか、ブラックパピヨンを止めようとしない。
 頼みの綱の未亜は、頭を抱えてブツブツ言っていた。


(くっ…こ、こうなれば…)

「それは…」

「それは秘密です、なんて言ったらアンタ救世主クラスのパシリ決定だからね」

「うぐっ!?」

「さぁリコ、言ってみな?」

「…お」

「お?」

「お腹が空きました」

「……あん?」

「私を満腹にしてくれたら、話してもいいです」

「…ほほう、ソレほどまでに話したくないと」


 事実上不可能な条件を出してまで。
 リコを満腹にしようと思ったら、王宮の財政が傾きかねない。
 本気で。
 が、これが返ってブラックパピヨンに火をつけたようだ。

 静かに睨み合うブラパピとリコ。
 2人の間に火花が散る。
 どうにもリコは頑として話さないつもりらしい。
 …まぁ、内心では「満腹になれるなら話してもいいかな」などとちょっとだけ思っているのだが。

 と、そこへ一人の兵士が走ってきた。


「お邪魔いたします!
 こちらに救世主候補生、ベリオ・トロープ殿はいらっしゃるでしょうか!」


「あ、はい私です。
 …リコ、先程の話はまた後で…」


 ブラパピとベリオが素早く入れ替わり、兵士に向き直った。
 兵士は敬礼し、


「最前線のドム将軍と当真大河殿から、援護要請がありました。
 予定では明日出発の予定でしたが、ベリオ・トロープ殿は今すぐに出発していただきたい、との事です」

「…私だけ、ですか?」

「はっ、名指しで伝達が来ました」


 首を傾げる。
 今から出発するのは構わないが、何故ベリオだけ?
 贔屓されているようで、未亜が少し拗ねた表情をする。
 勿論、最も危険な場所に送られるというのは理解しているのだが。


「分かりました。
 では、荷物を持って馬車庫へ…」


「いえ、迎えは城門に来ております。
 …まぁ、その、とても驚くと思いますが…害はありませんので」


「? よく分かりませんが、わかりました。
 ではみんな、先に行って大河君との逢瀬を楽しんできます」


「魔物と一晩戦ってろー!」


 リリィがナナシのリュックから一つお菓子を引っこ抜いて、ベリオに投げつける。
 笑ってそれをキャッチし、懐に仕舞い込んだ。
 …ババネロと書かれていたのだが、ベリオは結局食べるまで気付かなかったと言う。


 ベリオを見送り、ナナシは首を傾げる。


「どーしてベリオちゃんだけ?
 ナナシもダーリンの所に行きたいですのぉ」


「あと一晩の我慢よ。
 辛抱なさい」


「…それにしても、実際どうしてベリオ殿だけ呼び出されたのでござろう?
 師匠が個人を呼んだからには、何か理由があるでござるな」


「そうね。
 特に理由が無いなら、私達全員を呼ぶはず。
 …ベリオの能力が必要になったって事かしら?」


「ベリオちゃんのスキルですの?
 ……集中、閃き、愛、魂、幸運、友情、鉄壁…。
 未亜ちゃんだったら覚醒がついてますの。
 それからメガネにきょにゅーに委員長に」


「ナナシ、それくらいにしときなさい。
 それスキルじゃないから。
 …実際の話、ベリオはリアルで鉄壁を持ってるわね?」


「結界の事?
 …でも、それってこの場合必要なのかな?
 戦況は有利らしいし、結界の使い手ならあっちにも居るでしょ?」


「となれば、治癒能力でござるな。
 ベリオ殿ほどの癒し手は、そうそう居らぬでござる」


「…つまり…誰かが大怪我をしてるですの!?
 しかも、ダーリンの友人とかが」


「「「「!!!!!」」」」


 可能性は大きい。
 思わずベリオを追う。
 大河が怪我をしたのではないだろうが、それに近い人物…例えばユカ・タケウチに何かあったのか?
 セルという友人を失った彼女達は、そう思うと居ても立ってもいられなかった。

 ドタドタ足音を立てて走る未亜達。
 何事かと目を向けられるが、救世主候補達が騒ぎを起こすのはいつもの事だ。
 宮殿の人間も、既に慣れている。


「ちょっ、ベリオさん!」

「はい?」


 廊下を歩いていたベリオは、振り返って目を丸くした。
 一体何事?


「な、何かあったんですか?」

「あ、あったと言うか向こうであると言うか…」


 リリィらしからぬ不明瞭な発言に首を傾げる。
 正直、走ってきたものの何を言ったらいいのやら。
 えーと、とパクパク口を動かす。


「…よく分かりませんけど、急ぎの用件らしいので…。
 門に向かいながらでもいいですか?」

「あ、うん…」


 ゾロゾロ連れだって歩くが、これまたいつもの事だ。
 リリィ達は息が切れて、話すのも少々辛そうだ。
 平気そうなナナシとカエデにベリオは聞く。


「それで、どうしたのです?」

「いや、ベリオ殿が必要とされると言う事は、十中八九向こうで怪我人が出たと言う事でござろう?
 しかも、わざわざ救世主候補を呼び出すと言う事は恐らく重要な人物。
 なおかつ、師匠自身もベリオ殿を指定したとあらば…」

「…また、セルちゃんみたいに誰かが死んじゃうんじゃないかって、不安になったですの…」

「…!
 ……大丈夫ですよ、きっと助けて見せます。
 救世主候補の力は伊達ではありませんよ…」


 ベリオも少々硬い顔になって、己に言い聞かせるように呟いた。
 学友を失った傷は、まだ癒えていない。
 自分に全てを救える力が無い事を、傲慢を承知で嘆く。
 改めて、ベリオは救世主となって“破滅”を打ち払う事を決意した。


(…いえ、違いますね。
 例え救世主になれずとも、救世主のサポートをして一人でも多くの人々を救いましょう。
 それが、私の生きる意味ですから…。
 …大河君を除けば)


 …結局、ベリオも欲望に素直だったりする。


「ま、安心してください。
 実を言うと、私も最近召喚器の力が上がってきているような気がするんです。
 腕が千切れてるくらいなら、何とかくっ付ける事もできますよ。
 医療の知識も多少はありますから」

「な、生々しいわ…」

「…まさかとは思うけど、ブラパピさんって召喚器に助長された人格じゃ…」

「いえ、あの子はアヴァターに来る前から居ましたよ。
 …さて、そろそろ門です。
 では…行ってきます。
 また明日」

「明日会うんだと思ったら、悲壮感ってモノがカケラも無いわね…」


 苦笑いして見送るリリィ。
 まぁ、それでも門までは見送ろうと付いていく。
 そして……彼女達は未知と遭遇する。

 そう…。


「「「フオオオおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!?!??」」」
「う、馬!? これは馬でござるか!?」
「お家(墓場)にもこんなお馬さんは居なかったですの」


 ベリオを迎えに来ていた、UMAこと汁婆と。


「な、なんで大河が一名だけ指定したか分かったわ…。
 この謎のイキモノに乗って来いっていうのね?
 イヤガラセ?
 イヤガラセなの!?」


「た、大河君ーーーー!!!」


『ギャアギャア言うな
 準備はいいな?』


「人語を解するーーー!?」

『うるさい、一刻を争うんだ早く行くぞ』


「ああっベリオさんが攫われた!
 キッドナップだーヘブッ!?」

『人聞きの悪い
 ホレ、身分証明書』


「え? なになに、普通乗馬免許…乗馬?
 一応馬なのに!?」


『ウマがウマに乗って何が悪い
 大河は大して驚かなかったぞ』


「ダーリンは特別ですのぉ!」

「師匠の神経を基準に考えてどうするでござるか!」


『うるせーなぁ
 とにかくもう行くぞ
 俺の事が怪しいなら、アザリンにでも聞け
 じゃあな』


 …今日の王都の夜は、少々騒がしいようだ。


 数分後。
 騒がしい城門に、ルビナスが注射器片手に現れた。
 何に使うのか、言うまでもない。


「あーもう、うるさいわねぇ…。
 ダーリン分が足りなくて、ただでさえイライラしてるっていうのに…。
 それでなくても…。
 で、どーしたのよ?」


 ワタクシ怒ってますと主張しながら、ルビナスは未亜達を睨みつける。
 が、当の未亜達は呆然として空を見上げたままだ。
 首を傾げるルビナス。
 彼女が注射器とかメスとかを持って話しかけたり笑いかけたりすれば、大抵は何かしらの反応(恐慌)を起こすというのに。


「…何があったの?」

「…未知との邂逅…。
 ナナシさんの記憶から読み取ってみるのがいいのでは」

「?」


 リコが動揺しながらも、ルビナスに言う。
 この驚きを彼女にも、と策略したのだろう。

 が。


「あら、汁婆じゃない。
 えらく懐かしいのが出てきたわね」

「し、知り合いなんですか!?」

「本人じゃないわよ。
 千年前の旅で、ソックリなのを見た事があるのよ。
 アルストロメリアがヤケに気に入ってたわね。
 夕日を背後にド突き合って、最終的には好敵手になってたっけ。
 いやぁ、汁婆の飛燕連脚は芸術的だったわよ。
 アルストロメリアのボディブローからパイルドライバーに繋げる連携も、最高のキレを誇っていたわ。
 ロベリアとミュリエルが、飼い主に謝り倒してたっけ。
 …多分、王宮の倉庫あたりにその時の映像を納めた幻影石が残されてるでしょ」

「どんな旅してたんですか!?」

「血煙ブラリ首珍道中。
 ちなみに汁婆と殴りあった理由は、馬刺しにしたいからとか何とか。
 いえ、汁婆に汁を吹きかけられたからだったかしら?」

「…吹くんですか、汁…」

「いえ、汁婆が世話になってたお婆さんが吹いたの。
 あれは…ホワイトカーパスだったかしら」


 過去のホワイトカーパスは、一体如何なカオスだったのだろうか。
 救世主の実態よりも謎だった。


「で、ベリオちゃんが居ないけど?」

「汁婆ちゃんに連れられて、一足先に行っちゃいましたの。
 ダーリンのお友達に、怪我人が出たみたいで」

「そう…。
 私達には祈るしかないわね」


 アッサリ言い切るルビナス。
 薄情と言えば薄情だろうが、全くもってルビナスの言うとおりである。
 出来る事など、何も無い。
 汁婆に追いつく程の足が無い以上、追いかける事もできない。


「…じゃ、今日はもう寝ましょ。
 ああ、夢に見そう…」


 未亜が呻く。
 平常モードの彼女にはキツかったようだ。
 それぞれノロノロと動き出し、寝室に向かう。

 その途中、ルビナスが軽い口調で言う。


「ああ、そうそう。
 言い忘れてたけど、私の出発はちょっと遅れる事になるからね」


「? なんでよ?
 と言うか、“破滅”が始まってから、ルビナスってずっと王宮に篭りっぱなしよね」


「まーね。
 ただ、ちょっとやっておかなきゃいけない事があるのよ。
 遅くても、半日遅れで出発するからね」


 それだけ言うと、ルビナスは追求を避けるように軽い足取りで歩き去った。
 …ただ、どうにもフラフラしていて頼りない足取りだったが。


「…何か無茶してるわね、ルビナスさん」

「そのようね。
 …ナナシ?」

「よく解からないですのぉ。
 ただ、ナナシとルビナスちゃんの予備の体とシュミクラムを並べて何かしてましたの」

「予備の体まであったのでござるか…」


 ルビナスの事だから、ダース単位で確保していてもおかしくない。
 どっかの封印指定みたいに、一つ目の体が破壊されたら二つ目の体に意識が移るとか?
 いや、あの人は単に同じ精神を持っている別物が動き出すだけだったか?


「ルビナスは怒っているのでしたね?
 そしてシュミクラムと並べていると言う事は…。
 恐らく、V・S・S絡みでしょう。
 ツキナさんかイムニティから得た情報に、何か危険なモノでもあったのでは?」


「そう考えるのが妥当ね…。
 でも、そっち方面は私達じゃ役に立てないわね。
 ま、今日はもう寝ちゃいましょ。
 汁婆に連れ去られた哀れなベリオに祈りを捧げて」


「それでは総員、黙祷…」


 目を閉じて、南ー無ーと唱えながら両手を合わせる一同だった。
 …汁婆が彼女達の夢に出てきたかは、知る由もない…と言うか書くまでもない。


20日目 夜 駐屯地 大河


 魔物達の襲撃もほぼ治まり、兵士達は休憩時間に入っている。
 それぞれ食事をしたりひたすら眠りを貪ったり道具の手入れをしたり、過し方は様々だ。
 機構兵団チームには、暗い雰囲気が漂っていた。
 偵察に向かった透は命に関わるほどの大怪我だったし、一緒に居たアヤネは俯き黙して語らない。
 経験の浅い機構兵団チームは、精神的にガタが来ていた。
 無理も無い。
 ちなみに透のシュミクラムは、何とか見られる程度には修理されていた。
 カイラと洋介がやったのである。

 そんな中、大河は一人で人気の無い森の中に来ていた。
 クーウォンが透を呼び出した森だ。


「…クーウォン、ちょっといいか?」

「…君が来るとは予想外だったな」


 大河の呼びかけに応え、クーウォンが森の暗がりから現れる。
 相変わらず生真面目で仏頂面だ。


「透君は?」

「ちょっと動けない状態でな。 
 あの状態で一人でここに来て、クーウォンに襲われてケツでも掘られたら目も当てられんだろ。
 俺もちょっと人事じゃないし」

「私にそんな趣味はない!」

「じゃあチャイナ服のコスプレとかが」

「リャンの事を言っているなら、彼女は単に動きやすいから自分で着ているだけだ!
 そもそも自分で言うのもなんだが、私はソッチ方面の欲求はあまり強くない!」

「…そりゃ詰まらん生き方してるな」

「そうでもないぞ。
 異性以外にも、楽しい事は色々あるしな。
 …同性は断固として楽しくないが」

「それを聞いて安心したよ。
 あんな顔してこんな所に呼び出すんだ。
 告白かと思ったぜ」

「あのな…。
 ……まぁいい。
 実際の所、私は過去に受けた洗脳のお蔭で、性欲やら食欲やらが上手く動いてないようでね。
 寝るのも食べるのも、全て自分で意識せねばならないのだ。
 空腹を感じないから、時々食事を忘れて倒れそうになる。
 男としては情けない限りだが、ぶっちゃけ勃っても欲求というものを感じないのだ。
 ま、これはこれで便利だが」


 苦笑するクーウォンだが、テロリストとは言え人の上に立つ者が健康管理も出来ないのはどうかと。

 大河はクーウォンが洗脳を受けたと聞いて、それがV・S・Sに弓引く原因になったのだろうな、と推測した。


「で、どうする?
 透と話す事くらいなら出来るぞ」

「…つまり、それ以上の事は難しいほど重症と言う事か…」

「あと一時間もすれば、汁婆が王宮からベリオを連れてくる。
 遅くても明日の午前には、日常生活が送れる程度には回復しているはずだ」

「……」


 クーウォンは腕を組んで考え込む。
 今から話しに行くべきか否か、そして大河が言っている事がどこまで真実か。
 同盟を組んでいるとはいえ、無条件に相手を信用するほどクーウォンは素直でも純朴でも阿呆でもない。
 しかし、この場で大河がクーウォンに危害を加えても意味が無いのも事実。
 クーウォンを人質として抑え、フェタオに服従を迫る?
 無駄だ。
 いつ反乱を起こすか解からないし、何よりクレシーダ王女は暴力による解決方法が如何に非効率的か知っている。
 なら、テロリスト捕縛により大河が手柄を手にする?
 バカな。
 彼は俗物ではあっても状況判断が出来ている。
 例え上官に命じられたとあっても、適当にクーウォンを逃がすだけだ。


「…それとな、明日からは手引きする時間を作れるかも怪しいぞ。
 何だか知らんが、ドム将軍やタイラー将軍が妙に緊張してる。
 とんでも無い代物が来るかもしれん」


「…分かった。
 どの道、私も時間があまり無いのだ。
 透君と話させてもらいたい」


「オーケー。
 それじゃ、昼みたいに兵士の格好でな」


 クーウォンは森の暗がりに引っ込み、鎧を着込む。
 どうでもいいが、顔を隠しているので視界が制限されているだろう。
 その状態で夜の森を普通に歩けるのだから大したものだ。


「これでよし。
 …ところで、透君は何故重症を?」


「…偵察に出たらシュミクラムが故障した…んじゃないな、アレは…。
 ドジって崖から落ちたらしい。
 俺も現場に行ったんだが、得体の知れない圧迫感が渦巻いてたぜ」


「…なんだと?」


 クーウォンの目が鋭くなる。
 大河は振り返り、クーウォンを睨みつけた。


「何か知ってるのか?」

「…確かではないが、心当たりはある。
 その件も含めて、透君に話そう。
 不愉快極まりない話だと思うが…」


「…そうか」


 話すと言うなら、今ここで聞きだす事もないだろう。
 …しかし、透は大丈夫だろうか?
 怪我の事は治療のメドが立っているからいいとしても、アヤネの事が問題だ。
 心を許しかけ、情が移ったアヤネが親友の仇。
 復讐の炎は徐々に小さくなっていったようだが、まだ消え去ってはいない。
 これを切欠に、再燃する恐れがある。


「さて、どうなる事か…」


 大河の直感が告げる。
 何かが迫っていると。
 そして、それは翌日にでも実体を持って現れそうだった。


 …どうでもいいがクーウォン、何故鼻メガネをかけたままなのだ。




時守です。
文化祭まであと一ヶ月切りました。
でも誰も何もしてないし、纏め役の友人が死ぬほど苦労しています。
南無ー。
ま、一応作ったゲームのデータは渡してるから、時守のノルマは終わったって事で…。
むぅ、本部と学科は随分違うなぁ…。


それではレス返しです!


1.そうし様
実際本気で危険ですねぇ…。
二人揃って、世界を脅かす程のブラコンですし…。
この二人がガチンコバトルするような事になったら、余波だけで“破滅”も人類も吹き飛びそう…。


2.ショウゴ様
執筆頑張ってください!

リヴァイアサン=マイナスの赤の力…という事になってますが…。
レベリオンの原動力…アレだけ大きな力なら、100発200発くらいは軽く撃てそうです。
あー、本気で星の形が変わりそう…。


3.パッサジョ様
同一存在にしたはいいですが、これを活かしたネタが無いという有様ですw
ルビナスの報告書は、最初は普通にレポート形式だったのが、途中からルビナスが自己陶酔入り始めて、最終的にはかつてアヴァターで使われていた古語(まず読めません)を使って何やら論文形式になっています。
これを要約したミノリに脱帽です。

うーん、ここで美味しく頂かれるというのもよかったのですが…やはりレースは同等の位置から、ヨーイドンで初めてもらおうかとw


4.神竜王様
透君は確かに貧乏になってますが、どう考えても人災でしょうw

仇に肉な意味で食われては、仇討ちどころじゃないでしょうねぇ…。
…それにしてもアレです、やはり虎の獣人じゃなくてヒョウの獣人にすればよかったでしょうか。
そうすれば、リリィとミュリエルでヒョウのトリオが…。
いや、今からでも肉食獣トリオという事で…。

目に付く矛盾が無くて、ホッとしました…。
細かい部分の設定など、時守も忘れたりワケが解らなくなってますから…(汗)


5.悠真様
透にあるのがFLIP*FLOP…とは言っても、中々使い所の難しい能力ですねぇ…。
自分の内面世界にのみ作用する能力ですし、召還器のように攻撃には転用できないし…。
ここは一つ、ルビナス辺りに頑張ってもらおうかなぁ…。

普通に透がトレイターや大河に触れても、同調は出来ません。
大河とトレイターが同調し、なおかつ力の流れを認識しやすいように、パスを表に出していたから同調してしまった…と解釈していただけると助かります。
うーむ、脳のリセット機能で…神…という事は…“破滅”は神のリセット機能が発動した影響かな?

シュミクラムの部品のみでも一応戦えますが、如何せん動力炉と切り離されてしまえば、持続時間が殆どありません。
機動は時間限定ながら可能、と。


6.アレス=アンバー様
現在では不幸EXでしょうねぇ…。
まぁ、大河の同一存在なんだし、開き直ってしまえば…w
それはそれで別の意味で不幸な気もしますが。

意外に(?)シリアスな展開になってる透とアヤネ。
もし喰っちゃってたら…アヤネに『ウブなネンネじゃあるまいし』とか言わせてたかもしれないなぁ…。


7.イスピン様
メルブラの方すか!
いや、その口調で言われればオーガの方を連想しますよ…最近やってませんし…。

武器システムはともかくとして、デュエルの方にも人数に応じてルートが開くシステムはあったと思いますよ。
ベリオorカエデクリアで、リコorナナシ、それもクリアでリリィor未亜。
全部クリアしてればクレア様orハーレムルート、だったと思います。

しかし…見事なコンボ作りましたねぇ…。

ひかるがお気に入りですか。
気持ちはよーく解ります。
何というか、憐とは別の意味で無垢なタイプですね…少々ストーカーの毛があるようですがw

そんなにピンクがご所望ですか…。
今回は流れましたが、その内アヤネに(故意に)襲わせてみようかなぁ…。


8.YY44様
申し訳ありませんでしたあああぁぁぁぁ!!!!
レスの名前をミスするのは、レスを送ってくれた人に対する最大級の無礼だというのに…。
切腹させていただきます!

残念、切腹!
ザクリ


…腸が転げ出てますが、まぁ気にせずに。
リリィもアヤネもツンデレですしねぇ。
しかし…全員が全員同一存在というのも不自然ですし…。
まぁ、仮に全員同一存在だったとすると…。

ミノリ=ベリオ  メガネと後半の出番の無さ
アヤネ=リリィ  ネコ科だから
ツキナ=リコ?  主・透が決めたら、基本的に逆らわないから?
リャン=カエデ? 頭の軽さ
ヒカル=ナナシ? 無垢っぽいから
 憐 =未亜   言わずもがな

かな?


9.カシス・ユウ・シンクレア様
いやいや、そういう専門的なヤツじゃありませんて。
FLIP*FLOPに関しては、次で説明が出る予定です。

ユカの冗談は、いつか実現させてあげたいですねぇ。
しかし、どうして彼女はこんなに書きやすいんだろう…きっとキャラに毒が無いからだw
透もねぇ、開き直って大河みたいに行動すれば、修羅場も充分回避できるでしょうに…まぁ、そうしてもらっちゃ面白くないですが。

透は何とか食われずに済んだようです…今はw


10.陣様
リアルで大変そうですなぁ…。
でも楽しみにしているアニメは見る、と。
うん、常識ですねw

自爆装置やファンネルが楽しかったですか。
なら次はハイパーメガ粒子砲かな…サテライトはマスク・ド・クルーゼでやったから…。


11.竜の抜け殻様
そろそろリヴァイアサンが出る頃ですが…また物語が停滞しそうです。
クーウォンの昔話で、一話使い切りそう…。

デュエルとバルドのヒロイン達の関係、どうしようか悩んでいます。
あんまりゴチャゴチャと関係があっても把握しきれないし…。
どうしよう?


12.ナイトメア様
何やら大変そうで…お体に気をつけてください。

確かに、○姦でも孕ませたからには責任を取らねばならないでしょうが…それって、逆レ○プでも成立するのだろうか…。
透の子供ですか?
…本人、割と常識人ですよねぇ…?
そりゃ精神的に未熟な部分もあるし、死の危険をロクに感じずにハッカー(幻想砕きでは盗賊)なんかやってましたが、どうにもはっちゃけない…。
…でもその分、周りの女性に振り回されるw

さて、今回の電波ですが…。
改めて見回すと…何処に“破滅”が居るとw
そりゃ確かに西博士はある意味それだけで“破滅”ですが、こうまで平和だと“破滅”って単なる御伽噺だったのでは、とさえ思えますね。
まぁ…改造された無道をどう扱うかは本気で問題ですが…。
外見はどうあれ、中身がなぁ…。
シェザルは遠い世界に逝ってしまったようだし…しかし、カレーって地名の方ですよね?
食料の方の上に降り立った日には、本気で空の弓に殺されますぜ。


13.神〔SIN〕様
今回は楽に済ませたようで…しかしきっちり苦労する朝倉に敬礼!
原作では引っ掻き回すだけ引っ掻き回すタイプだった故に、この程度の(とみんなで言い切ろう!)トラブルに巻き込まれただけで涙目w
ま、因果応報ってヤツですね、巨乳No.4さん。

絶対零度の海を裸で泳ぐ…無道さん、アンタひょっとしてガ○マ団の特戦部隊に所属してたりしません?
今のアンタなら、某○統領の息子と親友になれそうなんですが…。
あ、そうなると褌ストーカー侍と新選組にダブルで追いかけられるな。
さらにあの、汁婆とタメ張りそうなUMAにも目をつけられ…哀れw

それとシェザル、アンタに友達が居ない事には全く疑問を抱きません。
…シェザルと無道で必殺仕事人か…。
……まともに機能するか、或いは仕事が入るのかという疑問はさておいて…案外面白そうですね。
でも…
「そんなのに就職した覚えはねェェェェヨォォォォォ!」By巻き込まれた上、事後承諾の無道


14.舞ーエンジェル様
ゴメンなさい、アヤネは顔まで変わっています。
2足歩行ではありますが、人間の形は殆ど失っています。
あと、肉球はあるけど指はちゃんと5本あります。
いや、だって仕方ないでしょう!
そりゃ顔とかは元のアヤネのままの方が萌えるに決まってますが、透と初めて会った時、つまりユーヤを殺した時に人間形態の素顔が解るような顔してたら、初対面で修羅場通り越して殺し合いですよ!
ストーリー上どーしようもないですって。

ネットワークに関しては、最後の最後で謎が明かされる予定です。
何故幹部達が魔王を名乗るのか、どうやって願いを叶えているのか、またその目的など。
これは幻想砕きのストーリーにかなり深く関わってきます。
…でも、終盤までネットワークの設定を覚えている人がどれだけ居るか不安です。
個人的には、まだ半分に到達するかしないかなのに…ああ、完結どころかクライマックスも遠い!

脳の手術を受けているのも何人か居ます。
まぁ、その辺は次回のクーウォンの語りで…。

戸籍上の年齢はともかく、精神的な年齢で言えば確実に大河の方が上ですよ。
ネットワークで30年くらい余分に生きてますから。

確かに…バルド組のハジケが無いですねぇ…。
どーも小さく纏めてしまって困っています。


15.なな月様
たった2週間で…ううっ、涙が枯れて出てこねぇや…。

バルドを放っておいた天罰…。
例え天上に神が居なくても!
我らには信ずる神が居る!
例えそれが幻であろうと、空想と言われようとも!
我らの心の中にははっきりと!
そう!
萌えと燃えとアニメとゲームと酒の神が居るのだああぁぁぁ!!

同一存在って事については、そこまで深く洞察してなかったんですが…。
これもアノ世界観に迂闊に手をだした報いか。
同一存在が世界移動者になると…って、確かGPMのニーギの同一存在は、式神の城の光太郎の後輩(男)だったような…。
ニーギはとっくに世界移動存在になってたでしょうし…何故?

成る程、透が受けで、大河が責めですか。
それこそ同人少女が喜びそうな性質ですw

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