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「霊能生徒 忠お!〜二学期〜(十二時間目)(ネギま+GS)」

詞連 (2006-10-23 02:00/2006-11-06 00:25)
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 菅原道真
 太宰府、北野天満宮に学問の神、雷の神として奉じられているのは有名だが、それと同じだけ有名な側面を持っている。
 京の怨霊…崇徳上皇、平将門らに並ぶ強大な怨霊としての面だ。清涼殿への落雷を筆頭に、自分を大宰府に左遷させた藤原氏に連なる者たちを次々に取り殺した。平将門の乱、藤原純友の乱も道真が招いたと言われている。
 神道系最強の力である雷を操る最強の悪霊。
 それが京の怨霊、菅原道真だ。


「我が名は菅原道真。京の怨霊とでもいえば、聴いたことがあるかな?」

 道真は、目の前に立つ小さな影を眺める。木で出来た杖を持ちこちらを見ている少年を見て、道真は嘲笑を浮かべた。

(ふん、怯えておるわ)

 無理もないだろうと道真は思う。毛等の方術など、天神たる自分に叶うはずもない。
 道真は、立ち竦んだまま目の前の少年は動けぬだろうと侮っていた。だからこそ、少年が口を開いたことに驚いた。

「あ、あなたは…」
「んん?」

 少年―――ネギは道真から目を離さず、はっきりとした口調で言った。

「あなたは―――


――――――どちら様ですか?きょーのおんりょう、って?」

 日本最大の怨霊は、文化の壁に激突してすっころんだ。


霊能生徒 忠お! 二学期 十一時間目 〜ソードのエースの逆位置(決意)下〜


「お、おのれぇっ!
 この私を知らないというのか!?この怨霊、菅原道真を!」
「えっ、あ、すいません…。
 どこかで聞いたことがあるような気はするんですが」
「これだから最近の若者は……」

 申し訳なさそうに頭を掻くネギに、道真は苦々しく思いながら呟く。
 だが、このままギャグ調のまま終わらせるわけにはいかない。

「知らぬならば―――教えてやろう」

 道真は念じて、式神たちに仕掛けておいた、式神を鬼に変える仕掛けを発動させる。
 それに応じて立ち上った霊力にネギも気が付く。

「何をしたんですか!?」
「お前の残した式神に施しておいた細工を、発動させたのだ」
「そんな…っ!」

 ネギは顔色を変える。
 道真の仕掛けがどんなものかは分からないが、無関係な生徒が巻き込まれるのは確実だ。
 ネギは駆け出そうとするが、その前に道真が立ちふさがる。

「フフフ…心配することはない。
 ほんの戯れ程度のものだ。だが、頼みの綱の横島忠緒は対処に追われてこちらに来ることはできないだろうな」

 道真は言いながら、片手に霊力を込める。霊力は雷に代わり道真の手の中で白い光を放つ。その閃光に込められた霊力に、ネギは改めて目の前の存在が桁外れの力を持っていることを再確認した。
 そして、本当に窮地に立たされているのは、旅館の生徒ではなく自分のほうだと気付く。
 それと同時に、敵の背景も悟った。
 横島の名前が出てくるということは…

「あなたは…メドーサとかいう悪魔の仲間ですね!」
「その通りだ。ならば目的も分かるだろう。
 ―――親書はどこだ?」


「ふっ!」

 刹那が夕凪を鞘に戻す。
 一刀の元に断たれた鬼は断末魔を残すこともなく、軽い爆発を残して型紙に戻った。

「な、なんなのよ、今の!?」

 突然の展開に驚いたアスナが問う。刹那は二つに切り裂かれた型紙を拾い上げて、それを検分する。

「これは私がネギ先生に渡した式神の型紙ですが…」

 だが、その型紙には、ネギが書いたと思われる筆字以外に、梵字のような焦げ跡が付けられていた。その焦げ跡からは、人にあらざる者の気配がする。
 そしてその気配は、先ほど窓の外に落ちた不審な落雷が纏っていた気配と同じものだ。

「どうやら敵がネギ先生の式神に、細工をしたようです。それも大量に…」

 刹那は本館に繋がる廊下の向こうを睨む。鬼と化した式神を斬った後、不審な気配が旅館中にいくつも現れた。おそらく、さっきの鬼と同じ存在だろう。

「えっ!敵!?しかも大量って、それじゃあ皆が!」
「ええ。横島さん達も動いているようですが……」

 いくつか現れた気配は、しかしすぐに一つずつ潰され始めている。その気配が消える時、同時に霊力が感じられた。おそらく横島か誰かが鬼を倒しているのだ。

「とにかく状況が分かりません。まずは横島さんと合流しましょう」
「うん!」

 アスナは頷くと、先に駆け出した刹那の背中を追いかけた。


 あやかは目の前の出来事が信じられなかった。
 ネギ先生が、あの見目麗しいネギ先生が、可愛らしくて聡明で凛々しくて最萌えでもう辛抱たまらんですハァハァなネギ先生が…!

「か、怪物になってしまわれるなんて…!」
「GAAAAA!」

 いざキスしようとした相手が、何の前触れもなく悶え始めたかと思うと、いきなり鬼に代わってしまった。
 恐怖に駆られて悲鳴を上げそうになるあやかだが、しかしその胸に溢れるネギ先生への愛がそれを思いとどまらせた。
 目の前にいるのは、ネギ先生だ。私の愛するネギ先生なのだ。どんな姿をしていても、ネギ先生には変わらない!

(そう…私の愛で元に戻して差し上げますわ!)

 美女と野獣のヒロイン、ベルに自分を重ねて自己陶酔したあやかは、近づいてくる鬼を前にして、目を瞑り、頤を挙げ、そして艶やかな唇を差し出した。

 さあ、私のキスで元の姿に…!

 そんなあやかの目の前に鬼は一歩踏み出して

「ヨコシマ・ミラクル・パアァァァァァァンチ!」

 その横っ面に、猛牛のような勢いで突っ込んできた横島の拳が突き刺さった。
 ボンという音と多量の煙を撒き散らして、式神は自爆して紙に戻る。

「ぷ」

 その爆発を何の備えもなく至近距離で食らったあやかは、すすだらけになってへろへろと倒れた。

「次ぃっ!」

 横島は吠えると、目を回して倒れたあやかを置き去り駆け出した。
 介抱してやろうかとも思ったが、時間もないし、下手に目を覚まされて状況を聞かれても面倒だ。

(だが、なんでいきなり魔法に関係ない奴らを巻き込むようなことを…!)

 魔法使いと協力体制にある以上、メドーサ達は一般の生徒を巻き込まない。それは確実なはずだった。
 その読みが外れてないなら、この状況から考えてメドーサ達は魔法使いである千草たちと手を切ったと考えることも出来るが…

(それにしちゃ中途半端だ)

 メドーサなら、親書をネギごと消し飛ばし、そのどさくさにまぎれて木乃香をさらう、というぐらいやりかねない。またそこまでいかないにしても、この式神鬼は弱すぎる。
 横島はメドーサの意図を測るが、曲がり角から飛び出てきた鬼の影がそれを中断する。

(とりあえず、考えるのはこいつらを始末してからだ!)

 横島は栄光の手を発現させて、式神を屠ろうとする。だが横島の手よりも早く、鬼の頭が吹き飛んだ。銃撃だった。
 断末魔を残す間もなく、式神は爆発して型紙に戻った。
 横島は突き当たりに壁にぶつからないように、急ブレーキをかけて片膝をつく。その横から式神を仕留めた人物が声をかけてきた。

「余計な事をしたかい?」
「いや、助かるぜ、龍宮」

 浴衣姿でモデルガンを手にした龍宮に横島は礼を言う。その背後から、鬼の悲鳴が聞こえた。

「GIEE!」
「ふう。とりあえず、この階の敵はこれで最後か」

 悲鳴の後に続いたのは、若い男の声だった。
 龍宮の肩越しに覗き見ると、そこにいたのはスタッフを持った瀬流彦だった。スタッフの先端は空中に光芒で魔方陣を描き、その魔方陣に鬼が磔にされていた。鬼は暴れようとするが、まるで手足を縛り付けられているように動くことが出来ない。
 鬼はまるで蜘蛛の巣に囚われた虫のようにだんだんと力を失い、動きを止めて型紙に戻った。

「瀬流彦先生も魔法使いだったんスか?」
「ああ、黙っていてすまないね」
「あ、いやいや別に…って、和んでいる場合じゃない!」

 横島はきびすを返して、走り出した。その背中に龍宮が声をかける。

「すまんが私達はここまでだ。魔法使い側でね。下手に人前で戦いたくないんだよ」
「不便だなぁっ!」

 文句を言ってもどうにもならない。
 残る気配は西条が行った上の階以外では、下のロビーに集中している。そしてロビーには横島が捕まえた生徒達とそのお目付け役の新田がいる。
 新田はどーでもいいとしても、女の子だけは助けなくては!

「畜生!」

 間に合えと念じながら、横島は階段を駆け下りた。


 二人の生徒を、二匹の鬼が挟んでいた。
 片方は二人の目の前でネギから鬼と化した者であり、もう片方は鬼になった状態で二人の前に現れた者だ。

『GEAAA!』

 二匹の鬼は申し合わせたように、同時に少女達に飛び掛った。
 だが、相手が悪かった。
 二人の少女は3Aきっての武道家コンビ―――長瀬楓と古菲だった。

「!」
「はぁっ!」

 楓の掌底と古菲の蹴りが、跳躍した二匹にカウンターで入る。式神は自爆したが、とっさに二人は飛退くことで避ける。

「んー、なんだったのでござろう?」
「意外と弱いアルな」

 楓は不思議そうに、古菲は不満そうに言う。
 まあ、夕映でも勝てる程度の力しか持たない、外見が恐ろしい以外の長所(?)のない式神などこの二人の敵ではなかった。

「ふむ…朝倉殿の仕掛けたイベントでござろうか?」
「そうならもっと強いのを出して欲しかったアルよ!」
「これこれ、それでは拙者たちは良いとしても、他の参加者が困るでござるよ。
 それはそうと、下の階から気配があるが、どうするでござる?」
「もちろん、行くあるよ!今度こそ手ごたえのある相手ならいいアルがね」

 二人は言いながら、駆け足で階段の方へと去っていった。


「全く、最近の中学生は肝が据わってるね」

 二人が去った後、西条は曲がり角の影から歩み出て。呆れながら式神の成れの果てである型紙を拾いあげる。

「西条さん」

 その背中に、一人の少女が声をかけてきた。茶々丸だ。

「君は…たしかエヴァンジェリン君の従者の…」
「はい。茶々丸です。これは一体…」

 言いながら、茶々丸は手にした型紙を差し出す。それは茶々丸にキスを強請って来た偽ネギの残骸だった。

「状況は良くわからない。
 分かっているのは、害意のある何者かが、人を襲うような命令を下した式神を複数送り込んだということだけだ。ここの戦闘力は低級霊並だが、戦い慣れしていない一般人にしてみれば十分脅威だ。
 君のパートナーにも手伝ってもらいたいんだが、要請してくれないか?」
「はい。ですが、マスターは現在、この建物にいらっしゃいません」

 西条が、それはどういうことかと問おうとした時、二回目の雷鳴と稲妻が窓の外に爆ぜた。


「親書を渡すことは出来ません!」

 道真の目を見据えながらネギは言う。まっすぐな視線を受けて、道真は頬に歪んだ笑みを浮かべる。無知とはいえ、この道真と正面から向き合うとは大したものだ。
 だが、見逃す理由にはならない。
渡さないということは、今持っている、ということだ。
ならば…

「ならば、親書ごと燃え尽きるがいい!」

 道真は再び雷を放つ。

「も、文珠!」

 ネギはポケットの中の文珠を握り締め、横島が言ったように、事象を想像しながらイメージを込める。

《守》

 全視界が真っ白になるほどの強烈な閃光と、もはや衝撃波の域に達した轟音がネギを包む。しかし文珠が作り上げた結界は、電撃を防ぐのは無論のことそれら感覚を麻痺、あるいは破壊する全てを緩和する。
 安堵するネギだが、すぐに安堵は焦燥に変わった。
 ネギの頭上には、まさに雷球とでも表現するべき雷の塊が存在し、文珠が作り出した結界にじわじわと圧力をかけている。そしてネギの手の中の文珠が、だんだんと輝きと存在感を失い始めた。

「フハハハハハッ!どうした?このままでは黒こげだぞ!?」

 放電現象が大気を焦がすバチバチという音の狭間に、道真の嘲笑が聞こえる。
 ネギは逃げようとするが、しかし雷は物理的な圧力を以って文珠で作られた結界ごと、ネギの動きを封じられている。

(だ、ダメだっ…!)

 せめてもの抵抗として魔法で風盾を作ろうと試みるが、自分の防御魔法程度で、この雷撃をしのぎきることなど出来そうもない。
 ネギの意思が絶望に飲まれ、文珠の効力が消えそうになった、まさにその時だった。

「闇の吹雪(ニウィス・テンペスタース・オブスクランス)!」

 真横から凛とした少女の声が、黒い吹雪と共に道真に突き刺さった。

「ぬおぉぉっ!?」

 氷の粉塵の中に姿を消した道真。集中が切れたのか雷球は霧散し、それと同時に文珠も限界を向かえて障壁が消滅する。

「…っ、はぁっ…はぁっ…」

 眼前まで迫った死が回避された脱力感で、ネギは膝から崩れ落ち荒い息をつく。その情けない姿に、華やかさすら感じられる声音の罵倒が振ってきた。

「情けないな、坊や!それでも私と魔法の打ち合いで勝った魔法使いか!?」
「エ、エヴァンジェリンさん…」

 ネギは顔を上げて彼女の名前を呼ぶ。
 エヴァは夜空を背景に、ネギを見下ろしていた。


 最初に道真の魔力に気付いたのは西条と同じタイミングだった。
 エヴァは真っ先に外に飛び出し、上空から旅館全体を見下ろしていた。そして橋の上で対峙しているネギと道真を見つけたのだ。

「見ていたのなら助けてくれればよかったのに」
「フン。あの程度の怨霊の一つや二つ、倒せとは言わんがせめて逃げ切れ」

 エヴァは不機嫌そうに言い…

「あの程度の、とはずいぶん侮られたものだ」
「!?」

 声の次に来たのは閃光だった。
 極大の雷が、道真の姿を隠していた氷の霧を吹き飛ばして、エヴァへ向けて放たれた。


「っしゃ!あと一匹!」

 階段で待ち構えていた鬼を真っ二つにして横島は叫んだ。
 鬼が紙にもどるのも見届けず、階段を転げ落ちるようなスピードで降りていく。
 二階と一階の間の踊り場に着地する。
 着地と同時にロビーに目を向ける。
 最後の一匹は―――いた。
 正座している鳴滝姉妹と裕奈、千雨、最後に捕まえたさよと、彼女達を監視していた新田の目の前に、鬼がいた。
 可能ならこれ以上魔法関係者以外に目撃される前に始末を付けたかったが、どうやら無理だったらしい。

(だがせめて、怪我人だけはださせるか!)

 膝のクッションで着地の衝撃を殺し、その反動で最後のダッシュをかけようとする横島。
その耳に三度目の雷鳴と、そして鬼を見た鳴滝姉妹の悲鳴が聞こえてきた。

『忠っちが化けたぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』
「ってなんでやぁあわああああああぁああぁぁぁっ!?」

 横島の絶叫の後半は、突込みではなく純然たる悲鳴だった。
 跳躍の直前に反射的に突っ込みを入れてしまい、それによってバランスを崩してしまったのだ。
 足を縺れさせた横島は頭から、文字通り階段を転げ落ちる。

「のきょぉぉぉぉぉぉっ!?」

 珍妙な悲鳴を上げて転げ落ちる横島。回転するその視界の中で、鬼が正座組みに向けて歩みだした。


 氷付けになったはずの道真が放った雷は、エヴァが一瞬前までいた虚空を貫いた。
 エヴァ自身は真下に向けて飛ぶことで避けた。落下しながら、エヴァは笑う。
 そう来なくてはならない、と。そうでなくては面白くない、と。
 凶暴に笑いながら呪文を唱える。

「氷爆(ニウィス・カースス)!」

 爆発の呪文を、大地から生えた雷の根元に向けて放ち、さらに氷の矢を生み出す。

「魔法の射手(サギタ・マギカ) 連弾(セリエス)・氷の17矢(グラキアーリス)!」

 エヴァの魔法が発動すると同時に、氷結した空気中の水蒸気を断ち割って、道真が飛び出してきた。こちらにまっすぐ直進してくる。

(思う壺だ!)

 エヴァは氷の矢を放つ。
 道真は片手から一条の雷光を放ち、矢を撃墜する。全てを打ち落とすことは出来ず何本かがそのまま道真の体に突き刺さるが

「効かぬな!」 

 霊力に任せて氷の矢に耐えると、エヴァに肉薄して―――急にその姿を消した。

「ぬっ!?」

 正面からのぶつかり合いを予想していたエヴァは虚を突かれ、その隙を狙われた。
 闇から浮かびあがるように、道真がエヴァの後ろに現れた。

「エヴァンジェリンさん!」

 気付いたのはネギだった。ネギの警告にエヴァは反射的な回避行動をとる。
 エヴァの首筋を狙った一撃は、金髪を数本切り取るにとどまった。だが、道真の攻撃はまだ続く。
 もう片方の手をエヴァにかざし、雷撃を放った。

「くぅっ!」

 エヴァは詠唱をキャンセルして盾を作る。しかし道真の雷撃は減衰されただけで防ぐことはできなかった。通常の生物なら致死の電流が、エヴァの体を突き抜ける。

「がぁぁぁぁぁっ!」

 数条の煙を曳きながら、エヴァは地面に落ちた。
 何とか受身を取り、着地と同時に防御姿勢をとることはできたが、しかしエヴァは焦っていた。
 エヴァは真祖の吸血鬼――最強種族だ。
 今の雷撃程度で受けた傷なら着地の瞬間には半ば治りかけているし、魔法で防いだおかげで、霊的構造に対するダメージもそれ程大きくない。
 問題は神経系だ。神経は電位差の形で刺激を伝達する。そこに強大な電流を流されれば、どうしても麻痺してしまう。そうなれば筋肉は動かず、感覚も効かない。現に今、彼女の五感は殆ど通用せず、筋肉も動きが鈍い。
 最強種とはいっても、所詮は幽霊や神魔とは異なり、物質に依存している存在である以上、生命としての特質からは逃れられない。

(くっ…しまった…!)

 絶体絶命。
 いつ攻撃されても、せめて大きなダメージは回避できるようにと、エヴァは麻痺しかけた全身の神経を集中させて身構える。
 ひたすら長く、静かな時間がエヴァの周囲を過ぎ…
 エヴァは自分の右となりに気配を感じた。

「そこかぁっ!」
「うわっ!?」

 先手必勝と伸ばした爪を振るったエヴァだったが、いまだぼんやりとした耳が捉えたのは、道真のものとは違う間抜けた、そして年若い男の声だった。

「エ、エヴァンジェリンさん!僕です、ピートです」
「くっ…箱入り息子殿か……道真の怨霊はどうした!?」

 自分の聴覚がまだ完全でないせいでおもわず声が大きくなってしまうエヴァ。
 ひとまずピートが落ち着いた様子であることから差し迫った危険はないだろうと、エヴァは目をしばたかせる。
 やがて完全に回復した五感であたりを見渡す。自分の隣には心配そうな様子のピートがいて、そして遠くからはネギが駆け寄ってくる。
道真の姿はどこにもない。

「…アイツは、どうした」
「道真ですか?アイツなら僕が駆けつけたた時にはもういませんでしたよ」
「…くっ。ネギ坊や!アイツがどうしたか知っているか!?」
「は、はい。それが、エヴァンジェリンさんが地面に着地したのを見届けてから、どこかに逃げていきましたよ」
「逃げて、いっただと?」

 エヴァはそれを聞き、道真が引いた理由を考える。
 あの時、道真の力を持ってすれば、動けないエヴァに止めを刺すことが出来たはずだ。
 だが、そこでなぜ逃げ出した。応援に駆けつけたピートに恐れた。そんなことあるはずがない。では…

(……まさか!?)

 エヴァは思い当たり、そして怒りを覚えた。

(まさか奴は……見逃したとでも言うのか、この私を!?)

ここで退いたのは、これ以上騒ぎになって、余計な戦力が寄ってくるのを嫌ったため。

「この私を……他の雑魚共と同列と考えたのか!?菅原道真!?」
「いや、他の雑魚って…」

 ピートが不満げに呟くが、しかしエヴァは怒りを収めない。
 止めを刺さなかったのは、それはいつでも止めをさせるからという自信の表れに他ならない。
 取るに足らない、焦って止めを刺すにも値しない存在だと思われたのだ!
 それはエヴァにとって、最大級の侮辱だった。
 この最強の悪の魔法使いを!
 『闇の福音』『不死の魔法使い』と呼ばれ、畏れられたこの私を!

「赦さん…赦さん!菅原道真!」

 エヴァは闇夜に叫んだ。
 強者としての矜持を踏みにじられた怒りを込めて叫んだ。

「菅原道真!待っていろ!貴様は私が滅ぼす!首を洗って待っていろ、菅原道真っ!」


 歩み寄る鬼を前にして、正座組みの少女達は逃げることが出来なかった。

「たたたたた忠っちが…忠っちがついにホンモノの鬼にぃ…!」
「あぶぶぶっ!お、おねおね、お姉ちゃぁぁぁん!」

 すっかりトラウマ持ちになった鳴滝姉妹は恐慌状態で腰が抜け、壁際まで這い下がるのが精一杯。
 一方、裕奈と千雨は比較的冷静だったが、体が言うことを聞かなかった。

「ちょ、に、逃げなきゃ…って痛い!あ、足が…足が痺れて…!」
「畜生!だから正座は嫌いなんだよ!」
「だ、大丈夫ですか!?」
「ひぴぃっ!さ、触らないで!し、痺れが!足が痺れてるからぁぁぁぁぁっ!」

 ただ一人立ち上がれたさよが裕奈の手を取って立たせようとするが、足の痺れは手を借りて立つことすら許さない。動けない獲物達に向けて、鬼は一歩ずつ近づいていく。だがその歩みを遮って立つ者がいた。

「待ちなさい!それ以上近づくことは私がゆるさぬごっ!」

 立ちふさがった新田は、鬼の片手で薙ぎ払われた。

「きゃあ!新田先生がぁっ!」
「ああっ!新田弱い!」

 さよと裕奈が悲鳴を上げる。もっとも裕奈の悲鳴には、どこか予想通りの結果に対する諦観があった。邪魔するものがいなくなり、さらに歩みを進めようとする。
 だが新田は死んでなかった!

「この程度で死ぬかね!?」

 新田は言いながら鬼の足に向けて、低姿勢からタックルを仕掛けようとして、だがその背中を、細身の人影が踏みつけた。

「げべゅっ!」

 車に轢かれたカエルのような声を上げる新田の背中を踏み切り台に、その人影は跳躍した。それはオレンジ色の髪を、鐘をモチーフにした髪飾りで二つに分けた少女。

「神楽坂さん!?」

 さよがその名前を呼んだ。


『忠っちが化けたぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』

 アスナと刹那がロビーの光景を目の当たりにしたのは、鳴滝姉妹が悲鳴を上げた時だった。なぜか逃げない少女達に向けて鬼が目を向ける。

「待てっ…!」

 それを見て刹那は駆け出した。片手は夕凪に添えている。
 鬼が彼女達に危害を加える前に斬り捨てなければ…!

「待ちなさい!それ以上近づくことは私がゆるさぬごっ!」
「ああっ!新田弱い!」

 必死で床を蹴るが、しかしそれでも間に合わず、立ちふさがった新田が犠牲になった。手の甲で払われただけであり、怪我らしい怪我はしていない。
 だが次は、クラスメート達に攻撃するときは、あの長い爪を使うかもしれない。だとしたら、本当に冗談ではすまない怪我になる。
 刹那はさらに加速する。だがその視界の隅を、何かが追い抜いていった。


「ア、アスナさん!?」


 刹那の声を聞きながら、アスナは心の隅で自問自答する。
 なぜ自分は走っているのか?
 答えは簡単だ。赦せないからだ。
 アスナは新田を嫌いではなかった。
厳しいし、口煩いし、高畑先生のような渋さもない。
 だが、嫌いではない。正しいことを正しい、悪いことを悪いという。成績や態度、家庭の事情や外見を原因としたエコヒイキもしないし、理由もなく怒ったりはしない。
 例えば、さよの件でもそうだった。
 先生達の仲には、幽霊であるさよに対して、明らかな嫌悪感を示した者たちもいた。それに対して、新田はさよを完全に生徒として受け入れた教員の一人だった。最初は驚いていたものの、今ではすっかり生徒の一人として扱っている。偏見による疎外も、逆に同情による贔屓もしない。そういう態度は、底値だった新田の株をほんの少しだけ上げることになった。
 だが、それに対してあの鬼や、ネギの邪魔をする敵達はまったく逆の存在だ。
 身勝手な理由で、不条理な暴力を頼みに、他者に危害を加えてくる。その縮図が、目の前で起こっている。
今まさにそれを見せ付けられたアスナの中にあるのは、怒りだった。
 アスナの中に巣食っていた傷つくことへの恐怖。そしてそれを上回るほど大きく根深い傷つけることへの恐怖。それら呑み込み焼き尽くすほどの怒りだった。
 間違った行いに対する正しい怒り。
 それは義憤と呼ばれる感情だった。

「待、ち、な、さ、い、よぉぉぉぉっ!」

 集中し、狭まった視界に見えるものは敵――鬼の姿の式神だけ。
 式神まで数メートルというところで、アスナは床を踏み切って跳躍した。

「げべゅっ!」

 何か足元から声がしたような気がした。そして足の裏に感じた感触が、床にしては暖かく柔らかかった気もしたが、加速する意識はすぐに忘却した。
 跳躍したアスナは空中で姿勢を修正する。
 その視界の中で、一瞬だけ鬼と目が合った。そんな気がした。
 それと同時に、アスナの心の中で、恐怖が疼き痛みを生む。
 この化け物にも、何か理由と信念があるのかもしれないと。
 だがその痛みや躊躇いよりも、不条理への怒りが打ち勝ち、砕き尽くした。

「神楽坂さん!?」

 さよの声を聞きながら、アスナは得意の飛び蹴りを

「うちのクラスメートに―――何すんのよっ!」
「GIGAAAAAAA!」

 鬼の顔に叩き込んだ。鬼は蹴り飛ばされ、その先に横島がいた。

「ナイスだ、アスナちゃん!」

 なぜかこぶと青たんをこさえた横島は、栄光の手を構えて、飛んできた鬼に突き立てる。

「極楽に……逝かせてやるぜ!」

 鬼は断末魔すら残さず、紙切れに戻った。


 トイレに仮設されたスタジオでは、朝倉が携帯を片手に頭を下げていた。

「いや、ごめん!ちょっと回線がこんがらがっちゃって、今すぐ直すから!
 え、食券の返還!?いや、ちょっと待って、今すぐ放送再開するから!ね!」

 朝倉はそう言って電話を切り、ため息混じりに椅子に腰を下ろす。

「ふぅ…クレーム処理はやっぱ疲れるねぇ」
「すまねえな、姐さん。
「いや、いいっていいって。
 ネギ君の秘密に関わるんでしょ、この偽ネギ騒動」

 言いながら朝倉は苦笑する。


 電話の相手は、桜子だった。
 クレームの内容は、ラブラブキッス大作戦の映像が、途中でいきなり送信されなくなった件についてだ。
 送信されなくなったのは、ネギの偽者が鬼に代わった瞬間からだった。


「さすがにたくさんネギ先生くらいなら、GSの横島の協力を得た、って言えば何とかなるかも知れなかったけど…流石に鬼に化けて暴れまわる、ってのは言い訳不能っしょ。しかも、なんか横島やピートさん達だけじゃなくて、龍宮や桜咲にアスナ、挙句の果てに瀬流彦先生まで出張ってたし…。
 けどさ、今思ったんだけど、何で魔法使いが自分達の能力を隠すのに『自分は霊能力者だ』って言わないの?」
「いや、そういう言い訳を使うときもあるぜ。
 ただし最後の手段だけどな」
「最後の?」

 朝倉の問いに、カモは頷いて応える。

「魔法と霊能ってのは、素人目には見分けがつかねえが、霊能力者や魔法使いには一発で分かるようなもんなんだ。
 ブンヤの姉さん。もしも横島の姐さんに『ネギ先生は霊能力者だ』ってウソを言われたらどうしてた?」
「えっ?そりゃもちろん公表してたけど…」
「だろ。そうなりゃ噂を聞きつけて、他の霊能力者もやってくるかも知れねえ。
 そしたらすぐに兄貴が霊能力以外の力を使ってるってばれちまう。
 それに、そもそも魔法使いが自分達の正体を隠すのは、魔法の力や知識、技術が無軌道に流出して、それによって世界のバランスが崩れないように管理するためだ。
 たとえ巧い言い訳があったとしても、自分がそんな力を持っているということをばらせば、どうあっても魔法は流出しちまって、その理念に反しちまう」
「けど魔法が一般公開されれば世の中もっと良くなるんじゃない?
 霊能だって一般に浸透を始めたおかげで、かなり世の中便利になったじゃない」
「そうかもな。だが、そいつを決めるのは魔法界のお偉いさん達だ。俺達じゃねえ」
「………な〜んか納得いかないなぁ」

 朝倉はカモの説明に下々の意見が通らず、一部の者達によって行動を規制されているという構図を思い浮かべてしまう。それはある種の独裁だ。そしてその想像は、朝倉の記者精神をくすぐる。その表情に、カモは嫌な予感を覚える。

「おいおい!まさか魔法をばらすなんていうつもりじゃねぇだろうな!?」

 必死な様子のカモを見て、朝倉は苦笑を漏らした。

「まさか。ネギ君の取材の独占権の代わりに秘密を守る協力をするって約束でしょ。約束は守るよ」

 朝倉は、さてと、と伸びをする。

「それじゃあ、そろそろ放送、再開していいかな?」
「そうだな。ギャラリー待たせちゃいけないし…っておい!姐さん!見てくれ!」

 カモが慌てて前足で、画面の一つを指す。その画面には、四人の男女の姿があった。
 のどかと夕映とピートと、そしてネギの姿だった。

「こ、このネギ先生も偽者!?」
「いや!杖を持ってるし、ピートの旦那が一緒ってこたぁ、多分ホンモノだ!
 こいつはひょっとしてひょっとするぞ!
 放送再開だ、姐さん!」
「OK!」


『さて、映像が乱れてしまい大変申し訳ありません!
 映像が途切れていたあいだ、特に何も動いては降りません。
しかし!現在、玄関にておそらく本物と思われるネギ先生と五班が急接近!
このままのどかがキスを掻っ攫うのか!?』


「エヴァンジェリンさんを残してきてよかったんでしょうか?」
「良かったかどうかというより、それ以外選択肢はなかったと思うよ」

 ピートとネギは、一緒に嵐山ホテルに戻ってきた。
 エヴァはいない。どうやら腹の虫が収まらないらしく、不機嫌そうな表情なままどこかに飛んでいってしまった。あの後、エヴァを探して飛んできた茶々丸が付いていったので、大丈夫だとは思うが…

「ネギ先生!」

 ネギがエヴァの心配しながら、自動ドアをくぐると、いきなり声をかけられた。
 夕映だった。その後ろには、のどかが赤い顔をして立っている。

「夕映さんと、の、のどかさん……」
「せ…ネギ先生…」

 互いに赤い顔をして見詰め合う二人。
 夕映はのどかの後ろに下がると軽くのどかの背中を押す。
 一方ピートも状況を理解して、一歩退く。
一歩と少しの距離で見つめあう二人。
 先に口を開いたのはネギだった。

「あの……お昼のことなんですけど…」
「え、あっ!あのことはいいんです……。聞いてもらえただけで―――」

 混乱し、自らチャンスをつぶすような言葉をいうのどか。夕映はその背後で頭を抱える。だが、ネギの言葉でその頭痛は取り払われた。

「いいえ。そういうわけには…」
「ふえっ!?そ、それって…」
(よしっ!後一歩です!)

 期待に胸を躍らせるのどかと、小さくガッツポーズをする夕映。
 だが続くネギの言葉に、その興奮は冷める。

「あの、すみません。
 僕、まだ誰かを好きになるとか…良くわからなくて。
 クラスの皆のことは好きだし、アスナさんや木乃香さん、いいんちょさんもバカレンジャーのみなさんもそれに…」

 そこで一言、区切って

「横島さんも……良くわからないですけど、やっぱり好きで…。
 だから恋人同士の好きかそーゆー好きの違いが良くわからなくて」
「い、いえ――あの、そんな、先生…」

 申し訳なさそうなネギの様子に、のどかはあたふたとする。その背後では夕映が、やはり横島に対しては少し感情の傾向が異なっているのではと、分析していた。
 ネギは言いにくそうに、しかし止めることなく続ける。

「だから宮崎さんにちゃんとお返事は出来ないんですけど…
 ――――友達から……お友達からはじめませんか?」

 のどかは驚きの表情をしてから

「――――はい!」

笑顔で返事をした。


 超神水というプリントがされているパックにストローを刺してすいながら、夕映はのどかとネギを眺めていた。

(そうですね。これが本物でしょう。まあ、10歳のこどもなんですから)

 だが、これはいくらなんでももどかしすぎる。せめて何か一押しを。例えば、そう。足を引っ掛けて転ばして…

「余計なことはしないほうがいいですよ」

脳内の企みを読んだ様に、ピートが夕映に言った。

「何のことです?」

 内心の動揺を悟られないように夕映は答える。ピートは静かに微笑みながら言う。

「恋は果物と同じです。必要以上に手を加えるものではないということです」
「……わかってますよ」

 図星を突かれた夕映はそっぽを向き

「きょえぇぇぇぇええぇぇぇぇっ!」

 その目に入ったのは、怪鳥のように跳躍した横島の姿だった。
 突然の衝撃映像に硬直している夕映とピートの頭上を横島は飛び越えて、ネギに迫る。

「天下の往来でラブついてんじゃねぇぞ、ゴるゥぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「きゃぁっ!?」
「うわっ!」

 驚いたネギとのどかはもつれ合いながら転び…


 ちゅっ


 映像が各部屋に届けられ、それが火種となり爆発が起こった。

「本屋ちゃんの勝ちだぁっ!」
「優勝者、宮崎のどかーーーーっ!」
「大穴―!」
「誰か賭けた人、いる?」
「えへへー」
「ハッ!桜子、あんた、まさかまた…!」


『優勝者、宮崎のどか!
 今回は波瀾が波瀾を呼ぶ展開でした!
 では、賞品の授与は翌日ということで、これにてラブラブキッス大作戦は終了とさせていただきます!
 解説、実況は朝倉和美でお送りしました』

 朝倉は言い終えるとマイクの電源を切り、コードをはずして道具袋にしまう。それが最後の片付けだった。

「仮契約カード一枚ゲット!大掛かりな割には情けねぇ成果だが仕方ねぇ!」
「よっしゃ!ずらかるよ、カモっち!」

 機材と食券を詰め込んだ袋を担いでトイレを飛び出す朝倉。だが最初の一歩で、頭を人にぶつけてしまう。
 嫌な予感がした朝倉は、恐る恐る顔を上げると…

「こんばんは、朝倉。お前が主犯か?」
「あ、なんだ。横島じゃなくて新田か…って、新田先生ぃっ!?」

 横島のインパクトで忘れていたが、新田の通称は鬼の新田。十分以上に怖い相手だ。
 怒りの表情のまま、分厚いレンズ越しに睨みつけてくる新田。その視線に、朝倉の膝が震える。

「え、えっと、これは、その…!」
「何も言わなくていい。全ては横島が長谷川達から聞き出してくれた。
 ……クラス全体でずいぶんと大掛かりじゃないか。
 覚悟は出来ているな?」
「ぴぎいぃぃぃぃぃっ!?」


「で、クラス全員で正座、ってわけ?」
「そーいうこと。いい思い出よね」
「どこがよ!私と刹那さんは何も関係ないじゃない!」
「こら、そこ、私語は慎め!それに君たちだって消灯時間後に出歩いていたのは変わりないだろう!」
「うっ…すみません」

 朝倉につかみかかろうとしたアスナは、新田の正論にしょげてかえる。踏み台にしてしまった分の精神的引け目もある。
 ため息交じりにアスナは周りを見渡す。
 自分の近くに座っているのは、長谷川と裕奈と鳴滝姉妹とさよと刹那と、そして横島。偶然にもアスナがキックを放った時、ロビーにいた面々だった。

(私が…守ったんだよね)

 少し調子に乗った感情かな、とも思ったが、少なくともあの時、自分は彼女達を守るために動いた。いや、彼女達がいてくれたおかげで動けたのだ。

(守りたいって、本気で思った)

 誰かを守りたい。その守りたい人たちを理由もなく傷つけようとするのが赦せない。その気持ちが、あの時自分を戦わせた。
 そう。あの時、刹那を追い抜いて駆け出したとき、(意図的ではなかったにしろ)新田を踏みつけて跳躍したとき、アスナは決意したのだ。
 相手を傷つける覚悟をしていくと。
もちろん、可能なら説得するし、なるべく怪我をさせないようにする。
 そのことも含めて、アスナは戦おうと思った。

(だって…もしも戦わずに誰かが傷ついたら、戦ったときよりずっと後悔するはずだから)

 今になって考えれば、あの時自分が飛び出す必要はなかった。例え自分が駆け出さなくても刹那か横島が、皆が危害を加えられる前に鬼を倒していたはずだ。だが、もしあそこで何もしなかったら、きっと後悔していた。
 理不尽に対して、不条理に対して、恐怖を理由としてそれらへの怒りを無理やり押し込めていたら、そしてそれにより大切な誰かが傷ついたなら、きっと後悔していた。

「あの…横島さん?」

 アスナは隣で正座していた横島に呟く。
 なお横島も今は罰を受ける側だ。
 今回の式神騒ぎは、横島と朝倉の責任となった。
 横島が朝倉に渡した式神が暴走した、ということにしたのだ。
 式神自体は魔法の産物だが、既にただの紙切れになっていて、たとえいずれ別の霊能力者がその痕跡を調べたところで、魔法の存在にたどり着くことはないだろうという理由から、霊能ということにしたのだ。

「…ん?なんだよ?」

 新田にばれないように、声を潜めて横島は答えた。
 一時は「何で俺まで…」とグスグス泣いていたが、それも収まったらしい。
 アスナは小声で短く、こう返した。

「私、戦うことにした」
「そっか。わかった」

 アスナの言葉に、横島も短く答えを返す。
 そのそっけなさに、アスナは少しだけ不満を感じた。

「理由、聞いてくれないの」
「新田先生が見てる。長話できるような状況じゃねえ。
 それに…しっかり考えて出した答えなんだろ?」
「…うん」
「なら、俺はそれを信じるだけだ。ま、どうしても話したいなら、後で聞いてやる」
「別にいいわよ。けど…横島さんの戦う理由は少し聞きたいかな?」
「……OK。後で話してやるよ」
「こらっ!私語は慎めといっておるだろう!?」
『!はいぃっ!』

 新田の叱責に二人は揃って背筋を伸ばし、それから顔を見合わせて、小さく笑った。


つづく


 あとがき
 結構長い上に、かなりイベントや描写を飛ばした詞連です。
 でないと終わりそうになかったので…。のどかとキスをしたネギを横島がいびるって言うシーンとか削ったり…。まあ、仕方ないですよね。
 アスナの悩みの解決はこんな感じです。下手な哲学より、現実を目の前にした心からの想いが強いのです。とくにアスナのようなタイプの子は。
 なおキスの結果はスカカード0枚というところ以外は原作準拠。
 そして道真はこうなりました。
 文珠は使用しないという方針で。ほら学問の神の道真だって、文珠を利用しなくては雷を出すことが出来ませんでしたし、互いに使用できる霊能が違うということで。
 しかしGSの道真=DBの神様とピッコロ大魔王っていう方程式が思い浮かぶのは私だけでしょうか?ほら、善と悪が分離しって言うところとか。あれ、そう考えると文珠はドラゴン●ール?もしくは道真がネギをスパルタ教育して絆を育むとか?……ありえんな。
 何はともあれレス返しを


>ash氏
誤字指摘と応援ありがとうございます。

>たと氏
誤字報告ありがとうございます。それと、すみません。削除分とコメント被りました。

>因幡白兎氏
 原作では怨霊のほうは文珠を使わなかったので…。
 文珠は登録しなければ一発ではでないです。

>D,氏
 まあ、双子が体験したのはジャパニーズホラーということで。
 スクナは強いですよ。ただ比較対象が間違ってるだけです。

>ミアフ氏
 道真です。ネギじゃ勝てないのでエヴァを当てました。

>京都大原三千院氏
 GSでは道真が最大らいいですが、ここでは怨霊三大巨頭ということで崇徳帝と将門を出しました。

>弟子二十二号氏
横島の逸話が書けるところまでがんばります
意表をつけたのなら嬉しいです。

>雪龍氏
 誤字指摘&悪夢お疲れ様です。
 横ネギかぁ……ありえんな。

>盗猫氏
 ねーちゃんの名前は千草です。天ヶ崎千草。
 まあ、常識的に考えればスクナはすがるに十分強いです。ただメド様や道真にくらべると…ということで。

>ひろ氏
 嫉妬の力があれば生物的限界なんぞ簡単に超越できます(断言)
 文珠は神様側だけです。だって学問の神=文珠っていう並びだと想像できますので。
 多分学問の神は雷を仕えないのではないかと。

<ロードス氏
 ネギは無事ですがエヴァちゃんはプライドずたずたです。れっつリベンジ!
 神道真は、舞台が春ですので不合格だった受験生達に命を狙われていて身動きが取れなかったり…。
 横島は勇姿にしては間抜けでした。
 
>鉄拳28号
 ギャグでの人格とシリアスの人格は別物と思ってください。まあそれぞれの途中で逆方面の顔が覗いたりしますが。
 鬼達の理由は次回、もう少し話します。道真とエヴァの戦いはどうだったでしょうか?
 スクナは、霊力ではメドーサと同等ですが、動きや反射がトロイので総合力で弱い、といったところです。

>ヒアン氏
 ホラー横島、楽しんでいただけたようで光栄です。
 茶々丸の撃墜にかんして、そう言ってもらえるのが何より嬉しかったりします。

>23氏
 シリアスでなくてはならない場面以外ではギャグ。それが椎名作品、赤松作品の特徴かと…。
 夕映と横島はもう少し絡む予定です。

>ZEROS氏
 ギクッ!ば、ばれてないよね!?ばれてるとしたっら黙っててください。お願いします。
 ネギは道真相手に何も出来なかったです。

>doodle氏
 気を付けてください。カップルで旅館に泊まった日には、通風孔からがばっと…!
 道真はパワー型雷神です。数秒とはいえ原作でアシュタロスの動きを止めてたんだよなぁ。

>黒き者
 ええ、使えないという設定で。
 学問の神は文珠、怨霊は雷と分かれたのかもしれませんね。
 それはそうと、雷の文珠しか作れないっていうのはないっぽいです。
 美神が平安に持っていった雷文珠を横島に憑依した高嶋が治文珠に変えて使ってましたので。


 終了。
 さて、次回は日曜更新可能かどうか微妙。月曜の朝にも更新がなかったら休みだと思ってください。
 では…。

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