※これは諸事情により一度掲載した霊能生徒 忠お!二学期 十一時間目の改訂、再掲載版です
全く唐突なアスナの言葉に、刹那の心臓は跳ね上がった。
「そう言えばさ、刹那さんは横島さんの呪いについて何か知ってる?」
「えっ!?」
脱衣所で浴衣に袖を通そうとしていた刹那はそのままのポーズで妙な声を上げた。
その声を、アスナは知らなかったのだと判断してこう続ける。
「えっとね、横島さんが麻帆良に来たのって、麻帆良学園を包んでいる結界の力を使ってかけられた呪いを解くためらしいんだけど、その呪いが何なのか刹那さんは知ってるかなって…」
「あ、ああ。そのことですか」
アスナは横島の本来の性別を知って訊いたというわけではないようだ。
実のところ横島の正体がばれたところで刹那個人に不利益はない。だが秘密にしてくれといわれているし、変質者として捕らえられるのは流石に気の毒だ。
「私も詳しくは聞いておりませんが、どうしてそんなことを?」
「う〜ん…なんていうか、ちょっと気になってね。
よく考えれば、私って横島さんのこと何にも知らないから。例えば何でGSやってるのかとか。だから呪いがそれと関係しているのかなって…」
アスナにとって横島は初めて出会った『戦い』を生業とする存在だ。もちろんアスナが知らなかったというだけでタカミチもその類ではあるが、『戦士』と認識した相手として横島が初めてだった。戦う決意をするに当たって、その人の『信念』が気になるのは当然の流れだろう。
そして刹那にとっても横島の戦う理由は興味を惹くものだった。
何をするにしても、人が強くなるには理由が必要になる。例えば刹那にしてみれば、木乃香こそがその理由だ。彼女を守るという目的があったからこそ血の滲むような修行にも耐え、神鳴流の奥義のいくつかを会得するに至った。
では『人界最強』の称号を得た横島の『理由』とは一体何なのか?それは同じ戦士である刹那にとって、興味が尽きないところだ。
(横島さんの戦う理由、か…)
無言で考える二人。しかし、思ったところで他人の心のうちなど予想できようはずもない。
まして現在の……今この時点での横島の心中など察することができようはずがなかった。
なぜなら今の横島は―――嫉妬に取り付かれ、人をやめていたのだから。
床と天井の狭間に張り巡らされたエアダクト。その中を影が二つ、こそこそと這い回っていた。ネズミにしては大きすぎるそれらの頭は、先に行くのはツーテール、後に続くのはシニヨンヘアのシルエットを持っていた。
「ふっふっふ…このルートなら誰にだって見つからないさ!」
「あわわ〜、い、良いのかなぁ〜?」
「大丈夫だよ!だって僕達は甲賀忍群なんだから!」
自慢げに語り先導する風香と、その後を不安げについていく史伽。風香はペンライトに照らされた地図を見ながらほくそ笑む。
天井裏から忍び込む。これぞ忍者ならではの策であり他の参加者には真似できまい。ただ一人、楓は気付くかもしれないが、同じ策を使うにはあの胸が邪魔だろう。つまりこのルートならば鬼の新田はおろか、他の参加者からも邪魔されない。唯一の誤算は天井裏に入るルートが見つからずエアダクトの入り口しか発見できなかったことだが、問題はない。
後は時間との勝負!
幸いなことに、残すは一本道。
風香は言って再び匍匐前進を始めようとして――――――それは聞こえてきた。
……そ〜んなに急いでど〜こ行くの……
女の声だった。
童謡のような節に載せられた問い。優しい声音と調べのはずなのに、どこか陰惨な印象が悪寒となって、二人の背筋を撫で上げた。
「…お、お姉ちゃん…今の?」
「そ、空耳だよ!きっと…」
不安に駆られる史伽に風香が強がってみせる。だが声は、まるで不吉なほどに赤い大間が時の光のように、優しく柔らかく、そして容赦なく二人に届く。
……可〜愛い可〜愛い女の子……
冷たい汗が、全身から吹き出る。無言のまま風香と史伽は狭いエアダクトの中で身を寄せる。動揺した瞳がそれぞれ見るのは、今まで進んできた道のりと、これから進もうとしていた道のり。取り落としたペンライトの力では、その闇の果てまで照らしきることが出来ない。果ての見えない細道が、無限に続いているようにすら思える。そしてその闇の最奥から、また唄が届く。
…そ〜んなに急いでど〜こ行くの…
心なしか、前よりはっきり聞こえたような気がした声。
だがそれは錯覚ではない。闇の奥から声が近づいてくる。
吐息のような生温い風が吹く。露出された肌が僅かに感じられる程度のかすかな空気の流れ。鳥肌が立った肌が、まるで救いを求める怨霊にまさぐられているような嫌悪感と恐怖。
抱き合う腕に力をこめる姉妹に優しい調べの女の声は、狂ったように愛しむように、単純な四小節を繰り返しながら、近づいてくる。
可愛い可愛い女の子
そんなに急いでどこ行くの
可愛い可愛い女の子
そんなに急いでどこ行くの
可愛い可愛い女の子
そんなに急いでどこ行くの
可愛い可愛い女の子
そんなに急いでどこ行くの
可愛い可愛い女の子
そんなに急いでどこ行くの
可愛い可愛い女の子
そんなに急いで
全くの不意に全てが止まった。風も、声も、何もかもが掻き消え、残るのは取り落としたペンライトと、早鐘のようになり二人の鼓動。
もう消えた。
そう確信するまでどれほどの時間が過ぎたか?
風香と史伽は、いつの間にか潜めていた呼吸をやめて大きく息をつく。上下に動く肩に、白い手が回された。
「つかまえた」
霊能生徒 忠お! 二学期 十一時間目 〜ソードのエースの逆位置(決意)上〜
数分後、鳴滝姉妹は無事な姿のままロビーで正座していた。ただし、無事なのはあくまで肉体だけだった。
「あわわわわわわわわわわわわわわわわわわっ…」
「祟られる食べられる呪われる取り憑かれるっ…」
「横島君!き、君は一体何をしたんだね!?」
鳴滝姉妹のただならぬ様子に、新田は姉妹を捕まえてきた横島に詰問する。だが横島はそ知らぬ顔で答えた。
「別に、普通に捕まえただけっすよ?
―――なぁ?」
と横島は最後に、くわっ、という効果音付きの笑顔を鳴滝姉妹に向けた。
『みぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』
まるで猫の断末魔のような悲鳴を上げた二人は、器用なことに正座したまま壁際まで後退して、互いにすがりつくように抱き合った。
「祟られる食べられる呪われる取り憑かれる祟られる食べられる呪われる取り憑かれるっ……!」
「あわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわっ……!」
「ふ、風香?史伽?一体何があったのよ…?」
(お、おいっ!こいつら大丈夫なのか!?っていうか何したんだ横島の奴!)
過敏な反応に、一緒に正座させられている裕奈と千雨も恐々として横島と双子を見比べる目を丸くしている。それは新田も同じだった。
教員生活三十年。その間、新田は様々な問題児と出会ってきた。特に麻帆良に赴任し、広域指導員という役職についてからは、そういう輩とのエンカウント率が急上昇した。
だからこそ新田には、どんな問題児であっても動揺せずに対処できるという自信が。だが、その磐石であったはずの経験に裏付けられたそれは、
「まあ、ちょぉっと薬が効きすぎたようっすけどねぇ……くけけけけけけけぇっ!」
と、耳元まで口が裂けたような笑みで笑っている横島を見て、まるで液状化した地盤の上の建物のようにぐらついていた。
「ふぅ…」
教員生活三十年。新田は初めて、自分の人生に迷いを持ち始めていた。
新田が団塊の世代にありがちな悩みに苛まれている頃、曲がり角の影からその光景を、四人の少女達が眺めていた。その目には、明らかな戸惑いと恐怖が溢れていた。
「な、何アレ?」
「よ、横島さん…」
「一体何者なんですの!?」
「静かに。気付かれます」
茶々丸の冷静な言葉に、まき絵とさよ、そしてあやかは慌てて口を押さえる。
「…けど、本当に明石さん達を助けないんですか?」
「相坂さん、それはルールで禁止されています」
「ええ、死して屍拾うものなしですわ」
「ゆーな、ごめん。
けど…これからどうする?」
「ううむ……確かにこのままでは不味いですわね…」
まずはこの場にいない体力馬鹿の二人組み。アレをどうにかしないことにはネギのくちびるは奪われてしまうだろう。だがそれより問題なのは…
「あの横島さんをどうにかしない限り、ネギ先生のくちびるを奪うことなど夢のまた夢ですわ」
「えぇ〜〜っ、そんなぁーーー」
「しかしどうするのですか?私達の最大火力は相坂さんのポルターガイストですが、それでは横島さんを止めるのは不可能です」
「いえ…一つだけ方法がありますわ」
口元に手を当てて考え込んでいたあやかは、硬い唾を飲んでからこう言った。
「囮、ですわ」
「!お、囮ってもがっ…!」
「声が大きいですわ、まき絵さん!ここは誰かが一人囮となって横島さんをひきつけている間に、他のメンバーでネギ先生の部屋に速攻を仕掛けるのです」
「……確かに、有効な手段かもしれません」
「(コクコク)」
茶々丸とまき絵は同意を示す。あのエーリアンとプレデターを足して培養したような今の横島を相手にするにはそれしかない。
だが、
「じゃあ、誰が囮をやるんですか?」
さよが最重要問題を言葉にしたとたん。3人の動きは停止した。そして次に彼女達がした動きは、牽制じみた目配せだった。
「…えっと…ほら!やっぱりここは発案者のいいんちょが…」
「なっ…!イヤですわ!あ、相坂さん、ご指名します!委員長命令ですわよ!」
「はうあっ!?わ、私だってイヤですよぉ〜〜〜!」
「皆さん落ち着いてください」
「そうだぞ。見苦しいぜ」
「ではあなたが代わって……えっ?」
代わってくださいといいかけて、あやかは自分が言い返そうとした相手を見て言葉を失った。その相手は、自分達と同じ浴衣を着た、バンダナを巻いたロングヘアの…
「やあ、みんな」
「よ、横島さん…」
「こ、こんばんは〜」
「き、奇遇ですねぇ…」
人当たりの良い笑顔を浮かべる横島。引きつった笑顔を横島に向けるあやか達。茶々丸も無表情の中にどこか気まずそうな色を見せる。
両者の均衡は一瞬の後、あやか達側から崩れた。
『戦術的撤退〜〜〜〜〜〜!』
「逃がさんぞぉぉぉぉぉぉっ!ひぃぃぃっきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃっ!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
『6班と3班、4班の生き残りが横島に発見されてしまった!
一斑に引き続き、彼女達もこのままゲームオーバーか!?』
「朗報ですよ、のどか。状況はどうやら私達に有利に動いているようです」
「ゆ、ゆえ〜〜〜〜」
携帯サイズのテレビで状況を見ていた夕映に、のどかが不安げな声を返す。
「あ、あの、どうしてこんなとこ通るってるの?」
のどかが言うこんな所とは、屋根の軒先のすぐ下、建物の微妙な出っ張りの上だった。図書館島探検部でも似たような状況を経ることはあるが、夜の建物の外壁を命綱なしで行くことには、やはり不安が付きまとう。
しかし先導する夕映は、そんな不安とは無縁といった風に、落ち着き払った様子で地図を見せる。
「私の見立てではこのルートが最も安全かつ早いのです。ネギ先生の部屋は端っこですので、どうやっても敵や先生方に見つかってしまいます」
「そっか、だから裏手の非常階段からすぐ中に入れば…」
「ええ。なお非常階段の鍵は、こんなこともあろうかと事前に開けておいたです」
「ゆ…ゆえ、すごーい…」
尊敬のまなざしを向けるのどかに対して、夕映はあくまでクールだった。
「お礼は目的を達成した後ですよ。速く行きましょう」
「うん!」
電灯が消えたネギの部屋では、偽ネギ達がテレビを囲んでいた。
「ひまですねー」
「そーですねー」
「うぃむしゅー」
「ネギ・ヌプソングフィーノレドです」
「ネギ・ヌプリングフィールドです。別人です」
「ネもは二人です」
「あいあいさー」
寝ているように命令を受けた偽ネギ以外は、みなテレビ画面に映される、ネギのくちびる争奪作戦の映像を見ていた。とはいっても、その内容に興味があるわけでもなく、ただ眺めていただけだった。故に、彼らは背後に現れたそれに、その瞬間まで気付かなかった。
「ひあああああああ…」
一番後ろでテレビを見ていた偽ネギが妙な声を上げた。それに反応した偽ネギ達は、初めて自分達以外のものがこの部屋に存在していたのに気付いた。
それは一番後ろの偽ネギの頭を鷲づかみにして持ち上げ、興味深げに偽ネギを観察していた。
「ふむ、現代の式神というやつか……なんとも未完成な」
「どなたですか?」
ネギの中の一人が首をかしげて聞いてくる。その何の警戒もない様子に、侵入者は首をかしげる。
「命令が設定されておらぬのか?……ふむ、なるほど」
それは少し考え込んだ後、笑顔を浮かべる。
「ならば、役に立ってもらうとしよう。少しばかり風雅に、な」
それは言うと、偽ネギをつかみ挙げて手に力をこめる。指はまるで熟れすぎた果実を握ったかのように、偽ネギの頭にズブリと入り込んだ。その瞬間、偽ネギは僅かに痙攣のような動きをしたが、それだけだった。やがてそれの手から開放されると、偽ネギは何事もなかったかのように畳みの上に降り立った。めり込んだ指のあとも綺麗に消えている。
「こんなものだな。さて」
それは、満足したように頷いてから残りのネギたち向けて片手を翳す。その向けた手に、青い稲妻のような光が宿る。
「お前達も役に立ってもらうぞ」
ネギの部屋に目映いばかりの閃光が溢れた。
『実録!両面宿儺の正体に迫る、な〜のね』
というふざけたタイトルの報告書を、ピートと西条は真面目な顔で読んでいた。タイトルに反して、その内容は濃く正確で、論理的に組み上げられたものだった。
「さすが天界軍調査官といったところですね」
「ああ」
西条は生返事を返しながら、報告書の最後を再読した。
そこにはこう書かれていた。
両面宿儺は魔界軍側の回収しそこなった兵鬼である、と。
天界と魔界が地上で最後に大規模な戦闘をしたのは紀元前後、キリストが地上にやってきた頃だった。そのころ魔族側が新しい種類の兵器の開発に成功していた。
それは滅ぼされた神魔の魂を輪廻に入る前に確保して、兵鬼という容を与え制御するというものだった。
敵を倒すほどにこちらの戦力が増強される。その兵鬼のコンセプトは戦況を変えるとまで言われたが、しかしすぐに廃れていった。理由は制御の問題だった。元々魂は強力かつデリケートなものであり、強い神気や魔力を与えられるだけでたやすく暴走状態に陥った。
故にそれらの兵器は殆どが回収、破棄されたか、野生化して荒神となった。
リョウメンスクナは後者の一例だった。元は神武天皇に天皇の位を与えたといわれる日本神話系の異形神だったが、戦闘で敗北、魂を魔族側に回収されリョウメンスクナの中枢とされた。そしてリョウメンスクナは暴走。飛騨において土着神として祭られ、やがて朝廷の命を受けた建振熊命によって討伐、封印された。その後も何度か復活し、時には人間に使役されたが、その度に倒され封印された。
最近では、十数年ほど前に関西呪術協会の今の長達によって封じられたらしい。
「情報としては信用できそうだね」
「ええ。天界軍の公式記録の裏づけつきみたいですからね。
ですが…やはり疑問は残りますね」
資料を封筒にしまいながら西条たちは顔を見合わせた。
ヒャクメからの資料を読んで、二人は以前からの疑問がいっそう明確になったのを感じていた。
「…やはり弱すぎる」
「ええ。メドーサ達がここまで集まって欲しがるような戦力とは思えません」
ヒャクメの渡してきた資料から見て両面宿儺の戦力は、どれほど大きく見積もってもメドーサと同等以下だった。もちろん普通のGSにしてみれば脅威以外の何者でもないが、メドーサ達が神魔族の体制側に再び目をつけられるという危険を冒してまで、欲しがるような戦力だとは思えない。
「何か裏がある、ということでしょうか?」
「さあね。ひょっとしたら奴らの目的はリョウメンスクナですらないという可能性すらある」
だとしたら手詰まりだ、と西条は、冷めかけた番茶に手を付ける。
「だが、やはりリョウメンスクナが目的であるという線は強いと思うな。
最後にスクナを封じたのは魔法使い、それも関西呪術協会の魔法使いだからね」
「かつてリョウメンスクナを使役した人間が魔法使いだから、ですか?」
「ああ。あの天ヶ崎という魔法使いの手を借り、近衛木乃香嬢の魔力を利用してリョウメンスクナを使役するというのが、一番筋が通っている。
リョウメンスクナの『弱さ』を考慮しなければ、ね。
それはそうと、小竜姫様達が応援に来てくれるという話はどうなったんだい?」
「それも無理そうです。少なくとも天界上層部の指令が下るまでは動けないと」
天界、魔界共に人間界には不干渉というのが基本姿勢だ。以前小竜姫が活躍した、GS試験、原始風水盤などの事件も、その発覚から小竜姫へ辞令が届くまで、かなりのタイムラグがあったらしい。
「命令が下る頃には、横島さんの呪いも解けているかもしれません」
「お役所仕事、という奴だね」
ため息混じりに西条は呟き―――僅かに、魔力の気配を感じた。
「今のは…!?」
「どうしたんですか、西条さん?」
向かいに座るピートは何も感じなかったらしく、急に険しい表情をした西条を訝しげに見ている。
その様子を見て西条の意識に、自分の勘違いだったのではという考えが浮かんでくる。それほど僅かな、ほんの一瞬の気配だった。それに張り巡らされた結界の全ては無事であり、反応もない。だが…
「今、横島君とネギ君の部屋のほうから魔力を感じた」
「…確認に行きましょう」
だが、このような時に自分の感を疑わないことこそ、生き残る秘訣だ。二人は頷くと立ち上がり…
「いやぁぁぁぁぁぁっ!」
廊下から扉越しに聞こえてきた悲鳴で、はじかれたように駆け出した。
西条とピートはそれぞれジャスティスと聖書を手にして部屋を飛び出した。それと同時に二回目の悲鳴が聞こえてきた。
「きゃぁぁぁああぁああぁぁぁっ!」
「向こうだ!」
悲鳴が聞こえてきた方向に駆け出す二人。しかもその方向からは霊力が迫っているのも感じられた。
(さっき感じたのもこれだったのか…!?)
結界の罠を感知されずに通り抜けるとは油断ならないと、西条はジャスティスを握る手に力をこめる。
廊下はすぐに曲がり角に突き当たり、その角から霊力を纏った何者かが飛び出した。西条とピートは来るであろう攻撃に身構え、しかし何も来なかった。
飛び出してきたのは白い髪の少女の幽霊―――横島のクラスの生徒だった。
「助けてぇぇぇぇぇぇぇっ!」
どうやら自分達の聞きつけた悲鳴も彼女のものだったらしい。さよは、あっけに取られている二人の間をすり抜けて飛び去り、やがて突き当たりの角を曲がり西条達の視界から姿を消した。一体何があったのかと、遠ざかる彼女の背中に問いかけようとした西条だったが、次の瞬間に曲がり角の向こうからもう一つ、何かがやってくるのを感じた。
(これが本命か!?)
ピートもその存在を察知したのか、再び前を向く。
そしてそれと同時に、何者かが飛び出し――――突き当りの壁に激突した。
ズドン!
飛び出してきた何者かは、壁に両手の平と足裏を着けて衝撃を殺していた。しかもそのままの体勢で、まるで重力が地面に対して水平に働いているかのように姿勢をキープしていた。それは激突ではなく、着地だった。
さらに驚くべきことに、壁に着地したそれは人間の―――それも二人の知り合いの姿をしていた。
横島だった。
ヤモリのような体勢で壁に張り付いていた横島は、聖書と西洋剣を中途半端に構えた二人に目を向けた。
まるで江戸時代の妖怪画から出てきたような不気味さに、普段から魑魅魍魎と渡り合っている二人も動きを止める。
目が合ったのはほんの数瞬。横島は興味がないという風に目を西条達の後ろ、さよが逃げていった方に向けて
「まぁぁぁぁてぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
壁に四つんばいになったまま駆け出した。およそ直立二足歩行生物である人間とは思えない動きと速度で、横島は壁、天井、そして壁と縦横無尽に駆け抜ける。
やがて横島の姿もさよと同様曲がり角の向こうに消え…
「いやあああああああああああああ!」
「うきょきょきょきょけきょきゃ!」
さよの悲鳴と、そしておそらく横島のものであるだろう笑い声が、遠くから聞こえてきた。そして廊下には、まるで先ほど見た全てが幻であったかのような静寂が戻る。その静かさが、西条たちにはかえって不気味に思えた。
だが、だからといってこのまま突っ立っているわけにもいかない。
「……えっと今のは……」
「さあ…と、とにかく!そんなことよりネギ君の部屋に行って安否を…」
西条は未だ動揺しているピートに言って歩き出そうとする。だがその時、窓が突然外から開き、小さな人影が入ってきた。
それはスーツ姿の子供―――ネギだった。
会いに行こうとしていた人物の唐突な登場に、西条は驚きつつも声をかける。
「や、やあ、ネギ君。丁度良かった。さっき君の部屋から魔力が「ホギです」…は?」
西条の言葉が終わる前に、ネギは謎の言葉を残して歩き出す。。それは一体どういうことかと西条が呼び止めて問う前に、さらに別の人影が窓から入ってきた。
それもネギだった。
「ヤギです」
言うが早いネギは歩き出し、そしてまた別のネギが窓から入ってくる。
「ネギ・ヌプソングフィーノレドです」
「ネギ・ヌプリングフィールドです。別人です」
「ネもです」
「ネも二号です」
まるで壊れた自動販売機のように、窓は次々とネギ?を吐き出し続ける。だがそれも無限ではなく、10人目にして終わりを告げる。
「ヌギです」
それで種切れだったらしく、最後のネギは窓を閉めて、完全に固まっている西条とピートに一礼をしてから、どこかに向けて歩き出した。
西条とピートは、そのあまりの展開に思考の殆どがホワイトアウトし、その場に呆然と立ち尽くしていた。
それゆえに、あのネギ達がほんの僅かに、魔族たちの魔力――霊魔力を帯びていたことに気付けなかった。
西条たちが廊下で固まっている頃、のどかと夕映はネギの部屋の前にたどり着いたところだった。
「まだ誰もいません、チャンスです」
「う、うん。ありがと〜〜」
扉の前に立つのどかは、自分の鼓動がが恐怖以外の要因で早まっていくのを感じていた。
(ネ、ネギ先生と…キス…)
その光景を想像するだけで、それこそ死にそうなほどに脈拍が上がる。
「のどか、早く部屋の中に張りいなさい」
「ひ、一人でぇ!?」
「当たり前です。さあ…!」
「う、うん…」
のどかは頷き、大きく深呼吸をして…
「…やっぱり、夕映も一緒に来て…」
「……」
夕映は無言でネギの部屋の扉を開けると、のどかの背中を突き飛ばす。
「きゃん!」
小さく悲鳴を上げて、のどかは明かりのついていないネギの部屋の中に転がり込んだ。
「まったく、この期に及んで…」
「そ、そんなぁ、夕映…!」
聞く耳持たんとばかりに夕映は扉を閉め、それから小さくため息をつく。
「背中を押すのもここまでです。後はがんばるのですよ、のどか」
微笑み混じりに言ってから、夕映は枕を両手に持つ。
のどかのことだ。ネギを前にしてもキスをするまで何かと時間がかかるだろう。ならばその時間を稼ぐのが私の役目。
(さあ、何班でもかかってきなさい!)
まるで砦を守る武将のような気持ちで気合を入れる夕映。
その時、彼女は背後で気配を感じた。
(敵っ…!)
夕映は振り向きざまに枕を投擲しようとして
「夕映さん」
だがやってきた人物の正体を見て、慌ててやめた。
「ネ、ネギ先生…」
それは室内で寝ているはずのネギだった。
(大誤算です…!)
ここにネギがいるということは、室内にネギはいない。それに起きているネギに対して、のどかがキスをねだるなど出来ようはずもない!
(こうなれば…強引に気絶させて……)
思考が危ない方向に向かい始めた夕映に、ネギが話しかけてきた。
「あの、夕映さん。実は夕映さんに話があるんです」
「えっ?わ、私にですか?」
「ええ、突然こんなこと、言いにくいんですが…色々考えて、僕、やっぱり…」
頬を僅かに染めて、躊躇いながら言葉をつむぐネギ。それはまるで…
(まるで、って待って下さい、えっと、この展開は…つまり!?)
「僕、夕映さんのことが…」
その言葉に、夕映は自分の心臓が跳ね上がったのを感じた。
「あああああ姐さん!ネギの兄貴が!ネギの兄貴が!」
「わ、分かってる!けど、どういうこと!?」
トイレに仮設された放送局で、カモと朝倉は混乱していた。
その理由は、モニターに映し出されたネギたちだった。
右を見てもネギ。左を見てもネギ。しかもそのネギ達のうち何人かは、争奪戦参加者とも遭遇していた。
宴会場でネギを探していたあやかもその一人だった。
「相坂さんの尊い犠牲を無駄にしないためにも、なんとしてもネギ先生とキスを…!」
などといっているその後ろから、声がかけられた。
「いいんちょさん…」
「ま、まあネギ先生!そんなところに…」
一瞬でハンターの目になるあやか。
さて、どう捕まえるべきかと考えるが、しかしだからこそネギが取った行動に対処できなかった。
ネギは何の気負いも感じさせない自然さであやかの前に立つと、あやかの頬に手を添えてそっと髪をなで上げた。
「ねっ、ネギセンセイィ!」
夢や妄想の中でもめったに見られないほどの極上展開に、声が裏返るあやか。だがネギの攻勢は、それにとどまらなかった。ネギは真剣な表情でこう告げた。
「貴女が欲しいです」
ぶしゅっ!
あやかの鼻から、血が噴出した。
それと同じような展開が、旅館内のあちこちで見られていた。
「まき絵さん、チューしてもいいですか?」
「古菲さん、お願いがあって…キスを…」
「茶々丸さん、貴女のくちびるをいただきに参りました」
そして…
「キス、してもいいですか、夕映さん」
「フン。いつの世も、年頃の娘は色恋の花に弱いものよ」
嵐山ホテルの屋根の上で、それは式神達が送ってくる情報を見ながらほくそ笑んでいた。
「だが、遊びもそろそろ終えるとするか…」
それは、式神たちに霊力のバイパスを繋ぎ、潜めておいたコマンドを発動させようとして…、だがその直前、眼下に一つの影を見つけた。
「む?
……ふむ。こちらの方が重要か。
ならばもう少し夢を見させておいてやろう」
そう言うと、それは闇夜に舞い上がった。
「横島さん、起きてるかな?」
「多分、大丈夫だと思いますよ」
風呂から上がったアスナと刹那は、横島とネギの部屋に向かっていた。
横島がなぜGSをやっているかを聞くためだった。
「……ありがとうね。付き合ってもらっちゃって」
「いえ、私も知りたいですし」
風呂に向かうときとは打って変わって穏やかな雰囲気で会話をする二人。その二人の前に、曲がり角から小柄な人影が飛び出してきた。
ネギだった。
「あれ、ネギ。どうしたのよ、こんなところで?」
「いえ、実はアスナさんにお話があって…」
ネギはそう言うと、アスナの前に立ち、そして真剣な顔でこう言った。
「アスナさん。僕と…キスしてくれませんか?」
「いやよ」
即答だった。あまりの一刀両断ぶりに、断られたネギどころか隣で聞いていた刹那も呆然としている。そのなかでアスナだけが言葉を続ける。
「誰がアンタみたいなガキとキスしたいなんて思うのよ!っていうか本屋ちゃんに告白された日の夜に他の女の子にキスを迫るなんて最低よ、ネギ!」
「あ、あの、アスナさん…」
「なに、刹那さん!?」
「一応言っておきたいんですが……それはネギ先生じゃなくて式神ですよ」
「えっ?」
言われてアスナはネギを改めて見据える。ネギは空ろの表情で
「ネもです」
「あ、本当みたいね。でも……なんで?キスなんか?」
「さ、さあ?」
「アスナさん、キスは……ダメですか?」
きりりとした顔から一転、泣きだす寸前の子犬のような表情をするネギ改めネも。しかし
「だからイヤだって」
アスナは一ミリたりとも揺るがない。それを悟ったのかネもは保護欲を誘う表情を消して、
「では刹那さん。キスを……」
「へ?あ、あの…」
「いい加減にしろ!」
刹那に迫ろうとしたネギの横っ面を、アスナの足裏が捉えて蹴飛ばした。
「あぷろへぇ!」
偽ネギは吹き飛んで、接地後はブレイクダンスのような動きで廊下をすべっていった。
「ったく…一体誰がこんなふざけたものを…」
「えっと…ごめんなさ。アレは多分私がネギ先生に渡した型紙です」
気まずげな刹那。一方で蹴飛ばされた偽ネギはよろよろと起き上がり、呟く。
「断られましたので……次なる命を果たします」
『!?』
突然、いやな予感を感じたアスナと刹那が飛びのいて距離をとる。
それと同時に、偽ネギの体から魔力が立ち上った。
夕映は馬鹿レンジャーの一角を担っているものの、頭が悪いわけではない。むしろ頭の回転はかなり早い。世間の標準レベルと比較したなら卓越しているといってもいい。しかしその卓越した回転数の思考回路は、むなしく空回りしていた。
(げ、現状を!現状を明確かつ的確かつ正確かつ可及的速やかに把握しなくてはならないと推察します!ええっと、つまりはこの唐突な行動の理由は…)
「夕映さん、キス……してもいいですか?」
「ひゃい?え、ええ、ええっ!」
ネギの言葉に思考は真っ白に焼き消え、自分の心音と頬の熱さだけが気にかかる。
「ええ、ということは、了承してくれるのですね」
「ち、違います、その…」
言葉が続かない。ネギは一歩踏み出し、夕映は距離を稼ごうと一歩退こうとして、自分が壁際に立っていたことを思い出す。かと言って左右に避けようと思うが
「夕映さん」
ネギの手が自分を挟むように伸ばされ、手の平は壁に。夕映の逃げ道は完全になくなり、視界はネギの顔で埋め尽くされる。
その真剣な表情に思わず見惚れかける夕映だが、視界の隅に見えた304号室の扉が目に入り、少しだけ冷静さが戻る。
そうだ、この扉の向こうにはのどかが!ネギ先生を好きな自分の親友が!
「み、見損ないましたよネギ先生!のどかに告白されておいてすぐ私に迫るだなんてそれはないでしょう!」
「すみません。それでも夕映さんを愛しているんです!」
強襲のピッチャー返し。
きりりとした真剣な表情と言葉に、夕映は反撃を思いつかない。
耳まで赤くなった夕映に、ネギが少しずつ距離を狭めてくる。
夕映は羞恥心と緊張と興奮と、その他得体の知れないさまざまな情動にがんじがらめにされて指先一つ動かせず、ただ唯一自由になる思考だけが、より一層に加速する。
そんな、ネギ先生が私のことを…!?
い、いえ、待ちなさい!この状況は何か変です。唐突過ぎです。脈絡がなさ過ぎです!
確かに私はネギ先生に好意らしき物を抱いていますが格別先生の気を引くような行動をした覚えは皆無です。
また他のクラスメートに比して特に可愛いともいえず発育の極端に悪い私をネギ先生が特別に気に入る理由が見当たらない。そもそもネギ先生は横島さんに引かれていたのではなかったのですか!?それでなぜ私に…はっ、背丈が近いから!?
いやいや!それよりなぜ今!?仮に私を好きだとしてものどかの告白の後にこのような行動に出る人でしょうか?いえ、不自然です。そんな先生イヤです!
ではどうしてこのような…何かの理由で演技を!?それとも朝倉和美の罠!?
ってと、吐息!吐息が!ネギ先生の吐息が感じられます!こ、これはキス!キス間近!?しかし男の人はたとえ子供でも、キスするときはこんな真面目で大人のような表情をするものなのですか?ああ、ダメです!いけません!とにかく状況を把握し切れていないのにこんな…こんな…こんな…だ、ダメェ…
それはくちびるがあと一センチで接触しようとするまさにその時だった。
304号室の扉が開き、のどかが慌てて飛び出てきた。
「大変!今テレビで、旅館の中にネギ先生がいっぱい…―――ぁ」
のどかが最後に漏らした、吐息のような小さな呟き。それにより、夕映は自分を取り戻した。
「や、やめてください!」
寸前まで迫っていたネギを、渾身の力で突き飛ばす。それと同時に、夕映はのどかがもたらした情報が脳内で分析される。
テレビでとは朝倉の中継だろう。それでネギ先生がいっぱいいるということは、その多数は偽者であるということであり、したがって目の前にいるネギ先生はその言動の不自然から判断するに…
(偽者…!)
最初に来たのは、ネギがこんな行動を取らなかったということに対する安堵。そして次に来たのは、偽者への怒りだった。
夕映は本を取り出し偽ネギの頭に一撃を加える。
ハードカバーの一撃は確実に偽ネギの側頭部を捉えた。
「も゜むっ!」
「ひあうあ!」
偽ネギはもんどりうってうつ伏せに倒れ、のどかが驚いて後ずさる。
「ゆゆ、夕映!ぼぼぼ、ぼくさっ、撲殺!?」
「落ち着きなさい、のどか。このネギ先生は偽者です。それに死んでもいません。
この乙女心を弄んだ者にはまだ聞きたいことが山ほどあります」
敵意を込めた視線で夕映が見下ろす中、偽ネギは震えながら身を起こす。
さあどんな言い訳をするつもりかと、身構える夕映だったが、偽ネギが言った言葉は、言い訳でもなければ謝罪でもなかった。
「断られましたので……次なる命を果たします」
「は?」
何を言っているのか、と夕映が問い返すより早く、それは始まった。
「が…ぁ…あああ゛あ゛あ゛っ!」
苦悶の声を上げる偽ネギ。それと同時に腕が膨張し、スーツを内側から押し上げる。その圧力に対して布は簡単に屈して破ける。
「ひっ…」
「なっ」
突然のことに行動を起こせなかった二人は、しかし布が破ける音を聞き、初めて現実を知り悲鳴を上げた。
今、目の前では常識の埒外の出来事が起きていると。
それを認識したときには、偽ネギの変身はすでに殆ど終わりを告げていた。
筋肉が膨張したのみならず骨格にも変化があったのか、体は既に二周りほど巨大になり、額からは一本の突起物が、皮膚を破ってせり出してきた。角だ。そしてその突き破った皮膚自体もどす黒く変色し、硬化していく。
偽ネギという呼称は、もはや的確ではない。振るい絵巻に描かれた鬼がそこにはいた。
「う…あ、あああ…」
目の前の出来事に頭が真っ白になり、ただ震えるだけののどか。それに対して夕映は幾分か冷静さを保っていた。
なぜ偽ネギが…!そもそも目の前のこれは一体何なのか!?ひょっとしたら悪霊、いえ鬼という物なのでしょうか?だとしたらこれは霊障。
ならばまずはGSに……横島さんに知らせなくては…いけない…
考えた。結論もでた。だが、
(どうして……どうして動けないのですか…!?)
横島に知らせようにも足が動かない。
助けを呼ぼうにも声がでない。
(い、いや……)
思考が終了してしまえば、意識の中に残るのは、外部からの情報だけ。
すなわち……恐怖だ。
絹を裂くような悲鳴など、フィクションに過ぎない。本当の恐怖に晒されれば、悲鳴など上げる余裕はない。呼吸は肉体を保つのに必死となり、ただ荒い息がのどを出入りするだけ。
鬼がこちらを見た。その口元が笑っているように見えた。
何をするつもりなのか鬼は片手を挙げた。廊下の電灯に黒い爪が光る。
その行動が何を意味するのか、恐怖に硬直した思考は答えを出せなかった。ただ夕映は、それが振り下ろされるのを黙ってみているだけだった。
そしてその爪は…
「目ぇ覚ませ!夕映吉!」
夕映の顔を切り裂く前に、光で出来た刃で指ごと切り飛ばされた。
「図書館組…発見!」
さよを新田に突き出した横島は、次のターゲットを発見した。304号室の前にいるのどかと夕映だった。さらにはその足元にはネギが倒れていた。
「くっ…しまった!たどり着かれたか!」
歯軋りする横島。
もちろんあのネギはおそらく式神である偽ネギだろう。だが偽だろうが…いや、むしろ偽ネギだからこそ、紙切れの分際で美少女にキスされるなど…!
「赦さん!」
巻き舌気味に叫んでから横島は駆け出そうとして……それは始まった。
「が…ぁ…あああ゛あ゛あ゛っ!」
叫びながら、ネギは体をかきむしり始めた。そのうちネギは、まるで狼男の変身のように姿をかえる。だが偽ネギが変身した狼ではなく鬼だった。
(なっ…何が…)
横島は考えかけ、すぐにそれをやめる。
分からないことはいくらでもあった。だがそれよりも先に
(目の前の問題が優先だ……!)
鬼の前でのどかと夕映が逃げもせず立ち尽くしている。いや立ち竦んでいるのだろう。このままでは危険だ。
横島は駆け出した。それと同時に、鬼が片手を振り上げる。手には変身の過程で伸びた黒い爪。横島の顔から血の気が引いた。
(や・ら・せ・る・かぁぁぁぁぁぁっ!)
サイキックブースター、展開。
壁に接触すればただではすまない速度を得る。一瞬で夕映の隣にたどり着くと、逆方向に加速。急激な逆方向への加速に意識を引っ張られながら、横島は自分にも言い聞かせるように叫ぶ。
「目ぇ覚ませ、夕映吉!」
左手で夕映の後ろ襟を引っ張ると同時に、振り下ろされる爪に向けて霊波刀を振る。
黒い爪と光の白刃がぶつかり、あっさりと黒い爪を指ごと切り飛ばした。
「GYAAAAAAA!」
「なっ!?」
突然割り込まれダメージを受けた鬼はそうだろうが、横島の方もこれには驚いた。あの霊波刀はあくまで攻撃を防ぐために振ったのだ。それがあっさり指を切り落としてしまうなど…
(こいつら…外見はともかく力は低級霊並みか?)
冷静に戦えば、あるいは夕映でも勝てるかもしれないなと思いながら、横島は霊波をこめた蹴りを叩き込む。
ボン
断末魔すらなく、鬼は大量の煙を出して爆発した。
それを確認した横島は、周囲の気配を探る。すると、旅館の館内にもう一つ魔力を感じたが、しかしそれもすぐに消えた。
その近くに、刹那の魔力を感じたことから、多分大丈夫だろうと判断する。
一息ついてから、横島は夕映とのどかに話しかける。
「大丈夫か?」
「は、はい〜」
「ええ…ですが…今のは一体…」
「ああ、えっと……」
どう言い訳しようかと悩んでいるところに、二人分の足音が聞こえてきた。
「横島君!」
「大丈夫ですか!」
「西条、ピート!お前ら何やってたんだよ」
「すまない。こちらのミスだ」
珍しく殊勝な態度を示す西条。横島が今こそ好機と何か言おうとして…
『!?』
突然、三人は眦を吊り上げ同じ方向を向いた。
「ど、どーしたんですか…?」
のどかが不安げに問うが、横島たちは応えられなかった。
それだけ強力な……メドーサを凌ぐほどの強力な霊力が感じられていた。
「ふぅ…異常なし。気持ちも落ち着いたし…そろそろ戻ろうかな」
渡月橋の上で、見回りを終えたネギは一息ついていた。橋の上からは、嵐山ホテルの灯りが見えた。
その灯りを見ながら、ネギは今日の昼のことを思い出す。
「のどかさんのこと…どうしよう……」
のどかに告白されてしまった。
奥ゆかしい日本女性に告白までさせてしまった以上、責任を取らないといけないかもしれない。だが自分はまだ子供だし、そんなことになったら先生失格だ。
だが、だからといっていつまでも先延ばしにするわけにもいくまい。
「…やっぱり、ここは正直な気持ちを言おう」
ネギは惑いながらも決意して頷く。相手が真剣ならこちらも真剣に誠意を持って応えなくては。
そうと決まれば早速帰ろうと、ネギは杖にまたがる。だが飛び立つ前に、自分のポケットから妙な光が漏れているのに気付いた。そのポケットに入っているのは、横島から貰った文珠だった。
「あれ?」
ネギは不審に思ってポケットから文珠を取り出す。光っていたのは《護》の文字が込められていた文珠で…
「ほう。文珠を持っているのか?」
頭の上からかけられた声に、ネギは上空を仰ぎ見る。
視界の夜空には大分欠けた月と、それを背にして浮かぶ烏帽子姿の人影があった。
次の瞬間、文珠が一層強い光を放ちネギを包み、その光ごと、強烈な雷がネギを飲み込んだ。
「きゃっ……」
「雷ですか!?」
びっくりする夕映とのどかだったが、だが横島達の反応は違った。
その雷は、霊魔力が篭っていた。
「横島君、今すぐ外に…」
西条がそういいきるより早く、館内にいくつもの霊魔力の気配が現れた。
「マジかよ…!あいつら一般人に手を…」
「愚痴を言っても仕方ない!ピート君は外に!僕達二人は中だ!」
「はい!」
ピートは答えると、ネギの部屋に駆け込み、窓から外に飛び出した。西条も同時に走り出している。
「夕映吉!のどかちゃん!大人しくしていろよ!」
「あの一体何が…!?」
「悪い!説明してる暇がない!」
横島はそう言い残すと、西条に続いて駆け出した。
「なっ…!」
ネギは衝撃を受けていた。
事態は理解している。自分があの人影から霊力で作られた雷の直撃を受けたことも、横島の文珠がその攻撃から自分を守ってくれたことも。
そして、その雷が自分の使うそれとは比べ物にならない―――まさに神の槌と名づけるにふさわしい威力であるということも。
「ふむ…文珠使いが持っているわけでもないのに今のを防ぐとは。
人間が作ったにしてはなかなか強力なものよ」
「な、何者ですか!?」
「ふふふ…名を問われるとは…我が名も地に落ちたものよ」
不気味に笑いながら、その烏帽子姿はゆっくりとネギの前に降り立った。
その男を前にして、ネギは気付いた。
目の前に立つ烏帽子姿の男からは、忘れたくても忘れられない気配を感じた。
それは、かつて自分の故郷を焼き払った者たちが纏っていたのと同じ気配。
邪悪な人外の――魔族の気配。
無意識に杖を握る手に力が篭る。それを恐怖と取った魔族は、愉悦の表情を浮かべて名乗りを上げた。
「我が名は菅原道真。京の怨霊とでもいえば、聴いたことがあるかな?」
日本最大の怨霊が、ネギの目の前に降り立った。
あとがき
出したり下げたり慌しくてすみません。詞連です。
では早速ですが文句を一言。
なお、メド様と一緒にいらっしゃった方のことは、勘の良い人なら気付かれるかと思いますが、解らない人は解らないと思いますので、どうか秘密という方向でよろしくお願いします。(十時間目あとがきより抜粋)
黙っておいてっていったのに!黙っておいてっていったのにぃっ!
……まあもろばれだったみたいなので、黙ってなくても同じだったかもしれませんが。
今回でキス争奪戦編は終わる予定だったのにまた伸びてしまいました。リアルで時間が取れないというのが大きな理由の一つですが……そこを何とかしてまとめる事が出来ないことも含め、やはり私の力不足です。反省します。
次回こそ、終わらせたいと思います。
ではレス返しを。
>ただのSS好き氏
いきなり当てられた…。
まあネギは原作がまともなので、そのぶん横島関係ではしっかり壊れてもらう予定です。
>塵芥氏
とりあえず、正解した上にリクエストをなさったのが最初ということで、雪之丞の武道大会参加ですね。了解です。
嫉妬マスク……8号とかやってそう…。
>盗猫氏
そうでしたか、ドラクエ系でしたか。
まあ今回はギャグなので、ツンデレ疑惑はギャグモードの時にまた使われるかと。エヴァちゃんは…恋は盲目という方針で。
>D,氏
多分オリかクロスのキャラが阻止に動くのは、ネギまSS史上初ではないかと自負しているしだいです。
それはそうと
黙っておいてっていったのに!黙っておいてっていったのにぃっ!
>スレイヤー氏
悪意と迎撃システムに関しては、少し訂正させてもらいました。確かに悪意だらけでしたね。
>はてな?氏
本山については考えてます。
朝倉を放って置いたのはギャグだったから+αのまだでていない理由です。フォローの予定は再来週ですので、ちと待って下さい。
それと、やるときはやりますがやらないときはやらないです、横島は。
>くらす氏
>設定のうまみが減ってきているように思います。
うっ、い、痛いところを突いてきましたね。実は私も感じていたところです。とにかく、予定ではオリジナル設定の連発はこのキス話で終わりで、後は既出のネタで何とかしていく予定です。
がんばりますので、もう少しお付き合いください。
>鉄拳28号氏
人魚は所詮当馬の上キスまで到達できず、モノノケに好かれるものの、ある程度まで関係がもてたのはルシオラのみ。本人はもてた自覚がありません。……ちくしょう、うらやましい奴め…!
誤字指摘ありがとうございました。
>ZEROS氏
メドーサの思惑はいまだ謎ということで、と、それはそうと…
>最後のは反転道真かな?
黙っておいてっていったのに!黙っ(以下略)
>23氏
久々に横島ラブのネギです。ケータローを参考にしています。
まあそれはそうとして
>最後のは、道真っすよね?
黙っておいてっていっ(以下略)
>わーくん氏
お久しぶりです。
リアルでお疲れ様です。少しでもこのSSが精神的疲労の回復に役立っていたら幸いです。
横島は無意識です。そこが罪。ザジさんはなんかこういうギャグをさせるのにすごく扱いやすいキャラです。
これからもがんばります。
>ひろ氏
そう来ました。おそらくネギま2次史上初と自負しています。
それと、メド様ときたアレの固有名、出さないでくれてありがとうございます。
>神〔SIN〕氏
深みにはまってるのはネギもです。いや、むしろネギのほうが深刻かも。
フェイトや小太郎、ベルゼブル、デミアン、そして月詠の腕。もうちと待っててください。ご期待に沿えるようにがんばります。
>舞―エンジェル氏
ええ、横島はキスを阻止するに当たりきわめてシリアスです(ぇ
アスナの問題は次回こそ決着、敵が介入してきた目的はさらにその次辺りに。
横島の失ったものは、この二学期の最後にちらりと触れる予定です。どうぞ長い目でお付き合いください。
レス終了。
最近リアルでちと忙しく、下手をすれば毎週更新が怪しいかも…。ですが少なくとも、本当に無理、というところまではがんばらせていただきます。
では…最後に一言。
D,氏、ZEROS氏、そして23氏…
黙っ(以下略)
以下再掲載前のレス
1.
続きが気になる展開!
これからも頑張ってください!応援してまっせ
誤字報告
「俺は目的を達成した後ですよ。速く行きましょう」
お礼では?
{ash(2006-10-16 03:20)}
2.
いつも楽しませてもらってます。
週一は大変かもしれませんが頑張ってくださいね
>パソコンばかりやっていて授業もろくすっぽ聞かない男子生徒や、そんな彼といつも行動を共にして問題を起こしまくっていた天然女子生徒
懐かしい。これも大好きでした。フォーティがフィフティと戦うはずだった敵と戦ってる絵とか見て続きを楽しみにしてたものです。続きでなかったけど。
誤字報告
横島君!き、君は言った何をしたんだね
君はいったい何を・・・ですね
{たと(2006-10-16 03:48)}
3.
おおっ!文珠合戦になるのか?
敵も味方も文珠、文珠、文珠!!
何でもありバトルって逆にセンスが問われますね。
期待してますよ〜(笑)
・・・あと、「文珠」って文字は変換しても出ないんですね。
初めて知りました。
明日から講義?はっはっは、問題ないですよ。
僕なんて今日会社に行かなければいけないのですから。
・・・何をやってるんだろうorz
{因幡白兎(2006-10-16 04:15)}
4.
タイラント横島につかまった双子は何があったんだろうか?凄くきになる・・・・・
あとスクナが弱いですか・・・・・まぁ小竜姫にしたら弱いかもしれませんねぇ・・・・・・・
最後に!やはりこいつでしたか・・・・・
{D,(2006-10-16 08:27)}
5.
おお〜道真ですか!
神の方が文珠使えたから、悪鬼の方も使えるかもしれないっすね!
メドーサよりも強力な魔族にネギじゃ力不足ですな。
{ミアフ(2006-10-16 08:30)}
6.
おぉー。京都ということでGS側から出てくると思いましたが怨霊道真ですか。
しかしこれ出てきたら京都天満宮経由で善玉が出張ってくる理由になってしまいそうな・・・?
お役所仕事ですから間に合わないかと思いますが(汗
あと1つだけ。日本最大の怨霊は「天孫たる天皇家から日本の統治権を奪った」
魔王崇徳上皇ですよ。
{京都大原三千院(2006-10-16 08:39)}
8.
ども弟子二十二号です。
横島が何故『人界最強』と呼ばれるまでになったのか?
何故そこまで戦いつづけたか?その秘密が明らかになるようなので次回が楽しみです。
しかし、まさかここで菅原道真が出てくるとは想像してませんでした。
{弟子二十二号(2006-10-16 15:16)}