(10月初旬、「ステルヴィア」周辺宙域)
「小田原!スピードが遅すぎる!もっと速度を上げろ!」
「無理ですよーーー!」
俺達が「ステルヴィア」に入学してから、一ヶ月以上の日数が経過した。
さすがに、外宇宙の探索と開発を担う人材の育成を行う学校だけあって、毎日の授業や実習は厳しかったが、俺達は若さとやる気で、それを少しずつこなせるようになっていた。
そして今日も、レイラ先生による「ビアンカ」の操縦実習が行われていた。
「次は厚木だ!」
「了解です!」
俺は初めての時よりは慣れた手つきで「ビアンカ」を操縦して、所定のコースをクリアーしていく。
「ふむ。それなりに慣れてきたようだな。この調子で頑張るように」
「ありがとうございます」
「次は音山だぞ!」
「はい」
「孝一郎君、また上手になったわね」
コースの飛行を終えた俺が所定の場所で待機していると、珍しくお嬢が話しかけてくる。
彼女は真面目なので、大した用事も無いのに話しかけてくる事はまれであった。
「お嬢の方が上手じゃないか」
「私はちょっとね・・・。でも、あなたは他の人の何倍もの速度で上手になっている。これじゃあ、じきに追い越されるかも」
「まさか」
この1−Bで、「ビアンカ」の操縦が一番上手なのはお嬢であり、俺も2番目とは言われていたが、お嬢の壁は高く厚いものだと思っていたからだ。
「それよりも、光太の方が・・・」
「えっ?光太君が?」
「俺の気のせいかもしれないけど・・・」
俺達の目の前で、普通よりもほんのちょっと上という飛行を披露している光太を見ていると、俺の心の中に疑問がわいてくるのだ。
「光太君って、お手本のように何をやっても普通なのよね」
「そう。どんなに難しい課題でも、物凄く簡単な事でもね」
両親を亡くして、俺の家の近所の親戚の家に越してきた光太は、「その悲しそうな顔が気に入らない」という理由で、1年以上も近所の悪ガキ達のイジメを受けていた。
他人と少し違うというだけで、そういう辛い目に合ってきた光太にとっては、普通にしている事こそが、目立たないで争いを避ける事ができる、唯一の手段だと感じているのであろう。
ただ俺にも、光太がどのくいらいの実力を隠しているのかまでは、把握できなかった。
「俺には、そんな器用なマネは出来ないな・・・」
「孝一郎君、何か言った?」
「いや、別に」
「次!片瀬!」
「はい!」
「しーぽん、大丈夫かな?」
「私からは何とも・・・・・・」
そして俺達がもう一つ心配していた事は、しーぽんの操縦技術についてであった。
「ステルヴィア」に入学する前のシミュレーションの成績は優秀だったらしいのだが、いざ実習に入ると暴走を連発して、レイラ先生に目を付けられてしまっていたのだ。
「いくら本番に弱いとはいえ、そろそろねぇ・・・」
「そうよねぇ・・・」
だが俺達の目の前で、しーぽんの「ビアンカ」は再度の暴走を開始していた。
「また片瀬か!」
俺達の通信機にレイラ先生の声が入り、しーぽんの「ビアンカ」は俺達からどんどんと離れて行く。
「しーぽん!助けに行くよ!」
しーぽんのルームメイト兼親友のアリサが彼女を助けに行こうとするが、俺はそれを止める事にする。
「二重遭難になるから、大人しくしているんだな」
「孝一郎の薄情者!」
「大丈夫だよ。レイラ先生が助けに行ったからさ」
「そうよ。孝一郎君の言う通りよ」
「ううう。しーぽん」
俺達が心配をしている前で、片瀬機の追跡をしていたレイラ先生の「ビアンカ」は、あっという間に追い付く事に成功していた。
「さすがはレイラ先生!」
「レイラ先生、男前だものな」
「男前ってねえ・・・。確かに、女生徒からよくラブレターを貰うらしいけど」
「へえ。そうなんだ」
「ねえ、孝一郎君。しーぽんの(ビアンカ)の動き、おかしくいない?」
「あれれ?Uターンなんて初めての事だね」
「このまま全速力で逆走なんてすると・・・・・・」
「レイラ先生の機体と衝突する・・・」
俺達1−Bの生徒達が見守るなか、2機の「ビアンカ」は正面衝突をして動かなくなってしまう。
「授業は中止かな?」
「そうね。それどころでは無いみたいね」
俺とお嬢が冷静に話をしていると、通信機からは、管制室で待機している迅雷先生の救助要請の声が鳴り響いていた。
「片瀬、これはお前だけの問題では無いんだぞ。今日の実習は予定の半分も消化できなかった。お前のせいでみんなが迷惑を被ったんだ」
衝突事故の影響で予定よりも早く授業が終了した俺達が、格納庫内で自分の「ビアンカ」の整備をしていると、レイラ先生がしーぽんに説教をしていた。
「しーぽん、大丈夫かな?」
「何がだ?ジョジョ」
「だってさ。あれはさすがにマズイだろう」
レイラ先生の「ビアンカ」は思ったよりも損傷が酷く、修理に丸一日以上かかってしまうらしい。
「これは、飛行停止処分ものかな?」
「それは、ピエール君の考え過ぎよ」
ピエールの意見にお嬢がすぐに反論をする。
「そうかな?」
「だって、そんな事をしても実習が遅れるだけだもの。そうね、今回は磨きかな?」
「「「「「磨き?」」」」」
「そうよ。磨きよ」
「これ全部1人でやるの?」
レイラ先生の説教タイムが終了したしーぽんが向かった先は、通信用レーザーのレンズが設置されている区画であった。
彼女は作業用の宇宙服に身を包んで、レンズ磨き用の自動クリーナーを手にしている。
「昔の映画で見たような光景だな」
「落ちこぼれの士官候補生が、教官に罰を命じられ・・・。という話?」
「よく知ってるね。栢山さんは」
「昔、テレビで放送してた」
俺達8人は、エアロックの窓から通信用レンズを懸命に磨いているしーぽんをこっそりと眺めていた。
「ああっ!もどかしい!ここは掃除歴10年のアリサさんが!」
「甘やかすのは良くない」
「晶は、そう言うけどさ」
「私も、手伝わない方が良いと思うな。ここで手伝って貰っても、かえって、プレッシャーを感じちゃうよ」
「お嬢の言う通りだな」
「僕もそう思うよ」
「俺も」
お嬢の意見に、ピエール・大・ジョジョも賛同する。
「でも、ここは大親友として・・・」
「ここは素直に引いて、あとで慰め会でも開きましょうや」
「僕も、孝一郎の意見が正しいと思うな」
「光太の言う通りかもな」
「それで、どこで慰め会をする?」
「孝一郎の部屋で、焼肉でもしましょうよ」
「アリサ、決めるのが早すぎ」
「だって外食ばかりだと、お小遣いがピンチになり易いし・・・」
「私もそれで良いと思うけど、肝心の孝一郎君のお部屋は、もう片付いたの?」
「結局、倉庫を借りる羽目になってしまった・・・」
「家賃が大変ね」
「生徒会にいくつかの物品を寄付したら、無料にしてくれた」
結局、あの大量の賞品は片付かないままだったので、笙人先輩に相談して生徒会が管理をしている、空き倉庫を借りる事にしたのだ。
俺はそれなりの家賃を予想していたのだが、生徒会が購入を検討していた、いくつかの物品を寄付する条件で、家賃は免除される事が決定していた。
「では、材料と飲み物を購入して、孝一郎の部屋に集合よ!」
「やっぱり、俺じゃなくてアリサがリーダーだよな」
「私はあくまでも書記長なの!」
「旧ソ連と同じなんじゃないの?」
「ジョジョ!」
「上手いなジョジョは」
「任せてくれよ」
俺達がそんな話をしながらエアロック室を出ようとすると、外のしーぽんは、クリーナーに引きずられていた。
「しーぽん、ターボボタンを押したのね」
「ターボボタン?」
「パワーは凄いんだけど、制御が難しいのよ」
「でも、早く終わりそうじゃないか」
しーぽんはクリーナーに引きずられてはいたが、レンズの掃除自体は順調な様子であった。
「じゃあ、慰め会の準備でもしますか」
俺達は、そっとエアロック室から退室するのであった。
「さて、準備も整った事だし、しーぽんを迎えに行くとしますか」
「しかし、あんたの部屋は綺麗になったわね」
「生徒会の先輩達が、倉庫に荷物を運ぶのを手伝ってくれたんだ」
「あんた優遇されてるわね」
「デジカメ3台、デジタルビデオカメラ3台、テレビ2台、ノートパソコン2台、その他物品を寄付しました」
「そこまですれば、手伝ってくれるか・・・」
「それで、誰がしーぽんを迎えに行くの?」
ちょうど話の区切りの良いところで、大が重要な事を聞いてくる。
「そりゃあ、光太でしょう」
「僕?」
「そうだ。早く行って来い!」
「うん。わかったよ」
光太は、俺の指示で足早に部屋を退室する。
「ここは、厚木の出番なんじゃないの?」
「何で、栢山さんはそう思うの?」
「だってなあ。やよい」
「そうねぇ。だってしーぽんは、孝一郎君の事が好きそうだし」
「俺は、光太としーぽんがお似合いだと思う」
「あなたがそう思っていても、肝心なのは、しーぽんの気持ちなんだけど・・・」
俺は、お嬢の追及に少し動揺してしまう。
実は俺はみんなに、昔妹がいて既に亡くなっている事を話してはいたのだが、その妹がしーぽんにそっくりである事を知っているのは、光太だけであったからだ。
「それとも、他に好きな人がいるの?」
「ええと。それは・・・・」
俺の周りには、多くの美しいや可愛いにカテゴリーされる女性達が存在していたが、彼女達に恋愛感情があるのかと聞かれると微妙な部分があった。
「孝一郎!素直に白状しろ!」
「だから、まだそんな気持ちを抱ける人がいないんだって!」
厳しく追求するアリサの表情を見ながら、俺はそう反論したのだが、この前のペンダントをプレゼントした件などを考慮すると、今一番気になっている女性は、アリサなのかもしれないと考えていた。
「ただいま」
俺がこれ以上の追求をどうやってかわそうかと考えていると、光太としーぽんがタイミングの良いところで帰還する。
「どうしたの?しーぽん、暗いよ」
「光太、どうしたんだ?」
俺達が光太に事情を尋ねると、罰当番を終えた直後に町田先輩にかなり厳しい事を言われてしまったらしい。
「軽い気持ちで(罰当番なんてついてないです)って言ったら、(あなたに足りないのは運ではなくて実力だ)って怒られちゃって・・・」
「しーぽん、(忠言は耳に痛し)だよ。きっとあの人は、自分にも他人にも厳しい人なのさ。次から頑張れば良いんだから、気にするなよ」
「孝一郎君・・・」
「とにかく。お勤めは終わったんだから、夕飯にしようぜ」
「そうそう。今日はしーぽんを慰めるために、お肉を奮発したんだから」
「ありがとう。みんな」
「ちなみに、場所と道具の提供は孝一郎という事で」
「お前、何でも持っているんだな」
ジョジョが感心たように言う。
「ここひと月ばかりでね」
「では、パーティーを始めますか」
「今日は金曜日なんだから、遠慮せずに飲み食いするぞーーー!」
「「「「「おおーーー!」」」」」
しーぽんを慰めるというのは、ただの口実だったのではないかと思われるほど、焼肉パーティーは盛り上がっていた。
「孝一郎、これは何だ?」
「日本酒と焼酎だよ」
「何でこんな物があるんだ?」
「さあ?荷物に混じっていたんだよ。父さんは良く(中学生にもなって酒も飲めないとは・・・)と俺を説教していたけど」
「変わったお父さんだね」
「しーぽんもそう思う?」
「それで、孝一郎君はお酒を飲めるの?」
「飲めるよ。お嬢は?」
「私も少しわね・・・」
「学生が、お酒なんて飲むのもじゃないと思う」
「晶は真面目ちゃんよね」
「私も別に飲めないわけじゃない!アリサはどうなのよ!?」
「私?飲んだ事が無いからわからないわよ。しーぽんはどうなの?」
「私も、ビールを少し舐めた事があるくらいで・・・」
「じゃあ、飲んでみるか?」
「孝一郎、それはまずくない?」
「明日は土曜日なんだから、二日酔いになったら寝ていれば良いんだよ。光太は飲めないの?お酒」
「僕も、飲んだ事がないから」
「じゃあ、飲んでみようぜ」
「ジョジョは、話がわかるなぁーーー」
「しかし、ワインとかはないのかい?」
「倉庫を探せばあるかな?」
「ピエールは、キザよねぇーーー」
「僕は、僕に似合うお酒を飲みたいんだよ」
「じゃあ、持ってきてやるから責任を持って全部飲めよ」
「任せてくれよ」
「先に他の酒を飲んでいてくれ」
「孝一郎君、私も付いて行く」
俺が部屋を出ようとすると、しーぽんが俺に付いて来た。
「怪しいぞぉーーー。しーぽん」
「アリサったら!私は、孝一郎君が1人で荷物を持つのが大変だと思っただけで・・・」
「ついでに、ツマミでも買ってくるよ」
「「「いってらっしゃーい」」」
俺はしーぽんと共にお使いに出かける事にした。
「凄いね。こんなに沢山あるなんて」
俺達は自室から徒歩で5分ほどの場所にある、生徒会の管理している倉庫に到着した。
ここには、俺が部屋に置き切れない様々な賞品が置かれていた。
「こんなにあると、かえってありがたみが薄れる」
「確かにそうかも。あっ、あそこの箱がそうかな?」
「そうみたいだな」
しーぽんは倉庫の端に置かれていた木製の木箱を発見する。
「でも未成年者に、ワインを賞品に出すんだね」
「ゴールドメダリストが、たまたま未成年者だったんだよ」
「でも、孝一郎君は凄いよね。オリンピックであんなに大活躍をして、(ステルヴィア)でも成績優秀だし」
「好きな事をしているからね」
「好きな事を?」
「そうだよ。俺は8歳くらいの時に、宇宙に上がって(ケイティー)のパイロットになりたいって初めて思ったんだ。だから体を鍛えるために柔道を始めて、それまではバカ一直線だった学校の成績も、努力して修正したんだよ」
「体を鍛える目的で始めた柔道で金メダル?」
「ちょっと前に、話しただろう。金メダルは、死んだ妹の願いだったんだ。あの娘は、柔道をやっている俺が好きだったみたいだな。死ぬ1年くらい前に、金メダルが見てみたいってお願いされてね。俺がオリンピックを目指せば、気力でもっと長く生きてくれると思ったんだよ」
「孝一郎君・・・」
「でも、あの娘は長生きせずに亡くなってしまった。それでも、俺は彼女の願いを適えるために、オリンピックに出場して金メダルを手に入れた。それだけの事さ」
「孝一郎君は、昔から努力しているんだね」
「好きな事だから、苦痛ではなかったけどね」
「そうだよね。私も本当の宇宙が見たかったから、ここに来たんだよね」
「えらく哲学的な夢だね」
「そうかな?」
「まあ頑張りなさいな」
「そうだね。光太君もアドバイスをくれたし」
「そうか」
「あっ!いけない。時間をかけ過ぎちゃったかも・・・」
「さっさと戻るかな」
俺は持参してきたバックにワインを数本詰め込んだ。
「何で、バックにしまうの?」
「予科生が剥き身でワインなんて持っていたら、大変な事になるから」
「なるほど」
「そういう所が、しーぽんは抜けてるよな」
「孝一郎君の意地悪・・・」
その後、俺達はツマミを仕入れに近くのお店に入る事にする。
「お父さんが、晩酌をする時に食べている物と同じで良いのかな?」
「ツマミなんて適当で良いんだよ。それよりも、先生達に見つかって無用な詮索を受けない内に・・・」
「誰が、無用な詮索をするんだって?」
俺達が後ろを振り向くと、そこには迅雷先生が立っていた。
「こんばんは。実は、夕食の食材が切れてしまいまして・・・」
「お前は、夕食にチーズ鱈やアタリ目を食うのか?」
「ええ。好きなんですよ」
俺はまだ一滴も酒を飲んでいなかったので、誤魔化す事を決意する。
「それで、そのバックの中身は何だ?」
「命の水です」
「命の水か。ちょっと、お前の部屋で事情を聞こうかな」
「ははは。そうですか・・・」
「見つかっちゃった・・・」
「厚木!もっと飲めよ!」
「飲んでますよ。でも、思ったよりも美味しいワインですね」
「これは高いワインなんだぞ。この贅沢者が」
俺としーぽんは迅雷先生に自室に連行されてしまい、先に酒盛りを始めていた光太達は、顔面蒼白になってしまったのだが、彼は俺達を説教するどころか、積極的に酒盛りに参加し始めたのだ。
「何で怒らないんですか?」
「俺がお前達と同じ年代の頃には、同じ事をしていたんだ。最近の生徒達は、真面目なんだが面白味に欠けて困る」
「同じ事をですか?」
「そうだ!レイラや蓮達とよく酒盛りをしていたんだ」
「そいつは羨ましいですね。美人のお酌だと、お酒が美味しそうだ」
「あいつらはザルだけどな」
「つまり、酔わせてパターンは通用せずですか・・・」
「この!どスケベが!」
いきなり後頭部を誰かに叩かれたので振り向くと、そこには仁王立ちをしたしーぽんが立っていた。
「しーぽんなの?」
「そうれす!わらしなのれす!」
「日頃とは、うって変わって凄いな・・・」
迅雷先生の勧めで酒を大量に飲んだしーぽんは、性格が激変していた。
「アリサ!しーぽんが大変な事に・・・」
「ううっ、私は悪くありません」
「アリサもか・・・」
しーぽんが暴走絡み系なのに対して、アリサは泣き上戸であるらしい。
日頃とは違って丁寧な言葉使いではあったが、常に涙を流しながら話をしている。
「孝一郎く〜ん。何をそんなに慌てているのかなぁ〜?」
「お嬢、背中!背中!」
俺は酔っ払って色っぽい口調になったお嬢に背中から抱きつかれ、その豊かな胸の感触に理性が崩壊しそうになる。
「おーーーい!ジョジョ!ピエール!大!」
「口ほどでもないんだな。もう酔い潰れて寝ているぞ」
迅雷先生の指摘通りに、ジョジョ・大・ピエールは既に夢の世界に旅立っていた。
更に隅の方では、栢山さんも静かな寝息を立てている。
「光太!」
「えっ!僕?」
光太は俺と同じペースで飲んでいるにも関わらず、顔色一つ変わっていなかったが、しーぽんに絡まれてお酌をさせられていた。
「光太くんら、わらしとお酒を飲むんれす!」
「そうなんだ。嬉しいな」
しーぽんも光太のコップに酒を注ぎ、2人はお酒を飲む事を再開する。
「孝一郎く〜ん。何をそんなに慌てているのかなぁ〜?お姉さんに話して御覧なさぁ〜い」
「お嬢、腕!腕!」
お嬢は今度は腕にしがみついてきたので、腕に胸の感触が移動してかなりヤバイ状況になっていた。
「ふぇーーーん!孝一郎が私を無視するよぉーーー!」
「無視してないでしょうが!」
更に、アリサが俺を非難しながら泣き始めたので、ますます収拾不能の状態に陥ってしまう。
「厚木、モテモテで羨ましいな」
「そんな事は、ないですって!」
「そんな事は、あるんだよ!」
「へっ?」
大量のアルコールにより、僅かの時間で迅雷先生の理性の糸が切れたらしく、俺は孤立無援の状態に陥っていた。
「俺なんてな!学生の頃から、蓮が好きで好きで堪らなかったんだ。いや、今だってそうなんだ!それなのに、あいつは次から次へと新しい彼氏を作って、いちいち俺に報告するんだ・・・・・・。男として、これ以上に悲しい事があるか!?」
「うわっ!メチャメチャ悪女だ!」
「お前なんて、3人もの美少女に迫られて羨ましいじゃねえか!確かに蓮は意地悪だけどよ!でも、好きなんだよーーー!」
「俺が迫られてる?」
「藤沢・片瀬・グレンノース。ほら、3人じゃないか!」
「酒のせいで絡まれているだけですけど・・・」
「そんな事は無いわよ〜。ちゃんと口説いてくれたらオーケーするわよ〜」
「やよいちゃ〜ん。らめれす」
お嬢の言葉を聞いたしーぽんが光太を放置して、俺の開いている腕にしがみついてくる。
「光太、何とかしてくれ!」
「もう寝ているぞ」
光太は表情には出ていなかったが、酒量が限界を超えたようで、スヤスヤと寝息を立てて眠っていた。
「私は・・・。ここが空いてますね」
最後に、アリサが俺の背中に手を回して胸に抱きついてきたので、俺はそのまま床に倒れ込んでしまう。
「3人共、離れろぉーーー!」
横になった俺の右腕にお嬢が、左腕にはしーぽんがしがみつき、胸の上ではアリサが頭を乗せてスヤスヤと眠り始める。
「3人共、寝てるのか・・・。迅雷先生!」
「ごぉーーー!ごぉーーー!」
「こら!迅雷!責任者が寝るな!」
俺は最後の望みであった迅雷先生に助けを求めたのだが、彼も既に眠っていて、この部屋の中で起きているのは俺だけになっていた。
「次の日は、土曜日だから構わないか・・・」
俺は全てを諦めて、目を閉じてしまうのであった。
「それで、迅雷君と厚木君と音山君を除く全員が二日酔いなのね・・・」
翌日の早朝、迅雷先生は、士二日酔いで頭痛が激しい生徒達を救うために、蓮先生を電話で呼び出していた。
「迅雷君!教官が、予科生に酒を勧めてどうするのよ!」
「俺達も、昔はさぁ・・・」
「こんなに飲ませちゃって!レイラに知られたらカンカンよ!」
「すんませんです。反省しています」
「もう、本当に子供なんだから・・・」
蓮先生はプリプリと怒りながら、全員に薬を手渡す。
「蓮先生、今日はデートなんですか?随分と気合の入った服装で・・・」
「そうよ。でも、君は平気みたいね」
「ええ。飲み慣れていますので。それで、また新しい彼氏さんですか?」
「迅雷くぅーーーーーーん!」
「厚木!」
「(昨日の夜の仕返しじゃ!)」
今日の早朝に俺は、目を覚ました3人にスケベ呼ばわりされ両頬に紅葉を作っていた。
迅雷先生が起きてさえいてくれれば、防げた災害であったはずだ。
更に3人とも、昨日の夜の記憶が欠落していて、俺に抱きついた経緯を覚えていないらしい。
実に理不尽な出来事である。
「さてと、お薬は渡したからちゃんと部屋に帰って寝てなさいね。それと、迅雷君には大切な用事があるから」
「本当にすいません!もう二度としませんから!」
「厚木君達に何を話したのか、キッチリと吐いて貰うからね」
「いてててててっ!耳を引っ張らないでくれよ!
」
「早くこっちに来なさい!」
俺達が眠そうな顔をしている前で、迅雷先生は蓮先生に連行されていくのであった。
「やっと、調整完了だ!」
翌日の日曜日、俺は予てから計画していたバイクの調整作業を行っていた。
「こんにちは。孝一郎君」
「あれ?お嬢かい?」
「そうよ。昨日は御免なさいね」
「一昨日の夜の記憶は戻りましたかい?」
「晶ちゃんが、半分寝ながらも状況を目撃していたの・・・」
「俺の無実は証明されたのか」
「しーぽんとアリサも、すまなそうにしていたわよ」
「あとで飯でも奢らせるか・・・」
「それよりも、バイクの免許を持っていたのね」
「まあね。実は免許だけだったんだけど、新型のバイクも賞品に入っていたんで、時間を見て調整してたんだ」
「ふうん。そうなんだ」
勿論この時代のバイクはバッテリー式であった。
しかも、僅かに残る化石燃料を使用するバイクは、一部のコレクターの間で高値で取引されていて俺には手が出ないうえに、密閉空間である「ステルヴィア」では使用禁止になっていたのだ。
「さて、試し運転をば・・・」
「当然、私も乗せてくれるんでしょう?」
「乗りたいの?」
「ええ」
「まあ、本人がそう仰るのなら」
俺は予備のヘルメットをお嬢に渡してから、バイクにまたがる。
「では、後ろにどうぞ」
「了解」
一昨日の夜に続き、俺は背中にお嬢の豊かな胸の感触を感じていた。
「癖になりそう」
「何が癖になるの?」
「えっ!バイクに乗る事がだよ」
「本当かしら?」
「本当。本当」
「信じてあげるわ」
「では、出発!」
俺はお嬢とバイクに2人乗りをして、ツーリングに出発した。
「うーん。絶好調だったよね」
「(ビアンカ)や(フジヤマ)とは感覚が違うのね」
俺達は30分ほどツーリングをしてから、遠方の区画にある公園の展望台に到着していた。
「ここは、リニアモノレールを使わないと来れないから、ラッキーだったわね」
「デートスポットとして最適と・・・」
俺は持っていた電子手帳でメモを取る。
「誰を誘うのかな?」
「それは、まだ未定ですよ」
「そうなの?しーぽんは、誘わないの?」
「うーん。しーぽんかぁ・・・」
「孝一郎君は、しーぽんじゃ不満なの?」
「実は複雑な・・・。いや複雑じゃないかな?とにかく、事情がありましてね」
「私にも話せない事?」
「うーん。実は光太は知っているんだけど・・・。あんまり口外しないでね」
「約束するわ」
「はい。この写真を見て」
俺は、携帯端末に入れてある亜美の写真をお嬢に見せる。
「あれ?しーぽん?でも、髪型が・・・」
「その娘が、俺の死んだ妹なんだよ」
「えっ!でも、しーぽんに・・・・・・」
「俺も初めてしーぽんに会った時に、動揺を隠すのが大変だった。顔も体系も背丈も声も・・・。違うのは髪型ぐらいだね」
「そうか。妹さんとそっくりな娘とは、付き合えないか・・・」
「俺さ、しーぽんが困っていたら無条件で手を貸すと思うけど、それは、恋愛感情とは違うんだよね・・・」
「可愛い妹が心配なんだ」
「でも、それは俺のためでもあるんだよね。しーぽんが元気だったり、ニコニコしていると妹が生き返ったみたいで嬉しくてさ。でも、俺って卑怯者だよね。未だに亜美の事をしーぽんに言えないし・・・・・・」
「孝一郎君・・・・・・」
「俺って、駄目な奴だよね」
「あのね。私にも秘密があるの・・・」
「秘密?」
「実は私、一度(ステルヴィア)に入学しているのよ。予科生をやるの2回目なの。孝一郎君はよく(1年間ズルしてる)って言うけど、私は2年もズルしているの」
「でも、1回目はどうして?」
「事故でね。友達と(ビアンカ)で練習をしていて、宇宙に放り出されて大怪我をしたの。それで怪我は完治したんだけど、暫くは宇宙が怖くて復帰できなかったの」
「それで、同い歳の町田先輩と顔見知りだったんだ」
「知っていたの?」
「だって、お嬢が町田先輩に挨拶とかをすると、町田先輩の方が少し動揺していたから」
「そう見えていたんだ」
「多くの勝負をこなしてきた関係で、相手の観察は得意なんだ。普通、町田先輩が相手なら予科生の方が緊張したりするでしょう」
「孝一郎君の言う通りよ。それで・・・」
「事故に遭った時に一緒にいた友達が、町田先輩だった」
「・・・正解よ。ねえ、孝一郎君は彼女をどう見る?」
「うーん。一秒でも惜しい人なんだね」
「一秒でも惜しい?」
「そう。早く実力を発揮して、一番になって、みんなに実績を示したい。そのためには、自分に厳しく、余裕が無いから他人にも厳しく。俺はしーぽんにはああ言ったけど、あの人は無駄に厳し過ぎだ。レイラ先生とは大違いだな。でも、俺はああいう人を沢山見てきているから・・・」
「沢山?」
「そう。柔道の大会に出ると、焦りで一杯の人が沢山いるんだ。この大会で絶対に優勝してオリンピック代表への実績を作るってね。試合会場でも必要以上にピリピリして、こちらが挨拶をしても無視してさ」
「でも、それは仕方が無いんじゃ・・・」
「俺も試合を始めると周りが見えなくなるタイプだけど、いつもは違うからさ。要は町田先輩とその人達は、切り替えができないか下手な人達なんだよ」
「切り替えができない・・・」
「それが悪いとは思わないけど、つまらない事は確かだね。昔2人の間に何が起こったのかは知らないけど、せっかく違う学年になったんだから、俺達は俺達で楽しくやって、適当に付き合えば良いんじゃないの」
「孝一郎君は、初佳とそうやって接しているんだ」
「言うほど接してもいないけどね」
「孝一郎君の言う通りかもね」
そんな話をしている内に、時間が夕方になったので俺達は寮に戻る事にする。
「今日は楽しかったわ。ありがとう」
「そうかな?」
「私にとっては有意義な休日だったな。孝一郎君、ちょっと耳を貸して」
「えっ、何で?」
「いいから」
「わかった」
俺はお嬢の言う通りに耳を近づける。
「ちょっとロマンチックじゃないけど・・・」
「えっ!」
「また明日ね」
お嬢は、俺のほっぺにキスをしてから駆け足で自分の部屋に戻ってしまった。
「ははは。ちょっと意外な展開・・・」
キスをされたほっぺを押さえながら、俺は夕方の駐輪場で独り呆然とするのであった。
「次は片瀬だぞ!」
「了解です!」
翌日の月曜日、今日もレイラ先生による実習が行われていた。
「しーぽん、大丈夫かな?」
「大丈夫だと思うよ・・・」
「孝一郎君、どうしたの?」
「実は・・・・・・」
俺は通信機なのであまり意味は無いのだが、小さい声でお嬢に事情を説明し始める。
「昨日の夕方、お嬢と別れたあとにしーぽんに思いっきり責められた。今度は、自分を乗せてツーリングに出かけて欲しいそうな・・・」
「それで?」
「今度の実習で上手く行ったらね。という条件を出した」
「それは、効果テキ面そうね」
「光太も何かアドバイスをしたみたいだから、大丈夫だと思う・・・。それにさ」
「それに?」
「アリサにも(そんな、面白そうな物があるなら、私を誘いなさい!)と怒られるし・・・」
「あら、3人の女の子に迫られて大変なのね」
「お嬢、何か言った?」
「別に」
その後しーぽんはランクBという成績を叩き出し、少しずつではあるが、綺麗な飛行ができるようになっていったのであった。
「土曜日にしーぽんで、日曜日にアリサかな?」
そして、俺の女難の日々も始まるのであった。
あとがき
「ビック4」のリーダー格であり、ルックス・知力・体力・技量をかね揃えカリスマもあるケント・オースチンは、あまり目立たないキャラだと天の声が言うので、それを引き立たせる作業を行っているのですが難しいですね。
うーん。特定のキャラを貶める作品をヘイト物って言うんですね。
あちこちを調べて初めて知りました。
語源がいまいち不明ですけど。