(10月3日放課後、学園内掲示板前)
「あーーーあ。試験結果なんて見たくないな」
「大は普通だから良いじゃないか。俺なんて酷いものだぜ」
「ジョジョは、ちゃんと勉強したのか?」
「ピエールはどうなんだよ!」
「僕はちゃんとしているさ」
ジョジョ達は、一昨日までの2日間で行わた中間考査の結果を見るために、学園内の掲示板が設置されている場所に集合していた。
この時代の試験は、コンピューター判定ですぐに点数がわかってしまうので、2日後には結果が張り出されていたからだ。
ただ、昔からの伝統のようで、試験結果は半紙に墨で書くという古臭い手法が取られていて、クラスの委員長であるお嬢などが、お昼休みに駆り出されていた。
「うわっ!ケツから数えた方が早い・・・」
「僕は普通かな」
「うーん。47位か。もう少し頑張らないと駄目かな?」
「よっ!ジョジョ達は早いな」
遅れて到着した俺は、ジョジョ達に声をかける。
「孝一郎か。遅いぞ」
「光太がマイペースだからさ」
「成績なんていつ見ても同じだから。ゆっくりしていたんだ」
「確かに正論ではあるな・・・」
俺は光太と共に掲示板の前に立ち、自分の名前を探す事にする。
「光太は・・・。ど真ん中よりほんの少し上なんだな。大より2番下か・・・」
「結構、自分では頑張ったと思うんだけどね」
「ふーん。それで、俺は・・・・・・」
「げっ!6位って!」
「どういう事なんだ?」
「それはおかしいだろう」
俺が自分の名前を見つける前に、3人が見つけてしまったようで驚きの声をあげていた。
「おかしいよね」
「そうだな・・・」
「ありえない事だ・・・」
実は、俺は意外と試験の成績が良かった。
一年遅れで余計に勉強していた事と、柔道の試合でもそうだったのだが、勝負に強くテストのヤマを当てるのが上手だったからだ。
「・・・・・・。お前達は、俺を脳味噌筋肉の柔道バカだと思っていたんだな?」
「「「正解!」」」
「気を悪くするぞ!それに俺の成績が意外に良いって、お嬢が前に言っていただろうが!」
「自分で自分の事を意外って言うんだ」
大が余計なツッコミを入れてくる。
「でも、小学生の頃は、九九の七の段ができなかったよね」
「光太、人の暗黒の過去を暴露しないでくれよ」
4〜8歳くらいまでの俺は、光太や妹や近所の同年代の子供を引き連れて、(ファーストウェーブ)以降に再生された山や川で泥まみれになって遊びまわり、他の子供のグループとたまに喧嘩をするという日々を送っていて、学校の成績は、のび太君並であった。
どうやら、光太はそれを覚えていたらしい。
「じゃあ、8歳以降に努力したんだね」
「そうさ。バカは、(ステルヴィア)に入れないからな」
「ステルヴィア」の入学試験は、筆記試験・体力測定・ビアンカのシミュレーション・最終面接の4つで、知力と体力ばかりでなく、人格面でも優れていないと合格できなかった。
その試験に難しさは、地球上のどの学校よりも上で、日本では東大よりも難しいと言われていたのだ。
全地球上の少年・少女の受験者の中から、予科生になれるのは200名程度なので、その競争率の高さが予想できるというものである。
「それとお嬢が5位で、しーぽんが3位だってさ」
「孝一郎よりも上なのか・・・」
「みんな、頭が良いんだね」
ジョジョと大が、感心したような口調で感想を言う。
「栢山さんは・・・・・・。52位か」
「あれ?バカって、俺だけ?」
「あんた達、何を騒いでるの?」
「何だ、アリサか」
俺達が掲示板を見ていると、後ろからアリサが声をかけてくる。
「アリサで、悪かったわね」
「成績を見にきたのか?」
「そうよ。しーぽんもお嬢も晶も一緒よ」
「わーーーい!バカ仲間のアリサだ!」
「ジョジョは、しっ!しっ!」
ジョジョを追い払うアリサの後ろには、しーぽんとお嬢と栢山さんがいた。
「孝一郎君、どうだった?」
「6位だった」
「やっぱり凄いんだね」
「私は、ちょっと意外・・・」
「私もだ・・・」
「孝一郎ってさ。スポーツ推薦じゃないの?」
アリサがバカみたいな事を言っているが、「ステルヴィア」にスポーツ推薦など存在しないので、それは不可能であった。
「アリサはこの前、(お嬢と孝一郎は天才で・・・)って言ってたじゃないか・・・」
「孝一郎ってあまり賢そうに見えないから、すっかり忘れてた」
「アリサ、それは言い過ぎよ」
「しーぽんも、少しはそう思っていたくせに・・・」
「はははは・・・・・・」
「つまり俺とお嬢以外の全員は、俺を脳味噌筋肉の柔道バカだって思っていたんだな?」
「「「「「「・・・・・・」」」」」」
俺の質問に、お嬢以外の全員が黙り込んでしまう。
「ふん!俺はどうせバカっぽいですよ!さて、試験も終わった事だし、どこかに遊びに出かけますか」
「そうね。今日くらいは羽目を外しましょうか」
「どこに行く?」
「カラオケにしようよ」
「大は好きだよな。カラオケ」
「まあね」
「では、出発だ!」
「「「「「「「おーーーっ!」」」」」」
「ところで、アリサはどうだったの?」
「それを聞かないでよ・・・」
俺達は試験も無事に終わったので、遊びに出かける事にした。
だが、そのせいでおかしな事件に巻き込まれる事になるとは、現時点では、誰も予想していなかった。
「しーぽん!歌え!」
「片瀬志麻!行きま〜す!」
カラオケボックスに到着した俺達は、順番に好きな曲を選びながら、楽しそうに歌っていた。
「しーぽんは、人気アイドルの最新ヒット曲か」
「しーぽん!可愛いぞーーー」
しーぽんは、アリサの絶叫に顔を赤く染めながら上手に歌を歌っていた。
「次はお嬢ね」
「しーぽんの後だとプレッシャーかな」
「やよいちゃんは、歌が上手いから」
「それでは、行きますか」
お嬢の選んだ曲は、少し前にヒットしたポップス系の曲で、軽快なリズムに乗って上手に歌っていた。
「やよいちゃん、上手」
「ありがとう。しーぽん」
「次は晶ね」
「私が?」
「みんな歌うんだから、例外はなしよ」
「困ったな・・・」
前回同様、1人マイペースでウーロン茶を啜っていた晶は、10年ほど前に流行ったカラオケの定番曲を選択して歌い始める。
晶の声質がその曲に一致していたうえに、意外と歌い慣れているようであった。
「晶ちゃん、上手ね」
「新しい曲を知らないから・・・」
「最後に私ね!」
「何を歌うの?」
「それは、お楽しみという事で!」
アリサがアメリカ出身の有名なロック歌手のヒット曲を熱唱して、女性陣の出番は終了する。
「さあ!あなた達の実力をとくと拝見よ!」
「まずは僕だね」
アリサの誘いで大が一番に名乗りをあげ、リモコンで曲を入力し始める。
「さあ!スタートだぁ!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「ねえ、あの曲は何?」
大が思いっきり音程を外しながら、歌を熱唱している横でアリサが俺に質問をしてくる。
他の女性3人は、驚きのあまり声も出ないようだ。
「子供の頃に、日本で流行ったロボットアニメの主題歌なんだけど、外国でもやってたんだ・・・」
大はオーストラリア出身なので、そこでも放映されていたという事だろう。
「そうなの・・・・・・」
「アニメの曲だからって偏見は良くないよ。俺も好きだったし、歌おうと思えば・・・」
「問題なのは、何の歌を歌っているのかがわからないくらい下手って事なんだけど・・・」
「次は俺が歌う!栢山さん!聞いていてくれ」
「うん」
「ジョジョ、張り切ってるな」
「・・・。下手ね・・・」
「下手だ」
「えーーーと・・・」
「あれは?」
アリサは、俺に大と同じく音程を外しまくっているジョジョが歌っている曲の事を聞いてくる。
「サルサかな?」
「サルサ?」
「ジョジョは、プエルトリコの出身だから」
「あっそう」
アリサは、その下手過ぎる歌がどんな曲でも関係ないというような顔をしている。
「ここは僕の出番だね。今日のこの歌を美しき女性達に捧げるよ」
「はいはい。頑張ってね」
「上手いんだけど・・・」
「そうね。上手いわね」
「でも・・・」
「孝一郎、お嬢が目つきがいやらしいってさ」
「俺に言うなよ」
ピエールはバラード系の曲を歌っていたのだが、お嬢に売れないホストのような視線を送りながら歌っていた。
「普通にしていれば、格好良いのに・・・」
「でもさ。普通にしていたら、ピエールらしくないぜ」
「次は僕かな?」
「光太に期待する」
「そうね」
「普通だ・・・」
「本当に普通ね・・・」
光太は、少し前の男性歌手のヒット曲を可も無く不可も無くとい感じで歌っていた。
「光太君、上手」
「そうだな」
「前が前だけに良いわね」
お嬢の言う通りに前の3人に問題があり過ぎたので、光太の評価は意外と高かった。
「ふふふ。そして、この俺の出番と言うわけだな」
「孝一郎って、歌上手いの?」
「この前、歌ったじゃないか・・・」
「そうだっけ?」
「・・・・・・。カラオケ孝ちゃんと呼ばれた、この俺の美声を拝聴するが良いさ!」
「おっ!自信満々だ!」
俺はリモコンに曲を入れてからマイクを持つ。
「厚木孝一郎、行きます!」
「行け行けぇーーー!」
「北のぉ〜酒場通りにはぁ〜!長ぁい〜髪の女が似合ぁ〜う〜」
「・・・・・・。孝一郎君」
「まさか、そうくるとは・・・」
「演歌なんて歌うんじゃなぁーーーい!」
俺の顔面に、アリサが投げた予備のマイクが直撃するのであった。
「うううっ。演歌は最高なのに・・・」
カラオケを終えた帰り道で、俺は悲しみの涙を流していた。
「選曲がおかしいのよ!しかも、あんな古い曲を!」
「アリサが、何で演歌なんて知っているの?」
アメリカ人である彼女が、演歌をそれもあんなに古い曲を知っている理由が謎であり、しーぽんの疑問は最もなものであった。
「俺も非常に気になる・・・」
「うるさいわね!とにかく、その若さで演歌は禁止!」
「理不尽だ・・・」
「明日は私の誕生日なのよ!そんな古臭い歌を聞かせないで!」
「あれ?明日はアリサの誕生日なの?」
「そうよ。精々豪勢なプレゼントを期待するわよ」
「(この悪女め・・・)」
俺は、前に偶然にあげてしまったあのペンダントを上回る物を期待されているのかと思ってしまう。
「実は、俺も誕生日なんだけど・・・」
「そういえばそうだったね」
「光太は良く覚えていたな」
俺の誕生日は10月4日であり、明日には17歳になるのであるが、まさかアリサも同じ誕生日だとは思わなかった。
「じゃあ、孝一郎と合同で誕生会でも開く?」
「大もたまには良い事を言うな。うーん、それが良いかな?」
「リーダーと書記長が一緒に誕生日を行うから、僕が幹事をやるよ」
ピエールが誕生会の幹事を行う事を了承したので、明日は誕生会が行われるようだ。
「そういえば、みんなの誕生日っていつなの?」
「私はもう終わっちゃった。6月6日だから」
「しーぽんって、アリサよりもお姉さんなんだ・・・」
「もう!孝一郎君は、すぐに子供扱いする!」
「ごめんごめん」
「栢山さんの誕生日はいつなの?」
ジョジョはプレゼントでも用意しようと思ったのか、栢山さんの誕生日を聞いていた。
「12月23日よ」
「では、クリスマスと合同という事で」
「いつもそうだから」
「うーん。誕生日が、イベントの日に近いか同じ日の人の宿命だね」
「やよいちゃんは、いつなの?」
「私は9月16日よ」
「ごめん。終わっちゃったね」
「いいのよ。気にしないで」
「それなら、一緒にやれば良いじゃないか」
「「「「「「賛成!」」」」」」
ピエールが合同で誕生会を行う事を提案したので、全員がそれに賛同する。
「じゃあ、明日は誕生会という事で」
「待てぃ!」
「どうしたの?ジョジョ」
「俺の誕生日は、9月5日なんだよ!」
「ふーん」
「ふーん、じゃねぇ!」
「冗談だよ。一緒にやろうぜ」
「持つべきは友達だな」
帰り道でそんな話をしていると、暗くなった居住区の方から悲鳴が聞こえてくる。
「あれ?若い女性の悲鳴?」
「あっちは、再開発区画で今はまだ廃墟だったような・・・」
「ああ。F−12地区ね」
「お嬢は詳しいよね」
F−12地区は、「ステルヴィア」が建造されたばかりの頃に造成された地区で、多くのマンションや商業ビルの廃墟が連なっている場所であった。
「再開発計画が、(グレートミッション)の関係で遅れているの」
「ふーんって!急いで助けに行かないと!」
俺達は、全速で悲鳴の方向に向かうのであった。
「きゃーーー!」
「大丈夫かい?」
夕方過ぎの薄暗い廃墟に駆けつけると、そこでは1人の女の子が大きな悲鳴をあげていて、その先には意外な人が立っていた。
「うん?オースチン先輩?」
「やあ、元気だったかい?」
オースチン先輩が爽やかに挨拶をするのだが、その前で悲鳴をあげている女の子がいるので、怪しさが引き立っていた。
「君、どうしたの?」
「その子は、他のクラスの予科生だね」
「大は詳しいな」
大は情報収集能力に長けていて、たまにお嬢ですら知らない事を知っている事もあった。目の前の女の子は私服姿なのに、その正体を一瞬で察知したらしい。
「初日のダンスパーティーで踊った事がある子だ」
光太も、その子に見覚えがあるようだ。
「光太は、綺麗どころ摘んでいたからな」
「蒸し返すよね。その話題を」
「光太君のエッチ!」
「そんな・・・」
しーぽんのツッコミで肩を落としている光太を放置して、目の前の事に集中する事にする。
暗闇に目が慣れてくれとその女の子の顔が確認でき、容姿を確認するとなかなかに可愛い子であった。
「うーん。87点」
「孝一郎は、こんな時にも採点するのか・・・」
「孝一郎!乙女が助けを求めてるのよ!何とかしなさいよ!」
「えっ!俺?」
「他に誰がいるのよ!?」
「ジョジョは?」
「俺はその・・・・・・」
「ピエールは?」
「僕は、頭脳労働担当だから」
「大は?」
「情報収集担当だから」
「光太は?」
「・・・・・・」
光太は、しーぽんにエッチと言われたショックから立ち直っていなかった。
「自信ないよな」
女の子が悲鳴をあげていて、その目の前にオースチン先輩がいるという状況で、女の子を守るためには彼を排除しなければいけないのだが、3〜4歳も年上で、腕っ節も強いと噂されているオースチン先輩に、男性陣は尻込みをしていた。
「君達は、大きな誤解をしていないかい?」
「でも、その子が悲鳴をあげているから」
「だから!僕は、その子に危険だと注意をしようとして!」
「どうなの?」
「チカンです!その人!」
「ここは封鎖地区だから、入ってはいけないと!」
「じゃあ、何でここに先輩がいるんですか?」
「僕は趣味で・・・」
「趣味ですか?」
「その人、チカンなんです!」
「チカンが趣味なんですか?」
「違う!廃墟巡りが趣味なんだ!」
「そんなの嘘に決まってます!その人はチカンなんです!」
「だそうですよ」
「どう言えば、納得してくれるんだろう・・・」
立ち入り禁止の廃墟に入る女の子にも多少の過失
があるのであろうが、その場所にオースチン先輩がいる事も、俺には疑問であった。
「それで、どういう経緯でここにいるの?」
「実は・・・・・・」
女の子に事情を聞くと、友達との罰ゲームで幽霊が出ると噂されていたこの廃墟を探索していたところを、オースチン先輩に襲われそう?になったらしい。
可哀想な事に、「ビック4」の筆頭として本科生・予科生を問わずに女性に大人気である、オースチン先輩の威力も、目の前の女の子には通用しないようだ。
「だから!僕は注意をしようと!」
「でも、先輩も規則を破って進入したんですよね」
「それを言われると辛いが、夜の廃墟巡りは魅力的でね」
「「「「「「「「・・・・・・」」」」」」」」
全員が、その奇妙な趣味に首を傾げ始める。
「それでさ。このグタグタの状況をどうにかしないと」
「アリサの言う事は、もっともだけど・・・」
「私は、奥まで確認に行かなければならないのです!お願いです!一緒に付いて来て貰えませんか?暗闇や幽霊はともかく、オースチン先輩は危険なので・・・・・・」
「規則違反なんだけどね」
俺の正論はその女の子に無視され、更に奥への同行をお願いされてしまう。
「僕って、そんなに信用がないのか・・・」
「評判の良い人が、急に狼に急変するか・・・」
「「「「「ひっ!」」」」」
俺の一言で、全女性陣がオースチン先輩と距離を置き始める。
「だから!僕は無実なんだ!」
オースチン先輩の絶叫は、廃墟に木霊するのであった。
「暗いな・・・・・・」
「本当に幽霊が出そう・・・」
「怖いよぉ〜」
結局、オースチン先輩を含む全員で廃墟を探検する事になり、目標に向けて前進を開始していた。
「それで、君の名前は?」
「ナナ・キタカミです」
その女の子は日系人のようで、茶色のショートカットにブラウンの瞳の可愛らしい女の子であった。
「それで、幽霊の噂って?」
「はい。真夜中に金色で短髪の本科生の幽霊が現れるそうです。何でも、昔廃墟になったマンションに住んでいた、自殺した本科生の幽霊だとかで・・・」
「本科生が、マンションに住んでいたの?」
普通学生は例外なく寮に住んでいるので、マンションに住めるわけがなかったのだ。
「あくまでも噂なので・・・。それに、目撃談も数件ありまして・・・」
「噂か・・・。でもさ、金髪で短髪の夜中に廃墟をうろついている本科生って・・・」
俺達は、オースチン先輩の方に視線を向ける。
「意外と、早く判明したわね」
「そうですか。幽霊の正体は、チカンのオースチン先輩だったんですね」
「だから、チカンじゃないんだけど・・・」
「幽霊の正体見たり」という感じで、正体はすぐに判明したのだが、俺達は前進を止めなかった。
「君達は引き揚げないのかな?」
「こうなれば、肝試しを続行しようかと」
「面白そうですしね」
「奥に到着した証拠として、写真を撮らないといけないんです」
「では、探索を続行する!」
「僕の意見が無視されている・・・・・・」
こうして探索は続行され、オースチン先輩の呟きを聞いている人は、誰もいなかった。
「本当に暗いだけだな・・・」
目標である中心部にあるビルの前に到着した俺達は、中の探索を開始する事にする。
「暗いなーーー」
「そうだね」
携帯端末に付いているライトを照らしながら屋上に向かって歩いていくが、幽霊など存在するわけもなく、ただ暗いだけであった。
「孝一郎君、暗いね」
「そうだね」
「足元が不安だから、腕に掴まっても良い?」
「ああ。いいよ」
俺は特に何も意識しないで、しーぽんにオーケーを出してしまう。
「えへへ。これで安心だ」
「嘘っ!」
「いいな・・・」
「栢山さん、俺に掴まっても良いよ」
「別に必要ないわ」
「あはは・・・。そう・・・」
「お嬢・・・」
「私は大丈夫よ」
後ろで大達が騒いでいるようだが、後ろを向いて転ぶのも嫌なので、そのまま前進を開始する。
「駄目だぁーーー!私も転びそうよぉーーー!」
「俺の両腕を塞ぐんじゃない!」
「しーぽんばっかり優遇してずるいわよ!」
「わかりましたよ」
俺は、右腕にしーぽんが左腕にアリサがしがみ付いた状態で前進を再開する。
「ちくしょう!孝一郎ばかり!」
「大、何とか言ってやれよ!」
「小田原君、ごめんね」
「別に、僕は暗闇に慣れてきたから。それよりも、大変な罰ゲームだね」
「私ゲームが弱くて・・・・・・」
ナナは、大の腕に掴まりながら楽しそうに話をしていた。
「裏切り者が・・・・・・・」
「孝一郎、つまらないから早く上がるぞ!」
「そうだ!上がるぞ!」
「俺に怒るなよ・・・・・・」
俺達はジョジョとピエールの理不尽な怒りを背に受けつつも、屋上に到着する事に成功していた。
「さあ、早く写真を撮ってくれよ」
「はい」
ナナはカメラのセルフタイマーをセットしてから、1人で写真を撮る。
「ありがとうございました。おかげで、チカンのオースチン先輩に襲われないですみました」
「だから、チカンじゃないって・・・」
いまいち影の薄かったオースチン先輩が自分を弁護するのだが、それを聞いている人は皆無であった。
「幽霊の正体も徘徊するオースチン先輩だったし、そんなに面白くもなかったな」
「徘徊って・・・。僕は老人じゃないんだけど・・・」
「とりあえず記念撮影でもしましょう。まだメモリーが大量に残っていますので」
「それもそうだな」
その後、様々な組み合わせで写真を撮ってから帰ろうとすると、アリサが何かを発見した。
「ねえ。あそこに人影が見えるんだけど・・・」
「えっ?オースチン先輩じゃないのか?」
「僕はここにいるけどね」
ビルの屋上の端の部分に2人の人影が確認でき、その影がゆっくりとこちらに向かってくる。
「ははは。ここって無人だよね?」
「そうね。立ち入り禁止区域だから」
「じゃあ、あれって・・・」
「本物の幽霊かな?」
「「「「「「「「「出たぁーーーーーー!」」」」」」」」」
しーぽんの止めの一言で、全員が絶叫してから逃走を開始する。
「片瀬さん、行くよ!」
「うん!」
「栢山さん、大丈夫か!?」
「何とか・・・」
「まさか、本物がいたとは・・・」
「そうですね」
「お嬢、大丈夫?」
「私は1人で大丈夫よ」
「・・・・・・」
緊急時という事もあって、それぞれが意中というか関係のあるパートナーと手を繋ぎながら(ピエールだけ失敗したが・・・)逃走を図るなか、アリサの姿だけが確認できなかった。
「あれ?おい!早く逃げるぞ!」
「孝一郎、腰が抜けちゃって歩けない・・・」
「ひょっとして、幽霊が怖いの?」
「・・・・・・・・・」
「意外と可愛いところがあるんだな。よし!行くぞ!」
「えっ!」
俺は、アリサを小脇に抱えて逃走を図るのであった。
「みんな凄いスピードだな。でも、幽霊なんて・・・」
唯一現場に残ったケント・オースチンが迫り来る人影を待っていると、そこからは、黒っぽい私服を着たナジマ・ゲブールと笙人律夫が現れた。
「2人で何をしていたんだい?」
「たまたま一緒になっただけだ。俺は修行をしていた。ここなら少しくらい壊しても問題ないからな」
「静かな場所で瞑想をしていただけ。今日は騒がしかったけど・・・。そういうあなたは、いつの通りに廃墟巡り?」
「まあね。色々と災難に巻き込まれたけど」
「(ビック4)のリーダーが、チカンでは救いがないな」
「そうね。事実は小説よりも奇ね」
「君達まで僕を疑うのかい?」
「冗談だ」
「ええ。冗談よ」
「それにしても、あのキタカミという予科生が言っていた、幽霊なんて本当に存在するものなのかな?」
「だから、それはここを夜中に徘徊する、ケントの事だったんだろう?」
「僕は、一般論として聞いているんだけど」
「そうだな。世の中には知らないほうが良い事もあるからな」
「そうね。(知らぬが仏)よ」
「どういう事なんだ?あれ?何か寒くなってきたな」
ケント・オースチンは、あまり霊感が無かったので気が付かなかったが、3人の周りには、「ステルヴィア」建造の過程で事故で亡くなったと思われる作業員達や、過去に実習での事故によって命を落とした予科生・本科生の霊が何十人も周りを取り囲んでいた。
「寒くなってきたから、早く帰ろうかな」
「それが良いと思うぞ」
「私もそう思うわ」
笙人とナジマは、その超人的感覚で幽霊の存在に気が付いていたので、ビルを出ようとするケントの肩に、何人かの霊が取り付いている様子を確認していた。
「厚木のせいではないのだが、ケントは最近ツキがないな」
「ええ。そうね・・・」
その後の数日間、ケントは原因不明の悪寒や体のだるさを訴え続けた事を記しておく。
「えらい目にあったな・・・」
「本当に幽霊が出るとは」
「言えてる」
翌日の早朝、食堂に集合した俺達は昨日の夜の出来事を話していた。
「しーぽんは、光太と手を繋いでいたじゃないの」
「あっ、あれは暗闇で不安だろうからって、光太君が手を貸してくれて・・・。アリサこそ!孝一郎君に抱っこされてたじゃないの!」
「にゃはは。あれは、腰が抜けちゃったからさ」
あのあと、アリサを小脇に抱えるのに疲れた俺は、彼女を「お姫様抱っこ」してからみんなと合流してしまい、大騒ぎになってしまったのだ。
「しーぽんは光太君と手を繋ぎ、アリサは孝一郎君に抱きかかえられ、晶ちゃんはジョジョ君と手を繋ぎか。仲良き事は美しい事よね」
「お嬢も、僕の手を借りれば良かったのに」
「また次の機会があったらね」
「そんな・・・・・・」
唯一女性と手を繋げなかったピエールは、ガックリと肩を落としていた。
「でも、意外というか一番ラッキーだったのが・・・」
「大か・・・・・・」
「小田原君、今度(レミール)でケーキバイキングが始まるんだって。一緒に行こうよ」
「そうだね。男1人で行くのは辛いものがあるから、キタカミさんが付き合ってくれると嬉しいな」
「私食べ過ぎるから、友達にも引かれちゃうのよ」
「僕も大量に食べるから、大丈夫だよ」
少し離れたテーブルで、昨日の騒ぎの元凶であるナナ・キタカミと大が楽しそうに話していた。
「ここは元ゴールドメダリストであり、一番始めに声を掛けた俺が誘われるべきなのに・・・」
「孝一郎のバブルは瞬時に弾けたからね。あんたは、やっぱりモテないのよ」
「大きなお世話だ・・・・・・」
入学当初はそれなりに告白されたりラブレターを貰っていた俺も、9月も末になると、その勢いがパタリと止まってしまっていた。
「ここに4人も美少女がいるんだから、我慢しなさいよ!」
「へーい。我慢します・・・。いててっ!」
俺は、4人に体のあちこちを同時に抓られてしまうのであった。
おまけ
「うーん。この写真は・・・」
後日、ナナ・キタカミから写真のフィルムを貰ったジョジョはその内容に驚いていた。
みんなの周りに、何十人もの作業服や宇宙学園の制服を着た、半透明の人間が写っていたからだ。
「ジョジョ、その写真はプリントしてみんなに配るんでしょう?」
「光太、悪いな。何かメモリーが不良品みたいでさ。何も写っていないんだよ」
「そうなんだ。残念だね」
「ははは、残念だよな(こんな物を渡せるものか!)」
これ以後、この立ち入り禁止地区は、ケント・オースチンが呪われたという噂が広がって、お払いがされるまで誰も立ち入らなかったそうである。
あとがき
友達にDVDを借りて話を見ながら書いているんですけど、難しいの一言ですね。
種はある程度自由が利いたんですけど、この作品は根の部分がいじれないので、このような話を考えて挿入する手法を取っていきたいと思います(面白いかどうかはわかりませんけど)。