(西暦2356年9月1日夕方、学生寮の部屋内)
ナスカ宇宙港から3時間半の時間をかけて「ステルヴィア」の到着した俺達は、本科生による歓迎式典に参加してから、それぞれの部屋に案内されていた。
「荷物は全て届いているようだな。でも、本当に1人なんだな」
本当ならば2人部屋のはずなのだが、入学した男子生徒の数が奇数であったために、俺はくじ運の良さで1人部屋にされたらしい。
「さてと、歓迎パーティーの準備をしますかね」
今夜は生徒会主催の歓迎パーティーが開かれるらしく、俺も事前に準備していた予科生の制服に着替え始める。
「孝一郎、準備は終わった?」
「終わったよ。えーと、彼は誰?」
ちょうど着替え終わった頃に、隣の部屋になった光太が一人の少年を連れて現れた。
「僕と同室になったジョイ・ジョーンズ君だよ」
「おっ!凄え!本当に有名人がいる!光太!俺の事はジョジョと呼べよ」
「そうだったね」
「よろしくな。ジョジョ。俺の事は、孝一郎と呼んでくれ」
俺も、自分の事を名前で呼んでくれと言ってから自己紹介をする。
多分俺の方が年上だと思うが、同級生だし、堅苦しいのは嫌いだったのだ。
「よろしく。孝一郎」
「さて、歓迎パーティーに出撃するとしますか」
自己紹介を終えた3人は、パーティー会場に指定されている大講堂に出かける事にする。
「先輩も先生も、ほとんどが参加か・・・」
「柄にもなく緊張しているの?孝一郎」
「光太のそういう所が羨ましいな」
3人は会場で軽食をつまみジュースを飲んでいたが、急にジョジョが誰かを見つたらしく、そちらに移動しようとする。
「ジョジョ、どこに行くんだ?」
「(フジヤマ)目を付けていた娘がいたから、声をかけようと思って」
「どの娘だ?」
「ほら、あの緑色の髪の・・・」
ジョジョが指差した方向には、見た目はクールそうだが、背が高くてモデルのような美少女がいた。
「綺麗な娘だろう?」
「うーん。90点」
「孝一郎は、辛口だな・・・」
「俺は、100点を求めて人生を彷徨うのさ」
「俺は、栢山さんがいれば良いからさ」
「彼女、栢山さんって言うんだ」
「そうだ。栢山晶さんだ。手を出すなよ」
「綺麗なんだけど、俺のタイプとは違うな」
「光太はどうなんだ?」
「うーん。僕もかな?」
「じゃあ、そういう事で!」
ジョジョは、俺達を置いて栢山さんの元に行ってしまった。
「光太、これからどうする?」
「うーん。どうしようか?」
2人で何をしたら良いのか考えていると、急に本科生の女性に話しかけられる。
「パーティーを楽しんでいる?」
「慣れないものでして・・・・・・」
「僕は、楽しんでいます」
俺達の声をかけて来たのは、「ケイティー」で見事な飛行を披露してくれた、「ビック4」の一人である町田初佳であった。
「有名人のあなたが、ここで男の子とツーショットなの?」
「ええ。モテない同士で友情を深めています」
「ふーん。君は、女の子にモテそうだけど・・・」
「町田先輩。柔道をやっている男は、モテないという法則があるんですよ」
「初めて聞いたわ」
「ちなみに女性は女を捨てて、初めて一流の選手という法則もありまして・・・」
「大変なのね」
「ですが、それも先月一杯です。これからは、(ケイティー)のパイロットを目指して一直線ですよ。途中で可愛い女の子がいたら寄り道をしますけど」
「君は面白い人ね。そうだ、これからダンスタイムが始まるのよ。一緒にどう?」
「美女からのお誘いは大歓迎です」
「お世辞が上手いのね」
「それでは、ダンスタイムの始まりです。なるべく多くの人と踊ってくださいね。ではスタートです!」
ステージに上がったケント・オースチンの合図で曲が変わり、パーティーの参加者はそれぞれにペアを見つけて踊り始めていた。
「町田先輩、よろしくお願いします」
「こちらこそね」
俺は町田先輩の手を取ってダンスを開始する。隣を見ると、光太が看護科の生徒を誘ってかなり上手にダンスを踊っていた。
「あら。上手なのね」
「先月のお付き合いの影響です」
「あちこち引きずり回されたようね」
先月の俺は、政府主催だの財界主催だのスポンサー企業主催だののパーティーに引きずり回されていて、そこで必然的にダンスを覚えさせられていた。
本当はこんな催しには出たくなかったのだが、俺を日本代表に強く押してくれたコーチへの恩を返すために、日本柔道協会が一円でも多くの補助金を得られるよう活動をしていたのだ。
「ええ。だから、ここは天国なんですよ。俺の事を知っている人が少ないし。大騒ぎもされないし」
「今日だけよ。みんな遠慮しているのよ。あなたの事を知らない人も多いけど、知っている人も多い。それに、私が先に一緒に踊ったから、遠慮する人もいなくなるわ。覚悟しなさい」
「えっ!そうなんですか?」
一曲目が終わり、次の相手を探していると1人の大柄の女性にダンスに誘われる。
「君達の実習を受け持つレイラ・バルトだ。たまには大人の女性と踊るのも良いものだぞ」
「よろしくお願いします」
俺も予科生の中では背が高い方なのだが、レイラ先生は俺よりも15cm以上も背が高く、ダンスでも俺の方がリードされているような感じがした。
「今年の予科生は、逸材揃いだそうだ」
「それは、凄いですね」
「お前も、その中に入っているんだぞ」
「初耳です」
「オリンピックの金メダリストが入学するなんて、(ステルヴィア)始まって以来の事だ」
「でも、オーバビスマシンの操縦には関係ありませんよ」
「いや、一概にそうとも言えない。お前は運動神経・反射神経・動体視力が抜群に優れているからな。素質は十分にあるわけだ」
「なるほど・・・」
「まあ、頑張ってくれよ」
再び音楽が終了すると、今度はピンク色の髪の色っぽい女性がダンスを誘ってくる。
「こんばんは。一緒に踊らない?」
「美人さん大歓迎です」
「あら、お上手ね。私はここで保険医をしている蓮花蓮よ」
「厚木孝一郎です」
「知ってるわよ。我が国の代表を一回戦で投げ飛ばした憎い人だもの」
「(グレートミッション)も迫っている事ですし、小さな怨念は忘れましょうよ」
「それはそれ。これはこれ」
「今日は、何回もそのセリフを聞いたなあ」
「うふふ。嘘よ。怪我をしたらいつでもいらっしゃいね」
「ありがとうございます」
「君は、良い男になりそうだからね」
それからは多くの予科生や本科生と踊ったのだが、常に途切れなく踊っていたので、いい加減に疲れてきてしまった。
他の連中は定期的に休憩を挟んでいるようだが、俺はひっきりなしに誘いを受けていたので、休む暇がなかったのだ。
「大丈夫?厚木孝一郎君」
「えーと。君は?」
「私の名前は、藤沢やよいよ」
「さすがに疲れて来たよ。藤沢さん」
「あなたは有名人だから。お知り合いになりたい人が多いのよ」
「藤沢さんもそうなの?」
「そうね。私もミーハーな方だから。それにクラスも同じになると思うし」
俺は髪を纏めていて、眼鏡をかけた美少女とゆっくりとしたペースでダンスを開始する。
「それにね。私もあなたと同じで、遅れて入学した口だから」
「なるほどね。お嬢様はおいくつなのですか?」
「女性に歳を聞くのは失礼よ」
「でも、俺と1つか2つしか違わないでしょう?」
「そうよ。17歳になるわ」
「どうりで、同じ予科生の娘と比べるとスタイルが抜群で」
「もう。ゴールドメダリストの素顔に幻滅というところね」
「地の性格は、変わらないからね」
「そうみたいね。これからは、お友達として仲良くしましょう」
「予防線を張られてしまった・・・」
藤沢さんとダンスを終えると、今度は片瀬さんがダンスを誘ってくる。
「孝一郎さん。大丈夫ですか?」
「藤沢さんが、ゆっくりと踊ってくれたから大丈夫」
「大変ですね」
「あのさ。最初から気になっていたんだけど、俺に丁寧な言葉使いをしなくても良いよ。俺の方が歳は1個上だけど、同じ予科生のわけだし」
「えっ、でも・・・・・・」
「アリサなんて、最初から孝一郎だよ」
「アリサちゃんは、それが許されるキャラだから」
「なるほど。言いえて妙だな」
「じゃあ、今度からは孝一郎君って呼ぶね。考えてみれば、光太君も君付けだからちょうど良いよね」
「いつの間に、光太君と呼ぶようになったんだ?」
「えっ!それはさっき踊っている時に、そう呼んでくれと頼まれたから・・・」
片瀬さんは顔を真っ赤にしながら、俺に説明をし
ている。
「(こうして見ると、本当に亜美にそっくりだよな。歳も俺の1個下で同じだし・・・)」
片瀬さんは可愛かったが、やはり妹の亜美を連想してしまうので、2人が付き合うという選択肢はありえないであろう。
俺にしてみれば、可愛い妹のような存在にしか思えないのだから。
「(光太とでも付き合えば良いんだよな)」
俺は漠然とそんな事を考えながら、ダンスを終えたのであった。
「最後は可憐な美少女である、このアリサさんと踊りなさい」
いよいよダンスパーティーも最後の曲となり、俺が喜びに打ちひしがれていると、アリサが強引な誘い文句で、俺とのダンスを所望してきた。
「疲れたから、いやだ」
「こらーーー!これほどの栄誉を断るとは、どういう事なんだ!」
「マジで疲れてるからさ。スローテンポの曲なら良いんだけど」
すると、最後の曲は俺の希望通りにスローテンポの曲であった。
「ナイスタイミング!」
「あれれぇーーー?」
「さあ、レッツダンシング」
俺は、アリサに手を取られてダンスの輪に加わった。
「しかし、あんたも大変よね」
「そう思うのなら、俺を休ませてくれ」
「でもさ。私が誘わなかったら・・・」
アリサの視線の方向に目を向けると、十数人の女子の恨めしそうな視線が目に入る。
「俺なんてどこが良いんだろう?別に、美男子でもないし」
「確かにそうよね。ルックスは70点というところね」
「微妙な数値だな」
「でも、他で補ってるからね。ねえ、どうして(ステルヴィア)に来たの?柔道の選手を続けてた方が、良いような気がするけど・・・」
「金メダルは、妹との約束だったから。そして宇宙に上がるのは俺の夢なんだ。(ケイティー)のパイロットになりたい。それが俺の本当の夢なんだ」
「へえ、結構良いお兄さんをしてるんだ。妹さんは、孝一郎と別れて寂しそうじゃなかった?」
「さあ?一年半前に、死んだから」
「ごめん・・・」
「気にするなよ。だから、俺は余計に引けなくなったんだよ。(ステルヴィア)の試験を一年遅らせて、学校にも行かずに頑張っていたわけ」
「そうなんだ。孝一郎は、やっぱり良い人だよ」
その時にアリサが見せた笑顔を、俺は生涯忘れる事はなかった。
「疲れたーーー」
「孝一郎は、踊りっ放しだったからね」
「光太は休憩を挟みながら、綺麗どころのみを摘んでいたからな」
「随分と、棘のある言い方だね」
「ジョジョはどうだったんだ?」
「栢山さんと踊って、その後数人とだけ」
「俺もその線で行きたかった」
歓迎パーティーは無事に終了し、俺達は自分の部屋に帰ろうと通路を歩いていたのだが、俺の部屋の前には、意外な人物が待ち構えていた。
「(ビック4)のケント・オースチン先輩・・・」
「やあ。実は、君にお話があってね」
「ケント先輩。じゃあ、僕達はこれで失礼します」
「失礼します」
「ああ。おやすみ」
「(光太!ジョジョ!俺を見捨てるのか?)」
「君は1人部屋なんだって?」
「ええ。中にどうぞ」
こうして、俺は初日から疲労の局地に立たされるのであった。
「日本茶ですけど。大丈夫ですか?」
「ああ。お構いなく。笙人が、日本茶をよく出してくれるから」
「笙人先輩ですか?確か(ビック4)の・・・」
「そうだ」
「あとは、ナジマ先輩と町田先輩ですよね?」
「よく知ってるね」
「有名ですからね。(ビック4)の先輩達は。それと今日のパーティーで、2人にはダンスに誘われましたし・・・」
「どうだった?」
「えーと。町田先輩は綺麗な人ですよね。ナジマ先輩は綺麗だけど、個性的な人だなと・・・」
「確かに、ナジィは変わっているからな」
「それで、私に何の用事なんですか?」
「特にないんだけど。あえて言うなら、君と話をしてみたかったんだ」
「お兄さんの事でですか?」
俺は今始めてケント先輩と直接話をしているので、彼の事をいまいち掴みきれないでいた。
多分あの一族にとって、金メダルを逃した事は宣伝効果を含めて大きな損失であり、俺の事を恨んでいる可能性も否定できなかったのだ。
これから学園生活を送る上で、唯一の懸案事項がこのケント先輩であった。
周りの評価では、文武両道で先生・同級生・後輩にも信頼され慕われ、面倒見も良く、意外と話もわかる人らしいのだが、それは自分の一族に害のない人達の評価であり、俺は全くの例外であったからだ。
「そうか。僕は、君に警戒されているんだね」
「そうですね。私はお兄さんを殺しかけましたからね。目を覚ましたから良いものの、後頭部を強打して障害を抱えるケースや、打ち所が悪くて死んでしまうケースも無いとは言えませんから」
「でも、それは反則ではないんだろう?」
「ええ。受身がちゃんと取れていれば、防げる事故ですから」
「でも、兄は未熟でそれができなかった。だから、君を批判する人がほとんど存在しないわけだ」
「そうでもないですよ。お兄さんは、私に意見があったようで」
「どんな意見なのかな?」
「個人的な事なので話せません」
「そうか。大体は想像がつくけど・・・」
「それに、体重が半分の若造に7秒で一本負けしたんです。普通の人でも複雑な感情を抱くでしょうね。しかも、全太陽系に放映されていますし」
「それは否定できないな」
試合終了後の彼は記憶が無いにも関わらず、取り巻きの連中から事情を聞いて、大激怒をしていたらしい。
多分宇宙にいる彼に害を及ぼす事は無いであろうが、残された家族の方がどうなるのかは、自分でもよくわからなかった。
「更に彼の一族には、大きな力があります。父さんの勤めている会社に圧力をかけたり、人を使って私の足を引っ張ったりという事が、考えられなくもないですから」
「確かに、その可能性も否定はできないな・・・」
自分の兄は単純筋肉バカであったが、その取り巻きには次期社長候補に取り入るべく、奸臣タイプの人材が何人かいたはずだ。
「そういうわけで、私はあなたを警戒しています。多分先輩は素晴らしい人なのでしょうけど、感情がそれに付いていきません。勘弁してください」
「そうか(バカ兄貴め!)ごちそうさま。それでは、失礼させていただくよ」
「ケント先輩、おやすみなさい」
「ああ。おやすみ」
「ふう。あそこまで警戒されているとはな・・・」
「そうか。残念だったな」
「笙人か!」
ケント・オースチンが自分の部屋に戻ると、中には笙人律夫が待ち構えていた。
「俺だけではないがな・・・」
「初佳とナジィもか!」
「ケント、見事にふられたようね」
「可哀想に・・・」
「ナジィ、本当にそう思っているか?」
「ええ。あなたの事をまだよくわかっていない彼が、いきなりあなたの訪問を受ける。更に彼とあなたのお兄さんとは因縁がある。普通なら警戒されて当然ですもの。彼に同情するわ」
「可哀想って、厚木君の方なのか?」
「他に該当者がいないじゃないの」
「確かにそうだな・・・」
「それで、あなたの兄上様は何て言ってるの?」
「お前の力で、退学させろだとさ」
「それで、弟のあなたは素直にそれに従うの?」
「まさか。そんな事をしてやる義理はないね」
「まあ、信用されなくて当然よね。彼に見事に見透かされているんだから」
「初佳はキツイな」
「私は警戒されていないしね」
「ナジィは?」
「私も大丈夫」
「笙人は?」
「別に普通だ。しかし、さすがは格闘技経験者だな。ほとんど隙がなかった」
「それで、ケントはどうするつもりなの?」
「僕は普通に仲良くしたいと思っているんだけど」
「無理だ!」
「無理よ!」
「無理ね!」
「そこまで即答されるとは・・・。それと、他の新入生の事だが・・・」
「藤沢やよいがいたわね」
「そうね・・・・・・」
ナジマの指摘に初佳は言葉を濁らせる。彼女と初佳には、何かの因縁があるようだ。
「あとは上位成績者を見てみたけど、特に逸材がいるとは思えないわ」
「うーん。そうだね。藤沢やよいが3位で、片瀬志麻が5位。そして、厚木孝一郎が7位か・・・」
笙人は、「関係者以外閲覧禁止」のスタンプが押された書類に目を通していた。
「片瀬志麻?」
「厚木孝一郎と、最後の方でダンスをしていた女の子だ」
「ああ。彼女ね。でも、見た目はトロそうだっわよ」
「人は見かけによらない」
「彼女達は、一応は逸材ではある」
「でも、それはあくまでも、シミュレーションと筆記試験の結果に過ぎないわ」
「だから様子を見ましょう。時間はまだたっぷりとあるのだから・・・」
「そうね。ナジィの言う通りだわ」
「初佳。それで、もし彼らが本当の天才だったらどうするんだ?同じ天才としては」
「その時は、遠慮なく叩き潰します!」
こうして、長かった9月1日は終了するのであった。
「ああ、良く寝た。6時か」
翌朝の早朝、俺はいつもと同じ時刻に起床してからすぐに、トレーニングウェアに着替えてランニングに出かける。
本当はもうやらなくても良い事なのだが、パイロットにも体力は必要であろうという判断のもとで、続行する事にしたのだ。
30分ほど走ってから、基本的な筋力トレーニングを行い、同じく習慣である技の打ち込みを行ってから、シャワーを浴びて着替えをする。
登校途中に朝食用のパンをかじりながら、指定された1−Bの教室に向かうと、既に光太やジョジョが席に座って話をしていた。
「おはようさん」
「おはよう」
「おほよう」
「孝一郎、今日迎えに行ったけどいなかったな」
「トレーニングをしていたからね」
「トレーニング?」
「そうさ。習慣になっていて、止められないんだよ」
「習慣ねえ・・・」
「ジョジョも、一緒にやるか?」
「俺は、遠慮させて貰うわ」
「光太は・・・。聞くまでもないか・・・」
「おはよう。ジョジョ」
「おはよう」
3人で話をしていると、クラスメイトと思われる2人の少年がジョジョに挨拶をしてくる。
「ジョジョ、彼らは?」
「ああ。(フジヤマ)で知り合って、昨日のパーティー会場で再会したんだ」
「始めまして、ピエール・タキダです」
背は自分よりも少し低かったが、美少年でも十分に通る容姿をした少年が挨拶をしてくる。
「僕は小田原大です。大と呼んで下さい」
次に、自分よりも少し背が高く、のほほんとした感じの少年が自己紹介をする。
「音山光太です」
「厚木孝一郎です」
「ジョジョ。お前、本当に有名人と知り合いになったんだな」
「俺が有名人?」
「ああ。昨日は女性陣が、ダンスの順番を競っていたじゃないか」
「物珍しいだけだろ。一週間もすれば静かになるさ」
「孝一郎君、それでは駄目なんだよ。今のチャンスを生かさないと」
「そうそう。孝一郎は今が旬なんだ。それを生かして、可愛い彼女を見つけるべきだ」
俺はピエールとジョジョに熱心に説得をされたのだが、自分には、まだそんなつもりが全くなかった。
「そういうのは、時間が解決するんじゃないの?」
「孝一郎君、そんな事を言っていると、彼女なしで(ステルヴィア)を卒業する事になりかねないぞ」
「そうそう。もっと積極的にさ」
「こら!孝一郎を悪の道に誘い込むな!」
突然、大声がしたので後ろを振り向くと、朝食を終えた片瀬さんとアリサが不機嫌そうな表情で立っていた。
そして、その横には藤沢さんと栢山さんも立っている。
「おはよう。アリサ、片瀬さん、藤沢さん、栢山さん」
「おはよう。孝一郎君」
「「おはよう」」
「おはようじゃない!」
「俺には、1ミリの罪も無いんだけど・・・」
「ピエール!孝一郎に変な事を吹き込むな!こいつは、意外と女たらしなんだから」
「勝手に決めつけるなよ・・・」
「僕は、初対面なのに呼び捨てかい?」
「ピエール・タキダだから、ピエールでオーケーよ」
「別に文句はないけどさ」
「んで、小田原大は大でオーケー」
「本当にオーケーだけどね」
「最後に、ジョジョはジョジョで決まり!」
「アリサ、俺の本名を知らないだろう?」
「必要なし!」
「酷いな・・・・・・」
「それで、何か用事があるんだろう?」
「そうでした。そうでした。実は我々のグループに、新しい親友が入ったのです!それは藤沢やよいちゃんと栢山晶ちゃんという2名の美少女なのでした。孝一郎、光太。嬉しい?」
「嬉しいでーーーす!」
「素直でよろしい」
「光太は?」
「いやーーー。良かったな」
「何かわざとらしいけど・・・。まあ、良いか」
俺の目の前には、昨日一緒にダンスを踊った藤沢やよいと、ジョジョが惚れている栢山晶の2名が立っていた。
「藤沢さん。意外と世間って狭いんだね」
「よろしくね。孝一郎君」
「えーと。よろしく、栢山さん」
「よろしく」
彼女は、俺の予想以上にクールな性格をしていた。
「ちょっと!ちょっと!何か忘れてはいませんか?」
「ジョジョ、何をだ?」
「君達2人が、女性比率が圧倒的に高いグループを形成している理由についてだよ」
「(フジヤマ)で4人で友達になりました。藤沢さんと栢山さんが加わりました。以上」
「違ぁーーーう!本当に理由だけを説明するな!俺達も加えろって言ってるんだよ!」
「(そりゃあ、栢山さんがいるからな)リーダーに聞いてみれば」
「リーダーって誰?」
「アリサでしょう?」
「違うわよ。私は書記長だから」
「そんな役職が存在していたのか?」
「してたのよ。それで、リーダーはあなた!」
「俺?」
「光太も片瀬さんもあなたなら納得するし、私も納得する。これで過半数よ」
「私も、孝一郎君が良いと思います」
「私も」
「藤沢さん・・・。栢山さん・・・」
「それじゃあ、孝一郎がリーダーで決まりと」
「「「孝一郎く〜ん」」」
「柔道の試合でもないのに、野郎が抱きつくな!わかったよ!この9人が初期メンバーで決定!」
「「「ありがとう!孝一郎君」」」
「気持ち悪いから、君付けで呼ぶな!」
こうして、この後に1人の少女が加わった合計10名の男女は、一生を通じて交友を続けていくのであった。
「お試し授業ですか?」
「そのようですね」
「でも、どんな授業があるんだろう?」
「それは、お嬢に聞いてみないと」
「お嬢?」
「やよいちゃんのニックネーム。やよいちゃんって、お嬢様っぽいでしょう?」
「確かにそうだな」
「うん。言えてる」
「僕もそう思う」
ピエールは藤沢さんに気があるらしく、彼女を見る目が、他の女性を見る目とまるで違うような気がする。
ひょっとしたら、俺の気のせいかもしれないが・・・。
「それで、どんな感じなの?」
「実際に、好きな授業を受けてみれば良いのよ」
「なるべくバラけさせて、多くの体験談を集めるか・・・」
「孝一郎君、冴えてるね」
「では、各自が好きな授業を受けて、放課後に感想を報告する事」
「「「「「「「「了解!」」」」」」」」
「うーん。西暦2300年を超えても、いまだにソロバンの授業があるとは・・・」
「135689+254678+1542784−254268・・・・・・」
「わかるかぁーーー!」
俺は、慣れないソロバンに悪戦苦闘していた。
「この薬品を加えれば・・・」
「ボン!」
「大変です!グレンノースさんの試験管が爆発しました!」
アリサは投入する薬品を間違えて、大惨事を起こしていた。
「この科学全盛の時代に、鉄を打つ羽目になるなんて・・・」
「これも精神修行の内よ」
「やよいは冷静だな・・・」
栢山さんとお嬢は、昔ながらの製法で鉄を鍛えていた。
「お腹が空いたなぁーーー」
「もう少しでお昼だからさ」
「ああーーー。お腹減った・・・うぎゅあ!」
大は、ルームランナーの上で転倒していた。
「このプログラム、わけがわからねえ!」
「僕も駄目だぁーーー!」
ピエールとジョジョは、時間内に完成させなければならないプログラムに悪戦苦闘していた。
「(あれ?音が出ないな。もっと強く吹くのかな?)」
「ふぅーーーーーーーーー!」
片瀬さんはクラリネットを強く吹き過ぎて、酸欠になって倒れてしまった。
「ふぇーーー。疲れたよーーー」
「俺も、駄目だぁーーー」
「私も」
「午後の授業って何だっけ?」
午前中のお試し授業を終えた俺達は、昼食を食べたあとに、校内のロビーのソファーで寝転んでいた。
他の生徒達を見ると、彼らも疲労の極地の様でぐったりとしている。
「午後は合同体育だってさ。体育は選択の余地がないからな」
「そんなぁーーー。トレーニングの授業なんて、選ばなければ良かった」
「大が、自分で選んだんじゃないか」
「光太ぁーーー!お前は、どうなんだよーーー?」
「困ったね」
「本当に困っているか?」
俺には、彼が7歳までの記憶しか残っていなかったが、彼は天才に値する人物だったと記憶していた。
両親を亡くした直後は、暗くて近所の子供のイジメの対象になっていたのだが、五歳を過ぎると、俺と一緒に色々な遊びを覚えていったのだ。
そして木を登るのも、泳ぐのも、補助輪無しの自転車に乗るのも、ほぼ1日か2日で完璧に覚えてしまって、俺はそれを密かに羨ましいと思っていた事もあった。
「疲れるのはね・・・」
「それで、体育の種目は何なんだ?」
「柔道だって」
「孝一郎の天下だな・・・」
「みんな良く聞け!俺が(ステルヴィア)の三四郎と呼ばれた白銀迅雷だ!」
「何で白銀先生が?」
「さあ?」
午後の授業は、男女合同で柔道が行われたのだが、講師はなぜか本来ならば体育の担当ではない、白銀先生であった。
「しかも、ネタが古いなあ・・・」
「厚木!何か言ったか?」
「いいえ。何も!」
「技は先ほど見せた通りだ。体格や技量が近い者同士で組んで乱取りを始める事。では、スタートだ!」
白銀先生の合図と共に、片瀬さんはアリサと、お嬢は栢山さんと、光太はジョジョと、大はピエールと乱取りを開始するのだが、俺と組んでくれる人は皆無であった。
「白銀先生!相手がいません」
「ここの生徒で、お前に勝てる可能性がある奴はゼロだからな」
「じゃあ、見学という事で」
「待てぃ!俺がいるではないか!」
「えっ!白銀先生がですか?」
「お前、今俺を微妙にバカにしただろう?」
「そんな事はないんですけど・・・・・・」
「じゃあ、俺と勝負だ!」
「知りませんからね」
「俺も昔は、(ステルヴィアの三五○五)と呼ばれていたんだ!」
「ネタが古い上に、マニアックですね・・・」
俺は黒帯を締めている白銀先生と向きあってから礼をする。
「(手加減しないとな・・・)」
「言っておくが、手を抜こうなんて考えたら単位をやらないからな!」
「わかりました」
その数秒後、白銀先生は畳にダイブしたのであった。
「まずい。俺は、今年の白銀先生の授業では単位を落とすな」
結局、午後の体育の授業は白銀先生の負傷により、時間が短縮される事になってしまった。
他の生徒達は大喜びであったが、俺は自分の失態で大きく落ち込んでいた。
「孝一郎、元気だせよ」
「元気なんて出せるか!これで、俺はあの先生の授業の単位は絶望なんだぞ!」
「でも、何で本気を出したんだ?」
「手を抜いたら、単位はやらんと言われた」
「じゃあ、大丈夫なんじゃないの?」
「んなわけあるか!」
「孝一郎君、白銀先生はそんな事はしないわよ。だから、安心してね」
「本当に大丈夫かな?お嬢」
「大丈夫だって。さあ、今日は早く終わったんだから、今日のお試し授業の内容を確認しましょう」
「それが一番だな」
「さて、誰の部屋でやる?」
「ここは、1人部屋の孝一郎だろう」
「賛成!」
「お菓子もジュースも何もないな。買い物して帰るか」
「私達も付き合うよ」
「孝一郎君、エッチな本は隠しましたか?」
「アリサ君、君ね・・・・・・」
その後の俺達は、お菓子などを買いながら寮に帰るのであった。
「蓮、痛いからそっとな」
「何を言ってるのよ!軽いうち身と捻挫で、全治五日が良いところなのよ。このくらいの事で、男がガタガタ言わない!」
「蓮!痛い!痛い!」
「本当に情けないわね・・・」
午後の体育の授業で負傷した迅雷は、保健室で蓮に怪我の治療を受けていた。
「迅雷!お前、生徒に投げられて負傷したんだって?」
蓮が迅雷の治療を続けていると、レイラが保健室に入ってくる。
「レイラ!大声で言うなよ!」
「お前ねぇ。もう学園中に広がっているぞ」
「何ぃーーー!」
「厚木君に、本気でかかって来いって言ったんだって」
「迅雷は、バカだなあぁ」
「そうよね。無謀の一言に尽きるわね」
「いやさ。ゴールドメダリストとはいえ、16歳の少年だから勝てると思ったんだよ」
「アホか!お前は!それよりも、厚木の奴が物凄く落ち込んでいたぞ。これで、お前が担当する教科の単位が、絶望だって言っているらしい」
「俺が、そんな事をするかーーー!」
「そうよね。迅雷君は良い子だから」
「そうだな。迅雷は良い子だからな」
「何かムカツクな・・・・・・」
こうして、お試し授業は無事に終了し、週が明けてからはオーバビスマシンの実習が始まるのであった。
「いよいよ。実習だな」
「ああ。楽しみだ」
俺達は数日の時をかけて、各自が授業の選択を終了し、今日の午後からは、オーバビスマシンによる実習が始まる事になっていた。
「へぇーーー。あれが(ビアンカ)なのか」
「こういうのを見ると、いよいよって感じだね」
昼食を終えて、パイロットスーツに着替えた俺達が格納庫に到着すると、そこには何十機ものオーバビスマシン「ビアンカ」が鎮座している。
本科生の使用する「ケイティ」に比べると小さく、基本スペックも劣る機体だが、素直な操作性から訓練機として使用される事が多かった。
「それでは、全員集合だ!」
実習担当のレイラ先生の号令で1−Bの生徒が整列し、彼女は全員の点呼を取ってから説明を開始する。
「さて、今日は君達に初めて実際に(ビアンカ)で宇宙に出てもらうわけだが・・・・・・・。片瀬、別にこれから風呂に入るわけじゃないんだぞ」
レイラ先生の指摘で全員が片瀬さんを見ると、彼女はバスタオルを体に巻いていた。
他にも数人の生徒が同じ事をしている。
「そして、男子の方もだ・・・・・・」
今度は男子の方を見ると、同じくジョジョが体にバスタオルを巻いていた。
「ジョジョはこの際どうでも良いけど、女子のパイロットスーツが必見の価値があるよな」
「孝一郎って、こんなキャラだったっけ?」
「さわやかな柔道少年は、マスコミが作り出した虚構なのさ」
「それは、ここ数日で良く理解している」
「ピエール、褒めるなよ。テレるから」
「別に褒めてないけど・・・・・・」
「よーし、おしゃべりはそこまでだ。(ビアンカ)に搭乗する前に、まずは各自が格納庫をランニングで五周だ。走り終わった者は、自分の(ビアンカ)の前で待機すること。では始め!」
「いきなりランニングか・・・」
「面倒くさいなーーー」
レイラ先生の号令と共に、1−Bの予科生全員が広い格納庫の周りを走り始める。
「今から体力作り?」
「準備運動だろう?」
「こら!しゃべってないで真面目に走る!」
「「了解!」」
俺と大が話をしながら走っていると、ランニングをする予科生にスクーターで併走しているレイラ先生から怒声が飛ぶ。
「各自で正常時の自分の脈拍と血圧をチェックして、常に自分の状態把握しておくように」
レイラ先生に言われた通りに、自分の脈拍と血圧をチェックするが特に異常も無いようだ。
「孝一郎、疲れない?」
「俺は慣れているから」
周りの様子を見ると、半数以上の予科生が息を切らせていたが、ピエール、光太、片瀬さん、お嬢、栢山さんは普通に走っているようだ。
「ほう。今年の予科生は、なかなかやるではないか・・・」
「レイラ先生、ランニング終了です」
「よし。それでは全員が自分の機体に乗り込め!」
いよいよ「ビアンカ」に搭乗する事になり、全員が目を輝かせながら自分の機体に乗り込む。
「おーーー!本格的だ」
レイラ先生の指示でコックピットにシステムを起動してから、専任搭乗者の登録を完了させると、モニターに外の様子を表すCGのような画像が表示される。
「本当に有視界じゃないんだ」
「各自、機体のチェックは終了したか?」
「厚木孝一郎、異常無し」
全員が異常無しを報告すると、いよいよ宇宙へと出発だ。
「それでは、第一列から宇宙に出る。0Gになるから機体制御に注意するんだぞ」
「「「了解!」」」
「ふふふ。可愛いものだな。では、行くぞ」
「孝一郎君、私も一列目なの」
「片瀬さん、助ける余裕は無いからね」
「そんなーーー」
そこまで話したところで、モニターの上部に映るレイラ先生の指示と同時に、コクピットから重力が消えて「ビアンカ」が落下して行く。
「うわぁーーーーーー!」
「きゃあーーーーーー!」
「ビアンカ」を固定していたロックが外れるのと同時に、機体は漆黒では無くなった緑色の宇宙空間に落下していく。
「ちくしょう!何とか制御しないと!」
オリンピックの決勝戦を上回る緊張感と焦りを感じつつも、俺は基本設定と座席の調整を行ってから、懸命に「ビアンカ」を制御しようとする。
「さて、俺はどこにいるんだろう?」
俺が慌てている内に、第二列・第三列の「ビアンカ」も落下して来ていて、俺の周りには、何機もの「ビアンカ」がうろうろと飛び回っていた。
「孝一郎、物凄い悲鳴だったわね」
「アリサだってそうだろうが!」
「あら、本当に聞こえていたのかしら?」
「くそっ!(ビアンカの制御に夢中で聞いて無かった)」
「アリサ、こっちに近づいてくるなよ」
「ピエールが近づいてるのよ!」
「ははは。人の事よりも、自分の心配をするんだなって!大、こっちに来るな!」
「それが出来たらやってるよ!」
俺達は、同じ宙域でウロウロと飛び回ってニアミスを連発していた。
「どうだ、宇宙の感想は?」
「自分がどこにいるかわかりません」
「無重力なだけで、宇宙にいる感覚がわきません」
「宇宙で有視界行動をしたって邪魔なだけだ。シミュレータと同じだから、きちんと画面に集中しろ!」
「何とかやってみまーーーす」
「実際の宇宙の感覚はわかっただろう。それでは、全機私の(ビアンカ)の前に集合だ。ゆっくりで良いから、きちんと私の前まで飛んで来い」
俺は何とか「ビアンカ」を制御してレイラ先生の前に集合すると、既に1機の「ビアンカ」が集合していた。
「孝一郎君、さすがね」
「お嬢の方が凄いって」
それからも続々と「ビアンカ」が集合してくるのだが、全員が緊張した表情をしているのに、光太は到着したスピードは普通ながらも何食わぬ顔をしていた。
「さすがだな。光太は」
「そうかな?孝一郎君の方が凄いと思うけど」
「全員集合したか?」
レイラ先生が点呼を取っているが、俺は誰かがいないような気がする。
「レイラ先生、片瀬さんがいません」
「なに!片瀬がか?」
お嬢の指摘で、レイラが自機のモニターを確認すると、片瀬さんの「ビアンカ」は、みんなと離れた地点をウロウロと飛んでいた。
「片瀬!早く集合しろ!」
「わかりました。今行きま〜す」
片瀬さんは、慌てて「ビアンカ」を集合地点に向けようとして方向転換をしたのだが、次の瞬間に、こちらに向かって暴走を開始した。
「んなっ!全機、散るんだ!」
レイラ先生は、俺達に回避をするように指示を出すが、今日初めて「ビアンカ」に乗った俺達には酷な命令であった。
「おい!レイラ!どうにかしろよ!」
「やってるけど、こちらの命令を受け付けないのよ!」
「こちらも駄目だ。どうも制御プログラムが書き換えられているらしい」
管制室で実習の監督を行っている迅雷も、この状況にはお手上げの様子であった。
「とにかく、端っこに逃げなさい!」
レイラ先生の指示でほとんどの「ビアンカ」が安全圏に脱したが、1人だけピンチを迎えていた者がいた。
「厚木!そっちに逃げると衝突コースだぞ!」
「ええーーーっ!何でーーー!?」
「急に方向転換をしたんだ」
「助けてくださぁーーーい!」
「すまん。間に合わない」
レイラ先生は10機近い「ビアンカ」の遠隔操作を行っていて、俺にまで手が回らないようだ。
「孝一郎君!よけてーーー!」
「無理じゃーーー!」
モニターを見ると、片瀬さんの「ビアンカ」が後ろから猛スピードで迫ってくる。
「ええぃ!一か八かだ!」
俺は覚悟を決めて、全速力で逃走を図る事にした。
「駄目か・・・・・・」
レイラは、2機の「ビアンカ」の衝突が避けられないものと覚悟していたのだが、いつまで経っても衝突時の緊急アラームが作動しなかった。
「厚木が回避したのか?」
「違うぞ。モニターをよく見るんだ。レイラ」
「厚木が、逃げているのか」
レイラ機のモニターには、全速力で逃走を図る厚木機と、それを追いかける片瀬機の様子が映し出されていた。
「孝一郎君!避けてーーー!」
「避けてるけど、片瀬さんが付いてくるから!」
「ごめんなさぁーーーい!」
「(火事場のばか力)なのか?」
厚木機は、ランダムに細かい位置を変えながら全速力で突進してくる片瀬機との衝突を巧みに回避しながら、全速力で飛行を続けていた。
「どうやら、最悪の事態は避けられたようだな」
管制室から迅雷の安心したような声が聞こえてくる。
「ああ。今日の(ビアンカ)のバッテリーの量ならば・・・」
「あと一分も持たないな」
「さて、あの2機を回収しなければならないのだが・・・」
「「私達がお手伝いします」」
「町田とオースチンか」
「ええ。面白い物を見させて頂きましたので」
「こちらは冷や汗ものだったがな」
「しかし、片瀬さんはともかく、厚木君のあの操縦技術は・・・」
「初めてとは思えないほど巧みだが、(火事場のばか力)かもしれない」
「どうやら、バッテリー切れのようですね。早速、回収に向かいます」
その後、俺と片瀬さんの「ビアンカ」は無事に回収され、波乱含みの初実習は何とか終了したのであった。
「ううう。初日からこんな事になるなんて・・・」
実習が終了したあと、片瀬さんはレイラ先生に30分ほど説教を受けたので、XECAFEでみんなに慰められていた。
「でも、(ビアンカ)のプログラムを書き換えるなんて器用な事をするんだね」
大が、感心したように言う。
「書き換えても、何の役にも立ってないけど」
「悪かったわね。アリサ」
「まあまあ。しーぽんも孝一郎も、無事で良かったという事で」
「アリサ、そのしーぽんって何?」
「あなたの(ビアンカ)がぽんぽん飛んでいたから、新しいニックネームを付けてみたの」
「そんなニックネームやだよぉーーー!」
「あら、可愛くて良いと思うけど」
「私もそう思う」
「やよいちゃん!晶ちゃん!」
「俺も、賛成だな」
「僕も」
「そうだね。アリサってニックネームを付けるのが上手いよね」
「僕も、可愛くて良いと思うよ」
「もう、光太君まで」
全員の賛成で片瀬さんは、しーぽんと呼ばれる事になったのだが、本人はとても不満そうな顔をしていた。
「ところで、孝一郎はまだ戻って来ないのか?」
「孝一郎君は、何も悪くないのに・・・・・・」
あの事件のあと、被害者である俺もなぜか呼び出しを食らっていて、まだ戻って来れなかったのだ。
片瀬さんが戻ってきてから10分ほどで、用事をすませた俺がXECAFEに戻ると、片瀬さんが落ち込んでいる光景が見える。
「ただいまっと!」
「孝一郎君!」
「皆様、お待たせいたしました。厚木孝一郎は無事に生還しました!」
「随分、長かったね」
「白銀先生に褒められてさ。これで、この前ぶん投げた罪は帳消しだな」
「へえ、良かったじゃないの」
「いやーーー。(災い転じて福と成す)ですな」
「孝一郎君、あの・・・・・・」
「どうしたの?片瀬さん」
俺がみんなと話をしていると、暗い表情の片瀬さんが話しかけくる。
「私のせいでごめんなさい。孝一郎君が無事で良かった・・・」
「片瀬さん、気にしないでね。俺は、全然気にしていないから」
「でも衝突でもしていたら、孝一郎君が大怪我をしたかもしれないし・・・」
「実際に衝突していないしさ。気にしないでよ。ねっ」
俺は無意識に、昔妹にやったように彼女の頭を優しく撫でてあげた。
「ねっ。気にしないでね」
「うん・・・・・・」
だが人前でそんな事をすれば、大変な事になってしまうのは必然であった。
「孝一郎、お前・・・・・・」
「何かエッチだな」
「違う!俺は純粋に慰めようと!」
「そんな事を信じる人がいると思うか?」
「光太!お前は信じるよな?」
「・・・・・・。信じるよ」
「その間は何だ!」
「孝一郎!乙女の頭を気安く撫でるな!」
「孝一郎君は、ちょっとシスコンの気があるのよね?」
「言えてる」
「ぐはっ!」
「孝一郎!それとね!」
「まだ何かあるのかよ。アリサ」
「これからは片瀬さんじゃなくて、しーぽんと呼びなさい」
「何で?」
「賛成多数で今決まったのよ」
「ふーん。しーぽん、気にするなよ」
「ううう。孝一郎君まで・・・・・・」
「俺は、可愛くて良いと思うけど」
「本当に?」
「本当にそう思う」
「良かったーーー」
「しーぽん、怪しいぞ!孝一郎が可愛いと言えばオーケーなのか?」
「別に、私はただ全員がそれで良いって言うから・・・・・・」
「本当かなぁ?」
「アリサ!」
「ちょと良いかしら?」
「やあ。こんにちは」
急に俺達の会話を割るように、「ビック4」の町田先輩とオースチン先輩が話しかけてくる。
お嬢が冷静に町田先輩に「こんにちは」と挨拶をしていたが、彼女はそれを一瞥だけして、返事の挨拶をしなかった。
「(2人は知り合いか何かなのかな?)今日は、ありがとうございました。町田先輩、オースチン先輩」
「どういたしまして」
「大した事はしていないけどね」
「ところで、片瀬さんに聞きたい事があるんだけど」
「はい!何でしょうか?」
「どうして、あんな事になったの?」
「すいません。操作を誤って何としなきゃと思った時に、プログラムをいじってしまって・・・・・・」
「何でそんな事をしたの?」
「すいません。動揺していたので、無意識に邪魔な物を取り払おうとして・・・」
「ふーん」
「僕は、厚木君に聞きたい事があったんだ」
「何でしょうか?」
「君は、(ビアンカ)を操縦したのは初めてだよね?」
「ええ。実機は今日が初めてです」
「その割には、上手だったよね」
「私も、無意識に操作しての結果ですから。マグレですよ」
「なるほど。君は才能があるようだね」
「そうですかね?」
「マグレでも操縦できたという事は、訓練をすれば簡単にその技術を使えるようになるという事だ。君は自信を持った方が良いよ」
「はあ。ありがとうございます」
「じゃあ、僕達はこれで」
2人はそれだけを話すと、XECAFEを出て行った。
「孝一郎、凄いじゃないか。(ビック4)に褒められるなんて」
「まあね」
「もっと嬉しそうにしろよ」
ジョジョやピエールは、自分の事でもないのに興奮しているようだが、俺はオースチン先輩を警戒しているので、素直に喜べなかった。
現にみんなはケント先輩とファーストネームで呼んでいるのに、俺は彼の事をオースチン先輩とセカンドネームで呼んでいた。
これは、彼があのグレッグ・オースチンの弟である事への警戒感から来ていた。
「さて、今日はもうこれで終わりかな?」
「そうだ!」
「アリサ、急に何だよ?」
「今日はしーぽんと孝一郎の無事をお祝いして、カラオケに行きましょう!」
「関係ないな・・・」
「賛成!」
「いいね」
「9人だから予約を入れるか」
大は携帯電話を取り出して、カラオケ屋に速攻で予約を入れ始める。
「急にポンポン決めるなよ」
「良いじゃないの」
「まあ。良いけどね」
全員でカラオケ屋に向かう途中、一番後方を歩いている光太が俺に話しかけてくる。
「孝一郎は、片瀬さんが好きなの?」
「ストレートに聞くんだな」
「聞かせて欲しいな」
「光太はこの前俺の家に来た時に、亜美の写真を見なかったのか?」
「やっぱり・・・・・・」
「気が付いていたか。そういう事だ。俺はしーぽんに恋愛感情は持てないな。可愛い妹のようなものだから」
「そうなんだ」
「だから、お前の頑張り次第なんじゃないの?」
「でも、片瀬さんは・・・・・・」
「俺に、その気が全くない」
「誰か他に好きな人っている?」
「今のところはいない」
「しかし、大は本当に恋愛に興味が無いんだな・・・」
「別になくはないけど、今は別の事が楽しいからさ。それで、ジョジョが栢山さんでピエールがお嬢?」
「正解だけど、まだ目標に過ぎないからな」
更にピエール・ジョジョ・大の3人もグループを作って内緒話をしていた。
「孝一郎は、どうなのかな?」
「しーぽんじゃないのか?」
ジョジョの疑問にピエールが素早く答える。
「しーぽんには気がありそうだけど、孝一郎は年下の女友達くらいにしか思っていないでしょう」
「大、お前意外と良く見ているんだな・・・」
「光太は、完全にしーぽん狙いだと思うよ」
「すげえ!俺、大を尊敬するよ」
「他の3人の女の子達はどうなんだろう?」
「しーぽんは非常にわかり易いけど、他の3人はちょっとわからないな」
「しーぽんは孝一郎なの?光太なの?」
「えっ?何が?」
「好きな人はどっち?という事よ」
「いや、その・・・・・・」
「うーん。孝一郎と光太を手玉に取る、小悪魔しーぽんか」
「アリサ!」
そして一番先頭では、4人の女の子が、同じように内緒話をしていた。
「しーぽんは、そんな事はしないわよね」
「やよいちゃん、ありがとう」
「それで、どっち?」
「私も気になるな」
「んもう!やよいちゃんと晶ちゃんはどうなのよ!?」
「私はそうね。孝一郎君に真面目に口説かれたら、落ちちゃうかも」
「うううっ」
お嬢の爆弾発言で、しーぽんの機嫌が悪くなっていく。
「嘘よ」
「「(嘘ではないかも・・・)」」
その瞬間、アリサと晶の心の声が一致する。
「私は恋愛に興味が無いから。今は勉強で精一杯」
「晶ちゃんは、真面目だからね」
「それで、アリサはどうなのよーーー」
「私は・・・。そうね。ジョジョと大は友達してならとくかく、彼氏としては辛いかもね。ピエールは見かけだけの部分があるし、光太はよくわからないし」
「孝一郎君は?」
「あいつは、口が悪いからね」
「でもあの掛け合いは、2人がいる時しか発生しないわよ」
「私達と話す時は普通じゃないか」
「私は、女に見られていないのよ」
「私は、お似合いだと思うけど」
「お嬢の考え過ぎよ」
「そうかなあ?」
その後、9人はカラオケ屋で楽しく時を過ごすのであったが、彼らの事を監視している人物がいる事に気が付いた者は存在しなかった。
「笙人、どうだった?」
「ふむ。それなりに情報は集めてきたぞ」
「ビック4」のリーダーであるケント・オースチンの自室に4人の男女が集合し、何かの会合を行っていた。
「結論から言うと、ケントは警戒されている」
「それはわかっている・・・」
「それで、お兄さんは何と言ってるの?」
「早く行動を起こせだそうだ」
「起こさないの?」
「だから、そんな事をしてやる義理は存在しないんだ」
「あなたがやらないと、自分で何かを企むのではなくて?」
「だから、計画を遂行中とのみ伝えている」
「厚木君も可哀想に。ケントに虐められて蹴落とされるのね」
「初佳、言い方がキツくないか?」
「客観的に見ると事実だからな」
「笙人!」
「他の情報を整理しよう。片瀬は厚木に気があって、音山にも少し気がある。グレンノースは不明。藤沢は少し厚木に気があるかも。栢山は不明。音山は片瀬に気がある。タキダは藤沢に気がある。小田原は不明。ジョーンズは栢山に気がある。厚木も不明。以上だ」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
笙人の下らない報告に、3人は言葉を失ってしまう。
「笙人、お前は何を探ってきたんだ?」
「あのグループの相関図についてだ。他の事は、もう少し時間が経たないとわからないからな」
「集合して損した・・・」
「初佳と同じ意見ね・・・」
「我々の第一の関門は、5大ファウンデーション対抗合同体育祭だ。もしこれに惨敗するような事があったら、大変な事になってしまう」
「そのためにも、逸材の発掘と確保か・・・・・・」
「でも、ケントのお願いを厚木君が聞いてくれるかしら?」
「(ステルヴィア)のためだ。強引にでも参加させる」
「そして、また嫌われるのね」
「ナジィ、話を蒸し返すな」
「でも、彼と決まったわけではないのでしょう。他にも候補者はいるのだから」
「だけど、僕は彼を買っている」
「世の中って上手くいかないものね」
初佳の発言に全員が頷くのであった。
あとがき
第一話です。
お話の流れなんですが、大まかな流れは一緒にして、細かい部分の変更や、独自に考えた部分を挿入したり、変更していますので、アニメと違う部分が多々あります。
最初のパーティーでのダンスは、PS2のゲームを参考にしています。
しかし書くのが難しい作品だな・・・。