女子中学校にGSが潜り込み逮捕
埼玉県麻帆良市の麻帆良学園女子中等部にGS横島忠夫氏(20)が性別を偽り生徒として潜り込み、女子寮の大浴場に入浴するなど猥褻な行為に及んだ。横島忠夫容疑者は自身の霊能により、完全に容姿、性別を変えていた。または日頃から仕事先などで上司、従業員、依頼主に対して猥褻な行為に及んでいたという情報もある。
横島忠夫容疑者は今月七日に麻帆良に転入、二十三日に修学旅行先で氏の正体に気付いた同級生に通報、逮捕されるまで実に十六日間も生徒として身分を偽っていた。
横島忠夫容疑者は否定しているが、警察側は痴漢行為が目的とみて捜査している。また勤務先の美神除霊事務所、麻帆良学園学園長ともどもこの事件への関与は否定している。
この事件を受けてICPO超常犯罪課日本支部、最高顧問の美神美智恵氏は「現役GSによってこのような事件が起きたのは大変遺憾である。容疑者の厳しい処罰を求めると同時に、このような人物にGS免許を出すような試験制度の見直しをGS協会に勧告したい」とコメントしている。
被害にあった少女達の心の傷が心配される。
霊能生徒 忠お! 完
「って二度ネタかよっ!」
妙な電波を受信していた横島は、叫んで妄想を振り払った。
霊能生徒 忠お! 二学期 九時間目 〜ワンドのナイトの逆位置(大冒険)〜
うん、まず落ち着こう。
横島は早まる動悸を必死で押さえて考える。
何が起こった?⇒朝倉にばれた
ではこの後どうなる?⇒世界にばれる
答:霊能生徒 忠お! 完
(って、違う!希望を捨てるな、俺!)
自分は二十歳、もうじき二十一歳。まさに人生これからだ。それをこんな所で終わりにされてなるものか!
幸い自分の女性化は完璧だ。証拠などあるはずがない。何があろうと白を切れば誤魔化せるはず!
(大丈夫…そう、大丈夫さ!)
横島は落ち付きを取り戻すと普段通り、とは言い難かったが、どうにか笑顔と呼べるものを朝倉に向ける。
「そそそそんわけないだろ?アハハハハ!」
「分かりやすいリアクション、ありがとね。
あ、証拠は揃ってるから言い逃れ不能よ?」
顔に吹きかけられたコーラを拭きながら愛想笑いを浮かべる。普段から狐に似ている彼女の顔が本格的に狐―――それもウサギを追い詰めた狐の顔になる。
本当はしずな先生に化けて色仕掛けで自供を取って、完全に固めておきたかったところだが、それが失敗したからといって慌てることもない。すでに十分な証拠が手元にある。
一方追い詰められたウサギのほうも笑顔を返そうとするが、引きつった表情筋がそれを許さない。
「しょ、証拠って何だよ!?」
「まあ、日頃の言動やらさっきのリアクションやらで十分証拠になるかもしれないけど、やっぱ決め手になったのは、アレね。この間、横島ん家…っていうかテントのときの話」
朝倉は手に持ったレコーダーの再生ボタンを押す。
『俺が通ってた高こゲフン!えぇ……と、ま、前に通ってた学校にいたんだ。愛子って名前でさ。そういえばあのクラスにはピートやタイガーもいたっけ』
「!?」
「さらに今朝ピートさんは、自分は横島のお兄さんと高校時代同級生だった、って言ってたんだよねぇ…」
「!?!?!?!?!?―――そ、それがどうしたんだよ?」
「顔の画風が変わるほど驚いておいて『それがどうした』はないと思うけど…ならばこれでどうだ!」
往生際が悪い横島に、朝倉はさらに数枚のコピー用紙を突きつけた。それは数年前の新聞のコピー。横島は恐る恐るそれを見て…
ぶしゅーーーーーーーっ!
「あああああああああっ!?」
「うおわっ!?」
絶叫する横島の目と鼻から、まるで噴水のような勢いで涙と鼻水が噴出し、驚いた朝倉が席一つ分飛び退いた。横島はその作画が崩壊した顔のまま、朝倉が飛び退いた分を詰める。
「あああああ朝倉!こここここれは一体どういうことだ!?」
「どういうことだも何も、横島が一番よく知ってるんじゃない?」
横島の迫力に押されながらも、余裕の笑顔を崩さない朝倉。
新聞記事には写真付きこう書かれていた。
謎の敵幹部『ポチ』!その正体は高校生GS!?
「4年前のアシュタロス事件だっけ?
あの時はまだ見習いで詳しいことは良くわからなかったけど、みんなこの『ポチ』の正体を追ってたのよ。まあ、本名が分かった頃には事件も解決したしこいつの正体が人類側の送り込んだスパイだって公式発表もあったから、誰も見向きもしなくなったんだけどね。この……横島忠夫少年に」
朝倉の説明が続くうちに、いつの間にか今度は横島が押される番になっていた。
がたがた震える横島を朝倉が少しずつ追い詰める。
「いやあ、たまたまこのスパイの名前を思い出してさ。大至急この横島忠夫の資料を麻帆良から送ってもらったのよ。家族構成とかもね。
そしたらビンゴ!横島忠夫は一人っ子で、妹なんて存在しないってね」
「そ、その横島忠夫と俺の兄貴の横島忠夫が別人だって可能性も…」
「それもなし。確率的に低すぎだし、ピートさんにこの記事の写真見せて確認済み。つか、可能性とか言ってる時点で認めちゃってるようなもんよ?」
「ち、違う!俺は認めてない!俺は違うんだ!」
もう自分でも何が違うのか分からないまま、ただ首を横に振る。それを見て、朝倉は舌なめずり。
「まだ証拠は出し切ってないよ?決定的なのが一つ残ってるんだから」
「な、何だよ?」
裏返った声を絞り出す横島。朝倉は泰然とした態度でポケットからテープを取り出しカセットに入れる。
短いフラットノイズのあと―――
「あ、もしもし?あんたタマモちゃん?」
「誰よ?」
「警戒しないでって。私は朝倉、横島のクラスメートよ。ほら、こないだ横島を散歩に誘った時に会ったじゃない?」
「ああ――そういえばそんなのもいた気がするわね?…で?」
「んー、ちょっとね、横島について聞きたいことがあるんだけど…そういや、きつねうどん好きよね?」
「……ど●兵衛一箱」
「オッケグシャ!
「タァァァァァァマァァァァァァァモォォォォォ゛ォ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!」
横島は朝倉の手から奪い取ったレコーダーを握り潰した。プラスチック片が刺さった手のひらと、そして破裂した目や額の血管から血を流しながら、自分を1,900円(税込み)で売り払った同僚の名前を叫ぶ。
天に向けて絶望の叫びを上げる横島へ、朝倉はチェックメートの駒を進める。
「ちなみにそのテープの内容は、ネットで報道部のPCに保存済み。まだ私以外はそのファイルの内容は知らないけど、メール一本で……どうなるか分かるわよね?」
「ぐっ……ど、どういうつもりだ!?」
一歩踏み出す朝倉に、横島は一歩後ずさりながら問い返す。ここまで証拠が揃っているなら、自白など取らずとも十分記事になる。
「んー、正直な話、このネタは胸に留めときたいわけよ。
一応タマモちゃんから横島がどうして麻帆良に来たか理由は聞いてるし、なんだかんだ言ってあんたはいい奴だし。
それにこの秘密をさよちゃんやネギ先生が知ったら確実にトラウマになるだろうしね」
あ、ひょっとしたらさよちゃんは喜ぶか?と、朝倉は困ったような笑顔を浮かべる。それを見て横島の顔が少し明るくなる。どうやらまだ希望が残っているらしい。
「じゃ、じゃあ秘密に……!?」
「うん、しといてあげる。横島の態度しだいで、ね」
「…態度?」
嫌な予感に顔をしかめる横島に、朝倉は携帯の画面に一枚の写真を表示して横島に向ける。
そこには、ネギの姿があった。それも―――杖に乗って空を飛んでいるところだ。
「―――っ!?」
「ふふーん……。その表情は、ネギ先生が飛んでることに対してかな?それとも…ネギ君の秘密が私に嗅ぎ付けられたことに対してかな?」
当然、後者だった。
朝倉に魔法を嗅ぎ付けられた。自分の秘密でない分だけ冷静であったが、状況の不味さは同じだった。
麻帆良新聞はいくら本物の新聞と遜色ない出来とはいえ、所詮は地方紙。麻帆良の上層部の手にかかればもみ消しは簡単かもしれない。だがそれにかかるコストとネギへの責任追及を考えると……
「でさ?横島、このことについてのインタビュー、答えてくれるよね?」
(そう来たか!?)
「横島、なんだかんだでネギ先生と仲良いし…同じ霊能力者同士、ネギ先生の秘密も知ってたよね?」
どうやら朝倉は、流石に魔法のことまでは嗅ぎつけられず、ネギを霊能力者だと思っているらしい。だが、横島にとってピンチであることに変わらない。
ネギが霊能力者だということにして、魔法の存在だけを隠す?―――否、霊能と魔法は見る人が見れば一発で分かる。報道されてしまえば追求が続き、ネギの使う技術が霊能でないと知られ、魔法の存在がばれる。
文珠で記憶を消す?―――否、朝倉から資料を完全に奪えない以上、例え忘れさせてもいずれ同じ結論に至るはず。一時しのぎにすぎず、下手をすれば次回はこちらを経由せず報道される可能性もある。
「さぁ…どうする、横島?」
王手。横島が王の駒だとしたら、朝倉はさしずめ女王の駒。朝倉が一歩踏み出すたびに、横島は一歩下がらざるを得ない。だが盤であるホテルのロビーは広さが制限されている。壁際に押し付けられた横島に、携帯をもった朝倉がにじり寄る。
詰み―――チェックメートだ。
守れる秘密は二つに一つ。自分のか?ネギのか?
「さぁ!?DOTCH!?」
そして―――
横島は、ネギを売った。
「つーことで、すまん!」
「す、すまんじゃねーよ、姐さん!」
十分後、横島が湯上がり休憩処で土下座していた。土下座が向かう方向には、アスナと刹那、そしてネギとカモがいた。
「仕方なかったんや〜。俺にだって事情が…。
それにネギが空飛んでるところの写真まで押さえてたし…」
「ああ…よりにもよってあのブンヤの姐さんにばれるたぁ…」
「朝倉にばれるってことは世界にばれるってことだよ〜〜」
アスナは腕を組んで唸る。
報道部突撃班所属、朝倉和美。ネタを敏感に嗅ぎ取る嗅覚、問答無用の行動力と、食らい付いて離さないその粘りから、麻帆良パパラッチのと呼ばれている。
そんな彼女にばれたということは…
「もーダメだ、ネギ。アンタ世界中に正体ばれてオコジョにされて強制送還だわ」
「その……お勤めがんばってください、ネギ先生」
「そ、そんな!一緒に弁護してくださいよアスナさん、刹那さん!」
もはやあきらめムードのアスナたちと、目の幅で涙を流すネギ。そこに、軽いノリの声が聞こえてきた。
「おーい、ネギ先生♪」
「うわっ、あ、朝倉さん!?」
「何よ、そんなお化けにでもあったような反応は?傷つくなー」
言葉とは裏腹の楽しそうな声で朝倉はネギに寄っていくが、その間にアスナが割ってはいる。
「ちょっと朝倉、あんまり子供をイジメんじゃないわよ」
「イジメ?何いってんのよ?」
「何って、ネギの秘密を暴いてばらそうって言うんでしょ?嫌がってるんだからそういうのやめなさいよ」
いくら口ではネギにきついことを言っていても、やはりそこは面倒見のよいアスナ。流石にネギがオコジョになるのを看過できず、駄目元で口を出す。
だが返ってきたのは意外な言葉だった。
「誰もバラスなんて言ってないっショ?」
「えっ!?秘密にしてくれるんですか!?」
ネギは喜ぶが、朝倉は微妙な態度を示す。
「迷ってんのよ。横島から話は聞いたけど、ネギ君は霊能力者とは違う魔法使いって種類の人間で、それがばれたらオコジョにされちゃうんでしょ?
それを分かってて報道しちゃうってのは抵抗があるんだけど……隠された真実を白日の下に晒すのは報道の義務だからねぇ」
義理と人情の板ばさみってやつ?と朝倉は軽い様子で言うが、その天秤の上に乗せられたネギにしては、その軽さはたまらない。
「お、お願いします!どうかこのことは内密にしてください!僕、しっかり先生を勤め上げて、立派な魔法使いになりたいんです!」
「う〜ん…どうしようかなぁ…」
頼み込むネギの様子を、朝倉は半ば楽しみながら眺めている。
実のところ朝倉としては、このネタは秘密のままにしておこうと考えていた。真実を白日の下に晒す義務は、あくまで人の自由と権利を守るためだ。だがこの秘密を暴露することは、明らかにネギのそれらを侵害することになる。それでは報道の正義と反する。
(けど…だからってこれだけのネタをただで手放すのもねぇ)
きれいごとだけではパパラッチなんぞできない。
一体ネギがどんな条件を出してくるのかと楽しみにしながら眺めているが…
「ちょっと待ちな、兄貴。ここはオレッチに任せてくれないか?」
「カ、カモ君?」
「えっ?あ、そう言えばアンタ喋れたっけ?」
声はネギの肩からやってきた。カモだった。
朝倉はカモが喋るところをネギの空を飛ぶ写真を撮った時に既に見ていた。だが実際に声をかけられてみればやはり驚く。
目を丸くする朝倉に、カモはその外見に不釣合いな口調で話しかけくる。
「ああ、オコジョ妖精のアルベール・カモミールだ。改めてよろしくなブンヤの姐さん」
「ん、よろしくね」
インパクトからどうにか抜け出し、朝倉は自分のペースを取り戻して返事をする。
「でだ、兄貴。ここはオレッチが話をつけてやるぜ。姐さんもいいだろ?」
そう言ってくるカモの視線。朝倉はその小さな眼から放たれる視線に、ある共感を得た。何かを企む者特有の雰囲気、というやつだ。
「―――私はいいよ」
「じゃあ、決まりだな」
カモはそう言うと朝倉の方に飛び移った。
「それじゃあ、オレッチたちは少し二人っきりで話すから、少し待っててくれ」
「あ、うん!よろしくね、カモ君」
立ち去る一人と一匹に、ネギはそんな言葉をかける。
「なんか、陰謀の臭いがするコンビよねぇ。大丈夫かしら?」
「さ、さぁ…」
その後ろで、アスナと刹那がこめかみに汗を浮かべて呟いた。
結論から言うと、カモは説得に成功した。
「で、アンタは何を企んでるのよ」
「へへっ、話が早くて助かるぜ、ブンヤの姐さん。実はよ…」
だが同時に、アスナたちの不安も的中していた。
当然ながら、ネギには木乃香や親書のこと以外に、教師としての仕事もある。その一つが就寝中の生徒の見回りだ。ただし子供だということもあり、他の教師が一人で見回るところを、ネギは横島と二人セットとして扱われている。
そして、今日の最初の見回りはネギと横島のコンビだった。
「正直本当にすまんかったな、ネギ」
「いえいえ、結果的に朝倉さんも協力してくださるそうですし…」
本日何度目かの謝罪の言葉に、ネギは首を振って答える。
あの後、カモと共に戻ってきた朝倉はこう言った。
「報道部突撃班朝倉和美、ネギ先生の秘密を守るエージェントとして協力していくことにしたよ」
と。
理由は「カモっちの熱意にほだされて」らしい。今一信用ならない言葉だったが、証拠として今まで集めたネギの証拠写真を渡してくれたし、マスターデータも後で返してくれると確約したので、疑うべき要因もない。
「朝倉さんが協力してくれるのは心強いです」
「まあな。だけどだからって気を緩めるわけにもいかねえぞ。まだ修学旅行は二日目なんだから…「コラァ!3A!いーかげんにしなさい!」ほら…早速何かあった」
「…みたいですね」
ホテルの全館に響くような新田の怒鳴り声に、ネギと横島は引きつった顔を見合わせた。
「まったくお前らは!昨日は珍しく静かだとおもってれば!」
ネギ達が3Aの部屋が集まっている廊下に来ると、新田がみんなを廊下に正座させてお説教しているところだった。
「いくら担任のネギ先生が優しいからといっても、学園広域生活指導員のワシがいる限り好き勝手はさせんぞ!」
鬼の新田という通り名に負けない迫力で、生徒達を叱り飛ばす新田。流石の3Aの強者共もおとなしく聞いている。新田の後ろには瀬流彦としずなもいたが、教員であるはずのこの二人でさえも、新田の迫力に押されて脂汗をかいていた。
やがて一通り言い終えた新田は、最後に一言を残して締めくくった。
「これより朝まで、自分の班部屋からの退出禁止!
見つけたらロビーで正座だ!」
「え〜〜〜っ!?」
「ロビーで正座ぁぁぁぁぁぁっ!?」
まだ宵の口というつもりだった3Aの面子は、流石にこの言葉にはブーイングを出すが
「口答えは許さん!わかったな!」
それらも、新田の怒声の前には塵に同じ。
話は終わりと三人の教師は、まだ怒りが収まらないといった風な新田を先頭に階段を下りていった。それを見送ってから横島とネギは、廊下の角から顔を出した。
「よう、こりゃまた派手に怒られたな」
「あっ!横島さん!今までどこに行ってましたの!ひきょー者ー!」
「す、すみません、いいんちょさん。僕、先生なのに…」
「ああっ!?ネギ先生はよろしいですのよ!」
「どこってネギと見回りだよ。風紀委員の仕事で。それに卑怯って何だよ?騒いでたのはお前らだろうが」
「わっ、私だって騒いでませんわ!私はむしろ皆さんを止めようと必死で孤軍奮闘を…!」
「あらあら、あやかったら、みんなと一緒にあんなにはしゃいでいたくせに…」
「ち、千鶴さんっ!?何をおっしゃいますの!?」
「おいおい、静かにしろよ!また新田がすっとんでくるぞ」
「―――っ、ぐぐ…と、とにかく、今日は皆さん。おとなしく寝ましょう」
横島に言われ、不完全燃焼ながらも口をつぐんだあやかは3Aの面々に言うがみなは渋ってみせる。
「ぶ〜〜〜〜、つまんな〜〜〜〜い。枕投げしたいのに〜〜〜!ネギ君と」
「ネギ君とワイ談したかったんだけど」
「ネギ君と一緒の布団で寝たかったのになぁ…」
「いーから!あなた方は早く部屋に戻りなさい!あなた方のご要望は、後で私が委員長としてこっそり代わりにやっておきますから!」
「つか、お前も戻れ」
本音がこぼれる委員長の後頭部を叩きながら、横島はみんなに声を向ける。
「ともかく、今日のところは戻っておけ。別に部屋の中でのことまで制限されたわけじゃないんだ。部屋同士だって近いんだし、そんなに頻繁に出入りしなけりゃばれないだろうが。今日のところは部屋ごとで遊んで、四日目の夜に向けて体力温存しとけ」
「四日目?なんかあったっけ?」
首をかしげるまき絵に、横島は分かってないなあと首を振る。
「四日目ともなれば先生も疲れてるし、最後だから気も緩んでる。
遊ぶとしたらそこが狙い目だ。常識だろ?」
「あっ、ナルホドッ!」
「流石、忠っち!冴えてるね!」
「はいはい。分かったならさっさと部屋にもどれ」
『はーい』
みんなは素直に返事をするとわらわらと部屋に帰っていく。それをネギとあやかが半ば呆然と眺める。
「そ、そんな…あの問題児達があんな素直に…」
「すごい…すごいですよ、横島さん!」
「別に凄かないだろ?思ったまでを言っただけだ」
「ですがそれでも凄いですよ。あのお騒がせどころをこんな簡単に部屋に戻しちゃうなんて!」
日々彼女達に振り回されているネギは、横島の見せた手腕に対してほとんど崇拝に近い尊敬のまなざしを送る。それに気付いた委員長はシルクのハンカチを噛みしめる。
「くっ…ま、負けませんわよ、横島さん!」
「どこから取り出した、それ。
―――ま、ともかく俺達も戻るから委員長も早く部屋に入っとけ。行くぞ、ネギ」
「はい。ではいいんちょさん。おやすみなさい」
「あ、はい、ネギ先生。どうか良い夢を…」
ネギのきちんとした挨拶の様子に胸をときめかせながら、委員長はネギと横島を見送り―――
―――俺達も戻るから?
「―――ちょっとお待ちください!」
「きゅえ゛っ!?」
後ろから急に浴衣の襟をつかまれた横島は、仰け反りながら立ち止まった。
急に締められた喉をさすりながら振り向けば、そこにいたのはまるで幽鬼のように佇むあやかだった。横島は出しかけた文句を硬い唾と一緒に飲み込んだ。
「横島さん?あなた、六班の班部屋はこちらですが?」
「あ、ああ。そうだけど俺は…」
「横島さんは僕と一緒の部屋なんですよ」
迫力負けして言いよどむ横島の代わりにネギが応えた。
その状況を把握していない声音は、三人しかいない廊下に染み渡り…
ドババババババンッ!
『ネギ(君・先生・坊主)と一緒の部屋ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』
まるで蹴破るような勢いで3Aに割り当てられた6つの部屋の扉が全て開き、さっき大人しく部屋に帰っていったはずの生徒たちが飛び出してきた。その目は、誰も彼も血走っている。
「ホント、横島さん!?」
「ど、どういうこと!?どうして!?」
「忠っちずるーい!」
「うそっ!ネギ君と二人きり!?」
「布団が一つで枕が二つ!?」
「きゃーっ!」
「来た!ネタの神が降りて来た!教師と教え子、禁断の旅情編!」
「なっ!は、破廉恥な!赦されませんわ!?」
「落ち着け!そんなんじゃねぇっ!?」
「じゃあどういうことか説明してくださいませ!」
あやかを先頭に押し寄せてくるメンバーに、横島は
(ぬおぅっ!浴衣の布越しに当たる乳がっ、腕がっ太ももがっ……って目を覚ませ俺!)
言い返すためというより、自分の気をしっかり持たせるために声を大にして言い返す。
「風紀委員の仕事のせいだって!俺はネギと一緒に見回りとかしなきゃなんないから、一緒にいたほうが都合がいいからそうなったんだよ!なっ、ネギ!」
「は、はい、そうです。それに横島さんが転校してきたのは修学旅行で宿を手配した後だそうでして、宿のほうの都合で教員の部屋に布団を用意するしかなかったそうで…」
横島と同じくもみくちゃにされながらネギも答えた。
一応筋の通った理由に、あやか達は理性の面では納得したが…
「感情は別問題ですわーーーーっ!」
鼻息荒く、あやか達はネギと横島に押し寄せる。
「か、代わりなさい!委員長命令です!」
「わっ、いいんちょ横暴だぁっ!」
「あ、それならむしろ何があってもいいように保健委員のウチが…」
「ずるいよ!なら僕は散歩部代表として!」
「いやいや、ここはラクロス部の私がっ!」
「関係ないじゃん、散歩とラクロス!」
「あ、あのー、図書委員…」
「がんばるのです、のどか!」
「またネギ君争奪戦だぁっ!」
そして始まるカオス。もはや誰が誰を押しているのか分からない状態の中心で、横島は必死で戦っていた。
(うおっ、デケェ!つか柔らけぇっ!しかもほのかに良い臭い…って違う!相手は中学生!俺はロリコンじゃない!落ち着いてよく見ろ!鳴滝姉妹を見ろ!この乳だってあの子達と同じ年代の子のものなんだぞ…!)
(自己欺瞞、だね)
(って誰だ…っていうかまた貴様か!性懲りもなく俺をロリ道に引きずり込むつもりか!?もう一人の《俺》!)
(もう一人の《俺》だと?……ふざけるな!貴様のような真性野郎がもう一人の《俺》だなんて断じて認めん!)
(な…に…ど、どういうことだ!?)
(自分が注目しているものがなんだか自覚しろ!)
(注目って、それは鳴滝姉妹…ってまずい!服がはだける!ブラをしてない胸が外気に!まだ幼いサクランボが大気に…!って、なぜ俺はここで目を閉じれない!?まぶたを下ろせないんだ!?)
(ふっ…それは貴様が見たいと思っている何よりの証拠。俺は年齢こそアウトだが外見はしっかり安全圏の相手にしか欲情していない。だが貴様という奴は、年齢はおろか外見ですら完璧アウトの相手に注目している。つまり……ロリ野郎は貴様だ!)
(そ、ち、ちがう!俺は悪くねえ!俺は悪くねえ!俺は…!俺はぁっ!)
「俺は違うんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「うひぇっ!?」
魂から血を絞り出すような絶叫。
それに委員長が怯んだ隙に、ネギの襟首をつかむと猛然とダッシュ。その場を一気に離脱する。
「俺はドキドキしてなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!」
そしてその後にはドップラー効果つきのそんな声と3Aの面々が取り残される。
やがてその叫びの余韻が消えた後、最初に我を取り戻したあやかが呟いた。
「に、逃がしてしまいましたわ!」
「追いかけるよ、史伽!」
「ダメですお姉ちゃん!ロビーで正座なんて嫌です!」
「ああ、ネギ君とワイ談…」
「一緒の布団で寝るんだろうなー、横島さん。いーなー」
「くっ、くぅぅっ…羨ましすぎですわぁ……」
残念そうな表情をするだけの者から、血の涙を流しながら床にこぶしを叩きつける者まで。そんなある意味死屍累々の廊下に、飄々とした含み笑いが聞こえてきた。
「くっくっくっくっ……このままじゃ、ネギ君が横島さんにごちそうさまされちゃうかもねぇ…」
「あ、朝倉さん!?今までどこにいらしてたんですか!?」
「ちょっとゲームの準備に手間取っててね」
「ゲーム!?何を言っているんです、ゲームだなんて!今はネギ先生の一大事なんですよ!?このままではネギ先生が横島さんに……!」
「うん、確かにこのままじゃ、ネギ君は横島のものになっちゃわね。
最低でも唇くらいは奪われちゃうかも♪」
「く、くちび…―――――認められませんわぁぁぁぁぁっ!」
朝倉の煽りに踊らされ、慌てふためくあやか。
そこまで顕著ではないものの、他の生徒達も動揺を隠せない。
旅行先の、いつもとは違う環境で迎える夜。
湯上がりの火照った体を包む浴衣。
そして二人は………!
「どうにか…どうにかいたしませんと!」
「どうにかしたいの?」
「当たり前でしょ!?ネギ先生と、キ、キ、キ、キスだなんて…私がしたいですわっ!」
「うん。さすがいいんちょ、分かってるねぇ!要は奪われる前に奪っちゃえばいいんだよ」
『へっ?』
その発言に全員の視線が朝倉に集まる。それを確認してから、朝倉は一冊の紙束を突き出した。
『くちびる争奪!修学旅行でネギ先生とラブラブキッス大作戦!』
「ネギ君のマネージャーの許可もとってるよ」
ぺろりと舌を出しながら朝倉は、悪魔の笑みでそう言った。
「はぁ…もうすぐ11時か…。今日も大変だったなぁ…」
「ま、襲撃がなかったのはよかったけどな」
『教員個室ネギ先生』という紙に、さらに明らかに付き足した風情で『&風紀委員』と書かれた紙が入り口に張られた部屋で、ネギと横島は寝転がっていた。
「このまま何事もなく親書を届けれればいいんですが…」
「それはないだろうな。俺なら多分、明日辺りに行動する。どうあがいたところで戦力は二分以上しなきゃならんからな」
「ですよね…」
魔法を秘密にしなくてはならない以上、木乃香をつれたまま親書を届けるというのは極力避けたい。それに親書さえ届けれれば、例えその後に木乃香をさらったとしても、向こうに『現在の長の資質を問う』という大義がない以上、ただのテロであり政権交代まで行くことは難しいので、木乃香が狙われることもほぼないと考えても良いだろう。
「それに、上手くすれば関西呪術協会が何人か護衛をくれるかもしれないしな」
「ええ、全ては明日、決着が付きます」
「ああ。そしたら後は観光だけだ。徹底的に遊び倒そうぜ」
「油断したらダメですよ、横島さん。それに新田先生も言ったとおり、修学旅行は学習の一環なんですから」
「へいへい」
横島が面倒くさそうに応えると、丁度出入り口のふすまが開いた。
入ってきたのはアスナと刹那だった。
「ネギ。周囲の見回り行ってきたよ」
「お疲れ様です」
「結界のほうは西条さんとピートさんが見ていますが…アレで本当によろしいんですか?」
不安そうな刹那の様子に、横島は首をかしげる。
「あれって?」
「いえどうせならホテル全体に、完全に式神などが出入りできないようにしたほうが良いのでは、と」
刹那が様子を見に行ったとき西条たちは結界を張っていたが、その結界は昨晩刹那が使っていたものより遥かに威力の小さいものだった。それこそ、破ってみないと気付かない程度の。それを幾重かに渡って張り巡らしていたのだが、それでも心もとない。
その意図を察した横島は少し困惑した表情を見せる。
「えっと…失礼なこと聞くけど…刹那ちゃんってこういう待ち伏せとかの仕事ってしたこと、ある?」
「えっ、いやそれは…」
言われて刹那は、相手が確実に責めてくる状況下での本格的な『守り』の戦いが初めてだったことを思い出す。
稼業である退魔の仕事は単純に『何々を倒す』という種類の仕事だけを請け負っていたため、完全にこちらが攻めの戦いだ。確かに麻帆良に来て以来、ずっと木乃香を守っては来たが、それはあくまで保険的なものだった。何度か木乃香を狙ったものと剣を交えたこともあったが、そういう場合でさえ麻帆良や学園長らのバックアップや結界のおかげで相手の存在と居場所が分かっており、それはこちらから打って出る戦い――『攻め』の戦いだった。
「すみません…あまり…」
「あ、責めてるわけじゃないって。
えっとさ、敵は魔族だろ?あいつらは普通に人間が作る結界じゃ防ぐことができないし、相手のほうがそういう霊能…そしておそらく魔法にも詳しいから、当然キャンセルされる可能性が高い。だからあえて破らせる前提で結界を作るんだ」
「それは…結界を鳴子の代わりにするということですか?」
「そういうことだ。強力な結界が必要なのはネギの周りと木乃香ちゃんの部屋だけ。あとは全部罠ってことだ」
「……しかしそれならはじめから感知系の結界にすれば…」
「感知系だったら相手が感知されないように避けるだろ?だが普通の妨害系。しかも解くの面倒くさいような弱いのなら壊して入ってくる。もしもそんなのが十重二十重にあったらなおさら」
本当は、妨害系に偽装した感知系の結界が一番いいんだけど、と繋げる横島。刹那はその説明を興味深げに聞いていた。
「やはり…歴戦の方の意見は参考になりますね」
「そうか?つか、これもほとんど美神さんの受け売りなんだけどなぁ…。
と、そうだ。忘れないうちに渡しておくか」
誉められなれていない横島は照れ隠し半分に言いながら、文珠を二つ刹那に差し出す。
「……!こ、これは!」
「確かモンジュ、だっけ?ネギを治した」
「えっ?爆発するんですよね?」
ネギの怪我を治したところを目撃したアスナと、それでガチンコ漁法をさせられたネギがお互いの顔を見合わせる。
「どっちも正解だ。
これは文珠って言って、特定のキーワードを込めることで、その現象を引き起こすアイテムだ。
例えば爆発をイメージしながら『爆』の文字をこめると爆発するようになるし、傷を治すのをイメージしながら『治』の文字を込めると、本当に怪我を直せる。ただし使い捨てだけどな。
とりあえず皆二個ずつ持っておけ」
「はい、ありがとうござ「もらえません!こんな貴重なもの!」
刹那が悲鳴じみた声を上げ、文珠を受け取ろうとしたネギはびっくりして取り落としそうになる。既に受け取ってしまったアスナは首をかしげながら、ビー玉とさして変わらないようなそれを、指でつまんで眺める。
「貴重って……これ、幾ら位なの?」
「いくらも何も、値段なんて付けられませんよ!文珠といえば伝説の神器ですよ!」
「……そうなの?」
「さあな。厄珍の奴は一個百万で売れとか言ってたけど」
「百万円!?」
「や、安すぎですよ、それ!」
「安いの!?」
二段構えの衝撃に、アスナは改めて親指と人差し指で挟んだ文珠を見つめる。そしてその表面に自分の指紋が付いているのを見て愕然とする。
どうしよう、百万円に指紋が!早く拭かなくてはならない!だが浴衣の袖で拭いてしまってもしも傷でもつけてしまったら…!
慌てふためくアスナの横では、ネギが「百万円…6,700ユーロ…それを僕はあの時、お魚を採るために……」と茫然自失となりながらぶつぶつ呟いていた。
「こら刹那ちゃん。あんまりネギ達を驚かすなよ」
「し、しかし実際それだけの価値が…!」
「売れればな。売れない以上どんな貴重品でも0円だ」
「え、れ、0円?」
「うん。文珠は売っちゃいけないってオカGやGS協会からきつく言われててさ。市場に出回ったと分かった瞬間、俺はすぐにこれもんだよ」
言いながら横島は両手首をくっつけて前に差し出す。
「どうしてですか?話を聞いただけじゃ便利そうなのに」
「便利すぎるんだ。文珠は直撃させれば上級神魔だって滅ぼせるし、想像力しだいじゃ何でもできるんだぜ?」
「けど、何でもできるって言っても、たった一文字ですよね?」
ネギの言葉に、横島は不意に真面目な表情をつくり…
「ネギ。文珠に《核》って込めたらどうなると思う」
「…………………………ごめんなさい」
「解ればよろしい。ま、実際やったことないからわからんがな。
とにかく、そういうわけで値段が付かない以上タダも同然。遠慮するな。
それに、これは俺の霊力で作ってるもんだから幾らでも作れるし」
そういった横島だったが、最後の一言は少しだけ嘘だった。
確かに少女の姿になる前は、事実上無制限に文珠を作れたが、現在では日に2,3個作れる程度。しかも修学旅行に来る前の連続除霊で相当量の文珠を使ってしまった。ネギ達に各二個ずつ渡してしまえば、手元の文珠は十二個になる。メドーサ達と渡り合うとすれば微妙な数字だ。だがそれを言ってしまえば、刹那は受け取らないだろう。
横島はその事情を隠し、強引とも言える論調で刹那に文珠を突きつける。刹那は躊躇う様子を見せていたがそれ以上断るのは失礼かと、観念した様子で受け取った。
「2つのうち1つには《護》の文字が入ってる。これで大抵のことからは守ってもらえるはずだ。それから…」
「あ、あの…横島さん?」
言いかけた説明の途中で、アスナが躊躇いがちに声をかけてきた。
「どうしたんだ?」
「その……私、貰ってもいいの?」
「だから別に値段とかそういうのは…」
「そうじゃなくて!その……私……」
アスナは一度言葉を切ってから……、覚悟したようにこう言った。
「戦えないかもしれないよ?」
アスナの言葉に、ネギは軽く混乱状態になった。
「えっ、あっ、ど、どうしてですか!?」
「ゴメン……任せてとかいってたのに…」
「あ、い、いえ、別に責めてるわけでは…」
つい強くなっていた自分の口調に気付き、ネギは慌てて取り繕う。
確かに一般人のアスナを戦いに巻き込むのには抵抗があったし、嫌なら止めてもらっても文句は言えないと覚悟はしていた。しかし無意識のどこかで、アスナは絶対自分と一緒に戦ってくれると信じていた。甘え、といってもいいかもしれない。
(甘えてたんだ…僕)
それに気付き、そんな自分に恥ずかしくなり、ネギもアスナ同様しょげたように俯く。
「えっと…じゃあ、戦いは止めるのか?」
「そ、それは……わからない」
「それでは困ります、神楽坂さん」
厳しい口調は、刹那のものだった。
「一瞬が明暗を分ける戦いに、憂いや迷いは禁物です。そんな中途半端な気持ちでは…」
「刹那ちゃん」
刹那を横島が柔らかい、しかし少しだけ強い声で止めた。
そしてここは自分に任せて欲しいと、視線で訴える。刹那は少し考えた後に目を逸らし、しかし続きを言おうとはしなかった。
一方、黙ってそれを聞いていたアスナは、刹那が横島に止められなければなんといっていただろうかを理解していた。
足手まとい。
そう言われていたのだろうと推測し、そして実際その通りだと思った。
任せてなどといっておきながらこの体たらくだ。もっと罵られても仕方ないとさえ思う。
「それはいいとしても、やっぱり文珠は受け取ってもらう。でないとアスナちゃんが危険だからな」
「私が?」
横島が口にした言葉はそんな言葉でもなければ慰めでもない、問答無用の事実認識だった。横島は頷いてから続ける。
「アスナちゃんは既に敵から、戦力の一つとして数えられている。つまり、敵として認識されてるってことだ。つまり、襲われる可能性があるってこと」
「そ、そんな!」
声を上げたのはネギだった。戦う意思がもうないのに、戦いから逃れられないなんて…。
感じた不条理さへの抗議は、しかし現実の前には無意味だった。
「しかたないだろ?敵はこっちの事情なんて知らないんだから。
それに…アスナちゃんだって戦いから完全に逃げることにも抵抗があるんだろ?」
横島の問いに、アスナは無言で肯定する。
中途半端だとは自分でも思うが、しかし西条に言われたことが頭をよぎる。
――それで君が後悔しないなら、ね――
思うのだ。今、退いてしまえばきっと後悔することになる、と。
だがその確信は漠然としたものに過ぎず、西条が言っていた戦いに必要なもの――信念には程遠い。
(カッコワルイなぁ……)
退く覚悟も進む覚悟もない。そんな自分が酷く惨めに思えた。
「ま、刹那ちゃんの言っていることは正しい。迷った状態で戦っても――死ぬだけだ」
ゾクッ
死。
その一字に、アスナは途方もない恐怖と悪寒を覚えた。死とは、あらゆる可能性の喪失だ。それも完全不可逆の、絶対的な喪失。
「今夜中、だ」
横島の呟きにアスナは顔を上げた。そこにまっすぐと、横島の視線が降り注いできた。
「本当は納得するまで悩んでもらいたいところだけど、明日が多分最終決戦。
時間がない。だから、少なくとも修学旅行中の戦いに参加するかどうかは今夜中に決めてくれ。それでもし参加の決意ができないなら―――降りてもらう」
「今夜、中…」
呟いて、それが最後通告なのだとアスナは実感した。期限は今夜中。それまでに決心できなければ、戦うな。そういわれたのだ。
まるで刑の宣告を受けたかのようなプレッシャーがアスナに被さってくる。それに引きずられる形で、刹那とネギも重苦しい空気に包まれる。
横島は重い空気を吐き出すようにため息をついてから、努めて軽めな口調で言う。
「ま、決心できないならそれでもいいよ。今回降りてもらうだけで、今後永遠に戦うなって言うつもりじゃないから、気楽にいきなよ。
とにかく文珠は持っておいて貰う。アスナちゃんの安全のためにもな。いいか?」
「あ、うん…」
「はいはい!んじゃこれにて解散!刹那ちゃん。西条たちは見張りの順番についてなんか言ってたか?」
「あ、はい。自分達でやるから私達は寝ていていいといわれましたが、そういうわけにも行きませんので明け方、4時ころから朝までを担当にさせていただきました」
「うん。じゃあ、それまで寝ておけよ。俺とネギは教師と風紀委員の仕事で6時前の見回りを任されてるからその時に交代だ。いいな、ネギ」
「あ、はい!がんばります」
横島の軽い口調にむやみに張り切った、元気な様子でネギは答える。刹那の普段と変わらない様子も含めて、アスナは自分が気遣われているのに気付き、それを嬉しく思う反面、少しだけ辛く感じていた。
さて、晴れている場所があれば曇っている場所があるように―――
生れ落ちる赤子がいれば天に召される老人がいるように―――
神に感謝を捧げる人がいれば神を呪う人がいるように―――
悩めるアスナがいれば悩まぬ馬鹿共も存在した。
「姐さん!全カメラスタンバイOKだぜ!」
「あいよ、カモっち!」
嵐山ホテルのトイレで、馬鹿の主犯格二人が時計を睨んでいた。
細工は流々、仕上げはごろうじろ!
「本番5秒前!…4!………3!………(2!………1!………Q〜!)」
「修学旅行特別企画!!
くちびる争奪!!修学旅行でネギ先生とラブラブキッス大作戦〜〜〜〜〜〜〜!!」
軽快、というよりも軽薄なナレーションとBGMが、各部屋のテレビから流れ出た。
「ん?」
「どうしたんだい、ピート君?」
「いや、何かこう飢えた野獣が――ただしドリームワークスのCGアニメ風にデフォルメされた感じの野獣が放たれたような気配がしたのですが……」
「……どんな感じかは微妙に解りづらいんだが…気のせいじゃないのかい?」
「…そうですね」
『ルールは簡単!
各班から二人ずつ選手を選び、新田先生方の監視をくぐり、旅館内のどこかにいるネギ先生のくちびるをGET!妨害可能!ただし武器は両手の枕のみ!
上位入賞者には豪華商品プレゼント!なお新田先生に見つかった者は他言無用、朝まで正座!死して屍拾うもの無し!
さあ、現在一番くちびるに近い女、横島忠緒を出し抜いてネギ先生とキスをするのは一体誰か!?』
「きゃー、始まったよ!」
「へぇ…なかなか本格的じゃん」
「誰に賭けた!?」
「しっ!鳴滝姉妹の紹介が始まるよ!」
『まずは一斑!鳴滝風香、史伽選手!』
「あぶぶ〜〜〜、お姉ちゃ〜〜〜ん。正座は嫌ですー!」
「大丈夫だって!僕らはかえで姉から教わった秘密の術があるだろ!?」
「そのかえで姉と当たったらどうするんですかー!」
「その時はアレさ!忠っちにならった奥義を使うよ!蝶のように舞い…」
「ゴキブリは嫌いですー!」
『秘策あり!潜在能力全く未知数!波瀾を起こすはこのコンビだ!』
「あの双子かぁ…」
――怪我をしないようにがんばってください――
「フム、面白そうネ。けれどウチの二人の前には赤子同然ネ!」
「計算によればあの双子の勝率は20パーセント未満ですよ。それに対してウチのチームは……ふっふっふっ」
『続いて2班!菲選手と楓選手!馬鹿レンジャーからの参戦だ!』
「一位になったらどーしよあるかねー!?ネギ坊主とは言えワタシ初キスアルよ〜〜!」
「んーー、拙者としては横島殿がどう動くかが気になるでござるなぁ」
「おっ、そういえばそうアルな!出来ることなら敵として遭い見えたいものネ!」
『体力的には侮れない!戦闘力は大本命!しかし冷やかしの可能性もあり!本来の目的を忘れないかが心配です!』
「あ、あの二人に勝てるのかなぁ?」
「大丈夫よ、なんといっても私のあやかですもの」
『そして三班代表!いいんちょこと雪広選手と千雨選手!』
「ふっふっふっ……横島さん!あなたの野望はここで終わりよ!私がネギ先生のくちびるを美味しく頂きまゴホン死守しますわ!」
「うぐぐ…なんで私がこんなこと…」
「つべこべ言わず援護してください!」
『やる気ゼロの千雨選手に対してネギ先生への偏愛と執着が衆知のいいんちょ!人気No1です!』
「熱くなりすぎて喧嘩しなければいいんだけど」
「けど、いいんちょは強そうやで。やっぱり三班かな?
「いや、それは違うぞ、和泉。戦場で生き残るのに必要なのはバランスだ。そう、うちの班のようにね」
『そして四班、裕奈選手とまき絵選手!』
「よーーーし!やるからには絶対勝つよ!」
「エヘヘー、ネギ君とキスかー、んふふー」
『バランス最高!実に安定感のある二人です!堅実な戦いが予想されます!』
「んー、みんな強そうやなぁ〜。けどウチラの選手かて負けてへんよ、なぁ、ハルナ」
「もちろん!あたしのラブ臭センサーによれば、ウチの班こそダントツよ!」
『五班!宮崎選手と夕映選手!』
「全くウチのクラスはアホばかりなんですから…。せっかくのどかが告白したときに、こんなアホなイベントを…」
「ゆ、ゆえ〜〜〜いいよ、これはゲームなんだし」
「いいえ、ダメです!ネギ先生は私の知る中でも最もまともな部類に入る男性です。のどか、あなたの選択は間違ってないと断言しますよ」
「ゆ、ゆえ…」
「さあ!勝ってのどかをキスさせてあげます!いくですよ!」
「う、うん!」
『大穴の図書館組!一見して見ると勝ち目はなさそうですが、しかし夕映選手の知力と今朝のネギ先生争奪戦を勝ち抜いた宮崎選手のハートは伊達じゃない!』
「ふん、下らん。それはそうと茶々丸はどこに…」
『そして最後に六班代表!茶々丸選手と相坂選手!』
「ぶふぉっ!?…ケホッケホッ!ちゃ、ちゃちゃちゃ、茶々丸!?それに相坂さよまで!?」
「……(無言のまま茶々丸とさよ、両者のイラストがかかれた旗をふるザジ)」
『幽霊という異色のスキルを持つ最近話題の幽霊生徒の相坂選手と、ロボだという荒唐無稽な噂が囁かれるミステリアスガール!エヴァンジェリンと横島さんを交えた百合疑惑でも有名です!
まったく想像できないこの二人!一斑代表とは違った意味でダークホースだ!』
「ゆ、百合……誤解なのですが…」
「ふえ?何がですか、茶々丸さん?」
「…いえ。それより、どうしてこのようなイベントに?」
「だってみんなと何かをするのって面白そうじゃないですか?それに、男の方と、せ、接吻なんて……きゃっ!」
「ネギ先生……キス…?妙です、モーターの回転数が…」
「以上、それぞれの班から選出された、選ばれた狩人達!
彼女達がどのようなドラマを見せてくれるのか!?教員部屋にいるネギ先生に最初にアタックできるのは誰か!?トトカルチョ参加は間に合うよ!詳細はこの私まで!
『ネギ先生ラブラブキッス大作戦』開始まであと一分!実況は報道部、朝倉がお送りいたします」
「はい、カット!40秒の休憩だぜ!ホレ、水分だ!」
「悪いね、カモっち」
差し出されたジュースを、朝倉は一口飲んで喉を潤す。
「大成功だな」
「ええ、今のところはね、だが油断はできないわよ」
「ああ、ラブラブキッス大作戦はあくまで手段。本当の目的は――仮契約カード!大量ゲット大作戦、さ!」
名前から解るとおり、仮契約カードの大量入手が、その作戦の目的だった。
旅館全体を仮契約の魔方陣で囲み、ネギとキスした者たちを片っ端から契約させる。
「カード一枚辺り五万オコジョ$!それが三十人だとすると…俺達大金持ちだぜ!」
「ひゅーひゅー!って、あと10秒だ!」
「本番5秒前!…4!………3!………(2!………1!………Q〜!)」
『さて、いよいよゲーム開始です!
修学旅行特別企画!!
くちびる争奪!!修学旅行でネギ先生とラブラブキッス大作戦………
………―――スタート!』
かくして騒乱が始まった。
つづく
全編ほぼオールギャグの予定が、意外に重くしてしまった詞連です。何か久しぶりに日曜日の日付のうちに更新できました。
さて、ついに始まったネギのくちびる争奪戦。皆さんの期待を裏切れるようにがんばります。
ではレス返しを
>meo氏
ばれましたが、まあ原作に近い展開で。しずなでした。タグを多用するとああなりやすいです。
>雪龍氏
まあ、ここのピートはホモじゃないのに誤解されるタイプということで一つ。
>ロードス氏
のっけから躓きました、アスナ。ほんと立ち直るんでしょうか、彼女?(おいっ)
>レンジ氏
まあ、強いとは言っても実はいろいろからくりがあったりします。具体的にはあと十数話先(予想)で。
>ハイント氏
ぜんざいとせんざい、両方ともただしいとおもっていたのですが、調べたところぜんざいが正しいとのことでした。ご指摘ありがとうございます。
シロおオヤジさん(故人)はストライクだったかもしれませんが。
>鉄拳28号氏
誤字指摘ありがとうございます
まあ、変わらないというのはエヴァちゃんの体験談ゆえで、おそらく数世紀生きても、GSの面々のような濃い連中にあったことないからそんなことを言ったのでしょう。
ちなみにピートが使ったのはキリスト教でよく使われるほうの『愛』です。
なお横島が強くなりすぎた云々は、掘り下げればもう少し事情が見えてきますが、あまり詳しく話すと脱線しすぎの上に、霊能生徒の横島のスタンスである『原作終了後の数年である過去を背負うことになった横島』という前提が崩れるので、ぼやかしました。
次回もがんばります。
>D,氏
いえ、マジで男とばれました。イベント本番は次回ということで。
>アキラ氏
はじめまして…?
どこかであったような…失礼、きっと同姓同名のかたですね。
改めて初めまして。
いや〜楽しんでいただけて幸いです。続きはがんばります。
>ガガガ氏
別にエヴァに道を解かれたのではなく、圧倒的な暴力に晒されて眼を覚ましただけです。エヴァちゃんにはそんな気、これっぽっちもありません。まあそこは基本お人よしのピートなのでこのような表現になりました。
>弟子二十二号氏
ばれました。そしてこうなりました。
ちなみに『人界最強の道化師』化⇒狙われた、ではなく
『狙われた』⇒それでも生き残ったので『人界最強の道化師』と呼ばれた、が正しい順序です。詳しい話はBACKを押してください。
せっちゃんは、本当にいつ気付くのでしょうか?
>にゃら氏
楽しみにしてもらって光栄です。
ちなみに惰性で戦い続けた、というのはGS連載初期に文珠を手に入れるまでの話です。そのあとまた彼にはドラマがありますが、その辺りはまだ秘密です。
なお、美女云々ですが、少しネタばれになりますが、当時、そんな余裕なかったです。
>2氏
例えモヒカン不良に襲われているところをかっこよく助けたとしても横島の難破は成功しない。それが横島クォリティー!……やっぱ宇宙意思(女)に惚れられてるんでしょうか、彼?
>SS氏
ネギまは一見するとオタク向け作品ですが、一皮剥けばなかなかどうして骨太です。お勧めします。『彼女』を今後とも活躍させていくよう努力します。
>流河氏
まあ、破かれたりアストラルサイドの攻撃を食らえば修復不能ですが。
愛に関してはまさにそんな感じ。ほら、教会住まいですし。
>doodle氏
まあ、木乃香と仲直り後の刹那の言動からして、それがエヴァが言うように緊張感が張り詰めた弦のような緊張感がなくなったからというのをさぴいても、この位のイベントはこなしているかと。彼女もお年頃ですし。
西条は、ばれてもま、いいや的に考えてます。まあ、流石に『輝』彦にされたくないので自発的にはばらしませんが。
>ハンプティ氏
書き出しで、もっとしゃれにならないのりでいって見ました。
結局横島は仲間を見捨てました。どんなに強くなっても、致命的じゃない場面では仲間を盾にして切り抜ける。それが美神流です。
>黒川氏
良くぞ覚えていてくださいました!わざわざあのシーンを書いたのはこの伏線です。
>みょー氏
お・い・つ・か・れ・たーーーーー!!!!
一気にここまできましたか。ご苦労様です。
信念に関しては確かに私もそこまで突き詰められません。ですが日常レベルで、それにちかいことは結構ありますよね。例えば受験、就職、仕事などで。
>通りすがり氏
残念ながら直球でばれました。
>トード氏
実際、原作の西条は基本的に(横島相手のときは例外として)紳士的な大人の男性ですし。ちなみに私の脳内での西条の戦闘レベルは、剣術では圧倒的に劣るものの、銃や破魔札などを器用に使いこなし、相手が全力を出し切れないようにして勝つ『巧い戦い』をするタイプ、ということになってます。まあ、美智恵直伝正当美神流というやつで(美神令子や横島が使うのはいわば外道美神流)。そういういみでは並みの神鳴流剣士になら普通に勝てます。
>ひろ氏
アスナが無事で私もほっとしてます!(こら)
西条たちを気に入っていただけて嬉しいです。GSキャラとネギまキャラの遭遇は、いわば「物語を終えた主人公」と「物語の途中の主人公」の対面という形を取っています。ぶっちゃけた話カンニングです。しかしカンニングしたからといって答案と同じ答えを書くかは別問題。その結果ネギまキャラがどう成長するか、私も楽しみにしながら書いてます。
しずな変装は色仕掛けのため。まあ、必要なかったようですが。
朝倉はカモと手を組みました。ここまではほぼ原作どおり。さて、原作との相違点は動踊り、盤をかき混ぜてくれるのでしょうか?
>木曾麻緋氏
丁寧なご返答ありがとうございます。第三者からの意見は非常に参考になります。
刹那の距離感の最悪ぶりは、私も原作を呼んでいて思いました。体は守っても心はぜんぜん守ってないなぁ、と。ですから忠お!では徹底的にクローズアップしています。
ご期待に沿えるようにがんばります。
>神〔SIN〕氏
銀魂のボケと突っ込みのセンスとボキャブラリーは凄いですよね。毎週月曜はコンビニの一角で笑いをこらえています。
まあ、ここらへんは原作でもネギの出番はあまりなかったですしご勘弁を。
『終わる世界』については、一応脳内設定が。
三次元はそれより高位の次元の影であるという考え方ができます。またそれはギリシャ哲学でも提唱されている考えてす。
魔法も霊能もアストラルサイド――幽界、三次元の影を作る高位次元実体が存在する世界においてその高位次元実態に干渉することで現象を引き起こします。例えば温度を下げるのも、目標物の本体である幽界の実体に魔力や霊力で『凍る』という事象を起こさせて、三次元の目標を凍らせます。もしもその効果が幽界で遮断された場合、つまり魔法や霊能で『絶対零度に温度が下がる』という事象を引き起こす魔力や霊波が阻害されれば、対象は凍りません。ルシオラたちが凍らなかったのも、横島の霊力より彼女達の霊的防御力が強かったため、周囲の気体は文珠の霊波が届いて絶対零度になっても、本人達には凍結のさせようとする霊波が届かず、またその強靭な肉体ゆえ、周囲が絶対零度になっても大丈夫だったのです。
だからもしエヴァの『終わる世界』の魔力がルシオラたちの霊的防御力を上回れば、エヴァの魔力がルシオラたちの肉体を直接凍結させ、勝てます。しかしもしエヴァの魔力がルシオラたちの霊的防御力に劣ればエヴァの魔力は周囲の空気を凍結させるにとどまり、肉体の頑丈なルシオラたちはちょっと表面が凍りつくだけで大丈夫、となります。
とながながと失礼しました。次回もがんばります。
>舞―エンジェル氏
刹那フラグは、まだ未定。
封印開放時は……お楽しみということで。
レス返し終了。
さて、明日から後期の授業です。がんばって執筆時間を作ります。
BACK< >NEXT