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▽レス始

「霊能生徒 忠お!〜二学期〜(七時間目)(ネギま+GS)」

詞連 (2006-09-17 23:59/2006-09-18 14:00)
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 願い続ければ、夢はきっと叶う。
 良い言葉だけど、不確かな言葉。そう思っていた。
 そして確かにそうだった。願うだけじゃあ、叶わなかった。だから一歩踏み出した。
 そうして初めて……願いは叶った。


「わーーーっ、ホントに鹿が道にいるーーーっ!」

 奈良鹿を見て嬉しそうにはしゃぐネギ。それを見ながら、のどかは心の満ちたりを感じていた。
 願いも想いも、ただそれだけなら全て内に秘めらているだけ。それが言葉や行動となったとき、初めて意味になる。今までの自分は、解っていなかった。否、解っていても踏み出せなかった。踏み出さなかった。
 それを変えたのは、ネギとの出会いだった。ネギと遇って生まれた想いと彼の夢に向かう直向な態度は、臆病な自分に勇気を与えてくれた。
 もちろんそれだけじゃない。踏み出す一歩の力になったのは、ネギが与えてくれた勇気だけじゃない。
 夕映はふらふらと定まらない自分を、辛抱強く支えてくれた。
 ハルナはおびえて立ち竦みそうになる自分の手を、前に前にと引っ張ってくれた。
 他のクラスメート達も、自分に少しずつ勇気を与えてくれた。
 そしてみんなから貰った勇気を持って、一歩踏み出すことに挑戦した。
 勇気と、挑戦。
 そしてその挑戦の果てにあったのは、今の幸福だった。

「えへへー…。ネギ先生…」

 ああ、なんて幸せなんだろう。ああ、なんて満ち足りているのだろう。
 この幸福の理由はネギと一緒に奈良を回れたことだけではない。自分に勇気を与えてくれた全ての人に、全ての物に、そして全ての出来事に出会えたこと。今までの全ての出会いのなんと幸福なことか!
 今、ネギ先生と一緒にいられることに感謝を尽くしたい。
 もう、今の私に思い残すことなど…

「バカァッ!」
「はふぅっ!?」


霊能生徒 忠お! 二学期 七時間目 〜ソードの5の逆位置(魂の試練と人生経験)(上)〜


 ぺちーん

 気の抜ける音の偽ビンタ(頬ではなく、手を叩いて効果音を出すアレ)で、のどかの意識はポエム界から現実界へと帰還する。

「このくらいで今年思い残すことはないなんて無欲すぎ!」

還ってきたのどかを待ち受けていたのは、鼻息を荒くしたハルナの顔のドアップだった。

「この程度で満足してどーすんのよっ!ここから先が押しどころでしょ!」
「え、お、押すって?」

 ネギ先生を班行動に誘う。これほどの(のどか的には)大それたことをした今、これ以上何をしろというのか?
 その場に座り込み、目を白黒させるのどか。そんな彼女に、ハルナは声を抑えて、しかし興奮したまま紅潮した顔でこう言った。

「―――告るのよ、のどか。
 今日ここで、ネギ先生に想いを告白するのよ」
「え〜っ!そんなの無理だよぅ!」
「無理じゃないわよ!」

 のどかの弱気に、ハルナは拳を握って力説する。

「いい!修学旅行は男子も女子も浮き立つもの!麻帆良恋愛研究会の調査では、修学旅行期間中の告白成功率は87%を超えるのよ!」
「は、はちじゅうなな…」
「またテキトーな…」

 夕映の呟きは、衝撃の数字に揺れるのどかには届かない。
 はちじゅうななぱーせんと。はちじゅうななぱーせんと。
 そんなのどかに、ハルナはさらに畳み掛ける。

「しかぁぁぁぁもっ!ここで恋人になれば、明日の班別完全自由行動日では二人きりの私服ラブラブデートも!」
「ら、らぶらぶデート…!?」

 そのキーワードで、のどかはいよいよ赤くなる。
 ラブラブデート―――…。
 87パーセントで―――…。
 ネギ先生と―――…。
 ネギ先生と!
 これはもう告白するしか…!
 と、言いかけたのどかだが、その言葉を羞恥心と臆病が押し留めた。

「そっそそそ、そんな急に…!私、困るです。でで、でも…あぅ…デート…」
「ここまで来て何言ってんの!
 今のアンタならいけるって!」
「ファイトですのどか!」

 悩みもじもじとするのどか。それをハルナと夕映。

「よし、まずはネギ君と二人っきりならなきゃね。行くよ、夕映!」
「ラジャです」
「あ、ちょ、まだ心の準備が…!」

 のどかの制止も聞かず、二人はまずはネギとアスナを引き離そうと駆け出して…

「…あれ?いつの間にかいないですね?」

 夕映が言うとおり、つい先ほどまでそこにいたはずのネギとアスナの姿が消えていた。
 もう一度辺りを見回すが、しかし目に入るのは綺麗に整理された庭園と、そして道沿いの売店で団子を買っている木乃香だけ。

「木乃香。ネギ先生はどちらに行かれたのですか?」
「んー?ネギ君とアスナなら、なんや二人してあっちに行ったで」

 木乃香は道の向こうをさす。それをみて、ハルナは顔色を変えた。

「いかん!」
「な、何がいけないの?」
「かぁぁぁっ!解ってないの、のどか!?
 今朝からアスナ、何か元気なかったじゃない!その儚げな様子にネギ君がクラッと来て、二人で抜け出してアバンチュールってるに違いないわ!」
「どういう根拠ですか、それは?」
「くぅっ!私がラブ臭を見逃すとは…!
 夕映!探すよ!」
「ラジャです」
「ちょっ、だ、だから待ってー!」

 赤い顔をしたまま、のどかも二人を追って駆け出した。

「みんな元気やなぁ」

 お釣りを受け取りながら、木乃香は走り去る三人を眺め、そして頷く。

「うん。ウチもがんばろう」

 団子の皿を手に思うことは大切な、しかしいまだ心が通じ合えない幼馴染のことだ。昨日の夜の露天風呂で、謎のお猿軍団にさらわれかけたとき、刹那は自分を助けてくれた。

「嫌われてるわけやないんや」

 ならば、何度でも手を伸ばそう。再び手を取り、このちゃんと呼んでくれるその時まで。

「せっちゃん探して一緒に食べよ」

 先ほど、刹那の姿を見かけた。遠目ではあったが、自分が刹那を見間違えるはずもない。声をかけようとしたらすぐにどこかに行ってしまった。

「せっちゃん、どこかな?」

 団子の皿を手にしながら、木乃香は刹那を探して歩き出した。


 そよぐ木陰が落ちる石敷きの道をネギとアスナ、そして刹那は歩いていた。

「ねえ、木乃香を放っておいてもいいの?」
「大丈夫です。式神を放って見張らせていますから。他の班にも念のため同様に」
「そうじゃなくて、木乃香に声をかけなくていいのか、ってことよ」
「そうですよ、何で木乃香さんとお話しないですか?」
「そ、それは…と、とにかく早く行きましょう。横島さん達が待ってますよ」

 刹那は無理に話題を変えて足を速める。
 刹那が六班を離れ、木乃香の無事を確認した丁度その時、携帯電話にメールで連絡が入った。

『会議は30分後、浅茅ヶ原の川股亭。観光しながらでいいからゆっくり来いよ』

 同じ内容のメールを貰ったネギ達と一緒に、川股亭に向かっている。

「ゆっくりで良いって言ってたじゃない。
 それで、何で木乃香を避けるのよ?嫌いじゃないんでしょ?
 何でわざわざ、影から守るの?」
「そうですよ、隣で一緒に楽しくおしゃべりしながら守ってあげればいいじゃないですか」
「いっ、いえ、私などがお嬢様と気安くおしゃべりするわけには…。それに、親しくして魔法のことがばれたり、戦いに巻き込んでしまう可能性もありますし」
「あ……そうか…」

 戦いに巻き込む。その言葉で、アスナは少し納得した。確かに木乃香と親しくすれば、そういう可能性も出てくる。そのことを考えれば、確かに距離をとることも頷ける。だが、ネギはそれでも納得しないようだった。

「えっ?けどそうならないように守ればいいじゃないですか」
「守りきれるとも限らないでしょ」
「大丈夫ですよ。昨日だって何とかなったじゃないですか」

 笑顔で言うネギ。その気楽さに、アスナは不意に腹が立った。
 何とかなる?
 何を言っているのだ、このガキは?
 昨日の夜は、横島が来なければ木乃香はさらわれていたし、自分達の命も危険だった。そんなぎりぎりの状況を、そんな気楽に…!

「何、気楽に言ってるのよ!」

 反射的に、アスナはネギを怒鳴りつけていた。
 昨日のあの状況を経て、まだそんなことを言っているのか?
 命を奪い合ったあの場所を見て!

「あ、あの、落ち着いてください!」

 ネギを厳しい目で睨みつけるアスナ。それに声をかけたのは、刹那だった。

「どうしたんですか?急に怒鳴ったりして…」
「…なんでもないわよ」

 アスナは気まずげに、いきなり怒鳴られ目を白黒させていたネギから目を逸らす。
 少し冷静になった頭で考えれば、確かに怒鳴ることはなかった。だが『戦い』という恐ろしいものに対して、笑いながら『何とかなる』と言い切るそのヘラヘラした態度に、腹が立った。
 情緒が不安定になっている。そのことに気付き、アスナは恥ずかしいような、情けないような気持ちになる。
 だが生来の意地っ張りと、まだ腹の底で燻る怒りが、素直に謝ることを許さない。

「早く行くわよ」
「…そうですね」
「は、はい…」

 三人は、お互いに微妙な距離感を保ちながら歩き出した。


川股亭とは奈良公園浅茅ヶ原、浮見堂近くにある休憩所だ。小川を跨いで作られていることがその名前の由来らしい。
 小川のせせらぎと、そよぐ木の葉擦れが満ちる屋根の下で、横島が携帯を仕舞う。

「――うっし、連絡終了。30分までにはネギ達が来るから、ちゃっちゃと話を済まそうぜ」
「その前に君のホラーチックな姿の理由を教えてくれないかな、横島君」

 西条が指摘したのは、横島の顔――ぼこぼこに腫れ上がった右半分だった。

「いや、ちょっとからかいすぎてな…」
「エヴァンジェリンさんですね?」
「ああ。ってそういえば、ピートはエヴァちゃんと知り合いなのか?」
「え、エヴァちゃんって…」

 ちゃん付けの呼び名に顔を引きつらせるピート。どうやらピートにとって、エヴァは精神的に上の存在らしい。

「ま、まあ、以前。少し…そ、それより!皆さんが来るまで時間がないんでしょ!?早く三人だけのお話というのをしないと!」

 実に不審な態度で話題を逸らそうとするピート。もう少し問い詰めたい気もするが、だがピートが言うとおり、時間もあまりない。
 ネギ達が来るというのもあるが、それ以上にまずいのが、ザジやさよが横島を探しに来ることだ。今日は原則として班行動。確かに、生徒の中には班を超えて合流したり、逆に単独行動をとったりなどするものもいる。しかしザジはともあれ、さよはそういうキャラではない。横島達を探してここを探し当てる可能性もある。

「まあ、ピート君とあの真祖の少女との馴れ初めは後で追求するとして、真面目な話をしようか?」
「だな。それはネギ達が来てからにまわすとして、まずはそっちか」
「結局追求するんですね」

 疲れたようにため息をつくピートを尻目に、横島は真面目な表情を作る。

「まず、最初に確認したいんだが……俺の性別は本当に黙ってくれるんだろうな?」

 真面目な表情をして聞くような内容ではない。と、もしここに刹那がいたら突っ込んでいたような台詞だが、しかし西条はにこりともせずに、対応する。

「もちろんさ。君が横島忠夫本人だとばれれば、関西呪術協会は一気に態度を硬直化させるだろうからね」

 『人界最強の道化師』が横島忠夫であるというのは、上層部では公然の秘密だった。その名前にまつわる逸話によりその存在は人ではなく、まるで地震や台風のような、ある種の天災としての扱いを受けるほどだ。まして魔法界においては、霊能力者に対する潜在的な偏見と敵愾心により、ほとんど忌み名として知られている。
 そんな化け物が親書を運ぶ使節に随行しているとなれば、関西呪術協会がどんな反応を示すか。最悪、気の早い者たちは、霊能力者が関西呪術協会を滅ぼそうとしていると思い、先手を打とうと過激な行動に出てくるかもしれない。
 現に、横島忠緒――『道化師』本人ではなくその血縁が行くというだけで、まほネットではかなりの憶測と論議が乱れ飛び、いくつかのサーバーが落ちたらしい。

「君のような女装趣味の性犯罪者の行動を幇助するようで気が進まないが、まあ、必要悪として飲み込むさ」
「誰が女装趣味だ!」

 性犯罪者のところに突っ込まないのは自覚ゆえか、横島は一言だけ言った後、深呼吸で落ち着く。

「まあ、とにかく。俺が今からしようってのは、俺が男だってばれちまうような内容の話だ」
「そう言えば、昨日の夜も言っていたが、君はネギ君やあのアスナという女の子にも、自分が男だと秘密にしているようだが」
「当たり前だろ!自分が実はオカマさんなんです、なんて口に出せるか!」
「だが、それは非効率的じゃないか?それを伝えておけばこんな密談をせずに済むんだし。
 気が進まないなら、僕から話を「してみろ。その時は名前通りの頭にしてやるぜ、輝彦さんよぉ?」するわけにもいかないね。流石に思春期の子達にはショッキングすぎる事件だ。人格形成に深刻な影響を及ぼす可能性もある」

 頭に《脱》の文珠を押し付けられた西条は、壊れた人形のようにカクカクと頷いた。
 西条輝彦。毎朝枕に残った髪の毛の本数を数え始める年頃だ。

「とにかく。何度も言うようだが時間がない。ちゃっちゃと済まそうぜ」

 結局一番時間を奪った人物である横島が、自分のことを棚にあげてそう言った。

「じゃあ、まず俺からだな。
 っていうか、美神さんから俺の今の状況は聞いているか?」
「知り合いの呪いを解くために振り出しに戻ったことくらいはね」
「そっか。なら最初から説明しなくちゃならんな。
 まずぶっちゃけるけど―――実は俺、一時的になら男に戻れる」
『なっ!?』

 横島の唐突なカミングアウトに、西条達は目を見開く。

「落ち着けって、一時的っつっても、かなりペナルティーがあるけどな」

 横島はそう言うと、胸もとからアミュレットを取り出して、手に乗せる。
 アミュレットは手のひらサイズのガラス板のようなものだった。透けて見える手のひらの手前には『三割五分』という文字が浮かんでいた。

「この数字は何だい、横島君」
「解呪の進行具合だ。ちょうど35パーセント、ってことだ」

 そう言うと、横島はアミュレットを服の中に戻す。

「呪いの延長云々で、その時俺が一時的に男に戻ったってのは聞いてるか」
「ええ。その時無理に戻ったのと、その後に多量の霊力を使用したために呪が復活したということは」
「でさ、俺はヒャクメを呼んで訊いたんだよ」


解呪は無理でも、一時的に戻るくらいなら、文珠でも何とかならないか?
 訊かれたヒャクメはしばし悩んだ後、こう答えた。

『可能といえば可能なのね。だけどその場合、解呪の進行度はリセットされるし、男に戻った状態で使った霊力の量によっては、最悪もっと伸びる可能性もあるわよ。
 それから、いくら文珠といっても、解呪の進行具合が低ければ、男の人になるにはその分たくさんの文珠が必要になるのね』


「――って、ことらしい」
「なるほど。ですが横島さん。一時的にでも男に戻れるなら、いっそ男になってから、その状態で大量の文珠を並列発動させて、呪を解けばいいんじゃないですか?」

 ピートの指摘に、横島は力なく首を横に振る。

「ダメだそうだ。あの時、俺、調子こいて《横》《島》《忠》《夫》《美》《少》《女》《化》ってやっちまってさ…。呪を解く場合、効力を打ち消すだけで十六文字、さらに解呪の文珠の霊力同士が打ち消しあったり、逆に呪いに霊力を追加させないように指向性制御に八文字のかかるって言われてさ…」
「に、二十四文字…」
「俺、自己ベストが二十文字だぜ。しかももし失敗したら、その分の文珠の霊力が呪いに注ぎ込まれるって話だし…リスクが大きすぎやっちゅーねん…」

 うなだれながら、あの宴会芸をしてしまった運命の夜を思い出し、その時の自分を呪う横島。その様子に手を貸してしまった者達の一人であるピートは、流石に同情的な視線を向ける。
時間跳躍ですら十四文字あれば可能だ。それをさらに十文字上回るとは…。

「たかが性転換、されど性転換といったところですね…」
「己が愚かさで首を絞めたということだろう。いい経験じゃないか?」
「手前も一枚噛んでるだろうが!
 ま、とにかく。そういうことで一時的になら男に戻ることができる。一回だけな」
「一回だけ、ですか?」
「ああ。進行度三割五分なら四文字並列発動の《一》《時》《開》《封》で何とかなるらしい」
「四文字?二文字までしか使えないんじゃなかったのか?」
「先週までは、な」

 横島は遠い目をして、先週のハードスケジュールを思い出す。
 連日連夜の除霊の梯子は、横島にとってプラスに働いた。

「おかげで、だいぶ体にも慣れたし、霊力も集中できるようになった。
 文珠の並列発動数が伸びたのもそのおかげだな」

 実際に四文字並列発動を試してはいないが、感覚的にはいけそうだ。
 戦闘中に四文字、というのは無理だろうが、集中してやれば多分いけるだろう。

「まさに、一枚限りのワイルドカード、といったところですね」
「いつカードを切るかが問題だね」
「って、俺が強引に男に戻るの前提で話すな」
「戻らないでメドーサ達を倒せるのかい?」
「そりゃ…」

 言われて横島はことばに詰まる。
 男に戻ればその分、呪いが解けるのが伸びる。可能ならば避けたいところだ。だが、状況はそうも言ってられない。

「実際の所、今の状態で横島君はメドーサに勝てそうかい?」
「……一対一の文珠を無制限使用で互角、だな」

 横島の口調は苦かった。
 あの夜、いくつもの魔族の気配がしたが、その中でも特に強かったのが、メドーサ、デミアン、そしてベルゼブルの三体だった。
 だが正直なところ、デミアンもベルゼブルも、横島はあまり難敵とは思っていない。ベルゼブルもデミアンも『本体』という弱点を持っている。
 文珠を使って暴き出せばほとんど一発だ。だが、メドーサは違う。事実上無制限に呼び出せるビックイーターという眷属。小竜姫と渡り合えるだけの槍術と超加速。特筆すべき長所はないが、弱点もない。典型的なオールラウンダーであり、隙や弱点を突くことのが本来のスタイルである横島にしてみれば、やりにくいことこの上ない相手だ。

「一対一は、まずありえないだろうね。向こうは君を警戒しているだろうし、向こうは手駒も多い。それにメドーサより強力な敵がいる可能性もある。
そういえば、このことは令子ちゃんには?」
「こっちに来る前に伝えた」
「電話でか?」
「?そうだけど…何か問題あったか?」

 首を傾げる横島に、西条とピートは深刻な表情を見せる。

「横島さん。実は今朝に入った情報なんですが、美神さんの事務所の電話が、どうやら傍受されていたらしいんです。それもおそらくメドーサ達が絡んでいると…」
「傍受って…んなアホな!」

 自分の情報は、美神に電話で全て伝えている。つまり、メドーサはこちらの手の内を全て知っているということに他ならない。

「人口幽霊は何やっとったんだ!?」
「それが…盗聴を実際に行っていたのは霊能力をもたない普通の人間で、しかもオカルト技術を全く使わない方法だったので…」
「霊的な危害ばかり警戒していた人口幽霊の死角を突かれたってわけか…」

 その情報に、状況は最悪だと呟く横島だったが、残念ながら悪いニュースはまだ続く。

「それから、これも今朝、東京から来た情報なんですが…オカルトGメンからは、これ以上の増援は難しいそうです」

 西条とピートが関西に来ているのは、飛騨山地で発見されたビックイーターが、メドーサと繋がっているかどうかを調べるためだ。だが、そのためにたった二人を派遣するだけでも、関西呪術協会は難色を示したのだ。

「けど、実際メドーサがいたわけだろ?だったら…」
「残念だが、その報告をしても無駄だった。目撃証言がオカルトGメン以外では君とあの桜咲君と神楽坂君だけ。みんな民間人の上未成年、しかも君に至っては完全に先生――オカルトGメン寄りの存在だからね。証拠としては怪しいっていうことらしい」

 つまり、西に戦力を送り込むための嘘だと主張されたらしい。事なかれ主義者達もそれに賛同し、結果として上層部ではメドーサは関西にいないことになったのだ。
 悔しげに手を握り締めるピートと、馬鹿話でも語るように肩をすくめ、しかし目が笑っていない西条。その様子から完全にオカGの増援は当てにできないらしいと悟った横島は流石に焦りを感じた。

「マジかよ!
 じゃ、じゃあ美神さんや雪之丞やエミさんや唐巣神父とかは…!?」
「雪之丞は行方不明です。弓さんでさえ行き先を知らないそうです。
 エミさんはタイガーを連れて精霊石の買い付け。
 先生は…その……栄養失調で入院してまして…」
「またか、あの人は!」
「それに、令子ちゃんが来れないのは君も知ってるだろう?」
「だよなぁ…。今頃シベリアでシロとタマモに犬ぞり引かせてる頃だもんなぁ…」

 現在、美神はロシア政府からの依頼で、マンモスの群の幽霊を退治している。
 何でも地球温暖化のせいで永久凍土が解け、マンモスの骨が大量に地表に出てきて、それにつれてマンモスの幽霊が大量発生したらしい。そこでロシア政府がおキヌのネクロマンサーとしての能力を知り、美神除霊事務所に除霊を頼んできたのだ。
 本来なら、呪いが解けていたはずの自分も同行する予定だったが、例によって居残りとなり、代わりに留守番の予定だったシロとタマモが引っ張られていった。
 やる気のないタマモに対して、シロは子供向けサイエンス番組でやっていたマンモスの化石のことを覚えていたらしく、涎を垂らしながらやる気満々だった。あわよくば一本持って帰るつもりなのかもしれない。既に石になってるから噛んでも歯が欠けるだけだぞ、っていうか流石に持って税関通るのは無理だろ。
そういえば美神さん、検疫が大変だとか言ってたっけ…。

「現実逃避している暇はないぞ、横島君」
「したくもなるわい!つか、本当にこりゃ東京に逃げ帰ったほうがいいかもしれん…」
「それも止めておいた方がいいかもしれませんよ」
「…まだ何か、悪いニュースでもあるのかよ?」

 もはや半分泣いている横島に、ピートはカバンから紙束を差し出した。

「これはビックイーターが出没した場所についての資料をなんですが…、ここを見てください」

 ピートが指差したのは、その場所と、その場所に縁の深い神、妖怪、神話などが書かれた表だった。そして、その表のほとんど全てに、ある名前が共通していた。

「リョウメンスクナ?」
「おや、読めるとは意外だね、横島君。知っているのかい?」
「あのな、一応俺だって一人前のGSだぜ。
 リョウメンスクナってのは、飛騨にいたといわれる異形の…って、まさか…?」
「そう。そのまさかさ」

 西条は、もう笑うしかないとでも言うような、軽い口調だった。

「メドーサ達は、どうやらこのリョウメンスクナを復活させるつもりらしい」


「…それと、逃げるのを止めておいた方がいいっていうのと、どう関係するんだ?」

 しばしの沈黙の後、ようやく開いた口からこぼれたのは、その言葉だった。

「これは先生から聞かされた話なんだけど、あの木乃香という少女は、すさまじい魔力を持っているそうだ。
 どうやら、メドーサはその力を利用してリョウメンスクナを復活させようとしているらしい」
「死んだ、って日本書紀に書いてなかったか?」
「さあね。だが、ただ封じられただけという可能性だって十分ある」
「畜生…」

 最悪過ぎる状況に、横島は悪態をつく。
 未知の存在であるリョウメンスクナも確かに脅威だが、それ以上にメドーサ達自身にも木乃香を狙う理由があったという事実が最悪だった。
 あの千草という女は、あくまで魔法使いとして木乃香を狙っている。それならば一般人の生徒に手を出すことはないだろう。だが、魔族であるメドーサ達にはそんな理屈が通用するとは思えない。

「下手に逃げたら見境なく…ってこともありうるわけか」
「言い換えれば、メドーサが魔法使いと協力体制を取っている間は、メドーサも一般人の生徒を巻き込むようなことはしない、ということです」
「人類に逃げ場なし、ってか…」

 呟いた横島は、軒先の青空を見上げる。
 敵は強く、しかも未知数の部分が多い。
 それに対して、こちらの戦力は乏しく、しかも手の内のほとんどが向こうに知られている。
 最悪という言葉が、これ以上似合う状況があるだろうか?

(いや…まだ最悪なんかじゃねぇ)

 横島は胸中で呟いて、バンダナ―――厳密にはその下に隠されている金輪を触る。
 それは、横島の本当の切り札だった。本当に最後、本当に最悪の状況になったなら…。

「…何を考えているんだい、横島君?」
「………。何でもねぇよ」

 不意に、横からかけられた西条の声に、横島は短く返して視線を逸らす。だが、西条の視線は厳しいまま、ずっと横島に向けられる。

「何だよ?」
「君…また、ろくでもないことを企んでいるな」
「ろくでもないって、何だよ?」

 あくまで白を切る横島だが、西条はその言葉に取り合わない。
 目に力をこめたまま、西条は横島に言う。

「僕は君を……あの一年間を許していない。あの時のみんなの気持ちを考えたことがあるのか?
 三枚目の君が悲劇のヒーローなんて気取るもんじゃない」
「…悪かったな、三枚目で」

 是でも否でもない返事を返すだけの横島。
 その二人の様子を、ピートが黙って見つめていた。
 野鳥がまるで、三人の間に流れる空気も読まず、飛んできて、囀って、そしてまた飛び去った。

「―――わかったよ」

 しばらくしてから、先に折れたのは横島だった。
 後頭部で腕を組んで長椅子に横たわり、唇を尖らせる。

「どーせ俺は三枚目の丁稚ですからねぇ。せいぜい人の顔色見て行動しますよぉ」

すねた口調の横島に、ピートと西条は口元が緩むのを感じた。

「うん。それでいい。実に横島君の身の丈に合った生き方だ」
「…やっぱりメドーサより先に、お前と決着つけておくか西条?」

 のどかな川股亭に、全く似つかわしくない剣呑な雰囲気が満ち…

「あ、横島さーん!」

 その雰囲気に、ネギの声が水をさした。
 見れば、ネギ達とエヴァ、茶々丸のコンビが、そろって川股亭に向かっていた。


 来る途中、アスナに怒鳴られたとき、ネギは少しだけ反発を覚えた。
 確かに敵をやっつけたわけでもないし、親書はまだ届けてはいない。油断するべきではないだろう。だが、だからと言って怒鳴ることもないではないか。それに、現に昨日は何とかなったのに…。
 そう思いながら、横島達との待ち合わせ場所に向かったネギだったが、そこで聞かされた内容は、そんな反発を綺麗に吹き飛ばしたのだった。


「――――って感じで、現在の状況は最悪だ。ぶっちゃけ、もうダメかもしれん」

 ありえないほどぶっちゃけた言葉で結んで、横島の現状説明は終わりを告げた。話の内容は、先ほどまで横島達が話していた内容から、横島が男だという部分を削除したものだった。だが削られた分だけ絶望感が減るというわけではない。むしろ横島が『人界最強の道化師』であるという部分が抜けている分、絶望感二割増しだった。
 現にネギは目を丸くしてカタカタと震え、アスナは呆然。一番こういう状況になれているはずの刹那でさえ、膝の上においた手を見つめるばかり。その手は、関節が白くなるほどに握りしめられている。
 だがそんな三人とは対照的に、エヴァは余裕の態度を保っていた。いや、それどころかその表情には、喜色すら見受けられる。
 横島はそんなエヴァに、先ほど西条に言われたように、顔色を伺うように尋ねる。

「えっと…その余裕の態度ということは……何か秘策があるんでしょうか?エヴァンジェリンさん?」
「秘策?フン、なぜ私がそんなことを考えねばならん。当事者でもあるまいし」
「ちょっ、ちょっとエヴァンジェリンさん!クラスメートが大ピンチなんですよ!?」

 堂々と言い放ったエヴァの言葉に、流石のネギも抗議する。だが、エヴァはそんなものどこ吹く風と、嘲りが混じる笑顔でネギを見据える。

「クラスメートがピンチ?
 だからどうしたのだ、先生?それを守るのは貴様の仕事だろ?
 暇なとき、一般の生徒に害が及びそうなら助けてやるといっているのに、その上さらに頼るつもりかな?」
「うっ…ううっ…」

 反論の思いつかないネギ。その肩に横島の手が乗る。

「横島さん?」

 横島は応えずに、そっとネギの肩を押してエヴァの前に立つ。
 その真剣な表情に、エヴァもせせら笑いを止めてじっと見返す。

「……何ミリリットルだ?」

 何を言っているのか、ネギ達にはわからなかった。だが、エヴァと茶々丸、そして西条たちはわかったらしい。
 西条とピートは呆れたようなため息をつき、茶々丸は僅かな驚きの、そしてエヴァは唇を歪め冷たい笑顔を作る。

「5パイントだ。英式でな。分割払いは却下だ」
「パイントってどのくらいだ?」
「500ml少々だ」
「死ぬって。せめて2パイント」
「フン。文珠を使えば大丈夫だろ?4パイント」
「あ、あの…何の話をしてるんですか?」

 何かを競っている二人にネギは問うが、それに応えたのはその様子をどこか心配そうに眺めていた茶々丸だった。

「取引です。横島さんが、マスターに血を提供する代わりに協力するように交渉しています」
「そ、そんな!」

 声を上げたのは刹那だった。
 木乃香を守るのは自分の役目だ。対して横島の役目はそもそも親書の護衛。それなのに、今のところ横島には助けられてばかりだ。さらにその上、血を対価にするなど―――自分の体を切り売りさせるようなことをさせてはならない。

「待ってください!それならば私が血を…!」
「黙れ、桜咲刹那」

 進み出ようとする刹那を、エヴァは冷徹な瞳で睨み返す。

「私がこのような交渉を、誰とでもするとでも思ったか。
 相手が横島程の力の持ち主だからこそ交渉が成立する。強い力を持つ者の血は、強大な力を与えてくれるからな。貴様如きの血では、私を戦列に迎え入れるほどの対価にはならん。
 ―――4パインド。分割払いを許す」
「しかし…!」
「刹那ちゃん」

 刹那がさらに言い募ろうとするが、しかしそれを横島が留める。横島はただいつもの何も考えてなさそうな明るい笑顔を見せる。

「ありがと。けど、気にすんな」
「……」

 刹那は何も応えることができない。下唇をかみ締めて、黙って座りなおす。

「…四回払いで4パインド。それでいいか?」
「ふむ…悪くないな。いいだろう」

 横島が大きく譲歩する形で、交渉は成立した。
 それを見ながら、西条はため息をつく。

「まったく…。アレだけ言っておいて、結局は自分を大切にしないのかい。君は」
「この場合はしょうがないだろ。っていうか、献血みたいなもんだって」

 気楽に言う横島に、エヴァは自分の頬が少し引きつるのを感じた。

「吸血鬼の吸血を献血とは……相変わらず嘗めた奴め。
 もっとも―――」

 エヴァは視線を西条の隣、微妙に俯き加減で座っているピートに向けて

「―――もっとも、そこの箱入り息子殿と知り合いなら、そこまで吸血鬼を嘗めるのも頷けるがな」

 箱入り息子と呼ばれた、ピートはびくっと体を痙攣させた。
 怒っている、のではない。エヴァと目を合わせないようにしている顔の色は青く、額には汗をかいている。まるで不良の上級生に睨みつけられた、気の弱い新入生のような居住まいだ。

「箱入り息子って…エヴァンジェリンさん、ピートさんのこと知ってるの?」
「知っているさ、神楽坂明日菜。こいつの父親である伯爵閣下には一時期、大変世話になったのだが、その頃、こいつが少々反抗期でな。軽くひねってやったのさ」
「か、軽かったんですか、アレって!?」

 外見上は圧倒的に年下の少女に、恐怖にこわばった表情で敬語を使う青年。
 その姿とエヴァの言葉から横島は、妙にスカート丈の長いセーラー服を着たエヴァが、リーゼントを決めた学生服のピートを、ヨーヨーを使ってしばいている光景を想像してしまった。嘗めたらあかんぜよ、といった感じだ。
 だがネギ達はそんなわけの解らない想像図などは思いも及ばず、一つの単語に意識を向けていた。

「伯爵って…」

 確か貴族の称号だったような…とネギ達はそこで、ピートのフルネームを思い出す。
 ピート……ピエトロ・ド・ブラドー……伯爵…ブラドー伯爵………

『―――――吸血鬼のブラドー伯爵ぅぅっ!?』

 唐突に振って沸いた、あまりにメジャーなその名前に、アスナはもちろん、ネギやカモ、刹那ですらも大声を上げる。

「って、今更なに驚いてんだ?」
「い、今更も何も初耳ですよ、横島さん!そうなるとピートさんは吸血鬼なんですか?」

 興奮したネギに、ピートは柔和に微笑み首を横に振る。

「あ、いいえ。僕はダンピール――――

――――バンパイアハーフです」

(――――!私と…同じ…!)

 目を見開く刹那。初めてであった、自分と同じ人と人外の狭間の子。

「あ、あの…!」

 口を開いたのは、ほとんど無意識だった。何を喋ろうとするつもりなのか、自分ですら解らないままに、刹那は言葉を放とうとして…

「ネギ君はっけぇぇぇぇぇぇん!」
「あー!せっちゃん、見ぃつけた!」

 口に出しかけたその言葉は、遠くから飛んできた大きな吹き出しに弾き飛ばされた。


 ネギを探すハルナ達と刹那を探す木乃香が、同時にそこを訪れたのはまさに偶然だった。
 瞬時にハルナのスカウター(注:ただのメガネです)が相手の戦力を測定する。
 相手は1…2……7人!?

「グゥレイト!数だけは多いぜ!」

 先人の残した名台詞(?)を叫ぶとハルナは駆け出す。

オルテガ!マッシュ!木乃香!夕映!ジェッ●ストリー●アタックを仕掛けるわよ!」
「なんやそれー?」
「というかアレって対個人技のような気がしますが」

 首をかしげる木乃香と全く知らない分野であるはずのそれにあっさり突っ込む夕映。
 さて、とは言うものの二人で七人を移動させるのはきつい。ならば優先すべきはのどかのデートの邪魔になる人物を…!
 二人の男性は横島の知り合いに過ぎない部外者で、エヴァンジェリンと茶々丸はこの際無視してもいい気がする。

(となれば目標はアスナ、横島、そして桜咲!)

 瞬時に夕映とアイコンタクト。そして方針は決まった。
 そして次の瞬間には、目標に突撃する。

「せっちゃん!お団子買ってきたえ!一緒に食べへんーーー!?」
「えっ!?」
「アスナアスナ!一緒に大仏見ようよ!」
「へぶっ!」
「横島さん、あなたに仏閣の知識を伝授してあげましょう」
「ひでぶっ!」

 三者三様。しかしそれらに共通するのは有無を言わせぬ強引さ。

「すっ、すみませんお嬢様!私、急用が…!」
「あん、なんでお嬢様って呼ぶんー?」

 強引なまでのアタックに刹那は赤面して逃げ出し、

「ちょ、何よアンタ…!」
「いーから、いーから!」

 ハルナはアスナを羽交い絞めにして引きずってゆき

「まずこの奈良に都が移されたのは今から…」
「なんで修学旅行出まで勉強せなあかんのやぁ…」

 子供のようにじたばたと暴れる横島を、夕映が意外に強い力で引きずっていった。
 まさにジェットストリームな展開だった。

「?…?……あれー?一体何が…?」

 台風一過の静寂の中、ネギは目をぱちくりさせて、去っていく生徒達を見送る。その様子を見たエヴァが、このガキがと肩をすくめる。

「小娘同士の麗しき友情というやつだろ、ホレ」

 エヴァが指差す方向にネギが振り返ると、そちらからのどかが息せき切って駆けてきた。

「あ、宮崎さん?」
「ハァ…ハァ…あっ、あああ、あのーネギ先生…」

 よほど必死に走ってきたのか、顔が真っ赤なのどか。何か言いたげな様子だったが、なかなか言い出しにくそうにしている。だからネギは、助け舟を出すつもりでこう言った。

「なんか、みんないっちゃいましたね。一緒に回りましょうか?」

 ―――その一言こそ、まさにのどかが言いたかった言葉だと、露にも知らずに。

「え、あ、はい!喜んで――…」

 予想外の幸運にのどかはハルナの言葉を思い出す。

―――今のアンタならいけるって!―――

 確かに今、まるで世界が自分を中心に回ってるのではと思うほど、怖いくらいにとんとん拍子にことが運んでいる。
 本当に、今の自分ならいける気がする!
 ラブラブデート―――…。
 87パーセントで―――…。
 ネギ先生と―――…。
 ネギ先生と!

(……よーし!
 うん!私がんばる―――)

 ふるふると震えながら、しかししっかりと握りこぶしを作って、決意する。
 その背後で、ネギが笑顔でこう言った。

「あ、そうだ。エヴァンジェリンさん達や西条さん達もご一緒にどうですか?」
(はうっっ!)

 いきなり挫折。
 二人きりでお話しするのも大変なのに、よもや人前で告白なんてできない…。
 塩の柱になって崩れ落ちる。だが、次に聞こえてきた言葉が、のどかを復活させた。

「いや、お誘いは嬉しいけど、僕達は遠慮させていただくよ」
「はい」
「私達もだ。馬に蹴られて死にたくはない。そうだな、茶々丸」
「えっ……あ、はい」

 茶々丸の返事は若干歯切れが悪かったが、それでもネギが誘った全員が断った。
 つまりそれは…!

「では、二人で回りましょうか?」
「はい!(うん!やっぱり私、がんばる)」

 のどかは決意を新たに頷いたのだった。


「ふぅ…ったく、なんなのよ。ハルナったら…」

 道の途中にあったベンチで、アスナは一休みしていた。川股亭が見えなくなると、ハルナはすぐに自分を置いてどこかに走り去ってしまった。
 何がしたかったのかはわからないが、とにかく迷惑な話だ。
 だが、なぜなら…

「一人になると…嫌なことばかり考えちゃうじゃない……」

 さっきまで騒がしかった分、誰もいなくなると急に静かになったように感じる。そして静寂は取り留めのない思索を呼び、そして思索は追憶を呼ぶ。

「戦い、か…」

 考えるのは、先ほど横島達が話してくれた現在の状況。
 敵は横島が勝てるかどうかわからないような相手が複数。援軍はなし。
 木乃香の運命は、まさに風前の灯。

「…嘘みたい」

 さっき見た木乃香の笑顔。アレが今にも崩れそうな身の安全という土台の上に立っているものだなど信じれない。記憶を失って以来、水と安全がただと言われている日本で、その中でも治安が極めてよい麻帆良で生活していたアスナにとって、その事実はまるで信じ難いものだった。

「…けど、ホントなのよね」

 木乃香は狙われている。守る人はほんの少しで、そしてその中に自分も含まれている。それは、つまり自分が抜ければ木乃香の危険が増すということ。

「…しっかりしなくちゃ」

 戦わなくてはならない。落ち込んでいる場合ではない。立ち止まっている場合ではない。
 戦わなくてはいけないんだ。命の危険への恐怖を乗り越えて…そして…相手を傷つけることも……覚悟…して……。

「…………できないよ」

 無理だ。相手にだって、きっと友達はいる。家族もいる。それは悪いことをしたんだから、当然その報いは受けないといけないと思う。だが…それはあくまで『やっつける』という意味であって『殺す』という意味ではない。

「どう…しよう…」

 不安と、焦燥と、恐怖と、そしてそれらが擦れあって生じる葛藤。
 頭はまるでさび付いた機械のように、余計なところで空回りして、肝心なところは固まったまま。
 答えを出せず、懊悩の狭間で身動きの取れないアスナ。そんな彼女に、声が降りてきた

「隣、空いているかい?」

 はっとして、顔を上げる。
 そこには、つい昨日知り合ったばかりの人の影があった。

「西条さん…」


 植え込みの陰で、刹那は息を殺していた。

「せっちゃん?どこやー?」

自分を探す声はすぐ近くまで近づき、そのまま同じ速度で離れていった。
完全に離れたのを確認してから、刹那は起き上がった。

「ふぅ…」

 安堵のため息をつきながら刹那は木乃香の去っていった方を見る。

「せっちゃん、か」

 それは、自分にはじめて付けられた、親愛の情が込められた呼び名。
 畏怖でも、嫌悪でもない、純粋な好意の証。

「……私には、もったいなさ過ぎる」

 自分は化け物だ。人どころか、人外ですらない世界の異分子。そんな自分をなぜそこまで慕ってくれるのだろうか…。

「知らないからに、決まってる…」

 木乃香お嬢様は、陽だまりのように暖かく、やさしい。ゆえにそこにいていいのは、日の下に居ていいものだけだ。今の自分には居る資格のない場所だ。いや、化け物に生まれついた自分には、子供の時ですら不分相応。ただ知らなかったから、分別のない子供だったから許されていただけだ。

「だから、記憶の中だけでいい」

 木乃香の心のどこかに、せっちゃんという普通の女の子が居たという、そんな記憶が残ってくれればそれでいい。実際の自分は醜い化け物。もしそれを知られてしまえば、その記憶すら穢れたものになってしまう。それだけは嫌だから、このままでいい。

「ただ、陰からひっそりお守りできれば、それでいい」
「―――それは…本当に守っていると言えるのですか?」
「―――!?」

 突然背後から掛けられた言葉に、心より先に体が反応した。
 現実に血が滲んだほどの鍛錬によって磨き上げた動きで、刹那は夕凪を振るい―――そして彼の寸前で、それを止めた。

「見事な動きですね」
「ピートさん」

 僅か数ミリ、首のすぐ近くまで迫った刀に対し、しかしピートは動じた様子を見せない。

(この人も、できる)

 ピートの余裕は、おそらくこちらの攻撃を完全に見切っていたゆえでのことだろう。
 来るのが解っていて、そして止めるのも解っていた。
 さすが、横島が援軍として頼るだけのことはある。

「あの、疲れませんか?」
「えっ…あっ、す、すみません!」

 声をかけられ、首筋に剣を向けたままだと気付いた刹那は、慌てて夕凪を鞘に仕舞って、頭を下げる。

「そ、その…なんとお詫びしてよいか…その…!」
「いえ、いいですよ。それより…少しお話しませんか?あなたも、ハーフなのでしょ?」
「――えっ?」

 まるで天気の話でもするような感じで言われて、刹那は面食らいながら顔を上げた。
 そこには――混血とはいえ吸血鬼に使うのもへんな表現だが、まるで聖職者のような柔和な微笑みを浮かべたピートがいた。


つづく

 三部構成などというあほなことになった詞連です。横島のエピソードまで中々たどり着けない…orz
 なぜだろう。原作で僅か一話のストーリーが全部あわせてワードで500KB近くまで行きそうになるのは。やはり私の表現過多が理由でしょうか?

 では、レス返しを。

 >鉄券28号氏
 誤字指摘ありがとうございます。
 エヴァが好評な様で嬉しいです。タロットは次回持ち越しになりました。


>D,氏
 トラウマコンボ中です。エヴァフラグは既に立ってます。が、そこからが遠い遠い…。
 エヴァとピートはこんな感じで。

>暇学生氏
 エヴァとピートは高校時代のスケバンと下っ端ー。
 前回イジッた分、今回はちょいっとクールに。

>タイプ0氏
 お久しぶりです。詞連です。
 横島のあり方は、今回フォローの予定でしたが…ごめん。次回です。とりあえず次回も会話が中心で

す。
 鹿地獄は、友人が堕ちたのを見ました。

>スケベビッチ・オンナスキー氏
 誤字指摘、ありがとうございます。
 アスナちゃんは強い子です。アスナヘイトというものが存在するらしいですが、納得いきません。
 ピートと刹那は次回しっかり絡みます。今回のエヴァはやや原作チック。
 知恵と勇気と卑怯と煩悩を忘れない横島は私も好きです。ですから忠緒ちゃんも力押しに偏らないように気をつけます。

>凪風氏
 いえ、単に私がギャグ横島の書き方を忘れただけです。
 スミマセン。

>ひろ氏
 お気遣い、ありがとうございます♪
 アスナはだんだん追い詰められてます。西条さんの手腕に期待。ああ、しかし上手くやりすぎると西条×アスナフラグが…!アスナーダメだーそいつはケダモノだー!
 ブラドーとの面識はこんな感じで。

>MASA氏
 初めまして詞連といいます。
 ええ、バロン・ズゥです。今回はガンダムで行きました。新旧二つからマイナーどころを。
 鹿地獄はアソコまでえぐくないです。見てる分には。

>蓮葉零士氏
ども、詞連です。
こちらこそお久しぶりです。
アスナの心理描写はそんな感じで。
まあ、実際死への恐怖も多少あります。
しかし、本編ではチャオちゃん何が未来であったのか?
ともかく次回もがんばります。


>エの氏
 ギャグで笑ってくれて嬉しいです。
 シリアスもふむふむしていただいたようでありがとうございます。
 今回はご想像通りギャグは少なめ。

>名称詐称主義氏
 少しくどいですか…。進み方も重いし、やはり少し文章を減量すべきか…。
 まあ、裏世界に身を投じるのに軽い、というのは、作風や作品の進み方ゆえ仕方ないですよ。
 じつはわざわざめんどくさい世界観融合型を選択したのは、ピート、マリアなどのGSキャラを他の

キャラに絡ませたかったからです。刹那をはじめネギまキャラがGSキャラにどのような影響を受ける

か。期待に沿えるようにがんばります。

>アンディ氏
 ご心配なく、刹那は次回、しっかり葛藤します。
 それにしても、あの「死ねよやぁぁぁぁぁっ!」って本当に名言ですよね。なぜか耳に残りまくりま

すし。

>クレイ氏
 厳しいご指摘どうもありがとうございます。
 一応、言い訳させていただくとすれば、まずは横島がアシュタロスの核ミサイル発射を読みきれなか

った点、そして葦優太郎(字あってたっけ?)の正体を見抜けなかったことから、心構えしてがんばれ

ば何とかなりそう、と考えました。
 キャラについては、これはこちらの描写不測としか言いようがないです。一応こちらにも「横島忠緒

」象があるのですが、それが伝わっていなかったようで。そういうことがないように、キャラを描写し

ていければいいと思います。

>doodle氏
 描いてくれた絵がグーでした。励みになります。
 アスナ嬢はある意味ネギより主人公してます。とりあえずネギの精神的成長は原作に沿っていけば何

とかなりそうなので、まずはアスナちゃんを促成栽培ということで。
 嫉妬すればするほど女の子が離れていくことに、そして自分を慕っている女の子はヤキモキするとい

うことに気付かない。それが横島クォリティ!
 草食動物の唇はすごいテクニックです。
 お粗末さまでした。

>読者A氏
 アリでもハトでもなく、鹿でした。

>シヴァやん氏
 どもです。
 しまった、ザジはマジでサーカスの宣伝以外で一言も喋ってなかった!うん、とか、いいよ、とか位

は言っていたと思ってたのに…。ま、いっか。
 アイデアはありがとうございます。

>流河氏
 まあ、ギャグシーンですし。
 クウネルさんはきっと見てます。何か特別な方法を使って…!
 タロットの値段を聞いたら気絶するでしょうね。

>仙敷氏
 誉めていただいてありがとうございます。タロットのアイデアは、自分でもどこから出たのかは覚え

ていません。ただ、文珠を連発、という展開を使いたくなかったのと、あと五行相克とかそういうのを

利用した戦いが好きだからです。
 のどかのイベントは、確かにそうかもしれません。ちと横島余計だったかも…。まあ、タロット絡み

で一ひねりするのでご容赦を。
 
>わーくん氏
エヴァちゃんの魅力は普段のダークでクールな様子と、からかわれた時の慌てっぷりと認識しています

。ザジは気に入っていただけて幸いです。
 自分もあの子が気になってます。つか、明らかに堅気じゃないし、というよりカニバリズム(人肉食

)仲間って…。
 茶々丸のあのノリが再現できてよかったです。

>舞―エンジェル氏
 ごめんなさい。横島の過去は次回に回っちゃいました。
 刹那フラグは立つかどうか…ほら、女の子ですし、今の横島。
 小太郎はまあ、楓という前例があり解りやすいかもしれませんが…、フェイトはまず正体がなぞだし

なぁ…。
 期待に応えれるようにがんばります。

>神〔SIN〕氏
 刹那と横島は、戦闘状態や話し合いでは普通、日常ではギクシャクです。まあ、少しお互いに歩み寄り始めてますけど、あの夜の喧嘩が、小さな骨となって刺さってます。
 メド様たちの狙いは判明?しました。
 これはややネタばれになりますが、実はスクナ自体が目的ではありません。
 次回もがんばります。

 レス返し終了。
 さて、次回こそのどかの告白編は終わらせる所存です。
 最悪土日連続投稿にしてでも終わらせて見せますとも!では…。

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