突然だが、SOS団がウェブサイトを立ち上げる事になった。
部室の奥に本尊の如く安置されているパソコンを前に、栄えあると言って良いのかどうかは取り敢えず無視して兎に角SOS団ウェブサイト立ち上げ要員なる大役に指名されたのはキョン。ハルヒ曰く、僕では折角のパソコンを壊しかねないそうだ。失礼な。
ところでこのパソコン、話を聞いてみるにどうやら隣のコンピュータ研の部室を強襲して強奪してきたものらしい。ディスプレイから何からいっさいがっさいを文芸部室に運ばせた挙げ句配線し直すように求め、更にインターネットを使用出来るようにLANケーブルを二つの部室の間に引かせ、ついでに学校のドメインからネットに接続出来るようにする事を申し付け、その総てをコンピュータ研部員にやらせたと言うのだから、盗人猛々しいとしか言い様が無い。
しかもその無茶な要求の総てが通ってしまっているのだから、これは最早行動力云々の次元ではなくなってきていると思うのはきっと僕の気のせいではないだろう。ハルヒ、本当に君は一体何をした?
つまりそういう訳で、今この昼休みの文芸部室ではキョンが弁当片手にサイト作成に奮戦している。一両日中に仕上げろというハルヒの命令があったとは言え、律儀なものだとつくづく思うね。ただその手が少し前から1ミリも動いていないように見えるのは、一体どうした事だろうか。
「どうしたの?」
一応尋ねながら僕はキョンの後ろに回り込み、十七インチモニタを覗き込んだ。トップページの中央には「SOS団のサイトにようこそ!」と書かれた画像データが張られ、その上には如何にも何処かから適当に拾って来ました感の漂うちゃちなアクセスカウンタが申し訳程度に取り付けられ、最後に学校のものとしか思えないメールアドレスが記載してある。良いのかなコレ。
「何だ、結構出来てるじゃん」
出来はどうあれ、キョン作成のSOS団公式ウェブサイトの進行状況は、後はアップロードを残すのみという段階まで進んでいた。昼休みから作業を始めたというのに、この仕事の速さは驚嘆に値する。ビックリしたって事さ。
「あらかたのアプリケーションは最初からハードディスク内にあったからな。ホームページの作成もテンプレート通りにちょこっと切り貼りしただけだ」
「つまり手抜きか」
「やかましい」
僕のツッコミに心外そうに切り返し、キョンは頬杖ついて再び黙り込んでしまった。一体何に悩んでいるのだろうか。
「長門、何か書きたい事はあるか?」
キョンの視線と問いが部屋の隅で本を読んでいる長門有希に向けられた。
「何も」
即答する長門。相変わらず淡白な奴だ、まだ出会って三日目だけど。
「お前は?」
そう言ってキョンは次に僕を見上げる。僕は少しの間ディスプレイ上のタイトルページを注視し、キーボード上に右手の指先を走らせた。
『わがSOS団はこの世の不思議を広く募集しています。過去に不思議な体験をした事のある人、今現在とても不思議な現象や謎に直面している人、遠からず不思議な体験をする予定のある人、そういう人がいたら我々に相談すると良いかもしれません。解決するかネタのまま終わるかは別として』
こんな感じの文章を、ページ中央の画像データのすぐ下に付け加えてみる。未だ明かされぬSOS団の活動理念を僕なりに推測・解釈したものだけど、まぁ全くの的外れという事にはならないだろう。
「こんなもんでどうかな?」
「良いんじゃないか? 喩えお前が涼宮に難癖付けられても俺は知らんが」
尋ねる僕に無責任な返答を返しながら、キョンは完成したページをネットにアップロードした。タイトルページのみでコンテンツ皆無という手抜きと言うのも烏滸がましい代物だが、ハルヒの気が向けばその内中身も増やしていくだろう、キョンが。
アプリケーションを次々と消していくキョンを横目に、僕は何となく部室を大きく見渡してみた。ハルヒが文芸部を乗っ取って以来、殺風景だったこの部室にはやたらと物が増え始めた。例えば部屋の片隅に置かれている移動式のハンガーラック、例えば一層しかない小型冷蔵庫とその上に置かれた給湯ポット。急須に人数分の湯飲みは言うに及ばず、土鍋、やかん、カセットコンロに数々の食器と、少し頑張れば籠城でも出来そうな程の品揃えである。今度お茶菓子でも持って来てみようか。
そしてキョンがパソコンの終了作業をしている勉強机の上に視点を戻してみれば、「団長」とマジックで書かれた例の三角錐が黒光りしながら鎮座している。一昨日、ハルヒが生徒会横の物置からガメてきたアレである。その隣に無造作に置かれているのはこれまた「団長」と無駄に達筆に書かれた黄色い腕章。三角錐と一緒に持ち出された用途不詳の襷は、この二日間で見事に腕章へとジョブチェンジを果たしていた。芸が細かいと言うか、無駄な所が凝ってるというか。
……別にハルヒの字が上手い事を僻んでいる訳ではない、無いと言ったら無い。
ところで、今キョンの背後にはいつの間にか長門が佇んでいる。キョンの背後、と言う事は言い換えれば僕の隣と言う事になるのだが、眼鏡の奥に見える冷凍した黒曜石のような瞳は二つともキョンの背中に釘付けになっている事から見て、用があるのはキョンの方で間違い無いだろう。気付いて貰えず途方に暮れているようにも見えないでもないが。
そんな感じでキョンを見つめたまま彫像のように微動だにしない長門の腕には、枕にするにも凶器にするにも丁度良さそうな分厚いハードカバーが大事そうに抱かれている。その立ち姿は何となく、ガールフレンドの猫に贈り物をするタイミングを図って挙動不審な例の猫型タヌキと重なって見えた。
キョンが大きく伸びをした。背後の長門には、未だ気付いていない。
僕は長門の本を指先で軽く突つき、その指でそのままキョンの後頭部を指した。軽く小突いてやれば、流石のキョンも気付くだろう。長門も僕の意を読み取ってくれたのか1ミリ程頷き、掴むような形に持ち替えた本を大上段に振りかぶり、
「って、長門! それはちょっと洒落にならないって!!」
慌てて掛けた僕の制止の声も空しく、本はキョンの脳天目掛けて躊躇無く問答無用で振り下ろされた。角が。
一拍遅れて、文芸部室に絶叫が轟いたのは言うまでも無い。無口系文芸少女長門有希にはこの手の悪戯は厳禁だと、身を以て思い知った瞬間だった。
「……あんた達、どうしたのよそれ?」
教室に戻った僕達を見たハルヒの第一声は、その時の五組全員の心の声を代弁していたと思う。
「……危うく殺人事件の被害者になりかけて来た。そこの陰険メガネの陰謀で」
そう言って怨敵を見るような眼で僕を睨みつけるのは、頭に氷嚢を載せたキョン。
「あれは不幸な事故だよ、事故。不可抗力」
そう言い訳を返す僕の右手は、湿布と包帯が幾重にも巻かれて2割程体積を増している。
……こんな様では喩え相手がハルヒでなくても、何があったのか気になって当然だろうね。
長門が僕のジェスチャーを勘違いして問答無用で本を振り下ろしたあの瞬間、僕は咄嗟に本とキョンの頭の間に右手を滑り込ませた。そして何とか本を受け止めた所までは良かったのだが、長門の細腕の癖に意外と強かったらしい腕力の前にあっさりと押し負けてしまい、受け止めた本ごとキョンの後頭部に叩き付けられてしまった訳である。我ながら情けない。
しかし文芸部室に鮮血と脳漿が飛び散るようなスプラッタな展開は何とか回避する事が出来、被害としては精々僕の右手の打撲とキョンの頭の氷嚢の下に大きなタンコブがある程度である。ただ、この一件の総ての原因が僕のせいにされているというのは納得出来ない。改めて主張する、あれはどう考えても不幸な事故だ。
ちなみに総ての発端となった例の本だが、しっかりとキョンの腕に収まっていた。色々な意味で恐るべし、無口系文芸少女長門有希。
● ● ●
午後の授業もつつがなく終わった放課後、僕達の足は自然と文芸部室へと赴いていた。ハルヒはいない。というか、六時間目辺りから姿が見えない。またよからぬ事を企んでなければ良いんだけど。
ちなみにキョンはまだヘソを曲げている。意外と根に持つタイプだったらしい。
ドアノブを回して中に入ると、行儀良く椅子に座っている朝比奈先輩と、いつも通りに部室の隅で本を読んでいる長門が迎えてくれた。人の事を言えた義理ではないが、暇人の集まりなのか、この集団は。
「涼宮さんは?」
僕達の姿を見るや朝比奈先輩は何やらホッとした表情になって会釈し、姿の見えないハルヒに首を傾げた。
「さぁ? 少なくとも六限には既にいなかったですね。今度は何を暗躍してる事やら」
「あたし、また昨日みたいな事しないといけないんでしょうか……」
そう言って額に縦線を浮かべて沈黙してしまう朝比奈先輩。そろそろ想像出来かけてきたが敢えてまた問おう。本当に何をしたんだ、ハルヒ。
気休めでも何か言葉を掛けようと口を開きかけたその時、キョンが僕を押し退けて前に出た。愛想の良さを顔面一杯に押し出し、口を開く。
「大丈夫です。今度あいつが無理矢理朝比奈さんにあんな事をしようとしたら、俺が全力で阻止します。自分の身体でやりゃあ良いんですよ。あいつなら楽勝です」
キョンの言葉に朝比奈先輩ははにかんだ微笑みを浮かべて「ありがとう」と頭を下げ、
「お願いします」
「お願いされましょう」
自信満々で太鼓判を押すのは良いけど、安請け合いは身を滅ぼすよ? キョン。
それにしても、少し前まではこの世の総てを呪っていそうな顔をしていた癖に、朝比奈先輩の顔を見た瞬間にもうご機嫌になっている。根に持つタイプだと認識を改めたけど、実は結構単純な奴?
その時、文芸部室のドアが思わず粉砕されたと見間違ってしまった程の勢いで開け放たれ、
「やっほー!」
諸悪の根源ことSOS団団長、涼宮ハルヒが笑顔でその姿を現した。両手に紙袋を抱えて。
「ちょっと手間取っちゃって、ごめんごめん」
ほんの数秒程前のキョン同様上機嫌らしいハルヒは紙袋を長机に置き、後ろ手でドアの鍵を掛けた。その音に一瞬身を震わせる朝比奈先輩、最早立派なトラウマらしい。
「今度は何をする気なんだ、涼宮。言っとくが押し込み強盗の真似だけは勘弁な。あと脅迫も」
ハルヒが来た途端に再びテンションを暴落させたキョンが、剣呑そうに問い掛ける。
「そんな事する訳無いじゃないの。それより、まずはこれ」
言いながらハルヒが紙袋の一つから取り出したものは、何やら手書き文字が印刷されたA4の藁半紙だった。
「我がSOS団の名を知らしめようと思って作ったチラシ。印刷室に忍び込んで二百枚程刷ってきたわ」
上機嫌で説明しながら、僕達一人一人にチラシを手渡ししていくハルヒ。どうやら今日のハルヒは、相当ご機嫌らしい。それに反比例してキョンのテンションは果てしなく下がっているみたいだけど。
『SOS団結団に伴う所信表明。
わがSOS団はこの世の不思議を広く募集しています。過去に不思議な体験をした事のある人、今現在とても不思議な現象や謎に直面している人、遠からず不思議な体験をする予定のある人、そういう人がいたら我々に相談すると良いです。たちどころに解決に導きます。確実です。ただし普通の不思議さではダメです。我々が驚くまでに不思議なコトじゃないといけません。注意して下さい。メールアドレスは……』
「「「「…………」」」」
沈黙。何とも形容し難い重苦しい沈黙が文芸部室に暗く重く圧し掛かっていた。ハルヒ、これは喧嘩を売っていると認識して良いんだろうか?
「凄いな。前半殆ど野比が書いた文章と同じじゃないか」
そういう問題じゃない。というかキョン、ツッコミ役がボケてどうするのさ。
「では配りに行きましょう。校門が良いわね、今ならまだ下校していない生徒もいるし」
本当に配る気なの、コレを?
「当たり前でしょ、何の為に刷ってきたと思ってるのよ?」
呆れたようにそう言いながら、ハルヒはもう一つの紙袋をごそごそと掻き回し始めた。そしてそのまま勢い良く引っ張り出したものは、
「……水着?」
「ワンウェイストレッチよ」
「何それ?」
僕の問いを無言で無視して、ハルヒは更に袋の中身をぶち撒けていく。まず蜜柑か林檎でも入れてスーパーの店先に並んでいそうな網、
「網タイツよ! 失礼ねっ!!」
……訂正、網タイツらしい。ウサギの付け耳、蝶ネクタイ、白いカラー、カフスにハイヒール、最後に取り出された白い毛糸玉みたいなものは多分シッポだろう。ここまでくれば僕でも解る。アレだ、正月の仮装大賞でお馴染みのバニー衣装だ。旧バージョンの。
「あのあの、それは一体……」
怯えながら問う朝比奈先輩の肩をがしりと捕まえ、次の瞬間、ハルヒの眼が怪しく煌めいた。
「さぁさぁ、みくるちゃん! とっととバニーちゃんになりなさーい!!」
怒号を上げながらバニー衣装を片手に朝比奈先輩へと飛び掛かるハルヒ。あの至近距離で態々飛び掛かる理由は解らないが。
「ひえぇぇぇぇぇん! やっぱりこうなるんですかぁぁぁーーーっ!!」
何だか微妙に悟っていると言うか諦めていると言うか、そんな情けない悲鳴を上げながらジタバタと抵抗する朝比奈先輩だが、如何せん相手が悪過ぎた。あっさりとセーラー服を剥ぎ取られ、ハルヒの魔の手は続いてスカートのホックへと延びる。
「おい、涼宮! やめろ!!」
流石に声を荒げたキョンが制止させようとハルヒの腕を掴もうとするが、
「見ないでぇっ!!」
朝比奈先輩と目が合ってしまったらしく、無く御えで叫ばれてあっさりと撤退。鍵の掛かったドアノブを無駄にガチャガチャと回した末に、漸く鍵を開けて廊下へと転がり出て行った。おーい。
「野比くんもですっ!」
すっかりと観客に回っていた僕に、再び朝比奈先輩の悲鳴混じりの怒号が飛ぶ。慌てて僕も退散した。
後ろ手で締めたドアの奥から響く悲鳴と怒号をBGMに聴きながら、僕はふと壁にもたれ掛かるキョンに視線を移した。
「啖呵を切ってから3分47秒、儚い誓いだったね?」
「やかましいっ!」
部室の中からは、未だ二人の悲鳴と怒号が轟いている。
ーーーあとがきーーー
グルミナです。『退屈シンドローム』第9話をお届けします。
今回は批判覚悟で色々と実験的な要素を加えてみました。特に中盤から終盤にかけて。とは言っても、7割方は原作コピペなんですけどね、今回。
近況報告なんですけれども、台風の接近に伴って週末の補習授業がカットされました。わーい。
>kouさん
お久しぶりです。
のび太は確かにちょっと鋭過ぎるかもしれませんね。まだ長門達の正体に完全に気付いた訳ではないですけど。
出会いと別れを繰り返して来たのび太ですが、再会の話は「雲の王国」だけなんですよね。あれは当方が初めて観たドラえもん映画だったので、色々と思い入れがあります。
大長編とのリンクは、……書けるかなぁ(弱気
朝倉は色々と活躍させていきたいと思います。のび太と一緒に。
のび太は相手の外見にはこだわりは無いと思いますね。どんな姿の種族とも交流しようとしていますし。寧ろ自分達の姿を相手に合わせて。
もうすぐ宇宙人勢力との接触に入りますね。ヒョンの接触に合わせてのび太の方にもアプローチが入る予定です。
>rinさん
お久しぶりです。
前回前々回とシリアスが続いたので、今回はギャグに走ってみました。長門の奇行?は経験値不足故という理由で軽く流して下さい。
朝倉戦は一応ありますが、アニメ版程のクオリティを出せるかは解りません。というか、あのレベルは無理です。神がかってます。
>オレンジ100さん
はじめまして、読んで下さってありがとうございます。
あの都市伝説ですか。あれは感動しました。このssの執筆にも少なからず影響を受けているかもしれません。
浮く事も沈む事も無く溶け込んでいるのび太ですが、中学時代は暗黒時代もあったという裏設定があったり無かったりします。それも何時か書ければ良いなと思っております。
>HEY2さん
お久しぶりです。
パソコンは無事に徴収されてました。でもコレって原作読んでないと解らないネタなんですよね。
今回はバニー前編でしたが、長門コスはまたいつかと言う事で。
>龍牙さん
お久しぶりです。
太平洋を歩いて横断って、そんな事したんですかのび太って……(汗
阪中さんは前倒しで登場です。何故なら個人的に好きだから。(ヲイ
ハルヒの眼になる日、本当にくるのかどうかはまだ解りません。ただどちらにしても、のび太にはそれなりの覚悟が必要とされるでしょうね。
関係筋からのクレームは、大丈夫なんじゃないんですか? 世の中にはハルヒと全く関係無い不思議が意外とゴロゴロ転がってますから。
ドラえもん世界の超能力者ですか。確かに思いつきませんね。強いて挙げるなら、……レディナ?
襷の使い方はこんな形でしたが如何だったでしょう?