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「ガンダムSEED Destiny――シン君の目指せ主人公奮闘記!!第九話 祈りと誓い (SEED運命)」

ANDY (2006-08-20 18:23)
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 人は、祈りを捧げることのできる生き物である。
 その相手が、神と呼ばれる自身より高次元の存在か、祖先の霊か、対象は大小さまざまである。
 また、祈りを捧げる時、人は形あるものを求め、それに祈りをささげる。
 そのとき、人は一体どのような思いで祈りを捧げるのだろうか。
 また、祈りの対象として拵えた形あるものになにを思うのだろうか。
 後悔?哀悼?誓い?
 それとも、虚無感?


「ふ〜」
 ミネルバにある自分に割り振られた部屋にある鏡を前に、シンは大きく息をついた。
 今日は、オーブに係留したミネルバクルーに上陸許可が下りた日であった。
 オーブに身を寄せてから数日経つが、ミネルバの修復状況はあまりよろしくないようで、連戦で疲弊している乗組員内でたまったストレスを少しでも発散させるためにとの催しとして、上陸許可が下りたのであった。
 実際、ミネルバの修復状況はあまりよろしくないが、これは仕方がないことなのではあるが。
 なぜならば、ミネルバはザフトの最新鋭の戦艦であり、その船体に使われている装甲など軍製品は、そうそう他国で賄えるものではなく、原料の状態から自分たちで加工等を行わなくてはならないのが実情であるからだった。
 また、最新鋭機であるために、早々他国の人間の手を借りるわけにもいかないのが修復状況の遅延につながる要因でもあった。
 そのような実情の中、少しでも作業効率維持のために取られたのが今回の一日上陸許可であった。
 もちろん、乗組員全員が一斉に上陸するのではなく、いくつかのグループと日程を調整して、数日に分けて執り行うのであり、今日がシンの上陸許可が下りた日であった。
 ちなみに、有事の際に対処できるように最低でもパイロットが一人は残らなくてはならないため、今回はレイがミネルバに残留することになっていた。
 そんななか、シンは自身の顔を鏡で見ながら顔をしかめた。
 そこに映ったのは、片目が黒い瞳で、片目が赤い瞳のシン・アスカの顔であった。
「……初めてコンタクト入れたけど、痛いなぁ〜」
 カラーコンタクトの片割れを指先に置きながら、そんな言葉をこぼしていた。
 なぜ、カラーコンタクトを入れているのかと言うと、オーブにシン・アスカの知り合いが一人もいない、と言う確証がないために、すこしでもそのような人との接触を避けるために変装をしなくてはならなかった。
 そして、シン・アスカの身体的特徴を考えた結果、紅眼の瞳が最も印象に残ると結論付けたため、それをごまかすためにカラーコンタクトを使用することにしたのだった。
 だが、初めて入れるコンタクトの異物感に、シンは少しくじけそうな気分になっていた。
「あ〜、いたいな〜」

 数分後、部屋から出たシンの姿は、黒のズボンに黒のコート、そして白いシャツを身に纏い、顔には少し大きめのサングラスをかけていた。
「さて、行くか」
 そういうと、シンはミネルバから降り、前もって申請していた車を借りるために歩いていった。
「まずは、軍部だな」
 そう呟くと、シンは艦長を通して都合をつけてもらった現金の入った封筒が胸ポケットにあるのを確認した。
 数年越しの借金を今日返却するためであった。
「トダカさんに会えればいいんだけどね」
 そういいながら降りた先にある空は、青く澄んでいた。


「―沿岸部の最新被害状況はどうなっている?」
「―被災した国民の収容状況は?」
「―電力供給は、軍港及び防衛機構以外は全て病院等に最優先でまわすべきでは?」
「―疫病は蔓延していないのか?」
「―隣国の状況は?」
「―市街地への物資の流通状況は?」
 まるで蜂の巣をつついたような喧騒が、議会を満たしていた。
 それぞれ、各部門の代表の下に最新の情報が渡され、報告される傍らに訂正の情報が飛び込むなどと言う状況はざるであり、何が正しい情報なのかがわからないほど情報で飽和されていた。
 その様子をカガリは代表と言う椅子の上から眺めるしか出来ずにいた。
 有事の際に迅速にそれらを捌けるほど、カガリに政治的経験もなければ素養もないのだから仕方がないといえば仕方がないが、それでもカガリは自分の無力さを感じずにはいられなかった。
 だが、カガリが自身の現状に嘆く、嘆かないに関わらず、世界は回りまわっており、それらを活かす為に手段は刻々と講じられていた。
「代表」
 突如かけられた言葉に、カガリは弾かれるように声をかけられたほうを向いた。
「……ユウナか」
 そこにいたのは、自身よりも少し年上の男が書類を抱えて立っていた。
 ユウナ・ロマ・セイラン。
 アスハ家の分家筋に当たるセイラン家の次期当主であり、カガリ本人にとっては不本意ながらの婚約者と言う立場にある男であり、次代のオーブの政治を担う人物でもあった。
「代表。こちらがこれまで集まった情報を整理した報告書です。また、これが今わが国が抱えている問題点であり、それを解消する案もいくつか挙がっていますのでご一読を」
 そういって自分に書類を渡すユウナを見て、カガリは不謹慎ながら感心してしまった。
 カガリ本人が持つユウナ・ロマ・セイランの印象は、お世辞にも良いといえるものではなく、親の七光りを笠に着る嫌な奴、と言うイメージだった。
 だが、実際では、有事の際には自分よりも有能に動いている、と言う実情に笑うしかなかった。
「……真の無能は私か」
 カガリは現状では自分が役に立っていないことを自嘲するようにつぶやいた。
 その呟きは聞こえなかったのか、それとも無視をしたのか、ユウナはそれには触れずに書類をカガリに渡すのだった。
 渡された書類の出来のよさに関心をしていると、カガリにとって、いや、それ以前にオーブの理念からして容認できない言葉が目に飛び込んできた。
「ユウナ!これは……?!」
 その書類を叩きつけるように机に置き、自分よりも先に目を通しているであろうユウナに咬みつかんばかりに尋ねた。
「それは、夕方の会議で検討する案件です。目を通して置いてください」
「ふざけるな!こんなもの、会議で討論する必要もないだろう!!」
 事務的にそう告げるユウナに、カガリは激怒した。
 この案件は、オーブの国民ならば唾棄するようなものであるはずではないのか。
 そんな思いで尋ねるカガリを、まるで纏わりつく猫をあしらうようにユウナは切り替えした。
「それを決めるのは議会です。それとも、議会そのものを否定されますか?」
 静かだが、響き渡る声でそう告げられ、カガリは一瞬声に詰まった。
 それに触発されたのか、先ほどまで喧騒で溢れかえっていた会議室には、静寂が横行していた。
 自分に向けられる視線の数々に、カガリは何もいえなかった。
―まるで罪人を見るような目だ
 向けられる視線の数々を、カガリはそのように感じた。
「納得していただけたようで。では、代表。私は現地担当の者に会いに行きますので。また、夕方の閣議で」
 沈黙するカガリの態度を肯定と判断したのか、ユウナはそう慇懃に言うと、傍らに控えていた秘書を従え会議室から出て行った。
 そのドアの閉まる音と同時に、会議室にはまた喧騒が蘇った。
 だが、カガリの耳にはその喧騒は飛び込んでこなかった。
 カガリの頭には一つのことしか存在しなかったからだ。
 まるで、親の敵を睨むように、カガリは机の上に叩きつけられた書類の文字を見つめるのだった。
 そこには、味気のない印刷文字でこう書かれていた。
『地球安全保障機構にともなう大西洋連合との同盟』と。
 カガリは、自分の及ばない場所で、何かが動いているような錯覚を覚えずにはいられなかった。


 味気ないジープの運転席で、頬に当たる風を感じながらシンは車を走らせていた。
 シンは、軍部での用事を済ませ、搭載されているナビを頼りに市街地へと車を走らせていた。
 車から見える海岸部分には、流木や海際にあった家屋の成れの果てが所狭しと打ち付けられていた。
 それらに比べて整頓されている公道を走りながら、シンは先ほどまで出会っていた人のことを思い出すのであった。

「お久しぶりです。トダカさん」
「君は……」
 軍の面会所で、シンは一佐の軍服を着た中年の男性と対面していた。
 軍部とは話が艦長を通して通っており、面会の段取りは簡単についたのだが、面会場所は軍本部ではなく、外に設置されている検問所の奥で行われることになっていた。
 現状を考えれば、徒に部外者を入れないという姿勢は理解できるのだが、シンの傍らに機関銃を携えた軍人が立っているのはどう贔屓目に見ても気分の良いものではなかった。
 そのことに、軽く眉をしかめながら、シンは通された部屋の椅子に座り、目的の人物が来るのを待つのであった。
 そして、待つこと五分後、目的の人物は登場したのだった。
「あの時はお世話になりました」
 シンはそういうと頭を下げ、その赤い瞳でトダカを見つめるのだった。
「その瞳の色……あの時の少年か。たしか、シン・アスカ君、だったね。大きくなったもんだ」
 トダカは合点がいったのか、久しぶりに親戚の子を見るような目でシンを見つめながら、笑みを浮かべながら歩み寄るのだった。
「はい。トダカさんのおかげで、今日まで無事に大きくなれました」
「そうか」
 そして、二人はお互いに空白の間にあったことを報告しあうのだった。
 その際、シンがザフトの軍人になった、と言う情報に顔をしかめる以外、穏やかな時間が流れるのだった。
「それと、これをお納めください」
 話も尽きよう、という時に、シンは胸ポケットから封筒を取り出した。
「これは?」
「二年前お借りしたお金です。安心してください。軍の給料からではなく、それ以前に働いて稼いだお金ですので、どうかお納めください」
 困惑の表情を浮かべるトダカに、シンはそう言い封筒をトダカに差し出した。
 だが、トダカはその言葉を聞くと、表情を引き締めた。
「シン・アスカ君。それは、受け取ることは出来ない」
「いえ。ですが、これはお借りしたものです。お返ししないと」
「いや。私は、オーブの軍人としてそれを使ったのだ。それを返してもらう理由はない」
「……お言葉ですが、俺は、もう………」
「私は、オーブのシン・アスカ、と言う少年の未来のためにそのお金を託したのだ。そのお金でその少年が今を生きている、と言う事実がわかっただけで十分なのだよ。だから、私はそのお金は受け取れない。もっとも、その少年の今の人生が意味のないものだ、と言うのならば話は別なのだがね」
 そう伝えるトダカの顔には、父性溢れる笑みが浮かんでいた。
 それを見た瞬間、シンは男の大きさを感じた。
 その笑みには、なんら後ろめたいことは存在せず、自身が行ったことに対して誇りすら持っているようだった。
 そして、シンは自問した。
 今の人生を自分はどう思っているのか、と。
 暫しの黙考の後、シンは差し出した封筒を胸ポケットにしまうのだった。
 それを見たトダカは、ただ静かに深く頷くのであった。
「トダカさん。改めて、ありがとうございます」
 シンは、万感の思いを込めて頭を下げるのだった。
「ああ。私こそ、生きてくれてありがとう」
 トダカはシンの肩に手を置き、そう言うのであった。


 胸ポケットにある封筒を感じながら、シンは心が温かくなっているのを感じた。
 ああいう男になりたいものだ、と感じながら、シンは車を次の目的へと走らせた。
 次に向かう場所は決まっている。
 全ての始まりの場所であるあそこに行かなくてはならないのだから。
 そう噛み締めると、シンはアクセルを踏むのだった。


「……おい、ヴィーノ。生きてるか?」
「なんとか〜。ヨウランは〜?」
「俺もだ」
 ヨウランとヴィーノの二人は、どこか生気を感じさせない会話を交わしていた。
 その理由は、二人の足元においてある大量の買い物袋からわかるであろう。
 二人の向ける視線の先には、赤毛の姉妹が仲良く買うものを物色していた。
「……俺、オーブの電気店に寄りたかったんだけど」
「俺だってそうだ。モルゲンレーテの横流し品がある、って言う噂の店に行くのを楽しみにしてたんだぞ」
「「………」」
「「は〜〜〜〜〜」」
 数瞬、お互いを見詰め合った後、二人はそろってため息を吐くのだった。
 何故こうなったのか、二人はそう思うのだが、その答えを教えてくれる存在はおらず、二人はただただ増える荷物を見つめるのだった。
「あれ?シン?」
「ん?シンがいたのか?」
「う〜ん。いや、人違いだよ。よく似てたけど、瞳が黒かったし、それに花屋に入っていったから」
「なるほど。シンは瞳が赤いのが特徴だからな。赤くなかったら別人だな。それに、花屋に入るとこが想像しにくい」
「あ〜あ。荷物持ちを手伝わせようと思ったのに」
「はい。二人とも、これらもよろしくね」
 愚痴をこぼす二人の前に、新たな荷物が増えたので、シンに良く似た人物についての会話はそこで終わった。


『善良なるオーブの民、ここに眠る』
 石に刻まれた言葉を見つめながら、男はそこに立っていた。
―何て欺瞞に溢れた言葉だろうか。
 溢れ出す思いを押しとどめながら、男は慰霊碑の周りの状況を見回した。
 以前は、誰かが埋めた花が所狭しと咲き誇っていたのだが、先日の事件で発生した波をかぶったためか、皆枯れ果てていた。
 それらの残骸の中にたたずむ慰霊碑は、まるでそこに眠る魂たちの怨念があふれ出した結果のように見えた。
「ユウナ様」
 顔を顰めている男―ユウナ―の背中から、声をかける者がいた。
「なんだい。レイナくん」
「そろそろ閣議の時間です」
「そうかい」
 一回黙祷を短く捧げると、ユウナは自分の後ろにいた人物に振り返った。
 そこにいたのは、長い金髪を結い上げた、二十代初めぐらいの背の高い美女が立っていた。
 その佇まいには隙がなかった。
 レナス・アレグリア。
 とある件をきっかけに、ユウナの秘書を務めることになった女性である。
 自身もかつては社直秘書を務めていた経歴を持ち、ユウナの政務を支える女性である。
「レナス」
「はい。ユウナ」
 普段浮かべている人を食った笑みは鳴りを潜め、そこに浮かぶのは一人の意思を持つ高潔な者の表情だった。
 それは、セイラン家のユウナとしてではなく、一人の政治家としての顔だった。
 それを感じたのか、今までの主従の言葉遣いではなく、共に歩み、志を同じする同士としての態度でレナスは接した。
 そこには、男女のそれを越えた何かの絆が存在していた。
「この国は、また、二年前と同じような状況に陥ろうとしている」
「はい」
「しかも、二年前とは何もかもが違う。世界情勢も、そして、軍事面でもだ」
「ええ。今まではどこか他人事のように傍観することが出来た国々も、今回の事件では浅くはない被害を被ったことから、地球全部が同じ痛みを共有できる、と言う状況になったわ」
「それだけではないさ。人は、また、あの力に幻想を抱けるようになった」
「………核、ですね。でも、使うと思いますか?NJCを軍事目的に」
「逆に使わないと主張するものがいるのか、と尋ねたいよ」
 ユウナの問いかけに、レナスは沈黙で答えた。
 そのような理性的な人物が、軍上層部に挙がることはかなわないような組織だと理解しているからだった。
「……矢は放たれたんだよ。放たれた矢を止める手段はない。それが、致命傷にならないように防ぐ以外にはね」
「……ベストではないけどベターな選択、ね。特に、後手に回るしかない現状ではそれが無難ね」
「ああ。そうさ。大西洋連合の方がこちらの立ち回りよりも早かったんだからね。………まるで、あらかじめそうなると脚本を読んでがわかっているかのようにね」
「それは―」
「戯言さ。聞き流すんだ」
「……ええ」
 ユウナの言葉に従い沈黙するレナスの表情を見ながら、ユウナは言葉を続けた。
「実に陳腐な芝居さ。先の展開が読める。地球人が一丸となって悪い宇宙人をやっつけよう、という、どこの漫画のストーリーなんだか」
 ユウナの揶揄するような言葉が慰霊碑前で木霊した。
「ですが、情報操作で、現状の地球側の総意にほぼ近い感情ですよ、その展開」
「ああ。実にくだらない感情さ。恨み節を唱える前に、眼前の隣人の救済が先決だと誰も思わないんだからね。包帯より銃が大事だ、と言うのがあちらの言い分だからね」
 実にくだらない、と吐き捨てるユウナの顔には侮蔑の表情が浮かんでいた。
 そして、そのくだらないことに従うしかない自分に対して怒りを持っている表情であった。
「現状ではそれを断ることがオーブには出来ない。いや、してはならない状況だ」
「……ええ。もし断れば生贄の羊としてオーブは槍玉に上がるでしょうね」
 レナスの言葉は、まさしく最悪の未来を匂わせるものだった。
 もし、今回の提案に乗らなかった場合どのような報復処置を取られるか、などは想像したくないのが本音であった。
 二年前、良心の呵責もなくオーブを進行することが出来た軍に、虎の子の核まで加わったのだ。
 それらを跳ね除けることのできるカードが存在しない今は、あえて辛酸を舐めるしかないのだ。
「忘れてはならないのさ。僕らは、二年前の地獄を。繰り返してはならないんだ。あの、絶望しか存在しなかった日々を」
 踏み荒らされた、かつては美しかった街並み。
 誰もが夢を語り合ったであろう公園の成れの果て。
 MSのオイルと火薬、そして血で汚された愛すべき国土。
 それらの情景がユウナの頭の中を走り抜ける。
 そうだ。あのような景色を二度も繰り返してはならない。
 だから、例え茨の道を歩もうとも、罪を背負うことになろうとも、国を守ることが出来るのならば、民の顔に浮かぶ笑みを守れるのならば、修羅の道を喜んで歩もう。
「レナス」
「はい」
「ユウナ・ロマ・セイランはオーブを、そこに住む民の未来を守る。これは誓いだ。そして、貫き通す決意だ」
 その言葉を口にしたユウナの顔には、揺るぐことのない、決して折れることのない意思が存在した。
 その顔を見たレナスは、胸に手を置き、謳うように応えた。
「二年前、焼け野原で交わした言葉を再び。レナス・アレグリアは、ユウナ・ロマ・セイランの作るオーブを見る義務が、そして、それを手伝う権利があります。これは誓いであり、私が貫き通す意思です。絶望を希望に、闇を光に、死の蔓延した地獄を生命溢れる大地とするために。その思いが胸にある限り、私はあなたと共に歩みます」
 そう応えるレナスの表情にも神々しい何かが宿っていた。
「そうか」
「はい」
 お互いに微笑み合うと、二人は静かに歩き始めた。
「さてさて。これからつまらない閣議だね〜」
「ユウナ様。もう少し真剣にお願いいたします」
 先ほどまでとは異なる空気を纏いながら、二人は慰霊碑から去っていくのだった。
 そんな去りゆく二人を励ますように、慰霊碑前に捧げられた花が風もないのに揺れていた。


 黒塗りの公用車が去っていくのを横目に見送り、シンは車を停めた。
 その手には、ここに来る前に市内の花屋で購入した白百合の花束が抱えられていた。
 シンは、サングラスを外し、カラーコンタクトも外すとゆっくりと慰霊碑へと向かっていった。
 慰霊碑の前には、誰かが捧げたのだろうか。色とりどりの花束が、嫌味がなく、それでいて心を和ませる程度の量で捧げられていた。
 その横に持ってきた白百合を捧げると、シンは慰霊碑に対し黙祷を捧げた。
 誰の骨も納られていないだろうが、それでもここは、シンにとっては祈るべき墓であった。
「二年も顔を出さずに、申し訳ありませんでした」
 ここに眠るであろうアスカ一家に向け、シン、いや、大鷹真矢はそう切り出した。
 そして、自身の体験した二年間を報告した。
 報告しながら思うのは、どうか、ここに眠る魂たちが安らぎに満ちているように、と言う祈りだった。
 そう思い、黙祷を捧げる真矢の脳裏に、四人の人物が浮かんだ。
 その四人は家族なのだろうか。仲睦まじく立っていた。そして、その顔には、笑顔が浮かんでいた。
 それは、真矢の願望が見せた幻なのかもしれない。
 だが、それを見た瞬間、真矢は救われたような気がした。
「………あり、がとう、ございます」
 知らず流れる涙を気にせず、感謝の言葉を口にした。
 本当の意味で、許された、認められた、そんな思いが胸に広がった。
「また来ます」
 そう誓いを立てる真矢、いやシンの頬を、風が優しく撫でた。
 それを感じながら、シンは一礼をして立ち上がった。
 そして、振り返った先には―
「お参り、ですか?」
 紫の瞳の線の細い青年が立っていた。
「……ええ。まあ、そうです」
 頬が引きつりそうになるのを耐えながら、シンは答えた。
 眼前に立つ青年―キラ・ヤマト―はそれに少し頷くとそのままそこに立ち尽くした。
 その様子を一瞥したシンは、横を通り過ぎるために歩を進めた。
「……あの花は、君が?」
 横を通ろうとした瞬間、突如掛けられた問いに、シンは憮然としながら無難に答えた。
「あの白百合は自分のです。もう一つのは他の方のだと思いますよ」
「そう。……知ってる?ここはね、花が綺麗に咲いてる場所だったんだよ。でも、今じゃこの様子で。……悲しいよね」
 憐憫の表情を浮かべながらそう問いかける相手に、シンはどこか釈然としない思いを持ちながら応えた。
「………そこで、俺に『悲しいです』とでも言って欲しいんですか?」
「…え?悲しく、ないの?」
「いや、だから、何に対して悲しめと。ここに花を埋めなくてはならなかった慰霊碑建立と言う過去の事実に対して?それとも、綺麗に咲き誇っていた花が海水を浴びたことによって枯れたことに対して?それとも、花が枯れるような世界情勢になったことに対して?即行に思い浮かぶだけでもこの三つが俺は思い浮かぶんですが、どうなんです?」
「……君は……」
「……止めましょう。水掛け論になりそうだし、よく知りもしない他人同士が議論する内容じゃないですから」
 シンはそう言うと、サングラスをかけて歩みを再開した。
 が、少し歩を進め止まると、肩越しに質問をした。
「俺からも質問をしたいんですけど」
「……僕に答えられることなら」
「もし、知り合い、家族を殺したMSのパイロットが眼前に現れたらあなたはどうします?ちなみに、俺の場合は、青い翼を持ち、バカスカと砲撃をしていたMSなんですけど」
「!!」
 シンの問いかけに、驚愕の表情を浮かべる相手を見つめるのを確認しシンは再び歩みを始めた。
「今の質問は忘れてくださいよ。では、さようなら」
 何か言おうとしている気配を背中越しに感じながら、シンは振り返ることなく車の場所まで歩いていった。

 車に乗り込み、慰霊碑の方向を向くと、先ほどの相手とピンクの髪の女性がこちらを見ているのが見えた。
「………なんであんな質問をしたんだか」
 エンジンを掛けながらシンはそうぼやいた。
 キラを見た瞬間、『こいつは敵だ』という言葉が警報として鳴り響き、相手が困惑すると確信した問いかけを口にしていたのだった。
「ま、牽制の言葉にはなったかな」
 さっきの自分の言葉で彼が止まってくれれば良いな、と思いながらシンは車を発進させた。
 夕日の赤が、世界を埋め尽くすように照らしていた。


「……彼は……」
 シンの運転する車が見えなくなるのを確認しながら、キラは呟いた。
「どうしました?キラ」
 キラの呟きが聞こえたのか、傍らにいた少女、ラクスは尋ねた。
「ううん。なんでもないよ。ラクス」
 その問いかけに、キラは微笑みながら答えた。
「そうですの。では、帰りましょう」
 キラの微笑みに答えるように、ラクスも微笑みながら家路を促すのだった。
「うん。そうだね」
 キラもそれに応じ、二人は慰霊碑を後に帰路についたのだった。


 地球の夕暮れは、まるで血のようだ、とヨウランとヴィーノの二人は、両手で抱えきれない荷物を持ちながらそんな文学的な感想を持っていた。
「……俺は、金輪際女の買い物には付き合わないぞ。恋人を除いて」
「ど〜か〜ん」
 二人は、職場で鍛えられた平衡感覚と筋力を駆使して荷物を抱えながらとぼとぼと歩いていた。
「な〜に二人して黄昏てんのよ」
 そんな二人を、呆れた眼差しでホーク姉妹の姉の方は見ていた。
((あ〜、言いたい。思いっきり言いたい。「だったらお前らが持ってみろ」って。でも、言ったらその瞬間人生終わりそうだからここはぐっと我慢の子。だって、男の子だもん!!))
 夕日が目にしみるぜ!と強がりながら、二人は心で泣き、顔には苦笑を浮かべながら従者のように二人の後についていくのだった。
「それにしても、お腹すいたわね〜。ミネルバの食堂のも食べ飽きたから、どこかで食べていきましょうか」
「うん!賛成!実はね、『オーブWALKER』でいい感じのお店チェックしといたんだ〜。そこに行こう♪」
 そんな二人の会話を聞きながら、もしかして財布は俺らか?と戦いているところに声がかけられた。
「………二人とも、すごい荷物だな」
「「シン!!」」
 路肩に寄せた車の運転席から、同僚であり友人のシンが呆れを多分に含んだ笑みを浮かべながらこちらを見ていた。
「「シン!!荷物を車に載せてくれ!!というか、載せろ!!拒否ったらインパルスのケーブル三本ぐらい引っこ抜くぞ!!」」
「お、おう。それぐらいいいぞ」
 鬼気迫る表情で詰め寄る二人に、頬を引きつらせながらシンは同意の言葉を返すと、二人は地獄で仏に会ったような表情を浮かべながら荷物を手際よく車に詰め始めた。
 そんな二人の様子を眺めていると、ルナマリアとメイリンが声をかけてきた。
「シン。今日の用事は終わったの?」
「ん?ああ。無事に、ね」
「あの、どうだった?お参りは……」
「うん。行って良かった、って思えたよ」
「そっか」
「よかったね」
「ああ。そういえば、四人はこれからどうするつもりだったんだ?」
「ん?これからどこかでご飯でも食べよう、って言う話をしてたところだったのよ」
「あ!シンも一緒に食べようよ」
「いいのか?」
「「もちろん。無問題ですよ」」
「なら、よろしくお願いします」
「ああ、よかった。実は行こうと思ってたお店、ここから結構距離があるのよね」
「「おい!!」」
 メイリンの爆弾発言に、荷物を詰め込み終えた二人のツッコミが入ったがそれを無視しながら会話は続いた。
「だから、シン。車に乗せて」
「ああ。いいぞ。どこの店に行くんだ?言っちゃあ何だけど、結構街並みも変わっているから店の場所がわからないぞ」
 建前の嘘をつくシンに、メイリンは輝く笑みを浮かべながら言った。
「大丈夫。私が助手席でナビしてあげるから」
 そうメイリンが言うと同時に、声が響いた。
「にゃんプシーロール・ルナマリアバージョン!!」
 その声が響くと同時に、先ほどまでメイリンが立っていた場所になぜかルナマリアが立っており、片手にはなにか赤い液体が掛かった『オーブWALKER』が握られていた。
「……え〜と」
 米神から嫌な汗が流れるのを感じながら、ヴィーノとヨウランの二人のほうに視線を向けると、二人は青い顔をしながら「あうあうあう」といいながら抱き合っていた。
 その様子から事態の真偽を悟ったシンの耳に、ルナマリアの鈴を転がすような声が入ってきた。
「さ、行きましょうか。シン。運動をしたらお腹がすいちゃった」
 てへ、っとかわいく舌を出すルナマリアを見て、男三人は心の中で同じ言葉を叫んだ。
(((運動って、そんなかわいいものだったのー?!)))
 その姿に戦慄を覚えている三人の耳に、新たな掛け声が入ってきた。
「どりるミルキーパーンチ!!」
 その声が響いた瞬間、なぜかシンの脳裏にキラが「エアバーッグ!!」と叫びながら星になる映像が浮かんだ。
「さ。さっさと行こう。シン」
 現実逃避を行っているシンの耳に、メイリンの声が朗らかに入ってきた。
 その声に、理性のどこかが警鐘を鳴らすのだが、それに従った瞬間食われる、と本能が教えるのでメイリンの方に顔を向けると、先ほどより赤い液体の面積が多くなっている『オーブWALKER』を抱えながら笑みを浮かべ立っていた。
 それに頬を引きつらせるシンの耳に、また声が飛び込んできた。
「レバ!!」
 掛け声と共に、ズドン、と言う音がしたきがしたが、それを無視しながらシンは夕日に目を向けた。
 横目に見ると、ヴィーノとヨウランの二人も夕日を見ながら青春ドラマごっこを一生懸命演じているのが見えた。
 ただ、お互いに米神から嫌な汗が流れているのを確認してしまったが。
 そんなことを感じながら、シンは、今の人生が楽しいものだと思うのだった。
「「流派東方ふ―」」
 ………とりあえず全力で二人を止めよう。
 そう覚悟完了すると、シンは目を逸らした現実に立ち向かうのだった。


 そんな少年少女たちを、夕日は平等に照らしていた。
 だが、このとき誰も想像することは出来ずにいた。
 このような、他愛ないことで笑い合う日々がこれからなくなるということを。
 自分たちが向かう、激動と言う名を冠する運命が待ち受けているということを。


―後書き―
 今回はすごく長く書いて自分でビックリしているANDYです。
 オーブ編では書きたいな、と思っていた場面を掛けて満足しているところです。
 今回は、時期的にお盆と言うイベントを挟んで書いたので、少し日本人の感性的な表現がお墓参りのところにはありました。
 補足説明すると、主人公は自身では覚悟していても、本人に対して負い目を感じていたのです。僅かながら。ですが、今回のお墓参りで、その負い目も綺麗になくなり『新生シン・アスカ』として生きていく覚悟が完了したのです。
 今回の話で、特定キャラ好きの人たちのツッコミが入りそうですが、別に悪意などはないのでご容赦を。

 では、恒例のレス返しを
>ATK51様
 感想ありがとうございます。
 ユウナについてですが、彼の初登場の時やミネルバのオーブ脱出のさいの態度を見るに、キレル政治家、と言うイメージだったのですが、その後の活躍は……
 ですので、こちらの作品はカガリと正反対の位置にいる人物として描いていければ、と思っております。
 やっと物語も色々と動き始めます。今までばら撒いた種が芽を出したり、これから登場するキャラが活躍したりすると思いますので、これからも応援お願いいたします。

>狡兎様
 感想ありがとうございます。
 これからも頑張りますので応援お願いいたします。

>飛昇様
 感想ありがとうございます。
 ユウナのキャラは、原作のままではどうかと思ったので変えました。
 彼の性格の理由は今回少し触れたので納得していただけるのではないでしょうか。
 これからも応援お願いいたします。

>御神様
 感想ありがとうございます。
 ユウナのキャラ変更はこれからの物語展開では必要なことなのでご容赦を。
 今後どのように関わるかは、秘密、と言うことで。ただ、かっこいいユウナを目指したいと思います。
 これからも応援お願いいたします。

>カシス・ユウ・シンクレア様
 感想ありがとうございます。
 サトーさん、つかの間の安らぎです。これから彼の運命はどうなるのでしょうか。
 ユウナは、原作とは違い、これから胃薬片手に国政を乗り切ってもらおうと思っています。
 彼の活躍をお楽しみに。
 これからも応援お願いいたします。

>なまけもの様
 感想ありがとうございます。
 前回のアスランの台詞回しですが、あれは、サトーの戦闘中の訴えを聞いてしまい、自問自答しているところに、サトーと会話をしていたシンが現れたのでその確認の呼びかけでした。
 また、サトーが自身と同じユニウス7関係者、と言うことも彼にとっては悩むところでした。なぜならば、彼、及び彼の同世代の入隊動機はユニウス7の件です。そして、それにとらわれて自分の父親はジェネシスを放った。自分は、母の敵を討つはずが、いつのまにか違うことを目的に戦っていた。かつての同僚に刃を向けてまで。そう思うと、前話した彼は、どう思っているのだろうか、と疑問に思ってしまったのです。
 まあ、彼の精神安定の意味合いであのように尋ねた、と理解していただければ幸いです。
 伝わらなかったのは、私の力量不足でしたね。
 ユウナですが、彼は原作とは違う方向に行ってもらうつもりです。
 これからも応援お願いいたします。

>戒様
 感想ありがとうございます。
 アスランのセリフについては、なまけもの様へのコメントを参照していただきたいと思います。
 ユウナですが、原作とは違う方向で行きます。というか、原作の彼の豹変の仕方はあまりにも……。あれで国の舵取りが出来るオーブって一体……と言う疑問を持ったので改変です。
 ナギは色々と遠くからちくちくと介入してくるかもしれません。ガンバレ!ユウナ!!w
 サトーさん、この一時の間に何か変化が生じればよいのですが。
 彼の扱いを、A案、それともB案で行くか悩んでいるところです。
 彼の運命やいかに。
 これからも応援お願いいたします。

 さて、今回でほぼオーブ編も終わりで、次回はいよいよ激動編ですかね。
 そして、アカデミー時代のキャラや師匠も登場する、のかな?
 では、また次回。

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