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「まぶらほ一人称・オマケの章・シアー編1(まぶらほ)」

e1300241 (2006-08-17 21:36/2006-08-18 07:53)
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ザクッ、ザクッ、ザクッ……


穴を掘っている。
ザクザクと、時間をかけて土を掘り返す。
深さはそれなりで、広さは数人が寝そべる事が出来るくらい。

……その数人っていうのは、私と仲間達の事になるんだけど。

「……どうしてこんな事に……。私達…」
「しっ! ……余計な口を利いたら、目を付けられますよ」
「うん……」

少し離れた場所から監視されていて、手は抜けない。
仲間と一緒に、私達自身を土の下に隠す為の穴を掘り続ける。


ザク、ザク、ザク、ザク…………


「そこ! 壕を掘るのに肘を立てるな! 身体を低くしねえと吹っ飛ばされちまうぞ!! もっと洗濯物を畳む要領でやるんだ!」
「「「っハイ!!!」」」


まぶらほ一人称・オマケの章・シアー編1


……余計な事、考えちゃダメ……集中しなきゃ……。

あの中尉も厳しいけど、意地悪で叱る人じゃない。
面倒臭がりだけど面倒見がいいから、危険な失敗を見ると思わず声を出してしまうらしい。先輩に教えてもらうまで解らなかったけど、あの人は確かに面倒見がいい。そういう意味では、あの人は確かにメイドなんだと思う。

……中にはシゴキが生き甲斐って人もいたけど、その人は日本へ行ってしまった。

「ドンマイです、頑張りましょうねっ!」
「まだ大丈夫です」
「うん………がんばろうね」

今では仲間達もこんな風に声を掛けてくれて、励まし合ったりもする。けど、最初からこうだった訳じゃない。
私もこの娘達も少し人見知りだったり人付き合いが下手だったりで、初めは上手く打ち解けられなかった。
……こんな風に話せる様になったのは、エーファ先輩のおかげだと思う。


精鋭で有名な第五中隊に配属された初日。
部屋に荷物を置いた後、ルームメイトの娘達と簡単な自己紹介をしながら集合して簡単な訓辞を受けた。

「貴方達は今日から第五装甲猟兵侍女中隊の隊員となります。
 ですが、家政学校を卒業しただけではとても一人前とは言えません。
 主の下へ送り出すにまでに鍛え直して、まともなご奉仕を身に付けて頂きます」

……どうやら御主人様は別の場所に住んでいて、ここベルギーで再編成を済ませてからそちらへ向かう。そのついでに鍛え直してやると……まあ、そういう事らしい。

でも、始まった訓練はついでなんてレベルじゃなかった。
この中隊では監視役が正確に限界を見極めているから、脱落する人は滅多にいない。
でも、どんなに下手でも出来るまでやらされるここでの訓練は、かえって家政学校時代より過酷な気がする。

特に最初は、訓練で同じ班に配属された仲間達と上手く打ち解けられなくて、連携が大変だった。
連携が下手で効率が悪いと制限時間を越えてしまって、ノルマを追加される。そうするといつまで経っても終わらない。
何度もやり直しさせられて泣きそうになりながら、やっと初日の訓練を終えたときにはもう深夜だった。

「「「……………………」」」

朝、訓練に向かったときと違って、お互いに言葉はない。
仲良くなっておかないと訓練に差し支えるのが解っているけど、疲ていてそんな余裕はない。
よろよろと歩いて、それでも何とか部屋が見えるところまで来た時、ドアの前に小柄な人影が見えた。

「あ、この部屋の娘達?」
「はい……そうです、けど……」

部屋に近付くと、その人が声を掛けてくる。
眼鏡をかけた、小柄で可愛い人……でも、見覚えはない。ルームメイトも知らなさそう。
……この人は誰なんだろう。カチューシャが白くないから、私達よりは階級が上のはずだけど……。

「朝は挨拶できなかったけど、私もこの部屋に割り当てられてるの。それで……正式に編成が終わるまで、貴方達には私達と同室で生活してもらいます」
「そうなんですか。了解しました」
「うん。それで……ええと、疲れてるみたいだし話は中でしましょう……いい?」

この意見に反対する娘は誰も居なかった。

部屋割りは四人で一部屋。仕える館にもよるけど、基本的に将校以外の新米に個室は与えられない。
あまり広くない部屋には二段ベッドが二つ。その一段目に二人ずつ座る。

「じゃあ、とりあえず自己紹介……してくれない? まだ名前も知らないし」
「そうですね」
「いいと思います」
「……うん」

疲れているけど、これからこの先輩とは同室になる。名前を知らないままだとやりにくい。
それに、今日の訓練で親睦を深める必要は感じたところだから、丁度いいと思う。

「じゃあ、誰からがいい? やりたい人、いる?」
「あ、私いきます」

先輩が尋ねると、小柄で黒髪の娘が手を挙げた。
周りを見渡して誰からも不満がないのを確認すると、その娘はベッドから降りて部屋の真ん中に移動する。
小柄なせいもあるのかな? 朝よりは鈍くなってるけど、それでも見てて気持ちいい軽快な動き。
先輩は一つ頷くと、ぐるっと私達を見回して確認する。

「他に希望がないなら、あの娘から右回りで……いい?」
「構いません」
「はい……」
「じゃあ、お願い」
「はいっ」

誰からも不満は出なかったから、あっさり順番決定。最初の自己紹介が始まった。

「えっと……私、ヘリオンっていいます。元気がとりえです。よろしくお願いします!」

ヘリオンと名乗った娘が黒いツインテールを揺らして、ぴょこんと頭を下げると次の娘と入れ替わりにベッドに戻る。
この娘も疲れてるはずなのに動きが機敏で、言葉通り元気な印象。

「ナナルゥです。……よろしく」

二人目の娘は赤毛のセミロング。素っ気無い挨拶をして、すっと頭を下げる。
この人はちょっと背が高くて、スタイルもいい。この部屋のメンバーは皆小柄だから、この人が一番の長身。
素っ気無い挨拶だったけど、人を寄せ付けないような感じはしない。多分この人は感情表現が淡白なだけで…………え、ええ!? も、もうわたしの番・・!? あっという間に順番が回ってきて、内容とか全然思いついてない。
頭が真っ白なまま、とにかく立ち上がって―――

「わ、わたし、わたし……あっ」

後ろで人の動く気配がしたかと思うと、ぽん、と柔らかく肩を叩く手の感触。
叩く……っていうよりは、倒れかけていたのを支えられたような安心感。

「大丈夫。ただの挨拶だから……」

優しく背中を押してくれる、まだ名前も知らない先輩メイドの声。

……すとん、と力が抜けた。

まだ少しは緊張してるけど、足の震えも止まって普通に歩ける。
先輩に小さくお辞儀をして、ナナルゥと入れ替わりに舞台(?)に上がる。

「……私、シアーっていいます……。えっと……よろしくおねがいします」

そこまで言って、ぺこっ、とお辞儀。…………できた。
何の捻りもない簡単な自己紹介だったけど、ちゃんと挨拶できた。
よかった……。せんぱいのおかげで、上手くいった………。

入れ替わりに立ち上がったせんぱいの袖を掴んで、お礼を―――

「あ、あの……」
「よろしくね、シアー」
「あ……は、はい……」

ぁぅ……言えなかった……。
もう真ん中に立ってるし、いま話し掛けたら挨拶の邪魔になっちゃう……。

「じゃあ、私の番ですね。……私はエーファ・ノイビル一等兵。
 一応貴方達の先輩になるけど、私もこの間まで二等兵だったから貴方達が私にとって初めての部下になります」

せんぱい、エーファっていう名前なんだ。優しそうな人でよかった……。
上官だけど偉そうじゃないし、この人となら上手くやっていけそうな気がする。

それにしても私、早速助けられちゃった……後で、ちゃんとお礼言っておかないと……。

「私はあまり優秀じゃないから、頼りないかもしれないけど……困った事や分からない事があったら訊いてください。
 ……じゃあ、しばらくは別の訓練になる事が多いと思うけど、これから一緒に頑張りましょう」
「はい」
「了解しました」
「はい、がんばり、ます……」
「?」

元気ないと思ったら、ヘリオンの目がトロンってなってる。
さっきまでのは空元気だったのかな? 座ってるうちに、一気に眠くなったみたい。

「あ、ご、ごめんなさい、疲れてたの知ってたのに。私のせいで寝るの遅くなっちゃって」
「あ、いえ、だいじょうぶです。気にしないでください。それに、あいさつは大事なことだとおもいます」

慌てて否定してるけど、やっぱり眠そう。せんぱいには悪いけど、その気持ちはよくわかる。
私だって、本当は結構眠いの我慢してるし……今ベッドに倒れこんだら、きっと起き上がれないと思う。

「でも、明日も早いから……もう休みましょう」
「はい……スミマセン………」

本当はもう少し話しておきたいけど、明日も早くから訓練。それに、わたしもすごく疲れてる。
みんなの自己紹介も終わったし、今夜は早めに消灯する事になった。

「じゃあ……えっと、誰がどのベッドを使うか、もう決まってるの?」
「あ、私、上で構いませんよ」
「私はどちらでも」
「私、上でいいです……エーファせんぱい、ここ使ってください」
「いいの? ……そう。ありがとう。」

寝場所を決める時、普通は誰がベッドの一段目に寝るかでもめる…………って聞いてる。
疲れて部屋に戻った時、一段目ならそのままベッドに倒れこんで眠れる。だから普通は立場の強い人が一段目。
私達の場合は、私とヘリオンが下を譲ったせいであっさりと場所も決まって、それぞれが自分のベッドに入る。

私ももう明かりを消してベッドに戻らないといけないけど、まだ……せんぱいにお礼、言ってない。
こういうの苦手だけど、ちょっと気合を入れて……

「すぅ……はぁ……。……うん」

……よし。だいじょうぶ。

「あ、あの……」
「え? どうかした?」
「……さっきは、ありがとうございました」

ぺこり、と頭を下げる。

助けてもらったらお礼。本当はこういうの苦手だけど、今言っておかないと言えなくなっちゃうから。でもでも、なんだか、ええっと…………ああぅぅ、やっぱり私、こういうの苦手……。もっと上手くお礼を言えればいいんだけど……。

「……ふふふっ。」
「ふぇ?」

エーファせんぱい……笑ってる? どうして?
馬鹿にされてるようには見えないし、そんな人じゃないと思った、けど……。

「あ、ごめんなさい。馬鹿にした訳じゃなくて……シアーってもしかして、人見知りする方?」
「……!」

突然笑われてびっくりしてる私に気付いて、先輩がフォローを入れてくれた。

……これでも少しはマシになったのに。
こんなに簡単にばれちゃうなんて……ちょっと、しょっく。

「どうしてわかったんですか……? そんなに解りやすかったですか……?」
「あ、やっぱりそうなんだ……? 私も身に覚えがあったから、もしかしたらって……」

え……せんぱいも……?
さっき皆の前で話してた時は、そんなに苦手そうに見えなかったのに。……得意そうにも見えなかったけど。

「本当は、さっきの挨拶もすごく緊張してたの……。
 私、ちゃんと上官として振舞えてたと思う? あんまり自信なくて」
「あ、大丈夫です……。ちゃんとしてました」
「そう? よかった」

大丈夫って言うと、本当にほっとした顔をするエーファ先輩。

本当に緊張してたんだ……。
……そういえば、私達が初めての部下だって言ってたっけ。

「それじゃあ人見知り同士……これからよろしくね、シアー」

ふわっとした微笑み。

エーファ先輩の微笑みで、空気がふんわりと柔らかくなった気がする。
同性の私でもドキッとするほど可愛らしい。

「……シアー?」
「は、はい……よろしくお願いします……」

少しの間だけど、思わず見とれてた。

先輩は可愛い人だけど、中隊長のリーラ大尉みたいな凄い美人って訳じゃない。
でも……エーファ先輩の笑顔を見てると、なんだかほっとして………胸が温かくなる。

あ……そういえばこの部隊って、『笑顔で癒す第五中隊』とか言われてたんだっけ。
今まで上官=鬼教官だったから、メイドの先輩たちの笑顔ってあんまり見た覚えがなかったけど…………そっか、これが第五中隊のメイドなんだ……。

私も、いつかこんな風になれるかな……。

「うん。……じゃあ明日も早いから、今夜はもう寝ましょうか」
「あ、はい。じゃあ、明かり消しますね……おやすみなさい、エーファせんぱい……」
「お休みなさい、シアー。それに、ヘリオン、ナナルゥも」
「おやふみなふぁい……」
「おや…すみ……」

まだ座ってるのに、二人はもう半分眠ってるみたい。声が寝ぼけてる。
私も……もう、眠くて頭がくらくらする。明かりを消して、ベッドの二段目に上ると倒れるように横になると、毛布を掛ける前から急速に意識が遠のいていく。風邪なんかひくわけには行かないけど、もう……意識が……

「……ほら。毛布くらい掛けなさい」

せん……ぱい………‥毛布……掛けて………

「あり……がと……ございま………す」
「うん。おやすみ」

そう言うと、先輩は他の二人にも毛布を掛け直しているみたいだった。

……すごいな……先輩………。

明日から……本格的に、メイドの訓練……がんばったら……わたしも………さっきの……先輩、みたいに……ほほえんだり、できるように………なれる……かな…………なりたい…………な…………


それが出会い。

その後何度か一緒に訓練を受ける機会もあったし、エーファ一等兵がちょっとドジな人だって事はもう解ってる。
時々何もないところで転ぶし、自己紹介の時に自分でも言っていたけど、第五中隊の他の先輩達と比べるとやっぱり優秀とは言えない。

……だけどエーファ先輩は、いつも誰よりも一生懸命に訓練してる。
ミスをしても転んでも、きちんとフォローして起き上がって前に進むその姿を見ていると、一緒に訓練してる私達まで頑張ろうって気にさせてくれる。それに……訓練の時は厳しいけど、いつも丁寧に私達の面倒を見てくれる、とてもいい先輩だと思う。


……でも、同時に疑問が生まれた。
それは、あれだけ頑張っている先輩のやりがいは、何だろうってこと。
休憩で先輩の訓練を眺めていると、つくづくそう思う。

「エーファ一等兵は凄いです……」
「そうだな。最近、エーファはやたら頑張ってるよな〜。よくやるもんだ」
「あ、中尉」

聞かれていたらしい。中尉が独り言に返事をしてくれた。
でも、その内容に気になるところがあった。

「あの、最近って」
「ん〜? ああ、前はそんなでもなかったからな。失敗して落ち込んでる方が多かったし」
「そうなんですか? なにかきっかけでもあったんですか?」
「さてね。今の御主人様に会ってからだと思うが……まあ、本人に聞きな」

さっそくその日の夜に聞いてみた。

「え? 頑張ってる理由?」
「はい……。セレン中尉は、エーファ一等兵は式森様に会ってからすごく頑張る様になったって言ってました。それって、どうしてですか?」
「どうしてって……えっと」

ちょっと悩んでたけど、すぐ答えてくれた。

「ちょっと事情があって、式森様のお役に立てるようなメイドになりたいと思ったの。それだけ」
「事情って……?」
「……恥ずかしいから詳しくは秘密」

先輩はちょっと恥ずかしそうに微笑むと、もう寝ましょうと上官の権限で消灯の指示を出した。
………なんだかいいな、って思う。メイドとして、役に立ちたいと思う相手がいるのは羨ましい。


そして私は、とりあえずの目標を決めた。

一人前のメイドになって、あの日の先輩みたいに……誰かを助けて微笑んであげられるメイドになりたい。
……それで、ちょっとドジで頼りない先輩を守ってあげられるようになりたい。私がフォローしないと、式森様の前で転んだりするかもしれない……なんて、本人には言えない心配もしなくて済むように。


それからしばらく訓練の日々を過ごして、ようやく中隊に慣れた頃。

……ある夜、変な夢を見た。


日本にいた御主人様が、私達の訓練を視察に来るらしい。
だから一層身を入れて訓練するようにと、今朝訓辞があった。

「先輩、よかったですね。式森様に会えますよ」
「え…? あ…そう、そうね。がんばらないと」
「先…輩?」

先輩はいつも式森様の役に立ちたいって言っていたから、きっと喜ぶ。そう思っていたのに、なんだか元気がない。
すぐに治るかと思ったけど、その日はなんだかずっと元気がなくて、先輩は一日中考え事をしていた。


……パタン。

「ふぇ……?」

ドアの閉じる音に目を覚ます。誰かが出て行ったみたい。……トイレかな。
……まあいいや……寝なおそう……。


……。


…………。


……………………。


………………………………。


…………………………………………眠れない。


それに、出て行った誰かも戻って来ない。
トイレにしては長すぎるし……どうしたんだろう……。
そもそも、出て行ったのは誰…? ええと……向こうのベッドには……二人とも、ちゃんといる……。
えっと……じゃあ、出て行ったのは先輩……?

「先輩……?」

小さく呼びかけても返事はない。
ベッドから降りて、先輩のベッドを覗きこんでみる。やっぱりいない。

……なんとなく気になる。まだ寝てる二人を起こさないように静かに部屋を出て、そっとドアを閉め―――

「……お前、なにやってんだ?」
「!」

心臓が止まるかと思った。
別に悪い事をしてる訳じゃないから慌てなくてもいいはずだけど、不意打ちは心臓に悪い。

「あれ? お前、確か…シアーだったか?」
「は、はい、シアーです。…中尉だったんですか」

セレン中尉。ちょっと怠け者だけど戦闘に関してはすごく優秀な人。
しかも、実は面倒見がいいから部下には慕われてる……って先輩が言ってた。本当かな。

「で、何をこそこそしてたんだ? こっそり御主人様の顔でも見に行こうってのか?」
「いえ、あの、トイレに」
「ふぅん。…まあいいや、早く寝ろよ〜」
「は、はい。おやすみなさいませ……」

ひらひらと手を振って通り過ぎた中尉に頭を下げる。
……そういえば、本当にトイレに行きたくなってきた。
さっきのは言い訳だったけど、本当に行こうかな。先輩も見つかるかもしれな―――

「…なあ。エーファ、戻ってきたか?」
「え…!? 先輩がどこにいるか知ってるんですか?」
「あん? 何も聞いてないのか? エーファならお仕置き受けに行ったぞ」

聞いてない。
どれくらいで戻ってくるのか知らないけど、いなくなるなら一言くらいあってもよさそうなのに。
違う、今はそんなことよりも―――

「お、お仕置き……!? そんな、どうして……!! 先輩は、いつもあんなに頑張ってる、のに」
「あ〜……」

あからさまに面倒臭そうに頭を掻くセレン中尉。
中尉は階級がはるか上だし、私の質問に答える義務はないって言われればそれまでだけど、でも、でも……!!

「お、お願いです、教えてください……! 先輩がお仕置きなんて……!」
「あ〜、わかったわかった。教えてやるから夜中に騒ぐんじゃねえよ。」
「あ……は、はい……すみません」
「はぁ…まあ、仲が良いのはいい事だけどな」

何だかんだで答えてくれるみたい。
やっぱり面倒見はいいんだ……。先輩の言ってた通り……ああっ、先輩……!

「エーファがお仕置きを受ける理由だったな?
 ……あいつがヘマをしたのはお前達がここに配属されるより前の事だから、知らなくて当然だ。
 その時は処分保留って事になってたんだが……エーファが急にその時のお仕置きを受けるって言い出してな。
 別に邪魔する理由もねえし、許可したぞ。戻って来ねえんなら今頃やってんじゃねえの?」
「そ…そんな……」
「ほれ、わかったらとっととトイレ済ませて寝ちまえよ。エーファはともかく、お前は明日も訓練だろ」
「は、はい……」


―――それからどう歩いたのかは覚えていない。
確かトイレに向かっていたはずなのに、気が付いたら御主人様の部屋の前に立っていた。


……このドアの向こうで、先輩が……。


そっとドアに触れてみる。
このドアは防音だから、中の様子はわからない。
……でも、開けてしまえば防音なんて関係ない。どうしても中の様子が知りたいなら開ければいい。
お仕置きを受けに行ったのは三十分近く前。でも、先輩は避妊のお薬を飲んだはず。薬が効き始めるまでの時間を考えると、まだ本番に突入していない可能性は十分ある。今すぐ扉を開ければ間に合うかもしれない。

中尉は、『エーファがお仕置きを受けるって言い出した』って言ってた。
それなら先輩は納得してるのかもしれないけど……式森様は、エーファ一等兵がとても頑張っていた事を知らないのかもしれない。

―――ちなみに私は、式森様がどんな人なのかを知らない。訓練所に来た時に全員でお出迎えしたから見たことはあるけど、先輩と違って個人的に話した事はないし、式森様が本当にいい人なのかどうかは私には分からない。
でも……個人的に恋人同然の関係を築いているならともかく、お仕置きなんて少々のミスで下される罰じゃないのに。
あれだけ頑張っていた先輩が、その努力に気付いてもらえなくてお仕置きをされてしまうなんて事だったら………それとも式森様が、お仕置きを口実に先輩に酷い事しようとしてるだけだったら……私は、黙ってはいられない。そんなの、あまりにも先輩が報われない。
それなら―――


―――選択肢は二つ。罰を覚悟で扉を開けるか、諦めて戻るか。


逡巡は一瞬。悩んでいる時間なんてない。
この状況での最悪は、悩んでから開けて、手遅れになること。

今ドアを開けたせいで、私がお仕置きを受ける事になったとしても……先輩を見殺しにするよりはいい。
……それに、遠目に見ただけだけど、式森様は若い男性で外見は……不細工じゃなかったと思う。私だってどうせいつかはお仕置きされるかもしれないんだし、ミスをしてスケベそうなオジサンとかにお仕置きされるよりは、仲間を庇って罰を受ける方がいい。
そう自分を納得させて、覚悟を決めて思い切りドアを―――開く!


バァン!!


「先輩! エーファ先輩! まだ無事ですか! ……っ!!」

――信じられなかった。信じたくなかった光景がそこにあった。

「せ、先輩………!」

先輩はベッドに両手を繋がれて、四つん這いの格好でスカートを捲りあげられて、信じていた人―――式森和樹に犯されようとしていた。

「ひっく、しあ……きちゃ、っく、だめ……!」

涙声で必死に私を制止する先輩。
こちらに顔を向けた先輩の目元には涙が滲んでいて、乱れた胸元からは素肌が見えていた。
………もう、間違いなかった。

「こ、この、よくも先輩を……!」
「ち、違っ、これは――」

ずりおろしていたパジャマを直しながら慌てて取り繕おうとするその姿に、説得力なんてない。
服を直している隙に、武器になりそうなものを―――見付けた!

「この期に及んで言い訳ですか!」

本当は怖い。もしも負けたらきっと私も犯される。
たとえ勝っても、仮とはいえ御主人様に襲い掛かったのだから、ただではすまない。
式森和樹が悪いと証明できても、それなりの罰は覚悟しなければいけない。
どちらにしても、きっと私は大変な目に遭う。

でも……目の前に、ひどい格好で泣いている先輩がいる。
―――それ以上の理由は要らなかった。

「い、いくら御主人様候補だって許せない…! ケダモノ、先輩から離れてーーッ!!」
「くっ…!」

手近なところにあった椅子を掴んで、勢いにまかせて一息で踏み込む。
同時に、式森和樹も飛び掛ってくる。でも―――遅い!


ガヅッ!


勝負は一撃でカタがついた。
思い切り振り回した椅子はあっさり命中して、組み付かれる前に敵をベッドの上から弾き飛ばしてくれた。
そのまま式森和樹は絨毯の上に倒れて、動かなくなる。

……気絶した、みたい。今のうち……!

「し……しきもり、さま……?」
「大丈夫ですか、先輩! 今、解きますから……あれ、この結び目、固い……。んしょ、んしょ……」

エーファ先輩……まだ混乱してる……。
仕方ないのかな……式森様の役に立てるようになるんだって、あんなに頑張ってたんだし……。

「式森、様……うそ……冗談……ですよね……?」
「どうしたんですか、先輩。……あいつなら、やっつけましたから。もう大丈―――」
「し、式森様! 式森様、式森様ぁ! 大丈夫ですか!? ……シアー、早く解いて! 式森様が!」

放心していた先輩が、突然激しくもがき始めた。

……あれ? 何か、変……?
ショックは受けててもおかしくないけど……これって、そういうのでもなさそう……かな……?

「ふぇ? なに、どうして……」
「はやく!!! そこのハサミを使いなさい!!」
「は、はい!!」

机の上に載っていたハサミを使って、先輩の両手首を拘束しているリボンを切断する。
即座にベッドから降りて式森様の方へ向かう先輩は、なんだか悲壮な雰囲気で……。

な、何……? 何がどうなってるの……?
あんな事になってたのに、確かに泣いてたのに……襲われてたんじゃない、の……!?

「式森様! 大丈夫ですか!?」
「…………」

先輩は必死で声をかけるけど、完全に気絶した式森和樹は反応しない。
額に血を滲ませて、床の上にぐったりと横たわっている……私が殴ったんだけど。

「式森様、血が……あああ……そんな、私がついていながら」
「先輩……あんな目に合わされたのに、何でそんな奴……」

先輩が、きっ、とこちらを向く。
毅然とした表情。エーファ一等兵の、上官としての顔。

「シアー、衛生兵を呼びなさい。急いで」
「えっ? でも、この時間じゃあもう眠って……」
「叩き起こしなさい!!!」
「は、はい!! 了解です!」

追い出されるように部屋から飛び出して、衛生兵を探しに行く。

……確かに先輩は泣いていた。同意の上には見えなかった。
なのに、どうして?

何が起こったのか、どうしてこうなってるのか全然わからない。
結局、混乱した私に出来たのは先輩の指示に従う事だけだった――――


後書け。

またまた遅筆でごめんなさい。しかも今回もえっちはありません。
……てな訳で待っていて下さった方はお待たせしました。待ってなかった方も読んでくれると嬉しいシアー編第一話。どうだったでしょうか………って第一話!? 続くんですか!? って製作者がそれ言っちゃダメですよね(苦笑)

ちなみにこのお話は、おおまかな筋書きだけはあったものの本来書かないつもりだったエーファ編の裏話。今回はシアーとエーファの信頼関係をうまく描写して、乱入したシアーの判断に正当性を認めてもらえる……または共感してもらえるように描写したかったのですが……むむぅ。書く度に技量不足を痛感するという、非常に悲しい経験をしております。シアーの口調も不安定だし、訓練風景書けなかったし。かなりシーン削ったし。

……あと、物語の進行状況はなんかもう色々予定外です。
シアーには元々、現実と淫夢を繋ぐ役割を振るつもりでしたが………それは、エーファの現実編第一話でするつもりだったんですよね〜。その為のチョイ役のつもりが、気が付くとシアー編とか始まってしまって。しかも続くって、オイ。

全く……シア〜〜!! お前は一体どこへ行くんだ〜〜〜!!!!(笑)
お菓子くれるからって、KS様について行っちゃダメ〜〜!!!(爆)


追伸。現時点ではヘリオンとナナルゥに今後活躍の予定は―――少なくとも和樹の女にする気は―――ありません。新人仲間が欲しかったので、名前借りただけでございます。

あと、私の脳内ではエーファのエセ淫夢がさらにアブノーマルな方向に進行して……!?


8/18補足を兼ねて、若干修正。

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