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▽レス始

「幻想砕きの剣 10-4(DUEL SAVIOR)」

時守 暦 (2006-08-16 22:54/2006-08-16 23:50)
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15日目 午後 港町(ホワイトカーパス)


 空を舞う魔物達。
 彼らの背中には、一様に白い布が括りつけられている。
 突然出現した魔物達に、港町の兵士達は浮き足立った。
 ここで死ぬのも覚悟の上とは言え、簡単に死んでやるつもりも無い。
 最後まで粘る…と考えている瞬間に、無防備な背後からの出現である。
 そりゃ混乱もしよう。

 だが、魔物達は兵士達には目もくれずに空を飛んで行く。
 塀の上で、唐突な魔物の登場に慌てながらも攻撃を指示しようとしたドムの足元に、一通の手紙が放り出された。
 丸められた紙を、紐で軽く縛っている。

 構わずに攻撃しようかと思ったが、白い布を括りつけたガーゴイル達は、空を飛びながら片手を頭に当てた。
 敬礼である。
 しかも、一匹だけではなく全員揃ってである。
 これは流石のドムも飽和状態になりそうだった。
 魔物達は味方なのか?

 魔物達は、そのまま塀を飛び越えて外壁に群がる魔物達に向かう。
 何匹ものガーゴイルが、魔物達の上空を旋回した。
 そして…。


ひゅーぴゅーぴゅーひゅひゅるるる


 幾つもの風を切る音。
 ガーゴイルが、各々手に持っていた石やら木切れやらを落下させたのである。
 その下に居るのは、人間ではなく魔物達。


「…どうなっているのだ…」


 ドムは足元に転がる紙の事を思い出し、警戒しつつも拾い上げて中身を見た。
 そこには、ヘタクソな字で何やら書いてある。
 所々に、スペルの間違いもあった。
 読みにくかったが、何とか解読する。


「む…『救世主候補生の、当真未亜です』。
 大河の妹か…?
 ……『船の護衛中に襲撃を』…『受けたものの、これを撃退』。
 『紆余曲折の上』…『彼らは我々に協力してくれることになりました』。
 『撤退の手伝いをさせるので、彼らに攻撃しないで』…『ください』。
 …い、一体どういう経緯で…」


 流石に唖然とするドム。
 アヴァターにも魔物使いは居るが、これ程に大量の魔物を使役できる者など伝説にも居ない。
 あの大河の妹だと考えると妙に納得するモノがあるが…。

 頭痛を感じるドムに、透が聞いた。


「あの、ドム将軍…あのガーゴイル達は…」


「…味方だ、撃つな。
 それより、撤退するぞ!
 負傷者を優先して船に運び込め!」


「は、はい!」


 色々気になる事はあるが、とにかく千載一遇のチャンスだ。
 ガーゴイル達が地上の魔物達を牽制し続けている間に、さっさと逃げねばならない。
 ドムの号令一下、撤退の準備を始める兵士達。
 準備と言っても怪我人を運び込むくらいで、その怪我人は港の近くに安置されている。
 故に、精々隊列を組んで押さず走らず無駄口を叩かず整然と港の船に向かうくらいである。

 ドムは透に残った全弾を叩き込むように命令して、自分も船に向かおうとした。


「ドム将軍!」

「む?」


 その時、階段を駆け上がって一人の少女が走ってきた。
 大きな弓を持っている。
 民間人かと思ったが、すぐに考え違いを悟る。
 持っている弓は明らかに普通の弓とは違うし、この状況で港町に来るとしたら一人だけだ。
 港に停泊している船を護衛する救世主候補、当真未亜。

 走ってきた未亜は、ドムの前で急停止してお手本のような敬礼をした。
 普段の未亜は持ってないスキルだ。
 初対面のドムは分からなかったが、未亜を知る者が見れば「あ、何かテンパってる」くらいは思うだろう。


「救世主候補生、当真未亜です!
 援軍を率いて参上しました!」


「ご、ご苦労。
 色々と聞きたい事はあるが、まずは撤退が先だ。
 あの魔物達、どれだけお前の命令を聞く?」


「はい、各々の判断を残しつつも、自分の命令なら大抵の事は受理します!」


「ならば、このまま暫く牽制を続けさせてくれ。
 全員が船に乗り込んだら、すぐにこの港町を炎に沈める。
 ガーゴイル達は、上空を経由して戻ってくるように」


 流石は名将、魔物と言えども使える存在を使う事に何ら躊躇を持たない。
 その上、新戦力の特性もキッチリ把握していた。
 港町を炎に沈めて魔物達を足止めしても、空を飛べるガーゴイル達ならば炎を避けて追って来れる。

 未亜は頷くと屋上の縁に立ち、唇に揃えた指を当てて軽やかに息を噴出す。
 甲高い口笛が響き渡った。
 それを受けて、近くに居たガーゴイルの一匹が攻撃を中断して舞い降りてくる。

 降りてきたガーゴイルは、猫背気味の背中を強引に真っ直ぐに伸ばし、ガニマタの足を無理矢理揃えた。
 そして敬礼。
 突然目付きが悪くなった未亜は、両手を後ろに組んで威圧的に立つ。


「いいか、ドム将軍閣下は貴様らに殿を務めよとの仰せだ。
 吹けば飛ぶような(ピー)的貧弱者の貴様らには、身に余る光栄である。
 貴様らの(PI−)(PI〜)してでも大役を果たしきれ!
 貴様らが存在している理由は、世の為でも人の為でも、増してや貴様ら自身の為でもない!
 ここで逃げ出すヤツは、唯でさえ犬のフン以下の存在意義も無くした(ビリビリビリビリビリ)だ!
 (文部省でなくとも検閲削除したくなるほど下品な表現)になりたくなかったら、今すぐ戻って他の連中の頭蓋骨をカチ割って皺が全くない脳味噌に直接刻み込め!
 何時逃げるかくらいは、貴様らの狂牛病にかかったよーなスポンジ頭でも判断できるな!?」

「キーーー!」


「だったら今すぐ行けィッ!」


 敬礼したまま大声で叫んだガーゴイルは、あまり大きくない翼を広げて他のガーゴイル達の下に戻っていった。
 一方、周囲の兵士達はと言うと、未亜の発言…むしろ発現?に度肝を抜かれている。
 近くで銃弾及びミサイルを全て撃ちつくした透はと言うと、他の兵士達よりも衝撃が大きかったらしく、世界の終わりでも見たかのよーな顔で突っ立っている。
 どうやら、女性に対する夢とかが一部欠損してしまったらしい。

 ちなみにドムはと言うと、何故か懐かしそうな顔で未亜を見ていた。
 よくよく見ると、他の兵士達も同じような表情だ。
 どうやら、新兵訓練の時の事を思い出しているらしい。
 彼らにしてみれば、未亜のような一般人の可愛い女の子があれほど口汚い言葉を使うのがショックであっても、その罵り方に対しては大した驚きを感じないのだろう。


「むぅ、新兵の教官に迎えたい程の威厳と迫力だな」


 とはドムの言。
 やめとけ、最悪の場合女性兵がトラウマを負う事になるから。
 一応未亜も(レズはともかく)Sを抑え込もうとしているのだが…代わりにコレではどうしたモノか。

 それはともかく、ドムは懐かしむ表情を止め、兵士達にさっさと行けと声を張り上げた。
 慌てて動き出す兵士。
 まだ透は固まったままだ。


「当真未亜殿、貴殿も船に向かってくれ。
 最後に工作員が放火の準備をして、それから出港する」


「ハッ!
 ところで、兄の当真…あ、お兄ちゃん…!
 …あれ?」


 未亜の雰囲気が、軍人の鬼教官っぽい雰囲気から市井のブラコン少女に急変化した。
 ドムは少々面食らったが、大河の妹なのだと思って考えるのを止める。

 未亜はドムの後ろに目をやっていた。
 しかし、大河はそこには居ない筈だ。
 今は港町門のすぐ内側でヘバっているか、兵士達に運ばれて船に向かっている最中だろう。

 首を傾げている未亜。
 何事かと思って振り返ると、まだ透が固まっていた。
 溜息をついて、ドムは透をポカリと殴る。


「…は!?」


「気持ちは分からなくもないが、さっさと船に向かえ。
 それとも置き去りにされたいか?」


「い、いえ! 失礼します!」


 透はガチャコンガチャコンとシュミクラムを鳴らしながら走り去った。
 一方、未亜は戸惑っている。


「お兄ちゃんじゃ、なかった…?
 ヘンだなぁ、確かにお兄ちゃんの匂いと言うか気配がしたのに…。
 私がお兄ちゃんを間違えるなんて…」


「婦女子が匂いがどうのと言うのは、ちと風紀上問題がある気がするが…。
 さっきのは相馬透と言って、謝華グループからの出向社員だ。
 大河とは似てないと思うが?」


「レイミからの派遣社員?」


「謝華…と言えば、貴殿がレイミ・謝華を説得したのだったな。
 礼を言う。
 あと一日船の完成が遅れていれば、どれだけ多くの死人が出た事か…」


「え、あ、あのそれは何と言うか…」


 ドムに真剣な顔で礼を言われ、申し訳ないやら恥ずかしいやらの未亜。
 ここで全く良心の叫びを感じずに胸を張れれば、本格的に芯からサディストになったと言えると思う…。
 が、幸か不幸か未亜にはそこまでの根性は無かった。
 今は発動してないし。

 ドムが言った言葉は、決して誇張ではない。
 避難民達の逃避行は、結構ギリギリだったのだ。
 あと一日遅れていれば、それだけ無限召喚陣から呼び出された魔物も増加していただろう。
 その魔物達の大攻勢を、防ぎきれたかどうか…。

 未亜は暫く悩んだ挙句、まぁ結果オーライだと自分を誤魔化した。


「そ、それはともかく、お兄ちゃんを知りませんか?」


「大河なら、戦い疲れて門の内側で動けなくなっているようだ。
 既に撤退の伝達は通っているので、今頃は兵士に担がれて船に向かっているだろう。
 ここはもういいから、早く行ってやるといい」


「あ、ありがとうございます!
 …でも、ついでに一発だけ…」


 未亜は屋上の縁でジャスティを構えると、狙いもつけずに弦を力の限りに引き絞った。
 ガーゴイル達は空中を飛び続けているから、当たる心配は無い。

 未亜の背から湧き上がるオーラに、我知らずドムの背筋が伸びる。
 まさか、彼女も大河と同じ攻撃力を有しているのだろうか?
 大河は自分の召喚器は特別だと言っていたが…。


「……行きなさいッ!」


 未亜は勢いよく矢を発射した。
 飛びながら六本に分裂した矢は、それぞれ離れた所に突き刺さる。
 円を描いているようだ。

 と、未亜が指を鳴らす。


「ブレイクッ!」

 ズドン!


 腹に響く爆音。
 魔物の中で、大きな爆発が起こっていた。


「今のは…魔法陣か?
 矢を媒体とした、使い捨ての…」


「はい。
 まぁ、陣と呼べるよーなモノじゃないんですけど…」


 普通の魔法陣なら、円の中に星や得体の知れない記号に文字が書かれているだろう。
 だが、未亜にはそんな器用な真似はできない。
 代わりと言っては何だが、その分赤の力がある。
 未亜は赤の力を盛大に篭め、円を描くように突き刺さる矢を放った。
 そして、その矢と矢を赤の力で繋いだのである。
 これで魔法陣の外側、円の完成だ。
 普通は円の内側に記された何かに従って力は動き、何らかの作用を生み出すのだが…円の内側には何もない。
 結果、赤の力は無秩序に暴走し、爆発を起こしたのである。
 正直言って、効率はとてつもなく悪い…が、一発の破壊力は結構なモノがあった。
 ちなみにこの技、何時ぞや闘技場でダウニーを相手に使った電撃攻撃から思いついた。

 未亜は空中を見上げ、ガーゴイル達に敬礼を送ると、屋上から走り去った。
 大河を探しながら、船に向かうのだろう。
 ドムもガーゴイル達に敬礼し、屋上から立ち去った。


 程なくして、兵士達は全員船に乗り込み、工作員達の作業も終わった。
 後はここから離れるだけだ。


「点呼終了しました!
 港町に居た者は、全員収容されています!」


「うむ!
 では、出港せよ!」


 兵士の報告を受けて、ドムは命じる。
 ゆっくりと港から船が離れていった。

 これで暫くは安全、なのだろうか。
 海にも魔物がまだ居る可能性はあるが、とにもかくにも一安心だ。
 兵士達も、ギリギリの死線から解放されたため、えらくハイテンションになっている。
 野太い声で、どっかで聞いたよーなマーチを熱唱しているが…リズムが似ているだけで、歌詞が違う。念の為。

 しかし、そのマーチもすぐに治まった。
 港町から爆音がして、炎が燃え広がっていくのである。
 撤退の為とは言え、街を一つ焼き尽くしてしまう。
 軍人の彼らにとっても、結構なショックを受ける光景だろう。


「総員、敬礼!」

 バババ!


 船に乗っている兵士達全員が、踵を打ち合わせ、敬礼する。
 燃え盛る港町は、徐々にその姿を崩して行った。


「お兄ちゃん!
 お兄ちゃん、お兄ちゃん!」


「お、落ち着け未亜…」


 一方、船の中では船医が重傷者の手当てを行なっていた。
 重傷者から手術を続け、魔法医も必死で回復魔法をかけ続けている。
 大河とユカ、汁婆も治療を受けた。
 彼らの場合、その体に受けた傷よりも疲労困憊だった事が大きい。
 傷自体は致命傷ではなかったが、血を流しながら激しく動き回ったため、冗談抜きで血液が足りてない。
 こればかりは、召喚器でも氣でも治せない。

 包帯グルグル巻きになって、二人と一匹揃って船の端っこでくたばっていたのだが…。
 そこを未亜が発見したのだ。

 大河の姿を見た途端、大河がラブコメちっくな浮気をしていた事も、その対象である多感症のユカが居る事も、得体の知れないナマモノ汁婆が居る事も、全てが吹き飛んだ。
 感極まった未亜は、包帯まみれの大河に突撃し、抱きついて泣きじゃくっているのである。
 多少傷が痛む大河だが、ここで受け止めねば漢ではない。
 久々に会った未亜の柔らかい感触と匂いを感じつつ、未亜の頭を撫でて宥めている。

 実にアットホームな雰囲気だが、側に居るユカは少々居心地が悪い。
 自分が部外者のように感じられるのだ。
 汁婆はと言えば、完全に部外者…と言うか、二人を無視する構えである。
 まぁ、それが最高の気遣いであろう。
 周囲の兵士達も、「イイもの見れた…」「生きててよかったな…」「おふくろ、無事に避難できたかな…」「親父ィ、今度会ったら酒でも呑もうぜ…」と、何だかとても癒されている。
 この時間を邪魔する無粋な輩は、ドムの部下には一人として居ない。


 その時だ。
 兵士達の上に、影が差した。
 曇ったのかな、と思い空を見上げると…。


「が、ガーゴイル!?」


「待て! さっき味方してくれたヤツじゃないか!?」


 空を飛ぶガーゴイルの編隊。
 それぞれ船のマストや穂先に舞い降り、兵士達を警戒しながらも未亜達を見ていた。
 体に白い布を巻いているのを見る限り、先ほど未亜が連れてきたガーゴイル達に間違いなさそうだ。

 未亜は暫く泣き続けていたが、ガーゴイル達に気付いて立ち上がった。
 涙を拭いて、キリッとした声を出す。


「諸君!
 困難な任務をよくやってくれた!
 我々は君達に対する感謝の念を決して忘れない!
 君達の兵役はこれにて終了する。
 それぞれの古巣に帰り、家族と共に幸せに暮らせ!
 決してヒトに害を為してくれるな!
 君達の未来に、幸あらん事を!」


「「「「
   キキーーーーー!
              」」」」


 それぞれのガーゴイル達が、名残惜しむような声を上げる。
 未亜の敬礼に応え、それぞれが大きく翼を広げる。
 これが彼らの意思表示なのだろう。

 そのまま飛び立とうとした時に、兵士の一人が近くのガーゴイルの前に進み出た。
 無言で兜を外し、差し出す。

 ガーゴイルは意表を突かれた表情(意外と理解できるものだ)だったが、両手を差し出し兜を受け取った。
 そして、自分も懐(?)に手を突っ込み、ピコピコハンマーなぞ取り出す。
 兵士と同じように差し出した。
 ガーゴイルと同じように、兵士は両手を差し出してピコピコハンマーを受け取る。
 彼らは無言で握手した。
 冗談のような光景だった。
 魔物使いでもないのに、魔物と意思疎通できるなどと…。
 しかし、とても美しい。


「…お、俺も!」

「私も、感謝の気持ちと言ってはなんだが…」

「自分もだ!」

「キキー!」


 そして、あちこちで同じような光景が見られる。
 兵士達が渡すのは、兜やら手甲やら剣やら。
 対してガーゴイル達が渡すのは、折れた自分のキバやツメ、何処からともなく取り出したピコピコハンマーによく分からない石(原作の経験値)や宝石、ドでかい像。
 未亜はジャスティの矢を渡した。
 大河は疲れ切っていたので殆ど動けなかったが…学生服のボタンを渡した。
 一応言っておくが、第二ボタンではない。
 ユカは身につけていたスネ当て。
 透は薬莢を。
 汁婆はフリップ。
 ドムは服の一部を千切って渡した。


 30分もすると、ガーゴイル達と人間達はそれぞれに分かれて並んでいた。
 向かい合う両者の手には、交換したそれぞれの物品。
 例え今後戦う事になっても、互いに思い出だけは忘れる事はないだろう。

 名残惜しげに、ガーゴイル達が翼を広げる。
 空中に飛び上がり、陸に向かって飛んで行った。
 人間達は、敬礼してそれを見送った。

 これから彼等はどうするのだろうか。
 人間達に味方したとは言え、魔物の世界は裏切りがどうのとか余り考えない。
 基本的に個人主義者の集まりだからだ。
 今戻れば、流石に迫害されるだろうが…暫く身を潜めれば、何の問題もない。

 その姿が見えなくなるまで、敬礼は解かれなかった。


「しかし…流石にビックリした…。
 未亜が魔物を手懐けるなんてなぁ…」


「手懐けるって言ったってねぇ…」


 ガーゴイル達を見送り、船は順調に運航していた。
 兵士達は、ガーゴイル達に貰ったモノをそれぞれ眺めている。
 一緒に行けばよかったと言われるかもしれないが、流石にそれは無理だ。
 人間達には魔物達に対して、強い不信感がある。
 増して、今は魔物達が凶暴になる“破滅”の真っ最中だ。
 互いに為にも、今は分かれたほうがよかった。


 で、今はどうしているかと言うと…。
 波に揺られながら、未亜は大河にベッタリ引っ付いていた。
 とても兄妹には見えない。
 それを見ているユカの顔が少々引き攣っていたが、大河としてもどうしようもない。

 ユカには見せ付けているようで悪いが、大河的にも未亜から離れたくないのである。
 ちなみに汁婆は釣りをしていた。

 内心で色々と叫びながらも、ユカは何とか二人の間に割り込もうとした。


「い、一体どうやって仲良くなったの…?」


「え、どうやってって………あ、申し遅れました。
 兄の人生のパートナー、当真未亜です。
 よろしく」


「大河君の相棒の、ユカ・タケウチです。 よろしく」


 微妙に火花が散っている。
 と、未亜は怪訝な顔をした。


「ん? どした、未亜」


「え? いや、大した事じゃないよ」


 ちょっとした表情の変化も見逃さない二人の付き合いの長さに、少し嫉妬するユカ。
 それはともかくとして、大河はちょっと拍子抜けしていた。
 未亜がユカを前にしても、何ら反応を示さない。
 これがどのような事態なのかは、幻想砕きをここまで読んでくださった諸君ならば、よーく理解できると思う。
 Sモードが発動しないにしても、全くの無反応というのはおかしい。

 未亜も、自分が反応しない事を訝しんでいるらしい。
 それが普通と言われると、全く反論できないが…。
 まぁ、反応しないならそれが好都合。
 藪を突付いて大地震を起こす事もなかろう。


「で、実際どうやって手懐けたんだ?
 …いや、戦友に向かって手懐けるってのもおかしい表現だが」


「ん〜とね…」


 最初は普通に襲われたのだと言う。
 その時は普通に戦って、帆とかに損害を受けながらもしっかり撃退した。
 未亜一人でも、その程度の実力は持っている。
 と言うより、最近急激にジャスティの能力が上がっているからその為だろうか?

 とにかく、何度か襲われ撃退したのだが…2度目に避難先の港に到着した時、このままではダメだと判断した未亜。
 何かいい手は無いか…と考えていたら、偶然にもリコが乗った船も同時に港に到着していた。
 ちなみに、海列車とダリアの船は、入れ違いに出発したらしい。

 避難民が全員降りて、補給をしている時間を利用し、未亜はリコに相談に行った。
 リコをこちらの船に引っ張ってくる事も出来ないし、何かいい案はないか…と思ったのである。
 実際の所、未亜は一つだけ案を持っていた。
 実行可能かどうかは、非常に不安だったが…。


 で、相談を受けたリコ。
 いくら彼女でも、そうそういい考えなど持っていない。
 召喚した魔物を借り受けられないかと聞いたが、彼らが現界していられるのはリコの魔力があってこそである。
 即席の召喚陣で呼び出すため、常にリコからの魔力供給を受けていないと揺れ戻しで戻されてしまう。
 故に却下。

 頭を捻ったが、いい案は出てこない。
 そこで…未亜は、一か八かの心境でリコに考えを話したのである。
 その考えとは。


「暗示…ですか?
 催眠術のような?」


「方法は問わないよ。
 確か、イムちゃんがそんな事が出来るって言ってた事があるの。
 リコちゃんも…出来るよね?」


「当たり前です。
 私達は基本的に同じ能力を持っています。
 そもそも、イムニティに出来て私に出来ないなどと言う事は認めません」


 イムはリコが出来ない成人変化が出来るが、この時点では使われていないので無視。


「で、どんな暗示をかけるのです?
 二階堂兵法の影技ですか?
 我、無敵、也とか」


「筋肉ムキムキの私を見たい?」


「ヤです。
 美しくありません」


「私もヤだ。
 そうじゃなくて、暗示を使って…発動させてほしいのよ。
 サディストモードを」


 これを聞いたリコがどんな反応をしたのか、考えてもみてもらいたい。
 世界を支配する大魔王を、その手で復活させろと言われたに等しいのだ。
 一瞬でデザインが崩れ、ムンクの叫びを超えるくらいに細長くなった。


「わ、私はもう乗船しますので!」


「待って待って待って!
 他に手がないのよ!
 何なら暗示をかける時に、『誰かにちょっかいを出さない』とか『今後リコちゃんには一切手を出しません』とか、そういうのを刷り込んでもいいから!」


「マスターがその程度で停まるくらいなら、最初から苦労なんかしませーん!」


 そりゃそうだ、と未亜も納得。
 某文殊使い並みの煩悩が、暗示程度でどうにか出来る筈が無い。
 もし護衛中に避難民に向けて発動してしまえば、最早逃れる術はない。
 何せ四方は海に囲まれているし、あの状態の未亜に刃向かえる人間が居るか?


「それでも死人が出るよりはマシよ!
 自分で言うのもなんだけど、あの状態の私って絶対強くなってるから!」


「より一層問題でしょうが!」


 眼光一つで海を割ってもリコはきっと驚かないだろう。
 とは言え、確かに有効な戦力になる事は間違いない。
 問題は味方に対してもそれが向けられかねないと言う事だが…。


「大丈夫! 大丈夫だって!
 勝算アリだから!」


「……本当ですか?」


 必死の未亜に、胡乱気な視線を向ける。
 その手は嘗て無いほどの力で未亜の手を引き離そうとしているが、未亜も必死だ。
 サディストモードに匹敵する力でリコを引き止めている。


「だからね、ほら、丁度いいスケープゴートが出来たじゃない。
 こっちで溜まった分は、イムちゃんとかクレアちゃんとかレイミみたいな、真性にぶつけるから」


「…イムニティはどうでもいいし、クレアさんは確かに真性ですが…レイミ・謝華はマスターが…」


「う゛……ま、まぁ、私も思い出して色々と後悔したけど…本人、もう受け入れちゃったから…」


 ほんの僅かな後悔も、アッサリすっ飛んでしまった訳か。
 ますます盛って信用が無くなるが…。

 実際、未亜の船を見るとこのままではどうしようもないのは分かる。
 行き先をコントロールできる魔法と違い、未亜の矢は精々曲線を描く程度。
 追尾する矢もあるが、3次元的な移動をする魔物にとっては簡単に避けられる程度だろう。
 海の中の魔物には、全力を混めた矢を海中に叩き込み、その力の爆発で倒しているが…空の魔物は…。


「くぅ……し、仕方ありません…やってみましょう…」


「恩に着るわ!」


 断腸の思いどころか、全身を体の隅っこから一尺刻みにする思いで決断するリコ。
 どのみち、このままでは未亜の船は航行不能に陥ってしまうだろう。


「ただし!
 あらん限りのセーフティをかけさせてもらいます。
 我々救世主クラス内ならば、何とか身内の話で済ませられますし、多少は私達も目覚めてしまいましたが…一般人に被害を出す訳にはいきません」


「むしろこっちからお願い。
 私も正直不安で…」


 早くも選択を間違えたかなー、と思い始めたリコだが…やると言ったのだし、マスター命令…は使わないだろうが、やはり断わり辛い。
 世界の為を思えば、絶対に発動させてはいけない気もしたが…。


「では、暫くそのまま動かないでください。
 あまり時間が無いので、先にセーフティを徹底して仕込み、それから発動の切欠となる暗示を送り込みます」


 リコは未亜の前に手をかざし、額に指先を触れさせて何やら唱え始めた。
 未亜にはよく分からないが、微妙に風景がブレて見える。
 これが暗示の効果なのだろうか。
 そして、少しずつ気分が高揚していき…。


「…終わりました。
 ……は、発動しましたか?」


「…」


 ゆっくり目を開く未亜と、恐れ戦くリコ。
 当然、今すぐ逃げられるように遁走体勢。

 未亜の目は、普段とは違う光を称えている。
 だが、リコは違和感を感じた。
 Sモードの目ではない。
 レズの目でもなさそうだ。


「あ、あの、マスター…?」


「情けない声を出すな2等兵!」


「へ!?」


「情けない声を出すなと言っている!
 返事はイエス、マムだと何度教えたら分かるのだ!
 貴様の脳味噌は欠陥品のキャッシュメモリか!?
 返事をせんか2等兵!」


「い、いえすまむ!」


*注 キャッシュメモリ PCの部品の一つで、動作は速いがメモリが少ない。


 訳も分からず、反射的に敬礼するリコ。
 よく分からないなりに、危機を察したらしい。
 未亜の怒鳴り声に、周囲の目が集まる。
 しかしギロリと睥睨すると、すぐさま避難民も兵士も移動を開始した。
 しかも、これまでの混乱が嘘のように整列して。
 まぁ、お蔭で避難民の収容が異様に上手く進んだのだが。

 未亜はリコに目を向けると、威厳というか威圧感タップリに腕を組んだ。
 リコの背中に冷や汗が垂れる。


「ご苦労だった2等兵。
 私はこれから持ち場に戻り、ホワイトカーパスへ向かう。
 貴様も持ち場へ戻れ」


「イ、イエスマム!」


 慌てて逃げ出すリコ。
 Sモードの発現には失敗したが…代わりに妙なモノが出てきてしまったよーだ。
 まぁ、威圧感とか統率力はSモードよりもずっと高いと思うのだが…


「…不可抗力です。
 ええ、きっと不可抗力ですとも!
 レズとSが出てこない以上、むしろこの状態の方が望ましいですよね!
 あれなら魔物が相手でも、一喝すれば撃退できます!」


 自分の責任から、逃避しようと必死のリコだった。


「……とまぁ、こういう訳で」


「…さっきの口調はそれか…」


「まぁ、893モードが魔物達に通じるんなら、Sも通じるんじゃないのかな〜と思って」


 未亜の話に、ユカがアングリと口を開けたままぼやく。
 彼女はSモードなる未亜を見た事がなかったが、えらく物騒なのだとは予想がつく。

 大河は頭を抱えている。
 まさかこの後に及んで、新たな壊れを得るとは…。


「それで、もう一往復して、ホワイトカーパスからの帰りにあの子達が大軍で襲ってきたの。
 何て言ったか覚えてないけど、思い切り怒鳴ったら大人しくなってくれたよ。
 なんか避難民の人達も、軍隊風に動いてたけど」


 多分未亜の迫力の余波に当てられたのだ。
 哀れな…。


「で、大人しくなってくれたけど、流石に港には連れて行けないでしょ?
 だからその辺で待機してもらって、最後にお兄ちゃん達を向かえに来る時にだけ同行してもらったの。
 この辺の空を飛ぶ魔物はあの子だけだし、海の魔物はダリア先生とリコちゃんの魔物が粗方やっつけちゃったし…。
 一応警戒はしておくけど、この船は大丈夫じゃないかな」


「…なんでそれだけで、魔物を従属させられるかなぁ…」


 答えは簡単、魔物達は「弱い人間」ではなく、「自分達より遥かに強い未亜」という生き物を目撃したからだ。
 前にも記述したと思うが、自分よりも強い存在にはあまり逆らわない魔物が大河達に攻撃をしかけるのは、「人間は自分よりも弱い」という一種の偏見や思い込みからだ。
 だが、未亜の一喝はその偏見を問答無用で薙ぎ払ってしまった。
 そして目の前に現れたのは、なんちゅーか生物学的に逆らってはイケナイ相手。
 即座に服従する道を選んだ魔物達だった。

 その後、恐怖心以外でも未亜に従うようになったのだが…これは未亜の威厳に打ち抜かれたからである。
 決して恐怖だけで従っていたのではない。
 それでは先ほどのような、人間達との友情の証とかを受け取らないだろう。


 ユカは海を見た。
 何事も無いかのように太平である。
 潮風が少々傷に沁みるが、生きている証拠だと思えば悪くない。


「…これから、ボク達はどうするんだっけ?」


「ん〜、私は向こうに戻ったら、みんなと合流して直ぐに前線行きだと思う。
 お兄ちゃんとタケウチさんは、この傷だし…。
 まぁ、2,3日は休めるんじゃないかな?」


「ユカでいいよ。
 みんな…って言うと、他の救世主クラスの人達だよね?
 どんなヒト?
 大河君とは、どのくらい仲がいいの?」


 勢い込んで尋ねるユカ。
 未亜は目をパチクリさせ、大河はちょっと恐々としている。
 いつユカがヤバイ事を言い出すのか、気が気でない。
 キスをした事は何ら恥じる事ではないと思っているが、未亜に話されるとデンジャーな事には変わりない。
 いずれは話さずにはいられない事だが、ここでは止めてほしい。
 周囲が海では、キレた未亜から逃げられない。

 問われた未亜は、顎に手を当てて思案を巡らせた。


「どんな、って言われてもなぁ…。
 まずベリオさんは真面目だけど、時々欲望のままに突っ走るよね。
 カエデさんは…基本的にボケ役の、お兄ちゃんの相方…かな。
 ノリもいいし。
 リコちゃんは、一言で言うとマスコットだと思う。
 特技はアンリミテッド・ハラペコワークス。
 ナナシちゃんは…一言で済む。
 天然。
 ルビナスさんは、微妙に良識的なマッド」


「良識的か?」


「ま、人体実験とかしないし………いやするけど、ちゃんと解決策も用意してるし…してない事もあるけど…。
 と、とにかく実験するにしても、洒落にならない事はちゃんと前以て入念に対策を練ってるじゃない?
 それに、される側の痛みも一応知ってるし…」


 フォローになっているのか居ないのか。
 まぁ、本当に酷いマッドならフォローする気も起きないだろう。
 要注意人物だけどイイヒト、と言った所か。
 何となく分かったユカだった。


「あと、リリィさんは……まぁ、かわいーヒトだよ。
 うん、いや本当に。
 お兄ちゃんも一発だったし。
 多分タケウ…ユカさんも、一目見たら虜になっちゃう」


「…ボク、そのケは無いんだけど」


「やだなぁ、私にはあるけど、そーゆー意味じゃないよぅ」


 ケタケタ笑う未亜。
 ちょっと未亜から距離を取るユカ。
 それを見て、未亜はポリポリ頭を掻いた。


「そんなに警戒しなくてもいいよ。
 どーゆー理由か分からないけど、ユカさんみたいな美人を前にしても…何て言うか、反応しないの」


「ボクはそんなに美人じゃないと思うけど…反応しないって、何が?」


「だから、食指…かな?
 可愛い女の子とか見つけたら、ちょっかい出してみたいなー、って思うんだけど…。
 ユカさんの場合は、なんか違うの。
 反応する事はするんだけど……なんて言うか、もっと…劣情じゃなくて…プラトニック…じゃない。
 …そう、安らか…かな?」


「安らか?」


 未亜は表現に困っている。
 言われたユカも、何が何やら。

 しかし、考えても分からない事を考えても仕方ない。
 未亜からは一応距離を置く事に決めて、ユカは更なる恋敵の情報を得ようと会話を続ける事にした。

 と、そこへ響く声。


「おーい、大河ぁ」


「ん? あ、透か」


「悪いけど、ちょっとシュミクラムの整備を手伝ってくれないか?
 俺一人じゃ、手が届かない所があるんだ」


「りょーかい。
 じゃ、悪いけど行ってくるわ。
 未亜、ユカにちょっかい出しちゃダメだぞ」


「出したいけど、なんか気分になれないから大丈夫だよ」


 大河は横で釣りをしている汁婆に監視を頼み、透の所に行ってしまった。
 ユカは、何やら話しながら船室に向かう二人を眺めている。


「…どうしたんですか?」

「え? いや…あの二人、何だか似てるなって思って」

「ユカさんもそう思います?」


 港町の屋上で、透と大河を間違えた未亜も同意する。


「外見は…似てるって程似てないんだけど…雰囲気というか、気配がね…。
 ちょっとだけど、大河君と同じような気持ちを持っちゃいそう」

「パッと見ると、一瞬どっちか分からなくなりますね」


 暫く見送っていたが、どちらともなく視線を合わせる。
 汁婆が一筋の汗を流した。


「ところで…未亜ちゃんでいい?」

「いいですよ」

「未亜ちゃん、ちょっと大河君にベッタリしすぎじゃない? この暑いのに」

「いえいえ、これが私達の普通ですよ。 それに、折角の感激の再会なんですから」

「大河君だって男の子なんだから、彼女も欲しければ未亜ちゃんの体に惑わされる事もあるんじゃない?
 兄妹だからって、その辺のケジメを付けなくてもいいって事にはならないんじゃないかな?」

「お兄ちゃんに襲われても私は全然問題ないし、彼女だって複数形で居ますよ?
 それくらいの噂は聞いてるんじゃないですか?」

「うん、何とか更生させないとね」

「…無理だと思いますよー、複数の意味で。
 多分、更生してもユカさんの方から私達に助けを求めると思います。
 (多感症なんだから、尚更ね)」

「あれ、更生させて一人を選ぶとしたら、ボクだと思ってくれるんだ?」

「いーえー、お兄ちゃんと一対一で付き合おうなんて、そんな無謀な事をする人は現状ではユカさん以外に思いつかないんで」

「そもそも、どうして大河君が沢山の人と付き合っても文句を言われないのかな?
 これ、切実に答えて欲しいんだけど…未亜ちゃんに言っても、わかんないかな」


 ユカは最後の言葉は、様々な感情抜きで問いかけた。
 未亜に言っても分からないと言ったのは、まさか実の兄妹で付き合っているとは思わないからだ。


「なんで、何で…か…」


 未亜も改めて考える。
 元はと言えば…と言うか、すっかり忘れ去っていたが、未亜も大河も、自立をする為に互いの距離を置こう、とそう言っていた。
 それでも、互いにベタベタするのは例えようも無く至福の時な訳で。
 自立と言いつつ、お互いに甘えてきてしまった。
 沢山の女性と関係を持つようになったのも、『様々な人と接し、成長する』という目的だった。
 それがエロスな関係になったのは、大河の性格やら元々の素質やら、チャランポランさに問題がある。
 そこから未亜は、大河を横取りされるような気分になって、妙な対抗心を出した挙句に新たな性癖を発見してしまった訳だが。


「自立、か…すっかり忘れてたけど…。
 頭冷やして、自分を見つめなおす時期なのかなぁ…」


 美味しい獲物(多感症)を前にしても反応しないし、と余計な一言を付け加える未亜だった。


「でも、ナニしないと体が夜鳴きして眠れないし…。
 レズるのも、それはそれで問題だし…」


 訂正、二言三言付け加える未亜だった。
 そして汁婆は、背中に汗を垂らしながらもワレカンセズと魚を一匹釣り上げた。


透・大河


「そうそう、そこ…イテテ!
 待て、頼むからじっとしててくれ!
 入ってるのが色々当たって痛いんだよ!
 裂ける裂ける!」


「そー言われても、この状況で我慢しろってのは拷問だぞ。
 ああもう、我慢できん!
 ブスっと突っ込むぞ!」


「ちょっ、なっ、待て待ってくれ!
 俺を壊す気か!?」


「黙って覚悟を消めろ!
 俺を誘った時点で、こうなる事は決まっていた!」


「ここここのヤロウ、後で覚えて…ぎゃああああぁぁ!」


 透はシュミクラムに突っ込んでいた腕から、絞られるような痛みを感じ取る。
 大河はと言うと、好奇心を抑えきれずにシュミクラムに付いているスイッチをブスっと指で押し込んでいた。
 はいお約束…ふぅ、一度はやっておかないとな。


 3分後、タンコブを親子亀のようにこさえた大河は真面目に透の手伝いをやっていた。
 面倒臭いと思う反面、シュミクラムのようなロボットっぽい鎧にロマンを感じている。
 手伝いだけと言えども、突付きまわせるのは結構幸せだった。
 ネットワークで、こういう代物にも結構触れたはずだが…。


「ふーん…結構な技術力、使ってるじゃないか。
 透、お前これの原理理解してるのか?」


「いいや、そんな専門的な事まで教えられる時間は無かった。
 何処をどう突付けばどんな反応が返ってくるのか、そんな欠片が無数にあるだけだ」


 半ば以上、本能でシュミクラムを操っている。
 才能と言えば凄まじい才能である。
 作為的なものすら感じる。


「よく分からないけど、V・S・Sで開発されてたシュミクラムは、個人個人に合わせたオーダーメイドらしい。
 使い手が直感的に使えるようにセッティングされてるのかもな」


「それこそとんでもない技術だな…。
 これ、本当にアヴァター産か?
 実は他の世界から召喚したモノを解析しただけなんじゃないのか?」


「説得力があるな…」


 と言うか、そっちの方が余程現実的だ。
 やはり大河と透は相性がいいらしく、既にツーカーの仲となっていた。
 何も言わなくても、不思議と意図が伝わる。
 大河も透も不思議がっているが、まぁ人間関係なんてそんなモノだろうと適当に納得した。


「しかし、これが他の世界から召喚されたんだとしたら…それを簡単に使える俺も、同じ世界から召喚されたとか?
 アヴァターじゃ珍しい、漢字を使った名前だしな」

「あ? 何だ、アヴァター生まれじゃないのかよ?」

「さぁ。 ガキの頃の記憶があんまり無い。
 気がついたらツキナの家で暮らしてたし…何となく、それ以前も同じ暮らしをしてたんだろうとしか思わなかった」

「まぁ、記憶なんてそんなモンだな…っと、これで完了か?」

「ああ、後は弾を込めるだけだ」


 透は大河を下がらせ、ホワイトカーパスに来た時に持って来た銃弾を込めていく。
 持ち運べる数に限度があるから、港町に置いておいたのを、撤退の際に持って来たのだ。

 手際よく装填する透は、振り返らずに大河に話しかける。


「ところで、お前はどうなんだ?
 何だって救世主候補なんかに?」


「成り行きだ成り行き。
 まぁ、今は…色々と義理も出来たし、あいつらを見捨てるなんて出来る筈ないし…」

「…救世主クラスが、男性救世主のハーレムと化してるって噂を聞いた事があるが…まさか本当か?」


 微妙に蔑んだ声で、透は問いかける。
 大河は鼻で笑った。


「ああ、本当だ。
 色々と文句は言われるだろうが、全て片付けてやるさ。
 あいつらと一緒に居られるなら、世界だって敵に回してやる」

「…節操の無さはともかく、そこまで言い切る覚悟には感服するよ…」


 呆れが混じった声の透。
 大河はふむ、と少し考えた。


「まぁ、何だな。
 俺の見た所、お前も似たような素質があるぞ」

「素質?」

「シンパシーってヤツかな。
 理由は分からないが、手に取るようにお前の…大体の思考回路が分かる。
 我ながら気味が悪いぜ」


 透は心外そうに手を止めた。
 それはそうだろう、お前の事は全てお見通しだと言われたに等しい。
 だが大河は構わず付け加えた。


「お前だってそうだろう?
 俺が何を考えてこんな事を言ってるのか、何となく予想がつくんじゃないのか?。
 俺を信用できると思ったのも昨日の夜に身の上話をしたのも、理由はそこだ。
 互いの思考が読めるから、深く踏み込む事に躊躇が薄くなった」

「…」


 黙りこむ透。
 その沈黙は無視又は否定の意ではなく、明らかに「否定できない」という意味だった。
 まるで脳が繋がっているような不快感。
 欠けた半身に出会ったかのような安堵感。
 どちらも等分に存在した。


「…何でだろうな?」

「俺にもわからん…」


 ホモった意味ではないのが救いである。
 二人は溜息をついた。

 大河は言いすぎた、と思っている。
 どうも透が相手だと、ブレーキを踏むタイミングが掴めない。
 昨晩の透と同じである。

 透は大河に言われた事が図星だったので、混乱している。
 明らかな反発を覚える一方で、無条件に信じそうになってしまう。


「ところで、俺の素質って何だ?」

「だから、世界を敵に回してでも…という素質と、女の子にモテる素質」

「…俺はハーレムなんか望んじゃいないが」

「俺がハーレム状態なのは、どっちかと言うと成り行き…じゃないな。
 お前の場合は結果的にハーレム状態に見えるってだけかもしれないけど…ま、頭の片隅にでも留めておけ。
 例えば、複数の女の子に散々奪い合いをされる…とかな」

「忘れるよ、そんな戯言」


 幾らなんでも冗談だろう。
 さもなくば、大河が面白半分で言っている妄想だ。
 透とて、女性は嫌いではないしエロい事にも興味はある。
 ハーレムと聞いて、男としてちょっと惹かれたのも事実である。
 が、それを認めるには彼は少々若すぎた。


「ところで、ツキナさんには何時会いに行けばいい?」

「時間が空いてる時にな。
 俺は港町に着いたら、一旦王宮に戻る。
 色々と尋問されるだろうな」

「クレアの事だから、ヘタな事しなければ大丈夫だよ」

「ああ、アヴァターの王女があんな子供だってのには本気で驚いたな…」


 そろそろ船は避難先の港に到着する。
 大河はヒョイと立ち上がり、船室から出ようとした。
 その時、懐から一通の封筒が舞い落ちる。


「おい大河、何か落としたぞ」


「え? ああ、ホント……だ…」


 急に動きが鈍くなる。
 大河が持っている封筒と言ったら、アシュタロスの魔力塊を収めたあの封筒のみだ。
 封筒は完全に破れている。
 それはまぁいい。
 あまり良くはないが、大河の手元に置いておけば、魔力塊の暴走を抑える事は出来る。
 問題なのは…その魔力塊が無いとゆー事である!


「な、なななな無い! 無い、ないぞ!
 ナイナイ!

 ど、何処に行ったぁ!?」


「な、何だどうした?」


 突然狂乱し始めた大河を、透は狂人を見る目で見詰めている。
 いざとなったら一発撃とうと思っているのは秘密である。

 血走った目で、大河は透に目を向けた。


「知り合いから貰ったアイテムがないんだよ!
 ヤベーぞ、放置してたらどんな大惨事が起きるか…」


「…どんな大惨事なんだ」


「きのこ雲が立つくらいの大爆発で済めば御の字だ!」


 サッと透の顔が青くなる。
 透は大河の内心がある程度読めるが故に、それが誇張でも何でもない事を察してしまった。


「おち、落ち着け!
 最後に確認したのは何処だ!?」


「お前がホワイトカーパスに来た頃だ!
 あの時は、そう、封筒にしまって、そのまま……そうだ!
 胸の内ポケットに…って、穴が開いてる〜!」


 内ポケットのみならず、大河の服はボロボロだ。
 それだけ激戦だったのである。
 服が破れた程度の事を気にしている暇なんぞ無かった。


「船の中に落ちてるって可能性は!
 ガーゴイル達に渡したんじゃないのか!」


「あんな物騒なモン渡すワケねーだろ!
 船の中にあれば、気配で大体分かる!
 多分、ホワイトカーパスで最後の大暴れした時に落としたんだ…」


「もう取りに帰れないぞ!?」


 今から船を反転させて進む訳にもいかない。
 今頃ホワイトカーパスがどうなっているか、考えるだに…。
 魔物が闊歩している事だろう。
 ひょっとしたら、姿を見せない“破滅”の民や軍が戦の準備をしているかもしれない。
 そんな所に殴りこむなんぞ…。


「…って、よくよく考えたら好都合じゃないのか?」


「何? 透はアレの恐ろしさを知らないから…」


「いや…アザリン様とかには悪いけど、今のホワイトカーパスは敵地だろ?
 その中に、何時爆発するか分からない危険物が転がってる…。
 爆発した所で、何か問題があるか?」


「………言われて見ると、ぜんぜん無いな」


 むしろ好都合だ。
 あんな代物を放り出しておくのは気が引けるが、どうせ連結魔術を使えない人間にとっては何の価値もない。
 アヴァターで産まれた人間には、あの魔力塊は操れないのだから。
 余程鋭い者でなければ、その辺の石ころと見分けはつかないだろう。
 放っておけば爆発して、魔力が全て消えてくれるかもしれない。
 全て消えないまでも、神水作成なんぞよりもずっと派手に総量を減らしてくれるのは間違いない。

 毒ガスにでもなったら、と思うと不安だが…世界からの変換作用では、そんなややこしい物質を作る事はない。
 世界は極力自然な流れと状況に落ち着こうとするため、周囲に存在するモノ…精々空気や光に変換されるのがオチだ。
 変換されなかった場合はソッコーで爆発するだろうが。
 問題はその爆発規模。


「…まぁ、何だ、もうどーのこーの言った所で何も出来んしな」

「…そうだな。 開き直るか」


 不自然なまでの爽やかな笑顔で並び、はっはっはと笑い声を上げる。
 その時、船室のドアがノックされた。


「はい、どうぞ」

「「失礼しまーす」」 


 ユカと未亜が入って来た。
 一時休戦したのか、微妙な距離を空けながらも火花は散ってない。


「どうした? そろそろ到着か?」


「いや、そうじゃなくて…さっきね、ホワイトカーパスの方で物凄い火柱が立ってたの。
 敵の攻撃じゃ無さそうなんだけど…一応警戒しておけって」


「「………」」


 10分後、船は避難先の港町に到着した。


15日目 午後 ベリオ・カエデ・リコ・リリィ・方面


 タイラー率いる大軍団は、本格的に攻勢に出ていた。
 アヴァター全土の兵力を王都付近に結集させ、一気に殲滅する。
 敵の魔物達が意外と多いが、押される程ではなかった。


「う〜ん…これは…暫く膠着状態が続きそうだね…」


 戦線を見て、タイラーが誰にとも無くボヤく。
 隣のヤマモトの目には、そうは見えない。
 自分達の部隊の前に立ち塞がっている魔物は、決して多くはない。
 このままの勢いを保持できれば、魔物達をホワイトカーパス南端にまで一挙に追い詰める事が出来るだろう。
 そうなったら、ジワジワと圧力を掛け続けて戦力を殺いでしまえばいい。


「何か気がかりな事でも?」


「うん…さっき、避難民の護衛をしてきた兵士から報告を受けたんだ。
 ドム君の部下の一人…彼曰く、得体のしれない凄腕の存在が複数認められた…だって」


「…確かに…我々もその痕跡を確認しました。
 ですが、凄腕と言っても少数だけです。
 広域に広がっている戦線を覆せるのでしょうか?」


「まぁ、その為にこんな布陣にしたんだけどね」


 軍は東西に長く広がって展開し、後方には編成を進めている予備戦力が待機している。
 戦線を小さくすると、敵の戦力も一箇所に集中される。
 危惧している通りの凄腕が集まってしまえば、それこそ本気で取り押さえる手段が無くなってしまうかもしれない。
 陣の厚さを減らしてでも広く展開させたのは、魔物達も広域に広がるように誘導し、凄腕達が散らばるように仕向ける為だ。


「ヤマモト君、このまま補給なしだとどれくらい戦えるかな?」


「2日ないし3日です。
 それ以上は、手持ちの食料が保ちません。
 明日の夕方辺りには、予備兵力と後退させて休ませた方がよろしいでしょう」


「そうか、ならそれで行こう。
 救世主候補達も?」


「それがいいでしょう。
 そろそろホワイトカーパスからドム将軍や当真大河殿、ユカ・タケウチ殿が到着する頃です。
 彼らは今日明日休んでもらって、入れ替わりに戦線に入ってもらうのが妥当かと」


「わかったよ」


 タイラーはヤマモトにその辺の対処を一任し、地図を覗き込む。
 各所に部隊を現すコマが置かれていて、注意書きも書いてある。
 その中心付近に、救世主クラスを示すコマがあった。


「ホーリースプラッシュ!」

「紅蓮掌!」

「…テトラグラビトン」

「フェンリルフレアッ!」


 強い。
 とにかく強い。
 他の兵士達が梃子摺っている魔物を、軽く薙ぎ払っていく。
 周囲は戦いつつも、女の子の集団に萌えているよーだが…まぁ、しっかり戦闘しているので問題は無い。

 救世主候補の実力は、やはり一般兵とは一線を画している。
 大河ほどではないが、それでも大抵の魔物なら簡単に打ち倒せるだけの力を持っていた。
 ただでさえ強いのに、一箇所に固まっているのだから堪らない。
 魔物達は広く展開しすぎて、密度が低くなっている。
 そこを逃さず、救世主候補達は敵陣を食い荒らしていった。


「リリィ、大丈夫ですか?
 そろそろ魔力が尽きてくるんじゃ…」


「あと一時間くらいなら平気よ。
 確かに海列車を停めるのに魔力を使ったけど、その分移動中にしっかり休んだもの」


 ダラダラしていたとも言う。
 何にせよ、リリィにはベリオが思っている以上には余裕があった。
 練度の高い連携で、リリィが使う魔力の量を節約しているし、まだ十二分に戦える。
 それに、彼女はホワイトカーパスがどれだけ追い詰められ、そして大河がどれ程大暴れしたのか、避難民から直に聞いたのである。
 負けず嫌いのリリィが、そう簡単に休むはずが無い。


「日没まで、あと3時間…。
 ご主人様とマスターは、既に到着している筈。
 …ユカ・タケウチも…」


「…大丈夫かな…」


 冷や汗を流すリリィ。
 ちなみに、リコは未亜のSを呼び覚まそうとした事を誰にも言ってない。
 そりゃそうだろう、世界を滅ぼすに等しい罪を告白するのは、並大抵の覚悟では舌の動きが止まってしまう。

 ユカに関しては、未亜のS性はとっくに発動していたような気もするが…その対処は、大河に任せるしかない。
 …強姦だけでも重罪だが、確か芸能人に危害を加えると他に罪が追加されたよーな…。
 ユカは芸能人じゃないが、ファンが切れるなぁ…。

 カエデとベリオが首を傾げる。


「ユカ・タケウチ…って、“武神”ですよね? それが大河君と一緒に?」

「…誰でござるか?」


 カエデはアヴァターの有名人には詳しくない。
 ベリオは名前くらいは聞き及んでいるようだ。

 リリィはカエデに、ユカに関する情報を適当に教えてやった。
 ほほう、と関心するカエデ。


「生身で召喚器持ちと渡り合う猛者でござるか…。
 拙者、是非とも一手ご指南賜りたいでござるよ」

「黒耀はありですか、無しですか?」

「無論、無しの方向で。
 正面から戦っては勝てる気がしないでござるが、これでも忍びでござる。
 闘技場での一対一の戦いでも、そこそこいい所まで行ける自信はあるでござる」


 どうやらカエデは、純粋にユカと技量をぶつけ合ってみたいと思っているようだ。
 多分、ユカも大歓迎だろう。
 ただ、ユカが正面から突撃するタイプなのに対して、カエデは何だかんだ言っても忍者、後ろに回って首に一撃…というタイプだ。
 互いの技量を全て発揮させるのは難しいだろう。
 まぁ、相手の力を出させないようにするのも強さの一つだが。

 ちなみに、会話しながらも周囲の敵を蹴散らしている。


「まぁ、一緒にホワイトカーパスから避難してる筈だし…会えるんじゃない?
 私も、一度でいいからユカ・タケウチが戦ってる所を見たいと思ってたのよね」


 場合によっては手合わせする事になるかな、と思うとカエデほどではないが血が騒ぐリリィだった。
 ベリオが口を挟む。


「それよりも、一体何が『大丈夫かな』なのですか?
 大河君が、何かちょっかいを出すとでも?
 一抹の…もとい多大な不安はありますが、大河君は私達の目の届かない所ではナニもしないと思いますが」


「後が怖いもんね、後が。
 ギャグじゃなくて、私達から総スカン食らいそうだし」


 未亜も怖いが、ベリオ達もマジギレしかねない。
 そもそも浮気自体歓迎しないが、自分達の側で…つまり管理内でなら、まぁ許せる。
 管理されていたら最初からハーレム状態になってない気もするが。


「そっちもあるけど、未亜がね…」


 そっぽを向いて鼻の頭を掻き、遠い目をするリコとリリィ。
 二人はユカ・タケウチが多感症らしい、という事は知っている。
 ベリオとカエデが不思議がっているが、簡単に話していい事でもないだろう。
 まぁ、多分そのうち知る事になるだろう。
 大河と彼女が付き合い、自分達と同じような立場になるなら何れはばれる。
 結局離れていくなら、態々話すような事でもない。


「ところで、実際大河君をどうします?
 ユカ・タケウチを相手に、どこまで何をやったのかは知りませんが…。
 お仕置き、しますか?」


「それについては、マスターを嗾けるネタがあるので問題ありません。
 問題は、ユカ・タケウチを受け入れるかどうかです。
 考えてみれば、私達はあまりに受動的でした。
 ご主人様が誰かにコナをかけても、その場のノリのままで黙認、済し崩しに公認へ…。
 例えユカ・タケウチに関しては手遅れだったとしても、これ以上誰かに手を出さないように防壁を築かなくては」


「確かに…。
 この場合、これ以上の接近を何とか阻まないとね」


 まぁ、それが妥当な所か。
 どうでもいいが、戦争の真っ最中だとゆーのに恋愛談義(?)とは暢気な事である。
 彼女達の力が最大限に発揮できるのはこーゆー時だと言われると、思わず納得してしまいそうになるが。

 隣では、偶然彼女たちの会話を立ち聞きした兵士が『救世主クラスって何…?』と極めて正当かつ深刻な疑問を抱いていたが、まーどうでもいい。


「ちなみに、夜になって戦いが一段落したら…大河君に仕掛けに行きますか?」

「魅力的な提案でござるが、無理っぽいでござる。
 先程聞いたのでござるが…」

「何処から?」

「向こうでヤマモト殿が色々やってたから、ちょっと耳を済ませてみたでござるよ。
 どうも、師匠達は一旦王宮へ向かうらしいでござる。
 未亜殿は、こちらに残るようでござるが」

「何故?」

「やはり疲労が激しいのでござろう。
 それに、クレア殿に報告もせねばならぬでござるし…。
 …考えてみれば、未亜殿は帰りの船で師匠と一緒だったのでござるな。
 ………抜け駆けを…」

「「「「したに決まってる!」」」」


 全員揃って叫び。
 エロスな意味ではなく、なんと言うか…ポイント稼ぎ?
 泣きじゃくって抱きつくとか。
 いや、作為的にやっているのではない事は分かる…冷静になってからは計算づくかもしれないが。
 感極まって抱きついただろう。
 大河もそれを受け止めたのは想像に難くない。
 彼自身も色々と溜まっているだろうし、未亜は大河の精神安定剤の役割も果たす…未亜だけではないが。
 離れていた分まで取り戻そうと、それはもうベッタリしていた事だろう。
 気持ちは分かる。
 気持ちは分かるが…それとこれとは別だ。
 自分達もやりたいのに!
 このクソ忙しい時に!
 こっちは戦場でドンパチやってるのに、どーして未亜だけが!?
 …丸っきり八つ当たりと言えなくもない。


「大河に埋め合わせをさせるという手もあるけど…ここらで一発、未亜に反撃しとかない?
 世界のためにも!」


「そうですね、世界のためにも!」


「私は本気で切実です、世界の為に」


「世界征服の為にも!」


 約一名余計な事を言ってたよーな気がするが、気にしない。
 どうせ戯言だ。
 こうして未亜に対抗すべく、かなーり腹を括って同盟が誕生したのである。
 …今までも同盟を組んでいたが、歯牙にもかけられなかった。
 どうせチャンスに恵まれずにお流れになるんだろーなー、とは四人に共通する思いであった。


15日目 夜 王宮


「当真大河、任務を終えて帰還しました」


「うむ、ご苦労。
 では報告を聞かせて…きか…きかっ……た、大河あああぁぁ!」


 台詞を途中で切って、涙を流しながら大河に抱きつくクレア。
 やはり彼女も不安だったのだろう。
 一国を背負う王女とは思えないほど軽い体を受け止め、クレアにキスをする。
 一応言っておくが、周囲に人は居ない。
 ロリの称号を送られる事も無い。

 えぐえぐと泣くクレアの背中を撫でながら、皆と再会したらその度にこうなるのかなー、とぼんやり考える。
 胸に冷たい感触。
 クレアの涙で、服が濡れているのだろう。


「ああ、もう安心だ…俺はちゃんと無事に帰ってきたから…」

「ば、ばかものっ、“はめつ”なのだぞ、さいぜんせんなのだぞっ!
 いくらおまえでも、だめなんじゃないかってなんどもかんがえたんだからな!」

「大丈夫大丈夫。
 ここに居るから、大丈夫だ…」


 たった2週間程度にも拘らず、もう何ヶ月も会ってないかのように泣きまくるクレア。
 暫くこのままで居るしかないだろう。

 ふと、大河は意識の端に接触してくる存在を感知した。
 ラインを通じて呼びかけてくる。
 イムニティだ。



(よう、今帰ったぜ。
 留守番ご苦労さん)


(おかえり、マスター。
 あんまり心配はしてなかったけど、何とか無事だったようね)


(ヤバい場面も何度かあったけどな。
 そっちは何かあったか?)


(色々ね。
 ま、それよりもちゃんとクレアを抱きしめてなさい)


(ああ、分かってる。
 イムニティも後で頭撫でてやるからな)


(バ、バカ言ってんじゃないの!)

 慌てるイムニティの思念が叩きつけられ、通信は途切れた。
 苦笑し、大河はクレアを抱き上げて膝の上に乗せる。
 流石にこの状況では、クレアにナニする気にはなれない。
 前線で戦っている仲間達の事が気にかかる。

 その時、ドタドタと足音が近付いてくる。
 扉がバタンと音を立てて開いた。


「「ダーリーーン!」」


「うおっ!」


 勢いの乗った、タックル×2。
 流石に受け止めるのはキツかったが、何とか堪えた。


「ルビナス、ナナシ!
 なんか久しぶりだなぁ!」


「ダーリン、寂しかったですの〜!
 寂しくってウサギみたいに死んじゃうかと思ったですのよ〜!
 毎日毎日面白くないご本を読んで、退屈だったですの〜!」


「私だって、ダーリンも居ない実験も出来ない礼儀作法にやたら細かい王宮で、ストレス溜まって爆発しちゃう所だったわ!
 ああ、2週間ぶりのダーリンの感触ッ…たまらないわ!」


 二人そろって、大河に抱きついてスリスリ。
 それこそ摩擦熱で火がつきそうな勢いだ。
 膝の上のクレアから手を離し、二人の腰を抱き寄せる。


「何はともあれ、帰ってきたよ。
 心配かけたな」


 で、二人に一回ずつキス。
 嬉しそうな顔をした二人は、大河の首筋に顔を埋めた。
 どーも動けない時間が増えたようだ。

 開かれた扉から、ダリアが苦笑しながら入って来た。


「ダリア先生…未亜達のお守り、ありがとうございました」

「や〜ねぇ、改まっちゃって気味が悪いわ♪
 ま、お礼は形にしてね」


 笑いながら指先で唇を指す。
 無言で大河に近付き、顔を寄せた。
 最後の3センチだけ、大河から詰める。


「さってと、私はユカちゃんと透君の様子を見てくるわ。
 それにしても、珍しいコを連れてきてるわねー。
 ルビナスちゃんが見たらどう言うかしら」


「標本にしなけりゃいいけど…」


「え、ナニ?
 珍しい生き物でも連れて来たの?」


 首筋に抱きついたまま、ルビナスは顔を上げて喋る。
 息が耳に当たってこそばゆい。
 なんかもー、溜まりに溜まったリビドーが暴発しそうだ。
 だが、それは全員揃ってから改めて。

 クレアとナナシが、拗ねた表情で顔を上げた。


「何だ大河、結局また妾を増やしたのか?」

「ダーリン、浮気は心中への第一歩ですのよ?」

「いや増やしてない増やしてない。
 仲良くなっては居るけど、そこまで深い仲になってない。

 まぁ、それはともかくとしてだ。
 そろそろ泣くのは止めて、お互いの情報交換にしないか?
 ミュリエルの事、進展あっただろ?
 他に何か見つけた事は?」


「あ、ああ…そうだな。
 …ナナシ、別に抱きついたままでもいいよな?」


「コカンに手を伸ばさなければ大丈夫だと思いますの」


 ちなみに、とうの昔にエレクトしています。
 …こうやって抑え込んでいる反発が、どれほどの勢いになるやら…。

 ダリアは苦笑して出て行った。
 後で様子を見に行かねばなるまい。


「さて、それでは大河の報告から聞こうか。
 長くなりそうだが、何、今日一日は激戦区帰りの休暇だと思って体を休めるのだな」


「激しく腰を振るよーな運動はするなって事か…」


「いくらダーリンでも気分にならないんじゃない?
 それよりイムニティ!
 そろそろ出てきなさいよ」


「…指図されなくても、ここに居るわよ」


 部屋の隅から、浮き出るように姿を現すイムニティ。
 無言で視線を逸らしつつ、3人の女に埋もれている大河の隣に座り込む。
 そして頭をズイっと。


「はいはい、撫でろって事ね…」

「撫でると言ったのはマスターでしょうが」


 赤くなった頬を隠して、イムニティはぶっきらぼうに言い放つ。
 そうしている内に、ようやく大河にも「帰ってきたのだ」と実感が沸いてきた。
 イムニティの頭をゆっくり撫でながら、口元に自然と笑みが浮かぶ。
 救世主クラスが勢揃いしたら、満面の笑みに変わるだろう。


「それじゃ、報告させてもらうか。
 とは言え、何処から話したものか…」


「そうね、細かい兵の状況とかはドム将軍から報告が来るから、ダーリンが向こうで何をしたのか、何を見つけたのかを教えてくれない?
 大筋だけ話して、後は怪しいと思った事を片っ端から」


「それも結構な量になるな…」


「それでもいいわ。
 私達、終わるまではずっとダーリンに抱きついてるから。
 ねー?」


「「ねー♪」」




時守です。
最近ウチの犬の首輪がいきなり外れて、エライコトになりました。
ちゃんと捕まえましたけど、他の家の犬とケンカしやがって止めるのが大変でした。
うう、すんません…。
まぁ、大した怪我はありませんでしたが。

それではレス返しです!


1.陣様
フルメタが一番近いですけど、どこの軍曹だろうw
最初はフルメタをイメージしてましたが、なんか途中で指が勝手に…。
しかし…この属性、永続化させるべきかなぁ…?
これに嫌悪感を覚える人って、どれくらい居るでしょう?


2.パッサッジョ様
ネコネコネコ。
久々にネコりりぃを書けてとても満足していますw

ツリキチには深き者どころか、DAG○Nを釣り上げてもらおうかと思いましたが…“破滅”どころではなくなるので勘弁。
バルドのメンバーは大体出すつもりですが、全員書ききれるかは微妙です。


3.YY44様
ヨッパライダーは、聖地を見つけてパプワ島に帰る途中だったかもしれませんねw

シェザルの出番は、これで当分無しです。
覚えておいてあげてくださいw

最果てのイマですか…具体的にはどのような按配でしょう?
好奇心が疼きます。

…いかん、大河の相棒がセルから透に変わってしまった…(汗)
むうぅぅ、何とかせねば…。


4.カシス・ユウ・シンクレア様
お姑の総帥さんは、大河の知人ですよw
ネットワーク関連で、既に関わってますw

ルビナスの改造は、ノリ次第でどんな事でも可能にしますからね…。
単にリリィが自分で思いこんでるって可能性もありますが。

未亜のスキルは、リコ関連でした。
リコー、絶望して自殺とか引き篭もりとかしちゃダメだぞー。


5.イスピン様
シェザルは…ほぼ再起不能ですね。
出てくるのはホワイトカーパス編が終わり、更に山を一つ越えてからです。

ぬぅ、あのテロリストより過激な工作員達ですか…。
いや、一時期テロリストみたいなもんでしたが。
…逆に…彼らの台詞を、機構兵団に言わせるならば…。
「何人殺せばいい」はアヤネですね。
「死神様のお通り」は…ヒカルが近いかな? またはカイラ?
「フルオープン」は…洋介か…或いはクーウォン?
少なくとも、ウーフェイは真っ先にゲンハを潰しに行きそうです。

ナナシは、未亜がレイミに何をしたか知りませんからねぇ。
一応…過剰防衛だけど、正当防衛ですけど…。


6.竜の抜け殻様
お久しぶりです!
見捨てられたかと不安に思ってましたから、レスがとても嬉しいです!

むぅ、確かにクロスキャラに比べて、原作の敵がなんて小さい…。
そろそろ本腰を入れて、敵をパワーアップさせねば…。
とは言え、やや強い敵を複数出すのではなくて、メチャ強い敵を一体出す方が好きなんです…。
とりあえず、『彼女』にお出まし願いますか…。


7.くろこげ様
ネットワークの魔王は、きっと未亜には逆らいませんw

巨人化したナナシか…。
いいなぁ、それ…。
……よし、本格的に実行に移そうと思います!


8.なまけもの様
ご指摘ありがとうございます<m(__)m>
誤字脱字なしって、意外と難しいんですよね…。

あれ?
シェザルが蹴り飛ばされたのは…えぇと…あっ!?
すいません、時守の中の時間軸が狂いまくってます(涙)
ギャグキャラの回復が早いのはお約束を通り越して真理ですw

皆様、あの一言だけでヨッパライダーだと解かるようでw

アヴァターの海ですよ?
根源の世界の、生命が生まれてきた海ですよ。
ナニが居たっておかしくありませんって。

レイミから送られた写真に関しては、『テンパってる未亜だから』の一言ですね。
敢えて言うなら、一晩中弄んで、リリィ達が起きてくる寸前に渡したのかと。

エンジェルブレスですか…ちょっと難しいです…。
バルドバレッド レベリオンは、随分前に出たバルドバレッドが元と聞きましたが…やった事無いですからねぇ。


9.悠真様
就職活動、ご苦労様です。
時守も、あと一社だけ受けてみようか、と思っているのですが…。

ナナシに水色知覚…うわ、本当に在り得そう。
普通に幽霊と何年も暮らしてましたからね。
霊感とか異常に発達しててもおかしくないです。

これからも、毎週水曜に更新できるよう頑張らせていただきます!


10.アレス=アンバー様
シェザル頑張ってましたが、一発も有効打を与えられず、あまつさえヘタレになってしまうこの哀しさよw
ええ、いつかきっとブラパピ&ベリオと顔合わせしますとも!
ふふふふふ…。


11.根無し草様
タイミングが悪いのはご勘弁を。
忘れた頃にならないと、出番が回ってきませんのでw

シェザルはもーちょっとヘタレになってもらい、某ネコ型ロボットのような言葉を口にしてもらう予定です。
…しかし、言っても解かる人居るかなぁ…。
ヒント・高所恐怖症、の部分です。

…さて、出番が無い学園長が殴りこみに来ない内に逃げ……(何かを引き裂くような音)


12.なな月様
ある意味、あそこはイスカンダル以上に遠い所ですからねw
マジで呟いていたとしても、決してバカにはできません。

4時起きですか…時守なら、絶対途中で寝てますね。
ツワモノは、並ぶ時は徹底して並びますからねぇ…。
それが執念と言うモノか。

土産話をありがとうございます(笑)
妹がよく、『ウケ狙いで女装するヤツは殆どよくないヤツだ』って騒いでますが、まぁ見てて不快でなければ何でもオッケーですな。
いくらコミケとは言え、脂ギッシュなオヤジがセーラームーンの格好してりゃ、殺意を抱く人の一人2人は居るでしょうし。
秋葉か…直接行った事ないんですよね…。
ああっ、東京に就職活動しに行った時に行けばよかった。

海列車に喜ぶネコ。
書いてて和みましたw

ガンホーか…言わせておけばよかったかな?
でも喋れないからな…ルビでも打っとけばよかった。


13.ナイトメア様
影薄いって言われたよ…可哀相な透w
ある意味主役級の扱いだから、もー暫く我慢してくれい。

傭兵科生徒達の血の涙…おお、アヴァターが、アヴァターの大地が赤く染まっている!
その慟哭、きっと無駄にはすまいぞ!
…しかし、どんだけ慟哭を背負っても、その後に出てくる女の子モンスター…もといアンデッドの姿を見ただけで、収支黒字ですなw
ネタは!?
元ネタは!?
東方っすか!?
…リコとイムが潰した半分ってのは、絶対に全員巨乳ですね。
つーか、アンチクロス未亜だけがマトモ…絶対にアンデッド達の中では苦労人ですなw
…これ以上となると…クレア様大人Verとか、ミュリエル学園長(清純時代)とか、あとユカ…?
ダリア?
アレはアンデッドになろうと変化ないない。


14.舞ーエンジェル様
ええもうお蔭様でいいクロスが出来ましたし話が1チャプター分長くなりましたし絡みにヴァリエーションが出来ましたし何て物を食わせてくれるんや!
バルド、最高に面白かったです!
陵辱シーンで大ダメージを食らいましたが…いや、透本人が陵辱してましたけどw
がー、リヴァイアサンがメッチャ強いし!
戦い方を理解するまで、15回はやられましたよ。
DSの神よかよっぽど強いし。

ゲンハについては、予想外なのは確実だと思います。
それが良いか悪いかは別になりますが…。

うーん、バルドクロスを決意する前に、クレア様とアザリン様が軒並み膿を排除しちゃいましたからね…。
正直、軍を利用させるのは難しいです。


15.神〔SIN〕様
わははははははは!
あー、大爆笑させてもらいましたぜw

全蔵、お前いーキャラしてるなー。
原作でもアレだったけど、さらにパワーアップなされてますねw

にしても、えらい機能ばっかり付いてますね。
茶々丸も全蔵も、完全に趣味の産物でしょう。
そして、全蔵!
君は正しい!
茶々丸を攻撃するなんて、それは人として! 人として!
例え改造されてても人としてぇぇぇ!
と言う事は、原作で茶々丸さんを攻撃しかけたネギ先生とおサルは人として間違ってますね。
ギリギリで止めたから、人間失格直前とw

冷却装置を核と間違える?
ナニをどうすれば…いや、ある意味究極の冷却装置?
だって『核の冬』とか言うし。
つうか、核って燃料だったのと違うか?
核が冷却装置に使われてるなら、燃料になってるのは…???

え? ダウニー先生、最近見ないと思ったらそっちに出張してたの。
ま、当分出番は無いから、そっちで遊んでてもいいッスよw

おお、大河がネギまの真ヒロインに目をつけた!?
あの子供先生には勿体無いと思うなら、存分に突撃して奪い取ってやれい!

…超はマッドじゃねーのかなぁ…。
注・マッドサイエンティストと、属性・マッドは別物です。

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