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▽レス始

「霊能生徒 忠お!〜二学期〜(三時間目)(ネギま+GS)」

詞連 (2006-08-13 20:42/2006-08-17 05:46)
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「なんや。やっぱり西洋魔術師言ーても大したことあらへん」

 浮かべるのは冷笑。清水寺の屋根の上から、天ヶ崎千草は麻帆良の修学旅行の一行を見下ろしていた。その一部は、音羽の滝の周辺でぐったりとしている。
 原因は千草の仕掛けた罠―――音羽の滝の左端、縁結びに効能があるとされる水に混ぜた酒だった。見事に引っかかり、麻帆良の三年A組の面々のうち大半が泥酔して倒れている。
 朝の新幹線でカエルを仕込んだのも千草である。その後も彼女は様々な形でイヤガラセを加えてきた。
 全員の昼食をぶぶ漬け(お茶漬け)に変えたり、清水寺へ向かう観光バスの座席のスプリングを壊しておいたり、恋占いの石の間にカエル入りの落とし穴を設置したり…。
 そしてそれらに、あの子供の西洋魔術師が担任をしているクラスは引っかかっていった。
 千草は、酒入りの水を飲んでぐったりとしている少女達を解放する子供先生と、そしてバンダナをつけた少女を見て思う。
 大したことはない、と。
 所詮は西洋魔術師の子供と、薄気味悪い異能者の小娘に過ぎない。

「メドーサはんも気が小さい」

 『人界最強の道化師』横島忠夫の妹―――横島忠緒。
 前にメドーサから渡された資料ではかなりの難敵とも思えた。だが実際見てみれば、なんてことのないただの小娘だ。
 そもそも、『人界最強の道化師』の存在自体が疑わしい。
 数百の神魔を滅ぼした?
 ありえない話だ。人と神魔との間には厳然とした壁があり、それを超えることは稀。ましてただ一人でそんな大虐殺を行うなど不可能だ。それも異能者―――人間のふりをした汚らわしい出来損ないの化け物がそんなことを出来るはずもない。
 流れる噂の大半は脚色。実際は『人界最強の道化師』など自分達、関西呪術協会の陰陽術師の敵ではない。
 問題になる相手は、見習いの神鳴流剣士と、吸血鬼『闇の福音』だろうが、前者は対抗手段を既に用意しているし、後者は調査によると、自ら進んで動く様子はないらしい。

「メドーサはん達は動くな言いはるけど……今夜、仕掛けまひょか?」

 千草はそういい残し、次の瞬間には屋根の上から姿を消していた。


 霊能生徒 忠お! 二学期 三時間目 〜ソードの7の逆位置(心配の解消)〜


「やっぱりあの刹那って奴の仕業に違いねぇよ、兄貴!」

 声を上げて息巻くのはカモだった。修学旅行の宿泊先、ホテル嵐山。湯上がり休憩処と書かれた札のある場所に、浮かない顔をしたネギと興奮したカモがいる。他に人の気配はない。迷いない眼で刹那への疑惑を訴えるカモだったが、訴えられるネギの顔は迷いを示していた。

「うーん、確かにちょっと怪しいと思うけど…。でも…木乃香さんの幼馴染だし…」
「かーーーーっ!甘い!甘ちゃんすぎるぜ、兄貴!
 女の友情何てぇもんは、漢の友情に比べりゃもろいもんだぜ!?」
「そうかなぁ…」
「現に木乃香の嬢ちゃんにだって冷たく当たってるじゃねぇか?」
「う〜ん…だけど…」

 カモがいくら言葉を重ねても煮え切らないネギ。

 新幹線を降りてから、ネギ達のクラスはくだらない、しかし執拗ないやがらせを受けてきた。
 新幹線を降りてから振舞われたお弁当が、いつの間にかお茶漬け――これを出されることは京都では歓迎していないという意思を表す――に変わったり…。
 清水寺に向かうバスの座席のスプリングがことごとく壊れていて、座って体が沈みこんだ生徒達は、体重が倍増したのかと大騒ぎ。
 清水寺についてからも、カエル入りの落とし穴と、最後には音羽の滝に酒が混入されていて、飲んだメンバーは酔いつぶれてしまった。
 そのシーンの全てで、桜咲刹那はその様子を少し離れたところから見ていた。そのことが、新幹線での出来事と合わさり、ネギとカモに不信感を与えている。さらには…

「それにほら、この生徒名簿!ここに京都…かみ、なるりゅー…?」
「それは『しんめいりゅう』って読むんだよ、カモ君。京を護り、魔を討つための戦闘集団なんだって」
「ってことはやっぱり関西呪術協会の仲間じゃないっすか!」

 京都神鳴流。刹那の写真の直ぐ下に書かれているこの一言が、刹那への疑惑を強く裏付けている。
 ネギが図書館島で調べて資料にも『京都神鳴流』についての記述があった。基本的に魔法を使わず、しかし魔法に匹敵するだけの戦闘能力を持ち、人に仇成す人に在らざる存在を破り滅する剣士達。魔法使いの天敵ともいえる存在だ。

 刹那が敵であり、昼間の騒ぎも彼女が絡んでいるという線は極めて濃厚だ。だがそれでも、ネギが持つ生来の人のよさが、自分の生徒を疑うという心の動きを阻害している。

 カモがさらに言葉を浴びせようとする。だがそこに、アスナが急いだ様子でやってきて、言葉を投げかけてきた。

「ちょっと、ネギ!」
「あ、アスナさん。酔っ払ってしまった皆さんは…」
「そのことよ!今朝からの騒ぎ、変な魔法団体が私たち3Aを狙ってるからってホント?」
「ど…!どうしてそのことを!?」
「俺が教えた」

 答えたのは、アスナの後ろから歩いてきた横島だった。アスナはネギの前に腕を組んで立つ。

「あんなカエルだの変なことばっかり起こってたから、ひょっとしてって思って横島さんに訊いたのよ」
「下手に誤魔化しても、魔法関係のことを知っているアスナちゃん相手だとすぐにばれるからな。すまん」
「い、いえ。それは良いんですが…」

 ネギは惑う。横島の言うことは分かる。だがエヴァの一件でも深く関わったとはいえ、アスナは一般人だ。これ以上、魔法関係で巻き込むのはどうだろうか?
 だが、そんなネギの思考を飛び越える形で、カモが口を開く。

「むしろ大歓迎っすよ、横島の姐さん!アスナの姐さんも手伝ってくれるんっすよね?」
「ふうっ…いいわよ、ちょっとなら力、貸したげる」
「アスナさん…」
「よっ!さすがはアスナの姐さんだ!恩に着るぜ!」

 アスナの小さなため息と、それより少し大きい微笑みに、ネギは感動を示す笑顔、カモは煽てを送る。

「で、さっきまで何だか二人で話してたけど、何かあったのか?」
「そ、そうだ!姐さん方、聞いてくれ!
 実は桜咲刹那の奴が敵のスパイらしいんだよ!」
「そうと決まったわけじゃないよ、カモ君」
「え、ス、スパイって、桜咲さんが!?」
「どういうことだ?」
「どうもこうも―――」

 そう前置きして、カモは横島とアスナに新幹線のことや、その後の事件における刹那のスパイと思しき行動を並べ立て、それに対してネギが消極的な訂正を入れる。

「―――ってな感じで、あの桜咲刹那って奴は間違いなく関西呪術協会の刺客さ!」
「だから、そうと決まったわけじゃないよ、カモ君」

 額に血管を浮かべて熱弁を奮うカモと、それに対して半信半疑といった様子のネギ。
 聞き手の一人であるアスナはというと、さらにその中間だった。

「確かに…怪しくはあるわよねぇ…」

 アスナが考えるのは、最近得ることが多くなった、刹那の情報だ。
 横島を交えた木乃香との話で、木乃香と刹那が幼馴染というのは知っている。
 だが、最近はいくら木乃香が声をかけても二言三言で逃げるように去っていく。

(ひょっとしたら、何か後ろめたいことがあるから、木乃香と距離を取ってるんじゃあ…)
「横島の姐さんも怪しいと思うだろ?」

 アスナが思考する横でカモが横島に問いかけ、アスナもそれに習うように横島を見た。アスナが見た横島の表情に表れている感情は、呆れだった。

「刹那ちゃんがスパイな訳ないだろ」
「どうしてそんな断言できるんですか、横島さん?」

 あまりに迷いのない言葉に、三人の中で一番横島の意見に近いはずのネギが問い返す。
 それは、と横島が答えようとした時

「ネギ先生ー。教員は早めにお風呂すませてくださいな」
「ならば体を洗うお手伝いをばっ!」

 ネギの目の前から横島は叫び消えた。しかしそれは消滅ではなく移動。
 まるでコマが跳んだフィルムのように、一瞬にして横島はネギの背後に平泳ぎのような姿勢で滞空していた。
 それはもはや思考を介さない反射の動きと声だった。だから横島の意識は、ようやくその時点で、自分が跳びかかろうとしている人物を正確に把握した。
 浴衣姿のしずな先生…!

 いつものスーツ姿も女教師という男のロマ〜ンを刺激してくれるがその成分はメガネに集約され衰えることを知らず薄布一枚越しに判別できる曲線と浴衣の裾から覗く芸術的なふくらはぎ&くるぶしや前の袷からのぞく胸の谷間とが相乗効果を生じてびしびし伝わった上に赤く染まった頬とアップにされた髪形ゆえに見えるうなじがエロスを感じさせつつああそうかもうお風呂に入っちゃったのかだとしたら覗かなかったのは横島忠夫一生の不覚ではあるがそれはそれとしても立ちのぼる硫黄と石鹸の香りが!
香りが!
か・ほ・り・がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!

 僅か一瞬でそこまでの思考を展開し、既にオーバーフローしていた大脳皮質は、鼻腔を通して伝わった嗅覚刺激によって完全に焼切れた。そして残るは本能を凌駕した煩悩のみ。
 横島はHカップの胸の谷間に紐無しバンジーを敢行しようとして

「何をやっとる?」

 女体の神秘まであと数センチといったところで横島の手は掴まれた。

(エヴァちゃん?)

 横島の目が、つかんできたのは妙に眼光が鋭いエヴァだと認識した次の瞬間世界が回った。

 ビタァン!

 回ったのは横島だった。横島の体はエヴァにつかまれた手首を中心に半回転ひねり。うつ伏せの姿勢で床に叩きつけられた。あがったかもしれない悲鳴は、しかし巨大な手のひらで床を打ったような音でかき消されたらしい。

「ふんっ…」

 受身も取れずに食らった大打撃に横島が痙攣しているのを、エヴァは冷徹な表情で見下ろす。
 今まで割りとシリアスな会話をしていた相手が、突然車に轢かれたカエルのような状況になり、ネギもアスナも茫然自失。その中で一番に動いたのは、やはり一番状況が分かっていないしずなだった。

「あ、あの…横島さん、大丈夫かしら?」
「ぼかぁいつでも大丈夫です!」
『うひぃっ!』

 悲鳴を上げたのは、何事もなかったかのように跳びあがった横島以外の全員だった。横島は目を白黒させるしずなの手を取る。そしてわざとらしく驚きの表情を浮かべる。

「なんと!手がだいぶ冷たくなってるじゃないっすか、しずな先生!これはもう一度お風呂に使って温まり直すべきですよ!つーことで今から一緒に幸せバスタイムに…」
「独りで逝ってろ馬鹿者がぁっ!」

 しずなの全く冷めていない手を取って駆け出そうとした横島を、止めたのはやはりエヴァだった。
 横島の襟首を捕まえてしずなから引き剥がし、羽交い絞めにするエヴァ。引き離された横島は駄々をこねる子供のように暴れまわる。

「放せ!放せ、エヴァちゃん!」
「放すか!女と見れば見境なく飛び掛るなっ!」
「仕方ないやないか!俺は今、大人な女性の裸体に興味があるお年頃なんだぁぁぁぁぁぁっ!」
「万年発情期とは人間らしすぎるぞ、貴様というやつはわぁぁぅっ!?」

 語尾の変化は転倒のためだった。
 暴れまわる160以上の身長は、ぎりぎり130の体が支えるにはあまりにも大きすぎ、エヴァと横島は投げ出されたように床に転がる。
 着地の態勢は、横島の腹の上にエヴァが跨るというものだった。

「っつつ…」

 痛みをこらえながら、横島はクビだけを動かし、頭を少し上げる。そしてそこに、白い色を見た。
 それは暴れたために崩れたエヴァの浴衣から見えた、無地のパンツと色白い胸元だった。胸元は広がっただけで、肝心の一対のピンクの小果実は見えないが、その様子は半裸といってもいい具合だ。
 それを凝視する横島。エヴァは一瞬怪訝な顔をして、次の瞬間には羞恥を覚える。もしこれが普段なら、エヴァは自分が座っている人物に対して、羞恥の次に恥辱を感じ怒りを覚えて、その爪で心臓を抉り出すところだ、が…今回は次の羞恥の次に来た感情が違った。
 好奇心と、淡い期待。
 横島は――外見はともかく――健全な男性らしく、異性の裸体に興味がある。では、自分のこの姿に対してはどう反応するのか?うろたえるか?喜ぶか?
 羞恥心の中に芽吹いた好奇心と、それに付随する僅かな期待と不安。顔を赤く染めたエヴァは横島の顔を盗み見る。
 しかし、想像に反して横島の顔は無表情だった。横島は無表情のままで数秒の沈黙を経て―――

 思い出していただきたい。横島はロリコンではないと。
 横島が時々、己はロリコンではないと叫び、時に人格を分裂してまで迸る感情と戦うのは、相手が横島にとってのデットラインである高校生未満だからだ。しかも横島が反応するのは、高校生といわれてもある程度納得できる相手のみ。つまり、外見重視だ。
 そういう意味で、横島は真の意味ではロリ道に目覚めているわけではない。つまり、相手がもろに小学生レベルのエヴァの場合…


「平べったい」


「行くぞ茶々丸!その無礼者もつれて来い!」
「はい、マスター。では皆さん。失礼します」

 怒りもあらわに立ち去るエヴァに続いて、今までのやり取りでもエヴァの後ろに控えていた茶々丸も、硬直している三人と一匹にお辞儀をして立ち去った。その手には失言をかました人物の足が握られ、ボロボロの本体はモップのように引きずられている。
 残された者達は、茶々丸がそれを引きずった後に赤いラインが引かれていくのを目撃することしか出来なかった。


 刹那が入った部屋の中では、サバトが催されていた。

「いやぁぁぁぁっ!タマネギとイモリは喰うなら克服したけど一緒に煮込まれるなんていやぁぁぁぁぁっ!」

 刹那の脳が目に映ったものを理解する前に、悲痛な叫びが鼓膜をゆする。声の主は横島だ。横島は手足をがんじがらめに縛られて吊るされている。その真下には、ぐつぐつの煮立った大鍋。
 その鍋をかき混ぜるのは、哄笑というにはあまりに狂気にまみれた笑いをあげるエヴァ。

「くはははははっ!泣き叫ぶが良い!男の分際で立派な胸を持った罰だ!今こそ秘薬の材料となり、我が野望を果たすが良い!」
「秘薬っていっても豊胸薬だろっ!?そんなものの為に煮込まれたくないわいっ!」
「…!貴様!この秘薬を『そんなもの』と…!?私の―――否、私たち恵まれざる者達の悲願をそんなものと罵るか!?赦せん!――茶々丸、下げろ!」
「はい、マスター」

 答えた茶々丸の傍の壁にはハンドルがあった。そのハンドルは横島を結んでいるロープと、滑車経由で繋がっている。茶々丸が少しハンドルを回すと、横島を吊るしているロープに余裕ができ、横島の体が沸騰する液体に近づく。

「うわあああああああっ!」
「な、な、な、何をしているんですか、エヴァンジェリンさん!?」

 横島があげた悲鳴に、ようやく刹那の意識が現実に追いつく。
 エヴァは不機嫌を顔に表しながら、それでも刹那の方を向く。

「なんだ、桜咲刹那。今、良いところなのだ。せっかくこの馬鹿を処分しつつ積年の夢を叶えようとしているところだ」
「た、たす、助けてぇぇぇぇっ!」
「積年の夢か何かは知りませんがいいんですか?こんなことをして…」

 刹那は改めて部屋の内装を見渡す。宿について荷物を置いた時点では、この部屋はまだ平均的な和室だった。しかし今は、中央の畳は引き剥がされ沸騰する大釜が設置され、その真上には滑車、壁にはロープを巻き取るためのハンドルがついている。
 その劇的ビフォアーアフターっぷりに、これを見た宿の従業員は卒倒するだろう。

「後で直せば問題ない。それで何の用だ、桜咲刹那」
「あ、はい。その…もうじきウチの班が入浴の番ですので…。それと横島さんに少しご相談したいことが…」
「横島に相談?」

 エヴァはだいぶ高度を失った横島に目を向ける。横島は、目の前に蜘蛛の糸がぶら下がってきたカンダタのような表情を作っていた。

「相談!?俺に!?大丈夫!時間はあるからすぐにでも!つわけでエヴァちゃん!用事が出来たから開放してほしいんだけどいいかな!?」
「うむ。――――すまんが無理だそうだ、桜咲刹那。横島は忙しいらしい。やれ、茶々丸」
「はい」
「話を聞いてぇぇぇぇぇっ!」

 茶々丸が無表情にハンドルを回し、また横島はまた少し煮え湯に近づく。
 その地獄絵図に、刹那は引きつった表情を浮かべるが、エヴァから感じられる得体の知れない恐怖ゆえ、止めることができない。

「それから入浴に関してだが、すまんが一人で行ってくれ」
「熱い熱いぃ!し、飛沫が、沸騰のしぶきがぁぁぁぁっ!」

 入水まであと10センチといったところの横島を背後に、エヴァは平然と言う。
 刹那はその様子を見て思った。ああ、もう気にしたら負けだな、と。
 悟りの境地に少し近づいた刹那は、エヴァの背後にぶら下がった横島を無視することにした。

「ではザジさんと相坂さんは?」
「ザジ・レニーデイはどこに行ったか知らん。相坂さよなら、ホラ、そこだ」

 エヴァが指差したのは刹那の丁度頭上だった。刹那はぎょっとして見上げる。そこには丸まったさよが浮遊していた。

「むにゃむにゃ…もう飲めませぇん…」
「音羽の滝でこいつも酔っぱらったらしい。幽霊なのに器用な奴だ」
「足なんてただの飾りですぅ!偉い人にはそれが分からんのですぅ!…すやすや…」
「そ、そうですか…では、私一人で行ってきます」

 どう考えても60年前に死んだとは思えない寝言を口にする幽霊少女。
 刹那は自分の荷物が詰まった背嚢から、タオルと着替えを持ち出すと、逃げるように部屋を出て行く。
 もうこんなカオス空間にいたくない。

「ままままって!刹那ちゃん!俺は煮込みになるのは―――」

 刹那の背後で大きな着水音がしてそれっきり、叫びを求める声は聞こえなくなった。


「ふー、すごいね。これが露天風呂って言うんだってさ」

 満天の星を、湯船に使ったネギは見上げていた。その横には、酒杯を片手にしたカモもいて、頭にオコジョサイズの手ぬぐいを乗せている。

「風が流れて気持ちいーね」
「おうよ。これで桜咲刹那の件がなければなぁ」
「だからそれは横島さんの話を聞いてから考えようよ…」

 横島がエヴァに連れ去られた後、どうにか正常な思考活動を取り戻したネギ達は、しずなが去った後、夜の自由時間に横島を交えてもう一度話そうということになった。

「横島さんは、刹那さんは敵じゃないって言ってたよ」
「そうっすけど…横島の姐さんも結構甘いところがあるからなぁ…」
「そうでもないよ…」

 弛緩したように、岩に寄りかかりながら虚空を見上げるネギ。
 横島は甘くない。それは茶々丸に攻撃を仕掛けようとした日の保健室で理解している。

―――戦うって言うのは、相手を害する――傷つけたり大切なものを――仲間や恋人、夢や命なんかを奪いあうってことだ―――

「戦い…か…」

 風呂の熱に淡く揺らぐ思考で、ネギは自分の置かれた現状を考える。
 刹那かどうかは分からないが、少なくとも妨害した誰かが存在するのは確実だ。だとしたら、その人にもやはり大切なもの、譲れないものがあるのだろうか?自分が父を探しているのと同じように…。
 だとしたら、自分はその誰かの思いを蹴散らしてまで、親書を届ける権利があるのか?

「出来れば戦わずに…話し合いで何とかならないのかなぁ…」

 カモが言うとおり、それは甘い考えなのかもしれないが、ネギは呟きながら湯船の中で手足を伸ばす。
 その耳に、風呂場の出入り口でなったカラカラという音が聞こえてきた。続いて、お湯で体を流す音がする。

「ん?男の先生方かな?」

 ネギは新田か瀬流彦を想像して背にした岩越しに振り向いた。
 だが、その目に入ったのは真っ白な肌に包まれた細い肢体。

(せ、刹那さん〜〜〜〜!?)

 ネギは、自分の入っている風呂が、混浴だということを知らなかった。


 体を軽く湯で清めながら、刹那は我知らずため息を漏らした。

「あの人…本当に役に立つのか?」

 思い出すのは両手足を縛られて吊るされていた横島のこと。以前に挑んだ勝負と、停電の時に見せ付けられた圧倒的な実力は目を見張る。だが普段の言動が、思い切りマイナス方面に働いている。

(いざと言う時には、龍宮は頼れるとして…エヴァンジェリンはやはり不確定。あとは…)

 担任のネギ。僅か10歳で魔法学校を卒業するだけの才気を持つ少年。新幹線ではぎりぎりだったが親書を取り返した。
 その時点では、刹那の中でネギの評価はかなり修正されたが、その上昇分も京都についてからすぐに消失した。

(やはり所詮は子供か…)

 連続して仕掛けられる悪戯を、ネギは未然に阻止することが出来なかった。
 やはり、実力が不足している。これでは木乃香に何か合った時に助けを求めるどころか、ネギ自身の任務の遂行すら危ういのではないだろうか?

「東西友好の親書…」

 東西の関係が改善されれば、木乃香が西の術者達に狙われることは少なくなるはずだ。木乃香の膨大な魔力を狙う輩や、木乃香を政治的に利用しようとする輩は消えないだろうが、それでも危険はかなり軽減される。

(だが、あの少年に可能なのか?)

 刹那は京都についてからのネギを思い出し不安に思う。親書を届けるのに失敗すれば木乃香の安全とて、獲らぬ狸のなんとやら、だ。
 むしろ、ここは自分で動いた方が確実ではないだろうか?
 確かに親書を届ける特使の役を得たのはネギだが、役者が不足している。

「やはり、親書を確保するべきか」

 多少の問題はあるかもしれないが、ネギから親書を渡してもらい、自分で届けたほうが…。
 そこまで考えたとき、刹那は岩の陰に気配が動くのを感じた。

「誰だ!」

 誰何の声と同時に、刹那は指弾で照明を砕き、夕凪の柄に手を添える。
 岩陰から来た反応は、無言と大きく動く水音。

(刺客か!?)

 判断と同時に、何万回と繰り返した型の一つを体が再現する。
 それは、岩を斬る剣撃―――

「斬岩剣!」


 ネギが動いたのは仕方のないことだった。
 ――親書を確保すべきか――
 刹那が呟いたこの一言は、ネギの中で揺れていた天秤を傾けさせるのに十分な錘だった。

(何とかしなくちゃ)

 反射的に起こったネギの想い。それによる空気の変化を、刹那は殺気かと思ったのだ。


「!?」

 熱したナイフをバターに刺すように、振るわれた刀は岩を斬る。過ぎ去った白刃は、ネギの頭の掠め、髪の一束を切り捨てる。
 色を失いながらネギは背後を振り返る。刹那の姿が、綺麗な断面を見せて倒れる石柱越しに見えた。

(い、岩が真っ二つに…!)

 一直線に描かれた分離の痕は、成されたことが破砕ではなく切断だったという証拠。その技にネギは戦慄する。だがネギは、その衝撃をねじ伏せて、完成させた術式を発動させる。

「風花 武装解除(フランス・エクサルマティオー)!」

 距離をつめてくる刹那に、魔法のカウンターを打ち込んだ。魔法は狙いたがわず刹那の現状唯一の武装、手にした野太刀をはじく。

(まだだ…!)

 しかしネギは油断しない。武装がなくとも人は戦えるということも、ネギは横島から学んでいる。次は捕縛系の呪文で完全に無力化しなくてはならない。
 呪文の詠唱のために距離をとろうとするネギ。その判断は最善だった。

「フッ」

だが刹那は不適な笑みと、その最善を突き破る速度を見せる。
 ネギの視認速度をはるかに上回る加速で、刹那は間合いを詰める。ネギが刹那との間合いが既に手の届く距離になったと気付いたときに、勝負はついた。

ふぎっ、ぎゃぴっ!?

 反射的に声が出て、認識はその後だった。喉と陰嚢、二つの急所をネギは完全に抑えられていた。

「あふぅ…っ」

 人生初、というかそう何度あってもたまらない状況に、ネギは硬直する。

「何者だ?答えねば捻り潰すぞ?」

 温度を感じさせない冷徹な刹那の眼光と、ネギの涙目が向き合い…

「…って、アレ?」

 刹那の目から険が取れて丸くなる。打って変わって愛嬌すら感じられるような表情で自分が捕らえた不審者を見つめるが、それはどこからどう見ても

「ネ、ネギ先生?」

 問いかけるが、ネギはあわあわと言葉にならない声を上げて硬直するのみ。ネギの様子になぜと疑問を持ち、次の瞬間にネギの異常の原因が、自分だということに気付く。

「す、すみません、ネギ先生!」

 あわてて急所から両手を離して飛び退く刹那。
 失態だ。敵どころかよりにもよって味方に攻撃を仕掛けてしまうなど…!
 顔を赤くする刹那。対照的にネギは青くなり、がくがくと震えながら硬直したまま。

「お、おい、どうしたんだよ、兄貴。しっかりしろよ」
「あ゛わ、あ゛わわわわ…」

 カモの呼びかけにもこたえられないネギ。一方の刹那は、放した自分の左手―――のどではないほうの急所をつかんでいた手を見て、よりいっそう慌てる。戦闘モードとでも言うべき意識が抜け落ちた今、異性への免疫がない彼女にとって、子供とはいえ『それ』をがっちりと、というのは、いくらなんでも恥ずかしすぎる体験だ。
 思い出される触感が、刹那の意識の空回りを加速させる。

「いえっ、あの、これはその…!」
「あ゛わわ」
「仕事上急所を狙うのはセオリーで」
「あ゛あ゛わ、あ゛わあ゛わ…」
「えと…ご、ごめんなさい、先生!」
「あ゛わあ゛わわわあ゛わ…」

 正負両方向にそれぞれ混乱する二人。それに割って入ったのは、ネギの頭に乗ったかもだった。

「や、やいテメェ!桜咲刹那!やっぱりてめえ、関西呪術協会のスパイだったんだな!」

 精一杯尻尾を振り上げ威嚇して、カモは刹那に啖呵を切る。
 ネギを一瞬で無力化するような相手に、自分が敵うことはないだろうが、ここで逃げては男が廃る!
 かかってきやがれぇぃっ!
 脂汗が流れるのを感じながらも、つぶらな瞳に力を込めて、尊敬する兄貴を裏切った女を睨みつける。
 だが刹那にしてみれば、それは予想だにしていなかった冤罪だった。

「なっ、違う!誤解だ!違うです、先生!」
「何が違うもんか!ネタはあがってんだ!とっとと白状しろい!」
「わ、私は敵じゃない!」

 カモの追求のため、刹那は逆に平静を取り戻し、自分が裸であることを思い出す。落としたタオルを拾って体に巻いてから、湯船から突き出た夕凪を拾い上げて鞘に収め

「15番桜咲刹那、一応先生の味方です!」
「…へ?」

 鍔鳴りと共に言う刹那。その毅然とした態度と言葉に、ようやく落ち着きを取り戻したネギはどういうことかと聞こうとして…

『ひやぁああああぁぁぁぁぁあああああぁぁぁっ!?』

 しかしその問答は、突然に聞こえてきた悲鳴によって掻き消された。声は二つ。聞こえた方向は刹那が入ってきた扉の奥。しかもその二つの声に、刹那とネギは聞き覚えがあった。

「アスナさん!?」
「木乃香お嬢様!?」


「…悲鳴!?」

 ニンニクとイモリの煮汁が染み込んだ服から浴衣に着替えた所で、横島もその悲鳴を聞きつけた。即座に横島は窓から飛び出し、一つの文珠を手にする。

《衣》

 封印文珠は一瞬でその効果を発揮。浴衣と文珠内部に封印しておいた戦闘服が入れ替わり、白を基調にした姿は一瞬で闇夜に溶ける黒色へと変化する。

「マスター、私たちは…」
「ふん…魔力からして雑魚だ。行く必要もない」
「くーくー…友達百人〜♪…ZZZ…」

 背後から聞こえる言葉を聞き流しながら、横島は雨どいに片足を乗せて霊力を発揮。雨どいを霊的に強化すると同時に、蹴る瞬間に指向性を持たせて爆発。一気に加速を得て闇夜を舞う。
 悲鳴はおそらく木乃香とアスナのもの。聞こえたのは露天風呂の方。しかも微弱ながら魔力を感じる。
 つまり、このことが指し示すことは一つ。

「覗きかっ!?」

 魔力を感じたという事実をきっぱり無視して、横島は断定する。

(ロリコンは最低だ!人として誤ってる!高校生以下を覗くなど犯罪だ!そんな大人、修正してやるっ!)

 普段の貴様の反応は何だとか、相手が高校生以上でも覗きは犯罪だとか、いろいろと突っ込みどころのある考えを脳内に走らせながら、横島は二歩目のサイキックブーストを展開。空中を踏みしめ、さらに加速した。


「お嬢様!?」
「木乃香さん大丈夫ですか!?」

 息せき切って駆けつけたネギと刹那を待ち構えていたのは、想像に反する間抜けな光景だった。
 どうにも憎めない、つぶらな瞳の小猿たちが、アスナと木乃香の周りをウキウキ踊りながら…

「ちょ…ネギ!?何かおサルが下着をーーーっ!?」
「いやぁぁ〜〜〜〜ん!」

 と、嫌がる二人から、下着を剥ぎ取ろうとしている。
 緊迫感をそがれたネギはすべり、さすがの刹那も行動を取れない。
 だがそうこうしているうちに、サルは木乃香から

ウキッv
「あっ!」

 とばかりにブラを奪い

キーv
「やっ…!」

 とばかりにパンツも奪い

ウキキーーーッv
「いや〜〜ん」

 転んだ木乃香の周りで、戦利品を掲げて勝鬨の声を上げる。

「あ、せっちゃん、ネギ君!?あ〜ん、見んといて〜っ!」

 涙目で言う木乃香。その段になってようやく、ネギと刹那の意識が現実に追いついた。

「えうっ!一体コレは…!?」

 ネギが最初に示した反応は困惑だった。そしてもう一方、刹那はというと…

「木乃香お嬢様に何をするか!」

 憤怒だった。目が据わった刹那は、なんのためらいもなく夕凪を抜いて

「斬る!」
「え〜〜〜〜っ!だ、駄目ですよ!」

 性急過ぎるバイオレンスな反応に、ネギは慌てて刹那にしがみついて止めに入る。

「あっ、何するんですか、先生!?」
「おサル切っちゃカワイそうですよ〜〜〜っ」
「きゃっ!桜咲さん、何やってんの!?その剣、ホンモノ!?」

夕凪を見て目を丸くするアスナ。刹那はネギを振りほどこうとするが、動物愛護を訴えるネギは離れようとしない。

「こいつらは低級な式神!切っても紙に戻るだけで…わっ、わぁっ…!」

 無理に引き剥がそうとして、バランスを崩しかける刹那。その隙を突いて小猿の一匹が踊りかかった。だが、小猿の狙いは刹那ではなく、その身にまとっているバスタオル。

「わぁーーーっ!」
「きゃあっ!」

 二つの悲鳴が重なって、二人は折り重なるように脱衣所の床に転がる。そしてその体勢は、何たる偶然か、先ほど横島とエヴァ湯上がり休憩処で実演したそのままだった。ただし違うのは、刹那がパンツ一枚身に着けていない全裸だということで…
「うひゃぁっ!」
「あたた…あ?」

 ネギの上に乗った刹那は、自分とネギの位置関係に気付くと赤面し、思い切り後ずさる。そして胸元を隠しながら、赤い顔で叫ぶ。

「わ、私は味方といったでしょう!?邪魔をしないでください!」
「え…そんな、別に…」

 顔を赤くする二人。その隙にとばかりに、小猿たちは木乃香を担ぎ上げて浴場に向かう。
 それを見つけたアスナは声を上げた。

「待って、二人とも!木乃香がおサルにさらわれるわよ!」
「えっ!?」

 驚き戸の方を向くネギ。その時には既に刹那は駆け出していた。

「お嬢様!」
「あ、刹那さん!」

 呼び声に答えることなく、刹那は夕凪を構え、気を溜める。
 その顔には、既に赤面の残滓もない。

「神鳴流奥義―――」

 気がほぼたまりきったその時、突如、おサルの群れと刹那の間に、空中から毛むくじゃらの影が降り立った。その正体は、クマだった。

クマー!
「って、ぬいぐるみぃっ!?」

 アスナが驚きの声で言うように、それは本物の熊ではなく。巨大な熊のぬいぐるみだった。どう贔屓目に見ても三頭身に届かない体型と、首の蝶ネクタイにつぶらな瞳がその証拠。それにそもそも本物の熊は『クマー』と鳴かない。

(式神か…!)

 刹那は最後の踏み込みを前にして判断を迷う。
 今、ここで技を放ったら、その分木乃香の救出が送れ、下手をすれば取り返しのつかないことになる。だが、進路上を塞ぐこのクマを迂回することも出来ない。
 やはり、まずはこのクマを…!
 刹那が決断を下そうとしたその瞬間、空から声が降ってきた。

「そのまま突っ込め!」

 力の篭った迷いのない声に、刹那は思わず従ってしまった。
 跳躍し、熊の存在を無視するように一直線に木乃香へと跳躍。熊は刹那を叩き潰そうと両手を振り上げる。だが、その大きな頭に、横から黒い何かが飛来した。

「ヨコシマバーニングキィィィィィクッッ!」
『横島さん!?』
くまぁっ!?

 ネギとアスナの呼び声と、熊の叫びが重なった。
 黒い飛来物――横島は蹴りの反動で跳躍。マントを靡かせながら宙返り。一方のクマは回転しながら柵を突き破り、

くままままあああああぁぁぁぁぁ……

 突き破った先が勾配になっていたらしく、回転運動を続けながら、悲鳴を曳いて闇に消えていく。
 その悲鳴をBGMに、刹那は刀を振るう。

「百烈―――」

 その太刀筋は名の通り百の軌跡を闇に刻み…

「桜花斬!」

 その名の通り、式神たちを切り裂いて桜吹雪のように舞い散らせる。
 そして、支えを失い放り出された木乃香をそっと左手で抱きとめる。

「…あ…」

 紙ふぶきと夜空を背景にした、刹那のりりしい表情。それをみて、木乃香は小さく声を漏らす。
 刹那は木乃香の表情に気付かず、柵の向こうに立っていた木を見る。刹那が視線を向ける直前、枝が大きく揺れて木の葉がざわめく。
 明らかに誰かが、そしておそらく今の式神を動かしていた人物がいたのだろう。
 刹那は次に、跳んできてクマを蹴り飛ばした横島に目を向ける。その横島も木の上にいた誰かに気付いてはいるものの、動きを見せない。

「追わないのですか?」
「尻尾切りで終わる可能性が高いだろうからな。余計な戦いはしない主義だ」

 刹那と横島は周囲に他の仕掛けや気配がないかと目を配る。だがそんな様子はない。
 どうやら、完全に逃げたらしい。
 そう判断すると、刹那は肩から力を抜き、

「せ、せっちゃん…」

 すぐ近くから呼ばれた愛称に、刹那ははっとして自分の腕の中を見る。

「お、お嬢様!大丈夫でしたか!?どこか怪我は!?」
「う、うん…あらへんよ」
「そうですか…良かった」

安堵のため息をつく。
よかった…。自分は木乃香を護れたのだ。
自然と微笑がこぼれる刹那。
 それを見た木乃香は戸惑い、しかし明らかに喜びの笑顔を浮かべる。

「なんかよー分からんけど…せっちゃん、ウチのコト嫌ってる訳やなかったんやなー…」
「!?」

 木乃香の言葉に刹那はうろたえ、まるで電撃を受けたかのように後ずさる。その際、木乃香を抱き上げていた手を放してしまう。

「ひゃっ!」

 下の湯船に落ちる木乃香。取り落とした刹那はいっそう慌てて、助けの手を伸ばすことすら考えられえない。

「あ、いや、その…!し、失礼します!」

 その場で少し右往左往した挙句、自分でも良くわからない謝罪の言葉を残して、夕凪を片手に風呂場から逃げ出した。

「???」
「ちょっ、何よ、今のはー?」

 疑問だらけのアスナとネギ。そして、悲しげな表情の木乃香だった。

「せっちゃん…」

 脱衣所を切なげに見る木乃香。その肩に、ふわりと黒いマントがかけられる。横島だった。

「とにかく、これ着ろよ。それから、何があったのか教えてくれ」
「あ、ありがとな、横島さ……どうしたん?その鼻血?」
「ちょ、ちょっと着地に失敗しただけさ。決して中学生の裸を見てコーフンしたからってわけじゃないぞ?」

 横島は、あらぬ方向を向きながら片手で鼻を押さえ、慌てた様子で答えたのだった。
 どうやらエヴァくらいは完璧にアウトだが、アスナ達くらいに成長ならば、しっかりストライクゾーンを射抜いていたようだった。


 あの後、さすがに露天風呂を堪能するような雰囲気ではないので、ネギ達は上がった。

「ウチは大丈夫や。せっちゃんもウチのこと嫌ってる訳やないみたいやし。昔みたいに仲良うなれるよーがんばってみる」

 木乃香はそう言って、部屋に戻っていった。その笑顔は、新幹線のときのそれと比べれば、ずっと本来の笑顔に近かったが、それでも若干の無理が感じられた。
 とりあえずフロントのホールへと向かいながら、ネギは呟いた。

「木乃香さん、淋しそうでしたね」
「うん…。けど、桜咲さんって結局どうなってるのよ?
 何か凄かったし、敵なの?味方なの?」

 木乃香との間柄も気になるが、それよりもまず刹那の素性だ。いきなりホンモノの刀を抜いたかと思うと、なんだか分からないうちにおサルを切って紙にしてしまった。風呂の前に受けたスパイという嫌疑と、素人目に見ても凄まじい剣術、そして木乃香をおサルから救ったという事実。それらがごちゃ混ぜになり、解答を導き出すことが出来ない。

「えっと…本人は味方だって言ってましたけど…」
「とにかく本人と、それから横島の姐さんを交えて話をした方が良さそうだな」
「そうね…。って、そういえば横島さんは?」
「なんか、連絡するところがあるってどこかに行きましたよ」
「それじゃ、まずは桜咲刹那を探そうぜ」

 カモの言葉に、二人は頷いた。


 脚立に乗った刹那が、ロビーの出入り口に式神除けの札を貼っていると、公衆電話のところから、横島の声がしていた。

「―――そうっすか、分かりました。すみません。―――いえ、これも仕事っすから。んじゃ、あいつらにもよろしく言っておきます。
 ―――あ、ひのめちゃん?はいは〜い、ヨコチマですよ〜、今はお姉ちゃんだけど…。
 ―――くぅぅっ…あ、ありがとう!ひのめちゃんはいい子だなぁ…!お土産期待していいからなぁっ!」
(…家族…いや、違う。だが親しい相手か…)

 横島の楽しげな声を聞きながら、刹那は張りかけていた符を見つめる。
 思い出すのは先ほどの露天風呂でのこと。

―――せっちゃん―――

 笑顔と共に向けられたその言葉に、刹那はとても暖かいものを感じた。まるで冬の寒さの中に灯った火のような、安堵と温もり。
 その心地よい安らぎに、刹那は呼び返しそうになった。

―――このちゃん―――

 零れかけたその名前。しかし二つの感情が、喉まででかかったそれを押し留めた。それは羞恥心と…恐怖だった。
 痛みを和らげるその温もりはモルヒネのようなものだ。篝火に魅せられた羽虫のように、近づきやがては焼け墜ちる。
 ―――気付いたときには刹那は木乃香から跳び退いていた。
 その時には既に恐怖はなくなっていたが、しかしお湯の中に落としてしまった木乃香にどう顔向けしてよいか分からず、逃げ出してしまった。

「完璧ではない。だが、アレでよかったはず」

 刹那は自分に言い聞かせる。自分は木乃香と距離をとるべきであり、あの場はあの行動でよかったはずなのだ。
 だが、そういった明瞭な思考とは裏腹に、胸や腹腔には鉛のような重い靄が詰まっている。それを吐き出すように、刹那は大きなため息を吐いた。

「…はぁ」
「どうしたんだ?ため息なんて」
「きゃっ!?」

 突然の声に脚立の上の刹那は重心を乱す。しかし倒れる前に、その体と脚立は支えられた。

「あ、危なっ!…すまん。大丈夫か?」
「い、いえ…あ、ありがとうございます…」

 胸をなでおろした刹那は、バランスを崩した原因であり、しかし危ないところを助けてくれた恩人を見る。

「横島さん…」
「よう、何やってるんだ?」

 横島は詰問というより、単なる話題の取っ掛かりのような感じだ。

 ―――お土産期待していいからなぁっ!―――

 同時に、同じような口調で語られた、電話の内容が脳裏に浮かぶ。自分と同じ用に戦いに身をおき、しかし大切な相手と笑顔を交わせる横島。
 刹那の胸に、少し暗い影が差す。

「……式神除けの札を貼っているんです」
「ふうん…梵字ってことは陰陽術五行系というより仏教五大系か?」
「ええ」
「…えっと…手伝おうか?」
「結構です、これで終わりですので」

 つっけんどんな口調を自覚しながら、刹那は自己嫌悪を覚える。

(他人の厚意を嫉妬で跳ね除けるなど…)

 相手は、西の長――近衛詠春と同じように、自分の正体を異形だと知りつつも、それを気にせず手を伸ばしてくれる相手だ。例え出会いに遺恨を持とうとも、こういう態度を取るべきではない。それは分かってはいる。
 だが、ただでさえ人付き合いの経験が少ない刹那にとって、酷くこじれてしまった関係の修復など、未体験な領域の話だ。
ノウハウが全くない。だが、だからといって何もしないわけにもいかない。だから刹那はこちらから話しかけることにした。

「あの…それで、どういった用件ですか?」

 言ってから後悔する。
しまった。これでは用事がないならどこかへ行けと言っているように聞こえるではないか!?
 内心で歯噛みする刹那。しかし横島はむしろ安堵した様子で答えた。

「ちょっと聞きたいことがあってさ。できれば、ネギたちも一緒にいろいろ話をしたいこともあるし。木乃香ちゃんのことや関西呪術協会のこととか」
「お嬢様の?」
「ああ。…なんかあるんだろ?」

 横島の問いに刹那は沈黙で応えた。

「ま、今は言う必要はないけど…。
 もし何か合った時にネギや俺の力を借りようとか思ってるなら、話してもらいたいな」
「…そうですね。確かにそうかもしれません」

 刹那は頷いて脚立を降りた。丁度その言葉に重なるように、階段からネギの声が聞こえてきた。

「あ、いたいた。横島さん、刹那さん!」
「…とりあえず、ロビーでなんか飲みながら話そうか?」
「はい…」

 脚立を片付けながら、刹那は頷いた。


「なかなかやりますなぁ…」

 ホテル嵐山の外。千草は窓からこぼれる明かりを眺めていた。手には、焼け焦げた紙切れが握られていた。

「まさか跳び蹴り一発で熊鬼が滅ぼされかけるとは思わんかった」

 クマを模したと思われる紙切れは、その頭部に当たる部分がほとんど燃え尽きている。これは、かなり強大な霊力を叩きつけられた証拠だ。

「メドーサはんの見立ても完全な間違いではなかったんやなぁ」

 だが、相手の戦力は大まかにつかめた。
 気をつけるべきは神鳴流の剣士とあの異能者だけだ。西洋魔法使いの子供は何とでもなるし、あの騒ぎでも『闇の福音』は動かなかった。

「やっぱり作戦通りに行きまひょか…?」

 呟く千草の背後に、大きな羽音がした。
 降りてくるのは黒い羽と鳥の頭を持った人型の異形―――烏族だ。

「言われたとおり、アレは仕掛けたぞ」
「おおきに。後はタイミングを見計らって作戦通りに…v」


 ここであの横島忠緒とかいう小娘を始末すれば、メドーサ達に大きな顔をされずにすむ。しかも木乃香を手に入れれば、あの東と通じるような裏切り者を長の座から引き摺り下ろし、関西呪術協会を――いや、日本の魔法界を傘下に治めることも可能だ。その暁には、あの忌々しい西洋魔術師どもを一掃してやる。

「うふふっv楽しみやわぁ…」

 千草は顔に、勝利を確信した笑顔を浮かべた。


つづく


あとがき
 親が趣味で作った菜園の手伝いで、微妙に時間が奪われている詞連です。
 前回、あんな大口叩いたのに誤字の嵐…ごめんなさい、驕ってました。
 さて今回は本編描写を大幅に削り、珍しくもSS1話で本編1.5話ほど進めさせていただきました。どうでしょうか?本来ならこのくらいのペースで進めたいと思ってはいるのですが、なにぶん遅筆な上に書くことをまとめられず…。やはり精進が必要です。
内容は、横島がアホな行いに走った以外は本編準拠。ただしネギ以外に刹那、横島の視点を加えて、といった感じでした。

では、レス返しを…

>不思議な風氏
 楽しんでいただけて幸いです。これからも更新がんばります。

>TA phoenix氏
誤字指摘ありがとうございます。
 刹那の心理描写をお褒め頂きうれしいです。

>鉄拳28号氏
 本当に毎度、ご指摘ありがとうございます。
 リンクについてはこちらの投稿ミスです。再投稿ではレスが消えてしまいますし、ここは管理人様に頼んでみようかと思ってます。
 ちなみに刹那から見てエヴァは、戦力的には申し分ないが信用できないといった感じです。

>D,氏
 入浴は隙を突いてということで。エヴァ横は現時点では一番人気といったところでしょうか?刹那はどうなることやら。なるべく幸せにしてあげたいものです。

>三面鬼氏
 そうではなくて、ここで「違うんじゃないか」とか「こんなはずない」と言われても修正が利かないので勘弁してくださいという意味です。後半分はネタです。
 批判はむしろ歓迎するタイプなので、今後とも厳しいお言葉をよろしくお願いします。

>アイギス氏
 残念ながらキーやんじゃありません。司書の方です。

>T城氏
 はい。クウネルがいます。単なるネタなので本編には絡みませんが(笑)
 エヴァと原作ネギの相対や刹那犯人説、気に入っていただけたようでうれしいです。

>rin氏
 踊るエヴァ。普段は大人なのに、時々こういう行動をとって、その照れ隠しに暴れるというのが、私的なエヴァちゃんの行動解析です。

>暇学生氏
 申し訳ありません。清水はカットしました。まあ、エヴァちゃんはなんだかんだで大人ですから、普通に観光して楽しんだのでは?

>ruin氏
 ご期待に沿えるようにがんばります。

>心氏
 他にも居るはずない男や精進を決意した少年も居ます。

>スケベビッチ氏
 ネギ側の戦力は大幅アップしていますが、敵も相応にパワーアップしてます。
 刹那の葛藤は、横島の不用意な一言で泥沼化しています。

>ヨシくん氏
 お気遣いありがとうございます。
 刹那パート、納得していただけたようで何よりです。
 ロリコンじゃない?
 ふふふっ、自分を偽っちゃいけません。さぁ!オープン・ザ・マインド!


>kurage氏
 エヴァ横コンビ、まずは今から向かう関西を制覇や!なんて言ってみたい衝動に駆られますね。
 ネギは基本的に努力型の天才ですから、エサを与えればばしばし延びます。そろそろ成長抑制するべきか?
 次回もがんばります。

>天飛氏
 こんなオカマに惚れなければネギ君もこうはならなかったろうに…(-人-)南無〜

>わーくん氏
 とりあえず、厳密な斑行動はなかったはずですし一緒の行動は減らないかと。
 刹那ちゃんの心がどう開かれていくかは秘密ですが、不幸にだけはしない所存です。
 ザジさんの活躍は…原作で本人がほとんど動いてないからなぁ〜。動かし方が解からないですので今回は…すみません。

>ヘルマスター氏
 楽しんでいただけているようで幸いです。
 朝倉の事件は何とか帳尻を合わせられるようにがんばります。

>流河氏
 こんにちは。ひょっとして以前レスをしていただきませんでしたでしょうか?
 とりあえず、クウネルはネタだけの登場なので、本編にはかかわりません。

>MAHA氏
 キス争奪戦。構想はできております。忠緒には徹底的に暴れてもらう所存です。

>舞―エンジェル氏
 確かにあの二人はいい味出してますよね。
 五月がやってるチャオの屋台にサッちゃんがキーやんをつれてやってきたり(笑)
「おう、サッちゃん!こいつが前にいうてたキーやんちゅうやつや!」
――いらっしゃい、はじめまして――
「おや、あなたもサッちゃんなんですか?」みたいな。
 ちなみに残念ながらここの横島とあの二人は、互いに知っている程度で気安く呼び合うような間柄ではありません。……少なくとも今のところの設定では。
 惚れる予定の女の子…メインキャラへの言及は控えますが、とりあえず、予想外のところで一人計画しています。実際使用するかは迷っているところですが。

>神[SIN]氏
 とりあえず、メド、デミ、ベルは出ます。他にも敵キャラはGSから増員しますが、ポチと死津喪は出る予定がないです。
 両面スクナがメド達にとってどれだけの戦力になるか…
 そこは秘密というところで。


ふぅ、レス返し終了。
 さて、次回はちょっとバイオレンスになる予定です。
 来週も締め切りが守れるようにがんばります。では…。

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