「それでは第2試合、96番、97番前へ!」
立会人に言われ、アスカとカヲルは互いに視線を交わす。
「カヲル、手加減したら許さないわよ」
「出来れば、このまま戦わないで済むと嬉しいな〜、なんて」
「アンタね……」
ハァと溜息を吐き、頭を押さえながらアスカとカヲルは対峙する。
「レイ、どうなんだ? ぶっちゃけあの2人」
「何が?」
レオリオに尋ねられ、レイはヒソカ戦で怪我をした箇所に包帯を巻きながら返す。
「あの2人の実力だよ。アスカはまぁ……トリックタワーで見たけど、カヲルの実力は知らねぇからな」
「(そういえば俺も……)」
ゴンも4次試験はカヲルと行動を共にしていたが、実際、彼の実力は知らなかった。が、ヒソカを足止めしたり、ゲレタに気付いているぐらいの実力はあるようだ、というのは認識しているゴン。
「…………2人とも強いわよ……ただ……」
「ただ?」
「それでは始め!!」
レオリオが聞き返す前に、試合開始の合図が告げられる。
「はぁ!!」
バキャ!!
アスカの放った回し蹴りがカヲルの顔面に直撃する。カヲルは派手に吹っ飛んで転がると、壁に激突した。余りにも呆気無さ過ぎてポカーンとなる一同。アスカ自身、目を点にする。
「ちょ、ちょっとカヲル! アンタ、何で何もしないのよ!?」
「フフ……」
パラパラと瓦礫をどけながら起き上がるカヲル。彼は鼻血を垂れ流しながらも、アルカイックスマイルを浮かべている。
「アスカ君、僕達は仲間だよ。なのに何で戦う必要があるんだい?」
「いや、試験だし……」
「僕は君とは戦いたくない。共に同じ者を目指す者同士、どうして戦わなくちゃいけないんだい?」
「だ〜か〜ら〜、ハンター試験だからでしょうが!」
「ああ、僕は悲しいよ。君が、そんな事の為に仲間と戦おうとする冷血漢だなんて」
キラキラ〜と瞳から清い液体を流し、カヲルは片手を天井に広げ、もう片手を胸に当てる変なポーズを取って語る。その姿は、近い将来、誕生するであろうバイオリンを弾く蟻みたいである。
その姿を見て、ヒソカとギタラクル、そしてレイ以外の面子は唖然と言葉を失う。試験官達も含めて。
「あんな性格だから、アスカとまともな勝負が出来るかどうか……」
前々から変な奴とは思っていたが、予想以上だったのでゴン達は絶句する。何故かカヲルの周りにバラが咲き乱れているような気がしてならない。
ちなみにカヲルのインパクトが強過ぎて、誰もアスカに対して『冷血“漢”』じゃない、というツッコミが出来なかったりする。
「しかも同性愛好者だし」
「「「「何!?」」」」
レイの爆弾発言に、皆が異様な反応を示す。が、カヲルは憂いの視線をレイに向けて訂正した。
「違うよ、レイ。女性も好きだよ。ただ、気に入った人物には、心底、愛情を注ぎたいだけさ」
「(う〜ん……彼とは気が合いそうだ)」
何故かヒソカが笑顔でウンウンと頷いた。
「ああ! アスカ君……僕は君と戦う事は出来ない」
「アンタね……」
目を閉じて、ピクピクと額に青筋を浮かべるアスカ。その瞬間、カヲルの双眸がキラン、と光り、彼女の背後に素早く回り込んで腕を捻った。
「痛! ア、アンタ……!」
「ふっふっふ。油断大敵だよ、アスカ君」
「ア、アタシとは戦いたくなかったんじゃないの!?」
「勿論。だから此処は君が素直にギブアップしてくれると嬉しいな♪」
「アンタね〜……」
ギリギリと腕の関節を極められ、アスカは苦痛の表情を浮かべる。それを見て、一同は言葉を失う。
「な、何て卑怯な野郎だ」
「確かに勝負で油断したアスカも悪いと言えるかもしれんが、今のは流石に……」
クラピカも額を押さえて表情を引き攣らせた。
「ふ……愛しいからこそイジめたくなるのも人の心、というものだよ」
「(本当、気が合いそうだね〜)」
ヒソカは思いっ切り納得するように頷く。
「カヲル……今更、貴方の性癖について文句は言わないけど……相手が誰だか忘れてない?」
「ん?」
ふとレイに言われ、何やら黙っているアスカを見ると彼はハッとなる。
「カヲル……アタシも甘かったわ。でもね……許される事と許されない事って、この世にあんのよ。分かる?」
「ア、アスカ君?」
「アンタが、そんな汚い手ぇ使ってくれると、アタシもやり易いのよね」
「お〜い……」
「いっぺん……反省しなさーーーーーっい!!!!!!!!」
カヲルの拘束を振り解き、思いっ切り蹴りを放つアスカ。
「ちょ、ちょっと待……」
慌てて手を広げるカヲルだったが、ガシャアアアアンと何かが割れる音が鳴り響き、カヲルは先程よりも派手に吹っ飛んだ。壁に激突し、ピクピクと痙攣しながら、立会人に言った。
「ギ、ギブアップ……」
そして、ガクッと力尽きた。
「いや、参った参った」
頭に包帯を巻かれたカヲルは笑顔を浮かべて言う。アスカは、そんな彼の頭を後ろから踏み付ける。
「アンタね〜……そんな性格だといずれ友人失くすわよ?」
「僕には君達さえいれば十分だよ」
「私、友人やめるわ」
「アタシも」
「う〜ん、手厳しい」
と、言いながらもレイとアスカはカヲルに包帯を巻いている。ゴン達は、この3人って仲が良いのか悪いのか、信頼し合ってるのかしてないのか分からなくなって来た。
「それでは続いての試合を行います! 294番ハンゾー、405番ゴン、前へ!」
新しい立会人に呼ばれ、ゴンとハンゾーが前に出る。
「私、立会人を務めさせて頂きますマスタです。よろしく」
「よぉ、久し振り」
立会人が名乗ると、ハンゾーが話しかける。
「4次試験の間、ずっと俺を尾けてたろ?」
「! お気付きでしたか」
「当然よ。4次試験では受験生一人一人に試験官が尾いてたんだろ? まぁ他の連中も気付いてたとは思うがな」
「(全然、知らなかった)」
「あえて言う事も無いと思ってたんだが」
どうやら気付いてなかったのはゴンとレオリオだけのようで、クラピカやキルア、アスカ達も気付いていたようだった。
「礼を言っておくぜ!! 俺のランクが上なのはアンタの審査が正確だったからだ!」
「はぁ……」
「それはそうと聞きたい事があるぜ!」
「何か?(よー喋るやっちゃな)」
「勝つ条件は『まいった』と言わせるしかないんだな? 気絶させてもカウントは取らないし、TKOもなし」
「はい、それだけです」
それを聞いて、ハンゾーはチラッとゴンを見る。
「(なるほど……こいつはちっと厄介かもな)」
この試験のえげつなさを感じたハンゾーに対し、ゴンは相手の力量を探っている。
「(強そうだけど体力とスピードなら俺だって負けないぞ。速さでかき回して勝機を見つける!)」
「それでは……始め!」
開始の合図と共にゴンは駆け出し、スピードで撹乱しようとする。が、それにハンゾーがすぐ追いついて来た。
「!!」
「大方、スピードに自信アリってとこか。認めるぜ」
そう言うと、ハンゾーはゴンの首筋に思いっきり手刀を振り下ろした。
「子供にしちゃ上出来だ」
あっという間に地面に倒れるゴン。
「体術じゃ相手の方が一枚も二枚も上手だね〜」
「っていうか、今の攻撃……」
アスカは少し冷や汗を浮かべ、ゴンを見る。
「さて、普通の決闘なら、これで勝負アリなんだがな……」
が、この勝負にTKOはない。ハンゾーはゴンを起こして活を入れてやる。
「ほれ、目ぇ覚ました」
「う……」
目を覚ましたゴンは視界がボヤけ、体が揺れた。
「気分最悪だろ? 脳みそがグルングルン揺れるように打ったからな。分かったろ? 差は歴然だ。早いとこギブアップしちまいな」
「いやだ」
アッカンベーして拒否するゴン。途端、ハンゾーがゴンの頭を叩いて脳を揺らした。ゴンは、まるで凄いスピードのコーヒーカップに乗ったような感覚に陥り、嘔吐した。
「げほっ!」
「良く考えな。今なら次の試合に影響は少ない。意地張ってもいい事なんか一つもないぜ。さっさと言っちまいな」
「〜〜〜〜〜!! 誰が言うもんか!!」
ドボッ!
「ぐ!」
維持を張るゴンに、ハンゾーは更に攻撃し、彼の嘔吐は激しくなる。
「ゴン! 無理はよせ! 次があるんだぞ、此処は……」
「じゃあ、貴方が彼の立場ならギブアップする?」
ゴンに退くよう叫ぶレオリオに対し、レイが質問する。
「死んでも言うかよ!! あんな状態で偉そうにしやがって! 分かってるが、言うしかねーだろうが!」
「矛盾だらけじゃない」
「だが、気持ちは分かる」
目を細めてレオリオを見るレイに対し、クラピカがレオリオに同意した。彼もゴンに退くよう心で祈る。
「全く……会長の性格の悪さと来たら、私達の比じゃないわよ」
それを見ていたメンチも冷や汗を浮かべて言った。
「前二つはともかく、基本的に気軽に『まいった』なんて言える奴が、此処まで残れる訳ないじゃないの。一風変わったどころか、とんでもない決闘システムだわ……! あの子、ヤバいわよ」
それから3時間が経過した。窓の外の空は赤く染まり、ホールを静寂が包む。ハンゾーの足元には、胃の中のものを全て吐き出したゴンが倒れていて、ピクリとも動かない。
「起きな」
「ぐ……」
更にゴンを起こそうとするハンゾーにレオリオが怒声を上げる。
「いい加減にしやがれ! ぶっ殺すぞ、テメー!! 俺が代わりに相手してやるぜ!!」
「見るに耐えないなら消えろよ。これからもっと酷くなる」
怒りでレオリオが前に出ようとしたが、他の立会人達が道を塞いだ。
「1対1の勝負に他者は入れません。仮にこの状況で貴方が手を出せば、失格になるのはゴン選手ですよ」
そう言われ、レオリオは唇を噛み締めて震える。
「大丈夫だよレオリオ……」
「!!」
そこへ、ゴンが起き上がり、辛そうながらも笑みを浮かべて言った。
「こん……なの、全然平気さ。ま……だまだやれる」
ゴンの執念に流石のハンゾーも焦り出した。そして、ゴンを倒すとハンゾーは彼の腕を後ろに捻って力を入れる。
「腕を折る。本気だぜ……言っちまえ!!」
「……………いやだ!!!」
ボキッと言う鈍い音がホールに響く。ゴンは声にならない悲鳴を上げ、左腕を押さえて蹲る。
「さぁ……これで左腕は使い物にならねぇ」
それを見て、レオリオは拳を強く握り締め、歯を噛み締めながら震える。その表情は怒りに満ちている。
「クラピカ、止めるなよ。あの野郎が、これ以上何かしやがったら、ゴンにゃ悪いが抑え切れねぇ」
たとえゴンが失格になろうとも飛び出すつもりでいるレオリオ。
「止める? 私がか? 大丈夫だ。恐らくそれは無い」
クラピカも止めるどころか割って入るつもりのようだ。
「痛みでそれどころじゃないだろうが聞きな」
ハンゾーはそう言うと、突然、片手で逆立ちをしながら語り出した。
「俺は“忍”と呼ばれる隠密集団の末裔だ。忍法という特殊技術を身につける為、生まれた時から様々な厳しい訓練を課せられて来た。以来18年。休むことなく肉体を鍛え、技を磨いてきた。お前位の年には人も殺している」
「(威張るほどの事じゃないけや)」
それに対し、キルアは内心、鼻で笑う。キルアにとって殺しは日常茶飯事。もっと幼い頃から多くの人間を殺している。
ハンゾーはまず親指を上げ、四本の指で逆立ちする。
「こと格闘に関して、今のお前が俺に勝つ術はねぇ!」
それから、3本、2本、そして1本の指で逆立ちする。
「悪い事は言わねぇ。素直に負けを認めな」
そう言い、ゴンを睨むハンゾーだったが、いきなり彼の視界が暗転する。いつの間にか、ハンゾーの目の前まで来ていたゴンは、彼の顔面に思いっ切り蹴りを入れた。
ハンゾーは派手に床に倒れ、ゴンは左腕の痛みで倒れた。
「って〜〜〜!! くそ! 痛みと長いお喋りで、頭は少し回復して来たぞ」
「よっしゃァアア!! ゴン!! 行け!! 蹴りまくれ!! 殺せ! 殺すのだ!!」
「それじゃ負けだよ、レオリオ」
興奮して変な応援するレオリオをクラピカが宥める。
「18っていったら俺と6つ位しか変わらないじゃん。それにこの対決はどっちが強いかじゃない。最後に『まいった』って言うか言わないかだもんね」
ゴンの言葉にハンゾーは「へっ」と笑うと立ち上がる。
「わざと蹴られてやった訳だが……」
「「嘘つけーーーー!!!」」
そう言うハンゾーだったが、鼻血を垂らして、薄っすら涙も滲んでいる彼の顔を見て説得力が無く、レオリオとアスカがツッコミを入れた。
「分かってねーぜ、お前。俺は忠告してるんじゃない。命令してるんだ。俺の命令は分かりにくかったか? もう少し分かり易く言ってやろう」
そう言いながら、ハンゾーは腕の包帯から刃を出す。
「脚を切り落とす。2度とつかないように。取り返しの無い傷口を見れば、お前も分かるだろう。だが、その前に最後の頼みだ。『まいった』と言ってくれ」
「それは困る!!」
全く意外なゴンの返答に、ハンゾーを始め、皆がキョトンとなる。
「脚を切られちゃうのはいやだ!! でも降参するのもいやだ!! だから、もっと別のやり方で戦おう!」
「な……テメー、自分の立場分かってんのか!?」
余りにも我が侭なゴンの台詞に皆、唖然となる。すると、ヒソカが「くっ……」と笑い出し、他の皆もつられて笑い出した。
「くくく……我が侭もあそこまでいくと面白いね」
「ありゃ大馬鹿か大物のどっちかだわ」
「…………前者に2000ジェニー」
楽しそうに笑うカヲル、呆れ果てるアスカ、そしてそのアスカにゴンが大馬鹿である方に賭けるレイ。
「勝手に進行するんじゃねーよ、なめてんのか!! その脚、マジでたたっ切るぜ、コラ!!」
「それでも俺は『まいった』とは言わない!! そしたら血がいっぱい出て、俺は死んじゃうよ」
「む……」
「その場合、失格するのはあっちの方だよね」
「あ、はい」
「ほらね。それじゃお互い困るでしょ。だから考えようよ」
先程まで完全に自分が主導権を握っていたのに、いきなりゴンが主導権を握る形になってしまい、ハンゾーは怯んでしまう。
「もう大丈夫だ。完全にゴンのペースだよ。ハンゾーも……我々も全部巻き込んでしまっている」
いつの間にか、クラピカもレオリオも先程まで感じていた怒りがどこかにすっ飛んでしまっていた。試験官や立会人も皆、苦笑している中、キルアだけは憮然としていた。
「(なんだよ……!? 現状は何も変わってない! ゴンがあいつより強くなったわけでも、折れた腕がくっついたわけでも何でもない!)」
それなのに、先程までの殺伐としていた雰囲気があっという間に緩んでしまった。キルアは、それが何でなのか理解できなかった。
ハンゾーはギリッと唇を噛み締めると、刃をゴンの額に突き出し、皮一枚で止めた。
「やっぱりお前は何にも分かっちゃいねぇ。死んだら次もクソもねーんだぜ……片や俺は此処でお前を死なしちまっても、来年またチャレンジすれば良いだけの話だ! 俺とお前は対等じゃねーんだ!!」
「(その通りだぜ、ゴン。いくらお前が口八丁で煙に巻こうとしても、戦闘技術に差がありすぎる。その差をこの場でなんて埋められっこない! 所詮、実力差が全てなんだ……!)」
キルアの考えるように、クラピカが試合に割って入ろうと一歩、前に出るがレオリオが手を上げて止めた。彼の表情は笑みを浮かべている。
ゴンは額から血が流れているにも関わらず、まっすぐな瞳でハンゾーを見据える。
「何故だ? たった一言だぞ? それで来年、また挑戦すれば良いじゃねーか。命よりも意地が大切だってのか!! そんな事でくたばって本当に満足か!?」
「…………親父に会いに行くんだ」
ハンゾーの吼えるような問いかけに、ゴンは静かに答える。
「親父はハンターをしてる。今は、すごく遠い処にいるけど、いつか会えると信じてる。でも……もし、俺が此処で諦めたら、一生会えない気がする。だから退かない」
全ては父に会う為。そう強く言うゴンに、ハンゾーは刃を強く押す。
「退かなきゃ……死ぬんだぜ?」
それでもゴンは退かない。その目には、強い意志の光が宿っている。
「(理屈じゃ……ねーんだな)」
ハンゾーはハァと溜息を吐くと、踵を返して刃を戻した。
「まいった。俺の負けだ」
ハンゾーの敗北宣言。それにゴンは驚き、レオリオとクラピカも言葉を失う。
「俺にはお前は殺せねぇ。かと言ってお前に『まいった』と言わせる術も思い浮かばねぇ。俺は負け上がりで次に賭ける」
その言葉に、ゴンはムッとなり、ハンゾーを引き止めた。
「そんなのダメだよ!! ズルい!! ちゃんと2人でどうやって勝負するか決めようよ!!」
それにハンゾーはフッと笑う。
「言うと思ったぜ」
が、振り返った途端、ゴンに向かって怒鳴るハンゾー。
「バカかこの!! テメーは、どんな勝負しようがまいったなんて言わねーよ!!」
「だからって、こんな風に勝っても全然嬉しくないよ!!」
「じゃ、どーすんだよ!?」
「それを一緒に考えよーよ!!」
「要するにだ……俺はもう負ける気満々だが、もう一度勝つつもりで真剣に勝負をしろと? その上でお前が気持ち良く勝てるような勝負方法を一緒に考えろと? こーゆー事か!?」
「うん!!」
「アホかーーーーーーっ!!!!!!!」
神がかっている我が侭にハンゾーはブチキレ、ゴンを思いっ切りぶっ飛ばす。車田チックに吹っ飛ばされたゴンは、床に激突して気絶した。
「おい審判。俺の負けだ、2回戦に行くぜ。しかし、委員会に言っておくが、これで決着したなんて思うなよ。そいつが目覚めたら、きっと合格は辞退するぜ。一度決めたら意志の強さは見ての通りだ。不合格者はたった1人なんだろ? ゴンが不合格なら、俺達のこの後の戦いは全て無意味になるんじゃないか?」
その質問に対し、ネテロはキッパリと答えた。
「心配御無用。ゴンは合格じゃ。本人が何と言うと、それは変わらんよ。仮にゴンがごねてワシを殺したとしても、合格した後で資格が取り消されることは無い」
「なるほどな」
ハンゾーは納得し、戻ろうとするとすれ違いざまにキルアに尋ねられた。
「何で、わざと負けたの?」
「わざと?」
「殺さず『まいった』と言わせる方法くらい心得ている筈だろ。アンタならさ」
その質問に答えるハンゾーに、皆が注目する。確かに忍者である彼なら、キツい拷問方法ぐらい心得ているだろう。
「俺は、誰かを拷問するときは一生恨まれる事を覚悟している。その方が確実だし、気も楽だ。どんな奴でも痛めつけられた相手を見る目には負の光が宿るもんだ。目に映る憎しみや恨みの光ってのは訓練しても中々隠せるもんじゃねー。しかし、ゴンの目にはそれが無かった。信じられるか? 腕を折られた直後なのによ。あいつの目は、そのこと忘れちまってるんだぜ」
言われて、キルアはその時のゴンの目を思い出す。確かに負の光など微塵も感じさせない。強い意志の篭った目をしていた。
「気に入っちまったんだ、アイツが。敢えて敗因を挙げるとしたら、そんなとこだ」
少し照れた様子で答えるハンゾー。キルアは、彼がそんな理由で負けを認めた事が未だに納得出来なかった。
「!!」
ゴンが目を覚ますと、自分はベッドの上でカーテンから風が吹いた。
「おや、目覚めましたか」
ベッドの横の椅子では、サトツが本を読んでいた。ゴンが目を覚ますと、彼は椅子の向きを変える。
「此処は……」
「最終試験会場横の控え室です」
「(そっか……ハンター試験の最中だったんだ)」
ゴンはギプスの巻かれている左腕を見て、試合の後、ハンゾーにぶっ飛ばされて気絶したのを思い出した。ジッと左腕を見るゴンに、サトツが言ってきた。
「腕はすぐ、くっ付きますよ。むしろ完治後には丈夫になるくらいですもんです。何はともあれ……合格、おめでとうございます」
スッとサトツが手を差し出して来ると、ゴンは神妙な顔になる。
「サトツさん……俺」
「ダメです」
ハンゾーの言ったように、合格を辞退するような事を言おうとしたゴンの言葉を遮るサトツ。サトツは、無理やりゴンの右手を掴んで握手しながら言った。
「不合格者が何を言っても合格出来ないのと同じく、合格した者を不合格にする事も出来ません。後は君の気構え次第ですよ。自分にプロの資格がないと判断したら、ライセンスカードを処分するのも封印するのも自由です。売却するのも良いでしょう。どうせ、他人には使用不可です」
それでも大金で買いたがるような物好きは沢山いると、サトツは付け加える。
「ただし、一度合格した者が再び試験を受ける事は出来ませんがね。先人達の偉業の甲斐もあり、プロのハンターはかなり優遇されています。それ故、悪用のみを考えて試験を受けに来る輩も後を絶ちません」
そんな連中がいなければ、本当は全員を合格にしても構わない、とサトツは少し残念そうに言いながら、預かっていたゴンのライセンスカードを胸ポケット出して見せる。
「殆どのプロハンターにとって、このカードは命よりも大事なものであると同時に、意味の無いガラクタ同然のものでもあるのです。大事なのは、ハンターになってから何を成したのか、ですよ」
「…………サトツさんは、どんな仕事をしてるの?」
「主に遺跡の発掘と修復・保護です。以前は名誉を求め、発掘のみに心血を注いでいましたが、あるハンターの仕事を見てそんな自分が恥ずかしくなりましてね」
サトツは、そのハンターのした事を語った。資材を使って完璧な修繕を行い、将来的な遺跡の保護を考慮に入れた上で一般の人々も観る事が出来るように環境整備が施された。サトツは、遺跡の美しさよりもその作業工程に打ちのめされたそうだ。
現在、そのハンターが行った仕事が遺跡管理のマニュアルとして世界的に取り入れられている程だと彼は言う。
「会った事さえないのですが、私にとってその人が手本です。一度会って、礼を言うのも私の夢の一つですね。ルルカ遺跡って聞いた事ありませんか?」
その遺跡の名前を聞いてゴンは目を見開く。それは、かつて故郷のくじら島で出会った父、ジンの弟子であるカイトが語った、父の発掘した遺跡の名前だったからだ。
「興味があれば一度、行ってみると良いでしょう」
「うん!」
「ゴン君……このカードを使う時期は自分で決めれば良い。君なら、それが出来るでしょう」
「うん」
ゴンは納得がいったようにサトツからカードを受け取る。
「これまで色んな人に助けて貰っていっぱい借りも作ったしね。それを全部返してから、使う事にするよ」
サトツは笑って頷き、再び手を差し出す。
「改めて、合格おめでとうございます」
「ありがとう」
今度は、ゴンも戸惑わずにサトツの手を握り返した。
その頃、ゴンとサトツの会話を外の木の陰に隠れて聞いている者がいた。
「ふふん。面白い坊や。ヒソカが目をかけるのも分かるわ」
4次試験で試験を抜けたアクアだった。彼女は腕を組んで木にもたれかかり、フッと笑っていた。4次試験が終わった後、こっそりと最終試験会場に忍び込み、最終試験の様子を伺っていた彼女は、これから帰る所だった。
「もう良いか?」
その時、木の枝の上で寝ていた少年が声をかける。10歳ぐらいのまだ幼い少年で、金髪を逆立て、エメラルドグリーンの瞳をしている。白い半袖のカッターシャツにネクタイを締め、ジーンズを穿いている。
「マルクト……」
「よっと」
マルクトと呼ばれた少年は木から飛び降りると、チラッとゴンのいる部屋を見る。
「ったく……試験が気になるなら、抜けなきゃ良かっただろうが」
「まぁまぁ。それで面白いものが見れたっしょ? あの子も相当、面白い子だし」
「まぁな……が、それとこれとは話が別だ。行くぞ。マスターから他の奴、探してくれって頼まれてんだ」
そう言い、2人はホテルから離れると、マルクトが掌を広げる。すると、バスケットボールぐらいのサイズの卵が掌に現れ、その中から、巨大な芋虫が生まれた。芋虫は糸を吐き出して繭になると、数秒で成虫が現れる。
それはトンボの羽を持った巨大な虫で、カブトムシの様な角を持っている。マルクトとアクアは、その虫の上に乗ると、空へと飛び立った。
「他の連中探すって、皆、何してんの?」
「知るか。だが、俺とお前とイスラーム以外は着拒だったらしい」
「情けなっ!」
「後半年で、世界中回って他の奴探すんだ……一分一秒も無駄に出来ねぇ」
「良し! じゃあ、まずは近くのサ店で時間潰しましょ!」
「落とすぞ、テメー」
額に青筋を浮かべ、アクアとマルクトを載せた巨大昆虫は、何処かへと飛び立って行った。
「あ、他の人はどうなったの? まだ、試験の最中でしょ?」
ふと思い立ってゴンが尋ねる。
「いえ、もう試験は終了しました」
が、サトツの言葉にゴンは驚いて尋ね返す。
「本当に!?」
「ええ、君はほぼ丸一日、眠っていたんですよ。他の合格者は簡単な講習を受けています。後で、君にも受けて貰いますが」
「うん、でもそれより……誰が落ちたの?」
「それは……キルア氏です」
少し間を置いてサトツの口から出た名前にゴンは目を見開く。
「キルアが!? 何で?」
キルアの実力だったら、最終試験で負けるなど考えられない。そんな彼にサトツは淡々と答えた。
「反則による失格です」
「反則……まさか」
「相手を死に至らしめました………一瞬の事でした。開始の合図と同時、意図的に失格したものと思われます」
信じられない様子で、ゴンはサトツに自分が寝ている間に何があったのかを尋ねる。それにサトツは順を追って話した。
「まず、第4試合はクラピカ氏が勝ちました。しばらく戦った後、ヒソカ氏が何事か囁き、その直後、負けを宣言しました。第5試合はハンゾー氏とポックル氏。ゴン君の時の様に同じような体勢になりましたが、アッサリとポックル氏が負けを認めました」
『悪いがアンタにゃ遠慮しねーぜ』
「この一言が決め手でしたね」
第6試合はレオリオとカヲル。何度もナイフで攻撃をかけるレオリオの攻撃を全て素手で防ぎ、疲れ切った所をカヲルが銃を突きつけて、レオリオ氏は負けを認めた。
第7試合はヒソカとポドロ。一方的な試合だったが、中々ポドロは諦めなかった。しかし、倒れたポドロに、またヒソカが何か耳打ちし、その直後、今度はポドロが負けを宣言した。
第8試合のキルアとポックルは、開始と同時にキルアが戦線離脱した。
『悪いけど、アンタとは戦う気がしないんでね』
「彼は自信たっぷりにこう言いました。恐らく次で勝てると判断してたんでしょう。しかし……」
第9試合のレオリオとポドロは、ポドロの怪我を理由にレオリオが試合を延期するよう要求し、先にキルアとギタラクルの試合が始められた。
「彼にとって、最大の誤算がそこにありました」
「始め!!」
試合開始の合図が告げられ、キルアが攻撃をしようとするとギタラクルが不意に言った。
「久し振りだね、キル」
その呼び方にキルアが眉を顰めると、ギタラクルは顔の針を抜いていった。そして、黒い長髪の青年の顔になると、キルアは目を見開いて驚愕した。
「兄……貴!?」
後書き
今回は少し長かったです。そういえば、アクアの紹介をしていなかったので、とりあえず……。
名前:アクア
年齢:不明(パッと見20代半ば)
血液型:B型
身長:175cm
体重:57kg
出身地:不明
念の系統:変化系
詳細:黙示録癸魁使徒サキエルの過去を持つ。黙示録の中では戦闘担当で、首領に色んな仕事を頼まれる(他のメンバーに連絡がつかないのも理由)。ヒソカ・イルミとは友人。面白いと思った事には全力を尽くす。直情的なアスカやゴンなどが好き。人をからかう――調子に乗らせて叩き落す事――のが大好き。
レス返し
ショッカーの手下様
カヲルが相手の怒りに触れ、アスカのプライドを守りつつ、アスカの勝利でした。ヒソカはシンジを知りませんが、どんな人物か興味は持っています。レイの炎の人形は、火で包むオーラの量によって精巧さが増します。モラウの煙の分身も色とか付いてましたし。
久我様
シンジの能力はヨークシンまで出ませんね。っつ〜か、本格的な出番はそこからですし。これでヒソカは3人と戦って、それぞれに関わりが出来たので、話の幅が広がりました。
髑髏の甲冑様
そういえば、1次試験でそんな事があったような……すっかり忘れてました。
炎の分身の名前は“炎分身【ミラージュ・フレア】”です。
今回で4巻分、終了しました。ゴンvsハンゾーは、結構、好きな戦いなので下手にイジりませんでした。
ren様
確かに原文全て写すと、長くなっちゃいます。ですが、例えば面接部分にしても、アスカ、レイ、カヲル以外でも、ゴンやキルア、ポドロも原作とは少し違っています。そこで、もし原作キャラで違う発言をしたキャラだけ出して、原作通りのキャラを出さなかったら、話に何だか違和感を感じちゃうので、全員、書いてみました。
なるべく不必要な処は削除していますが、どうしても違和感を感じるので基本は原作に忠実にしたいんです。
こるべんと様
ありがとうございます。H×Hの二次創作の主人公の能力って、大体、強過ぎるのが多いですから、バランスに気を使ってアスカ達の能力を考えました。
シンジの能力は、おおよそのイメージが出来ています。使徒の能力や、怪物変身ではありませんので。
拓也様
無論、知ってての皮肉です。逆にアスカが「こんな時、どんな顔をして良いのか分からない」って言うのがあります。
シンジは、エヴァ時代より明るく朗らかになってます。でも、残酷だったりします。テロリストのボスですし。グリードアイランドに関しては、まだ思い浮かびませんが、黙示録も参加するかもしれません。
エセマスク様
そうですね。操作系は愛用品を使う事で威力を増します。つまり、レイにもまだ強くなれる可能性はあります。
私の場合、蹴り主体の戦い方は“ワンピース”のサンジが大きく影響しています(ワンピースじゃ彼が一番好き)。映画でサンジは、靴を履いて威力が増しましたし、靴を脱いだら、何となく威力落ちそうなイメージなんですね。ジーンズが窮屈かどうかは分かりませんが、下着姿で戦うのは面白そうです。レイもお色気シーンやりましたしね。
では、フカヒレと一緒に彼女いないのに海で肌焼いて『女の子と海で遊んでこんなに焼けちまったぜ』と言う哀し過ぎる男達になって来ます。