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「幻想砕きの剣 10-2(DUEL SAVIOR)」

時守 暦 (2006-08-02 22:38)
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14日目 午後 未亜


「これで四つ目…と」


 窓際を走り回り、見つけた端から魔法陣に傷をつけていく未亜。
 魔法陣が刻まれているのは、窓枠の外側だったり、近くの物陰にあったりと、見つけるのに中々苦労している。
 それでも発見できているのは、つい先日会得した魔力視のお蔭だ。

 周囲からは警戒の目で見られたが、召喚器を出して身分を証明すると、途端に視線が変わった。
 妙な小娘を見る目から、希望の星を見る目に。
 多少くすぐったいと思いながらも、やはり重圧を感じる未亜。
 何をしているのか説明を求められる前に、未亜はその場をさっさと離れている。

 工作員が潜入している事を何と話せばいいのか分からないからだ。
 無論、分からないからと言って何も言わない理由にはならないのだが、そこはダリアが責任者に知らせる事になっているし、まぁ大丈夫かなと思ったのである。

 しかし、刻まれている魔法陣は意外と多い。
 工作員は、かなり前から潜り込んでいたのかもしれない。

 道の確認も兼ねて走り回っていると、屋上に出た。
 数人の兵士らしき人物達が、警戒に当たっている。
 中には、未亜達と共に船でやって来た兵士も居る。

 ぺこぺこ頭を下げながら、未亜は屋上の淵に立った。
 見下ろすと、港町の門前には、結構な平野が広がっている。
 未亜はこれからの篭城戦を想定し、射撃ポイントを見て回る事にした。
 出来ればすぐ近くに身を隠せる場所があって、なおかつこちらからの攻撃は遮られない。

 塀に開けられた窓からの射撃は?
 隠れる場所はいいが、射角が制限されすぎる。
 未亜のジャスティは中々に大きな弓で、構えて撃つにはそれなりのスペースが必要となる。
 となると、やはり屋上から撃つのが妥当な所か。


「あ、五つ目…」


 屋上にも刻まれていた魔法陣。
 そろそろダリアが責任者に話を通す頃だと思うが、ダリアだと思うと不安を拭いきれない。
 不安を拭うように、未亜は塀の外を見渡す。

 その時、一人の女性が近付いてきた。
 何気なく振り返る。
 と、真っ赤に染まったドタマが目の前に!
 思わず後退り、あやうく塀から落下する所だった。


「な、なぁっ!?」


「…驚かせてしまったようで申し訳ありません。
 救世主候補の当真未亜さんですね?」


「え? あ、はい、そうです…。
 それより…その頭は…」


「ニチジョーチャメシゴトですから問題ありません。
 それより、先程当真大河さんが来られたのですが」


「先程…って、どの位前です?」


「船が港に到着する直前ほどです。
 素朴な疑問なのですが、召喚器の力とは、あれほどに凄まじいものなのですか?」


「あれ程に…と言われても」


 具体的にどの位の力を指しているのか、判断に困る。
 確かに召喚器の力は絶大だが、普通の人間でも道具を使えば同じくらいの結果を出せる。
 未亜のジャスティだって、もっと大きな強弓を使うとか、先端に爆薬を詰めるとかすれば、手間はともかく同じ結果を出せるのである。
 身体強化能力だって、薬物でも使えばある程度までは不可能ではない。
 例外は、常軌を逸した癒しの力を持つユーフォニアくらいだろうか。


「失礼しました、問いかけが曖昧すぎましたね。
 避難民の皆様から聞いたのですが、曰く、『大剣の一振りで魔物の群を蹴散らす』。
 曰く、『天を砕き地を裂き海を割り、通った後にはぺんぺん草も生えぬ』。
 曰く、『蝶のように舞い熊蜂のように刺しブルドーザーのように通った後には何も残さない』。
 具体的には、たった一撃で…そうですね、この港町を囲む塀に大穴を空けられるそうです。
 召喚器とは、そこまで強力なのですか?」


「それは…ちょっと誇張されてるんじゃないかなぁ?
 お兄ちゃんのトレイターも、私のジャスティもそこまで強力じゃない筈だけど」


 心中で、リコちゃんとイムちゃんの力を使いこなせば分からないけど、と呟く。
 大河を形容する言葉には反論の余地もないが、そこまでの破壊力を兄が得ているとは思ってもみない未亜である。
 竜巻を消し飛ばしたのも、はっきり言って実感が沸かない、信じられない。
 まぁ、それが普通だ。

 それを聞いた少女は、特に落胆も驚きも見せずに淡々としている。


「そうですか。
 仮に本当なのだとすれば、力加減を考えて撃ってもらわねばならないと思っていたのですが」


「まぁ、私の攻撃は余波とかあんまり無いから。
 …流れ矢はあるけど」


「避難民に向けて撃たないようにご注意ください。
 では、私はこれで」


「あ、どうも…。
 …そうだ、お兄ちゃんは無事でしたか?」


「はい。
 多少疲れているようでしたが、目立った外傷はありませんでした。
 …では、失礼します」


 少女は頭を下げて下がっていった。
 血塗れの頭はそのままだが、とっくに乾いているようだし、本人が大丈夫と言うなら大丈夫なのだろう。
 周囲も誰も気にしてないし。


「ふぅ、何処にでもヘンな人は居るんだね…。
 ……お兄ちゃん、通りかからないかな?」


 微かな期待を持って、塀の向こうへ目を向ける未亜。
 その視界の中を、幾つかの蠢く塊があった。

 平野を抜けてきた避難民である。
 未亜は周囲を見回し、塀から身を乗り出して、何処かの窓から避難民に狙いをつけている人が居ないか確認する。
 …居ない。
 どうやら、魔法陣は発動してないらしい。
 自分達が削り取ったのが全てとは思えないが…。
 ダリアが責任者に話を通してくれたのだろうか?


「…あれ?
 リリィさん…?」


 ふと見下ろすと、正門の所にリリィが立っていた。
 未亜は違和感を感じる。
 何だか知らないが、緊張しているようだ。
 しかも、ただの緊張ではない。
 明らかに戦闘体勢だ。
 魔力を見る事が出来るようになった未亜の目に、リリィが魔力を練り上げ行く様が写っている。
 本来なら至近距離でしか見られないのに、この距離で視認できる。
 その事が、リリィが本気で魔力を練っている証拠である。


 しかし、何故?
 これから来るのは、避難民のみ。
 彼らを追っている魔物の気配も感じられない。
 一体誰に向けて?


「マスター」


「あ、リコちゃん…。
 ねぇ、リリィさんが…。
 それに、魔法陣は?」


「港町の中は、一通り探し終わりました。
 ダリア先生が話を通してくれたそうですし、大丈夫でしょう。
 それと、リリィさんから伝言です。
 警戒して、攻撃の準備をしておけと」


「攻撃の準備ったって…」


 魔物の姿は、まだカケラも見えない。
 当のリリィは、避難民に門を開くのを一時中止させ、何やら避難民と兵士に話しかけている。
 彼女が救世主候補だと伝えられて大人しくしているようだが、矢張り不満そうだ。
 それはそうだろう、ゴールは目前なのに、何だってこんな所で通行止めされねばならないのか。


「リコちゃん、リリィさんが何を話してるのか聞き取れる?」


「無理です。
 召喚魔法で呼べる子達も、ちょうど出払っています。
 ……?
 様子がおかしいですね?」


「うん?」


 リコの視線の先では、相変わらずリリィが避難民に何か話しかけていた。
 そろそろ本気で避難民も苛立っているようだ。
 港町の方でも、リリィを訝しく思っている。

 その中で、一人だけ避難民の中から外れようとする女が居た。
 リリィの反対側から、ジリジリと列の外に出ようとしている。


「…? あの人、なんか離れるよ?」


「先に門の中へ入ろうとしているの……!?
 (リリィさん! 反対側!)」


「キャッ!?」


 いきなりリコが目を見開き、強烈なテレパシーを発信する。
 発信先を絞り込もうともせず、力任せに放射されたテレパシーの余波を受けとって、未亜は悲鳴をあげる。

 リリィはと言うと、頭を抑えてグラリと揺らめいたものの、すぐさま行動に移った。
 避難民達を迂回し、離れようとしていた女の肉薄する。


「!?」


「フンッ!」


 魔力の放射。
 具体的な効果も持たされず、収束もされずに放たれた魔力の塊は女に直撃。
 吹き飛ばされる女を見て、避難民達が悲鳴を上げた。


「マスター、あの人に狙いをつけて!」


「え? え? で、でもあの人は人間…」


「いいから!」


 何が何だか解からないが、未亜はジャスティに矢を番える。
 その先では、リリィが更に魔力を練り上げている。

 この状況で狙うのは、避難民に危害を加えようとしているリリィなのではないかと思った未亜だが…。
 次の瞬間、その認識は覆された。


「あ、あれって…!」


 女の姿がブレる。
 リリィが何か仕掛けたのかと思ったが、そうでも無いようだ。
 相変わらず、力を練り上げて何時でも魔法を放てる体勢になっている。

 一方、女の方は更に変調を来たしていた。
 細かった腕が急激に太くなり、遠目ではよく見えないながらもソコソコ整っていた(多分)顔は鼻が突き出て牙が伸びる。
 筋肉が盛り上がり、服の一部が敗れ去った。


「魔物…!?」


「幻術を使って誤魔化されていたか、肉体変化の術です。
 あまり長い時間は保たない術ですが、その気になれば原型を留めないほどに体を変化させる事が出来ます。
 リリィさんの魔力で、術式が乱されたのでしょう。
 マスター、一撃で仕留めてください!」


「うん!」


 避難民達が、いきなり現れた魔物に悲鳴を上げた。
 成人男性の二倍はある筋肉ムキムキの魔物は、爛々と光る目を避難民とリリィに向け、荒い息を吐き出した。
 さらにおぞましい事に、魔物の体には先程まで着ていた女性用の服。
 ビリビリに破けてはいるが、何故かスカートは無事。
 何を考えているのか、ブラまで付けていた。
 付け加えるなら、口紅を塗っているわファンデーションらしき粉やらが相変わらず顔に…。

 そりゃ悲鳴も上げるだろう。


「消し飛べ変態モンスタァーー!」


 リリィが世界意思の代理とばかりに、急にでっかくなった魔力塊をぶち投げる。
 それと同時に、未亜も軌道を変える矢を放つ。
 未亜が放った矢は、リリィの魔力塊のすぐ側を通り抜け、強力な魔力を帯びる。
 そして物理学も慣性もシカトして、空中で動きを止めてクルリと回転した。
 そのまま魔物の眉間を一直線に目指す!
 魔物は首を逸らして避けようとしたが、急に冷気を感じて動けなくなった。
 リコが召喚したネクロノミコンの冷気である。

 動きを封じられた魔物の額に、破砕音と共に矢が突き立った。
 どうやら頭蓋骨に穴を開けたらしい。

 だが、魔物はまだ生きている。
 ヘンタイはしぶといものだが、魔物にもその法則は適用されるようだ。
 だが、魔物の命はそこまでだった。

 リリィの放った魔力塊が、未亜の矢に着弾したのである。
 同質の魔力が流れている矢を伝って、強力な魔力が魔物の中に注ぎこまれる。


「&%%JFD”#color:#00CC00;$”!%&”#SGFZ””##W!!!!!」

 意味不明な叫び声を上げ、体をピンと逸らしたかと思うと、魔物はゆっくりと後ろに倒れこんだ。
 脳味噌の中を掻き回されたのである。
 狂乱するのも無理はない。

 そして、トドメとばかりに大爆発。
 魔物の上半身は消滅した。
 燃えカスになったスカートがヒラヒラと舞い落ちる。
 こっちは避難民の子供が、素早く土を被せて無かった事にした。
 うむ、将来有望な子供である。


 リリィはゼェハァと荒い息をついている。
 どうやら、勢いに任せて必要以上の力を注ぎ込んでしまったらしい。
 呆然としている兵士と避難民達に、点呼をするように告げてから、リリィは魔物の死体を焼却した。


 一方、塀の上の未亜は何が何だか理解できないという顔をしている。


「あの…リコちゃん、これって…?」


「…恐らく、港町の細工が幼稚すぎると考えたのでしょう。
 術式は然程高度な物ではありませんでしたし、それ以上に隠蔽工作が杜撰すぎました。
 魔力の存在を隠そうともせず、窓際などの人に見つかる可能性が高い所に魔法陣を刻んでいましたし…」


「…それじゃ、あの魔法陣はフェイクって事?」


「いえ、本命では無かったというだけでしょう。
 そのままにしておいたら、やはり発動して避難民が魔物に見えていたはずです。

 あの魔法陣がフェイクなら、何処かに本命がある筈。
 リリィさんは、それは何処かと考えた挙句…」


「避難民の中に紛れ込んで、港町に侵入する…と考えたのね。
 なるほど…こりゃ防ぎ様もないね」


「避難民を一人一人検査していかねば…」


 姿を誤魔化す魔法は、避難民の中にこそ掛けられている。
 これでは港町をいくら探し回った所で、防ぐ事は出来ない。


「まさか…もう何匹か侵入してるんじゃ!?」


「だとしても、まだ暴れだしてはいないようです。
 恐らく、船が出て逃げ場が無くなってから、弱い者から順に影に引きずり込んで殺す気でしょう。
 今の内に、私の魔物達で偵察しておきます。
 マスターは、ここでリリィさんの援護をお願いします」


「魔物って…それ、見られたら騒ぎになるんじゃ…」


「問題ありません。
 見かけは歩く縫い包みですから」


 デ○モンか?
 それともロ○ャーか?
 リコは未亜と周囲に頭を下げ、屋上から出て行った。

 大丈夫かな、と頬を掻く未亜。
 ふと気付くと、周囲から視線が集まっているのを感じる。


「…?」


 首を傾げていると、その視線がジャスティに集まっているのが分かった。
 ああ、召喚器が珍しいのね、と勝手に納得する。
 実際は珍しいなんて可愛らしいモノではないのだが。


 …周囲の皆様の心境…


(凄い…凄いぞあの弓は! 是非引き取って、分解して構造を調べたい!)
(素晴らしい一品…だがデザインが甘い! 私のハイセンスなデザインを付加して、より素晴らしい一品に!)
(ふふふふ…強い、強いドリ! あの矢にドリルを加えれば、より一層の破壊力が期待できるドリ!)
(女子こーせーに弓と矢…語呂が悪いが…これはこれで萌える!)
(班長、さっさと仕事しないとまた頭突きですよ)


 …ここはフローリア学園出張所か?


14日 夕方 大河


「畜生、やっぱこの辺に敵は居ないな…。
 そろそろ港町に戻るか…」


 大河は港町周辺を走り回り、索敵を続けていた。
 しかし、相変わらず目ぼしい結果は挙がっていない。
 やはり、港町の人間達が見たと言う魔物達は幻だったのだろうか。


「内部に関しては、未亜達に任せているから大丈夫だとは思うがな…」


 彼女達が人間相手にやり合えるかは不安が残るが、そこは本職のダリアが居る。
 汚れ役を押し付けるようで気が引けるが、仕方ない。
 その辺は彼女もとっくに承知の上だろう。

 ところで、ユカ達はどうしているだろうか?
 彼女達の事だから、そう簡単にリタイヤはしないだろう。
 そろそろ合流して来てもいい筈だが…ひょっとして、本隊の方で護衛に付いているのだろうか?

 考えつつも、大河は馬を走らせる。
 そろそろバテて来たようだ。
 港町に戻って、休ませてやらねばならないだろう。

 その時だ。
 大河の精神に、聞き覚えのある声が呼びかけてきた。

(お兄ちゃん?)


(! 未亜?
 何かあったのか?)


(うん、状況報告。
 えーと、まずお兄ちゃんが言ってた内部の工作員だけど、もう逃げちゃったって)


(逃げた?)


(うん、ダリア先生が見つけたんだけど、なんか即座に窓から飛び出して行っちゃったって。
 探すのも難しいだろうから、放っておいていいって言ってる)


 ふむ、と大河は内心…では読み取られてしまいそうなので、内々心で考える。
 恐らく逃がしたというのは嘘だろう。
 未亜達に余計な心理的負荷を与えないためか、ダリアが人知れず始末したに違いない。
 彼女にはそれだけの力量があるし、そもそも探さないでいいと言うのが怪しい。
 本当に逃がしたなら、どちらへ向かったか位は伝えるだろう。

 ともあれ、内部での工作員は既に撃退したらしい。



(わかった。 他には?)


(ん、こっちが本題。
 魔物達が、港町内部に侵入しようとしてるの)


(何!? あとどれ位持ちそうだ!?)


(あ、別に大挙して押し寄せてきてるんじゃないの。
 そうじゃなくて、女装して中に入ってこようと…)


(………うぷっ…)


(うぇっぷ……。
 ちょ、ちょっと強烈な想像しないでよ…。
 こっちにまで伝わってきたよ?)


(す、すまん…)


 10キロばかりの空間を挟んで、同時に口元を押さえる2人。
 何を想像したかは描写しないが…トロルがベースとだけ言っておこう。

(と、とにかくそんなモンスターは断固拒否だ。
 世界意思もきっとそう言っている。
 読者の声も多分そう言っている。
 断固として殲滅しろ!)


(言いたい事はよーく分かるから、ちょっと落ち着いて…。
 あのね、魔物が身体変化の魔法を使って人間に化けてるんだよ。
 だから一人一人検査しないと入れないの)


(身体変化?
 つーと、リコをオトナにするような魔法か?)


(出来ないんじゃないかな?
 出来たらリコちゃんがとっくにやってるだろうし、それに多用は体に悪いんだって。
 まぁそれはそれとして、もう何匹か港町に侵入しちゃった。
 リコちゃんが全部探し出して、暴れだす前に暗がりに引きずり込んでやっつけちゃったけど)


(…どうやって引きずり込んだ?)


(……ちょっと100×8+9×10+1×3になってみた。
 結構通じるもんだね?)


 あっけらかんと言う未亜。
 大河は思わず魔物に同情した。
 …しかし、アレが通じるとなるとSも通用するかもしれない。


(えー、魔物を相手にするのはちょっと…。
 ムサいし。
 せめて女の子モンスターに…。
 できればアリスソフト出身のタマネギさんに匠の技を伝授してもらいたいし)


(ナレーションに突っ込みを入れるな。
 あと、それ以上Sが進行すると洒落にならん程の嫌悪感を感じる方々が居るから止めておけ)


(ん、覚えておく。
 いい加減、私もコントロールしないと本気で痴女になりそうだし…)


(そだな。
 それに、本気のSはここぞと言う時にだけ発動するのが強烈なんだぞ。
 ポンポン出してるお前は未熟者だ)


(精進します…。
 話を元に戻すよ。
 侵入したモンスター達は、全滅させ(ちょっと待て! 全部か!?)…? うん)

 大河は馬を止め、周囲を見回す。
 小高い丘を見つけると、馬をそこへ走らせた。


(何かマズイ?)

(マズイも何も、それをやったら魔物の群が…!)

(?)


 理解できてない未亜。
 大河は舌打ちすると、今後の展開予想を頭に思い浮かべ、未亜に送りつける。


 魔物達は、誰の入れ知恵か変装して港町に侵入する事を考えた。
 それには、内部に入り込めるというメリットと同時に、敵陣内部で孤立してしまうと言うデメリットも存在する。
 更に、一度その存在に気付かれれば、後から来る魔物達の侵入は不可能に近くなってしまう。
 つまり、この策は薄氷の上を踏むような策なのだ。
 である以上、破られた時の対策…次善の策も当然用意されている筈。

 考えられる可能性としては、入り込んだ魔物達を生贄として大規模な術を使う。
 これは魔物が死んだ場所を繋ぎ合わせれば、その存在を察知する事も可能だろう。
 それに、時間から逆算するに入り込んだ魔物は、多くて2桁程度。
 生贄にするには、ちょっと数が少なすぎる。
 この線は消えたと思っていい。

 なら、最も可能性が高いのは?
 魔物が変装している可能性を示唆された以上、当然港町に入る前に検査をしなければならない。
 問題はそこだ。
 港町に入る前…と言う事は、門の正面で立ち往生する事になる。
 これ以上無い程に無防備な瞬間だ。
 そんなチャンスを狙わない手は無い。
 例え魔物の群が押し寄せて来ても、一通りの検査をせずに入れる訳にはいくまい。
 最悪、何もせずに内部に入れた避難民達が全て魔物の変装という可能性もある。
 そうなったら、直接的戦闘力に欠ける港の人々では殆ど対抗の仕様がない。

 内部に侵入できそうに無いと分かった以上、全兵力で攻撃してくるのは間違いないだろう。
 何せ、すぐ近くにだだっ広い平原がある。
 密かに魔法陣を敷いておいても、その広さ故に発見するのは至難の業だ。
 流石に無限召喚陣は無いだろうが、普通の召喚陣なら使えるだろう。
 そこに魔物を大挙して召喚・逆召喚して送り出し、港町の前で立ち往生する避難民達を狙う。
 平原を通って港町に入るには、必ず門から入らねばならない…。
 その門の前を抑えてしまえば、誰一人逃げられないのだ。

 故に、この場で最適な方法は、魔物を全て殺すのではなく、行動不能にしてしまうか、その行動を逐一見張っておく事。
 敵の策に気付いた事を、敵に気取られてはならなかったのだ。



(………!!!)


(未亜、すぐにダリア先生に連絡しろ!
 避難民達を連れてきた兵士達が本隊に戻る時、状況を伝えておけ!
 俺は港町に向かう魔物達を探す!)


(わ、解かった!
 魔物の群に突っ込んでいくような事しないでね!)


(無謀な真似はせん!)


 未亜とん交信が途切れる。
 港町では、未亜が急いでダリアの元に駈けていっている事だろう。

 大河は苦々しい顔をして、トレイターを呼び出す。
 同期連携を使用し、例によってトレイターを大剣の形に変えた。


「無謀はしない…。
 決して無謀じゃないからな」


 今まではユカとセルと汁婆が一緒だった。
 しかし、今回は完全無欠に一人きり。
 魔物の大群の攻撃は、全て自分一人に向かうだろう。
 戦闘力では充分勝利可能だとは言え、流石に肝が冷える。

 だが、決して無謀ではない。
 それだけの力がある。
 そして、ここで退く事は許されない。
 大河は馬から降りた。
 流石に馬を同行させる事も無いだろう。
 連れて行けば、魔物に殺されるだけだ。


「お前は本隊に戻れ…。
 と言っても分からんか?」


 呟いて馬の首筋を撫でる大河。
 馬は擽ったそうに鼻を鳴らし、港町に足を向けた。
 どうやら本隊よりも、港町に入ってのんびりしたいらしい。


「やれやれ…。
 仕方ない、ちょっと待ってろ…ほら、コレ持ってけ」


 大河は懐から紙を取り出し、紹介状(?)をしたためた。
 これを見せれば、魔物の作戦だと疑われる事は無いだろう。
 馬は紹介状を口に咥え、大河に向けて一声高く鳴くと走り出した。


「ごくろーさん…。
 戦いが終わって、縁があったらまた会おう。
 食料になってない事を祈る。
 …なってたら美味しく食べてやるからな」


 走り去る馬に向かって敬礼。
 馬は逃げていったように見えなくもない。
 しばしの後、大河は気を引き締める。
 まだ魔物達は現れていないが、出てきて港町を目指すとしたら…。


「…もう少し先だな。
 遮蔽物が少なく、大軍が進める場所…流石に限られてる」


 平原と言えども、何も草ばかりあるのではない。
 起伏も結構あるし、何気に沼もある。
 何より、召喚陣に限らず魔法陣は平坦な場所に書いた方が使いやすい。
 強力な魔法陣だと、起伏もクソもなく地に入った亀裂で描かれる事もあるが、そこまで強力な代物なら簡単に探知できる。
 ある程度は出現場所を絞り込む事ができた。

 待つ事暫し。
 そろそろ、港町では船が出発している頃かもしれない。
 そして、『奥の手』が到着するのも。


「…まさかアヴァターで造られてるとはなぁ…。
 漫画の中だけの代物だと思ってたのに…」


 奥の手の事を思い浮かべてボヤく。
 別に攻撃力が高い代物ではない。
 避難民をより早く、より安全に避難させる為、徹底的に機動力を重視した存在。
 ここの港町と、王都付近の港町を30分足らずで往復できると言う代物だ。
 実用するのはこれが初めてらしいから、正直不安に絶えないが…。


 そこまで考えた時、大河の神経に触れる物があった。
 魔力だ。
 しかも、この感じは覚えがある。
 召喚魔法。
 …別に幻獣は出てこない。


「…お出でなすったか…」


 大河はトレイターを大きく振り回す。
 風が渦を巻いた。

 大河の役目は、この道を塞がせない事。
 ここを通るのが、本隊から港町への最短経路だ。
 ここを塞がれれば、避難にかかる時間は大きく膨れ上がるだろう。


「殲滅するだけなら何とかなるが、魔物達を進ませないってのはな…。
 魔物達にとっちゃ俺が居る所を避けて進めばいいだけなんだから、幾らでも手はあるだろう…。
 ………平原に大損害を与えるのを承知で…コイツを使うしかないか」


 懐に手を突っ込んだ。
 そこには、ずっと持ち歩いているアシュタロスの魔力塊及び封筒。
 神水を作った連結魔術で、ホワイトカーパスの一画は結構な負担を受けているが…これだけ離れれば、そう大きな干渉は無い筈。


「まとめて吹き飛ばす…のは無理だな、余波でどれだけ被害が出るか…。
 精々クレイモアを山ほど仕掛けるしかないか…。
 しかし、そうなるとこの辺じゃ連結魔術は殆ど使えなくなるな…。
 …………ま、いいか。
 どの道この後、ホワイトカーパス州からは離れるんだし…」


 派手に使っても問題なし。
 そう判断した大河は、さっそく作業に取り掛かる。
 あまり大きな爆発を仕掛けると、自分にも近所の避難民にも被害が出るので、爆発の方向と規模には細心の注意を払わねばならない。
 できれば、自分の意思で起爆のタイミングを決められればいいのだが…それでは、自分が見ていない場所で魔物達を撃退する事ができない。
 矢張りブービートラップ形式がいいだろう。


「さて、それじゃ術式開……?
 ……………………………………!!!!!!!!!!!」


 大河は凍りついた。
 封筒を見ている。
 魔力塊が覗いている。
 どこから?
 …封筒の真ん中辺りから!


「や、やや、ややややややや破れてはるーーーーー!?」


 アシュタロスの魔力を保管している封筒は、何時の間にやら破れていた!
 ヤバイ。
 これは非常にヤバイ。
 この程度の破れ目ならまだ大丈夫なようだが、あまり暴れるとこの破れ目が少しずつ拡大していく事は明白。
 あまりに破れ目が大きくなり、外の空気に触れるようになれば…一体何が起こるか!?
 世界が勝手に(というかそれが普通なのだが)変換対象と変換効率を決定し、何が出てくるか分からない。
 爆発なんぞ可愛い方だ。
 物理現象以外にも、物理的存在に変換されたり、はたまた精神的な存在に変換されるかもしれない。

 前者は何でもアリだ。
 光に変換されたり、振動に変換されたり、etcetc。
 前者ならレーザー、後者なら超音波。

 中者は?
 これまた何が出るか分からない。
 ウランか、オリハルコンか、はたまたエーテルか…。

 後者は?
 同じく何になるか…これが一番分からない。
 精神的な存在である以上、人間には感覚的にしか理解できない。
 ひょっとしたら、この辺を通りかかる生物全てに干渉する巨大なナニカが出来上がるかもしれない。
 そしてどんな干渉をされるかは、全く持って予想できない。


「こ、ここここここれは一体どーすれば!?」


 思い返せば、破れてもおかしくない場面は山のようにある。
 汁婆に乗っての疾駆け、飛竜昇天破によって空中に巻き上げられた、魔物の大群の中に突っ込んで行った…。
 よくもまぁ、この程度の破れ方で済んだものである。


「お、落ち着け、落ち着けお乳を突付け…。
 ……む、頭の中で突付いてたらリビドーが…。
 と、とにかくだ…俺の側にある間は問題ない…。
 変換が発動しそうになったら、俺が割り込んで変換対象と効率を弄ってしまえばいいんだからな。
 問題は寝てる時だが、浅めの眠りなら何とかなる…。
 その間に、ポスティーノに頼んでアシュタロスから封筒二号を持ってきてもらうしか…。
 ええと、ポスティーノを呼び出すには…」


「呼んだかい?」


「ぬおおおおお!?」


 突然後ろから呼びかけられ、背筋がそそり立つ大河。
 振り返ると、なんか妙にメカニカルな感じにパワーアップしたバイクに乗っているポスティーノ。
 しかも何か爽やかだ。


「はっはっは、40話以上ぶりのご無沙汰だね。
 何の前触れもなく、郵便屋ポスティーノ再登場だ」


「ま、マジでビビったぞ!?
 一体何で此処に!?」


「それはプロの魂が疼いたからさ。
 ここに、俺に郵便を頼もうとしている人が居る…とね」


 真顔だ。
 おもっクソ真顔だ。
 冗談のカケラも感じられない。
 恐るべし仕事人魂。


「…ホントか?」


「半分はね。
 もう半分は、ネットワークの魔王さんが君を心配しててね。
 様子を見てきてくれって頼まれたのさ」


「幹部連中が?」


 ネットワークの魔王に関しては、幻想砕きの剣4−1で記されています。

 えらく前の設定が出てきたなー、と思いつつも大河は訝しむ。
 大河はネットワークの中では、別段目立った存在ではなかったが…。


「まぁ、何で心配してるかは知らないけど…どうも只事じゃ無さそうだったよ」


「…あの連中がそこまで心配しとんのか…」


「ま、気にしても仕方ないんじゃないの?
 ああ、それとね…魔王方から、一つだけ伝言を預かってるんだ」


「ナンだ?
 バイトの無断欠勤でクビ?」


「いや、休暇扱いになってるよ。
 有給じゃないから、バイト代は出てないけどね。

 伝言は一言。
 『神殺しはやめておけ』。
 以上だ」


「…ヤメロったってなぁ…」


「文字通りの神とは限らないんじゃないか?
 こう、比喩的な何かとか」


 大河は首を傾げる。
 どこまでも人間離れしたあの連中の事だ。
 大河の状態を知っていてもおかしくない。
 それで何もしてくれなかったのは少々恨めしいが、まぁいい。
 魔王達がやめろと言うのだから、相応の理由があるのだろう。
 大河の知る限り、魔王達は性格が悪くても基本的にお人好しだ。
 少なからず、大河の身を案じているのも嘘ではないだろう。

 しかし、場合によっては神を倒すくらいはやらねばならない。
 現段階では神なんぞと相対する予定は無いが、“破滅”を消し去ろうと思ったら世界の法則を変える必要すらあるかもしれない。
 “破滅”を作り出し、また引き起こし続けているのが神なら、排除しない訳にはいかない。
 やめろと言われても、停まれる状況では無さそうだ。


「忠告感謝します、とだけ言っておいてくれ。
 後はこっちの流れ次第な。
 それで、アシュに頼んでおきたいんだけど」


「ああ、分かっている。
 伝えておくよ。
 じゃ、郵便料金を…」


「着払いで。
 ネットワークの連中は大体そうだろ?」


「嘆かわしい事だよ。
 それじゃ、頑張ってくれ」


「ああ…そうだ、ヨコっち達は?」


「………」


 ポスティーノ、無言。
 それが何よりの返答か。
 どれだけの修羅場が発生し、アシュ様がどんだけ引っ掻き回してるのか…言葉にできない。
 ポスティーノは振り返らず、自分が作り出した別世界への道を抜けて行った。

 それを見送り、大河は振り返る。


「さて…そろそろ魔物の皆さんも迫ってきた事だし、連結開始と行きますかね…」


 既に魔物の群は目視できる程度まで接近している。
 細かい狙いをつけず、機雷のように触れると爆発するように設定すればいいだろう。
 自分が巻き込まれそうなのが問題だが、まぁ何とかなる。


「……遠距離の敵には、大地に衝撃を走らせて攻撃すればいい。
 この辺が思いっきり荒れる事になるが…まぁ、ごめん」


 誰にとも無く謝って、大河は連結魔術で機雷を多数作成する。
 適当に配置するのではなく、魔物達の進軍ルートを予測し、自分を迂回して進ませないように配置した。
 更に地雷も配置。
 後はどれだけ暴れるか次第。


「港町には…未亜達の所にゃ行かせんよ…。
 それじゃ、一丁殴りこみますかねぃ!」


 大剣を振りかざし、大河は走り出した。
 行手には、平原の一画を隙間なく埋める程の魔物の群れ。
 無限召喚陣は潰した筈なのに、何処から連れ出してきたのやら。
 素朴な疑問はともかくとして、ここが大河の正念場になりそうだった。


 この後、兵士達に護衛されて港町に向かう避難民達は、地を埋め尽くす魔物の群が景気よく吹き飛ばされているのを目撃する。
 遠目なので一体何が起きているのかは見えなかったが、それでも予想はできた。
 当真大河が暴れまわっているのだ。

 万の大軍を相手に、たった一人で立ち向かい、これを制す。
 話に聞かされただけなら、妄想か御伽噺以外の何物でもあるまい。
 目にしたところで、それが現実だと信じる事もできまい。
 何より、それが人間の仕業だなどと、誰が考えられるだろう?

 だが、今の避難民達は違った。
 避難している途中に、最前線でその威を発揮する大河とユカの力を伝え聞いていた。
 その話は明らかに眉唾モノで、誇張されてはいたが…避難民達は、一縷の希望に縋る。
 全て本当とは言わないまでも、少しでも本当であれば…と。
 全て信じないまでも、信じたい気持ちはあるのだ。
 自分達には、絶対的な力を持った守護神がついている…。
 そう考えるだけで、少しだけ楽になる。

 人は自らが信じたい物を信じる。
 精神的に疲れ果て、そして魔物の大群を目にして絶望を突きつけられた避難民達には、縋れる物があれば何でもよかったのだ。

 そして、その『縋れる物』は存在した。
 絶対的な力を持つ救世主候補。
 伝えられた話は、決して嘘ではなかった。
 現に、眼前の光景ではその力を振るう救世主候補が居るではないか。
 魔物達を蹴散らし、自分達に決して近づけさせない守護神が。
 あっちこっちで何か爆発が起こっているが、多分当真大河が何かしているのだろう。

 遠すぎてその姿を見る事はできなかったが、誰もがその存在を心に刻み込まれた。
 手を振ったり声援を上げたりしていたが…はっきり言って、そんな事をしている暇すら惜しい。
 護衛の兵士達に急かされて、ちゃっちゃと港町に向かって行った。


 一方、本隊では…。
 戦える兵士達の編成が大急ぎで行なわれていた。
 唐突に出現した魔物の大群。
 それは大河が何とか食い止めているようなのだが、たった一人で何時までも支えきれる物ではない。
 そもそも、出現した魔物の群は2隊に分かれているのだ。
 大河が食い止めているのは、その一方に過ぎない。

 もう一方は、大きく迂回して本隊近くに陣取り、本隊から出発した避難民を狙っている。
 とは言え、こちらはそう大きな戦力ではない。
 決して殲滅できない訳ではなかった。
 本隊が立ち往生している場所は、護りやすく責めにくい場所。
 そうそう仕掛けてくる事はないだろうが…魔物達を排除しなければ、進むに進めない。


 そして、ここに強力な戦力が1人+1匹。
 グローブを装着するユカと、鼻息も荒く地を蹴る汁婆。
 既にユカは完全回復しているようだ。
 流石は武神、回復の早さも並ではない。


「それじゃアザリン、行ってくるよ」


「うむ、気をつけてな。
 兵士達の再編が終わったら、すぐに向かわせる。
 怪我をするでないぞ」


『戦争すんのに、怪我をするなってのも無茶な注文だな
 まぁ、さっきみたいなヤツが出てこなけりゃ大丈夫だ』


「出てくるかもしれんから気をつけろと言うのじゃ。
 …頼んだぞ」


 神妙な顔のアザリンに向けて、親指を立てるユカ。
 汁婆は親指が無いので、力瘤を作って答えた。

 こういう時、アザリンは自らの力の無さを痛感する。
 彼女とて戦っていない訳ではない。
 それどころか、ホワイトカーパスの為に最も身を粉にして動いているのは彼女だろう。
 だが、やはり親友を死地へ送り出すのは…。

 汁婆に乗り、駆けていくユカを見送るアザリン。
 暫しの後、気持ちを切り替えて振り返った。
 もう随分の避難民達を送り出した。
 この分なら、日付が変わる頃には全員が港町に入り、海を渡って別の港に行く事ができるだろう。

 タイラーの策とは、要するにこれである。
 まず、ホワイトカーパスが一斉に動き出して港町に向かう。
 当然の事ながら、港町とは海に面した街だ。
 そこに向かうのだから、魔物から見れば自ら袋小路へ飛び込んで行っているのと大差あるまい。
 魔物達は、ここぞとばかりに追ってくる。
 この追撃を振り切れるかどうかが、最大の勝負だった。
 そして、この追ってくる魔物達を、別の場所で待機していたタイラーが更に追撃。
 順にすると、 避難民 ← 足止め隊 ← 魔物達 ←タイラー達、となる。
 足止め部隊とタイラー達で、挟み撃ちにするのだ。
 そしてその間に避難民達は、 秘密裏に建造した海上移動手段を使い、タイラー達の後方にある港町に向かい、そこから更に王都を目指す。
 最終的には足止め隊もタイラー達の後方に回って合流し、そこから全兵力を挙げて戦線を維持しつつ前進。
 絨毯爆撃状に敵を掃討し、海にまで追い詰める…というのが粗筋である。
 つまり、ホワイトカーパス州の避難民は囮…生餌なのだ。
 自らが護るべき民衆達をエサにする、アザリンの心境を思うと心が痛む。
 タイラーも、この策を考えた自分を何度罵ったか分からない。


 色々とトラブルもあったが、大筋では成功していると言っていいだろう。
 避難民達には、多少の怪我人が出た程度だ。
 その点は出来すぎている程である。

 だが、タイラーにも少々誤算がある。
 シア・ハス達足止め隊が残して行った罠を破壊した、謎の存在。
 恐らくは人間…つまり、兵法や戦の駆け引きに通じた者の存在である。
 タイラーがこの策を取ったのは、魔物達が大規模な戦略を練る事を得意とせず、血の気の赴くままに行動しやすいからである。
 少し考えれば、船という移動手段も思いつくだろうし、魔物達が誘い込まれている事も予想がつくだろう。
 十中八九、この策は読まれていると思っていい。
 しかし、敵は反撃の策らしきものは全く使ってこない。
 その点がドムとタイラーの頭を捻らせる点であった。
 最後に一発、大逆転的な策があるのか?
 ひょっとしたら、海に巨大な魔物でも潜んでいるのか?
 分からない。
 分からないが、今から作戦変更と言う事も不可能である。
 せめて不安要素を徹底して叩くのみ。


「ドム、避難民の最後尾はどの辺りじゃ?」


「森の半ばを過ぎたあたりです。
 この調子なら、最後尾は2時間後には到着します」


「そうか…。
 あと一息じゃな。
 とは言え、まだ半ばと思うべきか」


「百里を行く者は九十里を半ばとす…ですか。
 確かに…敵は最後の大勝負に出たようです。
 ここを乗り切れば、もう策の成功は目前かと」


「うむ、最後の一踏ん張りじゃ!
 朕も暫し励むとするかの!」


 アザリンは、持っている杖に引っ掛けてあった医療箱を手に取った。
 そして何処から取り出したのか、ナースキャップなんぞ頭に乗っける。
 残念ながらと言うべきか、服は動きやすさを重視した普通の服だ。

 直接戦う事は出来ないが、怪我人の治療の手伝いくらいは出来る。
 兵士達にしてみれば、雲上人が手当てをしてくれるようなモノである。
 それだけなら萎縮してしまうだろうが、アザリンは雲上人である上に女神様である。
 恍惚としているやら申し訳ないやらで、兵士達はフクザツな顔をしているが…。
 気力も漲ろうというものだ。

 強すぎて普通の魔物が相手では怪我も出来ないドムが、少々羨んでいたのは別の話である。


14日目 夕方 カエデ・ベリオ


「久々の出番でござる!」


「切実に忘れられたかと思いました!」


 ごめんなさい<m(__)m>
 しかし、後続部隊で魔物を追撃し終わってから、はっきり言って動きが無かったもんで…。
 それに、時間軸を考えるとまだ1日も経ってないんですが…。


「展開が遅すぎます!
 一日に何話使えば気が済むのです!?」


「幾らなんでも限度というものがあるでござる!
 と言うか、師匠に早く会わせてくだされ〜」


 反論のしようもございません。

 それはともかくとして、ベリオは現在大忙しである。
 怪我人の治療に回っているのだ。
 今も治療を受けていた怪我人が、いきなり叫んだベリオとカエデに目を丸くしている。
 愛想笑いで誤魔化して、ベリオはまた治療を続けた。

 カエデも怪我の手当ては一通り心得ている。
 ベリオのように治癒の術は使えないが、打ち身骨折斬り傷に関しては、ヘタな医者よりも詳しい。

 足止め隊ことシア・ハス部隊に追いついた2人は、出番が無い鬱憤を晴らすかのように暴れまくった。
 シア・ハスの隊は大分消耗していたが、追撃してきたタイラー部隊はほぼ無傷。
 ここまで来たのも、(一名除いて)馬で走ってきたのだから、体力は有り余っている。
 ちなみに、その一名は何を張り切っているのか、体力の消耗なぞ微塵も感じさせない暴れっぷりだった。
 カエデをして鬼神と言わしめた程である。

 それはともかく、魔物の掃討もそこそこに、看護の心得のある2人は怪我人の治療に当たり始めた。
 主な怪我人は、フローリア学園からの傭兵科生徒達である。
 中には話せない程に衰弱している者も居て、まだ昏睡状態から目覚めない者も居る。
 大体の怪我人は、命に別状がない程度には回復したが…まだまだ怪我人は山積みだ。


「や、ご苦労様。
 治療の進み具合はどうかな?」


「あ、タイラー将軍…」


「死人に化けそうなのは粗方終わったでござる。
 しかし、このまま進軍するのは…ちと無謀かと」


「そうだねぇ…。
 ヤマモト君も、ノーマル状態に戻っちゃったみたいだし」


 タイラーの目のやる先には、何やら忙しく走り回るヤマモトの姿。
 時々シア・ハスに声をかけたりかけられたりしては、激しく話し込んでいる。
 2人の心境は、ちょっと計れない。
 ラブコメと言う程でも無さそうだし、気になっているのも否定できず。
 仕事の会話ではあるようだが、節々にフクザツな感情が見られなくもなし。


「…ご自分の気持ちを認めてないようですが…それでもあそこまでパワーアップできるのは凄いですね…」


「そこがヤマモト君のいいところ…。
 それはともかく、救護が終わったら連絡をくれる?
 ちょっと言っておかなきゃいけない事があるから…」


「はあ…わかりました」


 タイラーは、少し痛ましげな表情をした。
 その表情について問いかける前に、タイラーは去って行く。

 ベリオは首を傾げて、隣のカエデを見た。
 ベテランらしき兵隊に包帯を巻き、治療を続けている。
 カエデのしているゴーグルを訝しむ兵士も居たが、そんな些細な事に拘るほど暇でもない。
 治療が終わったら、すぐにそれぞれの所属部隊に戻って現状を報告した。


「ところでベリオ殿、何やら傭兵達の雰囲気が暗いと思わぬか?」


「はい、それは私も思っていましたが…。
 暗いのはフローリア学園から派遣されたルーキー達が殆どです。
 恐らく、初めて戦場に出て空気に当てられたのでしょう。
 それに、ご友人をなくされた人も多いでしょうし…」


「…そうでござるな…」


「よう、お二人さん」


 アンドレセンが近寄ってきた。
 カエデは気楽に手を挙げて応えるが、ベリオはちょっと慌てて応える。
 生理的に、筋肉ムキムキマッチョはちょっと苦手である。
 まぁ、アンドレセンは筋肉山盛りでも身形はしっかり整えているし、粗野ながらも理性的な光を宿す目は嫌いではない。
 それに、戦士としての力量はベリオにとってもカエデにとっても尊敬すべきであった。


「ああ、そのまま手当てを続けてやってくれ。
 俺達の今後の行動について言いに来ただけだ」


「承知したでござる。
 して、今後は如何様に?」


「そうだな、今から避難民本隊を追っても間に合わねぇ。
 ヤマモト一人で、覚醒モードで突っ走れば話は別だがな…」


「あの足は世界を狙えますね…」


「宇宙でも狙えるかもな。
 とにかく、俺達とシア・ハス隊はここから後退する。
 出撃前の港町までな」


「後退?」


 カエデにとっては、予想外の言葉だったらしい。
 確かに怪我人は多いが、まだ戦力はある。
 深追いしすぎるのも問題だが…魔物達を追撃するチャンスではないのか?

 アンドレセンは肩を竦めた。


「追撃ったって、ここから避難民達までの間には魔物は殆ど見当たらないらしいぜ。
 不自然なくらいにな。
 タイラーの見解じゃ、暫くしたら染み出るように魔物の群が現れてくるだろうって事だが…」


「ならば、尚更避難している人達を援護に向かうべきでは?」


「追いつかないって言っただろ。
 俺達が向こうに着く頃には、最後の一人まで港町から船に乗って出てるさ。
 で、待機してた港町を目指している真っ最中」


「…なるほど、後退してその港町を護るのでござるな?
 そして王都へ避難するまで、我々はその足止めも兼ねる…」


「そういう訳だ。
 何か質問は?」


 ベリオは早口に呪文を唱え、回復魔法を使いながらアンドレセンに目をやった。


「私達は、港町に戻ってそこで戦線を維持…するのはいいのですが、他の場所の“破滅”はどうなります?
 我々の戦線の後方に出現すると言う事は?」


「ああ、それは考えにくいそうだ。
 俺も詳しい事は分かんねぇが、“破滅”っても何もないトコから魔物が湧き出してくる訳じゃなくってな。
 最初は既存の魔物や動物が凶暴化する。
 それから暫くすると、騒乱っつーか揉め事の種が一つの地域に集中しはじめる。
 そんで、そこに集中したナンタラ的エネルギーが左様して云々って話だ。
 要するに、本格的な“破滅”は一箇所を中心として、そこから湧き出てくるってこったろうな」


「それがつまりホワイトカーパスですか?」


「今回の“破滅”はそうらしいな。
 んーな訳で、いきなり俺達の背後から沸いて出るって事は無さそうだ。
 まぁ、人為的な何かが作用してりゃ別だがな…」


 アンドレセンはその可能性を危惧しているようだった。
 彼は“破滅”の民の存在を、うっすらとではあるが察している。


「今、避難民達はどうなっているでござるか?
 師匠やセル殿もそっちに居る筈でござる」


「さてな。
 俺もそこまで聞いてねぇよ。
 ただ、伝令の話を聞きかじったんだが…避難民達の護衛に、えらく強力なコンビが居るらしい。
 多分その片方がお前さんの師匠とやらだろ。
 お前らの戦いぶりを見てる限りじゃ、救世主候補ってのは一般の兵士じゃ及びつかない程強ぇ。
 ま、俺は別格だがな」


「言うと思いました…。
 まぁ、確かに私もアンドレセンさんと戦うのは危ないと思いますけど」


「力量の把握が出来てて結構なこった。
 確か…当真大河っつったか?
 お前らより強いんだろう?」


「ええ、それはもう」


「師匠でござるからして」


「なら、あっちでも相当に大暴れしてるだろうぜ。
 あのドム将軍ってのは、使えるヤツは徹底してコキ使うタイプだからな。
 今頃は、避難民の前で勝ち名乗りでも上げてんじゃねぇか?」


 カエデとベリオは、頭にその光景を思い浮かべた。
 思わずプッと噴出す。
 やりそうだ。
 しかもハーレム設立、美人の女性大歓迎、くらいは言いそうだ。
 そして折角上がった株も、色んな意味で大暴落するだろう。

 ベリオとカエデは、治療を続けながらも大笑いした。


 ブラックパピヨン


「…ベリオは楽しそうだねぇ…」


 一応、自分もそこに居るのだが。
 意識を伝わってくる笑い声に苦笑して、ベリオはその場にしゃがみこんだ。

 ここは、村…があった場所。
 魔物達の進軍ルートだった筈だが、予想通りと言うか何と言うか、 村は徹底的に破壊されていた。
 ベリオ達の部隊とシア・ハスの隊で挟撃し、さらにシア・ハスの隊が罠を仕掛けつつ撤退したのは昨晩の事。
 そして、魔物達がその罠を突破してシア・ハスの隊を追ったのも昨晩の事。

 たった一晩の間に、それも行きずりだというのに、これほどまでに徹底して破壊するだろうか?
 それだけの時間もないだろうし、態々破壊する理由もない。
 魔物達は闘争本能や破壊衝動が強いが、意味もなくこれ程の破壊活動をする事はない。
 破壊するなら、精々蹴りをくれて壁を崩す程度の話であり、文字通り粉々にする事はない。
 そこまで徹底せずに、次の標的に向かう。

 だというのに、この有様は何だ?
 まるで大砲をバカスカ打ち込んだかのように、村が更地…いや、クレーターだらけになっている。
 何処をどうすれば、こんな破壊力が出せる?


「それに…このクレーター、普通の破壊じゃない…。
 周囲の土が、全然盛り上がってないじゃないか。
 これは…叩き潰されたんじゃない…。
 ……削り取られた?
 こうも綺麗に?」


 ブラックパピヨンがしゃがみこんで調べているのは、クレーターの一つである。
 見事な擂鉢状にへこんでいて、その壁面の滑らかさと来たら、ダンボールを使って滑れそうな程。
 こんな破壊を可能にする術を、ブラックパピヨンは知らない。


「…こりゃ厄介な事になりそうだよ…」


 呟いて、顔を上げるブラックパピヨン。
 もう少し遠出をしてみようかと思ったが、今でもサイコパペットの駆動範囲ギリギリである。
 これ以上進むのは不可能だ。

 どうやらタイラー隊は、これ以上進まずに引き返してくるらしい。
 なら、態々合流しに向かう事もないだろう。
 心が和むような場所でもないが、精々のんびりさせてもらおう。

 例によって露出度が異常に高い格好のまま、ブラックパピヨンは大きく伸びをした。
 ただでさえ大きなベリオの胸が、ブラックパピヨンのイメージによってサイコパペットを通じて更に3%増量。
 そして胸を大きく突き出すようにして伸びをしたのだから、傍から見るとどうなるか…。
 紐同然の衣装が、まるでロープが縛りつけるように胸に食い込んだ。
 小さな出っ張りが浮き出て見える。


「……〜〜ん〜〜っ…!
 っはぁ…。
 一人で行動するのって、こんな気分だったかねぇ…」


 今まではベリオがずっと一緒だった。
 ベリオが眠っていても、自分の存在を認めてなくても、常に側に居て、究極的には同じ事を一緒にして、同じ物を一緒に見ていた。
 だが、今は別々のモノを見ている。
 魂は同じ場所にあるが、意識は遠く離れている。
 奇妙な清清しさと、寂しさを感じた。


「……こんな感傷、ガラじゃないわ。
 …久々に出番なんだし、もうちょっと何かしようかな…。
 さっきのベリオとカエデのシーンじゃ、忘れられてるんじゃないかと思ったし…。

 ………。

 誰も居ない事だし…。
 ここは一つ、青空の下でアオカンならぬアオオナニーでもしてみようかな…。
 でも、流石に虚しいだろうしなぁ…読者サービスにはなるかもしれないけど」


 享楽に耽るにしても、元村のド真ん中、寒々しい破壊後でヨガっていては完全にヘンタイだろう。
 流石のブラックパピヨンも御免蒙る。


「ま、精々散歩でも……おや?」


 つまらないと思いつつも妥当な結論に行き着いたブラックパピヨン。
 しかし、その視線の端に動く物を捉えた。

 地上ではない。
 どうも、雲と同等かその上を動いているらしい。
 鳥でも無さそうだ。
 何となく気になったブラックパピヨンは、その動く物体を何気なく見詰めていた。

 こちらに真っ直ぐ飛んでくる。
 いや、どうやら風に流されているだけらしい。
 右に左ひ揺れながらも、ブラックパピヨンの頭上まで飛んできた。
 そのまま通り過ぎようとする。
 結構なスピードで移動しているようだ。


「…何よ、アレ……は…?」


 目を凝らしたブラックパピヨン。
 彼女の視力を嘗めてはいけない。
 その気になれば、10階建てのビルの屋上から地上に落っこちている針を見つけられるのだ。
 まぁ、それはルビナスが改造しまくったサイコパペットを使うからこそ出来る芸当だが。

 その視力を最大限に使って、自分の頭上を行く飛行物体に目を凝らした。
 そして、絶句。


「に、人間…!?」


 人間である。
 さすがの彼女も絶句した。
 まぁ、空を飛ぶくらいなら別に構わない。
 アヴァターでは、レビテーションなる空中浮遊の術が普通に認められているのだから。

 何に驚いたかってーと、その飛び方。
 昔懐かし、羽衣の術。
 漫画なんかでよく忍者が使う、風呂敷を使って空を飛ぶアレだ。
 実際の羽衣の術とは、空を飛ぶのではなく高所から落下した際に着地の衝撃を和らげるための物でしかないのだが…。
 まぁ、強烈な風があれば飛べない事はないかもしれない。

 どうやら、宙を飛ぶ人間…多分、男…は、上空何百メートルかを吹きすさぶ強力な風によって飛び回っているらしい。
 …ひょっとして、降りられないのだろうか?
 あれでは方向転換もままならないと思うが…。


「…世の中にはヘンな人がいるもんだね…」


 自分が及びもつかない変人が。
 妙な所で世の中の奥の深さを実感するブラックパピヨン。
 珍妙なモノを見た、と思って忘れようとしたその時。
 記憶の底を走り抜けるモノが。


「……? …………!?」


 慌ててもう一度上を向く。
 しかし、その時には既に男は居なかった。
 風に流されて消えたのか、それとも雲の中に突入したのか。

 いや、それよりも。


「あの仮面…まさか、兄さんの…!?」


 男が被っていた白い仮面は、かつて…“ブラックパピヨン”が生まれる前に、一度だけ見た仮面。
 悪夢の象徴。
 自分には優しかった兄が、冷徹な殺人鬼となって人を切り刻んだ時に着けていた仮面。
 あの仮面が夢の中で何度登場し、何度赤く染まったことか。

 最近は、ようやく見なくなっていたのに…。


「なんで…」


 呆然として呟いた。
 応えは返ってこず、男の姿ももう見えなかった。


 ちなみに、ブラックパピヨンが夢を見なくなったのは、単にヤリ疲れて夢も見ない程に深い眠りに落ちていただけである。
 まぁ、惚れた相手がすぐ側に居るという安心感も作用していたかもしれないが。


14日目 夕方 未亜チーム


 一方、港町では。
 先に到着した避難民は、港町の容量を超えつつあった。
 元々、そう広い街ではない。

 鮨詰め状態となりつつある避難民達は、そろそろ不満が限界を超えつつあった。
 ようやく安全な場所に辿り着いたかと思えば、いきなりその目の前で通行止めされて念入りに身体検査(おかしな意味ではない)され、港町に入ったと思えばスペースが殆ど無くなっている。
 どうやって登ったのか、屋根の上に鎮座している者も居た。
 屋根がミシミシと嫌な音を立てている。
 路上に座り込む事は禁止されているが、これは仕方が無い。
 通行の邪魔になるし、いざ襲撃を受けた時に伝令が伝えられなくなってしまう。

 港に着港した船に何人か乗り込み続けているが、正直言って焼け石に水だ。
 既に、船は4隻出発している。
 残りは2隻。
 これだけの数の避難民を乗せるのは、はっきり言って不可能だ。
 出発した船(2隻ずつコンビで)には、それぞれダリアとリコが乗っている。
 次の2隻に、未亜が乗り込む…予定だったのだが。

 だが。


「リリィさん、そろそろじゃないですか?
 向こうで作業員の人達が、アレと連絡を取ってたよ」


「そうね…。
 未亜、アンタ最後まで残る事になるけど…気をつけてね」


「うん!
 …で、景気付けと言ってはなんだけど、ネコミミ触らせて…」


「…肉球で我慢しなさい」


 場を弁えないとも取れる未亜の要求に、リリィはジト目で応じた。
 乾いた笑いで誤魔化す未亜に、ネコモードとなった手を差し出した。
 掌の中心に、まるーい肉。
 誰であっても触らずには居られまい。


 恍惚とした表情で、肉球をぷにぷにする未亜。
 ネコ好きには至福の時間だろう…。


「ああ、しやわせ…」


 単語が間違っている。
 正しくはしあわせ、だ。


「んっ…。
 ちょっと…び、敏感なんだから、あんまり突付かないで…」


「はぁーい」


 ちょっと桃色に染まったリリィの頬。
 性的な刺激と似通っているのだろうか?
 それとも未亜が纏う淫気とかがそうさせるのだろうか?

 名残惜しそうに手を離す。
 周囲に人は居なかったからいいものの、誰か居たらネコりりぃに殺到するかもしれない。
 まぁ、今はネコモードは手だけだが。


 それはともかく、工場で作られていた『奥の手』がそろそろ到着する時間だ。
 こちらに来る時には、援軍が幾らか乗り込んでいる筈。
 タイラー部隊ほどの精鋭ではないだろうが、それでも充分戦える部隊を選んだ筈である。


「それじゃ、私は港の方に行ってるわ。
 未亜は…また屋上?」


「弓の力を最大限に発揮できるのは、やっぱり屋上でしょ?」


「まぁ、そうだけどね」


 弓使いが白兵戦なんぞ、普通はやってられない。
 訓練された兵士や戦士ならまだしも、未亜はまともな訓練なんぞ受けてはいないし。


「じゃ、大河によろしくね。
 未亜も会わないかもしれないけど。
 …それと、ユカ・タケウチに余計なちょっかいを出すんじゃないわよ。
 彼女のファンを敵に回す事になるから」


「…そういう私のイメージをちょっと変えてみようと、Sとレズを抑制する努力とかはしてるんだけどなぁ…」


「…レイミ・謝華にあれだけやっといて、よくもまぁ…。
 …まぁいいわ。
 それじゃ、向こうの港町で会いましょ」


「うん!」


 リリィと未亜はハイタッチを交わし、それぞれの持ち場へ駈けていった。
 未亜はまた屋上へ。
 避難民の中から、何度か魔物発見の報告が来ている。
 そういう魔物は、数人の兵士達または魔法使い達が正体を看破し、本性を表す前に未亜がジャスティで射抜いている。
 兵士と魔法使いの注意深い検査のお蔭で、まだ魔物を港町内に侵入させてはいなかった。
 もし今侵入を許せば、鮨詰め状態の避難民達は、人込みに押されて逃げる事もできないだろう。
 しかも、パニックが伝染して収集がつかなくなってしまうだろう。
 そう言った意味では、検査役の兵士達は未亜よりもずっと重要な役目を任されていると言っていい。


 一方リリィはと言うと、一直線に港へ向かった。
 大仰なマントなんぞ着込んだ魔法使いらしき少女に、注目が集まる。
 その視線を気にも止めず、リリィは水平線に目を凝らした。

 足元に目をやれば、打ち寄せる波。
 目のいい者ならば、その波の中に何かが漂っているのが見えたかもしれない。
 『切り札』は、“これ”を伝ってやってくる。
 その高速性故に、船のように普通に海の上を渡る事はできない。
 そこで、まず最初に船が港町まで“これ”を牽引して、そして準備が整ったのを確認してから『切り札』がすっ飛んでくる。
 これが手筈である。


「しかし…私、本当に必要なのかしら?
 アレに追いつける魔物なんて、心当たりが無いんだけど…。
 まあ、そもそもスペック通りのスピードが出せるのかも疑問だけどね…。
 ま、少なくとも停止の時には必要か」


 余人に聞かれないように、ボソリと呟く。
 そして周囲を確認し、着港に最も最適な場所を探す。
 『切り札』が来る時には、周囲から人を遠ざけねばならない。
 何せ凄まじいスピードで、減速しながらとは言え突っ込んでくるのだ。
 その被害を止めるために、リリィは大掛かりな防壁を築かねばならない。
 こういうのはベリオの役目だが、居ないのだから仕方ない。


「さって…私は陣よりも、魔力を一斉起動させる方が得意だしね…。
 …この辺に魔力を放って、と」


 目星を付けた場所付近に、魔力の塊を放る。
 周囲の避難民には魔力が見えないので、魚に餌でもやっているようにしか見えないだろう。

 この魔力が目印だ。
 ブレーキ機能にちょっと不安が残っているらしいので、早めにスピードを落す…手筈になっている。


「それじゃ…ライテウス、お願いね」


 相棒に向かって微笑むと、少しだけライテウスが光った気がした。
 その時、船乗りの一人がリリィに向かって話しかけてきた。


「シアフィールドさん、来ました!」


「了解です!
 周囲の人を避難させてください。
 ヘタすると津波に飲まれますよ!」


 リリィの目にはまだ見えないが、船乗りには視力は必須である。
 リリィよりも、ずっと正確に見ているであろう船乗りが言うのだから、確かに迫ってきているのだろう。

 放り出した魔力は、全て海上を漂う道標の上に位置している。
 無論、最初から狙って放ったのだ。

 雑念を排除し、両手を組んで集中する。
 ライテウスが、魔力が見えない人間にもはっきりと分かる程に光りだした。


「ん…んんっ……!」


 若干の緊張を残しながらも、リリィはコンセントレーションを高めていく。
 今から使うのは、既存の魔法の類ではない。
 いや、既存の魔法ではあるのだが、名前が無い。
 強いて近い魔法を挙げれば、パルスやパルス・ロアだろうか。
 魔力を加工せず、直接コントロールする術である。
 非常に簡単だが、それだけに威力は使い手の技量に左右される。
 放出された魔力は、使い手のイメージによってその形を変える。
 性質的には、霊力と呼ばれる物に近いかもしれない。


「展開ッ!」


 リリィはカッと目を開き、離れた魔力に指令を送る。
 それに応じて、幾つもの魔力が薄い四角形に広がった。
 リリィはこの四角形の強度の調整に、細心の注意を注ぐ。
 強すぎてもダメ、弱すぎてもダメ。
 まぁ、強すぎると言う事はちょっと考えにくいのだが。


 背後で避難しつつも、リリィを見ていた避難民達が声を上げる。
 リリィが使った魔法に驚いていると言うのもあるが、水平線から何かが接近してくるのである。


「あれは何だ!?」

「トビウオか!?」

「クジラか!?」

「我ら未確認物体驚愕隊、改めてあれは何だ!?」

「魔物なんじゃないのか!?」

「突っ込んでくるぞ!」


 何かヘンなヤツが居たような気がするが、避難民達は慌ててその場を離れようとする。
 中にはリリィに声をかけた者も居るが、生憎リリィにはそんなん聞いてるヒマなんぞ無い。


「…来た!」


 リリィの魔力の一つが弾け飛ぶ感覚。
 『切り札』が到着したのである。
 道標上に配置した魔力の壁が、次々に弾け飛ぶ。
 リリィはその強度と弾力を上げながら、自分との相対距離を測る。


 一つ弾け飛んだ。
 対象は減速している。
 一つ弾け飛んだ。
 対象は減速している。
 一つ弾け飛んだ。
 対象は減速している。
 一つ弾け飛んだ。
 対象は減速している。
 一つ弾けとんだ。
 対象の突進力は随分と弱まっている。
 一つ弾けとんだ。
 魔力の壁を破られにくくなっている。
 一つ弾けとんだ。
 もう少し強度と弾力を落せ。
 一つ弾けた。
 対象、徐行速度にまで減速。
 弾けた。
 充分停止可能な速度になった。

 高速に煽られた波が、リリィに向かってぶちまけられた。
 慌てず騒がず、最後の切り札だった特製の魔力の壁を張って、波を阻む。


「…ミッションコンプリート。
 流石にヒヤヒヤしてたわ」


 多少が港に横付けに停止したのを確認し、リリィは手を下ろした。
 もし上手く停車してくれなければ、港町に突っ込んで大惨事を引き起こしていた事だろう。
 リリィでも緊張するってモノだ。

 背後では、避難民も兵士達も唖然としている。
 それはそうだろう。
 アヴァターの人間は、これ程のスピードで動ける乗り物など見た事もない。
 それに、こんな鋼鉄の塊が海の上を走るなど…夢物語でしかない。


 兵士の一人が、恐る恐るリリィに近付いた。
 その目は、一つ向こうの埠頭に停止している『切り札』に釘付けである。


「あ、あの…シアフィールド殿、あれは一体…」


「…この作戦の切り札よ。
 見ての通り、海の上を高速で移動する乗り物。
 …まぁ、信じられないのは分からないでもないけどね…。
 これを使えば、ぎゅうぎゅう詰めになってる港町から、大量の避難民を、素早く別の港に連れて行けるわ」


「これが…?」


 半信半疑である。
 とにもかくにも、リリィは避難民にさっさと乗り込んでもらう事にした。
 とは言え、いきなり乗り込めと言っても大丈夫だろうか?
 自分から乗せろ、と暴動が起こりそうだが…。


 扉が開き、王家の紋章を付けた兵士達がワラワラと出てくる。
 中にはフラフラしている者も居るようだが…とにもかくにも、援軍である。

 避難民達は、『切り札』がどんな物なのか知らないまでも、人を乗せる乗り物だと知って興味を持ち始めている。
 船が足りないのだから、得体の知れないこの乗り物でも…と考えているのだ。


「いいから、早い所避難民の皆さんを誘導してください。
 兵は神速を尊ぶ、でしたっけ?」


「あ、はい、了解しました!
 ……あの、この乗り物の名前は…?」


 リリィはチラリと『切り札』を見る。
 鋼鉄の箱が、幾つも連なったその姿。
 先端には何の冗談か蛇の目マークがペイントされている。
 …傘のつもりだろうか?
 そして更に何を考えているのやら、『STAIRWAY TO HEAVEN!』と刻まれている。
 こんな物、工場ではペイントしてなかった筈だが…。
 波に埋もれて見えないが、道標…否、レールとガッチリ組み合わさって回る車輪。


「この乗り物の名前は…『海列車』よ!」




大学4年ともなると、夏休みのありがたさが薄れている気がする時守です。
だって卒研以外に学校に行く理由無いし…。
まぁ、文化祭の学科の方にスカウトされたんで、また忙しくなりそうですが。
…友人が、去年は徹夜したって言ってました…。
まぁ、文化祭は当分先だし…幻想砕きを書いてられない状況になっても、暫くは書き溜めがあるから大丈夫です。

やっとこさ山の中の工場で作られていた『奥の手』がお披露目されました。
ふぅ、思えば長かったなぁ…展開遅すぎ。

それでは、レス返しです!


1.パッサッジョ様
今後ともよろしくお願いします<m(__)m>
実を言うと、最初にイメージしていたのは奇問遁甲ではなくて石亭八陣だったんですよね…。
三国無双でやったウロ覚えの知識だったので…。
投稿直前に慌てて修正しました。

ダリア先生の真面目なバトルシーン…うお、自分で言うのもなんだけど、物凄くレアなシロモノを書いた気がします。


2.YY44様
お久しぶりです!
そろそろ本格的に敵を出さねば、と思ってこうなりました。
でも出番が全く回ってこない“破滅”の将に合掌。

うぁー、時守もライブに行きたかったー!
DVDとか無いかなぁ。


3.イスピン様
終わりの見えない作業って辛いですからねぇ。
やる気以前に、人間の体力なんぞアッと言う間に消耗してしまいます。
無限召喚陣か…思えば恐ろしい術ですね。
誰が考案したんだろう?


4.アレス=アンバー様
ふっ、よりにもよって昼行灯ダリアが真面目になった時点で、これ以上のシリアスは無いと断言できたりできなかったり。
いや、リコも同じ戦い方できますよ?
ただ、ダリアの場合は乳の戦闘力によって動きが止まりますが、リコの場合は同情心ゲボガハグホゥ!?
…失礼、ちょっと口からスライムを流し込まれてました。

しかし、ハーレムルートでダリア先生が普通に生き延びてるのには驚きましたね。
これでサヨナラ、みたいな事を言ってたのに…それでこそダリア先生!

…そう言えば…ガルガンチュワって、結局何処に隠されていたんだろうか…。


5.カシス・ユウ・シンクレア様
ご指摘ありがとうございます<m(__)m>
ふぅ、最近テンパってるみたいで誤字や文法間違いが多いなぁ…。

アザリン様が劉備なのは、まぁ人徳的にも納得できます。
大河君が趙子龍に見えないのは…主に下半身のせい?
そもそも、それを言ったらあのUMAなんか赤兎馬…?
アレ以上に速く走れる馬なんて居ないし…。

一発キャラの顔ですか?
そうですね、へのへのもへづ、が基本です。
最近ボケキャラが居ないので、こういう人を書くと妙に心が癒されますw

汁婆がどうやってユカの頭を叩いたか、ですか?
彼の両手両足は、ルフィのようによく曲がります。
間接の稼動領域なんて、全くの無制限と言うものよ。

ユカを見詰めていたキャラは、上手く天然に出来たでしょうか?
天然はムズかしいキャラなので、正直自信がありません。

……巨大化?
ふっふっふっふっふ………。


6.根無し草様
やっぱりそれなりの損害と言うか敵の動きがないと、どうしようもないですからね…。
この山場を越えたら、また進行がとてつもなく遅くなりそうなんです…(汗)
なにせバルドのキャラを急遽組み込みましたから…。

ダリア先生…考えて見れば、原作では戦ってはいても、バトルシーンは無かったような…。
ハーレムルートじゃ、敵の集団に突っ込んでいってそれっきりだし…あ、リリィルートでダウニーに短剣を突きつけてたっけ。
…でも、思いっきりニコ顔だったからなぁ…。

あー、未亜、リリィ、根無し草さんは○○に美乳と入れるつもりだっただろうから許して…うわこっち来るなー!


7.神〔SIN〕様
レスのタイトルに、思わず頷いてしまいましたよ。

…ところでダウニー、止めたのは教師の方か?
それとも主幹の方か?
マサオさん…気にしないでよ、最近出番が無いだけで、最終的にはまたアフロにしてあげるからw
髪型ネタで弄られるキミは輝いていたよ…。

長谷…マダオ、タクシーを人に貸した挙句に人身…。
またクビだね!
と言うか、前にタクシーの運転手をクビになったのに、どーやって同じ職についたのかしら?

『だろう計画』と『かもしれない計画』ですか、成る程成る程。
時々『だろう計画』の方が上手く行く人も居ますけど、ダウニーは明らかに不運の星の下に生まれてますからね。
例え『かもしれない計画』でも、希望的観測がちょっとでも混じっていればアウトでしょうなw

細目巨乳忍者?
もちろん知ってますよ。
いいキャラですねぇ…。
…ラブひなを書く時、ハーフ娘はどうすっかな…。

ってか、いきなり仮面ライダー!?
B○DANはどこだ!?

追記 最後の『ドン!』の衝突の時に、ダウニー先生がサンドイッチ状態になって死に掛けてます。
クライマックスまで倒れられると困るので、死なない程度に治療治療…。


8.ナイトメア様
なんだか忙しいようで、お疲れ様です。
お体に気をつけて…。

…一つ気付いたのですが、ここまでシリアスが続くのは…ある種のスランプ!?
だってギャグが出来ないんだ!
ぐわー、気分転換に戦国BASARA2を延々とやりこむぜ!

個人的には、狼は大河の方じゃないかな、と…。
ファラオ学園長に笑いましたw
と言うか、ピンクの救世主!?
ああっ、魂を集めてMに洗脳するつもりだな!?
まさか大河への貢物とか…。

足洗邸ですか…。
書店を探し回ってるのですが、どうにも見つからないんですよね…。
むぅ…amazonしかないかな?


10.舞ーエンジェル様
おーうぃ。
バルドキャラのお披露目ですか…。
彼らを組み込んだお蔭で、随分と話が長くなりそうですw
まぁ、お蔭で色々と詰め込めるアイデアができましたが…その分矛盾も大きくなるかな…(汗)

シュミクラムとかその辺りの装備は、大幅に事情を変更して出す事になります。
さすがにそのまま出すのは無理だし…。

“破滅”の将は、当分オヤスミですね。
最初はもうちょっと早めに出す予定だったのですが…気がつけば、ホワイトカーパス逃避行がメッチャ長く…orz
それでもいいと言ってくれる読者様の好意に甘えて、この際徹底して行こうと思います。

ユカのエッチシーンは洒落にならない程先…だって予定してたタイミングの前に、バルド編が押し込まれましたからね!
ふぅ、ユカのオトナの階段はずっと遠くにあるようです。
それまでは、精々ラブコメっててもらいましょう。

フノコ?
…何してんだろ?
ムドウとシェザルは、まず間違いなくお陀仏ですね。
ああ、本気で彼らの出番がない…。
敵側の幻想砕きキャラが殆ど居ないってのも妙な話だなぁ。

時守もネギまは好きです。
立ち読みしかしてませんがw
ストーリーが甘ったるいのは…まぁ、赤松さんですからねぇ…。
芸風でしょ。

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