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「霊能生徒 忠お!〜二学期〜(課外授業2)(ネギま+GS)」

詞連 (2006-07-31 00:31/2006-08-02 06:48)
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「木乃香さん。明日、アスナさんの誕生日プレゼントを買いに行くんですが、付き合っていただけませんか?」
「ん?誕生日プレゼント?」

 土曜日の夜、アスナのいない隙を見計らって、ネギが木乃香に頼み込んだ。

「はい。明後日のアスナさんの誕生日なんですが、僕、修学旅行のことで頭がいっぱいで何も用意していないんで。それで、木乃香さんにアスナさんの誕生日プレゼントを選ぶのを手伝ってほしいんですけど…」
「そっか。うん、ええよ。ウチも買うつもりやったし。それなら原宿まで行かへんか?」
「ハラジュク…確か若者の町ですよね。キングスロードみたいな」
「きんぐすろーどが何かは知らへんけど…そんな感じや」
「そうですね。はい、じゃあそうしましょう」


 ともかく、これがネギと木乃香がデートに行くことになった顛末である。


 そして翌日の日曜、昼下がりの都心をネギと木乃香は歩いていた。ネギの手には、それなりの重さが感じられる綺麗に包装された箱があった。中身はオルゴール――アスナの誕生日プレゼントだ。

「いいものを買えましたね」
「アスナの好きな曲のがあってよかったなぁ」

 二人は笑顔で歩きながら町を見て回る。日曜で人も多く、それに答えるようにショウケースからも活気があふれているようだった。イギリスではウェールズの山奥、日本では麻帆良でその時間のほとんどを過ごしてきたネギにとって、その混沌とした力強さと洗練されたお洒落さがせめぎあうこの街は、とても新鮮なものだった。そして、ネギはいくら教師と言っても、まだ10歳の好奇心に溢れる子供だった。

「木乃香さん!あれってなんでしょう?」
「あ、待ってぇな、ネギ君。急ぐと危ないえ」

 木乃香の忠告も聞かず、ネギは足を速めて角に差し掛かり、そして角から出てきた人影にぶつかった。

どんっ

「うわわっ」
「きゃっ!」

 ネギとぶつかった人影はネギより身長は高かったが、しかし女性だったらしく、尻餅をついてしまう。

「あわっ!す、すいません!」

 イギリス紳士として女性に怪我をさせてしまうとは。ネギはあわてて転ばせてしまった人物に謝罪する。転ばしてしまった女性は、そのネギの様子を驚いた表情で見つめていた。

「ひょっとして…ネギ君?」
「えっ?どうして僕の名前を?」

 突然、自分の名前を呼ばれ、ネギは知り合いだったのかと改めてその女性を見る。そしてようやく、ネギはその女性がかなりの美人であることに気付いた。
 カラスの黒尾羽という日本独特の比喩が似合う、しっとりと黒いぬまたばのロング。今は驚きで見開かれている目はパッチリとして、ともすれば冷たい印象を与える整った顔立ちに柔らかさを添えている。
 服装は、下はデニム地のロングスカート。上は肩が見えるベアトップと薄い青のワイシャツ。額には文字の様なものが刻まれた金環。
 正直な話、ネギは一瞬、周囲の喧騒すら耳に入らないほど見惚れてしまった。
 だがすぐに気を取り直して、まだ尻餅をついたままのその女性に手を差し伸べる。

「あ、手、手を…」
「ふふっ…。ありがとう。やっぱりネギ君は紳士さんね」

 彼女はネギの手を借りて立ち上がる。その際に軽くゆれた髪から、仄かに甘い―――春の花のような香が空気に解け、ネギの鼻腔を擽る。香水だろうか?ネギは、自分の鼓動が少し早くなるのを感じた。
 立ち上がった彼女は、しかし掴んだネギの手を離さず、ネギに微笑みかける。

「ありがとう。ネギ君。また会えて嬉しいわ」

 そう言われても、ネギはその女性に心当たりがない。失礼とは思ったが、ネギは問い返した。

「あ、あの…どうして僕の名前を?あなたは誰なんですか?」
「えっ!?そ、そんな…!」

 彼女は、まるでこの世の終わりを知らされたかのような、驚愕と絶望の表情を浮かべた。潤んだ彼女の瞳を見て、ネギの思考はさらにかき乱される。
 彼女はネギの手を両手で包み込むようにすると、それを自分の胸元に持っていく。

(わっ!わたわわわぁっ!)

 腕に当たる豊かな胸の感触に、いよいよネギの頭は沸騰し、理性的な思考は煮沸される。
 だがそんなネギの内情にかかわることなく、その女性は訴える。

「そんな…忘れちゃうなんて、酷い…っ!」
「へっ、は、へぇぇっ?」
「私…初めてだったのに…」
「はっ、初めて、ってな、何のことでふか…?」

 甘い香、腕の感触、そして潤んだ彼女の瞳。全ての要素がネギを困惑させ、正常な思考を阻む。だんだんと目まで回ってきた気もする。
 そんな、真っ赤になって陥落寸前のネギ。だから、彼は彼女の黒い瞳の奥に、わずかに宿った酷薄な光に気付かなかった。

「あのぉ…ちょっとええ?」

 しかし、さらに言い募ろうとする彼女より早く、救世主がやってきた。それは木乃香だった。木乃香はネギの隣から、女性の顔を覗き込む。

「な、何かしら?」

 僅かに汗と焦りを浮かべる女性。木乃香はその顔をじっと覗き込む。
 わずかに数秒の、しかし当事者達からすればはるかに長い時間が過ぎ…

「ああ、横島さんやないかぁ?綺麗やなぁ。驚きやー」
「ぎくぅっ!」

 木乃香の言葉に女性―――横島は表情を引きつらせ

「よ、よよよ、横島さん!?!?!?!?!?!?!?!?!?」

 ネギは人目もはばからず、驚きの声を上げたのだった。
 遠くから、人ごみを掻き分けて、まき絵達四人が駆けてくるのが見えた。


 霊能生徒 忠お!〜二学期〜 課外授業2 〜マイ・フェア・レディー?(下)〜


魔鈴からネギがデートとなどという、羨ましい事をしくさっているという情報を得た横島の行動は早かった。お勘定を済ますと店を飛び出て、まだ散乱していた観葉植物Xを断片を踏みつけ仁王立ち。すぐさま文珠ダウジングを決行。ダウジングの結果に半信半疑の運動部四人組を引き連れてネギと、そして隣を歩く木乃香を発見した。


 ぶち壊さなねばなるまい。


 論理も思考も一足飛びに結論した横島は、巧みにネギの進行方向に回りこみ

「きゃっ!」

普段なら絶対上げないような声をあげて、転んでみせたのだった。


「つーわけで、生徒とデートなんて羨ましいことしやがる手前に裁きの鉄槌を食らわしてやる!覚悟しやがれ、ネギ!」
「違います、って言うか直前までの説明と台詞が全然繋がってませんよ、横島さん!」
「あ〜はいはい。横島、落ち着きなって」

 手を握ったり開いたりしながらネギに迫る横島を、裕奈が止める。

「で?ネギ君と木乃香はどうして新宿に?」
「あ、はい。実はアスナさんの誕生日プレゼントを買いに」
「プレゼント?…あ、そういや明日、アスナの誕生日だっけ」
「アスナ、そういうこと、自分からは絶対に言わないからなぁ。ちょうどいいや。私達もアスナのプレゼント買っちゃおうか?」
「そやな」
「うん。横島さんも良いでしょ」

 まき絵の提案に、亜子もアキラも同意し、多少なりとも落ち着きを取り戻した横島に尋ねる。

「ああ、特に用事もないしな。デートの邪魔を出来るなら何でもいい」
「だからデートじゃないですよ!それはそうと横島さん達はどうしてここに?」
「あ、そうそう!ネギ君!」

 まき絵は言うと、横島をネギの前に突き出す。

「おっと」
「じゃじゃ〜ん♪どう?この横島さんの格好は!?」
「えっ、ど、どうって…」

 言われてネギは、改めて横島を見る。今の横島の姿が魅力的なのは、さっき目の前の人物が横島だと知らずにぶつかった時に、すでに見惚れて実感している。

「ん?何だよ?」

 今の横島にぶつかった時の、甘い媚がある挙措動作はまったくない。しかし今の飾らない表情のほうが、ネギにはより魅力的に映る。
 言葉なく横島を見つめるネギ。その様子を見て、横島は曲解のため息をつく。

「ほれ見ろ。やっぱこういうのは俺に似合わないってネギも思って「そ、そんなことありません!」ぉうっ?ネ、ネギ?」
「横島さんはすごく魅力的です!もう称える言葉が見つからないくらいですよ。特に今日の横島さんはとても綺麗で、女の子らしくて。僕、見惚れてしまいました。…あ」

 ネギが我に返るが時すでに遅し。木乃香と運動部四人組は、まるで猫じゃらしを見つけた猫のような表情でネギを見ている。

「ネギ君、見惚れちゃったんだv」
「横島さんは魅力的です、だって。うふふっ…」
「そ、そんな。こ、これはあくまで一般論でして……」

 赤くなって言い訳をするネギ。一方、横島としては複雑である。
 容姿を誉められるのは悪い気はしない。だが…

(女の子らしいって言われてもなぁ…)

 最近GS免許の表記すら女に変えられた身としては、その評価は地味にきつい。その話題から離れるため、横島はネギに助け舟を出すことにした。

「そういやさ、ネギ。お前、魔鈴さんの店に行ったろ。その時、表に怪植物がいなかったか?」
「へっ、か、怪植物ですか?はい。二鉢ほどいましたけど…」
「えぇ〜。あれって可愛いやない」
『か…!?』

 あの悪趣味極まりないお花さんに対するありえない評価に、驚いた横島達が振り向けば、そこには皆のリアクションの意味をわかっていない木乃香がいた。

「こ、木乃香。あんた、可愛いって正気!?」
「アレだよアレ!あの、グネグネぬめぬめの!しかも襲ってきたし!」
「えぇ〜、けど可愛いやない?それに襲ってなんか来なかったで?」

 裕奈と木乃香が突っ込むが、木乃香は首をかしげるのみ。横島は、その発言を聞きながら、一つの結論に達する。

「ひょっとして……撫でたのか、アレを?」
「?うん。そーしろいう張り紙もあったし」
「そうするとマジで襲われないで済んだのか…」
「あ、あの…魔鈴さんのお店で一体何があったんですか?」
「うん。撫でんで通り過ぎよーとしたら、あの怪獣が襲ってきてな。横島さんが戦って倒したんやけど、その返り血、やなくて返り液で、横島さんはぬめぬめになっちゃったんや」
「ああ。おかげでパンツまで駄目になっちまってな。魔鈴さんとこでシャワーを浴びて、買ったばかりの服に着替えたってわけだ」
「あれ?横島、パンツ買ってたっけ?」
「ん、ああ―――
――だから今、ノーパンなんだ」
『えええええっ!?』

 その言葉に一番反応したのはネギだった。
 横島さんがノーパン。そのキーワードがつい先週に、魔法の失敗のおかげで目にすることが出来た、横島の一糸まとわぬ(ただしバンダナだけは残っていた)姿を想起し、ネギはあわててその映像をかき消そうと必死に頭を振り

ずびしっ

その時、横島のでこピンがネギの額を捕らえた。

「アタッ!」
「ば〜か。んなわけねーだろ。ちゃんと魔鈴さんのところで買い置きをもらったよ」
「う〜…ひ、酷いですよぅ…」
「はははっ、悪い悪い」

 涙目でむくれようとするネギの頭を、横島は笑いながら撫でる。邪気のない笑顔を向けられて、ネギもつられて笑ってしまう。

「ふうん…。さすがの勘九郎さんも女の子のショーツまでは用立ててくれなかったか」
「これは問題ですなぁ…。次に行く場所は決まったね」
「…えっと…どこにだ?」

 不気味な笑いを浮かべる裕奈とまき絵。横島は本日何度目かになる、嫌な予感を感じたのだった。


 でもって数分後。横島がつれてこられたのは。布の面積の割りに単価のめちゃくちゃ高い、色とりどりの布切れが売られている場所だった。
 つまりランジェリーショップv

「逃げるぞネギ!」
「は、はいぃっ!」

 同じく顔を真っ赤にしたネギを引き連れて、横島はやたら大人な雰囲気の下着を持って迫ってくるまき絵たちを振り切り、走り去ったのだった。


「やっほーーーーっ!良い天気v」

 活気溢れる渋谷の街に、ひときわ元気な声がした。声の主は前髪をヘアピンで止めた少女――チアリーダーにして3A一の賭博士、椎名桜子だった。その隣には同じくチアリーダーの二人、ジーパン姿の釘宮と、キャップを被った柿崎の姿もある。

「ほにゃらば!さっそくカラオケ行くよ〜〜〜v9時間耐久〜〜〜♪」
「よ〜〜〜っし!歌っちゃうよぉ、いくらでも!」
「こらこら、違うでしょ。
 今日は修学旅行の自由行動で着る服を探しに着たんでしょ?」

 すでに遊ぶ機満々の二人に、釘宮は真顔で突っ込むが、しかし二人には馬耳東風のようで、いつの間にやら買い食いなどをはじめてる。

「ゴーヤクレープ一丁〜〜〜♪」
「あ、私もー」
「話し聞けーーーッ!そこの馬鹿二人!って…あ゛あ゛あ゛!もー怒った!私も食べる!」

 結局切れた釘宮も交えて、いつもの通り遊び始める三人。
 本当に苦いゴーヤクレープに驚き、ウィンドウショッピングで可愛い服を見つけて騒ぎ、ナンパしてくる男を一刀両断。

「あーん、楽しい!私達、普段麻帆良の外に出ないからねー」
「そうだね…ん?」
「どうしたの、柿崎?」
「あ、あれ…」

 動きを止めた柿崎は、やや呆然と前を指差す。そこにいたのは―――

「ちょ、ちょっと!アレ、ネギ君じゃない!?」

 そこにいたのは、担任である子供先生ネギと、そして―――

「あの女の人、誰だろ?」

―――そして、彼と手をつないだ、見慣れない美女だった。


「…ふぅ、逃げ切ったな」
「そ、そうみたいですね」

 壁に寄りかかりながら、ネギと横島は走って来た方を見る。まき絵達の姿はない。安堵したネギは、自分が横島の手を握っていることに気付く。

「うわっ!」
「どうした?」
「あ、いえ…」

 あわてて手を離したネギは、今まで自分がつないでいた右手と、そして横島の左手を見る。ついさっきまで感じていた柔らかさと体温を思い出し、手を離してしまったのは少し勿体なかったかなと、考え

(っ!僕は何を考えていたんだ!)

 その考えを振り払う。

「そ、それはそうと、良かったんですか、横島さん」
「良かったって…何が?」
「まき絵さん達を置いてきちゃったじゃないですか」
「…俺にあの赤いショーツやらガーターベルトやらを装備しろと?」
「…えっ…あ、いや…、に、似合わなくはないと思いますよ(///)」
「……エロガキが…」
「ち、違いますってばぁ〜!」

 からかう横島と真っ赤になって抗議するネギ。もっともネギにしても本気で不満というよりは、半ばそのやり取りを面白がっているようにも見える。カップル同士とも姉妹とも見える微妙な、しかし穏やかな雰囲気で、二人は笑顔でじゃれあっていたのだった。


 だが、それを注目している三人の心中は、穏やかならざるものだった。
 タマネギみたいな形の頭をしたジュースのイメージキャラの後ろで、三人は硬い唾を飲む。

(((こ、これって…もしかしてデートじゃないの!?)))

「おおおお、落ち着いて!ひょっとしたらお姉さんか何かかも…」
「バカッ!女の人はどう見ても日本人よ!」
「しかもあの雰囲気は明らかに違うよぉ!」

 違う可能性を探す釘宮、しかし柿崎は否定し桜子はそれを補強する。ちなみに、横島とあまり付き合いのない三人には、その謎の美女の正体が、髪に櫛を入れ、バンダナをはずした横島だとは気付かない。
 このままでは埒が明かないと、柿崎は携帯電話を取り出した。

「とにかく、当局に連絡しなくちゃ!」
「と、当局ってどこ!?」
「保護者のアスナに決まってるでしょ!」

 言いながら柿崎は、携帯を耳に当てたのだった。


 せっかくの惰眠を貪っていたアスナは、軽快な電子音で目を覚ました。

「何よ…せっかくの休日だって言うのに…」

 上体を起こしながら、寝ぼけ眼で携帯を探すアスナ。その際、勝手に出した下着に埋もれていびきをかいているカモを見つけたが、眠さと面倒臭さでスルーすることにした。

『もしもし、アスナ!』
「何、柿崎?…せっかく寝てたのに…はぁふ…」
『休日の昼間っから寝てんじゃないわよ!大変!とにかく大変なのよ!』
「だから、何がよ」
『写メ送るから見て!』
「ん〜…」

 続いて送られてきたメールを、アスナはしぶしぶ確認する。
 送られてきた写真に写っていたのは、ネギと見慣れない女―――いや、見慣れない格好をした知っている女性だった。

「ん〜あれ?これって、ひょっとして…?」
『どう!アスナ!見た!?』
『ネギ君と一緒にいるこの人って誰!?アスナなら知ってるんじゃないの!?』
『アスナ〜〜〜ネギ君取られちゃったねぇv』

 携帯の向こうから、柿崎以外の人間―――桜子と釘宮の声が聞こえてきた。どうやら三人は一緒にいるらしい。
 アスナは桜子の『ネギを取られた』という言葉にわずかな反発を覚えるが、だが成長期の体が求める睡眠の誘惑が、その反発を遥かに凌駕する。
 電話切って寝よ。

「横島さんとネギがデートなんてんなバカなことあるわけないでしょうが…」
『…!アスナ!今、なんて!横島さんって…!』
「じゃ、切るわよ」
『アスナ、ちょ―――』

 柿崎の言葉が終わるより前に、アスナは通話を切って枕に向けてうつぶせに倒れこむ。

「アホらし…」

 呟き、眠りに入ろうとするアスナ。だがその片目が閉じられるより早く、開きっぱなしの携帯の画面を見た。そこには、柿崎たちがメールしてきた、横島とネギのツーショットが表示されていた。

「あるわけないし…」

 アスナは携帯に手をやって液晶を閉じ、一つ寝返りをうつ。
 二人が付き合うということがあるはずがない。横島は美人だしスタイルもいいし、気さくな上に頼りになるし、ネギも横島に惹かれているような素振りはある。
 だが、いくらしっかりしているとはいえネギは所詮ガキだし、そもそも横島は年上好きの同性愛者を自称している。確かに普段まったくお洒落に気を使っていない横島が、あれほどまで見事にめかしこんでいるのは怪しいが、だからといってネギとデートなどあろうか?

「うん、ありえないわよね」

 アスナはもう一度、寝返りをうつ。
 それにネギは、今日は木乃香と一緒に買い物をしているはずだ。きっとそこで偶然、たまたま、ばったりと横島と会ったのだろう。柿崎たちが見かけたときも、偶然、たまたま木乃香が別行動を取っていたのに違いない。 間違っても、木乃香と買い物に行くというのが実は単なる口実で、本当は横島とこっそりデートするのが目的だったなんてありえない。
 さらにアスナはもう一回、寝返りをうつ。
 うん。そうだ。絶対そうだ。そうに違いない。
 それからもう一度寝返りをうち、またうち、そしてもう一回うち…

「………………………………………………目が覚めちゃったじゃない」

 寝転がりながら、アスナは不機嫌に呟いたのだった。


 一方、通話を切られたチアリーダー三人組は、切られる直前にアスナからもたらされた情報の衝撃で硬直している最中だった。

「あ、あ、あ、あの美女が…」
「ま、ま、ま、まさか…」
「よこ、よこ、横島さん…?」

 三人はさびたブリキ人形のようなぎこちない動きでネギと謎の美女―――横島の方を向く。
 言われて見れば、それは確かに横島だった。普段は洗いざらしのジーパンにシャツやノーブランドのトレーナーと、そしてバンダナという格好の横島は、完全に化けていた。
 もともと上記の格好で既に美少女だった上に、今の服装である。まるで魔法をかけられたシンデレラを見ているような心境だ。
 その謎の美女をもう一度凝視する三人だったが、しかし間違いはない。
 あの美女の正体は、アスナの言うとおり横島忠緒だ。
 ただでさえ担任がデートしているという状況に出くわしてテンションが上がっていた三つの脳味噌は、その相手が着飾ったクラスメートだという情報の追加で、しっかりと混乱をきたす。

「たた、大変かもーっ!」
「誰かに知られたらマズいよ、これ!」
「生徒に手を出すなんて、ネギ君クビだよ、クビ〜〜〜ッ!
 あっ!い、移動を始めたわよ!」

 柿崎の言葉に釘宮が横島達の方を向くと、二人は談笑しながら歩き出していた。

「後を尾けなきゃ」

 釘宮を先頭に、三人は物陰に隠れながらネギと横島の追跡を開始したのだった。


 自分に向けられた何かしらの意識。しかし殺気とは微妙に異なるそれを感じ、横島は立ち止まって振り返る。

「―――?」
「どうしたんですか、横島さん」
「いや、誰かに見られている気がして」
「それは横島さんがお綺麗だからですよ」
「………お前って、よく素でそんな事言えるよなぁ…」

 呆れたような感心したような口調で、横島はネギの頭を撫でた。
 だが、ネギの言っていることには少なからず同意を覚えた。確かにネギのいう通りかもしれない。現に歩き始めて数分で、既に何度かナンパを受けている。

(ちぃっ!こんなことなら、いっそ美少女じゃなくて美少年にしておくんだったぜ!そうすれば美人のお姉さまたちから、手取り足取り腰取り教えてもらえたのにっ!)

 心の中で血の涙を流す横島。もちろん、横島はナンパの誘いを受けることはなく、全てを一刀両断してきた。失敗にすごすごと退散していくイケメン達を見ていると、普段のナンパ失敗の溜飲も下がるというものだ。

「それで横島さん。どこか行きたい場所とかはありますか?」
「え?お前、アスナちゃんへのプレゼントは?」
「僕はもう買いましたよ。ほら」

 ネギは手から下げている紙袋を掲げてみせる。

「ふうん…何を買ったんだ」
「えっへっへ、秘密です」

 得意げに言うネギを見ながら、横島は自分の懐事情を考える。
 実は、現在の横島の懐は、予定していたよりまだ暖かかった。というのも、勘九郎が服の代金を受け取らなかったからだ。変わりに写真を取らせて欲しいといってきた。店の宣伝に使うらしい。

「ううむ…出来ればもう少し軍資金がほしいなぁ……―――おっ!これだ!」

 何かを見つけた横島は、ネギの手を掴む。

「ネギ」
「は、はい」

 ドギマギしながら答えるネギに、横島は笑顔でこう言った。

「ちょっと俺の恋人になれ」


「カップル限定ハイパービックパフェ!20分以内に完食したら10万円!
 準備はよろしいですね!」
「おうっ!いつでも来ぉい!」
「こ、恋人ってこういう意味ですかぁ!?」

 聳え立つという表現がぴったりくるパフェを見上げながら、ネギは半泣きで言った。パフェをはさんで反対側には気合十分の横島。二人の間にはレフリーを勤める店員がいた。

「Ready………GO!」

 フラッグが振り下ろされると同時に横島と、場の勢いに流されたネギはクリームとフルーツでできた山の攻略に乗り出した。
 デートに来ているカップルは、普通こんなイベントに参加しないという突っ込みを、心の底にしまいながら。


「うぶっ…も、もう食べれませんでふ…」
「ん、よくがんばったぞ、ネギ」

 テーブルに突っ伏したネギに、横島は賞金10万円の入った封筒を手にしながら、重々しく頷いた。

「よし、行くか」
「待って、待ってください…。今動くと…げぷっ」
「そうか?…んじゃ、もう少し待つか。あ、コーヒーひとつ追加」

 横島はウェイトレスを捕まえて注文を入れて座りなおす。ネギもやっとの思いで姿勢を直す。やがて運ばれてきたコーヒーを、横島はブラックのまま一口すする。

「横島さん…気持ち悪くないんですか?」

 全く平然とした横島に、ネギは信じられないものでも見ているかのような様子で尋ねる。

「ああ、このくらいならな。
 昔、チョコレート製のゴーレムに襲われて、口からチョコレートをリットル単位で流し込まれて以来、甘いものに耐性ができたんだ」
「リ、リットル…。うぇ…」
「おい、大丈夫か?ほら、良かったら飲めよ」

 こみ上げてくる吐き気に、口に手をやり耐えるネギ。横島は見かねて自分の飲んでいたコーヒーを差し出す。ネギは『ありがとうございます』と受け取り口をつけようとして―――カップまで一センチを切ったところで、気付いた。
 つまりこれは…!

(か、か、か、間接キッス〜〜〜〜〜!?)

 こみ上げてきたはずの吐き気が消え去り、変わりに大量の血液が顔に集まる。
 間接キスのネタは既に春休みの前、図書館島で経験しているし、そもそもアスナと既にキスはしている。だが、相手は―――

「ひょっとして、ブラックは飲めないのか?」

(相手は、今目の前で、心配そうにこちらの顔を覗き込んでいる横島さんで…!)

 ネギの目は、横島のふっくらとした唇に吸い寄せられる。だがその唇の主は、かけた言葉に反応を返さないネギの様子に、いよいよ本気で心配し始める。

「ネギ?お前、本当に大丈夫なのか?」
「えっ!?あ、は、はい!大丈夫です!ブラックだって飲めますよ!ほらっ―――あちちっ!」
「慌てるな。ホラ、水」
「す、すびまへん…」
「いや、こっちこそすまん」

 舌をやけどしたネギは、差し出された水を受け取る。舌を冷やしながら、ゆっくりと水を飲んでいくネギを見ながら、横島は珍しく、言葉通りすまなそうに言う。

「無理してつき合わせちまって、悪かったな。ごめん」
「い、いいえ!そんな滅相もない。大丈夫です。それに貴重な体験でしたし、結構楽しかったですよ」
「そう言ってもらえると助かる。―――本当に、具合が悪かったら言えよ。文珠で治してやるからさ」
「はい。ありがとうございます。あ、コーヒー、ありがとうございました」
「うん」

 中身が半分以下になったコーヒーカップをネギは横島に返す。横島はそれを受け取り、口をつけ――

―――ウンコ食った方がましじゃぁぁぁぁぁっ―――

「あっ…」
「ん?どうした」
「い、いえ。何でもありません」

 なんでもないと言いながら、ネギは顔が緩むのを止められなかった。
 以前、カモが横島に契約するためにキスしろと迫ったとき、横島は『ネギとキスするくらいならウンコを食べたほうがまし』と言い切った。しかし今、横島が何のためらいもなく、自分の使ったカップに口をつけた――間接キスをしたということは…

(少しは、僕のこと、認めてくれたのかな?)
「どうしたんだよ?ニヤニヤして」
「何でもありませんよ。…へへっ」
「?」

 頬を染めて嬉しそうに笑うネギを見て、横島は首をかしげたのだった。


 さて、幸せを感じているネギからだいぶ離れたテーブルで、釘宮達は悶えていた。

「ひゃーーーんvいいフンイキーーーーv」
「できてるって!絶対できてるよ、あの二人!」
「キャ!禁断過ぎるーーー!」

 ネギたちを肴に盛り上がる三人。この位置からは会話は聞こえないが、それでも表情や何をやっているかくらいはわかる。

「ねねねっ!やっぱり横島さんからネギ君に迫ったのかな?」
「い、いや、そうとは限らないわよ。ほら、横島って女の子が好きだって公言してたじゃん。それをネギ君が熱烈なアプローチで普通の道に引き戻したとか…!」
「愛の力って偉大だねぇvそだ、アスナにもこの様子を送ってあげよう」
「もう送ったわよ」

 柿崎は桜子に、送信しましたと表示された液晶を見せながら、ネギ達のほうに注目する。今、ネギは体調を持ち直したらしく、笑顔で横島に話しかけているところだ。そして横島も、微笑ましいものを見るような様子でネギの話を聞いている。

「ねぇ、もっと近寄って、何はなしてるか聞いてみない?」
「ダメダメ、絶対ばれるって。さっきだって危うく横島さんにばれるところだったじゃない!」
「あ〜ん。何はなしているのか気になるよぅ」

 桜子は無駄な努力と知りながら、必死に耳をそばだてた。


 妙に機嫌が良いネギと談笑していた横島は、不意にネギに聞きたかったことを思い出した。

「なあ、ネギ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいか?」
「はい?何ですか?」
「それはな―――」

 横島はそこで区切ると、手のひらに文珠をつくり―――
《遮》
 ―――発動させた。文珠の発動と同時に、周囲の喧騒が完全に遮断され、二人の周りに沈黙が降りた。

「―――魔法について少し教えてもらいたいことがあるんだ」
「…こ、これは…霊力で音を…?」
「ああ。俺達の周囲に音を遮断する結界を作ったんだ。これで盗み聞きされるようなことはない」

 横島は結界を作る要になっている《遮》の文珠をテーブルの上においた。

「修学旅行じゃ下手をすれば魔法使いとの戦いになるからな。なるべく魔法について知っておこうと思ってさ」
「いいですよ、何について知りたいんですか?」

 文珠を興味深げに眺めていたネギだったが、横島の声の真剣さを受けて、視線を横島の方へと戻す。

「えっとさ。関西呪術協会の連中は、自分達を陰陽師って言うだろ。けど、霊能力者にも陰陽師っているんだ。それでさ、その二つの違いって一体何なんだ?」

 横島の言ったそれは、魔鈴の店で思った疑問と同じものだった。たとえば魔鈴の場合、麻帆良に行く前に本人から聞いた話では、魔鈴自身はネギたちが使うような魔法と、霊能力を利用した『魔法』の両方を使えるということらしい。
 もちろん、単に使う力が魔力か霊力かであるといわれればそれまでだが、仮に京都で魔法使いの陰陽術者と戦うとなれば、より正確な情報を仕入れておく必要がある。

「判る範囲でいいから、二つの陰陽術の違いを教えてくれないか?」
「はい。東洋魔術についてはあまり詳しくないですが、分かる範囲でお教えします。
 そういえば、横島さんは魔法と霊能力の違いってどこまでご存知なんですか?」
「ん〜、エヴァちゃんに教わった限りだと、魔法は幽界(アストラルサイド)を満たす魔力を流動させて現象を引き起こすもので、霊能力はその幽界を満たす魔力を伝達する波を利用して現象を引き起こすものだ。ってことくらいかな?」
「それだけ知っていればもうほとんど説明することはありませんよ」

 ネギはそう言うと人差し指をピンと立ててこう言った。

「実のところ、魔法使いと霊能力者の使う陰陽術の間に、大きな違いはないそうです」


 陰陽術の基本の一つに五行というものがある、森羅万象は五つの属性に別れ、それらは相克相生するというのが五行の基本概念だ。魔法と霊能の陰陽術もそれは同じだ。

「ただ、両者の違いはその五行の相克や相生を引き起こす時に、幽界に対して影響する方法やエネルギー源が、魔力か霊力かという違いだけなんですよ。
 たとえば、人が何かに火をつけるのに、ライターを使うかマッチを使うかみたいな違いだそうです」

 病気を治すのに、薬を使うか手術をするかの違いのようなものだともネギは言う。

「じゃあ、魔鈴さんの場合はどうなるんだ?」
「あ、はい。魔鈴さんの場合もそうです。
 そもそも魔法と霊能は、昔はごちゃごちゃだったそうです。けれど魔法や霊能力の発動の仕組みが解明され始めて、それから二つは別のものと区別されるようになったんです。
 そのあたりから、魔法使いは魔法技術ごと自分達の存在を秘匿するようになってきたんです。魔法は霊能力より習得が簡単ですから悪用もしやすいということで」

 魔法と霊能力の違い。それはその習得における、才能の占める重要度の違いだ。
 魔法は――アスナの魔法無効化体質など特殊なものを除き――基本的に教本を読み定められた練習を行えば誰でもできる。もちろん魔力量は個人差がある。だが、魔力を魔法という形で抽出する『蛇口』自体は、後天的な訓練で何とでもなるのだ。
 しかし、霊能力は逆だ。霊力は精神修養である程度鍛えることが可能だが、肝心の『蛇口』である霊能はそうではない。
 神通棍などのアイテムを利用したり、式神を利用するなどならば個人の修練で何とでもなる。だが例えば文珠はどうだろうか?いや、文珠とは言わずとも横島やシロの霊波刀、おキヌのネクロマンサーの笛、タイガーの精神感応など、これらは才能がないもの達がいくら鍛えてもどうしようもない。そもそも前者に上げた神通棍とて『霊力を放出する』という基本霊能がなければ使用できない。そして、その基本霊能を開花させるマニュアルというものは存在しないのだ。

「魔鈴さんのすごいところは、混合魔法を復活させたところなんです」
「混合魔法?」
「はい。混合魔法は、魔力と霊力の両方をコントロールしないと使用できない魔法なんです。これは、魔法使いが霊能力者と袂を分かった時点で大半が失われてしまったそうです。
 そして陰陽師も、昔はそういう術をたくさん持っていたそうです。それらは習得が難しく、使えたのはごく少数の精鋭だけで、それらも霊能力者を排除して以来廃れてしまったそうですよ」
「……ああ、なるほど。だからあの時のあいつらの術、俺が再現しようとしても失敗しまくったのか…」
「あいつら?」
「いや、なんでもない。こっちの話だ」

 言いながら横島は、美神、ヒャクメと平安時代に行ったとき、自分の前世である高嶋や西郷が使った術を、なぜ自分が使えなかったのか理解した。あの二人は京でも腕の立つ陰陽師らしいし、彼らが使っていた術こそが、混合魔法という奴なのだろう。道理でいくら練習しても使えないはずだ。平安時代の失われた強力な術云々もそれらなのだろう。

「日本ではなんで魔法使いと霊能力者の二種類の陰陽師がいたかというと、それは歴史が関係しているそうです」
「歴史って、あの外国から霊能力と魔法の違いに関する情報が入ってきたって所か?」
「はい。当時、日本の魔法技術は陰陽寮で厳重に保管されていたそうです。けれど、ある時陰陽寮で、大規模な霊能力者の排斥があったそうで、その時、陰陽寮の保有していた魔法技術は持ち出せなかったそうですが、代わりに霊的な技術は多量に持ち出せたらしいんです。
 その影響があって、それまで陰陽寮以外には小規模な霊能力者の組織しかなかった日本の霊能界が、一気に活気付いたということだそうですよ」

 霊能力者側に魔法技術が残らなかったのは、自分達と対立した魔法使いと同じ術を使うことへの抵抗もあったに違いない。
 だが当時の、『陰陽師』という名前は現在における『GS』と同じ意味合いがあった。そのネームバリューは絶大であり、それは捨て去るにはあまりに惜しい。ゆえに日本には、魔力を使った『陰陽術』を使う魔法使いの『陰陽師』と、霊能力を使った『陰陽術』を使う霊能力者の『陰陽師』という、二種類が誕生したのだ。

「観光地とかに良くある饅頭の『元祖』とか『本家』とかをめぐる争いみたいだな」
「そ、そうですね」

 横島のあまりといえばあまりに酷い縮尺に、ネギは苦笑いをしつつも同じ感想を覚える。

「…魔法使いも霊能力者も、ただ力の源や方法が違うってだけで喧嘩するのはバカらしいですよね」
「だからこそ、お前が親書を届けてその対立を少しでも和らげるんだろ。期待してるぜ」
「横島さん……はいっ!」

 ネギは決意を新たに頷く。それを見て横島は、満足げに頷いた。

「うん。いい返事だ。それにしても、お前いろいろ知ってるんだな。
 東洋魔術は詳しくないんじゃなかったのか?」
「はい。ですから京都に行くことになってから、図書館島で少し勉強したんです。
 司書の人が手伝ってくれたんですよ」

 図書館島、そして司書。この二つの単語から、横島はフードを被った、美形だが妙に馬の合う人物を思い浮かべる。

「……ひょっとして、クウちゃんか?」
「…クウちゃん?クウネルさんのことですか?横島さんもお知り合いだったんですか?」
「ああ。ちょっと転校初日にお世話になってな。お前もあいつに会ったんだな」
「あ、いいえ。会うことはできなかったんです」
「…どういうことだ?」
「実は図書館島で勉強していたら、参考になるような本がいつの間にか机の上にあったりしたんです。それに注釈を書いた手紙とかが挟まっていたり。
 他にも勉強して疲れたなと思うと、ホットミルクが置いてあったり、居眠りした時は知らないうちに毛布が掛けられていたりもしました」
「……そこまでされて、お前は姿を見てないのか?」

 横島はクウネルの暇人ぶりに驚き呆れた表情を作る。だがネギはその表情が、お世話になった人に礼も言えない自分に向けられたもののような気がして、少し俯く。

「会ってお礼がしたいっていう手紙を書いたこともあったんですが『フッフッフ、私と会うのはまだ早いですよ。文句があるならベルサイユまでいらっしゃい』っていう返事が来まして」
「……ベルサイユって…」
「どうしましょう。お礼を言いたいんですがフランスまでなんてとても…」
「いや、それは単なるボケだと思うぞ」

 真面目に困っている素直な少年を見ながら横島は、

(この年代には厳しすぎるネタだぜ、クウちゃん)

 まして相手は日本語がペラペラとはいえ外人さんだ。
 と、今も麻帆良の地下で食っちゃ寝しているであろう友人を想う。
 それから、すっかり冷めてコーヒーの残りを一気にあおり、同時に《遮》の文珠を再吸収する。それと同時に結界は消え、カフェに満ちる穏やかな喧騒が再び二人を包み込む。

「さてと、そろそろ行くか?」
「はい。アスナさんの誕生日プレゼントを買うんですよね」
「いや、それはもう心当たりがあるからさ。それまでちょっと遊ぼうぜ」
「木乃香さんたちは?」
「さっきメールした。まき絵ちゃんたちは木乃香ちゃんと楽しんでるようだし、5時に待ち合わせってことになった」

 ちなみにそのメールの内容は『こっちはこっちで楽しむから、横島さんもがんばってねv結果は教えてねv』だった。もちろん横島は『がんばってね』や『結果云々』はプレゼント選びのことについてだと思っている。

「あと大体二時間はあるから、それまではデートと洒落込もうぜ」
「デッ!デートですか!?」
「……いや、だから比喩だって。あんまり本気にすんなよ」
「あっ…そ、そうですよね」

 一瞬、顔を赤くしたネギだったが、続く横島の言葉に安堵と残念さが入り混じった表情を見せる。だがそれもつかの間、またすぐネギのテンションは上がる。

(デートじゃなくても、横島さんと一緒にいられるのは違いないもんね)
「では、しっかりとエスコートさせていただきます!」
「期待してるぜ」
「ハイッ!」

 ネギは張り切って頷くと、伝票(パフェは時間内に完食したので無料だったのでコーヒーの代金のみ)を持って立ち上がり、会計へ行く。横島は一瞬驚くが、すぐに気を取り直して追いすがり、会計の少し前でネギの肩に手を掛ける。

「…ってちょっと待てよ、ネギ」
「何ですか?」
「何ですかって、子供に金を出させる訳にはいかんだろ。それは俺が払うよ」
「駄目ですよ。紳士として女性にお金を払わせるわけにはいきません。なんといってもデートなんですから」

 ネギの珍しく毅然とした態度に、横島は目を丸くして、次には弓のように細める。
 確かに、ここで無理やり払ってしまえばネギの男性としての矜持に関わる。
 同じ男としての共感と、まるで弟か子供の成長を見守る兄か父親のようなこそばゆさを覚えた。

「ふふっ、それじゃあエスコートお願いね。英国紳士(ジェントルマン)」
「お安い御用ですよ、令嬢(レディ)」

 女言葉の横島に、ネギも芝居がかった調子で応え、二人は会計に向かった。
 そして、二人が去った後、彼らが今まで立っていた場所から一番近いテーブルの下から、三人の少女が顔を出した。
 ご存知、桜子、釘宮、そして柿崎の三人だ。
 彼女達は興奮に頬を染め、目を光らせ、桜子にいたっては涎まで垂れている。

「(じゅるり)聞いた、クギミー…」
「聞いたよ、デートだって。後、クギミー言うな」
「確かに言ってたよね」

 三人は、ネギと横島が店を出たのを確認すると、すぐさま伝票を引っつかみ会計を済ませて店を出る。三人はすぐさま四方をサーチ。ネギと横島はすぐに見つかった。
 並んで歩く二人の後姿を見ながら、三人は決意を新たにする。
 そう!彼女達はチアリーダーだ!だとすれば、この生まれたてのカップルを前にしてやるべきことは一つ!

「二人の恋を応援するのよ!チアリーダーの名に賭けて!」
『おーっ!』

 柿崎の掛け声に、二人も鬨の声を上げ

 トゥルルルルルゥ♪

 その流れに水を差すように、柿崎の携帯が着信音を上げる。
 液晶を見ると、あやかからの電話だった。
 どうしていいんちょが?と柿崎は首をかしげて通話ボタンを押し

「ちょぉぉぉぉぉっと待ったぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 スピーカーを割るような大きさの声量に、三人はひっくり返ったのだった。


 ピロリロリロリッ♪

 ネギと横島が席を立つ少し前。カモと一緒に遅めの昼食としてハンバーガーをかじっていたアスナは、鳴った携帯を見て顔をしかめた。

「また柿崎?」

 どうせまたネギと横島のことについてだろう。無視してやろうかとも思ったが、そういうわけにもいかない。

「はいはいアスナです。何の用『すごいーーーっ!すごいよアスナ!あの二人、今すぐにでも学校やめて結婚しちゃいそうな勢いーーーっ!』……はぁ?」

 想像以上のテンションに、アスナの目が点になる。だが電話の向こうはそんなことを気にした様子もない。

「あんたねぇ…ネギと横島さんがそんなことするはずないでしょ?」
『そんなことするはずないことない!もうすごいラブラブぶりなのよ!間接キスなのよ!』

 テンションの上がりすぎで、もはや意思相通が上手くできていない柿崎。そんな彼女と会話をすることに徒労を感じていたアスナは、すぐ後ろまで迫っていた存在に気付けなかった。

「あら、ネギ先生がどうかしましたの、アスナさん?」
「ん?…げっ、いいんちょ!?」
「げ、とは何ですか!それで、ネギ先生がどうなさったの?」
「いや、あの、それは…」

 マズい、とアスナは思った。あやかがネギにご執心なのは周知の事実。そんな彼女に、たとえ誤情報とはいえネギと横島がデートしているなどという情報を与えようものなら…!

『今、写真送るから待ってて!』

 そんなアスナの気遣いなど知らず、柿崎は通話を切るとほとんどタイムラグなしでメールを送りつけてくる。
 ここでアスナは失策を成してしまった。それは、いつもの癖で送られてきたメールを、すぐに開いてしまったことだ。
 送られてきた写真は、ネギと横島が『カップル限定ハイパービックパフェ!』を食べているところだった。

(…って、全然ラブラブに見えないじゃん)

 二人とも一心不乱、鬼気迫る勢いでパフェを頬張り、ネギにいたっては半泣きだ。
 確かに一つのジャンボパフェを食べるのは、ラブラブなシチュエーションかもしれない。だがこの写真の場合、その他の要素がラブ要素を一切排除し、通常の感性ではラブラブなんぞには絶対見えない。
 だが…

「何ですのこれは〜〜〜〜〜っ!」

 だがその時、アスナのすぐ隣には、通常の感性を突き破った存在がいた。
 満月を見たサイ●人のごとく暴れまわるあやかを見て、アスナは平穏な休日の終わりを感じたのだった。


 突然の大声に目を白黒させながらも、柿崎は携帯を落とさなかった。

「い、いいんちょ…どうして…?」
『どうしてもこうしてもありません!
 3Aクラス委員長として命じます!先生と生徒の不純異性交遊は
 絶・対・厳・禁!
 断固阻止ですわ!
 柿崎さん、釘宮さん、桜子さん!あの二人が必要以上に接近しないように見張っててください!」
「え〜〜…」
「そんなぁ〜。応援するのが私達の役目なのに〜〜〜」

 不平不満を口にする桜子と柿崎。釘宮も何も言ってはいないが不満そうな顔をしている。

ピロロ♪

 その時、バックの中の釘宮の携帯がメールを受信した。釘宮はメールを確認し

「…………あ、あのさ。ここはいいんちょに従ったほうが良いかもよ?」
「えええぇ?」

 突然意見を翻した釘宮に桜子は文句を言おうとする。だが、釘宮は受信した写メの映像を突きつけた。
 写真の内容はあやかの憤怒の表情だった。

『はふっ!?』

 今にでも液晶を突き破って噛み付いてきそうな委員長の迫力に、思わず腰が引ける柿崎と桜子。さらに追い討ちをかけるように、携帯から地獄から響く怨念のような声が漏れる。

「よ・ろ・し・いですわね!?」

 当然ながら、それは平和を謳歌する日本の中学生に、耐えうる恐怖ではなかった。

『は、はいぃっ!』
『……結構ですわ』

絶対服従の雰囲気を感じたのか、あやかは落ち着いた雰囲気を取り戻す。

『では、私達が向かうまで、なんとしてもネギ先生を横島さんの毒牙から守ってください。もしもネギ先生に何かあったら、明日の太陽は拝めませんわよ!』
『イェッサー!』

 恐怖に屈して最敬礼の形を取る三人。それを聞き届けてからあやかは携帯を切った。しかししばらくの間、三人は恐怖にすくんで動けない。

「………ふぅ…こ、怖かったねぇ」
「うん…けど、しょーがないよね。気は進まないけど…」
「じゃあ正体がばれないように…」

 言うが早い、三人はパーティーグッズ売り場に駆け込み…


『チアリーダーの名に賭けて!いいんちょの私利私欲を応援よ!』


 数分後、セーラー服に身を包んだ柿崎と桜子、そして学ラン姿の釘宮がいた。気が進まないといっておきながら、十分にノリノリの三人だった。


 こうして、チアリーダーたちによる、ネギ横デート妨害大作戦が始まったのだが…。


「あ、ペアルックですね」
「お、まだこういうのってあるんだなぁ」
(ま、まずい!)
(桜子、アタック!)
「(OK!)―――わー素敵、釘男君これ買って!」
「ははは、分かったよ!」
どーん
「うわっ!」
「あ、危ない!(抱き)」
(((!!!しまったっ!)))
「…とと…悪いな、抱きついちゃって」
「いいえ、大丈夫ですか?」
「ああ、ありがとう、ネギ」


「ん?格ゲーか」
「横島さん、こういうのやるんですか?」
「ああ、昔、取った杵柄さ」
(チャンス!ここで乱入して横島さんをボロ負けに!)
(行け、クギミー!)
(了解!)
「うわっ、ら、乱入してきましたよ!」
「お、いい根性してるじゃねぇか」
『Fight』
「いくよぉ〜、必さ…」
どがべきバクぃどきゃシュバッ!
『YOU WIN!』
「うわっ!すごい!瞬殺ですよ、横島さん!」
「はーはっはっはっはっ!伊達に地元で北斗のタダの名を欲しいがままにした訳では無いわっ!」
「そ、そんなぁ…」


「ダメ…二人ともお似合いすぎだし、スペックが高すぎ…」

 泣き言を零す柿崎だが、釘宮も桜子も諌めない。なぜなら全くの同感だからだ。
 買い物に行けば転びそうなところを互いにフォローし合うし、ゲームセンターでは行くら妨害したところ引き立て役になるだけ。

「ああん!いいんちょ早く来てぇ〜!」


「何か、乱暴な人が多いですね…うわっ、苦い!」
「多いって言うか、変な三人組が良く目に付くよな…ってホントに苦いな、コレ」

 一方、チアリーダー三人をしてお似合いと呼ばれた二人は、ゴーヤクレープを齧っていた。

(楽しかったなぁ…)

 ネギはあっという間に過ぎ去ったこの一時間を振り返る。
 最初の十分、ネギは緊張していた。だが横島と過ごしているうちに、いつの間にかその緊張感はとかれていた。気の置けないというべきか、横島は3Aの生徒達とは違い、構えないですむ。
 もちろん彼女達が苦手というわけではない。だが、彼女達の間にはわずかながら壁が存在する。それは性別を考えれば仕方のないことだ。しかし、横島を相手にしているとその断絶感が希薄なのだ。まるで男友達と一緒にいるような気安さがある。

(けど、それだけじゃないんだよな)

 だが気安さを感じていると、足元をすくわれる。
 たとえば髪を掻きあげる動作。
 たとえば髪を潜った風が運ぶ香。
 たとえばその微笑。
 それらは不意打ちのタイミングで、ネギの心臓に鼓動を打ち込む。

(僕…どうしちゃったんだろう?)

 その鼓動の意味を、まだ10歳の精神は持て余している。だから今はまだ、ただ少しでも長く、共に時を過ごしたいという純粋な願いだけが、ネギの胸の中にあるだけだ。
 ―――それは、恋というにはまだ稚拙な、しかし明らかに恋の萌芽だった。

 これで横島が男だと知ったら、トラウマ確定である。

 クレープの包み紙をゴミ箱に投げ入れてから、横島は携帯を取り出して時間を確認する。

「ん、と。そろそろ時間だな」
「時間?…まだあと一時間ありますよ?」
「そうだけど、ちょっと寄らなきゃいけないとこがあってさ」
「どこですか?」

 にやりとした笑みを浮かべながら横島はネギにこう言った。

「いかがわしい場所さ」


「…ねぇ、今度は横島さんどこに行くつもりだろう?」
「この先になんかおいしいお店でもあるのかな?」
「しっ、見つかるよ!」

 上から柿崎、桜子、そして釘宮。三人はネギと横島の後ろを追跡している。
 今のネギ達は横島が先導してネギがその後ろに付いていくという構図だった。そして、横島が進んでいくのは、大通りからだいぶ離れた、入り組んだ場所だった。スラムというわけではない。だがわずかに漂うすえた臭いや、放置されたゴミ袋、そして風雨にさらされ色あせた張り紙が、荒廃した雰囲気を演出している。
 やがて、ネギと横島の姿が角の向こうに消えた。

「行くよ!」
「おーっ!」

 三人は、ネギと横島が消えた角に向けてダッシュ。角の手前で壁に体を這わせて、そっと角の向こうを見る。しかし、そこに横島とネギの姿がない。

「あ、あれ?」
「消えた?」
「み、見失っちゃったの!?」

 あわてて飛び出す三人。しかしそこは袋小路だった。
 空でも飛ばない限り(まあ、彼女達は知らないがあの二人は実際に空を飛べるのだが)ここから姿を消せるはずがない。

「ってことはこのどこかの建物に…」

 柿崎は辺りを見回し―――凍りついた。それに気付いたのは桜子だった。

「どうしたの…って!!!!!!!!」

 柿崎の視線の先を追った桜子は、柿崎と同様に驚愕しその動きを止める。そして、そのままそこに座り込んだ。それに引かれるように、柿崎もその場に尻餅をついた。
 そこまでになって、すこし離れたところにいた釘宮も、二人の異常に気付いた。

「ど、どうしたのよ、二人とも!?」

 二人の視線を遮るように、釘宮は二人の前にしゃがむ。しかし二人とも、その視線は釘宮の顔を捉えていない。

「あ…あ、あ…」
「らら…ら…」

 言葉を忘れたかのように、桜子は釘宮の背後を指差す。釘宮は覚悟を決めて背後を振り向き―――それの建物を見た。


 それは、妙に清潔な感じの建物だった。
 それは、全てのカーテンが閉まっていた。
 それは、一見アパートのように見えるが、しかし住宅に不要な派手な看板が付いていた。
 それは、ホテルだった。ただし…頭にの文字が付くホテルだった。

「ラブホォォォォォォォォォォォッ!!?」

 釘宮は、あまり女子中学生が叫ぶのに適切でない施設名を、大声で叫んだ。
 そしてその驚愕は、そのラブホの隣に立っていた『厄珍堂』という建物を、完全に意識の外に追いやったのだった。


「おお、よく来たアルネ、令子ちゃんとこのボウ「その先を不用意に言ってみろ、文珠を使って跡形もなくすぞ」…そ、そんなマジにならんでも気をつけるあるよ、令子ちゃんとこの『嬢ちゃん』」

 マジな横島の脅しに厄珍は言いなおす。一方ネギは、積み上げられた怪しげな物品の数々を、物珍しげに眺めていた。そのおかげか、厄珍の洩らしかけたNGワードは耳に入っていなかったようだ。
 厄珍は、そんなネギの様子をしげしげと見つめる。サングラス越しに向けられる値踏みされるような目線にネギは気圧される。
 しばらくして、厄珍はその口元にニンマリと笑顔を作る。

「で、今日は新しいお客さんの紹介アルカ?」
「えっ!い、いいえ。僕はただの一般人で「サウザンドマスターの息子なのに、一般人アルカ?」…!!父さんを知っているんですか!?」
「もちろん。君のお父さんとワタシは親友と言ってもいい間柄「嘘吐け!」ぐおうっ!?」

 厄珍の頭を横島は思い切り叩く。

「な、何するアルカ!?」
「何するも何も子供相手に大法螺吹いてるんじゃない!」
「ええっ!う、嘘だったんですか!?
 けど、それなら何で父さんのことを…」
「…フン、この業界じゃあ情報が命アルネ。魔法界を騒がしたサウザンドマスターの子供が日本に来ているという情報くらい、入手済みアルヨ。
 ワタシは厄珍。このオカルト専門店厄珍堂の主ネ。もちろん霊能力者だけじゃなくて魔法使いも商売相手ヨ。ヨロシクネ」
「は、はぁ…」

 悪びれた風もなく厄珍はネギに、名刺代わりに厄珍堂のチラシを渡す。

「厄珍。お前も魔法使いのことを知っていたのか?」
「当たり前アル。というか、ワタシとしてはお前レベルの霊能力者がこの間まで魔法使いの存在を知らなかった方が不思議アル」
「そ、そうなのか…。ま、いいや。頼んでいた除霊道具とタロット。引き取りに来たぞ」
「解った。ちょっと待つアル」

 厄珍は店の奥へと入っていった。その様子を、ネギは半ば呆然として見送る。

「な、なんか、その…海千山千って感じですね」
「素直に胡散臭いって言っていいぞ。あいつのおかげで散々な目にあった事もあるしな」
「はいよ、お待たせアル」

 戻ってきた厄珍はクーラーボックスとカードケースを持っていた。

「箱のほうに入っているのはいつもの吸引札に呪縛ロープ。
 それとこっちがタロット」
「タロットの損傷具合は?」
「別になんともなかったよ。聖水で洗浄しただけ。毎月メンテナンスしているから当たり前だけどネ」
「ま、念には念をって奴だ。…一応、確認させてもらうぞ」

 横島はそう言うと、タロットケースを開けてカードを広げ、一枚ずつ調べていく。その様子に、厄珍は肩をすくめて見せる。

「ふん。心配しなくても偽物にすり替えたりしないアルヨ。こんな化け物タロット」
「…化け物タロット?
 横島さんのタロットって、そんなにすごいものなんですか?」
「ほう?知らんアルカ?
 横島のカードは特別製の強い霊的容量を秘めてるネ。
 インクだけにしても、精霊石を砕いた顔料にサラマンダーの血やらウンディーネの涙やら、入手だけでも困難な素材が使われてるアル。それだけでも低レベルな術者じゃカードに飲まれるのが落ちなのに、その上インクにこいつの血液も混ぜてるヨ。
 この世でそのタロットを操れるのは横島だけアル。横島が霊的に封印するか委任するかしないと、おちおち触ってもられないネ」
「そ、そうなんですか?」

 恐る恐るといった感じで、ネギは横島のタロットを見る。その様子に、横島は苦笑を浮かべる。

「おいおい。厄珍。あんまりネギを脅かすなよ。
 そんなたいしたもんじゃねぇさ。美神さんだって、これをくれるとき安物だって言ってたぜ。…そりゃまあ、俺の命十億個分だとか言ってたけどさ…」
「ハン、安物ねぇ…」

 横島の台詞に厄珍は苦笑する。
 実のところ、横島のタロットは安物などではない。インク以外にも、たとえば紙は妙神山で眠っていた古文書を再生して作ったものだし、図案の監修には魔鈴やドクターカオスが関わっているし、文珠による強化も成されている。材料費だけでも百億はくだらない代物だ。

(そんなのをポイポイやっちゃうくせに、素直じゃないアルネ、令子ちゃんも)

 さすがにその意地っ張り振りには同情も覚えるが、そのことを横島に教えてやろうなどとは思えない。もちろん、他の男がもてるなどという現象が、むかつくからだ。
 絶対に教えてやらないアル。

「さて、他に何か用はないあるか?特にそこの魔法使いの坊主?」
「え、僕ですか?」
「そうよ。何か悩みはないあるか?たとえば、年齢のせいで他人になめられるとか。
 そこで登場するのが、この青玉赤玉年齢詐…」
「そこ!だから子供にそういう胡散臭いもん売るなっつーの。今日は俺が個人的に買い物してやるから」
「…ほう?普段からド貧乏なお前が珍しいアルナ。今日は月でも降ってくるアルカ?」
「俺が普通に買い物して悪いか!とにかく、水晶粉末を一袋くれ」

 そう言って横島は、パフェの賞金である10万円を差し出したのだった。


「…どーしようか?」
「…どーしようね?」
「…うん、どーしよ?」

 夕日が差し始めたラブホの前で、釘宮たちが体育座りをして呆然としていた。
 三人が見る先は、横島とネギが入っていった(と誤解した)ラブホだった。

「ネギ君、大人になっちゃったね」
「横島もね」
「子供なのは私達だけ〜、あはははは…」

 三人は死んだ目をしたまま、焦点の合わない目でラブホを見ている。
 散々、禁断の…!とか、そしてある昼下がりに…!とか言っているが所詮は子供。よもやクラスメートと担任が、昼間からこういう所に入って行くなどという生々しい事象は、もはや専門外だ。
 残った気力で委員長に状況と場所を教えてから、三人はその場にへたり込んだのだった。
 死んだ魚の目をしたまま、本日何度目かになるやり取りを繰り返す。

「…どーしようか?」
「…どーしようね?」
「…うん、どーしよ?」
「何がどーしようなんだ?」
『へ?』

 突然に与えられた外部からの問いかけに、麻痺した脳は瞬時の反応を返せない。しかし時間がたつにつれて、声の主の姿を、脳が解析して誰なのかを割り出し始める。
 デニムのスカート。ベアトップに青いワイシャツ。そして長い髪と額の金環…。

「ああ、横島さんか…」
「やっほ〜、横島…」
「こんちわ〜…」
「…お前ら、目が死んでるぞ」
「何があったんですか?」
「あ、ネギ君もいる…」
「やっほ〜ネギ君。実はね…今この中で、ネギ君と横島さんが大人の階段を一足飛ばしの三倍速で………………………………………………」

『アレ?』

 そこでようやく、三人は目の前の人物が、ラブホに入ったはずの二人だと気付く。

「な、何で二人がここにいるのよ!」
「え、よ、横島はこの中でネギ君をご馳走さましてるんじゃ…!
「大人の階段を駆け抜けてる最中じゃなかったの!?」
「な、何を言ってるのかわ分からんが…俺達は今まで向こうの店にいたんだけど…」

 そう言ってネギと横島は、今しがた出てきたばかりの厄珍堂を指す。
 それから数秒後、立ち上がっていた三人は、まるで骨格をなくしたような動きで、再び地面に崩れ落ちる。

「あはははっ…なんだ…びっくりした」
「驚いたよ…」
「うん。早くアスナといいんちょに誤解だったってメールを…」
「よぉぉこぉぉしぃぃまぁぁさぁぁん!」
「ねぇぇぇぇぇぎぃぃぃぃぃっ!」
 地獄の亡者が漏らす怨嗟が聞こえてきた。
 それは遠くから、しかし圧倒的な殺意と敵意の圧力を持って、この場にいる五人に届いていた。

「よぉぉぉぉこぉぉぉぉしぃぃぃぃまぁぁぁぁさぁぁぁぁん!」
「ねぇぇぇぇぇぎぃぃぃぃぃっ!」

 しかしその声の主は、けして地獄の亡者などという不特定の幽体などではない。それは、明らかに主体と肉体を持った存在として、地響きを伴い確実にこちらに向かってきている。
 それを感知した横島は、その特殊な方面に豊かな経験から、一つの結論を導き出した。

 ああ、俺は死ぬんだな。

 しかしせめて、死の理由くらいは知る権利があるだろう。
 悟りを開いた仏陀のような穏やかな気持ちで、横島は青ざめた表情の桜子に尋ねた。


「…なあ、桜子。
 この声は多分いいんちょとアスナちゃんだと思うんだけど…あってるか?」
「うううう、うん…」
「そっか…。でさあの二人に誤解だったってメールを送ろうとか言ってたけどさ、どんな誤解を吹き込んだんだ?」
「…じ、実は…その…横島とネギ君が……二人でラブホに入ってったって言っちゃったv」

 震える語尾に、桜子はむりやりハートマークを付ける。しかしその場が和むことなどあろうはずもない。

「よぉぉぉぉこぉぉぉぉしぃぃぃぃまぁぁぁぁさぁぁぁぁん!」
「ねぇぇぇぇぇぎぃぃぃぃぃっ!」

 だいぶ近づいてきた死の足音。
 あと十秒足らずでここに到達するだろう。その短い時間で出来ることといえば遺言くらいだろう。
 横島はその穏やかな笑顔を、隣で真っ青になって震えているネギに向ける。
 その悟りきった表情を見たネギは、少しだけ震えが止まるのを感じた。

「ネギ?」
「は、はい?」
「いいことを教えてやるよ」
「そ、それはこの窮地を切り抜けるための方法ですか?」

 若干の希望を求めて放たれたネギの言葉を、しかし横島は首を振って否定して、だが穏やかな表情のままでこう言った。

「三途の川の渡し守は、話してみれば結構いい奴だぞ」
「よぉぉこぉぉしぃぃまぁぁさぁぁん!」
「ねぇぇぇぇぇぎぃぃぃぃぃっ!」

 そして、死はやってきた。方や金髪の美女、方やオレンジ色の髪をした美少女。
 金髪のほうは目から血の涙を流し、オレンジ色の髪のほうは顔を真っ赤に染め上げている。
 二人は走る勢いはそのままで、横島とネギ、二人の手前五メートル程のところで跳躍し

「羨ましいですわぁぁぁぁああぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「このエロ教師ぃぃぃぃぃいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいぃっ!」

 それぞれ横島とネギに、踊りかかったのだった。


「すみません、横島さん!」
「ゴメン…ネギ」
「いや、いいよ。もう大丈夫だから」
「そうですよ、き、気にしないでください…」

 夕方の公園で、横島とネギはあやかとアスナに平謝りされていた。
 その二人の後ろでは、チアリーダーが正座をさせられていた。まき絵と裕奈と亜子、そしてアキラもその場にいて、それぞれベンチに座っている。

 あの後、どうにかネギと横島が原型をとどめているうちに、釘宮達が何とか誤解を解き、二人はどうにか生き延びた。
 そして現在。木乃香達と待ち合わせをした公園にいるというわけだ。
 ちなみに現在の横島はぴんぴんしているが、一方のネギは未だダメージが抜け切れておらず、木乃香の膝枕を借りている。

「ネギ先生の膝枕など…わ、私がしたいですわ!」

 木乃香とネギを見て悔し涙を浮かべるあやか。その一方でアスナは、あやかの分まで凹んでいるのではないかというほどに気落ちしていた。

「ごめんね。ネギ…誕生日プレゼントを買いに来てくれてたのにこんなことしちゃって…」
「だからもう気にしてませんよ。それより…受け取ってください」

 ネギはそう言って起き上がると、脇においてあった紙袋から、リボンの付いた箱を取り出す。それを見て、アスナはびっくりしたように後ずさった。

「も、貰えないよ!」
「そんなこといわないでください。せっかく選んだんですから。貰ってくれないと寂しいですよ」
「そうやで、アスナ。貰ってあげてな」

 ネギと木乃香の言葉に、アスナはためらいながらも差し出された箱を、恐る恐る受け取った。その眦から、ポツリと涙がこぼれる。

「……うん。ありがとう。ネギ」
「くぅぅぅっ…ネギ先生からの誕生日プレゼント…羨ましいですわぁ〜〜〜」
「…いいんちょ。お前、実はあんまり反省してねーだろ」

 歯軋りするあやかに、横島は引きつった笑みを向ける。その様子を他のみんなも苦笑して眺めている。

「そういえば、横島さんもアスナさんにプレゼントがあるんですよね」
「ん、ああ。けどちょっと待ってくれ」

 横島はそう言うと、除霊道具が入ったクーラーボックスから、厄珍堂で買った白っぽい粉末が詰め込まれたビニール袋を取り出す。

「なんやそれ?麻薬とかなん?」
「アホか!んなもプレゼントするか!これは水晶の粉末だ」

 見た目からして洒落にならないボケをかます木乃香に、横島は突っ込んでからそのビニールを破き、粉を片手の掌に盛り付ける。

「一度しかやらないから良く見とけよ」
「…何をするんですか?」

 ネギの問いに横島は答えず、ただそっと両手を合わせて水晶の粉末を包む。そして、両手の間に文珠を作って字を込めた。

《花》

 文珠が発動したその時、見ていた者の目には、水晶の粉末が光ったように見えた。さらに次の瞬間には、白かった水晶の粉が透明度を増していく。
 そして、全ての光が収まった後、横島はそっと手の平を広げた。
 そこには―――透明な花が一輪、咲き誇っていた。
 それを見て、全員が横島に詰め寄ってくる。

「うわぁっv」
「綺麗…」
「なにコレ!手品!?どうやったの?」
「手品…ていうか霊能力だな。さっきの水晶の粉末を再結晶化して花っぽく加工したんだ」

 こともなげに言うと、横島はアスナに差し出した。

「えっ?な、何?」
「何って、誕生日プレゼント」
「―――うそ…」

 差し出された幻想的な花を凝視しながら、アスナは戸惑いを顕わにする。

「そ、そんな…それこそ受け取れないわよ!だってコレ!た、高いんじゃ…」
「ま、材料はそれなりにするけど…ぶっちゃけでっかいパフェを食った賞金で買ったもんだし、実質上の元手は0だ。
 てなわけで、ほれ」

 横島は手にした水晶花を、無造作にアスナに投げてよこす。アスナはあわててそれをキャッチし、どうにか取り落とさずにすむ。

「わっ!あ、危ないじゃない、落としたらどうするつもりよ!」
「また作り直すさ。それより、受け取ったな?」
「えっ…?」

 アスナは、改めてその花を見る。
 水晶でできているそれは、確かに冷ややかな手触りだが、しかし無機的な冷たさや硬さを感じなかった。柔らかな曲線で構成されたその花弁は、まるで生きているかのような印象をアスナに与える。

「返品は不可だぞ?」
「え、あ、うん…あ、その…けど…」
「受け取ってあげてください、アスナさん」
「そうですわ。プレゼントを受け取らないのは失礼ですわよ」

 アスナは何とか返そうとするが、ネギとあやかに諭されて、ついには観念したように

「あ、ありがとう」

 真っ赤な顔をして言ったアスナを見て、横島も笑顔を浮かべたのだった。


 その後、みんなでカラオケに行き、一日早いアスナの誕生日を祝った。
 当然その場のノリで横島もついていき、そして見事、その日の除霊のノルマを到達できず、翌日の夜にそのツケを払うことになったのだった。


 さらにその後日談ではあるが、総合ファッションセンター「美装術(Bi.So−Justu)」が、一枚のポスターを世に出した。そのポスターに起用された無名のモデルの美しさもあいまって「美装術(Bi.So−Justu)」はその年の春から夏にかけて売り上げを伸ばし、二号店設立に向けて大きな躍進を成したのだった。
 その無名のモデル本人が、本来の性別を知っている知人から微妙な視線を向けられたこと以外、めでたしめでたし。


つづく


あとがき
 どうも、ついに日付が変わるまでに書き上げることができなかった詞連。ごめんなさい。
 今回は難産でした。つーかワードで200kbオーバー。我ながら構成の甘さを痛感しました。
 霊能と魔法の設定に関してはこんな感じです。本当は妖怪や神魔のこととかも入れたかったのですが、あまりに長くなるし京都の話と関係なくなるので断念しました。
 実は現在実家にいます。親の目が痛くてなかなかパソコンに向かえず、下手をしたら来週あたりの更新はできないかもしれません。
 九月には実家を去るので、それまでは不定期の更新をお許しください。もしわけありません。

 とりあえず、アップするのでレス返しは少し待って下さい。


(で、一晩明けて…)


 うわ…誤字多すぎ。もう日本人としてだめですね、これは。
 鉄拳28号氏、スケベビッチ氏。本当にごめんなさい。ありがとうございます。
 今すぐ修正します。

 では前話に寄せられたレス返しを

>暇学生氏

 結局、原作とは少々違う流れになりました。
 最後のGSキャラは厄珍です。ビオラン○は死津喪姫じゃないのでGSキャラではありませんでした。

>スケベビッチ・オンナスキー氏
 予想の外を狙えて満足です。
 ほう、あなたの想像内の忠緒は乳がでかいロングヘアのルシオラですか。ふむ…確かにそれが一番想像しやすいかも。

>鉄拳28号氏
 一晩たって読み直し、誤字の多さに凹んでます。いつもすみません。
 勘九郎の過去は波乱万丈です。横島の頭の輪は伏線ですので、しばらく持ち越させてください。気に関しては、原作同様にもっと後での説明になります。なお横島の美容は霊力で支えられています。
 では…。

>D,氏
 原作でも勘九郎は雪之丞に「あとで電話すっから」とか言われてましたし。
 ネギについては書いていて自分でも哀れだと思いました。

>ヨシくん氏
 勘九郎に笑っていただけて嬉しいです。厄珍は正解、おめでとうございます。
 今回は日曜に間に合わず、申し訳ありません。 

>かなりあ氏
 ええ、いずれちょこちょこ登場させるつもりですよ。勘九郎はおいしすぎるキャラですから。

>シレン氏
 ええ、TS物ではお約束です。今回はネギが振り回されました。
 なおGS世界では、霊能や妖怪の存在は少しずつ市民権を獲得し始めた程度と認識しています。美神さんも原作で現代社会は科学中心に回っていると言ってましたし。
 霊能と魔法の陰陽術の違いはこんな感じです。

{シレン(2006-07-24 02:53)}

>TA phoenix氏
 厄珍は割と王道したね。
 Bi.So-Justuに関しては、ローマ字打ちをするときstuでは《sつ》、tsuでは《つ》になるので、Bi.So-Justuにしてみました。後で調べてどっちにするか決定する予定です。

>通りすがり改めハイント氏
 (エヴァ+アスナ)÷2=美術部部長
 (茶々丸+カモ)÷2=黒猫
 あの台詞をネタにしました。わかってくれて人がいて嬉しいです。
 私も川上ファンです。終わりのクロニクルは電撃史上に残る名作ですよね。

>鳴臣氏
 ええ、勘九郎は女子高生受けしそうですよね。
 魔鈴とネカネのつながりは微妙です。多分学園祭が終わって夏休みに入れば、ネギの帰省イベントあたりがあるでしょうから、そこまで待つつもりです。
 >ネギも霊能力者だと勘違いされないでしょうかね?
 ええ、ですから魔法使い達は、自分達の能力を霊能力だという言い訳を使って誤魔化すことはしません。何せ普通の霊能力者なら見ただけで魔法が霊能力じゃないことが一発で分かっちゃいますから、下手に霊能力者と名乗って霊能力者と知り合いになれば、魔法がばれてしまいます。

>ジェミナス氏
 ぶっ壊すつもりがいつの間にか自分がデート。ま、横島本人はデートという自覚がなかったのでぶっ壊せたと満足していますが。なお、落としたのは大統領でも石油王でもなくて、子供先生でした。

>わーくん氏
 勘九郎が再就職するとしたら、ファッション業界かオカマバーですよね。そして横島は完全に女の子です。
 『戦闘服』の横島に、ネギは完全に心を奪われました。哀れな…。 

>MAHO氏
 ピートや銀ちゃんが登場したら、横島のわら人形が大活躍するでしょうね。

>ヘルマスター氏
 はじめまして、詞連と申します。
 美神はやり手婆というにはツンの要素が強すぎます。あんな高価なタロットをプレゼントしているというのに、気付いてもらえてないのがその証拠。

>黒川氏
 勘九郎は出世してます。
 六女の皆さんも知っているでしょうね。しかし宇宙意思の微妙なさじ加減でおキヌちゃんとか勘九郎と面識のある相手はニアミスしてたり(笑)
 忠緒はツンデレ説は、そろそろ3Aで公式になり始めてるかも。ネギも横島も気の毒に。

>神〔SIN〕氏
 ヘローデス。
 お褒め頂ありがとうございます。
 基本的に横島に影響を受けネギが原作にはない成長をする、というのが私の書きたいところなので。
 刹那との仲は改善の方向で頑張っていきます。まあ、横島は人外キラーなので大丈夫でしょう。
 なお小竜姫様は個人(個神?)として宴会芸に参加です。横島の出入り禁止はあくまで『神族の拠点を守る者』としての処置です。
 では可能ならばSee You Next Week.

>舞―エンジェル氏
 妖怪コンプレックス…とりあえず修学旅行は少々バトルが真面目なので出せないかも…。けれどいつかは出したいですね。
 刹那との間柄は微妙です。お互いに嫌いあっている、というより負い目を感じあっているというのが妥当ですね。


 レス返し終了

 実家にいるんですが諸事情でネットが夜、しかも限られた時間しか出来ずに不便してます。
 さて、次回こそ締め切りに間に合うか…がんばっていきたいと思います。
 では…

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