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「退屈シンドローム 第5話(涼宮ハルヒの憂鬱+ドラえもん)」

グルミナ (2006-07-21 20:43)
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 バタフライ現象、というものがある。

 これは簡単に言ってしまえば「北京で蝶が羽撃くとニューヨークで嵐が起こる」という現象の例で、一見何の関連も無いように思われる事でも原因と結果、何かの縁で繋がっているという意味だ。

 しかしこの例、別の見方をすれば「ニューヨークが嵐に襲われている時、北京では蝶が羽撃いている」と言い換える事も出来る。喩え地球の何処かで何かが起こったとしても、日付変更線を挟んだ反対側ではいつもと変わらない日常が拡がっている。

 屁理屈を言ってしまえば、カオス理論やら何やらの小難しい理論などは大概そんなものだろう。個人的な偏見だが。

 つまり何が言いたいかと聞かれれば、喩え謎の超能力組織が日夜仁義無き死闘を繰り広げていたり灰色空間の中で青い巨人と超能力エスパー戦躰が戦っていたりそんなアニメ的特撮的光景を何故か僕が坂道の上から眺めていたとしても、そんなデタラメとはお構い無しに朝陽は昇るし僕の退屈な日常は続いていくという事である。

 照りつける太陽と無駄に長い坂道、不機嫌そうなハルヒと退屈そうなキョン。昨日の非日常との第一種接近遭遇が嘘のように、教室に入った僕を迎えた光景は日常的だった。

 変わった事を挙げるとするならば、朝のホームルームで席替えがあった事くらいのものだろうか。

 中庭に面した窓際最後列がハルヒ。その隣が僕で、ハルヒの前はキョン。入学時の僕達の席を切り取って教室の端に持ってきたようなこの組み合わせは、何と言うか、ハルヒを一般生徒から隔離しているようにしか思えなくて仕方が無い。

「生徒が続けざまに失踪したりとか、密室になった教室で先生が殺されてたりとかしないものかしらね」
「物騒な話だな」

 休み時間。ハルヒの独り言にキョンが相槌を返した事で、今日の二人の雑談が始まった。

「ミステリ研究会ってのがあったのよ」
「へぇ、どうだった?」
「笑わせるわ。今まで一回も事件らしい事件に出くわさなかったって言うんだもの。部員もただのミステリ小説オタクばっかで名探偵みたいな奴もいないし」

 ふと僕の脳裏に、嫌味だがどこか憎めない狐顔の幼馴染みの顔が浮かび上がった。意外と頭の切れる奴だったし、あいつなら探偵役も結構似合うのではないかと取り留めも無く考えてみる。

 ……やばい。鹿撃ち帽とインバネスコートが似合い過ぎて洒落にならない。これでパイプでも銜えていれば完璧だ。

「超常現象研究会にはちょっと期待してたんだけど、ただのオカルトマニアの集まりでしかないのよ。どう思う?」
「どうも思わん」

 つい昨日まごう事無き超常現象に巻き込まれてきた奴がここにいるのだが、ハルヒに話したらあらゆる意味で収拾出来ない事態になる事は予想に難くなかったので、取り敢えずこの場は黙っておく事にした。我ながら賢明な選択だったと思うよ。

「高校に入れば少しはマシかと思ったけど、中学の時と同じ。どこもかしこも普通のクラブよ! 少しは変なのがあっても良いじゃない!!」

 ……ハルヒの言ったような活動要旨不明のサークルの存在が学校側に認可されている時点で充分普通じゃないと思うのは僕だけだろうか?

「煩いわね、のび太の癖に。あたしが気に入らなかったら、それは全部普通なのよ!」

 何処かの誰かを彷彿させる俺様一番な科白で僕の呟きを一蹴し、ハルヒは憂鬱そうに息を吐いた。

「無いもんはしょうがないだろ」

 溜め息混じりに、キョンがハルヒに意見する。ここ最近は聞き手側に回る方が多かったのに、一体どういう気紛れだろうか。

「結局のところ、人間はそこにあるもので満足しなければならないのさ。言うなれば。それを満足出来ない人間が、発明やら発見やらをして文明を発達させてきたんだ。空を飛びたいと思ったから飛行機作ったし、楽に移動したいと考えたから車や列車を生み出したんだ。でもそれは一部の人間の才覚や発想によって初めて生じたものなんだ。天才が、それを可能にした訳だ。凡々たる我々は、人生を凡庸に過ごすのが一番であってだな。身分不相応な冒険心なんか出さない方が、」
「五月蝿い」

 珍しく饒舌に自分の意見を語るキョンを容赦無く一刀両断し、ハルヒは頬杖をつき窓の外へと視線を向けた。

 キョンは嘆息と共に姿勢を戻し、僕は二人から視線を外した。

 これでキョンは連敗記録を更新し、今回の雑談は終わりを迎えた。

 少なくとも僕はそう思っていたし、キョンの方もきっとそう思っていた事だろう。

 しかしその時既に、僕達は思わぬ地雷を踏んでいたのだ。その事に気付かされたのは、それから数時間後の事だった。


 それは突然やってきた。

 うららかな日差しに眠気を誘われ、大学出たての女教師の授業を夢現に聴いていた僕の襟首が突如隣からのびてきた白い手に鷲掴みにされたかと思うと恐るべき勢いで引っ張られ、精神と肉体の結合を解きかけていた僕の意識は硬く冷ややかなリノウム床の感触と共に一気に現実へと浮上した。今の状況を具体的かつ簡潔に言えば、僕を引っ張るハルヒの力が強過ぎて受け身も間に合わず床に叩き付けられたという所だろうか。

 ずれた眼鏡を直しながら机に手をつき起き上がってみれば、キョンが後頭部を押さえて悶えていた。どうやら向こうは机の角を目覚まし代わりに文字通り叩き起こされたらしい。

「何しやがる!」

 目尻に涙を浮かべながら未だ痛むらしい後頭部を摩り、正しき怒りを胸にキョンが吼える。その気持ちはよく解るが、おかげで僕が文句を言うタイミングが消滅してしまったというのはどういう事だろう。

 煮え切らない不完全燃焼気味な衝動を胸の奥に圧縮封印し、僕は取り敢えず事の元凶を見上げた。キョンと僕を交互に見下ろすハルヒの顔は赤道直下の炎天下じみた笑顔に彩られ、黒い双眸は夏の夜空に浮かぶ一等星のような輝きを放っていた。尤もその時僕が直感的に思い浮かべた輝きは、白鳥座α星でもオリオン座β星でもなくデモン座の赤い凶星だったが。

「気がついた!」
「……何に?」
「無いんだったら自分で作れば良いのよ!」
「何をだよ」
「部活よっ!」

 交互に問うキョンと僕に即答を返し、ハルヒは僕の襟首を掴み直した。キョンの襟は握られたままになっている。しわが出来たらどうしてくれるんだ。

「……涼宮、お前の話は後でゆっくり聞いてやる。場合によっては喜びを分かち合っても良い。ただ、今は落ち着け。そしてそろそろ手を離せ」

 別の意味で頭痛が襲ってきたのかキョンは指先で眉間を揉み、もう片方の手で襟首を握るハルヒの手をやんわりと引き剥がした。

 僕に精神感応能力は多分無い筈だが、キョンの言いたい事は何となく解る。

「何の事?」

 本当に気付いていないのか、ハルヒは眉を寄せて小首を傾げる。その反応にキョンと僕は揃って嘆息を吐き、申し合わせたように同じ言葉を口にした。

「「授業中だ」」

 この一瞬、確かに僕達の心は繋がっていたと思う。別に嬉しがる事でも自慢出来る事でもないが。

 不承不承といった風体で席に座るハルヒを見届け、僕は呆然と半口開けているクラスメイト諸君に掌を上に向けて差し出して見せた。

 気にするな、そして忘れろ。

 視界の隅でキョンが僕と同じジェスチャーを半泣きの女教師に向けている。先程の言葉のユニゾンと言い、もしかして頭を打った拍子に何か妙な回線でも繋がってしまったのだろうか。


 ● ● ●


 その後の休み時間、僕はいつかのようにハルヒに連行されていた。あの時と違う点はハルヒがネクタイではなく僕の手を掴んでいる事と、反対側の手にキョンを繋いでいる事だろう。

 廊下を突っ切り階段を駆け上がり、施錠された屋上手前のドアの前で、僕達は漸く開放された。

 一月振りに見た物置代わりの階段の踊り場には、相変わらず美術部の備品や演劇部の小道具や用途不明の謎アイテムでごった返している。天井の方に視線を向けてみると、角の辺りから迷惑そうに僕達を見下ろす先住民の方々と目が合った。薄暗くて鳥なのか蝙蝠なのか見分けは付かないが、どちらにしてもそんな野生生物が校舎の片隅に普通に棲息している辺りは流石は山の上と言ったところだろう。そう言えば下足棟の天井にも燕の巣があったし。

「協力しなさい」

 逃亡を阻止するように階段の前に仁王立ちして、ハルヒは開口一番そう言った。

「……何を協力するって?」

 話の流れから大体予測出来る事だが、キョンは律儀にも訊き返す。

「あたしの新クラブ作りよ」
「何故俺がお前の思いつきに協力しなきゃならんのか、それをまず教えてくれ」
「あたしは部室と部員を確保するから、キョンは学校に提出する書類を揃えなさい。のび太はそうね、あたしのクラブを学校側に認めさせる尤もらしい言い訳でも考えときなさい。あんたってそういう屁理屈得意そうだし」

 キョンの口にした至極尤もな疑問を爽やかに無視して、ハルヒはまるで一分一秒も惜しいと言うように身を翻して階段を駆け降り始めた。まるっきりパシリ扱いである。しかしつい昨日まで正体不詳のアンノウン扱いされていた僕の身の上からすれば、人間扱いされている分格上げされたと考えて良いと思う。というか、思わなければやってられない。

 それにしても、「思いついたが吉日」を体現するようなハルヒの行動力には舌を巻く。何のクラブを作るのかは僕の知った事ではないが、ハルヒならばどんな無茶でもやり遂げてしまいそうに思えて不思議だ。

「楽しそうだね、ハルヒ」

 何気なく口に出した呟きが耳に届いたのか、ハルヒは足を止め僕を振り返った。

 僕を見上げるハルヒの瞳は、授業中に僕が見上げたものとはまた別の色彩を放っていた。あの時の光を宵闇に輝く一等星とするならば、今のハルヒの眼は数多の光を呑み込み尚暗黒を失わぬ銀河の深淵。

「……何言ってんのよ、あんた」

 ハルヒはあからさまに馬鹿を見るような目をして小さく肩を竦め、

「楽しくするのは、これからよ」

 白い食指を拳銃のように突き出し、笑顔と共に高らかに言い放った。

「果報は寝て待て、昔の人は言ったわ。確かに寝てても太陽は昇るけど、今はもうそんな時代じゃない。夜が明けて欲しいなら日の出を寝て待つよりも、自分で太陽を引っ張り上げた方がずっと効率的よ。楽しい事、面白い事、不思議な事、きっとそれらもまた然り。地面を掘り起こしてでも見つけてみせる。この退屈な世界をもっと面白くしてみせる。それがあたしのやりたい事、それがあたしの作りたいクラブ」

 ハルヒの挑むような眼光が、僕の眼を射抜いた。

 いや、本当に僕は挑まれていたのかもしれない。

 バタフライ現象という言葉が、不意に僕の脳裏に浮かび上がった。

 蝶の羽撃きが生んだ小さな風は、大洋を越えて嵐となる。

 昨日僕がハルヒに投げ掛けた一つの問い。

ーー「ハルヒ、君にとって「面白い」事って、何?」

 話の流れから何気なく口にした小さな問いは、今この瞬間、確かな形を以て答えを返された。

 キョンは言葉を挟まない。僕も言葉を紡げない。白状しよう。僕はこの時確かに、ハルヒの言葉に圧倒されていた。

「名前、たった今思いついたわ」

 突き出した食指をゆっくりと下ろしながら、ハルヒは息を吸い込み、

「世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団! 略して、SOS団!!」

 日本刀でも振るように右腕を鋭く一閃させて見得を切った。


 今思えば、僕はきっとこの瞬間に呑み込まれてしまっていたのだろう。退屈だった筈の僕の日常に突如傾れ込んできた、ハルヒという名の荒波に。

 それは濁流の如く理不尽な程に絶対的で暴力的で、僕は為す術も無くあっさりと捕まってしまったという訳だ。

 だけど、どうしてなのだろうか。

 荒れ狂う波に身を任せ、奈落の底で溺れ死ぬ。

 それも良いかもしれないと、僕は一瞬だけ思ってしまった。

 ……ただ、一つ二つ程文句を言わせて貰いたい事があるとするならば、

「のび太! あんたの正体も必ず突き止めてみせるんだから!! 本当の戦いは今この瞬間から始まったのよ! 覚悟しておきなさい!!」

 未だ僕の正体とやらを諦めていなかったらしいハルヒの気合い抜群な一言が、今までの良い感じな雰囲気を一瞬で台無しにしてしまった事くらいだろうか。ハルヒ、僕の感動を返せ今すぐに。

「……俺はイエスともノーとも言ってないんだが……」

 何とも言えない敗北感に打ちのめされる僕の鼓膜を、キョンの溜め息混じりの呟きが打った。ごめんキョン、途中からすっかり忘れていたよ。


ーーーあとがきーーー
 グルミナです。『退屈シンドローム』第5話をお届けします。
 今回遂にSOS団が結成されました。まだメンバーは三人だけですが、次回はアジト獲得に新メンバー捕獲と大暴れの予定です。
 ……それにしても、何かキョンの扱いが悪いですね。もっと活躍させてやらねば。
 ところで、当方はこの『退屈シンドローム』第1話の元ネタ表記欄に「涼宮ハルヒの憂鬱+ネタバレにつき未記入」と書いたのですが、これはもしかして規約違反だったのではないかと今更ながらに戦々恐々としています。今でも不安です。

>hanagaraさん
 はじめまして、読んで下さってありがとうございます。

>佳代さん
 はじめまして、読んで下さってありがとうございます。
 古泉は下っ端という事でのび太についてはあまりしらされていません。みくるの方は、色々な意味で結構知ってそうです。

>スケベビッチ・オンナスキーさん
 はじめまして、読んで下さってありがとうございます。
 のび太の皮肉口調は、ドラとの別離が関係あったりなかったりします。
 自分を一般人と思っている点ですが、これはのび太の本心です。デタラメな力を持っているのは青ダヌキの方で、自分自身には何の力も無いという事で。
 誤字指摘、ありがとうございます。推敲は充分したつもりだったんですが、これは素で間違ってました。

>maktさん
 非日常との関わりを怖れているというよりは、日常の瓦解に恐怖している感じですね、のび太は。ドラの喪失でのび太の日常は一度崩壊していますし、それがトラウマになっているというのが大きいです。
 あと過去の思い出を肯定される事を怖れているというのも、概ね当たりです。非日常に触れれば触れる程、青ダヌキの存在を思い出してしまうでしょうから。
 未来人の種明かしですが、これは皆さんの予想と結構違うかもしれません。


>D,さん
 のび太はまごう事なきイレギュラーです。色々な意味で。
 みくるとのび太が血縁関係、それも面白いかもしれませんね。二人共ドジっ子スキル持ってますし。

>ななしさん
 「雲の王国」でも確か街が沈められてましたね。あと「魔界大冒険」でも、パラレルワールドとはいえ魔界に侵攻されてますし。
 そう考えてみるとのび太の日常って結構危機に晒されてたんですね。
 空想動物とみくるの交流ですが、これは未定です。申し訳ありません。

>rinさん
 のび太と古泉、気が合うかどうかはまだ解りませんが、似た者同士ではあるみたいですね。閉鎖空間での語らいは些かのんびりし過ぎと思えなくもないですが。
 古泉の納得云々の科白は、のび太の一般人自称ではなくガチャポンのくだりです。いやだって、アレどう見てもガチャポンでしょ?(アニメから入った派)

>ト小さん
 はじめまして、読んで下さってありがとうございます。
 古泉の言葉ですが、のび太と古泉が出会ったこの時点ではSOS団はまだ結成されていません。しかしキョンの存在は既に各勢力にとって「無視できないイレギュラー」になってしまっている。そんな感じです。

>meoさん
 はじめまして、読んで下さってありがとうございます。
 ドラえもん消失と三年前の関連ですが、確かに関係はあります。ネタバレするのでこれ以上は言えませんが、期待していて下さると嬉しいです。

>gankさん
 はじめまして、読んで下さってありがとうございます。
 三年前以前の時間遡行不能については、原作通り時空震にしようと思っています。時空間破壊だったら色々と(書き手側にとって)不都合な事になってしまいますので。

>蓮葉零士さん
 次回の登場は無口な文芸少女とドジっ娘の上級生、宇宙人と未来人の台頭はもう少し先ですね。残り少なくなった「日常」な日常ですが、のび太は精一杯楽しもうとするでしょうね。

>HEY2さん
 もしもボックス、懐かしい道具ですね。最近では携帯版が登場したという噂を聴いたり聴かなかったりするのですが、21世紀版「魔界大冒険」では一体どうなるのでしょうか。
 ハルヒが日常を否定しない為にも、キョンには是非がんがって欲しいものですね。そしてのび太にも。

>龍牙さん
 人間もしもボックスですか、中々言い得て妙ですね。
 のび太の少年時代が結構非日常だというツッコミは、……まぁ人間誰しも自分の事は棚上げしたくなるという事でww
 機関の上層部がのび太の経歴を把握していてもある意味当然と言えるでしょうね。通りすがりの正義の味方チームは現代世界でも大暴れしていますし。
 日常があるからこそ冒険は楽しい、ですか。確かにそうかもしれませんね。でも三年のブランクは結構大きかったみたいですね。
 静香達の登場は、文化祭前後になると思います。彼らの方は概ね原作通りでいこうかと。

>田端さん
 え゛!? もしかして前回のレス返信で失礼な事を言ってしまっていたのでしょうか!?
 こちらの不手際で不愉快な思いをなされたのならばお詫びします。申し訳ありません。

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