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「幻想砕きの剣 9-11(DUEL SAVIOR)」

時守 暦 (2006-07-19 22:49)
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14日目 昼 タイラー隊・分隊


 走る。走る。走る。
 アヴァター一のカタブツと称された事もある男、ヤマモトはただ只管に走っていた。
 軽装甲とは言え鎧の重さを物ともせず、馬のように駆けていく。
 その少し後ろを、大柄の男達が続いていた。


「おーいヤマモトさんよ!
 そんなに飛ばすと、追いついた時にはバテバテになっちまうぞ!」


「副官を舐めるなー!
 隊長とは時に隊内で最強でもあり、ならば副官とは隊内で2番目に強いのだ!
 この程度でくたばる程、柔な鍛え方はしていない!」


「そりゃ今のアンタに喧嘩を売るのはイヤだけどよ…」


 ボヤくコジロー。
 隣のクライバーンも異論なく頷く。


「鬼気迫ってるもんなぁ…。
 やっぱりあのシア・ハスとかいう女傑か?」


「さーな。
 言っても認めんだろうなぁ、あの人は…」


「タイラーと付き合うようになってから随分と柔軟な姿勢になったもんだが、恋愛事ではカタブツのままか…」


 背後で交わされている会話を歯牙にもかけず、ヤマモトはただ走る。
 流石に汗ばんでいるが、まだまだ余裕っぽい。
 タイラーならとっくに酸欠で倒れているだろう。


「もう暫くしたら、多分馬が追いついてくるぜ。
 それまで極力体力を温存しておこうや」


「と、言いつつもヤマモトを見捨てられずに走る俺達…」


 もう草原の炎は消えているはずだ。
 そうなると、通れなかった騎馬隊が火の粉が残る草原を駆け抜け、自分達と同じルートで走ってくる。
 その時に馬に乗せてもらえばいい。
 こうやって人力で走っている事自体、ヤマモトの暴走と言えなくもなかった。


「ところでキーナン、どう思う?
 あの有様は…」


「どう見たって魔物のやり方じゃねぇな…」


 ヤマモト達は、ただ走っているだけではない。
 その途中で、シア・ハス達が仕掛けた罠の状況を逐一確認している。

 キーナンはその状況を思い出し、顔を顰めた。
 仕掛けられた罠は大量で、質はともかく足止めとしての効果は充分。
 魔物達の能力では、一気に解除する事は不可能である。

 だが、その罠の殆どは破壊されていた。
 しかも、その痕跡を鑑みるに、殆ど同時に、しかも効率的に、あまつさえ発動前に中枢部をピンポイントで破壊している事さえあった。


「魔物達は基本的に罠は使わねぇ。
 他の動物達と比べて段違いの身体能力に任せて、敵を狩る。
 だから罠に精通している筈はない…。
 勿論、あんなお手本にしたいくらいの壊し方なんか出来るはずがない」


「となると、ヒトの手でやった事になるが…。
 これまた考え辛いな…。
 命惜しさに寝返る人間だって居る事は居るだろうが、あれほどの破壊効率を出せるヤツなんか、俺達のトコにもドム将軍のトコにも居ないぜ」


「そんなヤツが、この先に居るかもしれねぇんだな…。
 体が震えてきやがる」


 無論、武者震いだ。
 ふとヤマモトを見る。

 ヤマモトは更にスピードを上げ、何時の間にやら200メートルほど先行されていた。


「…アイツ、馬より速いんじゃねーか?」


「恋する男は強いってか…」


「恋とかゆーな、その図体で」


 少し遅れて、救世主クラスコンビが続く。
 こちらはヤマモト達ほどスピードを出していない。
 単純に、ベリオはそこまで足が速くないからだ。
 ブラックパピヨンなら話は別だろうが、彼女が出ると確実に揉め事が起きる。
 服を着替えなくても、彼女は目立ちそうだ。

 それに、ブラックパピヨンには別の役割があった。


「ベリオ殿、ブラックパピヨン殿は何と?」


「周辺に怪しいモノは無し、だそうです。
 罠はともかく、魔物達が何かやった痕跡はありません。
 それに、別働隊が合流した痕跡も無いようです」


「となると、魔物達は自力で罠を突破したか、極少数の援軍を得て罠を突破したのでござろうな。
 死傷者が置き去りにされていない以上、シア・ハス隊も魔物も、殆ど損害は無い…でござるか」


「いえ、無限召喚陣から召喚された魔物なら、安定する前に魔力の供給が途切れれば遺体が消失する事もあります。
 何体かは削れた…と思いたいですね」


 そう言いながらもベリオは、楽観的観測であると思わざるを得ない。
 無限召喚陣からの魔力供給はともかくとして、一晩もあれば安定するのには充分な力を得られる。
 罠によって遺体も残さず消し飛んだとも考えにくいし、やはり与えた損害は0に近いのかもしれない。


「そろそろ稼動距離が限界です。
 ブラックパピヨン、戻ってください。
 ……はい、気をつけてね」


 テレパシー(?)で会話するベリオ。
 ブラックパピヨンは、「これは怪しい!」と思った場所にパペットを置き、ボディを実体化させて色々と調べているのである。
 タイラー隊はとにかくシア・ハスの隊と魔物達に追いつく事を優先としているので、足元の調査はお留守にならざるを得ない。
 ならばとブラックパピヨンが、ベリオに対して名乗りを上げたわけだ。
 パペットは予備も持たされてあるし、いざとなったらこちらのパペットへ移ればいい。


「便利でござるよなぁ…」


「カエデさんも、ルビナスさんに頼んで改造してもらっては如何です?」


「それは勘弁でござる。
 と言うか、今更でござるが…ベリオ殿、師匠が乳首を突付いたら自爆装置が発動…などと言う事はないでござるよな?
 無いでござるよな、いくらルビナス殿でも!?


 ベリオは沈黙を持って答えた。
 今まで敢えて目を逸らしていた可能性が、カエデによって突きつけられた。
 しかし、幾らルビナスでもそこまでやるだろうか?
 大河がそんな事をする状況は、夜伽……以外にも日常生活で多々あるだろうが、ベッドシーンでは十中八九ルビナスも至近距離に居るのだ。
 まず間違いなく巻き込まれる。

 それでなくとも、ルビナスはあれで以外とロマンチストだ。
 科学者としてのロマンではなく、女としてのロマンの方面で。
 自分の復活の鍵を、「おうぢサマからのキス」に託すくらいには。
 雰囲気に酔いたがるタイプだとも言える。
 その彼女が、ラブシーンの正念場とも言えるベッドシーンで、爆破などと言う無粋なマネをするだろうか?
 ラブシーンじゃなくて、欲望に塗れた濡れ場という見方もあるだろうが…。


「た、多分大丈夫…。
 ルビナスさんの事だから、エッチ用の機能はリリィの時みたく、ケモノミミが生えるとか、ふたなりになっちゃうとかソッチ方面だと思います…。
 彼女にだって、女性としての良心というものが…」


「マッドの本能に押し潰されてない事を祈るばかりでござるな…」


 甚だ頼りない希望である。
 カエデとベリオは、走りながらも宙を仰いで涙を流した。
 …地上の騒乱など意にも介さず、空はとにかく晴れていた。


14日目 昼 ドム隊


 鋭い剣戟の音が響く。
 ドムは長剣を一閃して、魔物を防具ごと2体まとめて切り裂いた。
 そして間髪居れずに一回転、身を低くしながら柳のしなやかさを持った足払い。
 足を払われる所か、魔物達は脛の骨を砕かれた。
 ドムの力量もさる事ながら、彼の具足には鉄が仕込んであるのだ。
 他にもマントの中にナイフが隠してあったり、懐には折りたたみ式の弓があったり。
 全身凶器と称しても違和感は無い。
 ちなみに、弓があっても矢はない。
 それで使い物にならないかと言うと、実を言うとそうでもない。
 弓は矢を飛ばさなければならないという理由はなく、その辺の木の枝や、石ころを飛ばす事も出来るのである。

 それはともかく、本隊は魔物の群に襲われていた。
 しかし民衆達の悲鳴はない。
 何故なら、汁婆を見て腑抜けたまま…と言うのは冗談で、この襲撃の事を知らないからだ。
 ドムは民衆達が恐怖に飲まれる事を恐れ、気付かれない間に敵を倒す事を選択した。
 幸い敵の数はそう多くなかったので、自分が連れてきた少数の隊だけでも充分対処できた。

 最後の一体を切り伏せ、ドムは周囲に敵が居ないか確かめる。
 兵士達もほぼ無事。
 2名が重症を負ったが、すぐに手当てすれば港町までは保つ。

 ドムの視界には、敵は写らなかった。
 しかし、何かがドムに訴えかける。

 「何か居る」と。

 ドムは感覚器官を全開にし、周囲の気配を探る。
 だが、周囲には何の気配もない。


(いや、何か居る、確実に!
 この背筋を駆け巡る悪寒…何かがここに居る!
 しかも、途方もなく危険な存在が…)


 しかしやはり見つからない。
 ドムは戸惑い、とにかく今からどうするべきかを思案した。

 得体の知れない敵の正体は分からないが、数が多くない事は間違いない。
 それだけの集団ならば、ドムかユカが確実に気付く。
 ユカが平原を見て「集団は居ない」と言ったし、これは間違いないだろう。
 なら、無理にここで仕留める必要はあるのか?
 答えは…ノー。

 敵が一体しか居ないというのならば、放っておけばいい。
 どうも見張り役というわけでもなさそうだし、仮にそうだとしても、既に魔物の本隊に知らせが行った後だろう。
 今から探し出して潰すより、本隊に戻って警戒を強めた方がいい。
 また、一体きりで突っ込んでくるなら、それこそ本隊に居る兵士達が集中攻撃して倒せるはず。

 だが、ドムはその理屈に従う事を良しとしない。
 彼の卓越した直感が叫ぶのである。
 「このまま退くと、いつか竹箆返しを食らう」と。

 ドムは近くの木に三角飛びで登り、丈夫そうな枝を選んでその上に立った。


「どこだ…?
 何処に居る!?」


 焦りを隠せないドム。
 気配はそんなドムを嘲笑うかのように、スーっと消えていった。
 どうやら撤退したらしい。

 暫く枝の上で、苛立ちと焦りを噛み殺すドム。
 数人の兵達は、その様子から只事ではないと悟り、敵が見えないにも拘らず周囲を警戒している。
 やがて、ドムはもう一度だけ周囲を睥睨してから舌打ちし、木から飛び降りる。
 鎧がガシャンと音を立てた。


「ドム将軍、敵は…」


「逃げられたらしい。
 今から追おうにも捕捉すらできん。
 忌々しいが、本隊に合流するぞ」


「はっ」


 ドムは馬に飛び乗り、兵士達を連れて本隊へと合流しに向かった。
 その間にも、先程の不気味な気配について考えを巡らせる。
 どうにも野生の魔物ではなさそうだ。
 あの気配は、武術などを専門に学び、それを長年に渡って研鑽してきた者特有の気配である。
 それも、恐らくは殺しを目的とした技術。
 もっと言えば暗殺技術だろう。
 そう言った人間は、ある程度だが気配が似通ってくる。


「過小評価しても、達人なのは間違いない…。
 闇夜に紛れて忍んできたら、俺でも気付けるかどうか…」


 今回は、本気で気配を消そうとはしていなかったのだろう。
 むしろプレッシャーを与える為に出てきた可能性も捨てきれない。
 何にせよ、厄介な事になりそうだ。
 ドムにあれだけの危機感を抱かせる相手である。
 魔物を統率するのも、不可能ではあるまい。
 魔物達は基本的に、自分よりも強い相手には反抗しないのだから。
 じゃあどうしてドムや大河やユカに攻撃を仕掛けるかと言うと、単に「人間は自分たちの餌又はオモチャ」という認識が捨てきれないからだ。
 仮に大河達を「人間」ではなく「自分より強い一個の存在」と認識させれば、彼らは逆らわない。

 ドムは馬を走らせながら、遠くへ目を向ける。
 そちらでは、大河達が囮となって暴れている筈であった。
 しかし、それらしき形跡は見られない。
 大河達が暴れれば、砂煙やら何やらですぐに解かるのではないかと思ったものだが…。


「…然程、囮に敵が集まっていないのか…。
 急いで戻らねばな」


 で、本隊に戻ったドムはアザリンに一つの案を持ちかけた。
 アザリンはそれを聞いて首を傾げる。


「民衆を十七分割して送る?
 今更か?」


「今更だから、でございます。
 あと十七とは言っておりません」


 別に解体して送って、港町で組み立てるのではない。
 フランケンシュタインじゃあるまいし。

 大部隊が移動するに当たって、現在のようにゾロゾロゾロゾロ列を成して進むというのは、あまりよくない。
 力が分散してしまうし、全体に命令が届きにくくなる。
 本当なら、幾つかの分隊に分けて、それぞれを統括しつつも独自の移動をさせた方がいいのだ。
 そうしなかったのは、護るべき民衆の数に対して、兵力が圧倒的に足りなかったからである。
 何度かに分けて避難させれば、一気に動き出した魔物の集団に囲まれてしまうのがオチ。
 短距離ならば一気に駆け抜ければよかっただろうが…。

 現在地から目的地…港町まで、平原を越えればすぐである。
 ここまで来たら、少々博打になるが分けて進んだ方が安全性が高い。


「現在、当真大河とタケウチ殿、汁婆を先行させていますが…正直、敵は囮にはかからぬようです。
 ならば囮から役割を切り替え、例によって進軍ルートを確保させます。

 まず民衆を…そう、50名ずつ纏め、護衛兵を…30人ずつ。
 これを一組とし、5組ずつ纏めて港町へ向かわせます。
 港町に到着したら、兵士達はすぐに帰還。
 この辺りで、次の5組をまた出発させます」


「帰ってくる5組は、出発した5組が敵襲に襲われていれば援護、何事もなければ戻ってくる。
 そして休息を取った後、また護衛…と言うわけだな。
 しかし、ここで本隊が立ち往生していて危険はないのか?」


「森の中は危険ですが、森を抜けてしまえば隠れる所はありませぬ。
 こちらの姿も丸見えですが、敵もまた気付かれずに近付く事は不可能と言ってよいでしょう。
 それに、森を出て暫く進んだ場所…つまりこの辺りは、天然の要塞…とは言いすぎですが、守りに向いた地形です。
 ヘタに進軍するより、ここでじっとしている方が安全かと存じます」


 ふむ、とアザリンは腕を組んだ。
 チラリと背後を振り返り、不安を堪えている民衆達を覗き見る。


「…最優先で、怪我人達を送るのじゃ。
 子供を送る時には、必ず親とセットで送れ。
 護衛につける兵は…50人。
 それから、兵士達とは別に民衆の中から看護役と輸送役も募っておけ」


「御意」


 民間人の助力を仰がねばならないのは不本意だが、使えるモノは何でも使わねば。
 ドムはバルサロームに医者を探すように言い渡すと、護衛兵の編成を始めた。
 流石の精鋭達も、精神的に参ってきているようだ。
 真っ直ぐ歩いているかどうかも分からない夜の森を歩くのは、彼らとしてもかなりの苦痛だったらしい。
 ドムはその中でも特に疲労の強い者達には、一旦休んで後から護衛をするように申し付ける。

 …背後から、バルサロームの「医者はどこだ!」という叫びが聞こえてきたが…敢えて黙殺。

 護衛兵とは別に、機動力の高い騎兵隊も編成する。
 馬も大分疲れているが、ここが最後の一踏ん張りだ。

 30分ほどして、部隊編成は完了する。


「怪我人を優先してください!
 移動は順番に、確実にお送りしますので、ゆっくりと前の人を押しのけたりしないように!」


 後方では、バルサロームが兵士達と共に民間人を誘導している。
 不安そうだが、まだ暴動を起こす程ではない。
 延々と歩いてきて、神水のおかげで体力だけはまだ余裕がある状態。
 これなら集団ヒステリーの一つも起こっても違和感はない。
 これも一重に、アザリンの人徳故だろうか。

 民間人達は、順番に50人ずつグループを作って固まっている。
 怪我人を運ぶ民間人と医者達が先頭だ。


「準備は整った。
 偵察兵、先行して索敵しろ。
 結果に関わらず、一人は5分で戻れ。
 他は偵察を続けろ」


「「「はっ!」」」


 ドムの命令を受け、馬に乗った偵察兵が駆けていく。
 ドムは振り返り、アザリンを見る。
 本当なら最初に彼女を送るべき、とドムはそう思っている。
 だが、彼女は残ると言った。
 民間人を優先するというのも理由だが、彼女は最後までホワイトカーパス州領主であろうとしている。
 何もこの地と運命を共にする、と言う訳ではない。
 死ぬのならばこの地で、とは思っているが、死に場所を決めるのはまだ早い。
 だが、この地に最後まで残るべきなのは彼女なのだろう。

 グループになった民間人の何人かは、アザリンに向かって早く避難しましょう、一緒に行きましょうと声をかけていた。
 しかし、アザリンは申し訳無さそうに笑って首を横に振る。
 ここまでは先頭を切って歩いてきた。
 そして最後は殿を務めるつもりなのだ。
 戦力的には、意味がない行動かもしれない。
 だが、人々はアザリンという領主の存在をより強く印象付けられた。


 偵察隊の一人が戻ってきた。
 ドムに駆け寄り、耳元で何か囁く。
 少し考える様子を見せるドム。


「…よし、移送兵団、出発しろ!
 民間人には傷一つつけさせるなよ!」


 ドムの激励と共に、怪我人を運ぶ兵団が出発した。
 同時に出発した3つの兵団は、それぞれ違ったルートを進む。
 ここからがドムの知略の見せ所である。
 敵の行動を読み、伏兵を避け、こちらの兵力で敵を足止めし、安全なルートを確立する。
 これを何度も何度も繰り返さねばならない。
 だが、ドムにはそれをやってのけるだけの力がある。
 困難な事には間違いないが、その目には困難を捻じ伏せんとする気概が満ちていた。


「ドム将軍、そろそろタケウチ殿達が移動し始める頃です」


「む、もうそんな時間か。
 偵察兵に指令は伝えたな?」


「はっ。
 指示された通りの場所に陣取り、敵の進軍を阻止してくれと」


「そうか。
 ……なら…大河には別の伝令を出すか。
 港町付近を警戒しておけと」


「至急手配します。
 しかし…港町付近に、魔物達が隠れる場所があるでしょうか?」


「さてな。
 これは俺の単なるカン…閃きだ。
 だが、この閃きに裏切られた事はない。
 急いで伝えろ、大河の現在位置から港町に行くには、かなり時間がかかる」


14日目 昼 ユカ・汁婆


「汁婆、もっと飛ばしても大丈夫だよ?」


『そうか?
 そんなら遠慮なく…』


 ユカを乗せて走る汁婆は、四本足モードからスプリンターモードになって加速した。
 現在一人プラス一匹は、大河と別れて本命のルートへ向かっていた。
 ユカの顔色はよくない。
 別に疲れているのではない。
 まだまだ体力には余裕がある。


「…さっきの囮ルートだけど…」


『敵は殆ど来なかったな。
 引っ掛からなかったのか?』


「ひょっとしたら、そもそも敵戦力が殆ど残ってないのかも…」


『いや、それは無いだろう。
 “破滅”はまだまだこれからなんだぞ。
 今回の襲撃は諦めて、時期を待って潜伏しているって方がまだ説得力がある』


「確かに…」


 ドムに指示され、先程まで通っていたルートでは、あまり敵に遭遇しなかったのだ。
 申し訳程度の魔物と、あと得体の知れない動物が凶暴化していた程度。
 敵が居た痕跡すら見当たらない。
 何でも吸い込むピンクの悪魔にやらせても、こうも痕跡を残さず消える事は出来ないだろう。
 故に汁婆とユカは指示されたルートを大河に任せ、引き返してきた。


「それじゃ、やっぱり敵の本命は本隊のルートに…」


『…にしては、魔物の匂いがしねェな。
 俺達は疑心暗鬼になってるのかもしれん…』


「うん…でも、警戒を怠る訳にはいかないよね」


 もうここまで来たら何も考えまいと思っても、どうにも状況判断をしようとしてしまう。
 元々ユカはタイマンが専門だったし、集団戦の知識なんぞカケラも無い。
 あれこれ考えて、混乱してしまうのも無理ないだろう。

 汁婆も似たようなものだが、やはり彼は一味違う。
 考えてもわからない事を考える暇があったら敵を蹴るタイプである。
 さっさと思考放棄して、別の話題に切り替えた。


『ところで、大河とは何か進展があったのか?』


「? 進展…?」


『だから、男女間の関係の進展だ。
 お前らピッタリ息があってるんだから、一度波に乗っちまえばトントン拍子に進むと思うんだがなぁ』


「ぎにゃっ!?」


 つい奇声を上げ、ついでに舌を噛み、そして手を滑らせて汁婆から落下しそうになるユカ。
 汁婆は冷静に片手でユカを支え、何事も無かったかのように走る。


「な、ナニをいきなり…」


『お前さんが大河にホレてるってのは、傍から見てりゃバレバレだっつの。
 大河は強い雄だからな、わからんでもない。
 で、どうなんだ?』


「どどど、どーって言われても」


『お前さんにマトモな恋愛なんぞ期待してないがな。
 今時小学生でももーちょっとマシな意思表示するんじゃないか?』


「そ、そこまで言われる筋合いないよ!
 キスくらいな……あ」


『ほう、意外だな。
 進展はあったのか』


 う゛〜っ、と唸ってユカは黙り込んだ。
 からかう気が満載の汁婆。
 彼女としてはさっさと逃げたいが、ここで汁婆から降りる訳にはいかない。


『それで?
 大河といい仲になれそうなのか?
 多少なら相談に乗るぜ』


「…大々的に種族差別を言っちゃうけど…馬の恋愛が参考になるかなぁ…?」


『確かに別種族である以上、価値観や風習は大きく違うがな。
 それでも…俺も大河もオスだ。
 オスである以上、通じ合うものはある。
 ある程度なら、ヤツが考えている事も読めるぜ?』


「へぇ…じゃあ、大河君の中でボクの位置づけは?」


『…庇護対象が最も正確だな。
 何から護るのかは知らんが』


「庇護対象かぁ…悪くないけど…まだまだだね」


 気楽に言ってのけるユカだが、もしも発動状態の未亜に会ったら…。
 大河がどれだけ無謀な行いをしようとしていたのか、身をもって知る事になりそうだ。


『それとな、大河は他の女達に義理立てしてるっぽいな。
 義理立てってのもおかしいが』


「義理立て…っていうか、操を立ててるようなモノ?
 相手が沢山居る時点で、操も何も無い気がするけど」


『そんなトコだな。
 仮にお前が大河に迫ったとしても、多分今は無駄だ。
 ああいう人種は、自分の倫理観は基本的に裏切らん』


「…大河君の倫理観って…美人やカワイイ娘には残らず手を出すってコトじゃ…」


 汁婆、一瞬黙る。
 もとい、フリップが出ない。
 汁婆は常に黙っているから、上記の表現はちとおかしい。


『…言いたい事は分からんでもないが、ヤツはヤツなりに誠意を持ってメス達と付き合っている。
 勢いだけで手を出すような事はしない。
 少なくとも、それなり以上に好意を持ち、なおかつ他のメス達と仲違いせずにいられる人物…。
 それが最低条件だろうな』


「…仲違いせずに、か…。
 ボク、ちょっと自信ない…」


『別にそのメス達の中に混じれってんじゃない。
 相容れなくても、住み分けができればいいんだ。
 …とは言え、見て見ぬフリが出来る性格でもないか。

 …しかし、キスまではしたんだろう?
 少なくとも脈は大いにあるという事だ。
 奪うにせよ混じるにせよ、とにかく責めの一手だな』


「それは…そうだよね。
 ボクだって、これでも色々と…ゆ、誘惑とか考えてみたんだけど」


 しかしどれも上手く行かなかった。
 いや、大河も色々と抑え込んでいるのが手に取るように分かったのだが、肝心のユカがダメダメだった。
 彼女曰く『破廉恥な事』をしているという意識が邪魔し、思い切った行動に移れなかったのである。
 大河と2人きりで氣功術の練習をしている時、動きやすいからと主張して、薄いタンクトップ(ヘソ出し)やら脚線美を丸で隠さないジーパン(極短)などを着て、無防備な所を見せたりしたのだが。
 「これは誘惑なんて破廉恥な事じゃなくて、ちゃんとした訓練」と自分に言い聞かせる事で羞恥心を抑えていた。
 そんな状態だから、誘惑なんぞ出来よう筈もない。
 そもそも誘惑などという能動的な行為に走った事さえ、普段のユカからは想像もできない。
 色々と煩悶した挙句、勢い余っての事だった。

 しかし汁婆は、一言の元にユカの努力を断ち切った。
 曰く、



『お前がやっても無駄だ』


がーん。

 ユカは心理的に結構なダメージを受けた。
 彼女とて女性である。
 それを一言の元に却下されれば、そりゃショックも大きいだろう。

 だが汁婆の言葉には続きがあった。


『男のサガもオスの性質も知らんお前が、無理にメスとしての魅力で大河に迫ってどうする。
 そう言う手法は、酸いも甘いも噛み分けた、熟成したメスがやるもんだ。
 中途半端だったり未熟なメスがやった所で、竹箆返しを喰うだけだ』


「う、うぅ…そりゃそうだけど…だったらどうすれば…」


『それぞれに合ったやり方ってのがあるんだよ。
 お前は無防備さや初々しさも武器だが、何よりもその活気がいい。
 大河もそこが一番気に入ってる』


「…本当?」


『本当本当。
 で、だ。
 以上の点を総合してお前がやるべきなのは…』


「なのは!?」


 思わず身を乗り出すユカ。
 一拍おいて、汁婆は続けた。


『要らん事は考えんでいい。
 とにかく特攻あるのみ。
 恥ずかしさを抑える必要も自分を取り繕う必要も、一切必要ない。
 大河に向かって、あるがままに振舞え』


「……は?
 え、えぇと…それって、『何もするな』ってコトじゃない?」


 ユカは耳を疑った。
 そんな事をして、何になるというのか?
 もうすぐ救世主クラスと合流するだろうに、そんな事をしていては…。


『何もするな、とは言ってない。
 無理をする必要がない、と言ってるんだ。
 どんどん大河にちょっかいをかけろ。
 だが無理に演出をしようとするな、初々しさが損なわれる。
 お前が特に考えずに行動する事で、大河は女性の部分を直視する事になる。
 …まぁ、お前みたいな女には解かり辛いか。
 ガキに『おねぇちゃん』とか呼ばれて鼻血を吹きそうになる女なら分かるだろうが』


「わ、わからん…」


『まぁ、男特有のフェチ心だと思っとけ。
 お前はそれにクリーンヒットしてんだ。
 まぁ、注意すべき事があるとすれば…どっちかと言うと、他の男と一緒に居る時には女性としての自分を意識しろって事だな』


「? 逆じゃないの?」


『いや、男ってのはバカで独占欲が強いからな。
 自分だけに、ってのがクルんだよ。
 別に他人に対して愛想や色香を振りまけってんじゃない、その逆だ。
 他の男は警戒して、しかし自分にだけは無防備ってのがお前に一番合ってる。
 ヤキモキさせるってのも手だが、お前は意識してそんなマネが出来るほど器用じゃない』


「ふーん………?
 あれ、誰かこっちに来るよ」


 汁婆は恋愛相談所を一旦閉館して、足を止めた。
 風に乗ってくるニオイを嗅ぎ、魔物でない事を確かめる。


「ドム将軍からの伝令かな?
 でも、本隊にも特に襲撃を受けてる様子はないし…」


『予定が変更になったのかもな。
 何か偉く慌ててるみたいだが』


 兵士達は、こけつまろびつユカと汁婆に向かって走ってくる。
 少し手前になって、転げ落ちるように馬から飛び降りた。
 まるで半身不随になっているようだな、と思うユカ。 
 それと同時に、奇妙な違和感を感じていた。

 兵士達は、ユカと汁婆に向かってぎこちなく敬礼した。


「で、伝令です
 本隊はこれより、平原を抜けて、港町へ、向かいます
 お2人は、指定された地点へ、向かい、敵の進軍を、阻止してください」


「…了解しました。
 それで、指示されたポイントとは?」


「…………」


 兵士の口調にあからさまな違和感を覚えながらも、指令は指令だとユカは耳を傾ける。
 汁婆は兵士を見詰めて動かない。
 兵士は汁婆に見詰められて動揺したのか、ちょっと黙り込む。
 そして地図を取り出した。


「この、地点、です
 汁婆殿の、足ならば、5分も、必要ありません
 地図は、お持ち、ください」


「…そう…ですか。
 あの、なんか喋り方がおかしくありません?」


「…………」


 また黙り込む兵士。
 一拍おいて、兵士は困ったような顔になった。


「それが、馬に乗って、ムチウチにでも、なったのか、この、話し方しか、できない、のです
 普段と、変わった、事は、なかった、のに
 自分でも、おかしいと、思って、いるのですが
 ご勘弁、ください」


「え、いや別に責めてるんじゃなくて…。
 大丈夫なの?」


 3度黙り込む兵士。
 しかし、今度は単に考えていただけらしい。


「戦闘に、支障は、ありません
 戦争中に、喋れない、と、言って、戦わない、わけには、いきません」


「そう…わかった。
 でも、終わったらちゃんと病院に行くんだよ?」


「それは、もう
 こんな、話し方じゃ、彼女も、できません」


「あはは…それじゃ、ボクはもう行きます。
 あなたは?」


「本隊に、合流、します
 他の、2人は、偵察です
 ご武運を」


 またぎこちなく敬礼し、兵士達は歩き出した。
 ユカは汁婆に飛び乗る。
 指示されたポイントに一直線…と、思ったのだが。


「汁婆? どうしたの?」


『…あやしい』


「…あの兵士さん達?
 確かにおかしな喋り方だったけど、わざとじゃないみたいだよ?」


『だから余計に怪しいんだ。
 お前は馬に乗ってるだけで、あんな喋り方になると思うのか?」


「それは…そう言われるとそうだけど…」


 ユカは頭を掻いた。
 彼女とて怪しいとは思っているのだが、あの兵士がウソをついている様子もなかったし、生来人を疑う事を知らないお人好しだ。
 話しているうちに、疑心を忘れてしまったらしい。


「じゃあ、さっきの兵士さん達がウソでも吐いてたっていうの?」


『いや、それは無さそうだ。
 しかし…お前も感じただろう?
 あの兵士達の体の違和感を』


 ピク、とユカが反応した。
 確かに、ユカは兵士達の体から漂ってくる違和感を感じていた。
 しかし、それが何なのか理解できない。
 何がおかしいのか、自分が何に反応しているのか。
 それすら理解できなかった。

 気のせいではないのか、と思っていたのだが…。
 どうやら、汁婆もユカと同じ違和感を感じていたらしい。 
 しかも、ユカよりもずっと正確に。


『お前達じゃ理解しづらいかもしれんがな…。
 あれは、体を巡る力の流れが狂ってやがるんだ』


「体を巡る力…って、それって気のこと?」


『お前さん風に言うならそうだろうな。
 気を感じ取る事はできても、どういう流れで体を巡ってるかまでは把握してないだろう?
 大きな狂いじゃない、小さな狂いだ。
 何があったのか知らんが…』


「…ヤバくない? 気の流れが狂ったままだったら…」


 病気になったり、体の一部が動かなくなったりする。
 今すぐどうこうと言う事はないだろうが…。


『ヤバイな。
 …だが、今から追っても仕方ない。
 それとも、他人の内養功が出来る程に功夫を積んでるか?』


「…今のボクじゃ無理。
 大河君ならできるかもしれないけど…」


『居ないんだから仕方ない。
 それはともかく、気の狂いが何者かの意図によって引き起こされたのだとしたら…』


 ユカは少し考え込む。
 あの気の狂いは、攻撃と見なすには余りにもささやかだ。
 例えて言うなら、石の変わりに向日葵の種でも投げつけてきたような感じだ。
 困ると言えば困るが、大した怪我はしない。
 口調を狂わせるだけの気の狂いを植えつけて、一体何をしようと?


『問題なのは、だ。
 その気の狂いを発生させるには、直接手を触れなきゃならんという事だ。
 手を触れずにやるにしても、離れて精々30センチ…』


「…でも、あの兵士さん達はおかしな事はなかったって言ってた。
 ……考えられる可能性は、2つある」


 一人と一匹は黙り込んだ。
 あまり考えたい可能性ではない。

 可能性その1、誰かに気の狂いを植え付けられ、そしてその記憶を消された。
 可能性その2、軍の中に裏切り者が居る。
 しかも、普段から接触する人物の中に。


「…記憶を消したのだとしたら…他にも何か細工をしてる可能性が高いよね」


『だから俺は怪しいって言ったんだ。
 この地図に書いてある指示も、書き換えられてるかもしれんのだからな』


 地図を睨みつける。
 特に怪しい所は無いが、そもそも地図を用意する事自体別段難しくもない。
 やろうと思えば、簡単に偽装ができるのだ。

 署名も書いてあるが、筆跡くらい器用な者なら真似られる。
 そもそも、ドムの字を殆ど見た事が無いのだから、本人のサインか見分ける事もできない。


「…どうする?」


『さて…少なくとも、ここに行けば何かしらのリアクションは得られるだろうな…』


「実は単なる時間稼ぎで、行っても何も居ないって事は?」


『考えられるが、弱いな。
 俺達の陣内に、裏切り者がいる可能性を示唆してまでの行動だぞ?
 もし本当に裏切り者が居るなら、その存在を嗅ぎ付けられる以上のメリットが無いと道理に合わん。
 俺達を確実に葬り去るだけの罠を仕掛けてある筈だ』


 罠か、とユカは呟いて鼻の下を擦る。
 ユカも汁婆も、大抵の罠ならば力尽くで食い破れる自信がある。
 が、罠とはそういう心理すら計算に入れてしかける物だ。
 単純な仕掛けによる罠ではなく、心理的に追い詰め、混乱させ、そして徐々に力を殺ぎ取る。
 自分の力量に自信を持っているほど、ひっかかりやすい。


「…ある程度まで近付いて…様子見する?」


『中途半端な行動は返って危険だ。
 この指令書が偽者でも本物でも、な。
 ……ふ、ん…?
 厄介な地形してやがるな…』


「どれどれ?
 ……確かに…厄介だね…」


 地図に書かれているのは、本隊が予定しているルートのすぐ近くで、丘と丘の間にある細く長い道だ。
 細い、という事は敵が一度に襲ってこれないという事だが、同時に簡単に脱出ルートを塞がれてしまうという事でもある。
 ここで有利に戦えるか否かは、完全なスピード勝負…先に陣取った方が勝ちだと言っていい。


「…とにかく行ってみよう。
 敵が居れば、蹴散らしながら逃げればいい。
 相手の戦力がこっちに向いてるって事だから、その分本隊に向かう敵の数は減ってるってコトだよ。
 逃げる事に集中すれば何とかなるって」


『やれやれ…。
 ま、確かにここで悩んでても仕方ないな。
 罠と知りつつ、切り込んでみるか…』


 あからさまに怪しいが、万が一本当の指令だったとしたら、洒落にならない事になる。
 本隊のルートに近いだけあって、そこを突破されたら敵の集団が本隊に鉢合わせしてしまう。
 それだけは避けなければならない。


『風下から近付いて、一気に駆け抜けながら敵を探すぞ。
 完全に罠だと判断したら、さっさと逃げるからな』


「うん。
 …でも、逃げたら本隊にぶつかっちゃうんじゃないかな?」


『だからって、俺達だけで戦っても敵の掌の上で踊るのがオチだ。
 一度退いて、本隊に伝令してすぐに戻るぞ』


 風下から近付くのは、敵に己の匂いを悟られないためと、敵の匂いを嗅ぎつけるためである。
 風下からの敵に関しては、汁婆のスピードに付いてこれる魔物はまず居ないから無視していい。

 ユカは敵に囲まれた際に包囲網に穴を開けるため、大量の氣を練りこみだした。
 いざとなったら、パワーアップした究極気吼弾で一直線に道を作るのだ。
 これを使うと多感症が発動してしまって戦うどころではなくなるが、命には変えられない。
 ちなみに、今は練りこんでいるだけだから多感症は発動してない。
 この氣を動かす事で、多感症は引き起こされるのだ。


 ユカを乗せたまま、大平原を突き進む汁婆。
 周囲に敵の姿は無く、今が“破滅”の最中だと忘れてしまいそうになる。
 だが、ユカの本能は何やら警告を発していた。
 これから、何かがある…と。


14日目 昼 大河


「ラストォ!」


 空を切る音と共に、魔物の体が消し飛んだ。
 その音が消えると、周囲の音が急に耳に入るようになる。

 大河が切り捨てた魔物は、やや小柄な獣人で、たった一匹ながらも大河の前に立ちはだかった。
 明らかに勝ち目の無い戦いに挑む獣人だったが、大河は全く油断しなかった。
 その獣人の迫力に、神経がピリッと反応したからだ。

 現に、その獣人は他の魔物とは一閃を画した強さを誇った。
 それが天然のものなのかは知らないが、一瞬でも気を抜いたら、蟷螂の鎌がマサカリに化けて切り込んでくる…そんな戦い方をする魔物だった。
 大河は体も残さず散った獣人に向けて、十字を切る。
 例え敵でも、そういう相手には敬意を払うべきだ、というのが大河の考え方…否、感性である。

 心に獣人との戦いの記憶を刻み、大河は周囲を見回した。
 本当に閑散としている。
 囮役の大河だったが、どいう理由か敵は殆ど寄ってこなかった。
 それでも襲ってきた幾らかの魔物達を蹴散らしていたのだが…その全てが消えると、周囲の静寂が身に染みた。


「…周囲に魔物の気配は無い。
 ……こりゃ完全に囮が無駄になったみたいだな」


 苦々しげに吐き捨てる大河。
 或いは敵など殆ど居ないのではないか、と思ったが、すぐに楽観的な考えを戒める。

 ここに敵が居ない以上、留まっているヒマはない。
 平原を突っ切り、恐らく敵の本命集団と戦っているであろうユカ達の援護に行かねば。

 しかし、流石に平原は広すぎる。
 ユカ達がどのルートを通って行動し、どこで戦っているのかも分からない。
 走り回って探す時間は無い。


「クソ、連絡手段が完全に途切れちまった…。
 高い所に登って確認…しようにも、この辺に高い所っつーたら…」


 振り返って、聳え立つ山を見る。
 ここを登って周囲を見ようにも、山の上は霧が強い。


「…いっそ、リテルゴルロケットで空高く飛び上がるか…?」


 落ち着いて確認できないのが欠点だ。
 そのまま平原を越えて行くというのも手だが、そこまで上手くコントロールできない。
 ユカを受け止めた時は全神経を集中させていたから上手く行ったが、移動にそこまでの集中力を使っていられない。

 大河は少し思案すると、リテルゴルロケットで飛び上がる事に決めた。
 あまり小回りが効く技ではないが、小まめに噴射を繰り返してスピードを調節するくらいなら出来る。
 ただし、万が一噴射の方向を間違えようものなら、物凄いスピードで明後日の方に飛んで行き、頭から地面に突っ込むのが関の山だ。
 と言うか、実はさっきの戦闘中に試してみて、10メートルほど溝を作ってしまった。
 人間砲弾よろしく、頭から地面に突っ込んで行った結果だ。

 よく『足からエネルギーを噴射して、その反動で進む』という技があるが、これをやろうとしたのである。
 が、空中でやるならともかく、地面に足をつけたままだとどうなるか?
 足から放出されるエネルギーの威力に地面が砕け、アッサリとバランスが崩れてしまった。
 考えてもみてほしい。
 人間一人を、猛スピードで加速させるほどのエネルギー…。
 当然、踏み込みを受け止めた地面にも、人間の体重×何倍の圧力がかかる。
 まして、大河は同期連携を使ったままである。
 どれほどの力が地面に叩きつけられたのか……。
 地面が砕けるのは、当然の結果だろう。

 それでも上手く使おうと思ったら、「足を全く動かさずに、エネルギー噴射だけで移動する」という、普通とは全く別の技術が必要となる。
 いくら何でも、そんなのをすぐに使える訳がない。
 そんな訳で、出来れば多様したくないリテルゴルロケット。
 自爆覚悟で使おうとする…まるでどっかのバイオリン弾きのよーだ。
 …あのバイオリンはイイモノだと思うのだがなぁ…。


「…当真大河、吶喊しまーす」


 投げ遣りに呟くと、大河は少し膝を撓める。
 別に体をどうこうしなくてもエネルギーは操作できるのだが、やはりイメージがモノを言う。
 今の大河では、エネルギーだけを動かすという器用な真似は出来ない。

 3、2、1、と口の中で唱え、更に南無!と口をきつく噤んで、大河は軽く飛び上がる。
 同時に、足の裏から…もとい、靴から輝くエネルギーが一気に噴射された。
 エネルギーの余波を受け、大河の足元が砕け散る。


「お、おとっ、とっと!」


 左右の足からの放出量が上手く釣り合わなかったのか、大河の体が左右に揺れる。
 上半身を捻り、足を別々の方向に動かし、噴射量を変えてバランスを保とうとしたが。


「お、おおおぉう、やっぱこーなるよなー!」


 スタートダッシュが狂った以上、訓練もしてない大河に立ち直る事は出来ない。
 人間は地面に足をつけて生活する生き物だから、空中でバランスを立て直すよーな技能は持ってないのだ。
 体操選手なみの運動神経を持つ大河だが、彼をしても足の裏から常に噴射が続いているような状況は初めてだし。

 結局、何がどう作用したのかさっぱり分からないまま、大河はキリモミ回転しながら空高く舞い上がっていった。
 舞い上がって舞い上がって、遂には成層圏まで……というのは冗談である。

 上空200メートルくらいに達した辺りで、大河はようやく気がついた。
 足からの噴射を切ればいいのだ。
 そうすれば、少なくともこれ以上のベクトルはかからないで済む。
 後はどうやってバランスを立て直すかが問題だ。

 回転にちょっと酔いながら、大河はトレイターを取り出した。
 大剣の状態だが、同期は解いている。
 大河はトレイターの柄の端の部分を両手で掴み、適当な方向へ振り下ろした。
 大質量のトレイターに引っ張られ、大河の回転に変化が生じる。
 これが基準だ。
 後は何度かトレイターを振り、回転のベクトルを相殺していくだけ。

 問題は…着地まで、あと何秒あるかという事だが、充分間に合う。
 …筈だった。

 大河の視界を、青い光が横切る。


(…!?
 ジャククト…!?)


 いきなり現れた知人(神)に、大河の意識は引き付けられた。
 今までの経験からすると、彼が現れるのは何か伝えたい事がある時や、幽霊を成仏させる時。
 ここに幽霊は居ないから、何か伝えたい事があるのだろうが…。

 思わず大河は、体の立て直しも忘れて身を捻る。
 …それが致命的だった。
 その体の捻りによって、停まりかけていた回転が妙な方向に捻じ曲がってしまったのである。

 慌ててもう一度トレイターを振るう大河。
 …しかし遅かった。


(タ、タイミングを考えろコンチキショー!)


 もう着地まで時間が無い。
 ヤケッパチになりながら、同期連携を使って体を強化する。
 体を丸めて首と頭を庇い、着地に備えた。

 そして。



ドッゴォォォォン!

「がふぁあっ!」


 盛大に叩きつけられる大河。
 致命傷にはならなかったが、これは痛い。
 地面に大の字になって減り込んでしまった。

 魔物には傷一つつけられていないというのに、自爆して大ダメージ…。
 マヌケな話である。

 衝撃でぐわんぐわん揺れる頭を抑えながら立ち上がる大河。
 とにかく周囲の確認を、と揺れる視界を何とか補正した。


「い、いでで……あん?
 ジャククト…何だよ、一体…」


 悪びれる様子もない青い光に毒づく。
 しかしジャククトは全く気にした様子もない。
 それどころか、さっさと立ち上がってついて来い、と言わんばかりの態度である。

 あーあーそうだったよ、昔っからお前はそんなヤツだったよ…と愚痴を言いつつ、大河はジャククトに付いていく。
 怪しげな光に誘われて、5メートル先も見えない森の中を進む大河。
 傍から見れば、モノノケに化かされているようにしか見えないだろう。
 大河の心情としても、あまり外れては居ない。

 ガサゴソ草木を掻き分けて、大河とジャククトは進む。
 この辺りまでは無限召喚陣の影響が及んでいないのか、小動物や虫達がちらほらと見られる。
 毒のあるモノも居るようだが、殆どは大河の周辺から逃げ出していた。
 ジャククトの気配を感じ取っているらしい。


「…ここ、どの辺だよ…。
 道に迷ったら、ちゃんと森の外まで連れてけよ?
 ただでさえ時間がないってのに…」


 大河の愚痴を聞いているのか居ないのか、ジャククトは少しスピードを上げた。
 舌打ちして、大河も足の回転を速める。
 足元は木の根が凸凹していて、時々足を引っ掛けそうになる。
 しかしジャククトは、全く気にせずに進む。
 少しずつ距離が開き、青い光が木の向こうに見え隠れするようになってきた。


「クソッ、ちょっとはこっちの都合も…?」


 毒づく大河。
 その途端、ジャククトは急停止した。
 大河も急停止しようとするが、また木の根に足をひっかける。
 顔面から木に激突しそうになったが、咄嗟に手を突っ張った。
 ジャククトは微妙に残念そうに光りながら、大河の周りをウロウロと飛び回っている。

 腰に手をあて、大河は周囲を見回した。


「おい…ここに何かあるのか?」


 大河の問いかけに、強めに明滅して答えるジャククト。
 しかし、周囲には何かあるようには見えない。


「…何があるってんだよ…。
 お前の墓にでも連れてきたのか?
 墓参りしてるヒマはないぞ。
 あと供え物もやらん」


 ジャククトは大河の軽口を無視し、一際巨大な木の根元に留まった。
 そこに何かあるらしい。

 ナンだってんだ、と首を傾げる大河。
 ジャククトに導かれるまま、取り敢えず手を出してみる。
 木には特におかしな所は無い。
 手触りも普通だし、中が空洞という事も無さそうだ。


「おい、一体何が…!?」


 大河が問いかけた時である。
 急に木に触れている手に、異様な感触が走る。
 突然周囲の景色が歪みだした。
 慌てて大河は周囲を警戒するが、周りの景色の歪みが急速に加速し始める。
 身構えているが、遂には地面と空までも歪みだす。
 三半規管が混乱してきた。
 堪らず膝を付く。

 ジャククトは周囲の歪む景色の中を、青い軌跡を描きながら乱舞している。
 どうやら、この現象はジャククトが引き起こしているらしい。


(これは…魔法を打ち消してるのか?
 ジャククトの特異体質だったが…そういや、俺にもちょっとだけど同じ性質があるって言ってたな…。
 ひょっとして、俺をアヴァターに呼んだ理由はそれか?
 体が無くなって魔法を打ち消せなくなったから、俺の体質を増幅させているとか…。

 …それはそれとして…これは…幻覚結界?)


 見ているだけで酔いそうな景色の歪みは、徐々に収束していく。
 これ以上見ていると本気で吐き気を催しそうなので、大河は目を瞑って耐える。
 何時になれば治まるのかは知らないが、この調子なら3分もあれば普通の景色に戻るだろう。

 この結界は、一体何を隠しているのだろうか?
 ジャククトが大河をここに連れてきたのは、この結界のためのようだが…。


 少しして、大河は目を開けた。
 周囲の景色は、完全に安定していた。
 その中に、5分ばかり前までは存在しなかったモノが一つ。


「これは……?」


 木の中身を刳り抜いて造ったのか、人間一人がすっぽり入れそうな空洞。
 中を覗き込んでみると、明らかに人工的な輝き。
 その辺を適当に叩いてみると、どうやら地下に向かう穴が続いているようだった。
 恐らく、この木もカモフラージュの一環なのだろう。
 幻術結界をより緻密にするために、周囲の景色と同じようなモノに仕立て上げたのだ。

 どうするべきか、と大河は悩む。
 時間が無いのは相変わらずだが、それはジャククトも理解している筈。
 それを推してここまで大河を連れてきたのだ。
 重要な物である事は間違いない。
 当のジャククトは、いつの間にか姿を消している。


「…入ってみろ、って事なのか…?」


 呟いた時、大河の聴覚を刺激する声。
 振り返ると、ガサガサと木々を掻き分ける音がする。
 さては幻術結界が破れたのを知って、関係者が迎撃に出てきたのか?

 大河はトレイターを爆弾に変える。
 いざとなったら、これを周囲にばら撒いて逃げる。
 木々をメチャクチャにするのは心が痛むが、それで相手の地の利も少しは削れるだろう。

 だが、その心配は無用だった。


「当真大河殿!」


「…兵隊さん…?」


 森から出てきたのは、ドムの部下達だった。
 どうやら、大河が木々を掻き分けた痕跡を辿ってきたらしい。
 兵士達は、ふぅ、と大きく息をついた。
 続けて、大河の後ろにある人工の木を見て目を丸くする。


「その木は…?
 …じゃなくて、ドム将軍より伝令です!
 作戦を変更し、本隊のルートは全く別の物になっています。
 当真大河殿は、一足先に港町へ向かって、周囲を警戒してください」


「あ、了解しました。
 …ところで……港町は、どっちへどの位進めば?」


「あちらへ…人の足なら、3時間ほどでしょうか。
 森の出口に馬を用意していますので、お使いください」


「う、馬ですか…」


「ドム将軍が選ばれた、格別度胸が据わっている馬です。
 馬に嫌われる、との事でしたので…」


 大河は苦笑した。
 馬に嫌われているのは、ジャククトが近くに居たからだ。
 この非常時だし、少し離れていてもらうべきか。
 …まぁ、無用なちょっかいは出さないだろう。


「ところで、どうして俺の居場所が?」


「はっ、囮をされているであろう地点に進む途中、何やら宙を不規則な軌道で飛ぶ不審な物体を発見しました。
 UFOだ妖怪だと一騒ぎしたのですが…ひょっとしたら、あれは当真大河殿ではないかと言い出しまして」


「…何故俺だと…」


「はぁ…ドム将軍が、『何か不審で意味不明な物を発見したら、当真大河の痕跡だと思え』と仰っていましたので」


 ぐぅの音も出ない。
 うぐぅの音も出ない。


「そして、その不審な飛行物が落下したと思しき地点まで駆けつけて、人型の痕跡を発見しました。
 いや凄かったですな、あれは。
 岩にくっきりと人型の窪みが…よく無事で…」


「いやぁ、流石に痛かったッス…」


 痛いで済むなら充分無事だ。
 妙な所で感心されて、大河としては反応に困る。


「その後、人が通ったらしき痕跡を辿って来た次第です。
 ところで、この木は…」


 兵士は、大河の後ろにある木に目を向けた。
 大河としても、どう説明したものか迷う。
 ジャククトに連れられて来たものの、これが何なのかさっぱり知らされていないのだ。


「どうも重要な物らしいんですが…見つけたばかりなので、一体何なのか…」


「…調査の必要がありますな…。
 では、ここは我々が引き受けます。
 先に港町へ向かっていただきたい」


「…了解しました。
 ここはお願いします」


 大河と兵士達は、ピシッと敬礼をして動き出した。
 兵士達は木と周辺を探索し始め、大河は兵士達がやってきた道を逆行する。
 あの木が何なのか気がかりではあるが、優先順位はこちらが上だろう。
 得体の知れない設備に気を取られ、本隊のルート確保を疎かにする訳にはいかない。


14日目 午後 シア・ハス


「姉御、そろそろ限界ですぜ!」


「持ち堪えな!
 ここが正念場だよっ!」


 こちらは、追いついてきた魔物と交戦中のシア・ハス部隊。
 正規兵は隊列を組んで敵の進軍を阻み、ルーキーの傭兵達はゲリラ戦を繰り返している。
 ゲリラ戦オンリーでは、物量で圧倒的に劣る以上、確実に突破を許してしまう。
 通さない為の、苦肉の策であった。

 魔物達の攻撃は激しさを増し、既にかなりの被害が出ている。
 シア・ハスも体中に無数の傷を受け、血塗れになっていた。
 深い傷こそ無いものの、多量の流血は体力を確実に奪っていく。
 だが、負けてなるものかと持ち前の根性を発揮し、魔物達を確実に刈り取っていく。


「いい加減、タイラー達の援軍が来てもいい筈だ!
 そうなったら、一気に形勢逆転だ!
 もうちょっと耐えなぁ!」


「「「「オオオーーー!」」」」


 敵と戦いながらも、気合の入った気勢を上げる兵士達。
 だが、シア・ハスは心中で苦い顔をしていた。
 ああは言ったものの、タイラー達の部隊が到着するのはまだ先だと踏んでいる。
 部下の士気が落ち始めていたので、持ち直させるために言ったのだが…。


(早く来てくれ…!
 クソッ、アタシともあろう者が、援軍を当てにして死線を強要するなんて…)


 ギリギリと奥歯を食い縛る。
 海賊時代から、こんな醜態を晒した事はない。


「姉御! ルーキー達が孤立しやした!」


「ちっ、あれ程前に出すぎるなと言ったのに…。
 一番近いのは!?」


「第2、第4、第9の順でルーキーの近くにおりやす!」


「第4を向かわせろ!
 一点集中で、ルーキーどもに逃げ道を作ってやれ!
 くっ!」


 指示を出す間も、魔物達は容赦なく襲い掛かる。
 シア・ハスは愛剣を振るい、数匹の魔物を同時に打ち据える。
 シア・ハスの得物は、普通の剣とは少し違う。
 よりリーチが長く、異常な程にしなる。
 ともすればムチにも見える一品だ。
 かつて彼女が海賊の頭になった時、部下達から送られた代物である。
 差し出した部下の顔に、『ぶってください』と書いてあったよーな気がするが、精神の平穏のため思い出の底に封じ込めた。
 この剣、特注品だけあって代わりは中々手に入らない。
 シア・ハスが今でも使い続けられるのは、その頑丈さと念入りな手入れ故だ。
 しかし、それもそろそろ限界に達しつつある。
 短期間に、これほどの負荷を加えた事はかつて無かった。
 シア・ハスの腕を通じて、剣が限界を告げる声が伝えられてくる。


(もう少しだ、保ってくれ…!)


 部下達に送られて、彼女が肌身離さず身につけている一品。
 その念が篭ったのか、今にも砕けそうになりながらも剣はギリギリで持ち堪えた。

 剣を逸らして魔物の爪を受け流し、ハイヒールで顎を蹴り上げる。
 魔物の顎から口に、小さな穴が抉られた。
 動きにくいにも拘らず、シア・ハスがハイヒールを履いているのはこの攻撃力のためである。
 たまに、敵の方から蹴ってくれと無防備に寄ってくるし…。
 キモチワルイとは思うが、我慢すれば絶好のチャンスなので我慢している。

 間髪入れず、レイピアの鋭さを持った直突き。
 剣は獣人の鎧に当たったが、シア・ハスはすぐさま手首を捻る。
 大きくたわんだ剣が、その弾力のままに跳ね上がる。
 跳ね上がった切っ先は、見事に獣人の喉笛を掻き切って見せた。


「ルーキーどもに援護は!?」


「ダメです、とてもじゃないが進めやせん!」


 魔物達は、圧倒的な物量…否、質量で道を阻む。
 ゴーレム、ガーディアン、ミノタウロスにファットローパー、更にキマイラ。
 その攻撃力と生命力も厄介だが、奴らを倒してもその体は消えはしない。
 障害物となって道を阻むのである。
 迂回して進もうにも、ここぞとばかりに攻撃を仕掛けてくる。

 このままでは、ルーキー達の全滅は必至である。
 いや、ヘタをすると既に壊滅しているかもしれない。

 シア・ハスは、自分の失策に舌を噛み切りたい衝動に駆られる。
 このまま強引にでも魔物の群を突っ切ろうかと思ったが、そんな事をすればそれこそ全滅である。
 どうにか手はないか?
 必至で頭を回転させる。
 だが、絶え間ない敵の攻撃で考える暇すら与えられない。

 その時である。


「姉御!
 魔物が退いていきやす!」


「何?」


 部下からの報告に、眉を跳ね上げる。
 しかし、目の前に居る敵は依然として退く様子は無い。


「何処が退いてるって言うんだい!」

「そうじゃありやせん、ルーキーを包囲してる方です!」

「なんだってぇ!?」

「ルーキーどもも、全滅はしてないようです!」


 何故に?
 こちらが優位に立てる状況だったのではない。
 ルーキー達も、逃げる事は出来ない状況だった。
 多分ギャグモードも発動してなかったから、不条理な展開で逃げる事も不可能だろう。
 援軍もまだ到着してない。
 魔物達が引き下がる理由が、全く無い。
 一体何故?

 しかし、取り敢えずこれはチャンスっぽい。


「何とかしてルーキー達に伝えな!
 一旦戦線から離脱して、体勢を立て直せ!
 その状態から無理に参加しても無用な被害が出るだけだからね」


「伝令、矢文だぁ!」


 とにかく助かったようだが、被害を考えると気が重い。
 どれだけ死んだか、考えるだに恐ろしい。
 だが、それを背負うのも将の宿命。
 負ければ己の命で購う事も否とは言えぬ。

 なにはともあれ、ルーキー達の心配は無くなったようだ。
 後は自分達が生き延びるだけ。


「野郎ども、気張れェ!
 姉御だけは生き延びさせろ!
 ここが死に場所だと思って腹ァ括れや!」


「「「「「
  ゥオオオオオオォォォォ!!!!!
               」」」」」


 シア・ハスにとっては、甚だ不本意とも言える激励。
 だが、今の彼女はそれにコメントをつける事が出来ない。
 実際、それぐらいに厳しい状況なのだ。
 仕掛けた罠もとっくに使い果たし、塹壕代わりに使っていた廃墟も既にボロボロ。
 白兵戦同然である。
 そして真っ向から当たるのなら、魔物は大抵の人間よりも強い。
 その上数でも上回ると来ては、もうどうしようもなかった。


「こんのぉおおお!」


 八つ当たり気味に振るった一撃。
 しかし、一瞬後にはシア・ハスはそれを思い切り後悔した。
 勢いよく敵を切り裂きはしたものの、シア・ハスの腕はそれ以上の手応えを伝えてきたのだ。


(剣が、死ぬ…!)


 不思議な事ではない。
 ここまで保った事が奇跡そのもの。
 慌てて剣を庇い、後ろに下がる。


「ガァッ!」

「!」


 だが、そのバックステップは致命的なスキを生んだ。
 ミノタウロスが、ピッタリ方向を揃えて突進してくる。

 シア・ハスの視界が、スローモーションで動き始めた。
 ゆっくり、ゆっくりと、ミノタウロスの角が迫ってくる。
 剣はもう使えない。
 庇っているのではなく、本当に限界なのだ。
 もう一度使えば、攻撃を捌く事すら出来ずに砕け散るだろう。

 まだミノタウロスを捌く術はある。
 片腕を犠牲にすれば、突進の勢いを利用して距離を取るか、その上を転がって抜ける事もできる。
 だが、そうなれば完全に戦闘不能だ。
 片腕を叩き潰される。
 生物は痛がりだ。
 骨の1本でも折れれば、すぐさま戦えなくなる。
 アドレナリンがドバドバ出ていれば別かもしれないが、今のシア・ハスは死の淵に瀕しているためか、アドレナリン過剰とは正反対の心境である。
 一言で言えば、詰まれてしまったも同然。

 だが、シア・ハスは焦らなかった。
 視界の端で、光る物がある。
 剣だ。
 剣が宙を裂いて飛んでくる。

 一体何故? とは思うが、とにもかくにもあれが希望の火だ。
 猛烈なスピードで飛ぶ剣は、このまま飛べばシア・ハスの目の前のミノタウロスに突き刺さるだろう。
 だが、それだけでくたばる程ミノタウロスはヤワではない。
 シア・ハスは軽く地面を蹴り、体を宙に浮かせる。
 そして手を伸ばした。

 一瞬とも永遠とも取れる時間が過ぎ、剣はシア・ハスの読み通りにミノタウロスに突き刺さる。
 ミノタウロスは多少バランスを崩しただけ。
 だが、それで充分だった。
 飛びあがったまま、突き刺さっている剣に手を伸ばす。
 手が触れると同時に、思い切り体を振って宙へ逃れる。
 剣を支柱とし、逆上がりをしたような状態だ。

 ミノタウロスに突き刺さっていた剣は、シア・ハスの体重で思い切り振り回される。
 ミノタウロスの肩が、大きく切り裂かれた。

 そしてシア・ハスは着地。
 時間が正常に戻った。


「っ!」


 無言の気合と共に、シア・ハスは振り返ってミノタウロスの首筋を切り裂いた。
 油断するような事はせずに、また振り返って魔物達を警戒。
 流れるような神業に度肝を抜かれたのか、魔物達はシア・ハスを遠巻きに囲んでいる。


「…この剣は……」


 チラリと手の中の剣に目をやった。
 人間が投擲したとは思えない速度で飛んできた剣。
 誰がどうやってあんな速度を?
 さしものシア・ハスといえど、剣を矢の代わりにして飛ばすなどと考えもしなかった。
 普通はバランスが狂って、真っ直ぐ飛ぶどころではない。

 一体誰が?


「この剣は……ヤマモトの!?」


 タイラーの副官にして、ちょっと気になる漢、マコト・ヤマモト。
 彼の剣がここにあると言う事は…。


「援軍だーーー!」


「……ふ、ふふ…ははははは!」


 遠くで味方が叫ぶ声と、自然に溢れてくる笑い。
 彼に助けられたというのは少々気に入らないが、とにかくこれで形勢逆転だ。


「野郎ども!
 ヤマモト達に負けんじゃないよっ!
 最後の大暴れ、見せ付けてやりなッ!」




うががががががはっちゃけられないいいいいぃぃぃ!!
双魔伝がなければ本気で禁断症状が起きそうです。
ああ、シリアスでもどっかマヌケなのがウリ(のつもり)だったのに…。
何だかマラソンをやってる気分です。
なんで走るんだ?てな感じで。

一話でも早くアホらしい話を書けるように願いつつ、レス返しです!


1.アト様
はじめまして!
このやたら長いSSを一気に読んでくれるとは…脱帽です。
期待に応えられるように頑張ります!
…当分ギャグは出来そうにありませんけど…(涙)


2&7.イスピン様
この辺ではっちゃけられないから、双魔伝の方にギャグが行ってしまったのではないかと疑っています。
いや、本当に展開に詰まりかけてて、しかもギャグのネタが浮かびません。
…後で、ネタ帳を見直してみようと思います…。

本気で救世主候補が揃うのが待ち遠しいです。
…でも遠い…。

うーむ、V.G.Rebirthに格闘系は期待しない方がいいデスよ。
完璧にエロゲですから。
ああ、かつてPSの体験版でハマった頃の面白さはドコへ…?

ショ、ショコラは知らないなぁ…。
精々背景で奇行をやらせるくらいしか…。


3.アレス=アンバー様
本当に、どこまで続くんでしょうねぇ(他人事のように)
しかし、緊迫した情勢の下ではっちゃけるのは本気で難しいです。
どんな時でも煩悩を忘れないヨ○シマ君の偉大さを実感してますw

そうですね、港町で一悶着必要ですね。
破滅の軍団が黙って通してくれる訳でもありませんし…。
ゴール地点直前が最大の狙い目ですから。
さて、何をしようか…。


4.カシス・ユウ・シンクレア様
ヤマモト君には、変態的な恋愛は出来ないでしょうねw
いや、シア・ハスの服装が微妙に変態的だと言われると反論できませんが。
しかし…2人の進展は、カタツムリよりも遅そうです。

ユカは簡単にはハーレムに入らない予定です。
あくまで予定ですが…。

アザリン様とユリコさんの火花の散らしあい…よくぞ心臓麻痺を起こさなかったものです…。
女傑が2人、相容れない……むぅ、タイラー閣下が死んでしまいそう…。
閣下の幸運も、女性には通じませんか…いずれにせよ尻に敷かれると言う事ですな。


5.アルカンシェル様
お久しぶりです!
久々のレスを頂けてとても嬉しいw

UMAと四天王に関しては、むしろシェザルを褒めるべきでしょう。
アレに蹴られて、よく生きていた…。
あのUMAなら何でもありですからね。

残りの一人はオリキャラになる予定です。
近代兵器か…むぅ、予定の真逆です。
ガンダム…は巨大ゴーレムと言う事で。

実際、大きな動きがないので時守も困っています。
これが遅筆と言うものか…。


6.黄色の13様
感想は短くても頂けるだけで嬉しいッス!
ちなみに緋勇と蓬莱寺は東京魔人学園のレギュラーキャラです。
このコンビが私はとても好き。
マジで強いし…。


8.神〔SIN〕様
実際、どうしてあんなマスクで顔を隠せていると思っているのだろうか…。
某セーラー戦士なんて隠してもいないし。
…と言うか、何故周囲は誰も気付かない!?

と言うか、最初のブラパピの一言でマジに涙が出そうになりました。
…でも怪盗キャラではあっても盗む物が無いから、動かしづらいんだよキミは…(涙)

フンドシ小僧君、キミが取り出した盆栽はサボテンの盆栽のようだが…アレに刺さってないかね?
ちゅーかブラパピ、キミのキックはある意味最終兵器だ。
Mの魔物達でも従属しかねないから、使う相手は選んだほうがいいぞ。

魔法怪盗…新ジャンル開拓か!?

新八、君はアイドルが年老いて引退してもファンなんだね?
80歳くらいの婆様になったら、その時のアイドルと過去のアイドルのどっちに声援を送る!?
…その時のアイドルに声援を送るようなら、君を真のファン及びストーカーと認めよう。
だって引退後も付きまとってるんだから。

誰にも気付かれず、コッソリ出てくるキャサリンに乾杯!
銀八をしばいてる間に、出来るだけ遠くへ逃げるんだ。
ベリオのノートのページをバラ撒きながら…。


9.舞ーエンジェル様
渦巻はナルトの事でオッケーです。
確かに、幹部クラスの敵が出せてませんね…。
無道の扱いは決めてあるし、シェザルはUMAに蹴り飛ばされて行方不明。
動かせるのはフノコとロベリアのみなんですが…。
…どうでもいいですが、フノコと書く時に妙な懐かしさを感じたのは何故?

テストを頑張ってください!
普段勉強してなくても、効率的に試験勉強をすれば意外と何とかなりますから。

バルドのキャラは…あと3話くらい先かな?
V.S.NEOはやってないもので…。
うう、陵辱系と寝取り系は苦手だなぁ…と言う割に、未亜をキレさせた前科のある私。


10.ナイトメア様
ええ、ギャグは出来ないし敵も味方も派手な動きもないし、時守的にもちょっと書いてて味気ないです。
とは言え、ここまで話が進んでしまったら針路変更が難しいのも事実で…。

ユカと救世主クラスが会った時はともかくとして…汁婆に体面した時の事は考えてなかったなぁ…。
ルビナス辺りが、生物学的な見地から混乱するか解剖しようとするか…。

フ、フノコが鼻毛付にパワーアップ!?
よし、彼の髪型7変化(←まだ諦めてない)は鼻毛と髪を合体させよう!

…量産型ナナシ?
戦いになるのか…?
物凄い癒し空間が出来上がりそうですw

ネットワークの人員については…も、元ネタがわかりません…(涙)


11.なな月様
誰でも悩みは同じですねぇ…。
時守も卒論の真っ最中ですが、進まないので面倒臭くなってヴァルキリープロファイル2やってますw
ダメぢゃん!

いくら戦争と言っても、国全体が同時に戦火に呑まれる事は少ないでしょうね。
多方面で散発的に小競り合いが起こる方が、いくらか想像しやすいです。
アヴァターは球形でしょう。
魔導兵器の説明の時に、「星の形を変える」とか何とか言ってましたから、宇宙とかの大まかな形態は我々の世界と大差ないかと。
海底遺跡……探せばあるかな…?
時間移動装置があるかは別として。

へーへーへー、殆どのタコって浮き上がってこられないんだ…。
…じゃあゲームでよく見るでっかいタコは一体…?
実は別のイキモノ?

破滅の行動に関しては、一応理由を考えています。
それが説得力充分かと言われると自信がありませんが。

あのヒゲオヤジ、よくよく考えてみると体重はいくらでしょうか…。
恐竜は具体的な数字が出されていたと思いますが、パックンフ○ワーのような植物を踏みつけても折る事が出来ず、でっかい亀を三回踏みつけて倒し、飛んでいく砲弾を踏みつけて叩き落し…。
むぅ、謎だ。

双魔伝の方も、ボチボチ書いています。
これからはスプラッタは少なくなると思いますけど。

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