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「幻想砕きの剣 9-10(DUEL SAVIOR)」

時守 暦 (2006-07-12 22:44)
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14日目 午前 海上 未亜・リリィチーム


 くあぁ、とリリィはネコのような欠伸をした。
 ミミとシッポは出ていない。
 でも顔をゴシゴシ洗っている。
 明日は雨だろうか?
 しかし、天気は水平線の彼方まで日本晴れもといアヴァター晴れだ。
 ポカポカと照りつける太陽は眠気を誘発する。


「…なんて言うか、暇ね」


「ヒマだね。
 船員さんもヒマそうね」


 呻くようなリリィと未亜。
 “破滅”との戦争中に不謹慎とは思うが、実際にやる事が無い。
 どうやら自分達が乗っている船の事は“破滅”には気付かれていないらしく、魔物の襲撃は全く無い。
 船は至極のんびりと目的地に向かっている。

 何故のんびりと、かと言うと潮の問題である。
 向かう先は潮流の流れが少々ややこしく、適切な時間帯を狙って向かわねばまともに進めないのである。
 まぁ、それでもそこそこのスピードは出しているのだが。


「船員さんが魚釣りしてるよ」


「このスピードで、魚が食いつくのかしら…。
 あ、釣ったわ」


「でもあれヒッカケだよ」


 名前も知らない種類の魚が、未亜とリリィの視線の先に居る船員に釣り上げられる。
 船員は周囲の船員に褒められ、丁度やって来たコックを相手に取引して夕食を一品余分に出してくれる事を約束させ、さらに上司らしき船員に拳骨を貰っていた。

 リリィはふぅ、と溜息をつく。


「それで、結局あの竜巻は大河の仕業なのね?」


「お兄ちゃんだけじゃないらしいけどね。
 そう言えばリコちゃん、後で何か見せたい物があるって言ってたけど」


 見せたい物とは、大河がユカを空中でお姫様だっこしている映像である。
 無論、リコはそんな映像は記録していない。
 記録していないが、記憶には残っている。

 リコには隠れた特技が色々ある。
 本の精霊だから、赤の書に書かれている内容の事はほぼ体現できる…と言うだけではない。
 彼女は意外と多芸なのだ。
 日常生活で役立つかと聞かれると話は別だが…。
 その中に、念じて写す…即ち念写なるものがある。
 つまり、リコはユカが大河に抱き止められていた記憶を幻影石に念写するつもりなのだ。
 …ちなみに、念写にはその性質上、リコの主観が大きく影響する。
 即ち大河の容姿が美化300パーセントくらいで、ユカも大河をうっとりして見詰めた上に抱きついたりなんかして、ムード500パーセント増量。
 ここまで来ると偽造である。

 ユカに渡すと顔を赤くしたり微妙に喜んだりするかもしれないが、未亜に渡すと天変地異が起きかねない。
 それこそ大河を追い詰めるためかユカをモノにするために、原作未亜ルートでガルガンチュワの上から矢を放ちまくったのと同じくらいの大惨事を引き起こしかねない。
 まぁ、リコとしてもその位は承知しているので、何度か念写して比較的穏やかな物を渡すつもりだが。
 幻影石に念写という手段を取ったのは、大河の目の前で未亜を覚醒発動させるためと、自分が逃げる時間を稼ぐためだ。
 …どれだけ逃げても、ラインを通じてマスター命令を出されると無駄だという事をリコはすっかり忘れていた。


「全く、大河ときたら…天変地異まで巻き起こすんだもの…。
 今考えると、恐ろしいヤツに突っかかっていたもんだわ」


「初めて会った頃の話ですか?
 確かに…爆弾とか色々ありましたけど、今思えばその程度で済んだのは…」


「僥倖と言うしかないわね…」


 あんな竜巻、学園のド真ん中で巻き起こされたら堪ったものではない。
 堪る以前に命がない。
 あったとしても立場がなくなる。

 遠い目をする2人。
 恐らくはこれから一生、その災厄の源と付き合っていくのだと思うと頭痛がしてくる。


「そう言えば、元居た世界では大河ってどんな調子だったの?」


「地球でですか?
 うーん………身内や知り合い相手には、結構はっちゃけていたけど…。
 お兄ちゃんの友達って、横島さんとか渦巻さんとか、緋勇さんとか蓬莱寺さんとか九峪くんとか日魅子ちゃん…妙に根性があると言うか、アクの強い人達ばっかりでしたから。
 対等に付き合ってましたよ」


「…あんなのが沢山居るの?
 アンタ達の世界…。
 よく滅びてないわね」


 未亜は首をかしげた。
 あの頃は変人ばかりだとしか思ってなかったが、大河の元アルバイト先“ネットワーク”の事を知った今となっては…。
 あの人達は異世界から遊びに来ていたのではないだろうか?
 しかし、それを言うのも少々憚られた。
 この世界では、自分しか知らない大河の事情。
 ホイホイ話していい事でも無さそうだし、このくらいの秘密は大河と共有しておきたい。
 だが、放っておくと地球がモノノケ染みたナマモノ達の巣窟みたいな誤解を受けそうだ。
 何と言うべきか、ちょっと悩む未亜。

 リリィは「大河亜種が沢山居る世界」を想像し、胃袋付近に絞られるような痛みを覚えていた。


「いや…多分朱に交わって鮮血に染まったというか、お兄ちゃんの周りって類友ばかり集まってたんだよ。
 うん、流石にお兄ちゃんみたいなのが社会で野放図になってたら、地球は混沌の道を歩みながらももーちょっとマシな情勢になってると思うから」


「そう願うわ…」


 ゲンナリした声で呻くリリィ。
 ともあれ、航海は順調だった。
 彼女達の本格的な出番は、まだ先である。


「ところでさ、リリィさん。
 海中では“破滅”の影響はあんまりないのかな?
 それに、海中にモンスターってどれくらい居るの?」


「“破滅”の影響はよく知らないけど…。
 私の居た世界では、確かにあんまり海では被害を受けなかったみたいね。
 自然災害が酷くなったりしてたみたいだけど…。

 どうも、“破滅”が強い影響を与えるのは地上の魔物だけみたい。
 海中の魔物は…」


 リリィは言葉を切り、少し考えた。


「海中の魔物は、あんまり多くはないわね。
 種類もそうだけど、絶対数もそう。
 何せ、海ってメチャクチャ広いじゃない?
 単純に数だけ考えれば地上の魔物より多いかもしれないけど…密度を考えると、逆にとても低いのよ」


「じゃ種類は?」


「確認されていないだけかもしれないけど、海には色々な生物が居るでしょ?
 地上もそうだけど、形が根本から違う。
 地上の魔物や動物は、造形は違ってもある程度は似たような骨格が見えるわよね。
 例えば四足歩行とか、さもなきゃ人型。

 でも、海に居る生き物達には、そういう共通した骨格を外れた者も多い。
 魚を標準とすれば、イカやタコは明らかに異色…。
 元々魔物っていうのは、所謂進化論から外れた生き物や、突然変異で得られた能力が遺伝されて入った種族の事を指すの。
 だから生態系の解明と共に、魔物のカテゴリーから外されたり逆に魔物にされたりする事もあるのよ。
 一般では、単に凶暴で人に害を成す…まぁ、食物連鎖の頂点に居ると称する人間の位置を脅かす者達、って事になるけどね」


「うーん…。
 つまり、海に居る生命達の形態はフクザツかつ多様すぎて、どこからどこまでが魔物か判断が付け辛いって事?
 例えば太古から海の底深くで眠っている巨大生物とか、まだ絶滅していなかった恐竜とか」


「そうなるわね。
 ま、テンタクルスとか大王イカみたいなデカブツとはまずお目にかかれないでしょうね。
 かかりたくもないけど。
 それに深海で大きく育った生き物ってのは、水圧で思いっきり圧縮されながらもその大きさって事でしょ?
 水面近くまで浮いてきた日には、水圧に対抗するための内部からの圧力が強すぎて弾け飛んじゃうのがオチよ」


「子供の頃に聞いた事がある理屈ですけど…それって本当なんでしょうか…?
 アンコウは浮き上がると中身が口から外に出るっていうのはそこはかとなく信憑性があるけど」


「眉唾くさいわよね…内部からの圧力で自分が吹き飛ぶなんて。
 ま、生物は自分に適した環境で生活するんだし…そんなに深くで生きていた生き物が、急に海面付近にまで上がってくる筈ないわよ」


 そう言いつつも、リリィは周囲を見回している。
 そう言っている時に限って、デカブツが出てくるのかお約束ってものだ。
 未亜も不安そうに周囲を見回している。


「でっかいのが来たぞー!」


「「い゛っ!?」」


 聞こえてきた絶叫に、思わず2人して振り返る。
 その先には…また釣りをしていた船員が、割と大きなタコを釣り上げていた。


ちょっと戻って、13日目 深夜 本隊


 そろそろ日付が変わる頃。
 ドムを先頭とし、本隊は森の中を進んでいた。
 空を見上げても木々に遮られて星も見えず、月明かりも届かない。
 足元も見えない森の闇。
 そんな有様ではまともに歩く事も出来ない。
 従って、森の中の道の確保と言うのは、文字通り道を確保するだけでなく、灯りを灯すことも必要となる。
 一定間隔で魔法使いがライティングの魔法を使って道を照らしていた。
 弱い光ではないが、決して充分とも言えない光量。
 その灯りを頼りにして、民衆たちは森を進む。
 光と光の間は、灯火の影となってより一層暗く感じる。

 まぁ、大量の人間が連れ立って進んでいるため、元々足元なんぞ殆ど見えない。
 灯りも人々の精神的安定を少しでも計るために灯しているだけだ。
 正直言って、魔法使いたちが戦力として使えなくなっている。
 ライティングは簡単な魔法だが、同時に二つの魔法を使えるほど器用な魔法使いは殆ど居ない。
 灯りを灯している間は、魔法使い達は魔物との戦闘に駆り出す事はできないのだ。
 灯りは道標の役割も果たしているから、消す訳にもいかない。


「しかし…これって魔物達が襲撃してくる目印にもなるんじゃないですか?
 バルサローム副官、その辺大丈夫なんですか?」


「当真殿、そういう意味合いでは消しても点けても同じです。
 魔物達の五感は侮れません。
 灯りを消しても、匂いで嗅ぎつけられる。
 風下からでも、これだけ大量の人間が動く足音やら話し声やらは充分聞き取れる。
 どうせ確実に気付かれるのであれば、少しでもマシな選択をするだけです」


「…なるほど…。
 しかし、後手に回ってますね…」


 大河の指摘に、バルサロームも渋い顔をする。
 確かに、常に魔物達に先手を取られている。
 ドムもそうだが、バルサロームとしても業腹である。


「護衛対象が大量に居るのが…。
 それに、元々作戦が逃げの一手ですからなぁ…。
 ドム将軍としては歯がゆいばかりでしょう」


「タイラー将軍の戦法は、ドム将軍の対極みたいな印象を受けましたからねぇ…。
 組んで互いに好きに力を発揮するなら超ドリームタッグ、どちらかの策を押し付けたり無理に合わそうとすると水と油…」


「そんな所でしょうな。
 全く交じり合わないという事もないでしょうが…フラストレーションが溜まる…」


「バルサローム副官もですか?」


「私もドム将軍の副官ですので…」


 ドムの思い通りに動けないというのは、彼にとっても気分がよくないらしい。
 気分のよくない会話は切り上げて、バルサロームは本隊の先頭がどの辺りに居るのか、地図を見て確認した。
 ここの森は結構大きい。
 まだ半分も抜けてはいなかった。
 森の中では、人は本能的に萎縮する。
 野生児ならともかく、一般人にとっては長居したい場所ではないだろう。
 古来から、山や森の中は一種の異界と考えられてきた。
 その異界の中を、長蛇の列を作って延々と進む自分たち。
 絵にしたら、さぞや辛気臭い題名がつけられるだろう、と大河は自嘲気味に思った。


「…しかし、やっぱり民達にはキツイみたいですね。
 自分たちの体力を強制的に回復させられているってのは…」


「眠らずに睡眠欲を満たし、食べずに食欲を満たしているような感覚かもしれませんな。
 寝床に使えそうな馬車は、怪我人や病人で一杯ですし…。
 たまに押しのけて乗り込もうとする痴れ者がいますが」


「これ幸いとばかりに、兵士の人が張り倒していたような…」


「見なかった事にしてくだされ」


 シレっと流すバルサローム。
 まぁ、大河としても自分がちょっと休憩するためだけに、力のない病人を放り出せと抜かす愚か者を庇おうとは思わない。
 周囲の人達の反応からすると嫌われ者だったようだし、いい薬に…ならないか、この程度では。


「しかし…俺はもう少し先行して、敵の様子を探った方がいいんじゃないですか?
 森を抜けたら大軍勢、なんてのは…」


「いえ、既に斥候を放っています。
 今の所、森の向こうにはあまり敵は確認されていません。
 今最も警戒すべきなのは、森の中に隠れ潜む伏兵。
 迅速に対応できる位置に居ていただきたい」


 大河は了解した、と言ってバルサロームから離れた。
 周囲を見回すと、隊列を組んで進む兵士達。
 そして疲れを見せない足取りのアザリンが居た。
 アザリンの隣にはユカが居て、何やら歩きながら話している。
 思い出話にでも華を咲かせているのだろうか。

 話し相手が居ない。
 ドムはドムで何やら目まぐるしく思案を巡らせているようだし、鎧でガチガチに身を包んだ兵士達と態々話す気はしない。
 民主達はと言うと、各々勝手に色々と話つつ、時折大河やユカに視線を送っている。
 いや、正確に言うと自分達が作り出した“救世主”又は“自分達の最強の盾”という幻想を見ているのだろう。
 タイトルが幻想砕きと銘打ってある以上、その幻想を砕くべきかと思うが…今この状況でそれをやる訳にはいかない。
 勝手な幻想や理想像を押し付けられるのはゴメンだが、民衆達の士気は、その幻想や理想像によって大きく高揚し、保たれている。
 ヘタにその幻想を砕いてしまっては、それこそ死活問題になりかねない。
 テレビ画面に映し出されるアイドルなどと同じように、「特別な存在」「自分達とは一線を画している」と思わせなければならないのだ。
 現れた救世主が単なる人間だと知れた時、民衆たちの希望は儚く散ってしまう。
 面倒だが、極力彼らに人間らしい所を見せず、さも全てを見通すように振舞わなければならない。
 一生の話ではない。
 精々この行軍が終わりを迎えるまでの話だ。


(有名税ってヤツかねぇ…)


 そうでも思わないと、やっていられない。
 そもそも、他人に勝手な理想を押し付け、それが叶わないと怒り出すというのは大河が大嫌いな人種である。
 それを許容せねばならないとは……状況が状況なだけに仕方ないとは言え、やはりストレスが溜まる。
 いっそ少し離れた所に敵の大群でも出れば八つ当たりが出来るのに、と身勝手な事を考えた。
 しかし、幸か不幸か敵の気配は全くしない。
 後方へ向かえばゾロゾロ居るのだろうが、先鋒役を離れる訳にもいかず。


(はぁ…面倒くさい…。
 …後方で戦ってる、セルは大丈夫かね?
 タイラー将軍の部隊と合流して、ゼロの遺跡チームも戦ってるんだよな…)


 枝の合間から月を見上げて、大河は戦友達に思いを馳せた。


13日目 深夜 タイラー部隊・ベリオ・カエデ・ブラックパピヨンチーム


 実際の所、先鋒を行く大河達が心配しているほどに、魔物達は距離を詰めていたのではなかった。

 魔物達は、基本的に昼型である。
 戦闘や殺戮で気が昂ぶれば徹夜する事もあるが、彼らの狩りは日中に行なわれている。
 夜行性の魔物も居るが、あまり数は多くない。
 夜行性どころか、鳥目の魔物も時々居た。

 そんな訳で、魔物達は夜中にはあまり動かないのである。
 動くにしても、寝床を基点としたある一定の範囲内のみ。
 それも、特にやる事が無ければ眠ってしまう。
 しかし今は例外だ。
 戦争の真っ最中だからか、気が昂ぶって眠る所ではない。
 暗闇の中に、多くの魔物達の荒い息が響いていた。

 今は周りには敵が居ない。
 タイラー達やシア・ハス達も、不眠不休で戦い続けるような真似は出来ない。
 日が暮れ、魔物達の体が急速や睡眠を欲するようになる時刻を見計らい、一旦戦線から離脱したのである。
 これ幸いと本隊を追いかけようとした魔物達だが、それはできなかった。
 大量の罠が仕掛けられていたのである。
 無論、兵士達が戦っている間に傭兵達がせっせと作成していたのである。
 罠に阻まれ、本隊、シア・ハスの部隊は追えなくなった。
 ならばタイラー達の部隊を追おうとしたのだが…。
 こっちはもっと不可能だった。

 燃えていたのである。
 萌えていたのではない。
 草原に猛烈な炎が踊り狂っていたのだ。
 これはタイラー達が撤退する際に、そこら中に油やら何やらを仕込んでおいた結果だ。
 魔物達が草原に踏み込み、暫く進むと火矢が放たれた。
 火矢はあっという間に草原に燃え移り、魔物達の多くを飲み込み、いくらかを焼き尽くした。
 魔物達は慌てて引き下がり、罠と炎の板挟みにあっているのである。

 タイラーとしては、このタイミングで火計は使いたくなかった。
 自然への被害が大きいし、仮に使うとしても、それこそ魔物達を一気に炎に飲み込むくらいにタイミングで使いたかった。
 シア・ハスの部隊と連絡が取れれば、あちらも油を仕込んで炎で挟み撃ちに出来たのだが…。
 必要な油は、誰も居なくなった街から幾つか失敬すればいいのである。

 とにもかくにも、魔物達は立ち往生していた。
 背後の炎が消えるまで待って戦うか、前方の罠を越えて進むか。
 魔物達はそれぞれの判断で行動しようとし、どちらも朝を待とうとしていた。
 炎が消えるまで時間がかかるし、罠を超えるにしても光量が足りなければ回避する事も出来ない。

 苛立たしげに咆哮をあげる魔物達。
 その咆哮は、束になって夜の空気を揺らし、遠く離れた本隊の最後尾へと伝わっていた。
 しかし、その咆哮が不意に途切れる。


 魔物達の中に、一つの影が降り立っていた。
 最初はその人影に向けて威嚇を発し、しかしすぐに大人しくなる。
 人影は気にした様子もなく、魔物達に何か話しかけはじめた。


 そして、夜が明ける。


 既に草原の火は、大分弱くなっていた。
 元々水の精霊の力が強い場所だし、油が尽きれば燃え広がる事はまず無い。

 一晩休んだタイラー達の部隊+救世主候補チームは、昨日の疲れを多少残しながらも満を持して戦闘開始を待っていた。
 まだ朝日が昇って間もない。
 もう少しすれば、草原の火は突っ切っても問題ないくらいには小さくなる事だろう。
 その時を見計らって、魔物達を殲滅するのだ。


 カエデは目を細めて、揺れる炎の間から草原の向こう側を覗き見る。
 ベリオは緊張した面持ちでカエデを見ていた。


「…あちらの様子はどうですか?」


「……妙でござる。
 魔物の影が…殆ど見えないような…」


「…魔物達が居ないのですか!?」


 それを聞いたアンドレセンの眉が跳ね上がった。
 彼は既に全身を鎧で覆い、戦闘開始を今か今かと待ち焦がれている。
 闘争本能が旺盛なようだし、力を持て余しているのかもしれない。


「おい、お2人さん。
 そりゃ一体どういうこった?
 確かなのか?」


「炎に遮られてよく見えぬでござるが、少なくとも魔物達は昨晩と同じ場所には居ないようでござる。
 逃げた……のでござろうか?」


「いえ、それは…。
 後方は火の海、前方は罠だらけ、左右はやっぱり罠だらけ。
 どちらに逃げるというのです?」


「ふん…?
 おい、タイラーに報告してこい!

 ひょっとしたら、犠牲を覚悟で罠を突破したのかもしれねぇぞ。
 連中の殺戮や戦いへの欲求は、生存本能より強力だからな」


「そんな簡単に抜けられる罠でもないと思いますが…」


 アンドレセンは近くに居た部下に命令して、司令部のタイラーへ報告に向かわせた。
 その間にも、アンドレセンは魔物達が昨晩の間に何をしていたのか考える。
 士官学校では成績は下から数えた方が圧倒的に早かったが、決して頭が悪いのではない。
 それどころか、直接戦った相手の情報を分析したりするのは得意中の得意である。
 分析と言っても、8割方直感から来るものだが。

 そのアンドレセンの直感が、昨晩の間に何かあったと告げている。
 そもそも、魔物達が夜の間は動かないとタイラーが予想したのは、魔物達には獣の習性が強く残っており、炎を本能的に恐れるからである。
 小さな炎なら利用する事もあるが、草原を覆った程の炎の嵐なら、獣でなくとも竦み上がるというものだ。

 昨晩の戦いが終わった後、魔物達は血気盛んだった。
 それこそ罠にかけられるのも構わず、本隊とシア・ハスの隊を追った事だろう。
 しかし、タイラーは炎を使う事で生存本能を刺激し、闘争本能に冷水を浴びせ掛けたのである。
 竦み上がり、闘争本能が聊かでも鈍れば、罠を超えて行く事はできまい。
 竦み上がらなくても、パニックくらいは起こすだろう。
 現に何匹か混乱して、罠の中に飛び込んでいった魔物も居た。

 そんな訳で、魔物達は前に進めず後ろに下がれず、炎の熱によってジリジリと体力を奪われていった。
 しかし、だ。

 アンドレセンは想像する。
 恐らくこの辺りで、何かが起こった。


(一体なんだ?
 魔物達が急に動き始める理由…。
 …この先の罠がどんな状態か、だな…)


 罠に多数の魔物がひっかかって死に絶えていれば、勢いや恐怖に任せて罠の中を突っ切ったと思われる。
 こちらはまだいい。
 どうせ突破されるのは想定範囲内だ。
 一体何が魔物達をそこまで昂ぶらせたのは気になるが…。

 しかし、もしも罠に殆どかかってなかったら?
 或いは罠が片っ端から破壊されていたら?
 恐らく、かなり知能のある魔物か何かが、魔物の群を統率していったに違いない。
 昨日の戦でタイラー、シア・ハス隊が優位に戦えたのは、何よりも敵の統率が取れていなかったからである。
 前に行こうとする魔物と後ろに下がろうとする魔物、ぶつかり合って同士討ちまでしていた。
 それが何者かの統率下におかれたら?
 昨日の戦闘で大分数が削れたものの、あまり有利に事を運ぶ事は出来ないだろう。

 いや、最も心配なのは…。


「伝令です!」

「おう、タイラーは何て言ってる!?」

「草原の炎を突っ切って、魔物達を追え! との事です!
 どうやら魔物達は、罠を突破して本隊を追った模様!」

「チッ、やっぱりか!」


 舌打ちしながら、素早く指示を出すアンドレセン。
 カエデとベリオも、それぞれ手荷物を確保しに走った。

 あまり多くの荷物を持っている訳ではないが、それぞれ愛着のある武器や秘密兵器、奥の手の類を持って移動しなければならない。
 補給部隊に後から持ってこさせてもいいのだが、敵と遭遇しても暫くは持ち堪えられる程度の武装は持っていかねば話にならない。

 炎は既に下火になっている。
 一気に突っ切れば、少々の火傷を負い、鎧が加熱する程度で済むだろう。


 急いで魔物達に追いつかねばならない。
 シア・ハスの部隊と傭兵達は、自分達以上の疲労を感じているはずだ。
 一晩休んだ彼らと違い、シア・ハスの部隊は罠を仕掛けた後に距離を稼ぎ、また罠を仕掛けて…と、本隊に至るまでの道のりに幾つもの妨害を仕掛けておかなければならなかったのだ。
 当然、休憩時間も削られる。
 殆ど徹夜の者も多く居ただろう。
 移動しながら罠を仕掛けるので、仮眠も取れない。

 そんなシア・ハス達が魔物達に追いつかれて、どれほど戦えるだろうか?
 増して、彼女の部隊にはルーキーの傭兵も多々居るのだ。


「畜生が、間に合えよ…!」


 歯軋りするアンドレセン。
 燃える草原を睨みつけ、我に続けと言わんばかりに炎の中に飛び込んだ。


「あちっ、あちち!
 こん畜生、さっさと鎮火しやがれってんだ!」


 悪態をつくアンドレセン。
 空気が熱されていて、息をするだけでも肺が燃えるようだ。
 しかしこの程度で根を上げるほどヤワな鍛え方はしていない。


「ガキの頃にゃあ、近所の我慢大会で何度も優勝してんだよォ!」


 その後、無茶なお題を出題したプランナーを全く我慢せずに殴り倒したが。
 気合で草原を突っ切るアンドレセン。
 背後から、何人もの兵士が続いているのが気配で分かる。
 そうなると、意地でも倒れないのが彼である。
 先頭を切った以上、真っ先に草原を抜ける。

 煙を吸い込みそうになって、少し咽る。
 その時である。
 アンドレセンのすぐ横を、何者かが猛スピードで通過していった。


(な、ナンだぁ!?)


 鎧を着ているとは言え、アンドレセンの足はかなり速い。
 筋肉ムキムキで動きが鈍い印象を受けるが、それは単なる偏見と言うものだ。
 その程度で動きが鈍るような鍛え方はしていない。
 しかし、それを軽くブッ千切るくらいのスピードだった。


(さては魔物か!?
 まさか罠を突破したのはフェイクで、実は炎の中に潜んでいやがったのか!?)


 ありうる。
 生物なら不可能に近くても、ゴーレム等ならそれも可能。
 だが、ここで戦っても勝ち目はない。
 強打を放つのに必要な呼吸もままならない。


(とにかくここを抜ける!)


 そう決めて、先程の影は無視してただ走る。
 炎に隠れて襲撃を受けるのではないかと思ったが、どういう訳かその気配は無い。
 不思議に思ったところで、アンドレセンの視界が開けた。
 新鮮な空気が肺に循環される。


「抜けたッ!」

「遅いぞ!」

「なぬぅ!?」


 いきなり叩きつけられた怒声に、仰天するアンドレセン。
 いっちばーん、と言わんばかりだったアンドレセンの目が驚愕に開かれる。
 なんと、目の前には見慣れた人物…タイラーの副官、ヤマモトが立っていたのである。

 んな馬鹿な、と唖然とするアンドレセン。
 確かにヤマモトとて軍人、相応に鍛えこんでいる。
 しかし、それでもアンドレセンの身体能力には程遠い。
 炎に飛び込んだのは、確かに自分が最初だった。
 ならば何故、自分よりも先に居る?


「何時までもそこに立っているんじゃない。
 後続の兵士達の邪魔になる」


「あ、ああ…すまねぇ。
 ところで、さっき俺を追い抜いて行ったのはひょっとして…」


「俺だが?」


 うそーん、とアンドレセンは目が点になった。
 恐持ての顔だが、妙に愛嬌が出る。

 後続の兵士達の道を開けながら、アンドレセンはヤマモトを観察する。


「? どうした?」


「い、いや何でもねぇ…。
 それより、これからどうするんだ?
 タイラーは?」


「閣下はここを突っ切れるほど体力が無いからな…。
 後で迂回して来られる。
 代理として俺が炎を抜けてきた訳だ」


「…なーんか納得いかんな…一人だけ…」


「そう言うな。
 気持ちは分かるが、時間が無いのだ。
 指示に関しては、閣下から預かってきている。
 暫くは俺の指揮下に入ってもらうぞ」


「少し前までのアンタを考えると、ちょっと勘弁と言いたいな…。
 それで?」


「まず罠の惨状を確かめる。
 その後、シア・ハスの部隊が罠を仕掛けたであろうルートを迂回して魔物達を追うぞ」


 それだけ言って、ヤマモトは指示通りに罠の状況を確かめに行った。
 アンドレセンもそれに付き添う。
 そしてヤマモトを観察した。


(…なーんか妙に力が入ってンな?)


 ヤマモトの肩が、普段よりも少し上がっている。
 なにやら気合が入っているようだ。
 どうも本人も気付いていないらしいし、言った所で否定されるだろうが…。


(ははーん……。
 向こうの部隊に、格好をつけたいヤツでも居るんだな?
 それで焦ってるのか…)


「ヘプチッ!」


「姉御、風邪ですかい?
 そんな格好してるから…」


「いや、鼻がムズムズしただけさ。
 花粉症かねぇ?」


「まだ早いですぜ…」


 軽口を叩きながら、シア・ハス一行は罠の作成を続ける。
 周囲を見渡せば、延々と落とし穴を掘り続ける者、虚ろな目で草を結びつける者、寝てんのか起きてんのか見分けづらい顔でスパイクボールを設置する者。
 流石に徹夜で労働は堪えたらしい。
 それでもベテラン達は気力を残しているようだが、ペース配分の分からないルーキー達には地獄である。
 しかし、そこを押して作業しなければ、魔物達に追いつかれるという更なる地獄が待っている。


「よーし、ここはこれくらいでいいだろう!
 出発するぞ!」


「「「「「ぅぉぃ〜っ」」」」」


 明らかにダレている。
 そんな中でも、元海賊達はピンピンしていた。


「姉御、魔物達は今どの辺りでしょうな?」


「さぁね。
 上手くいってれば、タイラーの部隊が追撃してる筈だが…。
 どーも嫌な予感がするんだよねぇ…」


「アッシもでさぁ。
 海賊生活三十数年、こういう時には必ず何かが起こってやした…。
 ひょっとして、罠を迂回して追撃してくるとか…?」


「それは難しいんじゃないかい。
 質なんか気にせず、とにかく量を重視して仕掛けまくったからね。
 心理的にプレッシャーを与える為に、これ見よがしに罠を見せ付けてる所もある。
 安全なルートを辿ろうと思ったら、メチャクチャ時間がかかる筈だよ。
 その間に充分距離を稼げる」


「うーむ…それじゃ、罠が無効化されるって事は?
 魔物達にはそれほどの知恵が無くても、例えば……ほら、前の“破滅”でも敵側についた人間も居るそうですし」


「私達のご先祖みたいに、ね…。
 しかし充分考えられるな」


「“破滅”の民ってヤツか…」


「なんだい、それは?」


「ホワイトカーパスに伝わる、昔話ですよ。
 ずっとずっと前から、それこそ何世代も前の“破滅”…いや、“破滅”が誕生した頃からずっと語り継がれてきた物語です。
 曰く、“破滅”に付き従い、その力を振るう邪悪な集団。
 人間、魔物、動物に虫、種族を問わない。
 “破滅”が起こると何処からともなく沸いてきて、世界を荒らしまわるそうです。
 “破滅”が収まると何処へとも無く姿を消し、次の“破滅”が来るまで世界に溶け込んでその意思を伝えていく…」


「…聞いた事はないねぇ。
 人間が“破滅”に寝返るって事は考えら得るけど」


「そりゃそうでしょう、アヴァターの中でもホワイトカーパスぐらいですよ、こんな話が残ってるのは。
 知り合いの偉い学者さんに聞いてみたら、忌まわしい過去として埋もれていったんだろう、って言ってましたぜ」


 なるほど、とシア・ハスは頷いた。
 ホワイトカーパス州は、2代前の“破滅”で人類側を裏切った。
 全員が裏切ったのではないが、この地から“破滅”に与する強力な戦力が出た事も事実。
 そんな地だからこそ、“破滅”の民とやらの話が残っていたのだろう。
 恐らく、他の地でもかつては“破滅”の民の物語は残っていた。
 だが時の流れと共に忘れ去られていったのだ。


「しかし、詳しいんだね?」


「好きなんですよ、昔話が。
 歌も歌えますぜ、『坊や〜良い子だネンネしな』っとくらぁ」


「やめな…子供にトラウマ作る気かい」 


 ペチンと頭を叩いて、シア・ハスは考え込む。
 “破滅”の民かどうかはともかくとして、由々しき事態だ。
 本気で魔物達が罠を無効化してくるかもしれない。
 そうなったら、正直言って持ち堪えるのは難しい。

 シア・ハスは少し悩むと、本隊との距離を試算した。
 計算通りに動いていれば、既に本隊の最後尾が森の辺りに差し掛かっている筈。
 そして自分達は、少し大きめの街に差し掛かった。
 森までの進軍ルートには、この後には街は無い。


「……よし、賭けに出るか」


 腹を括る。
 シア・ハスは伝令役を一人呼び寄せ、本隊への伝言を任せる。


「野郎ども!
 今度はこの街に罠を張るよ!
 ただし、今度は量を重視するんじゃなくて、質を重視しな!
 この一辺を罠だらけにして要塞化して、ここで魔物を迎え撃つ!
 罠を仕掛け終わったら仮眠をとれ!
 3時間は眠れるぞ」


 ギラリと兵士傭兵の目が光る。
 それほど仮眠を取りたいらしい。
 最後の気力を振絞って、数々の罠を仕掛けていく。
 今回は仕掛けっぱなしではなく、ちゃんと偽装工作もやって、何処に何を仕掛けたのか逐一メモしていった。

 あっという間に周囲が罠で埋め尽くされた。
 引っ掛かったら発動するタイプではなくて、発動のタイミングを兵士達の手でコントロールできるタイプだ。

 ようやく休めるとばかりに、傭兵達はバタバタと地面に倒れこむ。
 しかし、それをシア・ハスは蹴っ飛ばした。


「ほらほら、こんな所で寝るヤツがあるかい!
 休むにしても、ちゃんと建物とかに隠れるんだよ!
 それと見張り役も残しておかないとね。
 2人組みでジャンケンして、負けたヤツは仮眠は後にしな!」


 うげぇっ、とルーキー達は悲鳴をあげた。
 ベテランの傭兵はと言うと、既に人目が届かない所に引っ込んで熟睡している。
 結果として、見張り役を押し付けられるのはルーキー達と、一部のベテランだけである。

 シア・ハスは、ふと見覚えのある顔を発見した。


「ん? お前は…」


「あ、どうも」


「セルビウム?
 当真 大河達はどうした?」


「大河達は、最前線で魔物の大群を相手に暴れてました。
 ドム将軍の命令で、殿に回されました…。
 ちなみに、足止めの指令書を持ってきたのは俺です」


「そうか、ご苦労だった。
 早いところ休んでおけ」


「はい!」


 シア・ハスはそれだけ言うと、自分も休息を取るため手頃な寝床に向かった。
 体力は渡された神水を使えば回復できるが、睡眠不足まではどうにもならない。
 目を閉じているだけでも大分違う。
 何時でも跳ね起きられるように神経の緊張を保ったまま、シア・ハスは仮眠を取る。


 …ちなみに、セルはさっさと眠っていた。
 ……ジャンケンで負けていたのだが、休めとシア・ハスに言われたから、だそうだ。


14日目 朝 本隊


 森の中を進む民主達。
 普段であれば、ちょっと深い森であるという事を除けばちょっとしたピクニック気分で居られたかもしれない。
 民衆達の緊張感も大分薄れているようだ。
 いや、単に集中力とかが切れてダレてきているらしい。
 小さい子供を背負って歩いている父母も見かけられた。
 ふらふらしている人も見受けられるが、その足取りは重いながらも留まる事はない。

 疲れと冗長さで、敵の追撃を受けているという実感が薄れ、民衆としては惰性でアザリンに付いて行っているような気がしていた。
 いい意味で言えば心理的に余裕が出てきたのかもしれないが、単に何か考えるのが億劫になっているだけなのだろう。
 そんな状態だから、周囲の景色(木々ばっかりだが)に目を向ける余裕もない。
 もっとも、それは返ってよかったのかもしれない。
 何故なら、周囲は不気味な静寂で包まれているからだ。
 大勢の靴音に掻き消されているが、じっとしているとあっという間に静寂に包み込まれてしまう事だろう。
 静寂に勝る大音量なし、とはよく言ったものである。
 その静寂は、明らかに不自然な…死の匂いを漂わせるものだったのだ。
 普段であれば、動物達の生活音が感じられるであろう森も、今はハラハラと木の葉を散らすばかり。
 どうやら、この周辺の小動物達の生命力は既にマナとして無限召喚陣に吸い取られてしまったらしい。

 ユカはどうしようもない怒りを噛み殺しながら、冷徹に計算しようとする。
 無限召喚陣に必要なマナがこの有様では、おそらくこの先には無限召喚陣は無いだろう。
 そうなると、敵としても増援は期待できない。
 今までのように一箇所に固まっているとも思えないし、恐らく少数でのスピーディなゲリラ戦を仕掛けてくると思われる。
 最も危険なのは、もう少しで森を抜けられる辺りか、森を抜けた瞬間。
 森の木陰に慣れていた目が、開けた場所での光に慣れるまでのタイムラグ。


「大河君、もうすぐ森を抜けるけど…」


「ああ、俺達で先行した方がいいかな?」


「いや、必要ない」


 ユカと大河が首をつき合わせていると、ドムが口を挟んできた。
 2人はドムに注目する。
 ドムは心なしか機嫌が悪そうだ。


「斥候なら既に出している。
 と、さっきから何度も何度も何度も何度も何度も言っているだろーが。
 要するに、何もせずにただ歩くのがヒマなのだろう?」


「「…図星ッス」」


 見事に心中を看破され、へこむ2人。
 ドムはやれやれ、と言わんばかりに溜息をついて定位置に戻る。
 どうやらドムも少々退屈しているようだ。
 このまま素直に事が運べばそれに越した事はないのだが、昨晩から延々と森の中を歩いているのだ。
 似たような景色ばかりでは、飽きも来る。


「しかしドム将軍、実際の所…あとどれくらいの障害があると思いますか?」


「さて…。
 散発的な攻撃を仕掛けて、確実だが小さくこちらに被害を与えるか。
 それとも全滅覚悟で正面から喧嘩を売り、我々に幾らかの被害と、遅延時間を与えるか。
 …この近辺に街は無いからな…タイラー達とも連絡が取れんのが痛い…」


 俺なら後者を選ぶがな、と言い添えるドム。
 しかし、ドムと同じ事が魔物達に出来るかは疑問である。

 今まで、後方の状態の確認は、避難民と合流する際に兵士達が報告を持ってきていた。
 タイラー達が居る街と、その街の間で電話(モドキ)を使って状況を確認していたのである。
 しかし、流石に森の中にそんな便利な設備は無い。
 この先は、港町まで一直線なのだ。
 携帯電話は無いし、無線のような設備を持ち歩く事も出来ない。
 この森近辺は、周囲に隠れる場所が多いという意外にも、情報が途絶えやすいという厄介な場所なのである。
 ドムとて情報の重要さは身に染みている。
 少しでも情報伝達の速度を上げるために、ちょっとした手段を講じていた。


「魔法使いの炎を使ったモールス信号、ね…。
 夜は伝達しやすいけど、昼になるとなぁ…」


「まぁ、夜中が一番の難所だしねぇ…」


 これがドムの策である。
 使い慣れないモールス信号だが、モールス信号その物を使うのは極一部。
 大まかな情報は、魔力を調節したり何かしらの物質を燃やして作り上げた、変色した炎で伝えているのである。
 これなら情報を手早く伝えられる。

 しかし、暗闇に包まれた夜ならともかく、日の照りつける昼間だとこの方法の効率は極端に落ちる。
 陽が幾らか遮られているとは言え、夜ほど炎は目立たない。
 なので、日が昇ってからは専門の伝令役を走らせているのである。


「何れにせよ、少なくとももう一度は大きな襲撃があると思われる。
 その時は…全力で暴れろ。
 ただし、民衆と港町に被害を与えんようにな」


「了解!」


「ラジャった!」


 それぞれ不敵に笑って、心中で敵の襲来に備えた。
 仮にこの森の中で襲ってこないなら、平原に出て、守備範囲が大きく広がった所を狙ってくる。
 そうなったら、兵士も大河もユカも、襲撃を跳ね返すために走り回らねばならないだろう。
 港町を襲撃してくる可能性もあるが、港町はここ一ヵ月ほどで大幅な改造を施されていた。
 作戦の要という事で、徹底的に要塞化を推し進めたのである。
 無論、不満も続出したが、その分“破滅”からの脅威が減るのだと説き伏せたらしい。

 ここらが正念場である。


「ドム将軍、森を抜けます!
 偵察部隊からは、敵影見られずとの報告が入っています」


「よし、警戒を怠るなよ!」


 ドムは自身も剣の柄に手をかけながら、森を抜ける。
 全身に浴びる日の光は、ひどく懐かしいような気がした。
 たかだか一晩の間、森の中を踏破しただけだというのに。


「ふぅ…あと一息といった所じゃな」


「陛下…。
 お体の方に変調はございませぬか?」


「うむ、問題ない。
 幸い毒草の気にも当てられておらんようじゃ。
 それとも、この水で中和されただけか…。
 しかし…結局、森の中では魔物に襲われなかったのう?
 絶好のチャンスであろうに…」


「は…。
 やはりタケウチ殿達の、無限召喚陣の破壊が効いたのかと…」


「…それだけだとは、思っておるまい?」


 アザリンに指摘され、ドムは無言で頷いた。
 何も言わないのは、襲われなかった理由が特定できていないからだ。
 不用意な憶測をアザリンの耳に入れる事もなかろう。


「とにかく、進軍を急がせよ。
 港町が攻撃を受けていないとは言い切れん…」


「御意」


 ドムは頭を垂れる。
 しかし、実際の所あまり急ぐ事は出来ない。
 避難民達は長蛇の列を作っているのだし、先頭が急いだ所でトータルの速さはそう変わらない。
 そもそも、このスピードでも急いでいる方なのだ。
 幼い子供も自分で歩いているのだし、これ以上急げば付いてこられない者も出るだろう。

 アザリンもその位は承知の上だ。
 急げと言っているのは、ルートの確保や障害の排除である。


「バルサローム、敵発見の報告は?」


「斥侯隊から、先の平原に魔物達が僅かに居るとの報告を受けております。
 ですがあちこちに散らばっており、1グループには片手で数えられる程度の魔物しか居らぬようです」


「……群ではないのだな…?」


「は。
 恐らくは伏兵が居る者と考えられますが…。
 平原には隠れる所は殆どありませぬ」


「無ければ造るだけの話だろう…。
 蛸壺でも掘って中に隠れ、上から草でも被せておけばよい。
 しかし、それでは隠れられる数は然程多くはならぬな…。
 ……罠…があるか?
 いやしかし、その程度の数で我が軍に喧嘩を売るのであれば、相当なトラップを使わねばならん。
 それこそ、地形を丸ごと利用したような代物を…。
 魔物達にそこまでの工作が出来るか?
 なら人間が…。
 いや、やはり定石通り港町に入る瞬間を…」


 ドムの頭の中で、幾つものシミュレーションが同時展開される。
 最も厄介なのは、威力を度外視してただ只管に広範囲への攻撃を重視したトラップだ。
 もし使われれば、民衆達は本気でパニックに陥ってしまうだろう。
 ダメージの大きさではなく、敵から攻撃を受けるという事実が大きな恐怖を呼び起こす。
 訓練された兵士なら、指揮官の一喝で鎮められない事もないが…。

 ドムはチラリとアザリンを見る。
 例え訓練されていない民衆でも、彼女の声で鎮められるかもしれない。
 しかしリスクが大きすぎるし、何より彼女の声は後方までは届かない。
 パニックが伝染する速度の方が、確実に速い。


「歯がゆいが…やはり迂回ルートを通るか。
 そうなると、進路も限られてくるな…」


「敵に進路を読まれてしまいますが?」


「確かにそうだが、逆の見方も出来る。
 何処に伏兵が居るのか皆目検討も付かぬ平野と違って、ある程度はあちらの兵の配置が読める。
 こちらには、生半可では抗えない極大攻撃力がいるのだ。
 先行させて叩き潰す」


 ドムはギラリと目を細めた。
 バルサロームは、この目をよく知っている。
 必殺の策を放つ時の光。
 この光がドムの目に宿っている時は、それがどんな荒唐無稽な作戦に見えても、最終的にはドムの言うとおりになってしまった。
 例外は2度だけ、アザリンとタイラー(記憶喪失時)に日常生活でやりこめられた時くらいだ。


「それでは、当真殿とタケウチ殿に」


「ああ、待て。
 汁婆の調子はどうだ?」


「既に完治しております。
 どうも、あのウマの生命力は我々の人知の及ぶ所ではないようで…」


「それは同感だが、それなら汁婆にも一働きしてもらう。
 まとめて連れてきてくれ」


 頷き、バルサロームはドムから離れる。

 残されたドムは、遠くに見える空と山の境界に目をやった。
 超えてきた森のずっと向こうにある山だ。
 しかしずっと向こうと言っても、よい馬さえ居れば一日で辿り着ける程度の距離でしかない。
 その程度の距離しか移動していないのに、もう随分と歩いた気がする。
 実際、人の足で見ればかなりの距離を歩いているのだが。

 感慨に浸っていると、バルサロームが2人+1匹を連れて戻ってきた。


「将軍?
 お仕事ですか?」


「ん? ああ…。
 例によって先行だ。
 ルートは…」


 ドムは地図を出して、小声で説明する。
 何故小声かと言うと、単なる雰囲気…ではなくて、盗聴を警戒したからである。
 魔物達は何処に潜んでいるか分からないし、あまり大きな声を出すと風に乗って聞こえてしまわないとも限らない。
 近所に姿の見えないガーゴイルが潜んでいる、という事は充分考えられる。

 ドムの話に耳を傾けていた大河達。
 聞き終わると、大河は渋い顔をした。


「それは…ちょっと博打じゃないですか?」


「何が博打なものか。
 最も有効かつ確実な手段だ」


 ドムは心外だ、とばかりに顔を顰めてみせる。
 その表情の中に、然程大きくはないが確かな怒りが見て取れた。
 大河は反射的にヤバイ、と察する。

 ユカが口を挟む前に、ドムはその怒りを一気に噴出して静めてしまおうとしたようだ。


「確かに一個人としての戦闘力は大河、お前以上の者はアヴァターには居るまい。
 だが、召喚器を持たない者、特別に名が知れている者以外は強くない、という事はないのだ。
 ただの兵士も、魔物と戦う為の訓練は受けている。
 ただの民衆も、必要とあらば自ら力を振り絞る事もある。

 確かにお前の戦力は心強いが、お前以外にも戦える者はいるのだ。
 兵達の力を正しく把握して言うのならば許そう、だが彼らの誇りと力、積み上げて来た研鑽を甘く見るのはやめてもらおうか」


「……」


 一気呵成に言い切って、ドムは何か文句があるか、とばかりに大河を見た。
 大河は少し言葉に詰まったが、すぐにドムに言われた言葉を吟味する。

 どうやら、また力に溺れかけていたようだ。
 丁度いい力の対比物が無いので、どうしてもトレイターの圧倒的な破壊力に目が行き、他を軽んじてしまう。
 将棋の初心者が、飛車や角ばかり有難がるのと似たような構図だろうか。


「…そうっスね。
 失言でした。
 んじゃ改めて聞きますけど、確実に魔物達の襲撃を防ぎきれるんですね?」


「その上で道も確保してみせよう。
 なに、汁婆の足があれば然程時間は必要なかろう。
 何か質問は?」


 ドムが大河達を見回すが、大河とユカは何も言わない。
 が、汁婆が片手(足?)を上げる。
 フリップが握られていた。


「ん、なんだ汁婆?」


『後方はどうなってる?
 セルビウムはどうした』


「セルビウムなら、後方で戦っている。
 最も新しい情報は1時間前のもので、魔物達の追ってくるであろうルートに罠を仕掛けつつ、我々を追っているそうだ。
 ある程度の距離を稼ぎ、我々が港町に到着するまでの時間を稼いだら、そのまま撤退してもいいと言ってある。
 まぁ、シア・ハスの事だし、魔物達の足止めを終えたら後方へ合流して警護につくかもしれんがな」


『そうか…。
 港町に到着する頃には合流している予定か?』


「計画通りに行けばな。
 まぁ、仮に足止めが充分な効果を成さずとも、魔物達の後方から更にタイラー達の部隊が追い上げているのだ。
 ゲリラ戦でもやっていれば、あちらの部隊と合流するだろう」


 無論、ここまで計算済みのドムである。
 汁婆は納得したのか、引き下がった。
 セルの安否が知れた訳ではないが、情報がないのでは仕方ない。
 今から後方へ確認に行く訳にもいかない。
 …汁婆なら、10分あれば十分…もとい充分な気もするが。


「他に問題点は無いな?
 …では、行って来い!」


「「『イエッサー!』」」


 敬礼して、ユカと大河は汁婆に飛び乗った。
 そして2人がしっかり掴まったのを確認すると、汁婆は初っ端からスプリンターモードで走っていった。
 吹き上がる猛烈な砂煙。

 兵士達はそれを見送り、自分達も役割を果たそうと気を引き締める。
 精神的支柱だった大河とユカの2人が目の前から去った民衆は、さぞや心細い思いをするだろう…。
 と思っていたら。


「「「「「「「
  ………………………………………………………………(゜Д゜)
                            」」」」」」」


 2足歩行のUMAを見て、唖然としていましたとさ。
 実を言うと、汁婆を見た瞬間から色々なモノがスッ飛んで行って、後ろから迫る魔物に対する恐怖もクソも無くなっていた。
 ここまで歩いてきたのは、単なる惰性である。


「あのさー大河君、ちょっと聞きたいんだけどー!」


「あー?
 舌を噛まないようになー!」


「フローリア学園とか王都ってさー、何か面白い施設とか美味しい食べ物ってあるー?
 あっちに行ったら、是非とも食い歩きとか満喫したいんだけどー!」


 汁婆に乗り、大河とユカはドムに示されたルートを進む。
 その間も、2人+1匹の神経は敵が居ないかあちこちを探っていた。
 今のところ、目だった気配は感じられない。
 ドムの心配は杞憂だったのかとも感じられたが、それは汁婆が否定した。
 野生の直感なのか、それともUMA特有の未知の能力なのかは分からない。

 で、やっぱり彼らも魔物が出なくて緊張感が途切れかけているのは否めない。
 眠気でテンションが下がり始めているのだ。
 このまま下がってしまうのは困るが、さりとてテンションを貯めるような器用な事もできないし、叩いたらテンションが上がるような便利なタンバリンも持ってない。
 この際だからテンションの方向はどうでもいいや、と割り切って、とにかく楽しい事や面白そうな事の会話をしてテンションを保っているのである。


「楽しい施設なら色々あるぞー!
 ラブホ…は置いといて、やっぱ一番に来るのは聖地だろ!」


「聖地?
 ホーリーランド?
 路上で喧嘩するの?
 ドラマになってるヤツ」


「路上のカリスマなんて知らないね!
 と言うか、どー考えてもユカの方が強いっしょ!
 まぁ、一種のお祭みたいなモンだよー!
 でっかいのは年に2回くらいしかないんだけどな、色々なイベントが年がら年中発生してんだ!」


「毎日お祭なの!?」


「別々の主催者が、同じ施設を順番に使ってるんだ!
 アヴァターでも最大の遊技場、いや真剣勝負の場でもあるんだ!」


「それにしちゃ聞いた事ないよ!?」


「その筋に一歩でも踏み込んでれば誰でも知ってるけど、知らない人には未知の世界だしな!
 まー安心しろ、フローリア学園には聖地を隅から隅まで熟知してるのが何人も居る!
 ナンなら俺が案内してもいいぞー!」


「おっ、デートのお誘いだ!
 それじゃ、この戦いが終わったら都合を合わせて連れてってよ!
 ボク達なら、この程度じゃ死亡フラグは立たないもんね!」


「セルはその計算には入れるなよ!」


 何も知らない一般人を、いきなり聖地に連れて行こうとするのはどうかと思うぞ大河。
 それはともかく、ユカには大河の発言は『2人で行こう』と聞こえた(ような気がした)。
 寝不足と疲れから来るハイテンションで、意味不明なほどにニヤけるユカ。
 しかしそれは誰の視界にも入らなかった。


「でもさ、救世主クラスの人達の方はいいの!?
 何日ぶりなんだっけ?」


「まだ半月も経ってない!
 まー何だ、確かに事態が落ち着いたらアイツ等とデートとかするだろうけどさ、確かな事が一つある!」


「それは何!」


「確実に、次の日は行動不能になるという事だ!
 俺じゃなくてデートした方がな!」


 理由は言わずもがな。
 10日以上も禁欲生活(そこまで厳格ではなかったが、女性とナニできない以上大河はそう感じる)を続けていた大河である。
 その色々と溜め込まれていたナニの迸りは、恐らく過去最大の代物となるだろう。
 その迸りを受ける方も、10日ぶり…死線を幾度も潜ったり、はたまた何もする事がなくて時間を持て余していた人間には10倍近い時間に思える…に大河に会うのだ。
 色々と鬱憤とかも溜まっている事だろう。
 それこそ新婚さんが見てもムカついてくるぐらいにイチャイチャベタベタするのは目に見えている。
 あれだけの人数のそーゆーシーンを一々書かねばならないのかと思うと、時守的には非常に頭が痛くなってきます。
 その辺になったら、週1更新も滞るかもしれません。

 とにかく、お互い欲求不満を解消するべくダラダラしたりひっついたり欲望をぶつけあったりして、夕食後から朝にかけて非常に嬉しいが疲れる運動をぶっ通しで続ける事だろう。
 次の日には、丸一日行動不能になるのは目に見えていた。
 無論、2日も3日も動けなくなるとは思えない(多分)。
 しかしまぁ、そこまで激しく満足させれば、ユカとの時間も取れるのではないだろーか。
 多分。
 きっと。
 今更といえば今更だし、多少はお目こぼしを……。


「…いかん、ヒトとしてダメになってきてる気がする。
 しかも許容できるダメじゃなくて、クズに近いダメに」


「んー?
 何か言ったー!?」


「睡眠不足と空腹はヒトをダメにするって言ったんだよー!」


 睡眠不足と空腹のためかは兎も角として、不意に汁婆が足を止めた。
 周囲を見渡し、でっかい鼻の穴をピクピク動かしている。


『オイ、何か近くに居るぞ』


「! 魔物か? やっと出てきたのか?」


「でも…気配は無いよ?」


『ああ、俺も匂いでしか感じられん。
 …あまり多くは無いな…。
 察するに、この先に居るのは警報役か?』


 汁婆の視線が向かう方向を向く大河とユカ。
 汁婆は走るのを止め、徐々にスピードを落として足を止めた。
 ユカと大河は地面に降り立ち、周囲を観察する。
 片側は山、片側は平原。
 平原は、ドム達が迂回しようとしている平原である。
 山の傾きは緩やかで、登ろうと思えばそれほど苦労なく登れる。


「…この上に魔物が陣取ってると厄介だな。
 でかい石でも転がされたら堪ったものじゃない」


「逆にこっちが上を占拠できないかな?」


「してもあんまり意味が無いな。
 落石を使うとしたらかなり高所に行かなきゃならないし、何よりも足取りが鈍る。
 とは言え、索敵しない訳にもいかないか…」


 落石を落とされたら、防ぐ手段が無い。
 一つ程度なら何とかならない事もないが、何せこちらは長蛇の列。
 落すタイミングなぞ考えずに適当に転がしても、まず間違いなく命中する。


『そんなら俺が行ってくる。
 お前達はこの先へ行け。
 俺は隠密行動は専門じゃねェンでな』


「…まぁ、確かにその図体じゃ隠れる所に困るよね」


「そうだな…。
 汁婆、どれ位で戻る?」


『そうだな、ここを駆け上がって…魔物の匂いを探しながら駆け回り、10分もすれば戻る。
 もう一度ここに戻って、お前らが通ったルートを追うとしよう。
 何か目印でも残しておいてくれ』


「ん、じゃあボクの氣をその辺につけてマーキングしておくよ。
 氣の反応は分かるよね?」


『大体な。
 それじゃ、任せたぜ!』


 汁婆は、再び砂煙を上げて走っていった。
 毎度毎度の事ながら、えらいスピードだ。

 大河はそれを見送りながら、『マーキング』という言葉に反応して、ユカがイヌミミ付で『し〜』をしているシーンを思い浮かべていた。
 そして『し〜』をされた植物その他は、ユカの意のままに動くのだ。
 どっかの獣人(情で変身するらしい)の得意技である。

 …ボロボロのウェイトレス服を着たユカ、イヌミミシッポを付けて首輪に繋がれ、微妙に涙目で四つん這い……頭を撫でると、涙目のまま喜ぶ。
 大河はこれって動物虐待になるのかな、と思った。

 ユカは何となく邪念を感じ、大河に白い視線を送っている。


「…はっ!?」


「どしたの」


「い、いやちょっと邪念に囚われて…いい邪念だった…。
 と、とにかく行こう」


「先にその邪悪な気配を沈めてね。
 それじゃ隠形なんて出来ないよ」


「はいはい、そんじゃ邪念に圧縮かけて保存しときますか…」


「圧縮したら何か別の代物が産まれそうだよ。
 さっさと捨てなさいって…」


「そーは言っても、邪念も持たず欲望を抑え込む俺は俺じゃないし…。
 ………にしても…よくよく考えてみると、ドム将軍の懸念もよくわかるな」


「? 何さ、いきなり」


 急にシリアスモードに戻った(誤魔化したとも言う)大河。
 ユカは気配を消したまま、振り返らずに問いかけた。


「ドム将軍の懸念って…策が読まれるって事?」


「いや、そうじゃない。
 上手く行き過ぎてるんだ。
 敵があっけなさすぎるとか言ってた。

 今思えば、確かにその通りなんだ。
 敵は確かに大軍勢だった。
 無限召喚陣を複数設置して、この地のマナ…命と引き換えに呼び出した魔物達を総動員させれば、本隊に大打撃を与えるのはそう難しくない。
 ドム将軍は色々と策を練って迎撃の準備をしてあったらしいんだけど…使ったのは、後方から迫る追撃を足止めするくらい。

 本隊が魔物達に襲われたのは、1度だけなんだ。
 森の中も、森から出る時も、絶好のポイントで何の攻撃もなかった」


「…言われて見れば…」


 ユカもようやく不自然さに気付いた。
 そもそも、無限召喚陣にあれだけの魔物が集中していたという事がおかしい。
 大軍勢というのは見ていて迫力があるが、全体を纏める事ができる指揮官役が居なければ烏合の衆に成り下がる。
 統率役を期待できなくても、そこそこ力のある魔物を筆頭として、複数の団体に分けて行動させるべきだ。
 そうすれば一網打尽にされる事もないし、複数の角度から同時に本隊を攻撃できる。
 無限召喚陣に屯していた利点がないのだ。
 召喚陣を護るにしても、数が多すぎる。


「このルートにしても、居るのは見張り役と思しき少数の魔物だけ。
 ドム将軍は、平原に本命が潜んでいるんじゃないかって言ってたけど…これは」


「ドム将軍も、あまり納得してなかったみたいだよね。
 ボクも平原にはあまり強い気配を感じないし…。
 でも、野生の動物や魔物って人間よりもずっと隠れるのが上手いしなぁ…。
 ボクが感知できてないだけかも」


「本隊を急襲しようっていう大軍団だぞ?
 それだけ沢山居れば、イヤでも気配が伝わってくるだろ。
 …で、この辺に気配は?」


「うん、あと1キロくらい。
 どうする?
 ボク達は囮だから、あんまり隠れて行っても…」


「そうだな。
 これみよがしに姿を見せるくらいでいいか。
 …しかしアレだな、ここで囮をやるのはいいけど…」


「うん?」


「引っ掛からずに本命の魔物達が寄ってこなかったら、スゲー虚しいな」


「…(汗)」


 その時、後ろから足音。
 振り返ると、見覚えのある砂煙とシルエットが近付いてきた。
 山の上の方を偵察してきた汁婆である。


「お、汁婆ご苦労さん。
 で、どうだった?」


『上には気配は全くなかった。
 その代わりと言っちゃナンだが、港町が見えたぜ。
 特に異常は見当たらなかった。
 襲撃を受けた様子は無いな』


「そうか…。
 ますます相手の意図が分からん…」


 大河とユカは、腕を組んで頭を捻る。
 それはそれとして、汁婆はこれからどうするのか気になった。


「…そうだな、とにかく進もう。
 囮の俺達に敵が向かってくるならそれもよし、そうでなければ平原を経由して本隊に合流。
 取り敢えず、その辺に隠れてる魔物達は…」


「ある程度までは見逃して、途中から撃破しよう。
 最初から魔物達に気付いてるのに進んだら、何か企んでますって言ってるようなモノだよ。
 ボク達は、見張りの魔物達に気付いてない。
 OK?」


 大河と汁婆は頷いた。
 今度は汁婆に乗らず、物見遊山でもしているかの如き雰囲気で歩き出す。

 ユカは神経を張り巡らせ、四方から飛んでくる視線を逐一チェックする。


「…さっきの話の続きだけどさ…」


『あん?』


「いや、襲撃が少なすぎるって話だよ。
 それで、どうしたユカ?」


「うん…まさかとは思うけど、今本隊は襲撃を受けてないよね?」


 思わず大河の動きが止まる。
 微かな不安が過ぎるが、大河は頭を振って追い払った。


「可能性はあるけど、ドム将軍も言ってただろ。
 そう簡単には負けやしない。
 兵士の皆を信じよう」


『そうだな。
 アヴァターでも随一の軍事力を誇る軍だ。
 俺達みたいに、纏めて敵を葬る事は難しくても、その武力は半端じゃねェ。
 充分渡り合えるはずだ』


「…だといいんだけど…」


 その頃のシア・ハス達…。


「弓兵、構え!
 …射程距離まで引き付けて、第一陣放て。
 接敵まで15秒を切ったら、第2陣放て。
 第2陣の掃射と供に、黄月部隊は攻撃せよ。
 後は手筈通りだ!」


 シア・ハスの命令が響く。
 しかし誰も応える声は出さない。
 その代わり、建物の影や窓から腕がニョキっと突き出て、了解の印を送る。
 各部隊の隊長、あるいは纏め役の手だ。
 声を出す事で居場所を悟られない為、ボディランゲージで通話していた。

 コクリと頷いて、シア・ハスは双眼鏡を覗き込む。
 そこには、ドヤドヤと隊列もクソもなく進んでくる魔物達の群があった。
 ギリ、と奥歯を噛み締めた。


「どうですかい、姉御…」


「姉御はやめな…。
 思ったより損害が少ないね。
 十二分に罠は仕掛けておいたんだけど…。
 こりゃちょっと厳しくなりそうだよ」


 らしくもなく、弱音染みた言葉を吐くシア・ハス。
 彼女の計算では、もっと敵は減っている筈だった。
 別に楽観的な見方をしているのではない。
 冷徹かつ悲観的な計算に基づいて、様々な角度からシミュレートした結果と比較している。


「……やっぱりおかしいね」


「何がで?」


「あれだけの罠を、無傷で突破できると思うかい?
 とにかく抜けられないように、広範囲に効果を及ぼす罠を中心として仕掛けた。
 だってのに、あの魔物達は爆風を被った後すらない。
 矢が突き刺さった後もないし、落とし穴に落下して串刺しにされたヤツもいない」


「普通に考えて、最後のヤツはその場で死んだんじゃあ…。
 それに、罠が全滅した後を抜けてきたんじゃないですかい?
 弱い魔物に道を確かめさせて、罠を全部発動させてから進むとか」


 シア・ハスは少し考えた。
 それなら納得できなくもない。
 いや、しかしそれにしては敵が多すぎる。
 あれだけの密度の罠だ、全て発動させるには犠牲となる魔物は40や50では効かない。
 まさか、別働隊と合流したとか?


「…いや、やはり違うね。
 こっちに来るまでの時間が短すぎる。
 どう考えても、罠の存在を考慮せずに突き進んだとしか思えない」


「となると…何らかの手法で罠を無力化させたか…。
 或いは、昨晩から出発してたって事ですかい」


「そうなるね…。
 奴らの後方で燃えていた炎で、タイラー達の部隊は魔物達が動いているのに気づかなかったろう。
 あいつらが追いつくのは、数時間ほど先だね…。
 迂回ルートを取らなきゃいかんだろうし」


 数時間。
 やってやれない事はない。
 しかし、どうにも一抹の不安が過ぎる。
 シア・ハスはポリポリ頭をかいた。
 いかん、この地の文は誰かの死亡フラグを立てている。


「まぁ、やるしかないか…。
 充分勝ち目はあるしな。

 野郎ども、援軍が来るまで持ち堪えるなんて思うんじゃないよ!
 亀みたいに縮こまるのは好きじゃない、逆に返り討ちにしてやんな!」


 あちこちから、先ほどの数倍の腕が突き出されて親指を立てた。




今度は卒業研究で詰まっている時守です。
はぁ…面倒くさいなぁ…。

いっそゲームのプログラミングとかをやってみようかな?
…簡単なレポートだけ書いて、見せてみようと思います。

それではレス返しです!
追記 多分明日辺り、双魔伝を投稿する…かもしれない。


1.文駆様
魔物達の意図は、当分先にならないと明らかになりそうにありません。
…決して何も考えてないと言う事はないですよ?

EVAはアスカ来日の辺りが、一番面白かったですねー、お気楽で…。
その後加速度的に人間関係がギクシャクしていきましたからね。
ちなみに、BGMは…実はユカと大河が自分で歌っていたりw


2.根無し草様
ネットはいいですねぇ。
時守も某所に出かけて出来なかった時期がありますが、あれは退屈だった…。

そろそろロベリアさん、キレてもおかしくないですねw
もう知らん、お前ら勝手にやってろヘンタイども!とか。

未亜達の見せ場が無いですねぇ。
後で埋め合わせさせないと。


3.アレス=アンバー様
バトルは暫く続きそうです。
ふぅ、結構疲れる…。

いくら未亜でも、戦闘で息が合っているくらいでは発動しないでしょうが…自信を持って言い切れないw
でも2人の噂が耳に入ったら、救世主クラス+α総出で大河が磨り潰されそうだ…。
南無ー。


4.イスピン様
あのBGMは、口笛を吹いたり腹太鼓を叩いたりして自分で演奏、そしてそれを幻影石に録音して再生していたんですよぉ。
…いやウソですけどね。
まぁ、未亜は対抗意識くらいなら持ちそうですね。
「ベッドの上でのユニゾンは、私が圧倒的に上よ!」とか言って、ユカに見せ付けるくらいはやりそう…。
ふむ、ユカについては色々と考案中です。
…しかし、大河とくっついたらそれだけで未亜も漏れなくついてくるからなぁ…。


5.カシス・ユウ・シンクレア様
むぅ、そー言われると、アザリン様ばっかり目だってクレア様の出番が無いなぁ。
まぁ、クレア様は王宮で謝華グループを相手に地味な戦いやってますから、仕方ないと言えば仕方ないんですが。
ギリギリの場面に遭遇するのが、アザリン様の方が圧倒的に多いですからねぇ。

あー、しっとマスク被ってタイラー閣下に喧嘩を売るなら…。
.罐螢海気鵑縫妊泙鮨瓩込む(一笑に伏されるか、オシオキを食らう)
▲織ぅ蕁竺娉爾鰊巴廚辰董▲▲競螢麝佑硫爾忙っていく(それはそれでムカつく)
思いつかない。
さぁどれだ!?

ドム将軍の言葉は、武人として、または一軍を率いる将としての一面をイメージして書かせてもらいました。
どんな手を使ってこようとも、勝ちは勝ち、負けは負け、反則は反則。
これらを受け止めた上で昇華させないと、名将とは言えない…と、思います。


6.ATK51様
パピコスベリオは、何時か本気でやってやろうと画策しています。
…他は誰に着せようかなぁ…。
リリィは某所がやってくれたし(嬉涙)

実際、危機感が無い民衆と言うのも厄介なのだと思います。
我々平和ボケした日本人が言えた台詞でもありませんが、自分達が危機に晒されているという意識がないと、戦争をしていると言う事事態を忘れ、そのまま日常に埋もれそうですしね。

いずれは滅ぶとしても、ですか…確かにそうですね。
いくら払っても、“破滅”は際限なく沸いてくる。
いつか負けるまで、人類は抵抗を止めない…アヴァターでの戦いは、そういう戦いです。

真っ向勝負を嫌っているか否か、の話ですが…本当に卑怯な人間にしろ正々堂々とした人間にしろ、ある程度の実力又は所謂覚悟を持った人間にとっては、手段というのはどれも同じ価値しかないのではないかと思います。
卑怯な人間は正々堂々とした戦いを、『効率が悪いから』しないだけであって、必要なら、或いはそれが効率のいい手段なら正面からぶつかる事も辞さないのでは?
手段をバカにしているのではなく、手段に対して信仰を持っている人間、そしてそれを誇りに思って思考を硬直させている人間を嫌っている…のではないかと思っています(弱気)。


7.ナイトメア様
卑怯は手段の一つ…でしかなくても、それをちゃんと受け止めるのは難しいんですよね。
時守もゲームやってる時とか、「この技反則だー!」とよく思いますから。
…まぁ、こちらの手にはもっと反則的なPARという物体があるのですけど。

…そうか、最近なんだか調子が狂うと思ってたら、ギャグだけじゃなくてポロリが無いのか…。
しかし、ユカの柔肌を不特定多数に…いや、その場に大河しか居なければいいだけか…。


8.神〔SIN〕様
ミュリエルさんのナース姿……。
…うん、下着とか着けてないな(爆)
大河の趣味か本人の趣向かは別として。

うん、ミュリエル学園長に女医が似合うのは否定しない、というかむしろ賛同する。
でも、多分大河は敢えてナースというギャップにエロスを感じますよ?
いえ、決して私の趣味ではなく。
ちゅーか、患者の服までエロス系か…ここはアレですか、接待用ですか?
どうせ専用ですけど、何だか汚職というか賄賂の現場を垣間見た気が…。

そー言えば近藤さん、アナタ猿の惑星の王女とお見合いしてましたね。
ミュリエル学園長、なんて正確な罵詈雑言を…。

フローリア学園の生徒達がカニバリズムに目覚めるのも、そう遠くない気が…何?
カニバリズムは食人だけど、近藤さんはゴリラだから問題ない?
成る程。

で、白の主・サディスティック事件の首謀者はどうしました?
相変わらず精神病院?
病院ジャックしてなきゃいいけどなぁ…。

あー、アトリエ○ぐやの『ナースにお○かせ』やりたくなってきた。
きっとミュリエルさんはあんな感じだ。


9.舞ーエンジェル様
ツンデレ…ツンデレと言えばリリィと、あとつよきす…。
まだやってないんだよなぁ…。

お家の方で何が起きられているのかは分かりませんが、無事に問題が片付く事を祈らせてもらいます。

破滅の将に関しては、単にダウニー辺りが選んだだけではないでしょうか?
極端な話、性格的にダウニーに賛同していたり、常識外れの実力を持っていれば、それで資格あり、と。
元々テストをやって選んでいるのでもないでしょう。

うーん、ゲンハは…確かに狂気の人なんですが、それも外的要因によるものですね。
まぁ、それでも破滅の将の資格は充分にありますが…彼の扱いについては、ちょっと酷くなるかも。
ぬぅ、もう少し前にバルドフォースをやっていれば、駆け足でイベントを注ぎ込む必要もなかったのに…無念。

召喚器VSシュミクラム…VSか…。
試合でもいいから、何処かで戦わせたいなぁ…。
エースクラスの実力を持ったシュミクラム使いは、ちょっと名前も出せそうにないし…。

クレア様最高!
新しいのが出たら、きっとやらせていただきましょう!
例え濡れ場があるか無いかの違いしかなくても!(そーゆー事を言うなっての)

シリアスなら藍染が勝ち、ギャグならアシュ様の暴走で勝負無し…ですかね。
シリアスなアシュ様は、勝とうが負けようが魂の牢獄に閉じ込められて、負けたままですから。


10.なな月様
就職決定おめでとうございます!
これで肩の荷が下りたというものですね!

どこの三國無双って、単純に考えれば…呂布辺りかな?
大河に当てるなら、もっと洒落にならない敵を出さねば…。
既に二つほど心当たりがありますが。

あの無限の胃袋…魔物達を食って、一体何の能力をコピーしているんだ…!?
でも、赤い帽子のヒゲ親父って…意外に弱い?
火は出せるけどチャチだし、クリボーみたいなキノコ(?)に当たっただけで死ぬし、マントで空を飛ぶのは凄いと思うけど…。
まぁ、アレですね、ある意味英霊だから、世界からのバックアップがあるんだ。
…無敵はあのヒゲ親父だけの特権ではない!

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