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▽レス始

「双魔伝01(火魅子伝)」

時守 暦 (2006-07-13 21:22)
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 街道から少し離れた森の中。
 焚き火を挟んで、二人の子供が睨み合っている。
 その間に走る緊張感は、子供同士の喧嘩で出せるような代物ではない。
 明らかな殺気。
 隙在らば殺る。
 例えそれが、永久の別れだとしても…。


 睨み合い、ジリジリと焚き火を中心として円を描いて回る。
 2人の左手は、ナップザックの中に突きこまれていた。
 どちらかがその手を抜き、そして手に持っている物が全てを決める。

 緊張感はジリジリと高まり、最後の一瞬が近付いている事を無言で告げる。
 2人の額に、脂汗が流れていた。


 …どれほど時間が経っただろうか。
 弱い星光に照らされた2人の中心に、一筋の閃光が舞い降りた。
 光が広がり、天然のスポットライトに照らされる2人。

 その瞬間!


「くらえっ、ちよちちだ!」

「君に決めた! 行け、やまぴかりゃー!」


 袋から取り出された2人の手には、やけに大きな縫い包みが握られていた。
 双方全力で縫い包みを押し付け合い、縫い包みが…縫い包みが……何故か戦っている。

 ちよちちは触手のような手足を長く伸ばして、サイケデリックな色彩に染まりながらぐねぐね揺れる!
 やまぴかりゃーは、どっちかと言うと噛みネコと違うか、と思わせる鋭いキバで噛み付きにかかる。


「うぬぬ…ちよちち、『固くなる』だ!」

「それを待っていた! やまぴかりゃー、筆調べだ!

「なにぃ!? それはやまぴかりゃーじゃなくて、犬だ犬だと呼ばれるオオカミの技だぞ!?」

「ふっ、世の中やったモノ勝ちなのよぅ!
 九峪、かくごー!」

「うっ、ぐわああぁぁぁ!?」

『トマトを食べるんだ』


 ちよちちは、大風によって飛ばされてしまった!(効果:バシルーラ)
 そして後に残ったのは、勝鬨を上げる日魅子と、口惜しそうに崩れ落ちる九峪、そして空に向かって遠吠えをするやまぴかりゃー改めオオカミの縫い包み。
 どうやって声を出しているかなど、気にしても仕方あるまい。


「くっ、反則技だ…。
 しかし…勝負は勝負。
 仕方ない…最後の一口の権利は、日魅子に譲るよ…」


「あははは、これが火魅子で日魅子な実力よー!
 さーて、お鍋の最後の具、私が遠慮なく…遠慮…な…く…」

「……」

「………」


 2人の目は、焚き火の上にある鍋に集中している。
 この鍋の最後の具を巡って、二人は真剣勝負をしていたのだ。
 が。
 その鍋は。


「…こぼれてるわ」

「さっき日魅子が筆調べで大風起こしたじゃんか。
 それで零れちゃったんだな。
 ……さぁ、遠慮なく食いつくすがよい!」

「喰えるかー!
 私の腹を壊したいのかー!」

「ヤカマシー!
 ここは三星基の急襲だぞ! 旧州だぞ!
 地面に落っこちたくらいで食べないなんて贅沢が通用するかー!」

「だったら九峪が食えー!
 勝者の私が負け犬のテメーに恵んでやろうってんだから、大人しく受け取れやー!
 恵んだ物なんだから、土がついてよーが腐ってよーが文句言うな!」

「うるせー、日魅子が勝ったんだからお前が食えー!
 敗者にかけられる勝者の情けなんて、うざったいだけだー!
 勝負の意味自体を台無しにしやがってー!」


 そして始まるド付き合い。
 強い強い、鍋が吹き飛びやまぴかりゃーが吹き飛び、2人の激突の余波で木々は揺れ、虫達や鳥達が飛び立ち、動物達は巻き込まれては堪らないとばかりに撤退する。
 そのまま殴り合いを続ける事、実に2時間。
 結局、鍋がひっくり返る云々以前に、朝まで睨み合いをやっていたので鍋が冷め切っていた事に気付き、二人は実に無駄な体力を使ったとバカバカしくなって止めたのでした。

 …後日、この辺りにバケモノが出るという噂が立つ。
 そのバケモノとは、小さくて、三角形の耳、ωな口、短足だが腕は細く長い、オレンジ色の生き物との話だ…。
 そして自分ではネコの縫い包みを名乗っていたと言う…。
 もっとも、九洲の人間は縫い包みなる物を知らなかったが。


『こんなに赤いのに、ちよはおいしいと言う…』


 埋もれてろ。


「♪ ♪ ♪」

「♪♪ ♪♪」


 九峪と日魅子は、上機嫌でとある街中を歩いていた。
 鍋の最後の具を食い損ねたのは業腹だが、何時までも怒っていても仕方ない。
 それよりも、異国の地を満喫しようと観光気分である。

 服装は21世紀の服のままなので、何気に注目を浴びている。
 だが、この世界の人々には、そんな見ず知らずの子供に構っている暇はない。
 兎にも角にも、自分の暮らしを守るので精一杯なのだ。
 特に、最近では狗根国の横暴が徐々に強くなってきている。
 ヘタに関わって目を付けられたら、待っているのは悲惨な運命のみ。
 誰もがすぐに目を逸らし、食料の確保に精を出すのであった。


 さて、暫く歩いた九峪と日魅子だが…目的もなく歩くのに飽きてきた。
 面白い物など、そうそうある訳でもない。

 2人は人通りの多い場所で、適当な岩に腰掛けて流れる人波を見詰める。
 奇妙な子供に注目が集まったが、大抵の人はそのまま通り過ぎる。
 そうでない、近くで商売をしている…と言っても、仕留めた獲物を物々交換しようとしている…山人らしき男達が数人。
 それも遠巻きに眺めるだけで、何かをしようとしているのではない。

 九峪も日魅子も、無言で人波を眺める。
 その目に写る光景は、彼らが本来存在した21世紀とは、何もかもが違う。
 道が、空気が、景色が、何よりも人の表情が。
 誰もが生きるのに、精一杯の力を振り絞っている。
 今日を食い繋ぐのに、全力を傾ける人達。
 それは21世紀の食料事情と比べれば、何とか細い、拙い事か。
 だが…誰もが活き活きとしていた。
 過剰な選択肢は持たず、己の力を振り絞ると言う事を知っている人々。
 それを見詰める九峪と日魅子は、何を思うのだろうか。

 無表情に、だが何処か愛おしげな顔。
 口元は、少しだけ緩んでいた。


「………」


「………」


「………?」


 どれ程時間が流れただろうか。
 ふと日魅子はナップザックの中に手を突っ込んだ。
 九峪が顔を向ける。
 だが声はかけない。

 ゴソゴソとナップザックを探っていた日魅子の手が、何かを掴んで取り出した。
 鈍い銀色。
 行き交う何人かの人々が、その輝きに目を奪われた。

 日魅子が取り出したのは、別段高価な代物ではない(21世紀では)。
 単なる楽器…ハーモニカだ。
 それを見た九峪は、少し笑って背後の岩に寄りかかった。

 日魅子は徐にハーモニカを口に運ぶ。
 一息吹くと、澄んだ音色が街道に響いた。
 聞いた事もない音色に、視線が集中する。
 だが、日魅子は何が楽しいのか、ニコニコ笑ったまま。
 2,3度確かめるようにハーモニカを吹き、意図した通りの音が出るか確かめる。
 大丈夫だと分かると、今度は大きく息を吸い込んでハーモニカを吹き鳴らした。

♪〜〜♪♪〜〜、〜〜♪〜〜♪♪♪〜

 ハーモニカの音色は、雑踏のざわめきを圧して響き渡る。
 奏でる曲は、いかにも楽しげな、日常の中の幸せを満喫しているかのような、聞いていると意味もなく飛び跳ねたくなるような、そして「おっ母さんありがとう〜!」とか叫びそうになる…そんな曲だ。
 曲名は、無い。
 ただ日魅子が思うがままに吹いている。

 珍しい音色に、足を止めて聞き入る者が多数。
 お構いなしに、日魅子は演奏を続ける。

♪♪♪ー、♪〜♪〜〜♪♪ー〜〜

 ノって来たのか、日魅子の体が左右にリズムよく揺れだす。
 それに合わせて、目を閉じて聞き入っていた九峪も体を揺らし、足を踏み鳴らしてリズムを取る。


〜ー♪♪〜〜♪♪〜♪ーー♪、♪〜〜♪ー♪
♪   ♪♪  ♪  ♪   ♪♪  ♪
 ♪  ♪    ♪  ♪    ♪


 何時の間にか手拍子も加わり、日魅子と九峪は体全体でリズムを創り出す。
 音楽に合わせて右に左に、手拍子に合わせて上下に体を揺らし、足踏みに合わせて前後に。
 何時しか、聞き入る人々もそのリズムの中に引き込まれていく。
 目を閉じて何かを思い出したり、体を揺らしたり、指でリズムと取ったり、段々と輪が広がっていく。
 やがて、街の一区画全てが同じリズムで呼吸し、歩き、鼓動する。

 この曲を聴いた者は全て、同じ感情を抱いていた。
 日々にかまけて、忘れかけていた小さな喜び。
 生きている事、そして大きな流れの中にあるという一体感。
 例え辛くても疲れても、生きていると思える瞬間。
 誰もが思った。
 「生きている事は、こんなにも楽しい事だったのか」と。
 涙を流す者も居た。
 同じメロディーを口ずさむ者も居る。
 だが、どれも予定調和の中。
 どんなに調子外れな歌い方も、リズムに乗れない不器用な人も、全て予定調和の中。
 区画全てが、否、日魅子の周囲にある全てのモノが、一個の楽器となっていた。

 音楽が、収束していく。
 誰もがそれを当然の事として受け止め、一糸乱れずリズムに乗る。
 最後の一音は、長く長く伸び、日魅子の肺の中にある空気を全て出し切るまで続いた。
 九峪は手拍子も足踏みも止め、余韻に浸るように耳を済ませている。


「〜〜〜〜〜……っふぅ…」


 音が途切れた。
 だがその寸前に、皆が同じ光景を見た気がした。
 何処とも知れない、名も無い村。
 素朴で、変化に乏しくて、でも幸せな光景がそこにある。
 しかし、その光景が脳裏に浮かんだのは一瞬だった。
 すぐに朧と薄れ、輪郭さえも思い出せなくなってしまった。
 だが、だからこそその時に感じた思いは、一層名残惜しく、記憶に残る。

 そのためか、街道は暫く音一つなくなっていた。
 風すら吹かない。


「……?」

「?」


 あまりにも静寂が続く事に、ようやく九峪と日魅子は気がついた。
 名残を楽しんでいたが、目を開いて周囲を見る。
 …何処か恍惚とした表情を残しながら、誰もが2人を見詰めていた。


「…あ」

「……ヤ、ヤバ…」


 2人は顔を見合わせると、そろそろと立ち上がる。
 誰も刺激しないように、そっと動いて……次の瞬間、閃光の如き勢いで駆け出した。


「あっ!?」

「ちょ、ちょっと待って…!」

「もう一曲、もう一曲頼む!」

「頼む、お願いだから!」


((冗談じゃないってーの!))


 ようやく我に帰り、走り去る2人を引きとめようとする。
 が、九峪も日魅子もこれ以上は勘弁だ。
 ちゃっかり投げられていたお捻りを一つ残らず拾い、まだ正気に戻りきらない人々の隙間を抜けていく。
 やがて城門へ至り、勢いのままに走り去る。
 警護兵らしき人物が引き止めようとしていたが…止まるはずがない。
 ついでに言うと入る時には、2人の服装では怪しまれて中に入れてくれないのが分かりきっていたから、その辺の塀を乗り越えて不法侵入していたのである。
 密入国は犯罪だ。


 その暫し後。
 急ぎ足で門を潜る一行があった。


「急げ、急げ急げ!
 あれほどの逸材、逃してなるものか!」

「おい落ち着けって!
 気持ちは分かるが、門番はすぐには通しちゃくれねぇぞ!」

「ええい、いっそ強引に抜けるか!?
 畜生、あの2人が居ればあっという間に一座は九洲一になれるぞ!?」

「それでなくても、あの音色をもう一度聞けるとあればな…。
 ……よし、手続き終わったぞ」

「よし行くぞ!
 ええい門番め、この時間差で取り逃がしたらどうしてくれる!?」

「ああ、その門番がな、あの2人は東に向かって一直線に走って行ったって教えてくれたぜ。
 言われてみれば、足跡が残ってるよな」

「ありがとう門番! 君達への感謝は、彼女達を一座に入れる事で果たさせてもらう!
 いくぞおぉぉぉ!」

「性格変わってますよ座長!」


 何だか騒がしい一団だ。
 察するに、彼らは興行団で、先程の演奏に目を付け、是非とも一座に入ってほしいと思っているようだ。
 まぁ、気持ちは解からないでもない。
 自分達の興行があの演奏に見合うかと言われると黙るか開き直るしかないが、その辺を圧してでも、と思うだけの価値はある。
 あの一体感、恍惚、そして一瞬だけ見えたあの光景。
 是非とももう一度。

 街の外の草原に残された足跡を追い、興行団は猛スピードで走り始めた。
 座長など、オリンピックで世界新を狙えそうなスピードだ。
 まぁ、この時代にオリンピックなんてないが。


「それで座長!
 どうやって入ってもらうつもりです!?」

「そんなモン、誠心誠意説得すれば何とかなるわい!
 最悪、団に入ってもらうんじゃなくて俺達が付いて行くって選択肢もあるからな!」

「おいおい志都路、お前そのまま走る気か?
 馬よりはやいぃぃぃぃぃぃ」


 走り続ける志都路。
 その背後に居るであろう団員達の声が、見る見る遠くなっていく。
 それこそ馬より早い志都呂だった。
 明らかに人間の限界を超越している。


「俺の興行に賭ける情熱を舐めるなよぉぉ!
 あの2人、例えこの身が朽ち果てようとも団に入ってもらうからなぁぁぁ!」


 三白眼で、気炎を吐きながら走る。
 よく見ると、全身から水蒸気が立ち上っている。
 …勝鬨気か?
 忍空かお前は?


「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……」 


 むぅ、ナレーションも追い付けない…。


 一方、九峪と日魅子。


「あー、びっくりした…」

「日魅子がいきなり演奏を始めるからだよ…」


「しょーがないじゃん、ピピっと来たんだから。
 九峪だって、同じでしょ」


「自分の意思で演奏できないもんなぁ…。
 チャンスは逃したくないし」


 街から山を2つほど越えた平原。
 2人は全く休まずに、ここまで一気に走破してきたのである。
 後ろを振り返れば、2人分の足跡が延々と続いている。
 …門番を相手に手続きはしなかったが…どっかの学園の事務員ではあるまいし、ここまで追いかけてくる物好きも居まい。

 2人は大きく息をついて、腰を下ろす。
 肉体的な疲労は、全く感じていないのだが…。
 何せ、この2人の体は特別製だ。
 極端な話、どれだけ走ろうがどれだけ強い衝撃を受けようが、全て無効化できる。
 永久機関を抱え込んでいるようなモノだ。
 その事を思い出し、九峪は少し沈んだ顔をした。


「ん? 九峪、どうしたの?」

「いや…思えば数奇な運命だ、と思ってさ…。
 ネットワークの連中を見ても、同じ台詞は言えないけど」

「ああ、あれは異常。
 特異点とか、集中しまくって…ううん、むしろ生み出してる。
 …とはいえ…確かに、こんな事になるなんてね…」


 2人は同じ過去を思い浮かべる。
 基本的に、この2人の間に知らない事、秘密にしている事は存在しない。
 ちょっとばかりややこしい関係なのだ。


「…それにしてもさ、ネットワークの試験って…何だろう?
 魔王になるのに、絶対に通らなければならない道…って言ってたけど」


「魔王になる必須条件って言われてもな…。
 そもそも、テストするにしても問題が解からないってのが致命的だよな。
 学校のテストじゃないんだから、自分で問題を探し出してそれを解けって事はあるかもしれないけど」


「解からないのは…『テストの問題など、在って無いようなもの』って言葉だよね」


 2人で空を見上げる。
 そろそろ暗くなってきていた。

 取り敢えず、焚き火の準備をする。
 もしこの火を見つけてオオカミとかが襲ってきても、返り討ちにして逆に食べるだけだ。
 ちょっと筋張っていると思うが。

 火に鍋を載せて、例によってナップザックの中から出した肉やら野菜やらを適当にブチ込む。
 これが野外のおける鍋の真骨頂、と2人は信じて疑わない。
 さらに飯盒、塩胡椒にポン酢まで取り出した。
 どうでもいいが、この時代には米も胡椒も無いぞ。
 持っていく所に持っていけば、軽く一財産築けるだろう。
 …ナップザックの中身は、永遠に秘密である。
 ドラエモンのポケットよりも性能はいい、とだけ言っておこう。
 その気になったら、ズ○ックくらいは出せるかもしれない。
 勿論専用機の、赤くて3倍のやつだ。


 それはともかく、2人は異世界間人材流通組織・通称ネットワークにおける魔王候補である。
 ネットワーク、魔王に関しては幻想砕きの剣の序盤に少々記してあるので、そちらを参考にされたし。
 ネットワークの魔王…つまり正社員とは、契約したアルバイター達の願いを叶える存在だ。
 時には死者を蘇えらせ、時には病気を治し(ますく・ど・むーんに改造されたらしい)、時には因果律を操作して誰かの安全を約束し、時には世界に数える程しかないフィギュアやらトレカやらを確実に手に入れさせる。(ブラパピリリィのテレカをください<m(__)m>)
 知人の当真大河氏のケースなど、既に起きた事件を無かった事にされた、と言う過去の改竄までやってのけていた。
 ある条件さえ満たせば、文字通り万能の力と言っても過言ではない。
 九峪と日魅子は、その力を持っているのだ。
 ただ、彼らの場合は2人揃わねば使えないし、そもそも『ある条件』を満たしていないので、出来る事はかなり制限される。
 …それでも世界観を丸ごと叩き潰しかねない程度には強力なのだが。

 とにかく、その万能の力を、瓢箪から駒式に意に沿わず手に入れてしまった九峪と日魅子。
 正直手に余るのだが、放り出す事も出来ない。
 その時に、ネットワークから『研修を受けて、正社員にならないか』と打電があったのである。
 戸惑った二人だが、ネットワークの魔王達は、この力を見事に使いこなしている。
 正社員になるならないはともかくとして、少なくともこの力を制御できるようにならねばならない。
 2人は研修を受け、一通りの制御は出来るようになった。
 そして研修の最後に、適正テストと称して適当な世界に放り出されたのである。
 その拍子に、何の因果か…間違いなく日魅子の因果だ…キョウの召喚に引きずられ、3世紀の九洲に呼び出されてしまった。

 まぁ、ある程度は力も使えるから、生きていくのに問題はない。
 厄介なのは…魔王としての適正テスト。
 『答えを決めたら呼べ』と言われてはいるが、そもそも何の答えなのか。
 何も知らされていなかったりする。


「…まぁ、俺としてはこの世界でこのまま自堕落に暮らすのも悪くないけどな。
 ちょっとずつ力を使えば…それだけでも、充分すぎるほどに生きていられる」


「あ、私もそれ賛成。
 …やっぱり…ちょっと、重いもんね…。
 この力は…」


 2人は好き好んで、この力を抱えているのではない。
 元々人間の手には余る力だ。
 それでも放り出せないのだから、代償として何かを支払うしかない。
 まぁ、重かろうが好きでなかろうが、2人に言わせれば「使える物はハナクソでも使え」だ。
 便利であれば、身を滅ぼさない程度に力を奮う事は躊躇わない。
 加えて言うなら、態々元の世界に戻ろうと思うほどの愛着も無い。
 誰も2人を知らない世界で、気ままに暮らすのもいいだろう。


「このままネットワークに帰らずに、ここで一生を終える…か。
 他の魔王の人達と同じだとしたら、私達って不老不死なんだけど。
 お爺ちゃんとか、どうしてるかな…」


「記憶の消去も頼んでないからな。
 ………まぁ、何時までに戻れとも言われてないんだ。
 極端な話、ここで21世紀になるまで暮らして、そこから帰るっていう選択肢もある。
 ……元々…逃げてきたようなものだしな」


「…そうだね。
 仮に逃げても、他の魔王の人達は…多分、あんまり怒らないし」


「…ところで、キョウは?」


「小突いても反応なし、
 力が充分貯められるまで、本気で外に出てこられないみたい」


 沈黙。
 2人は無言でマジックペンを取り出した。
 1分後、天魔鏡には『むせきにん』『かいしょーなし』『へんないきもの』『ふりょーひん』と書かれていたそうだ。
 仮にも一国の神器に向かって、何ちゅー事を…。


「ま、このくらいでいいんじゃない?
 こんなにイタズラされてれば、見ても神器だって思わないでしょ」


「日魅子、付け足しくさい付け足しくさい」


 でも2人とも満面の笑顔だ。


 すっかり日が落ちた。
 炎の照り返しで、2人の影が揺れる。
 黙りこむ2人。

 …そして静寂が2人を包む。
 ……………………。
 ………………………………。
…………………………………………。
……………………………………………………


「…九峪」

「…静かすぎる」


 虫の声さえ聞こえない。
 不自然なまでの静寂。
 2人は立ち上がり、いい塩梅に煮えつつある野菜やら肉やらを、確保するだけ確保した。
 そして猛スピードで掻き込む。
 …何かが近くに居ると言うのに、最初にするのが警戒ではなくて食事かい…。

 2人のセンサーは、あまり精度がよくない。
 本来なら、半径500メートル以内に居る虫の居場所さえも逐一感知できるのだが…何分、九峪と日魅子自身がその感覚に不慣れだ。
 こればかりは慣れるしかないが、今はまだ…。


 背中合わせに立って、まだ鍋をお代わりしつつ周囲を警戒する。
 …その時。
 九峪がある事に気付いた。


「…!?
 ひ、日魅子!
 鍋が急激に冷えている!」


「なんですって!?」


 これは一大事だ。
 折角作った鍋物だと言うのに。
 この醒め方は、普通の醒め方ではない。
 明らかに第三者の介入が見られる。


「くぅ、ど、どうすれば…!?」


「いいから、今の内に全部食べるのよ!
 ああっ、そう言っている内にも、お野菜の鮮度がみるみる落ちて…!」


 九峪も日魅子も、まるで世界の終わりを見たかのような悲嘆を顔に浮かべている。
 無理もあるまい。
 スキヤキは地球より重い(スットン共和国の諺)、という言葉もあるように、鍋はあらゆる危機よりずっと重いのだ。

 結局、鍋は半分も食べきれない内に、冷め切ったナニカと化してしまった。
 カラン、と2人の手から茶碗と箸が落ちる。


「こ、こんな…こんな事って…」


「一体…誰が、誰が私の子供を!?」


 鍋物がお前の子供か、日魅子。
 しかし彼女はマジだ。
 鬼子母神という言葉があるが…何となく連想してしまう。


 ガサッとすぐ側で足音がした。
 そちらにぼんやりと目を向けると、異形の人影が20体ほど佇んでいる。
 その内の一体が、何やら大きく口を開いた。


「ァ…ァァ……ォァァ…」


 ゆっくりと息を吸い込んでいる。
 …否。
 九峪と日魅子の目には、はっきりと見えた。
 鋭い牙が生えているその口に向かって、周囲に存在する木々や草花の精気が吸い取られていくのを。
 これは、つまり…。


「吸血鬼…吸精鬼?」

「……ニンゲンか…。
 たった2人とは言え、暇潰しにはなるな」


 ぼんやりとした日魅子の呟きを意に介さず、吸血鬼は腕を動かした。
 それに応じて動いたのは、吸血鬼の周囲の人影である。
 いや、こちらもやはり異形。
 2人は知らなかったが、彼らはこの世界で恐怖の的、魔人と呼ばれる種族である。
 身体能力は人間では全く歯が立たず、上位の魔人になれば知能も人間以上になる。
 何よりも凶暴で、血や悲鳴を好む。

 見た所、この魔人達は殆どが下級の魔人。
 知恵がある所からして吸血鬼だけは、上級の魔人のようだが…。
 いずれにせよ、これだけの魔人に囲まれれば、人間などひとたまりも無い。

 だが。
 2人はゆっくりと立ち上がった。


「…なぁ…。
 この鍋の精気、食ったのはお前か…?」


「ぬ…?
 はは、恐怖で頭がおかしくなったか、ニンゲン。
 下賎な精気だったぞ。
 やはりニンゲンの恐怖や絶望が、もっとも俺の口にあギャボバブア!?」


 唐突に、奇声をあげつつ吹き飛ぶ吸血鬼。
 周囲の魔人は、思わず動きを止めた。

 さっきまで吸血鬼が立っていた場所に、日魅子が片手を突き出した状態で立っている。

ズドン!

「ジャムバォ!?」

 これまた意味不明の奇声をあげる吸血鬼。
 今度は九峪が、吹き飛んだ吸血鬼を高く飛んで思い切り踏み抜いたのだ。


「…下賎な味…下賎な味だと…?」

「私達の愛しい鍋を殺した挙句、下賎だと…!?」

「味わって食べたならともかく…!」

「人様の食料を横取りしやがって…!」

「「何様のつもりだ貴様ーーーーーー!!!!!」


 そして拳の嵐。
 ドドドド、とまるでナイアガラの滝のような効果音を立てて、吸血鬼は素晴らしい勢いでボコられた。
 ご丁寧にも、2人は吸血鬼を挟んで線対称になるように動いている。
 つまり、吸血鬼が前から日魅子の右ストレートを心臓に食らえば、それと同時に後ろから九峪の左ストレートを心臓に食らう。
 要するに、 攻撃→吸血鬼←攻撃 となっていて、前後から同時に衝撃が叩き込まれるため、吹き飛んで衝撃を逃がすと言う事が出来ないのだ。
 物凄い乱打だと言うのに、一糸乱れぬコンビネーション。
 既に吸血鬼の各関節は砕かれ、骨は全て爆砕し、ズタボロを通り越してモザイク必須の物体に成り果てていた。
 そして、トドメ。


「陰たるは、天昇る龍の爪…」

「陽たるは、星閃く龍の牙…」

「伝えられし龍の技、見せてあげるわッ!」

「「双・龍・螺・旋・脚ッ!」」


 二人そろって蹴りまくり、フィニッシュは前後から同時に首を蹴り上げる。
 確実に首の骨が砕ける必殺技である。
 高く舞い上がり、落下してくる魔人に。


「メシの仇ィ!」

ごわああぁぁぁ……ん


 九峪が冷えた鍋を思いっきり叩きつけた。
 …死んだな、アレは…。
 冷めた鍋の汁に塗れて、吸血鬼の魔人は何だか息絶えたのであった、マル
 でも続く惨劇。


「このこのこの、私達のご飯を返せ!
 むしろお前を食ってやる!」


「カニバリズムぞカニバリズムぞ!
 一月は正月で人が食えるぞ!」


 そのままガッシと魔人(死体)の四肢を掴んで、思い思いの方向に思いっきり引っ張ってバリバリびちりブチブチビシャっとかなんだか生々しい音がするし血らしき液体が地面に広がってるし!
 あー、モザイク必須…否、モザイクしててもTVに出せない光景が続いております。
 暫くお待ちください……。

 くるり、と日魅子が振り返る。
 …目が発光していらっしゃられる。
 しかも半開きの口から、赤い煙がハァ…と吹き出ていた。
 と言うか、ぶっちゃけ返り血で顔がペイントされている。
 …口の周りだけえらく赤が濃いが、まさかマジで喰ったのか…?
 唖然としていた下級魔人達の脳裏に、同じ言葉が過ぎる。


(八○庵!?)


 日魅子は魔人達に興味をそそられなかったのか、再び元吸血鬼・現スプラッタに向き直った。
 ナニカを掻き分けるような動作をしているが…あ、何か飛び散った。
 ……思いっきりモツだ。
 どうやら吸血鬼は、本気で解体されているらしい。

 九峪が空を見上げる。


「■■■■■■■ーーー!!!」


 完全に野獣を通り越して某狂戦士になっていた。
 こりゃ、どーにもならん。
 十二回殺した程度じゃ復活してきそうだ。


 下級魔人達は吸血鬼がボコられている間に、本能に従ってさっさと逃げ出す事にした。
 誰に教わったのでもないのに、見事に気配を消して抜き足差し足忍び足。
 生存本能とは、時に予想もできない能力を発現させるらしい。
 20体の魔人が足音一つ立てず、コッソリ逃げ出そうとする光景など、前代未聞だろう。

 …が、逃げた所で、この鬼神の手から逃れられるはずも無い。
 2人は速攻で火の後始末をして、逃げた魔人を追った。
 きっと2人が行く先では、X指定な惨劇が繰り広げられる事だろう。
 …と言うか九峪。
 口に咥えてるその腕を捨てなさい。
 日魅子、小腸を振り回しながら追いかけるのはどうかと思う。

 後には惨劇の後のみが残された。


つづく? かもしれない。




意外な好評に驚いている時守です。
取り敢えず3時間ほどで書きあげてみました。

このSSですが、今回の記述にあった通り、2人は事実上万能の力を持っています。
ヘタをすると、耶麻台国を復興させるなんて朝飯前、なんて事になりかねません。
特別な力を持ってない九峪が知恵と勇気とスケベ心で何とかするのがいいんだー、と思っている方には合わないと思われますので…。
さて、これからどうしようかな…。

それではレス返しです。


1.ケプラ様
意外と好評を得られたようなので、もう2,3話くらいは書いてみようと思います。
後は電波次第ですねぇ…。


2.読石様
食べようとしたんでしょうねぇ、この2人…。
…実際喰ってるっぽいし…。
ちなみに天魔鏡には歯形がついているとかいないとか。

あの神社、一部の人達から熱狂的な信望を得ていそうです。


3.rin様
やはりシリアスよりもギャグが性に合っているようです。
ちなみに姿と形と名を変え〜は、ガンパレで似たような記述があったなー、と思いつつ書きました。


4.竜神帝様
よくよく考えてみると、3世紀の日本は性的におおらかというか、あけっぴろげなんですよねぇ…。
貞操観念とかは、儒教によって齎されたとの話ですし。
…ところで、儒教って何時伝わったんでしょう?
仏教あたりと一緒に入ってきたのではないかと思っているのですが。(調べろよ自分で!)


5.皇 翠輝様
個人的には、ハーレム物って意外と楽なんですよね。
一人一人に焦点を絞って書く必要があまり無いから、詰まった時に他のヒロインと組み合わせればいいし。
まぁ、多分…続いたらハーレムとは言わないまでも複数の女性から好意を寄せられるように…。


6.503様
これが良作で、ハーレムがブラックジョークかはともかく…。
幻想砕きの未亜のようなイキモノは、多分出てきません。
あ、元々そういう性格のキャラは別ですよ?
惚れさせるにしても、段階的に行こうと思っています。
万能の力を持つ2人が、この時代の人々に触れて何を思うか…というのも、密かにテーマとしておりますから。


7.まじしゃん様
火魅子伝、結構好きな人が居るんですね…。
最近読み始めたので、古いと言われるかと思ってましたが…まぁ、まだ続いてますしね。
幻想砕きの未亜には、その内ちょっと性格が(また)変わるかもしれないイベントがあります。多分。


8.HAPPYEND至上主義者様
はじめまして!
時守もハッピーエンドは大好き、と言うかそれ以外はあんまり見たくありません。
だって後に引くし。

九峪と日魅子は、問答無用でハッピーエンドを呼び込む力があると同時に、それによる重いハンデも背負っています。
それにどう対応するのか、その辺が焦点ですね。
ハッピーエンドにも、問題がある終わり方がある…と言う事…かな?


9.カシス・ユウ・シンクレア様
2人は魔王候補ではありますが、速水君とは同格ではありません。
…ちゅーか、2人一組とは言え青の青と同格なんて…そんな恐ろしいモノ、私は書けない…(汗)
この設定で……な、何をさせよう?
…いっそ経済戦争でも…。
うーむ、主人公が完璧だと、逆にやらせる事が無くなるんですねぇ…。

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