「しかし、何処まで降りるのかしらね〜」
鉄板を囲みながらフォークとナイフでステーキを食べるアスカ。現在表示はB50を超えた所で、かなり地下まで降りている事が分かる。
「ところでアンタ、誰?」
ふとアスカはオレンジジュースを飲んでいる少年に尋ねる。此処にいるという事は彼もハンター試験の受験者だというのは容易に想像がつく。自分達と大して年齢が変わらないので、驚きはしない。
「俺? キルア」
「アタシはアスカで、こっちがレイとカヲル」
「よろしく」
少年――キルアが名乗ると、レイがペコッと会釈し、カヲルがお得意のアルカイックスマイルを浮かべて挨拶する。
「試験ってどんなのかしらね〜?」
「ペーパーテストだったりして」
カヲルがポツリと呟くと、野菜を食べているレイと、ストローでジュースを飲んでいるキルアがピシッと固まる。
「…………マジ?」
「ハンター試験は何が起こるか分からないからね〜」
「レイ、アンタ、ちゃんと勉強してた?」
大学を既に卒業――と言ってもかなり大昔の話だが――し、今でも三人の中でリーダー的な役割として、“この世界”での色々な知識を得ているアスカは、カヲルのペーパーテスト発言に対して余り驚いていない。が、一方のレイはフォークを咥えたまま、彼女らから視線を逸らした。
「…………昔は勉強する必要なかったもの」
「確かにそうだねぇ〜」
どうせ、人類は滅びるんだから勉強して良い高校、大学に行く必要も無かった。ウンウン、と頷くカヲル。何で彼は、自分でペーパーテスト発言しといて余裕っぽいのか不明である。
「ま、まぁどんな試験でも余裕でパスするけどね……」
「足震えてるわよ?」
ガタガタ、と明らかに動揺して足を震わせ、冷や汗を垂らしているキルア。アスカは、フゥと溜息を吐いて言った。
「あんた達、考えてみなさいよ? 此処に来るまで、アタシ達が見たハンター試験の受験希望者の顔ぶれで、ペーパーテストなんてすると思う?」
言われてレイ達はハッとなる。確かに、船や港で見た連中は、お世辞にも学があるとは言えない。ハンターにとって、まず必要最低限に要求されるのは強さだ。と、なると試験には受験者の身体能力などを試すものが大きく割合を占める筈だ。レイの瞳に光が戻る。
「あ、でも頭の強さを測る、なんて言われたらアウトかも」
が、再び真っ白に固まった。
「(おもしれー反応する姉ちゃんだな)」
無感情・無表情と言う印象を受けるレイだが、割と表現力が豊かな事に意外性を感じるキルア。
「おや、着いたようだね」
やがてB100となった所でエレベーターが止まる。四人は、席から立って扉の前に立つ。
「さて、いよいよヘブンズゲートが開く訳おふっ!!」
皮肉めいた言葉を言い放つカヲルの膝の裏へ、レイが無言で蹴りを入れる。心なしか不機嫌そうだ。
「嫌なこと思い出させないで」
「す、すまないね、リリ……」
「(ぎろっ!)」
「レイ……」
つい“本当の名前”で謝りかけたカヲルは、レイに強く睨まれて訂正した。それを不思議そうに見ていたキルアは、小声でアスカに尋ねる。
「今、カヲルって奴、何か悪いこと言ったの?」
「まぁ、あの二人とも色々あって仲が良いのか悪いのか微妙なのよ」
「そんなんと良く一緒にいられるな」
「腐れ縁だしね」
やがて扉が重い音を立てて開く。そこは長いトンネルのような通路だった。中には、港や町で会った受験希望者達とは明らかに雰囲気の異なる連中がいた。中に入ると、アスカ達は係員と思しき人物から番号札を受け取る。アスカ、カヲル、レイ、キルアから、96,97,98,99という順番である。
「100人近くいるんだ……確かに会場に着ける割合は一万人に一人ね」
応募者が数百万、と言われているから会場に辿り着けるのは、ざっと4〜500人ぐらいかと推測すると、彼女達は割と早く着いたようだ。
「にしても試験っていつ始まんだろ?」
キルアが暇そうに呟くと、ふと声をかけられた。
「まぁ、まだ4,5時間は後だろうな」
四人が顔を向けると、そこには恰幅のいい中年の男性が穏やかな笑顔で話しかけて来た。
「よっ。俺はトンパ、よろしく」
偉く親しみやすそうに手を差し出して来ると、カヲルがニコッと笑って代表で「よろしく」と返す。
「新人だね、君達」
「おや? 何で僕らが新人だと?」
「俺、10歳の頃からもう35回もテストを受けてるからね。この試験じゃベテランさ」
「へぇ〜、凄いんですね」
「っていうか、それだけ試験に落ちてるって事よね?」
「…………余り自慢出来ない」
男性――トンパの自慢話に、アスカとレイは本人に聞こえないように小声で話す。その時、レイはハッとなってバッと顔を振った。その視線の先には、髪を逆立たせ、顔にペイントを施した奇術師のような――どちらかと言うとトランプのジョーカーみたいな――男性を見つけた。44番の番号札を付けたその男性は、こちらを見て不気味に笑っている。
「レイ、どうしたの?」
「…………いえ、何でもないわ」
が、レイは首を横に振ると、リュックから文庫本を取り出して読み始める。
「気付いた?」
と、そこへキルアがボソッと話しかけて来た。
「アイツ、相当、人を殺したくてウズウズしてる……アンタ、結構、いい勘してるじゃん」
「…………お互い様よ」
そう答え、レイはページを捲る。
「チッ……危ないのが今年もいるぜ」
トンパも、あの男性に気付いていたようで舌打ちして言った。
「あの44番はヒソカって野郎で、奴ぁヤバい。去年、合格確実って言われながら、気に入らない試験官を半殺しにして失格になった野郎だ」
「そんなのでもハンターになれるんですか?」
「勿論。ハンター試験は毎年、違う試験官がやるが、テストの内容は試験官の自由だ。その年の試験官が『合格』って言えば、悪魔でも合格できる。奴は、去年、試験官の他に20人の受験生を再起不能にしている。極力、近寄らねぇ方が良いぜ」
言われて見ると、男性――ヒソカが歩く道を空ける様にしている他の受験生。
「(強い……な)」
カヲルは、ヒソカの強さを見抜き、いつもの微笑を消して真剣な顔つきで彼を見つめた。
「おっとそうだ。お近づきの印にどうだい?」
そう言って、トンパはジュースの缶を四本、出して来た。
「お互いの健闘を祈って、って事で」
親切ぶっているが、トンパは気付かれないようニヤッと笑った。実は彼、“新人つぶし”の異名を持ち、ベテランという立場を利用して、ハンター試験の新人を潰す事に関しては右に出る者はいないとされている。
「(くくく……このジュースは強力な下剤入りだ。飲めば、三日はウ○コが土石流みたく止まらねぇ……)」
「アタシ、いらな〜い。こんなんでカリ作りたくないし」
「(なぬ!?)」
が、受け取りながらもトンパに返すアスカに彼は驚く。すると、今度は無言でレイが返して来た。
「私……本読んでるから」
「(こ、この小娘も!?)」
「連れ二人が飲まないのに、僕だけ飲むのも気が引けるね〜。悪いけど、お返ししますよ」
「(こいつまで〜!?)」
そう言って、今度はカヲルまでも返却して来た。結局、キルアだけが美味しそうに飲んでいた。
「ふわ……カヲル〜、レイ。まだ時間かかりそうだし、試験始まったら起こして〜」
「了解」
「………分かったわ」
アスカは、リュックを枕にすると、その場に寝転んで寝息を立て始めた。
「(ふ、普通、試験前に熟睡するか? こ、こいつら絶対におかしいぞ……)」
とても、これから試験を受けるとは思えない三人に、トンパは唖然となるのだった。その後、アスカは眠り、カヲルは鼻唄を歌い始め、レイは黙々と読書に耽るという異様な空間が出来た。
ジリリリリリリリリ!!!!!!!!
「アスカ、起きて」
「んにゃ?」
奇妙な目覚まし音――らしきもの――が鳴り響き、レイに体を揺すられてアスカは目を覚ました。
音のした方を見ると、壁に沿って伸びている太いパイプの上にカールした髭が特徴的なスーツの男性が立っていた。
「ただ今をもって、受付け時間を終了いたします。では、これよりハンター試験を開始いたします」
そう言うと、男性はフワッと地面に着地し、通路の先を促す。
「こちらへどうぞ」
男性が先導して歩き出すと、受験者達は彼に続いてゾロゾロと移動し始める。
「さて、一応確認いたしますが、ハンター試験は大変厳しいものもあり、運が悪かったり、実力が乏しかったりするとケガしたり死んだりします。先程のように受験者同士の争いで再起不能になる場合も少々ございます」
「受験者同士の争い? 何かあったの?」
歩きながらアスカは、隣を歩くキルアに尋ねる。
「ヒソカが受験生の両腕ぶった切ったんだよ。ぶつかって謝らなかったから」
「へぇ〜……全然、気付かなかった」
「そりゃ、あんだけ鼾かいて寝てりゃあね……」
他の受験生も気持ち良さそうに寝ているアスカの姿を見て、随分と苛立ってた、とキルアが教える。
「それでも構わない、という方のみ付いて来て下さい」
そう男性が最後の念を押して言うが、誰も歩調を緩めなかった。
「承知しました。第一次試験、404名、全員参加ですね」
当然ながら、苦労して此処までやって来た受験生に今更、後に引き返すような者はいない。
すると、突然、今まで歩いていた受験生達が駆け足になって来た。
「おや?」
「ペースが……上がった」
「前の方が走ってるみたいね」
「何で?」
アスカ、レイ、カヲル、キルアも同じように走り出すと、先導する男性が言った。
「申し遅れましたが、私、一次試験担当のサトツと申します。これより皆様を二次試験会場へ案内致します」
「二次……って事は一次は?」
前の方を走るスキンヘッドの男性――294番ハンゾーが問うと、男性――サトツは振り返って答える。
「もう始まっているのでございます。二次試験会場に私に付いて来る事。これが一次試験でございます。場所や到着時刻はお答え出来ません。ただ、私に付いて来て下さい」
「な〜るほど」
サトツの説明を聞いて、キルアはスケボーを使って滑り出した。
「こりゃ先頭に付いてった方が良いわね」
「同感だね」
「じゃあ、ペース上げるわよ」
それに続いてアスカ、レイ、カヲルもスケボーで滑っているキルアを追うようにペースを上げる。
「おい、ガキ、汚ねーぞ!! そりゃ反則じゃねーか、おい!!」
と、そこへキルアに向かって怒鳴る者がいた。黒髪に、サングラスに黒いスーツを着た青年だった。彼には不思議な民族衣装らしき服を着た一見、女性に見える金髪の少年と、キルアと同い年ぐらいの黒髪を逆立たせ、緑の服を着た釣竿を持った少年と一緒に走っている。
「何で?」
不思議そうに振り返るキルア。
「何でっておま……こりゃ持久力のテストなんだぞ!?」
「違うよ。試験官は付いて来いって言っただけだもんね」
青年に対し、黒髪の少年がそう返す。
「ゴン!! テメー、どっちの味方だ!?」
「怒鳴るな、体力を消耗するぞ」
「それにウッサイわよ」
青年を宥める金髪の少年に続けてアスカが口を挟んで来た。
「…………基本的に試験は持ち込み自由。逆にこれが持久力と精神力を試すテストと思い込んで、彼のように柔軟な発想が出来なくなってしまうわ」
「彼女達の言う通りだ、レオリオ。ハンターには実力が必要なのは当たり前だが、柔軟な思考も大切だ」
「だぁ〜!! うっせぇうっせぇ!! 大体、テメーら何だよ!?」
「受験生よ。見て分かんない?」
文句を言って来る青年に対し、番号札を指差すアスカ。
「403番、404番……で、あの子が405番という事は、あなた達が最後に到着したようですね」
カヲルが彼らの番号札を見て、受験生が404人という事を聞いて――1人は既にヒソカによって再起不能にされた――そう言うと、金髪の少年が頷いた。
「私はクラピカ、彼がレオリオ。そして前を走ってるのがゴンだ」
「アスカよ」
「…………レイ」
「カヲルです」
それぞれが名乗る。一方、前を行くキルアは、ふと隣の釣竿を持った少年に尋ねる。
「ねぇ、君。年いくつ?」
「もうすぐ12歳!」
「ふ〜ん……(同い年ね)」
同い年の人間が、こうして走っているのだと何だか負けてるみたいだったのでキルアはスケボーから下りて、蹴り上げると掴んだ。
「やっぱ俺も走ろっと」
「かっこい〜」
キルアのスケボー捌きを見て、少年は素直に感心する。
「俺、キルア」
「俺はゴン!」
「オッサンの名前は?」
ふと、キルアは振り返って青年――レオリオに尋ねる。
「オッサ……これでもお前らと同じ10代なんだぞ、俺はよ!!」
「「「嘘ぉ!?」」」
それを聞いて、少年――ゴンとキルアだけなく、アスカまでも驚きの声を上げる。どうやら、少なくとも二十代はいってると思っていたようだ。
「あ〜! ゴンまで!! ひっでー、もぉ絶交な!!」
「離れよう……」
一緒にいると恥ずかしいし、五月蝿いので金髪の少年――クラピカは離れる事にした。
「はっはっは。愉快に値するね。楽しいって事さ」
「…………無様ね」
カヲルは彼らの漫談みたいなやり取りに笑い、レイは、とあるマッドサイエンティストの台詞をそのまま引用するのであった。
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