「じゃあな、嬢ちゃん達。しっかりやれよ」
船長に別れの握手をして、アスカ、レイ、カヲルの三人はカール港に着く。
「最後だ。此処から北西にある森の小屋に行けば、道案内(ナビゲーター)がいる。そいつに気に入られたら、試験会場まで道案内してくれるぜ」
「ありがとう、船長」
「ありがとう……」
「また縁があればお会いしましょう」
三人は、それぞれ礼を言って、北西の森を目指す。
「此処……かしらね」
森の中にひっそりと建っている小屋に辿り着いた三人。此処に来るまで結構、迷ってしまい既に夜になっている。
「明かりが点いていないねぇ……留守か既に就寝してるのか」
「入ってみりゃ分かるわよ」
寝てたら、それは失礼ではないか? という疑問を無視して小屋の扉をノックしようとするアスカ。だが、その時、バタン、と扉が勢い良くと影が飛び出して来た。
「痛〜〜〜……な、何?」
ぶつけた鼻を押さえ、涙目ながらアスカは中を覗き込むと、ハッと目を見開いた。小屋の中では、女性が腕を押さえて蹲っていた。腕からは血が流れている。
「うぅ……し、試験会場までの地図が……」
カヲルが真っ先に駆け寄り、女性の体を抱え起こすと、ハッとなる。アスカとレイは、急いで少女を傷つけ、試験会場までの地図を持ち逃げしたと思う人物を追いかける。
「あ、ちょっと二人とも…………やれやれ」
二人を引き止めようとしたカヲルだったが、既に暗闇の中を駆けて行って見えなくなってしまったので呆れて肩を竦める。
「ゴ、ゴメンなさい……私の不注意で地図を……」
「いえいえ。気にしてませんよ」
「え?」
「僕は女性に怒ったりするなんて似非紳士のような真似はしませんから………ただし」
スッと目を細めてカヲルは袖口から銃を出すと、女性の頭に突きつけた。
「な、何を?」
「紳士的に接するのは人間の女性に対して、です。さて、正体を見せて頂きましょうか?」
そう言い、冷たい視線を向けるカヲルに、女性はニヤッと笑った。
「ったく! 何てすばしっこい奴なの!!」
一方、森の中、地図を盗んだという人物を追いかけるアスカとレイ。が、相手のスピードはかなりのもので中々、追いつけない。
「でも……妙ね」
「何がよ?」
「あの女性に眠っていた様子も眠ろうしていた形跡もない。つまり、あの時、女性は起きていた……」
それなのに小屋には明かりが点いておらず、何よりも違和感を感じたのは、小屋の中には争った形跡があったが、自分達が着いた時、物音一つ立たなかった、とレイが言うと、アスカは「そういえば」と妙に思った。
「そういや、ハンター試験なのよね……」
「そう……知力、体力、時の運を兼ね備えなければハンターの資格ナシ」
ハァ、とアスカは溜息を吐くと、レイ共々、その場で立ち止まった。逃げていた人物は、急に追わなくなった二人に不審に思って振り返ると、アスカが不意に小石を拾うと、思いっ切り投げて来た。
ガッ!!
小石はその人物の額に当たると、ボロボロとまるで乾燥した土のように崩れていった。アスカとレイは、その様子を見て、大して驚かなかった。
「なるほど……操作系か」
「その通り」
と、そこへ女性を見ていた筈のカヲルがやって来て、アスカとレイは振り返る。
「あの人は?」
「その犯人もどきと同じさ。撃ったら、あっという間に崩れた…………レイ」
「もうやってるわ……」
ふとカヲルに言われたレイは、目を閉じていた。すると、ある木の方を見る。
「そこにいるわね……出て来なさい」
そうレイが言うと、木の陰から女性が現れる。その女性は、先程、小屋で蹲っていた筈の女性だった。長い金髪に、黒いワンピースが特徴的だった。女性はニコッと三人に微笑みかけると尋ねて来た。
「良く、アレが私の人形って分かったわね……どうして?」
「そりゃ人形に精孔は無いからね。“絶”を使ってたならまだしも、姿が見えて追われてる時に使う意味なんて無いでしょ?」
「なるほど……どうやら、あなた達は使えるようね」
「モッチロン! 一応、それなりに習得済みよ!」
普通は逆なんだけど、と女性は苦笑する。
「小屋にいた貴女と彼女らが追っていた犯人……恐らく、それも貴女なのだろうけど、それが人形だと分かった時、十中八九、操作系の能力者だと確信しました。崩れた人形の中に、貴女のものと思しき髪の毛を見つけたので、恐らく、これを媒介にしているのでしょう?」
「ご名答」
カヲルの推理に女性は感服し、頷いた。
「私はマイサ。受験希望者を会場に案内する為のナビゲーターよ」
女性――マイサは名乗ると、自分の髪の毛を一本、抜いて土に埋め込むと、彼女と全く同じ姿をした人形が出来る。
「ご察しの通り、私の能力、“神という名の造形(ゴーレム)”は、生物の体毛を媒介にして、全く同じ姿の泥人形を作る事が出来る……やれやれ、試験管やるのが面倒だから、ナビゲーターを買って出たんだけど、こんな面白い受験者がいるなら、普通に試験管やれば良かった」
ハァ、と溜息を零すマイサに、三人は苦笑する。
「じゃ、アタシ達は合格って事?」
「勿論。まぁアレを使えるのは予想外だったけど、私の人形を逸早く見破って、素晴らしい推理力を見せたカヲル君、そして暗闇の中、私の人形を見失わずに追いかける素晴らしい身体能力のアスカちゃんとレイちゃん。それに、二人とも違和感に気付いて、すぐに考えを切り替えられる柔軟性。何よりも、すぐに悪人を捕まえようとする正義感は文句なしのハンターに相応しいわ……あなた達は私が会場まで案内してあげる」
そう言い、ニコリと笑うマイサに、三人は顔を見合ってパァンとハイタッチした。
翌日、ザバン市に着いたアスカ達はマイサの案内で試験会場へと向かう。
「え〜っと……ツバシ町の2−5−10は〜……あ、すいませぇ〜ん!」
メモを見ながら道を尋ねるマイサ。この人、本当にナビゲーターなのか、今になって怪しく思うアスカ、レイ。カヲルは女性は疑っていないのか、ニコニコと笑っている。
「あ、あの建物よ」
そうマイサが指差すと、巨大なビルが目の前に建っていた。そのビルを見上げ、三人は不敵な笑みを浮かべる。
「此処に世界中からハンターになろうって連中が集まる訳ね」
「は? 違うわよ、こっちよこっち」
「「「え?」」」
が、マイサが指差しているのは高層ビルではなく、その隣にポツンと建っている定食屋だった。
「ちょっと! これって、どう見ても普通の定食屋じゃない!? こんな所にハンター希望者が集まって飯でも食べてるっての!?」
「そうよ。此処だったら、誰も数百万人の応募者が目指す試験会場なんて思えないでしょ」
文句を言うアスカに、マイサは笑みを浮かべて返す。確かに、これだったら騙されて隣のビルに行くだろう。マイサが中に入ると、恰幅のいい店主が迎える。
「いらっしぇ〜い!! 御注文は〜?」
「ステーキ定食」
マイサがそう注文すると、店主はピクッと反応する。
「焼き方は?」
「弱火でじっくり」
「あいよ〜」
「お客さん、奥の部屋へどうぞ〜」
店員に案内され、奥の部屋に入ると、そこには既に先客がいた。歳はアスカ達よりも少し下っぽい。跳ねたカヲルよりも白に近い銀髪に、釣り目が特徴的な少年で、傍にスケボーが立てかけられている。
「早く座ったら?」
頬杖を突いている少年に言われ、三人も思い思いの席に座る。鉄板では、肉がジュージューと香ばしい音を立てて焼けている。
「此処に辿り着くまでの倍率は、一万人に一人、と言われているわ。あなた達、新人にしたらかなり上出来よ。じゃ、頑張ってね。あなた達なら来年も案内してあげるから……出来れば、案内しない事を祈ってるわ」
そう言い、部屋から出て行くマイサ。すると、少年が鉄板の温度を弱火にすると、部屋が動き出した。どうやら部屋全体が大きなエレベーターになってるようで、下に降りてるようだった。
店から出ると、マイサはフゥと息を吐いて帰ろうとする。が、突然、彼女の前に一人の少年が立った。その少年を見て、彼女は目を見開く。黒い髪を首の後ろ当たりで結わえ、黒い上下の服の上に赤いコートを羽織った、穏やかな顔立ちをした少年だった。
「無事、案内してくれたみたいだね」
「ええ。でも、どういう事? アンタ程の人物が、そんなに気にかける程、あの子達、強いの?」
確かにあの三人は、プロハンターに必須な“ある能力”を使える。が、それでもあくまで基本から少々発展したぐらいだ。もし本気で戦えば、自分の方が勝つ、とマイサは思っていた。が、彼はフッと笑うと、マイサは眉を顰める。
「来る途中、あの子達のハンターになる動機がアンタを探す為だって言うから驚いたけど……追われる立場のアンタが、あの子達をハンターに導くなんて、どういうつもり?」
「いやいや。ただ、彼女らが僕を追うならハンターになる事は最低条件。せめて、同じ土俵に建って貰わないと狩りにすらならない」
楽しそうに笑う少年に、マイサは嘆息する。
「じゃ、僕はもう行くよ。クロロに頼まれてヨークシンでの仕事手伝って欲しいんだってさ。その打ち合わせに行かないと」
「旅団(クモ)の仕事を? プロハンターとしては阻止したいんだけど……私、金にならない事に興味ないから。それに命も惜しいし」
「それじゃあ、約束のお金は口座に振り込んでおくからね」
「それなんだけど〜……」
「??」
悪戯っ子みたいな笑顔を浮かべるマイサに、少年は首を傾げる。
「私、個人的にあの子達のこと気に入っちゃった♪ だから、今回はボランティア。丁度、お腹減ったから、何か奢ってくんない?」
「プロハンターがテロリストと一緒に食事するの?」
「プロハンターとかテロリスト以前に、世の中はギブアンドテイクで成り立ってるのよ」
そう言うマイサに少年は苦笑すると、ハイハイ、と頷いて一緒に定食屋に入って行く。
「で、何食べるの?」
「ステーキ定食を弱火でじっくり……と、言いたいとこだけどラーメンで我慢したげるわ」
「じゃ、僕もラーメン。オジサ〜ン、にんにくラーメン、チャーシュー抜きで〜」
「何ソレ?」
「へっくし!」
「どうしたの、レイ?」
突然、クシャミをするレイにアスカが尋ねる。
「分かんない……誰かが噂してるのかも」
「ふ〜ん……で、アンタやっぱ食べないのね」
「肉、嫌いだもの」
レイの皿には肉は一切載っておらず、付け合せの野菜しかなかった。
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