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「幻想砕きの剣 9-8(DUEL SAVIOR)」

時守 暦 (2006-06-28 22:04)
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13日目 午前  カエデ・ベリオチーム


 どうにもヒマを持て余していたベリオとカエデ、ブラックパピヨンだったが、伝令を受けてからはヒマなど一切なくなっていた。
 再び伝令にやってきたヤマモトによると、ついに攻撃開始の命令が下ったらしい。
 しかし住民達の避難に時間を取られて、攻撃の準備は万全とは言い難かった。
 それでも充分戦えるが、この情勢なら戦力を整えてから出るのがいいだろう。
 どうせ1時間もあれば完了する。
 戦場で一時間の違いはとてつもなく大きな違いだが、そこら辺も計算済みである。


 カエデとベリオは、それぞれ手伝いに借り出されていたのだ。
 しかし、その途中でお呼びがかかる。
 呼び出しに従って本部へ行くと、見知らぬ男が出迎えた。
 2人を見てニコリと笑う。
 人好きのする笑顔だ。


「はじめまして、この部隊を任されているジャスティ・ウエキ・タイラー。
 二十歳です」


「タイラー…って、あのタイラー将軍!?」


「どのタイラーかは知りませんけど、僕の知る限りタイラーと名のつく将軍はボクだけです」


 いきなり有名人に直面し、慌てるベリオ。
 カエデは黙って一礼しただけだが、内心では結構パニクっている。


「そ、それで…この忙しい最中に何か?」


「実は、この後の作戦の展開を説明しておこうと思って。
 心配しなくても、時間は取らせません。
 終わった頃には、既に準備が出来てるはずです」


「は…しからば、お願いするでござる」


 カエデの珍しい口調に興味を持ったようだが、ヤマモトが横からジロリとタイラーを睨む。
 ちょっと乾いた笑いを返し、タイラーは壁に掛けてある地図を指した。


「ここが僕達が居る港町。
 ここから陣を張って前進するんだけど、絨毯爆撃状に攻撃しながら進むんだ」


「絨毯爆撃?」


「そう。横に大きく広がって、ジリジリと前進。
 勿論、破られないだけの厚さは必須だけどね。

 現在、ホワイトカーパスの領民達は、こう…」


 タイラーはホワイトカーパス州の中心を指差し、そこから真っ直ぐに別の港町へ移動させた。


「僕らの進行方向と同じ向きで、こっちの港に向かってる。
 この間に、あっちこっちの村から沢山の領民達が合流してくる手筈になってるんだ。

 勿論、魔物達もそれを見逃してくれるはずがない。
 人数が多くなれば多くなるほど、移動速度も下がるし…このままだったら、あっという間に包囲されてしまう。
 そこで…救世主候補生・当真大河君、武神ユカ・タケウチの出番という訳だね」


「師匠が?」


「あの“武神”と一緒に居るのですか?
 失礼な事をしていなければいいのですけど…。
 ヘタをすると、大河君にユカ・タケウチのファンが牙を剥きますよ」


 一抹の不安を殺しきれないベリオ。
 彼女の想像では、ユカは割りとゴッツイ体型をしている。
 鍛えまくって筋肉ムキムキなのだろう、とタカを括っているようだ。
 例え大河を取り合う事になっても、負けはしない…と。
 この認識が甘かった事を、後のベリオは痛感する事になる。

 2人の不安に、タイラーはちょっと笑って見せた。


「大丈夫。
 アザリンちゃんの親友だもの。
 悪い子じゃないし、謝って話し合えば大抵の事は解かってくれるよ。
 それとも、当真大河君ってそんなに洒落にならない性格なの?」


「「いやぁ…微妙」」


「微妙かぁ…」


 大河の性格は、人によっては我慢できない程不快に感じられるだろう。
 格式や見栄え、四角四面の規律を重視し、ただ理想を追い求める人間にとっては。
 少し前までのヤマモトは、その典型だと思われる。
 彼は軍人や軍に理想を追い求めすぎ、柔軟性を見失っていた。
 規則の裏に隠された抜け道、又はルールの存在意義…そう言った物を許容できなかったり、知らなかったりした。
 そのため、自分の理想を外れている存在については酷く理解が浅く、視野も狭かったのだ。


「まぁ、大丈夫だよ。
 向こうにはドム君も居る。
 この組み合わせはダメだと思ったら、ちゃんと手を打ってくれるさ。

 ま、それはともかくとして。
 当真大河君とユカ・タケウチには、先陣を切って道を切り開いてもらう。
 圧倒的な攻撃力が必要だから、多分2人ともそこに居るよ」


「…文字通りの最前線、ですか…」


 その危険性は半端ではない。
 生き延びていてくれればいいのだが…。

 ベリオもカエデも、今の大河では生き延びるどころかその辺の敵を地形ごと吹き飛ばしかねない事を知らない。
 タイラーは知っているが、正直言って想像が追いつかない。
 この数日でドムとも色々と情報のやり取りをしているのだが、「地道に鍛錬するのがアホらしくなる」くらいに強力だと言われていた。
 無論、単なる比喩だろう。
 ドムは近くに何が居ようとも、地道に己を鍛える事をアホらしく感じるような性格ではない。 


「説明を続けるよ?
 アザリンちゃんと領民達は、2人が切り開いた道を通って港町へ。
 魔物は当然、それを追いかける。
 狙い目はそこだ。
 僕達がここからホワイトカーパスに向かい、背後から奇襲を仕掛ける!」


「それは…領民達を囮にするのでござるか!?」


「僕としても気分が悪いけど、ここまで“破滅”の活発化が進んでるんだ。
 最早安全なルートは存在しない。
 なら、追いかけられるのを計算に入れて撃退するしかない。

 それに、領民達の後ろには、足止め用の罠が山ほど張り巡らされている筈。
 そう簡単には追いつけないよ」


「罠? …あ、フローリア学園の傭兵部隊…」


「そう。
 もともと、その為にフローリア学園から派遣してもらったんだ。
 敵を仕留めなくてもいい、とにかく足を止めろ…ってね」


 なるほど、と納得するベリオとカエデ。
 質を度外視していいなら、傭兵達にとって罠を仕掛けるのは得意中の得意だ。
 例えルーキーでも、充分な効果を期待できる。
 相手は歴戦の兵士でもどっかの異常な成長を見せた熊でもなく、血気にはやり、注意力が散漫になった魔物達だ。
 極端な話、落とし穴を適当に掘っておけば勝手に2、3匹は嵌るだろう。


「上手く殿を務めてくれればいいんだけど…」


「殿…って、殿軍は戦の役割の中では最も難しい役でござるよ!?」


「直接戦うなら、ね。
 とにかく罠、罠、罠を張り巡らして、追いつけないようにするのが目的だよ。
 罠の設置数とスピードを上手く釣り合わせれば、ルーキーでも何とか務まる。

 話を戻すよ?
 えぇと、何処まで話したっけ…。
 そうそう、奇襲の辺りだったっけ。

 敵の背後を突き、奇襲を成功させたらそのまま蹴散らす。
 成功しなくても、敵はその場で反転して僕達を迎え撃たなければいけない。
 どちらにしても、領民達が逃げる時間は稼げるって事さ」


 細かい事までは話さなかったが、タイラーはポインタを使って軍の動きとモンスターの動きを表現してみせる。
 全てが思うように進むとは思ってないだろう。
 しかし、その時の奥の手もまだあるのだろう。


「港まで行く…と言う事は、船に乗って逃げるのですか?」


「そう。
 魔物達の多くは地上で生活している。
 水中にはあまり居ないし、空を飛べる魔物なんてもっと少ない。
 ここには、シアフィールド学園長のお子さん達が護衛に付いている。
 敵勢力の少ない海上をルートとして、領民達を避難させるんだ」


「船…って、それでは何隻もの船が何往復もしなければならないでござるよ?
 どれだけ時間がかかるか…」


「その辺も解決済みさ。
 どんな策かは、まだヒミツだけどね」


 人差し指をピンと立て、悪戯っぽく笑うタイラー。

 と、外から人が入って来た。
 ヤマモトである。


「閣下!
 出撃の準備、全て整いました!
 いつでも号令をどうぞ!」


「よしッ!
 それじゃあ…いっちょ、ぶわぁ〜っとやるかぁ!」


13日目 午前 ユカ・大河チーム


 トレイターに力を流し込んだ大河は、切っ先を上に向けて竜巻を睨みつけた。
 トレイターから、集中し切れなかった力が外に漏れ出ている。
 傍から見れば、それは1本の巨大な光の柱に見えた事だろう。

 この際、必要なのは正確な狙いと力のコントロール。
 素早さは然程必要う無い。
 まだ高度には余裕がある。

 大河はゆっくりと腕を動かした。
 その速度はそれこそ子供でも見切れそうな程に遅かったが、着実に竜巻に迫っていった。


「秘技……ブラスティングゾーン!」


 名前だけ言って何人理解できるか不安に思いながらも、大河は腕を水平にまで振り下ろした。
 下まで振り切らない理由は簡単で、被害が大きすぎるからだ。
 仮に海に思い切り叩きつけてしまえば、とんでもない津波が発生する事になるだろう。
 ちなみにこの技、FF8のスコールの必殺技である。
 アホみたいに大きい闘気の剣を振り下ろす技だ。


 それはともかく、大河の狙い通りに光の剣は竜巻に振り下ろされ、そして竜巻の頂点部分だけに直撃した。
 竜巻の中に飲み込まれていたエネルギーを、更に圧倒する膨大なエネルギー。
 大河の体は、反作用でギシギシと悲鳴をあげている。
 流石にこれほどの力を発揮したのは初めてだったが…。


(か、体の強化にもっと力を入れるべきだった…!)


 召喚器の力による体の頑丈さの強化を5とすると、同期連携を使って攻撃した際の反作用は3程度。
 充分抑え込める。
 しかし、今回のように力を全開にして放てば、その反作用は3どころか軽く10を通り越している。
 これだけの反作用を抑え込もうと思ったら、同期連携で得られるエネルギーをかなり強化に回さねばならない。
 当然、その分攻撃力は落ちてしまう。
 …まぁ、それでも充分強すぎるのだが。


 竜巻はその気流の流れを乱され、回転を止めた。
 更にその中で荒れ狂っていたエネルギー達は、ブラスティングゾーンのベクトルに押し流される。
 流された先には、目だった物は何もない。
 森が盛大に破壊されたが、この惨状からすればマシな方と割り切るしかない。

 大河は竜巻とエネルギーが消え去ったのを確認し、同期連携を解いた。


 その光景を、呆れて見ているユカ。
 流石に彼女をしても、この破壊力は畏怖を抱かざるを得ない。
 しかし畏怖云々以前に、全く現実味が無い。


「…ムチャクチャだ………って、た、大河君!
 そろそろ地面が近いー!」


 呆然としていた時間が意外と長かったのか、結構な距離を落下したようだ。
 体の痛みに顔を顰めていた大河も慌てて我に帰り、再びリテルゴルロケット(小)でユカをキャッチしに向かった。


「よっ、と…おぅ!?」


「ど、どしたの?
 大丈夫?」


「あ、いや…意外と負担が大きかったみたいで…ユカ、俺地面に降りたら一休みしていい?
 その間も、他の無限召喚陣とか魔物とか蹴散らさなきゃいかんのだが」


「…うん、その間はボクが頑張るよ。
 でもなるべく早く復帰してね?」


 あの大河が、苦痛や負担を隠そうともしない。
 それが大河の消耗度合いを物語っていた。
 普段ならばやせ我慢もするだろうが、戦場で虚勢を張っても意味が無い。
 互いの消耗や状態を、極力性格に把握せねば。


 リテルゴルロケット(小)を何度も使用し、落下の勢いを殺す大河とユカ。
 何度かバランスを崩したものの、無事に着地する事に成功した。

 ユカは高さ2メートルくらいになると、大河の腕を抜け出して飛び降りた。
 そして落下中に木を軽く蹴って加速すると、大河の落下地点に滑り込む。
 ドサッ、という重たげな音と供に、ユカの腕に大河が納まった。


「あ、ありがと…いててて…」


「…本当に体に負担がかかってるね…。
 筋肉なんか、物凄く熱を発してる…」


「暫く休めば何とかなる…。
 と言うか、あの神水を飲んで少し休めばな…」


「ああ、あのアザリンが配ってたアレ?
 前に飲んだ事があるけど、未だにヤバイクスリを飲んでる心境なんだけど」


 気が進まないようだが、急いで大河に自分の神水を飲ませるユカ。
 あまりに大量の神水を一気の飲ませると、その高密度の魔力で魔力酔いしかねない。
 ユカは少しずつ飲ませていった。
 口移しなどと言う行為が頭に浮かんだが、首を振って追い払った。

 神水を飲み干し、一息つく大河。
 しかし、依然として体の負担は抜けきっていない。


「それで、これからどうする?」


「まずは兵士の人達と合流しなくちゃな…。
 俺達を助けるために、何人か来てくれてるから」


「それじゃ、向かうのは召喚陣があった所だね。
 大河君、歩ける?」


「ああ、キツイ運動さえしなけりゃ問題ない。
 でもおぶってくれるなら遠慮なく…」


「…胸を触るのも、ヘンなモノ押し付けるのも禁止だよ?」


「すまん、無理っぽい」


 ジト目のユカ。
 先程の戦闘で氣を使ったので、多少ではあるが多感症になっているのだ。
 ここで性感帯を刺激されたら、あっという間に腰砕け…なんて事になりかねない。


「それはそれとして、ユカ。
 これを着ろ」


「え? ああ、うん。
 ありがとう」


 大河から上着を受け取るユカ。
 すっかり忘れていたが、ユカのウェイトレス服はかなり破れている。
 このままだと、冗談抜きで大河の理性がキレかねない。
 唯でさえ、ユカと2人きりで特訓したり、その後触れるか触れないかのペッティングをしたりと、理性を削り取るイベントが満載だったのだ。
 それに、戦場では生存本能が刺激され、自然と性欲が昂ぶりやすくなる事も多い。
 命の危険を前にして、自分の遺伝子やら何やらを残そうとする種の本能だと言われている。

 着込んだ上着から大河の匂いを感じ取り、ユカは少し顔を赤らめた。


 そのまま、2人は黙って周囲を警戒しながら先へ進む。
 偵察に向かった兵士達は、恐らくこの先に居るはずだ。
 蹄の跡も残っている。
 問題は、先程の攻撃に巻き込まれていないか、だが…これは祈るしかない。


「あ…そうだユカ、この際だから聞いておくけどさ」


「ん? 何?」


「最近不機嫌な事が多かっただろ?
 あれ、何でだ?
 俺は特に何もした覚えがないんだが」


「うっ…」


 痛い所を突かれた、と露骨に顔に出すユカ。
 また大河を恨めしげに見る。


「…大した事じゃないよ。
 単に知られたくないだけで…。
 何て言うか、ボクが空回りしてるだけと言うか、色々と重なってイライラしていたと言うか…」


「…大した事じゃないのに?」


「大した事じゃないのに」


 ユカはそれだけしか話してくれそうにない。
 ならば、と大河はユカを観察する。
 ユカは専ら前方にばかり注意を払い、大河に観察されている事にも気づいていない。


(…ユカの性格を鑑みると…俺が何かした、って訳じゃなさそうだよな…。
 それなら単純に怒るだろうし、あんな目付きをするような性格じゃない。
 察するに…言うに言えない…俺が良かれと思ってやった事が裏目に出た?
 好意を無にする事も出来ない、どうしようもない事?)


 大河はユカと出会ってからの事を思い出してみる。
 セクハラ紛いの真似もやったが、冗談の領域から踏み出してはいない。
 これはユカも同じ認識だ。
 他に怒らせるような心当たりは無い。

 よかれと思ってやった事…。
 日常の細々とした心遣い…大した事ではない…。
 戦場でのフォロー?
 相性も息もバッチリだ。
 ユカの私服を褒めなかった?
 ウェイトレス服と、お洒落の欠片も無いタンクトップくらいしか着ていない…ちょっと鼻血が出そうになったが。

 …やっぱり心当たりがない。
 首を傾げる大河。
 ユカもそれだけでは流石に悪いと思ったのか、何を何処まで話すべきか迷っているようだ。


「むぅ…じゃあ率直に聞くけど、不機嫌になる原因を解消する方法ってあるか?」


「それは…まぁ…幾通りか…」


 視線を逸らしながら言うユカ。
 あまり褒められた手段ではないのだろうか?
 ダイレクトに聞いても、ユカは教えてくれそうにない。


 と、その時視界が空けた。
 森が途切れ、根こそぎ破壊されている。
 飛竜昇天破の痕跡である。
 渦巻状に破壊痕が残っているので、すぐに解かる。
 それに、木が焦げる匂いに弾ける音…吹き飛ばされたエネルギーの一部が、炎となって吹き荒れたらしい。


「うわ…これほどとは…」


「自分で提案しておいて何だが、えらい自然破壊しちまったな…」


 呆然と呟くユカと大河。
 …ベリオ・ブラックパピヨン・カエデトリオの街爆破よりはマシだと思うが。


「ぬ、タケウチ殿! 当真殿!」


「あ、無事でしたか」


 先に行っていた兵士の一人が、何故かバケツを抱えて駆け寄ってきた。
 何処から汲んできたのか、バケツには満タンの水が入っている。

 周囲を見回すと、幾人かの兵士達が同じようにバケツを持って走り回っていた。


「…何をしてるんです?」


「消火作業に決まっているではないですか。
 放っておいて山火事…いやさ森火事にでもなったら、避難経路が塞がれかねませんからな」


「あ、そっか…」


 よくよく考えてみると、危険極まりなかった。
 竜巻消滅の時に生まれた風に充分な勢いがあったから良かったものの、近隣一帯が火の海に沈む可能性もあったのだ。
 それに思い当たって、ユカは冷や汗を垂らした。


「…大河君…君がデンジャラスな人物だって事、ようやく心底納得が行ったよ…」


「…俺も時々怖くなる。
 ところで、兵士さん、その水は何処から出したんですか?」


「え?」


 ピタ、と動きが止まる兵士。
 一体何を聞いているんだ、と言わんばかりである。
 大河とユカは、何故そんな顔をされるのか解からない。


「いやだから、その水はどこから出したんですか?」


「はっはっは、何を仰る当真殿。
 水は出す物ではなく、汲む物か流す物ですよ?」

「そりゃそうですが…だから、どこから?」


「はっはっは、何を仰る当真殿。
 水は出す物ではなく、汲む物か流す物ですよ?」

「あの…なんかヤバイ事でも聞きましたか、俺?」


「はっはっは、何を仰る当真殿」


 何を隠しているのか、兵士の表情は能面の如く静止していた。
 いや、よくよく見れば額に汗が滲んでいるようないないような。

 さらに深く聞こうとした大河だが、その前に兵士がフェードアウト…フェードアウト?


「…ユカ、今の兵士さん何処に行った?」


「…な、なんか視界からスーッと外れたと思ったら、次の瞬間にはもう何処にも…」


 見回しても、他の兵士は居るがあの兵士は居ない。
 何故?


「…と、とにかく他の人達の手伝い…うぉ!?」

「どうしたの!?」

「なんか、肩に何か乗ってるみたいに体が重く……。
 そ、そう言えばこの重みには何か覚えがあるような無いような…」

「肩…って、何も乗ってないよ?」


 なにやら大河を包む、ドヨーンとした空気。
 ユカは奇妙な寒気を感じた。
 念のために大河の肩付近を気で探ってみたが、特に何もない。

 その時、兵士の一人が駆け寄ってきた。


「当真殿、タケウチ殿!
 ご無事で!?」


「え、ええ…大河君は、ちょっと疲れてるけど…。
 それより、そちらは全員無事でしょうか?」


「はい、爆風にやられてタンコブを造ったのが数人居る程度です。
 ただいま総出で鎮火作業に当たっております。
 人では足りていますので、出来れば先に進んで露払いを続けていただけたら…」


「了解しました。
 大河君、休憩は要らない?」


「ああ、大分回復してきた。
 戦闘も充分こなせそうだ…。

 …あー、ところで兵士さん、その水は何処から汲んできたんで?」


 好奇心が治まらなかったのか、大河はバケツを指差して問いかける。
 ユカは余計な事を聞かなくても、と大河を見ていたが…。

 問われた兵士の表情が、またも固まる。


「はっはっは、何を仰る当真殿。
 水は出す物ではなく、汲む物か流す物ですよ?」

「あ、いやあの」


「はっはっは、何を仰る当真殿。
 水は出す物ではなく、汲むも
…はっ!?
 わ、私は今何か言っていましたか!?」


 急に無表情ら動揺の表情へ。
 どうやら、先の言葉は彼の意思ではないらしい。
 …電波か?

 兵士は不可解な念を振り払い、問いかけに答える。


「あ、えーとその…そうそう、バケツの中身でしたな。
 いや、我々にもよく解からんのです。
 ただ気付けば何時の間にか持っており、とにもかくにも火を消そうとぶっ掛けて、ふと気付けばこれまた水が満タンに…。
 おかしい、怪しいとは思いつつも、やはり鎮火が優先と判断して…」


「そ、そんなアバウトな…」


「何となく、ベテランの勘が『問題ない』と通知するもので、つい…。
 …ああ、しかし…」


「しかし?」


「先程、なにやら妙な電波を拾ったような気がします。
 確か……『学園のトイレより贈り物』でしたか。
 あと、『引越しを手伝ってくれた当真大河へ』と」


「「………」」


 無言のユカと大河。
 ユカが無言なのは、支離滅裂な話でサッパリ理解できなかったからだろう。
 しかし、大河は…心当たりがあったりする。

 何時ぞや初の遠征の説明を受けた後、大河は幽霊だか謎の生物だかを背負って走り回った。
 正体はともかくとして、確かヤツはフローリア学園のトイレに生息していたような…。
 まさか…学園のトイレから憑いてきたとか?
 この肩の重さはそのためか?


「と…言う事は…ひょっとしてこの水は、トイレで流す水…!?」


「? どうかしたの、大河君?」


「いやいやいやいやいや、何でもない何でもない。
 うんうん、俺は何も考えてなかった。
 そう、何も考えてなかったんだよなユカ?」


「いや私に聞かれても…まぁ…大した事を考えてた訳じゃないみたいだけど。
 …はぁ、とにかく行くよ!

 それじゃ、ここはお願いします。
 私たちは、この…」


 ユカはメチャクチャに破壊された森の痕跡を指差した。


「この先へ行きます。
 上空から、この向こうに魔物の集団らしき軍団が集結しているのが見えましたから」


「了解しました。
 ここを片付けたら、すぐに向かいます。
 ご武運を」


 兵士は一礼して、また消火作業へ戻っていった。
 ユカと大河は、その背中に敬礼して歩を進める…前に、兵へ問いかけた。


「すいません、本隊との距離はどれくらいですか?」


「えーと、こっちに来るまでの時間と、来てからの時間を総合して考えると…ここに来るまで、あと2時間ないし3時間もあれば充分な位置だと思われます。
 ここに来るまでに一つの街からの避難民と合流し、さらにこの先でまた避難民と合流…。
 足並みは比例して遅くなると思っていいでしょう」


「そうですか…ありがとうございます!
 それじゃ、お気をつけて!」


 今度こそ歩き出した大河とユカの表情には、少々焦りの色がある。
 ここに来るまで、目測で2時間強。
 それだけの時間があれば、魔物達も襲撃の準備を整えて動き出すだろう。
 前方に居る魔物達も、後方に居る魔物達もだ。

 無限召喚陣の上に屯する魔物達を葬り去り、さらに魔法陣をブチ壊すのに…どう少なく見積もっても、30分はかかる。
 魔法陣を先に叩いてしまえばいいのだが、陣を維持している魔法使い達を潰さねば、また修復されてしまうだけだ。
 また、安定した魔物達は魔法陣を破壊しても消え去りはしない。
 どこかに散られる前に、密集している間に叩いておきたい。

 以上の事を考えると、本隊が妨害を受けずに進める時間と距離は、非常に限られてくる。
 後方は、上手く傭兵部隊や援軍…大河はタイラー達の部隊がどういう動きをするのか知っている…が処理してくれるのを願うしかない。
 今の大河達には、ひたすら早く露払いを済ませるしかないが…。


「…流石にもう一度竜巻にトライ、ってのはイヤだね…」


「今度は死ぬ。
 まず間違いなく死ぬ。
 少なくとも竜巻を上手く処理できない」


 大河とユカは、空高く放り投げられた事を思い出してゲンナリした。
 もう飛竜昇天破は使えない。
 移動にかかる時間も考えると、召喚陣を破壊できるのは多くて1つか2つ。
 更に離れた所にも召喚陣は作り出されているだろう。
 冗談抜きで、ホワイトカーパスを枯渇させる気かもしれない。


「ユカが見た魔物の大群まで、どれくらいの時間がかかりそうだ?」


「超高度から見たから、距離感がイマイチ…。
 でも、少なくとも20分以上かかると思う。
 …汁婆が居てくれればなぁ…」


「そういや、何やってるんだろうな?
 アイツの足なら、もうとっくに戻ってきててもおかしくないのに」


13日目 午前(竜巻が消える前) 汁婆


 ガッ、と汁婆の後ろ足が魔物を一体蹴り飛ばす。
 しかし汁婆は最初からその魔物を見ていない。

 周囲には魔物の大群。
 汁婆は、大河達と入れ違いになった魔物の軍団とかち合ってしまったのである。
 流石に不利な汁婆だが、放っておく訳にもいかない。

 ここは奇襲の一手である。
 汁婆の戦闘力なら、多少の時間はかかっても充分に突破できる戦力差だった。
 …誤算だったのは…一人だけ、飛び抜けて強い敵が居た事。
 一匹ではない、一人だ。
 そう、人間なのである。
 “破滅”の民の存在を知らない汁婆は、多少戸惑っていた。
 敵だと割り切る事にしたが、まだ多少の動揺が残っている。


『……ヤルじゃなねぇか』


 汁婆は牽制も兼ねて、敵に声をかける。
 周りの魔物は、汁婆を警戒しているのか敵の首領(?)に命令されているのか、汁婆を遠巻きに囲んだままである。
 このままでは、突破は不可能だ。


「…美しくないな…。
 と言っても、この世に私以上に美しい者は存在しないが」


『自分に酔うヤツは、無条件で見苦しいと思うがな』


 真顔で戯けた事を…と言っても、その男は仮面を被っていたが…抜かす男に、汁婆は同じく軽口を返す。
 しかしその軽口は通じなかったっぽい。
 某作家曰く、「どんな罵詈雑言も愚か者の耳には通じない」だ。
 目の前に居る男は、実力はともかくこちらの意思又は意見を正しく理解できない程度の愚か者ではあるらしい。

 目の前に居るのは、何故か仮面を着けている優男。
 ブカブカの服を着ているのだから、恐らく体中に暗器が仕込まれていると思っていいだろう。
 まぁ、どっかの整髪料の名前の中国人よりは少ないだろうが。

 しかも何故かポーズまで取っていた。
 何故か今は『命』のポーズである。


『で?
 お前さんは何者だ?』


「ふっ…なんだかんだと聞かれたら、答えてやるのが世の情け。
 ルーイン・コープス(“破滅”の軍団)四天王、びゅーてぃほーシェザル!
 私の前には、ホワイトホール…白い明日と屍の道が待っている!」


 文章を一区切りする度に、ピシッピシッとポーズを取る。
 『命』から『心』、鶴の構え、ブリッジ、ジークジ○ン、あと何かよく解からん。
 ノリとしては、某演劇部のナルシストに近いだろうか。
 …まぁ、同じナルシストとして同類扱いされるのはお互いにゴメンだろうが。


『……かわいそうに…』


「ノリ悪いなオイ!?」


 冗談だったのか本気なのか、びゅーてぃほーシェザルは裏手でツッコミを入れた。
 シュッと空気を裂く音。
 汁婆の足が閃き、ツッコミを入れた袖から飛び出したナイフが弾き飛ばされた。


「あ、投げるつもりは無かったのだが…」


『やかましい』


 本当に投げるつもりがなかったのかはともかくとして、汁婆とシェザルは戦闘を開始した。
 汁婆は向かってきた魔物を足でひっかけ、シェザルに向けてブチ投げる。
 対するシェザルは、いきなり懐からでっかい筒…バズーカなんぞ取り出した。
 発射される重火器…ただし、狙いは汁婆ではなく汁婆が投げた魔物だ。

 空中の魔物に避ける術はなく、直撃して大爆発。
 魔物は爆裂四散し、シェザルは爆発音と飛び散る血潮及び魔物の部品に恍惚としながらも、爆発に紛れて姿を消した。

 爆発で一瞬動きを止められた汁婆だが、このUMAにそんな小細工は通用しない。
 閃光に眩んだ目を閉じたまま、一足飛びにシェザルが居た場所へ飛翔する。
 そして豪快な空中裏回し蹴りを一閃。
 薙ぎ払うように振るい、周囲の敵を一掃した。
 しかしシェザルはもう居ない。


『チッ…逃げ隠れの上手いやつだ…』


 どうやらシェザルは、ゲリラ戦で戦うつもりらしい。
 汁婆と正面から相対したくないようだ。
 ビジュアル的にも無理はない…。
 しかし、それ以上に汁婆の超絶的な蹴りを警戒しているのだろう。

 これは結構厄介である。
 周囲には森、そしてウジャウジャ動く魔物達。
 一体一体の戦闘力は大した事がないが、一斉にかかって来られると汁婆と言えども動きが限定されてしまう。
 シェザルが狙うとすれば、その瞬間だろうか。
 恐らく魔物達の群の影に潜み、チャンスを窺っているのだろう。

 となると、とにかく包囲網を抜けるのが優先だ。
 汁婆は周囲をざっと見回し、魔物の群の中に幾つか大きな影を認識する。
 ゴーレムやキマイラ、それにファットローパーと言った頑丈な魔物達だ。
 それらが最も多く集まっている方角へ…。


『うおりゃあああぁぁ!』


 汁婆、飛ぶ。
 行きがけの駄賃とばかりに、包囲網の最前列に居たオークロードを蹴り飛ばし、自らもその脚力を最大に生かして跳ね上がる。
 宙を舞うオークロードと汁婆。
 向かう先は、先程目をつけていたゴーレムの頭の上だ。


『ダイナミックエントリー!』


 どっかの激マユのマネをしつつ、汁婆はゴーレムに飛び蹴りを叩き込んだ。
 馬の体重を甘く見てはいけない。
 その体重が完璧に乗った蹴りで、ゴーレムの頭は粉々に粉砕された。


『フン、ハァッ!』


 さらに、ゴーレムの体が崩れ落ちない内に再び足を振るい、またしても飛ぶ。
 ゴッ、という鈍い音と供に、先程蹴り飛ばされたオークロードが更に蹴り飛ばされて宙を舞った。
 素晴らしい勢いと回転である。

 自らも飛翔した汁婆は、再び目をつけていた魔物…キマイラの上へ。
 今度は飛び蹴りではなく、純粋に踏みつけ…体の上へ飛び乗っただけだ。
 それでもキマイラの骨が幾つか粉砕された。
 またしてもオークロードを蹴り、飛ぶ汁婆。
 蹴鞠のように蹴り続けられるオークロードの目から、何だか水分が垂れているような気がするが…まぁいいだろう。

 同じ事を繰り返す事4度。
 汁婆は警戒を強める。


(そろそろか…)


 空中で視線を四方に投げ、シェザルを探す。
 しかし、流石の汁婆も魔物の大群の中からシェザルを探し出すのは至難の業だ。
 舌打ちして、次の着地地点へ向かおうとする汁婆。

ガチャ

『!』


 小さな機械音。
 汁婆の耳はそれを聞き逃さなかった。
 自分と供に宙を舞っていたオークロードを掴んで引き寄せつつ、音がした方へ視線を向ける。
 そして見たのは、魔物の集団の中で両手にサブマシンガンを構え、汁婆に狙いをつけるシェザルの姿。
 黒光りする銃口が火を噴いた。

 いかな汁婆と言えど、空中で軌道を変更する事は出来………ない。と思う。
 あわや直撃かと思われたが、弾丸の嵐を受け止めたのはオークロードだった。
 汁婆は空中で狙い撃ちされる事を予測し、盾としてオークロードをここまで持ってきたのである。
 …何度も蹴られ、盾にされて穴だらけになった悲惨なるオークロードに南無ー。

 それはともかく、銃弾を防いだ汁婆だったが、流石に姿勢が乱れてしまう。
 舌打ちしつつもミノタウロスの肩に着地し、ミノタウロスが振り払おうとする勢いを利用して三角飛び。
 あまり距離が稼げず、魔物の群の中に着地した。

 四方八方から襲い来る魔物達。
 豪脚一閃、回転した汁婆の足が魔物達を薙ぎ払う。
 しかし哀しいかな、リーチは決して長くない。
 倒したのはすぐ側に居た魔物だけで、また次の魔物が襲い掛かってきた。
 また回転する汁婆。
 また魔物。
 回転…しつつ移動。


『竜巻旋風脚!』


 宙に浮遊こそしていないが、まさにあの技だ。
 余裕ぶってフリップを掲げる汁婆だが、内心では少々焦っていた。
 もしも今、魔物達の影からマシンガンで射られたら…流石の汁婆も無事ではすまない。
 脱出しようにも、回転を止めれば魔物に攻撃される。


(どうする…?)


 こんな時こそ落ち着いて、と言わんばかりに思案する汁婆。
 と、その時、汁婆の視界の端を鈍い銀色が奔った。
 反射的に足を曲げて姿勢を低くする汁婆。
 ちょうど頚動脈があった辺りを、鋭いナイフが走り抜けた。


『ほう、態々接近戦か!?』


「銃を持つ私よりも、ナイフを持つ私の方がウツクシーのだよ!」


 また構え…と言うかポーズ。
 シェザルの戯言を聞き流しつつ、汁婆も応戦する。
 ウツクシーかどうかはともかくとして、シェザルのナイフ捌きは堂に入っている。
 何せ汁婆の蹴りに合わせてナイフを振るという、神業染みた事までやってのけるのだ。
 流石の汁婆も、迂闊に蹴りが出せない。
 ヘタに足を出せば、いきなりアキレス腱を切られて動かせない、なんて事になりかねない。

 右左後ろに蹴りを放ちつつも、汁婆はシェザルのナイフをヒラヒラと避ける。
 互いに致命傷を与えられない。

 体力の面でも、ほぼ互角と言えるだろう。
 基礎体力では汁婆が圧倒的に優位だが、四方八方の敵を牽制するので帳消しだ。

 破壊力では、これまた互角。
 単純に威力を考えれば汁婆が、比べるのがアホらしくなるほど強い。
 しかし近距離戦に持ち込まれ、間合いを外されてしまった。
 これで蹴りの威力は激減する。
 シェザルのナイフは、破壊力はともかく傷を負わせるには充分な鋭さを秘めている。

 魔物の群を擦り抜け、強引に道を開きつつ、汁婆とシェザルは攻撃の応酬を繰り返す。
 その途中で巻き込まれた魔物が何体も息絶えたが、シェザルも汁婆も全く気にしない。
 他人を殺して恍惚とするデンジャラスなシェザルだが、今は汁婆の相手に神経を集中させているようだ。

 汁婆は魔物の群を突き抜けようするが、俊敏なシェザルはそれをさせない。
 移動しながら回り込み、汁婆の進路を妨害しているのだ。

 逃げられない。
 当てられない。
 さらに周囲は敵だらけ。
 流石の汁婆も、全ての攻撃を防ぎきれずに体に細かい傷が幾つもついていた。
 このまま戦ってもジリ貧である。

 そう考えた汁婆は、遂に勝負に出た。
 シェザルの一撃を、敢えて避けずに受け止めたのである。
 己の手…もとい蹄で。


「ぬぅ!?」

『捕らえたぜぇ!』


 鋭いナイフは、汁婆の蹄のかなり深い部分まで食いこんでいる。
 しかし、それを抜くのは然程難しくない。
 すぐに引き抜いて飛び下がろうとしたシェザルだが、この時ばかりは魔物の群が邪魔になった。
 更に、汁婆はシェザルが後ろに下がろうとするのを予測済み。
 シェザルに合わせて前に出て、両腕でシェザルの腕をガッチリ捕獲してしまったのである。
 そこ、『蹄でどうやって?』とか聞かないように。


「くっ、私に触れるな畜生の分際で!」


『畜生は貴様だろが!
 つーか俺が畜生なら貴様は外道だ!
 釣りで言ったら獲物じゃないヤツだ!』


 手が塞がっているので、口にフリップを咥える汁婆。
 その腹目がけて、シェザルの爪先が跳ね上がる。
 シェザルの事だから、多分毒針とかナイフとかが仕込んであるのだろう。
 しかし汁婆は慌てずに合わせて足を出し、膝と膝をぶつけ合って蹴りを封じた。


「ぐっ!」


 シェザルの顔が苦痛に歪む…ような気がしたが、仮面で隠れて分からない。
 肘・膝は人体で最も硬い部分の一つであるが、シェザルの体と汁婆の体の頑丈さを比べれば、後者に大きく分があるのは言うまでもない。
 膝に強い衝撃を受け、体に硬直が走る。
 その隙を見逃さず、汁婆は掴んだ腕をシェザルの後ろ側に回すように抱きついた。

 シェザル、苦痛も忘れて顔を引き攣らせる。
 ケダモノの匂いが鼻をついたようだ。


「はな、放せぐほっ!?」


 振り払おうとしたシェザルだが、次の瞬間には凄まじい衝撃が鳩尾を走る。
 汁婆の膝が減り込んでいたのである。


『至近距離でも、使える蹴りはあるんだよ!』


 シェザルに反撃の隙を与えないように、膝蹴りを連発する。
 普通なら即座にお陀仏だが、服に何か仕込んであるのか衝撃が伝わりきらない。
 それでも充分なダメージを与えているが、シェザルの意識ないし命を刈り取れるほどではなかった。

 左足でシェザルに膝蹴りを連発し、右足はケンケンで魔物の間をすり抜けて包囲網の外へ向かう。
 今の汁婆には、周囲からの攻撃を防ぐ手段は無い。
 あっと言う間に傷だらけになってしまった。
 しかし、ここでシェザルを逃せばそれ以上の損害を受けるのは確実だ。
 今は耐えるしかない。


 何度目かの膝蹴りで、少し違った感触があった。
 シェザルの肋骨が、何本か纏めて折れたのである。


「グボッ!」


 血を吐き出すシェザル。
 内臓に突き刺さっているのかもしれないが…なんちゅーか、吐き出した血が仮面の中に溜まってエライコトになっているようである。
 ブクブク泡の音が聞こえる…察するに、吐き出した血で口と鼻が塞がれているらしい。
 とにもかくにも、これでトドメ…とばかりに、もう一度膝を叩き込もうとする汁婆。

 しかし、その瞬間に汁婆はとてつもない悪寒を感じた。
 目の前にあるシェザルの仮面が、一瞬だが不気味な光を放った。
 反射的に手を離し、下がろうとする汁婆。
 だが。


カッ――――ドゴォン!

 既に遅かった。
 汁婆を巻き添えにして、シェザルの仮面が自爆したのである。
 恐らく、裏側の口元辺りに何かスイッチがあって、舌を使ってそれを押したのだろう。
 シェザルにとっても、イチかバチかの大技…否、敵を道連れにする自爆技なのだろう。
 汁婆も結構な被害を受けたが、シェザルはそれ以上のはずだ。
 あまり大爆発を起こすと自分も死ぬから、あの程度の破壊力しか出せなかったのだろう。
 自爆としてはかなりショボイ。
 ルビナスだったら、爆発なんぞさせずに目からビームでも仕込むだろうが。


『ぐっ…舐めたマネを…』


 傷だらけになった汁婆には、かなり堪えた。
 それでも自由になった足を思い切り振り回し、魔物達を撃退する。
 先程まで好き放題にやられまくっていたウサ晴らしも兼ねて、手加減なしの蹴りを打ち込んだ。

 ふと気がつくと、汁婆は魔物の群から抜け出していた。
 シェザルを抱え込んで移動した距離は、意外と長かったらしい。

 当のシェザルは、フラフラと顔を抑えながらも魔物の群から抜け出してきた。
 この状態のまま倒れたら、蠢く魔物達に踏み潰されるのが確実だからだ。
 しかし…その姿は、かなりボロボロになっている。
 先の爆発で、仮面は完全に砕け散り、服にも幾つか火が燃え移り…。
 さらに…頭がアフロになっていた。
 うむ、正式にダウニーの仲間入りか?

 それを見てモチベーションが微妙に降下する汁婆。
 とにかくさっさと片付けようとした時、シェザルが顔を覆っていた手を下ろした。
 そして現れたのは、いくらか火傷に覆われているが、結構な美男子と言える顔だった。
 穏やかそうだが、汁婆はそこに言い知れぬ違和感を感じる。
 まるでその顔こそが仮面で、剥ぎ取ったら今度こそ本当の顔が出てくる…そんな連想をさせる。

 魔物達が、シェザルを護るように立ちはだかる。
 しかし、いくら傷だらけになっているとは言え汁婆である。
 さしたる苦労もなく、さっさと片付けてしまった。


『逃げられたか…?』


 その隙に、シェザルは居なくなって……いなかった。
 いや、逃亡しようとはしたのだろう。
 森の中に踏み入っている。

 しかし、途中でその歩みをピタリと止め、なにやらブツブツ呟いているのだ。
 しかも例によってポーズをとりながら。
 警戒しつつも、シェザルに近付く汁婆。
 トラップが無いかも警戒している。

 そして、シェザルの呟きが聞こえてきた。


「…しい、美しい、美しい、汚い水溜りに写っても私は美しい…火傷をした私も美しい…アフロの私も美しい…ボロボロにされた私も美しい…主幹がアフロになったのを見るのは鬱苦死かったが、私のアフロは美しい…ああっ、私の美しい顔に美しい傷がついてもやはり美しい…私はどんな時でも美しい…」


 取り敢えず、汁婆は全力で尻を蹴り飛ばした。
 空の彼方でお星様になった、とだけ言っておく。
 …死んでないようだ。


 その後、シェザルはユカ達が起こした竜巻に巻き込まれ、さらに遠くに吹き飛ばされたそうな。


宝 具:全て遠き己の顔
ランク:C
効 果:己の顔に見とれている間、この世のどんな事も遥か彼方の出来事のように感じる。
 蹴られようが刺されようが剃られようが、それは何処か遠くの出来事。
 我が身に起こった事ではないのである。
 行動不能になるが、痛みなどの感覚を忘れられる。
 ただし体のダメージは防げない。
 要するに一種の麻酔。


13日目 午前(竜巻が消えた直後) リコ・ダリア


 メキョ…。

 リコが手持ちの双眼鏡を握りつぶした。
 ダリアはあらあら、と顔で笑って頭で値段を計算して涙を流す。
 そして、仕事をしながらもリコを遠巻きに見る人々。

 その視線を全く意に介さず、リコは双眼鏡を更なるスクラップに変換していく。
 能面のような無表情は、明らかに怒りと嫉妬のオーラを漂わせていた。


「…ダリア先生。
 誰ですか、あの女は?」


「さぁ?
 大河君の現地妻じゃないのー♪」


 ひたすら楽しそうなダリアの声がリコの癇に障る。
 能面のようだった顔に、でっかいバッテンが張り付いた。
 ギリ…と何やら音がする。
 何事かとダリアがリコを覗き込むと、奥歯を噛み締めているらしい。


「…お姫様だっこ…。
 私達が居ない間に、また女の人に手を出して…」


 口にしたらもっとムカついてきたらしい。
 未亜の嫉妬深さが、リコに伝染してきているのかもしれない。
 …そう言えば、レズSに目覚めてからあんまりヤキモチを妬いてないような…。
 Sはヤキモチの表れでもあるから、やっぱり妬いているのだろうか?


 それはともかく、竜巻が消える前に大河を発見し、そのまま見守っていたのだが…。
 竜巻を消し飛ばしたのは、心底驚いた。
 ひょっとしたら、召喚器の力…根源から力を汲み上げる機能を使いこなしているのかもしれない。
 根源から湧き上がる力は、限りなく無限に近いエネルギーだ。
 その気になれば、世界を一撃の元に破壊しつくす事も出来るだろう。
 あくまで理論上では、だ。
 実行しようと思ったら、それだけのエネルギーを蓄積しなければならないのだが…召喚器、その使い手供にそれだけの器が無い。
 途中でメルトダウンするのが関の山だ。
 そんなマネを実行できるのは、それこそ神を宿した救世主くらいだろう。

 それはともかく、竜巻を消滅させた膨大なエネルギーは、反作用で確実に大河を蝕んだ筈である。
 ここからでは出来る事は何も無いと承知しつつ、大河から目が離せなかった。
 しかし、どう言う理屈か、大河は然程負担を感じていないようだった。
 と言っても、あくまで使ったエネルギーの量を考えると、だが…。

 ホッとしたのも束の間。
 よく解からない原理の技を使って、大河が空中で跳躍した。
 空中ジャンプだけなら、リコ達も普通に使っているだけだから余り驚かないが…。
 問題はその速度である。
 支えも足場も無い空中で、とんでもないスピードで跳躍。
 これまたリコは驚いた。
 …この辺は、ダリアはあまり驚いてない。

 で、大河はそのまま見知らぬ女性を両腕でキャッチ。
 お姫様だっこで抱え込み、再び跳躍を繰り返して森の中に消えていった。
 リコはユカが抱き留められる瞬間を目撃してしまったらしい。


「ふ、ふふ…どこの誰だか存じませんが、我が主人に余計なちょっかいを出したドロン坊…もとい泥棒キャット…。
 次に見つけたら、問答無用でテトラグラビトンを叩き込んでくれましょうぞ…」


「あー、口調とか変わってる事については何も突っ込まないけど…。
 あの人じゃないの?
 ほら、未亜ちゃんが言ってた…一線を越えてない人。
 酌量の余地はあるんじゃない?」


「…ダリア先生、アナタならそれで楽しいですか?
 しかも、私達は日々マスターの恐怖にビクビクしながら寝食していたと言うのに、ご主人様とあの女はくっつけず離れずのラブコメを謳歌していたのですよ?
 ある意味さっさと手を出すよりもムカつきませんか?」


「リコちゃん、スライムを嗾けていい感じに壊しちゃいましょう」


「解かってくれて嬉しいです」


 ガッチリ握手する2人。
 周囲は見なかった事にした。

 当面の怒りは収まったが、そうすると流石に心配になってくる。


「それにしても、地上は激戦みたいねぇ」


「そうですね…。
 ご主人様の先程の攻撃も驚きましたが」


「破壊力と効果範囲が段違い…。
 あんなのを学園で振り回されたら、食堂も森も倉庫も壊れちゃうわ〜」


「えらくピンポイントですね…。
 察するに、食事、昼寝、サボリの場所でしょうか」


 大当たり。
 リコは未亜の方に意識を向けた。
 おそらく、リリィもあの光景を見ているだろう。
 流石に唖然とするか、常識外れだと怒っているかもしれない。
 …やったのが大河だと知ったら、納得するだろうか?


「ところでリコちゃん」


「はい?」


 ダリアに急に声をかけられ、未亜へのテレパシーは一旦中止。
 ダリアは船の後方へ目を向け、不安そうに聞いた。


「例のアレ、大丈夫かしら?
 どうにも不安と言うか、眉唾物なんだけど…」


「…下準備自体は、着々と進んでいます。
 実際に使えるかどうかは……私にも解かりません」


 リコも後方へ目を向ける。
 海面付近に、何かが浮かんでいた。
 船に繋がっているようである。

 リコは溜息をつく。


「全く…新技術をいきなり実戦で試すだなんて…」


「そう言わないの。
 言うでしょ、『喧嘩は無茶した方が勝つ』って」


「無茶と無謀はかなり違うと思うのですがね…」


 ボヤきながら、今度こそリコはテレパシーを送る。
 大河が抱きかかえていた女性の事を、どう報告するべきか悩みながら。
 ヘタに突付くと、未亜のヤキモチが爆発する可能性もある。
 しかしながら、言わない訳にもいかないし、自分の知らない女性に手を出した大河への怒りを誰かと共有したい。
 どのくらいの報告をするか、それが問題だった。


 とにもかくにも、船は順調に進んでいた。


13日目 正午 タイラー・ヤマモトチーム


「…ヘンだなぁ…」


「は、何がでありますか?」


「うん…どうにも違和感がね…」


 タイラーは、司令部で入ってくる情報に目を通して眉をしかめた。
 タイラーは武芸に秀でている訳ではないので、専ら作戦の立案と指示に徹している。
 ヤマモトはそのサポートだ。
 タイラーをして『最高の副官を得た』と言わしめた2人の相性は、これ以上無い程にバッチリだ。

 だから、ヤマモトにもタイラーが何を危惧しているのか朧気ながら理解できた。


「敵の反撃が、あまりに杜撰…でしょうか?」


「うん。
 なんて言うか、末端の兵士…魔物側のね…達は全力でやってるのに、上からの指示が……そう、被害が出るのを承知でやってるみたいだ。
 まるで『そこで死ぬのが役割だ』と言わんばかりに…」


「確かに…。
 魔物側では、前方の罠を突破してホワイトカーパス避難民に追い縋ろうとする魔物と、後方の我々を撃退しようとする魔物が衝突し、自滅さえしている有様です。
 鎧袖一触とはいきませんが、あまりにも…その、あっけない…。
 ですが、それなりに統率の取れた一団も居るようです」


「だから一層不可解なんだよなぁ…。
 全軍を統率するのは無理でも、統率の取れる魔物は他の魔物にも影響力が強い。
 もう少し混乱が小さくてもいいと思うんだ」


 首を傾げるタイラー。
 それを見て、ヤマモトは視線を前線のある方に投げかける。
 少し前までなら、自分もそこで戦っていただろう。
 しかし、今となってはそれも遠き過去。
 己の宿命は、タイラーのサポート。
 それに全力を注ぐ。
 無論、必要とあらば今すぐにでも直接戦いに出るが…。


「…閣下でも読めませんか」


「…読めない…或いは最初から、何も考えていないのか…。
 そもそも勝つ気でいるのか?
 それすら解からない。
 まさかとは思うけど、魔物達が無意味に潰れていくのも策略の内とか…。
 …僕らは、この“破滅”の事を根本から誤解しているのかもしれない…」


「…“破滅”は…“破滅”です。
 退けるべき敵でしょう。
 それが違う、と?」


「いや、そうじゃなくて…超自然的な現象じゃなくて、人の手が介入しているような…。
 しかも、狂気一歩手前の人間の手が…。
 少なくとも、ワングなんかよりもずっと不気味で厄介な感じがするんだ。
 このままの考え方じゃ、相手の手が…いや、目的も読めない」


「ナク・ラ・ワングですか…。
 …憎んでも憎みきれぬ、と言いたい所ですが……今となっては、憎悪の念すら抱けません…」


「いいんだよ、それで…あんなヤツ…」


 2人は、タイラーがアザリンと出会う切欠になった事件を思い出した。
 当時まだ一兵卒だったタイラーは、ユリコとの婚約直後、不慮の事故で行方不明となった。
 どういう経過か、タイラーはアザリンやドムに保護されていたのだが…しかも記憶喪失。
 まぁ色々あって元の鞘に納まったのだが、その時に逆賊ワングの姦計からアザリンを護り、一気に出世したのである。
 当のワングは、逃げ出そうとした所で魔物の群に出会ってしまい、頭の半分程度しか残らなかった。

 後にユリコの元へ戻る際に、タイラーはヤマモトに向けてポツリと呟いたものだ。

「僕にはまだ信じられないよ…たかが地位のためだけに、あんないい子を殺そうとする人間が居たなんて…」

 と。


「それはともかく、このまま攻撃を続行しても問題はありませんので?」


「うん、このままガンガン行っちゃって!
 今が最大のチャンスなんだ。
 この勢いを、最大限に高める!

 アンドレセン、クライバーン、キーナン、コジロー、シラギク…。
 主だった戦闘部隊だけ見ても、ドリームチームもいい所だ。
 更にヤマモト君、ヤスダ、カトリ、キム…さん」


「一人だけさん付けですか…。
 スター…奥方は、怒らないと思いますが?」


「ま、こっちも色々とね…。
 それと、奥方はまだ早いよ…。
 …それはともかく…加えて、救世主クラスの2人…ドリームチームを通り越して、年末ジャンボ宝クジチームだ」


「夢を叶えるよりも、年末ジャンボを当てる方が難しいですなぁ…」


 何故なら完全に運任せだからだ。
 まぁ、タイラーなら何の気なしに当てそうな気もするが。


「ですが、万が一敵がそれ以上の戦力を持ち出してきたら…?」


「決まってるさ」


 タイラーはニヤっと笑う。
 あ、これはまた無茶な事を言い出すな、とヤマモトは直感した。
 確かに、この後タイラーが言った一言は、どんな無茶な作戦よりも無茶だった。
 曰く、


「どうにかするのさ」と。

 だが、それでもヤマモトの信頼は全く揺るがないのだ。
 …多少胃袋が揺らいだが。


 で、カエデ・ベリオチーム。

 こちらは然したる疑問もなく、敵を蹴散らしていた。
 2人でバディを組むのではなく、少々離れて戦っている。
 戦力を集中させる必要が無いからだ。
 2人の単機としての実力も高いが、周囲の兵達も負けてはいない。
 荒くれ者と変わり者揃いのタイラーの部隊だ。
 その変幻自在の戦法と、多少の事は力技オンリーで突破する底力は、アヴァターでも随一と言っていいだろう。


「せっ、ほっ、中々やるでござるな!」


「ははぁ、オメェもな!
 男だったら放っておかねぇぜ!」


「カトリ殿が嫉妬するでござるよ〜?」


 カエデは隣に居た筋骨隆々の大男と協力し、ゴーレムを一気に殲滅した。
 手数のカエデが動きを止め隙間をこじ開け、大男が豪腕にモノを言わせて一気に削り取る。
 彼はカール・ビョルン・アンドレセン。
 ぶっちゃけた話、ホモである。
 しかしカエデには特に問題はない。
 大河がホモの道に進むのは体を張って止めるが、他の誰かは止めはしない。
 最初は驚いたものの、彼の人柄に触れるに当たって全く気にならなくなっていた。
 彼はイイヒトだ。
 里の忍術の先生を思い起こさせる。
 荒っぽいながらも、1本筋が通っている。


 一方、ベリオは専ら回復役である。
 地味と言えば地味かもしれないが、その効果は計り知れない。
 キョヌーメガネのいいんちょに触れられ、回復の魔力を注ぎ込まれる兵士達。
 注ぎこまれたのは魔力だけでも、その身に及ぼした影響はそれ以上だ。
 パトスとか萌えとかの力を戦意に変え、物凄い勢いで突っ込んでいくのである。
 再び怪我をしても構わない、と言った所か。
 でも例外も居る。


「お、俺はどうって事ねぇ!」


「お黙りなさい。
 あの魔物の爪には、毒があります。
 解毒が終わるまで動かないように」


「毒なんざ…!
 ……と、言えないのが辛い…」


「賢明な判断です…。
 …はい、完了です。
 釈迦に説法とは解かっていますが、引き際…逃さないでくださいね?」


「ふぅ、やっと終わったか…。
 ……なんだその目は、ホモじゃないぞ俺は」


「いえ別に」


 今回復を受けているのは、女嫌いのコジロー・サカイだ。
 彼は女性に触れられる事を極端に嫌うので、大人しく治療を受けさせるのも一苦労だ。
 毒を受けているのにも構わず、そのまま戦いに向かおうとした。
 折悪しく、解毒が出来る男性兵士は全員手が塞がっていたのである。

 一応言っておくが、彼は本当にホモではない。


 再び槍を手にした彼の目が、急に鋭くなる。
 素早い動きで振り向いた。
 その瞬間、宙から急降下する魔物の影!
 ガーゴイルである。
 地上の戦乱を超え、弓兵の攻撃の間を縫って飛んできたらしい。

 コジローはその鋭い槍技で反撃しようとする。
 が、その前にガーゴイルの攻撃を凌がねばならない。
 特に難しい事ではないはずだ。
 ガーゴイルの足を、自らの腕を盾にして防ぐ…前に、目の前に光の魔法陣が広がった。


「ホーリーフィールド!」

「!」


 ベリオの鋭い気合。
 それが自らの前にある魔法陣を作り出したのだと理解する前に、彼の腕は反射的に動く。
 軽く飛び上がって、ガーゴイルの翼の付け根を貫き通した。
 そして着地する前に、更にベリオが動く。


「ええいっ!」


「グギャッ!?」


 ごっつぅぅぅぅ……んと鈍い音が響く。
 ガーゴイルは頭蓋骨からなんかヤバイ物を垂れ流して吹き飛んだ。
 ベリオがユーフォニアをフルスイングしたのである。

 あまりと言えばあまりの所業に、思わず動きを止めるコジロー。
 それに気がつき、ベリオは苦笑する。


「女性だからと言って、非力な訳でも無力な訳でもありませんよ。
 生死の分かれ目に立つなら、老若男女問わず力を振絞ります。
 さぁ、戦いの続きですよ!」


「…肝っ玉母ちゃんになるぜ、アンタ…」


 床をムチでピシピシ叩く母ちゃんにはなる。
 苦笑したコジローは、先程の即席コンビネーションを思い出す。
 彼は騎乗兵なので、自分の愛馬に飛び乗った。


「そう言やぁ、女と連携を決めたのは久しぶりだな…」


13日目 正午 アザリン・ドムその他諸々チーム


「その他扱いかい…」


「ボヤくなシア・ハス。
 副官とは本来そうしたものだ…」


「そりゃバルサローム殿は副官でしょうが、私は一応隊長です…」


 はぁ、と溜息をつくシア・ハスとバルサローム。
 まぁ、一緒に居るのが彼らの首領・ドムと、そのドムが全てを投げ打ってでも仕えるアザリンである。
 華があるのだ。
 目がそちらに向いてしまっても、仕方が無いと納得するしかあるまい。

 当のドムとアザリンは、随分と先の方に居る。
 現在、シア・ハスは後方の援護、バルサロームはこれから先頭に戻る。
 バルサロームがドムから離れた場所に居るのは、偏に人手不足だからだ。
 合流した避難民が増えるに連れ、足取りは益々遅くなり、更にトラブルの元も増える。
 その整理や解消に走り回っていたのだ。
 ともあれ、何とか一段落。
 したと思ったら、今度は後方が魔物に追いつかれかけているらしい。


「やはり罠だけでは、時間稼ぎにしかならないか…。
 シア・ハス、殿を務めた経験は?」


「当然あります。
 元海賊を舐めないでいただきたい…。
 さて…ルーキー供、他の連中の足を引っ張っていなければいいがな…」


 しぶといのが売りの傭兵とは言え、条件が悪すぎる。
 ベテラン兵士もしっかりついているが、てんやわんやになっている可能性も充分にある。


「そう言えば、セルビウム・ボルトもあちらに行っているのでしたね?」


「ああ、ルーキーにしては中々強い。
 それより早く行ってやってくれ」


「承知。
 行くよ、野郎ども!」


「「「「
   うーーっす!
       」」」」」

「いい返事だ、ではGO!


 馬を駆って走っていく、荒くれ者揃いのシア・ハス部隊。
 元海賊だけあって、普通の軍隊には無いラフなノリである。
 最初はどう対応すべきか迷ったものだが、今となってはあのノリも頼もしい。
 雑草のような根性がある。


「…とは言え…どう考えても軍隊のノリではないなぁ…」


 シア・ハスを見送って苦笑し、バルサロームはドムの元へ急ぐ。
 そして考えた。

 後方からの追撃は、はっきり言って予想の範囲内だ。
 本隊の行進が予想以上に遅く、戸惑ったものの何とか乗り切れる。
 しかし、前方からの障害が殆ど無いのである。
 先に行った大河達が前方の敵を全て掃討してしまったのだろうか?


「いや…伏兵すら居ないのはどういう事だ…」


 まさか、戦力全てを一点に集中していた訳ではあるまい。
 固まりすぎず散らばりすぎず、その程度の陣形は保っていたはずだ。
 大河達が一つのグループを潰している間に、幾つかのグループが本隊に迫る…くらいはあってもいい筈。

 確かに、魔物達もそういう動きをしようとしていた。
 しかし、バルサロームが考えたように幾つものグループに分かれるのではなく、たった2グループのみである。
 いかに足手纏いを大勢抱えているとは言え、ホワイトカーパスの兵士達は精鋭揃いだ。
 豆粒のように散らばって襲撃をかけた所で、大した効果は期待できない。
 だから、2つのグループの内、大河達に発見されなかった方のグループが襲撃…という段取りだったのだが。
 よりにもよって、汁婆にブチ当たってしまったのである。
 運が悪いとしか言いようがない。
 …敢えて人類側の運がいい、とは言うまい…。


「ふむ、とにかく戻るか…。
 先程の竜巻も気になるしな…」


 先刻現れ、そして消し飛んだ竜巻。
 あれはどう考えても異常である。
 何か大きな異変が起こっている。
 警戒を呼び覚ますには充分すぎた。


 アザリンも、竜巻に関しては首を捻っている。
 ホワイトカーパスの気象では、まず起こりえない現象。
 ならば敵の攻撃か?
 それにしては消え方もおかしかった。
 最後にエネルギーがブチまけられたが、あれを本隊に向けていれば多大な損害を蒙ったことだろう。
 そもそも、あのような場所で竜巻を起こす理由にならない。


「少なくとも、あそこに何かあると言う事か…。
 ………避けられるか?」


 しばし黙考。
 後、結論。


「ドム、進路変更は無しだ」


「よろしいので?」


「お前とて、最初からそのつもりであろう。
 ルートを変更して時間を喰えば、その分魔物達による被害も大きくなる。
 危険を冒してでも、このまま突破するぞ。
 …信頼しているよ」


「陛下…!
 …このル・バラバ・ドム並びに兵士一同、全力で信頼に応えてみせます!」


 グッと胸の奥からあふれ出る感激を抑え、ドムは意気込む。
 こうなった彼は、ある意味無敵だ。
 たちまち全身に気迫が漲り、行軍の疲れも…最初から大して感じてないが…何処へとも無く消えてしまった。

 その時、一人の兵士が伝令を持って戻ってきた。
 大河達の援軍に出した兵士の一人である。
 何故か馬を使わず戻ってきたらしく、息も絶え絶えで今にも倒れそうだ。

 さては大河達に何かあったか、と奥歯を噛み締めるドム。
 しかし、兵士から齎された報告は予想の正反対であった。


「敵軍、一個師団全滅だと…?」


「はっ……はっ…はっ…はぁ、はぁ…うぷっ」


「お、おいしっかりしろ!
 将軍と陛下の前で粗相をするなよ!?」


「だ、だいじょぶ………ぜぇ、ぜぇ…(パクパク)」


「何だ? 何が言いたい?」


 まともに喋れないほど疲労している兵士は、それでも報告をしようとするが声が出ない。
 仕方なく、兵士の一人が口元に耳を寄せた。


「…どうも…あの竜巻は、当真殿とタケウチ殿の仕業だそうです…。
 それで…」


「それで?」


「………近所の敵軍は潰した、これから掃討へ向かう…?
 なに?
 時間がかかる?
 火事が…なんだって?
 馬がバテた?」


 聞き取った内容に自信が持てないのか、兵士はもう少し聞きだそうとしている。
 だが、ドムは直感で感じ取る。
 大河達が周囲の敵を一掃してしまったのは本当だろう。
 竜巻はその時の副産物か何かで、それによって飛び火した火を消していた兵士達。
 そして、大河達は他の魔物の集団へ向かった。


「よし、このまま前進!
 他の敵集団が集まってこない内に、できるだけ距離を稼ぐぞ!」


 ドムの命令に従って、心なしか早足になる。
 この報告は、アザリンの命令によって民衆達にも伝えられた。

 曰く、「救世主候補が敵に大損害を与え、暫くの間の道を確保した」と。

 これは、背後から迫る魔物達の影に怯えていた民衆達には久々に明るいニュースに感じられた。
 無論、それがアザリンの狙いである。
 不安を紛らわすかのように、救世主候補の話題に花を咲かせる民衆達。
 立ち止まって井戸端会議を始めるオバハン達を急かしながら、本隊は港町へ進む。
 まだ道のりは、半分も終わっていない。


 ドムの直感通り、暫くは魔物の襲撃は無かった。
 その為トントン拍子に本隊は歩を進め、夕方になる頃には随分進んでいる。
 と言っても、人一人が馬に乗って進むのに比べれば、それこそアリがナメクジの歩みでしかないが…。

 そしてある地点に差し掛かった時、ドム達は衝撃的な光景を見る事になる。
 夕日に照らされながら、赤い赤い血を流し続ける死体の山を…。




オギャンオス、時守です。
あぁ、梅雨ですねぇ。
…つーか、自転車に乗ったまま手で傘を差したらイカンってどーゆーコト!?
自転車に傘を支えるための器具を取り付けてありますが…いや、どー考えても邪魔でしょうこれ。
角度とかをすぐに変えられないから、前から突風が来たらすぐにバランス崩しますよ!?
お偉いさんは何を考えているのやら…。

…ぬぅ、誰かに狙撃されないかな…(嘘
では、オギャナラ!
ちょっとした愚痴が終わったところで、レス返しです!


1.アレス=アンバー様
暫くはバトルが続きそうです。
特に大河なんて、リアルで三国無双をやりそうな感じ…。

ちなみに大河が体に巻いていたスライムは、竜巻に巻き込まれている間にタイミングよく飛んできたスライムを捕獲したのです。
ダリア先生の視力は、多分ギャンブルの為に鍛えられたのでしょうねw
サイコロの目を100%読めるように、とか。


2.ふゆあき様
思い返せば、結構前の技ですからねぇ。
ちなみに最近、妹が読み返しているようです。


3.ななし様
ああ、あのワニのステーキが大好物の、パンツ一丁の鉢巻男。
…ユカがあの格好をするのは…ダメだ、上を着てもらわないとあまり萌えないw


4.くろこげ様
幻獣を援軍に…とは少しは考えたのですが、よーく考えてみると…アヴァターでは普通に魔物がゾロゾロ居るので、幻獣だろうが何だろうが、特別な魔物とは思われそうにないんですよね…。
正直、どういう設定にするかも悩んでますし…。
まぁ、精々大型を2,3体だけ出すのが関の山になりそうです。

小型幻獣数万匹の方が、デカブツ一体より怖いですよ…ビジュアル的にも。


5.シヴァやん様
飛竜昇天破は出したから、今度はクラウドの画竜点睛をやってみようw
しかし…真面目は真面目な技でも、充分トンデモ拳法だと思いますが。
民名書房に乗ってないかなw

エレカの名前は、適当に付けたのですが…後になって指摘され、エウレカ・セブンに影響を受けていた事が発覚しました。


6.文駆様
そのロマンの殆どは、某梁山泊で実行されているのですがw
あそこは某塾長と何か関係があるのではないかと疑っています。

民衆に被害を出すのは心苦しいのですが、さりとて全く被害が無いというのも…。
仮に被害が無いとしたら、何かの理由を付けねば…。


7.イスピン様
GPWは射程が短すぎて使いづらいッスよね。
しかし、ミノを7体…スゲー…。
時守は士魂号でしか戦果を上げられません。
白の章では、最近は狙撃がお気に入りです。

脳天天国は…まぁ、習慣性も少なそうですね、多分。


8.カモね様
ホワイトカーパスには人外が集中してますからね。
このまま何の捻りもなく最後まで行ってしまうんじゃないかと、ちょっと心配w

報い…報いでも、未亜の場合はそれはそれで順応してしまうよーな気が(汗)


9.ATK51様
アアアアアアザリン様が失明!?
原作読んでないけど、なんて酷い事を!
誰だ、どこのドイツだ見つけ出して魔女狩りだ拷問だ死刑だ滅殺だ!
あの方に危害を加えるなんぞ許さーん!
ドム将軍とか、切腹しそうなぐらいに己の無力を悔やんだでしょうね…。

セルが暴走するかどうかはともかくとして…彼にはもーちょっと荒波に揉まれてもらうつもりです。
…しかし、そーすると一段落ついた後の扱いがなぁ…。

“そよかぜ”に関しては、時守はアニメ版の方を参考にしました。
…ん? “きたかぜ”だったかな?
でもゾンビになりそうだなぁ。


10.根無し草様
アザリン様の威光を示したかったのですが、まぁ何とか上手く行ってくれたようで何よりです。

大概の人は、汁婆に乗りたがらない…とは思うのですが、今まで登場したフローリア学園の生徒とかを思うと…何かこう、一抹の疑問が。
実際、リコ達の身体能力は人間以上ではありますが、超絶的なものではないと思っています。
召喚器による身体能力強化(あまり強力ではない)を使ったリリィやベリオ程度ではあっても、ドム提督などに比べれば一歩劣るのではないかと思っています。

うーむ、何時かオトナのリコVerナイスバデーを書いてみようかと思うんですが…何か指が拒絶反応を示しますw
こんなだから、リコがダリアの胸に反応するんですなw


11.カシス・ユウ・シンクレア様
大当たり、逃避行は長坂破の戦い(←破は字が違う)をイメージしました。
三国志にはあまり詳しくないのですが、いっそ張飛とか趙子龍の役を誰かに演じてもらおうかな…。
張飛の役は、殿軍になると思いますが…丁度いい人材が居ないなぁ…セルじゃちょっと荷が重いし。

あるでぃあさんのゆびにんぎょうは時守も欲しいです。

正直、冗長で似たような表現が幾度も繰り返されるのではないかと思っているのですが…何とかやってみます。


12.流星様
なるほど、文字通りトロンベだ!
でも黒くないのが残念。
いやぁ、竜巻の規模を考えると正拳突きはムリっぽいですよ。
某闘将は充分な加速と質量があったから、竜巻に翻弄されずに済んでいるんでしょう…多分。
……リテルゴルロケットなら何とかなるかな…?


13.YY44様
確かに、セルの獅子咆哮弾は文句なしに強力そうだw
しかし、ウチのセルにはアルディアさんという恋人(未定)が居ますからねぇ。
その分威力も半減してそうです。
と言うか、Sとレズと893状態の未亜が猛虎高飛車を使ったらエライコトになりそうだ…。

アヤネ…健気を通り越して、凄い尽くしようですよね。
仇をとらせてあげる、ですから…。
透の手にかかろうとしたのも、誤魔化す事が出来なかったのでしょうね。
バルドのツンデレに乾杯!

ゲンハよりはフノコの方が好きだなぁ…。


14.神〔SIN〕様
巨乳と書いて妹!?
気持ちはわからないでもないが…妹と言ったらツルペタ又は標準以下が基本じゃー!
つーか、妹ってベリオじゃなくてパピヨンの方なんだ…シェザルの趣味?
やはりしばかれる為に!?

銀八せんせーい、君いつのまにかSM教師のレッテルを貼られてるよー。
ロベリアさん、苦労してますね…。
…ふむ、彼女専用のツッコミ用具を考案してみますか…。


15.舞ーエンジェル様
流石に電脳空間はアヴァターじゃムリですからねぇ。
ま、一応考えてありますよ。
色々と設定は変わりますが…と言うか、彼らが出てきたら暫く主役がそっちに移りそう。

の、呪って何をさせる気だぁ!?


16.ナイトメア様
シェザル辺りは嬉々として泉に突っ込んで行きそうな気がします。
ところで、らんま原作にパンスト太郎なる人物が居ましたよね?
牛に乗って右手にヘビ、左手に鶴を掴んだ雪男が沈んだ泉に落ちた、よく解からないナマモノに変身する人物です。
彼は再登場時、新たな泉に落ちてタコの能力を得たのですが…この時、最初の変身形態の背中からタコの触手が生えていたのです。
つまり、複数の泉に落ちても前の効果がキャンセルされるのではなく、付け足される訳ですね。
と言う事は…例えばらんま、良牙、ムースを例に取ると…。
男+女=?
男+豚=?
男+アヒル=?

なお、シャンプーはきっとフェリシアみたくなります(断言)

はっはっは、ネットワークは悪人養成施設ではなく、変人・変態養成施設でしょう。
メンバーについては、もう想像していただくしかw
多分、キャラ本人でなくても類似品が一人は居ますから。


17.なな月様
いや、それをやったらリコがマジギレしますって。
発案者の所に殴りこみに行っても知りませんよ?
悪夢を見たら、それはきっとリコの呪いですw
…しかし、どっかの同人で幼稚園児がD以上だったのを見たよーな…。

漢女…せ、せめて女傑くらいに…。
一瞬筋肉ムキムキなのを創造してしまったじゃないですか。
……顔だけそのままのアザリン様だったら、萌えればいいやら嘆けばいいやら…。

愛と情欲の合体技…桃色系だな。
しかもハートマークが乱舞するようなw

それにしても…応援されてますねぇ、セル君。

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