「さて…と」
靴の先で地面をトントンと叩くと、俺は顔を上げた。
「行くか」
身を翻し、闇に眠る街へと歩き出した。
ネギま!SEED 第7話
時刻は草木も眠る丑三つ時。俺は今日から新しい寝床となった女子寮を出て、学園都市を徘徊し始めた。これから世話になる場所の構造を知っておきたかったからだ。もし万が一にもここで戦闘になった場合、地理を知っておけば何かと有利になることは間違いない。
「そんなことはないと思いてえが…」
初日からいきなりネギの魔法がバレたことを考えれば、何が起きるとも限らない。打てる手は出来るところから打っておきたかった。
(それで駄目なときはまだ諦めもつく。やるべきことをやらずに後悔するのは俺の主義じゃねえからな。まあ、せいぜい足掻いてやるさ)
口の端を持ち上げて軽く笑みを浮かべると、どんどんと歩を進める。出発して一時間ぐらい経ったところで、軽いコーヒーブレイクをいれた。
ゴク…ゴク…ゴク…
「ふう…」
自販機で買った缶コーヒーを飲み一息入れる。あいにく雲が出ていて月は顔を覗かせなかったが、夜独特の清涼感のある空気が冷たい缶コーヒーとともに俺の身体の熱を冷まし、心地よさで満たしていった。
「へっ、たまにはこういうのもいいもんか」
残りの缶コーヒーを一気に飲み干すと、近くにあったくずかごに投げ捨てる。
「さて、もう一踏ん張りするかね」
勢いよく立ち上がり、軽く伸びをする。その時だった。
「!!!」
どこからともなくいきなり現れた殺気を感じ取り、俺は即座にその場を飛び退いた。
ズガアァァン!!!
轟音とともに俺が今さっきまでいた場所がものすごい勢いで抉れた。ご丁寧にそこにあった自販機は見るも無残な残骸と化していたが、幸いなことにここは校舎の近辺で住宅街ではなかったため、人に被害が及ぶことも、今の轟音で人が出てくることもなかった。
「派手な真似しやがって…」
つぶやく。それと同時に、闇を疾走る物体が俺に向かってきた。
(来る!)
体勢を立て直すと、俺はその物体X(仮称)と向き合った。闇夜に溶ける保護色である黒の服で全身を覆っていた。
(ちっ、手の込んだことで!)
その装いから(まあ、最初の一撃の破壊力から考えれば当然のことかもしれねえが)衝動的、突発的なものではなく、計画的に俺を襲ったものとわかる。
「そういうことなら手加減はしねえぜ」
つぶやいたと同時に物体Xの攻撃が始まった。
ブオン!
唸りを上げて振り下ろされる。受け止めようとしたが振り下ろされたそれを見て、一瞬で思考を受け止めるのではなく回避することに変えてギリギリでそれを交わした。
ドガァ!
地面が抉れる。さっきと同じだ。だが俺はそんなことより、物体Xが持っているものに唖然としていた。
「刀…だとぉ…」
そう、その手には一振りの白刃が握られていた。月が出ていればさぞかしその光を受けて映えていたことだろう。
「本気…かよ。本気で…」
殺しにきたのか
そんな思いを抱いている俺に構わず、物体Xは俺に向かってくる。
(考えている暇はねえ!)
自分に喝を入れ、再び対峙する。
ブウン
ブオン
シュウン
唸りをあげて次々と俺を襲う白刃の刃。闇夜のため良くはわからねえが、かなり長めの刀のようだ。それを結構なスピードで上から横から下からと縦横無尽に連続で打ち込んでくる。
「……」
こちらから仕掛けることはせずに、俺はとりあえず攻撃を交わすことに専念した。
(あれだけのどデカい刀だ。振り回してるだけでも結構な体力を使うだろう。交わすことに努めていりゃあ、そのうち体力が尽きてくるはず)
…もっとも、相手が化け物並みの体力の持ち主だったり、俺の考えてる通りに振り回してくれなかったら意味はねえが。そうでないことを祈りつつ、俺はしばらくの間ひたすら自分の身に降りかかる白刃を交わすことに努めた。
(ん…?)
しばらく交わすことに専念していた俺は、少しずつ物体Xの動きが乱れているのを感じ取った。時がたつにつれ、明らかに鋭さがなくなってきている。
(かかった…)
地味ながら地道に体力を奪うことに専念してきたことが実を結んだのを理解し、俺は内心でほくそ笑んだ。後は動きを見切って攻撃を打ち込めばいい。俺は白刃をひたすら交わしながらその時を待ったが、程なくその時はやってきた。物体Xは俺が受身に回っているのに痺れを切らしたのか、体力が尽きかけてきたのか、明らかに動きの精度が落ちてきていた。そしてもう何度目になるかの突きを交わしたとき、物体Xはその場の段差に足を取られ、その場に転んだ。
(チャンス!)
俺はこの好機を逃さず、一気に物体Xとの距離を詰めた。だんだん距離は狭まり、後は攻撃を入れるのみ。
(もらった!)
勝利を確信し俺は迫った。その時だった。耳に聞き慣れた音が聞こえてきたのは。
(! これは!)
慌ててその場に止まると、一足飛びにその場を飛び退いた。次の瞬間、俺がそのまま物体Xに向かっていたら、間違いなくその場所に身体があったであろう場所に銃弾が打ち込まれた。
(やっぱり、さっきのは銃弾が風を切る音だったのかよ!)
国土の連中とつるんでいたとき、銃声は何度も聞いている。そのときの経験が役に立った。しかし…
(一人じゃねえのか!)
迂闊だった。夕方ネギに俺自身がそう言ったのに、その舌の根も乾かぬうちに同じ轍を踏むとは。
(チッ! これじゃあ俺も偉そうなことは言えねえな!)
自分の迂闊さを呪いながら唇を噛む。そうだ、確かに物体Xが一人で俺を襲いに来たという証拠は何一つない。今までの流れで俺が勝手にそう思っただけだ。
「いつ何時だろうと固定観念は捨てるべきだな…いい教訓になったぜ」
銃弾の軌跡から、狙撃手がいるであろう方向を睨む。と、俺が目を離した間に呼吸を整えて体力を回復した物体Xが再び襲い掛かってきた。
「!!!」
狙撃手…仮にこいつは物体Yとしよう…に気を取られて反応が遅れた俺は、頬に切り傷を作った。物体Yのことを気にしながらも、目の前の敵である物体Xに意識を向ける。今までの攻撃から、他に気を取られて相手を出来るような力量の持ち主ではないことは骨身に沁みてわかっていた。体勢を整え、再び俺と物体Xのロンドが始まった。
(よくやりやがる)
相変わらず防戦に徹しながらも、俺は物体Xに舌を巻いていた。その動きから、体力がずいぶん消耗してきているのはわかったがそれでも俺を狙うことをやめようとしない。今までの流れから、俺に攻撃の意思がないことはわかっているだろうに退くことを知らないのか、それとも、
(退けないわけでもあるのか…)
それは他ならぬ物体X自身ではない俺にわかるわけはないが。だがそう言っても、いつまでも延々とこんなイタチごっこを繰り返すわけにもいかない。かといって、攻めようとすれば物体Yが的確に俺を狙撃してくる。
(ジリ貧だな…どうすりゃいい…)
さすがに少し焦ってきた。物体Xの白刃を交わしながらひたすら考える。とっさに攻め込もうと一歩踏み出すが、すかさず物体Yからの正確無比な狙撃を受けて瞬時にその場を飛び退いた。
(ああ! ちきしょう! うっとうしい野郎だな!)
物体Yがいるであろう方角を睨みつける。
(いつもいつもいつもいつも、こっちが攻めに転じようとしたときにそれを封じやがって!)
何度目になるかわからない罵りの言葉を浴びせる。が、そのときふと気が付いた。
(待てよ…)
再び襲ってきた物体Xの白刃を交わしながら俺は考える。
(考えてみれば、あいつは自分から狙撃してきてはいない。あいつが狙撃してくるのは、そろいもそろって俺が物体Xに攻撃を仕掛けようとしたときだけだ)
攻撃を交わしながら考えをまとめていく。
(つまりあいつは、自身には俺を攻撃してくる意思がないってことか? あくまでもメインじゃなく、物体Xのサポートに徹していると…。だったら…)
考えがまとまった。
(試してみるか…)
俺は徐々にだが意図的に動きの精度を落とした。そして数分の攻防の後、わざと足をもつれさせてその場に倒れこんだ。
「!」
物体Xがそれを好機と見たのか、蓄積しているであろう疲労を感じさせないほどの、今までで一番のスピードで俺に迫り、白刃を振り下ろした。
ズドガアァン!
これまた今迄で一番といえるほどの轟音が深夜に響き渡る。そしてその副産物として、多量の土煙が舞い上がった。
「……」
物体Xが注意を切らさずにもうもうと舞い上がっている土煙を睨みつけ、構えを取っているのがぼんやりと見えた。だが俺はそれを無視する。
(今までの狙撃の軌跡から、方角はあっち。その方向で狙撃に適した場所と言えば、あの時計塔)
物体Xに気づかれぬように戦闘形態に変態し、右手を左肩に当てる。
(チャンスは一度)
「行けえっ!」
俺の能力の一つである、エネルギー状のカッターを放出する。
「!!!」
物体Xは突然聞こえた俺の声に驚き、その直後に飛んでいった緑色に発光するカッターに視線を向けた。が、それも一瞬で、次の瞬間には俺に再び注意を向けていた。もうもうと立ち込めていた土煙がゆっくりと晴れていく。変態を解いた俺は再び物体Xと向き合った。
「待たせたな」
声をかける。月の出ていない闇夜ならば、変態したことによって上半身裸の状態でも俺の胸に埋め込まれた四つの魂に気づかれることはないだろう。
「ケリ、付けようぜ」
俺の言葉に、再び物体Xが構えを取る。そして先程までと同じように白刃を振りかざしてきた。一度・二度・三度…白刃は先程までと同じように俺の身体を捉えようと縦横無尽に迫る。何度目かの攻撃の後、俺はそれを交わしながらまたもや懐に入った。
(当たっていてくれよ!)
物体Yに放ったカッターの行方を祈りながら、俺は物体Xに拳を振り上げる。
ズン…
俺の拳は物体Xの腹を捉えた。そして、今まで俺が攻めに転じていたとき執拗に俺を狙ってきていた物体Yの狙撃は俺を捉えることがなかった。
「!!!」
物体Xの目が見る間に見開かれていく。月が出てない闇夜とはいえ、さすがに至近距離まで近づけば話は別。その表情を窺うことは出来た。苦悶に歪む表情は腹に喰らった俺の一撃ゆえか、それとも、物体Yの援護がなかったことか。だがどっちにしろ
「賭けは、俺の勝ちのようだな…」
つぶやいて、即座に離れる。腹を押さえ、その場に崩れ落ちる物体X。
「どうする? まだやるか?」
うずくまる物体Xを見下ろしながら俺は一歩一歩近づいた。もちろん、まだ物体Xへの注意は解いていない。だが俺はここで、再び己の迂闊さを呪うことになった。
チューン!
聞きなれた音が耳に届いたと思ったときは遅かった。
「! ぐっ!」
足を突き抜ける激しい痛み。俺はその場に膝を着いた。慌てて振り返る。それは先程まで俺を狙っていた物体Yのいる方向だった。
「ちい、また!」
やっちまった。後悔の念が胸をよぎる。さっき物体Xの腹にぶちこんだとき、何の反応もなかったから戦闘能力を奪ったと思ったが、どうやら罠にかけられたのは俺の方らしい。痛みをこらえて慌ててその場を飛び退ると、俺は再び物体Xに対峙しようとその顔を上げた。
「な…んだと…?」
そこには誰もいなかった。誰もいなかったのだ。さっきまで確かに物体Xがいたのに。俺は集中力を切らさず、全方位に意識を向けた。だが、少なくとも俺の感知する範囲内には先程までの強烈な殺気の持ち主はいなかった。
「……」
意識を切らないまま、俺は立ち上がる。辺りをゆっくり見渡すが、そこには先程の強烈な殺気はもちろんのこと、生き物の気配すらなかった。あるのはただ静寂に包まれた街と、深淵の闇に包まれた夜だけ。
「どういう…ことだ?」
自問するが、さっぱりわからない。
「なんで退いた? いやそれより、そもそもなんで襲ってきやがった?」
答える者がいるわけはない。俺はしばし闇の中で呆然とその場に立ち尽くしていた。
「ぐっ…」
苦悶の表情を浮かべながらも、夜の闇を駆け抜ける影があった。ある場所を目指し、一目散に走っていく。
「刹那!」
そう呼ばれ、影は立ち止まった。声のした方向を見る。そこには褐色で背の高い少女が左手で右腕を押さえながら地面に座り込んでいた。
「龍宮!」
影…桜咲刹那は相棒である少女の名を叫ぶと、その元へと向かう。
「大丈夫か?」
顔を覆っていた覆面をはずし、彼女の相棒…龍宮を気遣う刹那。
「ああ。派手に出血してるが、傷自体はそう深いものではない。心配するな」
ふっと微笑む龍宮。その姿を見てその言葉が嘘ではないことを確信した刹那はほっと一息ついた。
「そうか、ならいい」
「それよりも悪かったな。途中で離脱してしまって」
申し訳なさそうな顔をする。
「気にするな。かく言う私も…」
服をめくりあげる。そこには、真っ赤に腫れた大きな痣があった。
「このざまだ」
「そうか」
そう言うと、龍宮はくくくと忍び笑いをもらした。
「私とお前の二人がかりで、それでもしてやられたということか」
「ああ。悔しいが…な」
刹那の表情は曇っていた。龍宮ほど割り切れてはいないらしい。
「しかし龍宮、その傷は一体どうしたんだ?」
「それは刹那のほうがわかるんじゃないか? 目標と実際に闘りあってきたんだから」
「確かに…」
刹那は思い出す。草薙の掛け声とともに、龍宮のいる場所に向かって飛んでいった緑色に発光する物体のことを。しかし…
「確かに見た。だが、あれが何なのか、どうやって飛ばしたのかは私にはわからなかった」
「そうか」
「龍宮はどうなんだ? お前にはどのように見えた?」
「残念ながら、お前と同じようなものさ。スコープから覗いていたら、ものすごいスピードで緑色に光るものがこちらに向かってきた。慌てて避けようと思ったが、避けきれず…」
左手で右腕の傷口を軽くぽんぽんと叩く。
「このざまだ」
「そうか」
「だがどちらにしろ、これであの男がお前の睨んだとおりただの教師ではないことははっきりしたな」
「ああ」
大きくうなずく刹那。表情が鋭くなる。
「それで、肝心の実力のほどはどうだったんだ? お前が純粋に実力を計ってみたいとのことだから私はサポートに回ったんだからな」
「強いさ」
それだけ、言う。
「お前が牽制してくれたおかげで、向こうは攻撃を仕掛けてくることはなく防戦一方だったが、この私がただの一度もしっかりと捉えることが出来なかった」
「ほう?」
その言葉に驚く龍宮。かつて何度も一緒に仕事したが、刹那がここまで言ったことは一度たりともなかったからだ。
「二人がかりなら倒せたと思うが、正直、私一人ならばどう転んでいたか予想がつかん」
「大したものだな。お前にそこまで言わせるとは。…で、これからどうするんだ?」
「ああ。しばらく様子を見ようと思う。詳しくは明日学園長先生にお話をうかがってみるが、その上で味方ならばとりあえずそれでいい」
その言葉を聞き、ふふふと笑う龍宮。
「…なんだ?」
「いや、そう言う割には手加減なかったと思ってな」
「ふん、あの程度でやられるようならいても邪魔なだけだ。それに…」
「…それに?」
「仮に学園長先生が味方だとおっしゃっても、あいつ本人が本当にそう考えてるかはわからんからな」
「…つまり、『埋伏の毒』ということか?」
「その可能性もあるということだ」
厳しい表情のまま、そう切り捨てる刹那。そんな彼女を見て、龍宮は再び微笑んだ。
「やれやれ、木乃香のことになると相変わらずだな」
「当たり前だ。お嬢様を護るのが私の使命だからな」
「わかってるさ。だからこうやって動いたんだろ?」
「ああ。今日のところは退くが、いずれ必ずケリはつける」
龍宮が肩をすくめる。
「ま、お前の好きなようにすればいいさ。その上でまた私の力が借りたいなら言ってくれ」
「ああ」
「さて、それじゃあ帰るか。明日も早いことだしな」
「そうだな」
刹那は龍宮に手を伸ばしてその場を立たせた。そして夜の闇を女子寮に向かってかけていく。
(草薙…護…)
刹那はもう一度だけターゲットのいた方に顔を向けた。
後書き
こんばんは、セフィロスです。
ネギま!SEEDの第7話をお送りしました。いかがだったでしょうか?
今回は完全なオリジナルですね。刹那と龍宮による草薙襲撃です。前話で動きがあった二人に、早速動いてもらいました。刹那は木乃香命の人ですし。得体の知れない、しかも出来る人物が現れたらこれぐらいやるだろうなと思っています。この時点ではまだやわらかくなる前の段階ですしね。とりあえず痛み分けにしましたが、この二人…特に刹那と草薙の絡みがどうなるか、期待していてください。
では、第8話で。
それではレス返し
スケベビッチ様>早速のご感想、ありがとうございました。いきなり刹那と龍宮に襲わせましたが、いかがだったでしょうか? 明日菜は…ご期待ください(汗)。
ATK51様>とりあえず、先鋒になったのは刹那と龍宮です。他のキャラも後々からませますので、楽しみにしていてください。寝床を女子寮にしたのは、単に護衛の相手と同じところのほうが何かと都合がいいからです。
龍牙様>明日菜の件に関しては、遠からず近からずといったところでしょうか。寝床の件に関しては、せっかくのことなのでせいぜい草薙君には苦労してもらおうと思ってます(笑)。
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